令和5(わ)273 銃砲刀剣類所持等取締法違反、建造物損壊、器物損壊被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年12月13日 福岡地方裁判所 小倉支部
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判決文本文28,194 文字)

令和6年12月13日宣告令和5年(わ)第273号銃砲刀剣類所持等取締法違反、建造物損壊、器物損壊被告事件判決 主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実の要旨及び争点 1 本件公訴事実の要旨は、被告人は、A、B、C及び氏名不詳者(以下、A、B及びCと併せて「共犯者ら」という。)と共謀の上、Aが、法定の除外事由がないのに、平成23年5月6日午前1時34分頃、福岡県福津市内のD(以下「被害者」という。)方前路上において、被害者方居宅1階玄関ドアに向けて回転弾倉式拳銃で弾丸5発を発射し、同玄関ドアを貫通させて居宅内の木製側壁、姿見等に命中させて損壊した(以下、Aによる上記犯行を「本件犯行」という。)というものである。 2 共犯者らが共謀の上で本件犯行に及んだこと及び損壊結果については関係各証拠によって容易に認定することができ、当事者間にも争いがない。本件の争点は、被告人と共犯者らとの間の共謀の有無である。 第2 前提事実等 1 以下の事実は関係各証拠によって容易に認めることができる。 ⑴ 被告人は、本件犯行当時、E(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律所定の指定暴力団である。)の上席専務理事、及びEの二次団体であるF組の若頭であった。 本件犯行当時、CはEの上席専務理事、F組の組長代行、AはF組の若頭補佐かつCの養子、BはF組の幹部であり、F組組長であったGは服役して いた。 Aは、令和5年2月27日、福岡地方裁判所小倉支部において、本件犯行の実行犯として懲役6年の実刑判決(求刑は懲役8年)を受け、同年6月16日、福岡高等裁判所において、控訴棄却判決を受け、同年7月1日、第一審判決は確定した。Aは、現在服役中である。 被害者 の実行犯として懲役6年の実刑判決(求刑は懲役8年)を受け、同年6月16日、福岡高等裁判所において、控訴棄却判決を受け、同年7月1日、第一審判決は確定した。Aは、現在服役中である。 被害者は、本件犯行当時、H株式会社I支店の建築工事部工事長であった。 同社は、平成22年頃、Eに対するみかじめ料の支払を中止するなど、Eと決別する姿勢を示していた。 ⑵ Cは、平成23年4月上旬頃、F組事務所において、Aに対して本件犯行の実行を指示し、Aの承諾を得た。 Aは、同月6日午前1時34分頃、Bの運転するバイク1台(甲37。以下「本件バイク」という。)で被害者宅付近まで移動した上、回転弾倉式拳銃1丁(以下「本件拳銃」という。)を被害者宅に向けて5発発射し、本件犯行に及んだ。 Aは、本件犯行後、本件拳銃及び犯行時の着衣を処分した。 ⑶ 被告人とAは、平成23年4月27日から同年5月6日までの間、電話連絡を9回行っており、うち1回は、本件犯行の実行日である同日の午後7時39分に、Aから被告人に発信したものである。 ⑷ Aは、平成23年7月又は8月頃、Eの傘下団体であるJ組の組員Kに対し、本件バイクを引き渡した。その際、J組の組員であるLがKに同行した。 ⑸ Cは、令和5年1月13日、病気により死亡した。 2 前記1の前提事実によっても、被告人が本件犯行に関与したことを直ちに推認できないことは明らかである。他方、Aは、当公判廷で、本件犯行に関する被告人の関与を認めており、Aの供述は、被告人と共犯者らとの共謀に係る直接証拠であるので、その信用性が問題となる。 第3 Aの公判供述について 1 A供述の内容と信用性判断の手法⑴ 当公判廷におけるAの供述は、要旨、次のとおりである。 ア平成23年4月上旬頃、F組 性が問題となる。 第3 Aの公判供述について 1 A供述の内容と信用性判断の手法⑴ 当公判廷におけるAの供述は、要旨、次のとおりである。 ア平成23年4月上旬頃、F組事務所(以下単に「事務所」ということがある。)において、Cから、申し訳ないけれども仕事に行ってくれるか、穴開けてくるだけでいいから、などと本件犯行の指示を受けるとともに(前記第2の1⑵)、犯行場所の住所が記載されたメモを手渡された。その際、Cから、被害者宅の窓ガラスや2階には拳銃を向けないこと、場所をよく確認すること、詳しい段取りはカシラ(若頭。被告人のこと。以下同じ。)と話して決めることを指示されたほか、「こんなことを俺に言わせて、カシラのくせに情けないな。」などと言われた。 イ前記アの数日後、事務所において、被告人と2人で本件犯行に関する打合せを行い、被告人から「代行(Cのこと。)から聞いたと思うけど大丈夫か、行けるか。」と言われた。Aが、本件犯行の実行を了承した上、犯行場所に行くためにBに本件バイクを運転させたい旨述べたところ、被告人から、本件バイクを運転させることについては被告人からBに言っておくが、AからもBに話をしておくよう指示された。 その1日後又は2日後、Bに運転を依頼したところ、半分笑いながら「嫌ばい。」などと言っていたが、すぐに了解してもらった。 ウ平成23年4月30日頃、事務所において、被告人から、当時のF組構成員のMから拳銃を受け取り、使用した後は自分で処分するよう指示された。 直後にMから電話連絡があり、事務所にいる旨を伝えたところ、その後、Mが紙袋を一つぶら下げて事務所に現れ、その紙袋を「はい、これ。」と渡された。紙袋の中身を見ると、タオルに包まれた物が入っていたので、拳 Mから電話連絡があり、事務所にいる旨を伝えたところ、その後、Mが紙袋を一つぶら下げて事務所に現れ、その紙袋を「はい、これ。」と渡された。紙袋の中身を見ると、タオルに包まれた物が入っていたので、拳銃であると理解した。その際、Mから「弾はもう入っとるけ。」と説明された。 エ本件犯行の後である平成23年5月6日の夕方頃、Cに対し、犯行が終わっており今は家にいる旨を電話で連絡した。すると、Cから折り返し電話があり、「カシラにも報告しておけよ、うるさいからな。」などと言われたため、同日、被告人に、電話で、「ちゃんと済んでいます。」などと、犯行が終わった旨連絡した。 オ本件バイクについては、被告人から、J組の若い組員に渡すように指示されていたところ、平成23年7月又は8月頃、Kから、「カシラから聞いていますか。今からバイクを取りに行きたいんですけどいいですか。」との電話連絡を受けたため、日程を調整した上、Kに本件バイクを引き渡した。 当初、Aは、本件バイクを売却して金銭に換えようと思っていたところ、被告人の指示で本件バイクをJ組に引き渡すことになったことから、本件バイクをKに引き渡した際、K及びLに対し金に換えるつもりだったけれどもカシラに言われたから仕方がない旨の発言をした。 ⑵ 一般的に、共犯者は、自己の刑事責任を減少させるなどの目的で、他の者を共犯者として引き入れ又は責任を他の者に転嫁する可能性がある。取り分け、本件は、Eの二次団体の構成員による拳銃の発砲事件であり、組織性が多分にうかがわれることからすると、実行犯であるAの立場からすれば、E内における上位者の関与が明らかになればなるほど、相対的に自身の責任が減少することを主張しやすくなるといえる。そうすると、A供述の信用性を検討するに当たっては、このような あるAの立場からすれば、E内における上位者の関与が明らかになればなるほど、相対的に自身の責任が減少することを主張しやすくなるといえる。そうすると、A供述の信用性を検討するに当たっては、このような共犯者供述に依拠することの一般的な危険性を念頭に置きつつ、供述内容の合理性、裏付け証拠の有無、他の証拠との整合性、供述経過等を十分に検討し、慎重な判断を行うことが必要である。 以下、①A供述の信用性を高めるものとして検察官が主張する事実及び事情の評価(後記2)、②信用性に関係するその他の事情(後記3)に分けて、A供述の信用性を検討することとする。 2 検察官が主張する事実及び事情の評価 ⑴ 本件犯行とF組の関係性、被告人とCのF組内部での序列についてア検察官は、「①本件犯行はE執行部が二次団体のF組に指示し、F組の仕事として敢行されたものであり、②本件犯行当時、F組の組長であるGは服役中であって、Gに次ぐ者は、F組を取り仕切っていた若頭の被告人であった。したがって、被告人の関与なしに、F組所有の本件拳銃が使用されることはなく、また、A及びBが本件犯行に及ぶことはあり得ない。」旨を主張している。 そこで、①まず、E執行部が組織としてのF組に対して本件犯行の指示を出し、かつ本件犯行がF組執行部の構成員らの合意の上で敢行されたもの(F組の仕事)であったか否か(後記イ)、②続いて、C及び被告人のF組内部における序列等を検討する(後記ウ)。そして、①及び②の検討を踏まえ、総合評価を行う(後記エ)。 イ前記第2の1⑴の事実及び証拠(甲16)によれば、H株式会社I支店は、かつて、Eとつながりのある下請業者を使い、E又はその関連団体(以下「E等」という。)に支払うみかじめ料を下請工事代金に上乗せして支払っていたこと、同支店は (甲16)によれば、H株式会社I支店は、かつて、Eとつながりのある下請業者を使い、E又はその関連団体(以下「E等」という。)に支払うみかじめ料を下請工事代金に上乗せして支払っていたこと、同支店は、その後の平成22年頃、病院新築等工事の業者選定に当たり、上記下請業者を使わない旨の決定をしたこと、平成23年2月24日、同支店建築工事部長方に、氏名不詳者から、福岡に住む被害者姓の人物に危険が迫っている旨の脅迫電話があったこと、同年5月6日、同支店建築工事部工事長であった被害者方に対する本件の発砲事件が起きたこと、本件の発砲事件は、Cが指示役、A及びBが実行役となり、当時F組に所属していた同人らの関与の下で行われたことの各事実が認められる。 上記各事実によれば、本件犯行については、みかじめ料の支払を停止した上記支店に対する報復を企図したE等が、組織としてのF組にその実行を委ね、それを受けたF組執行部の構成員らの合意の下に敢行されたもの (F組の仕事)と捉えても不自然とはいえない。 もっとも、本件犯行をAに指示したCは、本件犯行当時、F組の組長代行であると同時に比較的小規模な暴力団組織と目されるC組の組長であったことがうかがわれ(甲45、被告人21[被告人の右横の番号は、速記録左にある番号を示す。以下の供述者も同じ。])、それを前提にすれば、Cが、F組執行部の構成員らの協力を得ず、C組の仕事として本件犯行を養子であるAに依頼し、実行した可能性も否定できないことになる。すなわち、E等が、F組ではなくC組の組長としてのCに本件犯行を依頼した可能性があり、また、仮に、E等がF組の仕事として本件犯行を遂行させたいという期待を持っていたとしても、Cが、組長不在のF組の状況を考慮して、F組ではなくC組の仕事として本件犯行を遂行したという事実 可能性があり、また、仮に、E等がF組の仕事として本件犯行を遂行させたいという期待を持っていたとしても、Cが、組長不在のF組の状況を考慮して、F組ではなくC組の仕事として本件犯行を遂行したという事実経過もあり得ないことではない。 なお、Cの検察官調書(甲66。以下「本件検察官調書」ということがある。)には、「この事件は、F組がN組に協力して起こした事件です。」といった記載がある。同調書は、後記3⑴アのとおり全体的に信用できるものであるが、上記記載からすれば、本件犯行がF組の仕事であったとの評価もあり得ないではない。しかしながら、同調書に係る録音録画映像(甲72)をみると、上記記載は、まず、検察官の「Aもあなたも、F組に所属していたわけだから、・・F組のね、こう、まぁ仕事というか、そういう面もあったんですかね。」といった想像に基づく誘導質問があり、これに対してCが「ですね・・N組、何ていうんですかね、いや、あの・・N組、協力していた、そんな感じですかね。」などと返答したことを受けて作成されたものと認められる(上記記載部分に関係する検察官とCとのやり取りは、これ以外には見当たらない。)。このやり取りによると、Cは、本件犯行がF組の仕事であったとは発言しておらず、検察官の誘導に乗っただけで、むしろ、Cの上記発言は、N組に協力したところに主眼があるといえ る。また、そもそも、検察官は、上記質問の中で、「F組の仕事」と断定せず、その点をぼかす形で質問しており、Cが検察官の質問の意図(本件犯行がF組の仕事であったか否か。)を理解できていたかどうかも疑わしい。 さらには、Cは、その後の検察官からの「この手の話というのは、Cさんを通しての方が多いんですか。それとも。」という本件犯行とは離れた一般的な質問に対して、「通さない方が多いですね。 うかも疑わしい。 さらには、Cは、その後の検察官からの「この手の話というのは、Cさんを通しての方が多いんですか。それとも。」という本件犯行とは離れた一般的な質問に対して、「通さない方が多いですね。」と答えており、仮に、Cが「この手の話」という言葉の意味を「F組の仕事」と捉えているのであれば、Cを通して行われた本件犯行は、F組の仕事ではなかった疑いが生じることになる。Cは、検察官から調書の読み聞かせを受け、上記記載のある本件検察官調書に署名指印しているが、末期癌で入院中であったCの当時の健康状態(甲75)に照らせば、Cが本件検察官調書の記載内容の詳細にまで注意が行き届かないまま署名指印をした可能性も何ら否定できるものではない。以上によると、Cの本件検察官調書のうち、上記記載部分に限っては、証拠価値が乏しく、本件犯行がC組の仕事であった可能性を排斥する証拠にはならない。 検察官は、CがC組組長である旨の報告書(甲45)の記載は、警察が把握していた「異名等」が記載されているにすぎず、実質的にC組が存在したことを示すものではない旨主張し、Bも公判廷でC組はなかった旨を供述する(B292、293)。しかし、同報告書の記載からも分かるように、同報告書は過去の事件記録に基づき、福岡県警察本部暴力団対策部組織犯罪対策課に確認するなどして作成されたものであり、それなりの信用性が担保されているということができる(なお、検察官は、本件犯行当時、Cが組長代行、被告人が若頭であるといった同報告書のその他の記載部分は信用できる前提に立っている。)。同報告書にはC組の組長を除く構成員についての記載はないが、捜査機関がC組の全構成員まで正確に把握しきれていなかったと考えれば矛盾はない。そうすると、本件犯行当時にC組 が存在した可能性が排斥されることはな 組長を除く構成員についての記載はないが、捜査機関がC組の全構成員まで正確に把握しきれていなかったと考えれば矛盾はない。そうすると、本件犯行当時にC組 が存在した可能性が排斥されることはない。 また、本件犯行がF組の仕事か否かの関係で、本件拳銃がF組の所有していた拳銃であったとする検察官の主張も、後記⑵で説示するとおり疑うべき事情があり、前提とすることはできない。 以上によれば、本件犯行については、E等が組織としてのF組に対して指示を出し、F組執行部の構成員らの合意の下で敢行されたもの(F組の仕事)である可能性は否定できないが、そのことを断定することまではできない。 ウ続いて、本件犯行当時に若頭であった被告人及び組長代行であったCの序列等をみていくこととする。以下、検察官の主張する事実の評価(後記)とその他の事情(後記)に分けて検討する。 a 検察官は、本件犯行に近接した時期のE執行部の構成員と被告人との通話履歴は、Cとのそれと比べて格段に多く、若頭である被告人の方が組内部で上位者に当たる旨主張する。 確かに、証拠(甲48)によれば、平成23年2月1日から同年7月24日までの間、E執行部の構成員から被告人に対して142回の電話発信がされている一方、同執行部の構成員からCに対する電話発信は3回であることであることが認められ、これらの通話履歴が、被告人とE執行部の構成員とのつながりが深かったことを示すものであることは否定できない。しかし、F組を含む二次団体の最上位者の方針によっては、自らに捜査の手が及ばないように、敢えて電話による連絡を回避することもあり得ないことではなく、E執行部と電話連絡を頻繁に行っている者が、二次団体の最上位者であるとは限らない。 電話連絡の回数の多さは、被告人をF組内部の最上位者と位置付けるに よる連絡を回避することもあり得ないことではなく、E執行部と電話連絡を頻繁に行っている者が、二次団体の最上位者であるとは限らない。 電話連絡の回数の多さは、被告人をF組内部の最上位者と位置付けるには薄弱な根拠といわざるを得ない。 b 検察官は、報告書(甲49)に添付されたF組の集合写真の着座位 置をみると、被告人がCより序列が上であることなどから、F組内部においても被告人の方がCより上位である旨主張している。 しかし、その集合写真は、平成20年8月23日と同月29日に撮影されたもので、本件犯行より2年半以上も前のものである。Cは、集合写真が撮影されてから約1年半後の平成22年2月に組長代行に就任し(甲49)、その約1年3か月後に本件犯行が起きているのであるから、上記集合写真が、本件犯行当時のF組内部の序列を正しく反映したものと断定できないことは明らかである。なお、報告書(甲49)の中には、平成20年8月23日付けの写真に関し、その当時組長代行であったOが、若頭の被告人と比べて下座に着座していることを根拠に、若頭は組長代行より地位が上である旨の捜査官の意見が記載されている。しかし、CとOのそれぞれの組長代行時代では、G組長がその当時不在であったか否かで相違があり、被告人・C間の上下関係が被告人・O間のそれと同一であったと断ずることはできない。 また、そもそも、Oは、被告人の左隣に着座しており、着座位置に大きな違いがあるとはいえない上、参集者の着座位置から直ちに組内部の序列が決まるなどとはいえず、例えば、同日付けの集合写真では、Gの方がE理事長のPより中央の上座と目される場所に着座している。 着座位置が参集者のおおよその序列を表していることは否定できないとしても、それが厳格に定められたものでなかったことは上記集合写真の着座位 方がE理事長のPより中央の上座と目される場所に着座している。 着座位置が参集者のおおよその序列を表していることは否定できないとしても、それが厳格に定められたものでなかったことは上記集合写真の着座位置からも明らかである。結局、集合写真の参集者の着座位置がいかなる経緯で決まったのかについては不明であり、検察官の主張する参集者の着座位置に関する事実は、被告人・C間の上下関係を決する上での証明力はない又は乏しいものというべきである。 c 検察官は、「F組の構成員であったQの供述は、Aの供述と整合し、Cの方が地位は上であったという被告人の公判供述は、Q、R及びS (以下3名まとめて「Qら」と呼ぶことがある。)の各供述と矛盾する。」などと主張している。 なるほど、Qらは一様に被告人が当時のF組の権限を持っていた旨を供述しており、特にQは、「組長代行はお飾りであり、組に対する権限はなく、名誉職のようなものである。本件犯行はジギリであり、G組長不在時のナンバー2である被告人が当然権限を持っている。」旨述べている(Q29ないし31、58ないし64)。しかし、CがAに本件犯行を指示したことは疑いのない事実であり、一方で、CがF組内部の上位者から指示を受け、その手足となってAに指示を出したというような事情は認められないことからすると、仮に本件犯行がF組の仕事というのであれば、Cは、本件犯行に関するF組内部での権限を有していたということになる。Cには組関係の仕事の権限はない旨のQの供述は信用に値しない。また、Cは、Gが平成22年3月に実刑判決を受ける直前の同年2月に組長代行に就任しており(甲49、53)、Cは、G組長の不在を一つの契機として組長代行に就任したとみるのが自然な流れである。この観点からも、組長代行の地位が形だけであったとするQら 直前の同年2月に組長代行に就任しており(甲49、53)、Cは、G組長の不在を一つの契機として組長代行に就任したとみるのが自然な流れである。この観点からも、組長代行の地位が形だけであったとするQらの供述は信用できない(なお、Qは、Cが組長代行に就任した経緯について別の事情を述べるが[Q57]、Qがその当時のF組の情勢を正確に把握する立場にあったとはいえないことは後述のとおりであり、その点についてのQの供述部分も信用できない。)。 さらに、Qらが、ここ最近のF組内部の序列について述べるのであればまだしも、同人らが語っているのは十数年前の組内部の序列である。被告人は平成30年にF組の若頭から組長に昇格した一方(乙1)、Cは平成27年に組長代行の職を離れ(甲49)、平成30年頃に暴力団を引退していたことを踏まえると(T12)、Qらが、F組の直近の序列と記憶に古い十数年前の序列とを無自覚のうちにすり替え、同人 らの記憶に新しい、被告人をトップとするF組の最近の序列をあたかも本件当時の序列であるかのように供述したとみても、何ら不自然なこととはいえない。 加えて、Qらの個別事情についてみると、まず、Qは、平成13年に逮捕されて以後、F組を除籍扱いとなり、平成24年に至るまで服役しており(甲50)、本件犯行当時はF組で活動していない。しかも、Qが出所した当時、平成23年7月に既に出所したGが組長としてF組の実権を握っていたから、そもそもQはG不在時のF組の情勢を経験していない。そうすると、Qが本件犯行当時のF組の実態を正しく把握し得る立場にあったなどとはいえない。RやSについては、F組の執行部に属しておらず、十数年も前の組長代行と若頭の序列及び権限を正確に把握する立場にあったとするには疑問が残る。さらに、Rは、被告人がF組の組長の あったなどとはいえない。RやSについては、F組の執行部に属しておらず、十数年も前の組長代行と若頭の序列及び権限を正確に把握する立場にあったとするには疑問が残る。さらに、Rは、被告人がF組の組長の時代に絶縁処分を受けた旨を述べており(R39、40)、こうしたRと被告人の過去の関係性に照らせば、Rの供述は鵜呑みにはできない。Sの供述は、具体性がなく、推測に基づいた自己の意見にすぎない。 以上によれば、Qらの供述を軽々に信用することができないことは明らかである。 d なお、検察官は、CがF組執行部に入っているとする被告人の供述がGの検察官調書(甲53)に反する旨主張しているので、同調書についてもここで念のためみておくと、同調書には「F組の運営を取り仕切るのは、被告人を始めとする執行部一同であったため、相談事等があれば、先輩であるCらに相談するように言っていた。」旨の記載がある。しかし、この記載からは、組長代行が執行部に含まれていなかったとか、F組を取り仕切る権限がなかったなどとは読み取ることはできない。かえって、CがF組の運営において被告人の相談に乗ると いう重要な役割を有し、F組内部でその権限を有していたことがうかがわれる。上記調書は検察官の主張の支えにはならない。 e 以上のとおり、検察官が、被告人がF組の最上位者であることを根拠付けるものとして主張する各事情は、いずれも、その前提に立てない、あるいは、推認力がない又は乏しいものばかりといえる。 前記に加え、被告人とCとの序列については、以下の事情も指摘できる。 まず、事件当時のEにおけるCと被告人の地位は、いずれも上席専務理事であり(甲45)、両者の序列に差はない。 また、日本語で「代行」の意味するところは、「代わってその職務を行うこと(人)」である。そうす 事件当時のEにおけるCと被告人の地位は、いずれも上席専務理事であり(甲45)、両者の序列に差はない。 また、日本語で「代行」の意味するところは、「代わってその職務を行うこと(人)」である。そうすると、「代行」の字義からは、「組長代行」の地位にある者が組長不在時における組長の職務を行い、組内部の最上位者になるとみても不自然ではなく、若頭が組長代行より上位者に当たるなどとは断定できない。 さらに、Aは、公判廷で、Cから本件犯行の指示を下されたことのみならず(前記第2の1⑵、A21ないし31)、後日、Cから本件犯行の実行日の指示を受けたこと(A99ないし101)、本件犯行に及んだことの第一報はCに行ったことなどを述べており(A155ないし158)、それら自体は疑うべきところのない事実といえ、Cの本件検察官調書(甲66)にも、CがEのN組から本件犯行を命じられた旨の記載がある(同調書の信用性については後記3⑴アのとおり。)。これらを前提とし、仮に本件犯行がF組の仕事というならば、Cは本件犯行の指示役として重要な役割を担い、F組内部で本件犯行を具体的に取り仕切っていたといえるどころか、本件犯行に関するF組内部の中枢にいたと評価できる。 以上によると、Cが当時のF組の最上位の立場にあり、本件犯行の最高決定権者であったとみても何ら不思議なことではない。 前記、によれば、被告人は本件犯行当時にF組の若頭の地位にあり、F組内部で要職に就いていたとはいえるが、本件犯行当時のF組の最上位者であったことや、F組内部における本件犯行の最高決定権者であったことについて、合理的な疑いを差し挟まない程度に立証されたなどとは到底いえない。 エ前記イ、ウの検討を踏まえ総合評価すると、本件犯行については、E等が組織としてのF組に対 の最高決定権者であったことについて、合理的な疑いを差し挟まない程度に立証されたなどとは到底いえない。 エ前記イ、ウの検討を踏まえ総合評価すると、本件犯行については、E等が組織としてのF組に対して指示を出し、それを受けたF組執行部の構成員らの合意の下に敢行されたもの(F組の仕事)である可能性は否定できない。しかし、そのことを断定することはできないし、そもそも被告人が本件犯行当時のF組の最上位者であったという事実や、本件犯行の最高決定権者であったといった事実を認めることもできない。そうすると、本件犯行が被告人の関与・承諾なしに敢行されたとしても、そのことが不合理などとはいえない。検察官の主張は理由がない。 この結論に対しては、本件犯行がF組の仕事であるという立場を前提に、まず、被告人が公判廷でCからの依頼を断った旨述べていることに関連して、組の最上位者でない者(若頭)が最上位者(組長代行)の指示に従わないことは不合理であるといった反論があるかもしれない。しかし、組長ではない双方高位にある者同士が、仮に組の仕事の関係で意見が対立したとしても、そのことが組内部ではあり得ない事態などとはいえず、反論は当たらない。次に、本件犯行がE等によるF組への指示の下に実行されたものであることを理由に、被告人が上位団体の意向に逆らうはずはないとの反論もあるかもしれない。しかし、そもそも、Cが被告人に対して、本件犯行が上位団体からの指示によるものであることを伝えたという証拠はなく、また、Cが上位団体やその指示者をCの下位者(被告人)に明かすことは、捜査の手が及ぶことを嫌う上位団体の意向に沿わない可能性もあるから、Cが上位団体や指示者の名前を被告人に明かさなかったとして も不自然とはいえない。したがって、この反論も当たらない。 百歩譲って、 及ぶことを嫌う上位団体の意向に沿わない可能性もあるから、Cが上位団体や指示者の名前を被告人に明かさなかったとして も不自然とはいえない。したがって、この反論も当たらない。 百歩譲って、本件犯行がF組の仕事であるという立場を前提に、本件犯行当時、被告人がCよりF組内部で上位の立場であったと仮定しても、Cは、被告人に次ぐ組長代行という高い地位にあったといえるのであるから、例えば、上位団体から指示を受けたCが、上位団体の後ろ盾があることを理由に、被告人の許可を得ず、旅行中の被告人が事務所を不在にしていた時に(弁7)、F組の組員に対しては被告人の了承があると告げて協力を依頼し、本件犯行の指示を下したとしても、それが、およそあり得ないような抽象的な可能性にとどまるなどともいえない。 以上のとおりであるから、いずれにしても、検察官の主張する事実は、被告人が本件犯行に関与しなかった疑いを排斥できる程の強い推認力があるものとはいえず、A供述を強く裏付けるものとは評価できない。 ⑵ 本件犯行に使用された拳銃について検察官は、本件拳銃はF組の所有する拳銃であって、AがMから受け取ったと考えるのが最も合理的であり、Aの供述は、通話履歴やF組の元組員であるUの供述によって裏付けられている旨を主張する。 ア Aは、当公判廷において、平成23年4月30日頃、被告人から拳銃の受領を指示された直後にMから電話連絡を受け、事務所に現れたMから本件拳銃を受領した旨(前記1⑴ウ)を供述している。確かに、関係証拠(甲23)によれば、その供述と整合するように、同日に、被告人からMへ、MからAへ及びAからMへの各電話発信が認められる。また、Uは、当公判廷において、ジギリでF組の拳銃を使用する際、被告人が知らない間にMが拳銃を交付することは考えられないと供 日に、被告人からMへ、MからAへ及びAからMへの各電話発信が認められる。また、Uは、当公判廷において、ジギリでF組の拳銃を使用する際、被告人が知らない間にMが拳銃を交付することは考えられないと供述している。 しかしながら、まず、上記通話履歴は、通話の存在及び通話時間を明らかにするにとどまり、Aの供述する通話の内容まで裏付けるものではない。 また、本件犯行当時のMは、Eの専務理事、F組の総務委員長兼事務局長 の地位にあり(甲45)、F組内部では事務所当番も行い(甲20)、拳銃の管理以外の役割も担っていたのであるから、通話内容が拳銃授受に関する話に限られるものではないことは当然である。また、通話履歴自体は令和4年10月7日に捜査機関によって既に作成されており(甲21)、Aの自供によって関係者間の通話の事実が明らかになったわけではない。Aが十数年前の通話をその日時まで含めて逐一覚えていたとは思われず、むしろ、Aにおいて客観的な通話履歴に沿うように事実経過を語ったとみる余地も十分あるのであって、通話履歴が存在することはA供述の信用性を強く担保することにはならない。 Uの上記供述は、推測に基づくものにすぎず、本件犯行に係る具体的な指示連絡過程を熟知した上でのものではないから、証明力はないに等しいし、そもそも、本件犯行がF組の仕事であったと断定できないことは前記⑴イのとおりであるから、本件犯行がF組の仕事であったことを前提とするUの供述は採用できない。 以上によれば、通話履歴やUの供述はAの供述を強く裏付けるものとはいえない。 イこれを前提に、本件拳銃がF組の所有する拳銃であったかどうか、Aの上記供述部分(前記1⑴ウ)が信用できるかどうか、についてさらに検討を進めると、確かに、本件拳銃はF組構成員であったAが使用したも イこれを前提に、本件拳銃がF組の所有する拳銃であったかどうか、Aの上記供述部分(前記1⑴ウ)が信用できるかどうか、についてさらに検討を進めると、確かに、本件拳銃はF組構成員であったAが使用したものであるから、F組の所有物であったとしても不自然ではない。 しかし、まず、本件拳銃は本件犯行後にAによって処分され、現在も発見・特定されておらず、具体的な製品名すら明らかになっていない(関係証拠[甲18]によっても、X社製、Y社製又はZ社製、左回転6条の腔旋を有する38口径の回転弾倉式拳銃と推定されているにとどまり、上記推定内容に合致する拳銃は、少なくとも24種類存在する。)。そして、Aは、本件拳銃は黒々とした立派なものではなく、いぶし銀のようなくすん だ色をしていたというのであるが(A134)、一方で、Uは、Mの管理していた拳銃を全て把握していたわけではないという前提ではあるものの(U33ないし35)、F組が所有する38口径の回転式拳銃として、銃身が黒色のものを管理していたと述べており(U64、65)、両者の述べる拳銃の色調は異なっている。結局、本件拳銃の所有関係についてのAの供述を裏付けるものはない。 さらに、Mが生前にF組の拳銃を保管していた場所は、同人が経営するスナック店舗内であったことがうかがわれる(甲19)。これは、組事務所が捜査機関から捜索を受けたときの危険を回避する措置として、暴力団組織としては自然な保管場所といえるが、それをわざわざ上記店舗内ではなく、拳銃の移動を伴い、かつ、捜索を受けたときに組全体への危険性が高まる組事務所内で拳銃の授受を行ったというのも疑問なしとしない。 加えて、Aは、令和4年6月頃の事情聴取から同年9月29日の検察官取調べに至るまでの間、ある人から本件犯行について頼まれ、メモと拳銃を同 組事務所内で拳銃の授受を行ったというのも疑問なしとしない。 加えて、Aは、令和4年6月頃の事情聴取から同年9月29日の検察官取調べに至るまでの間、ある人から本件犯行について頼まれ、メモと拳銃を同時に渡されたなどと供述していたことがうかがわれ(A299ないし302)、Aの供述には、拳銃を受領した経緯や時期について変遷が見られる。Aは、その理由について、当初は簡単に調書を作成して済ませようと思ったものの、作り話をしてもつじつまが合わなくなったので正直に話すことにしたなどと述べているが(A303)、変遷の理由として合理的とまではいい難く、また、当初、なぜ平成29年2月に既に死亡していたM(甲19)の関与すら述べなかったのかについても疑問が残る。そうすると、捜査の初期段階での供述と公判後の供述のいずれか、又はいずれもが虚偽供述である疑いを払拭できない。 ウ以上のとおり、本件拳銃がF組所有のものであった可能性を否定することはできないが、疑義も生じており、例えば、Cが上位団体から託されるなどして本件拳銃を準備した可能性も払拭できず、本件拳銃がF組の所有 物であったとは認定できない。また、拳銃の受領経緯についてのAの供述についても、信用性を低下させる事情が認められ、容易には信用できない。 ⑶ Aによる本件犯行の事後報告についてAは、本件犯行日である平成23年5月6日の夕方、C及び被告人に電話で犯行を報告した旨供述している(前記1⑴エ)ところ、検察官は、Aによる被告人への本件犯行の事後報告が通話履歴に合致する旨主張する。 確かに、同時間帯に、AからCへ及びAから被告人への各電話発信が認められる(甲22)。しかし、通話記録は、Aの供述するA及び被告人間の通話の内容を裏付けるものではなく、争点との関係での推認力は高いもので に、同時間帯に、AからCへ及びAから被告人への各電話発信が認められる(甲22)。しかし、通話記録は、Aの供述するA及び被告人間の通話の内容を裏付けるものではなく、争点との関係での推認力は高いものではない。そして、Aと被告人との間では、上記電話発信のみならず、前記1⑶のとおり、相互に多数回の電話が交わされているのであるから、虚偽供述に沿う通話記録が偶然存在することは非現実的であるといった検察官の主張も当たらない。また、仮に、かかる通話において、本件犯行に関する報告が被告人に行われていたとしても、あくまで本件犯行後の事情であり、例えば、AがCの求めに応じて被告人から事後承諾を得ようとしていたという見方も可能であって、その事実が、本件犯行前に行われた共謀の事実を推認させる根拠として十分なものなどとはいえない(無論、被告人が本件犯行の実行を事後承諾したとしても、そのことのみで、被告人が本件犯行につき事前共謀を遂げていたことにはならない。)。 ⑷ Aによる本件犯行後のバイクの処分について検察官は、本件犯行後のバイクの処分に関するAの供述が、K及びLの供述と整合する旨主張する。すなわち、Kは、J組の当時の組長であるJから、被告人に話を通しているからAに連絡して本件バイクを受け取るように指示された、Aに連絡したところ、被告人から聞いているから取りに来てよいと言われた旨供述する。さらに、K及びLは、いずれも、Aが、本件バイクを受け取りに来たKに対し、カシラ(被告人)から本件バイクを渡すよう言わ れたと話した旨供述する。そうすると、確かに、K及びLの各供述は、本件バイクの処理に係るAの供述(前記⑴オ)と符合するといえる。 しかしながら、Kは、令和5年3月14日付けの検察官調書(甲39)では当公判廷と同内容の供述をし、一方で、令和4 K及びLの各供述は、本件バイクの処理に係るAの供述(前記⑴オ)と符合するといえる。 しかしながら、Kは、令和5年3月14日付けの検察官調書(甲39)では当公判廷と同内容の供述をし、一方で、令和4年9月12日付けの検察官調書(甲38)においては、Jから、(被告人ではなく)Gに話を通していると言われた旨供述していることがうかがわれ(K39ないし43)、バイクの処分の話を通していた人物が被告人だったのか、あるいは、Gだったのか、という重要な部分について供述を変遷させている(以下、甲38における供述を「旧供述」、甲39及び当公判廷における供述を「新供述」という。)。Kは、その理由について、旧供述をしたその日のうちに、バイクの引渡し程度のことでGに話をすることはなく、Jにとっても被告人の方が相談しやすかったはずであると思い直した旨を述べている(K45、82、83)。しかし、あまりに唐突な記憶回帰の経過であり、俄かには信じ難い上、そもそも、新供述は、自身が体験した事実として記憶が呼び起こされたものではなく、Jにとって相談しやすかった相手が誰であるかという単なる想像・推測に基づいた供述にすぎないのであって(現に、Jは、Kにバイクの受領を指示する際に被告人の名前を出したことはない旨、Kと矛盾する公判供述をしている。)、証拠価値はないに等しい。さらに、Kは、自分の供述によってAの供述が裏付けられ、Aの刑が軽くなればいいと思ったとまで供述しており(K58)、Kが誠実に真実を述べているかどうかも非常に疑わしい。Kの供述は信用できない。 Lの供述についてみると、Lは、捜査の初期段階において、本件バイクを受け取る際、Aとは挨拶程度の会話しかしていないと供述していたことがうかがわれ(L47)、Aが会話の中で被告人の名前を出したか否かという重要な部分につい 、Lは、捜査の初期段階において、本件バイクを受け取る際、Aとは挨拶程度の会話しかしていないと供述していたことがうかがわれ(L47)、Aが会話の中で被告人の名前を出したか否かという重要な部分について供述を変遷させている。Lは、その理由について、取調官からAの発言内容を具体的に聞かされたからである旨述べている(L33ない し38)。仮にそのとおりであるとすると、Aの供述内容を知ったLが、それに迎合して供述を変遷させた可能性があり、その可能性が抽象的なものなどとはいえない上、変遷前の供述よりも変遷後の公判供述の方が特に信用できるといった事情も見当たらない。Lの供述も容易には信用できない。 以上のとおり、K及びLの各供述を信用することはできないから、同人らの各供述は、Aの供述を裏付けるものではないし、Aの供述の信用性を高めるものでもない。検察官の主張は採用できない。 また、仮に、本件バイクの処分に被告人が関わっていたとしても、本件犯行から数か月も後の出来事であり、しかも、本件拳銃の処分についての関わりであるならまだしも、バイクの引渡しといった日常でも行われ得ることについての関わりにすぎないから、その事実が本件犯行の事前共謀を推認させる有力な間接事実になるなどとは到底いえない。 ⑸ 供述内容の具体性、迫真性について検察官は、Aは、実行行為のみならず被告人の関与も含めて本件犯行の一連の経緯を非常に具体的に供述している旨主張する。 確かに、Aの供述に具体性があることは否定できない。しかしながら、Aの供述内容は、体験した者でなければ語り得ないという類のものではなく、本件犯行の指示に関するCの言動を一部被告人の言動に入れ替えたり、Cの言動とは別に被告人の言動を介在させたりすれば足りる程度のもので、そのことが供述者にとって著しく困 得ないという類のものではなく、本件犯行の指示に関するCの言動を一部被告人の言動に入れ替えたり、Cの言動とは別に被告人の言動を介在させたりすれば足りる程度のもので、そのことが供述者にとって著しく困難なこととはいえない。 検察官の主張は、供述の信用性を肯定する事情としては薄弱なものといえる。 ⑹ 虚偽供述の動機について検察官は、①Eが関与している組織的な発砲事件において、Aが上位者である被告人に不利な内容の供述をすれば、自身や家族に対する報復等の危険があるのであるから、Aが敢えて被告人に不利な虚偽の供述をすることは考 えられない、②Aの刑は確定しており、今更減刑されるといった恩恵がないことから、当公判廷で虚偽供述をする理由がないなどと主張する。 ①についてみると、まず、Aは、捜査機関から家族の安全確保のため万全の態勢を講じることを約束されていたというのであるから(A238)、報復等に対するAの不安はいくらか低減していたということが指摘できる。そして、Aは、組織内において被告人の嫌な面を多々見せられたこと(A422)、被告人から金銭を盗んだとの疑いをかけられたこと(甲60)、F組がAに代わって本件犯行の被害弁償をせず、被告人から軽く見られていると感じて腹が立ったこと(A214、419)などを供述しているところ、被告人も、当公判廷において、Cから被告人の後任としてAをF組の若頭に就任したいとの希望を受けていたが、別の組員を自身の後任の若頭に就任させたこと(被告人414ないし429)、Aが被告人の金銭を二度盗んだことがあること(被告人401ないし403)を供述している。これらの供述によれば、被告人とAの間には軋轢があったことがうかがわれ、Aが被告人に対して嫌悪又は怨恨の感情を抱き、これらの感情が報復等の不安を上回ったため 被告人401ないし403)を供述している。これらの供述によれば、被告人とAの間には軋轢があったことがうかがわれ、Aが被告人に対して嫌悪又は怨恨の感情を抱き、これらの感情が報復等の不安を上回ったため、Aが意図的に虚偽供述をした可能性も否定できない。 ②についても、前同様、Aが被告人に対する嫌悪等の感情を抱いた結果、自己の刑確定後も被告人を陥れる供述を維持させたと考えれば不自然なことではない。また、Aは繰り返し被告人の関与を供述してきたところ、Aの供述を主たる端緒として被告人に嫌疑が生じ、本件の起訴に至ったことがうかがわれることに照らせば、Aにおいて、従前の供述内容を維持するほかなくなり、当公判廷においても引き続き意図的に虚偽供述をしたとみることも可能である。さらにいうと、Aは、被告人が本件犯行当時に若頭という要職に就いていたことから、具体的な根拠のないまま、「若頭の被告人が本件犯行に関与していないはずはない。」と思い込んでいた可能性があり、また、Aは、前示のとおり、F組が自分に代わって本件犯行の被害弁償をしてくれず、被 告人に腹が立った旨を供述しており、これは、被告人が責任逃れをしていると感じたAの被告人に対する不満の現れとみ得るところである。そうすると、Aが、被告人が本件犯行に関与していないはずはないという偏見を持ち、さらには、実行犯である自分達だけが本件犯行の責任を負って上位者である被告人がその責任を負わないことへの不満を抱いた結果、「被告人から本件犯行の指示を下されたわけではないが、若頭の被告人が本件犯行に関与していないはずはなく、被告人は刑事責任を負うべきであるから、捜査段階で述べた被告人の関与を基礎付ける虚偽の事実を、公判廷で今更変えて供述する必要はない。」などと考えた可能性も全く否定できない。 以上によれば、 はなく、被告人は刑事責任を負うべきであるから、捜査段階で述べた被告人の関与を基礎付ける虚偽の事実を、公判廷で今更変えて供述する必要はない。」などと考えた可能性も全く否定できない。 以上によれば、検察官の主張は理由がなく、Aに虚偽供述をする理由がなかったなどとはいえない。 3 信用性に関係するその他の事情⑴ Cの本件検察官調書(甲66)との整合性アAは、当公判廷において、本件犯行を直接指示したCから、詳しい段取りはカシラ(被告人)と話して決めるように言われた旨供述している(前記⑴ア)。しかしながら、令和4年11月1日付けのCの本件検察官調書(甲66)には、CがEのN組から命令され、養子であるAに本件犯行を指示したなどの記載がある一方、Aへの命令を他者に知らせたか否かについてはその旨の記載がない。そして、同調書に係る録音録画映像(甲72)において、Cは、検察官から、その点について質問され、覚えていないといったことを主に述べている。すなわち、A供述は、被告人が本件犯行に関わったか否かという本件の争点について、本件検察官調書と齟齬する内容となっている。 この点について、検察官は、「令和4年10月31日に作成されたCの警察官調書(甲65。以下「本件警察官調書」ということがある。)には、本件犯行に被告人が関与している旨の記載があるところ、Cは、翌日に 行われた検察官の取調べの際に、同調書の内容を否定しなかった。Cは、被告人の関与について言葉にこそ出さなかっただけで、検察官の面前での供述内容を変更していない。」旨主張している。 そこで、上記録音録画映像(甲72)をみると、Cは、検察官からの、自分が話したことが調書に書かれていたかという質問については「そう思いますけどね。」と、本件警察官調書に自分が言ってもいないこ る。 そこで、上記録音録画映像(甲72)をみると、Cは、検察官からの、自分が話したことが調書に書かれていたかという質問については「そう思いますけどね。」と、本件警察官調書に自分が言ってもいないことや記憶にないことが書かれていないかという質問については「それはないと思うんですけどね。」などといずれも感想表現で答え、断定形では答えていない。そして、Cは、検察官から、Aへの命令を他者に知らせたか否かを繰り返し質問されているが、「あの頃のことは・・、嘘ではないけど・・覚えてない。当時のことはね。ちょうどそのとき、あの、おそらく、・・、正直言って覚えてないですね。」、「ちょっと、分からない、・・そういうのははっきり分かりません。・・確かね、その当時私あの、ずっと病院に行って・・、私頭がちょっとおかしくなっていたからね。覚えていないですね、正直。」、「したんじゃないですかね。そこのところは、ちょうどそのときは、私が、頭おかしなって、分からないんですよ。」、「本当たまたまおかしくなって分からないんですよ。」、「・・そこのところは、覚えていない。嘘でも何でもないよ。」、「あるんでしょうね、そういうのは。」、「自分のとこの組じゃなくて、ほかの組が・・あると思います。」、「(「A以外の人にお願いするということは考えなかったか。」という検察官の質問に対して)こちらの人にお願いするということはまずないですね。」、「言ってないね。おそらく言っていないと思います。」、「(「Aに命令したことを」という検察官の発言に続けて)ほかの奴に命令していない。」、「言ったかもわからんけど、今となっては、ほんとに先生、覚えていない。申し訳ないけど。」旨発言し、被告人の関与があったという事実を全く述べておらず、むしろ、A以外の人物に本件犯行の話をしたり命じた もわからんけど、今となっては、ほんとに先生、覚えていない。申し訳ないけど。」旨発言し、被告人の関与があったという事実を全く述べておらず、むしろ、A以外の人物に本件犯行の話をしたり命じた りはしていないといった趣旨の発言もある。令和6年11月1日付けの本件検察官調書の内容、それに係る録音録画映像(甲72)で明らかな上記の検察官の質問やそれに対するCの応答等を踏まえ、取調べ状況を全体として評価すれば、Cの供述について検察官の述べるような捉え方をすることができないことは明白である。そもそも、取調検察官が、被告人が本件犯行に関与した旨のCの本件警察官調書が前日に作成された中、Cから同様の供述を得ることを目標としていたことは、その経過からも、Cへの質問内容からも自明であって、かかる取調検察官がCの取調べを通じて供述調書に録取すらできなかった供述内容が、あたかもCが取調べ時に真に述べていた供述であったかのような検察官の主張は理解し難いものがある。検察官の主張は独自の解釈というほかなく、採用し得ない。 そうすると、やはり、A供述はCの本件検察官調書と齟齬しているといえる。 そこで続いて、本件検察官調書の信用性を検討すると、上記取調べ時のCの体調は、入院中のために全般として相当に悪かったことはうかがわれるものの、録音録画映像(甲72)によれば、検察官は、Cの取調べの際に、本件犯行がF組の仕事か否かといった点を除けば(前記2⑴イ参照)、示唆・誘導その他の不当な方法による取調べは行っておらず、Cも、自身が命令した相手がAであったことや、本件犯行をCに指示した組織がN組であったことなど、本件犯行の核心部分については自らの言葉で話しており、検察官の面前で任意に供述したものと認められる。 本件検察官調書は、本件犯行がF組の仕事である旨の部分 行をCに指示した組織がN組であったことなど、本件犯行の核心部分については自らの言葉で話しており、検察官の面前で任意に供述したものと認められる。 本件検察官調書は、本件犯行がF組の仕事である旨の部分を除けば、その信用性に疑うべき点は特段見当たらない。 もっとも、Cが検察官の取調べで被告人の関与を供述しなかった理由次第では、本件検察官調書とA供述との間に齟齬が生じても不自然では なく、A供述の信用性に影響を及ぼさない可能性がある。そこで、その理由についても考察しておくと、①Cは被告人に指示を出したが、そのこと自体を忘れてしまった、②Cは被告人に指示を出したが、取調べが録音録画されていることなどから、被告人の名前を検察官に明かすことを躊躇した、③Cは被告人に指示を出していない、という可能性が想定される。 まず、①の可能性についてみると、Cは、検察官に対し、自己の記憶には自信がない旨を発言しつつも、自身がAに指示を出したことやN組から自身への命令があったことなどについては述べている。Cは、Aの上位者として本件犯行の全体像を把握する立場にあり、被告人の関与はAの実行と並んで本件犯行の中核をなすものであるところ、CがAへの実行命令を正しく認識してその旨を供述しながら、同様に中核をなす被告人の関与の部分に限って完全に忘却するというのは容易には首肯し難い。②の可能性については、Cは、検察官に対し、自己に指示を出したEの上位団体と目される組名(N組)を供述していることは前示のとおりであって、被告人の名前に限って供述することを躊躇するというのも疑問である。そして、少なくとも、①又は②である蓋然性が他の可能性を排斥するほどに高いなどとは到底いえないし、ましてや、Cの供述が変わった理由が①又は②であるということが合理的な疑いを差し挟まない 疑問である。そして、少なくとも、①又は②である蓋然性が他の可能性を排斥するほどに高いなどとは到底いえないし、ましてや、Cの供述が変わった理由が①又は②であるということが合理的な疑いを差し挟まない程度に立証されているともいえない。他方で、Cが被告人に指示を出していないことから被告人の関与を供述しなかった可能性(③)については、抽象的なものとして排斥するだけの確たる証拠はなく、Cが真に被告人に指示を出していない可能性も否定できない(なお、本件警察官調書との関係については後記イで詳述する。)。 以上によると、Cの本件検察官調書によれば、被告人がCから本件犯行の指示を受けておらず、本件犯行に関与していない可能性は相応にあ るということができ、本件検察官調書と齟齬するA供述は、その信用性に重大な疑義が生じていることになる。 イ検察官は、被告人が本件犯行に関与したことなどが記載されたCの本件警察官調書(甲65)がAの供述と整合する旨を主張している。しかし、当裁判所は、第7回公判において、本件警察官調書の取調べ請求を却下する決定(以下「本決定」という。)をした。その理由は、本決定において説示したとおりであるが、検察官は、論告において、本決定は不当であり、本件警察官調書は刑訴法321条1項3号により証拠能力が認められる旨縷々主張しているので、かかる検察官の主張について補足して説明を加えることとする。 検察官は、臨終状態にある供述は良心性が類型的に認められ、供述の信用性が状況的に保障される場面であるところ、良心性を検討するに当たっては、供述者が現に死に直面していると認識していることが重要であり、Cもそのような状態であったのであるから、本件警察官調書には絶対的特信情況が認められる旨主張する。しかしながら、供述者が死に直面して ては、供述者が現に死に直面していると認識していることが重要であり、Cもそのような状態であったのであるから、本件警察官調書には絶対的特信情況が認められる旨主張する。しかしながら、供述者が死に直面していることを認識しているといっても、死への具体的な切迫具合や死に直面していることが供述の動機付けになるかは、各人によって様々であることに加え、供述者の良心性の有無・程度は、事件の性質・内容、供述者の特性、供述者と事件との関係性等によって相違することは明らかであるから、死に直面している者が等しく絶対的特信情況を肯認できる程の良心性を保持しているということにはならない。そして、取調べ当時のCがそのような良心性が類型的に保障されている状態にあったとはいえないことは本決定で説示したとおりである。検察官の主張は理由がない。 検察官は、診療録(甲75)によれば、令和4年10月31日12時26分以下の記載に、「レベル:クリア」、「発熱・感冒症状なし」、「36.5度」、「現在、発熱・疼痛なく経過」との記載や、同日18時16分以下の 記載に「13:00~14:00別館2Fオペ室にて警察官2名より聴取を行う」との記載があることからすると、同日の本件の取調べに当たってCの体調面に支障はなかった旨主張する。しかし、同日12時26分以下の記載部分は他の記載と違って検温時刻が記載されていない。すなわち、検察官の主張する「12時26分」の記載は検温時刻ではなく、診療録への記載時刻である。そして、この部分の記載に関しては、診療録の最終更新として「16時23分」の履歴もある。そうすると、36.5度の検温時刻は、「12時26分より前又は16時23分より前」としか認定できず、検察官の主張事実を前提とすることはできない。さらに、上記診療録を基にCの健康状態について詳細 る。そうすると、36.5度の検温時刻は、「12時26分より前又は16時23分より前」としか認定できず、検察官の主張事実を前提とすることはできない。さらに、上記診療録を基にCの健康状態について詳細に見ると、Cは、令和3年9月、医師から進行胃癌と診断され(なお、Cの腫瘍は各部位に浸潤・散在し、それを切除しても根治性に乏しいことから切除は見送られ、Cの妻に対しては、医師から、抗癌剤治療で余命半年から2年程度との告知がされた[甲75の23頁、24頁]。)、同月から長期入院治療を開始し、令和4年8月に一旦自宅療養に戻ったが、同年10月22日自宅で吐血したことから病院に緊急搬送されて再び入院したこと、Cは、その後は発熱、高熱、解熱剤投与による解熱といった症状を繰り返し、Cの体温は、本件取調べの前日である同月30日13時半(甲75の253頁)の検温時に39.2度を示し、同日14時(同頁)にアセリオがCに投与され、同日18時(同頁)の検温時に37.3度、同月31日3時(同254頁)の検温時に37.9度、同日15時(同256頁)又は15時10分(同255頁)の検温時に39.7度をそれぞれ示したこと、同日15時16分にCが嘔吐している姿が発見されたこと(同頁)、同日12時26分より前又は16時23分より前の検温時に36.5度を示した時間があったこと(前記認定)、同日は病期の進行に起因した疼痛がCに見られたこと(同頁)の各事実が認められる。以上のような末期癌で入院中のCの健康状態の推移や体温の変化等に 照らせば、同日13時から14時の間に行われた本件の取調べにおいて、Cの体調面に問題がなかったなどとは認定できず、むしろ健常時と比べて健康面が相当悪化した状態であったことは明らかである。検察官の主張は理由がない。 検察官は、仮に令和4年10 の取調べにおいて、Cの体調面に問題がなかったなどとは認定できず、むしろ健常時と比べて健康面が相当悪化した状態であったことは明らかである。検察官の主張は理由がない。 検察官は、仮に令和4年10月31日の取調べ時に警察官による示唆・誘導等があったのであれば、Cは、その取調べの翌日(同年11月1日)に行われた検察官による取調べの際に、検察官に前日の供述の撤回等を申し入れるはずであるが、Cはそのような申入れをしていないのであるから、警察官の取調べに不当な点はなかった旨も主張する。しかし、取調べの際に捜査官から供述者に示唆・誘導等がされることと、供述者がその取調べに不満を持ったり、その不満を別の捜査官に述べたりすることとは別問題であり、論理的必然の関係にあるわけではない。例えば、供述者の判断能力の低さや体調不良による供述意欲の減退・欠如に乗じ、捜査官が巧みに示唆・誘導等を行ったり、供述調書の読み聞かせを適切に行わなかったりした場合など、供述者が捜査官による取調べの不当性に問題意識を持てないケースはいくらでもあり得よう。本件のCは、取調べ当時75歳と高齢で、平成29年9月に脳出血を患っていたことに加え(T10、11)、末期癌で入院中のCの体調面に問題がなかったなどとはいえないことは前示のとおりであり、Cが取調べの不当性に問題意識を持てなかったとしても何ら不自然なことではない(なお、前記のとおり、Cは、令和4年11月1日の取調べで、検察官から、警察官の取調べに不満等はないかといった質問をされ、「それはないと思うんですけどね。」などの感想表現で返答しており、断定形では答えていない。)。検察官の主張は論理に飛躍があり、採用できない。 検察官は、本件警察官調書の作成経緯に関し、取調警察官のVは、公判廷で、取調べ時のやり取りや仕草を具体的かつ しており、断定形では答えていない。)。検察官の主張は論理に飛躍があり、採用できない。 検察官は、本件警察官調書の作成経緯に関し、取調警察官のVは、公判廷で、取調べ時のやり取りや仕草を具体的かつ迫真的に供述し、Vが偽証 罪で処罰される危険を負ってまで、公判廷で虚偽の供述をする事情もうかがわれないから、Vの供述の信用性は高く、Vの供述によれば、刑訴法321条1項3号の絶対的特信情況が認められる旨主張する。 しかしながら、Vの供述は、体験した者でなければ語り得ないという程のものではなく、適宜現実に体験したエピソードを交えながら、基本的には作成した本件警察官調書の記載内容に沿うように供述すれば足りる程度のものである。また、偽証罪の危険を負ってまで虚偽の供述をする事情はない旨の検察官の主張も、本件で問題となっているのは録音録画されていない密室で行われた取調べであり、そこであった事実についての偽証を客観的に証明するものはなく、また、Cが死亡している状況においてはかかる偽証を供述証拠によって明らかにすることもできず、結局偽証を証明する直接の証拠がないということは捜査官であれば当然理解できることであるから、本件において偽証罪の制裁が虚偽供述の抑止力として機能していたとは断定できない。 そして、本件では、わずか1日で、Cの本件警察官調書と本件検察官調書の各記載内容に重大な齟齬が生じており、Cの体調が1日で更に悪化したといった事情も認められないところ、録音録画が行われ、Cが主要な点を任意に供述したことが客観的に確認できる本件検察官調書と、録音録画されておらず、警察官が公判廷でCの供述を適切に聴取した旨供述するだけで、取調べの経過が客観的に明らかとなっていない本件警察官調書とを比較した場合、本件検察官調書の方が相対的に信用できることは明 画されておらず、警察官が公判廷でCの供述を適切に聴取した旨供述するだけで、取調べの経過が客観的に明らかとなっていない本件警察官調書とを比較した場合、本件検察官調書の方が相対的に信用できることは明らかである。本件検察官調書との間に重大な齟齬が生じている本件警察官調書や、それを作成したVの公判供述を信用することなどできない。 以上のとおりであるから、本件警察官調書の証拠能力に関する検察官の主張は理由がない。その余は本決定で説示したとおりであり、本件警察官調書は、捜査官による示唆・誘導等によって作成された疑いが払拭できな いことなどの理由から、刑訴法321条1 項3号の絶対的特信情況があるとはいえず、証拠能力を有しない。 ⑵ Bの公判供述との整合性Aは、当公判廷において、Aが、被告人に対し、犯行場所に行くためにBに本件バイクを運転させたい旨述べたところ、被告人から、本件バイクを運転させることについては被告人からBに言っておくと言われた旨を供述し(前記⑴イ)、さらに、Aは、Bに依頼をしたときの同人の様子から、被告人からも既に本件犯行の話がBにされていると認識した旨を供述している(A480ないし483)。他方で、Bは、被告人から本件犯行を依頼されたことはないと述べている(B165、318)。以上のとおり、Aの供述は、被告人が本件犯行に関与しているかどうかといった核心部分について、Bの供述と整合していない。 なお、検察官は、Bが、自分であればAとは違って関係者の名前は出さないといった趣旨の供述をしているところを捉え(B160ないし168)、Bは指示者を庇っていると推認できる旨主張している。確かに、Bのこのような供述態度からすれば、B供述の信用性判断は慎重に行うべきであるが、一方で、被告人が関与していないとするB供述の核心 168)、Bは指示者を庇っていると推認できる旨主張している。確かに、Bのこのような供述態度からすれば、B供述の信用性判断は慎重に行うべきであるが、一方で、被告人が関与していないとするB供述の核心部分については、前記⑴で説示したCの本件検察官調書(甲66)の供述内容とも整合性が取れ、B供述の信用性が担保されていると評価し得るところである。B供述に信用性がないと結論付けることはできない。 ⑶ 供述経過についてAの供述経過についてみると、Aは、令和4年11月3日、W警察官の取調べの中で、本件犯行に関する被告人の具体的な関与を初めて供述し、その旨の警察官調書が作成された(なお、同日以前の取調べの中でも、被告人のことが話題に出たことがうかがわれ[W51ないし55、59、69、138、139]、Aから、若頭であった被告人が本件犯行に関与していないはず はないといった感想程度の話が出た可能性はある。しかし、それ以上に、同日以前にAが被告人の具体的な関与まで話をしていたかについては、Wもそこまで供述しておらず、そもそもそのような供述調書も作成されていないのであるから、証拠上認めることはできない。)。そして、Aが同日に被告人の関与を認める供述をしたきっかけは、Wから、Cが被告人の関与を自供した事実を聞かされ、Cの本件警察官調書(甲65)の写しの署名指印部分を見せられるなどしたことによるものと認められる(W95、99、100、159、A224、弁17)。Aは、その後、自身の刑事裁判での検察官の求刑又は判決の量刑が重かったことに不満を抱き、検察官の取調べに応じないこととし(W116ないし118、A235、373、弁16)、また、第一審判決後は、控訴審で被告人の関与を話すことが保釈の判断に有利になるなどの考えから、検察官の取調べに応 検察官の取調べに応じないこととし(W116ないし118、A235、373、弁16)、また、第一審判決後は、控訴審で被告人の関与を話すことが保釈の判断に有利になるなどの考えから、検察官の取調べに応じることにしたものと認められる(W123、A236、375、389、弁17)。 以上を踏まえ検討すると、まず、Aが令和4年11月3日に捜査機関に対して初めて被告人の具体的な関与を供述した理由は、Cが被告人の関与を自供し、その旨の調書が作成された事実を知らされたことを端緒としたものであるから、Aが同調書に供述を合わせたにすぎない可能性がある。また、その後、Aは、検察官の求刑又は判決の量刑が重いといった自らの利害に関わる理由から、検察官の取調べに応じない意思を示し、さらに、Aは、第一審判決後に検察官の取調べに応じてはいるものの、それも結局は、身体拘束の判断に有利となるようにといった自らの利害に関わる事情が一因となっている。 このように、Aが被告人の関与を認めたり、供述を拒否したり、再度認めたりといったように、供述態度を複数回にわたって変更させ、被告人の関与を認めた理由についても、Cの調書に迎合した可能性があるのみならず、A自身の利害が関係していることなどに照らすと、Aが誠実に真実を述べてい るかは相当疑わしいといえる。Aが自身に有利な事情を作り出すために虚偽を述べ、その供述を、前記2⑹で説示した事情によって、当公判廷でも維持させたとみても何ら不自然なことではない。 したがって、上記のAの供述経過からすれば、A供述をたやすく信用できる状況にないことは明らかである。 4 A供述の信用性の結論A供述は、検察官立証の柱であるが、前記2、3で検討したとおり、その支えとして検察官が主張する事実及び事情は、その前提に立てない、あるいは、 ないことは明らかである。 4 A供述の信用性の結論A供述は、検察官立証の柱であるが、前記2、3で検討したとおり、その支えとして検察官が主張する事実及び事情は、その前提に立てない、あるいは、推認力がない又は乏しいといえるものばかりであり、それらの事実を総合考慮しても、A供述の信用性を肯認するものとしては十分ではない。しかも、Aにおいて虚偽供述をする動機がないとはいえないばかりか、A供述は、信用性が肯定できるCの本件検察官調書(甲66)と核心部分で矛盾し、Bの供述とも整合せず、さらには、Aは自身の利害に関わる事情で供述態度を複数回変更させ、供述態度の真摯性にまで重大な疑義が生じているのであるから、Aの供述を信用することなどできない。 よって、本件の争点である被告人と共犯者らとの共謀につき、合理的な疑いを超える証明がされたということはできない。 第4 結語以上の次第で、本件公訴事実については犯罪の証明がないから、刑訴法336条により、被告人に対して無罪の言渡しをする。 (求刑懲役12年)令和6年12月13日福岡地方裁判所小倉支部第1刑事部 裁判長裁判官渡部五郎 裁判官安陪遵哉 裁判官大野志明

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