平成23(ワ)899 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成24年11月1日 大分地方裁判所 棄却
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判決文本文16,525 文字)

平成24年11月1日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成23年(ワ)第899号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成24年9月12日判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成21年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の要旨本件は,大分県知事がした措置入院決定により被告が設置する病院に入院し,当該病院に勤務する担当医師により治療を受けていた原告が,担当医師において,能書(医薬品添付文書)に記載された用量及び用法に従わずに気分安定薬(抗躁薬)であるリーマス錠を原告に投与したなどの過失があり,これによって原告が炭酸リチウム中毒に罹患するとの傷害を受け,構音障害及び運動障害等の後遺症を負ったとの主張を前提として,①原被告間には診療契約が存在し,被告には診療契約に基づく債務の不履行があったと主張し,②仮に原被告間に診療契約が存在しなかったとしても,原告と被告は,措置入院という法律関係により特別な社会的接触の関係に入った当事者であり,被告は原告に対して当該法律関係の付随義務として信義則上安全配慮義務を負い,被告には安全配慮義務違反があったと主張し,民法415条に基づく損害賠償として,傷害慰謝料,後遺症慰謝料及び弁護士費用の合計1100万円及びこれに対する平成2 1年3月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求し,また,③被告は担当医師の使用者として使用者責任を負うと主張して,民法715条に基づいて同額の損害賠償を請求し,④被告には組織体としての過失があったと主張して,民法709条に基づいて同額の損害賠償を請 た,③被告は担当医師の使用者として使用者責任を負うと主張して,民法715条に基づいて同額の損害賠償を請求し,④被告には組織体としての過失があったと主張して,民法709条に基づいて同額の損害賠償を請求している事案である。 2 前提となる事実(1) 当事者ア原告は,昭和44年11月7日生まれの女性である。(当事者間に争いがない。)原告は,平成21年2月28日以前において,准看護師として勤務していた経験がある。(甲A1)イ被告は,A病院(以下「被告病院」という。)を設置する医療法人社団である。(当事者間に争いがない。)被告病院は,平成21年2月28日当時,大分県知事によって,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)19条の8に規定される指定を受けた指定病院であった。 (甲C2及び弁論の全趣旨)(2) 措置入院の経緯ア原告は,平成14年頃から,躁状態とアルコール依存症に罹患し,平成21年2月27日当時は,非定型(非定型性)精神病と診断されて治療中であった。(甲A1)イ平成21年2月27日,原告が,大分県日田市内において自殺を図るなどしたことから,同月28日,大分県知事Bは,精神保健福祉法29条1項に基づいて,原告を被告病院に措置入院させる決定(措置入院決定)をした。(甲A1,C2及び弁論の全趣旨)ウ原告は,上記決定に基づいて,平成21年2月28日,被告病院に入院 し,被告病院に勤務する担当医師による治療行為を受けた。(当事者間に争いがない。)(3) 炭酸リチウム製剤及びその中毒等アリーマス錠(成分:炭酸リチウム)(ア) リーマス錠は,気分安定薬(抗躁薬)である。 (イ) 躁病治療の第1段階は,抗精神病薬による興奮の鎮静,第2段階はリーマス錠による病 及びその中毒等アリーマス錠(成分:炭酸リチウム)(ア) リーマス錠は,気分安定薬(抗躁薬)である。 (イ) 躁病治療の第1段階は,抗精神病薬による興奮の鎮静,第2段階はリーマス錠による病態の治療とされている。 (ウ) リーマス錠の投与の開始量は,1日400mgないし600mgが標準とされ,以後,3日ないし7日ごとに1日1200mgまで漸増することとされている。 (エ) 過量投与による中毒を起こすことがあるので,投与初期又は用量を増量したときは,1週間に1ないし2回程度,維持量の投与中には月1回程度,早朝服用前の血清リチウム濃度を測定することとされている。 (以上につき,甲B1)イアデフロニック(成分:ジクロフェナクナトリウム)アデフロニック(ジクロフェナクナトリウム)は,リチウム製剤と併用した場合,リチウム製剤の作用を増強させるとされている。(甲B3)ウ炭酸リチウム中毒炭酸リチウム中毒の症状は,軽症から中等症では,食欲不振,嘔吐,下痢,多尿,手指の振戦,脱力,運動失調等で,重症では,意識障害,けいれん,呼吸抑制,不整脈,血圧低下等で,致死的になることもあるとされている。 重症例における治療では,血液透析を考慮すべきとされている。 (以上につき,甲B2)(4) 投薬及び中毒の経過ア被告病院の担当医師は,原告が措置入院した後,原告に対し,次のとお りにリーマス錠を投薬した。 (ア) 平成21年2月28日 200mg(イ) 平成21年3月1日 800mg(ウ) 平成21年3月2日から同月17日まで 1日1200mg(エ) 平成21年3月18日 200mg(以上につき,甲A2ないしA4)イ前記アの投薬期間( g(ウ) 平成21年3月2日から同月17日まで 1日1200mg(エ) 平成21年3月18日 200mg(以上につき,甲A2ないしA4)イ前記アの投薬期間(平成21年2月28日から同年3月18日までの間)中,被告病院の担当医師は,原告の血清リチウム濃度の測定を実施していなかった。(甲A3及びA4)ウ前記アの投薬期間内の平成21年3月16日,原告について,食欲低下,悪心,嘔吐,37度ないし38度の発熱の症状があった。 (甲A5及びA6)エ平成21年3月18日,原告が気分不良を訴え,同日昼より,リーマス錠を含め,薬剤の内服が全て中止された。(甲A2)オ平成21年3月19日,被告病院の担当医師は,原告の血清リチウム濃度の測定を行い,その測定の結果は,4.88mEq/Lであった(甲A5)。同日,原告に意識障害が出現し(甲A5),被告病院の担当医師は,補液を施行した(甲A2)。 カ平成21年3月21日,原告は,大分医療センター救急部に救急車で搬送され,炭酸リチウム中毒と診断された(甲A5及びA6)。原告は,同日から同年4月3日まで,大分医療センターに入院した(甲A6)。 キ平成21年3月23日より,原告に対し,血液透析が3回行われた。(甲A5)ク原告は,平成21年4月3日の大分医療センター退院当時,軽度の構音障害(特にラ行),手の緻密な運動障害(箸,書字等)が認められた。原告は,同日,被告病院に転院した。(以上につき,甲A6)(原告は,平成21年4月3日に症状固定し,構音障害及び運動障害等の後遺症を負ったと 主張する。)(5) 別訴の係属原告は,本訴とは別に,大分県を被告として,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,本訴で主張しているのと同様の損害に 等の後遺症を負ったと 主張する。)(5) 別訴の係属原告は,本訴とは別に,大分県を被告として,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,本訴で主張しているのと同様の損害につき損害賠償を請求する訴訟(以下「別訴」という。)を大分地方裁判所に提起し,別訴は同裁判所に係属中であり(同裁判所平成24年(ワ)第88号),別訴においては,本訴の被告と担当医師が,別訴の被告(大分県)を補助するため補助参加している。(当裁判所に顕著な事実) 3 争点(1) 担当医師の過失の有無(2) 診療契約に基づく債務の不履行の有無(3) 安全配慮義務違反の有無(4) 使用者責任の成否(5) 一般不法行為の成否(6) 因果関係の有無(7) 損害第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(担当医師の過失の有無)(1) 原告の主張被告病院の担当医師は,業務として診療行為に従事する上で高度の注意義務が課せられているにもかかわらず,次のとおり注意義務を尽くさずに投薬等の診療行為を行い,原告に損害を与えたものであり,担当医師には過失がある。 アリーマス錠の過量投与(用量違反)能書によれば,リーマス錠は,投与開始後,3日ないし1週間ごとに漸増すべきとされているにもかかわらず,被告病院の担当医師は,これに従 わず,平成21年2月28日に200mgの投与を開始し,同年3月1日には800mg,同年3月2日からは1200mgと連日増量し,リーマス錠を過量に投与した。 イ血清リチウム濃度の測定の懈怠(用法違反)能書によれば,リーマス錠の投与に当たっては,投与初期又は用量を増加したときは,1週間に1ないし2回,血清リチウム濃度を測定しなければならないとされている。しかし,被告病院の担当医師は,これに従わ 能書によれば,リーマス錠の投与に当たっては,投与初期又は用量を増加したときは,1週間に1ないし2回,血清リチウム濃度を測定しなければならないとされている。しかし,被告病院の担当医師は,これに従わず,リーマス錠の投与初期(平成21年2月28日)から同年3月18日までの19日間,原告の血清リチウム濃度の測定を怠った。また,担当医師は,平成21年3月1日から同月4日までの間は,リチウムの血中濃度を上げるとされるアデフロニック錠をリーマス錠と併用して投与していたにもかかわらず,血清リチウム濃度の測定を怠った。 ウ投薬の即時中止及び早期治療の懈怠(ア) 原告は,リーマス錠を過量投与され,遅くとも平成21年3月16日には,炭酸リチウム中毒の症状である食欲低下,悪心,嘔吐,発熱等の症状を訴えていた。そのため,被告病院の担当医師は,遅くとも平成21年3月16日には,原告に対するリーマス錠の投与を中止すべきであった。 それにもかかわらず,被告病院の担当医師は,リーマス錠の投与を中止せず,原告に対し,平成21年3月16日及び同月17日に1200mg,同月18日に200mgと,投与を続けた。 (イ) また,被告病院の担当医師は,平成21年3月18日にリーマス錠の投与を中止した後,原告に意識障害等の炭酸リチウム中毒の症状が認められたにもかかわらず,同月21日に原告が大分医療センターに搬送されるまでの間,炭酸リチウム中毒について適切な治療を行わなかった。 (2) 被告の主張 原告の主張はいずれも争う。 2 争点(2)(診療契約に基づく債務の不履行の有無)(1) 原告の主張ア原告は,被告との間で,平成21年2月28日,被告による必要かつ適切な最善の治療の提供を目的とした診療契約を締結した。仮に,措置入院中の原告に対する治療行為が 行の有無)(1) 原告の主張ア原告は,被告との間で,平成21年2月28日,被告による必要かつ適切な最善の治療の提供を目的とした診療契約を締結した。仮に,措置入院中の原告に対する治療行為が国賠法1条1項にいう公権力の行使に該当するとしても,原告が被告との間で診療契約を締結したと認めることは妨げられない。この診療契約に基づいて,入院診療計画書(甲C3)が原告の親族に交付され,また,診療契約に付随して,原被告間で,入院患者預り金及び日用品購入業務等医療外代行業務に関する約定が交わされた(甲C4)。 被告病院の担当医師は,上記診療契約の履行補助者として,専門知識及び技術を駆使して的確な診療を行い最善の医療を提供するという被告の診療契約上の債務を履行すべきであったにもかかわらず,前記1(1)のとおり,不完全な履行を行い,それにより原告に損害を被らせた。 イなお,本件では,平成21年2月28日,大分県を要約者,被告を諾約者,原告を第三者とする第三者のためにする診療契約が成立し,原告が明示的ないし黙示的に受益の意思表示をしたとみることができるし,あるいは,大分県知事が原告を代理して被告との間で診療契約を締結したとみることもできる。 ウしたがって,被告は,診療契約に基づく債務の不履行によって原告が被った損害を賠償すべき責任がある。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 精神保健福祉法29条1項に基づく措置入院は,対象者の意思にかかわらず,公権力の行使として行われる措置である。そして,都道府県知事等が, 入院措置決定に基づいて強制的に対象者を入院させる一方で,指定病院は,私的に医療保護を受けている患者に優先して措置入院対象者を入院させなければならず(精神保健福祉法29条4項),都道府県知事等による入院措置解除までは入院 制的に対象者を入院させる一方で,指定病院は,私的に医療保護を受けている患者に優先して措置入院対象者を入院させなければならず(精神保健福祉法29条4項),都道府県知事等による入院措置解除までは入院及び医療行為を継続させる義務を負う(精神保健福祉法29条の4)。 このような措置入院の性格に鑑みれば,対象者と指定病院の関係は,契約関係とは異なるし,措置入院に際して対象者の受益の意思表示は不要であるから,第三者のためにする契約として対象者と指定病院の間に診療契約が成立したとの原告の主張は失当である。また,都道府県知事等が原告を代理して診療契約を締結したとの原告の主張も失当である。 原被告間には診療契約は存在せず,入院診療計画書及び入院患者預り金及び日用品購入業務等医療外代行業務に関する約定は,診療契約に基づき又はこれに付随して交付・約定されたものではない。 したがって,被告が診療契約の債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことはない。 3 争点(3)(安全配慮義務違反の有無)(1) 原告の主張安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められる(最高裁昭和48年(オ)第383号同50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁)。 原告は,被告の設置する被告病院に措置入院し,被告と特別な社会的接触の関係に入ったから,被告は,原告に対し,安全配慮義務,すなわち,原告の生命及び健康等を危険から保護すべき義務を負う。そして,被告は,このような安全配慮義務の一環として,雇用する医師が医薬品を使用するに当た って能書に記載された注意事項に従うような体制を構築すべき注意義務,及び雇用する医師 べき義務を負う。そして,被告は,このような安全配慮義務の一環として,雇用する医師が医薬品を使用するに当た って能書に記載された注意事項に従うような体制を構築すべき注意義務,及び雇用する医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うように適切に指導・監督すべき注意義務を負う。 それにもかかわらず,被告は,このような注意義務を尽くさず,そのため,被告病院の担当医師は,前記1(1)のとおり,診療行為に従事する上での注意義務を尽くさずに投薬等の診療行為を行い,原告に損害を与えた。 したがって,被告には,安全配慮義務違反がある。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 措置入院者である原告に対する治療行為は,前記2(2)のとおり,国賠法1条1項にいう公権力の行使として行われるものであり,大分県が国賠法1条1項に基づく責任を負う以上,被告が安全配慮義務を負うことはない。 4 争点(4)(使用者責任の成否)(1) 原告の主張ア被告病院の担当医師は,被告に雇用されて被告病院に勤務していたものであり,担当医師の前記1(1)の各過失は,被告の業務の執行について生じたものであるから,被告は,民法715条の使用者責任に基づいて,原告が担当医師の各過失によって被った損害について賠償すべき責任がある。 イ大分県知事が精神保健福祉法29条1項に基づいて措置入院を決定すること自体は,国賠法1条1項にいう公権力の行使に当たるが,措置入院者に対する治療行為は,公権力の行使に当たらない。そもそも精神科の治療は,患者の症状に対応して行われるものであり,任意入院及び同意入院か措置入院かという入院形態の差異は,治療行為を左右するものではない。 そうであるならば,任意入院及び同意入院の場合と措置入院の場合とで,治療行為に関する責任追及の場面 のであり,任意入院及び同意入院か措置入院かという入院形態の差異は,治療行為を左右するものではない。 そうであるならば,任意入院及び同意入院の場合と措置入院の場合とで,治療行為に関する責任追及の場面における適用法条を変えることは,不合理である。 被告が指摘する最高裁平成17年(受)第2335号,同第2336号平成19年1月25日第一小法廷判決・民集61巻1号1頁(以下「最高裁平成19年判決」という。)は,児童福祉法に基づく措置を扱った事案に関するものであり,措置入院を扱う本件とは事案を異にする。 ウしたがって,被告は,原告に対し,民法715条の使用者責任に基づく損害賠償義務を負う。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 ア措置入院とは,都道府県知事等が,精神保健指定医の診察の結果,その診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときに,国等が設置した精神科病院又は指定病院に入院させる措置をいう(精神保健福祉法29条1項)。そのため,自傷他害のおそれのある精神障害者を指定病院等に措置入院させる主体は都道府県知事等であり,措置入院させることは行政処分である。そして,措置入院によって指定病院に入院した患者に対して指定病院が行う治療行為は,国賠法1条1項にいう公権力の行使に当たると解される。 イところで,国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても,当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合には,被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を るとして国又は公共団体が被害者に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合には,被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である(最高裁平成19年判決)。 ウ措置入院によって指定病院に入院した患者に対して指定病院の設置者の被用者である医師が行う治療行為によって,措置入院している患者に損害を生じた場合には,都道府県等が国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を 負うから,担当医師は民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解される。 エしたがって,被告病院の設置者である被告は,民法715条の使用者責任に基づく損害賠償義務を負うことはない。 5 争点⑸(一般不法行為の成否)(1) 原告の主張被告には,医療機関を設置する組織として,医療過誤の発生を予防できるシステムを構築すべき注意義務があり,その一環として,雇用する医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うような体制を構築すべき注意義務,及び雇用する医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うように適切に指導・監督すべき注意義務がある。 しかしながら,被告は,これらの注意義務を懈怠し,担当医師が能書に従わずに医薬品を使用することなど(前記1(1))を容認していたのであるから,被告には組織体としての過失がある。 最高裁平成19年判決の最高裁判所調査官の解説にも,被害者が,使用者(法人としての組織体)自身の違法行為を主張して民法709条に基づく損害賠償責任を請求する余地があると記載されている。 このように,被告は,組織体としての過失があるから,原告に対し,民法709条に基づく損 しての組織体)自身の違法行為を主張して民法709条に基づく損害賠償責任を請求する余地があると記載されている。 このように,被告は,組織体としての過失があるから,原告に対し,民法709条に基づく損害賠償義務を負う。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 ア本件は,担当医師に,能書に記載された用量及び用法に従わずにリーマス錠を原告に投与したなどの過失がある事案であり,法人の一連の組織的な活動の過程に不十分な点があったために原告に損害を生じたという事案ではないから,被告は原告に対して民法709条に基づく損害賠償義務を 負わない。 イ原告が民法709条に基づく不法行為責任の発生根拠として主張する前記(1)の各注意義務は,同法715条の使用者責任の内容にほかならないのであって,被告が使用者責任を負わない以上(前記4(2)),一般不法行為に基づく責任も負わない。 6 争点(6)(因果関係の有無)(1) 原告の主張被告病院の担当医師は,能書に記載された用量及び用法に従わずに急激に大量のリーマス錠を原告に投与したばかりではなく,リーマス錠の投与に際して不可欠な血清リチウム濃度の測定を怠り,かつ,原告が嘔吐等の症状を訴えた平成21年3月16日以降も漫然とリーマス錠の投与を継続し,さらには,原告が重篤な炭酸リチウム中毒の症状に苦しんでいたにもかかわらず,同月21日までの間,原告を漫然と放置し,炭酸リチウム中毒の治療を怠った。このような担当医師の過失,並びに被告の債務不履行及び過失により,原告は,重篤な炭酸リチウム中毒に罹患し,後遺症に苦しむことになったものであり,担当医師の過失並びに被告の債務不履行及び過失と損害の間に因果関係があることは明らかである。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 7 争点(7)(損害) に苦しむことになったものであり,担当医師の過失並びに被告の債務不履行及び過失と損害の間に因果関係があることは明らかである。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 7 争点(7)(損害)(1) 原告の主張ア原告は,重篤な炭酸リチウム中毒に罹患するとの傷害を受け,平成21年4月3日に症状固定し,構音障害及び運動障害等の後遺症を負った。 イ(ア) 傷害慰謝料原告は,重篤な炭酸リチウム中毒に罹患するとの傷害を受け,大分医療センターに入院して血液透析等の治療を受けざるを得なくなったこと により,甚大な精神的苦痛を強いられたものであり,その慰謝料は100万円である。 (イ) 後遺症慰謝料原告は,構音障害及び運動障害という後遺症に苦しみ,後遺症のため看護師として再び稼働することは困難となり,甚大な精神的苦痛を強いられたものであり,その慰謝料は900万円である。 (ウ) 弁護士費用前記(ア)及び(イ)の慰謝料の合計額1000万円の1割に相当する100万円が,弁護士費用相当額の損害である。 (エ) 合計損害の合計は,前記(ア)ないし(ウ)の合計1100万円である。 (2) 被告の主張原告の主張は争う。 第4 当裁判所の判断 1 措置入院における治療行為の法的性質について(1) 精神保健福祉法の措置入院に関する規定及び趣旨ア(ア) 都道府県の精神科病院の設置義務等精神保健福祉法は,国及び地方公共団体が,障害者自立支援法の規定による自立支援給付及び地域生活支援事業と相まって,医療施設及び教育施設を充実する等精神障害者の医療及び保護並びに保健及び福祉に関する施策を総合的に実施することによって,精神障害者が社会復帰をし,自立と社会経済活動への参加をすることができるように努力することなどを求めており(精 精神障害者の医療及び保護並びに保健及び福祉に関する施策を総合的に実施することによって,精神障害者が社会復帰をし,自立と社会経済活動への参加をすることができるように努力することなどを求めており(精神保健福祉法2条),その具体的施策として,都道府県に対し,原則として精神科病院の設置を義務付け,都道府県が設置する精神科病院に代わる施設(指定病院)が存在する場合に限っては,その設置の延期を認めている(精神保健福祉法19条の7第1項)。 (イ) 精神障害者の入院また,精神保健福祉法は,精神障害者の入院について,本人の同意に基づく任意入院を原則としつつ(精神保健福祉法22条の3),本人の同意がなくても精神保健福祉法20条の保護者の同意があるときは入院させることができる医療保護入院(精神保健福祉法33条1項)や,それらのものの同意の有無にかかわりなく都道府県知事(政令指定都市については市長〔精神保健福祉法51条の12第1項,精神保健福祉法施行令13条,地方自治法施行令[平成23年政令第361号による改正前。 以下同じ。]174条の36の2第1項〕。以下,併せて「都道府県知事等」という。)が入院させることができる措置入院(精神保健福祉法29条1項)等を定めている。 (ウ) 指定病院とする指定そして,都道府県知事等は,国等以外が設置した精神科病院であって,厚生労働大臣の定める基準に適合し,かつ,指定病院となることを設置者が同意している場合に限って,これを指定病院と指定できるとし(精神保健福祉法19条の8),指定病院が厚生労働大臣の定める基準に適合しなくなったとき,又はその運営方法がその目的遂行のために不適当であると認めたときは,その指定を取り消すことができると規定している(精神保健福祉法19条の9第1項)。 (エ) 措置入院 に適合しなくなったとき,又はその運営方法がその目的遂行のために不適当であると認めたときは,その指定を取り消すことができると規定している(精神保健福祉法19条の9第1項)。 (エ) 措置入院指定病院とする指定は,措置入院の対象者となる精神障害者の入院に対応しようとしたものであり,国等が設置した精神科病院及び指定病院の管理者に対し,病床が既に措置入院又は緊急措置入院の精神障害者がいるため余裕がない場合のほかは,措置入院とされた精神障害者を入院させなければならないものと規定する(精神保健福祉法29条4項)。措置入院は,都道府県知事等による入院措置決定に基づき,対象者の意思 如何にかかわらず強制的に指定病院等の施設内に移送し(精神保健福祉法29条1項,29条の2の2第1項),収容中は措置入院者に医療行為を施すもので,都道府県知事等による入院措置解除まで継続されること(精神保健福祉法29条の4),措置入院中は,指定病院等の管理者には,措置入院者の症状等を,定期に最寄りの保健所長を経て都道府県知事等に報告することが義務付けられ,一定の事項については,指定医による診察の結果に基づくものであることが求められる(精神保健福祉法38条の2第1項)。 また,措置入院者について行う医療に関する診療方針等は,原則として健康保険の診療方針等の例によることとされており(精神保健福祉法29条の6),措置入院に要する費用は,都道府県(政令指定都市については市〔精神保健福祉法51条の12第1項,精神保健福祉法施行令13条,地方自治法施行令174条の36の2第1項〕。以下,併せて「都道府県等」という。)が負担するものとされている(精神保健福祉法30条1項)。 イこのように,精神保健福祉法は,国及び地方公共団体に対し,精神障害者の自立支援等の事業を 1項〕。以下,併せて「都道府県等」という。)が負担するものとされている(精神保健福祉法30条1項)。 イこのように,精神保健福祉法は,国及び地方公共団体に対し,精神障害者の自立支援等の事業を総合的に実施することを求め,特に,精神障害者に対する医療及び保護等の施策として,都道府県に対し,精神科病院の設置を義務付けるとともに,財政的な問題等を勘案し,都道府県以外の者が設置した精神科病院の同意を得て,当該病院を都道府県が設置する精神科病院に代わる施設(指定病院)として指定した場合には,当該都道府県の設置延期が認められ,指定病院は,入院措置決定等を受けた精神障害者についての収容受託を義務付けられている。したがって,指定病院には,本来公的機関が行うべき精神障害者に対する医療行為に関し,公共的な役割を担うことが期待されているとみることができるのであって,指定病院の精神障害者に対する医療行為は,都道府県が設置する公的機関における医 療行為と同視し得る側面を有していることは否定できない。加えて,措置入院者は,都道府県知事等の入院措置決定により,本人の意思にかかわらず強制的に入院させられ,入院措置解除までの間,指定病院等の施設内に収容され,各種治療行為を受けることを余儀なくされる(したがって,都道府県知事等の入院措置決定は,公権力の行使に当たるものと解される。)。 その間,指定病院等の管理者には,都道府県知事等に定期的に措置入院者の症状を報告することが求められ,他方,都道府県知事等の入院措置決定により入院した精神障害者の費用については,都道府県等が負担することとされている。 (2) 措置入院における治療行為の公権力の行使への該当性前記(1)の精神保健福祉法の規定及び趣旨に照らせば,都道府県知事等による措置入院決定に基づき指定病院に入 が負担することとされている。 (2) 措置入院における治療行為の公権力の行使への該当性前記(1)の精神保健福祉法の規定及び趣旨に照らせば,都道府県知事等による措置入院決定に基づき指定病院に入院した措置入院者に対する関係では,措置入院者に対して実施される医療行為は,措置入院決定と密接に関連するものとして,本来は都道府県等が行うべき事務であり,このような措置入院者に対する医療行為に当たる指定病院の医師等は,本来都道府県等が有する公的な権限を移譲されてこれを都道府県等のために行使するものと解される。 したがって,都道府県知事等による措置入院決定に基づいて指定病院に入院した措置入院者に対する当該指定病院の医師等による医療行為は,公権力の行使に該当し,措置入院者に対して診療行為を実施する指定病院の医師は,国賠法1条1項にいう公権力の行使に当たる公務員に該当すると解される。 2 争点(2)(診療契約に基づく債務の不履行の有無)について事案の性質,内容に鑑み,争点(2)(診療契約に基づく債務の不履行の有無)について検討する。 (1) 原告は,原被告間における診療契約の締結,大分県を要約者,被告を諾約者,原告を第三者とする第三者のためにする診療契約の成立,大分県知事を原告の代理人とする被告との間における診療契約の締結を主張する(前記第 3,2(1))。 (2) しかし,精神保健福祉法の規定及び趣旨(前記1(1))に照らせば,措置入院は,都道府県知事等が,強制力をもって対象者を精神科病院に入院させ,治療を受けさせるものであるから,対象者の入院及び受診の意思を要することなく実施されるものと認められる。したがって,原告が被告病院に措置入院させられたことをもって,原告が診療契約締結の意思表示又は受益の意思表示を行ったとみることはできない 院及び受診の意思を要することなく実施されるものと認められる。したがって,原告が被告病院に措置入院させられたことをもって,原告が診療契約締結の意思表示又は受益の意思表示を行ったとみることはできないし,大分県知事が原告に代理して診療契約締結の意思表示を行ったとみることもできない。 また,本件において,原告が,被告病院に入院するに当たり,措置入院の措置とは別に,被告との間で診療契約を締結していたことを認めるに足りる証拠はない。 なお,被告病院の医師は,原告につき,平成21年2月28日付けの入院診療計画書(甲C3)を作成したが,これは,同日時点における入院診療の計画を記載したものであり,また,原告,原告の保護者らと被告は,同日付けの入院患者預かり金及び日用品購入業務等医療外代行業務に関する約定書(甲C4)を作成したが,これは,原告及び原告の保護者が,被告病院の管理者である被告に対し,入院生活に必要な金銭の出納管理,日用品等の購入及び保管の業務を委託することなど,医療外の業務に関して記載された約定書であって,上記の入院診療計画書(甲C3)や約定書(甲C4)が作成されたことを根拠として,原被告間に診療契約が成立していたということはできない。 したがって,原被告間において診療契約が成立していたと認めることはできず,原告の前記(1)の主張は,採用することができず,同主張を前提とする診療契約に基づく債務の不履行に基づく請求は,その余の点につき判断するまでもなく,理由がない。 3 争点(3)(安全配慮義務違反の有無)について 安全配慮義務は,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として認められるものと解されており,本件につ ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として認められるものと解されており,本件についても,原告が,被告病院に措置入院させられたことにより,被告との関係で,信義則上の安全配慮義務の前提となる特別な社会的接触の関係に入ったとみる余地はある。 ところで,原告は,本件において,被告の安全配慮義務の内容をなす義務として,雇用する医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うような体制を構築すべき注意義務,及び雇用する医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うように適切に指導・監督すべき注意義務を主張する(前記第3,3(1))。 しかし,安全配慮義務違反に基づく債務不履行が成立するためには,原告において,安全配慮義務の内容を特定し,かつ,義務違反に該当する事実を主張立証する必要があると解されるところ,原告は,上記注意義務を主張するものの,担当医師とは別異の主体である被告において,具体的にどのような行動をし,どのような体制を構築すべきであったかという安全配慮義務の具体的な内容については主張立証していない。さらに,安全配慮義務違反に該当する具体的な事実についても主張立証していない。このように,本件においては,被告の安全配慮義務の内容及びその違反に該当する事実は,具体的に主張立証されていない。 したがって,安全配慮義務違反に基づく原告の請求は理由がない。 4 争点(4)(使用者責任の成否)について前記1(2)のとおり,都道府県知事等による措置入院決定に基づいて指定病院に入院した措置入院者に対する当該指定病院の医師等による医療行為は,公権力の行使に該当し,措置入院者に対して診療行為を実施する指定病院 2)のとおり,都道府県知事等による措置入院決定に基づいて指定病院に入院した措置入院者に対する当該指定病院の医師等による医療行為は,公権力の行使に該当し,措置入院者に対して診療行為を実施する指定病院の医師は,国賠法1条1項にいう公権力の行使に当たる公務員に該当すると解される。 ところで,国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし,公務員個人は民事上の損害賠償責任を負わないこととしたものと解される(最高裁昭和28年(オ)第625号同30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁昭和49年(オ)第419号同53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等)。この趣旨からすれば,国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を与えた場合であっても,当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負う場合には,被用者個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者も民法715条に基づく損害賠償責任を負わないと解するのが相当である(最高裁平成17年(受)第2335号,同第2336号平成19年1月25日第一小法廷判決・民集61巻1号1頁)。 そうすると,本件においては,仮に,原告の担当医師に過失があると認められたとしても,大分県知事による措置入院決定に基づいて入院した原告に対する被告病院の担当医師による医療行為は,大分県の公権力の行使に当たり,担当医師の診療上の過失によって原告が損害を被った場合には,原告が被った損害につき大分県が国賠法1条1項に基づいて損害賠 告に対する被告病院の担当医師による医療行為は,大分県の公権力の行使に当たり,担当医師の診療上の過失によって原告が損害を被った場合には,原告が被った損害につき大分県が国賠法1条1項に基づいて損害賠償責任を負うから,担当医師の使用者である被告は,原告に対し,民法715条の使用者責任に基づく損害賠償義務を負わないものというべきである。 したがって,民法715条の使用者責任に基づく原告の請求は理由がない。 5 争点(5)(一般不法行為の成否)について原告は,本件において,被告による一般不法行為の成立を根拠付ける注意義務として,被告には,医療機関を設置する組織として,医療過誤の発生を予防できるシステムを構築すべき注意義務があり,その一環として,雇用する医師 が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うような体制を構築すべき注意義務,及び雇用する医師が医薬品を使用するに当たって能書に記載された注意事項に従うように適切に指導・監督すべき注意義務があると主張する(前記第3,5(1))。 しかし,本件において被告が原告に対して一般不法行為に基づく責任を負うと解する余地があるとしても,注意義務違反(過失)による不法行為が成立するためには,実際に発生した結果を予見し回避できる可能性があり,その結果を予見し回避する義務があったことを裏付けるに足りる具体的な事実が主張立証されなければならないと解されるところ,原告は,上記注意義務を主張するものの,担当医師とは別異の主体である組織体としての被告において実際に発生した結果を予見し得る可能性があったことを裏付ける具体的な事実を主張立証しておらず,また,被告においてどのような行動をとることによって結果を回避することが可能であったかなど結果の回避可能性を裏付ける具体的な事実も主張立証してい ったことを裏付ける具体的な事実を主張立証しておらず,また,被告においてどのような行動をとることによって結果を回避することが可能であったかなど結果の回避可能性を裏付ける具体的な事実も主張立証していない。さらに,実際に発生した結果を予見し回避する義務があったことを裏付けるに足りる具体的な事実も主張立証していない。このように,本件においては,被告による一般不法行為の成立を根拠付ける注意義務の内容及びその存在を基礎付ける事実は,具体的に主張立証されていない。 したがって,民法709条の一般不法行為に基づく原告の請求は理由がない。 6 請求の成否以上のとおり,原告の診療契約に基づく債務の不履行に基づく請求,安全配慮義務違反に基づく請求,民法715条の使用者責任に基づく請求,民法709条の一般不法行為に基づく請求は,いずれも理由がないから(前記2(2),3,4,5),その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。 7 結論よって,本件請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 大分地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官中平健 裁判官真鍋麻子 裁判官石本慧

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