令和7年11月12日宣告令和6年第1046号覚醒剤取締法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反被告事件 主文 被告人は無罪。 理由 1 本件の公訴事実は、「被告人は、みだりに、令和4年5月12日、京都府八幡市ab 番地c、d 番地e 所在の店舗(以下「本件店舗」という。)において、覚醒剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶粉末約3.575グラム及び麻薬であるコカインを含有する粉末約0.093グラムを所持したものである。」と いうものである。 これについて、弁護人は、被告人は、本件店舗に黒色ポーチを持参していき、そこで気づかないうちに黒色ポーチを落としたが、この黒色ポーチは知人であるAが被告人の車内に置き忘れていったものであり、被告人は、その黒色ポーチの中に覚醒剤等の違法薬物が入っていたことは認識していなかったから、被告人に は、覚醒剤等所持の故意がなく無罪であると主張する。 2 関係証拠によれば、以下の事実が認められ、当事者間にも争いはない。 ⑴ 被告人は、令和4年5月12日(以下、特に断りのないかぎり、令和4年5月12日のこととする。)午前11時12分頃、本件店舗に入り、同14分頃、店内において黒色ポーチを落としたが、被告人は、黒色ポーチを落としたこと に気づかなかった。なお、黒色ポーチには、公訴事実記載の覚醒剤7袋や、コカイン1袋のほか、チャック付きポリ袋に入ったストロー片1本が入っていた(甲2ないし9、12 ないし14、被告人)。 ⑵ 午前11時24分頃、Aが本件店舗に入り、午前11時26分頃、被告人及びAがいったん本件店舗から出た後、午前11時34分頃、被告人及びAが再 度本件店舗に入った(甲13、証人A、被告人)。 ⑶ 4分頃、Aが本件店舗に入り、午前11時26分頃、被告人及びAがいったん本件店舗から出た後、午前11時34分頃、被告人及びAが再 度本件店舗に入った(甲13、証人A、被告人)。 ⑶ そして、午後0時07分頃、被告人及びAが本件店舗を後にした(甲13、証人A、被告人)。 ⑷ 被告人は、午後7時32分頃、車に乗って本件店舗に来て駐車場に入ろうとしたが、本件店舗の駐車場に入らずに走り去った(甲21、26、被告人)。 3 被告人は、当公判廷において、要旨次のとおり供述する(以下、これを「被告 人供述」ともいう。)。 令和4年5月10日にAを車に乗せたが、その際、Aが助手席に黒色ポーチを置き忘れたため、同日、Aに電話してその旨伝えた。そして、同月12日に本件店舗で落ち合って返すこととなり、同日、本件店舗に行き、Aと落ち合ったが、いざ黒色ポーチを返そうとしたところ、これが見当たらなかったことから、車の 中に忘れてきたと思ってAと一緒に車内を確認したが見つからなかったため、自宅に忘れてきたと思い、Aにその旨告げてAとは別れたが、自宅に帰って探しても、黒色ポーチが見つからなかったことから、Aに電話し、自宅にもなく、どこかに落としたかもしれないなどと話すと、Aから黒色ポーチには薬物が入っていた旨告げられたため、大変なことになったと思い、当日の立寄り場所である本件 店舗に探しに行こうとして本件店舗まで車で行き、駐車場に入ろうとしたが、すでにパトカーなどが来ていたため、駐車場に入らずに走り去り、その際、Aからかかってきていた電話でAに対し、「パトカーが来ていた。」旨伝えた。なお、黒色ポーチについては、Aのものであると分かっていたこともあって、中身は確認しておらず、Aから告げられるまで、中に何が入っているか知らなかった。 話でAに対し、「パトカーが来ていた。」旨伝えた。なお、黒色ポーチについては、Aのものであると分かっていたこともあって、中身は確認しておらず、Aから告げられるまで、中に何が入っているか知らなかった。 4 検察官は、以下のとおり主張する。 ⑴ 通常、人は自分が所持するものについては、それが何であるか認識しているはずである。 ⑵ 覚醒剤等は厳格な法禁物で、かつ、高額で取引される物品であって、通常それを所持する者は、その認識をもって厳重に保管管理しているはずである。 ⑶ 被告人は、午後7時32分頃、再度、本件店舗の駐車場に入ろうとしたが、 制服姿の警察官やパトカーを目にするやその場を立ち去っていることからすれば、被告人は、黒色ポーチの在中物について、早急に回収すべき物品で、かつ、警察官に見つかると極めて不都合な物品、すなわち、法禁物であったと認識していたと認められる。 ⑷ Aは、「被告人の車に黒色ポーチを落としたことはない。被告人に洗車道具を あげるために、被告人と本件店舗で待ち合わせた。被告人と本件店舗で会った日に、被告人から覚醒剤を落としたかもしれない旨電話で告げられた。」などと供述するところ(以下、これを「A供述」という。)、A供述は信用できるから、これからすれば、被告人は黒色ポーチの在中物が覚醒剤等であるとの認識を確定的に有していたといえる。 ⑸ 自分の車に誰かが物を置き忘れたような場合、誰のものか、また、重要なものが入っているのではないかなどとの理由で在中物を確認するのが通常であり、黒色ポーチの在中物を確認していないという被告人供述は到底信用できない。 ⑹ 被告人供述は、不自然、不合理な点が多く、また、信用できるA供述とも相反しており、信用できない。 ⑺ 以上からすれば、被告人には 物を確認していないという被告人供述は到底信用できない。 ⑹ 被告人供述は、不自然、不合理な点が多く、また、信用できるA供述とも相反しており、信用できない。 ⑺ 以上からすれば、被告人には、本件犯行時に黒色ポーチの在中物が覚醒剤等であるとの認識があったと優に認められる。 5 ところで、被告人供述のとおりだとすれば、被告人は、黒色ポーチの中に覚醒剤等が入っていたことを認識していなかったことになり、被告人には覚醒剤等所持の故意は認められないことになる。そこで、被告人供述を排斥できるか、その 信用性が問題となる。 ⑴ 本件においては、黒色ポーチがAが置き忘れたものではなく、そもそも被告人のものであったと認定できるような直接的・客観的な証拠は存在しない。 また、被告人が黒色ポーチを開けてその在中物を確認したり、その在中物を触ったりしたと認定できるような直接的・客観的な証拠も存在しない。 ⑵ ところで、検察官は、通常、人は自分が所持するものについては、それが何 であるか認識しているはずであると主張する(前記4⑴)。たしかに、所持しているものがそもそも自分のものであるような場合にはそのようにいうことができるが、人から預かったような場合にまで常に当てはまるとはいえない。 また、検察官は、自分の車に誰かが物を置き忘れたような場合には、在中物を確認するのが通常であると主張する(前記4⑸)。たしかに、置き忘れた人の 手がかりを得ようとして在中物を確認することなどもあろうが、他方で、置き忘れた人が特定できていたり、心当たりがあったりするような場合には、在中物を確認しないとしても何ら不自然ではないし、他人の持ち物の中身をこっそり見ることに気が引けると考えることもあり得るのであって、そうだとすれば、在中物を確認するのが通 ったりするような場合には、在中物を確認しないとしても何ら不自然ではないし、他人の持ち物の中身をこっそり見ることに気が引けると考えることもあり得るのであって、そうだとすれば、在中物を確認するのが通常であるということはできない。 さらに、本件についていえば、黒色ポーチを手にとれば、その材質や感触等から、チャックを開けてその在中物を確認しなくとも、Aに薬物前科があることを認識し、自らも覚醒剤使用歴がある被告人であれば、その在中物がポリ袋に入った違法薬物ではないかと想起することも不可能ではないとも考えられはするが、それはあくまでも抽象的な可能性をいうにとどまり、それだけで、被 告人に黒色ポーチの在中物が覚醒剤等であるとの認識があると認定することはできない。 なお、検察官の主張のうち前記4⑵については、その在中物についての認識があることが前提というべきであって、結論の先取りであるし、前記4⑶については、被告人が供述するとおり、黒色ポーチを落とした後にその在中物が薬 物であると知らされたとしても説明できることからすれば、それらの主張によって被告人供述の信用性を弾劾するには至らない。 ⑶ そして、被告人供述それ自体を見ても、自分の車に他人が物を置き忘れたことに気づいた者のとる行動としてみればあり得る行動であって、特段、不自然・不合理ではないし、被告人供述は、相応に具体的で客観的な証拠とも整合して いるとみることができる。 すなわち、①被告人の車にAを乗せた旨供述するところは、A自身も被告人の車に乗ったことがあることは認めているし(証人A)、②車内にAのものと思われる黒色ポーチが置き忘れられていたことから、Aに確認の電話をした旨供述するところは、令和4年5月10日午後5時56分からの被告人からAへの通話 ことは認めているし(証人A)、②車内にAのものと思われる黒色ポーチが置き忘れられていたことから、Aに確認の電話をした旨供述するところは、令和4年5月10日午後5時56分からの被告人からAへの通話履歴(甲27、弁2)と整合しているといえる。なお、その時に被告人から Aへ発信した電話の通話時間は約3秒間ではあるものの、検察官から提出された通話履歴に関する証拠(甲27)は、被告人からの発信のみであって、Aから被告人への発信の有無を明らかにする証拠はなく、被告人が架けた電話に対してAから折返しの電話等があったかどうかまでは明らかではないから、被告人から発信した電話の通話時間が約3秒間であるからといって被告人供述と整合 していないとはいえない。そして、③その電話等によって黒色ポーチがAが置き忘れたものであることが確認できたことから、これを返すために、Aと本件店舗で待ち合わせをした旨供述するところは、実際に、被告人とAが本件店舗で会っていること(甲13、証人A、被告人)と整合している。そして、④本件店舗において、Aに黒色ポーチを返そうとしたところ、見つからなかったこと から、車に置き忘れたかもしれないと考えてAと一緒に車内を確認した旨供述するところは、被告人とAが本件店舗からいったん出て、その後本件店舗に再度入店しているところが映った防犯カメラ映像(甲13)と整合している。⑤その後、自宅に帰って確認したところ、自宅でも黒色ポーチが見つからなかったことから、その旨Aに連絡した旨供述するところも、午後5時06分頃の被告 人からAへの約11分間の通話履歴(甲27)と整合している。⑥その際、Aから黒色ポーチに薬物が入っていたことを告げられたことから、車で当日立ち寄った本件店舗に探しに行こうとしたが、本件店舗の駐車場にパトカー等が来 11分間の通話履歴(甲27)と整合している。⑥その際、Aから黒色ポーチに薬物が入っていたことを告げられたことから、車で当日立ち寄った本件店舗に探しに行こうとしたが、本件店舗の駐車場にパトカー等が来ていたことから、駐車場には入らずに走り去った旨供述するところも、実際に被告人が本件店舗の駐車場に入ろうとしたが入らずに走り去っていること(甲21、 26)と整合している。そして、その際、⑦Aからかかってきていた電話でAに 対し、本件店舗にパトカー等が来ていたことを告げた旨供述するところは、Aから被告人への発信の有無を明らかにする証拠はそもそも請求されていないが、黒色ポーチが見つかったかどうかについて関心を持つAから確認の電話がかかってきていたことはあり得るところであるし、そもそも、A自身も「なんか駐車場に警察らしい人が来てたっていうのは聞きました」(A7頁)、「その駐車場 に刑事らしい人が見に来てたっていうのだけは聞きました」(A15 頁)と供述しており、前記被告人供述と整合しているとみることができる(なお、検察官は、Aの前記各供述を、「被告人の自宅の駐車場に刑事らしき人が見にきていた。」との供述と捉えているが、そのような供述とみることはできない。)。 他方で、Aはその当時覚醒剤を頻繁に使用していたことを自認しており、実 際にその後、覚醒剤の自己使用等の事案で有罪判決を受けていることからすれば、Aが覚醒剤等を被告人の車に置き忘れたとしても何ら不思議ではない。 ⑷ これに対し、検察官は、前記のA供述は信用できるから、これに反する被告人供述は信用できないと主張するが(前記4⑷⑹)、Aは、覚醒剤の自己使用等の事案で服役中であるものの、供述の時点では刑期の終盤に差し掛かっており、 改めて黒色ポーチ内の覚醒剤等の に反する被告人供述は信用できないと主張するが(前記4⑷⑹)、Aは、覚醒剤の自己使用等の事案で服役中であるものの、供述の時点では刑期の終盤に差し掛かっており、 改めて黒色ポーチ内の覚醒剤等の所持について責任を問われれば、さらに相当期間刑期が伸びる可能性があることからすれば、虚偽供述の動機に欠けるところはない。また、A供述を裏付けるに足りる的確な証拠はないし、そもそも、Aの供述するところからすれば、なぜ、被告人がAに対して覚醒剤を落としたことを打ち明けるに至ったのかその理由が釈然としないし、洗車道具を受けと るためだけに、被告人がわざわざ遠くから出向いたというのも不自然であることなどからすれば、A供述をそのままに信用することは躊躇されるのであって、A供述によって被告人供述の信用性を否定するには至らない。 6 そして、被告人の一連の行動についてみるに、黒色ポーチがそもそも被告人のものであるか(その場合には当然覚醒剤等の認識があるといえる。)、もしくは、 Aのものではあるものの、被告人が本件店舗でそれを落とす前から、その中に覚 醒剤等が入っていることを認識していなければ説明できないような事実はなく、かえって、被告人供述それ自体に大きな矛盾は見出し難いのであって、被告人供述を排斥しきるのは困難である。 7 なお、検察官は、被告人は、捜査段階では、黒色ポーチがAのものであるなどとは一切弁解していなかったところ、公判段階に至って証拠が開示されるや、そ れに合うように虚偽の弁解を作出したのであって、被告人供述は信用できないと主張するが、被告人のいうとおり、刑事責任を問われ得るものを自分の不注意で落としたことから、その持ち主の名前を言い出しづらかったというのも理解できなくもないのであって、捜査段階においてそのような弁解 主張するが、被告人のいうとおり、刑事責任を問われ得るものを自分の不注意で落としたことから、その持ち主の名前を言い出しづらかったというのも理解できなくもないのであって、捜査段階においてそのような弁解をしていなかったことをもって被告人供述が信用できなくなるわけでもない。 8 そうすると、検察官がその他種々主張する諸点を併せ考慮しても、被告人供述が信用できないとするには合理的な疑いが残るといわざるを得ず、とすれば、被告人がAが車内に置き忘れた黒色ポーチをその中身を確認しないまま本件店舗まで持って行き、気づかないうちに落としたという被告人供述を排斥することはできないから、被告人に覚醒剤等所持の故意を推認、認定するには合理的疑いが残 るといわざるを得ない。 したがって、被告人に対する本件公訴事実についてはその証明が不十分であって、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。 よって、主文のとおり判決する。 (求刑・懲役4年、覚醒剤及び麻薬(コカイン)の没収)令和7年11月12日京都地方裁判所第2刑事部裁判官川上宏
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