【DRY-RUN】主 文 原判決を破棄する。 被告人を罰金五千円に処する。 もし、右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算 した期間被告人を労役場に留置する。但し、
主文原判決を破棄する。 被告人を罰金五千円に処する。 もし、右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。但し、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。 原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由本件控訴の趣意は、原審検察官笹原元提出の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人浦田仙造の答弁は同弁護人提出の答弁書記載のとおりである。 一、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、医師であつて佐賀県東松浦郡a村bにA病院を開設して医業に従事していたものであるが、昭和二五年七月二九日かねて脊髄カリエスのため治療に来ていたBがぶどう糖カルシウム五本入一箱を持参してこれが注射方を依頼したので、医師たるものは、その箱の状態、注射薬入手の状況、注射液の溷濁変色の有無等詳細に調査し、万一アンプルにレツテルのないものがあるときは、検定を受けてその真偽を確かめた後注射する等事故を未然に防止すべき業務上の注射義務があるのにかかわらず、右注意義務を怠り、不注意にも右箱は相当古びており、封緘紙は破つてあつて、中のアンプル五本のうち三本はレツテルがなかつたのにBに対し入手その他につき詳細な調査をせず、溷濁変色の有無を調べたのみで大事なきものと軽信して検定も受けなかつたため、レツテルのないアンプルが点眼薬カルパノールヒョリンクロツトであつたのに気づかず、同月三一日午前一〇時頃右病院で右レツテルのないカルパノールヒヨリンクロツト三本中一本を右Bの左腕静脈に注射したため、因つて右注射による呼吸まひにより同一〇時一〇分頃右病院において同女を死亡するに至らしめたものである、」というのであり、また、原判決が所論のような事実を認定し、被告 を右Bの左腕静脈に注射したため、因つて右注射による呼吸まひにより同一〇時一〇分頃右病院において同女を死亡するに至らしめたものである、」というのであり、また、原判決が所論のような事実を認定し、被告人に過失のない所以を説示し、結局公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するものとして無罪の言渡をしたことは、いずれも所論のとおりである。 二、原判決挙示の(一)ないし(六)の証拠並びに当審において取り調べた証拠を綜合すれば、原判決も認定するように、本件公訴事実のうち、(い)、被告人は医師であつて、昭和二四年八月以来佐賀県東松浦郡a村bにおいて病院を営み医業に従事していたものであるが、昭和二五年七月二九日かねて被告人のもとに通院し結核性脊髄カリエスの治療を受けていたBが、注射剤ぶどう糖カルシウムと思料されるアンプル一本二〇㏄入のもの五本在中の紙函一個を同病院診療室に持参して被告人に示し、これが注射方を求めたこと、(ろ)、右の紙函の状況は、その外表にC株式会社製ぶどう糖カルシウムの標示があつたが、うすい埃の附着が見られる程度に相当古びており、封緘紙もすでに破つて封が切つてあつたこと、(は)、紙函在中のアンプル五本のうち二本には、紙函外表の標示と一致するぶどう糖カルシウムのレツテルが貼付してあつたが残り三本のアンプルには全くレツテルがなく、剥げ落ちたレツテルも見当らず、その入手先を尋ねるとBは、「自宅で夫Gから受取つて来た、夫は、『これは、お前の病気に効く注射薬であるから注射してもらえ。』といつて渡してくれた。」旨を答えたこと、(に)、被告人においてアンプルを振蕩透視して点検したところ、アンプル五本の注射液には、いずれも溷濁、変色、沈澱物等がなく、すべて無色透明であり、アンプルの形状等もほぼ同一で別段異常の認むべきものがなかつたこ 告人においてアンプルを振蕩透視して点検したところ、アンプル五本の注射液には、いずれも溷濁、変色、沈澱物等がなく、すべて無色透明であり、アンプルの形状等もほぼ同一で別段異常の認むべきものがなかつたこと、(ほ)、被告人はレツテルのないアンプルの薬液も、レツテルのある薬液同様ぶどう糖カルシウムであると確信し、Bの依頼に応じて注射方を承諾し、同月三一日午前一〇時頃前記病院診療室において、レツテルのないアンプル三本のうちの一本の薬液をBの右腕正中静脈に注射したところ、はからずもそれは点眼用の劇薬カルピノール一号であつたため、約二㏄の注射により即座に反応を生じ、被告人においてただちに注射の続行を中止し、応急措置を講じたがついにおよばず約一〇分にして呼吸まひにより、Bをして同所において死亡するに至らしめたこと、等の事実を認定することができる。 <要旨>三、およそ医師が患者に静脈注射を施こす場合、もし薬液の品質種類の判別を誤まるときは、人の生命身体に</要旨>不測の障害を招来する危険のあることは言をまたないところであるから、右のような注射を施こすにあたつては、薬液の判別にいささかも過誤のないことを期し、もしいやしくもこれが明白的確な判別を下し難い事情の存する場合には、すべからく注射を避止し、もつて危険の発生を未然に防止すべきは、医師の業務上当然の注意義務というべく、アンプルに貼付される正規のレツテルは、通常在中薬液の品質種類を証明するものであるから、特段の理由がない限り、レツテルの確認は薬液の検定による確認と同一視して然るべきであるが、もしアンプルにレツテルの貼付がない場合には、薬液の検定もしくはこれと同一視しうべき格別の事情が存しない以上、薬液の品質種類につき明白的確な認識をうるに由なく、これが判別を誤まるおそれなしとしないのであるから、 にレツテルの貼付がない場合には、薬液の検定もしくはこれと同一視しうべき格別の事情が存しない以上、薬液の品質種類につき明白的確な認識をうるに由なく、これが判別を誤まるおそれなしとしないのであるから、医師としては、かかる場合すべからく注射を避止すべきである。 四、本件についてこれを見るに、鑑定人医師Dの作成にかかる鑑定書、厚生省薬務局監視課長の通牒写、佐賀県衛生部の通牒写その他の証拠によれば、Bに注射された薬液は、カルバミノイルヒヨリンクロリツトの製剤たる劇薬カルピノール一号で、点眼用として二〇㏄アンプル入で市販されているものであるところ、二〇㏄の注射剤と同様の透明なアンプルに容れてあつて、カルシウム注射剤と紛らわしく、これが誤用による死亡事故が佐賀県内において昭和二五年中本件以前に二件発生していることが明かである。そして、検察官の面前における被告人の供述調書、Bに対するカルテの訳文、当審証人E、同Fの各供述によれば、Bは被告人の経営にかかる前記病院から徒歩約一〇分の近距離に住む農家の主婦で正直者であり、昭和二四年八月以来被告人の診療を受け、被告人は、Bの実家及び婚家の家人に診療を行つたこともあつて、かねて、Bを信頼していた事実、並びにBは、本件の二週間ほど前、昭和二五年七月一四日、開封された紙函に入れてあるミノファーゲンA二㏄入九本の注射剤を持参し、被告人に対し本件同様夫にすすめられたからとて注射方を依頼したので、被告人は同日から同月二五日までの間に右九本全部の注射を施したが何らの異常も生じなかつた事実を認めるに足り、被告人は、これらの事情と、本件薬液を点検してその無色透明で別段異常のないことを確かめることができたこと、並びにそのうち二本にはぶどう糖カルシウムのレツテルが貼つてあり、その紙函にもぶどう糖カルシウムの標示が施こされてい と、本件薬液を点検してその無色透明で別段異常のないことを確かめることができたこと、並びにそのうち二本にはぶどう糖カルシウムのレツテルが貼つてあり、その紙函にもぶどう糖カルシウムの標示が施こされていたこと等のため、本件薬液にレツテルが貼つてない事実は知つていたが、それがBのことばのとおり、ぶどう糖カルシウムであると信じ、同女の依頼に応じて注射を施したものであつて、被告人は、本件所為につき過失の責を負うべき限りでない旨を主張する。 五、しかし、右のミノファーゲン注射剤には、すべてレツテルが貼つてあつたのであり、アンプルにレツテルの貼つてない注射液を被告人が施用した事例は、本件以外には絶えてなかつたことは、被告人も原審公判において自認しているところであつて、右のミノファーゲンを注射してBの身体に異常か生じなかつたという事実は、レツテルの貼つてない注射液の施用による危険の不予見を正当化する事由とはなし難い。 また、ぶどう糖カルシウムもカルピノール一号も、共に無色透明の薬液であるから、振蕩透視の結果無色透明であることを確認しただけでは、薬液の品質種類の判別に欠くるところがなかつたということはできない。 被告人主張の前記事情は、患者Bの言に格別の疑問を抱くに至らなかつた事由としては、これを肯認するに足りるが、患者Bは薬学の知識に乏しい片田舎の農家の一主婦であつてかかる患者の言は、レツテルのない薬液の品質種類を判別する根拠とするには、十分でない。 本件のような場合、Bの持参した薬液のうちに、カルピノール一号のような劇薬が混在していることを予見することは容易でなかつたとしても、本件薬液には、そのアンプルに現にレツテルの貼付かなく、その品質種類の判別につき、拠るべき明白的確な資料を欠如しているのであるから、良識をそなえた通常一般の医師である限り は容易でなかつたとしても、本件薬液には、そのアンプルに現にレツテルの貼付かなく、その品質種類の判別につき、拠るべき明白的確な資料を欠如しているのであるから、良識をそなえた通常一般の医師である限り、品質種類の確実でない薬液の注射による不慮の障害の可能性を蓋然的に予見することの必ずしも不能でないことは、健全な常識に照らして明白であるというべく、したがつて、前記説示のとおり、その性能の確認されないかかる薬液の注射は、たとえ、患者の依頼があつても、医師としてはこれを拒絶すべき業務上の注意義務があると解するのか相当である。 被告人の本件所為は、レツテルのない薬液につき、検定もしくは検定と同一視しうべき格別の事情があつたものとは認められないのであるから、すべからく注射を拒絶すべきであつたのにかかわらず、主としてBの言を信頼し、薬液の無色透明、アンプルの形状等を確かめたのみで、たやすくぶどう糖カルシウムであると軽信し、注射を施こした点において過失の責を免かれないといわざるをえない。原判決がその摘示するような事実を認定しながら、被告人に過失なしとしたのは、医師の業務上の注意義務に関する法則を誤まり、ひいて事実を誤認したものというのほかなく、論旨は結局理由があり、原判決は、破棄を免かれない。 よつて、刑訴第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書に従い本質について更に判決する。 (罪となるべき事実)被告人は医師であつて、昭和二四年八月以来佐賀県東松浦郡a村bにおいて病院を営み医業に従事していたものであるが、昭和二五年七月二九日かねて被吉人のもとに通院し結核性脊髄カリエスの治療を受けていたBが、注射剤ぶどう糖カルシウムと思料されるアンプル一本二〇㏄入のもの五本在中の紙函一個を同病院診療室に持参しこれが注射方を求めたので、被告人においてこれ に通院し結核性脊髄カリエスの治療を受けていたBが、注射剤ぶどう糖カルシウムと思料されるアンプル一本二〇㏄入のもの五本在中の紙函一個を同病院診療室に持参しこれが注射方を求めたので、被告人においてこれを受取り点検したところ、右の紙函には、C株式会社ぶどう糖カルシウムの標示があつたがうすい埃が附着し、同函は相当古びており、封絨紙もすでに破つて封が切つてあり、左中のアンプル五本のうち二本にはぶどう糖カルシウムのレツテルが貼付してあつたが、残り三本にはレツテルがなく、剥げ落ちたレツテルも見当らず、その入手先につきBは、夫Gのすすめにより自宅で夫より受取つた旨を申出たのであつた。およそ医師が患者に静脈注射を施こす場合、もし薬液の品質種類の判別を誤まるときは、人の生命身体に不測の障害を招来する危険のあることは、言をまたないところであるから、右のような注射を施こすにあたつては、薬液の判別にいささかも過誤のないことを期し、もしいやしくもこれが明白的確な判別を下し難い事情の存する場合には、すべからく注射を避止し、もつて危険の発生を未然に防止すべき業務上当然の注意義務があるにかかわらず、被告人は、これが注意義務を怠り、アンプル五本の注射液はいずれも無色透明で、溷濁、変色、沈澱物の存しないことを確かめたのみで、主としてBの言を信頼し、不注意にもレツテルのない薬液が劇薬カルピノール一号であることに気づかず、レツテルのある薬液同様ぶどう糖カルシウムてあると軽信し、Bの依頼に応じ、同月三一日午前一〇時頃前記診療室において同薬液をBの右腕静脈に注射したため、約一〇分にして呼吸まひによりBを同所において死亡するに至らしめたものである。 (証拠の標目)一、原審公判における被告人の供述一、電話聴取書(変死届)一、 Eの検察官に対する供述調書一、医師D 吸まひによりBを同所において死亡するに至らしめたものである。 (証拠の標目)一、原審公判における被告人の供述一、電話聴取書(変死届)一、 Eの検察官に対する供述調書一、医師Dの鑑定書一、厚生省薬務局監視課長の通牒写、佐賀県衛生部の通牒写一、原審並びに当審における証人E、鑑定人H、同Iの各供述一、被告人の司法警察員及検察官に対する各供述(法令の適用)刑法第二一一条前段(罰金刑選択)、罰金等臨時措置法第二条第三条、刑法第一八条、刑法第二五条第一項、刑訴第一八一条第一項以上の理由により主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官下川久市裁判官柳原幸雄裁判官岡林次郎)
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