平成22(う)198 特別公務員暴行陵虐被告事件

裁判年月日・裁判所
平成23年6月30日 広島高等裁判所 棄却 広島地方裁判所 平成21(わ)656
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判決文本文31,340 文字)

- 1 - 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は,主任弁護人岩佐嘉彦,弁護人上将倫,同佐藤真奈美及び同今春博連名作成の控訴趣意書1,控訴趣意書2及び控訴趣意書3に記載されているとおりであり,これに対する答弁は,検察官山本昇作成の答弁書に記載されているとおりであるから,これらを引用する。 1 控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について論旨は,起訴状記載の本件公訴事実について,検察官は,原審第1回公判期日において,被告人の行為を一連一体のものとして捉え,全体として暴行,陵虐に該当するものとし,一罪として起訴している旨釈明しており,この釈明は,裁判所に対し,検察官が主張する一連一体の暴行陵虐行為が審判の対象であり,かつ,被告人の防御対象である旨を確認し,被告人が激高して,原判示の少年(以下「本件少年」という。)に死の恐怖を味わわせようとするために暴行陵虐行為が行われたとするものであり,私憤を晴らすための行為であることが当然の前提となっており,検察官は,本件公訴事実を,私憤を晴らすために行った一連一体の暴行陵虐行為であると主張し,弁護人らも,それを審判の対象として捉え,原審における防御活動を行ったものであるところ,原判決は,検察官の主張する一連一体の暴行陵虐行為のうち,その根幹をなす部分,すなわち,被告人が,シーツで本件少年の頸部を絞め付けた事実及び本件少年の面前で塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して塩素ガス様の気体を発生させた事実を否定するとともに,本件公訴事実に記載された,ことさら本件少年を長期間少年院に在院させ- 2 -る旨言った事実も否定し,さらに,被告人の行為について,被告人が私憤を晴らすために行ったものであるとの検察官の主張を に,本件公訴事実に記載された,ことさら本件少年を長期間少年院に在院させ- 2 -る旨言った事実も否定し,さらに,被告人の行為について,被告人が私憤を晴らすために行ったものであるとの検察官の主張を否定し,保安上,教育上の観点から,指導の目的をもって行ったものであると認定する一方,本件公訴事実の行為のうちの根幹部分ではない一部を取り上げるのみならず,有毒な気体が発生しているかのように装ったという本件公訴事実にない新たな事実を認定したが,検察官が主張する事実と,原判決が認定した事実とでは実行行為の意味が本質的に異なっており,被告人及び弁護人らにとって不意打ちにほかならず,検察官が分解すべきではないとして起訴している一連一体の行為を分断し,その主要部分を否定しながら,その一部を抜き出すのみならず,公訴事実にない裁判所が独自に認定した新たな行為と合わせて,罪となるべき事実を認定しているのであり,しかも,上記のとおり,検察官が起訴した本件公訴事実と原判決が認定した罪となるべき事実とでは実行行為の本質的意味が異なってしまっており,その認定手法は,いわゆる縮小認定とは異なるものであり,訴因変更手続を経ることなく,公訴事実と異なる認定をした原判決には訴訟手続の法令違反があり,その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。 そこで,記録を調査し,検討すると,本件においては,特別公務員暴行陵虐罪の構成要件である暴行又は陵辱若しくは加虐の行為として,起訴状の公訴事実には,「シーツを同人(本件少年)の頸部に巻き付けた上で『絞めたら死ねるぞ。』などと自ら頸部を絞め付けるように言うとともに,同シーツで同人の頸部を絞め付け,続けて,同人に『遺書を書け。』などと遺書を作成するよう言った上,同人がこれを拒絶すると,同少年院(A少年院)の他の法務教官 と自ら頸部を絞め付けるように言うとともに,同シーツで同人の頸部を絞め付け,続けて,同人に『遺書を書け。』などと遺書を作成するよう言った上,同人がこれを拒絶すると,同少年院(A少年院)の他の法務教官に『イショ』『ぼくは死にます。』などと記載した文書を作成させて,これを読み上げさ- 3 -せるなどし」「(本件少年の)面前で塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して塩素ガス様の気体を発生させた上,同ビニール袋を同人の顔面に近づけて,『吸ってみい。これを吸ったら死ねるぞ。』と言うなどし,」「『特別少年院に行けば,23歳までおらすことができる。医療少年院に行けば,26歳までおらすことができる。ずっとおらせることができる。』などと言うなどし」たと記載されているのであり,これによって訴因が明示されている一方,上記各行為の目的ないし動機は,そもそも,特別公務員暴行陵虐罪の構成要件に含まれるものではなく,公訴事実にも,上記各行為の目的ないし動機は記載されておらず,また,上記各行為が特別公務員暴行陵虐罪の暴行又は陵辱若しくは加虐の行為に該当するか否かを裁判所において判断するに際し,上記各行為のうち,シーツで本件少年の頸部を絞め付けた事実及び本件少年の面前で塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して塩素ガス様の気体を発生させた事実を根幹部分として扱うべきであることが訴因として示されているといえないことも明らかである。 さらに,原審第1回公判期日において,検察官は,公訴事実記載の行為のどの行為が暴行に当たり,どの行為が陵辱,加虐に当たるのかなどの弁護人らの求釈明の申立てに対し,被告人の行為を一連一体のものとして捉え,全体として暴行,陵虐に該当するものとして起訴しているので,弁護人主張の如き,被告人の行為を分解し,各々が暴行・陵虐に該当するかを検討す 釈明の申立てに対し,被告人の行為を一連一体のものとして捉え,全体として暴行,陵虐に該当するものとして起訴しているので,弁護人主張の如き,被告人の行為を分解し,各々が暴行・陵虐に該当するかを検討すべきものとは考えていない,被告人の行為を一連一体のものとして捉え,一罪として起訴していると釈明しているのみであり,これらの検察官の釈明が,被告人の行為の目的ないし動機に触れたものでもなく,被告人の行為について根幹部分とそうでない部分とを明らかにしたものでないことも明らかである。 - 4 -そして,被告人は,原審第1回公判期日における被告事件に対する陳述において,本件少年の頸にシーツを掛けて見せ,「絞められるか。絞められないだろう。」と言ったことはあるが,シーツを本件少年の頸部に巻き付けたことはなく,「絞めたら死ねるぞ。」と言ったことも,本件少年に頸部を絞め付けるように言ったこともない,本件少年に遺書を書くように言い,他の法務教官が書いたものを読んでみろと言ったことはあるが,他の法務教官に指示をして書かせたものではなく,読み上げさせてもいない,本件少年の面前で塩素系漂白剤と酸性洗剤を混合して塩素ガス様の気体を発生させたことはなく,それを本件少年の顔面に近づけたこともなく,「吸ってみい。これを吸ったら死ねるぞ。」などと言ったこともない,「殺人や殺人未遂をすれば,特別少年院に行くことだってあり得る,その場合,23歳まで出られないこともある,医療少年院に行くことになるかもしれない。その場合は26歳まで出られないこともあり得る。少年法が改正されたので,少年刑務所に行くことになることだってあり得る。」などと言ったことはあるが,「特別少年院に行けば,23歳までおらすことができる。医療少年院に行けば,26歳までおらすことができる。ずっとおらせることができ 刑務所に行くことになることだってあり得る。」などと言ったことはあるが,「特別少年院に行けば,23歳までおらすことができる。医療少年院に行けば,26歳までおらすことができる。ずっとおらせることができる。」とは言っていない,いずれの行為も陵辱や加虐をしようとしたものではなく,教育,指導の目的のもとに行ったものである旨などを述べ,主任弁護人においても,公訴事実に対する認否については,被告人と同一である,被告人の行為は,特別公務員暴行陵虐罪の暴行又は陵辱若しくは加虐行為には該当せず,法令の範囲内で認められた矯正教育として正当なものであり,仮に形式的に同罪の構成要件に該当したとしても,正当行為として違法性阻却事由に該当する旨述べているのであり,公訴事実に記載された各行為に対応した陳述をそれぞれしていることが明ら- 5 -かである。また,検察官は,同公判期日に行った冒頭陳述において,被告人が,本件少年らに事実関係を確認することなく,本件少年が自らを殺すと発言したと軽信して激高し,本件少年に死の恐怖を味わわせ,懲らしめてやろうと考え,公訴事実記載の各行為を行った旨主張したが,引き続き行われた弁護人らの冒頭陳述では,被告人が行った指導は,陵辱,加虐行為には当たらず,正当な指導であって違法性もない旨など上記の被告事件に対する被告人及び弁護人の陳述を敷衍した主張をしており,これに加えて,その後の原審公判期日等で行われた本件少年及び法務教官であるBらの証人尋問でも,弁護人らにおいて,被告人がシーツを本件少年の頸部に巻き付けたのか,その際どのような発言をしたのか,被告人がビニール袋を本件少年の顔面に近づけたのか,その際どのような発言をしたのかなどについて,それぞれ詳細に尋問して供述を得ているのであり,とりわけ,法務教官であるCの証人尋問では,被告人の行為 被告人がビニール袋を本件少年の顔面に近づけたのか,その際どのような発言をしたのかなどについて,それぞれ詳細に尋問して供述を得ているのであり,とりわけ,法務教官であるCの証人尋問では,被告人の行為が一線を越えてしまったとCが感じたのは,洗剤を混ぜ合わせたことが大きな理由なのかと主任弁護人が尋問し,これに対し,Cは,混ぜ合わせたか否かではなく,少年に対してそれをかいだら死んでしまうんじゃないかという意味の危険を感じさせたというところにある旨供述し,更にその後の主任弁護人の尋問に対し,Cは,現実に少年にそれを吸ったら死ぬかもしれないという恐怖を与える行為をすること自体が法務教官として適正ではないと思う旨供述し(原審第3回公判調書と一体となるC尋問調書440,443項(以下,原審ないし当審公判調書と一体となる証人尋問調書等の供述部分を引用するときは,その公判期日,供述者,該当箇所の順に表記する。)),また,被告人質問においても,実際には塩素ガス様の気体を発生させていないけれども,洗剤を混ぜたように思わせて,少年に対して吸ってみいとい- 6 -うように言ったら,それは許される行為と考えているかと検察官が質問し,被告人は,吸ってみいというふうに強要することはまずいと思う旨供述している(原審第7回被告人247項)のであり,これらに照らしても,被告人が,ビニール袋内で有毒な気体が発生しているかのように装って,そのビニール袋を本件少年の顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る行為を行ったか否かが攻撃防御の対象となっていなかったとすることはできず,被告人が,基本的には,本件少年の特性に応じ,指導の目的をもって,原判示の行為を行ったものである旨認定し,弁護人らの弁論での指摘も踏まえ,構成要件該当性及び違法性阻却事由の存否を することはできず,被告人が,基本的には,本件少年の特性に応じ,指導の目的をもって,原判示の行為を行ったものである旨認定し,弁護人らの弁論での指摘も踏まえ,構成要件該当性及び違法性阻却事由の存否を判断する際に考慮すべき要素は共通しているとして,両者を区別せずに論じ,被告人の行為は,少年院における矯正教育として許される範囲を逸脱した行為といわざるを得ないとした原判決が,訴因を逸脱した認定をしたものとはいえず,被告人及び弁護人にとって不意打ちであるとすることもできないというべきであり,さらに,検察官が公訴事実において主張した事実と原判決が認定した事実とでは実行行為の意味が本質的に異なっており,被告人及び弁護人にとって不意打ちにほかならないとする論旨も当を得ないものといわざるを得ない。以上からすると,原判示の事実を認定した原判決に論旨のいう訴訟手続の法令違反はない。 論旨は理由がない。 2 控訴趣意中,公訴の不法受理(公訴権濫用)の主張について論旨は,検察官は,本件を目撃したというDが,捜査段階から,院内護身術検定があったから休日出勤したことを前提に本件当日の様子を供述していたところ,本件当日は院内護身術検定が延期になっていることを示す客観証拠として朝礼指- 7 -示伝達簿を持っていたにもかかわらず,これを無視するとともに証拠開示に容易に応じない姿勢を示すなど,その捜査手法や公訴維持態度は極めて不適切であり,強い非難を免れず,自らのストーリーに合わせて取調べの対象となっている者が供述していないことを調書に記載し,誘導を繰り返し,供述を強要しており,その自白獲得手法は,強い非難に値し,不当なものであることは明らかであり,また,被告人の取調べ状況に関する取調べメモの破棄,取調べ状況調査についての虚偽回答は,悪質な証拠隠滅行為であり,職務 おり,その自白獲得手法は,強い非難に値し,不当なものであることは明らかであり,また,被告人の取調べ状況に関する取調べメモの破棄,取調べ状況調査についての虚偽回答は,悪質な証拠隠滅行為であり,職務犯罪ともいうべきであり,客観的な証拠を精査しないままにストーリーを作り出していることからすれば,本件公訴提起自体が,職務犯罪を構成するような極限的な場合と同視できるというべきであり,本件公訴提起は公訴権の濫用であり,公訴棄却の判決がされるべきであったにもかかわらず,被告人に対する有罪判決を言い渡した原判決には,公訴を不法に受理して有罪判決を言い渡した違法がある,というのである。 そこで,記録を調査し,検討すると,本件は,少年院において,法務教官が,その職務を行うに当たり,在院している少年に対し,暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたとされる特別公務員暴行陵虐罪の事案であり,その内容自体及び社会的影響に照らしても,およそ軽微な事案として軽視できるものでないことは明らかであるところ,後記3に認定,判断を示すとおり,被告人が同罪に当たる原判示の行為に及んだと認められるのであり,そもそも,起訴すべき事案ではなかったということはできない。一方,とりわけ,原判決が「事実認定の補足説明」の項3(3)ウに説示しているとおり,本件を目撃したとして検察官により証人尋問請求がされて採用され,原審第4回公判期日に尋問されたDは,検察官調書(その一部の写し,原審弁64)において,週休日であるにもかかわらず,本件- 8 -当日出勤した理由について,本件当日に開催された院内護身術検定に参加するためであり,現に本件前に開催され,これに参加した旨明確に供述していたところ,院内護身術検定は延期になり,本件の6日後に実施されたという職員朝礼時の訓令・指示伝達簿の記載に反しており 検定に参加するためであり,現に本件前に開催され,これに参加した旨明確に供述していたところ,院内護身術検定は延期になり,本件の6日後に実施されたという職員朝礼時の訓令・指示伝達簿の記載に反しており,このような客観的証拠の内容に明らかに反する供述をした理由も全く明らかにはされていないことからすると,Dの目撃供述を事実認定の基礎とすることは相当とはいえず,この点に関して,検察官における証拠の検討ないし評価に適切とはいえない面があったことが否めず,また,検察官は,Dの証人尋問を経て,職員朝礼時の訓令・指示伝達簿の一部の写しを添付した捜査報告書(原審検甲42)を証拠調べ請求し,同意証拠として取り調べられるなどしているところ,その後の原審第9回公判期日において,当時のA少年院の法務教官であるEが,院内護身術検定は延期になっており,職員朝礼時の訓令・指示伝達簿にその旨の記載があるはずである旨原審公判廷で供述したのに対し,延期になった記憶があるのかと執拗に尋問し(原審第9回E201ないし211項),Dの上記検察官調書,Eの証人尋問を終えた上記公判期日以後に開示した本件当日分を含む職員朝礼時の訓令・指示伝達簿(写し,原審弁63)を弁護人が証拠調べ請求したのに対し,後にその不同意の意見は撤回したものの,いずれも不同意,不必要,関連性なしの意見を述べており,これら一連の検察官の訴訟上の対応には,疑問を抱かざるを得ない面があることは否定できないが,検察官における証拠の検討ないし評価,更にはそれに基づく証拠開示ないし証拠意見等の対応において不適切と考えられるものがあり,当該証拠に関する検察官の主張が裁判所の採用するところとはならなかったとしても,そのことによって,直ちに検察官による職務犯罪に当たるとまでいえるものではない。また,確かに,- 9 -当時のF り,当該証拠に関する検察官の主張が裁判所の採用するところとはならなかったとしても,そのことによって,直ちに検察官による職務犯罪に当たるとまでいえるものではない。また,確かに,- 9 -当時のF地方検察庁G部長名義の平成21年7月21日付けファックス送付書(写し,原審弁56)によれば,被告人の取調べにおける担当検察官の言動について調査したが,弁護人指摘の言動があったとは認められなかった旨記載があるのに,担当検察官であったHは,原審公判廷において,そのような調査を受けていない旨明確に供述しており(原審第8回H332ないし338項),この点はいささか不可解といわざるを得ないが,これをもって,直ちに上記ファックス送付書が虚偽であるとまで決め付けられるわけではなく,さらに,被告人の取調べの際に作成したメモを廃棄している点(原審第8回H244ないし284項,原審弁59,60)についても,このようなメモには,その性質上,供述内容のみならず,取調べの経過及び供述の経過等も当然記載されているものと推認され,被告人の供述の任意性,信用性が公判で争われた場合,録取された供述内容と相まって,供述の任意性,信用性を判断するに当たっての重要な資料になるものと考えられるのであり,少なくとも,これらの供述の任意性や信用性が争点とならないことが明らかになるまでの間は,取調べをした検察官として,自ら保管し,あるいは,そのメモを引き継ぐなどして保管することが必要かつ相当であり,それ以前の段階において,上記メモが廃棄されるに至っているのは,その必要性や相当性について多分に疑問が残るものといわざるを得ないものの,この点についても,違法な証拠隠滅行為であるとまで決め付けられるほどの事情は見当たらない。そして,被告人の自白が得られた際ないし参考人聴取の際の捜査官における取調 残るものといわざるを得ないものの,この点についても,違法な証拠隠滅行為であるとまで決め付けられるほどの事情は見当たらない。そして,被告人の自白が得られた際ないし参考人聴取の際の捜査官における取調べ手法に問題があるとしても,それ自体は,当該供述調書の証拠能力や信用性の判断において考慮されるべき事項であり,原判決が「事実認定の補足説明」の項4(3)に適切にその認定,判断を示しているとおり,本件が特別公務員暴- 10 -行陵虐罪に当たり,有罪であると認めている被告人の検察官調書(原審検乙2,3)については,証拠価値が低く,その信用性を過大に評価することはできないが,その任意性には疑いがないと認められ,また,検察官により証拠調べ請求された本件少年及び他の法務教官の供述調書のうち,部分不同意も含めて不同意とされたものはすべて撤回されており,その他所論が主張するところにかんがみ,検討しても,本件公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たる,あるいは,これと同視できるような事情があるとはいえず,公訴提起を無効ならしめるものとはいえず,原判決に不法に公訴を受理して有罪判決を言い渡した違法があるとはいえない。 論旨は理由がない。 3 控訴趣意中,事実誤認の主張について論旨は,本件において,被告人が,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自身で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けたこと,本件少年に遺書を作成するよう申し向けた上,法務教官であるIに指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させてこれを読み上げさせたこと,本件少年の面前で,塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸 させたこと,本件少年の面前で,塩素系漂白剤と酸性洗剤をビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,同ビニール袋を本件少年の顔面に近づけて,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫る旨の文言を申し向けたことは,いずれも認定し得ず,また,これらの行為が仮に存在したとしても,特別公務員暴行陵虐罪にいう暴行陵虐行為には該当しないにもかかわらず,被告人がこれらの行為を行ったとして原判示の事実を認定し,特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めて被告人を有罪とした原判決には事実の誤認があり,その誤認- 11 -が判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。 しかし,記録を調査し,検討しても,原判示の事実を認定し,特別公務員暴行陵虐罪の成立を認め,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はない。以下,補足して説明する。 (1) 原判決が挙示する関係証拠によれば,本件に至る経緯及びその前後の状況の概要については,原判決が「事実認定の補足説明」の項2(1)ないし(6)に認定している事実,すなわち,以下のとおりの事実が認められ,また,公訴事実に記載された被告人の行為についても,以下の限度の事実が認められる。 ア被告人は,昭和61年4月に法務教官として採用され,以後発達の視点を取り入れた少年院における矯正教育のあり方を研究,実践してきたものであり,平成17年4月から平成19年3月までの間に被告人が首席専門官として勤務したA少年院は,平成14年ころ以降,在院者による規律違反が横行する状態にあり,その後改善されたものの,被告人の着任当時も,そのような状態は残っていた。被告人は,A少年院のこのような状況を立て直すため,集団処遇と個別処遇を組み合わせ,在院者の特性に応じて発達の視点を取り入れた指導方法を導入,実践し, 告人の着任当時も,そのような状態は残っていた。被告人は,A少年院のこのような状況を立て直すため,集団処遇と個別処遇を組み合わせ,在院者の特性に応じて発達の視点を取り入れた指導方法を導入,実践し,相当の成果を上げた。 イ本件少年は,平成17年2月にA少年院に入所した後,規律違反行為を繰り返しており,同年3月及び同年4月にそれぞれ訓戒処分を受け,同年6月には謹慎3日の処分を受けた。また,本件少年が所属していた第1学寮は,規律違反が相次いで出寮停止となり,寮生全員が寮内で終日内省をしていた最中であったにもかかわらず,同年9月13日,本件少年は,巡回中の被告- 12 -人を目で追ったことにより,被告人から厳しく注意を受けた。 本件当日である同月16日午前中に進級式が行われた際,年長少年が所属する第2学寮の在院者で礼の仕方が悪い者がおり,法務教官Eから注意を受けたことをきっかけとして,被告人において,在院者がこのような態度をとっているようでは後日予定されている運動会を中止にする旨発言し,その後,各学寮において問題解決に向けた取組みが行われ,予定されていた院内護身術検定は延期となった。同日午後4時過ぎころ,第1学寮の在院者と面談をした法務教官Jは,本件少年及び同室の在院者であったKが,夜間に私語をし,その際,クソ首席を殺す,逃走するなどと話していたことを聞き,教育部門に報告し,被告人にもその旨伝わった。被告人は,教育部門にいた法務教官であるL,I,Bらと共に本件少年のいる第1学寮に行き,夕食をとっていた本件少年を立たせ,小手取り連行を指示し,体育館に連れて行き,そこにおいて,本件少年に対し,シーツを使った何らかの行為を行い,さらに,遺書を書くように言ったが,本件少年はこれに従わず,Iが本件少年に代わる形で文書を作成する 連行を指示し,体育館に連れて行き,そこにおいて,本件少年に対し,シーツを使った何らかの行為を行い,さらに,遺書を書くように言ったが,本件少年はこれに従わず,Iが本件少年に代わる形で文書を作成するなどした。その後,被告人は,本件少年を洗濯棟に連れて行き,そこにおいて,洗剤を使い,有毒ガスが発生するかのような行為を行った。さらに,同日午後6時30分ころ,被告人は,第2学寮に本件少年を連れて行き,約1時間にわたり同学寮の在院者との集会の場を持ち,その際,被告人に促され,本件少年が首席(被告人)を殺すという私語をしたことを告げ,同学寮の在院者から,本件少年の言動をたしなめる発言などがされた。その後,被告人は,本件少年に対して個別面接をした。 被告人は,同月17日から同月19日の連休中に,本件少年のみならず,- 13 -Kに対しても面接指導を行い,その結果をも踏まえ,本件少年には聴覚系のLD(学習障害)など発達上の問題があり,また,Kにはバイポーラ(双極性障害)の傾向があるという認識のもと,連休明けの同月20日に行われた教育部門のミーティングにおいて,他の法務教官らに対し,それぞれの特性を踏まえた両少年に対する指導方法等について指示をした。 (2) そして,本件当日,被告人が本件少年に対して行った行為のうち,前記(1)の体育館におけるシーツを使った行為及び遺書に関する行為並びに洗濯棟における洗剤を使った,有毒ガスが発生するかのような行為の各具体的内容については,以下のとおり,概ね原判決が「事実認定の補足説明」の項3(1)ないし(3)に認定,判断するところは相当であると認められる。 ア体育館におけるシーツを使った行為については,本件少年は,被告人が,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,絞めたら死ねるぞなどと自ら頸部を絞 定,判断するところは相当であると認められる。 ア体育館におけるシーツを使った行為については,本件少年は,被告人が,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,絞めたら死ねるぞなどと自ら頸部を絞め付けるように言うとともに,そのシーツで本件少年の頸部を絞め付けた旨原審公判期日外の証人尋問において供述しているが,そもそも4年以上も前の出来事に関する供述であることなどから,他の客観的な証拠や,現場に立ち会った他の法務教官の原審公判廷における目撃供述等を慎重に吟味する必要があるところ,上記行為を目撃したB及びIは,原審公判廷において,いずれも,被告人が本件少年の頸にシーツを1回巻き付けて自身で頸を絞めるように迫った旨供述しており,この限りにおいては,本件少年の上記供述と符合し,他方,被告人の作成した書面写し(捜査報告書(原審検乙4)添付のもの)によっても,その具体的な状況に関する被告人の記憶はかなり曖昧であり,また,本件少年の頸にシーツを掛け,自分で自分のことを- 14 -やれるかということを言っていると思うとの被告人の原審公判供述にかんがみても,本件少年に自ら頸部を絞めるように促すためには,単にシーツを頸部に掛けるだけではなく,シーツを頸部に巻き付けるのがより自然な動作であることも併せ考えると,被告人は,本件少年の頸部にシーツを巻き付け,自身で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けたと認めることができるが,被告人がシーツを使った際に立ち会っていた法務教官の中で,本件少年が供述するように,被告人がシーツで本件少年の頸部を絞め付け,本件少年が苦しんでいるという状況を明確に供述している者はおらず,むしろIは,被告人が本件少年の頸部を絞めるようなことはなかったと記憶している旨供述していること(第2回I193ないし205,403項)か 少年が苦しんでいるという状況を明確に供述している者はおらず,むしろIは,被告人が本件少年の頸部を絞めるようなことはなかったと記憶している旨供述していること(第2回I193ないし205,403項)からすると,被告人がシーツで本件少年の頸部を絞め付けたと認定することはできない。 次に,体育館における遺書に関する行為については,Iは,原審公判廷において,被告人が,本件少年に「遺書を書け。」などと遺書を作成するように言った上,本件少年がこれを拒否すると,Iに指示して,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させ,これを読み上げさせるなどしたと供述しているところ,被告人は,原審公判廷において,自身が本件少年に遺書を書くように言った際,Iが,書けないんだったらおれが書いてやるよなどと言い出し,被告人にどう書けばいいんですかなどと尋ね,実際に文書を書いた旨供述しているが,本件少年の供述とIの供述は,読み上げたのが被告人かIかという点を除き,概ね符合している。また,当時その場に立ち会っていた法務教官であるMもIの供述に符合する供述をしているこ- 15 -と,Iの供述は,自身の行為に関するものであり,基本的にはより記憶が明瞭であると見て不自然ではないこと,本件当時に遺書を使った被告人の指導がA少年院内で広く行われていたことをうかがわせるような事情は見当たらず,Iやその他の教官が,このような被告人の指導を十分に理解していたとは認め難いことからすると,Iが,上位者である被告人の行為を十分に理解しないまま,遺書を書かせるという行為の趣旨を何ら確認することもなく,いきなり率先して本件少年に代わって遺書を書くと申し出るというのは相当に不自然であり,遺書を使った指導を行おうとしていた被告人が,本件少年が遺書を書くのを拒んでいるという状 何ら確認することもなく,いきなり率先して本件少年に代わって遺書を書くと申し出るというのは相当に不自然であり,遺書を使った指導を行おうとしていた被告人が,本件少年が遺書を書くのを拒んでいるという状況下で,代わってIに遺書を書かせ,読み上げさせたことが自然であって,Iの上記供述部分は十分信用でき,被告人が,本件少年に遺書を作成するように言った上,本件少年がこれを拒否すると,Iに指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させ,これを読み上げさせたと認めることができる。 さらに,洗濯棟における洗剤を使った,有毒ガスが発生するかのような行為については,本件少年並びにその行為を目撃したB,I,C及びMの各供述は,被告人が,塩素系漂白剤であるハイターと酸性洗剤であるハイナイスとを混ぜ合わせるかのような行為をするとともに,両者を混ぜると有毒な気体が発生し,これを吸ったら死ねるなどという趣旨の話をしながら,液体の入ったビニール袋の口の部分を本件少年の顔面に近づけて,吸うように迫ったという点でほぼ符合しており,他方,被告人は,Iから受け取ったキャップに入った洗剤を,本件少年に気付かれないようにして水に取り替え,これを別の洗剤の入ったカップの中に入れて机の上に置き,他の法務教官らに指- 16 -示して扉を開けさせるなどして,有毒ガスが発生しているかのように装い,本件少年に一緒に逃げるように言って,本件少年と共に第2学寮に向かったと原審公判廷において供述しているところ,本件少年及びBらの上記各供述のいずれとも符合しないことからすると,被告人が,本件少年の面前で,ハイターとハイナイスをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,このビニール袋を本件少年の顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸 と,被告人が,本件少年の面前で,ハイターとハイナイスをビニール袋内で混合して有毒な気体が発生しているかのように装った上,このビニール袋を本件少年の顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫ったことが認められるが,ハイターとハイナイスの混合実験の結果から認められる混合時の状況と,本件少年及びBらの上記各供述から認められる液体の入ったビニール袋内の状況とは明らかに異なるものといわざるを得ないことに照らせば,被告人が,本件少年の面前で,実際に,ハイターとハイナイスをビニール袋内で混合させたと認定することはできない。 イこれに対し,所論(事実取調べの結果に基づく弁論を含む。以下同じ。)は,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。 (ア) 所論は,本件少年及び上記各法務教官のうち,前記アに認定した各行為どおりの内容を供述している者は1人もいないのであり,また,その各供述のうち,一致する部分についても,被告人がシーツで本件少年の頸部を絞めた,あるいは,被告人が塩素ガス様の気体を発生させたなどの客観的状況に合致せず,明らかに真実に反している部分が存在しているにもかかわらず,原判決は,各人の供述の一部の信用性が否定されるのに,何故その他の部分は信用できるのか,その理由を述べておらず,その事実認定の手法は大いに疑問であり,また,本件は4年も経過してから事情聴取- 17 -されたものであり,記憶がかなり減退しているのは当然であり,思い出す過程で誤りが混入する可能性が高く,本件が,当時のA少年院において特異な場面ではなく,日常の業務中に起こり得る指導がされたに過ぎないのであれば,4年にもわたって正確な記憶が残りにくいのも当然であり,原判決が,被告人自身,シーツを本件少年の頸に巻いて絞めた記憶はないとし 面ではなく,日常の業務中に起こり得る指導がされたに過ぎないのであれば,4年にもわたって正確な記憶が残りにくいのも当然であり,原判決が,被告人自身,シーツを本件少年の頸に巻いて絞めた記憶はないとしながら,具体的な状況に関する記憶は甚だ曖昧などとして被告人の供述を否定したことは,あまりにも軽々な判断であり,当時の法務教官らは,被告人の専門的見地からの教育的な意図を理解する能力を欠いており,被告人の行為を表面的な理解のみで観察していたに過ぎず,そのような誤った認識のもとで目撃した場合,知覚や記憶の段階で大きな誤りが混入してしまう構造なのであり,BやCの各供述によれば,本件が被告人による暴行陵虐行為であって,4人の法務教官による暴行陵虐事件の原因となっているとの予断を抱かせる形で記憶喚起がされており,本件を目撃したという各供述の信用性は相当に低いと主張する。 しかし,複数の者の供述するところが符合する場合,それによって相互に信用性を補強し合う関係にあり,その内容自体が特段不自然,不合理なものでなく,また,口裏合わせをしているなどの事情が具体的に疑われるような場合でなければ,基本的に信用性は高いということができる一方,その内容が客観的な証拠関係に相反するような場合であれば,信用性は大きく減殺されることになるが,信用性が問題とされる各供述部分が密接に関連しているなどの事情がない限り,基本的にはそれぞれの信用性は個別に判断されることになるところ,前記(1)及び(2)アに認定,判断を- 18 -示したとおり,被告人が本件少年に対して行った行為の認定は,被告人が自認しているもの以外については,本件少年ないし現場に立ち会った複数の法務教官の供述が符合しており,それらの供述が4年以上も前の出来事に関するものであることを踏まえても,なお相応に記憶に残 被告人が自認しているもの以外については,本件少年ないし現場に立ち会った複数の法務教官の供述が符合しており,それらの供述が4年以上も前の出来事に関するものであることを踏まえても,なお相応に記憶に残っていることが不自然,不合理とはいえない特異な出来事に関するものであり,それ自体が客観的ないし物理的に困難な行為であるともいえず,口裏合わせ等の事情を具体的にうかがうこともできず,かつ,他の客観的な証拠関係とも相反しない部分に限って認定しており,なお,それぞれの行為は異なる場面におけるものであって,相互に密接に関連しているものではなく,このような供述部分の信用性が個別に肯定されることは明らかである。そして,被告人がシーツで本件少年の頸部を絞めたという行為については,本件少年のその旨の供述部分と明確に符合する他の者の供述はなく,本件少年の頸が絞まったような場面の記憶があるとBが供述しているものの,被告人と本件少年のどちらが絞めたのかすら分からないというものであり,本件少年が供述しているように,被告人に頸部を絞め付けられ,本件少年が苦しんでいたなどとは全く供述しておらず,そもそも,複数の者による供述の符合自体が認められず,また,被告人が塩素ガス様の気体を発生させたという行為は,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自身で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けたという行為や,Iに指示し,「イショ」「ぼくは死にます。」などと記載した文書を作成させ,これを読み上げさせたという行為とは異なる場面におけるものであって,もとより,これらと密接に関連するものではなく,本件少年の面前で,混合- 19 -して有毒な気体が発生しているかのように装った上,このビニール袋を本件少年の顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫っ るものではなく,本件少年の面前で,混合- 19 -して有毒な気体が発生しているかのように装った上,このビニール袋を本件少年の顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫ったという行為との関係でも,そのような行為を行っていれば,実際に塩素ガス様の気体を発生させていると見るのが必然,あるいは,当然であるとまでいえるはずもなく,逆に,実際に塩素ガス様の気体を発生させていなければ,そのような行為がなかったと見るのが必然,あるいは,当然であるともいえないのであり,やはり密接に関連しているとはいえず,それぞれ個別に当該供述部分の信用性を判断することになるというべきである。さらに,本件少年の頸部にシーツを巻き付けた上で,自身で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けた行為については,その限りにおいて,本件少年,B及びIの供述が符合しており,後記のとおり,このような行為が客観的ないし物理的に困難であるという事情も見当たらず,他の客観的証拠とも相反しておらず,当該供述部分の信用性は高いというべきであるところ,これと明らかに異なる内容を述べる被告人の供述は,他にこれと符合する供述をする者がなく,しかも,具体的な状況に関する自身の記憶が曖昧というのであり,これを採用することができないといわざるを得ず,また,問題となっているのは,被告人の行為をどう評価するかではなく,被告人の行為そのものの認定であり,所論指摘のような事情を考慮するとしても,基本的には上記に述べた観点から被告人の行為を体験ないし目撃した者らの供述の信用性を判断することに問題があるとはいえず,なお,Bは,捜査段階における取調べについて,検察官から,自身が第1学寮に行ってシーツを持ってきたときのことを聞かれた際,そ- 20 -のシーツは本件少年のものだったん とに問題があるとはいえず,なお,Bは,捜査段階における取調べについて,検察官から,自身が第1学寮に行ってシーツを持ってきたときのことを聞かれた際,そ- 20 -のシーツは本件少年のものだったんだよねと言われたことがあるが,それ以外は,全部自身から話をした旨供述しており(原審第2回B176ないし186項),Cも,検察官から,最初の教育部門でのやり取り及びその時に自身がいたのではないか,洗濯棟において,被告人がいわゆるキレた状態ではなかったか,ビニール袋の状態について,膨らんでいなかったか,煙が出ていなかったかということを聞かれたことはあったが,それ以外に自身の記憶にないことをこうではないかという形で聞かれたことはない旨供述している(原審第3回C88ないし103,123,124,179ないし205,268ないし278,294ないし298,316ないし330項)。 (イ) 所論は,原判決は,BとIが,被告人が本件少年の頸にシーツを巻いていた旨証言しているとし,これが本件少年の証言と符合しているとして,同行為を認定しているが,Bは,「時間としたら本当にわずかですけども,本件少年のあごが引いて,表情が赤くなる,少し赤くなったように思う」などと,あたかも本件少年が頸を絞められた場面が存在したかのように述べているのであり,ことさら虚偽の供述をしているか,本当はなかったことをあったように誤って記憶していることを示すものであり,被告人が本件少年の頸部にシーツを巻きつけたという行為は,上記供述内容の前提となるものであるから,上記証言が信用できない以上,被告人がシーツを本件少年の頸に巻き付けたとの供述の信用性も否定されるのは当然であり,さらに,「ボールペンを本件少年の前にかざして『刺すぞ』という,たしかそう言った場面を覚えている」など ない以上,被告人がシーツを本件少年の頸に巻き付けたとの供述の信用性も否定されるのは当然であり,さらに,「ボールペンを本件少年の前にかざして『刺すぞ』という,たしかそう言った場面を覚えている」などという明らかな暴行陵虐行為ま- 21 -で供述しているが,このような事実はB以外述べていないのであり,Bの供述は,全体として信用に値しないといわなければならず,また,Iは,本件について,異常,鬼のよう,恐怖,狂気,人間のやることではないなど,極端な悪評価をしており,本件が虐待行為そのものにほかならないとの前提に立っており,このようなIの評価は事実に反するものであるというしかなく,Iの供述は,真実が語られたものではなく,信用できないといわざるを得ず,さらに,遺書を本件少年に代わって書く前に,自身が本件少年の手を取って遺書を書かせたと供述しているが,Iを除く法務教官や本件少年はそのような場面について供述しておらず,I自身も原審公判廷での供述以前にはそのようなことを供述しておらず,このような場面は存在しなかったというしかなく,この部分のみ信用できないとして排除し,その前後の部分のみは信用できるとして採用するなどということは,恣意的な認定との誹りを免れず,少なくとも,遺書の場面についてのIの証言は信用できないと主張する。 しかし,Bは,シーツで本件少年の頸を絞めたのが被告人なのか本件少年なのかはっきりしない,少なくとも,被告人が本件少年の頸を絞めたという記憶はない,シーツで本件少年の頸が絞まったような様子として記憶しているのは,本当にわずかな時間,本件少年のあごが引いて,表情が赤くなった様子である旨供述しているのであり(原審第2回B74,78ないし82,313ないし328項),本件少年が頸を絞められた場面が存在したと明言したりはしておらず,そ 少年のあごが引いて,表情が赤くなった様子である旨供述しているのであり(原審第2回B74,78ないし82,313ないし328項),本件少年が頸を絞められた場面が存在したと明言したりはしておらず,そもそも,頸が絞められていないとしても,本件少年に上記程度の様子が生じることは十分あり得る上,仮にそ- 22 -の様子がBの誤認であったとしても,それによってBの供述の信用性が全般的に否定されることになるとはいえない。また,Bは,上記の様子が本件少年に生じた直後,被告人がシーツを本件少年の頸から外し,ボールペンを本件少年の顔の前にかざして,刺すぞといった場面を覚えている旨供述しているが,本件少年も含め,他にそのような供述をしている者はおらず,この供述を信用できるとすることはできないものの,その供述する行為は,被告人が,本件少年の頸部にシーツを巻き付け,自身で頸部を絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向けた行為の前提となるもの,あるいは,同行為に必然的ないし当然に伴うものとはいえず,前記(ア)にも説示したとおり,同行為に関するBの供述の信用性を,上記行為に関する供述の信用性とは別に判断することに問題があるとはいえない。 さらに,やはり前記(ア)に説示したとおり,問題となるのは被告人の行為の評価ではなく,被告人の行為そのものの認定であり,単に目撃した被告人の行為に対して悪評価をしていることにより,直ちにIの目撃供述自体の信用性が否定されることにはならず,他の供述との符合の有無,内容自体の合理性,他の客観的証拠との整合性等の観点から,Iの供述の信用性を判断するのが相当であり,なお,Iは,所論指摘のとおり,被告人の指示により,自身が本件少年の手を取って遺書を書かせようとした旨供述しているが,捜査段階においてそのような供述をしているとは認められ を判断するのが相当であり,なお,Iは,所論指摘のとおり,被告人の指示により,自身が本件少年の手を取って遺書を書かせようとした旨供述しているが,捜査段階においてそのような供述をしているとは認められないのみならず,本件少年も含め,これに符合する供述をする者はおらず,Iの上記供述に基づいて,そのような行為があったとまで認定することはできないものの,遺書の作成及び読み上げの場面に関する本件少年の記憶- 23 -はかなり曖昧であることがうかがわれ(期日外N436ないし446項),Mも,Iが本件少年の手を取って遺書を書かせたのかはちょっとわからない,そのようなことはなかったと断言できるのではなく,記憶にない旨述べているにとどまること(原審第4回M353ないし356項)からすると,Iの上記供述部分が虚偽であるとまですることもできず,その供述部分に基づく認定ができないことから,直ちにIの他の供述の信用性を全て否定することもできない。 (ウ) 所論は,①被告人が本件少年の頸部にシーツを巻いたかについて,Iは,頸に一重にするような感じで巻いていたとするが,それ以上描写することはできず,Bも,検察官調書ではシーツを本件少年の頸の前面に当てて,シーツを頸の後ろに回して交差させたとしながら,原審公判廷では,頸にかけて1周巻いたなどとし,その違いを指摘されると,頸に巻いたのは覚えていますなどと供述しており,結局,具体的には供述できておらず,I及びBの各供述がこのようなものにとどまるにもかかわらず,被告人が本件少年の頸部にシーツを巻いたとの行為を認定できるとするのは,とにかく大要においてシーツを巻いたと言っているのだから,それがあったと認定してよいとしているのと同じであり,そのような雑駁な認定は許されるものではなく,また,原判決は,被告人が,本 るとするのは,とにかく大要においてシーツを巻いたと言っているのだから,それがあったと認定してよいとしているのと同じであり,そのような雑駁な認定は許されるものではなく,また,原判決は,被告人が,本件少年に自ら頸を絞めるよう促すには,単に頸の後ろからシーツを掛けるのみならず,シーツを頸に巻き付けるのがより自然な動作であるとするが,なぜ自然な動作なのかについて説明がなく,シーツを掛けただけではなく,巻き付けた行為があったことを証拠から認定できるのでなければならないのであり,本件で用- 24 -いられているシーツは,少なくとも長さ2メートル,幅1.5メートルのものであって,これを頸部に巻き付けようとすれば,シーツを束ねた上で,2メートルの長さのシーツを頸の周りに1周取り回さなければならず,このような行為は,そう簡単にできるものではなく,本件少年は,シーツの中央部分を頸の前に当ててから,シーツの両端を後ろに回し,頸の後ろを回して前に持ってきたと供述しているが,そのような内容を供述する法務教官はおらず,②被告人がIに遺書を書かせたかについて,Mは,被告人がIに遺書を書かせるよう指示はされていたと思いますというにとどまり,なぜそう思うかは,後々Iから自身で書いたということを聞いたなどと言い出し,それでI自身が書きたくて書いたのかと聞かれて,Iの方は全然嫌がっていたと言い,誰が書けと言ったかと誘導されて被告人であると答えるに至っているのであり,このようなMの供述からすれば,Mは,被告人がIに遺書を書くように指示をした場面を直接目撃したと供述しているのではなく,場面からの類推を供述していると見るべきであり,I及びMの各供述が本件少年の供述と一致しているという指摘には賛同することができず,また,遺書を使った指導の意味があまり理解できていない者であ ではなく,場面からの類推を供述していると見るべきであり,I及びMの各供述が本件少年の供述と一致しているという指摘には賛同することができず,また,遺書を使った指導の意味があまり理解できていない者であれば,被告人が遺書を書くように促しているのに,これを書こうとしない本件少年に対し,もどかしく思い,それならば手っ取り早く代わりに書いてしまおうとの発想になり得るのであり,③被告人がビニール袋を本件少年の顔面に近づけたかについて,Bは,二,三分くらいビニール袋の口を近づけていたと供述したかと思うと,ちょっと時間ははっきりわかりませんと供述するなど,当然描写できるはずの事項も曖昧な供述にとどまって- 25 -いるのであり,更にその直前に被告人が洗剤のボトルのふたを開けて,ボトルから直接ビニール袋に洗剤を入れたと供述しているが,仮にその供述のとおりであるとすれば,間違いなく有毒ガスが発生しており,実際には存在しないことを供述していることになり,密接する供述部分に明らかな誤りが存在し,Cも,ビニール袋からガスが漏れないようにしっかり握っているのが大変だったというような話を本件後に被告人からされたことがあると供述しているが,被告人は,本件でガスなど発生させておらず,そのような発言をするはずがないのであり,上記供述は,誤った記憶というほかはないのであって,これと直接関連するビニール袋を本件少年の顔へ近づけたとの証言も信用できないといわなければならないのであり,Mは,ビニール袋を持った被告人の手と本件少年の顔の距離は30センチくらいだと思う,本件少年の目の前にビニール袋を差し出したというような感じと供述するにとどまっており,吸えば死ねると迫ったとは供述しておらず,これらの供述について,原判決の認定するように,被告人が,塩素系漂白剤と酸性洗剤とを混ぜ にビニール袋を差し出したというような感じと供述するにとどまっており,吸えば死ねると迫ったとは供述しておらず,これらの供述について,原判決の認定するように,被告人が,塩素系漂白剤と酸性洗剤とを混ぜると有毒な気体が発生し,これを吸ったら死ねるなどという趣旨の話をしながら,液体の入ったビニール袋の口の部分を本件少年の口元に近づけて,吸うように迫ったという点で一致しているものと見ることはできず,なお,被告人が洗剤を混ぜると見せかけた際にビニール袋が用いられたとする供述は複数存在するが,被告人は,以前,本件少年がシンナーを吸っていたかを確かめようとした際に,ビニール袋を用いたことがあり,このことと混同されている可能性が極めて高く,さらに,被告人と本件少年との距離,その間には机が置かれていたこと,周りに他- 26 -にも多数の法務教官がいて椅子等も置かれていたことなどからすれば,ビニール袋を本件少年に近づけたという認定は不自然,不合理であり,ビニール袋を用いたとすると,必ずそれを片付けるよう指示がされる必要があるが,被告人からそのような指示を受けたとの証言をしている者は皆無であり,ビニール袋が用いられたこと自体疑われなければならず,被告人の供述は,洗濯室を出て第2学寮へ向かい,集会を開催したことに繋がるが,本件少年及び他の法務教官において,どのようにして第2学寮に向かったのかを説明できる者はいないのであり,④原判決の認定する行為の直後に,被告人が,本件少年を第2学寮の集会に参加させ,他の少年と対面,対話させようとすることは余りに不自然であり,そのような行為をしていないからこそ,指導の続きとして参加させることができたのであると主張する。 しかし,①については,Iは,被告人が,シーツを,本件少年の前から掛けたのか,後ろから掛けたのかはっきりし うな行為をしていないからこそ,指導の続きとして参加させることができたのであると主張する。 しかし,①については,Iは,被告人が,シーツを,本件少年の前から掛けたのか,後ろから掛けたのかはっきりしないが,頸に一重にするような感じで巻いており,シーツが本件少年の前の方に腰辺りまで垂れ下がっているような状態であった旨供述し(原審第2回I40ないし42,188ないし191項),Bも,シーツを本件少年の頸の前から巻いたのか,後ろから巻いたのかについて所論指摘の変遷があるものの,被告人が,シーツを本件少年の頸の周りに1周巻いて,シーツの両端を本件少年に持たせたと供述しているのであり(原審第2回B58ないし65,273ないし292項),被告人が,本件少年の頸の周りにシーツを1回巻き付け,シーツが少年の前の方に垂れている状況をそれぞれ供述していると認められ,とにかく大要においてシーツを巻いたなどと供述しているものではな- 27 -く,上記の限りにおいて,本件少年の供述を含め,具体的に符合するものとして,相互に信用性を補強し合っているということができる。そして,被告人自身,本件少年の頸にシーツを掛け,自分で自分のことをやれるかと言ったことは自認しているところ,この文言は,要するに自身の頸をシーツで絞められるかという問い掛けであり,このような問い掛けをする際,単にシーツを掛けるだけでなく,シーツを頸に巻き付ける方がより自然な動作であるということができ,その旨を述べる原判決が,なぜ自然な動作なのかについて説明していないなどということはなく,また,シーツを本件少年の頸の周りに巻き付ける動作が極めて短時間に行われたというなら格別,そのようなことを供述する者は皆無であり,所論指摘の事情を踏まえても,上記動作が客観的,物理的に不可能ないし困難ともいえず,こ 件少年の頸の周りに巻き付ける動作が極めて短時間に行われたというなら格別,そのようなことを供述する者は皆無であり,所論指摘の事情を踏まえても,上記動作が客観的,物理的に不可能ないし困難ともいえず,これらの事情に照らし,上記のとおり符合する供述部分に基づき,被告人が,本件少年の頸部にシーツを巻き付けたものと認定できるのであり,これが証拠に基づかない認定であるなどとはいえない。②については,Mは,被告人が遺書の作成等についてIに指示をしていたことは間違いない,紙と筆記用具を持ってくるように指示をし,実際に遺書が作成されていたと供述しており,誰が遺書を書けと言ったのかという尋問にも,被告人であると明確に供述しており(原審第4回M424ないし429項),所論指摘のMの供述は,遺書はなぜ作成されたというか,誰がどういうことを言って作成することになったのかという,趣旨が不明瞭な尋問に対する供述に過ぎず,しかも,途中で途切れてしまっているものであり,この供述を捉えて,Mにおいて,被告人が遺書を書くように指示した場面を直接目撃し- 28 -ておらず,場面からの類推を供述しているなどと見る余地はなく,遺書の作成及び読み上げ行為について,前記(2)アの認定の限りにおいて,I,M及び本件少年の供述は符合しているものと認められる。また,そもそも,他人に遺書を書かせるという行為自体,社会通念に照らして通常よくあるものなどとはいえず,むしろ相当に特異なものというべきであり,当時のA少年院においてそのような行為が頻繁にされていたなどというわけでもなく,所論も認めるとおり,遺書を使った指導を理解できていないIにおいて,上記のとおり,特異といわざるを得ない遺書を書かせるという行為の趣旨ないし意図を何ら確認することもなく,しかも,自身の上位者である被告人が本件少年 り,遺書を使った指導を理解できていないIにおいて,上記のとおり,特異といわざるを得ない遺書を書かせるという行為の趣旨ないし意図を何ら確認することもなく,しかも,自身の上位者である被告人が本件少年に書くよう指示しているにもかかわらず,その指示に反するが,自身が手っ取り早く書いてしまおうと思って行動に出るなどというのは相当に不自然という以外になく,にわかに考え難いといわざるを得ない。③については,Bは,被告人が,片手でビニール袋の口のところをつかんで,そのまま本件少年の口のあたりにかざした,本件少年は多少口を背けるような行動もあったが,ほとんど黙ったまま立っていた,ビニール袋と口の間の距離は,10センチぐらい,握りこぶし1個分あけたくらいと供述しており(原審第2回B103ないし106,115,425ないし429,561項),この供述を曖昧な供述などということはできず,所論指摘の供述は,そもそも,ビニール袋の口を近づけていた時間を弁護人から尋ねられ,確実なことはもう分からないと供述しているにもかかわらず,弁護人が,自身の印象でもいいなどとして更に尋ね続けた際のものであるところ(原審第2回B411ないし414項),4年以上前の- 29 -出来事について,確実な時間は分からないという供述は特段不自然なものではなく,所論指摘の供述をもって,Bの供述の信用性が減殺されるとはいえない。また,Bは,所論指摘のとおり,ビニール袋を本件少年の口に近づける直前,直接洗剤をビニール袋に入れていたと供述しているが,その一方で,ビニール袋の中で特段の変化が生じたという記憶はない旨供述しており(原審第2回B379ないし397項),洗剤がビニール袋に入っていないのに入ったものと単に見間違っている可能性が高く,そもそも,被告人自身が,その態様はともかくとして,有 う記憶はない旨供述しており(原審第2回B379ないし397項),洗剤がビニール袋に入っていないのに入ったものと単に見間違っている可能性が高く,そもそも,被告人自身が,その態様はともかくとして,有毒ガスが発生しているかのように装ったことは認めており,Bがそのように見間違ったことにより,被告人がビニール袋を本件少年の口に近づけたことに関する供述の信用性に疑いが生じるとはいえない。さらに,Cは,所論指摘の供述をしているが,他方,有毒なガスが実際に出ていたのかどうかというのは分からない,自身でビニール袋の中の液体を捨てた時に危険な印象も受けなかったと供述しており(原審第3回C231項),そもそも,被告人が,実際に有毒な気体を発生させることなく,本件少年の面前で,有毒な気体が発生しているかのように装った上,ビニール袋をその顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどと迫ったという行為を行ったとして,Cに対し,実際に発生させていないことは明らかにしないまま,Cも供述するように(原審第3回C232項),少年に本当に気体をかがすつもりはなかったということを強調するために発言したとしても,特段不自然ではなく,所論指摘の供述がCの誤った記憶であるとまで断じることはできず,上記行為を行ったのであれば,被告人がCの供述するような発言- 30 -をするはずがないなどともいえず,それぞれの存否という意味において,上記行為とCの供述する被告人の発言が密接に関連しているともいえない。 そして,Mは,被告人が,本件少年の口にビニール袋を近づけて,吸ってみろと言い,その際,ビニール袋の中身について,化学式を挙げて,混ぜると危険だということを話していた旨供述しており(原審第4回M70ないし86,172ないし175項),所論の主張するところを検討して みろと言い,その際,ビニール袋の中身について,化学式を挙げて,混ぜると危険だということを話していた旨供述しており(原審第4回M70ないし86,172ないし175項),所論の主張するところを検討しても,本件少年の供述並びにB,I,C及びMの各供述は,被告人が,塩素系漂白剤と酸性洗剤とを混ぜ合わせるかのような行為をするとともに,両者を混ぜると有毒な気体が発生し,これを吸ったら死ねるなどという趣旨の話をしながら,液体の入ったビニール袋の口の部分を本件少年の顔面に近づけて,吸うように迫ったという点でほぼ符合しているという認定は左右されない。なお,上記のとおり符合する供述をしている者らが,いずれも,本件とは全く異なる場面において,本件少年がシンナーを吸っているか否かを確かめる際に,被告人がビニール袋を用いたことと,本件とを混同しているなどという事態はおよそ考え難く,また,所論は,被告人と本件少年との距離,机や他の法務教官の存在等により,被告人が,ビニール袋を本件少年の口に近づけたという認定がなぜ不自然,不合理になるのか何ら具体的に明らかにしていないところ,関係証拠上,上記各供述の符合する内容のように,本件当時,被告人が,ビニール袋を本件少年の口に近づけることは困難であったなどということをうかがわせるような事情も見当たらない。そして,原判決も指摘するとおり,Cは,自身で被告人の使用したビニール袋を処理した旨(原審第3回C77,216ないし218項),- 31 -Mも,ビニール袋を片付けている職員を見た旨(原審第4回M253ないし260項)それぞれ供述しており,ビニール袋を片付ける指示を被告人からされた旨供述している者がいないことにより,ビニール袋が使用されたこと自体に疑いが生じるものでもなく,Mは,第2学寮に行くという被告人の話があり,被 述しており,ビニール袋を片付ける指示を被告人からされた旨供述している者がいないことにより,ビニール袋が使用されたこと自体に疑いが生じるものでもなく,Mは,第2学寮に行くという被告人の話があり,被告人の後ろを歩いて第2学寮に向かった旨供述しており(原審第4回M94ないし96項),どのようにして第2学寮に向かったのかを被告人以外に説明できる者はいないともいえない。④については,後記(3)アに認定,判断するとおり,被告人は,基本的に,本件少年の特性に応じ,指導の目的をもって前記(2)アの各行為に及んだものであり,特に保安上の観点から,緊急に対処する必要もあったと認められるものの,そもそも,指導目的で行った行為が,その目的により許容される範囲を逸脱するということがあり得ないとはいえないのみならず,むしろ,緊急に対処する必要があったということも踏まえるなら,被告人において,試行錯誤の過程で,あせりなどもあって,そのような逸脱行為に及んだということがあったとしても不自然ではなく,当時の被告人において,前記(2)アの各行為に及ぶことも,指導目的であるからなお許されると考えていたとすれば,直後に,被告人が本件少年を第2学寮の集会に参加させたことも特段不自然とはいえない。 (エ) 所論は,シーツを使った指導,遺書を使った指導,洗剤を使った指導,第2学寮での集会という一連の行為は,午後5時前ころに本件少年を寮から体育館に連れて行き,午後7時過ぎころに別の寮での集会に参加させるまでの間に行われたとされるものであるはずのところ,原判決の認定- 32 -では,どうしてそのような流れになったのか,この2時間以上の間にどのようなことが起こったのか説明できず,本件が被告人による指導であったというなら,被告人の供述に従うしかその説明はできないのであ -では,どうしてそのような流れになったのか,この2時間以上の間にどのようなことが起こったのか説明できず,本件が被告人による指導であったというなら,被告人の供述に従うしかその説明はできないのであり,被告人は,本件少年の様子を見ながら,なかなか狙った指導が入らなかったため,試行錯誤をしながら,別の指導方法を試していったのであり,その際に選択した指導方法も,狙いに基づいた根拠があり,被告人の狙いが,どのような行動として表れたと見るのが自然であるかを踏まえて,認定がされなければならず,被告人は,首席専門官として,少年院における矯正教育に体系的に取り組み,法務教官に対し,日常的に科学的根拠のある理論に基づいた指導を指示し,さらに,それら取組みによって成果を上げてきており,このような被告人が無目的に本件少年に対し指導を行うはずがなく,被告人が行き過ぎた指導を行うようなことは起こり得ず,被告人が行ったものとして原判決が認定する行為は,被告人が行った各指導の目的からすれば,明らかに矛盾する,およそ被告人がするはずのない行為ばかりであり,原判決が認定した行為は,被告人が指導の目的を持って行っている一連の行為の中で,絶対に起こり得ないと主張する。 しかし,既に説示したとおり,そもそも,崇高ないし精緻な理論に基づく指導目的であったとしても,その目的に基づいて行った行為が,目的によって許容される範囲を逸脱するということはあり得るといわざるを得ないのであり,被告人自身が,指導目的に基づいて前記(2)アの各行為を行った旨自白し,この自白に基づいてそれらの行為を認定できるのかという場合であれば別論,前記(ア)に述べた観点に照らしても,被告人の行- 33 -為を体験ないし目撃した者らの供述の信用性に疑いが生じない場合に,その被告人の行為は,自身の理念ない 定できるのかという場合であれば別論,前記(ア)に述べた観点に照らしても,被告人の行- 33 -為を体験ないし目撃した者らの供述の信用性に疑いが生じない場合に,その被告人の行為は,自身の理念ないし理論に基づく指導目的によってなされたものであるが,この理念ないし理論,あるいは,指導目的と整合しないという一事をもって,これらの供述の信用性を否定するということはできないのはむしろ当然の理であり,被告人が本件において行き過ぎた指導を行うようなことは起こり得ないなどとする所論を採用する余地はない。 そして,本件少年及び他の法務教官らの各供述のうち,前記(ア)に述べた観点に照らして信用できる部分に基づき,前記(2)アの各行為を被告人が行ったものと認定できるのであり,他方,前記(ウ)の所論④について説示したとおり,本件において,緊急に対処する必要があったということも踏まえるなら,被告人が,試行錯誤の過程で,あせりなどもあって,指導目的によって許容される範囲を逸脱した行為に及んだということがあったとしても,不自然ではなく,当時の被告人において,指導目的であるから前記(2)アの各行為に及ぶこともなお許されると考えていたとすれば,それらの行為に被告人が及んだという原判決の認定が,本件における流れから見て特段不自然,不合理とすることもできない。 (3) そして,少年院の法務教官が,在院者に対して行った行為が,特別公務員暴行陵虐罪にいう暴行又は陵辱若しくは加虐の行為に当たるか否かは,国民全体の奉仕者である公務員を対象とする特別公務員暴行陵虐罪の保護法益が,第一次的には公務の適正とこれに対する国民の信頼であることを踏まえ,原判決が「事実認定の補足説明」の項4(1)に説示するとおり,当該行為の態様そのものを基本として,当該行為が行われるに至った経緯,動機及 次的には公務の適正とこれに対する国民の信頼であることを踏まえ,原判決が「事実認定の補足説明」の項4(1)に説示するとおり,当該行為の態様そのものを基本として,当該行為が行われるに至った経緯,動機及び目的や,- 34 -当該行為後の状況,当該行為を行う者の立場,指導する相手の性格や属性,当該行為が相手に与えた影響の有無及び程度等の具体的事情を総合し,少年院における矯正教育という特殊性を踏まえつつ,当該行為を職務上行うことが必要かつ相当といえるかという見地から,社会通念に従って,個別に判断するべきであり,本件少年が当時所属していた第1学寮は,規律違反が相次いだため出寮停止処分となっており,加えて,第2学寮でも問題が生じ,運動会の中止も取り沙汰される状況下において,被告人は,これまでにも規律違反行為を重ね,一度ならず処分を受けていた本件少年が,同室の在院者と,首席を殺す,逃走するなどという話をしていたと報告を受け,前記(2)アの各行為に及んだものであり,さらに,その行為後には,本件少年を第2学寮に連れて行き,約1時間にわたって同学寮の在院者との集会の場を持ち,本件少年の言動を省みる機会を設けたのみならず,本件少年及び上記同室の在院者に対し,面接指導を行い,その結果を踏まえ,それぞれの特性を踏まえた指導方法について他の法務教官らに指示をしていることにかんがみれば,本件少年の上記言動については,特に保安上の観点から緊急に対処する必要があったものであり,被告人は,基本的に,本件少年の特性に応じ,指導の目的をもって前記(2)アの各行為に及んだものであったと認められる。しかしながら,前記(2)アの各行為,すなわち,本件少年に対し,シーツをその頸部に巻き付け,自身で絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,次いで,遺書を作成するよう申し向け,こ たと認められる。しかしながら,前記(2)アの各行為,すなわち,本件少年に対し,シーツをその頸部に巻き付け,自身で絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,次いで,遺書を作成するよう申し向け,これを拒まれると,そばにいた法務教官に,本件少年の遺書に当たるような書面を作成させてこれを読み上げさせ,加えて,有毒な気体が発生しているかのように装ったビニール袋を顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を- 35 -吸えば死ねるなどの文言を申し向けたという一連の行為は,少年院において,法によって強制的に在院させられている本件少年に対する法務教官という,本件少年を法律上実力的に支配する関係に立つ被告人が,いかなる目的ないし意図に基づくものにせよ,それ自体の態様からして行為の向けられた対象者自身における死及びそれに必然的に伴う恐怖心や不安感を認識させるものであることは否定できない行為を,本件少年を対象として一方的かつ立て続けに行ったものであって,指導目的でされたものであることや,本件少年の特殊性,緊急に対処する必要性をいかに考慮しても,社会通念に照らし,職務上行うことが必要かつ相当なものであるとは到底いい難く,公務の適正とこれに対する国民の信頼の観点からしても,およそ容認することはできず,現に,被告人自身,原審及び当審公判廷を通じて,本件において指導目的で上記一連の行為を行うことを是認することはできないと供述しているのであり(原審第7回被告人221,222,242,243,247項,当審第2回被告人159,160項),被告人による前記(2)アの各行為は,本件少年が,その行為により,死の現実的危険を感じたか否かという点に左右されることなく,特別公務員暴行陵虐罪の暴行又は陵虐行為に当たり,違法性も認められ,同罪が成立するというべきである。 為は,本件少年が,その行為により,死の現実的危険を感じたか否かという点に左右されることなく,特別公務員暴行陵虐罪の暴行又は陵虐行為に当たり,違法性も認められ,同罪が成立するというべきである。 これに対し,所論は,①少年院の法務教官が,在院者に対して行った行為が,特別公務員暴行陵虐罪に当たるか否かについて,行為態様に単純に重点を置く考え方は,指導,教育の実情にそぐわず,教育の過程では,たとえ,本人が精神的な苦痛を受けるものであっても,必要があれば,教育活動として実行する必要があり,特に身体に対する暴力事案とは異なり,身体への暴力がされてい- 36 -ない場合には,仮に子どもの側に何らかの苦痛や精神的なインパクトがあったとしても,単純に行為態様を基本にして検討するということはできず,②少年の属性,被告人の日常の指導姿勢,その目的及び動機,本件における緊急性,さらには,本件少年における精神的苦痛や指導に伴う精神的なインパクト等についてるる主張し,被告人による前記(2)アの各行為は,特別公務員暴行陵虐罪の暴行又は陵虐行為に当たらず,原判決のように,裁判所が指導の流れや意味などを無視し,暴行陵虐行為があったと軽々に認定するようであれば,被告人が行ったような発達の視点を取り入れた科学的根拠に基づく積極的な指導を否定することにほかならず,矯正教育の現場は萎縮し,当たり障りのない指導しかできなくなると主張する。 しかし,①については,社会通念上違法,有責な行為を類型化した構成要件における該当性を判断するに際して,行為態様そのものを基本とすることは必然であり,行為責任の原則に照らしても正当であるところ,原判決は,この当然の法理に照らし,特別公務員暴行陵虐罪の構成要件該当性を判断するに際して,当該行為の態様そのものを基本としたものであって,さらに であり,行為責任の原則に照らしても正当であるところ,原判決は,この当然の法理に照らし,特別公務員暴行陵虐罪の構成要件該当性を判断するに際して,当該行為の態様そのものを基本としたものであって,さらに,具体的事情を総合し,少年院における矯正教育という特殊性を踏まえつつ,当該行為を職務上行うことが必要かつ相当といえるかという見地から,社会通念に従って,個別に判断していくべきであるとしていることからも明らかなように,行為態様に単純に重点を置いているというものなどではなく,なお,本件において被告人が行った一連の行為は,本件少年が,それらの行為により,死の現実的危険を感じたか否かという点に左右されることなく,特別公務員暴行陵虐罪に該当するというべきである。②については,所論が主張する事情にかんがみ,前- 37 -記(2)アの各行為,すなわち,本件少年に対し,シーツをその頸部に巻き付け,自身で絞め付けて死ぬように迫る旨の文言を申し向け,次いで,遺書を作成するよう申し向け,これを拒むと,そばにいた法務教官に,本件少年の遺書に当たるような書面を作成させてこれを読み上げさせ,さらに,有毒な気体が発生しているかのように装ったビニール袋を顔面に近づけ,そこから発生している有毒な気体を吸えば死ねるなどの文言を申し向けたという一連の行為が,少年院において法務教官により指導目的で行われることを許容しなければならないというのであれば,およそ容認し難い主張という以外になく,被告人自身も,原審及び当審公判廷において,指導目的で上記一連の行為が行われることは容認できない旨述べている。そして,既に説示したところから明らかなとおり,被告人が前記(2)アの各行為に及んだとの認定は,被告人の指導理念ないし指導理論及びそれに基づく指導方法自体を否定するものなどではなく,この認 ている。そして,既に説示したところから明らかなとおり,被告人が前記(2)アの各行為に及んだとの認定は,被告人の指導理念ないし指導理論及びそれに基づく指導方法自体を否定するものなどではなく,この認定により,被告人の指導が否定され,矯正教育の現場が萎縮するとの所論も採り得ない。 (4) 以上のとおりであり,原判示の事実を認定し,特別公務員暴行陵虐罪の成立を認め,被告人を有罪とした原判決に事実の誤認はない。 論旨は理由がない。 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。 平成23年6月30日広島高等裁判所第1部 - 38 -裁判長裁判官竹田隆 裁判官野原利幸 裁判官結城剛行

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