令和5年(わ)第491号、第594号非現住建造物等放火、窃盗(訴因等変更後の罪名は業務上横領)被告事件 【主文】被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中210日をその刑に算入する。 【理由】(罪となるべき事実)第1 被告人は、株式会社Aを根抵当権者とする根抵当権が設定され、B組合との間で火災共済契約を締結していた、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない自己所有の大津市(住所省略)の木・鉄骨造瓦葺2階建家屋に放火しようと考え、令和5年7月25日午後8時8分頃、同家屋において、何らかの方法で火を放ち、その火を同家屋の壁等に燃え移らせ、よって、同家屋を全焼させて焼損した。 第2 被告人は、C新聞D総局経理担当職員として、同局の預金口座の管理等の業務に従事していたものであるが、株式会社E銀行に開設された同局長名義の普通預金口座の預金を同局のために業務上預かり保管中、別表番号1ないし4(別紙添付は省略)記載のとおり、令和5年5月29日午後2時50分頃から同年8月28日午後0時43分頃までの間、4回にわたり、大津市(住所省略)E銀行F支店において、自己の用途に費消する目的で、同口座から現金合計43万円の払戻しを受けて着服し、もって横領した。 【争点に対する判断】第1 争点弁護人は、判示第1の非現住建造物等放火について、判示日時場所にお いて火災が発生したこと(以下「本件火災」という。)は争わないが、放火以外の原因によって発生した可能性があり、出火原因が放火であることの立証は不十分であるとして事件性を否定し、仮に放火によるものであったとしても、被告人は犯人ではないとして犯人性も争い、いずれにしても被告人は無罪である旨主張する。 また、弁護人は、判示第2の業務上横領について、被告人が別表番 性を否定し、仮に放火によるものであったとしても、被告人は犯人ではないとして犯人性も争い、いずれにしても被告人は無罪である旨主張する。 また、弁護人は、判示第2の業務上横領について、被告人が別表番号1ないし4記載のとおり払戻し(以下「本件各払戻し」という。)を受けたことは争わないが、被告人は、専らC新聞D総局(以下「D総局」という。)のために経理担当職員としての権限に基づき払い戻したものであり、自己の用途に費消する目的はなかったから、本件各払戻しは、いずれも不法領得の意思の発現行為ではなく、「横領」に該当しないし、被告人には故意もないなどと主張して、被告人は無罪である旨主張する。 第2 当裁判所の判断 1 非現住建造物等放火について⑴ 前提事実被告人は、認知症を抱える自己の母親を連れて、本件当日(令和5年7月25日。以下で時刻のみを記載したものはいずれも同日の出来事である。)午後6時42分頃、本件家屋に行って立ち入り、午後6時54分頃、二人で本件家屋を出て立ち去ったが(以下、「1度目の立入り」などという。)、午後8時4分頃、再び母親を連れて本件家屋に行って立ち入り、午後8時7分頃、まず母親が、引き続いて被告人が本件家屋の玄関から出て立ち去った(以下、「2度目の立入り」などという。)。 同日午後8時21分頃、近隣住民から本件家屋が燃えている旨の通報があり、消防が出動して消火活動がなされたが、本件家屋は全 焼した。 ⑵ 事件性について本件火災の出火場所や出火原因等について、滋賀県警察本部科学捜査研究所研究員G(以下「G証人」という。)は、本件火災発生の翌日に現場で実施した実況見分の結果を踏まえ、以下のとおり供述する。 すなわち、まず、出火場所について、出火場所は燃える時間が長く焼失の程度も大きくなるといえるとこ 」という。)は、本件火災発生の翌日に現場で実施した実況見分の結果を踏まえ、以下のとおり供述する。 すなわち、まず、出火場所について、出火場所は燃える時間が長く焼失の程度も大きくなるといえるところ、本件家屋の玄関の柱にはかなりの焼け細りがあり、壁面も崩落し、壁面下部の木材も一部焼失するなど、東側和室や西側和室と比べてよく焼けていたし、また、木材は熱を受けるとその熱が強いほうに炭化・変形して倒れ込む性質があるが、西側部屋の天井材は、玄関側に変形して倒れ込むようにして焼けており、このような焼損状況等から、出火場所は、玄関付近であると推定した。 次いで、出火原因について、玄関付近の床からは蚊取り線香の容器が発見されたが、蚊取り線香による出火の場合、まずは炎を出さない無炎燃焼が進行し、可燃物がある場合には火が上がり有炎燃焼に移行することになるが、周囲に紙類があっても無炎燃焼から有炎燃焼へ移行するまでに10分程度はかかる上、無炎燃焼が起こると焦げ臭いにおいと白煙が生じるところ、防犯カメラ映像によれば、本件家屋から家人が立ち去った後(注・被告人及び母親の2度目の立入り後)、すぐに駐車車両に炎の光が反射していたところ、仮に無炎燃焼から有炎燃焼に移行したとすれば、家人が立ち去った際に臭いや煙などの異変に気付くはずであるから、蚊取り線香により出火して無炎燃焼から有炎燃焼に移行した可能性はかなり低い。この他、電気火災や自然発火などを疑わせるような痕跡もなかった。以上よ り、消去法的に放火の可能性が高いと判断した、などというのである。 G証人は、科捜研研究員として長年勤務する中で、多数回にわたり火災現場を見分して出火場所や出火原因の推定等の調査活動を行ってきた者であり、その調査についての豊富な知識経験を有しているところ、本件火災発生の 、科捜研研究員として長年勤務する中で、多数回にわたり火災現場を見分して出火場所や出火原因の推定等の調査活動を行ってきた者であり、その調査についての豊富な知識経験を有しているところ、本件火災発生の翌日に本件家屋全体の焼損状況等を直接見て確認した上、出火場所や出火原因を推定している。その推定過程に関する供述内容は客観的な焼損状況に沿うものである上、専門的知見や経験に裏付けられた合理的かつ説得的なものであり、その供述の信用性に疑いを差し挟むべき事情は見当たらない。G証人の供述は十分に信用できるというべきであり、これにより本件火災が何人かの放火によること等が認められる。 これに対し、弁護人は、G証人は、1度目の立入りの際の失火による無炎燃焼が出火原因である可能性について十分吟味することなく放火と断定しており、信用できない旨主張するが、採用できるものではない。すなわち、G証人によると、本件家屋南側に位置する防犯カメラ映像に映る炎と思われる明かりの揺れや大きさから、本件火災発生時刻は午後8時8分前後と判断できるというのであり、当裁判所としてもそのように認めるところ、被告人が、2度目の立入りの際に本件家屋を出たわずか1分で出火していることを踏まえれば、被告人が本件家屋から出た時点では、G証人のいうように玄関付近において白煙や焦げ臭さがそれなりに生じていたことが容易に推認でき、被告人がこれに気付かなかったとは考えられない。なお、被告人は、公判段階では玄関付近には人糞のにおいが染みついていたなどと、暗にそのために焦げ臭さに気付かなかった 旨を述べているが、本件家屋は、被告人と母親がしばしば滞在していたほか、売却に向けて不動産業者に内覧させており、そのような強いにおいが残る状態で放置していたとは考え難いし、そのようなにおいがあったとし 述べているが、本件家屋は、被告人と母親がしばしば滞在していたほか、売却に向けて不動産業者に内覧させており、そのような強いにおいが残る状態で放置していたとは考え難いし、そのようなにおいがあったとしても出火による焦げ臭さ等をかき消すほどに強いものであったとも考え難い。そのような被告人供述は採用できない。 また、弁護人は、G証人の供述を前提にしても、西側和室の床が抜け落ちていた状況等からして、出火場所は、西側和室内の玄関側の可能性もある旨主張する。しかし、G証人は、本件家屋は全体的に焼けが強かったが、屋根材の焼け抜け状況(瓦が落ちていたこと)から、どちらかといえば、西側と比較して東側の方の焼けが強かったし、西側和室と玄関の焼けの状況を比較し、玄関側の方が柱や天井材の焼け方が強く、特に天井材は玄関側に変形して倒れ込むような焼け方をしていたことから、玄関が出火場所であると判断したというのであり、その判断に疑問を入れる余地がないのはすでに述べたとおりである。弁護人指摘の事情をG証人が見落としていたことをうかがわせる事情も見当たらないから、弁護人の主張も採用できるものではない。 ⑶ 犯人性についてア前記認定のように、本件家屋の玄関付近から出火したのが、被告人が玄関から立ち去った直後(約1分後)であったという事実は、被告人が犯人でなければ合理的に説明できず、被告人が犯人であることを強く推認させるものといえる。すなわち、前記で検討したところによれば、被告人が、2度目の立入りの際に本件放火に及ぶ機会があったことは明らかである反面、本件記録を精査しても、本件 放火が、被告人以外の第三者によるものであることを具体的にうかがわせる事情は見当たらない。防犯カメラ映像によると、1度目の立入りから2度目の立入りまでの間、被告人と母親以外に しても、本件 放火が、被告人以外の第三者によるものであることを具体的にうかがわせる事情は見当たらない。防犯カメラ映像によると、1度目の立入りから2度目の立入りまでの間、被告人と母親以外に本件家屋を訪れた者は見当たらず、本件家屋が玄関以外の三方を塀で囲まれていることをも踏まえると、そもそも第三者が玄関を通らずに侵入し、被告人らが立ち入った本件家屋内に身を隠すなどして、被告人らが出て行ったわずか約1分後に、発見されるリスクを冒してまで玄関付近に放火したというのはあまりにも現実味が乏しいというほかない。また、仮に、認知症の母親が玄関付近に放火したのだとすれば、最後に家を出た被告人が出火に気付かなかったというのもやはり不自然であり、そのような可能性も考え難い。そうすると、被告人以外の第三者や母親による放火の可能性はなかったと認めることが相当であり、被告人以外に犯行が可能であった者がいるとは考えられない。 このほか、被告人は、本件火災発生の2日後から、インターネット上で放火に関連する種々の検索をしているが、このうち「ポリグラフ検査警察」といった検索ワードは、単に火災で家屋を焼失したというに止まらず、自らが放火犯として疑いをかけられることを懸念したためでなければやはり合理的な説明が困難といえ、前記推認の程度を多少なりとも強める事情といえる。また、被告人は、本件2日後には本件家屋と土地を合計700万円で売却予定であったが、多額の借金を抱え金銭に困っていたと認められるところ、このような経済状況に照らせば、同居の母親を受取人として上限2800万円という高額の火災保険金を得ようと考え、本件家屋に放火をするという犯行動機も十分考えられるところであって、この点も、 被告人が犯人であることと整合する。以上によれば、本件家屋に放火 0万円という高額の火災保険金を得ようと考え、本件家屋に放火をするという犯行動機も十分考えられるところであって、この点も、 被告人が犯人であることと整合する。以上によれば、本件家屋に放火をした犯人は、被告人であることに疑いを入れる余地はない。 イこれに対し、弁護人は、①2度目の立入りは、被告人の元夫や母親の行動に由来するものである、②被告人は本件家屋と土地の売却を2日後に控えていたにもかかわらず被告人が本件家屋に放火することは経済的合理性がなく不自然である、③2度目の立入りの際に母親がマッチとライターを探していた等の被告人供述を前提にすれば、母親の何らかの行動が出火原因になった可能性があるなどと主張する。しかしながら、①については、本件家屋に立ち入った経緯が弁護人のいうようなものであったとしても、被告人がその機会を利用して犯行に及ぼうと決意するのが不合理とはいえないし、②については、犯行動機について検討したとおり、被告人が、本件家屋の売却額よりも高い保険金を得ることを期待して本件に及んでも何ら経済的合理性を欠くものではない。③についても、既に検討したとおり、出火時期等からして最後に玄関から出た被告人が気付かないことは考えにくい。よって、弁護人の主張を踏まえても、前記結論は左右されない。 2 業務上横領について⑴ 証拠により認定できる事実関係証拠によれば、次の各事実が認められる。 ア被告人は、本件当時、D総局で、経理担当職員として、D総局長名義の預金口座(以下「本件口座」という。)からの払戻し権限を有しており、本件口座から払い戻した現金をD総局内の手提げ金庫に保管して小口の現金支払いに充てる等の業務に従事していた。 イ被告人のした本件口座からの本件各払戻し状況及びその各日 における被 おり、本件口座から払い戻した現金をD総局内の手提げ金庫に保管して小口の現金支払いに充てる等の業務に従事していた。 イ被告人のした本件口座からの本件各払戻し状況及びその各日 における被告人が使用管理する各口座(被告人又は被告人と生計を同一にする前記元夫名義のもの)への入金状況や信販会社等からの引落し状況の概要は次のとおりである。 すなわち、①(別表番号1の払戻し)令和5年5月29日、本件口座から10万円を払い戻し、先後関係は不明であるが、同日被告人名義の銀行口座に7万円を入金し、同口座から、信販会社等から合計6万6000円余りが引き落とされた。 ②(別表番号2の払戻し)同年7月27日、本件口座から10万円を払い戻し、その約4時間半後に、元夫名義の銀行口座に7万円を入金し、同口座から、カード会社から3万7000円余りが引き落とされた。 ③(別表番号3の払戻し)同年8月7日、本件口座から5万円を払い戻し、その約4時間10分後に元夫名義の銀行口座に7万8000円を入金し、同口座から、住宅ローン等として6万6000円余りが引き落とされた。 ④(別表番号4の払戻し)同年8月28日、本件口座から18万円を払い戻し、その約1分後に前記の元夫名義の銀行口座に10万円を入金し、同口座から、消費者金融会社等から5万9000円余りが引き落とされた。 なお、これらの被告人又は元夫名義の口座に各入金がなされる前の各口座の残高は、いずれも後の各引落し額に満たない金額であった。 ⑵ 本件各当時、D総局の総局長であったH(以下「H証人」という。)は、D総局において、本件各払戻しに係る金額の現金を本件 口座から払い戻す必要はなかった旨、具体的理由を挙げながら説明しているが、その供述に特に不合理とみるべき点はなく、また、公判廷での )は、D総局において、本件各払戻しに係る金額の現金を本件 口座から払い戻す必要はなかった旨、具体的理由を挙げながら説明しているが、その供述に特に不合理とみるべき点はなく、また、公判廷での証言前に被告人側から本件被害を上回る額の支払いを受けていたというH証人が、偽証罪で処罰される危険を冒してもあえて被告人を罪に陥れる理由は見当たらず、その供述は十分に信用できる。 そうすると、本件口座から必要のない払戻しをしたこと自体が、被告人にD総局のためにする意思がなかったことを強く推認させるものといえる。しかも、前記認定のとおり、本件各払戻しのいずれについても、払戻し当日に被告人の使用管理する口座へ入金され、実際に引落しに充てられているところ、被告人の使用管理する口座からの各種引落しがなされている頻度にも照らし、被告人が、必要のない本件各払戻しをした日に他から調達した現金を自己の使用管理する口座に入金する偶然が、3か月ほどの間(別表番号2から4の払戻しについては1か月ほどの間)に4回も重なったとは考え難い。 以上によれば、本件各払戻しは、いずれも、自己の用途に費消させる目的によるものであったことが強く推認される。このことは、本件非現住建造物等放火について検討したように被告人の当時の経済状況がひっ迫していたこととも整合する。 ⑶ これに対し、被告人は、本件各払戻しはいずれもD総局のために払い戻したものである旨を種々主張するが、信用できるH証人の供述に反するものであり、また、「小口」とはいえ数十万円単位のD総局の現金を持ち帰った理由や、各引落しがなされた日の、自己が使用管理する口座へ入金された現金の出所についても合理的な 説明ができておらず、およそ採用できるものではない。 ⑷ 被告人の供述を踏まえても、前記推認を や、各引落しがなされた日の、自己が使用管理する口座へ入金された現金の出所についても合理的な 説明ができておらず、およそ採用できるものではない。 ⑷ 被告人の供述を踏まえても、前記推認を覆す事情は見当たらず、本件各払戻しは、「横領」に当たり、犯罪の故意や不法領得の意思にも欠けるところもない。本件各払戻しにつき、いずれも、業務上横領罪が成立すると認められる。(なお、本件被害額43万円と、H証人が被害に気付いた時点での不足額34万5000円とは一致していないが、被告人が横領後に秘密裏に少しずつでも返金していたとみれば、合理的な説明が可能である。)。 【量刑の理由】本件は、被告人が、根抵当権が設定され、火災共済契約が締結されていた自己所有の家屋に放火し、これを全焼させたという非現住建造物等放火と、当時の勤務先の預金を業務上預かり保管中、同口座から4回にわたり現金を払い戻して着服したという業務上横領の事案である。 まず、量刑の中心となる非現住建造物等放火についてみると、本件家屋が住宅密集地にあり、二方が木造家屋と接しており、実際、放火の約20分後には消防による消火活動が開始されたにもかかわらず、延焼被害も生じていたこと等に鑑みると、本件放火は、周囲の家屋にも燃え広がり、多数の生命、身体、財産に危険を及ぼしかねないもので、放火の具体的方法については明らかでないことを踏まえても、本件犯行は、非常に危険で悪質なものであったといえる。本件犯行により、根抵当権が設定された本件家屋が全焼しており、自己所有家屋ではあっても他者に財産的実害が生じたといえるほか、延焼被害にあった隣人家族に物心両面にわたる被害があったことも看過できない。周囲への影響も顧みることなく、危険な犯行に及んだことは強い非難に値する。 業務上横領についても、経 じたといえるほか、延焼被害にあった隣人家族に物心両面にわたる被害があったことも看過できない。周囲への影響も顧みることなく、危険な犯行に及んだことは強い非難に値する。 業務上横領についても、経理担当者という職務上の立場を悪用し、勤務 先の信頼を裏切る悪質な犯行であり、犯行を繰り返した結果、合計43万円の被害を生じたもので、これが全額返金されたことを踏まえても、軽視することはできない。 以上によれば、被告人の刑事責任は重いものといわなければならず、被告人は、相応の期間の実刑を免れない。加えて、いずれの事件についても不合理な弁解に終始し、反省の態度がうかがわれないことや、他方で、前科がないことなどの事情も考慮した上で、主文のとおり刑を定めた。 (検察官の求刑―懲役5年、弁護人の意見―無罪)令和6年10月10日大津地方裁判所刑事部裁判長裁判官畑口泰成裁判官大嶋真理子裁判官松倉梨香
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