平成17年6月29日判決言渡本訴平成15年(ワ)第605号土地境界確定請求事件反訴平成16年(ワ)第332号所有権移転登記手続請求事件 主文 1 別紙物件目録1記載の土地と同目録2記載の土地の境界線を別紙図面の「C」,「を」の2点を結んだ直線と確定する。 2 別紙物件目録1記載の土地と同目録3記載の土地の境界線を別紙図面の「い」,「A」,「B」の3点を順に直線で結んだ線と確定する。 3 別紙物件目録1記載の土地と同目録4記載の土地の境界線を別紙図面の「B」,「C」の2点を結んだ直線と確定する。 4 原告のそのほかの請求と反訴原告の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,(1) 原告(反訴被告)に生じた費用は,60%を原告(反訴被告)の,40%を被告(反訴原告)Lの負担とし,(2) 被告(反訴原告)Lに生じた費用は,50%を原告(反訴被告)の,50%を被告(反訴原告)Lの負担とし,(3) 被告小淵沢町に生じた費用は全部原告の負担とする。 ※ 本判決においてかぎ括弧をつけた文字(例・「A」)は,別紙図面の丸囲みの文字(例・・)に対応する。 事実および理由第1 申立て 1 本訴【原告の請求】(1) 別紙物件目録1記載の土地と同目録2記載の土地の境界線を別紙図面の「壱」,「を」の2点を結んだ直線と確定する。 (2) 別紙物件目録1記載の土地と同目録3,4記載の土地の境界線を別紙図面の「壱」,「弐」の2点を結んだ直線と確定する。 【被告Lの答弁】別紙物件目録1記載の土地と同目録2記載の土地の境界線を別紙図面の「2」,「を」の2点を結んだ直線と確定する。 【被告小淵沢町の答弁】( ,「弐」の2点を結んだ直線と確定する。 【被告Lの答弁】別紙物件目録1記載の土地と同目録2記載の土地の境界線を別紙図面の「2」,「を」の2点を結んだ直線と確定する。 【被告小淵沢町の答弁】(1) 別紙物件目録1記載の土地と同目録3記載の土地の境界線を別紙図面の「A」,「B」の2点を結んだ直線と確定する。 (2) 主文第3項と同じ。 2 反訴反訴被告は反訴原告に対し別紙物件目録5記載の土地について昭和53年5月8日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。 第2 事案の概要本訴事件は土地境界確定訴訟であり,山林の所有者が,これに隣接する山林(不動産登記簿上の地目)の所有者と公衆用道路の所有者を相手にして,境界確定を求めている。 反訴事件は,本訴事件の被告とされた山林の所有者が,境界付近の土地を20年以上占有しているとして取得時効を主張し,その所有権に基づき本訴事件の原告に対し1筆の土地の一部につき時効取得を原因とする所有権移転登記を請求する事案である。 1 基本的事実関係(当事者間に争いがないか,【】内の証拠により認める)(1) 原告(反訴被告。以下「原告」という)は別紙物件目録1記載の土地を所有し,被告(反訴原告)L(以下「被告L」という)は同目録2記載の土地を所有し,被告小淵沢町(以下「被告町」という)は同目録3,4記載の土地を所有している(以下,同目録記載の土地は「本件土地1」など目録の番号で特定する)。 (2) 本件土地1,2は,第2次世界大戦後に開墾された南北に隣接する土地であり(本件土地1が南側,本件土地2が北側),不動産登記簿上の地目は山林である。 その境界には争いがあるが,境界線が直線であることには争いがない。 この境界付近には,別紙図面の「2」点から東側に向けて約40m強の長さにわたり,幅が約 側),不動産登記簿上の地目は山林である。 その境界には争いがあるが,境界線が直線であることには争いがない。 この境界付近には,別紙図面の「2」点から東側に向けて約40m強の長さにわたり,幅が約20㎝で高さが35㎝~75㎝のコンクリート壁が設置されている(以下「本件コンクリート壁」という)【弁論の全趣旨】。 (3) 本件土地3,4は公衆用道路としてひとつながりとなった土地であり,本件土地1,2の西側に隣接している。 本件土地1と本件土地3,4の境界には争いがあるが,境界線が直線であることには争いがない。 (4) 本件土地1はその南側で北巨摩郡小淵沢町O10125番2の土地と隣接している。かつてはこの境界にも争いがあったが,原告が10125番2の土地所有者であるMを相手にして提起した境界確定訴訟の判決が平成15年3月10日に言い渡され,本件土地1と10125番2の土地の境界線は,別紙図面の「弐」,「い」,「参」の3点を順に直線で結んだ線と確定した。この判決は確定している。【甲25の1・2】(5) 本件土地1~4周辺の地勢は,西側,すなわち本件土地3,4の道路のあたりはほぼ平坦であるが,本件土地1,2が東側で隣接する沢が低い位置にあり,西から東へ向かって傾斜している。 (6) 不動産登記簿によれば本件土地1の来歴は次のとおりである。 ア本件土地1は,もとは北巨摩郡小淵沢町O10125番の1筆の土地の一部であった。この10125番の土地は,農地法61条による売渡しを原因としてPが国から取得したものである。その当時,登記簿上の地目は畑,地積は4513㎡であった。Pは,昭和42年12月,これを地番10125番1(本件土地1)と地番10125番2の2筆に分筆する手続をした。【甲7,8】イ上記分筆後,本件土地1の登記簿上の地積は34 は4513㎡であった。Pは,昭和42年12月,これを地番10125番1(本件土地1)と地番10125番2の2筆に分筆する手続をした。【甲7,8】イ上記分筆後,本件土地1の登記簿上の地積は3447㎡となった。昭和48年4月,登記簿上の地目は山林に変更されている。昭和50年9月には,国土調査による成果として,登記簿上の地積は3552㎡へと変更された。【甲1,7,9】ウ本件土地1の所有権は,昭和46年10月10日売買を原因としてPからQに移転し(登記は昭和47年7月11日),昭和49年2月22日交換を原因としてQから原告に移転した(登記は昭和49年2月26日)。【甲1,7,8】(7) 不動産登記簿によれば本件土地2の来歴は次のとおりである。 ア本件土地2は,もとは北巨摩郡小淵沢町O10124番の1筆の土地の一部であった。この10124番の土地は,農地法61条による売渡しを原因としてRが国から取得したものである。その当時,登記簿上の地目は畑,地積は3203㎡であった。昭和50年9月には,国土調査による成果として,登記簿上の地積は3321㎡へと変更された。昭和53年5月には登記簿上の地目が山林に変更された。【甲2,12】イ 10124番の土地の所有権は,昭和53年5月15日売買を原因としてRからSに移転した(登記は昭和53年6月23日)。Sは,平成7年4月,10124番の土地を地番10124番1,地番10124番2,地番10124番3の3筆に分筆する手続をした。この結果10124番1の土地の登記簿上の地積は2756㎡となった。Sはさらに平成7年5月,10124番1の土地を地番10124番1(本件土地2)と地番10124番4の2筆に分筆する手続をした。この結果本件土地2の登記簿上の地積は1929㎡となった。【甲2,12】ウ らに平成7年5月,10124番1の土地を地番10124番1(本件土地2)と地番10124番4の2筆に分筆する手続をした。この結果本件土地2の登記簿上の地積は1929㎡となった。【甲2,12】ウ本件土地2の所有権は,平成8年11月27日売買を原因としてSから被告Lに移転した(登記も同じ日)。【甲2,12】(8) 不動産登記簿によれば本件土地3,4の来歴は次のとおりである。 ア本件土地3,4について,昭和52年3月,所有者を農林省とする所有権保存登記がされた。登記簿上の地目はいずれも公衆用道路であり,地積は本件土地3が1382㎡,本件土地4が753㎡であった。【甲3,4,17】イ本件土地3,4の所有権は,昭和54年3月26日農地法74条の2第1項による譲与を原因として国(農林省)から被告町に移転した。【甲3,4,17】(9) 被告Lは平成16年1月23日の本件口頭弁論期日において,原告に対し,本件土地1の一部としての別紙物件目録5記載の土地につき,20年の取得時効を援用するとの意思表示をした。 2 争点(1) 本件土地1と本件土地2の境界【原告の主張】本件土地1~4の周辺では昭和45年から昭和54年頃までの間に国土調査が行われており,その際に作成された本件土地1の地籍調査票(甲19)には調査後の地積として4231㎡と記入されていた。この数字はその後訂正されているが,国土調査にあたった担当者が本件土地1を測量して面積を4231㎡と算出した事実に変わりはない。 原告は,昭和49年2月22日に本件土地1の所有権移転登記を受けるにあたり,前所有者のQとT土地家屋調査士(注・原告は「T測量士」とも表現するが,その作成したという図面〔甲18〕には肩書として「土地家屋調査士」とあるので,本判決ではTは土地家屋調査士としてあつ にあたり,前所有者のQとT土地家屋調査士(注・原告は「T測量士」とも表現するが,その作成したという図面〔甲18〕には肩書として「土地家屋調査士」とあるので,本判決ではTは土地家屋調査士としてあつかう)の案内で,同調査士の作成した図面(甲18)を見ながら,境界杭を確認した。このT調査士が作成した図面や現場にある杭を参考にして,国土調査の際に測量された4231㎡の土地(すなわち本件土地1)を復元すると,本件土地1と本件土地2の境界は別紙図面の「壱」,「を」の2点を結んだ直線になる。 【被告Lの主張】本件土地1と本件土地2の境界は,本件コンクリート壁に一致する。したがって境界は別紙図面の「2」,「を」の2点を結んだ直線になる。 かりに上記主張が認められないとしたら,本件土地1と本件土地2の境界は,不動産登記法14条1項の定める地図(「14条1項地図」という。旧不動産登記法の「17条地図」にあたる)の境界のとおりであり,別紙図面の「C」,「を」の2点を結んだ直線である。 14条1項地図の作成経過やこれを現地へ復元した境界が正確であることは被告町の主張するとおりである。 (2) 本件土地1と本件土地3,4の境界【原告の主張】争点(1)において述べたのと同様の方法で本件土地1と本件土地3,4の境界を求めると,別紙図面の「壱」,「弐」の2点を結んだ直線になる。 この2点には,国土調査の測量の際,境界杭が存在したが,被告町は,前後して実施した道路整備工事にあたり,地権者の立会いや承諾もなくこれらの杭を勝手に抜いたか不明にして,本件土地1の一部を道路にとりこんでしまったのである。 【被告町の主張】被告町は,本件土地1~4周辺の土地の国土調査(地籍調査)を昭和48年から昭和50年にかけて実施した。境界杭打ちは昭和48年11月5日に行うことと 路にとりこんでしまったのである。 【被告町の主張】被告町は,本件土地1~4周辺の土地の国土調査(地籍調査)を昭和48年から昭和50年にかけて実施した。境界杭打ちは昭和48年11月5日に行うこととなり,同年10月24日,本件土地1の当時の所有者であるQに対してその通知がされた。杭打ちは予定どおり実施された。 Qは,昭和30年4月から昭和33年8月まで被告町の助役を務め,昭和45年度から昭和48年度まで構造改善事業尾根地区の理事長として換地業務に従事し,昭和47年4月1日から昭和49年3月31日までは被告町の実施する地籍調査の登記事務を嘱託職員として担当していた。このように,Qは,その職歴からして測量,登記の事務に精通した人物で,地籍調査の嘱託職員をしていたのであって,被告町の地籍調査事務の中心的人物であったことが推測される。 この地籍調査の結果,昭和50年2月13日,被告町の町長は,各土地所有者に対して「地籍図及び地籍簿の閲覧について」の通知をした。本件土地1についてはQに通知されている。すると,本件土地1の南側に隣接する10125番2の土地所有者であるNから,昭和50年3月10日付けで境界訂正申出書が提出された。 訂正を求める理由は,本件土地1との間の境界の引き方が誤っているというものであった。被告町の町長は,これを受けて訂正を行い,昭和50年3月20日付けでNに対して誤等訂正通知書を送付した。これによると,10125番2の土地の地積が3629㎡から4308㎡へと679㎡増加し,本件土地1と10125番2の土地の境界線が10.3m北方へ移動している。Nからの訂正申出に対しては,Qが本件土地1の所有者として対応し,その訂正に応じたのである。そして,本件土地1の地積は4231㎡から3552㎡へと679㎡減少した。 地籍調査の結果は昭 している。Nからの訂正申出に対しては,Qが本件土地1の所有者として対応し,その訂正に応じたのである。そして,本件土地1の地積は4231㎡から3552㎡へと679㎡減少した。 地籍調査の結果は昭和50年6月27日に山梨県知事によって認証された。この成果物である地籍図が登記所に備えつけられて14条1項地図となっている。 14条1項地図と現況平面図を,現地調査によって確認した3点の固定点(別紙図面上のX,Y,Z)にあわせて重ねあわせたのが別紙図面である。これにより,本件土地1と本件土地3の境界は同図面の「A」,「B」の2点を結んだ直線となり,本件土地1と本件土地4の境界は同図面の「B」,「C」の2点を結んだ直線となる。 (3) 被告Lによる本件土地1の一部の時効取得の成否【被告Lの主張】本件土地1と本件土地2の境界についての被告Lの第1次的主張(本件コンクリート壁が境界であるとの主張)が認められない場合,被告Lは次のように主張する。 被告Lは,平成8年11月27日,原告が本件土地1に含まれると主張する別紙物件目録5記載の土地を含む本件コンクリート壁より北側の土地を,本件土地2としてSから買った。 Sは,昭和53年5月8日,別紙物件目録5記載の土地を含む土地をS建材株式会社から買い,その直後からこの土地上の下草刈りをして占有管理を始めた。本件コンクリート壁はそれ以前から存在した。被告Lも,Sから購入した後,この土地をペンションの庭として占有管理し,現在も占有している。 Sと被告Lの占有をあわせると20年を超える。 【原告の主張】本件コンクリート壁が昭和53年以前に存在したという証拠はなく,本件土地2が現在の状態へ分筆された平成7年頃に設置された可能性が大きい。 Sは,別紙物件目録5記載の土地を含む土地を購入した後,さして管理も ンクリート壁が昭和53年以前に存在したという証拠はなく,本件土地2が現在の状態へ分筆された平成7年頃に設置された可能性が大きい。 Sは,別紙物件目録5記載の土地を含む土地を購入した後,さして管理もせずにほったらかしてあったと証言しており,本件土地1と本件土地2の境界がどこであるかを明確に認識して占有をしてきたとは認められない。 したがって被告Lの主張する取得時効は成立しない。 第3 争点に対する判断 1 分間図と14条1項地図本件土地1~4周辺については,登記所に2種類の図面が備えつけられている。 ひとつは「分間図」であり,開墾者に農地が売り渡されたときの図面である(甲5)。もうひとつは,国土調査の成果として作成された地籍図であり(甲6),これが不動産登記法14条1項の地図となっている(以下「14条1項地図」という。旧不動産登記法でいえば17条の地図である)。 証拠(甲19,20,乙1,2,4の1・2,5,6の1・2,7の1,8の1・2,9,11,12)により認められる14条1項地図の作成経緯は以下のとおりである。 ア被告町は,本件土地1~4周辺について,国土調査法に基づく地籍調査を昭和48年から昭和50年にかけて実施した。 イまず,昭和48年8月,分間図や不動産登記簿をもとに,土地所有者を書き入れた調査対象地の図面を作成し,これを前提にして調査を進めた。本件土地1については,当時の登記簿上の所有者であるQが所有者であることを前提としている。 ウ境界杭打作業は昭和48年11月5日に実施することが決まり,同年10月24日,各地権者に対してその通知がされた。11月5日に杭打作業が行われた。 エ昭和48年12月5日と6日,被告町職員らが1筆ごとに杭打ちの状況を確認し,それを地籍調査図に記録していった。 オその後,被告町は に対してその通知がされた。11月5日に杭打作業が行われた。 エ昭和48年12月5日と6日,被告町職員らが1筆ごとに杭打ちの状況を確認し,それを地籍調査図に記録していった。 オその後,被告町は,測量会社に委託して,各境界杭に基づく測量を行い,鉛筆書きの図面を作成したうえ,昭和49年6月17日と18日,各地権者の仮閲覧に供した。異議がないものについて黒インクで図面の仕上げをし,昭和50年2月20日から3月11日までの20日間,これを本閲覧に供した。 カ本件土地2の地籍調査票には,地籍調査の結果に同意(承認)するとの欄に昭和50年2月23日付けで土地所有者であるRの署名押印がある。しかし,本件土地1の地籍調査票には,Qの署名押印も,すでに登記簿上の所有者となっていた原告の署名押印もない。 キ本件土地1の南側に隣接する10125番2の土地の所有者N(のちに原告との間の境界確定訴訟の当事者となったMの父親である)の代理人Vは,昭和50年3月10日付けで,本件土地1と10125番2の土地の境界について訂正の申出をした。被告町はこれを受けてこの境界を訂正し,同月20日付けでNに通知した。この訂正により,本件土地1と10125番2の土地の境界は,当初の地図に書き込まれた位置から約10.3m北方に平行移動し,その結果,10125番2の土地の地積は3629㎡から4308㎡へと増加し,本件土地1の地積は4231㎡から3552㎡へと減少した。 クこうして本件土地1~4周辺の地籍図が確定し,山梨県知事は,昭和50年6月27日,被告町による地籍調査の結果を認証した。この地籍図は登記所に送付され,14条1項地図となった。 2 Qの役割(1) 原告とQの間の本件土地1の取引Qは原告の兄嫁のおじにあたる人物である(原告)。証拠(甲8,59,6 認証した。この地籍図は登記所に送付され,14条1項地図となった。 2 Qの役割(1) 原告とQの間の本件土地1の取引Qは原告の兄嫁のおじにあたる人物である(原告)。証拠(甲8,59,62,原告)によれば,原告がQから本件土地1を取得した経緯は次のとおりである。 ア原告は,Qから本件土地1の購入をもちかけられ,昭和43年3月,本件土地1の状況を見に行った。そして同月29日,Qとの間で,本件土地1を代金260万円で購入するとの売買契約を公正証書によって締結した。 なお,当時本件土地1の登記簿上の所有者はPであるが,Qは昭和43年3月1日にPからこの土地を買っていた。 イ当時本件土地1の地目は畑であったため,農地法の規制により,Qから原告への所有権移転登記手続はすぐには行うことができず,そのままの状態で年月が経過した。 その間,Qは,本件土地1とは別にQが周辺に所有する土地について,本件土地1の代わりに原告に対し所有権移転登記手続をした。 ウ昭和48年4月に本件土地1の地目が畑から山林に変わったため,原告とQは,本件土地1について原告に対する所有権移転登記手続をすることにした。原告は,昭和49年2月22日,本件土地1を訪れ,QとT土地家屋調査士の案内のもと,T調査士が作成したという図面を見ながら境界の状況を確認した。 そのうえで,同月26日,同月22日交換を原因として本件土地1についてQから原告への所有権移転登記がされた。交換の対象になったのは,本件土地1の代わりとしてQが原告に所有名義を移転していた土地の一部である。 (2) 地籍調査におけるQの役割一方,Qは,本件土地1の所有者としての立場とは別の立場でも本件土地1~4周辺の地籍調査に関与している。証拠(乙4の1・2,11,12)によればその状況は次のとおりで ) 地籍調査におけるQの役割一方,Qは,本件土地1の所有者としての立場とは別の立場でも本件土地1~4周辺の地籍調査に関与している。証拠(乙4の1・2,11,12)によればその状況は次のとおりである。 ア Qは大正3年生まれであり,昭和30年4月7日から昭和33年8月31日まで被告町の助役に就任していた。昭和38年8月から昭和41年8月までは小淵沢財産区議会議員を務め,昭和45年度から昭和48年度までは構造改善事業尾根地区の理事長として換地業務に従事した。昭和47年4月1日から少なくとも昭和49年3月31日までは,被告町の嘱託職員として地籍調査登記事務に携わった。 イ本件土地1~4周辺の地籍調査においてQがどのような役割を果たしたのか,詳細な記録は残っていないが,少なくとも,昭和48年12月5日と6日に被告町職員らが1筆ごとに杭打ちの状況を確認し,それを地籍調査図に記録していった際,Qは地籍簿転記の作業に従事していた。 ウすでに述べたとおり,本件土地1~4周辺の地籍調査が開始された際,本件土地1の所有者は登記簿上の所有者であるQであることを前提としていた。本件土地1の地籍調査票(甲19)を見ても,所有者欄には最初に「Q」と書かれた後,それが抹消されて原告の名前が記入されたことが読みとれる(ただし,すでに述べたとおり,この調査票にはQの押印も原告の押印もない)。 3 本件土地1と本件土地2の境界(争点(1)),本件土地1と本件土地3,4の境界(争点(2))について1,2で述べたところを前提に,本件土地1の境界について検討する。 (1) 被告町の主張は,14条1項地図を現地に復元した境界が正しい境界であるというものである。 そこでまず,14条1項地図作成のもととなった地籍調査が正確に行われたかどうかが問題となるが,2で認定し ) 被告町の主張は,14条1項地図を現地に復元した境界が正しい境界であるというものである。 そこでまず,14条1項地図作成のもととなった地籍調査が正確に行われたかどうかが問題となるが,2で認定したとおり,作業自体は被告町の業務として国土調査法にのっとって行われたことが認められ,この作業全体について問題を見いだすことはできない。 本件土地1~4周辺の土地に関して個別にみると,本件土地2についてはその所有者のRが地籍調査の結果に同意しているし,本件土地1の南側に隣接する10125番2の土地についても,その所有者のNが訂正の申出をし,それが認められているのだから,訂正後の境界についてはNにも異論はないものと認められる。問題は,本件土地1について,当時登記簿上の所有者であった原告も,地籍調査開始当時登記簿上の所有者であったQも,地籍調査の結果に同意していないことである。 しかし,被告町の実施した地籍調査にQが被告町の側で深く関与していたこと,地籍調査開始時にはQは本件土地1の登記簿上の所有者であり,本件土地1の所有者としてあつかわれていたこと,地籍調査が行われていたまさにそのときにQが原告に対し本件土地1の所有権移転登記手続をしていることをふまえると,Qは本件土地1の地籍調査の結果に多大な関心を有する立場にあり,かつこれを容易に知ることができる地位にもあったのだから,本件土地1の地籍調査の結果についても,Nからの申出により本件土地1と10125番2の土地の境界が訂正された経緯についても,Qは十分に承知していたと考えることができる。したがって,このような経過をたどって確定した14条1項地図における本件土地1の境界は,Qの認識を反映したものであると認めることができる。地籍調査票にQが押印しなかったのは,地籍調査の結果がQの認識に反したからで うな経過をたどって確定した14条1項地図における本件土地1の境界は,Qの認識を反映したものであると認めることができる。地籍調査票にQが押印しなかったのは,地籍調査の結果がQの認識に反したからではなく,その時点ではすでに原告に対する所有権移転登記がすんでおりQが所有者でなくなっていたという単純な理由に基づくと認められる。 そして,Qは,本件土地1~4周辺の土地の状況についてよく知っていた人物であるといえるから,本件土地1の境界についてのQの認識は一応正しいものと推測できるし,実際に,隣接する土地の所有者の認識とも最終的には一致し,その結果が14条1項地図になっているのだから,14条1項地図における本件土地1の境界は正しい境界であると考えるべき十分な理由がある。 次に,被告町は,別紙図面のX,Y,Zの3点を固定点として14条1項地図を現況平面図に重ねあわせ,14条1項地図の境界を別紙図面に復元したとしている。その固定点の選択,重ねあわせ方のいずれについても,不適当なところがあると認めるべき事情はない。 以上の検討によれば,14条1項地図に基づく本件土地1の境界として別紙図面に復元された境界は正しい境界であると判断することができる。 なお,本件土地1と10125番2の土地との境界については,紛争が生じて訴訟となり(以下「前訴」という),結果として,別紙図面に復元された14条1項地図の境界とは異なる境界が正しい境界として判決で認められているが,これはあくまでも原告とMとの間の訴訟における判断であり,本件訴訟における裁判所の判断がこれを前提にしなければならない手続上の理由はない。前訴判決(甲25の1)も,そこで認められた境界はあくまでも当事者の主張立証に基づくものであると断っている。さらに,地籍調査の際にNから境界訂正の申出があったよう なければならない手続上の理由はない。前訴判決(甲25の1)も,そこで認められた境界はあくまでも当事者の主張立証に基づくものであると断っている。さらに,地籍調査の際にNから境界訂正の申出があったように本件土地1と10125番2の土地の境界についてはもともとはっきりしないところがあったと考えられること,本件土地1と10125番2の土地は従前1筆の土地であったことを考慮すれば,本件土地1と10125番2の土地の境界に関する前訴判決に当裁判所がしたがわなければならない理由がないことはいっそう明らかである。 もっとも,本件土地1と本件土地3との境界については別の考慮が必要である。 前訴判決において,本件土地1と10125番2の土地の境界線は別紙図面の「弐」,「い」,「参」の3点を順に直線で結んだ線と確定されており,この2筆の土地と接する本件土地3の境界については,この判決の判断を前提としなければならないからである。14条1項地図における本件土地1と本件土地3の境界である別紙図面の「A」,「B」の2点を結んだ直線を「A」の方向に延長すると,「い」点において,本件土地1と10125番2の土地の境界である「弐」,「い」,「参」の3点を順に直線で結んだ線と交わる。そうすると,別紙図面の「い」点が,本件土地1,10125番2の土地,本件土地3の3筆の土地が交わる地点ということができるから,本件土地1と本件土地3の境界は,別紙図面の「い」,「A」,「B」の3点を順に直線で結んだ線ということになる。 したがって,14条1項地図を根拠として,i 本件土地1と本件土地2の境界は別紙図面の「C」,「を」の2点を結んだ直線であることii 本件土地1と本件土地3の境界は別紙図面の「い」,「A」,「B」の3点を順に直線で結んだ線であることiii 本件土地1と本件 地2の境界は別紙図面の「C」,「を」の2点を結んだ直線であることii 本件土地1と本件土地3の境界は別紙図面の「い」,「A」,「B」の3点を順に直線で結んだ線であることiii 本件土地1と本件土地4の境界は別紙図面の「B」,「C」の2点を結んだ直線であることを認めることができる。 (2) ここでは,(1)の結論について別の観点から検討を加える。 14条1項地図の正確性を判断するについては,分間図との比較も必要である。 しかし,すでに述べたとおり,14条1項地図は,分間図を前提にして行われた地籍調査の結果を反映しているのであり,その形状を比較しても,また,本件土地1が本件土地3,4を含む公衆用道路と接する間口の長さを比較しても,2つの地図の間に大きな矛盾は認められない(甲5,6,原告)。すなわち,分間図も(1)の結論を支持するものであるといえる。 被告Lは,第1次的に,本件土地1と本件土地2の境界は本件コンクリート壁であると主張する。しかしこれを裏づける証拠は何もない。したがって,本件土地1と本件土地2の境界に関する被告Lの第1次的主張を採用することはできない。 原告は,14条1項地図を現況平面図に重ねあわせるにあたり,被告町のしたように別紙図面のX,Y,Zの3点を固定点として採用するのは不正確な結果を導くと主張する。しかし,この重ねあわせ方に不合理なところがあることを認めるだけの証拠はない。原告は,別の地点(訴状別紙図面の「に」,「を」の2点)を固定点として重ねあわせるべきであると主張するが,原告の主張する地点がX,Y,Zの3点よりも望ましい地点であると認めるべき事情はないし,一般論として,2点を固定点とするよりも3点を固定点としたほうが重ねあわせ方は正確になるといえるから,このことからしても原告の主張は採用できない。 原告は ましい地点であると認めるべき事情はないし,一般論として,2点を固定点とするよりも3点を固定点としたほうが重ねあわせ方は正確になるといえるから,このことからしても原告の主張は採用できない。 原告は,T土地家屋調査士から入手したという図面(甲18)をその主張の最大の根拠としているが,この図面はだれが立ち会ってどのような経緯で作成された図面なのかがまったくわからず,これに大きな証拠価値を認めることはできない。また,この図面をそのまま現況平面図に重ねあわせるときわめて不自然な境界となってしまう(乙10の1・2)。この図面を根拠として境界を復元することはできないといわざるをえない。 原告はまた,本件土地1の地積が4231㎡であることを大前提とし,これに基づき種々の推論を行っている。たしかに,地籍調査票(甲19)によれば,地籍調査の際,いったんは本件土地1の地積が4231㎡とされたことはたしかなようである。しかし,Nからの訂正申出によってこれはすぐに訂正されているのであるし,そもそも,この4231㎡という数字が本件土地1の真実の地積を示すものであることを裏づける積極的な証拠は存在しない。地積が4231㎡であることを当然の前提とする原告の主張を採用することはできない。 (3) 以上の検討により,本件土地1と本件土地2との境界については主文第1項のとおりの結論が,本件土地1と本件土地3,4との境界については主文第2,第3項のとおりの結論が導かれる。 4 時効取得の成否(争点(3))について被告Lは,別紙物件目録5記載の土地,すなわち別紙図面の「壱」,「2」,「を」,「壱」の各点を順に直線で結んだ線で囲まれた土地172.50㎡(以下「本件係争地」という)について,その一部でも本件土地1であると認められる場合は,取得時効を理由に原告に対し所有権移 2」,「を」,「壱」の各点を順に直線で結んだ線で囲まれた土地172.50㎡(以下「本件係争地」という)について,その一部でも本件土地1であると認められる場合は,取得時効を理由に原告に対し所有権移転登記手続を求めると主張する。その取得時効の主張の根拠は,別紙図面の「2」点から「を」点の方向に向かって設置されている本件コンクリート壁にある。被告Lの前に本件土地2を所有していたSは,昭和53年5月8日に本件係争地を含む土地を10124番の土地として取得したのであり,その際,本件コンクリート壁はすでに設置されており,そのとき以来,Sは本件コンクリート壁より北側の土地一帯を占有管理してきたというのである。 そこで,本件コンクリート壁がいつ設置されたのかが問題となる。 Uは,昭和58年6月頃,本件係争地のあたりに生えていた白樺の木を引き抜いて植えかえたことがあり,その際本件コンクリート壁を見たことがあると証言する。しかし,白樺の木がどのように生えていたかについてのUの証言はあいまいであるし,本件コンクリート壁については,その長さは40m以上あるのに「5mぐらいだったと思います」などとまちがったことを証言している。Uの証言は信用性に乏しいといわざるをえない。 Sは,本件係争地を含む土地を10124番の土地として取得したという趣旨の証言をするものの,現地へは全部で4,5回しか行ったことはないし,取得の際に境界を確認したこともない,そもそも本件コンクリート壁のことは知らないし見たこともないと証言している。 上記2名の証人の証言を前提にすると,まず,Sが10124番の土地を取得したという昭和53年5月8日の時点において本件コンクリート壁が存在していたとはとうてい認められない。昭和58年6月の時点においても,これが存在したかどうかはきわめて疑わしい 0124番の土地を取得したという昭和53年5月8日の時点において本件コンクリート壁が存在していたとはとうてい認められない。昭和58年6月の時点においても,これが存在したかどうかはきわめて疑わしい。結局,本件コンクリート壁は,平成12年より前に設置されたのは明らかであるが(甲26の1・2,27の1・2),具体的にいつ設置されたのかは不明というほかない。 このことに加え,Sの証言をふまえると,同人が本件係争地を継続的に占有管理してきたという事実を認めることはできない。 以上の検討によると,Sによる本件係争地の占有については,これを認めるだけの証拠はないといわざるをえないから,被告Lの主張する取得時効は成立しえない。被告Lの反訴請求は理由がない。 甲府地方裁判所民事部裁判官倉地康弘(別紙)物件目録(省略)(別紙)図面(省略)
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