平成14(ワ)3801 預金払戻請求事件

裁判年月日・裁判所
平成15年7月18日 名古屋地方裁判所
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判決文本文6,803 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨被告は,原告に対し,230万円及びこれに対する平成14年9月18日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要原告は,被告のa支店に普通預金口座を有していたところ,何者かによって230万円が引き出されたとして,230万円の払戻を請求した事案である。 1 前提事実(証拠を適示したものを除いて,当事者間に争いはない。)(一) 原告と被告(旧株式会社東海銀行)は,被告のa支店において,原告名義で普通預金契約を締結し(口座番号b。以下「本件預金」という。),平成13年8月29日現在の本件預金の残高は242万1944円であった。 (二) 原告は,平成13年8月30日午後8時30分ころ帰宅したが,部屋に入ると,部屋の中が荒らされているのに気付き,盗まれたものがないかどうかを確認したところ,本件預金の届出印は盗まれていなかったものの,本件預金の通帳(以下「本件預金通帳」という。)が盗まれていた(甲2及び原告本人)。 そこで,原告は,同日,自宅の近くにある被告のc出張所に行き,本件預金から1万円(手数料105円)を引き出したところ,本件預金の残高は11万1839円となっていて,何者かによって230万円が引き出されていた(甲2,原告本人及び弁論の全趣旨)。 2 被告の主張(一) 被告は,平成13年8月30日,被告d支店(現在はe支店に統合されている。)の窓口において,原告名義の本件預金通帳と,原告の届出印(甲1)が押捺され,所定の記入事項がすべて記入された230万円の預金払戻請求書(乙2)の提示を受けたので,その者(以下「本件払戻請求者」という。)に230万円を支払った(以下「本件払戻」という。)。 (二) 原告と被告との預金取引に すべて記入された230万円の預金払戻請求書(乙2)の提示を受けたので,その者(以下「本件払戻請求者」という。)に230万円を支払った(以下「本件払戻」という。)。 (二) 原告と被告との預金取引に関する東海総合口座約定(以下「本件約款」という。)14条には,「この取引において払戻請求書,諸届その他の書類に使用された印影(または署名・暗証)を届出の印鑑(または署名鑑・暗証)と相当の注意をもって照合し,相違ないものと認めて取扱いましたうえは,それらの書類につき偽造,変造その他の事故があっても,そのために生じた損害については,当行は責任を負いません。」と規定されている。 本件払戻を担当したのは,被告d支店の窓口担当のAであるところ,Aは,本件払戻に際し,預金払戻請求書(乙2)に押印された印影と本件通帳に押捺された副印とを平面照合ないし折り重ね照合の方法で照合し,その後,役務者であるBが,預金払戻請求書(乙2)に押印された印影と通帳に押捺された副印とを平面照合の方法で照合し,両者とも2つの印影が一致していると判断した。 原告の届出印による印影(甲1)と預金払戻請求書(乙2)の印影とを平面照合ないし折り重ね照合の方法で照合すると,両者の印影は酷似していて,いずれの照合方法によってもその相違を発見することはできない。 したがって,被告のd支店の担当者2名がどのような注意を払っても印影の相違を発見することは到底不可能であり,本件払戻手続について被告には何ら過失はないし,たとえ本件払戻請求者が無権限であったとしても,被告は本件約款14条により免責され,あるいは民法478条の適用により本件払戻は有効な弁済となる。 3 原告の反論原告は,本件預金を開設した時,届出住所地を「f区ghi-j-kl3E」とし,その後,現住所地である「f区ghm-n-op7-C 法478条の適用により本件払戻は有効な弁済となる。 3 原告の反論原告は,本件預金を開設した時,届出住所地を「f区ghi-j-kl3E」とし,その後,現住所地である「f区ghm-n-op7-C」に転居したが,そのことを被告に届け出ていなかった。 預金払戻請求書(乙2)には「f区ghm-n-op7」と記入されていたことから,被告d支店の担当者は,届出の住所と異なることに気付き,本件払戻請求者に住所の変更について尋ね,さらに,旧住所を記載するよう求めたところ,本件払戻請求者は,「忘れた。」と答えた。そこで,担当者は,旧住所を本件払戻請求者に教えて旧住所を書かせ,本件払戻に応じた。その際,本件払戻請求者は,「f区gh」の「h」の字を誤って別紙のとおり記載した。 また,担当者の上司であるBは,本件払戻に際し,当時の被告の内部ルールに違反して,預金名義人本人に電話で確認することを怠った。 したがって,被告d支店の担当者は,本件払戻について相当の注意を払ったとはいえず,被告には過失がある。 4 争点本件払戻手続において,被告d支店の担当者に過失があるか。すなわち,本件払戻について本件約款14条ないし民法478条の適用はあるか。 第3 争点に対する判断 1 証拠(甲1ないし3,乙1ないし5,証人A,証人B及び原告本人)によれば,以下の事実を認めることができる。 (一)(1) 原告(昭和49年7月10日生)は,被告のa支店に本件預金を有し,平成13年8月29日現在の本件預金の残高は242万1944円であった。 (2) 原告は,平成13年8月30日午後8時30分ころ,実母と同居している名古屋市f区ghm-n-o所在のp7-Cに帰宅したが,その際,部屋の中が荒らされているのに気付き,部屋の中を確認したところ,ハンドバッグや貴金属,現金などとともに本件預金 ころ,実母と同居している名古屋市f区ghm-n-o所在のp7-Cに帰宅したが,その際,部屋の中が荒らされているのに気付き,部屋の中を確認したところ,ハンドバッグや貴金属,現金などとともに本件預金通帳が無くなっていた。原告は,本件預金の届出印や健康保険証も自宅に置いていたが,これらは盗難の被害に遭っていなかった。 原告は,本件預金通帳が無くなっていたことから,同日,自宅近くの被告のc出張所に行き,本件預金から1万円(手数料105円)を引き出したところ,残高が11万1839円となっていて,何者かによって230万円が引き出されていた。 (二)(1) 平成13年8月30日午後1時すぎころ,30歳くらいのめがねを掛けた女性(本件払戻請求者)が,被告のd支店を訪れ,本件預金通帳と預金払戻請求書(乙2)を窓口に提出して本件預金の払戻を請求した。預金払戻請求書(乙2)に押印された原告の印影は,何者かによって偽造された印鑑によって顕出されたものであったが,その印影は,原告が被告に届け出ていた印鑑の印影(甲1)と酷似していた。 (2) 窓口で本件払戻請求者に応対したのは,被告の行員であるAであったが,Aは,被告内部のルールで,他店の預金の払戻(代払い)の場合,金額にかかわりなく住所と電話番号を書いてもらうことになっていたことから,本件払戻請求者に,預金払戻請求書(乙2)の欄外に住所と電話番号の記入をお願いした。本件払戻請求者は,窓口のカウンターで,「f区gqm丁目n-op7」と記載したので,Aが,原告の住所を確認すると,原告が届け出ていた住所と異なっていたため,「住所変更されましたか。届出住所を書いてください。」とお願いした。この時,本件払戻請求者は「gh」の「h」の字を別紙のとおり記載したが,Aは,この点に気付かなかった。 本件払戻請求者は,Aから届出 「住所変更されましたか。届出住所を書いてください。」とお願いした。この時,本件払戻請求者は「gh」の「h」の字を別紙のとおり記載したが,Aは,この点に気付かなかった。 本件払戻請求者は,Aから届出住所を記載するよう言われたが,届出住所を思い出すことができなかったようなので,Aは,本人確認のため,本件払戻請求者に運転免許証の提示を求めた。本件払戻請求者は,Aの求めに対し,「運転免許証は持っていない。」と答え,さらに,「健康保険証を持っている。そこに住所が書いてある。」と言って,健康保険証を取り出し,それを見ながら「払戻請求書」の欄外に記載した住所の下に,「〃i丁目j番k号 l3E」と記載し,その下に電話番号を記載した。 Aは,本件払戻請求者が記載した住所・電話番号と原告が届け出ていた住所・電話番号が一致したので,本件払戻請求者に番号札を渡して待機してもらい,預金払戻請求書(乙2)の印影と本件預金通帳に押印された副印とを並べて比較する(平面照合)とともに,両者を折り重ねて比較し(折り重ね照合),両者が一致していると判断した。 当時,被告の内部ルールでは,過去に店頭での払戻がなく,キャッシュカードでの支払もない預金については,役務者の判断を仰ぐことになっていたため,Aは,当時被告d支店の支店長代理であるBの判断を仰ぐことにした。 (3) Bは,窓口にいたAの所に行って,払戻を求めた女性の挙動を確認したところ,特に不審なところは見られなかった。 当時,被告の内部ルールでは,窓口の担当者から役務者が引き継いだ場合,まず預金名義人本人に電話して払戻の意思を確認することになっていて,もし電話連絡がつかない場合は,払戻請求者に運転免許証や健康保険証などの提示を求めることになっていた。Bは,本件預金の払戻がなされた当時,この内部ルールができて間もない時期 認することになっていて,もし電話連絡がつかない場合は,払戻請求者に運転免許証や健康保険証などの提示を求めることになっていた。Bは,本件預金の払戻がなされた当時,この内部ルールができて間もない時期であったことから,預金名義人本人への電話連絡を必須のものとは考えず,本人確認の一つの方法と考えて,原告本人への電話連絡を行わなかった。 Bは,預金払戻請求書(乙2)の印影と本件預金通帳に押印された副印とを平面照合により確認し,両者が同一であると判断し,さらに,Aに対し,預金払戻請求書(乙2)の住所・電話番号と被告に届けている住所・電話番号とが一致しているかどうか,健康保険証の氏名が届出のものと一致しているかどうかを確認したところ,Aからいずれも間違いないと言われたので,本件請求者が本件預金の名義人本人であると判断し,払戻に応じることにした。 また,Bは,Aに,健康保険証に不審な点がないかどうかを確認するとともに,健康保険証の記号番号を「預金払戻請求書」に記入するよう指示した。 (4) Aは,Bの指示を受けて,窓口に本件請求者を呼び出し,再度健康保険証を提示してもらい,Bとともにそれを確認したが,特に不審な点はみられず,健康保険証の記号番号を預金払戻請求書(乙2)の最下部に記載して,本件払戻を実行し,現金と本件預金通帳を本件払戻請求者に渡す際,住所変更の手続を依頼し,必要な書類を渡した。 本件請求者が,本件払戻を請求してからそれが終了するまでの間,本件払戻請求者に,不審な点はみられなかった。 2(一) 本件払戻請求者は,本件預金通帳を所持し,本件預金通帳の届出印(甲1)と酷似した印影の押捺された預金払戻請求書(乙2)を提示しているから,本件預金債権の準占有者にあたるといえる。 (二) 一般に,預金の払戻に当たって,銀行の担当者の果たすべき注意義務につい 印(甲1)と酷似した印影の押捺された預金払戻請求書(乙2)を提示しているから,本件預金債権の準占有者にあたるといえる。 (二) 一般に,預金の払戻に当たって,銀行の担当者の果たすべき注意義務について,払戻担当者は,取引通念上払戻請求者が正当な受領権限を有しないことを疑わせる特段の事情がない限り,払戻請求書に押印された印影と届出印との印影を対照し,業務上相当の注意をもって印鑑の照合を行い,同一と判断したことに過失がない限り,免責されると解するのが相当である。 すでに認定したように,本件払戻に際し,Aは,平面照合だけでなく,折り重ね照合の方法でも両者を比較し,Bも平面照合の方法により同一性を確認しているが,本件預金通帳の届出印の印影(甲1)と預金払戻請求書(乙2)に押捺された印影とを比較すると,その大きさは同一で,字体もほぼ同一であって,両者は極めて酷似していることが認められ,肉眼による平面照合の方法で,両者の相違を発見することは困難と考えられるから,本件払戻について,A及びBは,業務上相当の注意をもって印鑑の照合を行ったといえ,同一の印鑑と判断したことに過失はないというべきである。 また,上記認定事実にあるように,本件払戻請求者は,30歳くらいの女性で,当時27歳の原告とほぼ同年代の同性であったこと,本件払戻請求者は,Aの求めに応じて,健康保険証を取り出して,預金払戻請求書(乙2)に届出住所と電話番号を記入していること,その際,本件払戻請求者に不自然な様子は見られなかったこと,A及びBは,本件払戻請求者から健康保険証の提示を受け,その記載内容を確認していること,本件払戻の間,本件払戻請求者に不審な挙動や言動などはみられなかったことからすると,本件払戻において,払戻請求者が正当な受領権限を有しないことを疑わせるような特段の事情も認められな 認していること,本件払戻の間,本件払戻請求者に不審な挙動や言動などはみられなかったことからすると,本件払戻において,払戻請求者が正当な受領権限を有しないことを疑わせるような特段の事情も認められない。 したがって,本件払戻について,被告の担当者に過失はないというべきである。 (三)(1) これに対し,原告は,①本件払戻を担当したAは,旧住所を本件払戻請求者に教えて旧住所を書かせ,本件払戻に応じている ②その際,本件払戻請求者は,「f区gh」の「h」の字を誤って別紙のとおり記載している ③Aの上司であるBは,当時の被告の内部ルールに違反して,預金名義人本人に電話で確認することを怠っているとして,本件払戻について被告には過失があると主張する。 (2) 証拠(甲2及び原告本人)には,①の主張の沿う記載及び供述がなされている。 これらの記載及び供述は,原告らが,本件払戻がなされた後に被告d支店を訪れ,その時応対した同支店の支店長代理D及び次長のFから聞いたものであるところ,支店長代理らは,直接本件払戻に関与したわけではないこと,本件払戻を担当した証人Aの供述内容と全く異なっていること,上記記載及び供述を裏付ける客観的な証拠はないことからすると,これらの記載及び供述の信用性には疑問がある。 したがって,これら記載及び供述だけで①の事実を認めることはできず,前記認定事実を覆すものではない。 (3) また,②の主張についても,預金払戻請求書(乙2)をよく見ると,「h」という字の誤字というよりも,書き損じとみることもできるのであるから,Aがこの点に気付かなかったとしても,不自然ではないし,このような記載から,直ちに本件払戻請求者と預金名義人とが別人であることをうかがわせるものでもない。 (4) 原告が③で主張するように,Bは,当時の被告の内部ルールに違反して, ても,不自然ではないし,このような記載から,直ちに本件払戻請求者と預金名義人とが別人であることをうかがわせるものでもない。 (4) 原告が③で主張するように,Bは,当時の被告の内部ルールに違反して,預金名義人本人に電話で確認することを怠っている。 上記認定事実にあるように,本件払戻に際して,AとBは印影の同一性を慎重に判断し,本人確認のための他の措置を講じているから,Bが原告への電話確認を怠ったとしても,そのことのみを捉えて,本人確認が不十分であるとはいえない。 また,証拠(原告本人)によれば,本件払戻がなされた当日,原告は勤務先に出勤し,同居していた実母も仕事で不在にしていたことが認められるところ,Bが原告本人に電話したとしても,本人であることの確認を取ることはできなかったのであるから,このような手続を怠ったとしても,本件払戻手続に影響はなかったといえる。 (四) 以上によれば,本件払戻について,担当者の過失を認めることはできず,民法478条ないし本件約款14条が適用される。 3 よって,原告の請求は理由がないのでこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第5部裁判官末吉幹和(別紙省略)

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