平成28(う)206 業務上過失致死

裁判年月日・裁判所
平成29年7月27日 札幌高等裁判所 破棄自判 札幌地方裁判所
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判決文本文34,274 文字)

- 1 - 主文 原判決を破棄する。 被告人を禁錮2年に処する。 この裁判確定の日から4年間,その刑の執行を猶予する。 原審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 第1 控訴趣意に対する判断本件控訴の趣意は検察官山口英幸作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は弁護人三木明(主任)及び笹森学共同作成の答弁書に,それぞれ記載されたとおりであるが,論旨は次のような事実誤認の主張である。 すなわち,本件における本来の公訴事実の要旨は,被告人が,札幌市a 区b 条c 丁目d 番e 号所在の認知症対応型共同生活介護事業所「グループホームX」(以下「本件施設」という。)の事業者である「有限会社Y」の代表取締役として,本件施設の運営等の業務全般を統括するとともに,防火対象物である本件施設の建物(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建・床面積合計248.43平方メートル。以下「本件建物」という。)について管理する権原を有し,本件建物の設備等の設置,維持及び防火管理の業務に従事していたものであるが,本件施設を運営するに当たり,同施設に暖房のため1階の居間兼食堂(以下「本件居間兼食堂」という。)に放射熱によってその上面や前面等が高温となる床暖房の機能を備えた半密閉式石油ストーブ(以下「本件ストーブ」という。)が設置され,冬期間に点火した状態で昼夜にわたり利用していた上,認知症高齢者である入居者 - 2 -9名の中に,火の危険性を十分認識しないまま点火した状態の本件ストーブの上面等に可燃物を置くなど,火災の原因となる危険な行動をとりかねない者がおり,入居者の生命や身体に火災による危害が及ぶおそれがあったから,他の入居者の介護等のため本件居間兼食堂に居続けることができなくなる従業者が1名となる夜間及び深夜の勤務時に,本件 とりかねない者がおり,入居者の生命や身体に火災による危害が及ぶおそれがあったから,他の入居者の介護等のため本件居間兼食堂に居続けることができなくなる従業者が1名となる夜間及び深夜の勤務時に,本件ストーブを点火した状態のまま,本件居間兼食堂で,火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者を寝起きなどさせ続けないようにするか,入居者の行動を厳に監督できる体制を構築するか,ストーブの上面等に可燃物を置いても火災の原因とならないよう放射熱によって上面等が高温とならないストーブと交換するか,本件ストーブの上面等に直接可燃物を置けないようにストーブガードを設置するなどの適切な措置を講じ,火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,夜間及び深夜に勤務する従業者が1名であることから,他の入居者の介護等のため本件居間兼食堂に居続けることができなくなる体制で,入居者の行動を厳に監督できる体制を構築することなく,本件ストーブについて,その上面等に可燃物を置いても火災発生の原因とならないようなストーブに交換せず,上記ストーブガードを設置するなどの適切な措置を講じないまま,平成21年11月18日頃から本件ストーブを点火した状態のまま本件居間兼食堂で火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者のA(当時89歳)を寝起きなどさせ続けた過失により,同人により,平成22年3月13日(以下の記述で同日の表記を省略する。)午前2時15分頃に,本件ストーブの上面に着ていたパジャマなどの衣類を置くなどさせて燃え上がらせ,その火を - 3 -周囲の壁や床等に燃え移らせて,本件建物を全焼させた(以下「本件火災」という。)結果,間もなく本件建物内でAを含む入居者7名を焼死させた,というものである。これに対し,原判決は,本件火災の発生原因 周囲の壁や床等に燃え移らせて,本件建物を全焼させた(以下「本件火災」という。)結果,間もなく本件建物内でAを含む入居者7名を焼死させた,というものである。これに対し,原判決は,本件火災の発生原因が,Aが本件ストーブの上面に衣類を置くなどしたためであると認めることができず,その結果,上記公訴事実に従って被告人を有罪と認定することができないとして,無罪を言い渡した。しかし,関係証拠から認められる事実を適切に考慮して評価すれば,本件火災の発生原因が上記公訴事実のとおりであると認定することができるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。 そこで,原審記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて,検討する。 1 前提となるべき事実関係証拠によれば,本件に関する判断の前提等として,次のような事実を認定することができる。 ⑴ 被告人は,介護保険法による事業の運営を目的とする「有限会社Y」の代表者であったが,平成17年12月に札幌市a 区b 条c 丁目d 番e 号に同社を事業者とする認知症対応型共同生活介護事業所として,本件施設を開設した。そして,本件施設は,認知症を患う高齢要介護者のための共同生活住居であるグループホームとして,入居者に対し入浴や排泄,食事等の日常生活上の支援や機能訓練を行う施設であった。 ⑵ ところで,本件建物は,前記公訴事実のとおりの構造と床面積の木造2階建て居宅で,1階部分に本件居間兼食堂と台所のほか個室として利用されている入居者用居室等が,2階 - 4 -部分に事務室のほか同様の入居者用居室等が,それぞれ設けられていた。そして,本件建物に認知症を患う9名の高齢者が上記各居室に入居していたが,本件火災発生当時は,1階の入居者のうち,B(89 4 -部分に事務室のほか同様の入居者用居室等が,それぞれ設けられていた。そして,本件建物に認知症を患う9名の高齢者が上記各居室に入居していたが,本件火災発生当時は,1階の入居者のうち,B(89歳)が家族の元に外泊して不在であったが,本件居間兼食堂にA(89歳)が,各自の居室にC(92歳),D(85歳),E(88歳),F(74歳)及びG(83歳)の5名が,2階の各自の居室にH(65歳)及びI(81歳)の2名が,それぞれ在室していた。なお,Aは,本来2階の入居者用居室で寝起きしていたが,足の痛みを訴えて階段の昇降ができなくなったために,平成21年11月18日頃から本件居間兼食堂に簡易ベッドを置いて寝起きするようになっていた。 ⑶ 一方,本件居間兼食堂は,形状が南北6メートル余り,東西4メートル余りの長方形であり,天井が2階まで吹き抜けで,東側の中央やや北側から台所に,そのやや南側からDの居室に,西側の中央付近からCの居室にそれぞれ通じていた。また,本件ストーブが本件居間兼食堂の西側壁面に沿って北端から127ないし132センチメートル前後離れた位置に東に向けて設置され,Aの使用する簡易ベッドは同様に西側壁面に沿って本件ストーブから南方に120ないし125センチメートル前後離れた位置に設置されていた。 ⑷ また,本件ストーブは,株式会社Z製の床暖房用半密閉式石油ストーブ(型式M型。平成11年冬に販売開始)で,最上部に内部の灯油燃焼に伴う熱を室内に放熱する放熱器があり,その上面外側に,放熱器に直接接触することを防ぐため,金属製の棒が格子状に縦横に組まれた上面ガードが取り付けられていた。さらに,本件ストーブの前面に,内部に直接接触す - 5 -ることを防ぐために前面ガードが取り付けられていたほか,本件ストーブの周囲に,ほぼ同じ に縦横に組まれた上面ガードが取り付けられていた。さらに,本件ストーブの前面に,内部に直接接触す - 5 -ることを防ぐために前面ガードが取り付けられていたほか,本件ストーブの周囲に,ほぼ同じ高さのストーブガードが正面と両側面をコの字型に囲む形で置かれていたが,上面部を覆うものでないから,ストーブガード越しに本件ストーブの上面に物を置くことは可能な状態であった。なお,半密閉式とは,ストーブの燃焼に必要な空気を室内から取り入れ,燃焼後の排気を屋外に排出する方式を意味している。ちなみに,本件ストーブのように,天板部が覆われておらず高温となる放熱器が露出している構造のストーブは,一般的に高温の天板部に可燃物が載った場合に発火しやすいといわれている。また,本件火災の当日に,本件ストーブの北側と南東側周辺に2台の物干台が置かれ,多くの洗濯物が掛けられていた。 ⑸ 他方,本件施設における夜勤の体制は,午後4時30分から翌朝午前9時30分までの間を1人で勤務するというものであり,その間,主に1階の本件居間兼食堂で待機するほか,各入居者の居室を見回ったり,入居者のおむつを交換したりするなどの業務に当たっていた。そして,本件当日は介護福祉士の資格を持つJが1人で夜勤に当たっていた。 ⑹ そのような状況で,本件当日の午前2時15分頃に本件火災が発生したが,Jは,火災を目の当たりにし,台所にあった消火器を持ち出すなどして,消火に当たろうとしたものの,単独で消火や入居者を救出することができないものと諦めて,Gの居室の窓から脱出した上,午前2時22分頃に携帯電話機を使って119番通報をした。なお,Jは,本件火災により,気道熱傷のために気管切開手術を受けたほか,角膜,顔面及び手指に熱傷を負うなどして,1か月余りの入院治療と5か月余 - 2分頃に携帯電話機を使って119番通報をした。なお,Jは,本件火災により,気道熱傷のために気管切開手術を受けたほか,角膜,顔面及び手指に熱傷を負うなどして,1か月余りの入院治療と5か月余 - 6 -りの通院治療を要する受傷をした。 ⑺ そこで,札幌市北消防署管内のb 出張所所属の水槽隊を始めとする札幌市消防局(以下「消防局」という。)麾下の消防隊が,通報に基づき午前2時25分頃に出動指令を受け,午前2時30分頃に本件建物に到着した後,午前6時03分頃まで消火活動を行ったものの,本件建物は全焼した。その結果,上記入居者は,午前2時40分頃に最も早く発見されたGだけが自室のベッドで寝ているところを救出されたが,1階で,D及びFは各自室のベッド上に,Eは自室のベッド脇の床上に,それぞれ横臥した状態で救出されたものの,いずれも死亡したほか,1階でCが自室のベッド上で,2階で,Hが自室のベッド脇の床上で,Iが自室脇の屋外に併設されたポーチで,横臥したまま炭化して死亡した状態で発見された。また,Aは,本件居間兼食堂に隣接する上記台所中央付近の床上で,横臥したまま炭化して死亡した状態で発見されている。 なお,その後の調査により,本件建物内の漏電や本件ストーブの異常燃焼を示す痕跡は,発見されなかった。 2 原判決の認定及び判断の要旨一方,原判決は,理由中で次のような判断を示している。 ⑴ J証言の信用性について検察官は,本件火災が発生した際に本件ストーブの前にAが佇立していたと述べるJの証言を主要な根拠として,本件火災の発生原因が,Aが本件ストーブの天板上に衣類等を置いたことであると主張するが,以下のとおり,J証言の信用性を肯定することはできない。 アまず,Jの公判証言は次のような趣旨のものである。 火災の発生原因が,Aが本件ストーブの天板上に衣類等を置いたことであると主張するが,以下のとおり,J証言の信用性を肯定することはできない。 アまず,Jの公判証言は次のような趣旨のものである。 - 7 -すなわち,自分は,本件当日に一人で夜勤に従事していたが,午前1時半から午前2時前頃,Aが寝ているのを確認して,他の入居者のおむつ交換をするために本件居間兼食堂を離れた。 そして,自分が作業を終えて台所に戻ったところ,本件居間兼食堂の本件ストーブの天板上から火が上がっているのが見えた。 その炎の高さは,正確に表せないが,ストーブと煙突管の中間くらいからそれ以上まで上がっていた。このとき,パジャマの上下を着ていたはずのAが,股引と肌着の長袖シャツの姿で,本件ストーブの前でストーブに向かって立っているのが見えた。 なお,通常の夜勤の際に,本件居間兼食堂を消灯しており,このときも電灯をつけておらず,明かりはその炎だけであった。 そこで,自分が,Aのところに駆け寄って「どうしたの。」と声を掛けたが,Aはうつろな目をして無表情に近い状態で返答しなかった。その際,本件ストーブの南東側に置いた物干台と南側にある簡易ベッドとの中間くらいに,少なくとも3つくらいの火の粉のようなものが5センチメートルくらいの高さまで炎を上げていたので,簡易ベッドの布団を引っ張って火の粉の上に載せ,手でたたいたり足で踏んだりして消そうとした。さらに,自分は,台所の隅に置いてある消火器を取り出して手に取り,本件ストーブに近づいて,火を消そうとしたところ,その頃正気に戻った様子のAが,「うわああ,あっちい。」と言って,少し横に移動していた。その後,自分は,近くの部屋の人だけでも逃がそうと思い,大声で「火事だよ,逃げて。」と叫んだ上,本件居間兼食堂の窓を開けようとしたが, Aが,「うわああ,あっちい。」と言って,少し横に移動していた。その後,自分は,近くの部屋の人だけでも逃がそうと思い,大声で「火事だよ,逃げて。」と叫んだ上,本件居間兼食堂の窓を開けようとしたが,開けることができず,その頃に煙が充満して視界も悪くなり,Aを見失い,そのうち声も出せなくなって,一人では助けられないと思 - 8 -い,置いていた携帯電話機を取って,這いずって移動し,何とか1階南東側のGの居室の窓から外に出て119番通報をした,というのである。 イ J証言の信用性評価 Jの上記証言は臨場感と一貫性を持って述べられたものであるが,Jの視認した状況が明かりの消えた状態で精神的に大きく動揺しながらごく短時間に限り目にしたにすぎないものである上,火災発生前の行動経過に関する部分を含め,全体として有力な裏付けを欠いているから,その信用性を慎重に検討する必要がある。 まず,Aは,閉塞性動脈硬化症の影響で足指が壊疽症状を呈していた上,かねてからの水虫や巻き爪による足の爪の変形や剥離があって,通常の歩行が困難な状態となっていたほか,腰椎圧迫骨折の既往症のために腰痛を抱えていた。そのため,Aについて,定期的に診察を担当していた医師は,独力で歩行することや立位を保つことが不可能であったと思うと証言している。さらに,Aの介護に当たっていた本件施設の複数の元従業員も,ごく短時間の場合を除き,独力による自力歩行や立位保持が困難であったと証言している。そうすると,簡易ベッドから本件ストーブまで独力で歩行して移動した上,佇立していたというJ証言に基づくAの行動は,不可能であったといえないとしても,それなりの困難を伴うものであり,日常的に優に想定される事態でなかったといえる。なお,Aの遺体は本件居間兼食堂に 上,佇立していたというJ証言に基づくAの行動は,不可能であったといえないとしても,それなりの困難を伴うものであり,日常的に優に想定される事態でなかったといえる。なお,Aの遺体は本件居間兼食堂に隣接する台所内で発見されているが,Aが移動した状況は明らかでなく,自力歩行でなく,這うなどして移動した可能性があるから,Aによる上記行動の可能性を示す - 9 -証左にはならない。また,Aに関する介護記録に,本件火災まで1か月以内の時期に自力で立ち上がり歩行した旨の記載が少なからず存在するが,それらの記載は断片的なものであって,Aの具体的な挙動の状況をうかがい知ることができない。しかも,Aによる歩行や立位保持の能力について,それらの介護記録を記した上記元従業員らが出廷してより詳細に否定する趣旨の証言をしているから,その証言によるべきであり,介護記録の記載に依拠して判断することは相当でない。 また,本件建物に火災警報器が設置されていた上,シーズー犬が飼育されていたが,Jが,本件火災が発生した頃に台所から炎に気付くまでの間に,火災警報器の警報音や犬の鳴き声のほか,炎の明かりや臭い,煙,音に一切気付かなかったという証言は不可解である。 しかも,関係証拠によれば,外泊していたBの使用に係る1階東側洋室のベッド上に,毛布が乱雑に置かれていたことが認められる。他方,Jは,検察官による主尋問で,本件当夜における夜勤業務の内容をかなり具体的に述べる一方,仮眠の有無に言及しなかったのに,弁護人の反対尋問に際し,前夜の午後9時以降の時間帯にBの居室のベッドで横になって休息した旨を警察官による取調べの際に供述調書に録取されていることを指摘され,その旨の内容を認めるに至っている。そのようなJ証言の内容や態度から,Jが,本件当夜 時間帯にBの居室のベッドで横になって休息した旨を警察官による取調べの際に供述調書に録取されていることを指摘され,その旨の内容を認めるに至っている。そのようなJ証言の内容や態度から,Jが,本件当夜の勤務中に仮眠を取ったことがあったと推認され,その時間帯が本件火災発生の頃であった可能性を否定できない。仮にJがその頃に仮眠を取っていたとすると,本件火災当初の煙の発生等に気付かなかったことを無理なく説明することができる。この点は,夜 - 10 -間勤務中の行動経過に関するJ証言の信用性に疑問を抱かせる事情である。 さらに,Jは,本件前日午後の勤務中に看護師に対していら立った態度を示したほか,その夜に,同僚に対し,「誰も私の言うことを聞いてくれない」「私はこんなにこうしてるのに誰も何もしてくれない」といった内容の電子メールを繰り返し送信したことが認められ,それらの精神状態の不安定さをうかがわせる言動も,J証言の信用性を検討する上で無視し難い事情といえる。 その上,Jは,救護に当たった救急隊員に対し,興奮した様子で,おしめを交換しているときに認知症の入居者がストーブに洗濯物を掛けていたと申告したほか,捜査段階で,警察官に対し,直接は見ていないが,Aがパジャマを脱いで本件ストーブ上に置いたと思う旨の説明をしている。しかるに,実際は,Jにおいて,Aが衣類を本件ストーブの上に置いた状況を現認しておらず,上記の申告や供述は推論の域を出ない。 ウ以上のとおり,Jの証言や申告の内容について,種々の問題があり,信用性をたやすく肯定することはできない。 ⑵ 警察により実施された燃焼実験の証拠価値について検察官は,Aが本件ストーブの天板上に衣類等を置いたことが本件火災の発生原因であることが,警察官の実施し たやすく肯定することはできない。 ⑵ 警察により実施された燃焼実験の証拠価値について検察官は,Aが本件ストーブの天板上に衣類等を置いたことが本件火災の発生原因であることが,警察官の実施した燃焼実験(以下「本件燃焼実験」という。)の結果から裏付けられていると主張する。しかし,以下のとおり,その燃焼実験は,本件火災発生当時の本件ストーブなどの状況を正しく再現しておらず,裏付証拠として価値が低いといわざるを得ない。 ア本件燃焼実験は,北海道警察本部科学捜査研究所内 - 11 -の火災実験室で,本件居間兼食堂内の状況を再現した上,本件ストーブと同じ会社の製造に係る仕様の類似した半密閉式石油ストーブを用いて,最大火力に設定し,綿製のパジャマや肌着などの衣類を置いた状態で,発火等の状況を見分したものである。それによると,衣類が発火するまで最短の54秒間(上面ガードに肌着1枚を無造作に載せた場合)から最長の3分16秒間(上面ガードに紳士用パジャマ上下1組及び肌着5枚を無造作に載せた場合)を要したという結果が得られている。 イしかし,その実験は,ストーブの火力が最大火力(手動運転の「大」)に設定して実施された点で,本件火災の発生当時と比較して,衣類の発火や燃焼がより進行しやすい条件となっていた疑いがあり,証拠価値が低いといわざるを得ない。 すわなち,上記のような火力の設定は,本件ストーブが,自動運転に設定されると,室温が設定温度より3度以上低い場合に最大火力で燃焼する仕様となっていたところ,Jが,本件火災発生当時に本件ストーブが23度又は24度の自動運転に設定され,本件居間兼食堂の室温が20度より大幅に寒かったと説明したことに依拠したものである。しかし,本件居間兼食堂の室温に係るJの説明は,警察署の会議室の室温 トーブが23度又は24度の自動運転に設定され,本件居間兼食堂の室温が20度より大幅に寒かったと説明したことに依拠したものである。しかし,本件居間兼食堂の室温に係るJの説明は,警察署の会議室の室温を20度に設定してJに体感させたところ,本件当時の本件居間兼食堂の温度はそれより大幅に寒く,夜勤のときはいつもコートを着ていたと述べたというものにすぎない。しかるに,温度に関する感覚が体調その他の条件によって左右されるから,Jの上記説明は感覚的で主観的なものにとどまり,それに依拠して当時の室温を仮定することは合理的でない。また,札幌市消防局の実施した燃焼実験(以下「消防局の燃焼実験」という。)によると, - 12 -その実施時の火力が明らかでないものの,25分間が経過しても炎が生じなかった場合や,衣類の発火まで7分54秒間や8分35秒間を要する結果が出ていることに照らし,本件燃焼実験で現れたような短時間の経過で衣類が発火することが一般的で確実な事態といえるか疑問が残るというほかない。 ⑶ ストーブから繊維状物質が検出されたことについて検察官は,本件ストーブの天板上から炭化した微細な布片が検出されたことが,Aがその天板上に衣類等を置いたために本件火災が発生した事実を裏付けていると主張する。 しかし,Aが当夜着用していたパジャマの繊維の織り目は,検出された上記布片のそれと異なることが判明している。また,その布片は,微細なために成分等が明らかでない上,本件ストーブの天板上に激しい火勢の中で本件建物の他の箇所から落下又は飛来したことが想定される破砕された石膏ボードや炭化した木片等,相当量の残焼物が堆積していた状況に照らし,本件火災の発生当時から本件ストーブの天板や上面ガード上に存在していたと認めるには疑問が残るといわざる とが想定される破砕された石膏ボードや炭化した木片等,相当量の残焼物が堆積していた状況に照らし,本件火災の発生当時から本件ストーブの天板や上面ガード上に存在していたと認めるには疑問が残るといわざるを得ない。なお,上記残焼物から14点の繊維状物質が収集され,その一部の形状が綿繊維の特徴を持つとされているが,これらがAの着用に係るパジャマや物干台に干されていた衣類と繊維の形状が一致することを示す証拠はない。したがって,本件ストーブの天板上から布片が検出されたことも,Aが本件ストーブ上に衣類を置いた事実の裏付けとしての意味は乏しいというほかない。 ⑷ 総合的検討ア本件火災の発生原因に関する検察官の前記主張は,それに沿う趣旨のJの救急隊員に対する申告や取調警察官に対 - 13 -する供述の信憑性が低い上,同主張を裏付けるべき本件燃焼実験も証拠価値が乏しく,本件ストーブの天板上から布片が検出された事実も大きな意味が認められないから,これらを根拠として本件火災の発生原因を認定することはできない。 イそこで,Jの目撃証言で述べられたAが本件ストーブの前に佇立していたとされる行動やその際の炎の状況が,仮に信用できるとした場合に,その事実から,検察官の前記主張のとおり,Aが本件ストーブ上に衣類等を置いたことが本件火災の発生原因であると認定できるかについて検討すると,以下のとおり,そのような事実を推認することは困難といわざるを得ない。すなわち,Jは,初めて炎を見た際に,その高さがストーブと煙突管の中ほどからそれ以上の高さであったと証言しているが,その証言によると,その際の炎の高さが58センチメートル前後に達していたと見られるから,既にかなり火勢の強い状態であったと思料される。そして,消防局の燃焼実験によれば,ストーブ上に衣類 ているが,その証言によると,その際の炎の高さが58センチメートル前後に達していたと見られるから,既にかなり火勢の強い状態であったと思料される。そして,消防局の燃焼実験によれば,ストーブ上に衣類を置いた場合に発火まで七,八分の時間を要したとされているが,その実験で,温度が上面ガード中央部で226度,放熱器付属の熱交換器上で471度に達したとされており,それらは製造会社の実施した実験結果に基づく最大火力運転時に計測されたものと近い値である。そうすると,本件火災発生当時の本件ストーブの火力次第で,衣類の接触から発火まで更に長い時間が必要となった可能性がある。しかも,Jは,本件ストーブ南東側の物干台と簡易ベッドの中間付近で3個ほどの火の粉のようなものが5センチメートル程度の炎を上げていたと証言しているが,発火の直後にそのような独立燃焼状態の複数の炎が生じていたものとは考えにくい。し - 14 -たがって,Jが炎を見たとされる時点で,出火原因となる出来事が起きてからある程度の時間が経過していた可能性が高いといえる。そうすると,Aがそのような長時間にわたり立位を保ったという行動は,その歩行及び立位保持の能力に照らして不自然である。また,それまで,Jにおいて,火災警報器の警報音や犬の鳴き声,明かり,臭い,煙等の火災発生をうかがわせる異状に気付かなかったとする証言内容も,合理的に説明できず,不自然というほかない。以上のような事情によると,仮に発火状況に関するJ証言が信用できるとしても,Aが本件ストーブ上に衣類を置いたことが本件火災の発生原因であると推認することは困難といわざるを得ない。 ウ以上から結局,本件火災の原因を特定することは困難というほかない。なお,本件ストーブの近くに2台の物干台が置かれて多くの洗濯物が干されてい あると推認することは困難といわざるを得ない。 ウ以上から結局,本件火災の原因を特定することは困難というほかない。なお,本件ストーブの近くに2台の物干台が置かれて多くの洗濯物が干されていた事実がある上,関係証拠によると,過去に他の入居者が,タオルを本件ストーブのストーブガードに掛けたことや,夜勤中に本件居間兼食堂に入ってきた出来事があったというのであるから,本件に際しても,例えば,A以外の入居者が本件居間兼食堂に立ち入った上,火災発生の原因となり得る挙動等に出た可能性も,本件証拠上,排斥することはできない。 ⑸ 結論以上を要するに,本件における本来の前記公訴事実は,Aが本件ストーブの上面にパジャマなどの衣類を置くなどしたことが本件火災の発生原因であるとする前提に立ち,本件建物の防火管理業務に従事していた被告人について,そのような入居者の行動を原因とする火災の発生を未然に防止すべき業務上 - 15 -の注意義務があったのに,それを怠ったという点で過失を問う内容となっている。しかし,上記のとおり,本件火災の発生原因がそのようなものであったと認定することができないから,上記のような過失を問題とする公訴事実の下においては,犯罪の証明がないことに帰する,というのである。 3 原判決の認定及び判断の当否についてしかし,原判決の上記認定及び判断は,以下のとおり,論理則,経験則等に照らして不合理なものといわざるを得ず,是認することができない。 まず,原判決の判断の枠組みについて,次のような根本的な問題を指摘できる。すわなち,本件火災の発生原因に関する基本的な証拠として,本件建物の焼損状況等から客観的に考察して判定した消防局作成の火災原因判定書等の火災調査関係書類が存在し,原審でそれを添付した を指摘できる。すわなち,本件火災の発生原因に関する基本的な証拠として,本件建物の焼損状況等から客観的に考察して判定した消防局作成の火災原因判定書等の火災調査関係書類が存在し,原審でそれを添付した司法巡査作成の捜査報告書が請求された。そして,その捜査報告書は,立証趣旨が「本件火災原因がストーブ上面に接触した布類が着火したことであること等」とされており,仮に「ストーブ上面に接触した布類が着火した」事実が,この捜査報告書か上記火災原因判定書等の作成者を取り調べることにより立証されれば,本件火災の発生機序の相当部分と合わせて,J証言の信用性を支持する客観的状況の解明につながる蓋然性の高いものであったと考えられる。このように,上記捜査報告書は,本件火災の発生原因を解明する上で,最も基本的な証拠と判断されるのに,原裁判所は,その大半の部分について不同意意見が述べられ,検察官が請求を撤回した対応を受け入れ,その主要部分を取り調べないまま審理を終結した上,本件火災の発生原因が特定できない旨の判 - 16 -断を導いたものであり,その判断の手法や内容面の正当性に重大な疑義を抱かざるを得ないというべきである。 J証言の信用性についてアそして,原判決は,J証言の信用性を否定する判断を明言しないものの,種々の疑問点を指摘して,結局,その信用性を肯定していない。しかし,Jの証言は,原判決も説示するとおり臨場感を備えて一貫したものであり,内容自体から必ずしも虚偽を述べたものとは考えられない上,後記のとおりその信用性を補強する事実も存在する。したがって,原判決が指摘するJ証言の信用性に係る種々の疑問点は,以下のとおり,必要な証拠を看過したり関係する証拠に対する的確な評価を怠ったりしたことに基づく誤った判断というべきであり,不合理 る。したがって,原判決が指摘するJ証言の信用性に係る種々の疑問点は,以下のとおり,必要な証拠を看過したり関係する証拠に対する的確な評価を怠ったりしたことに基づく誤った判断というべきであり,不合理といわざるを得ない。 イ原判決の信用性の評価についてJ証言の内在的な問題点についてまず,原判決は,J証言の内容について,臨場感と一貫性があるとしながら,明かりの消えた状態で精神的に大きく動揺しながらごく短時間に限り目にしたにすぎないとして,Jの視認状況が良好でないことを理由に信用するに足りる内容でないと判断していると解される。しかし,J証言は,炎を見た,Aが本件ストーブの前に立っていた,自ら消火を試みたといった事実について,相当な程度にわたり具体的かつ明確に述べており,見間違いや思い込みによって誤った証言をしたとはおよそ考えられない内容である。したがって,J証言の核心部分は,自己の体験した事実を記憶のままに述べたものか,さもなくば殊更に虚偽を述べたと評価されるべきものである。 - 17 -そうすると,明るさ,心理状態,目撃時間といった視認状況の不良さを示す事情は,見なかったものを見たと述べた虚偽の証言をした証左とならないから,その信用性評価に影響する事情といえない。しかるに,原判決は,視認状況が良好でなかったことをもって,J証言の信用性を肯定できない一事情と捉えており,適切な信用性評価をしたといい難いものというほかない。 また,原判決は,J証言の内容に有力な裏付けを欠いていると判断しているが,後述するように,その内容を裏付ける種々の事実を指摘することができるから,原判決の信用性評価は不合理といわざるを得ない。なお,Jは,本件火災の発生直後から,出火箇所が本件ストーブである旨を一貫して説明している。すなわち を裏付ける種々の事実を指摘することができるから,原判決の信用性評価は不合理といわざるを得ない。なお,Jは,本件火災の発生直後から,出火箇所が本件ストーブである旨を一貫して説明している。すなわち,一般に火災原因について,不審火,火の不始末,漏電等の様々な可能性が想定され得るが,Jは,当初から一貫して,消防局や警察組織による後の調査で判明することとなった出火箇所等を当初から正しく言い当てている。 しかも,本件火災が鎮火した後,本来は台所に置かれていた消火器が本件居間兼食堂から発見されているほか,前記認定のとおり,Jは気道と角膜,顔面,手指に重度の熱傷を負っているが,その事実は消火器等を用いて消火しようとしたと述べるJ証言を強力に裏付けるものと見ることができる。 ところで,本件で,Jが119番通報をした午前2時22分から8分ほどが経過した午前2時30分に消防隊が到着したが,その頃に本件建物南西側の1階と2階角の窓から火炎が噴出し,火災は既に最盛期に達しており,1階の西側と南側中央部の窓からは進入不能の状態となっていた。なお,1階南西角が本件居間兼食堂の西に隣接するCの居室であり, - 18 -2階南西角はIの居室である。そこで,消防隊員が直ちに入居者の救助に当たったものの,午前2時40分に南東側洋室で発見されたGこそ生存したまま救助されたが,続いて午前2時45分に中央部洋室から救助されたDや午前2時47分に北東角洋室から救助されたEが,間もなく死亡するに至っており,火の回りは相当に速かったものと認められる。 したがって,Jが初めに本件ストーブ付近の炎を見た際の状況や引き続いて消火に当たった際の状況は,本件ストーブに近づくことができる程度のいまだ火勢がそれほど強くない状態であったと考えられ,Jの供述内容はその意味でも自 に本件ストーブ付近の炎を見た際の状況や引き続いて消火に当たった際の状況は,本件ストーブに近づくことができる程度のいまだ火勢がそれほど強くない状態であったと考えられ,Jの供述内容はその意味でも自然なものと評価することができる。仮にJが原判決の指摘する仮眠等に陥っていて本件火災の発生に気付くのが遅れた場合,本件ストーブに継続的に供給されている灯油に引火するなどして火勢が急激に強くなり,出火箇所が本件ストーブであると把握することも消火を試みることも甚だ困難となっていた可能性が少なくないというべきである。したがって,Jは,その証言のとおり,本件居間兼食堂で本件ストーブから出火する状況を現認した上,直ちにその場から退去することなく,なおその場にとどまって消火を試みた可能性が極めて高いと見られるのに,原判決がこの点について検討した形跡は見当たらない。 Aの身体的能力について原判決は,医師や複数の元従業員の証言に依拠して,Aが,足指の壊疽症状や腰痛のために自力歩行や立位保持が相当に困難であったものと認定し,独力で簡易ベッドから本件ストーブまで歩行した上,佇立した状態でいたことが不可能とまでいえないとしても,日常的に優に想定される事態でな - 19 -かったと判断して,J証言の内容に強い疑問を指摘している。 しかし,本件でAの歩行や立位保持の能力を検討する意味は,Aが,全く直立することができず,本件ストーブ前に佇立していたとするJ証言があり得ない内容であるか,全く直立できないという事実がなく,佇立することがあり得る状況であったかを明らかにする点にある。ただし,仮にAが自由に徘徊することができたとしても,その事実がJ証言の信用性を増強する意味を持つことはなく,Aが直立できないことがJ証言の信用性を強力に る状況であったかを明らかにする点にある。ただし,仮にAが自由に徘徊することができたとしても,その事実がJ証言の信用性を増強する意味を持つことはなく,Aが直立できないことがJ証言の信用性を強力に弾劾することとなる。しかるに,原判決は,Aが本件ストーブ前に佇立したことが不可能でないと説示して,Jの証言が成り立ち得ることを前提としながら,Aが直立したことさえ想定し得ないとして,その信用性に強い疑問を指摘しており,結局のところ,いかなる信用性評価に至ったかが判然と示されていない。 そして,Aの歩行及び立位保持能力の程度について,本件で遺体が本件居間兼食堂に隣接する台所で発見された事実から,Aが少なくとも簡易ベッドから本件居間兼食堂内を横断して台所内の遺体発見地点に至るまでの4メートル余りの区間を独力で移動することが可能であったことは明白である。 このことは,Aについて,日頃から自力歩行や立位保持に困難を伴っていたとする指摘を踏まえても,歩行や佇立した事実があり得なかったものでないことを示しており,それを前提とするJ証言を裏付ける意味を持つ事実である。この点について,原判決は,Aが台所に移動した状況が不明であり,這って移動した可能性があるなどと指摘して,Aの遺体が台所で発見された事実が同人において本件ストーブの前に佇立できたことの証 - 20 -左にならないと説示している。しかし,Aが,上記区間を独力で移動した方法は,直立歩行によるか,原判決のように這うなどして移動したかのいずれかと考えられるが,日頃から動くことの少ない89歳の高齢者であった上,腰痛を抱えていた身体状況から判断すると,4メートル余りの距離を這って移動する方法は相当な困難を伴うものと見るべきである。しかるに,直立歩行が不可能であったが這うことはできた 歳の高齢者であった上,腰痛を抱えていた身体状況から判断すると,4メートル余りの距離を這って移動する方法は相当な困難を伴うものと見るべきである。しかるに,直立歩行が不可能であったが這うことはできたとする判断は,余りに便宜的であって事物を適切に評価したものといえない。ちなみに,当審で取り調べた司法警察員作成の検視調書によれば,Aの遺体は,胸部や大腿部の前面が炭化しているのに対し,背部が基本的に焼損しておらず,Aが這って移動したことと整合しない状況が認められる。 また,原判決の指摘するとおり,Aを診察していた医師や介護に当たっていた本件施設の複数の元従業員が,Aが独力で自由に歩くことや立位を保持することが困難であったと証言しているが,上記医師は,司法警察員による取調べに際して「3月9日の最後の往診時には,ゆっくりであれば自力歩行も可能な状態まで回復していました。」と供述していたほか,Aに関する本件施設の介護記録に,Aが直立して歩行したことがあったという趣旨の複数の記載が存在する。すなわち,介護記録の記載によると,Aは,平成22年1月26日(以下の記述で平成22年の表記を省略する。)に腰の痛みのため整形外科を受診した結果,腰の骨がつぶれていることが判明し,腰ベルトを巻いて経過観察することになったこと,2月16日に再び整形外科を受診したところ,レントゲンの結果が前回受診時より少し悪化したので,足の屈伸運動をするよう指導を受 - 21 -けたほか,その後のJ以外の職員が記した内容に,同月17日に「眠れないのか1時間程したら立ち上がってきた」,同月22日に「1人でトイレを探しに来た。」「座らず立ったままする。」「AM2時頃,急に起きてウロウロしていた」,3月4日に「トイレ介助。座っていると,いきなり立ち上がり,立ってされた」, た」,同月22日に「1人でトイレを探しに来た。」「座らず立ったままする。」「AM2時頃,急に起きてウロウロしていた」,3月4日に「トイレ介助。座っていると,いきなり立ち上がり,立ってされた」,同月7日に「ゴミ箱に放尿しようとしていた。あわててトイレ誘導する」ことなどがあり,Aが自力で立ち上がったり,歩き回ったりしたことが具体的に記録されていることに加え,同月9日に再び整形外科を受診した際に,レントゲン検査の結果,骨がほぼ付いてきている様子と説明された旨が記されている。 このような介護記録の記載について,原判決は,非常に断片的で詳細な状況の分からないものであり,記載した複数の元従業員自身が出廷してより詳細に証言しているから,公判証言に依拠すべきであって,介護記録の記載によるべきでないという。 しかし,介護記録の記載は,複数の職員により,上記のとおりかなりの具体性を持った内容が記されている上,そもそも職員間の引継ぎなどの目的で入居者の体調や様子を正確に記載することが求められるという文書の性格や,その記録作業が日常的に繰り返される業務であって,作為の入り込む可能性が低く,殊更に虚偽を記載するような事情も想定できないから,その記載内容は基本的に正確なものと評価すべきである。 これに対し,医師や元従業員の上記各証言が本件火災から相当の年月が経過した後のものである上,上記医師の証言は上記のとおり捜査官に対する供述と矛盾している。また,上記元従業員の中に,被告人と同様に,本件火災の発生に関する管理責 - 22 -任の有無について捜査対象とされた者もおり,それらの元従業員は,自分たちや被告人ら幹部の責任を免れたり軽減させたりする目的で,現場に居合わせたJ一人に本件火災の責任を負わせようと意図する動機があるというべきである。これら とされた者もおり,それらの元従業員は,自分たちや被告人ら幹部の責任を免れたり軽減させたりする目的で,現場に居合わせたJ一人に本件火災の責任を負わせようと意図する動機があるというべきである。これらの事情に照らし,元従業員らの上記証言は,本件以前に記された介護記録に反する内容であり,たやすく信用することができない。 以上のとおり,原判決は,Aの歩行及び立位保持の能力について,経験則上,基本的に信用すべき介護記録の記載内容を排斥することにより,重要な事実を誤認した疑いが濃厚であり,是認することができない。 さらに,A以外の入居者が,死亡を免れたGを含め,全員が自室のベッド上又はその直近の床上で発見されたのに対し,Aは本件居間兼食堂に置かれた使用しているベッドから4メートル余り離れた台所の中で発見されている。これらの事実は,Aだけが比較的早期に火災の発生を知って,火源からの離脱を試みたものと理解することが可能であって,本件火災の発生時点に本件ストーブ前で佇立していたとするJの証言と整合する意味を持つというべきである。 以上のとおり,Aの歩行及び立位保持能力が原判決指摘のように必ずしも低いと認めることはできないから,そのことを理由にJ証言の信用性が否定されるとはいえない。 Jによる周囲の状況に対する認識について原判決は,Jが炎に気付くまでの間に火災警報器の警報音や犬の鳴き声,煙,音などに一切気付かなかったことが不可解であると指摘する。しかし,後記のとおり,Jが炎に気付いたのは,発火から間もない時期と認められ,本件居間兼 - 23 -食堂の上部が吹き抜けの構造となっていることも考慮すると,いまだ煙等が充満した状況になく,火災警報器も作動していなかった可能性があるから,原判決の上記指摘は当を得ていない。 また, - 23 -食堂の上部が吹き抜けの構造となっていることも考慮すると,いまだ煙等が充満した状況になく,火災警報器も作動していなかった可能性があるから,原判決の上記指摘は当を得ていない。 また,Jが,前記のとおり発火を見てから消火器等による消火を試みた際に,その時点の火勢等に照らし,火災警報器や犬が発報ないし鳴動していた可能性が高く,実際にそれらを聞いていたとも考えられる。しかるに,Jとして,火災発生に気付いて消火に当たるまでの過程について,上記のような物音を聞いたことをあえて秘匿し,虚偽を述べるべき必要性は全く想定できない。むしろ,Jは,本件火災の発生を覚知して以降,重度の気道熱傷を負うことを顧慮することなく必死に消火に当たろうと試みたものと認められるから,消火や入居者の動静以外の事象に意識が向かわない無我夢中の心理状態にあったために,周囲の物音が耳に入らなかったか,それらを聞いた記憶が定着しなかったとしても,不自然といえない。したがって,Jが火災警報器の警報音を始めとする周囲の状況に関する認識がなかったことを不可解と評価することは,それ自体不合理である上,J証言の信用性評価に当たって有意な指摘ともいえない。 Jによる仮眠の可能性について原判決は,J証言に関し,本件の当時に不在であったBの居室のベッド上に毛布が乱雑に置かれていたことや,Jがそのベッドで休憩を取ったことについて,検察官の主尋問で一切言及しなかったのに,弁護人の反対尋問でその旨を録取された供述調書の存在を指摘されて初めて認めるに至ったという供述の経過や内容に照らし,Jが本件当夜の夜間勤務中に仮眠を取ったことがあったものと推認され,それが本件火災発生 - 24 -の頃であった可能性を否定できない,と説示している。 しかし,前記のとおり,J 内容に照らし,Jが本件当夜の夜間勤務中に仮眠を取ったことがあったものと推認され,それが本件火災発生 - 24 -の頃であった可能性を否定できない,と説示している。 しかし,前記のとおり,Jが救出の直後から一貫して本件ストーブが出火箇所であると説明していることや,消火器が本件居間兼食堂で発見されたことに照らし,Jが本件居間兼食堂で出火した直後の状況を現認し直ちに消火を試みた可能性が高く,仮眠を取っており,そのために本件火災の発生に気付くのが遅れたような経過はなかったものと認められる。また,記録によると,Jは,証言に際し,反対尋問で弁護人から問われるまで,Bの居室のベッドで休憩を取ったことも,捜査段階でそれを自認する供述をしたことも失念していた様子が認められ,ベッド上に置かれた毛布の写真を示されたり,上記供述調書に記載されていることを指摘されたりしたやり取りの後に,本件当夜の夜勤中に休憩を取った事実を認めるに至っている。そして,原判決は,このような証言態度が不安定であるとして,Jの夜勤業務中の行動経過に関する供述について全般的な信用性に疑問が生じると指摘している。しかるに,Jの捜査官に対する供述の内容は,本件前夜の午後9時頃から午後11時頃までの間の短時間について,Bの居室にある簡易ベッドで横になって目を閉じて休憩したものの,寝入ったことはないというものであり,本件火災の発生と直接に関わりのない行動を自認したにすぎず,火災の目撃状況に関する証言の信用性に直ちに影響を及ぼすとはいえない。しかも,Jが捜査段階でそのような供述をしたことは,検察官及び弁護人が把握していた上,検察官やJとして,午後11時頃以前にBの居室で休憩を取ったことがあった事実は,本件火災の状況を説明するに当たり殊更に隠蔽する必要がなかったものと解される。 とは,検察官及び弁護人が把握していた上,検察官やJとして,午後11時頃以前にBの居室で休憩を取ったことがあった事実は,本件火災の状況を説明するに当たり殊更に隠蔽する必要がなかったものと解される。現に,Jは上記供述の存在を失念し - 25 -ていたと認められ,原判決のように公判証言に際して殊更に隠蔽を試みたり虚偽を述べようとしたりした供述態度と理解することが相当とは思われない。したがって,上記のような証言態度からJ証言の全般的な信用性を否定した原判断について,その合理性に疑問を差し挟まざるを得ない。 Jの精神状態について原判決は,本件前日以来のJの言動が精神状態の不安定さをうかがわせると指摘しているが,単に仕事上の不満を他人にぶつけたり同僚に愚痴を言ったりした程度のものと認められ,本件火災に係るJ証言の信用性に影響を及ぼす事情とはいえない上,Jが精神的な疲労感を抱えていたとしても,本件火災の状況について虚偽を述べる理由があったとはいえない。 したがって,原判決の上記指摘に賛同することはできない。 その余の点について原判決は,Jが救急隊員や警察官に対し,入居者がストーブに洗濯物を掛けたことが本件火災発生の原因である旨説明した内容が,現認に基づくものでないから,推論の域を出ないというが,当然の事柄であって,J証言の信用性に影響を及ぼす事情に当たらない。 ウ J証言の信用性に関する当裁判所の判断以上のとおり,J証言の信用性に関する原判決による評価は多くの点で不合理なものといわざるを得ない。そして,本件ストーブの上面から炎が上がり,その際にAが本件ストーブ前に佇立していたとする内容を核心とするJ証言は,以上の検討に加えて,後述する燃焼実験の結果や本件ストーブの天板上から繊維片の残焼物が発見 本件ストーブの上面から炎が上がり,その際にAが本件ストーブ前に佇立していたとする内容を核心とするJ証言は,以上の検討に加えて,後述する燃焼実験の結果や本件ストーブの天板上から繊維片の残焼物が発見された状況とよく整合しており, - 26 -高度の信用性を肯認できるというべきである。 ⑶ 本件燃焼実験の証拠価値についてア本件火災の際の本件居間兼食堂の状況を再現して実施された本件燃焼実験の結果によると,ストーブの天板上に衣類を置いてから54秒ないし3分16秒後に,衣類が発火したとされている。 イまず,本件燃焼実験により,衣類をストーブの天板上に置くことで実際に発火するに至る事実が証明されており,衣類等が本件ストーブの上に置かれたことが本件火災の発生原因であるとする検察官の主張を裏付ける意味を持つことは明らかである。しかるに,原判決は,その実験が,ストーブの火力を最大火力(手動運転の「大」)に設定して実施された点で,本件火災発生当時の条件と比較して衣類の発火や燃焼がより進行しやすい条件となっていた疑いがあり,証拠価値が低いと説示している。しかし,その実験結果は,設定した条件の下で衣類が発火したという客観的な結果を立証する限度で,本件火災の機序を検討する上で有意義なものであり,証拠価値が高いことは疑いを入れない。しかるに,原判決が上記のように論難する理由は,結局のところ,本件火災の際の本件ストーブの火力の認定に尽きるものと解される。 ウそして,本件燃焼実験で最大火力に設定した理由は,本件ストーブが,自動運転に設定された場合に,室温が設定温度より3度以上低くなったときに最大火力で燃焼する仕様となっていたところ,Jが,本件火災発生当時に本件ストーブは設定温度を23度又は24度とする自動運転に設定されていたが,本件居 に,室温が設定温度より3度以上低くなったときに最大火力で燃焼する仕様となっていたところ,Jが,本件火災発生当時に本件ストーブは設定温度を23度又は24度とする自動運転に設定されていたが,本件居間兼食堂の室温が20度より大幅に寒かったと説明した - 27 -ことに基づくものである。ちなみに,Jが,本件居間兼食堂の室温に関する説明次第で,本件火災の究明に当たってもたらされる影響や差異を事前に認識して理解していたとは思われず,本件ストーブの設定状況や本件当時の本件居間兼食堂の温度について虚偽を述べるべき理由や動機は想定できない。しかも,Jが上記のような説明をしたのは,20度に設定された警察署の会議室の室温を体感した上,本件当時の本件居間兼食堂の温度がそれより大幅に低く,夜勤の際に寒くてコートを着ていたなどと述べて,その理由を具体的に説明したことに基づいており,説得力があるというべきである。しかるに,原判決は,Jのそのような説明を感覚的で主観的なものにすぎず,それに基づいて本件当時の室温を仮定することが合理的でないと説示しているが,上記のような温度の認定手法は,二つの場合を感覚的に対比させた点で合理的なものと評価できる上,Jが比べものにならないほど明らかな差異があった旨を明確に説明しているから,原判決の指摘は当たらない。したがって,本件当時の本件居間兼食堂の室温は20度未満であったものと認められる。 エまた,原判決は,消防局の燃焼実験で,25分間が経過しても炎が生じなかった場合や衣類の発火まで7分54秒間又は8分35秒間を要したという結果が出たことに照らし,本件燃焼実験のように短時間で発火することが一般的で確実であるか疑問が残ると指摘している。しかし,上記の発火に至らなかった事例はストーブの前面に置いたストーブガードに衣類 う結果が出たことに照らし,本件燃焼実験のように短時間で発火することが一般的で確実であるか疑問が残ると指摘している。しかし,上記の発火に至らなかった事例はストーブの前面に置いたストーブガードに衣類を掛けた場合である上,消防局の燃焼実験が本件火災当時の火力が分からなかったために自動運転に設定して実施されたものと認められ,火力の設定が異なる以上,両実験の間で発火まで - 28 -の時間に差異が生じたことはむしろ当然というべきである。そして,本件燃焼実験は,消防局の職員や火災関係の研究に携わる大学教授の立会いを得て実施されており,実験結果が捏造された可能性が考えられないから,その実験結果のとおり,ストーブを最大火力に設定した場合に比較的短時間で衣類が発火することがあるという事実は動かし難いというべきである。したがって,原判決の上記指摘は,複数回にわたり実施された客観的な実験結果に対する疑問として合理的なものといえない。 オしたがって,本件燃焼実験の結果を,証拠価値が低いとした原判断は,証拠の適切な評価に基づくものといえず,不合理といわざるを得ない。 ⑷ ストーブから繊維状物質が検出されたことについてア本件ストーブの天板上の付着物と堆積した残焼物から炭化した布片や綿製の繊維状物質を含む14点の繊維状物質が検出されたが,Aのパジャマと同じ織り目の繊維の存在は確認されていない。 イこの点,原判決は,検出された布片が微細なものであって成分等が明らかでない上,本件ストーブの天板上に火勢により他から落下又は飛来したと考えられる相当量の残焼物が堆積していたことに照らし,本件火災の発生時点から存在していたか否か疑問が残るとして,Aが本件ストーブに衣類を置いた事実の裏付けとしての意味が乏しいと説示している。 られる相当量の残焼物が堆積していたことに照らし,本件火災の発生時点から存在していたか否か疑問が残るとして,Aが本件ストーブに衣類を置いた事実の裏付けとしての意味が乏しいと説示している。 ウしかし,繊維製の可燃物を本件ストーブの天板上に置いたことが本件火災の発生原因であると仮定すると,その可燃物の一部が焼け残って天板上から発見されることは当然に想定される現象である。したがって,綿製の繊維状物質が本件ス - 29 -トーブの天板上から発見されたことは,他の事実と相まって,置かれた可燃物が上記パジャマであるか否かはさておき,上記のような発生原因の存在を推認させる有力な間接事実の一つとなり得るというべきである。 エしかるに,上記のような原判断は,本件ストーブの天板上から綿製の繊維状物質が検出された事実を過小に評価したものというほかなく,明らかに不合理である。 ⑸ 総合的検討ア火災の発生原因に関する原判断の不合理性原判決は,まず,第6項の1(18頁)の冒頭で,Jが臨場した救急隊員や取調べに当たった警察官に対し,Aが本件ストーブに洗濯物かパジャマを掛けていたと思うと申告ないし供述した内容の信憑性が低いと説示している。しかし,その申告や供述は,Jにおいて本件火災の発生時点でAが本件ストーブ前に佇立していた状況を見たことに基づいて自ら推論した結果を説明したものにとどまり,検察官が間接事実を積み重ねて立証しようとする本件の立証命題そのものであるから,それ自体を目撃に基づく直接証拠であるかのように取り上げて信憑性を評価すること自体が全く無意味といわざるを得ない。しかも,救急隊員に対する上記申告内容は,Jなりの推測を含むものとはいえ,その初期供述としての意味や他の重要な客観状況と相まって,J証言の信用 憑性を評価すること自体が全く無意味といわざるを得ない。しかも,救急隊員に対する上記申告内容は,Jなりの推測を含むものとはいえ,その初期供述としての意味や他の重要な客観状況と相まって,J証言の信用性を支える事情と評価することができるのに,原判決は,適切な検討及び考察を欠いたまま,不合理な判断に陥っているといわなければならない。 次に,原判決は,上記同様の箇所で,本件燃焼実験の結果を証拠価値が乏しいとして,本件ストーブの天板上か - 30 -ら繊維状物質が検出された事実に大きな意味が認められないとして,いずれも検察官の主張する本件火災発生の機序を推認し得るか否かを検討する上で欠かすことのできない重要な客観的事実について,間接事実に基づく総合判断の検討対象から除外する誤りを犯している。すなわち,前記のとおり,上記各間接事実の個別の証拠価値に対する原判断が不合理であるとともに,間接事実の総合判断の手法としても不当といわざるを得ない。 そして,原判決は,第6項の1の後段から2の検討(18頁ないし22頁)で,J証言のように,本件ストーブの上面から上がった炎や本件ストーブ前に佇立していたAの状況が,仮に存在するとして検討を加え,それらの事実からAが本件ストーブの上に置いた衣類が発火したことが本件火災の発生原因であると推認することができないと説示している。すなわち,本件ストーブ上に衣類を置いても発火するまで七,八分以上の時間を要すると判断した上,Jが炎を見た時点で衣類等が置かれてから相当な時間が経過していたことになるから,相当時間にわたり歩行及び立位保持能力の低いAが本件ストーブの前で佇立を続けることも,Jが火災警報器の警報音や犬の鳴き声に気付かなかったことも,不合理であると指摘する。 しかし,上記のような原判断は,ま 間にわたり歩行及び立位保持能力の低いAが本件ストーブの前で佇立を続けることも,Jが火災警報器の警報音や犬の鳴き声に気付かなかったことも,不合理であると指摘する。 しかし,上記のような原判断は,まず,本件ストーブ上に衣類等を置いてから発火するまでに相当な時間を要すると判断した前提において,誤りがある。すなわち,前記のとおり,本件ストーブの設定温度と本件居間兼食堂の室温に関するJの説明を前提とすると,本件ストーブは最大火力の状態となっていた可能性が高く,本件燃焼実験から明らかなように,本件ストーブ上に衣類等を置いて数分を経ずに発火に至る可能性が高いか - 31 -ら,Aの歩行及び立位保持能力が低いことを考慮しても,発火時点で佇立していたAが本件ストーブ上に衣類等を置いたものと見て不自然でない。また,Jが火災警報器の警報音に気付かなかったことが不合理と指摘する点は,Jの証言内容が信用できないと評価することに帰するが,炎やAの状況に関するJ証言を信用するとした仮定を自ら崩しており,検討の手法が論理的でない。なお,Jが上記警報音等の物音に気付かなかったとしても不自然でないことは,既述したとおりである。 以上のとおりであるから,本件火災の発生原因に関する原判決の上記認定及び判断は不合理といわざるを得ない。 イ本件の出火原因に関する当裁判所の判断そこで改めて検討すると,前記のとおり,Jの証言が信用に値することから,Jが台所から本件火災の発生に気付いた際に,①本件ストーブの天板上から,ストーブと煙突管の中間より上くらいまで炎が上がっており,②Aが,着ていたはずのパジャマの上下を脱いだ股引と肌着の長袖シャツ姿で,本件ストーブに向いてその前で佇立していた事実が認められる。 そして,③本件火災において,漏電による出火や で炎が上がっており,②Aが,着ていたはずのパジャマの上下を脱いだ股引と肌着の長袖シャツ姿で,本件ストーブに向いてその前で佇立していた事実が認められる。 そして,③本件火災において,漏電による出火や,本件ストーブにおける部品の顕著な破損や配線の短絡痕,異常燃焼の形跡がなく,ストーブ自体の異常が認められなかったことに照らすと,本件火災は,ストーブ自体の異常に起因しない原因に基づき,本件ストーブの天板上から発火したことによって生じたものと認められる。さらに,④本件ストーブの天板上の付着物と堆積していた残焼物から布片や綿製の繊維状物質が検出されたこと,⑤その当時,本件居間兼食堂の室温が本件ストーブの自動運転に係る設定温度より3度以上低かったために,本件スト - 32 -ーブが最大火力で燃焼していたものと想定されること,⑥本件燃焼実験において,そのような条件の下でストーブの天板上に置いた衣類等が発火することが確認されていることを併せ考慮すると,本件火災の発生原因は本件ストーブの天板上に綿製の繊維製品等が置かれたことであったと考えられる。その上,Aは,②本件ストーブから発火した際にその直近に佇立していたが,他の者が本件ストーブに近寄った形跡がなく,⑦認知症を患う高齢者であり,火の危険性を十分に認識しないまま,石油ストーブの上面等に可燃物を置くなどという火災の原因となる危険な行動をとりかねない精神状態にあり,②着ていたパジャマを脱いでいた様子が認められ,⑧本件ストーブの近くに2台の物干台が置かれ,多くの洗濯物が干されていた状況を踏まえると,脱いだパジャマや干されていた洗濯物又はその双方を本件ストーブ上に置くという挙動に出たために発火して本件火災に至ったものと推認することができ,本件におけるその余の証拠関係を考慮に入れると,その推認の いだパジャマや干されていた洗濯物又はその双方を本件ストーブ上に置くという挙動に出たために発火して本件火災に至ったものと推認することができ,本件におけるその余の証拠関係を考慮に入れると,その推認のとおりの火災原因を認定するのが相当である。 ウ当審における事実取調べの結果による裏付けところで,本件火災の発生原因の調査及び判定に携わった消防局警防部指令課に所属する消防士である証人K消防司令補の当審証言によれば,消防局による本件火災の原因調査でも,次のような理由から,本件火災は,燃焼して熱を帯びた本件ストーブの天板上に綿を含んだ可燃物が接触して着火したことにより発生したものと判定されている。すなわち,複数の消防士の協議に基づき本件火災の原因調査を行った結果,まず,建物全体について,柱等に現れる炭化模様の幅の広さや深さか - 33 -ら見て,本件居間兼食堂から周囲の居室に向けた火流が認められ,本件居間兼食堂内で,本件ストーブが設置されていたその北西側の炭化模様が深く,火流が強く出ていたことから,本件火災の出火箇所は本件居間兼食堂内の北西側と判定された。そして,本件火災の発生原因について,たばこの吸い殻が発見されず,たばこが出火原因となった際に見られる微小火源によるすり鉢状の焼け跡が認められなかったことから,たばこの不始末が出火原因となった可能性は低いと判断した。また,本件ストーブの電源であった壁付きコンセント本体の樹脂が焼け残っており,壁内の柱の炭化が浅いことから,そのコンセントからの漏電の可能性も低いと考えられた。さらに,本件ストーブの配線に異常がなく,ストーブ内部の配線や電装部も原型が焼け残っていたことや短絡痕がなかったことから,ストーブに不具合がなく,ストーブ内の燃焼筒を確認しても異常燃焼時に起きる大量のすす 件ストーブの配線に異常がなく,ストーブ内部の配線や電装部も原型が焼け残っていたことや短絡痕がなかったことから,ストーブに不具合がなく,ストーブ内の燃焼筒を確認しても異常燃焼時に起きる大量のすすの付着がなかったことから,本件ストーブ自体の異常燃焼も生じていなかったと認められる。一方,本件ストーブの北側と南東側から焼損した物干台が発見されたが,Jの説明により物干台が動いた形跡がない上,その位置と形状から,仮に倒れたとしても干された洗濯物が本件ストーブに接触する可能性は低いと考えられた。なお,ストーブガードに衣類を接触させた状態で燃焼実験を行った結果,その衣類が25分間経過しても燃焼しなかったことから,干されていた洗濯物が発火した可能性は低いと判断できた。他方,本件ストーブの天板上の残焼物から綿繊維が発見されていることから,結局,本件火災の出火原因は,本件ストーブの天板上に綿を含む何らかの布類が接触して着火したものと判定した,というのである。 - 34 -そして,消防局における本件火災の発生原因の上記判定は,複数の消防士が,本件建物や本件ストーブなどの焼損状況を実際に詳細に見分した上,その専門的知見に基づき,焼損状況から遡って可能性のある出火原因について幅広く検討した結果に基づき判断したものであり,その判定の手法及び内容共に極めて合理的なものであり,十分に信頼できるというべきである。 しかも,消防局による上記判定は,残された焼損の結果から客観的に本件火災の発生原因について判断したものであるが,Aが本件ストーブの天板上に衣類等を置いたものと判断した上記認定と極めてよく整合しており,当審における事実取調べの結果から遡って,J証言の信用性を強力に補強するとともに,上記認定に対する有力な根拠を提供するものと評価できる。 いたものと判断した上記認定と極めてよく整合しており,当審における事実取調べの結果から遡って,J証言の信用性を強力に補強するとともに,上記認定に対する有力な根拠を提供するものと評価できる。 エ被告人の過失について そこで,本件火災の発生原因がAの行為によると認められることを前提として,本件火災の発生に関する被告人の過失の有無について検討する。 予見可能性についてまず,関係証拠によると,被告人は,本件施設を運営する事業者の代表者として,業務全般を統括するとともに,本件建物の防火管理業務に従事しており,本件建物の防火体制を確立させ,火災発生を予防すべき立場にあったと認められる。 しかるに,本件ストーブは,床暖房用半密閉式石油ストーブであって,最上部に放熱器があるため,構造的に天板部が相当な高温となり,可燃物が載せられた場合に発火する危険があった。 また,本件ストーブの周囲に,ほぼ同じ高さのストーブガードが正面と両側面にコの字型に置かれていたが,上部に天板部と - 35 -の接触を防ぐためのストーブガードは設置されていなかった。 一方,本件施設の入居者は,いずれも要介護認定を受けた認知症高齢者で,その障害のために行動の予測が困難で,火の危険性を十分に認識しないまま,本件ストーブの天板上に可燃物を置くなど,火災の原因となる危険な行動をとるおそれがあり,実際に,入居者が周囲に置かれた上記ストーブガードにタオルを掛けるという出来事があった。そのため,本件ストーブの安全性が問題視され,従業員から被告人にストーブの交換が進言されたこともあった。そして,入居者のAについて,前記のような経緯で,本件ストーブからそれほど離れていない本件居間兼食堂内に設置された簡易ベッドで寝起きさせており,夜間等の にストーブの交換が進言されたこともあった。そして,入居者のAについて,前記のような経緯で,本件ストーブからそれほど離れていない本件居間兼食堂内に設置された簡易ベッドで寝起きさせており,夜間等の従業員の監視が行き届かない際に,危険な行動に及ぶべき可能性があったといえる。なお,Aは,その歩行及び立位保持能力が低かったと指摘されているものの,前記のとおり,介護記録によれば独力で立ったり歩いたりすることがあったと把握されているから,被告人において,Aが他の入居者と同様に本件ストーブの天板上に可燃物を置くなどの行動に出る可能性があることを認識し得たものと認められる。 以上の次第で,被告人において,Aを含む入居者が,火の危険性を十分に認識しないまま,点火した状態の本件ストーブの上面等に可燃物を置くなど,火災の原因となる危険な行動をとり,火災を発生させる可能性があることを予見することができたものと認められる。 結果回避義務についてまず,被告人は,本件ストーブを上面が熱くならないFF式ストーブなどの安全性の高いものに交換することに - 36 -より,本件のような火災の発生を未然に防止することができたと認められる。なお,本件施設の改修工事を請け負った証人Lは,本件居間兼食堂にFF式ストーブを設置する場合,設置可能な箇所が南西角だけであって,そこに設置する場合,西側のガラス戸を普通の壁に変える必要があるから,高額の費用を要することとなると証言している。しかし,火災が発生すれば入居者の生命や身体に深刻な被害が生じるおそれがある上,本件建物に重大な財産的損害が生じるおそれがあることは論を待たないから,そのような大幅な改修が必要であったとしても,ストーブの交換による結果回避の可能性がなかったといえない。 また,本件ストーブの 本件建物に重大な財産的損害が生じるおそれがあることは論を待たないから,そのような大幅な改修が必要であったとしても,ストーブの交換による結果回避の可能性がなかったといえない。 また,本件ストーブの天板を覆うストーブガードは市販されていないものの,業者に制作を依頼すれば,15万円弱の費用で調達することが可能であったというのであるから,そのようなストーブガードを設置することで本件のような火災の発生を未然に防止することが可能であったといえる。さらに,Aの寝起きする場所を本件居間兼食堂から移動させる対応が可能であったと考えられる上,人件費の増加を考慮しても夜勤を2名体制とすることも不可能であったとはいえない。以上のとおり,被告人において,本件のような火災の発生を未然に防止するための実行可能な種々の措置を講じることができたと認められるから,結果回避義務を肯認することができる。 Jの行為に関する弁護人の主張についてなお,弁護人は,原審で,本件火災が,Jが長時間にわたり本件居間兼食堂を離れて本件ストーブから目を離したことに起因する上,布団を炎に被せるという不適切な消火活動を行ったことが,被害を拡大させたものであり,入居者の焼 - 37 -死の結果がJの行為によるものであると主張している。しかし,前記のとおり,本件火災の発生と入居者の焼死という結果が,Aの行為に起因することは明らかである。そして,弁護人は,本件火災の発生時に,JがBの部屋で仮眠していたことを前提としているが,前述したところからも,そのような事実を認めるべき的確な証拠は存在しない。また,Jの置かれた当時の状況を考慮すれば,飛散した炎を認め,手近にあった布団を載せて踏み付けるなどして消火しようとした行為は,とっさの対応として無理からぬものである上,被告人の過 拠は存在しない。また,Jの置かれた当時の状況を考慮すれば,飛散した炎を認め,手近にあった布団を載せて踏み付けるなどして消火しようとした行為は,とっさの対応として無理からぬものである上,被告人の過失行為と入居者焼死の結果との間の因果関係の断絶ないし中断をもたらすと評価されるものではない。すなわち,本件における入居者焼死の結果が本件ストーブから発火した火災によって生じたことは明らかであり,Jのした上記消火活動に必ずしも適切といえない点があったとしても,そのことにより,被告人による本件施設の管理の在り方に関する過失の責めを免れるものでないことは多言を要しない。したがって,弁護人の主張は採用できない。 以上の次第で,被告人は本件に関する過失責任を免れないというべきである。 ⑹ しかるに,原判決は,本件火災の発生原因を特定できないとした上,被告人の過失の有無を検討しないまま,犯罪の証明がないという誤った判断をし,無罪の結論を導いたものであるが,その認定及び判断が,原審で取り調べられた証拠を検討しても論理則,経験則等に照らして不合理なものといえる上,当審における事実取調べの結果により,そのことが一層明確になったということができる。したがって,原判決の上記認定及び判断は,事実を誤認したものというほかなく,その判断を是 - 38 -認することができない。 以上の次第で,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。論旨は理由がある。 4 よって,刑訴法397条1項及び382条により原判決を破棄した上,同法400条ただし書を適用し,本件被告事件について,次のとおり更に判決する。 なお,検察官は,当審に至り,前記公訴事実のうち,被告人に「本件建物の本件居間兼食堂で,火災の原因となる危険な行動をとりかね 0条ただし書を適用し,本件被告事件について,次のとおり更に判決する。 なお,検察官は,当審に至り,前記公訴事実のうち,被告人に「本件建物の本件居間兼食堂で,火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者を寝起きなどさせ続けないようにする」という義務があったとする部分を削除し,被告人の過失行為として「適切な措置を講じないまま,本件ストーブを点火した状態のまま本件居間兼食堂で,火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者Aを寝起きなどさせ続けた」とあるのを「適切な措置を講じないまま,漫然と本件施設を運営し続けた」に変更し,火災の原因について「Aをして,本件ストーブの上面に着ていたパジャマなどの衣類を置くなどさせて,これを燃え上がらせ」とあるのを「入居者をして可燃物を本件ストーブの上面に置くなどさせて,これを燃え上がらせ」と変更した訴因を予備的に追加した。しかし,当裁判所は,上記のとおり,本件における主位的な訴因である本来の公訴事実を肯認できると判断したものである。 第2 自判(罪となるべき事実)被告人は,札幌市a 区b 条c 丁目d 番e 号所在の認知症対応型共同生活介護事業所である本件施設の事業者である「有限会社Y」の代表取締役として,本件施設の運営等の業務全般を統 - 39 -括するとともに,防火対象物である本件建物(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建・床面積合計248.43平方メートル)について管理する権原を有し,本件建物の設備等の設置,維持及び防火管理の業務に従事していたものであるが,本件施設を運営するに当たり,本件建物に暖房のため1階の本件居間兼食堂に放射熱によってその上面や前面等が高温となる床暖房の機能を備えた半密閉式石油ストーブが設置され,冬期間に点火した状態で昼夜にわたり利用していた上,認知症高齢者であ に暖房のため1階の本件居間兼食堂に放射熱によってその上面や前面等が高温となる床暖房の機能を備えた半密閉式石油ストーブが設置され,冬期間に点火した状態で昼夜にわたり利用していた上,認知症高齢者である本件施設の入居者9名の中に,火の危険性を十分に認識しないまま点火した状態の本件ストーブの上面等に可燃物を置くなど,火災の原因となる危険な行動をとりかねない者がおり,入居者の生命や身体に火災による危害が及ぶおそれがあったから,従業者が1名となり,他の入居者の介護等のため本件居間兼食堂に居続けることができなくなる夜間及び深夜の勤務時に,本件ストーブを点火した状態のまま,本件居間兼食堂で,火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者を寝起きなどさせ続けないようにするか,入居者の行動を厳に監督できる体制を構築するか,ストーブの上面等に可燃物を置いても火災の原因とならないよう放射熱によって上面等が高温とならないストーブと交換するか,本件ストーブの上面等に直接に可燃物を置けないようにストーブガードを設置するなどの適切な措置を講じ,火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,夜間及び深夜に勤務する従業者が1名であることから,他の入居者の介護等のため本件居間兼食堂に居続けることができなくなる体制で,入居者の行動を厳に監督できる体制を構築することなく,本件ストーブについて,その上面等に可燃物を - 40 -置いても火災発生の原因とならないようなストーブに交換せず,上記ストーブガードを設置するなどの適切な措置を講じないまま,平成21年11月18日頃から本件ストーブを点火した状態のまま本件居間兼食堂で火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者のA(当時89歳)を寝起きなどさせ続けた過失により,同人により,平成22年3 21年11月18日頃から本件ストーブを点火した状態のまま本件居間兼食堂で火災の原因となる危険な行動をとりかねない入居者のA(当時89歳)を寝起きなどさせ続けた過失により,同人により,平成22年3月13日午前2時15分頃に,本件ストーブの上面に綿を含む布類を置くなどさせて,燃え上がらせ,その火を周囲の壁や床等に燃え移らせて,本件建物を全焼させた結果,間もなく本件建物内で,本件施設の入居者であるAのほかC(当時92歳),H(当時65歳),I(当時81歳),D(当時85歳),E(当時88歳)及びF(当時74歳)の7名をいずれも焼死するに至らせたものである。 (法令の適用)被告人の判示所為は被害者ごとに平成25年法律第86号(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律)附則2条による改正前の刑法211条1項前段に該当するが,これらの罪は1個の行為が7個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段及び10条により一罪として犯情の最も重いHに対する罪の刑で処断することとし,後記の理由により,所定刑から禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮2年に処した上,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から4年間,その刑の執行を猶予し,原審における訴訟費用は刑訴法181条1項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。 (量刑の理由) - 41 -本件は,前記のとおり,グループホームである本件施設の運営等業務全般を統括し,本件建物の防火管理業務に従事していた被告人が,本件建物で暖房のために上面や前面等が高温となる半密閉式石油ストーブを昼夜にわたり利用していた上,認知症高齢者である入居者の中に,火の危険性を十分に認識しないまま火災の原因となる危険な行動をとりかねない者がいたから,従 面や前面等が高温となる半密閉式石油ストーブを昼夜にわたり利用していた上,認知症高齢者である入居者の中に,火の危険性を十分に認識しないまま火災の原因となる危険な行動をとりかねない者がいたから,従業員1名で夜勤に当たる際に,入居者に危険な行動をとらせない体制を構築するか,ストーブ自体を交換するか,上面にストーブガードを設置するなどの適切な措置を講じることにより,火災の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのに,それらの措置を全く講じないまま,平成22年3月13日の未明に,89歳の男性入居者により本件ストーブの上に布類を置くなどさせたことで,火災を発生させて本件建物を全焼させた結果,65歳ないし92歳の入居者の男女7名を焼死するに至らせたという事案である。 本件は,このように余生を平穏に暮らしていた7名の認知症高齢者を焼死させるに至らせたものであって,その結果が誠に悲惨で重大である。したがって,被害者の遺族らが,被告人に対する厳罰を求めないとしても,相応の責任追及を希望する心情は至極当然のものである。 そして,被告人は,グループホームの運営を統括する立場にある者として,行動の予測が困難で危険な行動をとりかねない認知症高齢者の行動特性に十分留意して,施設内の設備等の安全性に配慮して,問題があれば速やかに改善するなど,対策を講じるべき立場にあった。しかるに,本件ストーブは,上面等がかなりの高温になるため,他の型式のストーブと比較して, - 42 -利用に当たって格段に高い危険性を伴うものであるから,入居者の火傷や火災発生を防止すべく,取り分け十分な安全対策を講じる必要があったというべきである。しかも,夜間に従業員1名だけに当直勤務をさせる体制が採られていたから,その従業員が,入居者の介護に当たるため本件ストーブから離れる必 ,取り分け十分な安全対策を講じる必要があったというべきである。しかも,夜間に従業員1名だけに当直勤務をさせる体制が採られていたから,その従業員が,入居者の介護に当たるため本件ストーブから離れる必要もあったから,本件ストーブの周辺を常時監視し続けることが不可能な状況にあった。さらに,入居者が身体や認知の機能が低下した認知症高齢者で,夜間に従業員が1名しかいないため,一たび火災が発生すれば,入居者の避難に相当な困難が予想され,甚大な結果が生じかねない事態は,容易に想定されたといえる。しかるに,被告人は,危険な行動をとりかねない認知症高齢者を本件ストーブの近くに設置した簡易ベッドで寝起きさせ続けた上,当直体制を見直すことなく,ストーブを安全なものに交換したり,上面に接触しないようストーブガードを設置したりすることもなく,適切な対策を全く講じないまま,漫然と危険性のある本件ストーブを使い続けた結果,本件火災に至っている。このように,被告人は,本件ストーブに係る危険性が低くないのに,状況を安易に考えて,対策を先送りし,危険な状態のまま漫然とグループホームを運営したことにより,甚大な結果を生じさせるに至ったものである。これらの事情に照らし,被告人の過失責任を軽視することはできず,相応の非難を免れない。以上のような本件の罪質や犯情等に照らすと,被告人の刑事責任は軽いものではない。 他方,被告人が,本件火災を発生させたことに関し,明らかな法令違反が認められない上,本件ストーブが,火災をもたらす危険性が高いものであったとはいえ,本件建物を購入した時 - 43 -点で備え付けられており,故障がなく適切な使用に供される限り安全性に問題のないものであった。そして,被告人の過失は,危険な行動をとりかねない認知症高齢者を受け入れる施設の責任 時 - 43 -点で備え付けられており,故障がなく適切な使用に供される限り安全性に問題のないものであった。そして,被告人の過失は,危険な行動をとりかねない認知症高齢者を受け入れる施設の責任者として,特にそのようなストーブの危険性を除去すべき義務があったのに,これを怠ったというものであり,管理過失が問われる他の事案と比較して,悪質性が重大とまではいえない。 また,被告人は,これまで前科や犯罪歴がなく,長年にわたり福祉関係の職務に従事し,平成17年12月から本件に至る平成22年3月までグループホームの運営に被告人なりに尽力し,支援の必要な認知症高齢者に対する充実した生活環境の提供を目指し,高齢者福祉に一定の貢献をしてきたものと認められる。 また,被告人は,7名もの入居者が死亡するに至った本件について,痛恨の極みであるとして,被害者及びその遺族に対し深謝する態度を示して,見舞金の支払ないし提供を行ったことなど,酌むべき事情が認められる。 そこで,以上の事情を総合して考慮し,被告人に対しては主文掲記の禁錮刑に処した上,4年間にわたりその執行を猶予するのが相当と判断した。 (原審における求刑禁錮2年)平成29年7月27日札幌高等裁判所刑事部 裁判長裁判官髙橋 徹 裁判官瀧岡俊文 - 44 - 裁判官深野英一

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