- 1 -主文被告人を無期懲役に処する。 未決勾留日数中1170日をその刑に算入する。 押収してあるネクタイ1本(平成17年押第28号符号2)及び包丁1丁(同押号符号1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,同居していた実母であるaが,妻bを長年にわたり泥棒扱いするなどしていじめ続け,これを自分自身に対する嫌がらせであると考え,さらに,平成17年1月27日に預金の預け替えを勧めた郵便局長をも泥棒呼ばわりするに至って,これ以上aと同居することは耐えられないなどの思いから,aを殺害して,自殺することを企て,さらに,長男c,長女d,同人の長男e,同人の長女g及び同人の夫hについても,殺人犯の家族として生きていくのは耐えられないだろうとの考えから,同人らをも殺害することを企て,第1平成17年2月27日午前7時35分ころ,岐阜県中津川市甲乙番地丙所在の被告人方においてc当時33歳に対し同人の頸部にネクタイ平,(),(),,,成17年押第28号符号2を巻き付けて強く絞め付けよってそのころ同所において,同人を窒息死させて殺害した第2同日午前7時45分ころ,同所において,a(当時85歳)に対し,同人の頸部に前記ネクタイを巻き付けて強く絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した第3同日午後零時10分ころ,同所において,d(当時30歳)に対し,同人の頸部に前記ネクタイを巻き付けて強く絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した第4同日午後零時20分ころ,同所において,e(当時2歳)に対し,同人の頸部に前記ネクタイを巻き付けて強く絞め付け,よって,そのころ,同所に- 2 -おいて,同人を窒息死させて殺害した第5同日午後零時30分ころ,同所 ろ,同所において,e(当時2歳)に対し,同人の頸部に前記ネクタイを巻き付けて強く絞め付け,よって,そのころ,同所に- 2 -おいて,同人を窒息死させて殺害した第5同日午後零時30分ころ,同所において,g(当時零歳)に対し,同人の鼻口を左手で押さえた上,頸部を右手で扼し,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した第6同日午後1時30分ころ,同所において,h(当時39歳)に対し,殺意をもって,所携の包丁(刃体の長さ約19.5センチメートル(同押号符号)1)で同人の腹部を1回突き刺すなどしたが,同人に包丁を奪われて逃げられたため,同人に全治約2週間を要する腹部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。 (法令の適用)記載省略(弁護人の主張に対する判断)第1弁護人は,被告人は,敏感関係妄想(妄想性障害)を基礎として,葛藤反応型うつ病に罹患し,単一観念症に陥った結果,本件犯行当時,妄想様観念に陥っていたため,是非善悪弁別能力が著しく減弱していたから,心神耗弱の状態にあった旨主張するので,この点について検討する。 第2関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 被告人の身上,経歴,家族関係等( )被告人は,昭和22年11月20日に,長野県において,父i及び母a の長男として生まれ,昭和25年には,弟jが生まれた。 ( )aは,大正9年2月1日に,広島県で出生した。aの実家は,昔は裕福 な名家であったが,aの代にはすでに財産はなく,aは子供のころから経済的に苦しい思いをしてきた。また,aは,iと結婚後,iの実家のある長野県に引っ越したが,慣れない土地で,近所に友人もなく,舅や姑にもきつく当たられるなど,辛い思いをして過ごした。aは,結婚当初は,革- 3 -,,職人を た,aは,iと結婚後,iの実家のある長野県に引っ越したが,慣れない土地で,近所に友人もなく,舅や姑にもきつく当たられるなど,辛い思いをして過ごした。aは,結婚当初は,革- 3 -,,職人をしていたiを手伝って働いていたが被告人が小学校5年生のころ,。 iが生命保険の用務員に転職し以前よりも収入は安定するようになったしかし,依然として経済的には厳しく,aは,清掃員などをしてiの定年まで働き続けて家計を助けていた。iとaは,経済的な理由でよくけんかをしていた。 ( )被告人は,小学校に入学した当初は大人しい性格で,クラスでも目立た ない生徒だったが,被告人が小学校5年生のころ,iの転職により転校したことをきっかけに,被告人は,転校先で出会った明るく活発な友人と一緒に行動するようになったことなどから,学校では目立つ存在になっていった。このころも,家庭内では,aとiとのけんかが絶えず,aが八つ当たり的に革のベルトで被告人を叩いてしかることがあった。 ( )aは,家の中で自分の物が無くなったと言っては,被告人やjの弁解を 聞き入れることなく,それを子供たちのせいにするということが度々あった。さらに,被告人が友人と遊びに行こうとすると,その子供の親が芸者であることを理由に,その友人との付き合いをやめさせようとするなど,,。 ,被告人に口うるさく干渉し被告人の言い分を聞かなかったこのようにaは,怒ったときの口調がきつく,被告人の言うことに耳を貸さずに決めつけるところがあったため,被告人は,幼いころからaのことを恐れ,逆らうことができず,次第に被告人はaに対して言いたいことを言えなくなり,家庭内では無口で暗い態度になっていった。被告人は,小学校高学年のころになると,aのことを嫌うようになった。そのため,被告人は,家,, きず,次第に被告人はaに対して言いたいことを言えなくなり,家庭内では無口で暗い態度になっていった。被告人は,小学校高学年のころになると,aのことを嫌うようになった。そのため,被告人は,家,,の中でaのことを避けるようになりaから話しかけられても無視したり嫌そうな答え方をしたりしたことから,aの方も被告人には余り話しかけ,,,なくなりけんかになることも多く被告人とaの関係は一層悪化したが被告人は,明るく社交的な性格のiは好いており,父子関係は良好であった。他方,次男のjは,aに対して如才なく対応しており,被告人のよう- 4 -な拒絶的な態度を取らないこともあって,aが厳しく叱ることも少なく,両者の関係は悪くなかった。そのため,被告人は,aはjのことばかり可愛がり,自分のことは嫌っていると思うようになった。 ( )被告人は,中学校に入学すると,部活動で活躍するなどして,学校内で も目立つリーダー的な存在になり,このころから,周囲からどのように見られているかを強く気にするようになった。被告人は,このころから,身長が低いことに対して特にコンプレックスを持つようになり,その原因が身長が低いaのせいであると思い,aに対する反感を強め,ますますaと,,。 ,話をしなくなりまた家族ともほとんど口を利かなくなった被告人は高校に進学すると,部活動で活躍する一方で,タバコを吸ったり,他の高校の生徒とけんかをしたりして,不良グループのリーダー格となるなど目立つ存在であり,活動的であったが,家の中では,暗く無口であり,家族の会話は,ほとんどiとjで占められていた。しかし,進路については,高校3年生時にiと話し合いをし,まじめに仕事をして苦労をしてきた父親への尊敬の思いを強め,考えを改めて,進学の決意を固めた。 ( )被告人は とんどiとjで占められていた。しかし,進路については,高校3年生時にiと話し合いをし,まじめに仕事をして苦労をしてきた父親への尊敬の思いを強め,考えを改めて,進学の決意を固めた。 ( )被告人は,高校卒業後の昭和41年,東京の大学附属のエックス線技師 の学校に進学し,昭和43年に同校を卒業後,長野県松本市の病院に就職し,その直後,診療エックス線技師の資格を取得して,エックス線技師として稼働するようになった。そのころ,被告人は,同じ病院で准看護婦として勤務しており,美人で明るく,職場でも人気のあったbと知り合って好意を抱き,bと交際するようになった。被告人は,bと交際を始めてから,bの明るく飾らない性格にますます惹かれるとともに,背の高いbが被告人の背が低いことを全く気にしないでくれたおかげで,コンプレックスからも解放され,自分自身の性格も明るくなったように感じた。そのため,被告人は,bに良く思われようと,仕事のできる頼りがいのある男を演じるようになった。 - 5 -( )被告人は,bと知り合って1年ほど後に,i及びaに結婚相手としてb を紹介した。iはbとの結婚を喜んだが,aはbの出身地を聞いただけでbの家柄などに対して思い込みを抱き,bを毛嫌いして,結婚に猛反対した。被告人は,aの思い込みを正そうと何度となく説明したが,aは耳を貸さなかった。そのころ,被告人は,旧岐阜県恵那郡甲町(現在は中津川市と合併,以下「甲町」という)所在の国民健康保険甲病院(以下「甲病。 院」という)の事務長の誘いを受け,aと別居できると考えたこともあっ。 て,同病院に移ることを決意した。昭和45年6月12日,被告人はbと結婚し,同年7月に甲町に引っ越すまでの短期間,i及びaと4人で同居したが,aは,当初から,bを泥棒扱いするかのような言葉を被告人 て,同病院に移ることを決意した。昭和45年6月12日,被告人はbと結婚し,同年7月に甲町に引っ越すまでの短期間,i及びaと4人で同居したが,aは,当初から,bを泥棒扱いするかのような言葉を被告人に言っていた。同年7月1日,被告人はbと一緒に甲町に引っ越し,甲町職員の身分で,甲病院でエックス線技師として働き始めた。そして,被告人とbは,昭和46年4月1日に長男cをもうけ,昭和50年1月31日には長女dをもうけた。bは,cをもうけた後に,仕事を辞め,平成4年4月から平成10年3月に勤務した以外は,家事等に専念した。 ( )被告人は,かねてiから,退職後に被告人一家と同居をしたいとの話が あったことから,昭和53年に,iと被告人が頭金を出し合って,本件犯行現場である二世帯住宅を新築し,昭和55年から,被告人一家はi及びaと同居を開始した。aは,依然として被告人に対し,bを泥棒扱いするかのようなことを言っていたが,それをbに直接言うことはなく,aがbに話しかけることはほとんどなかったものの,iが中に入ってbをかばうなどしていたこともあり,当初は,被告人らとaら家族は,一緒に食事をするなど,表面上は大きな問題もなく生活していた。ところが,iが肺癌により入退院を繰り返すようになると,aは,bを突然怒鳴りつけて頬を叩くなどするようになり,昭和57年にiが死亡すると,aのbに対する態度がエスカレートし,最初から嫁と認めていないとか,通帳が無くなっ- 6 -たと言って泥棒扱いするなど,毎日のようにbを怒鳴りつけたり,嫌味を言ったりするようになったため,被告人が仕事を終えて帰宅すると,bが部屋で泣いていたり,ふさぎ込んでいたりすることが多くなった。また,aは,被告人に対しても,bが自分の物を盗んだなどの悪口を頻繁に言ってきた。そこで,被告人は ,被告人が仕事を終えて帰宅すると,bが部屋で泣いていたり,ふさぎ込んでいたりすることが多くなった。また,aは,被告人に対しても,bが自分の物を盗んだなどの悪口を頻繁に言ってきた。そこで,被告人は,これ以上aと同居したら家庭が崩壊してしまうと思い,昭和59年ころ,事情を良く知っているjに相談して,神奈川県に在住するj方にaを引き取ってもらうことにした。しかし,aは,その後も,月1,2回被告人宅に帰宅しては,bに対して嫌味を言うなどしていた。一方で,被告人は,aがj方に行っている間,一度もj方を訪れることはなく,年賀状も出さなかった。 ( )被告人は,平成3年に甲病院の放射線総括技師長,平成5年に健康管理 科長,平成8年には総務課次長及び地域医療科長と順調に昇任していき,住民の健康相談を担当したり,公会堂での健康教室で講師として講義をし,「」。 たりするようになり甲町の住民からk先生と呼ばれるようになった被告人は,このような自分の立場を誇りに思うとともに,その立場を守るために,一層世間体や周囲の目を気にするようになった。 このころ,dが高校を卒業し,犬の訓練士を目指して警察犬訓練所で住み込みで働き始めたが,1年で辞めて自宅に戻った。被告人は,このことがきっかけで,平成5年ころから,子供のころから飼いたいと思っていたシェパードを2頭飼い始め,訓練所の指導を受けて警察犬の訓練を始め,毎年実施される警察犬の大会に参加させたり,警察から嘱託を受けて事件発生の際に出動させたりするようになった。被告人は,一頭の犬に「エンジェル」と名付け,その子供で特に思い入れの深い犬には,bの名をもじって「エイミー」と名付けた。そして,毎日散歩や訓練に連れて行くなどし,子供同然に可愛がるようになった。 ()平成10年ころになると,jは,物が無く の子供で特に思い入れの深い犬には,bの名をもじって「エイミー」と名付けた。そして,毎日散歩や訓練に連れて行くなどし,子供同然に可愛がるようになった。 ()平成10年ころになると,jは,物が無くなったと言ってはjを泥棒 - 7 -扱いしたり,泥棒が入ったと言って騒いだりすることを繰り返すaと同居を続けることを苦痛に感じようになり,さらに,aが頭痛や白内障などにより入通院をするようになったため,面倒を見切れなくなり,被告人にaを引き取るように頼んだ。a自身も,jに迷惑がかかるから被告人の家に戻ると言い出した。被告人もbも,内心ではaとの同居は拒否したかったが,bは,悩んでいる被告人の様子を見て,何とかaと上手くやっていこうと決意し,被告人にaを引き取るように勧め,被告人も,長男としての責任や世間体などを考え,bに背中を押される形で,aを引き取ることを決めた。 ()被告人とbは,平成11年4月ころ,aとの同居を再開した。bは, 以前のことは忘れて,aと上手くやっていこうと考え,aを買い物や旅行に誘ったり,aが喜びそうな献立を考えるなどして一緒に食事も取っていたが,aはやはりbに辛く当たり,次第に「こんなところで食べてもおい,しくない」などと言い出し,自分で食事を作って自室で一人で食事を取る。 ようになった。また,aは,相変わらず物が無くなったと言ってはbのせいにしたり,aの具合が悪いときにbが食事を作って持っていっても全部捨ててしまったり,自分が買ってきた花をbに頼んで庭に植えさせたにもかかわらず,後日その花を全部抜いてしまったり,台所のテーブルにbへの嫌味や悪口ばかりを書いた手紙を置いたりするなど,bに対して嫌がらせを続けた。bは,aと上手くやっていくため,jに助言を求め,jから被告人に間に入ってもらった方がよいと たり,台所のテーブルにbへの嫌味や悪口ばかりを書いた手紙を置いたりするなど,bに対して嫌がらせを続けた。bは,aと上手くやっていくため,jに助言を求め,jから被告人に間に入ってもらった方がよいと言われたので,その旨被告人に伝,,「。 。」えたが被告人はほうっておけ自由にさせておくのが一番いいんだなどと言って,aとの関係を改善する努力を全くしなかった。そのため,bは,このようなaの仕打ちに黙って耐え,aとはなるべく顔を合わせないようにした。また,被告人もaのことを避けていたため,普段の生活に,。 ,おいては被告人とbはほとんどaと接触することがなくなったしかし- 8 -それでもaはbを泥棒扱いし,印鑑や通帳などの貴重品を腹巻きの中に入れて肌身離さず持ち歩くなどした。そして,頻繁に被告人を部屋に呼びつけては「lさんは泥棒だぞ。私の着物なんてみんな持ってっちまって,1,枚もない」などとbの悪口を言い「私のパンツをどこにやった」など。 ,。 と被告人のことも泥棒扱いすることがあった。しかし,被告人は,幼少のころからの経験で,aには何を言っても無駄だと思い,反論することもな,。 ,,くただじっとaの話が終わるのを待つことに終始していたまたaは様子を心配して月1回定期的にaの部屋に泊まりに来るjに対しても,bの悪口を言ったり,泥棒扱いしたりした。jは,最初はそんなことはないと言って被告人夫婦との間を取り持とうとしたが,aが全く聞く耳を持たず,何度も同じことを繰り返して言うため,次第にうなずくだけにしてaの相手をしないようになった。 ,,,()dは警察犬訓練所を辞めた後エステの機械販売などをしていたが 平成11年ころ,hと知り合い,交際を始め,平成13年3月にhと入籍し,同年9月に結婚式を ないようになった。 ,,,()dは警察犬訓練所を辞めた後エステの機械販売などをしていたが 平成11年ころ,hと知り合い,交際を始め,平成13年3月にhと入籍し,同年9月に結婚式を挙げた。dとhは,当初,hの実家に住んでいたが,2か月後には被告人らと同居することになった。しかし,このことについてaが嫌味を言ったことなどから,その2か月後に被告人宅の近くの借家に住むようになった。被告人は,離婚歴のあるhとの結婚に内心では,,,反対だったが寛大な父親でありたいという思いからhとの結婚を許し2人が抱えていた借金を肩代わりし,dの結婚費用や家のリフォーム費用も出してやり,結婚後も,折に触れて経済的に援助していた。また,jには,dの結婚について,家族が増えたと嬉しそうに話しており,結婚後の被告人とhの関係は良好であった。 ()被告人は,平成13年6月1日,配置換えにより,甲町老人保健施設 (現在は甲老人保健施設)の事務長に就任した。 aは,平成13年に,被告人に相談することなく,二世帯住宅の自分の- 9 -居住部分と被告人夫婦の居住部分との間に扉を設け,aの部屋側から鍵がかかるようにしたり,自室にも南京錠を取り付けるなどし,常時自室に鍵をかけるようになったため,被告人夫婦はaの部屋に出入りできなくなった。一方で,aは,被告人夫婦がいないと思ってこっそり被告人夫婦の居住部分に来たり,入浴中に風呂を覗いたりして,被告人らの様子を窺うことがあり,被告人やbは,aから自分たちの生活を監視されているように感じ,恐怖心やストレスを感じていた。また,その後もaは,bに対しては,後から風呂に入るbへの嫌がらせのために風呂に大小便やゴミを放置したり,bが大切にしていた庭の花木を引き抜いたりするなどの嫌がらせを続け,被告人に対 を感じていた。また,その後もaは,bに対しては,後から風呂に入るbへの嫌がらせのために風呂に大小便やゴミを放置したり,bが大切にしていた庭の花木を引き抜いたりするなどの嫌がらせを続け,被告人に対しても,頻繁に部屋に呼びつけてbの悪口を言うことを続けていた。 ()bは,aからのいじめに対する不満等を被告人に言うと被告人もため 込んでしまうと思い,ノートに殴り書きをするなどしてストレスを発散させていたが,平成14年ころ,このようなaの言動によって精神的に不安定になり,暗くふさぎ込んだり,寝付きが悪くなったり,耳鳴りや頭痛がするなど体調にも変調を来すようになった。また,被告人自身も,aから。 bに対する悪口を聞かされ続けることに強い苦痛やストレスを感じていたしかし,被告人は,aを恐れ,強い態度に出ることができず,またaには何を言って無駄だという思いもあって,aに反論したり,bに対する嫌がらせをやめさせることはできなかった。そして,bに対しては,aに何も言えない不甲斐ない男だと思われないようにと「年寄りだから放ってお,け」などと余裕を持って構えているような振りをし,犬の散歩や訓練でし。 ばしば家を空けるなどして,bの訴えからも逃げていた。このような被告,,。 ,人に対してbは次第に失望し不満を募らせるようになった被告人はこのような中で,次第にaへの嫌悪感を強めていくとともに,aの問題から逃げてばかりいる自分に対して自己嫌悪に陥り,そのような不甲斐ない- 10 -姿をbに見られ,bに失望されることを耐え難く思っていた。そして,被告人は次第に,漠然と「母がいなくなればいい」と思うようになった。 。 ,。 ,()平成14年4月にdは長男のeを出産した被告人夫婦とd一家は 頻繁にお互いの家を行ったり来たりし, 被告人は次第に,漠然と「母がいなくなればいい」と思うようになった。 。 ,。 ,()平成14年4月にdは長男のeを出産した被告人夫婦とd一家は 頻繁にお互いの家を行ったり来たりし,eも被告人によく懐き,関係は良好であった。しかし,d夫婦も,aとの交流はほとんどなく,aの部屋に入ることもほとんどなかった。 ()平成15年12月ころ,bは被告人に対して家を出て行きたいと告げ た。これを聞いた被告人は,aとの別居を提案し,知人に借家がないか聞いたり,bとともに物件を見て回ったりした。しかし,被告人がこのことをjに伝え,jからそのことを聞きつけたaは「私を見捨てるのか」な,。 どと激しい剣幕で被告人夫婦を怒鳴った。そのため,被告人は,気持ちが萎え,また,老人保健施設の事務長である自分が母親の面倒も見ないというのは世間体が悪いなどとという思いもあり,結局別居に踏み切ることはできなかった。 ()cは,宮崎の大学に進学し,卒業後,大阪で就職したが,都会生活が 合わないとして,2年後に退社して被告人宅に戻った。その後,アルバイトをしながら,平成14年8月から,カイロプラクティックの学校に通い始め,平成15年10月に,被告人宅でカイロプラクティック院を開業した。被告人は,cが定職についていないことについて世間体が悪いと思っていたが,cには寛大で心の広い父親であると思われたいという思いから口には出さず,カイロプラクティック院を開業する際には開業資金の一部を援助するなどし,関係は良好であった。なお,cも,aとの交流はほとんどなかった。 犯行に至る経緯( )被告人は,平成15年ころから平成16年ころにかけて,通帳が盗まれ たと騒いだり,bを泥棒扱いするなどしたaに対し,怒りを抑えきれず,- 11 -aを殺してし った。 犯行に至る経緯( )被告人は,平成15年ころから平成16年ころにかけて,通帳が盗まれ たと騒いだり,bを泥棒扱いするなどしたaに対し,怒りを抑えきれず,- 11 -aを殺してしまいたいという気持ちが込み上げてきて,思わずaの首を絞めそうになったことが2度ほどあった。しかし,被告人は,aを殺害したら家族に迷惑がかかるなどと考え,必死にその思いを抑えた。 被告人は,このころから,aに何か言われたり,bを泥棒扱いされたりするたびに,aに対して強い腹立ちを覚え,aを殺してbを楽にしたい,自分も楽になりたいという衝動に駆られることが多くなっていった。しかし,もしaを殺せば,自分も,残された家族も,世間から一生白い目で見られて辛い思いをするから,aを殺害するときは,家族みんなを殺さなくてはならない,しかしそんな恐ろしいことは到底できないなどと考え,思いとどまっていた。この間の平成16年4月ころ,dが第2子を妊娠していることが判明した。 ( )平成17年1月上旬,被告人は,aが月1回やってくるjのために家の 裏に駐車場を作ろうと言い出したのを聞き,jが駐車場所に困っているわけでもなく,家の裏は,自分が大切にしている犬の遊び場であることを分かっていながら,aがjばかり可愛がって自分に対しては嫌がらせをするためにそのようなことを言い出したのだと思い,激しく腹を立て,aの殺害を強く意識するようになった。そして,被告人は,自分であれば殺人犯の家族と言われながら生きることは耐え難く,死んだ方がましであるという考えから,aを殺害するのであれば家族も殺害しなければならないという思いを抱くようになった。 このころから,被告人は,夜布団に入ると,aや家族全員を殺して,最後に自分が自殺する場面を度々頭に思い描くようになった。もっとも,bについ 族も殺害しなければならないという思いを抱くようになった。 このころから,被告人は,夜布団に入ると,aや家族全員を殺して,最後に自分が自殺する場面を度々頭に思い描くようになった。もっとも,bについては,ずっと苦労をかけてきた最愛の妻を殺すことなどできないな,,。 どと考え犯行に及ぶとしたらbの不在時になると考えるようになった( )同年1月24日から26日にかけてのころ,被告人は,bから「2月2 ,。」,7日に日帰り旅行に誘われたが行ってもいいかと相談されたことから- 12 -これを了承し,犯行を行うことができる日ができたと思った。 ( )同月26日,被告人は,甲郵便局長からaの貯金のことで話があると言 われたため,翌27日の午後にaと一緒に行くと伝えた。そして,当日,aに家で待っているようにと言い渡して出勤し,同日昼ころ,aを迎えに帰宅したところ,aは家にいなかった。被告人は,近所を探し回っていたところ,aが先に一人で郵便局に行ってしまったことを知り,被告人は自分の言うことを聞かないaに対して激しく腹を立てた。さらに,aは,郵便局長からの貯金の限度額超過分を預け替えしたらどうかという説明に対し「この人に騙されてお金を取られた」などと郵便局長を泥棒扱いし出,。 し,被告人や郵便局長がいくら説明しても耳を貸さずに郵便局内で騒ぎ続。 ,,けた被告人はこれが顔見知りの多い郵便局内での出来事であったため世間に顔向けできないほど恥をかかせられたと思うとともに,ぼけてもい,,ないaがこのようなことをするのは自分に対する嫌がらせであると考えaを激しく憎悪した。そして,これまで家庭内にとどまっていたaの嫌がらせが,地域社会にまで広がったことから,これ以上aと一緒に生活するのは限界だなどと思い,bが旅行に行く2月2 嫌がらせであると考えaを激しく憎悪した。そして,これまで家庭内にとどまっていたaの嫌がらせが,地域社会にまで広がったことから,これ以上aと一緒に生活するのは限界だなどと思い,bが旅行に行く2月27日に,aと家族を殺害して自殺することを現実に実行することを意識した。 ( )被告人は,それから犯行日までの約1か月間に,繰り返し殺害の場面を 頭に思い描くようになり,徐々に殺害する順番やその方法などの犯行の具体的手順についてイメージを固めていった。同年2月7日に,dが長女g,,。 を出産したことから最終的な計画としては以下のようなものとなったまず最初に,aを殺害する邪魔をされないように,同居しており最も力の強いcを,就寝中にネクタイで首を絞めて殺し,次にaを同様の方法で殺害する,次に,aがgを見たがっているなどの口実でd,e及びgだけ自宅に呼び寄せ,hと引き離した上で,同人らも同様の方法で殺害する,最後に,力の強いhをネクタイで首を絞めて殺すのは困難なので,包丁で刺- 13 -して殺害する,また,飼育していた2頭の犬についても,自分が死ねば世,,,,話をする者がいなくなることから包丁を使って殺害しそして最後にネクタイで首を吊って自殺しようというものであった。他方で,gが生まれ,dが入院中の同月11日に,珍しくaがdの見舞いに行きたいと言い出し,見舞いに連れて行った際,aがご祝儀を出し,gを抱いて「女の子でよかったね」などと言って嬉しそうにしていたことがあり,aを殺害する気持ちが揺れ動いたり,生まれたばかりのgや懐いているeを殺害するのはあまりにもかわいそうではないかなどと殺害を思いとどまろうとする気持ちになることもあり,葛藤を続けていた。 ( )このころから,被告人は,夜布団に入ると,殺害の場面が頭の中をぐる eを殺害するのはあまりにもかわいそうではないかなどと殺害を思いとどまろうとする気持ちになることもあり,葛藤を続けていた。 ( )このころから,被告人は,夜布団に入ると,殺害の場面が頭の中をぐる ぐると巡り,よく眠れなくなった。もっとも,一晩中眠れないということはなく,食事は普通に取れており,日常生活に支障を感じることはなかった。また,被告人は,仕事中に一家殺害のことを考えてぼんやりとすることが増え,職場の同僚や部下は,同年2月に入ってから,被告人が事務所で考え事をしていることが多くなり,以前は決断が早く,即断で指示を与えてくれていた被告人が,指示を仰いでも曖昧な返答をしたり,優柔不断な態度を取ることが多くなったと感じていた。もっとも,被告人は,仕事が手に付かず困難を感じるなどのことはなく,客観的にも,被告人の業務が停滞することはなかった。 また,同年1月中旬から2月中旬頃まで,bはdの出産に伴いd宅に手伝いに行くことが多く,被告人も頻繁にd宅に顔を出して一緒に食事をするなどしていたが,その際も普段通りに振る舞っていた。bは,同年1月以降,被告人のタバコの本数が増えたり,無言で嫌な顔をしていることが度々見られたり,以前はeに対して怒ることはなかった被告人が,eを注意するときに怖い顔をして少しきつい言い方をするようになったりといった被告人の変化を感じたが,全体としては特に大きな変化を感じることは- 14 -なかった。ただ,タバコの本数が増えたことについては,ノートに書き留めていた。 ( )犯行前日の同年2月26日,被告人は,知人に預けていた2頭の犬を引 き取りに行き,自分によく懐いている犬の様子を見て殺すことが忍びなくなり「明日みんなを殺すのをやめようか。いや,やっぱり明日やるしかな,い」などと葛藤した。また,その夜も布団 いた2頭の犬を引 き取りに行き,自分によく懐いている犬の様子を見て殺すことが忍びなくなり「明日みんなを殺すのをやめようか。いや,やっぱり明日やるしかな,い」などと葛藤した。また,その夜も布団の中で殺害方法に思いを巡らせ。 ながらも,犯行をためらう気持ちや「本当に殺せるのか」という不安を,。 抱き,葛藤を続けていた。しかしながら,最終的には,殺害を決行しようと思い直し,その前に旅行に出掛けるbと最後の時間を過ごしたいという思いから,bが旅行仲間との待ち合わせ場所まで知人に送ってもらう予定であったのを,電話をかけさせて断らせ,自分で送って行くことにした。 犯行当日の状況( )同月27日,被告人は,朝6時ころに起床し,車を運転してbを旅行仲 間との待ち合わせ場所まで送り届けた。それまでの間も被告人は葛藤を続けていたが,bを送り届けた瞬間,葛藤がなくなり,犯行を実行する気持ちが異常に高ぶり,最終的に家族を殺害する決意を固めた。 ( )被告人は,帰宅後,訪問客に犯行を邪魔されないように玄関の鍵を閉め て居間から出入りをした。すると,aが,かねてより新聞の購読を申し込んでは断るということを繰り返して新聞販売店に迷惑をかけていたにもかかわらず,また新聞を購読したいなどと言い出したり,gを出産して間もないdがaにgを見せにこないことについて嫌味を言ったりしたため,このような自分勝手なaを今すぐにでも殺害したいという衝動に駆られ,殺害の決意は揺るぎないものになった。しかし,庭に出している犬が気になったことや,ここでaを殺害すると,騒ぎに気付いたcが起きてきて邪魔されるかもしれないなどと考え,思いとどまった。 犯行状況- 15 -( )その後,被告人は,犬が騒いでcが目を覚まさないようにと,2頭の犬 を車の荷台の中のケージ いたcが起きてきて邪魔されるかもしれないなどと考え,思いとどまった。 犯行状況- 15 -( )その後,被告人は,犬が騒いでcが目を覚まさないようにと,2頭の犬 を車の荷台の中のケージに入れた。そして,同日午前7時35分ころ,cの部屋がある2階に上がり,納戸からネクタイ1本を手に取り,cの部屋に入った。被告人は,ベッドの上で寝息を立ててうつ伏せで眠っているcを起こさないようにそっとcに近づき,両手でネクタイの両端を持ち,cの頸部に巻き付けた。cは,上半身を起こして頸部に巻き付いたネクタイを右手でつかもうとしながら「お父さん何」などと言い,身体を弓なり,。 に突っ張らせて苦しんだが,被告人は「c,一緒に死んでくれ」と言い,。 ながら,力一杯cの頸部を絞め付けた。 被告人は,cが動かなくなったのを確認し,次はaを殺す順番だなどと考えながら,ネクタイを持ってaの部屋に向かった。 ( )被告人は,同日午前7時45分ころ,aの部屋をのぞき込んだところ, aがソファの上で眠っているのを見て,簡単に殺害できるなどと思いながら,そっと部屋に入った。そして,静かにaに近づき,ネクタイをaの頸部に巻き付け,両手で一気に絞め付けた。aは「うっ」という声を上げ,。 身体を弓なりに反らせてもがき苦しんだが,被告人は,これでやっと楽になれるなどと思いながら頸部を絞め続けた。被告人は,aが動かなくなったのを確認し,これで自分もbも楽になり,苦しまなくてよくなるなどと思い,ほっとした気持ちになった。その後,被告人は,後から来たdに不審に思われないように,aの身体をソファの上に整然と横たわらせ,ストーブを点けっぱなしにしておくと危ないなどと思い,ストーブを切り,テレビを消した後,cが確実に死亡していることを確かめるため,再び2階のcの部屋に行き, aの身体をソファの上に整然と横たわらせ,ストーブを点けっぱなしにしておくと危ないなどと思い,ストーブを切り,テレビを消した後,cが確実に死亡していることを確かめるため,再び2階のcの部屋に行き,cが死亡していることを確認し,ベッドから出ていたcの右足をベッドの上に乗せ,布団をcにかけた。 ( )その後,被告人は,2頭の犬を殺害するため,台所から2本の包丁を持 ,。 って犬を連れて公園に赴き順次包丁で首や胸などを刺して犬を殺害した- 16 -そして,自分が自殺した後に勤務先の施設に迷惑をかけないようにと同施設に向かい,施設に入る前にトイレで血の付いた手を洗っていたとき,鏡を見ると,額にも血が付いていたので,これも拭いて,さらに,血の付いた衣服を着替えた。同日午前8時30分ころ,職員と挨拶を交わして施設内に入り,今後の仕事に支障がないように借りていた書類や鍵等が入った鞄を事務所に置き,私用を職場でやっていたことが発覚しないように,自分の机等に入れていた警察犬関係の書類を取り出して持ち帰る準備などをしてから同施設を出て,途中で再び公園に寄って2頭の犬に手を合わせ最後の別れを告げた後,自宅に戻った。 ( )帰宅した被告人は,犬の血が付いた2本の包丁を洗い,dらに見つから ないように包丁の上に衣服をかぶせて隠した。そして,自分は普段午前中は犬を訓練所に連れて行って遊ばせているため,余り早い時間にdたちを迎えに行くと不審に思われると考え,昼近くになってからdたちを迎えに行くことにした。被告人は,それまでの間,こたつのそばで横たわりながら,自分のしたことを振り返り,何て恐ろしいことをしてしまったんだろう,どうして殺してしまったのかなどと後悔する気持ちを抱きながらも,始まったのだからもう後戻りはできないなどと犯行を継続する気持ちを奮い 分のしたことを振り返り,何て恐ろしいことをしてしまったんだろう,どうして殺してしまったのかなどと後悔する気持ちを抱きながらも,始まったのだからもう後戻りはできないなどと犯行を継続する気持ちを奮い立たせながら時間が過ぎるのを待った。 ( )その後,被告人は,同日午前11時45分ころ,車でdの家に赴き,d らに対し「aがgの顔を見たがっているから来てほしい」などと言い,,。 寝ていたhに対して「mさん,後で迎えにくるで頼むな」と声をかけ,,。 d,e及びgを車に乗せて被告人方まで連れて行き,到着するとaの部屋に行くように促した。そして,同日午後零時10分ころ,dにaの近くに行くように言って,aの様子を窺ったdがaの異変に気付いたところを背後から近づきその頸部にネクタイを巻き付けたdは驚いた表情でお,。 ,「。」,。 ,父さんと言ったが被告人はそのままネクタイを強く絞め付けたdは- 17 -gを抱いたまま,尻を床につき,やがて仰向けに倒れた。被告人は,dに対する謝罪の気持ちと,世間から人殺しの子供と言われなくてよかったという思いを抱きながら,首を絞め続け,dを殺害した。 ( )その時,eが被告人に近づき「ママ大丈夫なの。gは大丈夫なの」 ,。 と心配そうに言った。これを聞いた被告人は,c,a及びdを殺害するときには躊躇はなかったが,さすがにかわいそうに思い,一瞬eの殺害を迷,,「,。」ったもののもう後戻りはできないと自分に言い聞かせeごめんななどと心の中で話しかけながら,同日午後零時20分ころ,eの首にネクタイを巻き付けて強く絞め付け,eを殺害した。 ( )その後,gが突然泣き出したため,被告人は,近所の人が異変に気付い てしまうかもしれないと思い,あわててgの鼻と口を手で押さえた。そし 首にネクタイを巻き付けて強く絞め付け,eを殺害した。 ( )その後,gが突然泣き出したため,被告人は,近所の人が異変に気付い てしまうかもしれないと思い,あわててgの鼻と口を手で押さえた。そして,泣き続けるgを見て,このまま手で首を絞めて殺害しようと決め,同日午後零時30分ころ,右手でgの首を絞めて,殺害した。その後,被告人は,dの左腕にgを,右腕にeの頭を乗せて,gのおくるみとして使っていた毛布を広げて3人にかけた。 ( )同日午後1時ころ,被告人は,台所から,犬を殺害した際に切れ味が鋭 かった方の包丁を選び,衣服で包み隠して車に乗せて,hを迎えに行き,hを連れて自宅に到着すると,aの部屋に行くように促した。そして,aの部屋に向かうhに背後から近づきながら,衣服に包んでいた包丁を取り出し,その途中のテーブルの上に置いてあったタオルを見て,指にできた傷が痛むこともあり,とっさに,包丁が滑らないようにしようと考え,柄の部分に滑り止めのためにタオルを巻き付けた。被告人は,包丁を背中に隠したまま,aの部屋に続くドアを開けて,hに部屋の中に入るように促したが,hは,aの部屋の様子に異変を感じて被告人の方に振り向いた。 そこで,被告人は,hに対し,同日午後1時30分ころ「mさん死んでく,。」,。 ,れと言いながら包丁をhの腹部中央付近目がけて突き刺したしかし- 18 -すぐにhに包丁を持った手を押さえられ,揉み合いの末,hが包丁を奪い取って放り投げ,被告人方から逃げたため,被告人はhを殺害することができなかった。 犯行後の状況被告人は,当初の計画では,首を吊って自殺するつもりだったが,hに逃げられたため,すぐに人が来るに違いないと思い,首を吊って自殺する時間はないと考え,hが放り投げた包丁で,自分の頸部を数回突き刺した 被告人は,当初の計画では,首を吊って自殺するつもりだったが,hに逃げられたため,すぐに人が来るに違いないと思い,首を吊って自殺する時間はないと考え,hが放り投げた包丁で,自分の頸部を数回突き刺した,,。 ,上すぐに人に見つけられないように空の浴槽内に身を隠したしかし駆けつけた警察官らに発見され,自殺を遂げることができなかった。 被告人は,病院のベッドで目を覚ましたとき「何で生きているのか」,。 と思うと同時に,意識がはっきりするにつれ,家族を殺害したことが脳裏に蘇ってきて,取り返しのつかない大変なことをしてしまったという後悔の念や,恐怖心で一杯になった。 第3責任能力についての当裁判所の判断 犯行前の被告人の生活状況・精神状態について被告人は,犯行当時,老人保健施設の事務長として,日々の職務を問題なくこなしていたもので,職場や地域住民からの信頼も厚く,良好な社会生活を送っていた。また,被告人にはこれまでに精神科等への通院歴や服薬歴はない。被告人は,本件犯行直前ころに,第2の2( )のとおり,抑うつ状態に 見られる睡眠障害などの身体症状や,仕事での集中力や決断力が低下するなど思考抑制とも見られる症状のほか,タバコの本数が増えたり,怒りっぽくなったりするなどの変化が生じていたが,食欲はあり,日常生活や仕事に大きな支障が生じたことはなく,bら周囲の者も特に注意すべき異変があったとは感じておらず,また,被告人自身も気分の落ち込みや精神状態の変化などを自覚していなかった。 犯行態様について- 19 -( )被告人は,第2の2( )のとおり,綿密とまではいえないものの,その 殺害手順や方法などについて事前に具体的な計画を立てており,その計画内容は合理的かつ合目的的である。 ( )そして,被告人は,この計画に従 2( )のとおり,綿密とまではいえないものの,その 殺害手順や方法などについて事前に具体的な計画を立てており,その計画内容は合理的かつ合目的的である。 ( )そして,被告人は,この計画に従った犯行を行うために,第2の3( ) のとおり,誰かが訪問してきて犯行の邪魔をされないように玄関の扉に施錠をするなど,周囲に犯行が発覚しないように配慮した上,aの言動に腹を立て殺害の衝動に駆られながらもこれを抑えて,第2の4のとおり,ほぼ計画に沿った行動に出ている。また,第2の4( )のとおり,犯行実行の 途中にありながら,自分の死後に職場にどのような事態が起こるかを想定した上での行動もとっている。そして,第2の4( )ないし( )のとおり, dらを迎えに行く前に血の付いた包丁を洗うなどした上,dらに怪しまれないため,普段の自分の生活習慣に照らして不自然ではないように,あえて昼近くになるまで待ってからdらを迎えに行ったりするなど,慎重に注意を払って行動している。さらに,犯行態様に関しても,第2の4( )のと ,,,おりeを殺害した後にgが泣き出した際近所に気付かれることを恐れ急遽計画を変更して,手で首を絞めて殺害したり,第2の4( )のとおり, hを殺害する際に,犬を殺害した際に切れ味の良かった方の包丁を選び,タオルを見つけるととっさに手が滑らないようタオルを包丁の柄の部分に,。 ,巻き付けたりするなど状況に応じて臨機応変な行動をとっているまた第2の5のとおり,hの殺害に失敗すると,自殺方法もとっさに変更している。 以上のように,被告人は,あらかじめ立てた計画に従って犯行を実行しており,途中で生じた予想外の事態に当たっても,その場に即応した行動をとっているばかりでなく,それ以外の場面でも,犯行計画を実現し 。 以上のように,被告人は,あらかじめ立てた計画に従って犯行を実行しており,途中で生じた予想外の事態に当たっても,その場に即応した行動をとっているばかりでなく,それ以外の場面でも,犯行計画を実現し,後に残る支障を少なくするため,終始,合目的的な行動をとっているのであって,その認識,思考及び判断は合理的である。 - 20 - 犯行時の記憶・認識等について( )被告人は,本件犯行に至る経緯,動機,犯行態様,犯行後の行動等につ いて,概ね前判示のとおりの内容を,その際の自己の心情も交えながら詳細かつ具体的に供述している。その内容は他の客観的な証拠と合致しており,犯行当時の記憶の欠落はなく,犯行時の意識は清明であったことが認められる。 ( )また,被告人は,第2の2( )のとおりの計画を立てたものの,実際に 実行するか否か逡巡しながら犯行当日を迎え犯行当日も第2の4( )( ),, ,,,のとおり罪悪感や恐怖心などを覚えてその都度葛藤し躊躇しながらも一旦犯行に着手するや,計画を実現しようという強い意思の下に犯行を実行しており,被告人は,自己の行為の意味とその罪の重さを十分に認識していたことも認められる。 犯行後の状況について被告人は,自殺を図り,意識を取り戻した直後にも,自分の行為を振り返り,その重大性を感じて後悔するなどしており,ここでも意識や認識の乱れは認められない。 鑑定結果について本件においては,被告人の犯行当時の精神状態につき,医師であるnによる鑑定(以下「n鑑定」という)が先行して行われ,その後,同じく医師で。 あるoによる鑑定(以下「o鑑定」という)が行われており,この両鑑定は。 結論を異にしているところから,それぞれについて検討する。 ,,,,( )o鑑定は捜査及び公判記 後,同じく医師で。 あるoによる鑑定(以下「o鑑定」という)が行われており,この両鑑定は。 結論を異にしているところから,それぞれについて検討する。 ,,,,( )o鑑定は捜査及び公判記録を検討した上被告人b及びjと面接し 被告人に対する身体検査,10種類に及ぶ心理検査を行った上でなされたものであるが,結論として「本件犯行当時の被告人には,精神障害は認め,られない。本件犯行は,何らかの精神障害の影響によるものではなく,被告人と母との間の長年の葛藤関係,母の人格的問題に基づく逸脱行動,被- 21 -。」。 告人の人格傾向などが原因となって起こったものである旨判断しているアo鑑定は,先行のn鑑定等が「うつ状態」あるいは「うつ病」との結論であることについて,まず,①犯行直前ころ,被告人には睡眠障害が生じたり,仕事に対する集中力を欠いたり,仕事での決断力が低下するなどの症状が見られるものの,その程度は一晩中眠れない日々が続いたり,業務に支障が生じるほどの重度のものではなく,一家心中という異常なことを考え葛藤を繰り返していたことに照らせば当然のこととして理解できること,②被告人自身は,犯行当時,気持ちの落ち込み,疲労感,意欲低下,食欲低下,集中力の低下や注意力の低下といった抑うつ症状を自覚したことはなく,仕事に大きな支障を感じたこともなかったこと,③bは,犯行前の被告人について,タバコの本数が増えるなどの変化は感じていたものの,特に大きな異変は感じていなかったこと,④被告人は,犯行前に事前に周到な計画を練り,犯行時も,冷静に状況を判断し,自己の感情をコントロールしながら計画通りに犯行を遂行しており,うつ状態下に見られる意欲,思考力及び判断力の低下は見られないこと,⑤心理検査のうつ病自己評価尺度(SDR)によると,犯行当 を判断し,自己の感情をコントロールしながら計画通りに犯行を遂行しており,うつ状態下に見られる意欲,思考力及び判断力の低下は見られないこと,⑤心理検査のうつ病自己評価尺度(SDR)によると,犯行当,,時の得点は正常から神経症圏内であること⑥ICD-10によっても犯行当時の被告人には,うつ病エピソード(F32)の診断基準だけでなく,気分変調症(F34.1)や適応障害(F43.2)など,うつ状態を呈する他の精神障害の診断基準も満たしていないことなどから,被告人が犯行当時うつ状態あるいはうつ病であったと診断することはできないと判断している。さらに,①被告人には身体所見及び検査所見上からは異常は見られず,心理検査においても記銘力,見当識及び知能などにも問題がないことから,器質性精神障害の可能性は明らかに否定で,,,き②犯行当時においても鑑定時においても被告人には妄想をはじめ幻覚,自我障害,奇異な感情表出や行動といった精神病性の症状は認め- 22 -られず,n鑑定及びo鑑定におけるいずれの心理検査においても,現実認知の歪み,思考障害,妄想着想傾向等を窺わせる所見は得られていないことなどから,妄想性障害を含め,うつ病以外の他の精神病性障害に罹患していた可能性もないと判断している。 イo医師の学識,経歴に照らし,鑑定人としての資質を備えていることは疑いない。また,o鑑定は,207日間という鑑定期間において,n鑑定を含む一件記録を精読し,被告人との面接,身体検査や心理検査等を行い,さらにb及びjからも事情を聴取した上で得られた資料を前提に,代表的診断基準であるICD-10を用いて精神障害の有無を判断しており,その手法及び前提資料の検討も相当なものであって,判断の過程に破綻,遺脱,欠落は見当たらず,その判断過程及び結論には十分な に,代表的診断基準であるICD-10を用いて精神障害の有無を判断しており,その手法及び前提資料の検討も相当なものであって,判断の過程に破綻,遺脱,欠落は見当たらず,その判断過程及び結論には十分な合理性を認めることができる。 ウなお,o鑑定は,被告人に睡眠障害等が存在したことを前提としながら,被告人が犯行当時うつ病のみならずうつ状態にあったことをも完全に否定しているが,o医師は「すべてのうつ状態が精神障害なのではな,,」「」く一定の診断基準を満たすうつ状態だけを精神障害と診断しているとしていることに照らすと,被告人の症状が極めて軽度なものであるか,ら精神障害と診断できるうつ状態ではなかったといっているだけであり症状としての抑うつ状態を否定する趣旨ではないと解される。 エこの点,弁護人は,①o鑑定は,先行して行われたn鑑定の内容を正確に理解しておらず,n医師が実施した被告人の問診結果を重視していないこと,②n鑑定において指摘されている,敏感関係妄想等の精神障害についての検討が不十分であること,③o鑑定は,本件犯行動機について,被告人の自己愛に基づくものであるという誤った推論をしていることなどを理由として,その信用性が乏しいと主張する。 上記①については,n鑑定における各種検査や問診については,本件- 23 -,,犯行の約1年後という比較的早い時期に実施されており各種心理検査脳波及び頭部CT検査などを施行した上,21回にわたって被告人の問診を実施するなど,詳細なものであって,被告人の本件犯行当時の精神状態を知る資料的価値は高いといえる。しかし,n鑑定の各種検査結果を見ても,被告人が犯行当時うつ病であったことを示す結果や,現実認知の歪み,思考障害,妄想着想傾向など被告人が妄想性障害を含めた精神病性障害に罹患していたことを いえる。しかし,n鑑定の各種検査結果を見ても,被告人が犯行当時うつ病であったことを示す結果や,現実認知の歪み,思考障害,妄想着想傾向など被告人が妄想性障害を含めた精神病性障害に罹患していたことを示す結果が顕れているとはいえない。 また,n鑑定における問診内容を見ても,事実経過及び犯行当時の被告人の心理状態に関する被告人の供述内容は概ね捜査段階から一貫しており,o鑑定の問診時における供述内容とも合致しており,時間の経過に。 ,,,伴う内容の変容はほとんどないそしてo医師は当公判廷において鑑定に当たってはn医師の鑑定書及びn医師の証人尋問調書を精査した旨証言しており,o医師の鑑定書や証言内容からすれば,o医師がn鑑定の各種検査結果及び問診結果も考慮に入れた上で精神障害の有無を判断していることは明らかであって,n鑑定の問診結果をことさら軽視して鑑定結果を導いているとはいえない。また,n医師はICD-10. F32の「うつ病」と診断していないにもかかわらず,このように診断したとo医師が誤解しているという点については,n鑑定は葛藤反応型うつ病を導く前提として抑うつ状態があると述べているのであるから,o医師がICD-10.F32を検討することに誤りはない。また,n鑑定によると,葛藤反応型うつ病は,ICD-10の疾病分類では,適応障害の一種である遷延性抑うつ反応(ICD-10.F43.21)に該当するとされているところ,o鑑定は,前記のとおり,ICD-10.F32の「うつ病」以外にも,ICD-10.F43.2の適応障害の診断基準を満たしているか否かも検討しているのであるから,o医師がn鑑定を誤解しているとの批判は当たらないというべきである。上- 24 -記②についても,o鑑定は,n鑑定が主張している妄想性人格障害,葛藤反応型うつ病 か否かも検討しているのであるから,o医師がn鑑定を誤解しているとの批判は当たらないというべきである。上- 24 -記②についても,o鑑定は,n鑑定が主張している妄想性人格障害,葛藤反応型うつ病及び急性一過性精神障害について,n鑑定の診断根拠や診断過程を検討した上で,その問題点を指摘しており(これについては後述する,被告人にはn鑑定で診断されているようなaに対する被害。)妄想や,うつ状態は存在せず,妄想様観念もないから,これらを前提とするn鑑定の結論は採り得ないと判断しているのであり,その説明は十分に論理的なものである。 以上から,弁護人の指摘する上記①,②の各点は,いずれもo鑑定の信用性に疑問を抱かせるようなものではないというべきである。 また,上記③について,o鑑定は,精神障害の有無を判断することが鑑定事項であり,心理学的に犯行動機を解明することは鑑定の目的ではないとした上で,あくまでもo医師の推論ないし参考意見として補足的に本件犯行動機について記述したにすぎないのであるから,この点も,精神障害の有無というo鑑定の根幹部分の信用性を揺るがすものではない。なお,本件犯行動機をどのように解するべきかについては,その了解可能性も含めて,本件において最も重要な問題点であることから,後で詳しく検討することとする。 オ以上によれば,o鑑定はその根幹部分において,基本的に高い信用性を備えているというべきである。 ( )一方,n鑑定は,結論において「被告人は,犯行前に,妄想障害と葛 ,藤反応型うつ病(軽度)に陥り,犯行当時は,母親に対する被害妄想と,一家心中に対する妄想様観念を体験していた。被告人の是非善悪弁別能力及び行動制御能力は,著しく減弱していたが,全く失われていたわけではない」旨判断している。 。 アn鑑定の手法について 妄想と,一家心中に対する妄想様観念を体験していた。被告人の是非善悪弁別能力及び行動制御能力は,著しく減弱していたが,全く失われていたわけではない」旨判断している。 。 アn鑑定の手法についてそもそも,n医師は,鑑定の経過について,まず犯行全体を見て,大- 25 -量殺人ということの持つ意味に着目し,一家心中や利得目的ではない本件が極めて異常な事件であると思い,次に犯行動機がどのようなものであるかを検討したと説明し,その検討に当たって,今まで無難に生きてきた被告人が本件犯行に及んだこと,aの行動から殺すことを考えること自体異常であり,さらに一家殺害を考えることはより異常であって,大きな人格異質性を考えなければならず,動機も極めて了解不能に近いことを前提としたと説明している。また,家族の大量殺人を,①葛藤から家族全員に憎悪や怨恨を抱いてしまう場合,②病苦や借金苦から拡大自殺としての一家心中に至る場合,③利欲や隠ぺいのからんだ偽装一家心中の場合を除けば,何らかの精神障害を伴う場合しかないという前提のもとで類型化し,本件は上記①ないし③に該当しない以上,何らかの精神障害を伴うケースに該当するという判断過程をとっている。このように,n鑑定は,本件が異常な事件であるという印象から,被告人が何らかの精神障害に罹患しているという前提に立ってその鑑定を進めていることが窺われ,その判断経過の客観性に疑問が残るといわざるを得ない。 イ被告人が妄想障害に罹患していたとする点についてn鑑定は,aは被告人を嫌っていなかったのであるから,被告人がaの言動を自分への嫌がらせだと確信していたのは被告人の被害妄想であると判断した上で,被告人は,犯行約1か月前ころから,敏感関係妄想型の妄想障害に罹患していたと診断している。 しかしながら,aの本心がどうであっ 分への嫌がらせだと確信していたのは被告人の被害妄想であると判断した上で,被告人は,犯行約1か月前ころから,敏感関係妄想型の妄想障害に罹患していたと診断している。 しかしながら,aの本心がどうであったにせよ,aは,現にbに対して度を超えた嫌がらせを繰り返した上,被告人に対しても,部屋に呼びつけてbの悪口や嫌味を聞かせるなど,被告人が苦痛に感じる行動をとっていたことは事実であり,n・o両医師とも,被告人らから聴取したaの言動・行動から考えて,aが妄想障害ないしは妄想性人格障害に罹- 26 -患していたとの疑いがあると判断するほどであったことに照らせば,そのようなaの言動に長年さらされていた被告人が,それを自分への嫌がらせでもあると感じたり,確信したりしたことは,まさに客観的に生じている事実に対応した心情の動きであり,妄想という病的概念を持ち出さずとも十分に理解が可能なものである。 以上のとおり,被告人のaに対する感情は,客観的事実に対応して生じたものであるから,これを被害妄想であるとするn鑑定には疑問が残る。 ウ被告人が葛藤反応型うつ病に罹患していたとする点についてn鑑定は「人格が長期に続く葛藤をうまく昇華したり,解消したりす,,,,る方法で処理できない場合に葛藤がうつ状態をひきおこしてしまいそのような抑うつ状態に置かれているときに,葛藤反応型うつ病の診断が用いられる」とした上で,被告人が長期にわたってaへの葛藤を抱いていたこと,被告人が世間体や恥に対して過度に敏感な性格であること及び被告人が単一観念症や一過性の妄想様観念に陥っていたことなどから葛藤反応型うつ病の特徴に当てはまるなどとして,被告人は葛藤反応型うつ病に罹患していたと診断している。 しかしながら,上記n鑑定の診断基準に照らしても,葛藤反応型うつ病と診断する ていたことなどから葛藤反応型うつ病の特徴に当てはまるなどとして,被告人は葛藤反応型うつ病に罹患していたと診断している。 しかしながら,上記n鑑定の診断基準に照らしても,葛藤反応型うつ病と診断するためには,まず,大前提として,主症状である抑うつ状態が認められなければならないはずであるが,n鑑定では「平成17年2,月上旬ころから軽度の抑うつ状態が観察されている(n鑑定151頁)」とか「被告人には思考抑制が認められる」などという抽象的な指摘がな,されるにとどまり,被告人を抑うつ状態であったと判断するための主症状(抑うつ気分など)や睡眠障害などの症状及びその程度については具体的な言及がなされていない。また,そもそも,どの程度の抑うつ状態であれば葛藤反応型うつ病と診断することができるのかについても説明- 27 -がなく,結局,n鑑定では,葛藤反応型うつ病に見られる特徴があると指摘するのみで,いかなる診断基準を用いた上で,どのような理由から被告人がその診断基準を満たすと判断しているのかが,鑑定内容からは明らかではないといわざるを得ない。 また,n鑑定は,被告人が,平成17年1月27日の郵便局の一件以降,aの殺害及び一家心中への思いを強めたことをもって,このころから被告人には反復思考ないし単一観念症が発生していたと判断しているが,一家殺害という犯行の重大性からすれば,殺害方法について何度も思いを巡らしたり,ためらう気持ちとの間で葛藤するなどして,犯行のことで頭が一杯になることはむしろ自然なことであって,被告人の上記のような症状は,単一観念症という概念を持ち出さずとも,正常心理の範囲内で十分理解が可能である。また,被告人自身も,o医師の問診において「自分の意思に反して浮かんでくるという感覚というより,自分,の意思という感覚だった」など う概念を持ち出さずとも,正常心理の範囲内で十分理解が可能である。また,被告人自身も,o医師の問診において「自分の意思に反して浮かんでくるという感覚というより,自分,の意思という感覚だった」などと述べており,その供述からも,被告人。 が犯行当時,精神障害によって思考能力が支配,抑制されていた様子は窺われない。n鑑定は,被告人の症状を反復思考ないし単一観念症と診断した根拠について十分な説明がなされているとは言い難い上,これらの症状を,葛藤反応型うつ病に罹患した結果生じた症状であるかのように述べる一方で,葛藤反応型うつ病と判断した根拠ともしており,循環論法に陥っているきらいがある。 以上から,被告人が葛藤反応型うつ病に罹患していたとするn鑑定にも疑問が残る。 エ急性一過性精神病性障害等についてn鑑定は,被告人は,aに対する被害妄想を基盤として,犯行当日の朝,aの言動に対して立腹,激怒し,心因性妄想反応としてa殺害と一家心中に関する妄想様観念を抱いたとした上で,かかる一過性の妄想様- 28 -観念は,ICD-10でいう急性一過性精神病性障害,DSM-Ⅳでいう短期反応精神病に該当すると判断している。 しかしながら,上記のとおり,そもそも,被告人がaに被害妄想を抱いていたという前提は採用し難い。また,n鑑定では,aの殺害及び一家心中の動機に関する被告人の説明は了解不能ではないとした上で,妄想様観念は,妄想とは異なり論理的にも感情的にもかなり了解可能な意味内容を持つものであるから,被告人の場合は妄想ではなく妄想様観念と診断するのが相当であるなどと述べているが,かかる説明では,被告人の動機が妄想ではないことの理由にはなっても,妄想様観念であることを積極的に肯定するだけの根拠とはならないことは明らかであり,被告人の動機につき,妄想様観念とい 述べているが,かかる説明では,被告人の動機が妄想ではないことの理由にはなっても,妄想様観念であることを積極的に肯定するだけの根拠とはならないことは明らかであり,被告人の動機につき,妄想様観念という病的なカテゴリーに含める積極的な理由が,前記の一家殺害に関するn医師の持論以外何ら説明されていない。n鑑定は,被告人の一家心中に関する説明はいずれも独自の病的観念であるとも述べているが,病的なものであるとする根拠が明らかではない。 以上から,被告人が急性一過性精神病性障害等の精神病に罹患していたとするn鑑定にも疑問が残る。 オまとめ以上のとおり,n鑑定は,上記アのとおり,被告人に何らかの精神障害があるに違いないという前提に立って行われたことから,精神障害と診断した論理的・合理的な根拠や判断過程が明確にされていないといわざるを得ない。従って,n鑑定を採用することはできない。 本件犯行動機についてところで,本件犯行は,かねて深く憎悪していたaのみならず,被告人が大切に思っていたはずの他の家族をも一度に殺害し,又は殺害しようとしながら,bのみは殺害の対象にならないというやや特異な事情があるので,被- 29 -告人の本件犯行動機の点については,その了解可能性も含めてやや詳しく検討を加える。 ( )被告人が供述する本件犯行動機について 被告人は,捜査段階及び当公判廷において,本件犯行動機について,概要,次のとおり供述している。 アa殺害についてaのことは,子供のころから嫌いだった。bと結婚すると,aは,自,分が一番大切にしているbを泥棒扱いするなどしていじめて苦しめた上自分に対してもbの悪口をさんざん言って聞かせるなどし,そのことが苦痛で仕方がなかった。平成11年に再びaと同居することになったとき,bが後押ししてくれたのに,aは いするなどしていじめて苦しめた上自分に対してもbの悪口をさんざん言って聞かせるなどし,そのことが苦痛で仕方がなかった。平成11年に再びaと同居することになったとき,bが後押ししてくれたのに,aはbに対するいじめをやめず,bが泥棒したなどの手紙まで書いたり,家の中に勝手にドアを取り付けて鍵をしてしまうなど勝手な行動をとっていた。aがぼけていると思い我慢,,しようとしたが一人で買い物に行くなど普通に生活していたことからぼけているとは思えず,bや自分への嫌がらせだと思った。また,bが苦しんでいるのを見て,aとの間を取り持つように言われても,aに対する恐怖心もあり,aに強く言えず,bにも我慢してくれと言うだけで何もできなかった。このような自分に対して不甲斐なさを感じるとともに,bに対しても申し訳ないという気持ちを持っていた。そして,老人保健施設事務長をしているという立場上,aを施設に預けたり,別居することはできないという考えから,aとの同居生活を我慢しながら続けるうちに,漠然とaが死んでくれればいいと考えるようになった。平成17年になって,aが,自分の大切にしている犬の遊び場をjのために駐車場にしようと言い出したとき,これも嫌がらせだと思い,jのことは可愛がるのに,自分に対しては嫌がらせばかりすると殺意を抱くようになった。そして,平成17年1月27日の郵便局での一件でaの嫌が- 30 -らせが外部にまで及んだことがきっかけで,我慢が限界に達し,これ以上aと一緒に生活していくことはできないと思い,aを殺して,bをいじめから解放し,自分も楽になりたいと殺害の決意を固めた。そして,本件当日,aが,新聞をとるとか,dがgを見せに来ないなどの嫌味を言ってきたことで,殺意が揺るぎないものになった。 イc,d,e及びg殺害についてしかし,a なりたいと殺害の決意を固めた。そして,本件当日,aが,新聞をとるとか,dがgを見せに来ないなどの嫌味を言ってきたことで,殺意が揺るぎないものになった。 イc,d,e及びg殺害についてしかし,aを殺せば自分は殺人犯となってしまい,そのような汚名を着たまま生きていくことなどできないと思い,aを殺すときは,自分自身も死のうと思った。また,自分がaを殺せば,自分の家族も,殺人犯,,の家族として世間から白い目で見られ一生辛い思いをするに違いなくそのような思いをさせるくらいならいっそのこと一緒に死んでもらった方がいいだろうと思った。また,a一人を殺害するより,一家心中した方が,そんなに辛かったのかと世間からの同情も得られるだろうという思いもあった。 ウh殺害についてhもdの夫である以上,殺人犯の家族と言われると思い,生きていれば苦労するであろうし,hを慕っているdら母子のために,家族4人を一緒にしてやらなければかわいそうだという思いもあった。 エ以上のような,被告人の供述については,捜査段階からほぼ一貫しており,被告人なりに真摯に供述しているものであることを疑わせる点は見当たらない。これを前提とすると,a殺害の動機は,被告人の一方的,,,な思いの要素が強いものではあるがその核心はaがbに辛く当たり時には度を超したものといえる言動をし,それが長年にわたり続いたため,被告人とaとの間にあった確執ともあいまって,それに耐えられないという思いから殺害を決意したというものであり,十分理解し得るものである。そして,cら殺害の動機については,生活苦等の残された者- 31 -の生活を心配するという一家心中の典型的な動機ではないものの,殺人犯の家族という汚名を着せられるのを避けるためという動機自体は決して理解できないものではない。また, 活苦等の残された者- 31 -の生活を心配するという一家心中の典型的な動機ではないものの,殺人犯の家族という汚名を着せられるのを避けるためという動機自体は決して理解できないものではない。また,hについては,血のつながりはな,,,,いもののdの夫でegの父であり被告人との関係も良好であって借家を世話して被告人の近くに住み,日常的にも交流があったことなどに照らせば,被告人の家族という意識から,cら殺害と同様に考えたということも,それ自体理解し得る。 以上のとおり,a殺害に関しては,通常人の思考からも十分理解可能なものであるし,cら殺害に関しては,一般的に見ると独善性が極めて強い考えであるとはいえるが,動機そのものは精神障害を考えなければ理解できないというほど不可解なものではない。 ( )bを殺害しなかった点について アところで,本件は,同居していないdら一家を殺害した動機が,残された家族に辛い思いをさせたくないというものであるから,同じ家族であるbに対してはなおさらその動機が当てはまり,一人残せばより辛い思いをさせることが容易に考えつくはずであるにもかかわらず,同人を殺害の対象から外した点に,矛盾があり,理解し難いものではないかという疑問がある。 イこの点,被告人は,概要,次のとおり供述している。 bは,自分にとって最愛の人であり,かけがえのない,とても大切な存在だった。孫や子供よりも大事な存在だった。bは,長い間aのいじめに耐え,自分や子供たちに対しても一生懸命尽くしてくれ,本当に苦労をかけ,自分はbに甘えてきた。だから,bに手をかけるなどということは,絶対にできないことだった。また,bは,自分にとって大切な家族であるという意味ではcやdと変わりがないが,孫や子供は親である自分と一体のものであり,自分に付いて ら,bに手をかけるなどということは,絶対にできないことだった。また,bは,自分にとって大切な家族であるという意味ではcやdと変わりがないが,孫や子供は親である自分と一体のものであり,自分に付いてくるべき存在であって,自分- 32 -の考えを押し付けることができたのに対し,bは対等なパートナーであるという意識があり,自分の考えを押し付けることには多少抵抗があったのかもしれない。また,bは,aのいじめにずっと耐えてきたので,なぜ自分がaを殺す決意をしたのかを分かってくれるはずだと思った。 自分が悩みに悩んでaを殺害する決意に至ったことを理解してくれる唯一の存在であると思った。そして,これまで情けない姿を見せてきたbに,aの問題に対する自分なりの決着の付け方を見届けてもらいたいという気持ちがあった。他方,子供たちには自分の悩みは理解されず,もし生きていれば子供たちから非難されるだろうと思い,そのことは,自分にとって,世間から非難されるよりも辛く,耐え難いことだった。 ウこの被告人の供述によれば,同じように愛情をかけてきた家族とはいっても,被告人にとって,cやdら一家とbは,その愛情の性質においても,aとの関係においても,質的に大きな差異があり,被告人にとって,bは,dらと異なり,自己と一体視し,自己の一存でその生命を左右できる存在ではなかったのと同時に,aによる嫌がらせを共に耐えてきたbにならばaを殺害したことを理解してもらえるのではないかという期待もあって,bには犯行を見届けてもらいたいと思ったものと認められるのであって,dら一家とbとを区別して取り扱うことは,被告人にとってはむしろ自然なことであったと考えられる。このような理解に立てば,被告人が残されるbの苦悩に思い至らず,一家殺害を思いとどまらなかった点は,誠に身勝手で思慮浅薄 別して取り扱うことは,被告人にとってはむしろ自然なことであったと考えられる。このような理解に立てば,被告人が残されるbの苦悩に思い至らず,一家殺害を思いとどまらなかった点は,誠に身勝手で思慮浅薄ではあるが,bのみを殺害しなかったことも理解できないわけではない。さらにいえば,被告人は,bをaのいじめから解放してやりたいと思っていたのであり,その方法,,,としてまずaを殺害することを考えた以上解放する対象であるbは当然この時点で殺害の対象から外れた,つまり,これまで耐え忍んできた生活から普通の生活が送れるようにしてやりたいという思いであると- 33 -すれば,このような方法結果により,残されて生きなければならないbの苦悩はともかくとして,bが生きて生活するということが前提となっていたのではないかとも考えられる。その後に,殺人犯の家族という汚名を着て辛い思いをするということから家族の殺害を考えたとき,その家族の中にはbが含まれていなかったと考えられ,このように理解すれば,少なくとも,心中の対象としてbが入っていないことの説明はできる。 被告人が,順次論理的にこのような思考過程をたどったか否かは不明であるが,被告人は,aとb及び被告人という3人の関係に悩み,bを解放し,自分も楽になりたいという思いから,aの殺害を漠然と考えていたもので,究極的には,aを残すかbを残すかの選択をした後に,他の家族の殺害に思い至るのが自然である。 ( )犯行動機に関するo鑑定の内容について アo鑑定は,本件犯行は,本質的には,aによって危機にさらされた自己愛を守るための,bに対する自分の承認欲求を満たすための犯行であったため,犯行後に自分の行動を承認してもらわなければならない存在であるbを殺すことができなかったのは当然であるとした上で,犯行 た自己愛を守るための,bに対する自分の承認欲求を満たすための犯行であったため,犯行後に自分の行動を承認してもらわなければならない存在であるbを殺すことができなかったのは当然であるとした上で,犯行後たった一人残されるbの苦悩に思い至ることができなかった理由は,それほど自己の承認欲求に囚われていたためであると説明している。 イo鑑定は,問診結果や各種心理検査の結果に基づき,被告人には,aから十分な愛情を受けられなかったことによる自己肯定感の欠如,その反動によるa以外の他者に対する強い自己承認欲求,自尊心の高さ,世間からの評価に対する過敏さに加え,自己を認めてくれたbに対しては過度の理想化が見られることなどを根拠に,自己心理学的な観点から,上記のとおり推測したもので,これ自体はひとつの説明方法として十分合理的といえる。 - 34 -ウこれに対して,弁護人は,被告人の自己承認欲求が本件犯行に促進的に作用したことを認めつつも,本件犯行の第1次的動機はaに対する被害妄想であって,自己愛や自己承認欲求というのはあくまで第2次的な心理要因にすぎないのであり,これを犯行の第1次的動機とするo鑑定は心理分析を誤っているなどと主張する。そして,自己愛や自己承認欲求という説明からは,被告人が母親殺害のみならず一家殺害にまで至った理由や,家族の中でbだけを殺害しなかった理由などが説明できないと批判する。 しかしながら,まず,被害妄想があったとはいえないことは前記のとおりである。そして,o鑑定は,aの殺害は憎しみの感情で理解できたとしても,愛情の対象であった子らを殺害し,妻だけを残したという点が明らかでないとして自己愛の点から説明しているのであって,あくまで,本件犯行に及んだ被告人の心理の根底ないし深層には,自己愛や自己承認欲求というものが大きく作用 らを殺害し,妻だけを残したという点が明らかでないとして自己愛の点から説明しているのであって,あくまで,本件犯行に及んだ被告人の心理の根底ないし深層には,自己愛や自己承認欲求というものが大きく作用しており,一見すると矛盾するよう,,に思われる被告人の行動もこのような自己心理学的な観点からみれば十分に整合性を有したものであったと分析したものにすぎず,本件犯行の直接的な動機が,上記認定のとおりaとの確執からくる憎悪等にあること自体を否定したものではないと解される。そして,このような理解からすれば,o鑑定と,自己愛や自己承認欲求は第2次的な心理要因であるとする弁護人の主張との間には本質的な差異はないというべきであり,さらに,被告人がa殺害のみならず一家殺害に至った理由や,bだけを殺害しなかった理由をo鑑定からは説明できないとする批判も当てはまらないというべきである。 エしたがって,弁護人の指摘するこの点も,o鑑定の信用性に疑問を抱かせるようなものではないというべきである。 まとめ- 35 -以上1ないし5の事情によれば,本件犯行当時,被告人が精神障害に罹患しておらず,被告人の事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減弱していなかったことは明らかに認められる。 よって,本件犯行当時,被告人は,完全な責任能力を有していたものと認められる。 (量刑の理由),,本件は同居する実母の言動に耐えかねて同女への憎しみを募らせた被告人が同女を殺害した上,子や孫を道連れにして自殺しようと企て,息子,実母,娘及び孫2名の計5名をネクタイ等で首を絞めて順次殺害し,その後,娘婿の腹部を包丁で刺して殺害しようとしたがこれを遂げず,最後に自殺を図ったが死にきれなかったという殺人及び殺人未遂の事案である。 まず,本件の量刑を決するに当たっては,何より5 殺害し,その後,娘婿の腹部を包丁で刺して殺害しようとしたがこれを遂げず,最後に自殺を図ったが死にきれなかったという殺人及び殺人未遂の事案である。 まず,本件の量刑を決するに当たっては,何より5名もの被害者の尊い生命が奪われ,1名が重傷を負ったという余りにも重大な結果が生じていることを第一に考慮しなければならない。 ( )殺害された被害者の中で,最も幼い被告人の孫であり,dとhの長女であ るgは,20日前,aを含めて皆から祝福されてこの世に生を受けたばかりであり,その将来には無限の可能性が広がっていたのに,自分がどのような状況に置かれているのかも理解できず,母の腕から離れたために泣き出したところを,実の祖父の手によって,無惨にも,自ら動き回るなどの世界の広がりを感じることもできないままその全てを奪われたのであって,誠に哀れというほかない。 ( )同じく被告人の孫でありdとhの長男であるeは,間もなく3歳になろう というところであり,野球や太鼓などに興味を持ち始め,生まれたばかりの妹であるgにミルクを飲ませて可愛がろうとするなど,両親の愛情を受けながらすくすくと成長していたところであった。ところが,その名のの字をkもらい慕っていた祖父の家に遊びに行った矢先に,その祖父が母親の首を絞- 36 -めて殺害するという信じ難い恐ろしい光景を目の当たりにし,その恐怖と衝撃の中,自らも首を絞められ,何ら抵抗することもできぬまま,限りない未来への可能性をわずか2歳にして奪われたのであり,その肉体的苦痛,精神的苦痛は察するに余りあり,誠に不憫としか言いようがない。 ( )被告人の長女であるdは,本件犯行の20日前に待望の長女gを出産した ばかりであり,今後は,長男eとgの成長を楽しみにして,hとの間で平穏で幸せな家庭を築いていくとい しか言いようがない。 ( )被告人の長女であるdは,本件犯行の20日前に待望の長女gを出産した ばかりであり,今後は,長男eとgの成長を楽しみにして,hとの間で平穏で幸せな家庭を築いていくという未来があったのに,被告人から誘われて祖母であるaにgを見せに行った矢先,突然,信頼していた父親に背後から首を絞められ,その理由も分からないまま,耐え難い肉体的苦痛と混乱の中,30歳にしてその命を絶たれたのである。傍らにはeがおり,最後まで抱いていたgを離さずにいたことを考えると,愛する子供を残して逝かなければならないその心中は誠に無念であったであろうし,その衝撃や精神的苦痛は想像を絶するものがある。 ( )被告人の長男であるcは,仕事を辞めたり紆余曲折を経ながらも,カイロ プラクティックの仕事と出会い,自ら専門学校に通って,平成15年に念願のカイロプラクティック院を開業したばかりであり,今後の発展に向かって,,一生懸命に生きていたのに信頼していた実の父親から突然寝込みを襲われ33歳にして無惨にもその命を絶たれたのであって,その無念さは察するに余りある。 ( )被告人の実母であるaは,85歳と高齢で,近所に友人もなく,同居して いた被告人からも疎まれ,孤独な余生を過ごしていた。確かに,aは,被告人夫婦との交流を自ら避け,被告人らを攻撃するような言動を取り続けていた面もあるが,遠方に住む義姉への手紙には毎回のように被告人に構ってもらえない寂しい心情を綴るなどしており,被告人に対して思慕を募らせ,そ。 ,れが叶わない寂しい思いを抱えていたこともまた認められるしかしながらaのその被告人に対する心境はついに被告人には理解されないばかりか,憎- 37 -しみの感情を抱かれたまま,その被告人から就寝中に突然首を絞められ,その生涯を閉ざさ ともまた認められるしかしながらaのその被告人に対する心境はついに被告人には理解されないばかりか,憎- 37 -しみの感情を抱かれたまま,その被告人から就寝中に突然首を絞められ,その生涯を閉ざされたのであって,その孤独感,やり場のない悲しみはいかばかりであっただろうか。 ( )被告人の長女dの夫であるhは,被告人によって,全治約2週間,入院加 療約10日間を要する腹部刺創等の重傷を負わされており,hの必死の抵抗により幸いにも命には別状はなかったものの,その傷の部位に照らせば,一歩間違えれば死亡するに至る危険性が極めて高く,結果は重大である。のみならず,hは,何物にも代え難いかけがえのない妻と2人の子供の命を理不,,,尽にも奪われ幸せだった家庭を一瞬にして破壊されたのであるがそれが本件に至るまで義理の父子として円満な関係を築いていた被告人の手によって行われたというのは,hにとってみれば不条理極まりないものであり,自,,,分自身の生命はとりとめたにせよhの味わった衝撃の強さ悲しみの深さ混乱の大きさは他の者には到底計り知れないほどのものがある。 ( )以上のとおり,本件は,5名もの尊い命を次々と奪い,さらに1名の者の 命を奪おうとして重傷を負わせたもので,その結果は極めて重大であり,これのみをもってしても,世上稀に見る重大かつ悪質な犯罪といわなければならず,検察官が主張するように,被告人を極刑である死刑に処することも視野に入れ,その量刑を検討しなければならない事案であることは明らかである。 しかしながら,死刑については,これが人間の生命の剥奪を内容とする究極の刑罰であることを考慮すると,その選択には特に慎重を期する必要があるというべきであり,上記結果の重大性特に殺害された被害者の数のほか,犯行の罪質,動機,態様 これが人間の生命の剥奪を内容とする究極の刑罰であることを考慮すると,その選択には特に慎重を期する必要があるというべきであり,上記結果の重大性特に殺害された被害者の数のほか,犯行の罪質,動機,態様特に殺害の手段方法の執拗性,残虐性,遺族の処罰感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等諸般の事情を併せ考慮した際,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合にのみ,死刑の選択も許- 38 -されるというべきである。そこで,以下,被告人を極刑に処することがやむを得ないか否かという観点から,さらに検討する。 犯行に至る経緯,犯行動機について( )本件犯行に至る経緯及び犯行動機は前記認定のとおりであり,本件は,小 学生のころから母親であるaに対して恐怖感,嫌悪感を抱き続けてきた被告人が,結婚後,同女が妻であるbに対して被害妄想的な言動や嫌がらせを繰り返し,かつ,自分に対しても度々嫌味やbの悪口を聞かせるなどしたことから,次第に同女に対して憎しみを募らせ,本件の1か月前に,郵便局という公衆の面前でaに恥をかかせられたことがきっかけで,同女に対する憎しみや苦痛から解放されるためには同女を殺害するしかないと決意するとともに,家族に殺人犯の家族という汚名を着せて生きていかせるのは忍びないなどという気持ちから,長男のcや長女であるdの一家を皆殺しにした後に自殺することを決意したというものである。さらに,各被害者との関係で詳しく検討を加える。 ( )aについて 確かに,aのbに対する仕打ちは長年にわたるもので,特に,被告人夫婦がaとの同居を再開した平成11年以降は,aは一方的にbを泥棒扱いして毛嫌いするだけでなく,bが入浴する前に浴槽に排泄するなどの度を超えた嫌がらせを繰 る仕打ちは長年にわたるもので,特に,被告人夫婦がaとの同居を再開した平成11年以降は,aは一方的にbを泥棒扱いして毛嫌いするだけでなく,bが入浴する前に浴槽に排泄するなどの度を超えた嫌がらせを繰り返し,自宅改装の際には,自室に入ってこられないように扉に勝手に鍵を取り付けるなどして警戒心を示す一方で,被告人らが在宅しないときに勝手に被告人らの居室にやってきて,bの悪口を書いた手紙を置いていくなど,その言動は,n及びo両医師が妄想障害ないし妄想性人格障害に罹患していた疑いがあると指摘するほどであって,高齢化によるものというだけでは説明できない常軌を逸したものであったようである。その上,幼少のころから被告人とaとの間には確執があり,被告人がaを恐れて言いたいことを言えない関係が出来上がってしまっていたため,被告人にとっては- 39 -aをたしなめてbへの嫌がらせをやめさせたり,aに対して強い態度に出たりすることが極めて困難であった。しかも,このような状況を打開するために,jなど外部の者に相談したり,aを施設に預けたりすることは,被告人の世間体を気にする性格や,老人保健施設の事務長という社会的立場にあったことなどから実行できなかった。このような被告人とaの関係,aの言動に,被告人の性格も加わって,被告人は,現状に無関心を装うことでしか対処できず,現実にいじめを受けているbに適切な行動をとることができない自分自身に対して憤りを感じ,どうにもできない状況に悩み,苦しんで,主観的に追いつめられていき,その元凶をaにのみ求め,aを排除することでしか解決できないと思うようになったものと理解される。 ( )しかしながら,客観的に見れば,まず,自分自身が積極的にaに関わり, 関係を改善する努力をすることのほか,aを施設に預ける,別居する,以前のよ できないと思うようになったものと理解される。 ( )しかしながら,客観的に見れば,まず,自分自身が積極的にaに関わり, 関係を改善する努力をすることのほか,aを施設に預ける,別居する,以前のように弟であるjに引き取ってもらうなど,他にとるべき方法はいくらでもあり,そのような方法について,公的機関や専門家の助言を受けたり,家族に相談をすることもできたはずであり,客観的にはさほど追いつめられた状況ではなかった。 ( )そもそも,本件の背景となっている,被告人とaとの確執については,確 かに,幼少のころのaの被告人に対する厳しい言動や,a自身の思い込みの強い性格にも原因はあるが,その一方で,思春期のころからaを一方的に嫌って口を利かなくなるなど,被告人のaに対する態度や接し方にも原因があり,その意味では相互に不幸な親子関係であったともいえる。しかし,少なくとも,成人後は,過去の確執はあるにせよ,家族として少しでも融和して生活できるように努め,それが不可能であるならば別居など現実的な対処方法を講じるのが筋であろう。しかるに,結婚後も,bはaと何とか上手くやろうと努力をしていたのに,被告人自身は,aに反発するばかりで,自ら歩み寄るなどして,aとの関係を改善する努力をしてこなかった。aからすれ- 40 -ば,同居しているのに,被告人がbばかり可愛がり,義姉に対する手紙に書。 いてあるように自分のことは避けていることを寂しいと感じていた面もあるしかし,被告人は,bから,aとの関係を改善するために一緒に食事をしたり,旅行に連れて行ってあげたらどうかなどと言われても,犬の世話や仕事に没頭するなどして,aから逃げるばかりであった。aの言動が異常であったにしても,このような被告人の態度が,aと被告人夫婦の関係を悪化させた一因にもなっているのであ などと言われても,犬の世話や仕事に没頭するなどして,aから逃げるばかりであった。aの言動が異常であったにしても,このような被告人の態度が,aと被告人夫婦の関係を悪化させた一因にもなっているのであって,aに一方的な非があるわけではない。被告人の犯行動機はあまりに独善的である。 ,,,,,,( )またcdeg及びhについてみればその関係はいたって円満で 殺害される理由は何もなかったばかりか,同人らにしてみれば,事前に何ら相談を受けることもなく,aの問題について被告人と悩みを共有することもないまま,まさに唐突に殺害されたものであって,理不尽以外の何物でもない。被告人は,家族に汚名を着せたまま生きていかせることを不憫に思ったというだけでなく,一家心中すれば世間の同情を得られるかもしれないなどという身勝手な思いも抱きながら同人らを巻き添えにしたのであって,この点は極めて自己中心的というほかない。また,cはすでに30歳を過ぎた自宅で自営業を営む成人であり,dとhは,eとgの4人家族として,被告人から独立して生計を営んでいる別世帯であるにもかかわらず,被告人の分身としての家族の一員であるという意識から,上記理由で犯行に及んだものである。この点に照らすと,本件は,自分が死ぬと自ら養育している妻子のそ,の後の生活が成り立たないなどの理由で家族を巻き添えにするというような典型的な一家心中の事案とは相当様相を異にしているといわなければならない。 ( )しかしながら,他方,本件の犯行動機が,自己の物欲や情欲のためといっ た,私利私欲に基づくものではないことも明らかである。また,aとの関係についてみれば,上記のとおり,被告人自身にも責められるべき点はあるも- 41 -のの,一方的な思い込みや逆恨みといった理由から殺意を抱いた に基づくものではないことも明らかである。また,aとの関係についてみれば,上記のとおり,被告人自身にも責められるべき点はあるも- 41 -のの,一方的な思い込みや逆恨みといった理由から殺意を抱いたというものではなく,客観的に存在したaの言動などが大きな要因であったこともまた明らかであり,これによって被告人が長年にわたって苦しんでいたこと自体には同情の余地がないわけではない。また,本件犯行後,被告人は自らの首を包丁で何度も突き刺すという凄惨な方法で自殺を図ったが駆けつけた警察官に発見され,緊急手術を受けた結果命をとりとめたものであり,被告人の主観においては,思い詰め,追いつめられた末に,残された家族も不憫であるという思いから実行した一家心中の犯行に他ならなかったといえる。 ( )以上によれば,c,d,e,gの殺人及びhに対する殺人未遂の犯行動機 は,子供たちの人格,人生を無視した誠に身勝手かつ自己中心的で悪質な犯行というべきであり,aの殺害についてみても,客観的に見ればればあまりにも独善的である。しかしながら,被告人が精神的に追いつめられ,aを殺害するほかないと考え,その場合残された家族の背負うであろう苦しみに耐えかねた末の一家心中の犯行であるという面は否定できず,何の因果もない一方的な憎悪や利欲的な動機による犯行と比較すると,一抹の酌量の余地はあるものというべきである。 この点,検察官は,本件犯行は,専ら被告人自身の自尊心と虚栄心を満足させるためのものであり,被告人は,自己を正当化して周囲の同情や酌量を得るために表面的な動機を述べるに終始したものであると主張する。しかしながら,被告人の述べる動機は,被告人なりに真摯な思いをそのまま供述したものと理解するほかなく,あえて真の動機を隠ぺいしようとしているなどとは到底考えられない。o鑑 したものであると主張する。しかしながら,被告人の述べる動機は,被告人なりに真摯な思いをそのまま供述したものと理解するほかなく,あえて真の動機を隠ぺいしようとしているなどとは到底考えられない。o鑑定のいう被告人の「自己愛」とは,被告人自身の深層を分析する説明概念として理解するべきであり,動機に関する検察官の上記主張はやや皮相に過ぎるものであって,採用することはできない。 犯行態様について( )被告人は,本件犯行の約1か月前ころから,本件犯行の手順について具体 - 42 -的に思いを巡らせ,bが不在の時を狙って,まず体力があり犯行を阻止されるおそれのあるcが寝ている間にネクタイで首を絞めて殺害し,その後にaを同様の方法で殺害してから,d,e及びgを自宅に連れてきて力のあるhから引き離した上でネクタイで首を絞めるという方法で殺害し,最後にhを包丁で刺して殺害するという計画を立てた上,ほぼこのとおりに本件各犯行を遂行しており,本件は計画的な犯行である。 ( )犯行態様についてみると,被告人は,前記認定のとおり,c及びaについ ては,無防備な就寝中を狙って,その首にネクタイを巻き付けて絞め上げ,それぞれがもがき苦しむ様子を目の当たりにしながらも,確実に息絶えるまで絞め続けたものである。また,d,e,gについては,gを抱いてaの様子をのぞき込むdの背後から近づき,その無防備な首にネクタイを巻き付けて締め上げ,eが側にいるにもかかわらず,6分間ないし7分間にわたってdの首を絞め続けて殺害した後,横たわるdの死体の側で怯えながら「ママ大丈夫なの。gは大丈夫なの」と尋ねる幼いeに対し,正面からその首にネ。 クタイを巻き付け,強く締めつけて殺害し,さらに,dの死体の側で泣き出した生後間もないgの小さな口や鼻を片手で塞ぎながら,もう一方の手 の。gは大丈夫なの」と尋ねる幼いeに対し,正面からその首にネ。 クタイを巻き付け,強く締めつけて殺害し,さらに,dの死体の側で泣き出した生後間もないgの小さな口や鼻を片手で塞ぎながら,もう一方の手でその喉をつまむようにして絞め殺している。このように,犯行態様は,いずれも強固な確定的殺意に基づく,卑劣かつ非情で悪質な犯行であって,特に,幼い2人の子がいる状況で,その母であるdを殺害するというのは極めて残酷である。そして,hについても,被告人は,aの部屋へ向かうhの背後から近づき,振り向きざまに無防備な腹部目がけて切れ味の良い包丁を突き刺したもので,殺傷能力の高い凶器で身体の枢要部を狙って攻撃した,やはり強固な確定的殺意に基づく,危険で悪質な犯行である。 ( )以上のとおり,本件は,計画的な犯行であり,殺害方法は卑劣,非情であ って悪質というべきである。しかしながら,他方,被告人の犯行計画を推し進める契機となったbの旅行は,被告人が仕向けて不在状況を作出したとい- 43 -うものではなく,偶然決まったものである。また,被告人が,犯行までの約1か月間に,殺害方法等について何度も思いを巡らせていたのは,その間犯行を躊躇していたためという面もあり,被告人が最終的に本件犯行を決意したのは犯行当日の朝であった。その計画内容も,決して綿密かつ高度な完全犯罪を目論んだものでもない。そうすると,本件は,長期間にわたって具体的に計画を練った上での犯行ではあるものの,偶然の事情に後押しされ,実行の直前まで逡巡を繰り返しながら実行された犯行ともいえる。また,殺害の手段,方法についても,ことさらに被害者の苦痛を増大させるような残忍な方法を用いているわけではなく,この種の事案の中で特に悪質性の高い犯行態様とまではいえない。 遺族の被害感情及び処罰感情に の手段,方法についても,ことさらに被害者の苦痛を増大させるような残忍な方法を用いているわけではなく,この種の事案の中で特に悪質性の高い犯行態様とまではいえない。 遺族の被害感情及び処罰感情について( )hについて ,,被告人に殺害されそうになった上妻子3名の命を被告人に奪われたhは本件の直接の被害者であるとともに,本件によって最も深刻な被害を被った遺族でもある。そのhは,被告人に対する処罰感情について,事件直後は,自分のことよりも家族を殺されたことに関して被告人に対する憎しみの気持ちが大きく,死刑になってほしいという思いや,死刑になってすぐに楽になるくらいなら一生刑務所の中で苦しんでほしいという思いである旨供述していたが,当公判廷に出廷した際には,時の経過とともに心境が変化し,現在は,なぜ被告人がaだけでなく自分の子供たちまで殺害しなければならなかったのか真相が知りたいという気持ちが強く,それが分からないままでは被告人の処罰については考えることはできないなどと述べ,さらに,平成20年6月7日の検察官の取調べにおいては,現在では被告人に世話になったことを思い出したり,被告人に同情する気持ちも沸いてきたりして,犯人が赤の他人であれば絶対に死刑にしてくれと言うのであろうが,被告人に対してはそこまでの気持ちにはなれず,無期懲役になって一生償うという結論もあ- 44 -りうる旨述べている。hの被害感情は癒えることはないと思われるが,被告人に世話になっていたことや普段の状況から,ここまでのことをした理由に深いものがあるに違いないという気持ちなどもあって,その心境には極めて複雑な揺れ動きがあることが窺われる。 ( )jについて jは,月に1回はaの部屋に泊まりに行き,時にはaとの関係についてbにアドバイスをするなど,被告人 気持ちなどもあって,その心境には極めて複雑な揺れ動きがあることが窺われる。 ( )jについて jは,月に1回はaの部屋に泊まりに行き,時にはaとの関係についてbにアドバイスをするなど,被告人らとaの関係を気にかけながら,aを実母として大切にしてきたもので,大切な実母が実の兄である被告人の手によって殺害された衝撃の大きさや,悲しみの深さは察するに余りある。一方で,jは,当公判廷に出廷し,被告人については「死刑は望んでいません。これ,以上肉親をなくすことは耐え難いです」などと述べている。 。 ( )bについて ,,,bは当公判廷への出廷はなく現在の心情については明らかではないが捜査段階では,本件によって,突如として2人の子供や孫を一瞬にして奪われたもので,被告人を憎く思うこともあると述べるなど,その衝撃や悲嘆は大きかったものである。しかしながら,他方で,被告人がここまで追いつめられるまで気付いてやれなかった自分にも責任があり,被告人には申し訳なく思うなどとも述べている。 ( )以上のように,本件では,遺族の悲嘆はそれぞれに大きいものがあると推 察されるが,被告人の妻,弟として,それぞれに,何か自分にできたことがあったのではないか,この事件は防ぐことができたのではないかという後悔の思いと責任を感じている面も窺われ,hも,普段から交流があった義父に対して,同様の心情を有している面も見られるなど複雑な立場に置かれているのであって,これらの者が極刑を望んでいないことは相応に考慮すべきとはいえ,それ自体を過大に評価することはできない。 社会的影響について- 45 -本件は,狭い地域社会の中で老人保健施設の事務長という社会的地位のある被告人が,相次いで家族6名を殺傷した極めて衝撃的な事件として新聞,テレビ等によって大 い。 社会的影響について- 45 -本件は,狭い地域社会の中で老人保健施設の事務長という社会的地位のある被告人が,相次いで家族6名を殺傷した極めて衝撃的な事件として新聞,テレビ等によって大きく報道され,とりわけ,地元の名士として信頼されていた被告人による凶悪犯罪として,地元住民に及ぼした衝撃は大きく,地域社会に与えた影響には甚大なものがある。他方で,被告人に対しては,更生の機会を与えるべく多数の地域住民が嘆願書に署名をしているという事情も認められる。 反省,更生可能性について被告人は,前科前歴が全くなく,これまでの経歴や生活態度を見ても,犯罪を繰り返すような反社会性は認められない。また,被告人は,当初から,素直に取調べに応じ,詳細に事実を話し,現在は,自己の犯行の重大性や自らの考えが間違っていたことを認識し,本件を真剣に反省悔悟して,被害者の冥福を祈る日々を送りながら,生きて罪を償うことを願っている。 結論 以上のとおり,本件が,生後20日から85歳までの孫2名,子2名,母の計5名を殺害し,娘婿を殺害するに至らなかったという極めて重大な結果を生じさせていること,計画的で犯行態様も悪質であること,犯行動機もあまりに自己中心的であることからすると,被告人の刑責は誠に重大であるというべきである。他方,本件は,被告人の主観的には追いつめられた末の一家心中の犯行であって,利欲目的等による犯行ではないこと,周到な計画性や甚だしい残虐性までは認められないこと,被告人には前科前歴がなく,従前の生活状況や本件の動機に照らしても,被告人に再犯可能性があるとはいえず,被告人の犯罪傾向が矯正不可能とはいえないことなどからすると,被告人に対して極刑をもって臨むしかないというにはなお躊躇が残るといわざるを得ない。被告人においては,終生自らが手にか があるとはいえず,被告人の犯罪傾向が矯正不可能とはいえないことなどからすると,被告人に対して極刑をもって臨むしかないというにはなお躊躇が残るといわざるを得ない。被告人においては,終生自らが手にかけた家族の冥福を祈り,かつ謝罪しながら,残さ,,,れた人生を全うすることこそ真の償いになるものと判断し本件については被告人を無期懲役に処することとする。 - 46 -(求刑死刑,ネクタイ1本及び包丁1丁を没収)平成21年2月13日岐阜地方裁判所刑事部裁判長裁判官田邊三保子裁判官石井寛裁判官田中篤子は特別休暇中のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官田邊三保子
▼ クリックして全文を表示