平成17(行ウ)268 遺族補償給付不支給処分取消等請求(通称 加古川労基署長遺族補償等不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成18年9月4日 東京地方裁判所 その他
ファイル
hanrei-pdf-33613.txt

判決文本文32,196 文字)

平成18年9月4日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成17年(行ウ)第268号遺族補償給付不支給処分取消等請求事件口頭弁論終結日平成18年6月29日判決神戸市東灘区a1丁目a2番a3-a4号原告b同訴訟代理人弁護士c東京都千代田区d1丁目d2番d3号被告国同代表者法務大臣e処分をした行政庁加古川労働基準監督署長f同指定代理人g1同g2同g3同g4同g5同g6主文 加古川労働基準監督署長が平成8年8月7日原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求主文同旨 第2事案の概要本件は,原告の子であるhが平成5年4月29日に自殺したのは,hが保母として勤務していた保育園における業務に起因するうつ状態によるものであるとして,原告が加古川労働基準監督署長に対し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支払を請求したところ,同署長がこれを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたので,原告が同署長の所属する被告に対しその取消しを求めた事案である。 争いのない事実等(証拠により認定した事実は,当該証拠を括弧内に記載する。なお,文脈から平成5年の出来事であることが分かる場合は,「平成5年」の表記を省略する。)(1)hの経歴hは,昭和46年5月29日,原告とその妻iとの間の長女として出生した。hは,平成5年当時,原告及びiと同居していた。hには,精神病及び神経症の既往歴はない(甲4の2)。 hは,平成2年4月にj短期大学家政学科に入学し,在学期間中及び卒業後の平成4年12月までの間,rキ は,平成5年当時,原告及びiと同居していた。hには,精神病及び神経症の既往歴はない(甲4の2)。 hは,平成2年4月にj短期大学家政学科に入学し,在学期間中及び卒業後の平成4年12月までの間,rキリスト教会が実施していた保育サービスにボランティアとして参加した。また,hは,平成2年8月から平成4年12月までの間,マーブルベビーシッターサービスで,2歳前後の児童を保育するアルバイトに従事した。hは,上記のような活動を通じて,児童の保育に興味を持ち,平成4年9月に児童福祉法に基づく保母資格(現在の保育士資格に相当する。)を取得した。 hは,保母資格取得後,1か月間,兵庫県高砂市内の保育園で臨時保母として勤務した。 (2)株式会社kについて株式会社kは,平成5年当時,兵庫県加古川市内において,m1,m2,m3及びm4の計4か所の無認可保育所(国,都道府県及び市町村以外の者 が,児童福祉法35条4項に基づく都道府県知事の認可を受けることなく設置した保育所)を設置し運営していた。このうち,m1は0歳児から1歳児を,m3は2歳児を,m2は3歳児から5歳児をそれぞれ対象としていた。 なお,m4は,送迎バスの集合場所とされていた。 m1,m2及びm3で保育されていた園児の合計数は,平成5年当時,200名程度であり,各園には,それぞれ理事長,園長及び副園長のポストがあったが,n(以下「n理事長」という。)が各園の理事長を,o(以下「o園長」という。)が各園の園長を,p(以下「p副園長」という。)が各園の副園長を,それぞれ兼務していた。 (3)株式会社kにおけるhの業務ア採用と勤務開始hは,平成4年11月,株式会社kに対し,保母として入社したいとして応募した。株式会社kは,平成4年12月,hの採用を決定し,平成5年4月からm2で勤務してもらうこ けるhの業務ア採用と勤務開始hは,平成4年11月,株式会社kに対し,保母として入社したいとして応募した。株式会社kは,平成4年12月,hの採用を決定し,平成5年4月からm2で勤務してもらうことにした。ところが,平成4年12月末ころ,m3で急に保母の欠員が生じたため,hは平成5年1月からm3に勤務し,同年4月からm2に勤務することとなった。こうして,hは,平成5年1月1日付けで株式会社kの保母として採用され,同月6日からm3で保母としての勤務を開始した。 イm3におけるhの業務の内容hが勤務した当時,m3の児童数は18名で,他に一時保育の児童が1名いたのに対し,保母の数はhを含めて2名であり,児童福祉施設最低基準(昭和23年12月29日厚生省令第63号)に定める保母数が確保されていなかった。 m3での勤務には,早出と遅出とがあり,勤務は原則として月曜日から土曜日までの6日間で,勤務時間は,早出が午前7時30分から午後5時30分まで,遅出が午前8時30分から午後6時までと定められていた。 m3には調理師がいなかったため,昼の給食の準備も保母が行った。また,m3には,同園で保育する園児のほか,同園の近隣に居住してm1又はm2へ通う園児らもいったん登園してきたので,これら他園の園児も送迎バスの到着までの間はm3で保育していた。 hは,正午ころから午後2時ころまでに設けられていた園児らの午睡の時間に昼食をとっていたが,その他にも,園児の連絡帳や保育日誌の記入,給食の食器の後片付け,給食の材料の買出しなどの業務をしており,時間的余裕はなかった。 さらに,m3では,午後3時30分ころから午後4時30分ころ以降,m3で保育されていた園児に加え,送迎バスで他の園から移送されてきた園児も含め,約20名から30名を保育していた。その後,午後6時 。 さらに,m3では,午後3時30分ころから午後4時30分ころ以降,m3で保育されていた園児に加え,送迎バスで他の園から移送されてきた園児も含め,約20名から30名を保育していた。その後,午後6時から6時30分ころまでの間に保護者が園児を迎えに来た後,1日の業務を終えた。 hは,早出の日は,午前6時55分に自宅を出て,午後7時ころ帰宅し,遅出の日は,午前8時前に家を出て,午後8時ころ帰宅していた。 ウ株式会社kのhに対する平成5年4月からのm2での業務の指示hは,平成5年2月7日,株式会社kから,m2の責任者である主任保母を含む6名の保母全員が3月31日付けで退職することを理由に,4月からのm2への異動とともに,主任保母(責任者)としての業務を行い,コンピューターを利用した新しい保育の責任者となること等を指示された(以下「本件2月7日指示」という。)。hは,o園長がhの業務を支援することを前提に,本件2月7日指示に応ずることにした。 エhの平成5年2月7日以降の業務hは,株式会社kから本件2月7日指示を受けて以降,m3の保母としての通常業務に加え,m2の責任者となるため及びコンピューターを利用した保育を担当するための打合せ,学習が必要となったほか,次年度の年 間指導計画の作成やお遊戯会の準備の負担も重なった。 さらに,hは,3月23日からは,m3の園児全員を連れてm2での保育をするようになった。そして,m2を退職する保母らとの間での引継ぎ期間は,3月29日から31日までの3日間のみであった。o園長は,hから仕事上のわからない点について聞かれても,自分はノータッチである旨答えるのみであった。 hは,3月30日,o園長と各園の責任者2名との打合せを夜遅くまで行ったが,その際,疲れ切り放心状態で話もほとんどせず,パンやジュースも飲食 かれても,自分はノータッチである旨答えるのみであった。 hは,3月30日,o園長と各園の責任者2名との打合せを夜遅くまで行ったが,その際,疲れ切り放心状態で話もほとんどせず,パンやジュースも飲食しない状態であった。 (4)hの精神障害の発症と退職hは,3月30日ころ,世界保健機構の国際疾病分類第10回改訂版第V章「精神及び行動の障害」(以下「ICD-10」という。)の「F43. 適応障害」に分類される精神障害を発症した。hは,3月31日,加古川市内のq病院で受診したが,医師の問診に対して発語も開眼も困難な状態であり,精神的ストレスが起こす心身症的疾患と診断されたほか,肝機能障害も疑われたため,入院検査を受けることとなり,同日付けで株式会社kを退職した。 hは,入院翌日の4月1日には,精神的不安が消失し,検査値に異常がないと認められ,退院して自宅療養をすることになった。 (5)hの退院から自殺までの経緯hは,4月11日,rキリスト教会において洗礼を受け,元気を取り戻し始め,新しい保育園探しを開始するなどしたが,同月29日,hは自宅において,遺書を残し,縊首の方法により自殺した(以下「本件自殺」という。)。 (6)原告の遺族補償年金等の支給請求原告は,平成5年12月22日,加古川労働基準監督署長に対し,hの死 亡に関して労災保険法に基づく葬祭料及び遺族補償年金の支給をそれぞれ請求したが,加古川労働基準監督署長は,平成8年8月7日付けで,原告に対し葬祭料及び遺族補償年金を支給しない旨の処分をし(以下「本件処分」という。),同月9日に原告に対して通知した。 原告は,本件処分を不服として,同年10月4日,兵庫労働者災害補償保険審査官に対する審査請求をしたが,同審査官は,同年11月5日付けで原告の審査請求を棄却した。さらに,原告は, 告に対して通知した。 原告は,本件処分を不服として,同年10月4日,兵庫労働者災害補償保険審査官に対する審査請求をしたが,同審査官は,同年11月5日付けで原告の審査請求を棄却した。さらに,原告は,同年12月27日,労働保険審査会に対して再審査請求をしたが,同審査会は,平成17年3月25日付けで原告の再審査請求を棄却した。 本件の争点本件自殺はhの株式会社kにおける業務に起因するものか否か 争点に関する当事者の主張【原告の主張】(1)株式会社kにおけるhの業務の過重性hは,株式会社kにおいて,前記争いのない事実等(3)記載の業務を行ったのみならず,帰宅後も翌日の業務の準備や年間指導計画の作成等のため,午後11時から12時ころまで仕事をせざるを得ず,平成5年2月及び3月は,日曜日もほとんど出勤せざるを得ない状況にあった。さらに,hは,3月29日には,株式会社kから4月以降の園児の送迎バスの時刻表の作成を命じられたが(以下「送迎バス時刻表作成業務」という。),この業務は,園児らの顔と名前が一致することが前提であり,かつ,送迎の方法など事務的にも非常に複雑で短期間での完成が困難な業務であった。 上記のとおり,hの株式会社kにおける業務が過重であったことは明らかである。このことは,株式会社kが設置し運営していた3つの保育園において,保母らが業務の過重性から心身共に疲れ果て,平成4年10月に1名,同年12月に1名,平成5年3月に8名(hを含む),同年5月に8名,同 年6月に2名の保母がそれぞれ退職したこと,株式会社kの他の保母らも,加古川労働基準監督署の調査に対して,園に勤務時間外に残って仕事をしたり,仕事を家に持って帰ったりするのがほとんど毎日であるとか,行事の前にはほとんど徹夜で仕事を仕上げたことがあるなどといった回答をしてい 労働基準監督署の調査に対して,園に勤務時間外に残って仕事をしたり,仕事を家に持って帰ったりするのがほとんど毎日であるとか,行事の前にはほとんど徹夜で仕事を仕上げたことがあるなどといった回答をしていることからも裏付けられている。 (2)hが業務に起因して適応障害を発症したことhは,平成5年3月30日当時,株式会社kにおける業務に起因して心身共に極度に疲労しており,不安と抑うつ気分に支配され,情緒と行為の混合した障害を伴う状態にあり,精神医学的には「不安と抑うつ気分を伴うストレス関連障害」と位置づけるべきである。この状態は,ICD-10における「適応障害」(F43.2)に該当する。 他方で,hは,精神病の既往歴や性格的な偏りもなく,真面目に保育に取り組む平均的な保母であった。 以上からすると,hの「不安と抑うつ気分を伴うストレス関連障害」という状態と株式会社kにおける業務との間には,社会通念上,業務に内在し随伴する危険の現実化として発生したものとして,相当因果関係の存在が認められる。 (3)hの自殺の業務起因性についてhは,株式会社kを退職し,平成5年4月1日にq病院を退院した後,同月11日に教会で洗礼を受け,元気を取り戻し始め,新しい保育園での職を探し始めるなど,希望を持つようになった一方で,同僚保母に宛てた手紙の中で,自分を責める内容の記載があるなど,自責の念にかられていたことが認められる。上記の事実は,hが業務による身体面での疲労が軽減した後も,業務に起因する精神面での不安及び抑うつ気分が容易に回復せず,遷延していたことを示している。また,hは,就職活動が進展しなかったことや株式会社kが離職票を発行しなかったことにより,一層不安や抑うつ気分が増し た。一般に,うつ状態による自殺は回復期に多いとされているところ,hの自殺は, また,hは,就職活動が進展しなかったことや株式会社kが離職票を発行しなかったことにより,一層不安や抑うつ気分が増し た。一般に,うつ状態による自殺は回復期に多いとされているところ,hの自殺は,うつ状態に基づく自殺の典型例である。 以上によれば,hは,平成5年3月30日に株式会社kにおける過重な業務に起因して適応障害を発症したことによりうつ状態に陥り,不安と抑うつ気分を遷延させたまま,衝動的に本件自殺に及んだのであり,本件自殺と株式会社kにおける業務との間には,社会通念上,業務に内在し随伴する危険が現実化したものとして相当因果関係が認められる。 したがって,本件自殺については,業務起因性があると認めることができる。 【被告の主張】(1)自殺に関する業務起因性の判断基準ア労災保険法上,労働者の死亡等が業務上発生したというためには,当該業務と当該死亡等の結果との間に相当因果関係の存在が肯定されることが必要であり,そのためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。 ところで,従来,労働者の自殺については,基本的には故意による死亡と解されるため,保険給付を行わないこととし(労災保険法12条の2の2第1項),例外的に,業務に起因するうつ病等により心神喪失の状態に陥って自殺した場合に限って保険給付の対象となり得るものとされてきた。 しかし,労働省(現・厚生労働省)は,業務によるストレスを原因として精神障害を発症し,あるいは自殺したとして労災給付請求が行われた場合に,迅速かつ適正に対処するための一定の基準を明確にするため,精神医学,心理学及び法学の専門家に専門的見地からの検討を依頼した。これらの専門家によって構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の検討結果の報告(以下「専門検討会報告」と 確にするため,精神医学,心理学及び法学の専門家に専門的見地からの検討を依頼した。これらの専門家によって構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」の検討結果の報告(以下「専門検討会報告」という。)を受けて,労働省は,平成11年9月14日労働省労働基準局長通達(基発第544号)と して「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下「平成11年判断指針」という。)を発出した。 イ専門検討会報告は,精神障害は多次元的原因で発病するとの認識に立ち,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるとする「ストレス―脆弱性理論」に依拠し,ICD-10に示される精神障害を対象とした。その他,専門検討会報告の主な内容は,下記の(ア)ないし(エ)のとおりである。 (ア)精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは,自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺したと認められる場合には,「故意」による自殺ではないと解すべきであり,「心神喪失」に該当するかどうかを問う必要はない。 (イ)ICD-10に基づき,明確に対象疾患に罹患していたと判断され,その精神障害が一般的に強い自殺念慮を伴うことが知られている場合には,精神障害により正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが妥当である。これに該当する自殺の精神状態には,①主として器質性精神病(F0),精神作用物質使用による障害(F1),精神分裂病等(F2),気分障害(F3)において,その症状としての病的な感情,思考に基づく自殺行為,②F4(神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害),特にF43重度ストレス反応(急性ストレス反応(F43.0)と心的外傷後ストレス障害 その症状としての病的な感情,思考に基づく自殺行為,②F4(神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害),特にF43重度ストレス反応(急性ストレス反応(F43.0)と心的外傷後ストレス障害(F43.1))の下で遂行される自殺行為の2つの場合が含まれる。 (ウ)しかし,精神障害のうち,必ずしも自殺念慮の出現の蓋然性が高いとまではいえない精神障害にあっては,上記(イ)の推定が自動的には働かず,自殺時の正常な認識,行為選択能力及び抑制力の阻害の程度が問題となる。また,業務に起因する精神障害発病後,治療等が行われ,相当期間が経過した後の自殺については,治癒の可能性やその経過の中での 様々な出来事の評価が必要であり,自殺が当該疾病の症状の蓋然的な結果と認められるかどうか,さらに療養の経過,業務以外のストレス要因の内容等を総合して判断する必要がある。 (エ)人間の自殺行動の中には必ずしも精神障害が関与しない自殺があり,いわゆる「覚悟の自殺」の場合は,その動機が業務に関連していても,本人の主体的選択によるものである限り,一般的には「故意」の自殺といわざるを得ない。また,遺書についても,その存在のみから正常な認識,行為選択能力あるいは自殺を思いとどまる精神的抑制力が阻害されていなかったとするのは必ずしも妥当ではなく,その表現,内容,作成時の状況等を自殺に至る経緯にかかる一資料として総合評価すべきである。 ウ上記専門検討会報告の立場を踏まえ,平成11年判断指針は,次のような指針を示した。 (ア)ICD-10のF0からF4に分類される多くの精神障害では,病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから,業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には,当該精神障害によって正 障害では,病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから,業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には,当該精神障害によって正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し,原則として業務起因性を認める。 (イ)上記の精神障害と認められる事案で,発病後,治療等が行われ,相当期間経過した後の自殺については,治癒の可能性や,その経過の中での業務以外の様々な心理的負荷要因の発生の可能性があり,自殺が当該疾病の症状の結果と認められるかどうかは,さらに療養の経過,業務以外の心理的負荷要因の内容等を総合的に判断する必要がある。 (ウ)ICD-10のF0ないしF4に分類される疾患にも,一部に必ずし も精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いとまではいえない疾患が含まれていることに留意すべきである。 (エ)遺書等の存在については,その存在のみならず,表現,内容,作成時の状況等を把握して,正常な認識,行為選択能力の阻害の有無を評価すべきである。 (2)hの自殺の業務起因性について平成11年判断指針に照らしてhの自殺に至る経過を検討すると,hは,平成5年3月30日ころ,株式会社kにおける業務による過重な心理的負荷によって精神障害を発症したことが認められる。 しかし,その後,hは3月31日に株式会社kを退職した後,自宅療養の結果,元気を取り戻し,4月11日には教会で洗礼を受け,再度保母としてやり直すために求職活動も始めていた。このように,hが,ストレス要因であった業務から離れたのみで,抗うつ剤等による治療によらず,4月11日ころまでに急速に回復していることに照らすと,hは,ICD-1 やり直すために求職活動も始めていた。このように,hが,ストレス要因であった業務から離れたのみで,抗うつ剤等による治療によらず,4月11日ころまでに急速に回復していることに照らすと,hは,ICD-10の「F43.2適応障害」のうち,1か月を超えない一過性の軽症抑うつ状態である「F43.20短期抑うつ反応」を発症したものの,当該精神障害は,4月11日ころには寛解していたものと認められる。その後のhは,自殺直前に至るまで,精神障害に罹患し,強い絶望感や無力感にさいなまれ苦悶していたことを示す事実は認められず,遺書には文字の乱れもなく内容も冷静で理路整然としている。 以上によれば,本件自殺当時,hが精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害された状態であったとは認められず,既に株式会社kを退職していることから,仮に不安と抑うつ気分を増強させていたとしても,その原因は株式会社kでの業務とは関連がない。したがって,本件自殺は,精神障害によるものではない,いわば「覚悟の自殺」であると考えられ,業務起因性を認めることはできない。 第3当裁判所の判断 前提事実前記争いのない事実等に加え,証拠(文中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,文脈から平成5年の出来事であることが分かる場合には「平成5年」の表記を省略する。)。 (1)株式会社kにおけるhの業務の状況アhが勤務した当時のm3の業務体制hがm3で勤務した平成5年1月6日から同年3月22日までの間,m3の保母は,hのほかにsがいるのみであった。これに対し,m3の園児(年度当初の2歳児)は18名(他に一時保育の児童1名)も在籍しており,満1歳以上満3歳に満たない幼児おおむね6人につき1人以上の保母を置かなければならない いるのみであった。これに対し,m3の園児(年度当初の2歳児)は18名(他に一時保育の児童1名)も在籍しており,満1歳以上満3歳に満たない幼児おおむね6人につき1人以上の保母を置かなければならないとする児童福祉施設最低基準33条の要件を満たしていなかった。(乙13,19)一方,同時期におけるm1の園児(年度当初の0歳児及び1歳児)の数は約40人,m2の園児(年度当初の3歳ないし5歳児)の数は約150人ほどであった(乙5,弁論の全趣旨)。 m3のo園長は,保母資格を有していたものの,園の保育や行事の立案,その他渉外事務,送迎バスの運転などを担当しており,直接園児の保育は担当していなかった。また,n理事長及びp副園長は保母資格を有しておらず,o園長と同様の業務を担当しており,直接園児の保育を担当していなかった。(甲6の1)株式会社kのm1,m3,m2及びm4の各園は,距離的に離れており,保護者の利便性を考え,各園をその近隣に居住する園児の集合場所として,各園間を株式会社kの送迎バスで年齢に応じた園に送迎する園間送迎のほか,株式会社kの送迎バスが園児の自宅又はその近くの集合場所と各園と の間を送迎する個人送迎又はグループ送迎という送迎体制をとっていた(甲5の1,乙5)。 イhが勤務した当時のm3における保母の通常業務の内容(甲5及び6の各1,乙5,13,19,弁論の全趣旨)hとsは,早出の勤務と遅出の勤務を交代で行っており,勤務時間は,早出が午前7時30分から午後5時30分まで,遅出が午前8時30分から午後6時までと定められていたものの,実際には,それよりも遅くまで勤務していた。 早出の保母は,午前7時30分までに出勤すると,株式会社kが加古川市役所から入手したt市立保育園の献立に従い,米をとぎ,おかずを作るなど,給食の準備を始 実際には,それよりも遅くまで勤務していた。 早出の保母は,午前7時30分までに出勤すると,株式会社kが加古川市役所から入手したt市立保育園の献立に従い,米をとぎ,おかずを作るなど,給食の準備を始め,この作業には午前9時くらいまでの時間を要した。遅出の保母は,園児の世話に従事し,午前8時30分ころに,1台の小型のスクールバスがm3に到着する際,m3で保育する2歳児を降車させ受け入れる一方で,m1に通園する0歳児及び1歳児を乗車させた。また,午前9時20分ころには,もう一台の大型のスクールバスが到着し,m3で保育する2歳児を降車させ受け入れる一方で,m2に通園する3歳から5歳児を乗車させた。園児のバスの乗降については,すべて登退園簿ノートに記録した。 その後,h及びsは,午前11時まではカリキュラムに沿って保育をし,午前11時からは園児らに昼食を食べさせ,その後,後片付け,園児らの歯磨き,着替えや,園児の昼寝の前の布団敷き,本の読み聞かせなどの業務を行った。h及びsは,正午からの園児の昼寝の時間を利用して,園児らの連絡帳や保育日誌の記入を午後1時ころまで行い,その後の30分くらいの時間に昼食をとり,休憩するなどした後,残りの30分で,食器等の後片付けや,給食の食材の買物(月曜日,水曜日及び金曜日)などを済ませ,午後2時から園児を起こして,自由遊びやおやつを食べさせるなど した。 m3には,午後3時30分ころに,1台の小型のスクールバスが到着し,m1から送られてきた0歳児及び1歳児を降車させ受け入れる一方で,m3で保育した2歳児で他園に送る園児を乗車させた。さらに,午後4時20分ころに,もう1台の大型のスクールバスが到着し,m2から送られてきた3歳から5歳児を降車させ受け入れる一方で,m3で保育した2歳児で他園に送る園児を乗車させ 園児を乗車させた。さらに,午後4時20分ころに,もう1台の大型のスクールバスが到着し,m2から送られてきた3歳から5歳児を降車させ受け入れる一方で,m3で保育した2歳児で他園に送る園児を乗車させた。その後,午後5時ころ以降に保護者が迎えに来るまでの間,m3では,0歳から5歳までの園児約20名から30名を遊ばせながら保育し,午後6時から6時30分ころまでには,すべての園児が帰宅し,h及びsは,後片付けや掃除等を行った後,m3を退出した。 ウhのm3での勤務状況hは,自家用車で通勤しており,自宅からm3までは自動車で15分くらいの距離であり,帰りに寄り道をして遊びに行くようなことはなかった。 hは,m3での勤務当時,通常,早出の日には,午前6時55分ころに自宅を出発し,午前7時20分ころから勤務を開始し,午後7時ころに帰宅しており,遅出の日には,午前8時ころに自宅を出発し,午前8時30分ころから勤務を開始し,午後8時ころに帰宅していた。(甲4の1)なお,株式会社kに存在した出勤簿によると,hの残業時間は1日に30分から1時間10分程度である。しかし,保母らは,株式会社kから残業についてはなるべくローテーションどおりに付けて欲しいと言われていたため,残業時間を正確に記載していない。(弁論の全趣旨)エ本件2月7日指示(甲4の1,乙19弁論の全趣旨)hは,平成5年2月7日(日曜日),株式会社kの指示により,入園説明会に出席するため出勤した。株式会社kは,その際,hに対し,m2に勤務している主任保母以下6名の保母全員が3月末で退職し,新たに保育 経験のない5名の保母を採用したこと,4月から,hはm2では担任クラスを持たず,まとめ役として,実質的に主任としての業務を行うこと,m2の保育に新たに導入するコンピューターと学習用ソフト「ま 経験のない5名の保母を採用したこと,4月から,hはm2では担任クラスを持たず,まとめ役として,実質的に主任としての業務を行うこと,m2の保育に新たに導入するコンピューターと学習用ソフト「まなぶ君」を使用しての授業を行うことを指示(本件2月7日指示)した。(甲4の1,乙20)hは,4月からは,m2で担任クラスを持って勤務することができると考えていたため,2月7日,帰宅後の夕食の際,原告及びiに対し,泣きながら,m2の責任者となるよう指示を受けたことを話した。これに対し,原告及びiは,一番大きい園の主任保母の業務は大変な経験を要する仕事であり,hには務まるはずがないから,株式会社kに対して,もう1度,希望どおり1つのクラスの担任をさせてほしいと願い出て,それが受け入れられなければ,絶対に退職するよう話し,hはこれに従う旨答えた。 (甲4の1)hは,2月8日,p副園長に対し,4月以降,m2で担任クラスを持ちたい旨要望した。これに対し,p副園長は,既に決定されていることであり,本件2月7日指示の内容は絶対に変更することができないと回答した。 hは,同日の夕食の際に,原告及びiに対して,p副園長との上記話合いの様子を語った上で,保母らはみな苦労して頑張っているので,自分ももう一度頑張ってみるので応援して欲しいと述べた。(甲4の1)また,hは,m3の同僚保母であるsに対しても,株式会社kからm2での管理業務を要請され,保育の実務を担当しないことになった点につき,子供が好きで入社したのにと,大きな衝撃を受けた様子を示していた(乙13)。 オ平成5年2月7日以降のhの状況hは,株式会社kから本件2月7日指示を受けて以降,m3の保母としての通常業務を行ったほか,コンピューターを使用しての保育に備える準 備業務に従事した。すなわち,h 成5年2月7日以降のhの状況hは,株式会社kから本件2月7日指示を受けて以降,m3の保母としての通常業務を行ったほか,コンピューターを使用しての保育に備える準 備業務に従事した。すなわち,hは2月12日の午後6時から7時まで,同月25日の午後6時から7時30分まで,職員会議のため株式会社kからの指示により出勤した3月14日(日曜日)の3回にわたって,o園長とともにコンピューターと学習用ソフトに関しての実習を受け,帰宅後もマニュアルを読むなどした。なお,hは,これまでコンピューターを操作した経験が全くなかった。(甲4の1,同6の2)また,hは,2月中旬ころ,hの前任者となるm2の主任保母から引継書を渡され,毎晩帰宅してからそれに目を通し,翌日の通常業務の終了後にm2の主任保母に質問するなど,m2の責任者となるための準備を行った。加えて,hは,次年度の年間指導計画の作成や,3月2日に予定されていた行事であるお遊戯会の準備のため,m3での通常業務終了後も残業し,帰宅後も,自室にこもって深夜まで準備を行うなどし,原告が午前1時ころに早く寝るよう声をかけたことも何度かあった。また,hは,株式会社kからの指示はなかったものの,日曜日や休日も出勤することが多くなった。(甲4及び5の各1,乙8,12)sは,2月下旬ころ以降,hが元気がないとの印象を持っていた(乙12)。保母のuも,3月28日に日曜保育の割当てを受けて出勤したhが,園児らが走り回り散らかった保育室において,半ば疲れ切った様子で,絨毯の上に足を崩して放心状態で座っている状況を目にしている(甲5の1)。さらに,保母のvも,同日のhの様子につき,以前のような笑顔もなく疲れ切った様子で,半分放心状態だったと述べている(乙14)。hは,このとき,u及びvに対し,4月以降m2の責任者と る(甲5の1)。さらに,保母のvも,同日のhの様子につき,以前のような笑顔もなく疲れ切った様子で,半分放心状態だったと述べている(乙14)。hは,このとき,u及びvに対し,4月以降m2の責任者としての仕事をする上でのわからないことにつきo園長に相談しても,自分はノータッチである旨答えるのみで,何も指示をしてくれないと愚痴をこぼした(甲5の1)。 カ平成5年3月29日以降のhの状況 hとm2を退職する保母らとの間での実地における引継ぎ期間は,3月29日から31日までの3日間とされていた。 hは,3月29日午後8時ころ,原告に対し,o園長から園児の送迎バスの時刻表作りに参加するようにいわれ,株式会社k全体の状況をわかっていないことに気が付いたと困り切った顔つきで話した。原告は,hに対し,送迎バス時刻表作成業務の免除を申し出,免除が受け入れられない場合は今度こそ退職するよう説き,hもこれを了承した。hは,後日,原告に対し,この日の夜のことにつき,子供達や同僚の保母らと別れることを思い,ほとんど眠ることが出来なかった旨語った。(甲4及び5の各1)o園長は,3月30日,同年4月からm2の責任者となるh,m1の責任者であるw及び4月からm3の責任者となるuをm2に招集した。uがm2に到着した午後6時30分ころ,m2では,hが3月限りで退職するm2の先輩保母2名から引継ぎを受けており,その際,hは先輩保母2名に対し,送迎バスの時刻表が出来ておらず,自分が作らなければならないことになった旨,涙ぐんでハンカチで目の辺りを押さえながら話していた(甲5の1及び2)。o園長は,同日午後7時30分ころにm2に到着し,w,u,hと打合せを行った。hは,その際,疲れ切った様子であまり話すこともなく,午後8時ころ,場所をm1に移した際に差し入れられたパ の1及び2)。o園長は,同日午後7時30分ころにm2に到着し,w,u,hと打合せを行った。hは,その際,疲れ切った様子であまり話すこともなく,午後8時ころ,場所をm1に移した際に差し入れられたパンとジュースも口にしなかった。m1では,wが作成した同年4月以降の保母のローテーション表の原案についての打合せと,園間送迎のバスの園に立ち寄る時刻を決めるための打合せを行ったが,このときまでに送迎バスの時刻表は完成しておらず,個人送迎やグループ送迎に関する時刻はこの日の打合せでも決まらなかった。o園長は,hら保母を残したまま,午後9時30分ころm1を後にし,その後はw,u及びhのみで午後11時ころまで打合せを続けた(甲5の1及び2,同6の1,乙19)。 (なお,o園長及びp副園長は,いずれも,2月7日の入園説明会まで に次年度のバスの時刻表は完成しており,hに送迎バス時刻表作成業務を指示したことはない旨供述する(甲6及び7の各1,乙19)。しかし,前記各供述は,原告及びuの各供述(甲4の1【39頁】,同5の1【68頁】)に反する上,株式会社kの保育園は随時入園制であり(甲6の2),入園説明会以降,4月10日の入園式までの間に入園を希望してくる児童もいたこと(甲7の2)に照らすと,o園長及びp副園長の上記各供述の内容は不自然であり,これを採用することはできない。)キhの勤務に対する評価o園長は,hについて,真面目で責任感があり,何事にも積極的であったと評価しており,p副園長も,仕事態度に悪いところはなく,直して欲しい点もなかったと述べている(乙19,20)。 m3の同僚保母であったsも,hについて,大変真面目な人で,一生懸命に仕事をしており,園児を大声でしかるということはなく,将来いい先生になるだろうと思っていたと述べている(乙13)。 19,20)。 m3の同僚保母であったsも,hについて,大変真面目な人で,一生懸命に仕事をしており,園児を大声でしかるということはなく,将来いい先生になるだろうと思っていたと述べている(乙13)。 (2)hの入退院o園長,w及びuとの打合せを終えたhは,3月30日午後11時30分過ぎころに帰宅すると,ドアを開くなり,「私の人生はめちゃくちゃになってしまった」と泣き崩れ,iの胸にしがみついた。原告及びiは,hを抱きかかえるようにして床に就かせ,この夜はiが添い寝して寝かせたものの,hは目を開き一点を見つめた放心状態であり,興奮のためほとんど眠ることができなかった。(甲4の1,乙7,8)hは,3月31日も同様の状態が続いていた。このため,iは,同日,近くにあり従来から世話になっていたq病院にhを入院させることとし,ほとんど歩けない状態のhを抱きかかえるようにして同病院まで連れて行った。 (甲4の1)q病院では,x1医師がhの診察を担当した。hは,その際,意識状態こ そ良好であったものの,全身倦怠感が著しく,問診に対しても閉眼したままで,自分から発語することができず,精神的にも肉体的にも極度の疲労が感じられたため,業務による過労に加え,肝機能障害の可能性も考慮し,入院の上検査を行うこととした。q病院の入院診療録には,hの入院までの経過として,夜中仕事を終える1時間位前より四肢に振戦があり,倦怠が強度であったものの自力で自動車を運転して帰宅し,布団で朝まで過ごすが,記憶がないこと,起床後立つことが出来ず,脱力感が著明で,家で安静して臥床したものの同じ状態が続いたため来院したこと,朝食は粥を5さじ程度摂取したことが記載されている。(甲4の1,同19,乙11,12)hは,q病院で入院安静の上,点滴を受けるなどし,3月31日の午後6時こ ものの同じ状態が続いたため来院したこと,朝食は粥を5さじ程度摂取したことが記載されている。(甲4の1,同19,乙11,12)hは,q病院で入院安静の上,点滴を受けるなどし,3月31日の午後6時ころには,全身倦怠感が軽減し,顔色も良く,発語も可能になった。hは,同日午後8時ころには夕食も摂取し,トイレへも自力で歩行することができ,だいぶ元気になったと述べた。その後,hが不眠を訴えたため,睡眠薬が投与された。hは,翌日4月1日朝には,よく眠ることができ,気分が落ち着いたと述べた。また,入院中に実施した血液検査,肝機能検査,心電図検査等は,いずれも正常範囲であった。x1医師は,hの症状について,精神的ストレスが起こす心身症的疾患と判断した上で,精神的不安も消失したとして,hの希望を入れ,同人を4月1日に退院させ,以後は自宅療養をさせることにした。なお,q病院には,内科,外科,整形外科及び放射線科が設けられていたものの,精神科は設けられておらず,x1医師も外科医であって精神科医ではなかった。(甲4の1,同19,乙11,12)(3)hの退院から本件自殺までアhの退院後の様子と受洗hは,q病院を退院してから,自宅で椅子に座ってはいるものの,家族と余り話もせず,何か物思いにふけっているような状態が続き,深い疲れの中でぐったりとした様子であった。原告は,hの退院後の様子を見て, このままでは大変なことになると感じ,4月4日,hに対し,幼いころから通っていたrキリスト教会で,この機会に洗礼を受けてはどうかと勧めた。hは,翌5日夜,原告に対し,洗礼を受けることにしたと述べ,同月11日に,rキリスト教会で洗礼を受けた。hは,洗礼当日の朝,牧師に宛てた「受洗の朝」と題する文章の中で,「教会の多くの方の祈りにも支えられ,心も体も回復に向かわされ を受けることにしたと述べ,同月11日に,rキリスト教会で洗礼を受けた。hは,洗礼当日の朝,牧師に宛てた「受洗の朝」と題する文章の中で,「教会の多くの方の祈りにも支えられ,心も体も回復に向かわされた時,初めて神様の大きな愛と恵みに気づき,何の迷いもなく受洗を決意しました。仕事の方は「退職」という結果になってしまいましたが,今回の事は神様が下さった試練で,それによって私を信仰へと導いて下さったのだから,決して後悔はありませんし,むしろ感謝と喜びで満たされています。」,「私の心から不思議なほど不安がとり除かれ,心が強くされました。」等と記している。(甲4の1,同11,乙28)また,hは,受洗後の4月15日に原告に宛てた手紙の中で,「私を信仰に導いてくれて,本当にありがとう。多くの人の祝福につつまれて,最高のイースターでした。保育園のことでは,たくさん迷惑をかけて,本当にごめんなさい。私は気もちが不器用だから,なかなかスイスイと思うようにすすめないけれど,また励まして下さい。」,「なかなか親離れできないバカ娘を,時々,そばにいて,はげまして下さい。やっぱり,保母の道でなんとかがんばってみようか,と思ってます。」等と記しているナ(甲11,乙9)。そのほか,hは,iに対しても,同日付けの手紙の中で,「ヨタヨタとたよりない私の歩幅にも,ちゃんと神様は合わせて歩んで下さっているようです。どうしようもない私を見るに見かねて,受洗へと導いて下さったのでしょうか…落ちこんだり,泣いたり,悩んだり,やっかいな娘ですが,あきれずに,はげまして下さい。本当に心配ばっかりかけてごめんなさい。」等と記している(甲11,乙29)。 hは,4月15日ころの深夜,「お父さんと話したい」と言い,自宅事 務室で作業をしていた原告のもとへ入ってきた際,原告に対し 心配ばっかりかけてごめんなさい。」等と記している(甲11,乙29)。 hは,4月15日ころの深夜,「お父さんと話したい」と言い,自宅事 務室で作業をしていた原告のもとへ入ってきた際,原告に対し,①良い家庭で大事に育ててもらったのに挫折してしまってごめんなさい,②150名の幼児のバスの運行さえなければ,絶対に挫折しなかった。判断力もなく,hが面識のほとんどない幼児150名のバス運行に伴う待ったなしの精神的負担の大きさを理解して欲しい,③hを弱虫と断定しないで,バス運行の精神的負担のない普通の保育所で,もう一度保母職をやらせて欲しい,④今後,お父さんから人生を生き抜く知恵を教えて欲しいので,時々事務所に入って良いか,という趣旨の話をした。原告は,hに対し,何時に目覚めたのかを聞きただしたところ,hは,「残してきた園児や若い保母への自責に苦悩して,なかなか寝付けない日々」と話した。(甲30)退院後のhは,原告及びiの目からは,特に通院が必要とは認められず,順調に回復しているように見え,洗礼を受けたころには,精神的にも肉体的にも元気を取り戻し,以前の状態に戻ったように見えた(甲4の1及び2,乙8)。 イhの家庭外での活動状況hは,4月12日か13日ころ,給料を受け取るため,m1を訪れた。 その際,p副園長は,給料を渡すにあたって,hに対し,m3に先生が1人足りないので戻る気はないかと復職を打診した。これに対し,hはもう辞めると決めているから復職するつもりはないと答えた。このとき,hと応対したo園長及びp副園長には,hの様子が以前勤めていた時と異ならないように見えた。(甲6及び7の各1,乙20)hは,今後も保育の職務を続けるかどうかにつき迷っている様子であったが,原告やiの励ましもあって,再び保育の仕事をする気持ちになってきた。hは 異ならないように見えた。(甲6及び7の各1,乙20)hは,今後も保育の職務を続けるかどうかにつき迷っている様子であったが,原告やiの励ましもあって,再び保育の仕事をする気持ちになってきた。hは,4月の半ばころから,iと一緒に職業安定所に通ったり,市内の保育園を巡るなどして,求人情報を捜したが,株式会社k以外に保母の募集をしているところは見当たらなかった。(甲4の1及び2,乙8)。 hは,職業安定所で離職票の提出を求められたため,株式会社kに対し,離職票の発行を要求したところ,株式会社kは,当初,5月の連休明けにならないと発行することができないとの態度をとった。hの離職票交付時期をめぐり,原告と株式会社kとの間で口論になった後,株式会社kは4月27日に交付することになった。hは,4月27日,1人で株式会社kへ出向き,離職票を受領した。このときも,p副園長には,hの様子が以前勤めていた時と異ならないように見えた。(甲4及び7の各1,乙20,23)hは,4月27日に離職票を受け取りに行った際,u宛ての手紙を持参し,これを他の保母に託したが,この手紙には,「私の勝手な事情で園をやめることになりました。」「本当に勝手なことをして迷惑をかけてしまって,ごめんなさい。許して下さいね。」「本当に迷惑をかけてしまってごめんなさいね。」といった記載がされていた(甲20の1及び2,弁論の全趣旨)。 hは,洗礼を受けて以降,毎週日曜日に行われる礼拝に原告とともに出席しており,最後に出席したのは4月25日のことであった(甲4の2)。 ウ平成5年4月23日以降のhの家庭内における様子(甲4の2)原告は,一週間の働きを終えて帰宅した4月23日の夜,順調に回復すると思っていたhの,離職票がもらえなかったことについて話す時の悲しい顔を見て,不安を覚えた。 降のhの家庭内における様子(甲4の2)原告は,一週間の働きを終えて帰宅した4月23日の夜,順調に回復すると思っていたhの,離職票がもらえなかったことについて話す時の悲しい顔を見て,不安を覚えた。原告は,4月23日夜のhの暗い表情が非常に気になったため,徳山へ出張した4月26日にも,出先からhに電話をかけ,長時間にわたって話をした。また,原告は,通常であれば,翌27日は,午後5時ころまでは相手先で仕事をしてから帰宅の途につくのに,hの様子が気になったため,午後2時ころには広島での仕事を終えて,日の明るいうちに帰宅した。しかし,hは,4月27日,28日及び29日にはいつになく黙り込んだ様子であり,原告はhに一言二言声をかけたか もしれない程度で,hと話をすることはなかった。 エ平成5年4月29日の本件自殺当日の状況(甲4の2,乙6ないし8)原告は,4月29日,姫路市で講演を行うとともに,その足で家島に渡り,原告夫妻が仲人を務める予定である新婦の家庭に挨拶に行くため,午前8時ころに起床し,午前9時ころに自宅を出発して姫路へ向かった。iも,姫路で所用を済ませた上,原告とともに家島へ同行するため,午前8時ころに起床し,午前10時ころに自宅を出発した。 原告とiが同日朝に朝食をとった時には,いつもと異なり,hはいまだ起きておらず,原告とiが出発するときに声をかけた際にもhからの反応はなかった。 原告とiは,同日午後9時過ぎころ,自宅に帰宅し,hが,自宅1階の原告の居室において,ぶら下がり健康器からロープをかけて縊首しているのを発見し,救急車でq病院まで搬送したが,既に死亡していた。死体検案の結果,hの死亡の場所は自宅,死亡の種類は自殺,死亡の原因は縊死,死亡推定時刻は同日午後6時とされた。 オhの遺書hが,本件自殺に際して記した遺書の 院まで搬送したが,既に死亡していた。死体検案の結果,hの死亡の場所は自宅,死亡の種類は自殺,死亡の原因は縊死,死亡推定時刻は同日午後6時とされた。 オhの遺書hが,本件自殺に際して記した遺書の内容は以下のとおりであり,文字の乱れはなかった(甲11,乙30)。 「勝手なことをしてごめんなさい。許して下さい。私は今,とてもおだやかな気もちです。神様が,戻っておいでと呼ばれたのでいきます。だから,どうかあわれまないで。悲しまないで。お父さん,お母さん,y1兄ちゃん,y2兄ちゃん,たくさんの楽しい想い出をありがとう。最高の家族でした。いつも私をつつんで,何でも許してくれて,いつも心の支えでした。今回の私の選んだ道も,どうか許して下さい。四人で,どうか支え合って,私の分も精一杯生きぬいて下さい。約束ですよ。今回の事は,決して誰のせいでもなく,私自身がした決断です。だから,おだやかに やさしく見おくって下さい。四人で力を合わせて仲よく,仲よくね。絶対約束だよ。今まで私を囲んでくれた,すべての人達にごめんなさいとありがとうを伝えて下さい。お父さん,お母さん,2人仲よく,いつまでも信仰をつらぬいて下さい。私を導いてくれたように,多くの人を導いてあげて下さい。y1兄ちゃん,y2兄ちゃん,ええ奥さんもらいよ。それと,お父さんとお母さんをよろしくたのむね。楽しかったことばかりが頭にうかびます。ほんとに幸せだったよ。みんなも幸せに。ありがとう讃美歌四九六番が大好きでした。歌ってください。このお金は,私の感謝の気もちを込めて,教会に献金します。 h」 争点に対する判断(1)業務起因性の判断基準ア労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法7条1項1号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるために 争点に対する判断(1)業務起因性の判断基準ア労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡等について行われるところ(同法7条1項1号),労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには,業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・判例時報837号34頁参照)。また,労災保険制度が,労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・判例時報1557号58頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・判例時報1564号137頁)。 そして,証拠(乙31)によれば,精神障害の発症については,環境由来のストレスと,個体側の反応性,脆弱性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス―脆弱性」理論が広く受け入れられていると認められることからすれば,業務と精神障害の発症との間の相当因果関係が認められるためには,ストレス(業務による心理的負荷と業務 以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。 イところで,労働者の自殺による死亡が業務上の死亡と認められるか否か,すなわち,労働者の自殺についての業務起因性が問題となる場合,通常は,当該労働者が死の結果を認識し認容したものと考えられるが,少なくとも,当該労働者が業務に起因する精神障害を発症した結果,正常な認 すなわち,労働者の自殺についての業務起因性が問題となる場合,通常は,当該労働者が死の結果を認識し認容したものと考えられるが,少なくとも,当該労働者が業務に起因する精神障害を発症した結果,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは,自殺を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に至った場合には,当該労働者が死亡という結果を認識し認容していたとしても,当該結果を意図したとまではいうことができず,労災保険法12条の2の2第1項にいう「故意」による死亡には該当しないというべきである。 さらに,証拠(乙31)及び弁論の全趣旨によれば,ICD-10のF0ないしF4に分類される精神障害の下で遂行される自殺行為については,精神障害により正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたと推定する取扱いが,医学的見地から妥当であると判断されているところであるから,業務により発症したICD-10のF0ないしF4に分類される精神障害に罹患していると認められる者が自殺を図った場合には,原則として,当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である。その一方で,自殺時点において正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったと認められる場合や,業務以外のストレス要因の内容等から,自殺が業務に起因する精神障害の症状の蓋然的な結果とは認め難い場合などといった,特段の事情が認められる場合には,上記推定を覆し,業務起因性を否定するのが相当である。 ウなお,この点,被告は,ICD-10のF4については,F43「重度 ストレス反応」につき,いわゆる情動行為により自殺が蓋然的症状と認められるにとどまり,また,F43.2「適応障害」については,7種類に分類され,多彩な症状が認められることから,適応障害に分類される症 ストレス反応」につき,いわゆる情動行為により自殺が蓋然的症状と認められるにとどまり,また,F43.2「適応障害」については,7種類に分類され,多彩な症状が認められることから,適応障害に分類される症状すべてに強い自殺念慮が認められるものではないとも主張するが,専門検討会報告(乙31)において,F4に分類される精神障害に関して,被告が主張するような区別がされていると認めることはできず,上記主張は採用することができない。 (2)hの精神障害発症の業務起因性についてhが,平成5年3月30日ころ,その細分類はともかく,ICD-10のF4「適応障害」に分類される精神障害を発症したこと(前記争いのない事実等(4))及び当該精神障害の発症が,hの株式会社kにおける業務に起因するものであることは,いずれも当事者間に争いがない。ところで,原告は,hの自殺は,当該精神障害が原因であると主張し,他方,被告は,当該精神障害は発症から約12日後には寛解しており,当該精神障害とhの自殺との間に業務起因性はないと反論し,その点が本件の最大の争点である。本件の最大の争点を判断するに当たっては,hが従事した業務の過重性の程度,精神障害の程度等hがどのような原因で精神障害を発症するに至ったが判断の前提になるので,以下,前記争いのない事実等,前提事実,証拠(文末に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を踏まえ,この点について,検討しておくことにする。 アhの保母としての経験hは,平成4年3月に短期大学を卒業後,同年9月に保母資格を取得し,保育経験としては,短期大学在学中から卒業後にかけて,教会が実施する保育サービスにボランティアとして参加したほか,2歳前後の児童を保育するアルバイトを行った程度の経験しかないまま,保母としての初めての勤務先として,株式会社kに採用され,予定 かけて,教会が実施する保育サービスにボランティアとして参加したほか,2歳前後の児童を保育するアルバイトを行った程度の経験しかないまま,保母としての初めての勤務先として,株式会社kに採用され,予定を3か月前倒しした平成5年 1月6日から,急遽保母としての業務を開始したものである(前記争いのない事実等(1)及び(3)ア)。 イm3での業務の過重性(ア)hの勤務先となったm3は,一時保育の児童を合わせて19名という園児数を擁しながら,保母数はhを含めわずか2名と児童福祉施設最低基準を満たしていない,保母にとって極めて厳しい条件下での勤務であった(前記前提事実(1)ア及びイ)。 (イ)hのm3での業務内容は,①調理師がいないために給食の材料の買出しから調理まで行う一方で,株式会社kの極めて複雑な園児送迎システムにより,m3の園児のみならず,m1,m2の園児も含め,登退園簿ノートに記録しながら,安全かつ正確な送迎を行わなければならなかったこと,②その上,園児の保育という保母としての本来業務は,それ自体,片時もじっとしていることのない園児たちの安全を確保しつつ行わなければならなかったこと,③m3に所属する19名の2歳児の保育だけでなく,午前中はバスの送迎を待つ間,他園の園児の保育も行い,さらには午後3時30分ころ以降には他園から移送されてくる園児を含め約20名から30名の園児の保育を行わなければならなかったことなど過重な業務内容であった(前記前提事実(1)イ,弁論の全趣旨)。 (ウ)hがm3に勤務していたころの生活は,早出の日は午前7時20分ころから勤務を開始し,午後7時ころに帰宅し,遅出の日は午前8時30分ころから勤務を開始し,午後8時ころに帰宅していた。そして,出勤簿上は,hの残業時間は1日に30分から1時間10分程度とされて 分ころから勤務を開始し,午後7時ころに帰宅し,遅出の日は午前8時30分ころから勤務を開始し,午後8時ころに帰宅していた。そして,出勤簿上は,hの残業時間は1日に30分から1時間10分程度とされていたものの,正確な記録ではないことからすると,1日当たり10時間近い労働を余儀なくされていた。しかも,hが,m3で取得することのできた休憩時間は,実質的にはわずか30分程度であり,昼食をとるのが精一杯という短さであった。(前記前提事実(1)イ,ウ,弁論の全趣 旨)。 ウ本件2月7日指示等がhに与えた精神的負荷,業務の過重性(ア)hは,平成5年2月7日,株式会社kから,同年4月に現職保母が全員退職し,新たに5名の新任保母が配属されるm2において,クラス担任を持たない責任者を務めること,新たに導入されるコンピューターを使用しての保育を行うことについての本件2月7日指示を受けた(前記前提事実(1)エ)。 (イ)本件2月7日指示は,h採用当初の予定とは異なり,採用後わずか3か月の経験しかないhに対し,新採用の新任保母5名のまとめ役をせよとの指示であり,hに対し,極めて大きな精神的負荷を与えた(前記(ア),前記争いのない事実等(3)ア,弁論の全趣旨)。 (ウ)hは,本件2月7日指示を受けるまで,コンピューターを操作した経験がなかった。hは,本件2月7日指示を受けて以降,m3での通常業務終了後の時間を利用して研修を受けたり,帰宅後の時間を利用してコンピューターの操作マニュアルに目を通すなどの準備を行わなければならなかった。これらhの準備行為は,m2の責任者となるための準備,次年度の年間指導計画の作成,年度末の行事の準備等,ただでさえ過酷なm3の保母としての通常業務に加えて課せられたものであった。(前記イ,前記前提事実(1)オ)エ送迎バ の責任者となるための準備,次年度の年間指導計画の作成,年度末の行事の準備等,ただでさえ過酷なm3の保母としての通常業務に加えて課せられたものであった。(前記イ,前記前提事実(1)オ)エ送迎バス時刻表作成業務等がhに与えた精神的負荷,業務の過重性(ア)退職するm2の保母からhに対する実地での引継ぎ期間はわずか3日間しか設定されていなかった。hは,3日の引継期間内に,株式会社kから4月以降の園児の送迎バス時刻表作成業務を命じられていた。園児の送迎バス時刻表作成業務は,他園も含めた多数の園児の顔と名前が一致しなければ不可能な作業であり,いまだ株式会社kに就職して間もない,株式会社k全体の状況を把握していたとは認め難いhにとって, 極めて過酷な負担であった。(前記前提事実(1)カ,弁論の全趣旨)(イ)hのm2の責任者への異動に当たっては,o園長の支援が前提であったはずなのに,同人はhに対して十分な支援を行わなかった(前記争いのない事実等(3)ウ,前提事実(1)オ)。 オhの既往歴,性格等hには精神病及び神経症の既往歴はなく,hの勤務態度は使用者から高い評価を受けていた。また,hは,真面目で,責任感があり,何事にも積極的に取り組み,性格的な偏りは窺われない。(前記争いのない事実等(1),前提事実(1)キ,弁論の全趣旨)さらに,本件全証拠を検討するも,hには,精神障害を発症させるような個体的要因は見当たらない。 カ精神科医等の意見(ア)兵庫労働局労働基準部労災補償課労災補償訟務官からの依頼を受けて,平成17年11月18日に提出された,兵庫地方労災医員協議会精神障害等専門部会の医学意見書は,hは,平成5年3月30日ころに,業務に起因してICD-10のF43.20「短期抑うつ反応」を発症したと認められるとしている(乙39,40 ,兵庫地方労災医員協議会精神障害等専門部会の医学意見書は,hは,平成5年3月30日ころに,業務に起因してICD-10のF43.20「短期抑うつ反応」を発症したと認められるとしている(乙39,40)。 (イ)上記専門部会の部会長を務める精神科医であるx2医師は,上記専門部会の意見書と同旨の意見を述べ,同じくx3医師も,hが同日ころに業務に起因して,ICD-10ではF43.2「適応障害」に位置づけられる「不安と抑うつ気分を伴うストレス関連障害」に罹患したとの意見を述べている(甲10,25,29,乙35,36,42)。 (ウ)精神科医であるx4医師は,hが平成5年3月30日ころに適応障害を発症したと認める意見を述べているところ,業務外の可能性を指摘しているものの,業務上の可能性を否定はしていない(乙43)。 キ小括以上の検討結果によれば,hは,保母としての経験が浅かったのに,m 3で課せられた業務内容は極めて過酷なものであったというべきである。 かかるm3での過酷な業務に加え,hに対し,本件2月7日指示及び園児送迎バス時刻表作成業務が課せられたのであり,かかる業務内容は,hに対し精神的にも肉体的にも重い負荷をかけたことは明らかであり,hならずとも,通常の人なら,誰でも,精神障害を発症させる業務内容であったというべきである。ましてや,hは,これまで精神病や神経症の既往歴はなく,上記精神科医らの意見書等をも考慮すると,hは,株式会社kの過重な業務の結果,平成5年3月30日ころ,ICD-10でF43.2「適応障害」に分類される精神障害を発症したというべきであり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 (3)hの本件自殺当時の精神障害罹患の有無前記(2)でみてきたとおり,hは,平成5年3月30日ころ,業務に起因して,ICD-10でF というべきであり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 (3)hの本件自殺当時の精神障害罹患の有無前記(2)でみてきたとおり,hは,平成5年3月30日ころ,業務に起因して,ICD-10でF43.2「適応障害」に分類される精神障害を発症した。問題は,hが本件自殺当時も平成5年3月30日ころ発症した精神障害に依然として罹患しており,その結果自殺に及んだか否かという点である。 この点につき,さらに検討を進めることにする。前記前提事実及び証拠(文末に掲記したもの)によれば,次のアないしウの事実が認められる。 アhの平成5年4月1日以降の様子等(ア)hは,q病院を退院後,自宅で椅子に座ってはいるものの,家族と余り話をせず,何か物思いにふけっているような状態が続き,深い疲れの中でぐったりとした様子であった。原告は,hの退院後の様子を見て,このままでは大変なことになると感じ,受洗を勧めた(前記前提事実(3)ア)。 (イ)hは,平成5年4月15日ころの深夜,原告に対し,挫折したことについて謝罪するとともに,自責の念に苦悩して寝付けない日々が続いている旨述べた(前記前提事実(3)ア)。 (ウ)原告は,平成5年4月23日夜,hの悲しい顔を見て不安を覚えた。 このため,原告は,同月26日には出張先でも気になって電話をしたり,翌27日には仕事を早めに切り上げて帰宅した。hは,同月27日から29日にかけては,黙り込んだ様子で,原告と話をすることがなかった。 さらには,hは,本件自殺当日には,いつもと異なり,午前10時になっても起きて来なかった。(前記前提事実(3)ウ)イhが原告らに宛てた手紙の内容(ア)hは,受洗後の平成5年4月15日に原告及びiに宛てて手紙を出しているが,その手紙には,「保育園のことでは,たくさん迷惑をかけて,本当にご 提事実(3)ウ)イhが原告らに宛てた手紙の内容(ア)hは,受洗後の平成5年4月15日に原告及びiに宛てて手紙を出しているが,その手紙には,「保育園のことでは,たくさん迷惑をかけて,本当にごめんなさい。」,「なかなか親離れできないバカ娘を,時々,そばにいて,はげまして下さい。」,「どうしようもない私を見るに見かねて,受洗へと導いて下さったのでしょうか…落ち込んだり,泣いたり,悩んだり,やっかいな娘ですが,あきれずに,はげまして下さい。本当に心配ばっかりかけてごめんなさい。」などといった記載がされている(前記前提事実(3)ア)。 (イ)hは,平成5年4月27日,hの後を受けm3の責任者として働いていた保母のuに宛てて手紙を出しているが,その手紙には,「本当に勝手なことをして迷惑をかけてしまって,ごめんなさい。許して下さいね。」「本当に迷惑をかけてしまってごめんなさいね」などといった記載がされている(前記前提事実(3)イ)。 ウうつ状態についての医学的知見等(ア)うつ状態に特徴的な症状として,抑うつ気分,意欲・行動面の制止,不安,罪責感,睡眠障害などといった症状が挙げられている(乙45)。 (イ)うつ状態の場合,日によって多少気分が良い状態が続いて,また落ち込むというような気分の波(気分変動)があり,これを繰り返しながら回復していく(甲10,25,26)。 (ウ)「不安と抑うつ気分を伴うストレス関連障害」と診断されるうつ状態の場合,身体面での疲労感が軽減した後でも,精神面での不安及び抑うつ気分は容易に回復しがたいものであり,かなりの期間遷延するのが一般的であり,また,うつ状態における自殺は,回復期に多いとされている(甲10,25ないし27,29,乙35,45)。 エ当裁判所の判断(ア)前記(2)で認定した事実及 かなりの期間遷延するのが一般的であり,また,うつ状態における自殺は,回復期に多いとされている(甲10,25ないし27,29,乙35,45)。 エ当裁判所の判断(ア)前記(2)で認定した事実及び前記アないしウで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 うつ状態の特徴的な症状は抑うつ気分,意欲・行動の制止,不安,罪責感,睡眠障害であるところ,hにはq病院退院後本件自殺に至るまでの間に上記のようなうつ状態の特徴的な症状がみられた。ことに,hから両親及びu保母に宛てた手紙には自己を責める自責の念が現れている。 また,うつ状態の場合,身体面での疲労感が軽減した後でも精神面での不安及び抑うつ気分は容易に回復しがたく,かなりの期間遷延するのが一般的であるところ,hが精神障害に罹患してから自殺までの間は1か月足らずであったこと,hはq病院入院中を含め自殺までの間精神科の治療を一切受けていないことをも考慮すると,hは,q病院退院後も,自殺に至るまでの間,3月30日ころ罹患した精神障害であるうつ状態に特徴的な症状がたびたび出ていたと認めるのが相当であり,自殺するまでの間に,hの症状が寛解したと認めるに足りる的確な証拠は存在しないというべきである。 (イ)上記判断に対し,被告は,hの両親及びu保母に宛てた手紙の記載内容は,良識ある社会人として当然の内容であり,ことさら罪責感を現した記載内容とみるのは相当ではないと主張する。しかし,前記(2)で認定したとおり,hが株式会社kを退職するに至った経緯を見れば,その原因はすべて株式会社k側にあると言える一方で,hに関しては,使 用者側においてさえ,職務につき高い評価をしており,特に目立った失敗などをした形跡も窺われず,退職につき責められるべき点は認められない。そうだとすると,前記各 と言える一方で,hに関しては,使 用者側においてさえ,職務につき高い評価をしており,特に目立った失敗などをした形跡も窺われず,退職につき責められるべき点は認められない。そうだとすると,前記各手紙におけるhの自罰的表現は,自己の退職について,自らを必要以上に強く責める内容のものであるということができ,これを社会人として当然の行動と見るのは困難であり,むしろ,うつ状態による自責感を反映した文面と見る方が自然である。 (ウ)また,前記前提事実(3)イによれば,hは,株式会社kを退職後,離職票を速やかに入手することができなかったり,保母の職を探し始めたが株式会社k以外に求人が見つからなかったことが認められる。問題は,これらの事実が,hの退職後のうつ状態の症状の原因となっているかという点である。確かに,そのような可能性が全くないわけではない。 しかし,本件全証拠を検討するも,上記のような事由について,hが特段強く気に掛けていたとは認めるに足りる証拠は存在せず,前記のような仮説は成り立たないというべきである。 (エ)小括以上によれば,hは,平成5年3月30日ころ,株式会社kの業務に起因して精神障害に罹患し,その状態のまま,本件自殺に至ったものと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 (4)本件自殺とhの精神障害に関する被告の主張についてhの精神障害と自殺との関係は,前記(3)で述べたとおりであるが,被告は,これを否定する主張を縷々しているので,以下,当該主張に対する当裁判所の判断を付言して述べておくことにする。 ア精神障害が寛解していたとの主張について(ア)被告は,hは,業務に起因して,ICD-10のF43.20「短期抑うつ反応」という精神障害を発症したが,教会で洗礼を受けた平成5年4月11日ころには精神障 障害が寛解していたとの主張について(ア)被告は,hは,業務に起因して,ICD-10のF43.20「短期抑うつ反応」という精神障害を発症したが,教会で洗礼を受けた平成5年4月11日ころには精神障害は寛解しており,本件自殺は精神障害 によるものではない旨主張する。 (イ)確かに,①hは,q病院における2日間の入院安静により,抗うつ剤の投与等,精神科的治療を受けることなく,精神的不安が解消したとして,精神科の受診を勧められることもないまま,退院を許されていること,②退院後のhの経過についても,原告及びiの目からは,通院する必要も認められず,同年4月11日には教会で洗礼を受け,そのころには元気を取り戻し,以前の状態に戻ったように見えたこと,③hは,受洗後,再び保育の仕事をする意欲を持って,4月半ばころからは求職活動を行うなどしており,株式会社kへ出向いて給料や離職票を受け取った際にも,o園長及びp副園長の目からは,hの様子に特段の異状は認められなかったこと,④x2医師及びx4医師は,前記①ないし③の事実を踏まえ,hの精神障害が平成5年4月11日ころには寛解していたと結論付けていることが認められる(前記前提事実(2),(3)ア,イ,乙42,43)。 (ウ)上記(イ)で認定した各事実からは,hがq病院を退院後,平成5年4月半ばころまでの間にかけて,行動性を取り戻しつつあり,精神状態が平成5年3月30日の精神障害発症時に比べて改善する傾向にあったことは十分推認することができる。しかし,hの精神障害が寛解したか否かを判断するに当たっては,次のような事情を加味して考える必要がある。すなわち,①q病院には精神科はなく,hを担当したx1医師も精神科医ではないこと,②q病院で短期間のうちに退院を許されたり,精神科の受診を勧められなかったことに うな事情を加味して考える必要がある。すなわち,①q病院には精神科はなく,hを担当したx1医師も精神科医ではないこと,②q病院で短期間のうちに退院を許されたり,精神科の受診を勧められなかったことについて,精神医学的に適当な措置であったかどうかは疑わしく,必ずしも,退院時点で,精神医学的に見てhの精神状態が回復したと認めてよい状況であったとは認め難いこと,③現に,x1医師自身「自らの命を断つという手段になった結果を踏まえると,精神科的治療が必要だったのでしょうか。」と,後悔の念 を明らかにしていること,④hは,q病院退院後,精神科医の診察を一切受けていないのであり,原告やi,あるいはo園長やp副園長の目からみて,hが元気を取り戻したとか,異状がないと認めたからといって,必ずしも,hが精神医学的に見て回復していたと認める決め手にはならないこと,⑤hが受洗したり,就職活動を開始したことについても,うつ状態には気分変動があり,これを繰り返しながら回復していくことを考えると,寛解したと認めることの決め手とはならないことが認められる(前記前提事実(2),前記(3)ウ(イ),乙12,弁論の全趣旨)。 上記(イ)で認定した各事実に加え上記①ないし⑤の各事実,とりわけ,うつ状態には気分変動があり,これを繰り返しながら回復していくものであることを考慮すると,hが,一時的に,行動性を取り戻した時期があったとしても,これをもってhの精神障害が寛解していたものとするのは早計に過ぎるというべきである。 (エ)そもそも,前記(3)で詳しく述べたとおり,hは,q病院を退院後本件自殺に至るまでの間,たびたびうつ状態の特徴的な症状である抑うつ気分,意欲・行動の制止,不安,罪責感,睡眠障害が見られたのであり,これらの症状に照らし,hの精神障害が平成5年4月11日に 退院後本件自殺に至るまでの間,たびたびうつ状態の特徴的な症状である抑うつ気分,意欲・行動の制止,不安,罪責感,睡眠障害が見られたのであり,これらの症状に照らし,hの精神障害が平成5年4月11日に寛解していたと認めることは困難である。前記のとおり,うつ状態には気分変動があり,これを繰り返しながら回復していくということを考えると,百歩引いて,仮に,被告が主張するように平成5年4月11日の時点でhの精神障害が寛解していたと仮定しても,本件自殺当時,同年3月30日ころに罹患した精神障害の症状としてのうつ状態が再び生じていたと認めることとは何ら矛盾しないのであって,4月11日時点で寛解していたことから,本件自殺と3月30日ころに罹患していた精神障害との関係を否定する被告の主張には理由がないというべきである。 (オ)なお,被告は,hが業務に起因して発症した適応障害は,出来事へ の順応の過程で生ずるものとされているところ,hの適応障害発症の原因となった出来事は,退職によりすべて消失したのであるから,退職後間もない時期にhの適応障害が寛解したと認めるのが合理的であるとも主張している。 しかし,証拠(乙37)によれば,適応障害が,重大な生活の変化あるいはストレスの多い生活上の出来事の結果に対して順応が生ずる時期に発生し,発症は通常ストレスの多い出来事又は生活の変化の発生から1か月以内であり,症状の持続は通常6か月を超えないとされていることが認められるものの,適応障害がその発症原因が除去されれば常に速やかに寛解するものであると認めるに足りる証拠は,本件全証拠を検討するも見当たらない。よって,被告の上記主張も採用することができない。 (カ)小括以上の検討結果から明らかなとおり,hが業務上発症した精神障害が,平成5年4月11日ころに寛解してい 全証拠を検討するも見当たらない。よって,被告の上記主張も採用することができない。 (カ)小括以上の検討結果から明らかなとおり,hが業務上発症した精神障害が,平成5年4月11日ころに寛解していたと認めるに足りる的確な証拠は存在せず,仮に寛解していたと仮定しても,本件自殺をhが業務に起因して発症した精神障害によるものであると認めることとは何ら矛盾することではない。したがって,被告の上記主張は理由がないので,採用することができない。 イ本件自殺が精神障害によるものではないとの主張について(ア)被告は,hの遺書が理路整然として,字の乱れもなく,本件自殺当日の昼には洗車をしていたことなどから,本件自殺が精神障害によって行われたものではない,いわゆる「覚悟の自殺」であると主張する。 (イ)確かに,hの遺書の内容は理路整然としており,文字の乱れもないことが認められる(前記前提事実(3)オ,乙30)。しかし,正常の認識,行為選択能力,自殺を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害され た場合や,うつ状態による希死願望が生じた場合に,必ず文字が乱れるという関係はこれを認めるに足りる的確な証拠がなく,被告の主張する点は,それのみでは,本件自殺が精神障害によるものであると認めることを妨げる事実と評価することはできない。 (ウ)また,hが本件自殺当日の昼に洗車をしていたとの主張については,原告の聴取書(乙7)に,これに沿う供述が認められる。しかし,hの死亡推定時刻は午後6時ころであること(前記前提事実(3)エ)に照らすと,仮に被告主張の事実が認められたとしても,hが精神障害により本件自殺に及んだと認めることを妨げるものではない。したがって,被告の上記主張は理由がない。 ウ小括以上の検討結果から明らかなとおり,被告の主張はいずれも理由がない としても,hが精神障害により本件自殺に及んだと認めることを妨げるものではない。したがって,被告の上記主張は理由がない。 ウ小括以上の検討結果から明らかなとおり,被告の主張はいずれも理由がないので,これを採用することができない。 (5)業務起因性についての結論以上によれば,hは,株式会社kにおける業務により,ICD-10のF4「適応障害」に分類される精神障害を発症し,これに罹患した状態で,本件自殺に及んだものと認められ,他方,本件自殺時点において,hの正常な認識,行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていなかったと認めるべき事情は認められないのであるから,hの死亡については,業務に起因するものと認めるのが相当である。 結論 以上によれば,hの本件自殺による死亡が業務に起因するものではないことを前提にして行われた本件処分は違法であり,その取消しを求める原告の請求は理由があるから,これを認容することとする。 東京地方裁判所民事第36部 難波孝一裁判長裁判官福島政幸裁判官別所卓郎裁判官

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る