平成15(わ)171 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
平成17年1月28日 広島地方裁判所 呉支部
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判決文本文20,807 文字)

主文 被告人を懲役6年に処する。 未決勾留日数中370日をその刑に算入する。 押収してあるライター1個を没収する。 理由 (犯行に至る経緯等) 1 被告人の身上経歴等被告人は,父B,母Cの間の4子同胞の第二子長男として広島県呉市で出生し,昭和41年3月にD大学工学部工業化学科を卒業後,地元の食品会社に勤めていたときに県立高校の教諭に採用され,同年5月から県立高校において工業化学を教えるようになったが,このころから被告人の精神症状が悪化し,同年6月に国立療養所E病院に入院したのを最初として,その後も,神経衰弱状態や統合失調症の病名により同年7月18日から昭和49年7月25日まではF病院(現在のG病院),次いで,昭和50年2月13日から本件により被告人が逮捕された平成15年9月11日までは広島県呉市ij丁目k番l号所在のH病院(現在の医療法人I会J病院。以下「J病院」という。)に入退院を繰り返す生活を続けるようになった。 このため,被告人は,県立高校の教員職を約1年で退職し,その後は一時的に呉市職員として勤務したこともあったが,それも長続きせず,病院を退院して自宅で生活している期間中は,実父が営んでいた家業のたばこ店を手伝うようになった。 平成9年4月,被告人の両親が病気や交通事故で相次いで死亡したが,被告人は,両親の死亡後も,月2回程度の外出許可や外泊許可を受けて,入院先から自宅に戻り,自宅に設置されたたばこの自動販売機の商品の注文,代金の支払,売上金の回収,商品の補充等を行うことによりたばこ販売業を続けていた。 なお,被告人は,本件犯行当時,J病院新館3階の精神科一般病棟の閉鎖病棟である3A病棟(以下「3A病棟」という。)の308号室(以下「308号室」といい,3A病棟の他の ばこ販売業を続けていた。 なお,被告人は,本件犯行当時,J病院新館3階の精神科一般病棟の閉鎖病棟である3A病棟(以下「3A病棟」という。)の308号室(以下「308号室」といい,3A病棟の他の病室も病室番号に従いこれと同様にいう。)に入院していた。 また,本件当時,被告人は,入院生活を続けながらK大学法学部の通信教育課程を受講していた。 2 被害者の身上経歴等L(以下「L」という。)は,昭和18年7月29日に出生し,地元小学校及び中学校を卒業したが,2歳のころに小児麻痺に罹患したことで左半身麻痺となったことや,右半身の力も弱いことから,一人で歩行はできるものの,健常者と比べてその動作はかなり鈍かった。また,同人の知能程度はIQ20以下と重度の精神発達遅滞にあり,簡単な会話はできるものの,読み書きや計算等は全くできない状態にあった。 同人は,中学卒業後,自宅で両親の援助を受けて養鶏業を続けていたが,昭和51年1月に当時のH病院に入院した後は,退院した一時期を除き,本件当時までほぼ継続的にJ病院で入院生活を続けていた。 なお,本件当時,Lは,310号室に入院していた。 3 本件犯行前の状況等被告人は,自宅に自動販売機を設置して行うたばこ販売の商品管理等のため,病院の許可を得て平成15年7月8日に日帰りの外出を,同月10日から翌11日に1泊2日の外泊をしたが,その際に被告人が体調不良を訴えて受診したM外科医院において,好意を抱いた同医院の女性看護師に対し,手紙や金銭等を渡したり,受診後に同医院の前で同看護師を待ち受けるなどストーカー的な行動を取ったことから,同看護師より広島県警N警察署に対して相談があった。 同年7月14日,前記相談を受けた同署の警察官は,J病院を訪れ,同事実を被告人の主治医であるJ病院のO1理事長(以下「 な行動を取ったことから,同看護師より広島県警N警察署に対して相談があった。 同年7月14日,前記相談を受けた同署の警察官は,J病院を訪れ,同事実を被告人の主治医であるJ病院のO1理事長(以下「O1理事長」という。)に伝え,病院側の善処方を求めた。 警察官から上記事実を聞いたO1理事長は,被告人による単独外出に懸念を抱き,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の規定に基づき被告人の保護者に選任されていた被告人の実妹P(以下「P」という。)に連絡を取り,同人の来院を求めて今後の外泊時の付添いなどにつき相談しようとしたが,この連絡に対し,Pは,身内の離婚問題で手一杯であり相談する余裕はない旨回答するなど,J病院に対して非協力的な態度を取り続けた。このため,O1理事長は,前記外出以降,被告人に対し,外出及び外泊許可を出さなかった。 このような状況下において,同月22日以降,被告人は,J病院側に対し,たばこの自動販売機の管理が心配な上,たばこが売れなければ入院費も支払えなくなる等と苦情を述べるようになり,しばしば外出許可を求めていたが,その都度,J病院関係者は,被告人に対し,保護者であるPとの話し合いができないことからJ病院としては外出許可を出すことができない旨を説明して,外出等をしばらく我慢するよう説得した。 J病院からの外出許可が得られない状況が続いたことから,被告人は,Pに対して手紙を書くなどしていたが,外出許可が得られないことに対する不満と苛立ちが募るにしたがって,被告人の精神状態は徐々に悪化し始め,同年8月8日ころには,O1理事長宛に,「LがAを殺してやると云うので私は身体をきたえにゃいけん。」,「退院させないと水素爆弾を落とすぞ。」などと記載した封書を書くようになり,外出を許可しないO1理事長に対する被告人の不満は,次 長宛に,「LがAを殺してやると云うので私は身体をきたえにゃいけん。」,「退院させないと水素爆弾を落とすぞ。」などと記載した封書を書くようになり,外出を許可しないO1理事長に対する被告人の不満は,次第に,「自分がO1理事長から薬を飲まされて殺される」という被害妄想にまで発展するようになった。 このような精神状態の中,被告人は,以前にLが「被告人の自宅の土地の旧地番であるm-nの土地を1億3000万円で売却した」と皆に発言していた幻聴を思い出すようになったが,この時期になると,Lが「1億3000万円を手に入れた」と発言している幻聴まで聞こえ始めるようになり,この結果,被告人には,Lが被告人の土地を勝手に売却して大金を手に入れたという被害妄想が生ずることになった。このため,被告人は,Lに対する怒りを次第に募らせるようになったが,これら怒りに,Lが身体障害者であることに対して被告人が日頃から抱いていた嫌悪感やLの親族がしばしば面会に訪れることに対する妬ましさ等も加わった結果,自分が殺された後にもLが生きながらえていくことは我慢できないとの思いを強めるようになり,遂には,Lの殺害をも考えるまでの精神状態となった。 (罪となるべき事実)被告人は,平成15年8月12日午前1時ころ,308号室において,就寝中のL(当時60歳)に対し,自己がO1理事長に殺された後もLが生きながらえることは我慢できないと考え,同人が火傷により死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,所携のライターで着火したトイレットペーパーを放り,その火を同人の着衣に燃え移らせて同人に全身熱傷の傷害を負わせ,よって,同年9月15日午前7時21分ころ,同市op丁目q番r号所在のQ病院において,同人を前記傷害に基づく敗血症性多臓器不全により死亡させたものであるが,前記犯行 せて同人に全身熱傷の傷害を負わせ,よって,同年9月15日午前7時21分ころ,同市op丁目q番r号所在のQ病院において,同人を前記傷害に基づく敗血症性多臓器不全により死亡させたものであるが,前記犯行当時,統合失調症妄想型に罹患し被害妄想に支配されていたため,心神耗弱の状態にあったものである。 (争点に対する判断) 1 被告人は,当公判廷において,一貫して本件犯行は全く身に覚えがない旨供述し,また,弁護人も,本件犯行の犯人が被告人であることを争うとともに,本件犯行が仮に被告人によるものであるとしても,被告人には殺意がなかった旨主張し,さらに,被告人は,本件犯行当時,心神喪失の状態にあった旨主張してその責任能力を争うので,以下,検討する。 関係各証拠及び証人R1の公判供述によれば,次の事実が認められる。 (1) 本件当時,3A病棟には,301号室から313号室(304号室と309号室は欠番となっている。)までの男性患者用の病室11室と315号室から322号室(319号室は欠番となっている。)までの女性患者用病室7室の合計18室が設けられているが,同病棟は,いわゆる閉鎖病棟であり,同病棟から外部に通じる3か所の出入口は常に施錠され,病院職員等が同出入口を利用する際には,その都度,同職員等が施錠を外して出入りしていたことから,3A病棟には外部の者は自由に立ち入ることはできない構造となっていた。 また,男性患者用病室と女性患者用病室の間には防火扉が設置されており,毎日午後9時から翌日午前6時までの時間帯は施錠されていることから,同時間帯に女性患者が男性患者用の病室に立ち入ることはできない構造となっていた。 なお,男性患者用の病室のうち,301号室から303号室は,安静室として他の病室からは隔離されており,終日にわたり同病室の患者が病室内から が男性患者用の病室に立ち入ることはできない構造となっていた。 なお,男性患者用の病室のうち,301号室から303号室は,安静室として他の病室からは隔離されており,終日にわたり同病室の患者が病室内から外に出ることはできない。一方,前記301号室から303号室を除く男性患者用の各病室の出入口扉は,同病棟が消灯となる午後9時以降も施錠されることがなかったことから,前記各病室の患者が消灯後の時間帯に病室から廊下に出たり他の病室に入ることは可能な状態にあった。 (2) 本件当時,308号室には,L,S(以下「S」という。)及びT(以下「T」という。)の3名の患者が入院しており,また,308号室のベッドは,廊下側の出入口から窓方向に向って,T,S,Lの順に配置されていた。 なお,3A病棟では309号室が欠番となっていることから,Lの病室の308号室と被告人の病室の310号室は壁を隔てて隣り合わせの位置にあった。 (3) J病院では,精神病院の性格上,病院外部からの刃物やライター等の危険物の持ち込みを禁止しており,入院患者が外泊先や外出先から戻った際には,持ち物検査や簡単な身体検査を実施してその持込みの防止に努めているほか,毎週金曜日に所持品整理という名目で所持品検査を行い,その際に持込禁止物が発見された場合には,これを病院側で管理していた。 なお,3A病棟内では,患者によるたばこの喫煙自体は禁止されていないが,喫煙本数は患者毎に制限があり,また,喫煙の際に使用するライターは,ナースステーションに備付けのものを使用することとなっていた。また,3A病棟では,午後8時以降の喫煙は禁じられていた。 (4) J病院における病院職員の勤務形態は,午前8時20分から午後5時までの日勤と午後4時30分から翌日午前8時30分まで夜勤に分けられていたが,こ 棟では,午後8時以降の喫煙は禁じられていた。 (4) J病院における病院職員の勤務形態は,午前8時20分から午後5時までの日勤と午後4時30分から翌日午前8時30分まで夜勤に分けられていたが,このうち夜勤の時間帯には,各病棟に2名の看護師が勤務する態勢となっていた。 夜勤勤務の看護師らは,午後9時の消灯後,1時間毎に各病室を巡回するほか,患者の要求による投薬やオムツの交換などの仕事をすることが決められていた。 (5) 本件犯行前日の平成15年8月11日の3A病棟の夜勤勤務者は,看護師のU(以下「U」という。)と准看護師のV(以下「V」という。)の2名であった。 U及びV(以下,両名を「Uら」という。)は,同日午後9時の消灯以降,同日午後10時及び同日午後11時に3A病棟の各病室の巡回を開始したが,その際には特に各病室に異常は認められなかった。 Uらは,翌同月12日午前零時ころからこの日の夜勤3回目の巡回を開始したが,この巡回の際には,308号室の出入口の引き戸は閉まっており,同室内の患者全員は全員布団を掛けて就寝していた。これに対し,310号室では,入院患者のうち被告人とW(以下「W」という。)は就寝しておらず,同日午前0時30分ころにUが310号室に入室しようとした際,被告人が310号室から出てトイレの方向に向かって歩いている姿がUにより目撃されたほか,同時刻ころWが3A病棟内の廊下を歩く姿がUらによって目撃された。 (6) Uらがこの日の夜勤4回目の巡回を始めようとしていた同日午前1時ころ,突然,Tが,「Lさんが。火が。」と大声で叫びながらナースステーションに向かって近づいてきた。Tのただならぬ様子に異状事態の発生を感じたUらは,直ちにナースステーションを出てTの病室である308号室に駆け付けたところ,同病室 。」と大声で叫びながらナースステーションに向かって近づいてきた。Tのただならぬ様子に異状事態の発生を感じたUらは,直ちにナースステーションを出てTの病室である308号室に駆け付けたところ,同病室内の出入口の引き戸は開けられたままになっており,同病室中央のベッドからやや出入口側の地点に,着衣や髪の毛が燃え上がり上半身が火だるまになってよろめきながら出入口方向に向かって歩いてくるLの姿を認めた。 このため,Uは,ナースステーション前の置かれていた洗面器でトイレの水を汲むと,308号室に戻ってLに向かって洗面器の水を掛けたものの,一度では消火することができなかったことから,再びトイレまで水を汲みに戻り,火の付いていたLに再び水を掛けた。また,Vもこの間にナースステーションに戻ると,消火器を持ち出してLに消火液を掛け,ようやくLの着衣等の火を消火することができた。 (7) Uは,Lの救護をVに任せ,直ちに当日の当直医であるX医師(以下「X医師」という。)を呼び出した。連絡を受けたX医師は,直ちにナースステーションに駆け付け,Lを診察したが,Lが上半身を中心に重度の火傷を負っていたことから,J病院における治療行為は不可能と判断し,直ちにQ病院に収容依頼をした上,同日午前1時13分ころ,119番通報をしてLの搬送を依頼し,通報を受けて到着した救急車により,同日午前1時40分ころ,LはQ病院に搬入された。 Q病院に搬送されたLは,上半身を中心に全身の60パーセントに3度の火傷を負う重篤な状態にあると診断され,直ちに同病院の集中治療室に収容されて治療を受けることとなったが,同病院に搬入された際,同病院のY医師がLに対して火傷を負った原因につき質問したところ,同人は,「どうして火が付いたか分からない。」,「自分では火を付けていない。」と答え 療を受けることとなったが,同病院に搬入された際,同病院のY医師がLに対して火傷を負った原因につき質問したところ,同人は,「どうして火が付いたか分からない。」,「自分では火を付けていない。」と答えた。 (8) Lが火傷を負った事件の発生を聞いた病院関係者は,同日午前1時30分ころから次々に3A病棟に到着したが,この騒ぎで目を覚ます患者が出てきたことや,308号室の出入口付近の床が消火液等で汚れた状態となっていたことから,病院関係者の判断により,寝たきりとなっていた患者以外の患者全員を直ちにデイルームに移動させ,同所にベッドマットを敷いて就寝させた。 (9) その後,事件発生の通報を受けて警察官らが到着し,警察官により夜勤勤務のUらに対し事情聴取が行われたほか,現場の写真撮影等が行われたが,Lの怪我が火傷であり,入院患者のうちの誰かがLの着衣に火を付けた可能性が考えられたことから,現場警察官の指示により,同日午前4時前ころから,関係病室の所持品検査が実施されることとなった。 この所持品検査は,U及びZ看護師長(以下「Z」という。)が担当し,最初にLの病室である308号室内の各患者のベッド回りや個人の床頭台などに対する所持品検査が実施されたが,同室内からは火元となるような物は何も発見できなかった。 このため,事件発生前に廊下を歩いている姿が確認されたWと被告人の所持品についても所持品検査が実施されることとなり,上記両名の病室である310号室において,まず,Wの持ち物等につき所持品検査が実施されたが,何も発見できなかったことから,次いで,被告人の持ち物等につき所持品検査を実施したところ,同日午前4時30分ころ,Uによって,被告人の床頭台の引出の中から黒マジックで「A」と書かれた被告人所有に係るピンク色の使い捨てライター1個(以下 ,被告人の持ち物等につき所持品検査を実施したところ,同日午前4時30分ころ,Uによって,被告人の床頭台の引出の中から黒マジックで「A」と書かれた被告人所有に係るピンク色の使い捨てライター1個(以下「本件ライター」という。)が発見され,本件ライターは直ちに警察官に任意提出された。 被告人の床頭台の引出の中から本件ライターが見つかったことから,デイルームにいた被告人につき事情聴取を行うことになり,被告人は,305号室で警察官から約10分間程度の事情聴取を受けた。 (10) Lが就寝していたベッド(以下「本件ベッド」という。)上の足元には,掛け布団が丸められるように置かれ,その中に黄色のタオルがあり,また,頭の位置には枕が置かれていたが,この掛け布団,タオル及び枕には焼損した箇所は全く認められなかった。 一方,本件ベッド(長さ190センチメートル,幅90センチメートル,高さ45センチメートル)の上には,敷き布団として,上から順に敷布1枚,ベッドパット1枚,マット1枚が敷かれていた。そして,本件ベッド上には,足元から95センチメートル,ベッド左端から5センチメートルの位置に焼損した箇所が認められ,その焼損範囲は,上から順に敷布部分が縦36センチメートル,横32センチメートル,ベッドパット部分が縦17センチメートル,横17センチメートル,マット部分が縦16センチメートル,横16センチメートルであり,焼損箇所の最深部分は深さ3センチメートルであった。また,焼損箇所には,焼損した繊維片様のものの付着が認められたが,同所付近には油臭や油性反応は認められなかった。 なお,前記繊維片様のものは,その後に実施された広島県警察本部刑事部科学捜査研究所による鑑定の結果,トイレットペーパーの残焼物と推定された。 (11) 一方,J病院内では,同月12 められなかった。 なお,前記繊維片様のものは,その後に実施された広島県警察本部刑事部科学捜査研究所による鑑定の結果,トイレットペーパーの残焼物と推定された。 (11) 一方,J病院内では,同月12日午後,O2院長(以下「O2院長」という。)から3A病棟の看護師全員に対し,特定の患者を犯人扱いしないこと,被告人の床頭台からライターが発見されたが,被告人が犯人と決めつけてはならないことを内容とする指示が出された。 (12) 3A病棟では,O1理事長の指示により,同月13日午前10時ころから,看護師により前日に所持品検査が実施されなかった他の入院患者に対する厳重な所持品検査が実施されたが,いずれの患者の所持品からもライター等の火元となるようなものは発見されなかった。 (13) 同日午後5時40分ころ,看護師から当日の夜勤の当直医であるO2院長に対し,被告人が3A病棟に設置された公衆電話の「※」印のボタンを押し続けており,苛々している様子であることが伝えられた。 このため,O2院長が被告人を診察したところ,被告人がO2院長に対し,「院長は日本人と英国人の子だから。」などと意味不明の発言をし,さらに,「あんたら放火した言うとるじゃろう。」,「昨日放火して消防が来た。そして自分の床頭台に誰かがライターを入れて放火した。」などとも発言したことから,同日午後5時55分ころ,O2院長は,被告人の精神状態が悪化しているものと判断し,被告人を安静室(隔離病室)の301号室に収容した。 その後,被告人は,本件犯行により通常逮捕された同年9月11日までの間,同病室で入院生活を続けた。 (14) 同年8月21日午後2時ころ,広島県警N警察署(以下「N警察署」という。)のR1巡査部長(以下「R1巡査部長」という。)とR2警部補(以下,両名を「R1巡査部長ら」とい 院生活を続けた。 (14) 同年8月21日午後2時ころ,広島県警N警察署(以下「N警察署」という。)のR1巡査部長(以下「R1巡査部長」という。)とR2警部補(以下,両名を「R1巡査部長ら」という。)がJ病院を訪れ,同病院新館の会議室で被告人に対する事情聴取を実施した。 この事情聴取の際には,O2院長及びZ看護師長らが同会議室の外で待機していたが,同事情聴取の開始から約15分経過したころ,R1巡査部長からO2院長に対し,被告人が本件犯行を自供したことが告げられるとともに,その自供内容を被告人自らが自署により上申書として作成したので立会人として確認してもらいたい旨の要請がなされた。このため,O2院長が同会議室に入ったところ,被告人自身が自署し,末尾に被告人の署名指印がなされた「上申書」と題する書面(以下「本件上申書」という。)が既に完成した状態で置かれていた。その後,O2院長の立会の下,R1巡査部長が上申書の内容を読み上げたところ,被告人がその内容に間違いない旨回答したことから,O2院長は,本件上申書の末尾に立会人として署名押印した。 なお,本件上申書には,被告人の自署により,「チリシに火を付けてベットの上に投げた。ライターでチリシに火をつけた。L君に投げた。そしてすぐ自分の部屋に帰りねた。チリ紙はトイレットペーパーを使った。外出や外泊ができないのでいらいらしていたのです。L君が僕の家を1億3000万円で売ったと云うので腹がたったのでL君に火を付けた。L君はやけどするぐらいですむと思っていたけど,おお事に成った。火を付けたライターは床頭台の引出に入れていた。」と記載されていた。 (15) 同月27日午後3時30分ころ,被告人は病室で異母姉である甲と面会したが,その際,被告人は,「Mのことで外出外泊ができなくなったので爆発した。 の引出に入れていた。」と記載されていた。 (15) 同月27日午後3時30分ころ,被告人は病室で異母姉である甲と面会したが,その際,被告人は,「Mのことで外出外泊ができなくなったので爆発した。 トイレットペーパーに火をつけ投げた。」等と発言した。 さらに,同年9月2日,被告人は,O1理事長に対し,「トイレットペーパー3~4巻を丸め,L君の席の前でライターで火を付け,それを掛けていた布団を除け,腹の付近に向けて投げた」旨の発言をした。 (16) 同月4日午後4時15分ころ,被告人からO1理事長に対し,反省文を書きたいとの申し出がなされたことから,O1理事長がレポート用紙とボールペンを与えたところ,被告人は,O1理事長宛に「反省文」と題する書面(以下「本件反省文」という。)を作成し,これをO1理事長に交付した。このため,O1理事長は,直ちに本件反省文をJ病院の職員に持たせてN警察署に提出した。 なお,本件反省文には,被告人の自署により,「L君のベットをもやしました。真にすいませんでした。理由はL君がAの家を1億3000万円で売りもうけたといっていました。家だけを売ったといい,m番地のnということを知っていたのが,おかしい。それを聞いていたが外出外泊ができなくなったのでやけくそに成っていた。何時頃がええかと思い,12時30分頃,チリ紙を7枚を考え部屋に行き,ライターで火をつけて,フトンに投げて自分の部屋に帰り寝ていた。2時30分頃,マイクで火事ですと放送が有,目がさめた。すぐL君の部屋を見たがベットが2ヶ所,黒くなっていた。L君がいなかった。どこに行ったのか判らなかった。デイルームに出るように云われたのでデイルウムでねた。ライターは持っていたが色は判らなかった。もう1つハンカチが半分焼ていたのがあったが刑事に云った。ハンカチ等でもやしません ったのか判らなかった。デイルームに出るように云われたのでデイルウムでねた。ライターは持っていたが色は判らなかった。もう1つハンカチが半分焼ていたのがあったが刑事に云った。ハンカチ等でもやしませんと云った。以上です,今,反省しています。」と記載されていた。 (17) 同月11日,被告人は,本件犯行とほぼ同様の内容の被疑事実(但し,Lの死亡前であったことから,同人に対する殺人未遂罪の容疑)で通常逮捕されたが,逮捕の際の弁解録取では,被疑事実につき,「殺すつもりはありませんでした。ただ相手を焼いてやろうと思い,私が持っていたライターで,チリ紙につけ,ベットの毛布の所に置いたのです」等と供述し,上記各内容を録取した弁解録取書に署名指印をした。また,被告人は,同日N警察署で行われたR1巡査部長による取調べの際,被疑事実につき,「私はLを殺そうとしたのではなく,火をつけて顔の方でも火傷すれば,おもしろいと思いやったのです。」等と供述し,上記各内容を録取した員面調書に署名指印をした。 (18) 同月12日,被告人は,広島地方検察庁呉支部において,検察官による取調べの際,送致書記載の事実につき,「ただ今読んでもらった事実は,間違いありません。私は,警察ではLさんを殺すつもりはなかったとお話ししましたが,火のついたトイレットペーパーをLさんのお腹の上に置いて,Lさんの服に火が燃え移る結果,Lさんが死んでしまっても構わないという気持ちがあったことは間違いありません。」等と供述し,上記内容を録取した弁解録取書に署名指印をした。 また,被告人は,この日呉簡易裁判所で行われた勾留質問の際,勾留請求書記載の被疑事実につき,「Lの年齢は55歳だと思います。その余は読んでいただいたとおり間違いありません。」と供述し,上記内容を録取した勾留質問調書に署名指印 裁判所で行われた勾留質問の際,勾留請求書記載の被疑事実につき,「Lの年齢は55歳だと思います。その余は読んでいただいたとおり間違いありません。」と供述し,上記内容を録取した勾留質問調書に署名指印をした。 (19) 同月15日,N警察署でR1巡査部長により取調べを受けた被告人は,R1巡査部長よりLが死亡した事実を知らされたが,同取調べにおいて,被告人は,本件犯行に関し,殺害の意思については否定したものの,Lに火傷を負わせたのは自分に間違いないと認めた上で,犯行状況につき具体的な供述を行い,上記内容を録取した員面調書に署名指印をした。 (20) 被告人は,同月17日から同年11月17日までの間,起訴前の鑑定留置により身柄をG病院精神科に移されたが,この時期になると,被告人は,鑑定受託者である同病院の乙医師(以下「乙医師」という。)に対し,自分がLに対して火のついたトイレットペーパーを投げた事実は認めるものの,この火は消えてしまったことを確認しており,Lが負った火傷の原因となった放火行為は被告人以外の別の犯人が行ったものであると供述するようになり,さらに,鑑定留置期間満了後に行われたR1巡査部長による同月18日及び同月20日の取調べの際にも,乙医師に対する供述と同様の内容の供述を行うようになった。なお,被告人は,前記各取調べのうち,同月20日に行われた取調べの際,Lに対する殺意を否認する供述を行っている。 (21) 被告人は,同月28日,本件公訴事実により殺人罪で広島地方裁判所呉支部に起訴されたが,被告人は,第1回公判期日における起訴事実に関する罪状認否から結審に至るまで,自己の犯行関与を完全に否認し,捜査段階では最後まで認めていたLに対する放火行為も全て否定するに至った。 2 そこで,以下,前記認定事実に基づき,被告人と犯人との同一 する罪状認否から結審に至るまで,自己の犯行関与を完全に否認し,捜査段階では最後まで認めていたLに対する放火行為も全て否定するに至った。 2 そこで,以下,前記認定事実に基づき,被告人と犯人との同一性について検討する。 (1) 本件では,前記のとおり,被告人が通常逮捕される前に本件上申書及び本件反省文が被告人自身の自署により作成されているほか,逮捕後においても,被告人が放火行為の存在を認める内容の供述を行い,その旨の記載がなされ,被告人の署名指印のある員面調書,弁解録取書,勾留質問調書(以下,これらを併せて「被告人供述調書等」という。)が作成されていることから,その任意性及び信用性が問題となるところ,弁護人は,その任意性及び信用性をいずれも争っている。 しかしながら,前記認定のとおり,本件上申書は,R1巡査部長らによる事情聴取の開始後の間もない時間帯に作成されたものであり,その間に被告人に対して暴行や脅迫,あるいは利益誘導を伴う違法な取調べが行われたことを窺わせる事情は全く認められない。また,本件反省文も被告人からの自発的な申し出により作成されたものであるし,その作成過程にO2院長を始めとする病院関係者らによる誘導などが行われた事実を窺わせる事情も見受けられない。 さらに,被告人供述調書等に関しても,被告人は,本件公判手続における被告人質問の際,取調官であるR1巡査部長らから脅されたり暴力を振るわれたりした事実は記憶にないと述べる一方で,自己に不利益な内容の供述調書等が作成された理由としては,R1巡査部長らによる誘導に乗せられて,「はい。はい。」と答えているうちに真意に基づかない供述調書が出来上がってしまったとする趣旨の供述をしているが,いかなる事情により自分に不利益な調書への署名指印に応じたかについては全く合理的な説明をな い。はい。」と答えているうちに真意に基づかない供述調書が出来上がってしまったとする趣旨の供述をしているが,いかなる事情により自分に不利益な調書への署名指印に応じたかについては全く合理的な説明をなし得ておらず,この点に関する被告人の前記供述部分はたやすく信用することはできない。また,他に被告人供述調書等の任意性を疑わせるような事情は認められない。 なお,本件上申書,本件反省文及び被告人供述調書等の内容を子細に検討すれば,被告人による放火行為の具体的方法やLに対する加害意思の内容等の点につきある程度の変遷が認められるが,仮に,警察官又は病院関係者らが被告人に対して一定の意図の下に文書作成や供述等を強要ないし誘導したとすれば,かような変遷が生じないように仕向けるのが普通であり,そうすると,前記のような変遷が存在している事実は,かえって,本件上申書,本件反省文及び被告人供述調書等の作成過程において,被告人が第三者から不当な誘導ないしは強要を受けることなく任意に作成された証左とも考えられるところである。 以上によれば,本件上申書,本件反省文及び被告人供述調書等の任意性は,いずれも認められることになる。 (2) そこで,次に,本件上申書,本件反省文及び被告人供述調書等の信用性について判断する。 前記のとおり,本件上申書,本件反省文及び被告人供述調書等においては,被告人による放火行為の具体的方法やLに対する加害意思の内容等の点につきある程度の変遷は認められるものの,トイレットペーパーないしはチリ紙に所携のライターで着火して,これを被告人が就寝中のLに投げ付けたという点では一貫した説明(以下「被告人の説明」という。)をしているところ,その内容は具体的である上,被告人の床頭台の引出から被告人のものと認められる本件ライターが発見されている事実からすれば, たという点では一貫した説明(以下「被告人の説明」という。)をしているところ,その内容は具体的である上,被告人の床頭台の引出から被告人のものと認められる本件ライターが発見されている事実からすれば,被告人の犯行を裏付ける物証も存在することになる。 また,本件犯行状況を再現するため実施された燃焼実験の結果と本件ベッドの焼損状況との比較によれば,本件犯行時,火の付いたトイレットペーパーは,一旦は本件ベッドの敷布の上に放られ,その後に同敷布等が燃え上がりLの着衣に着火したものと推定されるところ,この燃焼実験においても,被告人の説明の方法により犯行を実行することが可能であることが裏付けられている。 さらに,本件ベッド上で発見された繊維片様の残焼物がトイレットペーパーと推定されることが鑑定結果により捜査機関に明らかとなった時期は,この点に関する鑑定書が作成された同年9月5日ころと考えられるところ,これに先立つ同年8月21日の時点で,既に被告人が本件上申書の中でこの事実を自供していることからすると,本件犯行にトイレットペーパーが使用されたとの事実は,重要な秘密の暴露にあたるものと考えられ,この点でも被告人の説明には高度の信用性が認められることになる。 加えて,被告人の性癖として,自分に不利な事実については,黙秘したり隠したりする傾向にあることや,被告人には,血統妄想や被害妄想はあるものの,特に自ら犯していない犯罪につきあたかも自分が実行したかのような虚言癖の傾向は見受けられないこと(証人O1及び同乙の各証言)もまた,被告人の説明の信用性を裏付ける一つの事情として考慮できる。 なお,前記のとおり,被告人の説明には変遷している部分が認められるが,その変遷内容及び変遷過程を検討すれば,当初は,自分が精神障害者であることから比較的軽い処罰で済むものと考えていた て考慮できる。 なお,前記のとおり,被告人の説明には変遷している部分が認められるが,その変遷内容及び変遷過程を検討すれば,当初は,自分が精神障害者であることから比較的軽い処罰で済むものと考えていたところ(証人O1の公判供述にも,被告人がそのような考えを抱いていた感じがあった旨の供述部分があるし,被告人の平成15年8月22日のカルテ中にも,前日の事情聴取後の被告人の発言内容として,「傷害事件3年までじゃ」との記載の存在が認められる。),その後,Lが死亡し,被告人が殺人罪にまで問われ始めた状況となったことから,処罰を逃れようと考え始め,被告人の放火行為より後に第三者による別の放火行為の存在を主張するようになったものと理解すれば,その変遷過程も合理的に理解することができるから,前記の変遷の存在も被告人の説明の信用性を左右するものとはいえない。 以上によれば,本件上申書,本件反省文及び被告人供述調書等の内容のうち,少なくとも,被告人が,Lに対する嫌悪感や妄想に基づく恨みにより,加害意思をもって本件ライターにより着火したトイレットペーパーを就寝中のLに向かって投げ付けたとする部分については,その信用性がいずれも認められるものというべきである。 (3) 以上のとおり,本件犯行に関する被告人の説明には,任意性及び信用性が認められるばかりでなく,その翌日に実施されたものを含めて他の入院患者に対して実施された所持品検査ではライター等の火元となり得るような器具が発見されなかったのに対し,被告人の所持品からは本件犯行直後に本件ライターが発見されるという重要な情況証拠が存在する上,被告人が本件犯行直前に308号室付近を歩いていた事実が目撃されていることから被告人に本件犯行の機会があったこと,さらには,被告人の被害妄想に基づくものとはいえ,被告人にとってはLに対 が存在する上,被告人が本件犯行直前に308号室付近を歩いていた事実が目撃されていることから被告人に本件犯行の機会があったこと,さらには,被告人の被害妄想に基づくものとはいえ,被告人にとってはLに対して加害行為を行うに足りる動機も存在したことを総合すると,本件において被告人が犯人であることについては,合理的な疑いを差し挟む余地はないから,本件犯行は被告人により実行されたものと認められる。 3 殺意について(1) 本件犯行の殺意に関する直接証拠としては,被告人の検察官に対する弁解録取書が存在しており,この中には,被告人が未必的故意を認める供述部分があるほか,その後に行われた勾留質問の際にも被告人が殺意をもって犯行に及んだ事実を認める供述を行っていることから,前記各供述部分の信用性について検討する。 ところで,被告人の殺意の有無に関する供述内容については,次のとおりの変遷が認められる。 すなわち,被告人は,通常逮捕された平成15年9月11日の警察官による取調べの際には,殺意を否定する供述をしていたが,同月12日の検察官による弁解録取の際には,一転して未必的故意を認め,また,これに続く裁判所の勾留手続においても,殺意を含めて送致事実の大筋を認める供述を行っていたにもかかわらず,同月15日の警察官による取調べの際には,再び殺意を否定する供述に転じ,その後は鑑定留置期間中には,乙医師に対して殺意を認める趣旨の話をしたこともあったが,鑑定留置満了後に警察官から取調べを受けた同年11月18日には,殺意を否定する旨の供述を行っている。 このような重要な部分につき供述の変遷が認められる場合,その内容に信用性が認められるためには,そのような供述の変遷が生じた経過及びその原因につき十分納得できるだけの理由が示されるべきであるところ,本件では,勾留請求前の弁解 き供述の変遷が認められる場合,その内容に信用性が認められるためには,そのような供述の変遷が生じた経過及びその原因につき十分納得できるだけの理由が示されるべきであるところ,本件では,勾留請求前の弁解録取手続という時間的制約から生ずるやむを得ない事情もあってか,検察官による弁解録取書中には,被告人が未必的殺意を抱いた点を認めるに至った経緯等については特に触れるところはなく,また,勾留質問の際にも被告人が殺意を認めた理由はその記載からは明らかではない。 そうすると,被告人が検察官による取調べの際に未必的殺意を認めるに至った事情としては,検察官により本件犯行結果等を前提に理詰めの追及をされた結果,被告人としても最終的にこれを認めるに至った可能性も全く否定できないところであり,前記弁解録取書において被告人が未必的殺意を認めた供述部分及び前記弁解録取に引き続き行われた勾留質問の際の被告人の殺意を認めた供述部分の各信用性には,多分に疑問を容れる余地が残ることになるから,これら各証拠を基礎として殺意を認定することは相当でないことになる。 (2) そこで,次に,本件犯行の客観的状況から殺意を認定することができるかについて検討する。 前記認定事実及び関係各証拠によれば,本件犯行は308号室の患者全員が寝静まった機会を狙って敢行されたものである上,被告人もLの左半身が麻痺していることや健常者と比べて動作も鈍いことを知っていたことが認められるほか,本件犯行前の午前零時の巡回時にはLが掛け布団を掛けた状態で就寝していたことがVにより確認されているのに対し,本件犯行時には掛け布団はLの足元に丸められていたことからすると,本件犯行時には,被告人がLの着衣に着火しやすい状況を作り出すため,わざわざLの掛け布団を剥がして放火行為に及んでいるものと考えられるところ,後述 掛け布団はLの足元に丸められていたことからすると,本件犯行時には,被告人がLの着衣に着火しやすい状況を作り出すため,わざわざLの掛け布団を剥がして放火行為に及んでいるものと考えられるところ,後述のとおり,被告人については,その犯行時に行動抑制能力をある程度有していたと考えられることからすると,前記のような状況において本件のようにLの着衣に放火に及んだ場合には,被告人も,Lの着衣全体に火が回り,その結果,Lをして死に至らしめる程度の火傷を負わせる結果が生ずることは十分に認識していたものと推認される。 以上検討した諸点に加えて,被害妄想又は幻聴に基づくものとはいえ,前記のとおり,本件犯行当時には被告人につきLを殺害する動機も存在していたことからすると,本件において,被告人には,少なくとも,Lが死亡するに至ってもかまわないという未必的故意があったものと認められる。 よって,この点に関する弁護人の主張は採用できない。 4 被告人の責任能力について(1) 捜査段階における医師乙作成の鑑定書及び証人乙の当公判廷における供述(以下,これらを「乙鑑定」という。)は,被告人の本件犯行時の精神状態等につき,大要,「被告人には,自分が昭和天皇の息子であるという血統妄想に加えて,O1理事長が被告人を殺そうとしているとか,Lにより被告人の自宅の土地が売却された等という強固な被害妄想,幻聴,作為体験及び連合障害が認められることから,被告人は統合失調症妄想型に罹患しているものと診断できる。本件犯行時,被告人はO1理事長により外出,外泊を禁じられており,また,保護者であるPの協力も得られなかったことで,欲求不満状態となり,O1理事長に対して腹を立てていたが,それがO1理事長が被告人を殺そうとする妄想へと発展する状況にあったところ,偶々その時期にLが「1億3000万 の協力も得られなかったことで,欲求不満状態となり,O1理事長に対して腹を立てていたが,それがO1理事長が被告人を殺そうとする妄想へと発展する状況にあったところ,偶々その時期にLが「1億3000万円を手に入れた。」と言っている幻聴を耳にしたことで,長い間Lに対して抱いていた嫌悪感,敵意,羨ましさという強い感情や同人には死んでもらいたいという欲求が刺激され,これに破壊的,攻撃的あるいは衝動性の強さといった被告人の性格も相まって,Lに対する加害行為という行動を起こしたものと考えられる。但し,被告人は物事の善悪は理解している上,たばこの売上金等の金銭管理等も一人で行っていることから,是非善悪の判断は有していたものと考えられる。また,その犯行態様には計画性等が認められることから行動抑制能力はある程度有していたと考えられる。」とした上,本件犯行時における被告人の責任能力については,大要,「被告人は統合失調症妄想型に罹患していたが,是非弁別能力は有しており,また,行動抑制能力もある程度有していたとものと考えられるから,責任能力は著しく減退していたが,全く喪失していたわけではない。なお,本件犯行は幻覚に左右されたものではなく,欲求不満により衝動行為に発展したものである。」としている。 なお,弁護人は,乙鑑定に対し,乙医師は起訴前に検察官から鑑定の依頼を受けた鑑定受託者に過ぎず,裁判所において宣誓の上鑑定をした鑑定人ではないこと等を理由に乙鑑定を批判しているが,同鑑定の内容は,精神障害判定基準を念頭に置き,定義及び判断基準において客観性を有している上,鑑定の重要な基礎資料である事実関係の認識も当裁判所の認定事実に符合し,その鑑定経過及び鑑定意見に不自然な点はなく,乙医師の長年にわたる精神科医師としての知識及び臨床経験に裏打ちされた合理的なものであっ 重要な基礎資料である事実関係の認識も当裁判所の認定事実に符合し,その鑑定経過及び鑑定意見に不自然な点はなく,乙医師の長年にわたる精神科医師としての知識及び臨床経験に裏打ちされた合理的なものであって,十分信用できるものと考えられるから,この点に関する弁護人の主張は理由がないものというべきである。 (2) そこで,以下,乙鑑定の鑑定結果も考慮に入れた上,被告人の責任能力につき判断する。 まず,被告人の犯行動機の点につき検討するに,被告人が本件犯行の動機として挙げる内容は,一般人には到底了解困難なものではあるが,被告人が抱いていた強固なO1理事長及びLに対する被害妄想を前提として考えた場合には,それなりに了解可能ということができる。 また,本件犯行当時,被告人には,血統妄想,被害妄想,幻聴及び作為体験はあったものの,その一方で,思考の解体は著明ではなく,家業であるたばこの自動販売機の商品及び売上金の管理を一人で行ったり,入院費用を自分で支払うなどしていたこと,さらには,K大学法学部の通信教育課程を受講していた点からすると,被告人は是非弁別能力を有していたものと考えられるし,本件犯行の際に,被告人が入院患者が皆寝静まった深夜を選び,Lや被告人がLのボディガード役と考えていたTら308号室の患者が全員眠りに就いたことを確認した上,隠し持っていた本件ライターを使用して予め準備したトイレットペーパーに着火してこれをLに投げ付ける方法により実行行為に及んでいることからすると,ある程度の行動抑制能力を有していたといえる。さらに,被告人につき犯行状況に関する記憶は概括的に保持されていたことからすれば,本件犯行時の被告人の見当識に著しい障害はなかったことは明らかである。 (3) 以上によれば,本件犯行当時,被告人には是非弁別能力が備わっており,また る記憶は概括的に保持されていたことからすれば,本件犯行時の被告人の見当識に著しい障害はなかったことは明らかである。 (3) 以上によれば,本件犯行当時,被告人には是非弁別能力が備わっており,また,ある程度の行動抑制能力を有していたが,他方,統合失調症妄想型に罹患し,訂正困難な強固な被害妄想を抱いていたことから,被告人は,これにより是非善悪を弁別し,これに従って行動する能力が著しく減弱した状態,即ち心神耗弱の状態にあったものと認めるのが相当であり,弁護人の心神喪失の主張は採用しない。 (適用法令) 1 罰条平成16年法律第156号による改正前の刑法199条,12条1項(刑法6条,10条により,軽い行為時法による。) 2 刑種の選択有期懲役刑を選択 3 法律上の減軽刑法39条2項,68条3号 4 未決勾留日数の算入同法21条 5 没収同法19条1項2号,2項本文 6 訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由)本件は,前記判示のとおり,統合失調症妄想型に罹患し精神病院の閉鎖病棟で長期にわたり入院生活を続けていた被告人が,主治医からの外出及び外泊許可が得られなくなったことに不満を抱くうち,自己の主治医や同じ病棟で入院生活をしていた被害者に対する被害妄想が高じ,これに日頃から被害者に抱いていた嫌悪感や妬みの気持ちも相まって,深夜就寝中の被害者のベッドの敷き布団に火の付いたトイレットペーパーを放り,その火を着衣を燃え移らせて同人に重篤な火傷を負わせ,治療先の病院で被害者を敗血症性多臓器不全により死亡させて殺害した殺人の事案である。 本件犯行は,被告人の被害妄想に端を発しているとはいえ,極めて自己中心的な考えのもとに,被告人の生来的な破壊的,攻撃的あるいは衝動性が強いといっ 臓器不全により死亡させて殺害した殺人の事案である。 本件犯行は,被告人の被害妄想に端を発しているとはいえ,極めて自己中心的な考えのもとに,被告人の生来的な破壊的,攻撃的あるいは衝動性が強いといった性格も影響して敢行されたものであり,その動機に酌量の余地は全くない。 また,その犯行内容は,入院患者が皆寝静まった深夜の時間帯を選んで,被害者の就寝中に近づき,被害者の掛け布団を捲り上げた上,隠し持っていたライターで所携のトイレットペーパーに火を付け,それをベッド上の敷き布団の上に放り,その火を被害者の着衣に燃え移らせて焼死させたという計画的なものであり,その犯行態様も悪質かつ残忍極まりない。 被害者は,上半身火だるまになりながら,看護師の消火活動により焼死を免れはしたものの,3度の火傷が全身の60パーセントに及ぶ全身熱傷の傷害を負い,約1か月の入院期間にわたり激しい苦痛の中で,医師等による懸命の治療もむなしく,死亡するに至ったものである。 被害者は,幼児期に小児麻痺に罹患して身体障害となり,また,重度の精神発達遅滞というハンディを背負いながらも,笑顔で家族を和ませ,毎週土曜日の家族の面会や月1回の外泊を楽しみに,J病院で入院生活を送っていたところ,何らの落ち度もないのに,不条理にも被告人の凶行により,苦痛の中でその生命を奪われたものであり,その驚愕や苦痛,無念の思いは察するに余りある。 被害者を失った遺族は,愛する被害者が被告人に無惨に殺害されたことによって多大なる精神的苦痛を受けており,被害者の親族は被告人に対して厳重な処罰を望んでいる。また,本件犯行が精神病院の閉鎖病棟内で行われたことから,J病院関係者はもちろんのこと,同じ精神医療に従事している関係者に与えた衝撃ははかり知れず,地域の住民に与えた社会的影響も大きい。 しかるに, た,本件犯行が精神病院の閉鎖病棟内で行われたことから,J病院関係者はもちろんのこと,同じ精神医療に従事している関係者に与えた衝撃ははかり知れず,地域の住民に与えた社会的影響も大きい。 しかるに,被告人は,事件発生直後からしばらくは自分が犯行に関与したことを認めてはいたものの,自己の罪責を免れようとしてか,鑑定留置を受けたころから,自分以外の第2の犯人が存在するなどと不合理な弁解を始めたばかりか,当公判廷に至っては,自己の犯行関与さえ全面的に否定するなど,全く反省の態度を示していない。被告人が統合失調症に罹患していることを考慮しても,その態度は許し難いものであり,しかも,被害者の遺族に対しては,被告人から何一つ慰謝の措置は講じられておらず,また,今後もその見込みもない。 これら事情を併せ考えると,被告人の刑責は極めて重いといわなければならない。 他方,本件犯行は,被告人が強固な妄想の影響下において心神耗弱の状態で敢行されたものであること,被告人も犯行後の間もない時期には自己の犯行を反省し,被害者に対する謝罪の気持ちを明らかにしていたこと,被告人にはこれまで前科前歴がないことなど,被告人に有利に斟酌すべき事情もあるので,これらを総合考慮し,主文のとおりの量刑とした次第である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役7年)平成17年1月28日広島地方裁判所呉支部 裁判長裁判官渡邉了造裁判官鵜飼祐充裁判官宮本博文

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