主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人らの負担とする。 理由 上告代理人加藤猛の上告理由について一本件訴訟は、胆のう癌により死亡したDの遺族である上告人らが、被上告人の開設するE病院のF医師がDを胆のう癌の疑いがあると診断したのにその旨を本人又はその夫である上告人Aに説明しなかったことが診療契約上の債務不履行に当たると主張して損害賠償を請求するものであるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。 1 Dは昭和五八年一月三一日、上腹部痛のためE病院を訪れ、内科各科への振分けを目的とする一般内科を受診した。一般内科のG医師は同日、同女を診察して胆石症を疑い、放射線科で超音波検査を受けた後に一般内科を受診するように指示した。放射線科のH医師は同年二月九日、超音波検査により同女には胆のう腫瘍の疑いがあると診断した。一般内科のI医師は同月一四日、同女を診察し、超音波検査の結果によりこれを消化器内科に振り分け、放射線科でコンピューター断層撮影を受けてその結果を消化器内科で聞くように指示した。放射線科のH医師は同月二八日、コンピューター断層撮影により同女を印象として胆のう癌と診断した。 2 消化器内科のF医師は、同年三月二日、外来で訪れたDを初めて診察し、前記診察及び検査の結果をも考え併せて胆のうの進行癌を強く疑い、同女を入院させて精密な検査をした上で確定診断と治療方針の決定をする必要があると判断したが、同女の性格、家族関係、治療方針に対する家族の協力の見込み等が不明であり、右の疑いを本人に直接告げた場合には精神的打撃を与えて治療に悪影響を及ぼすおそれがあることから、D本人にはこれを説明せず、精密な検査を行った後に同女の家- 1 -族の中から適当な者を選んでそ り、右の疑いを本人に直接告げた場合には精神的打撃を与えて治療に悪影響を及ぼすおそれがあることから、D本人にはこれを説明せず、精密な検査を行った後に同女の家- 1 -族の中から適当な者を選んでその結果及び治療方針を説明することにした。 3 F医師は同日、Dに対し、「胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術する必要がある。」と説明して入院を指示したが、同女が同月二二日から二八日までシンガポールへ旅行する予定であること、仕事の都合及び家庭の事情などを理由に強い口調で入院を拒んだため、胆のうも変形し手術の必要な重度の状態にあるから、仕事の都合を付け家族とも相談した上で入院できる態勢を整える必要がある旨を告げ、なお粘り強く入院を説得した。その結果、同女がシンガポール旅行後に入院するというので、F医師はやむを得ずこれに同意し、入院の手続のため同月一六日に来院することを同女に約束させた。 4 Dは、同月一六日、F医師の診察を受けて同年四月一一日以降速やかに入院する旨の予約手続をしたが、同年三月一八日、同医師に相談することなく、電話で応対した看護助手に対して家庭の事情により入院を延期する旨を伝えた。 5 Dは、予定通りシンガポールへ旅行し、帰国後もF医師に連絡を取らず医師の診察を受けずにいたところ、同年六月病状が悪化してJがんセンターに入院し、胆のう癌と診断されて治療を受けたが、同年一二月二二日死亡した。 6 なお、昭和五八年当時医師の間では、患者に対して病名を告げるに当たっては、癌については真実と異なる病名を告げるのが一般的であった。 二右認定事実によれば、F医師にとっては、Dは初診の患者でその性格等も不明であり、本件当時医師の間では癌については真実と異なる病名を告げるのが一般的であったというのであるから、同医師が、前記三月二日及び一六日 実によれば、F医師にとっては、Dは初診の患者でその性格等も不明であり、本件当時医師の間では癌については真実と異なる病名を告げるのが一般的であったというのであるから、同医師が、前記三月二日及び一六日の段階で、Dに与える精神的打撃と治療への悪影響を考慮して、同女に癌の疑いを告げず、まずは手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院させ、その上で精密な検査をしようとしたことは、医師としてやむを得ない措置であったということができ、あえてこれを不合理であるということはできない。 - 2 -もっとも、DがF医師の入院の指示になかなか応じなかったのは胆石症という病名を聞かされて安心したためであるとみられないものでもない。したがって、このような場合においては、医師として真実と異なる病名を告げた結果患者が自己の病状を重大視せず治療に協力しなくなることのないように相応の配慮をする必要がある。しかし、F医師は、入院による精密な検査を受けさせるため、Dに対して手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院を指示し、二回の診察のいずれの場合においても同女から入院の同意を得ていたが、同女はその後に同医師に相談せずに入院を中止して来院しなくなったというのであって、同医師に右の配慮が欠けていたということはできない。 三次に、Dに対して真実と異なる病名を告げたF医師としては、同女が治療に協力するための配慮として、その家族に対して真実の病名を告げるべきかどうかも検討する必要があるが、同医師にとっては、Dは初診の患者でその家族関係や治療に対する家族の協力の見込みも不明であり、同医師としては、同女に対して手術の必要な重度の胆石症と説明して入院の同意を得ていたのであるから、入院後に同女の家族の中から適当な者を選んで検査結果等を説明しようとしたことが不合理であるというこ 、同医師としては、同女に対して手術の必要な重度の胆石症と説明して入院の同意を得ていたのであるから、入院後に同女の家族の中から適当な者を選んで検査結果等を説明しようとしたことが不合理であるということはできない。そして、前記認定事実によれば、Dがその後にF医師に相談せずに入院を中止したため、同医師が同女の家族への説明の機会を失ったというのであるから、結果として家族に対する説明がなかったとしても、これを同医師の責めに帰せしめることは相当でない。 四およそ患者として医師の診断を受ける以上、十分な治療を受けるためには専門家である医師の意見を尊重し治療に協力する必要があるのは当然であって、そのことをも考慮するとき、本件において右の経緯の下においては、F医師がD及び上告人Aに対して胆のう癌の疑いがある旨の説明をしなかったことを診療契約上の債務不履行に当たるということはできない。 - 3 -以上と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、すべて採用することができない。 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官尾崎行信裁判官園部逸夫裁判官可部恒雄裁判官大野正男裁判官千種秀夫- 4 - 正男裁判官 千種秀夫
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