令和5(わ)2458 死体遺棄

裁判年月日・裁判所
令和7年3月17日 名古屋地方裁判所
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判決文本文5,694 文字)

- 1 -主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実本件公訴事実の要旨は、「被告人は、Aと共謀の上、令和5年10月4日、名古屋市内の(住所省略)被害者方において、同人(当時42歳)の死体を毛布で包むなどした上、同所北側洋室クローゼット内に入れて隠匿し、もって死体を遺棄した」というものである。 第2 争点証拠上、被告人が、令和5年10月4日午後0時19分頃から41分頃までの間、Aと共に被害者方に滞在していたことは間違いなく認められ、この点について争いはない。 本件の争点は、被告人がAと共謀して本件公訴事実の死体遺棄行為(以下「本件死体遺棄行為」という。)を行ったかである。 検察官は、主としてAの供述に依拠して、被告人がAと共に本件死体遺棄行為を行ったと主張するが、当裁判所は、Aの供述の信用性には合理的疑いが残り、本件公訴事実を認定することはできないと判断した。以下、その理由を補足して説明する。 第3 検討 1 Aの供述の要旨Aは、公判廷において、本件公訴事実に沿う供述をする。その要旨は次のとおりである。すなわち、①令和5年9月29日(以下、令和5年は略す。)、被害者方北側洋室で被害者と性交中にSMプレイの一環として同人の首を絞めたところ、同人が意識を失い、死んでしまったかもしれないと思った。パニックになり、同人を床に敷いた毛布に落とした上、同毛布で包み隠すなどして被害者方を立ち去った。②翌30日、被告 - 2 -人に対し、被害者とSMプレイをしているときに首を絞めたら意識を失ってしまい、死亡したかも知れない旨を伝えたが、被告人はそれを信じていない様子であった。 ③10月4日朝、被告人に対し、被害者の様子を見る(生きているか死んでいるかを確認する)ために被害者方 意識を失ってしまい、死亡したかも知れない旨を伝えたが、被告人はそれを信じていない様子であった。 ③10月4日朝、被告人に対し、被害者の様子を見る(生きているか死んでいるかを確認する)ために被害者方に行くと伝えた。被告人が被害者方に貴金属があるか聞いてきたので、あると答えたら、被告人が一緒に行くと言ってくれた(貴金属が欲しかったのだと思う。)。④同日昼頃、被告人と共に被害者方へ赴き、当初は自分だけが北側洋室に入室し、被害者の遺体を確認した後、クローゼットの中に隠すために動かそうとしたが、動かなかった。自分が入室して5分くらい経ってから、被告人が遺体を見て驚いた様子で入室してきた。被告人に遺体が重くて動かせない旨相談したところ、被告人は少し考えた様子で手伝うことを了承した。そこで、被告人と共に毛布に載った遺体をクローゼット前まで運び、その頭部にガムテープを巻くなどした上、クローゼット内に押し込み遺棄した、というのである。 2 Aの供述の信用性について⑴ そもそも、次に述べるようなAの立場、属性や被告人との関係に照らせば、Aの供述については相当に慎重な検討が必要である。 アまず、証人としてのAの立場、属性についてみる。 Aは被害者が死亡するに至った経緯について、要旨、SMプレイの一環で首を絞めたことにより誤って被害者を死亡させてしまった旨供述する。 しかし、そのような経緯で被害者が重篤な状態に陥ったのであれば、すぐに救急車を呼ぶなどの救命行為に努めるはずであるのに、Aはそれをしなかったばかりか、被害者をそのまま放置して被害者の現金や貴金属を持ち出して換金した。救命行為に及ぶことに何らの障壁もなかったとみられることも併せると、重篤な状態にある被害者の命を全く省みることなく、財産の取得や現金化にいそしむAの対応は、偶発的な事故に直面した ち出して換金した。救命行為に及ぶことに何らの障壁もなかったとみられることも併せると、重篤な状態にある被害者の命を全く省みることなく、財産の取得や現金化にいそしむAの対応は、偶発的な事故に直面した者の行動としては相当に不自然である。そればかりか、Aは、後日、被害者の知人や姉に被害者が入院した旨の虚偽の事実を告げたり、被害者を装ってLINEメッセージを繰り返し送信するなどして、被害者が生存しているか - 3 -のような偽装工作をしていたもので、誠に不可解である。以上のほか、SMプレイで使用された拘束具等のグッズは全て、Aが被害者方へ向かう直前に購入したものであること等を勘案すると、Aが貴金属を奪取するためにSMプレイを装って被害者を殺害することを計画し、そのためのグッズを購入して被害者方に赴き、被害者を殺害して速やかに貴金属を奪取し、換金した可能性を否定できない。 そうだとすれば、Aは被害者が死亡した経緯について虚偽の供述をしている可能性があり、本件死体遺棄行為についても、それと辻褄が合うように、或いは自己に有利になるように、それと関連して虚偽が含まれている可能性がある。 イそこで次に、Aと被告人の関係性等に照らし、Aが被告人を無実の罪に陥れる可能性があるかについてみる。 被告人とAはホストとその上客という関係にあった。Aの供述によれば、Aは、被害者方や被害者経営店舗から持ち出した貴金属を売却して得た多額の金銭をすべてホストクラブで費消して被告人に貢いでいたほか、あえて被告人に対する未収金を作って、その回収のために自分を構ってくれるように仕向けたり、被告人が他の客と連絡を取れないようにわざとタクシーに被告人の携帯を置いてきたり、被告人の自宅の鍵を隠して自宅やホストクラブに行けないようにするなどしていた。Aが相当に被告人に入れ込 に仕向けたり、被告人が他の客と連絡を取れないようにわざとタクシーに被告人の携帯を置いてきたり、被告人の自宅の鍵を隠して自宅やホストクラブに行けないようにするなどしていた。Aが相当に被告人に入れ込んでいたことに疑いはない。 また、Aは、公判で、自分は逮捕されてつらいのに、被告人だけ外でのうのうとしていることに納得がいかない気持ちがあったなどと述べているほか、捜査段階においては、逮捕された際に自分の居場所を被告人が警察にリークしたと思ったなどという供述もしていた。 このように、Aは、被告人に対する独占欲が強く、相当に入れ込んで大金をつぎ込んでおり、被告人に貢ぐためにやった行為によって身柄拘束されてつらい思いをしているのに、被告人だけが普通に暮らしていることに納得がいかないなどと考えていたものと認められ、そのような感情から被告人を無実の罪に引っ張り込む具体的現実的な可能性がないとはいえない。 - 4 -ウ以上によれば、Aの供述は、より重大な強盗殺人の罪を免れたり、被告人に対する感情により、虚偽が入り込んでいる可能性があるから、そのことを踏まえて信用性を慎重に検討する必要がある。 ⑵ そこで、上記のようなAの供述の脆弱性を踏まえても、なお本件死体遺棄行為への被告人の関与をいう供述の信用性が高度に担保されているといえるかにつき、検察官の主張に沿って検討を加える。 ア検察官は、被告人と被害者の体格差、クローゼットの状況のほか、10月4日に二人が被害者方に滞在した時間が22分間という短時間であることを根拠に、Aが単独で、被害者の遺体を移動し、顔にテープを巻き付けて袋を被せ、クローゼット内に遺体を入れる行為を完遂させるのは不可能であると主張する。 しかし、関係証拠をみても、Aが単独で本件死体遺棄行為を行うことが不可能であったと認め し、顔にテープを巻き付けて袋を被せ、クローゼット内に遺体を入れる行為を完遂させるのは不可能であると主張する。 しかし、関係証拠をみても、Aが単独で本件死体遺棄行為を行うことが不可能であったと認めるに足りる証拠はない。 また、検察官の主張は、10月4日にAが本件死体遺棄行為に及んだことを前提とするものであるが、次のとおり、これが9月29日に行われた可能性も否定できない。すなわち、被害者が死亡した9月29日のAと被告人間のLINEのやり取り(Aと被害者が被害者方へ入室した午後5時頃から午後6時頃までの間は、Aから被告人に対しLINEを全く送信していないのに対し、午後6時頃には「もう少ししたら帰るから」などと帰宅の目処がついたかのようなメッセージを送信していること)によれば、午後5時頃から午後6時頃までの間にSMプレイが行われ、午後6時頃までに被害者が亡くなったと推認されるところ、その後Aが被害者方を退出する時刻(午後7時14分頃)まで、約1時間10分もの時間的な余裕があることからすれば、Aが、単独で、本件死体遺棄行為に及ぶことは十分に可能であったと考えられる(なお、検察官は、Aが午後6時以降も被告人との間で頻繁にLINEのやりとりをしていたこと等から、その間に一連の作業を行うのは不可能であるなどと主張するが、10分以上の間隔があいている時間帯も複数あるし、返信状況等からするとAはメ - 5 -ッセージを素早く打つことができることがうかがわれるから、上記程度のやり取りをもって一連の作業が不可能であったとは認められない。)。 また、Aが被害者死亡後直ちに本件死体遺棄行為に及んだとすれば、そのこと自体が殺害したことをうかがわせる重要な事情となり得るし、捜査段階においては、殺害を疑われないように、死亡日時を分かりにくくする趣旨でSMプ 害者死亡後直ちに本件死体遺棄行為に及んだとすれば、そのこと自体が殺害したことをうかがわせる重要な事情となり得るし、捜査段階においては、殺害を疑われないように、死亡日時を分かりにくくする趣旨でSMプレイ後にシャワーを浴びたなどと虚偽の供述をしていたというのであるから、殺害を否認するAとしては、直ちに本件死体遺棄行為に及んだという自己に不利益な事実を隠ぺいするために、その日にちを後ろにずらして供述する動機もないとはいえない。 以上からすれば、Aが本件死体遺棄行為に及んだのは、10月4日ではなく、9月29日であった可能性も否定できず、それが10月4日であることを前提に、Aが単独で本件死体遺棄行為に及ぶのは時間的に不可能などとする検察官の主張は、その前提自体に疑問を差し挟む余地がある。 イまた、検察官は、Aの核心部分に関する供述は、被告人の関与を認めた後は一貫していると主張する。 しかし、検察官も前提とするとおり、Aは、捜査段階当初は、本件死体遺棄行為を知らない男の人と一緒にやったと述べたり、自分一人でやったと述べるなど、本件の核心部分について変遷を繰り返していた。Aは、かかる変遷の理由について、検察官に諭され、子供のことを考えて正直に話そうと思ったなどと供述するが、殺害については一貫して虚偽の供述をしている可能性があることを踏まえると、改心して供述態度を改めたかのようにいうAの供述をそのまま受け入れることは困難である。 また、Aは、捜査段階(令和5年12月11日付け警察官調書)においては、Aが単独で遺体をクローゼットの前に移動させた後に被告人が入室したと供述していたが、公判では、被告人が入室した後、被告人に遺体が重くて動かないけどどうしようと伝えると、被告人が手伝ってくれることとなり、二人で遺体をクローゼットの前に移動させたなどと 人が入室したと供述していたが、公判では、被告人が入室した後、被告人に遺体が重くて動かないけどどうしようと伝えると、被告人が手伝ってくれることとなり、二人で遺体をクローゼットの前に移動させたなどと供述を変遷させた(弁34)。遺体を一人で運べたか否 - 6 -かは本件死体遺棄行為を被告人と一緒にやったか、Aが一人でやったかという本件の争点にかかわる重要な事情といえるから、Aが自らの供述に沿うように供述を変遷させた可能性も排斥できない。そして、かかる変遷は、単に、被告人の入室のタイミングや、被告人が分担した本件死体遺棄行為の内容が変遷しているというにとどまらず、被告人が、どのような契機で、本件死体遺棄行為に関与することになったかという、共謀の根幹に関わるものといえるから、A供述の根幹部分に変遷がないとの検察官の主張は採用できない。 ウその他、検察官がるる主張するところを検討しても、A供述の信用性を高度に担保し得る事情は見当たらない。 ⑶ さらに、次のとおり、A供述にはそのほかにも信用性を疑わせる事情がある。 すなわち、関係証拠(弁45)によれば、Aが供述するように遺体を180度回転するような形でベッド横からクローゼット前まで運ぶことは、スペースが足りず物理的に困難とみられ、この点に関するA供述は客観証拠と整合しない。 また、被告人とAは出会って3か月程度のホストとその上客という域を超えない関係にすぎないのに、被告人が、全裸の遺体を前にして恐怖驚愕する様子もなく、少し考えただけで簡単に手伝うことを了承したというのも不自然である。 3 以上を総合すれば、Aの供述については相当に慎重な検討が必要であるところ、検察官の主張を踏まえて検討しても、その信用性が十分に担保されているとは言い難いばかりか、かえって本件の核心部分について種々の信 上を総合すれば、Aの供述については相当に慎重な検討が必要であるところ、検察官の主張を踏まえて検討しても、その信用性が十分に担保されているとは言い難いばかりか、かえって本件の核心部分について種々の信用性を疑わせる事情もみられるから、Aの供述に基づいて本件公訴事実を認定するには合理的な疑いが残る。 第4 結論したがって、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (検察官の求刑:懲役1年6月) - 7 -令和7年3月17日名古屋地方裁判所刑事第5部 裁判長裁判官大村陽一 裁判官松田克之 裁判官永野朋子

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