令和4(わ)106 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
令和5年7月7日 京都地方裁判所
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判決文本文5,819 文字)

主文 被告人を懲役17年に処する。 未決勾留日数中290日をその刑に算入する。 京都地方検察庁で保管中のバタフライナイフ1本(令和4年領第869号符号1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)第1 被告人は、これまで被害者に招待されて飲食を共にすることもあったが、今後の会費負担等について令和3年9月22日から同月23日未明にかけて被害者との電話の中で言い合いになるなどし、同日、直接話をしようと被害者の下へ赴いたものの、被害者がまともに取り合わなかったことに激高し、同日午前10時48分頃から同日午前10時50分頃までの間、被害者(当時50歳)に対し、殺意をもって、京都府宮津市内の薬局駐車場において、バタフライナイフ(刃体の長さ約9.2センチメートル。主文掲記のもの)で、その背部を1回突き刺し、逃げた被害者を追いかけた上、同市内の病院正面玄関において、前記バタフライナイフで、その左胸部等を数回突き刺し、よって、同日午後0時33分頃、同府与謝郡a 町内の病院において、被害者を左胸部刺切創に基づく失血により死亡させて殺害した。 第2 被告人は、業務その他正当な理由による場合でないのに、令和3年9月23日午前10時48分頃から同日午前10時50分頃までの間、前記薬局駐車場及び前記病院正面玄関において、前記バタフライナイフ1 本を携帯した。 (補足説明)第1 本件の争点等被告人が、判示の各犯行(以下「本件各犯行」という。)に及んだことは関係各証拠によって明らかに認められる。本件の争点は、責任能力であり、弁護人は、被告人が本件各犯行当時、覚醒剤精神病の影響によって心神喪失又は心神耗弱の 状態であったと主張するので、以下補足して説明する。 第2 当裁判所の判断 1 検討の前提とな あり、弁護人は、被告人が本件各犯行当時、覚醒剤精神病の影響によって心神喪失又は心神耗弱の 状態であったと主張するので、以下補足して説明する。 第2 当裁判所の判断 1 検討の前提となる事実関係各証拠によれば、次の事実が認められる(以下、特に断りのない限り、月日はいずれも令和3年のものである。)。 (1) 被告人の既往症等被告人は、平成19年6月に覚せい剤後遺症と診断され、これまでもテレビで監視されているなどの妄想を抱いており、本件各犯行当時も覚醒剤精神病に罹患していた。覚醒剤精神病は、幻覚妄想状態を主とする精神病状態であるが、病的体験が全人格を支配することは少なく、現実に即した妄想内容である点で統合失調症による妄想とは異なっている。他方で、被告人は、反抗・反発心が高く、怒りっぽく、激しやすい傾向があり、①平成22年に街宣車から音楽や経を鳴らされたことを自身に対する嫌がらせと受け止めてその相手に対して刺身包丁で腹部や頭部等を刺すという傷害事件を、②令和2年にスナックでのけんかを仲裁した際に同様に仲裁していた人物の言動に腹を立てて拳骨で顔面を殴り、瓶で頭部付近を殴るなどしたという傷害事件をそれぞれ起こしている。 (2) 本件各犯行に至る経緯ア被告人は、共通の知人であるAを通じて被害者と知り合い、被害者の主催する飲み会に参加するようになったが、9月22日の夜から同月23日未明にかけて、Aから、飲み会が会費制になることに関して、被告人は金銭も払わない割に何でも食べて欲しがっているように見えるといった趣旨の被害者の発言を聞き、更には被害者と電話をする中で言い合いとなり、また、被告人とは今後付き合えない旨の被害者の発言を聞くなどしたことで、被害者に対して腹を立てた。 イ被告人は、9月23日朝、被害 の発言を聞き、更には被害者と電話をする中で言い合いとなり、また、被告人とは今後付き合えない旨の被害者の発言を聞くなどしたことで、被害者に対して腹を立てた。 イ被告人は、9月23日朝、被害者の下を訪れたが、被害者に無視され、そ の後、バタフライナイフ、バケツ、軍手を購入した上で、改めて被害者の経営する薬局に赴き、被害者と話を始めたが、被害者からもう方針は変わらない旨告げられて激高し、同日午前10時48分頃から同日午前10時50分頃までの間、持参した上記バタフライナイフで被害者の背部を1回突き刺した後、「助けて」「ごめんなさい」と言いながら逃げる被害者を追いかけた上、同バタフライナイフで、その左胸等を数回突き刺した(本件各犯行)。 (3) 犯行後の状況被告人は、犯行後、自動車を運転して犯行現場を去ったが、9月23日午後0時8分頃、警察官から職務質問を受け、前記バタフライナイフに付着した血について尋ねられた際、「俺の血が付いているんや」と虚偽の弁解をしたが、銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑事実で現行犯逮捕された。 2 責任能力についての検討前記1(2)のとおり、被告人は、犯行前日から飲み会の会費制を発端として被害者との間で言い合いとなり、その際の被害者の言動に対して立腹し、犯行当日においても、被害者から無視されたことでバタフライナイフを購入し、改めて被害者の下に赴き、そこでの被害者の発言等に激高して本件殺害行為に及んだものと認められる。このような経過に被告人の激しやすい傾向(同(1))を併せて考慮すれば、本件各犯行は、被告人が被害者の言動に強い怒りを覚えて行ったものと認められ、正常心理に基づく行動として十分に了解が可能である。 また、被告人は、本件各犯行から1時間程度しか経過していない時点において、警察 は、被告人が被害者の言動に強い怒りを覚えて行ったものと認められ、正常心理に基づく行動として十分に了解が可能である。 また、被告人は、本件各犯行から1時間程度しか経過していない時点において、警察官からの職務質問に対し、バタフライナイフに付着した血が自身のものであるという内容虚偽の弁解をしている(同(3))ところ、このような言動は、被告人が自らの行動の意味やその違法性を十分に理解した上で刑責を免れようとしていたことを示す事情と評価できる。 以上によれば、覚醒剤精神病の存在を前提としても、本件各犯行当時における被告人の事理弁識能力及び行動制御能力に疑問を差し挟むような事情は見出せ ない。 3 弁護人の主張について(1) 被告人は、公判廷において、要旨、①9月22日以前から、元暴力団関係者のBらと被害者が、被害者経営の薬局2階で被告人の姪を売春させていることを確信していた、②同日から同月23日未明にかけて飲み会の会費制等の件で被害者と電話で話をする中で、元暴力団関係者らが被害者の背後におり、被告人を排除してでも姪の売春を行おうとしているのだと受け取り、けりを付けなければならないと考えた、③同日朝、被害者の下へ赴いたところ、被害者がシャワーを浴びており、姪とセックスしていたと思ったものの、被害者が無視したので立ち去った、④もともと、昼に被害者経営の薬局にけりを付けに行こうと考えていたところ、元暴力団関係者が何人いるかも分からないことから、護身用にバタフライナイフを購入した、⑤その後も、前記Bが運転する車に姪が乗車しているのを目撃し、胸騒ぎがしたほか、前記Bから自分が監視されていると思った、⑥被害者経営の薬局に赴くと、被害者が店内に並べられていたビーチチェアを一まとめにしたことから、店の奥から元暴力団関係者が出て来やすくなっ 胸騒ぎがしたほか、前記Bから自分が監視されていると思った、⑥被害者経営の薬局に赴くと、被害者が店内に並べられていたビーチチェアを一まとめにしたことから、店の奥から元暴力団関係者が出て来やすくなったと感じた、⑦横のガレージに移動し、被告人が「違う話やけど」などと発言すると、被害者が「何も、もう方針は変わらない」旨回答したことから、もう話合いに応じる気はないのだと受け取り、思わず刺してしまった、⑧逃げる被害者を追い掛けている際、「やれるんか」という声を聞いた旨供述する。 弁護人は、同供述を前提に、現実の出来事のみから怒りなどの正常心理で犯行に及んだとするには余りにも飛躍があるのであって、被告人が供述する妄想から、焦燥に駆られ、事理弁識能力又は行動制御能力を欠いた状態で犯行に及んだと考えるのが自然である旨主張する。 (2) 確かに、被害者らが被告人の姪を売春させていることをうかがわせる事情はなく、被告人の妄想にすぎないというほかない。しかしながら、精神科医で ある証人C医師は、被告人が、事件直後の取調べにおいて、被害者及び元暴力団関係者らが被告人の姪を売春させていたという妄想について述べていないことから、そのような妄想は、当時存在していたとしても、ほとんど被告人の言動に影響していなかったのであり、事後的に妄想が加工された結果、現時点での被告人の妄想の確信度が上がったと考えられる旨供述する。C医師は、豊富な鑑定経験を有する精神科の専門医であって、その公正さや能力に疑いはなく、その鑑定の基礎となった資料や鑑定手法にも根本的な部分には問題はないから、その供述内容は信用できる。 なお、C医師は、9月23日に逮捕されてから10月4日までの取調べにおいて被告人が上記妄想を述べていない旨供述するところ、実際には、被告人は、9月28日の取調 いから、その供述内容は信用できる。 なお、C医師は、9月23日に逮捕されてから10月4日までの取調べにおいて被告人が上記妄想を述べていない旨供述するところ、実際には、被告人は、9月28日の取調べにおいて、姪を薬局2階に住まわせて金を回収しようとしていた旨述べているが、いずれにせよ、逮捕当初には上記妄想について何ら述べていないことに変わりはない。加えて、被告人は、日頃、自身がテレビで監視されているなどと知人や叔母に対して話したり、風俗で働いていると聞いた姪を心配して被告人の妹(姪の母)に連絡したりしていたにもかかわらず、上記妄想に関してはこれらの者に対して何ら話しておらず、9月22日から同月23日にかけてのメッセージやAとの会話でも、飲み会の会費制やそれに関して被害者から言われた内容等のみしか話題とされていない。 以上によれば、被告人が、本件各犯行当時、上記妄想を抱いていたとは考え難い。 (3) また、精神科医である証人D医師は、被告人は、飲み会でのトラブルを契機として怒りの感情から衝動的に着手したものであるが、事前の凶器の準備や犯行態様については、覚醒剤精神病に基づく上記妄想の影響を強く受けたものである旨供述する。 しかしながら、D医師の供述によっても、被告人が供述するような妄想内容が被害者に対する悪感情や動機形成に影響したとはいえるにせよ、覚醒剤精神 病による妄想等の精神症状が事理弁識能力や行動制御能力に影響を与えたことをうかがわせるような機序の説明はされていない。したがって、当時、仮に被告人が供述するような妄想が存在していたとしても、前記2の判断を左右する事情とは評価できない。 4 結論以上のとおり、弁護人の主張を踏まえても、本件各犯行当時、被告人の事理弁識能力及び行動制御能力はいずれも著しく低下 在していたとしても、前記2の判断を左右する事情とは評価できない。 4 結論以上のとおり、弁護人の主張を踏まえても、本件各犯行当時、被告人の事理弁識能力及び行動制御能力はいずれも著しく低下していなかったと認められ、被告人は完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由) 1 本件は、殺人1 件(判示第1)とその際にバタフライナイフ1本を所持した銃砲刀剣類所持等取締法違反1件(同第2)からなる事案である。 2 被告人は、バタフライナイフを被害者の背部に1回突き刺した後、助けを求めながら逃げ出した被害者を追い掛けた上、被害者が立ち上がれなくなるまで一方的に同ナイフで複数回突き刺している。凶器そのものの殺傷能力はそれ程高くないものの、その犯行態様は相当に執拗で悪質というほかない。事前に凶器を準備した点やその犯行態様からして、相当に強い殺意に基づく犯行と評価すべきである。 このような執拗な攻撃の結果、被害者の尊い命が奪われており、被害者の苦しみや無念さは察するに余りある。遺族らが厳罰を望むのも当然のこととして理解できる。 被告人は、飲み会の会費負担等に関して被害者との間で言い合いとなり、まともに取り合わないといった被害者の言動に激高して被害者を殺害するに至ったものと認められるが、被害者にはこのような被害にあわなければならないような落ち度はなく、その動機・経緯は短絡的で身勝手というほかない。被告人は、これまでに傷害罪を含む前科を5犯有するほか、前刑の執行終了から1年も経たずに本件各犯行に及んでいるのであって、その粗暴性や規範意識の低さは顕著である。これらの事情からすれば、本件各犯行に及んだ意思決定は、その過程に覚醒剤精神病が多少 影響していた可能性を考慮しても、厳しく非難されるべきである。 3 以上の犯情を基に、 低さは顕著である。これらの事情からすれば、本件各犯行に及んだ意思決定は、その過程に覚醒剤精神病が多少 影響していた可能性を考慮しても、厳しく非難されるべきである。 3 以上の犯情を基に、殺人の単独犯1件で金銭トラブル又はけんかを動機とする事案等の量刑傾向を踏まえて検討すると、本件は、拳銃等が凶器として用いられているような事案ほどの凶悪性までは認められないことや、動機形成に覚醒剤精神病が多少影響していた可能性があることなどを考慮しても、その犯行態様の執拗さや殺意の強さのほか、責任非難の程度からすれば、上記量刑傾向の中でも重い部類に属する。 4 以上を前提に、被告人が犯罪行為をしたこと自体は認めて被告人なりに反省の弁を述べていること、他方で、これまでの前科や本件の経緯等からして粗暴犯についての再犯の可能性も懸念されることなどの犯罪行為以外の事情(一般情状)を考慮して、主文のとおり量刑した。 (求刑・懲役20年、主文掲記の没収)令和5年7月7日京都地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官川上 宏裁判官檀上信介裁判官中谷 洸

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