令和5(行コ)47 一時金支給申請却下処分取消請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
令和5年12月7日 大阪高等裁判所
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判決文本文10,436 文字)

令和5年12月7日判決言渡し令和5年(行コ)第47号一時金支給申請却下処分取消請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所令和2年(行ウ)第121号、同年(行ウ)第122号) 主文 1 本件各控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 控訴人A 厚生労働大臣が、平成30年7月18日付けで控訴人Aに対してした、中国残留邦人等の円滑な帰国の促進並びに永住帰国した中国残留邦人等及び特定配偶者の自立の支援に関する法律13条3項に基づく一時金の支給の申請を却下する旨の決定を取り消す。 3 控訴人B 厚生労働大臣が、平成30年7月18日付けで控訴人Bに対してした、中国残留邦人等の円滑な帰国の促進並びに永住帰国した中国残留邦人等及び特定配偶者の自立の支援に関する法律13条3項に基づく一時金の支給の申請を却下する旨の決定を取り消す。 第2 事案の概要 1 本件は、日本国籍を有する両親の下、第二次世界大戦終結後の昭和28年及び昭和31年に中華人民共和国(以下、同国が成立した昭和24年10月以前を含めて「中国」という。)で出生し、その後本邦に永住帰国した控訴人らが、それぞれ「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進並びに永住帰国した中国残留邦人等及び特定配偶者の自立の支援に関する法律」(平成6年法律第30号。以下「支援法」 という。)13条2項の「特定中国残留邦人等」に該当するとして、同条3項に基 づく一時金の支給を申請したところ、厚生労働大臣から、控訴人らはいずれも「特定中国残留邦人等」に該当しないとして、その申請を却下する旨の各決定(以下「本件各決定」という。)を受けたため、本件各決定の取消し 時金の支給を申請したところ、厚生労働大臣から、控訴人らはいずれも「特定中国残留邦人等」に該当しないとして、その申請を却下する旨の各決定(以下「本件各決定」という。)を受けたため、本件各決定の取消しを求める事案である。 原審が控訴人らの請求をいずれも棄却したところ、これらを不服とする控訴人 らがそれぞれ控訴した。 2 関係法令等の定め、前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記3のとおり当審における当事者の補充的主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1から4まで(別紙を含む。 原判決3頁1行目~29頁3行目、62頁~65頁)に記載のとおりであるから、 これを引用する。 ⑴ 原判決5頁22行目の「C(」の次に「D。」を加える。 ⑵ 原判決6頁14行目の「平成4年」を「昭和62年」に改める。 ⑶ 原判決6頁18行目の「3月7日」の次に「(同月8日受付)」を、「2月22日」の次に「(同月26日受付)」を、それぞれ加える。 ⑷ 原判決6頁26行目の「8月30日付け」の次に「(同年9月4日受付)」を、同行目から7頁1行目にかけての「9月8日付け」の次に「(同月13日受付)」を、それぞれ加える。 ⑸ 原判決7頁1行目の「本件各処分」を「本件各決定」に改める。 3 当審における当事者の補充的主張 ⑴ 支援法13条1項及び事務処理方針が憲法14条に反するか(控訴人らの主張)ア立法措置の対象を限定ないし制限するとしても、その出生時期によって支援措置の対象を区別することに合理性はない。 イ支援法13条の支援の対象となり得る中国残留邦人2世の親は、昭和20 年9月2日前から引き続き中国の地域に居住している者であり、ソ連参戦を 対象を区別することに合理性はない。 イ支援法13条の支援の対象となり得る中国残留邦人2世の親は、昭和20 年9月2日前から引き続き中国の地域に居住している者であり、ソ連参戦を 直接の原因とする混乱又はソ連参戦以後に生じた事由の影響を受けた蓋然性が高い。中国残留邦人2世も、その親と同様に、ソ連参戦を直接の原因とする混乱又はソ連参戦以後に生じた事由の影響を受けて残留を余儀なくされた蓋然性が高いのであるから、生まれた時期によって限定又は制限することに合理性はない。 (被控訴人の主張)ア一時金の支給制度は、憲法25条の趣旨に関連するものであり、その具体的内容を定めるに当たっては、立法府あるいは行政府の広い裁量に委ねられている。 イまた、事務処理方針は、昭和25年以降に出生した者であっても、個別の 事情に応じ、実質的判断を経て保護を与える余地を残している。このような取扱いは、中国の地域等における邦人の残留や引揚げに関する一般的な事情についてみた上で、出生時期の要件を広げつつも一定の限定を図ったものであり、合理性を有する。 ⑵ 支援法13条1項及び事務処理方針が憲法13条に反するか (控訴人らの主張)ア支援法13条が国民年金の特例であることは、その立法措置が憲法25条の趣旨に基づく側面があることの根拠にはなるが、憲法25条以外の趣旨に基づく立法措置であることを否定する根拠とはならない。支援法13条は、日本で、日本人として、人間らしく生きる権利を実現するために講じられた 立法措置であり、憲法13条の要請を具体化するものである。 イ平成19年改正法は、それまでの国の支援策が不十分であったこともあって、帰国した中国残留邦人が尊厳を保った生活ができていないとの評価を前 置であり、憲法13条の要請を具体化するものである。 イ平成19年改正法は、それまでの国の支援策が不十分であったこともあって、帰国した中国残留邦人が尊厳を保った生活ができていないとの評価を前提に、尊厳を保ち得るようにすることを立法の目的としており、憲法13条によって保障される権利を実現するためのものである。ところが、平成19 年改正法が成立した時点で、終戦から60年以上が経過しており、中国残留 邦人2世が引揚困難事由を立証することは極めて困難であり、昭和22年以前に生まれた者のように引揚困難事由の主張立証が免除されなければ、平成19年改正法の目的は達成できなくなる。よって、支援法13条1項及び事務処理方針の定めは、憲法13条に反する。 (被控訴人の主張) 支援法13条は、憲法25条の趣旨に関連する制度であって、憲法13条により保護されるものではなく、控訴人らの主張は失当である。 ⑶ 控訴人らが、支援法13条2項の「特定中国残留邦人等」に該当するか(控訴人らの主張)ア父Eら家族が前期集団引揚げに参加することができなかったこと 父Eは帰国の意思を有していたが、終戦時に上海に出張していて帰宅が遅れたため、父Eら家族は集中営に集合することができず、昭和21年4月まで上海経由で行われていた前期集団引揚げに参加することができなかった。 当時の南京における対日感情は決してよくはなく、日本人だと分かると、石を投げたり唾を吐きかけたりの嫌がらせを受けたり、不測の報復を受ける おそれもあった。そのような状況で、父Eが集中営に集合することを求める命令に反して中国に残留を希望する理由はない。 父Eは、日本で生まれ育ち、日本の教育を受け、日本のために日中戦争に参加し、将来、日本に戻り、日本で子ら うな状況で、父Eが集中営に集合することを求める命令に反して中国に残留を希望する理由はない。 父Eは、日本で生まれ育ち、日本の教育を受け、日本のために日中戦争に参加し、将来、日本に戻り、日本で子らに教育を受けさせるつもりであったから、長女Fを日本語のみで育てていたのであり、中国に残留することを望 んでいたとはいえない。 なお、昭和21年5月以降に日本に入港した引揚船は、出港地が上海であっても、寄港したコロ島で満州からの引揚者を乗船させており、上海からの引揚者が乗船していたことにはならない。 イ父Eら家族が前期集団引揚げ終了後に帰国することができなかったこと 昭和23年8月に前期集団引揚げが終了して、昭和28年3月に後期集団 引揚げが開始されるまでの間は、中国政府の特別の許可を得るか、密航等しか帰国の方法はなかった。父Eは、昭和24年に中国人になりすまして就職し、昭和25年に北京に転勤したが、その後も日本人であることをひた隠しにして中国人として生活し、子らにさえ日本人であることを明かさなかった。 そのような父Eが、限られた帰国の方法を知るすべはなかった。 ウ父Eら家族が後期集団引揚げに参加することができなかったこと後期集団引揚げは、そもそも抑留者を対象とするものであり、控訴人らのような一般邦人は積極的な引揚げの対象とされていない。 後期集団引揚げないしその後の個別引揚げで帰還し得たのは、条件を満たし得た一部の邦人のみである。父Eは、日本人であることを隠して生活して いたから、そもそも引揚げの対象とはならなかった。 (被控訴人の主張)ア控訴人らが25年以後引揚困難要件を満たすか否かは、控訴人らが出生した昭和28年ないし昭和31年当時、控訴人らの両親が、ソ連参戦以後の引揚困 はならなかった。 (被控訴人の主張)ア控訴人らが25年以後引揚困難要件を満たすか否かは、控訴人らが出生した昭和28年ないし昭和31年当時、控訴人らの両親が、ソ連参戦以後の引揚困難事由の影響により引き続き残留を余儀なくされたものと認められる か否かにかかる。したがって、昭和21年2月当時のような終戦直後の引揚困難事由の有無は、直ちに本件の結論を左右するものではない。 イまた、昭和21年3月までに、南京市から上海市に残留邦人が1万1181人移動していることからすれば、南京、上海間の鉄道での移動が、容易とまではいえないとしても、可能であったとはいえる。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、控訴人らの請求は、いずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり補正し、後記2のとおり当審における当事者の補充的主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1及び2(原判決29頁5行目~60頁14行目)に記載のとおりであるから、 これを引用する。 ⑴ 原判決32頁21行目の「昭和21年」を「昭和20年」に改める。 ⑵ 原判決34頁19行目の「乙6」の次に「〔689頁〕」を加える。 ⑶ 原判決38頁13行目の「等」を削る。 ⑷ 原判決47頁12行目の「⑴イ」の次に「、⑵イ」を加える。 ⑸ 原判決48頁25行目冒頭から49頁1行目末尾までを削る。 ⑹ 原判決49頁4行目の「送ることとされた。」を「送ることとされ、昭和20年9月25日から約10日間で約1万2000人が元日本兵営に集合させられた(乙23〔180頁〕)。」に改める。 ⑺ 原判決52頁19行目の「意味」を「よしみ」に改める。 2 当審における当事者の補充的主張に対する判断 日間で約1万2000人が元日本兵営に集合させられた(乙23〔180頁〕)。」に改める。 ⑺ 原判決52頁19行目の「意味」を「よしみ」に改める。 2 当審における当事者の補充的主張に対する判断 ⑴ 支援法13条1項及び事務処理方針が憲法14条に反するかについてア支援法13条1項は、21年以前出生要件を、事務処理方針は、同条項の22年以後準ずる要件及び支援法施行規則13条の2に基づき24年以前出生要件及び25年以後引揚困難要件を、それぞれ定めており、その結果、昭和24年以前出生要件を満たす者については、ソ連参戦以後の引揚困難事 由の影響により引き続き残留を余儀なくされたという事実を立証しなくても、一時金の支給を受けることが可能であるのに対し、昭和25年以降に出生した者については、25年以後引揚困難要件を立証しなければ一時金の支給を受けることができないという差異が生じている。そして、控訴人らに対しては、25年以後引揚困難要件が立証されていないことを理由に一時金の 支給がされていないのに対し、控訴人らの姉であり、控訴人らと同様に父E及び母Gに監護養育されていた長女F(昭和16年▲月生)、二女H(昭和19年▲月生)及び三女Ⅰ(昭和22年▲月生)に対しては、21年以前出生要件又は24年以前出生要件を満たす特定中国残留邦人等として一時金の支給決定がされており、父Eと母Gとの間に出生し、中国国内で同様に養育 されていた姉妹間にも一時金支給の可否について結論を異にしている事実 が認められる。 イしかし、原判決を補正の上引用して認定、説示したとおり、支援法13条の規定は、憲法25条の趣旨に基づく国民年金に関する特例措置として定められたものであり、具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府 を補正の上引用して認定、説示したとおり、支援法13条の規定は、憲法25条の趣旨に基づく国民年金に関する特例措置として定められたものであり、具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられているというべきである。そして、支援法13 条1項では、終戦後に生まれたいわゆる中国残留邦人2世のうち、昭和21年以前に出生した者については、ソ連参戦以後に生じた混乱等により残留を余儀なくされた蓋然性が高いことから一律に特別の保護の対象とする一方で、昭和22年以後に出生した者については、昭和21年中に中国の地域に在住していた邦人の大半が引き上げていたことなどから、具体的な事情の下 に保護の対象とするか否かを決することとしたものであって、その区別には合理的な理由があるといえる。したがって、支援法13条1項が憲法14条に反するとはいえない。 ウまた、支援法13条1項の委任を受けた支援法施行規則13条の2に基づく事務処理方針では、21年以前出生要件を満たさない者であっても、昭和 24年以前に出生した者については、一律に支援法13条1項の22年以後準ずる要件を満たすものとして保護の対象とされているのに対し、昭和25年以後に出生した者については、25年以後引揚困難要件を立証しなければ特定中国残留邦人等として保護の対象とされず、国民年金受給の容易さに関して、出生時期による明確な差異が生じていることは控訴人らが指摘すると おりである。 しかし、昭和24年以前に出生した者については、ソ連参戦以後に生じた事由の影響により引き揚げることができなかった者が含まれる一定程度の蓋然性があることから手厚い保護の対象とする必要があるのに対し、昭和25年以後に出生した者については、昭和24年までの中国本土から本邦への により引き揚げることができなかった者が含まれる一定程度の蓋然性があることから手厚い保護の対象とする必要があるのに対し、昭和25年以後に出生した者については、昭和24年までの中国本土から本邦への 在外邦人の帰国の状況や、同年10月に中華人民共和国が成立し、政情があ る程度安定していたことなどに照らせば、ソ連参戦以後に生じた事由の影響により引き揚げることができなかった者はさほど多くないものと考えられ、昭和24年以前に出生した者と昭和25年以後に出生した者との間に保護の要件の線引きをしたことには相応の理由があるといえ、少なくとも立法により委任された行政庁の裁量を逸脱するものとはいえない。 そして、控訴人ら姉妹間において結論を異にすることについても、控訴人らの姉らは、昭和21年以前出生要件又は昭和24年以前出生要件を満たしたため、引き揚げることが困難であった蓋然性が擬制されて広く保護の対象とされたからであって、控訴人らが、特に不利益に扱われたものでもなく、そのような扱いが不合理であるともいえない。 以上によれば、支援法施行規則13条の2及び事務処理方針が、憲法14条に反するとはいえない。 ⑵ 支援法13条1項及び事務処理方針が憲法13条に反するかについてア支援法13条は、国民年金の特例として定められたものであり、特例がなければ国民年金制度に加入することができず、その支給を受けることもでき ないこととなる中国残留邦人等の生活を、経済的側面から支援するものであって、これが憲法25条の趣旨に基づき設けられたものであることは明らかである。控訴人らは、支援法13条は、中国残留邦人等が、日本で、日本人として、人間らしく生きる権利を実現するために講じられた立法措置であり、憲法13条の要請を具体化するもので ものであることは明らかである。控訴人らは、支援法13条は、中国残留邦人等が、日本で、日本人として、人間らしく生きる権利を実現するために講じられた立法措置であり、憲法13条の要請を具体化するものである旨主張するが、支援法13条は、 上記のとおり国民年金の受給を可能とすることによって中国残留邦人等の経済的側面を支援するものであって、憲法13条が保障する自由権を具体化したものとはいえない。 イしたがって、支援法13条並びにその委任を受けて保護の対象を画する支援法施行規則13条の2及び事務処理方針が憲法13条に反するとはいえ ない。 ⑶ 控訴人らが、支援法13条2項の「特定中国残留邦人等」に該当するかについてア控訴人らは、父Eは、帰国の意思を有していたが、父Eら家族が前期集団引揚げ、その後の個別の引揚げ及び後期集団引揚げに参加することができなかった旨主張する。 しかし、原判決を引用して説示したとおり(原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の2⑵)、控訴人らが25年以後引揚困難要件を充足するか否かは、控訴人らが出生した昭和28年又は昭和31年当時、その監護養育に当たっていた父E及び母Gについて、ソ連参戦以後の引揚困難事由の影響により、引き続き残留を余儀なくされたものと認められるか否か によって判断されるべきであり、控訴人らの出生前である昭和20年又は昭和21年頃の状況が、控訴人らが引揚困難であったか否かに直接影響するものではない。 イ控訴人らは、父Eら家族は昭和20年秋頃から逃避して息を潜めた生活をしていた上、父Eは、昭和24年頃、日本人であることを秘して中国人にな りすまして就職し、昭和25年に北京に転勤したことなどから、父Eが帰国の方法を知るすべはなかった旨主 して息を潜めた生活をしていた上、父Eは、昭和24年頃、日本人であることを秘して中国人にな りすまして就職し、昭和25年に北京に転勤したことなどから、父Eが帰国の方法を知るすべはなかった旨主張する。 しかし、中国語を話すことができなかった父Eが、昭和20年秋頃から母Gの親戚方の倉庫の隅で息を潜めて生活をしつつ、昭和24年頃には、台湾出身の中国人に成りすますことができるほど中国語に精通し得たとは考え 難い上、昭和22年▲月には妻Gとの間に三女Ⅰをもうけていたことに照らせば、父Eら家族が、控訴人らが主張するように倉庫の隅で息を潜めて生活していたというのはいささか不自然である。そして、終戦後、敗戦国である日本に帰国することなく、母Gの出身地である中国国内に残留して子らとともに生活するという選択にも十分合理性があり、現に、控訴人らは、一時金 支給申請時には、逃避生活をしていたなどと主張せず、父Eが技術者として 中国政府に強制的に留用されていたなどと主張していた事実も認められる(甲2、乙1の1)。父Eが長女Fを日本語のみで育てていたことについても、父Eが、敗戦後の日本への帰国を見越してそのような教育をしていたとまでは断じ難く、父Eが敗戦後においても帰国を強く望んでいたことの裏付けになるものではない。 そうであれば、父Eら家族が、終戦後息を潜めて生活をしていたことを前提とする控訴人らの主張は採用することができないし、控訴人らの主張によっても、控訴人らが出生した昭和28年又は昭和31年において、父Eら家族に控訴人らを加えた家族(以下「控訴人ら家族」という。)が、身を潜めるなどの逃避生活を継続していたことはうかがわれず、そのために帰国の方法 を知り得なかったとか、帰国が困難であったとはいい難い。 ウ控訴 えた家族(以下「控訴人ら家族」という。)が、身を潜めるなどの逃避生活を継続していたことはうかがわれず、そのために帰国の方法 を知り得なかったとか、帰国が困難であったとはいい難い。 ウ控訴人らは、昭和28年3月に開始された後期集団引揚げは、抑留者を対象とするものであって、控訴人ら家族のような一般邦人は対象とされていなかった旨主張する。そして、確かに、後期集団引揚げの主たる対象は、日本人留用者やその家族であり、一般邦人ではなかったことが認められる。しか し、昭和28年2月頃行われた日本側と中国側の会議においては、引揚者の範囲を、日本人であることを必須条件とするか、帰国を希望する全ての日本人とするかについて意見の相違があったことは認められるものの、一般邦人を対象外とするかのような議論がされていたことはうかがわれず(甲32〔13~14頁〕)、その結果成立した北京協定(乙11〔110頁〕)に基づ き開始された後期集団引揚げの対象についても、一般邦人が対象から除外されることはなかったものと認められる。 また、控訴人らは、控訴人ら家族が日本人であることを隠して生活していたから引揚げの対象とならなかった旨主張するが、控訴人らの主張によっても、控訴人ら家族は、昭和24年頃以降、周囲からの情報が遮断された生活 を送っていたものではないし、父Eは、昭和27年、昭和36年、昭和38 年及び昭和47年には、日本から中国への訪問団があるなどの情報を得ていたのであるから、日本への帰国を強く望んでいたという父Eが、後期集団引揚げに関する情報に接し、帰国を申し出ることが困難であったとは考え難い。 エ加えて、日本と中国との間の通信状況についてみても、中国にいる日本人から帰国の希望が日本にいる家族に伝えられ、その結果、昭和 に関する情報に接し、帰国を申し出ることが困難であったとは考え難い。 エ加えて、日本と中国との間の通信状況についてみても、中国にいる日本人から帰国の希望が日本にいる家族に伝えられ、その結果、昭和27年3月に、 帰国に要する船運賃を日本政府が負担する個別引揚者の船運賃国庫負担制度が設けられるに至ったことに照らせば(甲24〔64~65頁〕)、当時、中国にいる日本人から日本にいる家族等に宛てた通信が可能であったと推認でき、父Eに帰国する意思があったのであれば、国内に居住する肉親等に連絡を取って国内の状況を聞くなどするのが自然であるのに、父Eは、昭和 19年秋頃から昭和49年1月まで実妹にも連絡を取っておらず、この事実は、父Eが日本に帰国する具体的な意思を有していなかったことを推認させる。父Eが、昭和49年頃、実妹に宛てた手紙に「ここ数年来帰国を願望」と記載していることは、まさに、その数年前に至って帰国意思を明確にしたことを如実に示すものであるといえる。 オさらに、昭和40年頃、未帰還者特措法に基づく父Eの戦時死亡宣告に向けた調査の際に作成された元同僚証明書には、父Eが、元同僚に対し、父Eの消息については肉親に絶対に知らせてくれるなと言っていた旨の記載があり、その記載内容は、昭和21年2月当時、父Eに日本への帰国の意思がなかったことを推認させるものである。控訴人らは、元同僚証明書の信用性 を否定するが、その記載内容は具体的であること、「不健康な生活ぶりを考へるとき今日までの、その生死の程が如何かと考へさせられます」との記載はあるものの、特に父Eが既に死亡していることを強く推認させ、戦時死亡宣告を受けやすくするような内容でもないこと、元同僚があえて虚偽の事実を述べる理由もないこと、細かな点については客観的事実に 記載はあるものの、特に父Eが既に死亡していることを強く推認させ、戦時死亡宣告を受けやすくするような内容でもないこと、元同僚があえて虚偽の事実を述べる理由もないこと、細かな点については客観的事実に反する部分はあ るが、全般的には父Eの来歴とも概ね合致することに照らせば、その記載は 信用することができる。 カこれらの事実に照らせば、父Eは、終戦後、帰国することなく家族と共に中国国内において生活することを決意していたものと推認でき、昭和45年頃スパイ嫌疑により逮捕されたことなどを契機として帰国の希望を高めるまで、帰国に関する具体的な希望を有していたとはいえない。他に、父E及 び母Gに、引揚げが困難であったというべき具体的な事情は見当たらず、そうであれば、昭和28年又は昭和31年の出生後、父E及び母Gに監護養育されていた控訴人らに、25年以後引揚困難要件が存在したとはいえない。 キ以上によれば、控訴人らの当審における補充的主張を考慮しても、控訴人らが「特定中国残留邦人等」に該当するとはいえない。 第4 結論以上の次第で、控訴人らの請求は理由がないからこれらをいずれも棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、よって主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第12民事部 裁判長裁判官牧賢二 裁判官和久田斉 裁判官島戸真(別紙省略) 真(別紙省略)

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