平成19(ワ)7942 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成20年12月24日 東京地方裁判所 その他
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判決文本文24,373 文字)

- 1 -平成20年12月24日判決言渡平成19年(ワ)第7942号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成20年10月29日判決主文 被告は,原告に対し,376万2860円及びこれに対する平成18年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを6分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が300万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由第1請求被告は,原告に対し,1941万円及びこれに対する平成14年2月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要 事案の要旨本件は,原告が,被告が開設する歯科医院において,同医院に勤務する歯科医師のインプラント手術を受けたところ,同歯科医師の説明義務違反,手術前にCTを撮影せず,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに手術を行った過失,又は,手技上の過失によって左下歯槽神経を損傷され,神経麻痺による左下口唇,左オトガイ部の知覚異常及びアロディニアの後遺障害が残ったとして,被告に対し,診療契約の債務不履行に基づき,損害賠償金1941万円及びこれに対する手術日である平成14年2月13日から支払済みま- 2 -で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提となる事実(証拠等を掲記しない事実は争いのない事実である。)(1)当事者ア原告は,昭和25年8月29日生まれの男性である。 イ被告は,東京都A区において一般開業歯科医院であるB歯科医院(以下「被告歯科医院」という。)を開設していた医療法人である。 (2)事実経過ア原 告は,昭和25年8月29日生まれの男性である。 イ被告は,東京都A区において一般開業歯科医院であるB歯科医院(以下「被告歯科医院」という。)を開設していた医療法人である。 (2)事実経過ア原告は,平成14年1月19日,虫歯の治療のために被告歯科医院を受診し,被告との間に歯科診療契約を締結して,被告歯科医院に勤務していた歯科医師C(以下「C歯科医師」という。)により,右上犬歯(以下「右上3番の歯」という。)の虫歯(う蝕)の治療等を受け,同年2月2日には,左下第二小臼歯(以下「左下5番の歯」という。)について,抜歯,歯根膿胞摘出の処置を受けた。なお,原告は,平成11年3月20日,被告歯科医院において,左下第一大臼歯(以下「左下6番の歯」という。)について,抜歯の処置を受けていた。 その後,原告は,平成14年2月13日,C歯科医師の執刀で,左下5番の歯に相当する部分(以下「左下5番相当部」という。)及び左下6番の歯に相当する部分(以下「左下6番相当部」という。)に対して,インプラント体を各1本ずつ埋め込む手術(以下「本件手術」という。)を受けた。(乙A1,2,乙C2)イところが,本件手術後,原告が左下口唇から左オトガイ部にかけて麻痺感があると訴えたことから,平成14年2月26日には,被告歯科医院において,左下5番相当部のインプラント体が除去された(乙A1,2,乙C2)。 ウ原告は,その後も,平成14年3月2日から平成18年4月8日までの間,被告歯科医院に通院して上記麻痺感等に対する診療を受けた(乙A1,- 3 -2)。 エ原告は,平成14年11月27日,D病院を受診し,左側三叉神経第3枝知覚異常(オトガイ神経領域)の診断を受け,同日から同年12月13日までの間,同病院に通院し,星状神経節ブロック(星状神経節に対する麻酔薬の 成14年11月27日,D病院を受診し,左側三叉神経第3枝知覚異常(オトガイ神経領域)の診断を受け,同日から同年12月13日までの間,同病院に通院し,星状神経節ブロック(星状神経節に対する麻酔薬の注射)等の治療を受けた(甲A1,乙A3)。 オ原告は,平成14年12月21日から平成18年4月22日までの間,E歯科病院に通院して治療を受け,同日,左側オトガイ神経知覚異常の診断を受け,平成20年2月22日には,同病院の口腔外科所属のF歯科医師(以下「F歯科医師」という。)から,左オトガイ神経知覚麻痺による咀嚼機能障害の診断を受けた(甲A2,15,乙A4)。 カ原告は,平成16年8月7日から平成20年3月29日までの間,E病院附属G病院精神神経科に通院し,うつ病の治療を受け,平成18年4月22日,抑うつ状態の診断を受けた(甲A3,18,甲C4,5,甲C6の13,20,24,31,41,47,55,60,65,72,76,80,乙A5)。 キ原告は,平成18年3月4日から平成19年2月17日までの間,H病院に通院して歯科治療を受け,平成18年4月15日,左下顎神経麻痺の診断を受け,平成19年8月4日には,左下歯槽神経麻痺の診断を受けた(甲A4,11,甲C6の30,乙A6)。 ク原告は,平成19年5月19日から平成20年9月6日までの間,E病院麻酔科ペインクリニックに通院して治療を受け,平成19年6月16日,複雑性局所疼痛症候群の診断を受け,同年11月24日には,複合性局所疼痛症候群(左下口唇,オトガイ部)の診断を受けた(甲A12,14,18,甲C4,5,甲C6の9ないし12,15,16,18,26,27,29,33,35,39,40,43ないし46,49ないし51,54,57ないし59,62ないし64,68,70,71,74,75,- 4,5,甲C6の9ないし12,15,16,18,26,27,29,33,35,39,40,43ないし46,49ないし51,54,57ないし59,62ないし64,68,70,71,74,75,- 4 -78,79,82ないし88,90,91,93,94,96)。 ケ原告は,平成19年6月16日から平成20年1月13日までの間,医療法人社団I歯科医院(以下「I歯科医院」という。)に通院して歯科治療を受けた(甲C4,5,甲C6の17,19,22,23,28,34,37,38,67,69)。 コ原告は,平成19年10月27日,J病院口腔外科を受診し,同年11月1日,左オトガイ神経知覚障害の診断を受けた(甲A16,甲C4,甲C6の52,53)。 争点 (1)C歯科医師に説明義務違反があるか。 (2)C歯科医師に,手術前にCTを撮影せず,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに本件手術を行った注意義務違反があるか。 (3)C歯科医師に,本件手術における技術的なミスにより下歯槽神経を損傷した注意義務違反があるか。 (4)因果関係並びに損害の有無及び額 争点についての当事者の主張(1)争点(1)(C歯科医師に説明義務違反があるか)について(原告の主張)C歯科医師は,原告に対し,本件手術前に,インプラント手術にはリスクがないと説明し,同手術により左下口唇,左オトガイ部の知覚異常,アロディニアといった症状が出る可能性があることを説明すべき義務を怠った。 (被告の主張)C歯科医師は,原告に対し,インプラント手術についてリスクが少ないとは言ったが,リスクがないとは言っていないし,また,歯を抜く場合と同様に,出血,腫れ,痛み等が起こる可能性があることをも説明しているから,同歯科医師に説明義務違反はない。 - 5 -(2) 争点 は言ったが,リスクがないとは言っていないし,また,歯を抜く場合と同様に,出血,腫れ,痛み等が起こる可能性があることをも説明しているから,同歯科医師に説明義務違反はない。 - 5 -(2)争点(2)(C歯科医師に,手術前にCTを撮影せず,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに本件手術を行った注意義務違反があるか)について(原告の主張)C歯科医師には,インプラント体がオトガイ神経を損傷しないように,オトガイ孔から適切な距離を取るため,インプラント手術前にCTを撮影する義務があったにもかかわらず,C歯科医師はCTを撮影しなかった。 また,C歯科医師は,パノラマレントゲン写真(オルソパントモグラフ)を撮影したとしても,メジャーテープを用いなかった。このように,C歯科医師は,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに本件手術を行った。 (被告の主張)下顎管ないしオトガイ孔までの距離を確認する方法としては,CTの他にも,メジャーテープを用いたパノラマレントゲン写真やデンタルX線写真などがあり,インプラント手術前にCTを撮影することが,本件手術当時の医療水準となってはいなかったから,本件手術前にCTを撮影する義務はない。 また,C歯科医師は,下顎管までの距離について,パノラマレントゲン写真上にスケールをあてて測定し,骨の幅について,触診や口腔内所見(肉眼)により確認し,本件手術を行っているから,同歯科医師に注意義務違反はない。 (3)争点(3)(C歯科医師に,本件手術における技術的なミスにより下歯槽神経を損傷した注意義務違反があるか)(原告の主張)C歯科医師は,長すぎるインプラント体(18mm)を用い,あるいは,十分な角度をつけてドリリングやインプラント体の埋入をしなかったなどの本件手術における技術的なミスにより, あるか)(原告の主張)C歯科医師は,長すぎるインプラント体(18mm)を用い,あるいは,十分な角度をつけてドリリングやインプラント体の埋入をしなかったなどの本件手術における技術的なミスにより,ドリル,タッピング用器具,インプ- 6 -ラント体などを突き刺し,あるいはオトガイ孔近接を生じさせて,原告の左下歯槽神経を損傷した。 (被告の主張)C歯科医師が,18mmのインプラント体を原告の左下5番相当部に埋入するに当たり,十分な角度をつけてドリリングやインプラント体の埋入をしなかったため,オトガイ孔近接を生じさせたことについて,注意義務違反があることは認める。 (4)争点(4)(因果関係並びに損害の有無及び額)について(原告の主張)ア原告は,本件手術により,左下歯槽神経を不可逆的に損傷されたために,左下歯槽神経麻痺による左下口唇,左オトガイ部の知覚異常及びアロディニアといった症状が出現し,本件手術日である平成14年2月13日(予備的には,平成18年2月13日ころ)に症状固定に至り,上記症状が後遺障害として残った。 原告が,前記(1)(原告の主張)記載の説明を受けていれば,被告歯科医院において,本件手術を受けることはなく,左下口唇,左オトガイ部の知覚異常及びアロディニアといった後遺障害が発生することもなかった。 また,C歯科医師がCT等により下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握した上で技術的なミスを犯さずに本件手術を行っていれば,原告の下歯槽神経を損傷することはなく,原告に後遺障害は発生しなかった。 イ治療費及び交通費原告が本件手術後に要した治療費及び交通費のうち,被告から支払われていないものは,次のとおりである。なお,原告が本件手術後に要した治療費・交通費のうち,平成18年9月30日までに要した費用については,被告に 手術後に要した治療費及び交通費のうち,被告から支払われていないものは,次のとおりである。なお,原告が本件手術後に要した治療費・交通費のうち,平成18年9月30日までに要した費用については,被告において負担されていることから,原告が被告に対し支払を請求する治療費及び交通費は,平成18年10月1日以降に要した費用である。 - 7 -(ア)E病院附属G病院,E病院麻酔科ペインクリニック及びI歯科医院14万9610円(イ)H病院4万7680円(ウ)J病院6140円ウ休業損害29万0000円原告は,本件手術当時,株式会社Nに勤務し,年間847万3649円の収入を得ていたところ,D病院への通院期間である9日間欠勤した。したがって,休業損害は29万円(稼働日は365日×5/7≒260日とし,847万3649円÷260日×9日≒29万3318円≒29万円)である。 エ逸失利益(ア)前記アの後遺障害は,局部に頑固な神経症状を残すものとして,後遺障害等級12級に当たり,労働能力喪失率は14%である。 (イ)原告は,本件手術当時,前記ウのとおり,年間847万3649円の収入を得ていたところ,本件手術当時に原告は満51歳であり,就労可能年数を67歳にした場合の労働能力喪失期間は16年であり,ライプニッツ係数は10.838である。したがって,逸失利益は1285万7237円である。 (計算式)847万3649円×0.14×10.838=1285万7237円オ慰謝料(ア)後遺障害慰謝料290万0000円(イ)通院慰謝料160万0000円カ弁護士費用170万0000円- 8 -(被告の主張)争う。 本件手術による原告の症状は未だ固定しておらず,原告の主張するような後遺症の存在は認められない。なお,原告は,H病院 円カ弁護士費用170万0000円- 8 -(被告の主張)争う。 本件手術による原告の症状は未だ固定しておらず,原告の主張するような後遺症の存在は認められない。なお,原告は,H病院では,本件手術による症状とは関係のない左下第一小臼歯(以下「左下4番の歯」という。)について治療を受けている。また,後遺障害が発生している場合には,後遺障害発生後の治療費・交通費及び通院慰謝料を請求することはできない。 第3当裁判所の判断 認定事実証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。)。 (1)被告歯科医院における診療経過ア本件手術に至る経緯原告は,平成14年1月19日,虫歯の治療のために被告歯科医院を受診し,C歯科医師により,右上3番の歯のう蝕の治療等を受け,同年2月2日,左下5番の歯について,歯根の破折と骨透過像が認められたことから,抜歯,歯根膿胞摘出の処置を受けた。なお,左下6番の歯については,平成11年3月20日,被告歯科医院において,抜歯の処置を受けていた。 その後,原告は,C歯科医師から,左下5番の歯を抜去した後の処置について,入れ歯やインプラント手術が考えられるが,インプラントであれば入れ歯のような違和感や取り外す面倒がなく,かつ,周りの歯を歯根破折で失うリスクを軽減できるとの説明を受けたことから,インプラント手術を受けることを決意し,平成14年2月13日,C歯科医師の執刀で,左下5番相当部及び左下6番相当部に対して,インプラント体を各1本ずつ埋め込む本件手術を受けた。なお,C歯科医師は,本件手術に先立ち,インプラント手術に伴うリスクとして,抜歯の場合と同様に,外科的手術- 9 -に伴う出血,痛み及び腫れが生じる可能性があることについては説明したが,神経損傷や お,C歯科医師は,本件手術に先立ち,インプラント手術に伴うリスクとして,抜歯の場合と同様に,外科的手術- 9 -に伴う出血,痛み及び腫れが生じる可能性があることについては説明したが,神経損傷や神経麻痺が生じる可能性があることなどについては説明しなかった。(甲A17,18,乙A1,2,乙C2,証人C歯科医師,原告本人)イ本件手術の内容C歯科医師は,本件手術に先立ち,パノラマレントゲン写真(オルソパントモグラフ)及びデンタルX線写真を撮影し,パノラマレントゲン写真上にメジャーテープを当てて,下顎管ないしオトガイ孔までの距離(インプラント体を埋め込むべき深さ)を測定し,骨の幅について,触診や口腔内所見(肉眼)により確認した。なお,本件手術前にCTは撮影しなかった。 C歯科医師は,原告の抜歯前の左下5番の歯の根尖部分に骨破壊像があったことから,その部分には骨組織が存在しないと考え,左下5番相当部に埋入するインプラント体(人工歯根)を歯槽骨に保持させるためには,通常よりも長い長さ18mmのインプラント体を選択し,これを歯槽骨に斜めに埋入することが適当であると判断した。 そして,C歯科医師は,左下5番相当部及び左下6番相当部に麻酔及びドリリングをした上,左下5番相当部に太さ3.8mm・長さ18mmのインプラント体を,左下6番相当部に太さ3.8mm・長さ12mmのインプラント体の合計2本のインプラント体を埋入した。その際,C歯科医師は,左下5番相当部にドリリング及びインプラント体の埋入をするに当たり,十分な角度をつけてドリリング・インプラント体の埋入をしなかったために,左オトガイ孔付近の下歯槽神経の圧迫を生じさせ,同神経を損傷した。(乙A2,乙A7の1,2,乙A8,乙C2,証人C歯科医師,原告本人)ウ本件手術後の被告歯科医院における 埋入をしなかったために,左オトガイ孔付近の下歯槽神経の圧迫を生じさせ,同神経を損傷した。(乙A2,乙A7の1,2,乙A8,乙C2,証人C歯科医師,原告本人)ウ本件手術後の被告歯科医院における診療経過- 10 -原告が本件手術直後に左下口唇部及び左オトガイ部の麻痺感を訴えたことから,C歯科医師は,平成14年2月15日,ステロイド剤を処方した。 同月16日から,同月23日にかけて左下口唇部及び左オトガイ部の麻痺感のある部分の面積が減少する傾向にあったが,同歯科医師は,インプラント体による神経損傷あるいは神経圧迫を疑い,同年2月26日,左下5番相当部のインプラント体を除去し,同年3月2日,ビタミン剤を処方した。上記症状は,同インプラント体の除去により,やや改善した。 ところが,原告は,同月23日,その2週間前から辛いものや熱いものの知覚を強く感じることを訴えた。また,左下口唇部については,幾分感覚が戻ってきたものの,左オトガイ部の知覚は鈍く,左下中切歯から第一小臼歯にかけて歯肉の感覚がないことが認められた。他方,歯については,打診により問題ないことが確認された。 同年4月6日,原告の左オトガイ部の中心部分は感覚がなく,左オトガイ部の周辺部分と左下口唇部の知覚は鈍いことが認められ,同日,同月20日及び同年5月25日には,ビタミン剤が処方された。なお,ビタミン剤は,平成16年2月14日の受診時まで継続して処方された。 その後,原告は,同年6月1日から同月15日までの間,合計3回通院し,同年6月22日,原告の咀嚼時に冷感があること,二点識別検査により,知覚が少しずつ改善していることが認められた。 同年7月27日,原告の咀嚼時に冷感があること,二点識別検査により,知覚が正常であることが認められた。 原告は,同年9月14日,1か月前から左オトガイ り,知覚が少しずつ改善していることが認められた。 同年7月27日,原告の咀嚼時に冷感があること,二点識別検査により,知覚が正常であることが認められた。 原告は,同年9月14日,1か月前から左オトガイ部のつっぱり感と異和感が変わってきたと述べ,歯肉部の感覚が鈍いことが認められた。 同年11月9日,原告の左下口唇部にはつっぱり感があり,下顎部分については,つっぱり感はなくなってきたが,指触時に過敏に反応し,ビリビリ感が生じること,左下口唇部の反対側や上の部分が痛いときがあるこ- 11 -と,口唇について,熱いものの知覚を強く感じるが,冷覚は薄らぎ,咀嚼時の冷感がなくなってきたこと,口唇角部からの流涎が気になること,発音ができず,呂律が回らず,単語を話すことができないこと,原告の趣味である車に乗るときにもいらいらし,長時間話すと疲れることなどの症状を訴えた。 原告は,同月11日に,左下犬歯について,咬合時に感覚が戻ってきたと述べたものの,平成15年3月29日には,口唇周囲は大丈夫であるが,同年2月中旬からしびれが生じ,左下犬歯及び左下4番の歯にひりひり感があると訴えた。 同年5月31日,原告の左口唇部のつっぱり感に変わりはないが,咬合時の異和感は減少した。 同年8月9日,原告の左口唇部のつっぱり感に変わりはないこと,左オトガイ部のビリビリ感は日によっては良くなること,辛いものや熱いものの知覚を強く感じること,タッピング時に刺激があることが認められた。 原告は,同年10月11日,しびれやつっぱり感が消失する時もあるものの,刺激に対しては変化がない気がすると述べた。 同年12月13日,原告のタッピング時の刺激は弱くなっているが,つっぱり感があることが認められた。 平成16年2月14日,原告につっぱり感が認められ,原告は,ビリビリ感が気になり,口角 ると述べた。 同年12月13日,原告のタッピング時の刺激は弱くなっているが,つっぱり感があることが認められた。 平成16年2月14日,原告につっぱり感が認められ,原告は,ビリビリ感が気になり,口角部に何かがついているような気がし,緊張すると呂律が回らなくなると述べ,同年4月24日及び同年7月10日にも通院した。 原告は,同年9月4日,疼痛を感じるが,日によってはつっぱり感のみのときもあり,軽うつ症状があると述べた。 なお,被告は,C歯科医師が撮影した原告の左下5番相当部及び左下6番相当部にインプラント体埋入後のX線写真,左下5番相当部のインプラ- 12 -ント体除去前のX線写真はその後所在不明となっていると主張しているところであり,これらのX線写真はいずれも証拠として提出されていない(原告は,被告あるいはC歯科医師において,上記X線写真を故意に隠匿していると主張するが,そのような事実があると認めるに足りる具体的かつ客観的な証拠はないから,被告あるいはC歯科医師において上記X線写真を故意に隠匿しているとは認めることができない。)。(甲A17,18,乙A1,3,4,6,9,乙C2,証人C歯科医師,原告本人)(2)D病院における診療経過原告は,平成14年11月27日,C歯科医師の紹介により,D病院を受診し,左オトガイ神経領域の知覚異常及び下唇のピリピリ感を訴えた。 原告は,同病院のK歯科医師から左側三叉神経第3枝知覚異常(オトガイ神経領域)の診断を受け,同日より同年12月13日までの間に合計7回の星状神経節ブロックの治療等を受けたところ,下唇部及びオトガイ部のピリピリ感の改善が認められた。(甲A1,17,18,乙A3,乙C2,証人C歯科医師,原告本人)(3)E歯科病院における診療経過原告は,平成14年12月21日,C歯科医師の紹介 及びオトガイ部のピリピリ感の改善が認められた。(甲A1,17,18,乙A3,乙C2,証人C歯科医師,原告本人)(3)E歯科病院における診療経過原告は,平成14年12月21日,C歯科医師の紹介により,E歯科病院口腔外科のF歯科医師の診察を受けたところ,左下顎骨炎,左オトガイ神経麻痺,口腔心身症と診断され,同日から平成16年7月31日までの間,合計25回通院し,精神安定剤及びビタミン剤の処方を受けた。 原告は,この間の同年4月3日には,ビリビリ感の増強,イライラが募ること,話していると舌が疲れることを訴えた。 その後,原告は,同年9月4日から平成18年2月18日までの間,合計5回通院して消毒の治療などを受けた。 F歯科医師は,同年4月22日,原告が左オトガイ部皮膚の知覚の低下と左側下唇のビリビリ感を訴えていることなどから,左側オトガイ神経知覚異- 13 -常と診断し,さらに,平成20年2月22日には,左オトガイ神経知覚麻痺による咀嚼機能障害と診断した。(甲A2,15,乙A4)(4)E病院附属G病院精神神経科における診療経過原告は,かねて,本件手術後に発症した神経麻痺,口腔内のつっぱり感,イライラ感等があったことから,E歯科病院口腔外科において精神安定剤(セルシン)を処方されていたが,平成16年7月3日,症状の改善がないなどとしてその服用を中止したところ,同月10日ころから抑うつ気分,無気力,イライラ感が出現したことから,同月24日にLクリニックを受診して精神安定剤と抗うつ剤の処方を受けた後,同年8月7日,F歯科医師の紹介により,E病院附属G病院精神神経科を受診して,同科においてうつ病と診断され,抗うつ剤(ドグマチール。平成17年6月18日以降はトレドミンも追加されるようになった。)及び精神安定剤(メイラックス)の処方を受けるよ 属G病院精神神経科を受診して,同科においてうつ病と診断され,抗うつ剤(ドグマチール。平成17年6月18日以降はトレドミンも追加されるようになった。)及び精神安定剤(メイラックス)の処方を受けるようになり,平成20年3月29日まで,ほぼ月1回のペースで通院した。 原告は,上記通院期間中の平成18年2月25日には,歯科治療に専念するため,精神神経科の薬を中止したいとして,同月11日に抗うつ剤等の服用を中止したが,その後抑うつで仕方ない状態となり,精神神経科の薬は止めたいが,ないと不安を感じるなどと訴えて,抗うつ剤等の処方を受け,同年4月22日には,抑うつ状態の診断を受けた。なお,同年10月28日には,身体表現性障害(身体症状の訴えがあるにもかかわらず,原因となる身体疾患が見当たらないか,身体疾患があっても,それでは症状の重症度や持続期間が説明できない状態)と診断された。(甲A3,18,甲C4,5,甲C6の13,20,24,31,41,47,55,60,65,72,76,80,乙A5,乙B1の1ないし3,原告本人)(5)H病院における診療経過原告は,平成18年3月4日,被告歯科医院の紹介により,H病院を受- 14 -診し,同月18日,同年4月1日及び同月15日に針治療を受け,同日,左下顎神経麻痺と診断されるとともに,同疾患のため,左下口唇・左オトガイ部の知覚異常,アロディニアがあり,鍼灸経絡治療にて治療中であるとする診断書が作成された。その後,同年5月20日には,パレステジア(知覚の異常又は低下で疼痛を伴わないもの,疼痛を伴わない異常感覚)及び異和感が残存しているため,症状の増悪を懸念し,埋入は行わず,パレステジアの治療を優先することになった。 原告は,同年6月3日,左下5番の歯の欠損について,左下4番の歯から左下6番の歯にかけて 及び異和感が残存しているため,症状の増悪を懸念し,埋入は行わず,パレステジアの治療を優先することになった。 原告は,同年6月3日,左下5番の歯の欠損について,左下4番の歯から左下6番の歯にかけてのブリッジで対応するため,左下4番の歯について根尖病巣の治療をすることになった。 原告は,同月17日,左下4番の歯のメタルコア(金属の土台)が除去されて,感染根管処置がなされ,同年7月1日にも,左下4番の歯について根管治療がなされ,同月15日,左下4番の歯について根管充填がなされた。 同月29日,原告の左下4番の歯についてメタルコアがセットされ,同年8月5日,左下4番の歯について仮封がなされ,同年9月2日,左下4番の歯の治療がなされた。 同年10月7日,原告の左下4番の歯についてテック(仮の歯)がセットされたが,同月21日,左下4番の歯のテックが破折したことが確認され,左下5番の歯との接触部を太く修正する処置がなされ,同年11月4日,左下4番の歯の治療がなされた。 原告は,同月18日,左下4番の歯のテックが良好であることが確認されたが,同年12月2日,テックが破折したことが確認され,修復処置がなされ,同月16日にも,,左下4番の歯の治療がなされた。 原告は,平成19年1月6日,左下4番の歯のテックを修理してもらい,暫くは仮歯で様子を見ることとした。 - 15 -なお,原告は,平成18年3月18日,同年4月1日及び同月15日の他,同年5月20日,同年6月3日,同月17日,同年7月1日,同月15日,同年8月5日,同年9月2日,同月16日,同年10月21日,11月4日,同月18日,同年12月2日,同月16日,平成19年1月20日,同年2月3日及び同月17日にも針治療を受けた。 また,同年8月4日には,左下歯槽神経麻痺の診断を受けた。(甲A4,10, 1月4日,同月18日,同年12月2日,同月16日,平成19年1月20日,同年2月3日及び同月17日にも針治療を受けた。 また,同年8月4日には,左下歯槽神経麻痺の診断を受けた。(甲A4,10,11,甲C6の30,乙A6,乙B3)(6)E病院麻酔科ペインクリニックにおける診療経過原告は,平成19年5月19日から平成20年9月6日までの間,E病院麻酔科ペインクリニックに通院してレーザー治療や抗うつ剤等の処方を受け,現在も治療中である。また,平成19年6月16日,複雑性局所疼痛症候群の診断を受け,同年11月24日には,初診時である同年5月19日から同年11月24日までの間,疼痛及び知覚などの症状の改善がないことが確認され,複合性局所疼痛症候群(左下口唇,オトガイ部)の診断を受けた。(甲A12,14,18,甲C4,5,甲C6の9ないし12,15,16,18,26,27,29,33,35,39,40,43,44ないし46,49ないし51,54,57ないし59,62ないし64,68,70,71,74,75,78,79,82ないし88,90,91,93,94,96,原告本人)(7)I歯科医院における診療経過原告は,平成19年6月16日から平成20年1月13日までの間,I歯科医院に通院して歯科治療を受けた(甲C4,5,甲C6の17,19,22,23,28,34,37,38,67,69)。 (8)J病院における診療経過原告は,平成19年10月27日,J病院口腔外科を受診し,左下唇部の鈍麻感及びビリビリ感並びに冷覚過敏等を訴え,静的触覚閾値検査において,- 16 -左下唇枝部は2.83Fmg,左口角枝部は2.83Fmg,左オトガイ枝は2.36Fmgと,健側(全て1.65Fmg)に比べ,閾値上昇が認められたこと,二点識別検査においてはオト いて,- 16 -左下唇枝部は2.83Fmg,左口角枝部は2.83Fmg,左オトガイ枝は2.36Fmgと,健側(全て1.65Fmg)に比べ,閾値上昇が認められたこと,二点識別検査においてはオトガイ枝で測定不能,温覚検査(定性検査)は認知不可であったことなどから,同年11月1日,左オトガイ神経知覚障害との診断を受けた(甲A16,17,甲C4,甲C6の52,53)。 (9)M医師会の医事処理常任委員会における協議原告は,社団法人M医師会(以下「M医師会」という。)に対し,本件について相談し,平成18年5月25日に開催されたM医師会の医事処理常任委員会における協議の結果,M医師会は,原告に対し,同月29日付けで,被告歯科医院における治療上の過誤が認定され,本件手術後の神経科における治療及び針治療が本件手術による神経麻痺に対する治療法として了承されたが,気功については神経麻痺の治療法として了承されなかった旨を連絡した(甲A13の1,2,甲A18,原告本人)。 (10)原告の就業状況原告は,本件手術当時,株式会社Nに勤務し,冷房冷凍空調機の設計及び製作に関与し,年間847万3649円の収入を得ていた。 しかし,原告は,本件手術後の左下口唇等の状態から,会社に対する年収に見合った貢献をすることができないことに自信をなくし,また,定年前の退職(早期退職)の場合には退職金が加算されることから,平成19年10月12日,勤務先会社を退職した。(甲A18,甲C1,原告本人)(11)原告の現在の症状原告は,現在も,左下口唇部にビリビリ感及び麻痺感が残存しているものの,本件手術直後である平成14年ころと比べると,痛みの感覚に慣れてきており,痛みが軽減するときもある。左オトガイ部には麻痺感,感覚の鈍さがあるが,疼痛はない。 - 17 -また,原告 ているものの,本件手術直後である平成14年ころと比べると,痛みの感覚に慣れてきており,痛みが軽減するときもある。左オトガイ部には麻痺感,感覚の鈍さがあるが,疼痛はない。 - 17 -また,原告の味覚は正常であり,流涎もなく,言語障害も認められず,滑舌が悪いとも認められない。 さらに,原告は,冷たいものを飲むことはできるが,氷を頬張ることなどはできない。熱いものについては,口の中に入れることができ,ストローを用いて飲むことなどはできるが,唇に当たるとつらいことがある。 これに加え,原告は,現在も抑うつ状態にあるものの,抗うつ剤及び精神安定剤の服用により抑うつ症状を緩和・改善させることができ,これにより通常の社会生活を送ることができていることが認められる。(甲A18,原告本人) 医学的知見(1)インプラント手術の内容生体の組織の実質欠損や,外観などを回復するために,同種の自家組織又は他家組織及び人工物などを生体内に埋入することをインプラントといい,う蝕,歯周病及び外傷などで失われた天然歯の代わりとなるものを顎骨に嵌植することを歯科インプラントという。 インプラント手術とは,顎骨にインプラント体の埋入窩を形成し,インプラント体を埋入するための手術をいい,顎骨には,インプラント体の形状に合わせた埋入窩を形成し,確実な初期固定を得る必要があるとされている。 (甲B2)(2)インプラント手術の方法インプラント手術を行う前には,口腔内の診査を行う必要があり,口腔内診査は,視診及び触診による粘膜及び顎堤の状態,X線による顎堤の形態,下顎管及び上顎洞の位置並びに残存歯との位置関係を診査する。 その際には,標準型口内法,パノラマレントゲン写真(オルソパントモグラフ)及び頭部X線規格写真(セファログラム)などが有用とされているが,下顎管までの 顎洞の位置並びに残存歯との位置関係を診査する。 その際には,標準型口内法,パノラマレントゲン写真(オルソパントモグラフ)及び頭部X線規格写真(セファログラム)などが有用とされているが,下顎管までの距離を正確に確認する場合は,デンタルフィルムにメジャーテ- 18 -ープを貼り平行法で撮影したり,パノラマレントゲン写真を撮影するとされ,インプラント植立時の下歯槽神経麻痺の予防法として,メジャーテープを用いたパノラマレントゲン写真,デンタルX線写真又はCTなどで下顎管までの距離を確認すること,インプラント体の長いものはできる限り使用しないこと,ドリリング操作ではドリルの深さゲージを絶えず確認し,目的の深さ以上に骨を切開しないことなどが挙げられている。 さらに,X線,CT撮影法及びコンピューターを使った画像再構築により,頭軸方向に対しての水平断面に加え正中及び矢状断面像も得られるようになり,三次元的診断が可能になっている。 インプラント手術を行う際には,ドリル,タッピング用器具及びインプラント体により,神経を損傷し,知覚障害等が生じることがあることから,下歯槽神経の経路となっているオトガイ孔の位置に注意する必要がある。オトガイ孔は下顎体のほぼ中央の高さで第二小臼歯根端の直下にある場合が多いため,この付近にインプラント体を埋入するときは,オトガイ孔の位置を確認して,その位置を避けたり,オトガイ孔に達しない長さのインプラント体を選択する必要がある。(甲B2,3) 争点(1)(C歯科医師に説明義務違反があるか)について原告は,C歯科医師は,原告に対し,本件手術前に,インプラント手術にはリスクがないと説明し,同手術により左下口唇,左オトガイ部の知覚異常,アロディニアといった症状が出る可能性があることを説明すべき義務を怠ったと主張する。 前記1( 本件手術前に,インプラント手術にはリスクがないと説明し,同手術により左下口唇,左オトガイ部の知覚異常,アロディニアといった症状が出る可能性があることを説明すべき義務を怠ったと主張する。 前記1(1)イ及び2で認定した事実によれば,インプラント手術は,顎骨にインプラント体の埋入窩を形成し,インプラント体を埋入する手術であって,同手術を行う際には,ドリル,タッピング用器具及びインプラント体により,神経を損傷し,知覚障害等が生じることがあること,本件手術は,原告の左下5番相当部及び左下6番相当部に対して,インプラント体を各1本ずつ埋- 19 -め込むインプラント手術であり,オトガイ孔は下顎体のほぼ中央の高さで第二小臼歯根端の直下にある場合が多いため,オトガイ孔に達しない長さのインプラント体を選択する必要があること,そして,C歯科医師は,原告の左下5番の歯の根尖部分に骨破壊像があったことから,その部分には骨組織が存在しないと考え,左下5番相当部に埋入するインプラント体を歯槽骨に保持させるためには,通常よりも長い長さ18mmのインプラント体を選択し,これを歯槽骨に斜めに埋入することが適切であると判断したこと,左下5番相当部にドリリング及びインプラント体の埋入をした際,ドリリング及びインプラント体の埋入をするに当たり角度を十分につけなかったために,左オトガイ孔付近の下歯槽神経の圧迫を生じさせ,同神経を損傷したことが認められる。 これらの事実からすると,被告(担当歯科医師)には,本件手術前に,同手術を受けるか否かを選択させる前提として,原告の口腔内の状態,本件手術の内容及び必要性,本件手術による神経損傷の危険性及び予後等について,原告がインプラント手術に関する十分な情報に基づいて本件手術を受けるか否かを決定できるよう,相当程度詳細に説明すべき 態,本件手術の内容及び必要性,本件手術による神経損傷の危険性及び予後等について,原告がインプラント手術に関する十分な情報に基づいて本件手術を受けるか否かを決定できるよう,相当程度詳細に説明すべき義務があったというべきである。 ところが,前記1(1)アで認定したとおり,被告の担当歯科医師であるC歯科医師は,左下5番の歯を抜去した後の処置について,入れ歯やインプラント手術が考えられるが,インプラントであれば入れ歯のような違和感や取り外す面倒がなく,かつ,周りの歯を歯根破折で失うリスクを軽減できるとの説明をし,インプラント手術に伴うリスクとして,抜歯の場合と同様に,外科的手術に伴う出血,痛み及び腫れが生じる可能性があることについて説明しただけで,神経損傷や神経麻痺が生じる可能性があることなどについては説明しなかったことが認められる。 したがって,被告(C歯科医師)には,説明義務違反があったというべき- 20 -である。 争点(2)(C歯科医師に,手術前にCTを撮影せず,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに本件手術を行った注意義務違反があるか)について原告は,C歯科医師には,インプラント体がオトガイ神経を損傷しないように,オトガイ孔から適切な距離を取るため,インプラント手術前にCTを撮影する義務があったにもかかわらず,CTを撮影せず,また,パノラマレントゲン写真を撮影したとしても,メジャーテープを用いなかったから,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに本件手術を行った注意義務違反があると主張する。 前記2(2)で認定した事実によれば,下顎管やオトガイ孔からインプラント体先端部までの適切な距離を取るため,CT撮影による三次元的診断を行うことが望ましいとはいえるものの,他方,メジャーテープを用いたパノラマレン 定した事実によれば,下顎管やオトガイ孔からインプラント体先端部までの適切な距離を取るため,CT撮影による三次元的診断を行うことが望ましいとはいえるものの,他方,メジャーテープを用いたパノラマレントゲン写真により距離を確認するのも有用であるとされていることが認められるところ,C歯科医師は,本件手術に先立ち,パノラマレントゲン写真及びデンタルX線写真を撮影し,パノラマレントゲン写真上にメジャーテープを当てて,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を測定し,骨の幅について,触診や口腔内所見(肉眼)により確認したことは,前記1(1)イで認定したとおりである。 したがって,C歯科医師に,下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに本件手術を行った注意義務違反があるとは認められないから,原告の上記主張は採用することができない。 争点(3)(C歯科医師に,本件手術における技術的なミスにより下歯槽神経を損傷した注意義務違反があるか)について原告は,C歯科医師は,長すぎるインプラント体(18mm)を用い,あるいは,十分な角度をつけてドリリングやインプラント体の埋入をしなかっ- 21 -たなどの本件手術における技術的なミスにより,ドリル,タッピング用器具,インプラント体などを突き刺し,あるいはオトガイ孔近接を生じさせて,原告の左下歯槽神経を損傷したと主張する。 インプラント手術を行う際には,オトガイ孔の位置に注意する必要があり,オトガイ孔は下顎体のほぼ中央の高さで第二小臼歯根端の直下にある場合が多いことから,この付近にインプラント体を埋入するときは,オトガイ孔の位置を確認し,その位置を避ける必要があるため,オトガイ孔に達しない長さのインプラント体を選択する必要があること,本件手術は,原告の左下5番相当部及び左下6番相当部に対して,インプラント体を イ孔の位置を確認し,その位置を避ける必要があるため,オトガイ孔に達しない長さのインプラント体を選択する必要があること,本件手術は,原告の左下5番相当部及び左下6番相当部に対して,インプラント体を各1本ずつ埋め込むインプラント手術であり,C歯科医師は左下5番相当部に埋入するインプラント体として通常よりも長い長さ18mmのインプラント体を選択し,これを歯槽骨に斜めに埋入することが適切であると判断したこと,左下5番相当部にドリリング及びインプラント体の埋入をした際,ドリリングあるいはインプラント体の埋入により,左オトガイ孔付近の下歯槽神経の圧迫を生じさせ,同神経を損傷したことは,前記1(1)イ及び2(2)で認定したとおりである。 そして,C歯科医師は,上記のとおり,オトガイ孔が直下にある場合の多い左下5番相当部に18mmという通常よりも長いインプラント体を埋入することにしたのであるから,人工歯根としてこのようなインプラント体を用いる場合には,特にオトガイ孔付近の下歯槽神経を損傷しないように,十分な角度をつけてドリリング及びインプラント体の埋入を行うべき注意義務があったというべきである。 ところが,C歯科医師は,上記インプラント体を埋入するに当たり,上記注意義務を怠り,十分な角度をつけてドリリング及びインプラント体の埋入を行わなかったため,ドリリングあるいはインプラント体によりオトガイ孔付近の下歯槽神経を圧迫し,同神経を損傷したことが認められる(弁論の全- 22 -趣旨,証人C歯科医師)。 したがって,C歯科医師には,長さ18mmのインプラント体を原告の左下5番相当部に埋入するに当たり,十分な角度をつけてドリリング及びインプラント体の埋入を行うべき注意義務を怠った点について過失があるというべきである。 なお,原告は,C歯科医師が長さ18 を原告の左下5番相当部に埋入するに当たり,十分な角度をつけてドリリング及びインプラント体の埋入を行うべき注意義務を怠った点について過失があるというべきである。 なお,原告は,C歯科医師が長さ18mmのインプラント体を用いたこと自体が過失であると主張するが,インプラント体を斜めに埋入した場合(インプラント体の傾斜埋入)とインプラント体を真っ直ぐに埋入した場合とで,骨への応力,骨レベルの変化等において有意な差はないとの報告(乙B4)があるところであり,患者の口腔内の状態によっては,通常より長いインプラント体を斜めに埋入する方法は有効であるとされていること(証人C歯科医師)からすれば,C歯科医師が長さ18mmのインプラント体を用いたこと自体が過失であるとはいうことができず,上記のドリリング及びインプラント体の埋入の際の角度不足以外に,C歯科医師に本件手術における技術的なミスがあったと認めるに足りる証拠はない。 争点(4)(因果関係並びに損害の有無及び額)について(1)前記3の説明義務違反と後遺障害等との因果関係前記3で認定判示したとおり,被告(C歯科医師)には,本件手術に際し,本件手術の内容,本件手術の危険性及び予後等についての説明義務違反があるというべきところ,原告は,上記説明義務違反がなければ,原告が被告歯科医院において本件手術を受けることはなく,後遺障害等が発生することもなかったと主張する。 しかし,原告自身が,その本人尋問において,本件手術の危険性等についての説明を受けていれば,インプラントではなく入れ歯を選択したかもしれないと供述する一方で,担当歯科医師を信頼していた場合には手術の危険性等について説明があったとしても本件手術を受けたかもしれないと- 23 -供述するとともに,本件手術当時は,担当歯科医師であるC歯科医師 述する一方で,担当歯科医師を信頼していた場合には手術の危険性等について説明があったとしても本件手術を受けたかもしれないと- 23 -供述するとともに,本件手術当時は,担当歯科医師であるC歯科医師を信頼していたと供述していることに鑑みれば,仮に被告(C歯科医師)が原告に対し,本件手術の内容,本件手術の危険性及び予後等について必要十分な説明をしていたとしても,原告が本件手術を受けた可能性は十分に考えられるところである。 そうすると,被告(C歯科医師)が説明義務を果たしていたとしても,原告が本件手術を受けず,それにより原告の主張する後遺障害等が発生しなかったことについて高度の蓋然性があったとは認められないから,被告(C歯科医師)の説明義務違反と原告が主張する後遺障害等との間に因果関係があるとは認めることができない。 (2)損害の有無及び額についてア原告の後遺障害前記5で認定判示した,本件手術におけるC歯科医師の注意義務違反により,原告の左下歯槽神経を損傷した結果,前記1(11)で認定したとおりの症状が現存していることが認められるところ,原告は,本件手術日である平成14年2月13日に症状固定に至ったと主張し,F歯科医師の診断書(甲A15)にはこれに沿う部分もある。 しかしながら,証人F歯科医師の書面尋問に対する回答書によれば,F歯科医師は,神経障害に関する障害固定日の特定が困難である一方で,障害発生日は明確であることから,本件手術が行われた障害発生日である平成14年2月13日を障害固定日として上記診断書に記載したにすぎないことが認められる上,前記1(1)ウで認定したとおり,本件手術後,原告の左下口唇部及び左オトガイ部の麻痺感のある部分の面積が減少し,二点識別検査による知覚の改善やタッピング時の刺激の弱化が認められるから,本件手術日 ,前記1(1)ウで認定したとおり,本件手術後,原告の左下口唇部及び左オトガイ部の麻痺感のある部分の面積が減少し,二点識別検査による知覚の改善やタッピング時の刺激の弱化が認められるから,本件手術日を症状固定日とする上記診断書を採用することはできない。 - 24 -そして,前記1(6)で認定したとおり,原告は,平成19年5月19日から同年11月24日までの間,疼痛及び知覚などの症状の改善がなく,複合性局所疼痛症候群(左下口唇,オトガイ部)との診断を受けたことに照らすと,同年5月19日をもって,原告の上記症状は後遺障害として固定したものと認めるのが相当である。 なお,原告は,本件手術の約3年前の48歳のときに抑うつ状態になったことがあるものの,1回の通院加療で自然軽快していたこと(乙A5,原告本人),本件手術後に左オトガイ神経麻痺が出現し,その治療を受けたE歯科病院において口腔心身症と診断されて精神安定剤の処方を受けたこと(前記1(1)ないし(3)の事実),平成16年7月に原告が精神安定剤の服用を中止したところ抑うつ気分が出現し,その後は抗うつ剤を服用しない限り抑うつ状態に陥るようになり,そのような状態が改善することなく,現在に至っていること(前記1(4)及び(11)の事実)が認められ,これらの事実を総合すると,原告が本件手術後に陥った抑うつ状態と本件手術におけるC歯科医師の注意義務違反との間には因果関係があるというべきである。また,原告の上記抑うつ状態については,前記1(6)及び(11)のとおり,現在も通院加療中であり,抗うつ剤等によって,抑うつ症状を緩和・改善させることができ,これにより通常の社会生活を送ることができていることが認められるから,現在もなお症状は固定していないものとみるのが相当である。 イ治療費及び交通費17万2 抑うつ症状を緩和・改善させることができ,これにより通常の社会生活を送ることができていることが認められるから,現在もなお症状は固定していないものとみるのが相当である。 イ治療費及び交通費17万2860円前記1(11)で認定した内容の左下口唇部及び左オトガイ部の知覚麻痺等の後遺障害の症状固定日は,前記アで認定したとおり,平成19年5月19日であるから,同日以降の同症状に関する治療費(文書料を含む。 )及び交通費は,前記5の注意義務違反と相当因果関係のある損害とは認められないが(したがって,I歯科医院及びJ病院での診療に要した- 25 -治療費等はいずれも前記5の過失と相当因果関係のある損害とは認められない。),原告が請求しているE病院附属G病院及び麻酔科ペインクリニックにおける治療費及び交通費は,症状が固定していない抑うつ状態の治療のためか,あるいはそれを兼ねるものであるから,上記各病院の治療費及び交通費(12万7660円)は,前記5で認定したC歯科医師の過失と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である(甲C2の1ないし10,甲C4,5,甲C6の1ないし96)。なお,H病院の治療費等(平成18年10月1日から症状固定日である平成19年5月19日までに要した治療費及び交通費の合計額は4万5200円である。)に関しては,確かに,原告は同病院において左下4番の歯の慢性根尖性歯周炎の治療を受けているものの,平成18年9月30日までに行われた同歯の治療費等については,原告は本訴においてその支払を請求していないし,同年10月1日以降に行われた同歯に関する治療については,本件手術によって生じた左下5番相当部の状態,同部に対する影響等をも考慮して行われたものである(前記1(5)の事実)から,上記治療費等全額が上記注意義務違反と相当因果関係のあ 関する治療については,本件手術によって生じた左下5番相当部の状態,同部に対する影響等をも考慮して行われたものである(前記1(5)の事実)から,上記治療費等全額が上記注意義務違反と相当因果関係のある損害と認められる。(甲C3の1ないし10,乙A6)ウ休業損害29万0000円原告が,本件手術当時,年間847万3649円の収入を得ていたことは,前記1(10)で認定したとおりであり,証拠(甲A18,乙A3,原告本人)によれば,原告は,D病院への通院のため,9日間休業したことが認められ,これによれば,休業損害として29万円を前記5の注意義務違反と相当因果関係のある損害と認めることができる。 エ逸失利益について(ア)原告の後遺障害の内容・程度原告は,原告の後遺障害は,局部に頑固な神経症状を残すものとし- 26 -て,後遺障害等級12級に当たると主張し,F歯科医師の診断書(甲A15)にはこれに沿う部分もある。 しかし,証人F歯科医師の書面尋問に対する回答書によれば,F歯科医師は,後遺障害等級12級12号の局部に頑固な神経症状を残すものとは,1日中一定の症状を自覚している場合と捉えた上で,原告の場合,症状部位は下唇であり,会話及び発語並びに食事の度に皮膚及び粘膜刺激(上唇や歯牙による)により下唇に不快な違和感及び疼痛の症状を1日中自覚することになるから,頑固な神経症状を残すものと判断できると述べるところ,F歯科医師の頑固な神経症状に関する見解は,疼痛などの症状の限定がない上,その診断のために通常必要とされる他覚的所見を要しないとするものであって,広範に過ぎ,採用できないというべきである。また,上記診断書は,原告が流涎を自覚できないことを根拠の一つとして咀嚼機能障害(通常の咀嚼・嚥下の支障)があると診断しているが,原告に現在流涎がな って,広範に過ぎ,採用できないというべきである。また,上記診断書は,原告が流涎を自覚できないことを根拠の一つとして咀嚼機能障害(通常の咀嚼・嚥下の支障)があると診断しているが,原告に現在流涎がないことは,前記1(11)で認定したとおりである。さらに,上記診断書が本件手術日を症状固定日とする点について採用できないことは,前記アで認定したとおりである。したがって,F歯科医師の上記診断書は採用できない。 そして,原告は,前記アのとおり,平成19年5月19日に,前記1(11)で認定した内容の左下口唇部及び左オトガイ部の知覚麻痺等の症状が固定したというべきところ,同年11月1日の静的触覚閾値検査により,原告の健側が全て1.65Fmgを示したのに比べ,左下唇枝部が2.83Fmgを,左口角枝部が2.83Fmgを,左オトガイ枝が2.36Fmgを示したことは,前記1(8)で認定したとおりである。 このように,静的触覚閾値検査では,原告の健側と左下口唇部及び- 27 -左オトガイ部との間に差が認められるものの,その差は大きくなく,証拠(乙B3)によれば,左下口唇部及び左オトガイ部の2.83Fmgは,正常値であるとされているところである。 また,原告の左下口唇部にはビリビリ感及び麻痺感が残っているものの,本件手術後である平成14年ころと比べると,痛みの感覚に慣れてきており,痛みが軽減するときもあること,左オトガイ部には麻痺感があるが,疼痛までは認められないことからすれば,原告に後遺障害等級12級ないし14級に相当するほどの疼痛や症状等が認められるかには疑問がある。 そして,原告は,氷を頬張ることなどはできないものの,冷たいものを飲むことはできること,熱いものについては,唇に当たるとつらいものの,口の中に入れることができ,ストローを用いて飲むことな がある。 そして,原告は,氷を頬張ることなどはできないものの,冷たいものを飲むことはできること,熱いものについては,唇に当たるとつらいものの,口の中に入れることができ,ストローを用いて飲むことなどはできることからすれば,冷覚及び熱覚の知覚異常もさほどのものとはいえない。 さらに,原告の味覚は正常であり,流涎もなく,言語障害も認められず,滑舌が悪いとも認められないことからすれば,左下口唇部及び左オトガイ部の知覚麻痺以外の知覚異常は,ほとんどないというべきである。 そうすると,原告の上記後遺障害が後遺障害等級12級ないし14級に相当するとはいえず,他に原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (イ)逸失利益の有無原告は,原告の後遺障害は後遺障害等級12級に当たり,これによる労働能力喪失率は14%であるとして,それによって計算された逸失利益相当分の損害を被ったと主張する。 - 28 -しかし,原告の前記後遺障害が後遺障害等級12級ないし14級に当たらないことは前記(ア)で認定したとおりであり,原告の後遺障害がその労働能力に影響を与える程のものといえないことは前記1(11)で認定したとおりである。 したがって,原告の上記主張は,採用することができず,原告主張の逸失利益を原告の損害と認めることはできないが,原告は,前記5の注意義務違反によって前記後遺障害を負い,これによって,社会生活上,相当程度の苦痛と不便等を感じていることが認められるから,これらの事情は,後記慰謝料額の算定において斟酌することとする。 オ前記5の注意義務違反による慰謝料(ア)後遺障害慰謝料140万0000円原告が前記5の注意義務違反によって被った後遺障害の内容及び程度は,前記エ(ア)で認定したとおり 酌することとする。 オ前記5の注意義務違反による慰謝料(ア)後遺障害慰謝料140万0000円原告が前記5の注意義務違反によって被った後遺障害の内容及び程度は,前記エ(ア)で認定したとおりであり,原告の後遺障害は後遺障害等級12級ないし14級に当たらないものの,被告の注意義務違反の内容及び程度や前記エ(イ)で判示した事情のほか,本件に顕れた諸事情を勘案すると,原告の後遺障害に対する慰謝料は,140万円と認めるのが相当である。 (イ)通院慰謝料160万0000円本件手術以後の原告の通院経過は,前記1(1)ないし(8)で認定したとおりであり,本件手術直後から症状固定日である平成19年5月19日までの本件手術によって生じた知覚障害等の治療のための,平成16年8月7日から現在までの抑うつ状態の治療のための各通院期間及び通院回数並びに通院時における原告の症状・障害の程度等を総合勘案すると,原告の通院慰謝料は,160万円と認めるのが相当であ- 29 -る。 カ弁護士費用30万0000円原告が弁護士である訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ,弁護士費用相当分の損害については,本件事案の性質・内容,訴訟の経過,認容額等に照らし,30万円と認めるのが相当である。 キ遅延損害金原告は,本件手術日を起算日として遅延損害金を請求しているが,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償債務が遅滞に陥る時期は履行請求(催告)をした日の翌日であり(民法412条3項),本件記録(甲C3の1等)及び弁論の全趣旨によれば,原告が被告に対し本件手術に関する損害賠償を求め,被告がその支払を拒絶したのは平成18年10月7日と認められる。したがって,原告が被告に対し,遅延損害金を求めることができるのは同月8日からであ ば,原告が被告に対し本件手術に関する損害賠償を求め,被告がその支払を拒絶したのは平成18年10月7日と認められる。したがって,原告が被告に対し,遅延損害金を求めることができるのは同月8日からであって,原告が主張するように,本件手術日である平成14年2月13日からの遅延損害金の支払を求めることができないことは明らかである。 結論 以上のとおりであり,原告の本件診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求は,原告が376万2860円及びこれに対する平成18年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部- 30 -村田渉裁判長裁判官大嶋洋志裁判官平野望裁判官

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