平成14刑(わ)675 強制わいせつ,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反

裁判年月日・裁判所
平成15年6月6日 東京地方裁判所
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判決文本文22,867 文字)

平成15年6月6日宣告平成14年刑(わ)第675号強制わいせつ,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反 主文 被告人を懲役3月に処する。 この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。 本件公訴事実中強制わいせつの点については,被告人は無罪。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成14年1月26日午後6時15分ころ,東京都文京区ab丁目c番d号eマンション1階非常階段付近において,A(当時11歳)の臀部を左手でなで上げるように触わり,もって,公共の場所において,人を著しくしゅう恥させ,かつ,人に不安を覚えさせるような卑わいな行為をした。 (一部無罪の理由) 1 本件公訴事実中,強制わいせつの点の要旨は「被告人は,通行中のB(当時12歳)を認めて,にわかに劣情を催し,強いて同女にわいせつな行為をしようと企て,平成12年12月6日午後6時30分ころ,東京都文京区af丁目g番h号先路上において,いきなり同女に抱きつく暴行を加え,下着の上から手指で同女の陰部をなで回すなどし,もって,強いてわいせつな行為をした。」というもの(以下,単に「本件」ともいう。)であるところ,関係証拠によれば,B(以下,「被害者」という。)がそのようなわいせつ行為の被害にあったことは明らかと認められる。 しかし,被告人は公判廷において,本件の犯人であることを明確に否認し,この点を証し得る主要な証拠としては,被害者の一連の供述及び被告人の捜査段階での供述が存するものの,当裁判所は,これらの証拠をもってしては本件公訴事実を認定するに十分でないと判断した。その理由は以下に述べるとおりである。 2 最初に,被告人が本件の犯人であるとする被害者供述の信用性について検討す ,当裁判所は,これらの証拠をもってしては本件公訴事実を認定するに十分でないと判断した。その理由は以下に述べるとおりである。 2 最初に,被告人が本件の犯人であるとする被害者供述の信用性について検討する。 (1) まず,被害者のこの点に関する供述内容は,概ね以下のとおりである。 ① 第2回公判のビデオリンク方式による証人尋問における供述の要旨は,次のようなものである。 平成12年12月6日午後4時半ころ,自宅を出て自転車でC先生の塾に向かった。途中コンビニで友達と遊び,午後6時15分ころ1人で塾に向かった。 天気はちょっと曇りで,もうすぐ雨が降るくらいで,外は暗かった。午後6時半ころ塾の前につき自転車を止めて自転車を降りたとき,後ろから来た男に後ろから抱きつかれて,本件被害にあった。 犯人の顔は全部で3,4回見た。(以下には,回数等が合わないものの,被害者が述べる状況を列挙する。)犯人の男に最初に気が付いたのは,D坂を上がっている途中に,その途中の道から犯人が来て,私の前方を歩き,その後ろ姿を見た。対向方向から車が来たので止まって,通り過ぎた車を見るのに振り返ったときに斜め前にいた犯人の顔を見た。坂が急になっているので自転車を降りようとして後ろを振り返ったときに,斜め後ろで普通に歩いている犯人を見た。坂の途中の自動販売機でジュースを買って,自転車に乗るときに周りを確認した際にも犯人の顔を見た。その後,犯人を追い抜き,また対向方向から車が来たので止まって,その車の去って行く方を見たときにも犯人を見た。被害にあったときにも,私が声を出して,走り去る犯人のコートを一瞬つかんだときに,こちらを見た犯人の顔を見た。坂にもライトがあったし,C先生の家から1メートル位のところにもライトがあるので,先生の家の前は明るく,その ,私が声を出して,走り去る犯人のコートを一瞬つかんだときに,こちらを見た犯人の顔を見た。坂にもライトがあったし,C先生の家から1メートル位のところにもライトがあるので,先生の家の前は明るく,その男の顔はちゃんと見えた。3,4回見たのは同一人物に間違いない。 犯人は,高校生か学生のように見え,年齢18歳から22歳くらい。服装は黒っぽいフード付の紺色ロングコート,白に赤チェックのワイシャツ,グリーン色フリース,白い肩掛けバッグ,黒線入りの白いスニーカー,横に長い丸の眼鏡をかけていた。眼鏡の縁取りの色までは分からないが,レンズは透明。顔については,髪の毛は黒で,前髪は真ん中分け,全体的な顔は逆三角形というか,あごの部分が細い感じで,顔の色は黄色っぽい感じで白い。顔で特徴的,印象的なものは,目が細めだったが,ほかには特にない。身長は当時158センチメートルだった私(ただし,本件当日の警察官調書(甲5)では,被害者の身長は160センチメートルくらいとされている。)より頭半分,10センチメートルくらい高かったので170センチメートルくらい。本件当日に作成された被害届(甲1),警察官調書(甲5)や当日自宅で記憶に従って描いた似顔絵(第2回公判の被害者供述調書末尾添付)に記載されている右頬の黒いほくろは,はっきり見たし,当時は顔の特徴としてあった。また,それらに記載されているように黒っぽい縁取りの眼鏡だったことも間違いない。 平成14年1月ころ,E警察署から,別の事件で捕まった犯人が私の事件と同一犯ではないかと思われるので,顔を確認してほしいと言われて,警察に行って,隣の部屋から犯人の顔を見て,一瞬見たときから犯人だと思った。眼鏡と顔の形が一致していた。犯人の顔を確認して,当時の記憶がよみがえり怖くなった。ほくろがないことに てほしいと言われて,警察に行って,隣の部屋から犯人の顔を見て,一瞬見たときから犯人だと思った。眼鏡と顔の形が一致していた。犯人の顔を確認して,当時の記憶がよみがえり怖くなった。ほくろがないことには気が付いたが,ほくろがあるにもないにも,他の部分はすべて一致している。眼鏡がなくても,目,前髪,顎の形から鼻まで,顔のつくり,すべて一致していて,雰囲気もすべて当時のまま,そのままである。 書画カメラで法廷の被告人の容貌を見て,犯人に間違いないといえる。顔で分かる。眼鏡と髪型と顔の形が一致している。 ② 次に,第14回公判での供述の要旨は次のとおり。 犯人の持っていたバッグは,犯人を振り返って見たときから,被害に遭って犯人が逃げ去るときまでの間見た。一番近い距離でバッグを見たのは,私の正面に犯人がいたときで,距離は数センチメートルしか離れていなかった。それは,肩掛けかばんで,かばんの肩にあたる所に部分的に黒い別の布が付いていて,生地は粗めで,ふたがチャックではなく垂れかけるもの,四角形で幅60センチメートル,高さ35センチメートルくらいで,色は白っぽい汚れかかったベージュに近い白。犯人は左肩に垂れるように掛けていた。かばんには物が入っていてふくらんでいた。コートをつかんだとき,犯人のかばんが開いた状態で,中の生地が私の右手の甲に当たった。またこのときかばんの中身が見えた。そこから本の見開き側が見えた。 被害届などで白色と言っていたのは,当時はベージュという言葉も知らなかったし,白とベージュの区別も付かなかった。被害直後から白っぽいかばんでちょっと汚れかかっていて,純白ではないと親と警察と塾の先生にも言っていた。似顔絵を作成した際,かばんの絵とその特徴は書いている。特徴は,垂れかける肩掛けかばんで, た。被害直後から白っぽいかばんでちょっと汚れかかっていて,純白ではないと親と警察と塾の先生にも言っていた。似顔絵を作成した際,かばんの絵とその特徴は書いている。特徴は,垂れかける肩掛けかばんで,黒いのが肩に付いていて,四角形で,中が見えるくらい開いていた,と書いた。 犯人の持っていたかばんは被告人の物(平成14年押第2148号の3)と同一である。四角形の肩掛けかばんで,肩のところに黒いものが付いていること,粗い目の布,垂れかかった蓋など,形,大きさ,特徴,肌触り等からして,99パーセントこれだと言える。 ③ 被害者自身が,被害直後に当時の記憶のとおりに話してそのとおり記録されており,証言内容よりそちらの方が正確であると思うと述べる,いずれも本件当日に作成された被害届(甲1),被害者の警察官調書(甲5)によると,犯人の男は,年齢18歳から22歳くらい,身長170センチメートルくらい,髪は黒色普通で,真ん中分け面長,色白,右頬にほくろ,黒っぽい縁取りの細長い眼鏡,白と赤のチェックのシャツ,グリーン色フリース,黒っぽいフード付のロングコート,黒色ストレートズボン,白色のスニーカーで黒線入り,肩から掛ける白色布製バッグ,一見大学生から高校生風,と描写されている。 また,同様に本件当日に被害者が作成した似顔絵(第2回公判の被害者供述調書末尾添付,弁68。弁68は,供述経過を示すための証拠にとどまる。なお,これらは被害者が作成した似顔絵の白黒コピーであり,付記された説明も被害者が記載した部分を警察においてワープロにより転記したものであるが,証拠に照らし,被害者作成の似顔絵そのものと実質的に同一内容であると認められる。)によれば,犯人の人相・着衣としては,年齢18歳から22歳くらい,身長170センチメートルくらい, したものであるが,証拠に照らし,被害者作成の似顔絵そのものと実質的に同一内容であると認められる。)によれば,犯人の人相・着衣としては,年齢18歳から22歳くらい,身長170センチメートルくらい,やせ型,色白,黒色フード付きコート,モスグリーン色シャツ,黒ズボンと記載され,顔は逆三角形であごの部分が細長い形に描かれ,眼鏡は黒縁の横に長く丸い感じで,目は細く,髪は真ん中分け,前髪が盛り上がった感じで頬が尖った感じとされているほか,右頬の唇右端の少し上に黒いほくろがそれと意識して描かれている。 ④ また,被告人の面通しを行った平成14年1月28日付けの被害者の警察官調書(甲6,弁65。被告人を犯人と識別する部分は,供述経過を示すための証拠にとどまる。)の供述内容は,以下のとおり。 犯人の顔の輪郭,目鼻,服装等の各特徴ははっきり記憶している。犯人に似た男を警察で捕まえているとの連絡を受け,警察署に来た。(透視鏡で被告人を確認させると)びっくりしました。あの男が犯人です。見た瞬間,心臓がどきどきして被害時のことが頭をよぎり一瞬声が出そうになった。犯人に間違いない。被告人の黒縁の眼鏡,目がくるりとしていること,顔の輪郭が同じこと,髪を真ん中分けして前髪を垂らしていること等が犯人と全く一緒である。被告人の顔を見て,似顔絵に書いたほくろがにきびのようなものを潰した跡であることが分かった。似顔絵も被告人とそっくりで犯人に間違いない。 (2) そこで,被害者の供述の信用性につき,順次検討する。 まず,被害者の被害届,当初の警察官調書(前記(1)③)はいずれも被害直後の記憶に薄れがなく,印象が強い時点で,被害の模様や犯行前を含めて被害者が犯人を目撃した際の状況,犯人の特徴等につき自らの認識,経験を率直に述べる自然なものであって, 記(1)③)はいずれも被害直後の記憶に薄れがなく,印象が強い時点で,被害の模様や犯行前を含めて被害者が犯人を目撃した際の状況,犯人の特徴等につき自らの認識,経験を率直に述べる自然なものであって,格別不自然あるいは不合理なところは見当たらず,しかも犯人が未だ特定すらされていない段階で,ことさら事実と異なる申立,供述をするような事情も全く考えられないから,それ自体として高い信用性を有する。加えて,関係証拠によれば,犯行当時,日没からは既に2時間ほど経過していたものの,被害者が犯人を目撃した通りには街路灯が18か所設置してあり,被害者は視力も良好であったと認められるから,被害者において犯人の着衣,容貌等を視認しうる客観的条件は整っていたといえる。特に犯行現場においては,12.5メートル離れた所に街路灯が点灯しており,約2メートル離れても着衣の色等の識別は十分できる状況にある(甲8)中で,被害者は,逃げようとした犯人のコートを引っ張ったときに振り返ったその容姿を目撃しており,その距離はかなりの至近距離でしかも犯人の正面から犯人を確認している(そのほか,検察官調書(甲7)によれば,抱きつかれる直前に振り返った際にも,至近距離から犯人の顔を見たものとも窺われる。)。被害者が犯人を見ていた時間は長いとまでは言えないものの,短い間隔の間に数回にわたり犯人の容貌を目撃し,その人物による犯行の被害を自ら体験したものであるから,その人物像につき強烈な印象を抱き,鮮明に認識し,記憶したであろうことは想像に難くない。そして,被害者は自ら,当時記憶のままに正確に供述したし,そのとおりに正確に記録された旨述べているところ,被害届(甲1),警察官調書(甲5)におけるその申立,供述内容をみても,犯人の着衣,容貌等の特徴について極めて具体的かつ詳細に述べられており,被 たし,そのとおりに正確に記録された旨述べているところ,被害届(甲1),警察官調書(甲5)におけるその申立,供述内容をみても,犯人の着衣,容貌等の特徴について極めて具体的かつ詳細に述べられており,被害者の知覚,描写能力等が優れていることを十分窺わせる。さらに,当日の夜,自宅で自らの記憶に従って作成したもので,他の者の作為が混入する可能性が全くない似顔絵(弁68等)の記載内容とも良く整合している。以上からすると,被害届,当初の警察官調書,さらには似顔絵に記載された内容は十分信用でき,これらに現れたところは本件の犯人像を正確に指し示すものとみるのが相当である。 そして,これに相応する範囲で,被害者の公判証言も信用することができる。 (3) 問題は,被害者の同一性承認供述の信用性,すなわち,被害者が目撃した犯人と被告人との同一性である。 ① 被害者は,公判廷において,犯人と被告人との同一性を一貫して明確に証言しているところ,確かに,似顔絵と被告人とを比較すると,髪の毛を真ん中分けにしている点,似顔絵には前髪がもりあがった感じとワープロ書きで記載されているもののふくらんだ髪型の全体的な印象,輪郭が逆三角形で面長であること,眼鏡が横に長い丸形という形状,目が細いという点を含め全体の印象は被告人とよく似ているといえる。そして,被害届及び当初の供述調書における犯人の諸特徴と被告人とを比較すると,年齢,一見大学生から高校生風であること,髪形,輪郭及びあごの形,掛けているめがねの形状及び目の特徴等,そこに示されている犯人像は多くの部分で被告人と符合するのである。また,面通しの状況をみても,被害者供述及びこれに立ち会った警察官Fの公判証言等によれば,被害者は,被告人を一瞬見たときから被告人が犯人であると断言し,また顔かたち,輪郭,髪の垂ら 符合するのである。また,面通しの状況をみても,被害者供述及びこれに立ち会った警察官Fの公判証言等によれば,被害者は,被告人を一瞬見たときから被告人が犯人であると断言し,また顔かたち,輪郭,髪の垂らした状態,眼鏡,くるりとした目の特徴,顎の部分等から犯人に間違いない旨具体的に符合する箇所を挙げている上,犯人の顔を確認して脅える様子を見せるなど,そこには被害当時の記憶を思い起こして怖くなった被害者の心境が迫真性をもって示されており,これらに照らせば,被害者の犯人識別供述も,十分信用できるもののようにも思われる。 ② しかしながら,仔細に検討すれば,被害者の供述内容には様々な疑問点が存するのである。 (ア) 先ず,被害者は犯人の特徴として右頬に黒いほくろがあることを供述しているが,被告人にはそのようなほくろが見られない。一般に顔のほくろの有無,その位置,様相等は,人物の容貌を特徴付ける主要な要素の一つであり,それが人物を特定し,あるいは同一性を判別する際に重要なポイントとなることは明らかである。特に,被害者は本件の犯人につき,被害直後から一貫して犯人の右頬にはほくろがあった旨供述しており,それが右頬で唇右端の少し上という見やすい位置にあることや,似顔絵においてはわざわざ絵のほかに説明まで付加していることなどからして,当該ほくろが被害者にとっても,客観的にみても,犯人の顔の中で特に目立つ特徴の一つであることは容易に看て取れる。そのような犯人識別の主要なポイントの一つが明らかに被告人と符合しないことは,犯人と被告人との同一性に容易に無視し得ない疑問を投げかけるものというほかない。 この点,検察官は,<ア>本件当時,被告人の顔にほくろと見間違うにきびや何らかの跡等がなかったとはいえない,<イ>短時間かつ暗い場所で 無視し得ない疑問を投げかけるものというほかない。 この点,検察官は,<ア>本件当時,被告人の顔にほくろと見間違うにきびや何らかの跡等がなかったとはいえない,<イ>短時間かつ暗い場所での人物の顔の目撃につき,微々たる点の見間違い,記憶違いが生じるのはやむを得ないことであり,<ウ>重要なのは全体的特徴の人物知覚,認識及びそれに基づく人物識別であって,被害者は,ほくろがなくとも被告人が犯人であることは間違いないと断言しているから,その供述の信用性を弾劾する根拠とならない旨主張する。 しかしながら,<ア>本件の約3週間前に撮影された被告人の大学受験用写真(弁3,29等)及び約4週間後に正月に際して撮影された家族写真(弁4等)のいずれにも,被害者が述べていたようなほくろはもとより,それと見間違うような痕跡等もみられない。これらの写真は,その撮影状況,目的からしても,意図的に撮影されたものではなく,たまたま本件を挟む前後の時期に撮影されたものであることが明らかであり,それらに何らほくろ様の物が見当たらないことからすると,特段の事情がない限りその間にあたる本件当時にも,被告人の顔にはそのようなものはなかったとみるのが相当である。検察官は,平素から顔を掻きすぎるなどする被告人の癖をとらえて,本件当日もそのような傷跡が生じていた可能性があると主張し,確かに平成14年2月21日時点で撮影された写真(甲37添付写真3)には被告人が顔を掻きすぎてできたと思われる傷跡が映っている。しかし,これは被告人の述べるところによれば,1月27日に逮捕された当日に右唇の下あたりを掻いていてできた傷跡というのであり(第9回公判46頁以下),その供述内容は逮捕直後の心情に照らしても自然なものである上,現に同日午前9時過ぎに撮影された被告人の写真( された当日に右唇の下あたりを掻いていてできた傷跡というのであり(第9回公判46頁以下),その供述内容は逮捕直後の心情に照らしても自然なものである上,現に同日午前9時過ぎに撮影された被告人の写真(甲24)にはそのような状況が見られないことからしても信用できるところ,そうするとこの傷跡は4週間近く経過した後にもなお鮮明に残っている(論告要旨9頁)のであって,同じく被告人が述べるように3月6日に保釈されたときまでまだ傷跡が残っていたということも十分頷けるのである。してみると,被告人の顔にいったんできた傷跡は相当長く残るものと推認でき,他方で本件前後に撮影された各写真にそのような傷跡が見当たらないことは,それらの撮影日と本件が敢行された月日との間隔からして,本件当時も被告人にはそのような傷跡がなかったことを裏付けるものとみられるのであって,検察官主張の如くこれと同様の傷跡が生じていた可能性は乏しいというべきである。 次に,<イ>被害者の目撃状況が個々的には短時間かつ暗い場所での人物の顔の目撃であるとしても,被害者は同一人物と断言する犯人を数回にわたり,様々な距離,角度から目撃していて,とりわけ被害時には約2メートル離れても着衣の色等の識別は十分できるという客観的状況下(甲8)において,至近距離で正面からも目撃しているのであるから,そもそも検察官の立論の前提自体直ちに相当とは言い難いところがある。しかも,本件においては,ほくろの有無,その位置,状況等は,被害者自らが被害直後に犯人の顔の重要な特徴として繰り返し,落とすことなく供述,指摘しているのであって,そこにはおよそ検察官が主張するような記憶違い,あるいは記憶の喪失,混乱という疑いを容れる余地はないし,またそれを微々たる点についての見間違い(論告要旨9頁)と矮小化することも相当 ているのであって,そこにはおよそ検察官が主張するような記憶違い,あるいは記憶の喪失,混乱という疑いを容れる余地はないし,またそれを微々たる点についての見間違い(論告要旨9頁)と矮小化することも相当とはいえない。 また,<ウ>被害者が,眼鏡,目,髪型,顔の形,全体的雰囲気等の要素を挙げて,犯人と被告人との同一性承認供述をしていることは検察官主張のとおりであるが,それ自体,自らが被害直後に犯人の特徴として挙げていたほくろの点をことさらに除外し,被告人が犯人であるとすることに固執している嫌いがある。すなわち,被害者は,第2回公判での証言において,(後に弁護人からの反対質問に対してようやく述べたように)被害当時は犯人の顔に黒いほくろがあるのをはっきり見ており(第2回公判34頁),それが犯人の顔の一番の特徴ではないとはするものの,なお犯人の顔の特徴としてあったことは認めているにもかかわらず(同43頁),当初の検察官からの質問に応じて犯人の顔の様子や特徴等について個々に答える際には,ほくろの点に一切触れることなく供述し,ほかに犯人の顔で特徴的なもの,印象的なものはないかとさらに尋ねられた際にも,特にありませんと答えていたのである(同10頁)。そして,面通しの状況について述べる際や書画カメラによる同一性識別に際しても,ほくろの点に全く触れることなく,被告人が犯人である旨断定して供述し,ほくろの点については弁護人からの反対尋問でその点を明示して問い質されて初めて供述するに至ったのである(同33頁)。その結果,被害者の公判証言は,被害当時の供述の方が正確であるし,被告人にはほくろがない点では犯人とは違うとしながら(同41頁),再三にわたり,それにも関わらず被告人が犯人であると明言する(同42頁等)趣旨のものとなっている。 の方が正確であるし,被告人にはほくろがない点では犯人とは違うとしながら(同41頁),再三にわたり,それにも関わらず被告人が犯人であると明言する(同42頁等)趣旨のものとなっている。 このように,一連の供述を全体としてみるとき,被害者の供述は,被告人はほくろがあるにもないにも他の顔の部分や雰囲気はすべて犯人と一致しているとして,被告人が犯人であるとする点では,当初の面通しから公判廷においてまで一貫しており,弁護人の反対尋問や裁判官の尋問に対しても揺らいでいないものの,ほくろの有無に伴う同一性識別上の問題という観点からみる限り,自らその方が正確であると明言する被害当時の供述と矛盾する内容のもので,主要な特徴となるべきほくろがないことについては証言を回避しようとする傾向すら窺われ,この点について首肯しうるに足るだけの合理的説明は見当たらず,結局これを等閑視ないしその点の不整合に目をつぶる態の供述として,その信用性につき解明され得ない疑問を包含するものといわざるを得ない。被害者の犯人同一性承認供述を過大に評価することには疑問を容れる余地が残る。なお,面通し時の警察官調書(甲6,弁65)には,被告人の顔を見てほくろがにきびのようなものを潰した跡であることが分かった旨の記載もあり,あるいは,被害者としては,そのような見方をしているものとも窺われるが,面通し前日午前中には被告人の顔にそのような跡がなかったことは甲24の写真から明らかであり,またそのような見方が十分な合理的根拠を有しないことも前記<ア>のとおりである。そして,被害者自身も公判証言に際して,ほくろの点を再三問われながら,そのような説明を全くしていないのである。 加えて,仔細に見れば,被告人は,被害当時,被害者が指摘,供述した犯人像と比較して,眼鏡の縁 言に際して,ほくろの点を再三問われながら,そのような説明を全くしていないのである。 加えて,仔細に見れば,被告人は,被害当時,被害者が指摘,供述した犯人像と比較して,眼鏡の縁の色が黒ではないこと,身長が約177センチメートルであること等の点でも相違していて,被告人が犯人であるとするにはなお不自然の感を拭い去れない。 (イ) さらに,これは被害者供述自体に内在する疑問点ではないが,被害当時,被害者が供述したような犯人の着衣,靴等が,記録上被告人の周辺から一切現れていない。すなわち,被告人,家族らは,一致して,被告人がそのような衣類,靴等を持っておらず,また着用していたこともない旨供述しているところ,差し当たりその信用性に対して,積極的に疑義を差し挟むべき事情は記録上見当たらず,むしろ平成14年2月4日に被告人方に対して行われた警察の捜索によっても,何らこれらに該当する衣類等が発見されていない事情は,被告人らの供述の信用性をそれなりに裏付けるものである。 この点,検察官は,本件当時に被告人が着用していた衣類等がその後廃棄された可能性があり,家族らの証言は信用できず,平成14年2月4日の捜索差押は判示認定事実に関連して実施されたもので,被告人方の衣類等をくまなく探し回るような状況にはなかったなどとして,これらによっても,被告人が本件当時,被害者が供述したような犯人の衣類等を所持していなかった根拠とはならない旨主張する。 しかしながら,そもそもいかなる事情があるにせよ,被害者が犯人像として詳細,正確に供述した犯人の着衣,靴等が一点たりとも被告人ないしその周辺から発見されていないことは,この間約1年2か月程度しか経過していないことを勘案すると,そのこと自体が被告人が犯人であるとする て詳細,正確に供述した犯人の着衣,靴等が一点たりとも被告人ないしその周辺から発見されていないことは,この間約1年2か月程度しか経過していないことを勘案すると,そのこと自体が被告人が犯人であるとすることに対して疑義を生じさせる事由の一つたるべきものである。そして,平成14年1月28日の時点では,被害者に被告人の面通しを実施し,被告人が本件の犯人である旨の警察官調書が作成されていたこと,この間,被告人は判示認定事実につき犯人であることは一貫して認めており,警察においては,被告人に対し,余罪についても供述を求めていた(乙10,11の各上申書,さらに1月30日付け警察官調書(乙17)などは,このことを顕著に示す証左である。)が,被告人は本件の犯人であることを認めていなかったこと,捜索差押時にはG警部補において衣類はないかと家人に尋ねるなどしていて(同人の公判供述),現にカバンやジャンパーまで差し押さえていること(弁32)などからして,2月4日の捜索差押は少なくとも本件をも視野に入れて実施されたものと認められ(この点は,前記F警部の公判証言等からも十分窺われる。),それにも関わらず,何ら本件の犯人像に符合する衣類等は発見されていないのである。その余の検察官主張にかかる廃棄等の可能性も,2月4日の捜索差押時点までは被告人や家族らにおいて本件の犯人像に合致する衣類等の存在が問題となっていること自体についてすら,その詳細を承知し得た状況にあったとは認められず,またそもそも1年以上前の平成12年12月6日という特定の日に被告人が着用していた衣類等につき正確に認識し得たものともみられないのであって,そのような行為に出たものとみるべき事情は全く窺われない。所論は,もともと犯人像に合致する衣類等が存在したこと及びそれらが後に廃棄等されたことの2段階の想定を 識し得たものともみられないのであって,そのような行為に出たものとみるべき事情は全く窺われない。所論は,もともと犯人像に合致する衣類等が存在したこと及びそれらが後に廃棄等されたことの2段階の想定を重ねるものであるが,いずれについても何らの具体的な根拠にも基づかないものである。そのような事情を窺わせる証拠があればともかくとして,所論の如く,自らの積極立証が尽くせない場合に,相手方が当該証拠を廃棄するなどした可能性が十分あると特段の根拠もなしに主張することは相当とは思われない。かかる論法が許されるとすれば,およそ立証不十分なほとんどの場合に,ただその責を相手方に帰すことで,自らの立証の不備を補うことが可能になってしまう。しかも,本件の捜査過程では,捜索差押時点以後に被告人が自白に転じたという事情があるのに,結局のところ犯人像の裏付けとなる衣類等が(仮に廃棄等されたとすれば,その間の経緯,状況を含めて)全く顕出されるに至っていない。このことは,被告人が犯人であるとするにつき,拭い去れない疑問を投げかけるものといえる。 (ウ) これに関連して,被害者は,被告人所有のショルダーバッグ(平成14年押第2148号の3)につき,本件当時犯人が所持していたバッグに99パーセント間違いない旨供述している(前記(1)②)。しかし,被害者は被害当時から最初の公判証言まで一貫して犯人の所持していたバッグにつき,「白色布製バッグ」と繰り返し供述していたのであり,当該被告人所有のショルダーバッグが薄茶系の色合いのものであることからして,その限りで両者は相違するとみるのが相当である。もちろん,夜間に街路灯の明かりの下で目撃していることからして,実際よりも白っぽさが強調された可能性はあるが,前記のとおり,犯行現場では約2メートル離れても着衣等の色は識別可能 みるのが相当である。もちろん,夜間に街路灯の明かりの下で目撃していることからして,実際よりも白っぽさが強調された可能性はあるが,前記のとおり,犯行現場では約2メートル離れても着衣等の色は識別可能とされていることやその他の衣類等について被害者が述べる色彩の状況等からすると,直ちにそのようにみることもできない。 この点,被害者は,小学生のころは白とベージュの区別が付いていなかったから,ベージュ色というべきところを白色と言った旨の供述もしているが,それでは既に中学2年生であった第2回公判に際しても,白い肩掛けバッグと供述していた理由が説明できない。被害者は,検察官から被害届で白色となっていることを教えてもらったので白と証言したとも述べているが,被害者は第2回公判では誘導されることもなく自ら「白い肩掛けバッグ」と繰り返し述べているのであって(第2回公判8頁,36頁),被害者が公判証言に当たって,バッグの色に限ってあえて自己の記憶に反する内容の供述を,それと意識しつつ行うものとは到底考えられず,少なくともその時点では被害者においても,犯人が所持していたバッグの色は白色と表現してよいと認識していたものとみるのが相当である(この点,被告人自身も白い肩掛けバッグと認めているものの(第6回公判),白い肩掛けバッグを持っているかと聞かれて持っていると述べたに過ぎず,被害者のように自ら白色と明言したものではない。)。そして,被害者が事前に被告人所有のショルダーバッグを示された際には,もう少し白かったような気がするなどと述べていたのに(弁67。供述経過を示すための証拠にとどまる。),証言に際しては,前記のとおり,ほかにも同種同様の肩掛けバッグが多数存在する可能性自体は認めながら,なお99パーセント犯人のバッグと同一である旨断言し,その同一性に 過を示すための証拠にとどまる。),証言に際しては,前記のとおり,ほかにも同種同様の肩掛けバッグが多数存在する可能性自体は認めながら,なお99パーセント犯人のバッグと同一である旨断言し,その同一性に固執する傾向を顕著に示していることなどからすれば,その供述は全体として合理性に欠けるところがあり,過大視することはできないというほかない。また,たとえ被告人の所有する肩掛けバッグが本件の犯人が所持していたそれと酷似するとしても,類似のバッグが存在する可能性は十分考えられるのであるから,それだけでは被告人が犯人であるとする決め手とはなり得ない。 (4) ところで,検察官は警察署での面通しの際に被害者が被告人を犯人と断定したこと,その際の経緯,状況等から犯人識別供述の信用性は高いと強調している。 しかし,関係証拠により認められる面通しの際の状況によれば,被害者は警察から別の事件で捕まった犯人が,本件の犯人と似ており同一犯かもしれないので,確認して欲しい旨の連絡を受け,その日のうちに夜間に母親と共に警察署に出向いたこと,面通しの際には,被害者は隣の取調室にいる被告人を透視鏡で一瞬見ただけで犯人と断言し,一度休みをとり再び確認した際にも,間違いない旨明言したこと,警察官が別室で休ませたときにどこが似ているか尋ねた際に,被害者は顔かたち,輪郭,髪の垂らした状態,眼鏡,目の特徴,顎の輪郭などが間違いない旨答えていたこと,警察官は再確認後に被害者が作成した似顔絵を初めて見せていることなどの事情が認められる。 そうすると,本件では,およそ事件後1年以上が経過した時点で突然警察署から本件の犯人かもしれないとの連絡を受けて夜間に呼び出され,警察署内の取調室で面通しに臨むに際して,その前に犯人像をどの程度記憶しているかに関する具体的な根拠をあげて 上が経過した時点で突然警察署から本件の犯人かもしれないとの連絡を受けて夜間に呼び出され,警察署内の取調室で面通しに臨むに際して,その前に犯人像をどの程度記憶しているかに関する具体的な根拠をあげての再確認,複数候補からの選別,人違いの可能性があることの確認等の犯人識別手続きにおける正確性の担保が必ずしも十分図られていたとはいえない(犯人と被告人との同一性識別が争われる事案では,本件がそうであるように,両者の諸特徴の一致点の有無,程度ではなく,相違点の有無,程度が問題とされることが多いところ,本件において,被害者が面通し前の段階でほくろの点などにつきどのように認識,記憶していたかは,全く把握できない状況にある。)。被害者を呼び出し,面通しにも立ち会ったF警部の公判証言によっても,同人は被害者が作成した似顔絵に似た男がいる旨伝えたというのであり,被害者自身は,別の事件で捕まった犯人が本件と同一犯ではないかと思われるので,犯人の顔を確認してほしいと言われたので警察署に行ったと証言しているのである(第2回公判10頁,37頁)から,このような面通しに至る経緯,状況に加えて,別の事件とはいえ似た犯人が逮捕されたと聞けば,それ自体で当時中学1年生に過ぎない被害者にとっては,確認の対象となる者が本件の犯人ではないかとの予断を潜在的にせよ持つ可能性が十分ありうる上,本件では,判示認定事実で通常逮捕された翌日で,検察庁へ送致され,夜にならないと警察署へ被告人が戻ってこないという状況下で,何ら急いで実施すべき理由,必要もなかったのに,「暗示性が強いためできる限り避けるべきであるとされているいわゆる単独面通しの方法」(最高裁平成元・10・26判決)がとられている。まして,被告人は前記のとおり似顔絵などに記載されている犯人の容貌とよく似ているのであるから,この けるべきであるとされているいわゆる単独面通しの方法」(最高裁平成元・10・26判決)がとられている。まして,被告人は前記のとおり似顔絵などに記載されている犯人の容貌とよく似ているのであるから,このような経緯,状況に照らして,被害者が被告人を本件の犯人と即断したものとみる余地が多分にありうる。 このことは,被害者が透視鏡を通して被告人の顔を一瞬見ただけで犯人と断言しているところ,その後示された似顔絵などに明示されているほくろの点の異同について,ほくろがあるにもないにも,それ以外がすべて一致しているから犯人であると思ったとする一方で,被告人の顔を見て似顔絵に描いたほくろがにきびのようなものを潰した痕であることが分かった旨,被告人を犯人と断定する方向で実質的に相違する趣旨の供述をしていることからも窺われる。特に,被害者が後者の理由から被告人が犯人である旨識別したのであれば,前記のとおり,それ自体必ずしも客観的事実とは認められない事情を前提とする判断であり,同一性承認供述の全体的信用性を揺るがしかねない。 (5) 結局,被害者による被告人が犯人であるとする犯人識別供述については,その正確性について疑問を容れる余地が少なくない。 これに対して,検察官は,これまで検討してきたところのほかにも,この点に関する被害者供述の信用性を種々主張する。しかし,被害者が面通しの際,具体的根拠を挙げて被告人を犯人と確信したことの説明を行ったとする点は,前記のような面通しに至る経緯,その状況及びほくろが見当たらない点が同一性判断に当たり実質的に捨象されていることからして,被害者が面通しにおいて被告人を犯人と指摘する方向での暗示を多分に受けていた可能性を否定することができない。そして,被害者としては,その結果,被告人を犯人と認識した事情が窺えるから,2回目 らして,被害者が面通しにおいて被告人を犯人と指摘する方向での暗示を多分に受けていた可能性を否定することができない。そして,被害者としては,その結果,被告人を犯人と認識した事情が窺えるから,2回目の面通しに際して犯人と思い込んだ被告人を見て被害当時の記憶がよみがえり,脅えたような反応を示したとしても,それ自体は十分あり得ることであって,そのことをもって被害者の面通し時の供述の真実性を裏付ける決め手とはならない。また,警察署における面通し,証人尋問を通じて,被告人が犯人であると断定している点は,その具体的根拠が列挙されているとはいえ,被害直後に主要な特徴として挙げていたほくろがないことについて,合理的かつ明確な説明は示されておらず,かえって前記警察官調書(甲6,弁65)に照らせば,必ずしも客観的に正確とは言い難い前提の下に同一性を承認し,以後無意識にせよこれに固執している傾向すら窺われるのであるから,被害者のそのような供述態度を過大視することはできない。そして,そのような傾向は,被告人所有のショルダーバッグに関する供述経過,その変遷状況に顕著に現れているとみられるのである。 さらに,検察官は,被告人が本件の犯人でないと仮定すれば,被告人と容貌が酷似し,かつ,被告人がその当時用いていたショルダーバッグと酷似するバッグを所持した人物が,被告人と同時期に近接した場所で本件を敢行したことになり,そのような偶然の一致は可能性としておよそあり得ないとも主張する。しかし,そもそも犯人と被告人との一致点とされているところは,いずれもほくろほどには特異な特徴点といえず,その全体像あるいは犯人が所持していたとされるバッグは必ずしも希少なものではない上,何よりも被害者が正確であるとしている被害直後に示された犯人像と被告人の実態が現に齟齬しており,被告人 徴点といえず,その全体像あるいは犯人が所持していたとされるバッグは必ずしも希少なものではない上,何よりも被害者が正確であるとしている被害直後に示された犯人像と被告人の実態が現に齟齬しており,被告人と犯人の同一性について客観的な疑問点が残る以上,そのような論理的可能性の大小をもって,具体的な疑念を払拭することは許されないというべきである。 そのほか所論は種々主張するところ,それらは観念的な一つの可能性を示すものではあっても被害者の同一性承認供述の信用性を決定付ける事情とはいえず,いずれも本件についてのその信用性を裏付けるに由ないものである。 3 次に,被告人の自白について検討する。 (1) まず,関係証拠上認められる被告人の本件についての供述状況は,概ね以下のようなものである。 被告人は,平成14年1月27日,判示認定事実により逮捕された後間もなくから本件への関与を疑われていたものの,これについては犯行を否認していたところ,2月7日,取調べに当たっていたH警部補に対して,本件を犯したことを認め,「髪の毛の長い女の子にイタズラをした事を思い出した。今日話しをした所,時期は平成12年の12月上旬ごろの夕方の事でした」旨の上申書(乙12)を作成し,これを受けて同日「上申書で書きました平成12年9月以降の夕方ころ,文京区af丁目g番付近で小学生にイタズラをした事があるというのは,事実です。 小学生の女の子と上申書に書きましたが小学校の高学年か中学1年程度の女の子だったのではと記憶しております。身長が1メートル60センチ位あり,黒っぽい服装で髪の毛が肩まであるぐらいの長い髪の女の子で,裏路地の住宅街で人通りが全然ありませんでした。女の子のお尻をさわりイタズラして,僕はD通り方向に駆足で逃げたのです」旨の警察官調書(乙13)が作成され で髪の毛が肩まであるぐらいの長い髪の女の子で,裏路地の住宅街で人通りが全然ありませんでした。女の子のお尻をさわりイタズラして,僕はD通り方向に駆足で逃げたのです」旨の警察官調書(乙13)が作成された。次いで,翌8日には本件現場の引き当たり捜査が実施され(甲13),ほぼ本件犯行に沿う内容の上申書(乙14)が作成され,以後本件により逮捕,勾留される中で,本件犯行を認める一連の警察官調書(乙2,3),検察官調書(乙15,4)が作成されている。 (2) これに対し,被告人は,公判廷において,要するに,捜査段階での自白は,本件犯行を認めれば早期に身柄が釈放され,予定していた大学入試を受験できるものと考え,警察官に話を合わせたもので,その後も早く出て大学受験に間に合わせるためには認め続けるしかないと考えて,そのまま同様の趣旨で認めたものであり,真実ではない旨弁解しているところ,検察官は,捜査段階での被告人の自白は,自白するに至った供述経緯や上申書や供述調書における被告人の供述状況,内容等に照らして,信用性が高いと主張する。 被告人の自白に至る経緯,状況については,被告人の公判供述と警察官及び被告人の同房者の公判証言が食い違っているところ,被告人が平成14年1月27日の逮捕当初から判示認定事実を犯したこと自体は認めた上で,さらに同月30日ころからは同種余罪を犯したことについても認める供述をしていたことは,同日付けの警察官調書(乙17),上申書(乙10),さらには翌31日付けの上申書(乙11)等からしても客観的に明らかである。そうすると,被告人の公判供述はもとより,警察官らの供述を総合しても,1月末ころの時点で,被告人に対し,それと分かるような形で本件の犯人ではないかと,取り立てて追及していた形跡も窺われないのであるから,事実を認めることで 供述はもとより,警察官らの供述を総合しても,1月末ころの時点で,被告人に対し,それと分かるような形で本件の犯人ではないかと,取り立てて追及していた形跡も窺われないのであるから,事実を認めることで早期に釈放され,そのころ次々と予定していた大学受験に間に合わせたいと念願していた被告人が,何故本件についてのみ,ことさらに隠し立てしていたのか,それ自体が疑問となる。この点,前記2月7日付けの上申書等では本件のことを思い出したとしているのであるが,既に1月末ころに作成していた上申書や警察官調書に現れている他の余罪の日時,場所,態様等と比較して,本件のみを忘れていたとみることは,およそ合理的とはいえない。被告人が公判廷で弁解するように,真実本件に関わったことがなかったため,1月末の時点では,本件について示し得なかったともみうる余地が多分に存するのである。 また,被告人の自白内容をみても,被害者の供述その他の関係証拠から,既に取調官において承知し,あるいは知り得たはずの事柄,ないしこれらから合理的に想定し得る事情以上の供述はみられず,内容的に希薄な感は否めない。たとえば,本件犯行後の逃走経路についてみても,被告人の上申書,供述調書にはこの点について繰り返し述べられているのに,被害者が犯人の逃走方向として述べていた以上のものは(乙4に,簡単に突き当たりまで走って逃げたと付加する程度で)特段明らかにされていないのである。この点,検察官は,被告人の自供内容が秘密の暴露とは異なるとしても,被害者の身体的特徴等の客観的事実と合致する事実を供述していることは,被告人こそが本件の犯人であることを強く裏付ける旨主張している。しかし,被告人の捜査段階での自白においては,本件犯行当時,被告人の右頬にほくろと見間違うべきものが存在していた事情,犯行当時着ていた ,被告人こそが本件の犯人であることを強く裏付ける旨主張している。しかし,被告人の捜査段階での自白においては,本件犯行当時,被告人の右頬にほくろと見間違うべきものが存在していた事情,犯行当時着ていた衣類,靴等の存否等につき,何ら述べられていない。これらの事情は,所論が強調するように,真実,被告人が本件の犯人であり,かつ,それを自白し真犯人しか知らない事実を供述していたとするのであれば(論告要旨21頁),被告人としては自らのことであり何よりもよく承知しているはずのことであるから,合理的な説明となるべき実際の状況を容易に示しうる事柄のはずである。また,これらの事情は計画性,常習性等と異なり,それ自体が刑責を重からしめるものではないから,被告人としてことさら隠し立てするとは思われないし,公判廷に至って初めて問題となった事柄でもないから,捜査機関においてこれらの点を問い質し,その間の事情を明らかにすることについても何らの支障もなかったはずである。ところが,被告人が上申書を作成して本件犯行を認めたとされる2月7日から3月5日の起訴に至るまでの間,約1か月間にわたり被告人は本件の犯人であることを認め続けていたというのであって,しかも,この間には,わざわざ被告人の供述と被害者供述との矛盾点を正すとして,問答体の調書さえとられている(乙3)のに,それ以前の段階では捜査機関においても問題としていたはず(この点は,前記F警部の公判証言等からも十分窺われる。)の,これらの被害者供述による犯人像と被告人の実態との相違点については,調書上1言たりとも語られた形跡が窺われない。このような供述経過,状況は甚だ不自然かつ不可解であって,被告人が本件の犯人であれば容易に供述し得るはずの事柄について,それらが全く明らかにされていないこと(もっとも,この点について,被告人 ない。このような供述経過,状況は甚だ不自然かつ不可解であって,被告人が本件の犯人であれば容易に供述し得るはずの事柄について,それらが全く明らかにされていないこと(もっとも,この点について,被告人の取調べに当たったH警部補の公判証言によれば,にきびの跡みたいな傷跡につき被告人を追及したというのであるが,結局のところ被告人は否定していたというのであるから,なお不自然の感は拭い去れない。)は,真実被告人が本件の犯人であるかという意味での被告人の自白の真実性に疑問を抱かせるものといわざるを得ない(被告人が本件の真犯人であるとした場合に,このような供述態度,状況をとる理由として強いて挙げるとすれば,真実被告人には本件当時ほくろと見間違うような痕跡がなく,かつ,指摘されているような衣類等を所持も着用もしていなかったとみるほかないが,それでは被害者の目撃供述の信用性が根本から覆ることになる。)。 しかのみならず,被告人の自白には積極的に客観的状況にそぐわない部分がある。すなわち,2月8日の上申書(乙14)に本件は予備校帰りにD坂を登り切った付近で被害者に気付いたことをきっかけとする旨記載されていることを始めとして,本件の発端については,2月13日付け警察官調書(乙2)では,当時の通学コースはJRJ駅からJRK駅のコースで,当日もK駅から徒歩でL坂,M通り,D坂のコースで,D通りの坂道を登り切った付近で被害者を見つけた旨,2月18日付け警察官調書(乙3)では,JRK駅北口からM通りに出て,2つのコースのいずれかを通ってD坂に出て,その出口付近で被害者に気付いた旨,3月5日付け検察官調書(乙4)では,同様にD坂を上って歩いて,坂を上りきった辺りで被害者に追い抜かれた旨,それぞれ記載されており,2月8日に実施された引き当たり捜査においても,K駅 に気付いた旨,3月5日付け検察官調書(乙4)では,同様にD坂を上って歩いて,坂を上りきった辺りで被害者に追い抜かれた旨,それぞれ記載されており,2月8日に実施された引き当たり捜査においても,K駅から歩いてきてM通りからD坂を登りきったところで被害者を発見した旨指示説明したとされている(甲13)。しかし,実際には,被告人は本件当時,営団地下鉄N線のO駅,P駅間の通学定期(弁6)を有しており,平日はQ駅からほど近い自宅まで歩いて帰宅していたことが被告人の公判供述等により認められるのであって,およそ,一連の自白内容にみられるような経路はたどっていなかったことが明らかである。これに対し,検察官は,被告人の公判供述を援用するなどして,被告人がJR線を用いるなどしており,本件当時予備校帰りにK,P方面から本件現場付近を通行したとしても不自然ではない旨主張する。しかし,所論は,本件当時と異なる時点における被告人の通学経路を前提とするものであり,また土曜日には雑誌を買うためJRP駅近くの書店に赴くことがあったとしても,平日にそのような経路をたどることはない旨の被告人の公判供述は,現に土曜日に敢行された判示認定事実に際しての被告人の経路からも一応裏付けられている。そして,本件当日は平日であり,営団地下鉄の通学定期により自宅すぐ近くのQ駅まで乗車できる被告人が,わざわざかなり遠回りとなるD坂を通って帰宅するものとは思われないし,ましてやことさらJR線を利用してまで遙かに大回りとなるK駅からの帰宅経路をとるものとは到底考えられない。もとより,被告人が本件犯行を認めていた捜査段階において,通学経路等に限って意図的に事実と異なる供述をしてきたというような事態も極めて想定し難い(本件が計画的犯行であるとして,その企図を隠そうとしたとみるのは,あまりにも飛躍が過 めていた捜査段階において,通学経路等に限って意図的に事実と異なる供述をしてきたというような事態も極めて想定し難い(本件が計画的犯行であるとして,その企図を隠そうとしたとみるのは,あまりにも飛躍が過ぎるし,被告人のその余の自白内容,判示認定事実を含むその他の犯行状況等ともそぐわない。)。一連の自白調書等は,明らかに客観的事実に整合しない部分を含むものであり,しかもそれが本件犯行の端緒となった被害者の発見に至る経緯,状況に直接結び付くもので,本件において欠かすことができない事情であることからすると,結局被告人の自白はそれ自体としても必ずしも高度の信用性を有するものということはできない。 そのほか検察官が被告人の自白が信用できる事情として種々主張するところも,例えばすっきりした,明るい表情になったとする自白前後の被告人の言動,態度等は,被告人において,本件を認めることにより早期に釈放され,大学受験に間に合わせることができると考えていたとしても同様の変化をみせるものと思われ,直ちに真実を正直に吐露した結果とみることはできないなど,いずれも様々な解釈を容れる余地があるものであって,前記のような自白の信用性についての問題点を払拭しうるものとはいえない。 (3) 他方,公判廷での被告人供述をみても,一部に検察官が指摘するような変遷,矛盾等が存し,客観的裏付けを欠く断定的な決め付けがみられるなど,これまた直ちに全面的に信用しうるものとまではいえないが,本件犯行を犯していないとする点では,数回にわたる被告人質問の機会を通じて終始一貫する趣旨のものであり,自白当時の心情等に関する供述内容も,被告人の置かれた立場などに照らすと,それなりの信憑性をもつ一応の合理性を有するものであって,単なる弁解として一概に排斥することには躊躇を感じざるを得ない。 り,自白当時の心情等に関する供述内容も,被告人の置かれた立場などに照らすと,それなりの信憑性をもつ一応の合理性を有するものであって,単なる弁解として一概に排斥することには躊躇を感じざるを得ない。 4 以上によれば,被害者供述及び被告人の捜査段階での自白には,被告人が本件の犯人であるとする点につき,それぞれの信用性に看過できない疑問点が存し,これらのみでは本件公訴事実を合理的な疑いを容れない程度にまで証明するには十分ではなく,そのほか検察官の所論に鑑み仔細に検討しても,本件全証拠によってもこれを認めることはできない。そうすると,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条後段により,被告人に対し無罪の言渡しをする。 (量刑理由)本件は,大学受験浪人生である被告人が夕方,判示マンション付近で被害者を見定め,被告人のことを不審に思った被害者において被告人が立ち去るのを待つため近所の古本屋で時間をつぶすなどしたにもかかわらず,同マンション1階で被害者を待ち受け,非常階段の方からマンションに戻ってきた被害者の背後から近付いてその臀部をなで上げるようにして触ったという事案である。その際,軽くとはいえ手で被害者の首辺りを押さえつけるなど,犯行の経緯や態様は,陰湿かつ執拗な上にかなり強引なものがあって悪質であり,また,センター試験が思うような結果でなかったことからいらいらした気分で,受験勉強の鬱憤を晴らすためなどとして未だ小学生の被害者に痴漢行為に及んだ動機も,身勝手,自己中心的なもので酌量の余地はない。何の落ち度もない幼い少女が本件により受けた精神的衝撃と屈辱感は大きく,その悪影響は根深く残っていて,同女が公判廷で処罰感情を訴えているのももっともである。我が子の健全な成長を願う両親の受けた精神的苦痛も大きい。 また本 女が本件により受けた精神的衝撃と屈辱感は大きく,その悪影響は根深く残っていて,同女が公判廷で処罰感情を訴えているのももっともである。我が子の健全な成長を願う両親の受けた精神的苦痛も大きい。 また本件以外にも同種余罪を認めているところからして,被告人には,この種犯罪についての常習的傾向も窺われる。被告人の刑事責任を軽くみることはできない。 他方,犯行時間自体は比較的短く,程度もそれほど強度のものとはいえないこと,検挙当初こそ言い逃れしようとしたものの,その後は事実を認め,公判廷でも反省の情を示していること,被害者に謝罪する姿勢を示し,父親が贖罪寄附を行うとともに,両親において家族と共に被告人を監督する旨誓約していること,若年で前科前歴がないこと,無罪を言い渡されることとなった強制わいせつの審理にかなりの期間を要したことなど,被告人のために斟酌することができる事情もある。 そこで,以上の諸事情を総合考慮した上,被告人に対しては,主文の懲役刑を科した上で,その執行を猶予し,社会内更生の機会を与えることとした。 平成15年6月6日東京地方裁判所刑事第4部裁判官井上弘通

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