主文 原判決及び第1審判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由 弁護人真早流踏雄,同宮田行雄,同織戸良寛の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であって,適法な上告理由に当たらない。 しかし,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。 第1 本件公訴事実及び本件の経過本件公訴事実の要旨は,「被告人は,健康食品の販売を目的とする株式会社A(以下「A」という。)の特約販売店として稼働していたものであるが,福岡県内の路上で自動車を運転中,Bの運転する自動車に追突され負傷したことを奇貨として,休業損害補償金名下に,Bが運転していた車両の所有者がa町農業協同組合(以下「a町農協」という。)との間で締結していた自動車共済契約(以下「自動車共済」という。)による共済金を騙取しようと企て,真実は特約販売店の仕事を平成5年5月22日で辞め,同年6月4日から有限会社C(以下「C」という。)で稼働していたのに,これを秘して,自己が継続してAの特約販売店として稼働しており前記負傷のために休業中であるかのように装い,同年8月2日から同年9月22日までの間に,宮崎県東諸県郡a町bc番地d所在のa町農協において,自己が同年5月10日から同年7月30日までのうちの71日間Aの特約販売店の営業を休業した旨記載した内容虚偽の休業損害証明書を提出して,休業損害補償金の支払を請求し,a町農協共済課主任D及び同共済課長補佐Eをその旨誤信させて,休業損害補償金の支払手続を採らせ,共済金支払の決定権者であるF共済農業協同組合連合会自動車部長Gをその旨誤信させて,共済金支払の決定をさ a町農協共済課主任D及び同共済課長補佐Eをその旨誤信させて,休業損害補償金の支払手続を採らせ,共済金支払の決定権者であるF共済農業協同組合連合会自動車部長Gをその旨誤信させて,共済金支払の決定をさせ,よって,同年1- 1 -0月28日,同連合会からa町農協を介してH銀行I支店の被告人名義の普通預金口座に77万7450円を振込入金させて,これを騙取した。」というのである。 第1審判決は,公訴事実と同旨の犯罪事実を認定して,被告人に対し懲役1年6月,3年間執行猶予の判決を言い渡した。原判決は,第1審判決の証拠評価に誤りがあるとしたものの,犯罪事実自体は認められるから,事実誤認はないとして,被告人からの控訴を棄却した。 第2 当裁判所の判断 1 原判決の認定事実のうち,以下の部分は,証拠上明らかであり,是認することができる。 (1) 被告人は,平成3年夏ころからCに塗装工として勤務していたが,その傍ら,平成4年12月ころ,健康食品販売のいわゆるマルチ商法を営むAの会員となり,販売実績を伸ばして特約販売店に昇格した後,専らAの営業に従事するようになって,Cを無断欠勤したため,遅くとも平成5年5月には同店を辞めた扱いとなっていた。 (2) 被告人は,同月10日,Aの研修に参加するため,福岡県内の路上で自動車を運転中,Bの運転する自動車に追突されて,頸椎捻挫の傷害を負い,同月13日から同年7月30日まで通院して治療を受けた。 (3) 被告人は,本件交通事故の後,同年5月22日限りでAの仕事を辞め,同年6月4日,Cに再び雇用された。 (4) 被告人は,B運転車両の所有者がa町農協との間で締結していた自動車- 2 -共済に基づき本件交通事故の共済金の直接請求をするため,請求手続の教示を受けるべく,同 日,Cに再び雇用された。 (4) 被告人は,B運転車両の所有者がa町農協との間で締結していた自動車- 2 -共済に基づき本件交通事故の共済金の直接請求をするため,請求手続の教示を受けるべく,同農協に赴いた際,担当者のDに事故後転職したことを告げたところ,休業損害証明書の用紙を2枚くらい渡され,両方の勤務先から休業損害証明書を作成してもらい提出するよう説明を受けた。 (5) 被告人は,同年6月4日からCに雇用されていたので,同店代表者のJに休業損害証明書の作成を依頼したが,同人から,本件事故は被告人が同店に勤務する前のことであり,共済金請求手続には一切関係したくないとして,その作成を拒否された。 (6) 被告人は,AのKから休業損害証明書の用紙に記名押印を得る一方,共済金請求の仕方が分からなかったため,保険代理業を営むLにその内容の記載を依頼したところ,同人は,被告人からの聴取に基づき,事故当日の同年5月10日から通院治療を中止した同年7月30日までのうちの71日間をAでの欠勤期間とする旨を記載した。これにより,被告人がこの期間Aでの勤務を欠勤したことをKが証明する旨の証明書(以下「本件証明書」という。)が完成した。 (7) 被告人は,本件証明書とは別の休業損害証明書の用紙に,自らCに再雇用されてから欠勤した期間を鉛筆で記載した。 (8) 被告人は,同年8月2日から同年9月22日にかけて,本件交通事故の共済金を請求するため,a町農協に赴き,Dに対し,本件証明書及び本件事故前3か月間のAにおける収入を証明する同年2月から同年4月までの各販売実績証明書,前記(7)の鉛筆書きの書面,Cでの以前の給与明細書等の書類を提出した。 (9) 被告人の提示した書類を点検したDは,「交通事故後の分はみれんよ。」と言つて,前記(7)の鉛筆書きの書面 実績証明書,前記(7)の鉛筆書きの書面,Cでの以前の給与明細書等の書類を提出した。 (9) 被告人の提示した書類を点検したDは,「交通事故後の分はみれんよ。」と言つて,前記(7)の鉛筆書きの書面及びCでの以前の給料明細書の受取りを拒否したが,他方,本件証明書には書類上不備がなかったので,これを受け取った。 その際,被告人は,本件証明書にCでの欠勤期間が含まれていること,同店での給- 3 -与水準がAでの平均月収を下回っていることを積極的に告知しなかった。 2 以上の事実関係に基づき,原判決は,被告人はDに本件証明書を提出して休業損害金の支払請求をした際,本件証明書の内容が虚偽であることを十分告知せずに請求しており,これが欺罔行為に当たると判断した。 3 記録によれば,被告人のCでの給与水準は,Aでの平均収入を下回っていることが明らかであるが,被告人は,本件事故とは別の理由で転職したものと認められるから,転職に伴う収入の低下は,本件事故と相当因果関係のある損害には当たらないというべきである。したがって,被告人がDに本件証明書を提出した行為は,支給決定の決定権者の意思表示に影響を及ぼし得るものであって,外形的には詐欺罪における欺罔行為に該当し得ることは否定し難い。 4 しかし,以下のとおり,被告人が詐欺の故意を有していたと認めるには疑問がある。 (1) 被告人は,前記のように,a町農協の共済金担当者であるDから共済金請求の手続について教示されたとおり,Cの代表者に休業損害証明書の作成を依頼したところ,同人からその作成を拒否されたのであるから,この時点において共済金を不正に請求しようという意思を有していたとみるのは困難である。 (2) さらに,被告人は,共済金を請求するに当たり,本件証明書のほかに,休業損害証明書用紙に自ら鉛筆書きした この時点において共済金を不正に請求しようという意思を有していたとみるのは困難である。 (2) さらに,被告人は,共済金を請求するに当たり,本件証明書のほかに,休業損害証明書用紙に自ら鉛筆書きした書面及びCでの以前の給料明細書等の書類を提出している。被告人が共済金を不正に請求するつもりであれば,本件証明書及び本件事故前3か月間のAにおける収入を証明する書面だけを提出すればよいのであって,被告人の前記行動は,不正請求を行うにしては不可解な行動といわざるを得ない。確かに,以上の各書面上,AとCにおける休業期間は重複していることから,一見したところ,休業損害補償金の二重請求の疑いを生じかねないものである。 しかし,Cの分は,代表者印もない鉛筆書きの書面によるものであるから,被告人- 4 -としても,これにより休業損害補償金を二重に支払ってもらえると期待していたとは到底考え難い上,Dから2通の書面の関係について問いただされれば,本件証明書の休業期間の記載に虚偽があることを告げざるを得ず,被告人自身もそのような意思であったと考える余地が多分にある。そうすると,被告人が本件証明書と鉛筆書きの書面を他の書類とともに併せて提出したのは,さきにDから転職後の会社にも休業損害証明書を作成してもらうよう指示されていたので,その指示に従い,これに代わるものとしてこの鉛筆書きの書面を提出したにすぎず,補償金の額については専ら共済金支払手続の担当者であるDの判断に委ねる意思であったと認めるのが合理的である。 (3) ところが,前記2通の書面の提出を受けたDは,「交通事故後の分はみれんよ。」と言って,Cの分に係る書面を突き返す一方,本件証明書の内容を問いただすことなく,これをもとに手続を進めていったのであるが,被告人としては,以前Dに転職の事実を告げていたので, 後の分はみれんよ。」と言って,Cの分に係る書面を突き返す一方,本件証明書の内容を問いただすことなく,これをもとに手続を進めていったのであるが,被告人としては,以前Dに転職の事実を告げていたので,共済金支払手続の担当者である同人が,本件証明書の内容が事実でないことを認識した上で手続を進めているものと思い,これにあえて異を唱えなかったのではないかとみ得る余地が多分にある。そうすると,Dが本件証明書の休業期間の記載に虚偽が含まれていることを認識していたかどうかはともかく,共済金請求に精通しない被告人としては,必要書類を提出すれば,共済金支払手続の担当者が正当な補償金の額を算定した上,手続を進めてくれるものと信じたことには合理的な理由があるというべきである。 (4) このように,本件においては,本件証明書の提出行為を取り出してみれば,外形的には詐欺の欺罔行為と目される面があったことは否定し難いところであるが,しかし,その際の被告人の行動及びDの対応を総合的に考慮すると,被告人に積極的に共済金を不正に受給しようというまでの意思があったとは認め難いというべきである。 - 5 - 5 以上の検討によれば,本件共済金請求につき被告人に詐欺の故意があったと認めるには合理的な疑いが残るから,詐欺の故意を認めた原判決の判断は,到底是認することができない。 第3 結論 以上のとおり,被告人に詐欺罪の成立を認めた第1審判決及びこれを維持した原判決には,判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。 そして,既に第1審及び原審において必要と思われる事実審理は尽くされているので,当審において自判するのが相当であるところ,本件公訴事実については犯罪の証明がないので,被告人に対し無罪の言渡しをすべきであ て,既に第1審及び原審において必要と思われる事実審理は尽くされているので,当審において自判するのが相当であるところ,本件公訴事実については犯罪の証明がないので,被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。 よって,刑訴法411条3号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,404条,336条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 検察官山田弘司公判出席(裁判長裁判官町田顯裁判官井嶋一友裁判官藤井正雄裁判官大出峻郎裁判官深澤武久)- 6 -
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