平成14年4月23日判決言渡平成11年(ワ)第25949号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告に対し,金4757万7620円及びこれに対する平成11年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを5分しその4を原告の,その余を被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金3億1854万4765円及びこれに対する平成11年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,土地売買を装う者らに2億7000万円余の預金小切手を詐取され損害を被った原告が,国に対し,所有権移転登記手続を担当した登記官には提出された登記済証が偽造であることを看過した過失があるなどとして,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を請求した事案である。 1 争いのない事実等以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠等によって容易に認定できる事実である。 (1) 当事者等ア原告は,平成3年12月24日に設立された不動産の売買,賃貸,仲介及び管理等を業とする株式会社であり,主に東京都内の土地を購入し一戸建てを建築して分譲販売していた。本件当時,原告の代表取締役社長はA(以下「A社長」という。)であり,分譲用地買取部門の責任者は開発部長のB(以下「B部長」という。)であった(甲1,25,26号証)。 イ別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は,Cの所有であったが,平成10年4月11日,同人の死亡にともないDがこれを相続し,同年6月29日受付でその旨の所有権移転登記を経由した(甲10,22号証)。 なお,本件土地に隣接した道路部分の土地(以下「本件道路部分」という。)についてもDが相続したが,本件当時はCの所有名義のままであった( 付でその旨の所有権移転登記を経由した(甲10,22号証)。 なお,本件土地に隣接した道路部分の土地(以下「本件道路部分」という。)についてもDが相続したが,本件当時はCの所有名義のままであった(甲3号証)。 (2) 売買契約締結に至る経緯等(甲1,25,26,30,42号証)ア B部長は,平成11年7月20日ころ,不動産仲介業者「E」(以下「E」という。)の従業員で面識のあったF(以下「F」という。)からDの所有する本件土地及び本件道路部分(以下「本件土地等」という。)を代金3億円で購入するように勧められた。 B部長は,早速現地を確認し,本件土地等の登記簿謄本及び公図を入手したところ,本件土地は200坪以上で10戸程度の一戸建て住宅の建築が可能であり,しかも,抵当権等の担保権も設定されていないことから,これを買い受けて建売住宅を建築して分譲販売することを計画し,同月24日,A社長に稟議書に代わる物件計画書を提出した。そして,翌25日,設計部が作成した敷地分割計画図に基づき,設計担当者や業務部長らの担当者において販売計画の内容を検討したところ,原告における事業利益の基準に達していたので,本件土地等を購入することが決定された。 イそこで,B部長は,Fに対し,本件土地等を購入する意思がある旨を伝えるとともに,代金支払や引渡条件について打診したところ,Fから,Dが8月に入って1週間以内の売却と現金での一括決済を望んでいる旨の説明を受けた。B部長がFに対してDと面会させるよう求めたところ,Fは,同年7月26日に原告事務所にDを連れて来ることになった。ところが,Fは,同日,Dを同行せず,Gと称する男性(以下「G」という。)とHと称する男性(以下「H」という。)を連れて原告事務所を訪れ,B部長に対し,Dは都合が悪くて同行できなかったが,Gは った。ところが,Fは,同日,Dを同行せず,Gと称する男性(以下「G」という。)とHと称する男性(以下「H」という。)を連れて原告事務所を訪れ,B部長に対し,Dは都合が悪くて同行できなかったが,GはDと長年の付合いがあるコンサルタント業者で本件土地の売買について同人から一任されている者で,また,Hは金融関係の仕事をしている者であると紹介した。このとき,B部長は,Gから,Dは几帳面かつ神経質で独身のまま兄弟と一緒に住んでいて,本件土地を売るについて身内からとやかく言われたくないと考えているので,直接同人の自宅を訪問しないようにとの申入れがあった。 ウそこで,B部長が再度Dとの面会を求めたところ,Fは,同月29日午後3時ころ,Dと称する女性(以下「自称D」という。),G及びHを伴って原告事務所を訪れ,A社長及びB部長と面会した。A社長らは,自称Dが持参した遺産分割協議書及び相続登記権利書の各写しを確認し,自称Dに対して本件土地を売り渡す意思があることを確認したほか,一括決済を求める理由等を尋ねたところ,自称Dに代わってGが,相続税を支払うための資金の手当をしたいので急いでいる旨答え,自称Dもこれを聞きながら頷いた。 A社長らは,I株式会社(以下「I」という。)に本件事業資金の融資を申し込み,最短で同年8月9日に融資を受けることができる旨の回答を得ていたので,自称Dに対し,同日に本件土地の売買契約を締結したいと申し入れるとともに,その支払方法について,原告としては,登記申請書類の交付を受けてから登記申請が受理されるまでの間に問題が生じた場合に支払を停止でき,支払後も金銭の流れを追跡できることなどから,現金ではなく預手で支払いたいと申し入れたところ,自称Dはこれらを了承した。また,B部長は,自称Dに対し,同年8月9日,本件土地の登記済証 払を停止でき,支払後も金銭の流れを追跡できることなどから,現金ではなく預手で支払いたいと申し入れたところ,自称Dはこれらを了承した。また,B部長は,自称Dに対し,同年8月9日,本件土地の登記済証,印鑑登録証明書,本人確認のために必要な運転免許証などを持参してIの事務所にまで出向いてくれるよう要請した。 エまた,原告は,J司法書士(以下「J司法書士」という。)に対し,本件土地の取引に立ち会い,その所有権移転登記の申請手続をすることを委任するとともに,本件売買契約の締結までにDの戸籍謄本及び住民票を取り寄せ,Dの身上関係を確認したが,自宅を訪問して直接確認することはしなかった。 オなお,本件道路部分についてはDへの相続登記がされていなかったことから,原告は,本件道路部分の相当額として3000万円の支払を留保し,同年8月9日には2億7000万円を支払うこととした。また,本件土地の地目は畑であったため,農地転用の手続を執り,地目変更の登記をする必要があったところ,B部長は,同年8月6日,Fから,本件土地の地目を畑から雑種地に変更する登記を完了したとの連絡を受け,変更登記後の登記簿謄本を受け取った。また,B部長は,Fから,Dは,2億1000万円,5000万円,1000万円と3枚に分けた小切手での支払を希望していると伝えられ,これを了承した。 (3) 本件土地売買契約等(甲1,3,5,6,7,10,25,26,42,43号証,乙9号証,B証人)ア B部長は,同月9日,売買契約の締結に先立ち,東京法務局城南出張所(以下「城南出張所」という。)において本件土地の登記簿謄本を取得し,登記簿上の所有名義人がDのままであることを確認したうえ,Iの事務所に赴いた。 原告は,自称Dが提示した運転免許証(ただし,後に偽造のものと判明。)によって同人がDであ 土地の登記簿謄本を取得し,登記簿上の所有名義人がDのままであることを確認したうえ,Iの事務所に赴いた。 原告は,自称Dが提示した運転免許証(ただし,後に偽造のものと判明。)によって同人がDであることを確認したうえ,同人が持参した本件土地の登記済証(相続による所有権移転登記の申請書副本に東京法務局城南出張所登記官の登記済印が押捺された体裁のもので,後に偽造と判明したもの。以下「本件偽造登記済証」という。)などの登記申請に必要な書類の提供を受け,その記載内容を確認した。 イそして,原告は,自称Dとの間で,平成11年8月9日,本件土地等を代金3億円(ただし,本件道路部分の3000万円の支払は留保)で買い受けるとの契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,同人から本件偽造登記済証ほか所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けたうえ,以下のとおり,同人にら対し,Iから借り受けたK信託銀行虎ノ門支店振出しの預手を交付して支払った(甲1,4,8,16,17,18,19,25,26,39の1及び2,40の1及び2,41の1及び2号証)。 (ア) 自称Dに対し,本件土地の売買代金として,2億7000万円(預手3通,それぞれ額面2億1000万円(以下「預手1」という。),額面5000万円(以下「預手2」という。),額面1000万円(以下「預手3」という。))(イ) Eに対して仲介手数料840万円(ウ) J司法書士に対して登録免許税等の諸費用788万8100円及び司法書士手数料14万4900円。 ウ Iは,原告に対する債権を担保するため本件土地について極度額を3億6000万円とする根抵当権の設定を受けた(甲4,10,37号証)。 (4) 本件偽造登記済証の形状本件偽造登記済証は,以下のような特徴を有していた(甲5,22号証)。 ア登記済印は, 額を3億6000万円とする根抵当権の設定を受けた(甲4,10,37号証)。 (4) 本件偽造登記済証の形状本件偽造登記済証は,以下のような特徴を有していた(甲5,22号証)。 ア登記済印は,本件偽造登記済証の最終ページに押印され,受付年月日(平成壱壱年六月弐九日)と受付番号(第弐九七九九号)が記載されているが,その形状や大きさは本物の登記済印の形状や大きさと酷似している。 イ東京法務局管内においては,平成8年12月1日をもって登記済印が改刻され,その際,偽造防止を目的として,登記済印の下部に7桁の数字による整理番号(以下「登記済印番号」という。)を記載する取扱いがされるようになっていた(甲24号証,乙9号証)ところ,本件偽造登記済証の登記済印下部には,この登記済印番号が記載されていない。 ウ本件土地についてDが相続を原因として所有権移転登記申請をしたときの登記済証の登記済印の受付年は「平成拾壱年」と記載されているのに対して,本件偽造登記済証の受付年は「平成壱壱年」と記載されていた。 エ全ページにわたって「東京法務局大森出張所」という割り印が押捺されているところ,登記済印の上部には「東京法務局」という部分が押印されている。 オ代理人として,L司法書士(以下「L司法書士」という。)の氏名,住所が記載されている。 (5) 本件土地の所有権移転登記手続ア B部長とJ司法書士は,本件売買契約締結後直ちに城南出張所に赴き,J司法書士が本件土地の所有権移転登記手続の申請書及びその添付書類,Iのための極度額3億6000万円の根抵当権設定登記手続の申請書及びその添付書類を城南出張所の受付に提出して(以下所有権移転登記申請を「本件登記申請」という。),その受領証の交付を受けた(B証人)。 イ本件当時,城南出張所においては,受付日から土日を除き中 書及びその添付書類を城南出張所の受付に提出して(以下所有権移転登記申請を「本件登記申請」という。),その受領証の交付を受けた(B証人)。 イ本件当時,城南出張所においては,受付日から土日を除き中6日間を調査期間としてその翌日を補正日とする取扱いをしており,平成11年8月9日になされた登記申請の補正日は同月18日とされ,受付の表示板にその旨が表示されていた(乙6号証)。 ウ本件各登記申請を受け付けた受付係事務官は,登記申請書に受付年月日(平成11年8月9日)及び受付番号(所有権移転登記申請につき第36368号,根抵当権設定登記申請につき第36369号)を記載し,同事項を受付帳に登載したうえ,J司法書士に対して受領証を交付した。 エその後,調査担当者であるM登記官が登記申請書類について調査を行い,登記簿への記入がなされ,N登記官が最終的に確認して(校合),同月10日,本件土地について所有移転登記が経由され,同日には登記簿謄本も作成された。 (6) 本件偽造登記済証の偽造発覚の経緯などア原告は,同月19日,本件土地の登記簿謄本を取って原告に対する所有権移転登記がなされたことを確認し,同月22日,本件土地上に原告の所有である旨の看板を立てた。 イところが,本件土地の真の所有者であるDはこの看板を見て驚き,同月23日,城南出張所に対して,Dから原告への所有権移転登記と根抵当権設定登記が不実の登記である旨の申し入れをした。そこで,城南出張所において登記申請書類の添付書類として保管されていた本件偽造登記済証を確認したところ,登記済印番号が欠落しており,偽造されたものであることが判明した。また,N登記官が大田区蒲田西出張所に電話照会したところ,同じく添付されていた東京都大田区長発行の印鑑証明書についても偽造されたものであることが発覚した。 ウ り,偽造されたものであることが判明した。また,N登記官が大田区蒲田西出張所に電話照会したところ,同じく添付されていた東京都大田区長発行の印鑑証明書についても偽造されたものであることが発覚した。 ウ原告は,同月24日,城南出張所に対して本件登記申請にかかる登記済証の交付を求めたところ,職員から本件偽造登記済証が偽造されたものであることを告げられ,事実を知った。 エなお,城南出張所は,原告に対して添付されていた登記済証が偽造されたものであることを告知した後,所轄警察署に告発状を提出した。 (7) 預手の支払(現金化)原告が,自称Dに対して交付した預手は,以下のとおり支払われた。 ア預手1(2億1000万円)は,同年8月12日,東京信用銀行本店に持ち込まれて取立委任がなされ,同月16日に支払われた(甲39の1及び2号証)。 イ預手2(5000万円)及び預手3(1000万円)は,同月10日,当時のさくら銀行池袋支店に持ち込まれて取立委任がなされ,同月12日以降に支払われた(甲40の1及び2,41の1及び2号証)。 2 争点(1) 登記官の違法行為の有無と過失の存否(原告の主張)ア登記官には,登記申請の形式的適否を調査する職務権限があり,申請者が適法な登記申請の権利者,義務者,またはその代理人であるかどうか,登記申請書及び添付書類が法定の形式を具備しているか等を,添付書類,登記簿,印影の相互対照などによって審査する義務があり,受付年月日,登記所名,庁印などを相互対照しながら確認する義務がある。 (ア) 登記済印の受付年月日城南出張所の前身である大森出張所の登記済印の受付年月日は「平成拾壱年」と記載されているのに,本件偽造登記済証では「平成壱壱年」と記載されている。 両者の違いは明らかであるから,これを看過した城南出張所の登記官には 身である大森出張所の登記済印の受付年月日は「平成拾壱年」と記載されているのに,本件偽造登記済証では「平成壱壱年」と記載されている。 両者の違いは明らかであるから,これを看過した城南出張所の登記官には過失がある。 (イ) 登記済印番号東京法務局管内の支局,出張所の登記済印は平成8年12月1日から改刻され,登記済印下部には必ず登記済印番号が記載されることとなっていたのに,平成11年6月29日受付とされた本件偽造登記済証の登記済印下部にはこの登記済印番号が記載されていなかった。したがって,登記官として通常の注意義務を果たしていさえすれば本件偽造登記済証が偽造されたものであることを容易に発見することができたはずであるから,これを看過した登記官には過失がある。 イ不動産登記法47条2項,不動産登記事務取扱手続準則(以下「準則という。」)58条などによれば,登記申請書及び添付書類の受領証の交付請求を受けた受付係職員や認証印を押印した登記官は,これらの書類に不備がないか否かを確認すべき義務がある。そして,申請者が請求すれば,印鑑証明書,住民票,登記委任状などの添付書類については受付段階で原本を確認して還付される取扱いであるが,このような取扱いは,受付段階で添付書類の真正を審査することを前提としたものである。受付係職員は,真正な登記済証が添付されていない登記申請書類については,受領証を交付すべきではないのである。 ところが,本件においては,受付係職員は,添付書類のうちで重要な登記済証について上記のような偽造を看過し,真正な登記済証が添付されているものとして,原告に対して受領証を交付した。 ちなみに,被告は,受付担当者は受領証交付時点において添付書類の内容の真偽にまで立ち入って審査するものではないと主張するが,登記済証の表題は一様ではなく, して,原告に対して受領証を交付した。 ちなみに,被告は,受付担当者は受領証交付時点において添付書類の内容の真偽にまで立ち入って審査するものではないと主張するが,登記済証の表題は一様ではなく,その添付の有無を審査するには登記済印を審査するしかなく,それにより必然的に登記済証の形式的真偽が判断されることになるので,被告の主張は失当である。 (被告の主張)ア登記官には,登記申請書類の形式的真正について,積極的確信を得るまでの審査を行う必要も権限もないから,登記官としての通常の注意をもってすれば偽造であることが容易に分かるような,真正であることが明白に疑わしい書面に基づく登記申請を看過したのでなければ,登記官に過失があるとはいえない。 (ア) 登記済印の受付年月日不動産登記法77条2項は,登記簿,申請書その他の登記に関する書面に金銭その他の物の数量,年月日及び番号を記載する場合は,多角文字(壱弐参拾)を使用しなければならない旨を規定しているところ,右規定の趣旨は,金銭その他の物の数量の誤りが重大な影響を及ぼすことに加えて,改ざん・過誤を防止することにあるものと解される。そして,現在の登記実務においては「拾」を「壱〇」と表示することも可能であるし,不動産表示登記において地番,地積及び年月日を記載するには「拾,百,千」の文字を省略して記載しても差し支えないものとされている(準則126条,148条)。 このような法令の趣旨からすれば,受付年月日の表記方法については「平成拾壱年」「平成壱壱年」のいずれの方法も同規定の認めるところであて,そのいずれか一方を排斥しているものとは考えられず,また,いずれか一方が一般化していたともいえないから,「平成壱壱年」との表示から真正であることが明白に疑わしいとはいえない。これに,法務局職員が2,3年周 れか一方を排斥しているものとは考えられず,また,いずれか一方が一般化していたともいえないから,「平成壱壱年」との表示から真正であることが明白に疑わしいとはいえない。これに,法務局職員が2,3年周期で異動するのが通例であることを併せ考えれば,登記官の行う審査においては「平成拾壱年」と「平成壱壱年」の表記方法のいずれが使用されているかについて厳密な注意を払うことまで要求されているとはいえない。 (イ) 登記済印番号登記済印番号は,平成8年12月1日以降に東京法務局管内で受け付けたものにのみ表示されており,本件登記申請がされた時点においては,登記済印番号の表示のある登記済証と表示のない登記済証とがいずれも正規のものとして日常的に城南出張所に提出されていた。これに,本件偽造登記済証及び偽造印鑑証明書が極めて精巧なものであったことを併せ考えれば,登記済印番号が表示されていないことをもって真正であることが明白に疑わしいものとはいえない。 (ウ) 以上によれば,本件偽造登記済証は,真正であることが明白に疑わしいものではなく,登記官に過失はない。 イまた,原告は,登記所の受付担当者は登記申請書及び添付書類の受領証の交付によって添付書類を受領したことを証するのであるから,不備がないか否かを確認すべき義務があり,真正な登記済証が添付されていない登記申請書類について受領証を交付すべきではないと主張するが,受領証は,申請書の受付年月日及び受付番号を申請人に明らかにして受付番号に関する登記官の恣意を防止することを目的とするものであり,登記官が当該申請書を適法なものと認めて受領したこと(受理)ではなく,単に登記官が当該申請書類を物理的に入手したこと(受領)にすぎない。したがって,受付担当者は受領証に記載されている添付書類が添付されているか否かについて確認 のと認めて受領したこと(受理)ではなく,単に登記官が当該申請書類を物理的に入手したこと(受領)にすぎない。したがって,受付担当者は受領証に記載されている添付書類が添付されているか否かについて確認するが,その内容の真偽にまで立ち入って審査するものではない。 (2) 偽造登記済証であることの告知,却下義務の有無(原告の主張)登記申請について偽造の登記済証が添付されていることを発見した場合,登記官は,その申請者に対して登記済証が偽造であることを告知し,その登記申請を却下すべき義務がある。 ア登記済証が偽造であることの告知義務(ア) 登記官は,登記申請に添付されている登記済証が偽造であることを発見した場合には,準則54条2項の趣旨,却下事由ある場合の事前取下げ勧告の慣行及び善良な取引当事者の損害を未然に防止すべき必要等に徴して認められる条理上の義務として,登記申請人に対し,その旨を告知すべき義務を負う。 (イ) ちなみに,被告は,登記官にこのような告知義務が認められるのは,申請人等においては損害の発生を防止することが不可能ないしは著しく困難であり,登記官にその保護を求めることが条理上やむを得ないと認めるに足りる特別の事情が存することに加えて,登記官において,その申請人に損害が発生することを容易に予測できたにもかかわらず,これを回避する努力を怠った場合に限られると主張しているが,本件においては,約3億円という重要な財産権が差し迫った危険にさらされていたのであり,原告が登記済証の受付年月日を表示する方法及び登記済証番号の欠缺を看破するのは著しく困難である一方,登記官はこれを容易に看破できたはずであり,また,本件登記申請と同時になされたIの根抵当権設定登記手続申請の添付書類として3億6000万円の極度額が記載された根抵当権設定契約証書が 困難である一方,登記官はこれを容易に看破できたはずであり,また,本件登記申請と同時になされたIの根抵当権設定登記手続申請の添付書類として3億6000万円の極度額が記載された根抵当権設定契約証書が原因証書として提出されているから,本件登記申請の背後に多額の取引があり,多額の取引であれば預手による決済である可能性も高いことを登記官は予見し得たといえ,信義ないし衡平の見地から,申請人等においては損害発生を防止することが不可能ないし著しく困難であり,登記官にその保護を求めることが条理上やむを得ないと認めるに足りる特別の事情が存したというべきである。 (ウ) また,被告は,登記官に実体的審査権限がないことを論拠として告知義務を認めることは登記官に不可能を強いるものであり,登記事務処理の円滑な運営を阻害する事態を招来するおそれがあると主張するが,偽造を発見したときこれを申請者に知らせることは容易であり,不可能を強いるものとは到底考えられない。 イ登記申請却下義務不動産登記法施行細則(以下「細則」という。)47条は「登記官が申請書を受取りたるときは遅滞なく申請に関するすべの事項を調査すべし」と規定して登記官の迅速調査義務を定めており,登記官は,偽造登記済証が発見されたのであれば,迅速に却下をなすべきである。 補正日の設定はあくまで「予定日」の設定であり,登記官は「迅速処理義務」の遵守を免れるものではなく,予定日よりも早く処理できるのにわざわざ遅らせることまでは許容されていない。 本件では,現に予定日前の平成11年8月10日に調査は完了し,登記が行われており,このような場合でも,一方当事者が甚大な損害を被るおそれが強いにもかかわらず,補正日まで却下しなくてもよいとするのは妥当ではない。補正日はあくまで調査に必要な期間を予測して,その期間 行われており,このような場合でも,一方当事者が甚大な損害を被るおそれが強いにもかかわらず,補正日まで却下しなくてもよいとするのは妥当ではない。補正日はあくまで調査に必要な期間を予測して,その期間の翌日を指定したものにすぎないのであって,補正日までに調査を完了すればよいという定めはない。さらに,本件では,平成11年8月9日の登記申請に対して,補正日が9日後の8月18日に指定されたが,実際の登記は申請日の翌日である同月10日に完了していることからすれば,補正日の指定自体が不合理であって,被告の主張を前提としたとしても,「調査完了予定日の設定が,通常調査に必要な合理的期間を逸脱して」いる場合にあたるというべきである。 ウまた,被告は,登記官は公務員としての告発義務(刑訴法239条2項)の履行として,犯人の逃亡ないし証拠隠滅といった事態の発生を可能な限り回避しうる形で行動すべき職責をも担っているので,申請人に対して直ちに告知ないし却下手続をとることはできないと主張する。しかし,そもそも申請人に対して直ちに嫌疑をかけるべきではない。民事上の取引に起因する登記申請にあっては,当事者の一方が被害者である可能性が少なくないから,国としては,これらの義務が両立するような方策を採るべきであるし,生命又はこれに比肩すべき権利侵害がある場合には,その権利保護が犯人逮捕に優先されるべきことは当然である。 (被告の主張)ア公務員の不作為が国家賠償法上違法と評価されるためには,職務上の作為義務違反が存することが必要であるが,法令上原告の主張するような告知義務について定めた規定は存せず,また,解釈上そのような義務を導き出しうる規定も存しないから,法令上の根拠はない。 イ原告は,登記官は条理上告知義務を負うと主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。 定めた規定は存せず,また,解釈上そのような義務を導き出しうる規定も存しないから,法令上の根拠はない。 イ原告は,登記官は条理上告知義務を負うと主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。 (ア) 原告の主張する準則54条2項は,登記申請に却下事由が存する場合に,申請者が申請書・登録免許税として使用した印紙を再使用できようにして,登記申請却下に伴う負担を軽減する趣旨・目的に出た規定であるところ,本件登記申請は,偽造の登記済証に基づくものであってその欠缺を補正することは不可能であり,申請者に対して任意の取下げを認めることは予定されていないのであるから,同準則を根拠として原告主張のような告知義務を認めることはできない。 なお,原告の主張するような事前取下げ勧告の慣行は,上記準則に基づく勧告を指し,本件のような場合に取下げの機会を与えるための勧告を行う慣行はない。 (イ) また,原告は「善良な取引当事者の損害を未然に防止すべき必要等に徴して認められる条理上の義務」として,登記官に告知義務が認められると主張する。 しかし,不動産の権利に関する登記の目的は,実体的権利関係を登記簿に公示することにより,一般的な取引の安全を図ることにあるのであり,登記官は偽造の添付書類に基づく登記申請があった場合には,これを却下し,登記簿に記載しないことによって一般的な取引の安全を図れば足りるのであって,その背後にある原因関係に起因する個々の危険を防止する責任は,本来,取引当事者が負うというべきである。そもそも,実体関係に符合しない登記を作出しないようにするという登記官の注意義務は,登記の正確性を担保し,登記を信頼して取引を行う第三者を保護するための注意義務であって,登記申請者がすでに行った取引により損害を受けないよう注意する義務ではない。仮に,登記官の 登記官の注意義務は,登記の正確性を担保し,登記を信頼して取引を行う第三者を保護するための注意義務であって,登記申請者がすでに行った取引により損害を受けないよう注意する義務ではない。仮に,登記官の職務執行過程において,実体関係と思われるものの一端に触れる場合や,登記申請書類の記載から実体関係に関する一定程度の類型的予測が可能となる場合があったとしても,登記申請書類について形式的審査権限しか有しない登記官の認識には一定の限度があり,この程度の認識ないし予測に基づいて法令上何ら根拠を有しない告知義務を法的義務として登記官に課することは,登記官に実体的審査権限を付与していない不動産登記法の趣旨に反するとともに,登記官に不可能を強いて,登記事務処理の円滑な運営を阻害する事態を招来するおそれがある。 したがって,登記申請の背後にある原因関係に起因する取引当事者の損害発生を回避するという観点から登記官に条理上の作為義務を課すことができるのは,具体的事実関係の下において,申請人が損害を回避することが不可能ないしは著しく困難であり,登記官にその保護を求めることが条理上やむを得ないと認めるに足りる特別の事情が存することに加えて,登記官において,申請人が損害を被るであろうことが容易に予測されたにもかかわらず,これを回避する努力を怠った場合であることを要するものと解すべきである。 (ウ) 本件では,以下のとおり,申請者等においては損害発生を防止することが不可能ないし著しく困難であり,登記官にその保護を求めることが条理上やむを得ないと認めるに足りる特段の事情が存したとはいえず,他方,登記官において,当該申請人等における損害発生が容易に予測されたにもかかわらず,これを回避する努力を怠ったともいえないから,条理上の告知義務は発生しない。 a 不動産 事情が存したとはいえず,他方,登記官において,当該申請人等における損害発生が容易に予測されたにもかかわらず,これを回避する努力を怠ったともいえないから,条理上の告知義務は発生しない。 a 不動産取引に際しては,原告は,自ら直接所有者を訪ねたり,電話をかけるなどして権利関係の説明を受けたり,登記名義人から更に権利登記がされていないかを確認するなどして直接確認するべきであったにもかかわらず,Dの自宅を訪ねるなどしていない。しかも,売買代金が2億7000万円と高額であることからすれば,不動産取引業者である原告としては,売主の引渡義務及び登記移転義務の履行確保のため,登記が経由されたことを確認した上で売買代金を支払う形をとるべきであった。それにもかかわらず,原告は,税金の関係で支払を急いでいるとの説明を軽信し,求められるままに登記申請前の契約成立時に預手を交付したものである。 また,登記済印の改刻に伴い登記済印番号が記載されるようになってから3年近くが経過していたから,日常的に登記申請手続を行っている司法書士であれば登記済印番号の存在を当然了知していたものであり,申請代理人である司法書士が登記申請の添付書類の確認を行うにあたって通常要求される注意を払っていれば,本件登記済証の偽造を看破し,原告主張の損害を回避し得たといえる。 このように本件は,原告が自らの不注意によって損害を被ったにすぎない事案である。 b 他方,登記官が本件登記申請書類,根抵当権設定登記手続申請書類及び登記簿を審査することによって,本件土地売買代金支払方法を認識することは不可能であり,その背後に詐欺事犯が存在し,登記権利者が被害者であることや告知により損害発生を防止できることまで認識予見しえたとはいえない。預手の交付が代金の支払であり,それと登記申請書の提出ないし受 能であり,その背後に詐欺事犯が存在し,登記権利者が被害者であることや告知により損害発生を防止できることまで認識予見しえたとはいえない。預手の交付が代金の支払であり,それと登記申請書の提出ないし受領証の受領とが同時履行であるのが一般的な決済方式であるとの原告の主張を前提とすれば,仮に登記官に過失が認められるとしても,当該時点において未だ代金支払がなされていないことが一般的でない以上,登記完了後に代金の支払を回避し得なかったという原告の損害は「特別ノ事情ニヨリテ生シタル損害」(民法416条2項)であり,登記官が,自らの過失により原告に損害が発生することを予見することはおおよそ不可能である。 c 登記官は,告発義務(刑訴法239条2項)を課されていることから,登記申請において偽造の登記済証を発見し告発義務を履行するにおいて,通常の事務処理を行っていたのでは当該偽造に係る犯人の逃亡ないし証拠隠滅を招来するなど,刑事司法の適正な運用を確保し得ないものと判断される場合は,犯人の逃亡ないし証拠隠滅といった事態の発生を可能な限り回避する形で行動すべき職責をも担っているものと解すべきである。 d しかしながら,登記申請者によって偽造された可能性もあるところ,登記官において偽造者を判断することは困難であり,登記申請者に対して直ちに偽造である旨を告知して取下げの機会を与え,それにより登記申請の取下げがされると,当該犯罪事件の重要な証拠となる登記申請書及び添付書類を還付することになるため(準則69条4項),証拠を散逸させ,さらには,犯人に犯罪の発覚を覚知させて証拠隠滅ないし逃走の機会を与えることになるから,かかる事態を可能な限り回避する必要がある。よって,登記官は,登記申請書類が偽造であることを発見した場合であっても,申請人等 に犯罪の発覚を覚知させて証拠隠滅ないし逃走の機会を与えることになるから,かかる事態を可能な限り回避する必要がある。よって,登記官は,登記申請書類が偽造であることを発見した場合であっても,申請人等における損害発生の回避といった観点から,偽造である旨を速やかに申請人等に告知すべき義務を負うべき立場にはないものと解すべきである。 (エ) また,登記官は,補正日を待つことなく却下手続をとるべき義務を負うものではない。 補正日は,登記実務上,1日に大量の登記申請が提出され,調査にも相応の日時を要する反面,登記所の処理体制にも自ずと限界があることから,受付時に調査完了予定日を定め,その翌日を補正日として申請人又は代理人に了知させるものであって,かかる調査完了予定日の設定が通常調査に必要な合理的期間を逸脱していない限り,登記官は予定日までに調査を行い,補正日に申請を適法なものと認めて受理,記入,校合等の手続を行うか,不動産登記法49条各号に基づき却下するのかの何れかの手続を行えば足りるというべきであるから,登記官に,補正日を待つことなく即日却下手続をとるべき義務はない。 また,原告は,本件における補正日の設定自体が通常調査に必要な合理的期間を逸脱していると主張するが,補正日は,調査を完了するために必要な期間は,職員の配置,前日までの受付処理状況,当日の申請見込み件数等の具体的事情を考慮した上で設定されるから,補正日の設定は登記官の裁量権の範囲に属するものであって,明らかに裁量権を逸脱したものと認められない限り,それが合理性を欠くと評価することはできない。そして,上記のような不確定要素を勘案して補正日が設定されることからすれば,登記官の予想した調査完了までの所要日数が現実のそれと異なったことをもって,直ちに補正日の設定が合理性を欠くものと解す ない。そして,上記のような不確定要素を勘案して補正日が設定されることからすれば,登記官の予想した調査完了までの所要日数が現実のそれと異なったことをもって,直ちに補正日の設定が合理性を欠くものと解することはできない。 (3) 因果関係(原告の主張)ア取引上,預手による支払は現金による支払と同視されるが,不法行為上の損害発生は現実の損害発生である。預手による支払は,通常用いられる線引小切手であれば,呈示から支払まで少なくとも2取引日ないし3取引日を要する(東京手形交換所規則第52条)ので,8月10日に直ちに本件登記申請が却下されあるいは偽造の事実が告知されれば,原告は交付した預手の支払を止めることができた。 イ事故届を受けた発行銀行が,支払呈示者と発行依頼人との話合いがつかない場合に発行依頼人の意向に反してまで支払うのは,支払呈示者が正当な所持人であることが判然としている場合に限られるというのが実際の取扱いである。確かに,預手については支払委託の取消しは観念しえないが,たとえば預手の取組依頼人から喪失届を受理した取組銀行は,相当の注意をもって呈示者が正当な権利者であるか否かを確認した上で不渡にすることも必要であるとされており,所持人が無権利者である疑いが濃厚であるのに支払ったケースについて,取組銀行に重過失があり支払は無効であるとした最高裁判例もある。 ウ本件において,預手が騙取者以外の者に渡ったとしても,登記官が過失なく本件偽造登記済証の偽造を発見して原告に連絡していれば,J信託銀行は詐取の事実が判明した預手の支払を停止し,預手を詐取された者の取得者に対する預手の返還請求訴訟や,銀行が供託した還付請求権の確認請求訴訟等において,所持人が善意取得者であったか否かが判断されたはずである。その場合,2億1000万円,5000万円 取された者の取得者に対する預手の返還請求訴訟や,銀行が供託した還付請求権の確認請求訴訟等において,所持人が善意取得者であったか否かが判断されたはずである。その場合,2億1000万円,5000万円,1000万円もの巨額の預手を振出確認もせずに取得したこと,普通の金融機関で極めて容易に換金できるのにわざわざ取得者に依頼していること自体が不自然であること,偽名を使っているような自称Dと継続的取引があるとは考えにくいことからすれば,所持人は悪意である可能性が高いから,登記官が過失なく職務を遂行していれば,原告の損害を防げた可能性が十分考えられるのである。 エ被告は,原告は預手の発行依頼人ではなく正当な所持人であったにすぎず,支払人である銀行に対して支払を差し止めるよう指示ないし依頼する立場にはないから,支払停止は考えられないと主張するが,発行依頼人たるI自身も本件詐欺事件により3億円の無担保債権者となる詐欺被害者であり,原告の資力如何で融資金が回収不能となるのであるから,本件登記済証が偽造であることを知れば,支払銀行に対し直ちに支払停止を依頼したはずである。 オ登記官の注意義務は,申請が適切に却下されなかったことによって損害を被った者に対する場合と,実体関係に符合しない登記を信頼して損害を被った者に対する場合とで,異なるものではない。登記官の第一次的な職務が「登記申請者がすでに行った取引により損害を受けないよう注意する義務ではない」ことは当然であるが,そのことと適法な職務遂行がなされなかったことにより損害を回避できなかったこととの間に条件関係(事実的因果関係)が存するか否かとは別問題である。条件関係の有無は,あくまで登記官の過失行為がなければ損害の発生を回避できたか否かにより判断されるべきである。 (被告の主張)ア預手が交付され 係(事実的因果関係)が存するか否かとは別問題である。条件関係の有無は,あくまで登記官の過失行為がなければ損害の発生を回避できたか否かにより判断されるべきである。 (被告の主張)ア預手が交付された場合には,特段の事情がない限り,債務の本旨に従った弁済の提供と認められており,また,預手は支払われることが極めて確実なものであるから,現金と同視して差し支えなく,その交付があったときに額面金額につき消費貸借契約が成立するものと解されている。これに加えて,小切手は一覧払性を有するものとされ,先日付小切手であっても当該日付の前に支払呈示がされた場合はその時点で支払うべきものとされている(小切手法28条)。かかる預手の性質からすれば,売買代金の支払に際して預手を交付した場合においても,その決済がされたときではなく,預手の交付により代金支払の効力が生じ,損害が生じていることは明らかである。 原告が無権利者に対し,本件土地代金として額面合計2億7000万円の預手を交付したのは,原告が本件登記申請を行う前であって,城南出張所の登記官が本件登記手続を行う以前の段階で原告の損害が生じていたことになるから,登記官に過失が認められるとしても,登記官の行為と損害との間に因果関係が生じる余地はない。 イ金融機関の預手については,支払委託の取消は観念し得ないし,預手の発行依頼人ではなく正当な所持人であったにすぎない者は,預手を紛失したような場合であっても,支払人である銀行に対して支払を差し止めるよう指示ないし依頼をしうる立場にはないから,仮に登記官が原告に偽造の事実を告知し,それにより原告がJ信託銀行に支払停止を求めたとしても,同銀行がそれに応じて呈示期間内の持参人に対する小切手の支払を停止したとは考えられない。 仮に,原告又は発行依頼人であるIから発行銀行 知し,それにより原告がJ信託銀行に支払停止を求めたとしても,同銀行がそれに応じて呈示期間内の持参人に対する小切手の支払を停止したとは考えられない。 仮に,原告又は発行依頼人であるIから発行銀行に対して支払停止の申し入れがなされたとしても,預手が現実に支払われることを防止することができたとは認められない。預手が騙取されたとしても所持人が騙取者自身であるとは限らないし,喪失届は,無権利者に対して預手の支払をしないよう注意すべき義務を加重するにすぎない。 発行銀行は,振出人としての無条件的な遡求義務により事実上支払を強制されている状況で預手の呈示者が善意取得者等の正当な権利者かどうかを確認する必要があるが,限られた期間内にこの確認をすることは容易ではない。そして,支払拒絶することは振出人としての信用にかかわるから,安易にこのような処理をすることは考えられない一方で,無権利者に対する支払でも悪意又は重過失によるものと認められない限り免責されることに鑑みれば,発行銀行は,支払停止の申し入れを受けた預手の呈示を受けた場合でも,結果的にはこれに応じているのが実情であり,これを不渡とするのは具体的事情の下で所持人が無権利者である蓋然性が極めて高い例外的な場合にすぎない。よって,本件において,預手の支払停止がなされたとは認められない。 ウ登記官の注意義務は,登記によって権利が公示され,公信力はないにしても登記簿の記載が一応真実であることを前提として行われる不動産取引の性格から,登記の正確性を担保し,登記を信頼して取引を行う第三者を保護するため課されているものであり,実体関係に符合しない登記を信頼して取引をしたことにより損害を被ったような場合であれば,その損害は当該登記の存在を一因とするものと解さざるを得ない余地もあるが,本件においては,原告は るものであり,実体関係に符合しない登記を信頼して取引をしたことにより損害を被ったような場合であれば,その損害は当該登記の存在を一因とするものと解さざるを得ない余地もあるが,本件においては,原告は偽造の登記済証を真正なものと誤信して無権利者から不動産を買い受けたことにより損害を被ったのであって,原告主張にかかる損害は,自ら詐欺者に欺罔されて行った取引行為を原因とするものであるから,登記官が偽造を看過した注意義務違反は,原告主張にかかる損害の原因となり得ない。 よって,登記官が偽造を看過した点に注意義務違反が認められるとしても,かかる注意義務違反と原告主張にかかる損害との間には事実的因果関係は存在しない。 (4) 損害額(原告の主張)争いのない事実等で記載のある本件土地の売買代金相当額2億7000万円,売買の諸費用合計1643万3000円及び本件のための弁護士費用2895万8615円,以上合計3億1854万4765円が本件における損害である。 (被告の主張)争う(5) 過失相殺(被告の主張)仮に,被告が国家賠償責任を負うとしても,原告には前記(2)(被告の主張)イ(ウ)に述べた過失が存するから,相当な過失相殺がされるべきである。 (原告の主張)原告は,仲介人に本人を連れてきてもらい,運転免許証により本人確認をし,印鑑証明書及び実印との照合もしているから,過失はない。特に,宅建業者が仲介人として入っている場合,買主たる不動産業者が直接売主本人宅を訪ねることは通常行われておらず,この点を原告の過失とすることはできない。 被告は,本件についてはブローカーと思われる人物が関与しており,直接売主宅には行かないように言われていたなど不審な点があったにもかかわらず,優良物件であったことから本件土地を買い急いだ原告に過失が 被告は,本件についてはブローカーと思われる人物が関与しており,直接売主宅には行かないように言われていたなど不審な点があったにもかかわらず,優良物件であったことから本件土地を買い急いだ原告に過失があると主張する。しかし,不動産ブローカーと地面師は全く別物であり,不動産ブローカーだからといって違法行為の推定はできないし,優良物件について不動産取引業者として買い急ぐことも当然である。また,優良物件を逃したくないことから売主の意向に反してまで売主宅に行かず,運転免許証,印鑑証明書,権利証により確認したことに過失があるとはいえない。 また,被告は,所有権移転登記が経由されたことを確認した上で支払うべきだったとか,引渡し及び登記移転の際に残額を支払う形にすれば足りたはずであると主張するが,登記経由確認後に支払うというのは登記の先履行であり,売主が不払の危険を負うことになることから,一般的には本件でなされた決済方式が同時履行と認識されている。 よって,原告には過失はなく,過失相殺をすることは相当ではない。 第3 証拠本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。 第4 当裁判所の判断 1 登記官の審査義務,却下義務,告知義務の存否と過失の有無(争点(1)及び(2))(1) まず,登記官の審査義務について検討する。 ア登記官には,不動産登記法49条等に基づき登記申請の形式的適否を調査する職務権限があり,申請者が適法な登記申請の権利者,義務者,またはその代理人であるかどうかはもとより,登記申請書及びこれに添付されている各種の書類が形式的に適法なものと認められるか否かなどにつき,登記申請書をはじめ従前の登記済証や印鑑証明書などの添付書類,登記簿,押捺されている印影などを相互に対照するなどして審査する義務があるというべきである 式的に適法なものと認められるか否かなどにつき,登記申請書をはじめ従前の登記済証や印鑑証明書などの添付書類,登記簿,押捺されている印影などを相互に対照するなどして審査する義務があるというべきである。 イところで,本件で問題となっている東京法務局管内の登記所では,平成8年12月1日をもって登記済印の下部に登記済印番号を記載する取扱いとなっているところ,本件偽造登記済証の受付年月日は平成11年6月29日であるから,本来であれば登記済印の下部に登記済印番号が記載されているはずであるのに記載されていなかったことは当事者間に争いがないのであって,しかも,本件偽造登記済証の登記済印の下部に登記済印番号が付されていないことは一見して明らかであるから,本件登記申請の調査を担当した登記官は,その内容について検討するまでもなく本件偽造登記済証が真正なものではないことを容易に知りえたはずである。したがって,本件については,提出された本件偽造登記済証に記載されている受付年月日の表記方法について検討するまでもなく,提出された登記済証に登記済印番号が記載されていないことを看過した登記官は前記注意義務に違反したというべきである。 ウこの点に関し,被告は,本件登記申請がなされた時点においては,登記済印番号の表示のある登記済証と表示のない登記済証とがいずれも正規のものとして日常的に城南登記所に提出されていたことや,本件偽造登記済証及び偽造印鑑証明書が極めて精巧であったことを併せ考えれば,登記済印番号の表示がないことを看過したこともって登記官に過失があるとはいえないと主張する。 しかしながら,登記済印番号の表示のある登記済証と表示のない登記済証とがいずれも正規のものとして日常的に城南出張所に提出されていたとしても,登記済印には受付年月日及び受付登記所名が表示 する。 しかしながら,登記済印番号の表示のある登記済証と表示のない登記済証とがいずれも正規のものとして日常的に城南出張所に提出されていたとしても,登記済印には受付年月日及び受付登記所名が表示されており,城南出張所(その前身である大森出張所)において登記済印番号の制度が導入されたのは平成8年12月1日であるから,提出された登記済証の受付年月日が同日以降のものについて登記済印番号の有無を確認すれば足りるのであって,特に困難な確認作業ではないことや,そもそも登記済印番号が導入された理由は偽造の登記済証による登記の防止にある(乙9号証,弁論の全趣旨)ことに鑑みると,登記官としてこれを確認すべきことは当然のことといわなければならない。したがって,被告の上記主張を採用することはできない。 エなお,原告は,登記申請書及び添付書類の受領証交付の請求を受けた受付係及び認証印を押印した登記官は,同各書類に不備がないか否かを確認すべき義務があるのに,添付書類のうちでも重要なものといえる登記済証につき上記の偽造を看過し,真正な登記済証が添付されているものとして,原告に対して受領証を交付した点にも過失があると主張する。しかしながら,受付事務においては,その順序が登記事務処理の順序を決定するとともに,同一不動産に関する権利の順位を決定する機能を有しているから,登記申請がなされたならば,受付窓口担当者としては,申請を受け付けるか否かについての裁量権はなく,直ちに申請を受け付けなければならない。受付事務においてなされているのは,登記申請書に添付書類が添付されているか否かを確認した上で,登記申請書に受付年月日及び受付番号を記載し,受領証交付請求があればこれを交付してその旨を受付帳に記載することであり,受付担当者において登記申請書及び添付書類の形式的真正を確 か否かを確認した上で,登記申請書に受付年月日及び受付番号を記載し,受領証交付請求があればこれを交付してその旨を受付帳に記載することであり,受付担当者において登記申請書及び添付書類の形式的真正を確認することはなされておらず,そのような確認は調査事務においてなされているのが実情であることなどに鑑み,不動産登記法などにおいては,受付段階で直ちに添付書類等について形式的真正を確認することまで要求されているものではないと解するのが相当であるから,この点に関する原告の主張は理由がない。 (2) 次に,登記申請の際に偽造の登記済証が添付されていることを発見した場合の登記官の義務について検討する。 ア不動産登記法49条には,申請に欠缺がある場合,申請人が即日補正できなければ申請を却下すべきであると規定されており,登記申請書に添付されている登記済証が偽造されたものである場合がこれに該当することは明らかであり,また,そのような場合には任意に申請を取り下げることも認められていない(乙6号証)。 したがって,そのような場合,登記官はその登記申請を却下しなければならないこととなるが,問題は,いつまでにそのような登記申請を却下すべきかの点である。 イ不動産登記制度は,不動産に関する実体的権利関係を登記簿に公示することにより不動産取引の安全を図ることにあり,実体的権利関係の変動を迅速に公示しなければ第三者に不測の損害を与え,取引の安全を害するおそれがある。しかも,取引の安全を図るためには,公示される登記の記載内容の正確性も確保されなければならない。したがって,登記官が添付されている登記済証が偽造されたものであることを発見した場合には,直ちにその登記申請について却下手続をとることが理想であるが,しかし,他方において,現状における登記所の人的・物的状況を考慮すると, されている登記済証が偽造されたものであることを発見した場合には,直ちにその登記申請について却下手続をとることが理想であるが,しかし,他方において,現状における登記所の人的・物的状況を考慮すると,大量の登記申請を処理しなければならない登記所の審査能力に限界があることも否定できないところであるから,登記官において,偽造の登記済証を発見した時点で他の登記申請の処理手続を中止してでも直ちに却下手続をとらなければならないとすることは相当ではない。ちなみに,細則47条は,登記官が申請書を受け取ったときは遅滞なく申請に関する総ての事項を調査しなければならないとしているから,その趣旨に鑑みれば,登記官としては,登記申請について遅滞なく調査を終了した時点において,その申請が却下すべきものであることを発見した場合には,遅滞なく可及的かつ速やかにその申請を却下することが要請されていると解すべきであり,合理的な理由もなくその却下手続を遅滞することは許されていないというべきである。 ウこれを前提として本件について検討すると,原告による本件登記申請を受け付けた城南出張所の登記官は,受付の翌日である平成11年8月10日までに調査,記載,校合の手続を終了し,同日付けでその登記簿謄本も作成されていることは,当事者間に争いがなく,本件登記申請に対する登記官の調査は8月10日までには終了していたのであるから,登記官に前記のような過失がなければ,登記官は本件偽造登記済証が偽造されたものであることを同日までには発見していたものと考えられる。 そして,乙6,9号証によれば,登記官が登記申請書に添付されている登記済証が偽造であることを発見した場合には,前例を参考にして,当該登記所の事務を統括している登記官が確認した後,直ちに法務局の不動産登記部門に報告し,さらに法務省の担 が登記申請書に添付されている登記済証が偽造であることを発見した場合には,前例を参考にして,当該登記所の事務を統括している登記官が確認した後,直ちに法務局の不動産登記部門に報告し,さらに法務省の担当部局に報告したうえで,捜査機関にも連絡し,連携を取りながら対応していることが認められ,法務局内部において必要な手続を経たうえで対応を決定するとされていることにも合理的な理由があるといえる。 しかし,他方,偽造の登記済証による登記申請は詐欺的な取引を前提としてなされている蓋然性が高く,申請者が詐欺の被害にあっていることも十分に考えられるところであるから,却下手続が遅れ偽造であることの判明が遅れれば,かえって犯人の逃走を容易にし,申請者等による損害の回復が著しく困難になることも容易に推測しうるところである。ちなみに,登記申請を却下した場合には申請書以外の添付書類を申請人に対して還付することになるところ,被告は,これらを還付してしまうと偽造の証拠書類が散逸してしまうことになると指摘しているが,登記所としては,直ちに捜査機関に連絡をとり速やかに関係書類の押収手続をとってもらえば足りることであるし,仮にそうでないとしても,申請者に対して任意の協力を求めるなどして不都合を回避することができるから,この点は,登記済証が偽造であることを発見した登記官が速やかに当該申請を却下すべきことを否定する理由となるものではない。 したがって,これまでに検討した諸事情を総合考慮すると,このような場合における登記官の却下手続は,登記申請について合理的に必要とされる調査が完了してから3日以内にすることが可能であると考えられ,登記官としては調査完了後3日以内に却下しなければならないというべきであるところ,本件での調査は,これまでにも説示したとおり平成11年8月10日には てから3日以内にすることが可能であると考えられ,登記官としては調査完了後3日以内に却下しなければならないというべきであるところ,本件での調査は,これまでにも説示したとおり平成11年8月10日には終了していたのであるから,担当登記官としては,遅くても同月13日までに本件登記申請を却下すべきであったと解される。 エなお,被告は,補正日の設定が通常調査に必要な合理的期間を逸脱していない限り,登記官は予定された補正日までに調査を行い,その補正日に申請を適法なものと認めて受理,記入,校合等の手続を行うか,不動産登記法49条各号に基づき却下するのかの何れかの手続を行えば足りるというべきであって,登記官には,補正日を待つことなく登記申請を却下すべき義務はないなどと主張している。 しかしながら,そもそも補正日というものは,不動産登記法はもちろん,登記所内部の規則である不動産登記準則にも何ら根拠のないものであって,登記申請を受理した時点で予想される調査完了予定日の翌日にすぎないもの(乙6号証)である。そして,登記官は迅速処理義務(細則47条)を負っていることが明らかであり,受付窓口における補正日の掲示は,登記官の迅速処理義務を何ら軽減するものではなく,登記事務の繁忙などに備えて合理的に調査終了可能な日を明示して申請者の便宜を図るとともに登記官の努力目標を示したものとみるのが相当である。したがって,登記官が補正日前に必要な調査手続を完了して,当該登記申請を却下しなければならないことが明白となっているのにもかかわらず,補正日まで漫然と何もせずに経過して当該申請を却下しなくてもよいとするものではない。 (3) 以上に判示したところを総合すれば,本件においては,原告がした登記申請の調査を担当した城南出張所の登記官に審査義務違反及び却下義務違反が認められる 申請を却下しなくてもよいとするものではない。 (3) 以上に判示したところを総合すれば,本件においては,原告がした登記申請の調査を担当した城南出張所の登記官に審査義務違反及び却下義務違反が認められるところ,これらは違法な公権力の行使に該当することが明らかであって,また,これらの義務違反につき担当登記官に過失が認められることも明らかである。 なお,原告は,登記申請書類に添付されている登記済証が偽造されたものであることを発見した登記官は,条理上の義務として,登記申請者に対して偽造である旨を直ちに告知すべき義務があると主張しているが,仮に,一般的に登記官の告知義務を肯定した場合であっても,前記の却下義務について説示したとおり,法務局内部においてそのために必要な手続を経るために要する合理的な期間内は告知が猶予され,違法にはならないとうべきであるところ,その猶予期間は,結局のところ,却下決定をなすのに必要な猶予期間と同じ期間であると考えられるから,既に却下決定の手続として違法であることが判断されている以上,登記官の告知義務違反について独自に判断する利益はないというべきである。 2 因果関係と損害額(争点(3)及び(4))本件において,原告が自称Dに対し本件売買代金の支払としてJ信託銀行振出しの預手3通を交付し,この預手が現金化されていることや,原告が本件売買に関する費用を負担していることは当事者間に争いがないが,被告は,本件では預手の支払が停止されることはないから,原告が預手の支払によって損害を被ったとしても,その損害と前記違法行為との間には因果関係がないなどと主張しているので,以下,この点について検討する。 (1) 原告やIが本件預手の支払停止を求めた場合,その支払は停止されたか。 ア甲43号証及び証人Aの証言によれば,原告は,もともと登 係がないなどと主張しているので,以下,この点について検討する。 (1) 原告やIが本件預手の支払停止を求めた場合,その支払は停止されたか。 ア甲43号証及び証人Aの証言によれば,原告は,もともと登記がなされないのに代金の決裁がなされてしまうことを嫌って現金ではなく預手による支払を選択したものであり,何らかの事情で登記がなされなかった場合には,本件預手の取組依頼人であるIに連絡して,取組銀行であるJ信託銀行に対して本件預手の支払停止を依頼するつもりであったことが認められるから,本件のように,本件偽造登記済証が偽造されたもので本件登記申請が却下されることが分かった場合には,原告はIを介してJ信託銀行に対し本件預手の支払停止を依頼したであろうと考えられる。 イまた,甲38号証によれば,Iは,原告が本件土地等を取得する対価として支払うために融資し,その決済手段として本件預手を原告に交付したことが認められるから,本件売買契約が自称Dらによる欺罔で本件預手が詐取されたことを了知すれば,J信託銀行に対して事故届を提出するとともに,原告に対しても真正な所持人の立場からJ信託銀行に対して事故届を提出して支払停止を依頼するよう示唆したであろうと考えられる。 ウそして,甲20,27,32,33,34,35,36号証によれば,預手について事故届が提出された場合,取組銀行としては,支払呈示をした者が正当な所持人であることが判然としている場合でない限り,発行依頼人に連絡をするなどして必要な調査を行い,発行依頼人において預手の呈示者と交渉してもらい,発行依頼人の意向を確認した上で当該預手を支払うか拒絶するかを決定していることが認められる。しかも,取組銀行としては,預手につき,盗難,紛失等のいわゆる第2号不渡事由により不渡返還する場合には,異議申立提供金の提供が 確認した上で当該預手を支払うか拒絶するかを決定していることが認められる。しかも,取組銀行としては,預手につき,盗難,紛失等のいわゆる第2号不渡事由により不渡返還する場合には,異議申立提供金の提供が不要であり,支払呈示をした者が正当な所持人であった場合でも遅延損害金の負担を課されるだけであるのに対し,事故届けが出ているのに支払ってしまった場合には,後に支払につき重過失があったとして支払金額全額について賠償を余儀なくされる危険性があるところから,支払を求めている者が預手の正当な所持人であることが判然としている場合でない限り,むしろ当該預手の支払を停止するのが合理的であり,一般的な判断であると考えられる。 エ本件では,仮に,自称Dから預手を取得した第三者が支払呈示をした場合であっても,そもそも第三者は2億1000万円,5000万円,1000万円もの巨額の預手を振出確認もせずに取得したことになり,それ自体不自然であるし,登記済証を偽造し偽名を使って大金を詐取するような詐欺集団である自称Dらから本件預手を取得する者が正常な取引の対価として本件預手を取得したとは考えにくいことなどからすれば,そのような第三者が正当な所持人であることが判然としているとはいえないのであって,取組銀行としては,原告又はIから事故届が提出されれば,本件預手の支払を停止していたものと推認することができる。 (2) これに対し,被告は,預手の交付によって弁済の提供及び代金支払の効力が生じ,金銭消費貸借が成立するとされていることなど,預手が現金と同様に取り扱われていることを理由に,預手の交付によって既に損害が生じているのであって,交付後の代金支払による損害発生の事実について消長を来すものではないと主張する。 しかし,不法行為における金銭的な損害の発生は,現実に経済的な不利 手の交付によって既に損害が生じているのであって,交付後の代金支払による損害発生の事実について消長を来すものではないと主張する。 しかし,不法行為における金銭的な損害の発生は,現実に経済的な不利益を被ったか否かが問題なのであり,売買代金の支払のために預手が交付された場合であっても,その預手が現金化されるまでは,現実に金銭的な不利益は被っていないのであるから,上記の被告の主張を採用することはできない。また,被告は,実体関係に符合しない登記(外形)を信頼して取引したことにより損害を被った場合でなければ,登記官の前記過失に起因するものとはいえないとし,原告は本件偽造登記済証を真正なものと誤信して取引をして損害を被ったのであるから,原告主張の損害と登記官の前記過失との間に事実的因果関係はないなどとも主張しているが,本件においては,登記官が前記のような注意義務を尽くして本件で添付された登記済証が偽造されたものであることを看過しなければ,預手の支払もなされず,原告が損害を被ることもなかったか否かが問題なのであるから,上記被告の主張は,その前提において失当なものである。 (3) そこで,これまで認定,説示したところを本件について検討する。 アまず,前記のとおり,原告が自称Dに対して交付した預手1(2億1000万円)は,平成11年8月12日,東京信用銀行本店に持ち込まれて取立委任がなされ,同月16日に支払われたこと,預手2(5000万円)及び預手3(1000万円)は,同月10日,当時のさくら銀行池袋支店に持ち込まれて取立委任がなされ,同月12日以降に支払われたことが認められる。また,本件登記申請の調査を担当した登記官が同月10日には調査を完了して登記簿への記入を終了し,登記簿謄本も作成していることも前記のとおりであるから,担当登記官がその調査に 払われたことが認められる。また,本件登記申請の調査を担当した登記官が同月10日には調査を完了して登記簿への記入を終了し,登記簿謄本も作成していることも前記のとおりであるから,担当登記官がその調査において注意義務を尽くしていれば,担当登記官は同月10日までには本件偽造登記済証が偽造であることを発見していたはずであり,そうであれば,同登記官は遅くとも同月13日までに本件登記申請を却下すべきであったということができる。そして,担当登記官が同月13日までに本件登記申請を却下していれば,原告はこれにより直ちにIに依頼してJ信託銀行に対して事故届を提出し,これによって同月16日に支払われた預手1の支払を停止することができ,結局,同預手が支払われることはなく,原告は2億1000万円の支払を免れることができ,同額の損害を被ることはなかったものと考えられるから,この範囲において,城南出張所の担当登記官の前記過失と原告の被った損害との間に相当因果関係を認めることができるというべきである。 イこれに対し,同月12日以降に支払われたとされている預手2及び預手3については,本件登記申請が上記のように同月13日までに却下されたとしても,それによってその支払を免れたことを認めるに足りる証拠はないから,これらの損害については,本件における担当登記官の過失と相当因果関係にある損害ということはできない。 ウまた,担当登記官が本件偽造登記済証が偽造されたものであることを発見していれば,本件登記申請は却下され,原告は登録免許税を支払わずに済んだことは明らかであるから,原告が本件登記申請の際に納付した登録免許税788万8100円も,前記登記官の過失と相当因果関係にある損害であると認められる。 エさらに,原告がEに対し仲介手数料として交付した額面840万円の預手及びJ司法 登記申請の際に納付した登録免許税788万8100円も,前記登記官の過失と相当因果関係にある損害であると認められる。 エさらに,原告がEに対し仲介手数料として交付した額面840万円の預手及びJ司法書士に対して手数料として交付した額面14万4900円の預手については,原告は,その支払経過に関して何ら主張立証しておらず,結局,前記登記官の過失との因果関係を主張立証していないので,これを認めることはできない。 オしたがって,本件においてこれまで説示した担当登記官の過失によって原告に生じた損害としては,上記ア,ウの合計額である2億1788万8100円であると認められる。 3 過失相殺(争点(5))(1) これまでに認定し判示したとおり,原告は,不動産の売買,賃貸,仲介及び管理等を目的とする株式会社として,土地を仕入れてその上に一戸建てを建築し,これを分譲販売することを継続的に行ってきたのであり,不動産売買のプロであるから,3億円もの価格の不動産を取得するに際しては,自らの責任において不測の損害を被ることがないよう,登記簿を確認し現地を調査することはもとより売主本人にも面会するなどして慎重に調査すべきことは十分に熟知していたはずである。 それにもかかわらず,原告は,担当部長が現地に赴いて確認したうえ登記簿謄本を取得し,原告事務所において所有者と自称する女性と面会し,運転免許証でその身分を一応確認したものの,Dのコンサルタント業者と称するGという者の,所有者であるDは独身の女性で兄弟と暮らしており本件土地を売り渡すことを身内に知られたくないので自宅を訪問しないでほしいとの説明を鵜呑みにして,結局,Dの自宅を訪問しなかったのであるが,買受人側が所有者本人の自宅に行くことを売主側が何とか阻止しようとするのは,この種の事件の典型的な手口であって,不動 問しないでほしいとの説明を鵜呑みにして,結局,Dの自宅を訪問しなかったのであるが,買受人側が所有者本人の自宅に行くことを売主側が何とか阻止しようとするのは,この種の事件の典型的な手口であって,不動産業者である原告としては不自然であることに気づくべきであり,真実の所有者であるDの自宅を直接訪れて本件土地売却の意思を確認していないことは,原告の大きな過失といわざるをえない。しかも,本件偽造登記済証には相続登記手続の申請代理人としてL司法書士の名前が記載されていたのであるから,L司法書士に何らかの確認をしていたならば本件売買が詐欺であることの端緒を知り得たはずであるのに,原告はその確認もしていない。 (2) また,原告は,前記のとおり,本件登記申請手続をJ司法書士に委任していたのであるが,東京司法書士会発行の「事務局だより」平成8年12月号には,同月以降,東京法務局の登記済印の下部に登記済印番号が付記されるようになったことが記載されているから(甲24号証),J司法書士は当然にこのことを認識して職務を行うべきであった。そして,J司法書士が本件登記申請のために受領した登記済証には,本来であれば記載されているはずの登記済印番号が記載されていなかったのであるから,J司法書士は,登記の専門家として,その点を確認してさえいれば,自称Dらから交付された登記済証が偽造されたものであることを容易に発見することができたはずであるのに,これを怠たった過失が認められるところ,J司法書士は原告の委任を受けていたのであるから,原告と被告との過失相殺においては,J司法書士の過失は原告側の過失として評価されるべきである。 (3) これらによれば,本件において,原告については不動産取引において最も重要な要素である売主の同一性について確認が不十分であったという過失があり,原 失は原告側の過失として評価されるべきである。 (3) これらによれば,本件において,原告については不動産取引において最も重要な要素である売主の同一性について確認が不十分であったという過失があり,原告の委任を受けて登記手続を代行したJ司法書士についても登記申請書の添付書類として最も重要な登記済証の確認を怠って登記済証が偽造されたものであることを見落としたという過失があり,これらの過失は被告側の登記官の過失と比較してもかなり大きなものと言わざるをえない。したがって,これまでに認定し説示した全ての事情を総合的に考慮して,前記の相当因果関係が認められる原告の損害について8割の過失相殺をして,2億1788万8100円の2割に相当する4357万7620円を被告の賠償額とするのが相当である。 (4) また,本件について,訴えが提起されるに至った経緯,訴訟の経過,事案の難易,上記の認容額その他諸般の事情を考慮して,被告の過失と相当因果関係のある原告の弁護士費用の額は400万円が相当である。 (5) したがって,本件において被告が原告に対して賠償すべき損害額は,合計4757万7620円となる。 (6) なお,これまでに判示のとおり,本件登記申請を担当した登記官による不法行為は,本件登記申請を却下すべきであった平成11年8月13日になされたものというべきであり,原告の本件請求にかかる損害賠償の遅延損害金の起算日は平成11年8月13日となるから,上記4757万7620円について平成11年8月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じるものとする。 第5 結論以上によれば,原告らの請求は,4757万7620円及びこれに対する平成11年8月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認 るものとする。 第5 結論以上によれば,原告らの請求は,4757万7620円及びこれに対する平成11年8月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第48部裁判長裁判官須藤典明裁判官鳥居俊一裁判官高橋純子(別紙)物件目録所在大田区a丁目地番 b番c地目畑(平成11年8月5日付けで雑種地に変更登記)地積 928平方メートル
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