令和6(わ)327 業務上過失往来危険、業務上過失致死傷被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年12月11日 和歌山地方裁判所
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判決文本文3,566 文字)

令和6年(わ)第327号主文被告人を禁錮2年に処する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、二等航海士として、船長A、機関長B、一等航海士C及び一等機関士Dとともに汽船E(国内総トン数499t)に乗り込み、同船の操船業務に従事していたものであるが、令和5年8月24日午後11時10分頃、和歌山県日高郡F所在のG灯台から真方位304度7.320㎞付近海上を針路320度、速力約11ノットで航行するに当たり、自船右舷前方に自船の進路を横切る方向に向け航行してくる機船H(国際総トン数9940t)を認め、同船に対しては自船が避航船であったのであるから、レーダー及び目視等による適切な見張りを行い、Hの動静を注視し、右転舵するなどの避航措置を講じて、同船との衝突を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同船が先に自船の進路前方を通過するものと軽信し、船橋内の海図台において計測作業をするなどし、適切な見張りを行わず、Hの動静を注視しないまま漫然同針路、同速力のまま航行を継続した過失により、同日午後11時29分頃、前記灯台から真方位312度13.540㎞付近海上において、自船右舷中央部をH船首部に衝突させて自船を転覆させるなどし、もって艦船の往来の危険を生じさせるとともに、自船の船員らを海中に転落させるなどし、よって、C(当時67歳)を溺水により死亡させ、B(当時72歳)に全治約4か月間を要する第1腰椎圧迫骨折等の傷害を、D(当時48歳)に全治約1か月間を要する左肩関節脱臼等の傷害をそれぞれ負わせた。 (弁護人の主張に対する判断) 弁護人は、業務上過失往来危険、業務上過失致傷罪の成立を争わない一方、Eの転覆と被告人の過失との間には相当因果関係を欠くから、業務上過失致死罪につ それぞれ負わせた。 (弁護人の主張に対する判断) 弁護人は、業務上過失往来危険、業務上過失致傷罪の成立を争わない一方、Eの転覆と被告人の過失との間には相当因果関係を欠くから、業務上過失致死罪につい ては被告人は無罪である旨主張する。 本件衝突事故が、Eが海上衝突予防法上の避航船に当たるにもかかわらず、Hに対する適切な監視及び避航措置を怠ったという被告人の業務上の過失によって生じたものであることは証拠上優に認定でき、当事者間にも争いはない(なお、H側にも、衝突以前にやや左方向に針路を変更したことや、衝突直前に適切な回避措置をとらなかったことが認められるが、これらは被告人の上記過失によって本件衝突事故が生じたとの評価を左右しない。)。そして、関係証拠に照らし、Bの負傷結果は衝突時の衝撃によって生じたものと認定できる。 一方、弁護人は、本件衝突事故によって直ちにEに転覆の危険が生じたものではなく、衝突後、Hが適切に針路と速度を保持し、Eに生じた破口を船首で塞ぎ続ける措置をとっていれば、Eが一気に転覆することはなかったにもかかわらず、Hが急減速又は後進という衝突船舶としてあり得ない対応をした結果、破口からの急激な海水の流入によってEを転覆に至らせ、Cを溺死させてしまったものであるから、被告人の過失と同致死結果との間に相当因果関係はない旨主張する。 この点、検察官提出の鑑定書等(甲26、29)によれば、HはEが転覆するまで同船を押し続けていたとのことであり、同鑑定内容は専門家の判断として尊重すべきものではある一方、前提となる資料が必ずしも十分なものではなかったことがうかがわれ、全面的な信を置くことはできない。そして、その他の関係証拠にも照らせば、Hが衝突直後に減速又は後進の操作を行うなどして、Eの破口からHの船首が離れたことから、同破口か ではなかったことがうかがわれ、全面的な信を置くことはできない。そして、その他の関係証拠にも照らせば、Hが衝突直後に減速又は後進の操作を行うなどして、Eの破口からHの船首が離れたことから、同破口から急激に海水が流入してEが転覆した可能性を否定することはできない。また、本件のような船首が被衝突船側面部を損壊する類型の衝突事故においては、衝突船舶が破口を塞ぎ続ける措置をとることが条理上・慣習上の義務と捉えられ、そのような措置をとることで転覆等に至らなかった実例もあると認められる。 以上によれば、弁護人が指摘するように、本件衝突事故後、Hが期待される適切な措置をとらなかったことを直接の契機としてEが転覆した合理的疑いは残ると いうべきである。 しかしながら、特定の過失に起因して特定の結果が発生した場合、これを一般的に観察して、その過失によってその結果が発生するおそれが経験則上予測される場合においては、たとえ、その間に他の過失が同時に多数競合しあるいは時の前後に従って累加的に重なり、又は他の何らかの条件が介在し、しかもその条件が結果発生に対して直接かつ優勢なもので、問題とされる過失が間接かつ劣勢なものであったとしても、これによって因果関係は中断されず、当該過失と結果との間にはなお法律上の因果関係はあるといわなければならない(最決S35.4.15・刑集14-5-591参照)。 本件について見ると、洋上において船舶衝突事故が発生した場合、それ自体で人の死傷結果が生じることも十分あり得るといえるし、衝突態様等によって転覆のおそれも当然に予測される。弁護人は、船舶衝突による転覆や人の死亡が生じる例は稀である旨主張するが、結果的に件数が多くはないからといって、そうしたおそれ自体が稀有なものであるということはできない。そうすると、被告人の過失によって本 、船舶衝突による転覆や人の死亡が生じる例は稀である旨主張するが、結果的に件数が多くはないからといって、そうしたおそれ自体が稀有なものであるということはできない。そうすると、被告人の過失によって本件衝突事故が生じたといえる以上、Eの転覆及びそれによる人の死傷結果の発生について、当該過失との間の因果関係は否定されない。なお、衝突船側の針路維持義務は、法的義務である避航義務とは異なって慣習上の義務にとどまると考えられる上、事故が生じた直後の緊急事態における対応であり、常にその遵守が期待し得るか疑義があること、本件の船舶事故調査報告書(弁19)の要旨にも、上記針路維持義務違反を事故原因と評価するような記載はないこと等に照らし、Hに同義務違反があったとしても、それをEの転覆における優勢な原因と見るのは相当ではない。 よって、E転覆の際に生じたと認められるDの致傷結果、同転覆によって生じたと認められるCの死亡結果のいずれについても、被告人の過失との間の因果関係を認めることができる。 (量刑の事情) 被告人は、相手船の存在に気付きながら衝突の危険はないものと軽信し、約19分もの長きにわたって他の業務に従事するなどして相手船への注意を怠り、適切な避航措置をとらなかった結果、本件事故を惹起した。操船に当たる者として当然の注意義務に反したものである上、当時は当直勤務の時間帯で、航路の安全確保は被告人の双肩にかかっていたことにも照らし、過失の程度は相当に大きい。1名死亡・2名重傷の結果は誠に重大であり、また、構成要件結果に含めることはできないものの、A船長は現在まで行方が知れず、失踪宣告を受けて死亡とみなされている。致傷被害者のうち1名は被告人を許している一方、その余の被害者、特に遺族らの示している厳しい処罰感情は当然のものと首肯できる。 他方、前 は現在まで行方が知れず、失踪宣告を受けて死亡とみなされている。致傷被害者のうち1名は被告人を許している一方、その余の被害者、特に遺族らの示している厳しい処罰感情は当然のものと首肯できる。 他方、前述のとおり、相手船側の不適切な操船も重大な結果発生に寄与した疑いがあり、このことは被告人の刑事責任を定めるに当たって十分に考慮を要する。ただし、前述のとおり、船舶衝突を招いた被告人の過失の程度が相当に大きいことに照らせば、その刑事責任を軽視することはできず、相応の禁錮刑を免れない。 その上で、被告人に前科はなく、特に再犯を懸念させる事情はないこと、法廷外で被害者や遺族に誠実な対応をとったようにはうかがわれず、内省の深まりには疑問があるものの、過失を認めて反省の弁を述べていること等の一般情状も踏まえ、被告人に対しては、社会内で贖罪を果たさせるべく、主文の禁錮刑を科した上で、その執行を猶予するのが相当と認めた。 (求刑禁錮2年6月)令和7年12月11日和歌山地方裁判所刑事部裁判官西谷大吾

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