令和2(う)113 建造物侵入,窃盗被告事件

裁判年月日・裁判所
令和3年2月2日 広島高等裁判所 棄却 広島地方裁判所 令和1(わ)842
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判決文本文10,970 文字)

令和3年2月2日宣告広島高等裁判所令和2年(う)第113号建造物侵入,窃盗被告事件原審広島地方裁判所令和元年(わ)第842号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中90日を原判決の刑に算入する。 理由 1 本件控訴の趣意は,弁護人松本卓史作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に,これらに対する答弁は,検察官島村浩昭作成の答弁書に,これに対する反論は,弁護人松本卓史作成の反論書に,それぞれ記載されたとおりであるからこれらを引用する。 2 本件は,原判決が「罪となるべき事実」において認定したとおり,建造物侵入,窃盗の事案である。具体的には,「被告人が,金品窃取の目的で,令和元年11月30日午後7時頃から同年12月1日午前7時59分頃までの間,株式会社甲代表取締役が看守する広島県大竹市a町b丁目c番d号所在の同社店舗に無施錠の北側腰高窓又は無施錠の東側南寄り腰高窓から侵入し,その頃,同所において,同人が所有する現金合計2万8000円及びトートバッグ1個(時価約3000円相当)を窃取した。」というものである(以下,この事実を「本件侵入窃盗」という。)。 3 論旨は,令和元年12月1日午前8時前頃,被告人に対して執行された逮捕(以下「当初の逮捕」という。)は,本件侵入窃盗を被疑事実とした緊急逮捕であってその適法要件を欠く上,同月4日午前8時12分に実施された検察官送致手続までの間に法定の時間制限を超過した重大な違法があり,本件公訴は違法捜査に基づく公訴権濫用による起訴としてその規定に違反して無効であるのに,これを棄却することなく有罪を言い渡した原判決には,不法に公訴を受理した違法(刑訴法378条2号)があるというものである。そこで,記録を調査して検討する (以下 に違反して無効であるのに,これを棄却することなく有罪を言い渡した原判決には,不法に公訴を受理した違法(刑訴法378条2号)があるというものである。そこで,記録を調査して検討する (以下,平成31年及び令和元年の日付については,月日のみで示す。)。 4 原判決は,当初の逮捕の手続及びその後の身体拘束手続は違法であり,本件公訴は棄却されるべきであるとの弁護人の主張に対し,次のとおり判示し,弁護人の上記主張を退けた。 主な事実経過は,以下のとおりである。 ア海田警察署(以下「海田署」という。)は,11月8日,被告人について,広島市e区f町及び同区ghi丁目で発生した各建造物侵入,窃盗(以下「別件侵入窃盗」という。)を被疑事実として逮捕状の発付を受けたが,被告人の所在がつかめず,有効期間内に逮捕できなかったため,同月15日,同じ被疑事実で有効期間を1か月,引致すべき場所を海田署又は逮捕地を管轄する警察署とする逮捕状(以下「別件逮捕状」という。)の発付を受け,被告人の所在捜査を行っていた。 イ廿日市警察署(以下「廿日市署」という。)所属のB警部補及びA巡査長は,同月30日から同署で当直勤務をしていたが,同勤務開始時に,同署刑事課長C課長から被告人の手配書を見せられた。その手配書には,海田署が被告人の逮捕状を取得している旨の記載があり,被告人の顔写真も載っていた。C課長がこの時点で指示した方針は,「通報を依頼した店舗から被告人の来店の通報があれば被告人の行動確認をするが,身体拘束には着手しない。」というものであった。 被告人は,同日午後7時頃から12月1日朝までの間に,本件侵入窃盗の犯行に及び,その被害品である硬貨在中のトートバッグを持って広島市j区のk駅前にあるインターネットカフェ(以下「本件ネットカフェ」という。)に 日午後7時頃から12月1日朝までの間に,本件侵入窃盗の犯行に及び,その被害品である硬貨在中のトートバッグを持って広島市j区のk駅前にあるインターネットカフェ(以下「本件ネットカフェ」という。)に入店した。 ウ本件ネットカフェの店員は,同日午前7時22分頃,廿日市署当直に対し,被告人が来店した旨を通報した。 C課長は,この通報を受け,上記方針を被告人の身体拘束に着手するとい うものに変更した。B警部補及びA巡査長は,同店員から被告人が退店した旨を聞き,2人で捜査車両で同店舗付近へ向かった。この際,B警部補は,別件逮捕状の緊急執行をすることも想定して,A巡査長に対し,手錠を準備するように指示し,また,B警部補及びA巡査長は,被告人を見付けた場合は,まずは任意同行を試みるが,被告人が逃げるようなときは別件逮捕状の緊急執行もあり得るという話をした。 A巡査長らは,k駅周辺の路上で被告人を発見し,職務質問を開始するために車から降りたところ,被告人が逃走したので追い掛けた。 エ A巡査長は,被告人に追い付き,逃走のおそれがあると判断し,同日午前8時前頃,被告人に手錠を掛けて逮捕した。逮捕の際,A巡査長が「緊急逮捕」と発言した可能性がある。逮捕の直前,被告人の所持するトートバッグについて,A巡査長が質問し,被告人が「今日,大竹でとった。」と答えた。 A巡査長は,同日午前8時頃,B警部補と連絡をとり,合流した。A巡査長は,B警部補から「逮捕したんか。」と聞かれて「はい,緊逮。」と答え,同人から聞き返されて「緊急執行です。」と言い直した。A巡査長は,B警部補から「事実を告げたのか。」と聞かれて「いや。」と答えた。B警部補は,同日午前8時3分頃,C課長に電話をかけて別件逮捕状記載の被疑事実について確認し,同日午前8時5分頃,被告人に対 査長は,B警部補から「事実を告げたのか。」と聞かれて「いや。」と答えた。B警部補は,同日午前8時3分頃,C課長に電話をかけて別件逮捕状記載の被疑事実について確認し,同日午前8時5分頃,被告人に対し,「今,令状はないけれど,海田が取得しているgの窃盗事実で逮捕しているから。」と告げた。 被告人は,「ああ・・・。知らんけどね。」と答えた。 オその後,C課長が現場に来て,A巡査長が被告人に「今から逮捕状のある海田署に行ってもらう。」と告げ,海田署に向かい,同日午前8時38分頃,被告人を海田署司法警察員に引致した。 被告人は,同日午前8時55分頃,警察官から別件逮捕状を示され,弁解録取の際,別件逮捕状記載の被疑事実の要旨を告げられ,間違いないかと質問されて,「全く身に覚えがない。」と答えた。 カ本件侵入窃盗の被害者は,同月2日午前3時過ぎ頃,本件被害店舗内が荒らされているのを発見し,盗難被害に遭ったと思い,同日午前3時30分頃,110番通報した。指令を受けた警察官は,同日午前3時46分頃,同店舗に臨場した。 海田署は,同日午前8時7分,別件侵入窃盗につき,被告人を身柄付きで広島区検察庁に送致した。被告人は,同庁での弁解録取の際,別件逮捕状記載の被疑事実の要旨を告げられ,間違いないかと質問されて,「身に覚えがない。」と答えた。 同日,被告人は,別件侵入窃盗の事実で勾留請求されることはなく,一旦釈放された後,本件侵入窃盗を被疑事実として通常逮捕された。 被告人は,同月4日,本件侵入窃盗を被疑事実として勾留され,同月23日,同事実について起訴され,現在に至る。 ⑵ 逮捕の種類についての判断は,以下のとおりである。 ア A巡査長の証言等によれば,A巡査長は,B警部補との間で,被告人の任意同行が困難であれば,別件逮捕状の緊急 について起訴され,現在に至る。 ⑵ 逮捕の種類についての判断は,以下のとおりである。 ア A巡査長の証言等によれば,A巡査長は,B警部補との間で,被告人の任意同行が困難であれば,別件逮捕状の緊急執行もあり得るという話をした上で,k駅付近に来たものであり,その時点では,被告人を逮捕するとすれば,その根拠は別件逮捕状の緊急執行になるという認識を持っていたのであって,本件侵入窃盗を根拠に被告人を逮捕するなどという発想は全くなかったと認められる。 イそのような認識であったA巡査長が被告人を発見して,12月1日午前8時前頃に被告人を逮捕し,同日午前8時5分頃に,B警部補が被告人に対し,「今,令状はないけれど,海田が取得しているgの窃盗事実で逮捕しているから。」と言って別件逮捕状により逮捕した旨を告げ,同日午前8時38分頃には,A巡査長が別件逮捕状に記載されたとおり被告人を海田署に引致し,同日午前8時55分頃には,警察官が被告人に別件逮捕状を示し,その後の弁解録取の際には,警察官が別件逮捕状記載の被疑事実の要旨を告げ,翌日 の検察庁での弁解録取の際にも,検察官が別件逮捕状記載の被疑事実の要旨を告げたのであり,こうした一連の事実経過によれば,同月1日午前8時前頃から翌日の釈放までの被告人の身体拘束は,別件侵入窃盗を根拠とするもの,すなわち,別件逮捕状を根拠とするものであったと考えるのが自然かつ合理的である。 なお,A巡査長は,逮捕前に,被告人の所持するトートバッグについて,「今日,大竹でとった。」旨被告人から聞いており,逮捕する際,「緊急逮捕」という言葉を発した可能性があるが,関係証拠によって認められる諸事情に照らせば,これは,「緊急執行」と「緊急逮捕」とを混同した言い間違いであると考えるのが相当である。 ウ以上によれば,当 逮捕」という言葉を発した可能性があるが,関係証拠によって認められる諸事情に照らせば,これは,「緊急執行」と「緊急逮捕」とを混同した言い間違いであると考えるのが相当である。 ウ以上によれば,当初の逮捕は,本件侵入窃盗を被疑事実とする緊急逮捕ではなく,別件侵入窃盗を被疑事実とする別件逮捕状の緊急執行であったものと認められる。 もっとも,逮捕状を緊急執行する場合,相手方に被疑事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げなければならないが,A巡査長による当初の逮捕行為時にこの告知が十分に行われた事実は認められず,違法である。 しかし,その逮捕後,速やかに,被告人に対し,「今,令状はないけれど,海田が取得しているgの窃盗事実で逮捕しているから。」「今から逮捕状のある海田署に行ってもらう。」との告知がされているし,その逮捕から約1時間後には被告人に対し別件逮捕状が示されていることも踏まえると,その違法性の程度は重大とはいえない。 エ以上によれば,A巡査長の当初の逮捕行為には一部違法があるが,それは重大なものではなく,検察官の本件公訴提起に,その公訴提起自体が職務犯罪を構成するような裁量権の逸脱があるとはいえず,また,それに匹敵するほど極限的な裁量権の逸脱があるともいえない。 5 以上の原判決の説示のうち,当初の逮捕に関する争点を逮捕の種類と整理した 点については,本件で重要なのは,逮捕の種類よりもむしろ,理由となる被疑事実が別件侵入窃盗であったのか,それとも本件侵入窃盗であったのかという点であると解され,逮捕状の緊急執行であれば別件侵入窃盗が,緊急逮捕であれば本件侵入窃盗がそれぞれ被疑事実となる関係にはあるものの,逮捕の種類が何であるかよりも被疑事実が何であるかの方が先行する問題であることから,適切さを欠く(公判前整理手続に 入窃盗が,緊急逮捕であれば本件侵入窃盗がそれぞれ被疑事実となる関係にはあるものの,逮捕の種類が何であるかよりも被疑事実が何であるかの方が先行する問題であることから,適切さを欠く(公判前整理手続においても格別逮捕の種類を争点として整理がされているわけではない。)が,事実経過に関する原判決の認定には論理則,経験則等に照らして不合理な点はなく,同認定事実に基づく逮捕及び公訴についての原判決の法的判断にも誤りはない。 所論に鑑み,以下,補足する。 ⑴ 本件の主要な争点は,当初の逮捕が,別件侵入窃盗を被疑事実とする別件逮捕状の緊急執行であったのか,本件侵入窃盗を被疑事実とする緊急逮捕であったのかである。 当初の逮捕を執行したA巡査長は,原審で,「当初の逮捕の際,自分は,別件逮捕状の緊急執行を行う意図であり,『海田署が取得した逮捕状に基づく逮捕である。』旨及び『gの窃盗事件が被疑事実である。』旨を被告人に伝えた。 『緊急執行する。』とは言ったが,『緊急逮捕する。』とは言っていない。」旨証言し,B警部補は,「A巡査長による当初の逮捕後,すぐにA巡査長と合流し,被告人に対し,『今,令状はないけれど,海田が取得しているgの窃盗事実で逮捕しているから。』と改めて伝えた。」旨証言している。 このうち,A巡査長の,「当初の逮捕の際,『緊急逮捕する。』とは言っていない。」旨の証言について見ると,上記両警察官の各原審証言によれば,当初の逮捕後,A巡査長がB警部補に対する報告の際,「緊急逮捕した。」旨言い間違えた事実が認められ,このことからすれば,A巡査長は,当初の逮捕の際にも,同様に言い間違いをし,「緊急逮捕する。」旨を被告人に告げた可能性を否定できない。 もっとも,その他の点の信用性を見ると,両警察官の各原審証言は,おおむね合致して相互にそ 捕の際にも,同様に言い間違いをし,「緊急逮捕する。」旨を被告人に告げた可能性を否定できない。 もっとも,その他の点の信用性を見ると,両警察官の各原審証言は,おおむね合致して相互にその信用性を補強し合っているほか,本件において,元々A巡査長が逃走する被告人を追い掛けたのは,別件逮捕状に基づき任意同行を求め,あるいは別件逮捕状の緊急執行を行うためであったことや,当初の逮捕時点で,別件逮捕状は既に発付されていた一方で,本件侵入窃盗の事実については被害者からの通報も被害申告もされておらず,両警察官は事件として把握していなかったことなどの経緯に照らし,自然で合理的な内容といえる。また,両警察官の各原審証言は,携帯電話機の発着信履歴や通話時間等の客観的証拠によく符合してこれに裏付けられている上,別件逮捕状の緊急執行の際,被疑事実の要旨を適切に告知していないことなどの職責の上で自己に不利益な事実についても率直に供述する真摯な供述態度等からしても,その信用性は高い。 そうすると,A巡査長は,当初の逮捕の際,本件侵入窃盗についての緊急逮捕の意図など有しておらず,専ら別件逮捕状に基づく緊急執行の意図であったものと認められる上,実際に,12月1日午前8時前頃の当初の逮捕の時点で,海田署が取得した逮捕状に基づく逮捕であること及びgの窃盗事件が被疑事実であることを被告人に伝えている。また,その後合流したB警部補も同日午前8時5分頃には,「今,令状はないが,海田署が取得しているgの窃盗事実で逮捕している。」旨を改めて伝えている。これらの事実関係のほか,その後の,別件逮捕状記載の引致すべき場所である海田署への引致,別件逮捕状の提示,別件侵入窃盗の事実についての弁解録取等の手続が履践された経緯に照らすと,当初の逮捕が別件侵入窃盗を被疑事実とする別件 の後の,別件逮捕状記載の引致すべき場所である海田署への引致,別件逮捕状の提示,別件侵入窃盗の事実についての弁解録取等の手続が履践された経緯に照らすと,当初の逮捕が別件侵入窃盗を被疑事実とする別件逮捕状の緊急執行であったものと評価した原判決に誤りはない。 ⑵ また,原判決は,当初の逮捕に,被疑事実の要旨の告知について違法があるとしているが,この判断についても,正当として是認できる。 アすなわち,刑訴法201条2項,73条3項の趣旨に照らし,捜査機関としては,逮捕状の緊急執行の際,逮捕状に記載された「被疑事実の要旨」を 全て漏れなく告げる必要はないものの,いかなる被疑事実による逮捕であるかを一応理解させる程度には逮捕状の被疑事実の要旨を告げる必要があるものと解される。そして,逮捕・勾留の効力が被疑事実を単位として生ずることなどに照らせば,1通の逮捕状に併合罪関係に立つ複数の被疑事実が記載されている場合には,個々の被疑事実について,それぞれその要旨を告知する必要があるものと解すべきである。 本件においては,当初の逮捕の時点でA巡査長から被告人に伝えられた内容は,「海田署が逮捕状を取得していること」,「被疑事実はgの窃盗の事件であること」といった内容にとどまり,f町の窃盗の被疑事実については何ら告知されていない上,ghi丁目の窃盗の被疑事実についても,建造物侵入,窃盗という罪名のうちの窃盗であることや,発生場所がgという地域であることを除いては,発生日時場所も,被害品も,侵入窃盗という犯行態様についても告げられていないのであって,被告人に対し,いかなる被疑事実による逮捕であるかを一応理解させる程度の情報が伝えられていたものとはいえない。また,B警部補からの再度の説明も,被疑事実については,A巡査長の告知した内容と実質的に変 告人に対し,いかなる被疑事実による逮捕であるかを一応理解させる程度の情報が伝えられていたものとはいえない。また,B警部補からの再度の説明も,被疑事実については,A巡査長の告知した内容と実質的に変わらないものというほかない。結局,A巡査長による被疑事実の要旨の告知は,B警部補による補足を考慮しても,刑訴法の要請を充足しない違法なものといわざるを得ない。 イこの点について,検察官は,被告人は,11月10日に海田署による自宅の捜索を受けた後に所在不明となっており,当初の逮捕前にも本件ネットカフェで入店早々に退店して逃走するなどしていることからしても,海田署から窃盗を含む犯罪で手配を受けていたことを認識していたと認められるから,被告人は,A巡査長が行った程度の告知の内容であっても,いかなる被疑事実による逮捕であるかを一応理解したものと認められ,逮捕状の被疑事実の要旨の告知としては十分であったと主張する。 しかしながら,仮に,被告人において,海田署から手配を受けていること を認識していたとしても,gという地域内の窃盗事件に限って見てもその嫌疑としては複数あり得たところであり,上記の程度の告知内容では,被告人に対し,いかなる被疑事実による逮捕であるかを一応理解させる程度のものとして十分であったとはいえず,検察官の上記主張は採用できない。 ウ本件においては,A巡査長及びB警部補は,本件ネットカフェ店員からの通報を受け,事前に別件逮捕状の緊急執行を念頭に置いていたというのであるから,その際に告知すべき被疑事実の要旨についても,あらかじめ準備しておくことが十分に可能であったのに,必要な準備を怠ったという問題が根底にある。 さらに,A巡査長作成の通常逮捕手続書には,A巡査長が,当初の逮捕の時点で,被告人に対し,逮捕の事実を伝えた旨が しておくことが十分に可能であったのに,必要な準備を怠ったという問題が根底にある。 さらに,A巡査長作成の通常逮捕手続書には,A巡査長が,当初の逮捕の時点で,被告人に対し,逮捕の事実を伝えた旨が記載され,必要な内容を告知したかのような記載がされている点からは,A巡査長の適正手続に対する理解が十分でなかったことがうかがわれる。 これらの点も考慮すれば,被疑事実の要旨の告知についての違法は,決して軽視することができない。 エもっとも,本件においては,当初の逮捕からおおむね1時間後である12月1日午前8時55分には,被告人に対して,別件逮捕状が提示され,記載された被疑事実の要旨が示されていることなどを考慮すれば,本件一連の手続の違法性は,全体的に見て,重大なものとまではいえない。 このことに加え,別件侵入窃盗については,検察官において勾留請求をせずに被告人は一旦釈放され,本件侵入窃盗については,別途請求手続がとられ,司法審査を経て発付された逮捕状によって通常逮捕がされていることをも考慮すれば,上記の違法が,本件についての公訴提起を違法,不当とするようなものではないことが明らかといえる。 以上から,本件公訴提起について,その適法性を認め,公訴棄却を求める弁護人の主張を退けた原審の判断に誤りはない。 6 所論に対する判断は,以下のとおりである。 ⑴ 所論は,原判決が,「12月1日午前7時22分頃の本件ネットカフェ店員からの通報を受け,C課長が,方針を,当初の『被告人の行動確認をするが,身体拘束には着手しない。』というものから,『被告人の身体拘束に着手する。』というものに変更した。」と認定した点を争い,このような方針変更はされておらず,そのために,A巡査長としては,緊急執行してよいかどうかの判断ができず,取りあえず,緊 『被告人の身体拘束に着手する。』というものに変更した。」と認定した点を争い,このような方針変更はされておらず,そのために,A巡査長としては,緊急執行してよいかどうかの判断ができず,取りあえず,緊急逮捕で代用した可能性があるなどと主張する。 しかしながら,上記方針変更があったことについては,B警部補が原審で明確に証言している。所論は,その証言が,A巡査長の原審証言と矛盾している上,C課長において,身柄確保に方針を変更する理由が見当たらないなどとしてその信用性を争うが,A巡査長の原審証言との関係については,A巡査長においても,「当初は任意同行の指示であったが,本件ネットカフェからの通報の後,B警部補との間で,被告人は逃げるだろうから,別件逮捕状の緊急執行も考えなければいけないという話をした。」旨,原審で証言しており,両警察官の各原審証言は,当初の方針の内容について若干の齟齬はあるものの,C課長が,本件ネットカフェからの通報を受け,飽くまで任意処分にとどめる方針から,別件逮捕状の緊急執行も視野に入れることに方針を変更してこれをB警部補に伝え,これを受けて,B警部補がA巡査長と上記の話合いを行ったものと矛盾なく理解できる内容である。また,捜査機関が,11月8日に別件逮捕状を取得した後,12月1日に至るまで被告人の所在をつかめずにいた状況を考慮すれば,所在がつかめたのを機に,C課長が行動確認や任意同行では不十分と考えて身柄拘束に着手すべきとの方針変更をしたことには十分な合理性がある。所論の指摘を踏まえても,B警部補の原審証言の信用性は揺るがず,上記方針変更に関する原判決の認定に誤りはない。 ⑵ 所論は,現職の警察官であるA巡査長が,二度にわたって,緊急執行を「緊急逮捕」ないし「緊逮」と言い間違えることなど到底考え難いと主張する。 上記方針変更に関する原判決の認定に誤りはない。 ⑵ 所論は,現職の警察官であるA巡査長が,二度にわたって,緊急執行を「緊急逮捕」ないし「緊逮」と言い間違えることなど到底考え難いと主張する。 確かに,現職の警察官が,このように重要な場面で,二度にわたって初歩的な用語の言い間違いをするというのは,あってはならないことである。 しかしながら,上記のとおり,通常逮捕手続書の記載等からは,A巡査長の適正手続に関する理解が十分でなかったこともうかがわれ,緊迫した場面等で緊急執行と言うべきところを緊急逮捕ないし緊逮と言い間違うことも,あり得ないものではない。この点についても,原判決の認定に誤りはない。 ⑶ 所論は,被告人供述に依拠し,A巡査長は当初の逮捕の際,緊急逮捕の要件がないにもかかわらず,「本件侵入窃盗の被疑事実を理由として緊急逮捕する。」旨,被告人に明確に告げ,緊急逮捕を行ったものであり,その後の弁解録取や別件逮捕状の提示は,上記の違法を取り繕った結果であるなどと主張する。 しかしながら,上記のとおり,当初の逮捕の時点では,本件侵入窃盗については,被害者からの通報も未了である。被告人の原審供述によると,A巡査長は,被害申告がなく,被告人が硬貨やトートバッグ等の被害品らしき物品を所持していたという事実と,「大竹で今日,さっき金を盗んだ。」という趣旨の被告人の発言しかないのに,その程度の希薄な嫌疑に基づいて被告人を緊急逮捕したということになる。しかしながら,本件においては,5⑴で検討したとおり,既に適法に発付された別件逮捕状が存在することをA巡査長は認識しており,A巡査長は,別件侵入窃盗を理由とする手配に基づく身柄確保のために被告人を追跡していたのであるから,途中で上記の程度の嫌疑を本件について見出し れた別件逮捕状が存在することをA巡査長は認識しており,A巡査長は,別件侵入窃盗を理由とする手配に基づく身柄確保のために被告人を追跡していたのであるから,途中で上記の程度の嫌疑を本件について見出したからといって,いきなり方針を変更して,上記のとおり十分な証拠がなく,緊急逮捕の要件が充足されているとの判断が著しく困難な状況であるにもかかわらず,緊急逮捕を行うのは極めて不合理な行動というべきであり,およそ想定し難い。 この結論は,A巡査長が別件逮捕状の緊急執行の際に緊急逮捕ないし緊逮と言い間違えた可能性があることや,別件逮捕状記載の被疑事実について十分に認識していなかったことなどの事情を考慮しても,左右されない。 また,仮に所論のいうように,A巡査長及びB警部補が,別件逮捕状の緊急執行であったかのように体裁を取り繕ったのであれば,同人らが,別件逮捕状記載の被疑事実の要旨について,あえて不十分でずさんな内容の告知をした旨を一致して証言することは考え難い。 所論の依拠する被告人の原審供述は,到底信用できない。 ⑷ その他の所論を検討しても,A巡査長及びB警部補の各原審証言の信用性は動揺せず,当初の逮捕が本件についての緊急逮捕ではなく,別件逮捕状の緊急執行であったとの原判決の認定に誤りはない。 所論の指摘を全て検討しても,本件手続に重大な違法はないとして本件公訴を棄却することなく被告人に有罪判決を言い渡した原裁判所の判断は正当であり,原裁判所が本件公訴を不法に受理したものであるとの論旨に理由はない(なお,本件手続に重大な違法がないことからして,違法収集証拠として排除すべき証拠も見当たらない。)。 7 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費 からして,違法収集証拠として排除すべき証拠も見当たらない。)。 7 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用し,主文のとおり判決する。 令和3年2月5日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官伊名波宏仁 裁判官水落桃子 裁判官廣瀬裕亮

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