令和4(わ)61 現住建造物等放火、殺人未遂(予備的訴因 暴力行為等処罰に関する法律違反)被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年10月29日 秋田地方裁判所
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判決文本文6,737 文字)

令和6年10月29日宣告秋田地方裁判所刑事部判決令和4年(わ)第61号、同第73号現住建造物等放火、殺人未遂(予備的訴因暴力行為等処罰に関する法律違反)被告事件 主文 被告人を懲役7年6月に処する。 未決勾留日数中520日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 令和4年5月23日午後5時頃、秋田県仙北郡ab番地所在のA方において、同人(当時34歳)に対し、殺意をもって、両手で持った包丁(刃体の長さ約16センチメートル)の刃先を同人に向け、その胴体を目掛けて突き出して突き刺そうとしたが、同人がこれを避けるなどしたため、殺害の目的を遂げなかった。 第2 同人が現に住居に使用する同所所在の同人方家屋(木造亜鉛メッキ鋼板ぶき2階建、床面積合計196.94平方メートル。以下「本件家屋」という。)に放火しようと考え、同日午後5時05分頃、同家屋1階において、何らかの方法で火を放ち、その火を同家屋の壁、天井等に燃え移らせ、よって、同家屋を全焼させて焼損した。 (事実認定の補足説明)第1 殺人未遂罪(判示第1)関係 1 被告人の行為の内容について⑴ 被告人が包丁を持った両手を構えてAに近づき、その切っ先をAに向けて突き出してきたというAの証言内容は、AがBに助けを求めた際に「刺されそうになった。」と説明していた旨のBの証言内容(Bの上記証言に格別その 信用性を疑わせる点はうかがわれない。)や、同人が110番通報した際の通報内容と整合する上、自然かつ具体的であって、事件日から一貫している。 また、被告人が突き出した包丁の刃がAの左脇を抜け玄関戸のガラスにぶつかり、鈍い音がしたという点 や、同人が110番通報した際の通報内容と整合する上、自然かつ具体的であって、事件日から一貫している。 また、被告人が突き出した包丁の刃がAの左脇を抜け玄関戸のガラスにぶつかり、鈍い音がしたという点、本件火災発生直後にAが玄関から本件家屋内の様子を確認しようとしたところ玄関戸のガラスに穴が開いていたという点についても、印象的で記憶に残りやすい性質の出来事であったと考えられることや、ガラスの破片を調べればその真偽が明らかになる事項であり、あえてこの点について虚偽の証言をする動機は見当たらないことなどから同人の証言は信用できる。弁護人は、①ネイルアートのために爪を伸ばし、包丁を強く握ることすら困難であったはずの被告人が、手を負傷しておらず、爪も割れていないこと、②Aも包丁を持っていたのに、包丁を持って向かってきた被告人に対して包丁で対抗していないこと、③Aに怪我がないことなどから、Aの上記証言内容が他の事実と矛盾し、または不自然であると指摘するが、爪を伸ばした両手では包丁を強く持てないとか、持つと手を負傷するとはいえないこと(①)、包丁を持って迫ってきた相手に包丁で対抗していないからといって格別不自然とはいえないこと(②)、両名の体格差や性別、身体能力等も考慮すれば、Aが怪我をすることなく刺突行為を回避できたとしても格別不自然ではないこと(③)などから、弁護人が指摘する点は、Aの上記証言内容の信用性を揺らがせるものではない。 以上によれば、殺人未遂罪の実行行為に関するAの証言は、上記の点について信用することができる。 他方、被告人が小走りで向かってきたという点については、一瞬の出来事であったことから、通常の歩く速度よりは速かったという程度の区別はついたにしても、正確な速度を認識してこれを再現できたかは疑問であり、結果として 小走りで向かってきたという点については、一瞬の出来事であったことから、通常の歩く速度よりは速かったという程度の区別はついたにしても、正確な速度を認識してこれを再現できたかは疑問であり、結果として切っ先を避けることができた点も考慮すると、必ずしも信用性が高いとはいえない。また、被告人がAの左胸を目掛けて包丁の切っ先を突き出し てきたという点についても、切っ先が胴体のどの部分を向いているかまで瞬時に見極めることは困難な状況であったといわざるを得ず、信用できない。 ⑵ そうすると、Aの証言からは、以下の事実を認定することができる。 Aが玄関先において室内の方向を向いてサンダルを履いていると、被告人が黒色の三徳包丁を両手に構えて近付いてきた。Aが後ずさりすると、被告人は、包丁を両手に構え、歩調を速めて近付いてきて、包丁の切っ先をAの胴体に向けて突き出した(以下「本件刺突行為」という。)。Aは、身体を右から左にひねり、右手で被告人の手を左横に払いのけたところ、包丁の刃がAの左脇を抜け玄関戸のガラスにぶつかり、ガラスに穴を開けた。 ⑶ 本件刺突行為が、身体の枢要部に向けて、ガラスに穴を開ける程度の勢いをつけて両手で包丁を突き刺そうとするものであったことや、包丁の形状及び刃体の長さ(約16センチメートル)からすると、人を死亡させる現実の危険がある行為であったといえ、殺人未遂罪の実行行為に当たる。弁護人は、包丁が安価であった可能性を指摘し、殺傷能力が低かったと主張するが、上記のとおりの本件刺突行為の内容並びに包丁の形状及び刃体の長さに照らし、主張は採用できない。 2 被告人の殺意の有無について本件刺突行為の内容並びに包丁の形状及び刃体の長さについては、被告人も十分認識していたといえるから、少なくとも、被告人は人が死ぬ現 照らし、主張は採用できない。 2 被告人の殺意の有無について本件刺突行為の内容並びに包丁の形状及び刃体の長さについては、被告人も十分認識していたといえるから、少なくとも、被告人は人が死ぬ現実の危険がある行為と認識した上で本件刺突行為に及んだといえ、殺意が認められる。 なお、検察官は、被告人が犯行前に友人に送信したメッセージの内容や、犯行当日に出刃包丁を購入し、これを使って脱衣所でAに襲い掛かろうとしたことも殺意を裏付けると指摘する。しかし、殺意を抱いている旨のメッセージを送信した事実から直ちにそれが真意であると認めることはできないし、脱衣所では出刃包丁をAに示しただけで、当初からこれをAに見せつける目的で購入した可能性も否定できないから、被告人が上記の時点から殺意を有していたと 認めることは困難である。 3 以上によれば、被告人にはAに対する殺人未遂罪が成立する。 第2 現住建造物等放火罪(判示第2)関係 1 本件家屋で発生した火災(以下「本件火災」という。)が放火によって発生したものかについて⑴ア本件家屋の所有者であるCの供述は、遅くとも本件火災当日の午後5時13分には本件家屋の1階西側8畳洋室(以下「8畳洋室」という。)の窓から炎が出ており、他の場所からは外から見る限り炎が上がっていない状況であったというものである。また、A及びBも、B宅を出て間もなく本件家屋8畳洋室の窓から炎が上がっているところを見た、両隣の部屋からは火が出ていなかった旨を証言している。これらの説明が一致していることからすると、本件火災の初期においては、8畳洋室のみから炎が上がっていたと認定することができる。 もっとも、AがBに助けを求めに来てからBが自宅を出るまでの時間が2分程度であったというBの証言部分に関しては多分 初期においては、8畳洋室のみから炎が上がっていたと認定することができる。 もっとも、AがBに助けを求めに来てからBが自宅を出るまでの時間が2分程度であったというBの証言部分に関しては多分に感覚的で曖昧なものといわざるを得ず、これを基にBが上記火災状況を目撃した具体的時刻を特定することはできない。また、本件家屋を出てからBが110番通報をするまでの時間が約2分であったというA証言についても、同様に感覚的で曖昧なものといえ、信用することはできない。 イ消防吏員であるDの証言のうち、本件火災翌日の実況見分時において、①本件家屋南側の玄関及び北側の脱衣所は床材が一部残存していたこと、②本件家屋西側の一番南側の6畳和室については床材を敷くための根太が一部残存していたこと、③本件家屋の西側中央付近の台所、8畳洋室及び8畳客室の床材は消失していたこと、④脱衣所と台所の土台上の木材を比較すると、脱衣所の方は角が残っており、炭化深度が浅いのに対して、台所の方は剥離して焼け細りが見られることについては、上記見分時に撮影 された写真に裏付けられており、信用できる。また、上記見分時に撮影された写真からは、⑤本件家屋南側及び北側の外壁等構造材の一部が残存していたことも見て取れる。そして、上記各焼損状況について、最初に8畳洋室から出火して、隣の台所や8畳客室に燃え広がっていき、8畳洋室から離れるほど受熱時間が短くなり、炭化深度が浅くなっていっているものと評価した旨のDの証言も、上記アの各目撃証言等と整合的で、不合理な点は見当たらない。 ウ弁護人は、D作成の本件火災に関する火災原因判定書が引用している実況見分調書及びその基礎資料となった現場写真ちょう付書の作成過程において、本件火災の約一か月後に撮影した写真を本件火災翌日に撮 ウ弁護人は、D作成の本件火災に関する火災原因判定書が引用している実況見分調書及びその基礎資料となった現場写真ちょう付書の作成過程において、本件火災の約一か月後に撮影した写真を本件火災翌日に撮影した写真として貼付ないし引用した形跡があり、さらにこうした作成過程にDが関与していたことからすれば、Dの証言は全体として信用できないと指摘する。たしかに関係証拠によれば弁護人のいう経緯が認められ、本件における火災調査書類の作成過程は不相当なものであったといえる。しかし、本件火災翌日の客観的焼損状況について、Dの証言が本件火災翌日に撮影された現場写真と整合し、信用できることは上記のとおりである。また、焼損状況から受熱時間を推測し、目撃証言等の内容と併せて出火箇所を判定する手法についても、これを不合理だと疑わせる点は見当たらず、その合理性は、D作成の本件火災に関する火災原因判定書が消防署内で回覧された後、最終的に消防庁に提出されていることからも一応裏付けられるというべきである。 よって、本件火災翌日の客観的焼損状況及び各目撃証言等から本件火災の出火箇所が8畳洋室であると判定した旨のD証言については信用でき、弁護人の指摘によってもその信用性は左右されない。 エまた、弁護人は、本件火災の出火箇所が本件家屋1階の脱衣所にあるドラム式洗濯乾燥機であり、出火原因は自然発火である旨のEの証言から、 本件火災の出火箇所が8畳洋室であるとは認定できないと主張する。しかし、Eの上記証言は、上記アで認定できる火災発生直後の状況と整合しないところ、同人はその理由について十分な説明をしていない。加えて、Eは洗濯機周辺が高温で燃焼した形跡があることを根拠に同所を出火箇所と判定しているところ、高温で燃焼したことと同所が出火箇所であることが ころ、同人はその理由について十分な説明をしていない。加えて、Eは洗濯機周辺が高温で燃焼した形跡があることを根拠に同所を出火箇所と判定しているところ、高温で燃焼したことと同所が出火箇所であることが何故結びつくのかという点については、明言を避けている。そうすると、Eの上記証言は他の事実と整合せず、また明確な根拠を欠いているといわざるを得ないことから、信用できない。 ⑵ 上記のとおり、Dによる証言のうち前記の部分は信用でき、これにより本件火災は8畳洋室から出火したものと認定できる。 そして、Dは、同所からの出火原因として想定し得る電気関係、たばこ、ストーブ、カセットこんろ及びカセットボンベについて自然発火の具体的な可能性を検討し、その可能性が考え難いことから出火原因を放火と判定できる旨証言しているが、この部分も、焼損後の本件家屋内から発見された残焼物の客観的状況と整合し、またその判定手法に不合理な点がないことから信用できる。 ⑶ したがって、本件火災は放火によって発生したものと認定できる。 2 上記1に加え、本件火災発生時、本件家屋には被告人一人であったことからすれば、本件火災は被告人が火を放ったことにより発生したものと認められる。 なお、検察官は、Aが本件家屋を出るまで本件火災の発生につながるような状況を見ていなかったにもかかわらず、Aが本件家屋を出てから約2分後にはBと共に8畳洋室の窓から炎が燃え上がる様子を目撃したもので、本件火災に関する燃焼実験の結果によれば3分以内に窓ガラスが割れて炎が燃え上がるほどの火災が発生するには灯油等の助燃剤が必要とされることを併せ考えれば、本件火災は被告人が灯油などの助燃剤を用いて放火したことにより生じたものであると認められる旨主張する。しかしながら、上記⑴アのとおり、AとBが 助燃剤が必要とされることを併せ考えれば、本件火災は被告人が灯油などの助燃剤を用いて放火したことにより生じたものであると認められる旨主張する。しかしながら、上記⑴アのとおり、AとBが 本件火災を目撃した具体的時刻やAが本件家屋を出てから本件火災を目撃するまでの具体的な時間は特定できない。また、本件に関する燃焼実験を行ったFも、助燃材を利用したとしか考えられないわけではない、その可能性が非常に高いとまではいえないと補足しているほか、フラッシュオーバー現象が生じて出火から五、六分程度で炎が爆発的に上がる状態に達する可能性もあると証言している。8畳洋室には本件火災発生当時可燃物(カセットボンベ)があったこと、上記燃焼実験におけるカーペット及びカーテンの材質やその他の実験条件について、火災発生時の本件家屋内の状況と合致するかは必ずしも明らかでないこと、被告人の身体や衣服等から本件火災当日又は翌日に採取した微物のいずれからも油類が検出されていないことなども踏まえると、被告人が灯油等の助燃剤を用いて放火行為を行ったと断定することはできない。 3 以上によれば、被告人には本件家屋に対する現住建造物等放火罪が成立する。 (量刑の理由)量刑判断の中心となる現住建造物等放火事件(判示第2)についてみると、被告人の行為は、住宅密集地にあった木造の本件家屋内で、カセットボンベといった可燃物もある8畳洋室内に火を放ったもので、灯油の使用が認定できないとはいえ、本件家屋自体の焼損はもとより、周辺住宅に延焼して現実的な公共の危険を生じさせる犯行であった。現に、被告人の放火により本件家屋を全焼させ(焼損床面積合計196.94平方メートル)、さらに本件家屋周辺の建物4棟を全焼、6棟を一部焼損させており、その被害結果は重大である。被告人は、不倫関係にあっ に、被告人の放火により本件家屋を全焼させ(焼損床面積合計196.94平方メートル)、さらに本件家屋周辺の建物4棟を全焼、6棟を一部焼損させており、その被害結果は重大である。被告人は、不倫関係にあったAが他の女性と関係を持ったことに逆上して判示第1の事件に及び、それが失敗したことから自暴自棄になり判示第2の犯行も実行したと考えられるところ、いずれも身勝手な動機というほかなく、この点も厳しい非難に値する。そうすると、上記犯行の犯情は重いといわざるを得ず、同種事案(現住建造物等放火1件、単独犯、全焼10棟以下、住宅密集地、男女関係、前科関係なしの事案)の量刑傾向も参照すると、本件は、酌量減軽をしたり法定刑の下限付近の実刑とすることは相当ではなく、相 当長期間の実刑が相当な事案といえる。 また、判示第1の殺人未遂事件も、Aを死亡させる可能性があった危険な行為であり、その責任を軽く見ることはできない。なお、同事件については被害者であるAに傷害結果が生じていないが、これはAが包丁を間一髪避けられたという偶然の事情によるもので、量刑上格別に有利に扱うことはできない。 以上に加え、判示第1の殺人未遂事件について被害者であるAの処罰感情が強くないことや、被告人に前科前歴がないことなどといった被告人に有利な事情を考慮した上で、主文の刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑懲役8年)令和6年10月29日秋田地方裁判所刑事部 裁判長裁判官岡田龍太郎 裁判官仲田憲史 裁判官川畑百代 裁判官 川畑百代

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