- 1 -主文1審判決を破棄する。 被告人を懲役20年に処する。 1審における未決勾留日数中180日をその刑に算入する。 理由 検察官の控訴趣意は,検察官吉浦正明作成の控訴趣意書に記載されたとおり,1審判決が予備的訴因である脇見運転による業務上過失致死傷を認定した点には事実誤認があり,主位的訴因である危険運転致死傷が認定されるべきであるとの主張であり,これに対する答弁は,弁護人春山九州男,安田聡剛及び春山佳恵共同作成の答弁書に記載されたとおり,検察官の主張には理由がない,というものである。 弁護人らの控訴趣意は,上記弁護人ら共同作成の控訴趣意書に記載されたとおり,1審判決が認定した業務上過失致死傷を前提として,その一部に事実誤認があるとの主張及び懲役7年6月の量刑は不当に重過ぎるとの主張であり,これに対する答弁は,検察官和久本圭介作成の答弁書に記載されたとおり,上記弁護人らの主張にはいずれも理由がない,というものである。 そこで,1審記録及び証拠物を調査し,控訴審における事実取調べの結果並びに検察官及び主任弁護人の各弁論をも併せて検討した結果,1審判決には事実誤認があるので破棄を免れないと判断し,これを破棄した上,自判することとし,争点の結論としては,危険運転致死傷罪が成立するものと認めた。以下,理由を説明する。 第11審の審理及び判決の概要 検察官は,危険運転致死傷及び道路交通法違反(救護・報告義務違反)の各訴因により被告人を起訴し,1審においては,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたか否かという危険運転致死傷罪の成否が争点とされた。上記危険運転致死傷の公訴事実(主位的訴因)の要旨は,次のとおりである。 「被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,福岡市a区大字b所- 2 -在のc 転致死傷罪の成否が争点とされた。上記危険運転致死傷の公訴事実(主位的訴因)の要旨は,次のとおりである。 「被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,福岡市a区大字b所- 2 -在のc大橋上の道路において,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通乗用自動車を時速約100キロメートルで走行させ,もってアルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,前方を走行中のA(当時33歳)運転の普通乗用自動車右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃により,A運転車両を左前方に逸走させてc大橋から海中に転落・水没させ,よって,同月26日,同車同乗者であるB(当時3歳),C(当時1歳),D(当時4歳)をそれぞれ溺水により死亡させたほか,A及び同車同乗者E(当時29歳)に,加療約3週間を要する全身擦過傷等の傷害をそれぞれ負わせた」 これに対し,1審は,審理を遂げいったん結審した後,検察官に対し,危険運転致死傷の訴因につき,業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)からなる予備的訴因の追加命令を発したため,その旨の予備的訴因が追加された。 これによって追加された業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)の公訴事実(予備的訴因と同旨)の要旨は,次のとおりである。 「第1被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,福岡市a区大字b所在のc大橋上の道路をd方面からe方面へ向けて進行するに当たり,前方を注視して進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然と進行方向の右側を脇見しながら時速約100キロメートルで進行した過失により,折から,進路前方を走行中のA(当時33歳)運転の普通乗用自動車を間近に迫って初 業務上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然と進行方向の右側を脇見しながら時速約100キロメートルで進行した過失により,折から,進路前方を走行中のA(当時33歳)運転の普通乗用自動車を間近に迫って初めて発見し,急制動の措置を講じるとともにハンドルを右に急転把したが及ばず,同車右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃により,A運転車両を左前方に逸走させてc大橋から海中に転落,水没させ,よって,同月26日,同車同乗者であるB(当時3歳),C(当時1歳),D(当時4歳)を,それぞれ溺水により死亡させたほか,A及び同乗者E(当時29歳)に,加療約3週間を要する全身擦過傷等の傷害をそれぞれ負わせた」- 3 -「第2呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,同月25日午後10時48分ころ,上記c大橋上の道路で普通乗用自動車を運転した」 1審判決は,危険運転致死傷罪の成立を否定し,予備的訴因と同旨の業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)の事実を認定した。道路交通法違反(救護・報告義務違反)は争いがなく,当初の訴因どおりに認定された。 そして,1審判決は(事実認定の補足説明)において,本件の争点に対する判断について,要旨,次のように判示した。 (1)本件事故の態様について本件事故の態様は,被告人が事故直前に前方を走行中の被害者A運転車両(以下「被害車両」という)に気付き,急ブレーキをかけハンドルを右に急転把したが及ばず,被害車両の右後部に被告人運転車両(以下「被告車両」という)の左前部を衝突させたといえること,両車の速度については,Fの鑑定書(1審検甲84)を信用でき,これを基礎として検討すると,被告車両のスリップ痕印象前の速度は時速約100キロメートル,被害車両の衝突直前の速度は時速約40キロメ こと,両車の速度については,Fの鑑定書(1審検甲84)を信用でき,これを基礎として検討すると,被告車両のスリップ痕印象前の速度は時速約100キロメートル,被害車両の衝突直前の速度は時速約40キロメートルと認められること,被告人が被害車両に気付いた時期及び地点については,道路の摩擦係数や制動後の空走距離を考慮すると,遅くとも衝突から約0.846秒以上前で,少なくとも衝突地点から23.7メートル以上手前であったといえるが,いずれにしても,進路前方を走行中の被害車両を間近に迫って初めて発見したものであることが認められ,事故原因は脇見である旨の被告人の供述は,上記事故態様と整合し,視界が開けてf湾の景色が見渡せるようになる道路状況に照らして不自然ではなく,逮捕当初から一貫したものとなっており,信用できる。 (2)本件事故までの被告人の運転状況被告人は,スナック「G」前駐車場から,g交差点(以下「本件交差点」という)までの約3.5キロメートルの区間で,交差点の右左折,直進通過のほか,湾曲した道路を道なりに走行させ,住宅街の車道幅員約2.7メートルの道路でも,- 4 -車幅1.79メートルの自車を運転,走行させ,その間,接触事故等を起こした形跡はなく,また,検察官が主張するように本件交差点を大きくふくらんで左折したとは認定できず,被告人は,道路及び交通の状況等に応じて運転操作を行っていた。 本件交差点左折後の状況について,本件事故当時,被告車両の助手席に同乗していたHが検察官調書(1審検甲56)において,被告人が自車を時速80ないし100キロメートルに加速させたので,「いつもこんなに飛ばすんですか」と聞くと,被告人は「いいや,飛ばさん」と答えて会話が途切れ,その10秒後に本件事故が発生したと述べているところは信用でき,被告車両の速度は最高で時速 加速させたので,「いつもこんなに飛ばすんですか」と聞くと,被告人は「いいや,飛ばさん」と答えて会話が途切れ,その10秒後に本件事故が発生したと述べているところは信用でき,被告車両の速度は最高で時速約100キロメートル(秒速約27.8メートル)であったと考えられるから,会話が途切れた地点は,本件事故現場から約278メートル以内の地点であったと考えられる。 他方,被告人の供述によれば,脇見開始地点は,概括的であるが,事故現場から約332ないし342メートル手前になる。 以上からすると,脇見の継続は,距離にして最大318.3(342-27. 3)メートル,時間にして約11.4秒(時速約100キロメールの場合)から約12.7秒(時速約90キロメートルの場合)である可能性があるが,脇見を開始した後,Hと会話したときは,いったん視線を前に戻し,その後再び右側に脇見したとみるのが合理的であり,結局,被告人は,相当時間にわたって脇見運転を継続したと認めるほかない。 (3)被告人の酩酊状況等被告人は,本件事故前に「G」を出て自車の運転を開始した当時,酒に酔った状態にあったといえるが,事故直後,自車が反対車線に出ていることに気付き,ハンドルを左に急転把して自車線に戻していること,事故現場から約300メートル進行した地点で停車後,後続車に追突されないよう,ハザードランプを点けて降車し,自車の損傷状況を確認してHに降車を指示したり,Iに電話をかけ,身代わりを依頼し,飲酒のことを隠そうと考えて水を持ってくることを依頼したが,他方で,Iの弟を身代わりにするという提案は断っていることなど,相応の判断能力を失って- 5 -いなかった。飲酒検知当時,被告人は,警察官から事故態様等を尋ねられても,「分からん」などと返答したり,多少頭や肩が揺らいだりするなどもあったが,千 ていることなど,相応の判断能力を失って- 5 -いなかった。飲酒検知当時,被告人は,警察官から事故態様等を尋ねられても,「分からん」などと返答したり,多少頭や肩が揺らいだりするなどもあったが,千鳥足になるとか,蛇行して歩くことはなかった。そして,事故から48分後に実施された飲酒検知の結果では,測定濃度のよみが呼気1リットル中0.25ミリグラムで,酒気帯び状態と認定されている。 (4) 結論 以上からすると,被告人は相当量を飲酒をした上で自車を運転しており,本件事故当時酒に酔った状態にあったといえるが,「G」前の駐車場を出発後,本件事故現場に至るまでにアルコールの影響によるとみられる蛇行運転等はなく,狭隘な道路も含めて運転操作をしてきたこと,事故直前に回避措置をとったこと,事故直後に進路修正をしたことは,被告人が現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行っていたことを示しており,本件事故当時も正常な運転が困難な状態ではなかったことが強く推認できる。他方,高速で走行したことや長時間の脇見は,被告人が正常な運転が困難な状態にあったことを疑わせるが,本件当時の道路状況及び交通状況等からは必ずしも異常とはいえない。 そうすると,本件事故当時,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったと認めることはできず,予備的訴因の業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)の事実を認めることができるにとどまる。 第2事実誤認についての検察官及び弁護人らの主張 検察官の主張の要旨(1)本件事故の態様について1審判決が本件事故原因とする被告人の右方向脇見の継続時間は,最大で約11. 4秒から12.7秒であるが,時速100キロメートルで約12秒間もの脇見運転をすることは通常人には到底不可能であり,本件事故原因を合理的に説明できず, る被告人の右方向脇見の継続時間は,最大で約11. 4秒から12.7秒であるが,時速100キロメートルで約12秒間もの脇見運転をすることは通常人には到底不可能であり,本件事故原因を合理的に説明できず,信用できない被告人の供述を鵜呑みにしたものである。すなわち,1審判決が認定する被告人の脇見開始地点や両車の速度を前提としても,既にほぼ完全な直線道路に- 6 -なっている脇見開始地点において前方を走行する被害車両を視認することは十分可能で,被告人は,被害車両の車体は視界にあるが,認識できなかったとしか考えられない。また,本件大橋上の車道には横断勾配が付されており,e方面に向かってハンドルを固定せずに車両を走行させると自然に左に向かう構造になっており,前方を見て進路を修正しなければ,直進走行することは不可能である。結局,被告人は,顔は前を向いていても先行車に対する認識能力を失って,前方の状況を全く把握できない状況下で高速運転を続けており,それこそがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態といえる。 なお,被害車両の衝突直前の速度は,Fの鑑定書及びAの供述から時速約50キロメートルであること,被告人が被害車両を視認可能となった地点は,実況見分結果(1審検甲40,68)から,被害車両の後方約231メートルに至った地点で確実に視認できたことが認定されるべきである。 (2)事故前後の状況及び飲酒の影響等について危険運転致死傷罪の成否を考えるに当たっては,当該事故の態様に着目して,事故の直接の原因を探求すべきである上,本件事故直前の衝突回避措置は,危険を感じて本能的かつ反射的に行ったにすぎず,それまで正常な運転をしていたことの根拠にはなり得ないし,被告人は,異常な態様で事故を起こし,その直前に飲酒しているのであるから,飲酒が異常な運転の一要素とな じて本能的かつ反射的に行ったにすぎず,それまで正常な運転をしていたことの根拠にはなり得ないし,被告人は,異常な態様で事故を起こし,その直前に飲酒しているのであるから,飲酒が異常な運転の一要素となったことは明らかである。本件事故後の言動や飲酒検知結果についても,飲酒運転の結果,事故を起こした者が,事故の衝撃により「我に返る」ことは普通にみられること,被告人に対する飲酒検知は誤った方法により実施されており正確性を欠いていることなどからすると,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったことは否定されない。 (3)血中アルコール濃度及び酩酊度についてJの鑑定書では,実際よりも低い数値であるといえる飲酒検知結果(呼気1リットル中0.25ミリグラム)を前提にして本件事故当時の被告人の血中アルコール濃度を算出しており,被告人が,少なくとも血液1ミリリットル中0.9ないし1. - 7 -0ミリグラムのアルコールを身体に保有していたことは明らかである。 そして,Kの1審公判供述等によれば,血中アルコール濃度が脳機能を抑制する程度をほぼ一律に決定し,脳機能抑制により前方注視及び運転操作を困難にさせることが認められ,本件事故当時,被告人が前方注視及び運転操作が極めて困難になるほどの酩酊度にあったことは,本件事故態様の異常性自体からも被告人自身の捜査段階の供述からも明らかである。 (4)故意について被告人は,居酒屋の店員やスナックのホステスに対し,アルコールの影響により相当酩酊した事実を認める発言をしたり,本件事故直前に,Hからふだんとは異なる危険な状態での運転を指摘され,これを認識する発言をしていること,被告人自身も,酒を飲むと判断が遅れたり,気が大きくなったりして,正常な運転ができないことも知っていた旨を供述していることからすると,被告人が 態での運転を指摘され,これを認識する発言をしていること,被告人自身も,酒を飲むと判断が遅れたり,気が大きくなったりして,正常な運転ができないことも知っていた旨を供述していることからすると,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であった事実を認識していたことは明らかである。 (5) 結論 1審判決は,事故態様の危険性及び異常性を無視し,その結果,被告人の脇見が本件事故の原因であるなどと根本的に誤った判断をしたため,被告人の運転状況等の事情を正当に評価しないまま,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったとは認められないとしており,重大な事実の誤認があって,その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 弁護人らの主張の要旨本件事故にはAが不正常な運転をしたことによる同人の過失が競合しているのに,1審判決は,この点を全く考慮していない。すなわち,被害車両は時速約30キロメートルと異常に低速であったこと,両車両の衝突痕跡から認められるような極端な潜り込み追突からすると,被害車両が急ブレーキをかけていたといえること,被害車両は衝突地点から約40メートル走行した後,海中に転落しており,その間,ハンドル操作もブレーキ操作もなされていないなどの不正常な運転がある(ただし,- 8 -衝突前からブレーキをかけ,衝突後もブレーキをかけ続けていたとも主張する)。 Aは,居眠り運転をしていたところ,急に強い後方からの光に驚いて,前方からの光と間違えて急ブレーキをかけ,衝突の反動で意識を失い(ただし,Aが脳しんとうを起こしたことを裏付ける客観的な証拠はないとも主張する),あるいはパニック状態のままなすすべもなく,海上へ落下したといえる。急ブレーキや居眠りを否定するAの1審公判及び捜査段階での供述は,内容に乏しい上,齟齬があり 付ける客観的な証拠はないとも主張する),あるいはパニック状態のままなすすべもなく,海上へ落下したといえる。急ブレーキや居眠りを否定するAの1審公判及び捜査段階での供述は,内容に乏しい上,齟齬があり,信用できない。 第3当裁判所の判断 1審判決が事故原因を脇見とした点について(1)本件事故の原因を除く事故態様についての1審判決の認定は,相当として是認できるが,事故原因を脇見とした1審判決の認定は,是認することができない。 すなわち,本件事故の原因を除く事故態様については,1審判決が認定するとおり,被告人が事故直前に前方を走行中の被害車両に気付き,急ブレーキをかけハンドルを右転把したが及ばず,被害車両の右後部に被告車両の左前部を衝突させたものであること,被告車両のスリップ痕印象前の速度は時速約100キロメートル,被害車両の衝突直前の速度は時速約40キロメートルであること,被告人が被害車両に気付いた時期及び地点については,正確には特定はできないものの,1審判決が説示するとおり,遅くとも衝突から約0.846秒以上前で,少なくとも衝突地点から23.7メートル(その時点での車間距離は14メートル余りである。すなわち,上記0.846秒を前提に,制動がかかった後衝突までの間の被告車両の平均時速と被害車両の時速差59キロメートル,制動がかかる前の時速差60キロメートルとして計算すると,(0.096秒×59+0.75秒×60)×1000÷3600=14.073となる)以上手前であったといえるが,急ブレーキ及びハンドル右転把による回避措置はとったが衝突を避けられなかったことが明らかであるから,進路前方を走行中の被害車両を間近に迫って初めて発見したことが認められる。 しかし,その事故原因を検討するに,控訴審における事実取調べの結果によれば,- 9 - られなかったことが明らかであるから,進路前方を走行中の被害車両を間近に迫って初めて発見したことが認められる。 しかし,その事故原因を検討するに,控訴審における事実取調べの結果によれば,- 9 -本件大橋上の道路には,h方面からe方面へ向かって見て,左側が低くなるように約2パーセントの横断勾配が付けられており,警察官が行った走行実験によれば,h方面からe方面へ向かって,本件大橋上の直線道路約300メートルの間で時速約50キロメートルで自動車を進行させ,車両の進行方向が道路に対して直進状態になった任意の地点から,ハンドルを操作せず走行すると,自動車の進路は左側方向へ行ってしまい,約3ないし12秒後(実験24回中,3秒が12回,4秒が6回,5秒が2回,6秒,7秒,8秒及び12秒が各1回)に,ハンドルを固定して走行しても約6秒後(実験1回)に,進路の外側線に最接近した事実が認められる(控訴審検3)。なお,上記実験のうち12秒を要したもの(実験車両1の実験1回目の3)については,他の23回の実験とは異なり,ハンドル無操作開始地点が,本件事故現場に極めて近接した場所であり(同実況見分調書の写真⑨),そこから優に本件事故現場を通り過ぎた地点までを走行した結果であるから,本件事故現場に至るまでの被告車両に対する横断勾配の影響を検討する上では,この結果は度外視して検討せざるを得ない(なお,同実況見分調書の写真⑪は,その回の実験のハンドル無操作開始時の写真とされているが,道路左側の外側線に最接近した後の写真と認められる。しかし,同実況見分調書の写真⑨及び⑩並びにCD(控訴審検5)の記録内容からすると,同実況見分調書作成時に写真の選択を誤ったに過ぎないと認められ,同実況見分調書の信用性を失わせるものではない)。そして,上記23回の走行実験の結果を詳細に見 CD(控訴審検5)の記録内容からすると,同実況見分調書作成時に写真の選択を誤ったに過ぎないと認められ,同実況見分調書の信用性を失わせるものではない)。そして,上記23回の走行実験の結果を詳細に見ると,無操作開始1回目では3秒が5回,4秒が4回,同2回目では3秒が3回,4秒が1回,5秒が2回,6秒,7秒,8秒が各1回,同3回目では3秒が4回,4秒が1回となっている。この走行実験は,本件事故当時の被告車両と速度の点で差異はあるものの,その結果から考えれば,本件事故現場に至るまでの本件大橋上の直線道路では,自動車を直進させるためには,横断勾配によってハンドルが左側に流れないように進路前方を見ながら絶えず右側にハンドルを微修正しながら進行させる必要があるのであるから,被告人は,自車の進路を調節しなければ,左側縁石に接触するか,少なくとも左側縁石に接触する- 10 -危険を感じたはずであって,長時間の脇見継続は不可能といえる。ところが,被告車両が本件事故前に本件大橋上で左側縁石に接触したり,被告人が左側縁石との接触の危険を感じた事実はうかがわれず,概ね自車線内での進路を保って進行しているといえる。さらに,本件事故による被告車両のタイヤ痕がセンターラインに対して約2.8度と極めて狭い角度で印象されていること(1審検甲63)からすると,被告人が本件事故直前にハンドルを右転把したことによっても,自車線左側に寄った位置から急激にセンターライン方向へ進路を変えたとはいえないから,被告車両が本件事故直前に横断勾配の影響に対して進路を修正しないまま自車線左側に寄って進行していたとは認められない。 そうすると,被告人は,ハンドル操作をして進路が左に寄らないように修正を加えていたと認められ,この進路の修正は,右方向へ脇見をしながら行うことは不可能であり,進路 て進行していたとは認められない。 そうすると,被告人は,ハンドル操作をして進路が左に寄らないように修正を加えていたと認められ,この進路の修正は,右方向へ脇見をしながら行うことは不可能であり,進路前方を視界に入れて,センターライン,外側線又は左側縁石等との位置関係から進路を保つべく修正することになるから,被告人は,進路前方を視界に入れて進行していたといえる。 これに対し,1審判決は,本件事故前後の被告人の行動や脇見をしたという被告人の供述に着目して,事故原因を脇見としているが,その脇見は距離にして最大約318メートル,秒数にして約11.4秒から12.7秒にわたる可能性があるというのである。このような長時間にわたって脇見運転を継続すること自体,通常では考え難い運転態度であり,1審判決も正常な運転が困難な状態にあったことを疑わせる事情であると指摘しつつも,なお事故原因を脇見と判断しているので,その根拠について更に検討する。 1審判決は,事故原因を脇見と認定した根拠として,①被告人の脇見供述は,本件事故の態様と整合している,②本件大橋付近の道路状況,すなわちf湾等の景色を見渡せる道路状況に照らして不自然でない,③本件大橋の直線道路に入った後に右側に脇見したとしても,その後助手席のHと会話したときは,いったん視線を前に戻し,その後,再び右側に脇見したとみるのが合理的であるとする。また,1審- 11 -判決は,④被告人の脇見供述が自首したときから一貫したもので,脇見をするのは注意力が散漫になっていることにほかならないから,被告人が脇見をした理由やその状況を具体的に説明できなかったとしても不合理とはいえない,被告人は,脇見の態様について真横からではなく自然に見る感じで見ていたと述べており,前方が視界に入っていなかったことを被告人なりに説明している 況を具体的に説明できなかったとしても不合理とはいえない,被告人は,脇見の態様について真横からではなく自然に見る感じで見ていたと述べており,前方が視界に入っていなかったことを被告人なりに説明しているとする。 まず,①の根拠は,事故直前に被告人が回避行動をとっていることや,事故後,対向車線にはみ出た自車を自車線に戻していることから,被告人が相応の運転操作ができているとの判断を前提に,先行車両への追突という本件の事故態様からして,被告人が前方を見ていれば,被害車両の間近に迫る前に,同車の存在を認識できたはずであるという推論に基づくものと解される。しかし,被告人の脇見供述は,なによりも,本件事故当時,被告人が上記横断勾配による被告車両の進路への影響にもかかわらず,自車の進路前方を見て進行していたという客観的証拠によって認められる情況事実に反するものである。そして,被告人が相当飲酒していた本件事案においては,アルコールが人体の運動能力のほかに注意力・判断力の減退にも影響を及ぼすものであることを考慮すると,相応の運転操作ができていたとしても,前方を見れば当然に先行車を認識できたという推論が成り立つとは必ずしもいえないのである。すなわち,自動車の運転を開始後に,段々と酒の酔いが回ってきて前方や周囲の風景がぼんやりと映るという状況になるまでの間,運転者が交通事故を起こすことなく,道路状況に応じた運転操作を行うことができるなどということは十分起こり得る事態である。 ②については,本件事故当日における事故現場手前での被告人の進路右側の風景を証拠上確定することはできないが,事故から約5か月後ではあるものの平成19年1月24日実施の実況見分調書(1審検甲68)によれば,衝突地点手前約417メートルの地点では,フェンス越しに照明が連立しているのが見える状況,同2 ないが,事故から約5か月後ではあるものの平成19年1月24日実施の実況見分調書(1審検甲68)によれば,衝突地点手前約417メートルの地点では,フェンス越しに照明が連立しているのが見える状況,同278メートルの地点では,欄干越しにクレーンの電気等が見え,注視するとクレーンの形が見える状況,同139メートルの地点では,上記278メートルの地点と同- 12 -様の状況とされているように,被告人の進路の右側方向には,特に脇見の対象となるような目立った物はなかったと認められる。被告人も,捜査段階においては,進路右側の風景として,「キリンの様な形をした機械を見たような気もします」(1審検乙14),すなわち,クレーンと思われる物体を見た程度のあいまいな記憶しか述べておらず,脇見が長く継続したことの不自然さを説明することは困難である。 ③については,1審判決が指摘するHとの会話の際に被告人がいったん視線を戻したとの点は,Hも被告人もそのような事実を供述しておらず,その事実を直接認定できる証拠はなく,推測にとどまるといわざるを得ない。 ④についても,被告人は,「最初の取り調べで脇見して前をよく見ていなかったと言っていましたが,今よく考えてもはっきりとした原因は分かりません」(1審検乙13),「今回の事故の時,特別何かをずっと見ていた記憶はありません」(1審検乙14)などと述べており,上記のとおり,進路右側の風景としてクレーンを見た程度の記憶しかない。被告人の供述内容は,自分が前方を見ていれば被害車両を発見して事故を回避できたはずであるという前提に立って,事故の原因を推測して供述しているにすぎず,脇見の対象物についても上記の程度の供述にとどまるのであるから,脇見をしていたという具体的な記憶を供述していたとはいえない。 1審及び控訴審において,具体的な脇見 原因を推測して供述しているにすぎず,脇見の対象物についても上記の程度の供述にとどまるのであるから,脇見をしていたという具体的な記憶を供述していたとはいえない。 1審及び控訴審において,具体的な脇見の記憶があるかのようにいう被告人の供述は,上記捜査段階の供述とそぐわないものであり,信用できるものではない。 さらに,1審判決がいう「脇見をしているということは,注意力が散漫になっていることにほかならない」との前提で,特定の対象物を見ていたのではなく漫然と考え事をしながら脇見をしていたことを想定しても,時速約100キロメートルの高速まで加速し,脇見を長く継続しつつ漫然と進行すること自体,常識的に考えられないことは同様であるし,上記横断勾配による進路への影響に対応できていたことからすると,そのような想定自体が誤っているというべきである。 したがって,本件事故原因を脇見(漫然と考え事をしていた場合も含む)であるとした1審判決の認定が誤りであることは明らかである。 - 13 -そして,被告人の進路前方の視認状況について検討すると,控訴審において取り調べた実況見分調書(控訴審検8)によれば,被告車両が時速約100キロメートル,被害車両が時速約40キロメートルで進行していたとの前提で,衝突12秒前から1秒前までの12段階での両車の走行地点に,仮想被告車両と仮想被害車両を配置して,仮想被告車両から仮想被害車両の視認状況について実況見分を行ったところ,衝突前12秒地点(両車の車間距離200.4メートル)で自車線の進路上に赤いランプが見え,同10秒地点(同167メートル)で仮想被害車両の尾灯が2つ見え,何となく車のような形がぼんやりわかり,同9秒地点(同150.3メートル)で同じく尾灯が2つ見え,車の輪郭のようなものが見える状況であったことが認められ,被告人が )で仮想被害車両の尾灯が2つ見え,何となく車のような形がぼんやりわかり,同9秒地点(同150.3メートル)で同じく尾灯が2つ見え,車の輪郭のようなものが見える状況であったことが認められ,被告人が,正常であれば遅くとも同9秒地点を走行していた時点までに前方を走行する車両の存在を認識できたことは優に認められる。すなわち,自動車運転者が常に視界の最大限遠方ばかりを見ているわけではないことを考慮しても,テールランプと思われるものが同12秒地点から認識可能となるのであるから,上記の車の輪郭のようなものが見えるに至る同9秒地点の走行時までに先行する被害車両の存在を認識できたことは明らかである(なお,被告人は夜間の本件事故現場付近での実況見分(1審検甲40)において,本件事故現場に停止させた仮想被害車両のテールランプ2つを約231.4メートル手前から認識できており,その程度の遠方にあるテールランプの明かりを視認できる視力があったと認められる)。 また,上記実況見分は,被告車両が時速約100キロメートル,被害車両が時速約40キロメートルで走行し続けていたことを前提としているところ,同9秒地点から衝突までの間,被告車両が時速約80キロメートルから時速約100キロメートルに加速する一方,被害車両が時速約50キロメートルから徐々に時速約40キロメートルに減速した可能性も考えられるが,そのように仮定すれば,同9秒地点から衝突地点までの走行秒数は9秒より長くなる上,同9秒地点での両車の車間距離もより短くなり,被害車両をより容易に視認できたことになるから,被告人にとって有利な前提での実況見分といえる。 - 14 -(2)弁護人らの主張について弁護人らは,上記横断勾配が存在することを前提にしても,飽くまで最大12. 7秒の長時間の脇見運転が不可能というだけであり 有利な前提での実況見分といえる。 - 14 -(2)弁護人らの主張について弁護人らは,上記横断勾配が存在することを前提にしても,飽くまで最大12. 7秒の長時間の脇見運転が不可能というだけであり,被告人が当初から弁明しているとおり,短時間の脇見運転は十分可能である,また,被害車両が時速約40キロメートルで走行していたことを前提としても,上記実況見分で先行車の尾灯が2つ見えるのは,同9秒地点(両車の車間距離150.3メートル),車の輪郭を含めて見えるのは同8秒地点(同133.6メートル)であって,衝突前12秒から被害車両を認識できたとはいえない,また,この実験当時は,事故当時と異なり,反射板が2メートル間隔で設置されており,通行車両をライトアップしていること,被験者は前方に車があることをあらかじめ知っていること,静止視力による先行車の視認状況であることからすると,事故当時とは前提が異なる,などと主張する。 しかし,被告人の捜査段階における脇見に関する供述が具体性に乏しいことは上記のとおりであり,被告人が当初から一貫して短時間の脇見を供述していたとはいえない上,実況見分調書(控訴審検8)によれば,被告人は,衝突前約9秒地点までに先行車の尾灯が2つ見えることに加えて車の輪郭のようなものが見える状況にあってその存在を認識できたと認められることについても先に説示したとおりであり,仮にその直前ころから脇見を開始したとしても,先行車に間近に迫って気付くまでの約8秒にもわたる脇見継続時間は短時間とはいえず,不自然に長いといわざるを得ない。そして,反射板は通行車両をライトアップするものではなく,その設置により先行車の存在が確認しやすくなったとは考えられないし,あらかじめ前方に車があることを知っているからといって,客観的な視認状況に影響を与えるとはいえ 車両をライトアップするものではなく,その設置により先行車の存在が確認しやすくなったとは考えられないし,あらかじめ前方に車があることを知っているからといって,客観的な視認状況に影響を与えるとはいえない。また,ほぼ直線の道路を進行している状況であるから,被告人の視界内で先行車の位置が大きく変動することはなく,先行車の存在自体を認識するに際して,動体視力と静止視力の差異が実況見分結果に影響を及ぼすとは考えられない。 また,弁護人らは,Aは,衝突約16秒(被害車両が時速約40キロメートルとしても約13秒)前からミラー等で被告車両の接近を気付くことができたのに,直- 15 -前になって突然の光に気付いたと述べている点は不合理で,1審で取り調べられた鑑定書等によれば,被害車両は本件事故時に時速30キロメートル台の低速であったといえるから,同人は居眠り運転をしていたところ,被告車両のライトの光に気付き,これを対向車と勘違いして急ブレーキをかけ続け,又は,衝突後に適切な回避行動をとっていないなどと主張する。 しかし,被害車両についても被告車両同様に,上記横断勾配による進路への影響にもかかわらず進路を保って走行していたことからすると,Aが居眠り運転をしていたとは考えられず,これを否定する同人の供述は信用できる。そして,運転者は基本的には前方を注視して運転するのであって,常時,後方から接近する車を確認するわけではないから,Aが被告車両の接近に直前まで気付かなかったことが不合理とはいえないし,同人が当裁判所の尋問において被告車両のライトに気付いた状況を述べるところにも不自然な点はない。また,鑑定結果や鑑定者の公判供述等を踏まえて被害車両の本件事故当時の時速を約40キロメートルと認定した1審判決の判断が不合理とはいえないし,その速度は,本件事故現場付近の制限 にも不自然な点はない。また,鑑定結果や鑑定者の公判供述等を踏まえて被害車両の本件事故当時の時速を約40キロメートルと認定した1審判決の判断が不合理とはいえないし,その速度は,本件事故現場付近の制限速度が時速50キロメートルであり,最大3パーセントの上り勾配になっているため,運転者が制限速度で走行しているつもりであっても,自然に速度が低下する可能性があることからして,特別に低速とはいえず,異常な運転をしていた根拠とはなり得ない。 さらに,被告車両は,被害車両右後部に潜り込む形で追突しているが,被害車両の後部バンパーと被告車両の前部バンパーの高さの差異は,両車の乗員による沈みこみ量を踏まえると約5センチメートルであり,本件事故は,被告車両の急ブレーキによるノーズダイブのみによって十分に起こり得るといえるのであって,被害車両が急ブレーキをかけてテールアップ状態になっていなければ起こり得ないとはいえない。これについて弁護人らは,被告車両の前部バンパーの上端より更に高くボンネットの付け根から約13センチメートルの位置に折損があることをもって,被害車両が急ブレーキをかけた状態にあったと主張する。確かに,この折損は,被害車両の右後部バンパーカバーの後端部分との衝突によりできたと認められるが(1審- 16 -検甲7の写真136,137),被告車両の前部バンパー上のボンネットの付け根付近には,同じく被害車両の右後部バンパーカバーの後部下面と接触してできたと認められる傷があり(同133ないし135),両車ともにノーズダイブ,テールアップ状態で衝突が起きたというのであれば,この後者の傷を合理的に説明することは困難である。なお,突然に追突された状況下で被害者側に極めて合理的な回避行動を要求することはできないというべきである。 したがって,弁護人らの主張はいず であれば,この後者の傷を合理的に説明することは困難である。なお,突然に追突された状況下で被害者側に極めて合理的な回避行動を要求することはできないというべきである。 したがって,弁護人らの主張はいずれも採用できない。 事故原因の認定及び危険運転致死傷罪の成否に関する当裁判所の判断(1)被告人は,本件大橋上の事故現場手前の直線道路では,上記横断勾配による進路への影響にもかかわらず進路を保って進行していることからすると,前方に視線を向け,進路前方の左右,すなわちセンターライン,外側線や左側縁石等との位置関係等から相応の進路の調節をしていたといえるし,被告人も居眠り運転をうかがわせる供述はしておらず,本件の事故原因として,被告人の居眠りの可能性も考えられない。 そして,上記のとおり,被告人は,先行する被害車両を遅くとも衝突約9秒前までに認識できる状況にあったが,被害車両に間近に迫るまでの8秒程度の長い時間にわたり,被害車両の存在を認識できないまま進行しているといえるところ,その理由を合理的に説明するとすれば,結局,被告人は,基本的には前方に視線を向け,正常な状態であれば当然に認識できるはずの被害車両の存在を認識できない状態で運転をしていたとしか考えられず,この事故態様からその原因を考えるに,本件の事実関係のもとでは,飲酒の影響以外には特段考えられるものはない。そこで,被告人の飲酒状況,飲酒検知の結果や事故前後の被告人の言動,飲酒が人体に与える影響等を踏まえ,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったといえるか否かを更に検討する。 (2)被告人の飲酒量や酩酊状況,本件事故前後の被告人の言動等については,概ね1審判決が認定するとおりであるが,これに加え,飲酒が人体に与える影響等- 17 -を含め,以下の事実が認められる。 ア被 被告人の飲酒量や酩酊状況,本件事故前後の被告人の言動等については,概ね1審判決が認定するとおりであるが,これに加え,飲酒が人体に与える影響等- 17 -を含め,以下の事実が認められる。 ア被告人は,本件当日午後6時ころから7時ころまでの間,自宅で夕食としてふぐ鍋を食べながら,350ミリリットルの缶ビール1本,アルコール度数25度の焼酎ロックを3杯(焼酎の量は約180ミリリットル)を飲んだ。次いで,L及びHと3人で居酒屋「M」において飲酒し,被告人は,アルコール度数25度の焼酎ロックを5,6杯(焼酎の量にして約300ないし360ミリリットル)を飲んだ。さらに,L及びHとスナック「G」において飲酒し,被告人は,ブランデーの水割りを数杯飲んだ。 イ被告人は,「M」から退店するため靴を履く際に,バランスを崩したことがあり,店員に対し,「酔うとります」と言った。Gでも,被告人は入店して間もなく,ホステスに「今日は酔っぱらっとるけん」などと言った。被告人は,最初はブランデーの水割りを一気飲みしたが,2杯目以降は飲むペースが落ち,顔をしかめるようにして飲んだ。また,被告人は,トイレから戻って丸椅子に座ろうとした際,バランスを崩して後ろに倒れそうになったり,ホステスが飲んでいる水割りのグラスの底を持ち上げて無理に飲ませようとして水割りを同女のスカートにこぼしたりした。その後,被告人は,左肘を左太ももの上に置いて前かがみの姿勢になったり,伸びをした後大きくため息をつく様子を見せたりした。 なお,弁護人らは,G従業員の主観的な印象で述べられた供述をもとに被告人が酒に酔っていたと認定することは不当である旨主張するが,上記認定したところは,外部的に現れた被告人の動作,発言や表情などに基づいており,供述者の主観的印象をもとに被告人の飲酒時の状況を認定して 人が酒に酔っていたと認定することは不当である旨主張するが,上記認定したところは,外部的に現れた被告人の動作,発言や表情などに基づいており,供述者の主観的印象をもとに被告人の飲酒時の状況を認定しているわけではない。 ウ本件事故後,約48分後に北川式飲酒検知管を使用して実施された被告人の飲酒検知の結果は呼気1リットル中0.25ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態であり,飲酒検知をしたN警察官は,「酒臭」は顔面から50センチメートル離れた距離で「強い」,「目の状態」は「充血」,「歩行能力」は「正常に歩行した」,「直立能力」は「直立できた」と認め,酒気帯び状態と認定した。 - 18 -なお,証人Jの鑑定書及び1審公判供述によれば,5名の被験者による飲酒再現実験を行い,北川式飲酒検知管により計測した呼気アルコール濃度の血中アルコール濃度に対する比の平均値が3165分の1であること及び本件事故当時の被告人の血中アルコール濃度は血液1ミリリットル中0.9ないし1.0ミリグラムであったと推定できるとの鑑定結果が得られており,証人Kもその合理性を支持する供述をしているが,各被験者でも相当の差異があり,個人差は否定できず,1審判決が説示するとおり,本件事故当時の被告人の血中アルコール濃度の数値を,上記鑑定結果に沿って認定することはできないといえる。しかし,被告人に有利に考えてみても,一般に上記の比は2000分の1と解されていること(道路交通法施行令44条の3参照),また,事故後飲酒検知までの時間の経過に伴う保有アルコール濃度の低下は明らかであることからすると,本件事故当時,被告人の血中アルコール濃度が血液1ミリリットル中0.5ミリグラムを上回る程度にあったことは明らかである。 エ飲酒検知時の被告人の言動等被告人は,飲酒検知の前後を通じて,警察 ると,本件事故当時,被告人の血中アルコール濃度が血液1ミリリットル中0.5ミリグラムを上回る程度にあったことは明らかである。 エ飲酒検知時の被告人の言動等被告人は,飲酒検知の前後を通じて,警察官から事故態様等を尋ねられてもすぐには答えず,当初「分からん」とか「覚えとらん」などと返答したり,職業を尋ねられた際に節を付けて「サラリーマン」である旨答えるなど横柄な態度を見せたり,多少頭や肩が揺らいだり,警察車両の座席に座っている際に,腰が徐々に前にずれて姿勢が崩れることもあった。もっとも,被告人が歩行した際に,千鳥足であったり,蛇行したということはなかった。 オ飲酒の人体への影響等アルコールは脳の機能を抑制する作用を持っており,自動車の運転でいえば,前頭葉の機能の抑制により,周囲に対する注意が散漫になり,動くものを見ながら追従していく行為がおろそかになってくるし,頭頂葉の機能の抑制により,手足や目から入ってくる感覚を頭の中で統合しながらバランス感覚を持って自動車を動かしている作業に,アンバランスな状況が加わってくることになる。実際に視界に入っ- 19 -ている物体を認識できない状態になる現象については,血液1ミリリットル中0. 9ないし1.0ミリグラムの血中アルコール濃度を保有する状態にあれば十分であるが,同0.5ミリグラムの濃度に至るまでであっても,特に目を動かす機能については影響を及ぼすことは明らかであり,同0.5ミリグラムを超えると非常に危険な状態になる。そして,こうしたアルコールの脳の機能抑制は,本人が感じる酩酊感には違いがあるが,脳への影響にはほぼ個人差はない(証人Kの1審公判供述)。 (3)そうすると,本件事故の原因が脇見運転ではなく,被告人が前方に目を向けつつ,遅くとも衝突前約9秒から,直前に間近に迫った被害車両を発見 への影響にはほぼ個人差はない(証人Kの1審公判供述)。 (3)そうすると,本件事故の原因が脇見運転ではなく,被告人が前方に目を向けつつ,遅くとも衝突前約9秒から,直前に間近に迫った被害車両を発見するまでの長きにわたって前方を進行する被害車両を認識できなかったという本件事故の客観的な態様を前提に,被告人が,上記のとおり相当量の飲酒をし,身体のバランスを崩すなどの体験をし,自ら酔っている旨も発言し,Hからもふだんとは違う高速度の運転を指摘されていること,本件事故当時少なくとも血液1ミリリットル中0. 5ミリグラムを上回るアルコールを身体に保有する状態で,先行車を認識するために必要な目の機能にも影響が出る程度の危険な状態にあったといえること,本件事故後の被告人の言動にも飲酒時の兆候が出ていたことなどから本件事故当時の被告人の状態を考察すれば,被告人は,歩行能力や直立能力などの運動能力自体は異常といえる状態にはなかったが,飲酒により脳の機能が抑制され目が正常に物体を追従することが困難となり,視覚探索能力が低下したことによって,前方注視が困難な状態であるため,直前に迫るまで被害車両を認識できなかったと認められる。 これに対し,1審判決は,正常な運転が困難であったことを否定する事情を種々説示しているので検討するに,まず,被告人が,本件事故現場に至る前に,G前駐車場から本件交差点に至るまでに,幅員の狭い道路を通るなどしながらも事故を起こした事実はうかがわれないが,幅員が狭い道路では意識的に慎重に運転せざるを得ないし,低速で進行することになるから,被告人の危険な状態が顕在化しなかったといえるのであって,交通事故等を起こさずに本件事故現場まで来ることができ- 20 -たとしても不合理とはいえない。次に,1審判決は,被告人のGまでの飲酒により被告人が酒 な状態が顕在化しなかったといえるのであって,交通事故等を起こさずに本件事故現場まで来ることができ- 20 -たとしても不合理とはいえない。次に,1審判決は,被告人のGまでの飲酒により被告人が酒に酔った状態にあったとしながらも,これを軽視しているが,その理由としては,1審判決が「具体的な運転状況を離れて直ちに正常な運転が困難な状態とする根拠とはいえない」と説示しているように,まさに事故原因が被告人の脇見にあるとみたことが影響しており,本件の事故原因を脇見とすることが誤りで,被告人が前方に目を向けながらも間近に迫るまで被害車両の存在を認識できなかったことからすれば,被告人の飲酒状況が重視されることは当然である。そして,本件事故後の被告人の証拠隠滅に向けた行動等は自動車を正常に運転する能力とは質的に異なるものであるし,被告人が事故直前に回避措置をとり,事故直後に自車線方向に戻ったことや,飲酒検知管に貼る小さなシールにも署名したことも,主として運動に関する能力が失われていないことを示すもので,被告人が飲酒の影響により先行車を視覚により探索する能力が低下したことと矛盾するものではない。また,被告人が,飲酒検知当時,歩行及び直立能力が正常と判断されている点についても同様であり,それらの能力があっても,前方注視を行うために必要な視覚によって先行車を探索する能力が当然にあったと認められるわけではない。 (4)危険運転致死傷罪にいうアルコールの影響により正常な運転が困難な状態とは,アルコールの影響により現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態を意味すると解するのが相当である。これを本件についてみると,被告人は,自車を走行させるための相応の運転操作は可能であったが,前方注視を行う上で必要な視覚による探索の能力が低下したた 困難な心身の状態を意味すると解するのが相当である。これを本件についてみると,被告人は,自車を走行させるための相応の運転操作は可能であったが,前方注視を行う上で必要な視覚による探索の能力が低下したために前方の注視が困難となって先行車の存在を間近に迫るまで認識することができない状態にあり,現実に道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行えなかったものであって,アルコールの影響により,正常な運転が困難な状態で本件事故を起こしたと認められる。 そして,被告人の認識について検討するに,アルコールによる視覚への影響という事柄の性質上,その影響が本人である被告人に分からないはずはないのであって,本件事故当時,被告人は当然に自らの視覚に異常が生じて前方の注視が困難な状態- 21 -であることを認識していたと認められる。また,被告人は,自らが上記のとおり相当のアルコールを摂取した事実を認識し,身体のバランスを崩して平衡感覚を保ち得ないなどの体験をしたり,自ら酔っている旨も発言していること,Hからもふだんとは違う高速度の運転について指摘されていることなどからして,相当に酒に酔っていることも自覚できていたと認められる。そうすると,被告人には,アルコールの影響による正常な運転の困難性を基礎付ける事実の認識に欠けるところはなく,危険運転致死傷罪の故意も認められる。 (5)以上によれば,被告人には,危険運転致死傷罪が成立すると認められ,その成立を否定した1審判決には,検察官が控訴趣意で主張するとおり,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。 第4破棄自判よって,弁護人らの量刑不当の控訴趣意に対する判断をするまでもなく(ただし,自判に際し,その主張内容を検討する),刑訴法397条1項,382条により1審判決を破棄した上,同法400条ただし書により,更に判 ,弁護人らの量刑不当の控訴趣意に対する判断をするまでもなく(ただし,自判に際し,その主張内容を検討する),刑訴法397条1項,382条により1審判決を破棄した上,同法400条ただし書により,更に判決する。 (罪となるべき事実)第1被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,福岡市a区大字bi番地のj先のc大橋上の道路において,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方の注視が困難な状態となっていた。それにもかかわらず,被告人は,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で普通乗用自動車を時速約100キロメートルで走行させたことにより,折から,前方を走行中のA(当時33歳)運転の普通乗用自動車右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃により,上記A運転車両を左前方に逸走させて同橋の上から海に転落・水没させた。その結果,同月26日午前零時4分ころ,同区のO病院において,同車同乗者B(当時3歳)を,同日午前零時33分ころ,同区のP病院において,同車同乗者C(当時1歳)を,同日午前2時25分ころ,上記P病院において,同車同乗者D(当時4歳)をそれぞれ溺水により死亡させたほか,上記A及び同車同乗者E(当時29歳)に加療約3週間を- 22 -要する全身擦過傷等の傷害をそれぞれ負わせた。 第2被告人は,平成18年8月25日午後10時48分ころ,上記c大橋上の道路において,上記のとおり,普通乗用自動車を運転中にBらを死傷させる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為のうち,危険運転致死の点はいずれも平成19年法律第54号附則2条により同法による改正前の刑法208条 める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為のうち,危険運転致死の点はいずれも平成19年法律第54号附則2条により同法による改正前の刑法208条の2第1項前段(人を死亡させた場合)に,危険運転致傷の点はいずれも同法208条の2第1項前段(人を負傷させた場合)に,判示第2の所為のうち,救護義務違反の点は平成19年法律第90号附則12条により同法による改正前の道路交通法117条,72条1項前段,報告義務違反の点は道路交通法119条1項10号,上記改正前の道路交通法72条1項後段に,それぞれ該当するが,判示第1の各危険運転致死及び各危険運転致傷は,1個の行為が5個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重いDに対する危険運転致死罪の刑で処断し,判示第2の救護義務違反及び報告義務違反は,1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により,1罪として重い救護義務違反の罪の刑で処断し,判示第2の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により,重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役20年に処し,同法21条を適用して1審における未決勾留日数中180日をその刑に算入し,1審及び控訴審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,自宅で夕食時に飲酒した上,更に友人らと居酒屋及びスナッ- 23 -クで飲酒を重ね,相当酒に酔っていたにもかかわらず自車(普通乗用自動車)の運転を開始し,友人を自宅に送った後,福岡市の中心部へいわゆるナンパに行くために ,更に友人らと居酒屋及びスナッ- 23 -クで飲酒を重ね,相当酒に酔っていたにもかかわらず自車(普通乗用自動車)の運転を開始し,友人を自宅に送った後,福岡市の中心部へいわゆるナンパに行くために,友人1名を同乗させて自車を運転中,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であるのに,本件大橋上を時速約100キロメートルで自車を走行させ,前方を走行中のA夫妻ら一家5名が乗車する普通乗用自動車に追突したことにより,同車を橋上から転落,水没させ,A夫妻の子ら3名を溺死させるとともに,A夫妻にもそれぞれ傷害を負わせた危険運転致死傷及び飲酒運転で事故を起こしたことが発覚すれば失職するとの考えから,現場からそのまま逃走して道路交通法所定の救護・報告義務を怠った同法違反からなる事案である。 被告人は,相当量の飲酒をしていながら身勝手な理由で自動車の運転を開始し,制限速度時速50キロメートルである一般道の橋りょう上を時速約100キロメートルもの高速度で進行しており,その態様は危険で,経緯・動機に酌むべき点もない。そして,本件により,被害者ら親子5名のうち,3名の幼児の尊い生命を奪うこととなっており,結果は誠に重大である。死を免れたA夫妻も,車ごと海に転落した恐怖や受傷の結果もさることながら,懸命な救助もかなわず,3名の子を一挙に失うという残酷な事態によって多大な苦痛を受けるなど,本件事故の影響は重大であって,同人らの極めて厳しい処罰感情ももっともである。被告人は,事故後には,自己中心的動機により現場から逃走して救護・報告義務を怠るにとどまらず,友人に身代わりを依頼するなど証拠隠滅までも画策しており,本件各犯行の犯情は悪質である。さらに,本件犯行当時においても,既に飲酒運転等による危険な自動車運転が後を絶たないことが社会問題化していたのであって,こう りを依頼するなど証拠隠滅までも画策しており,本件各犯行の犯情は悪質である。さらに,本件犯行当時においても,既に飲酒運転等による危険な自動車運転が後を絶たないことが社会問題化していたのであって,こうした危険運転による交通事故の撲滅が強く求められてきた社会情勢にかんがみると,一般予防の見地からも厳しい非難を免れない。したがって,被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。 弁護人らは,本件大橋上の防御柵の設置基準に見通しの過誤があり,被害車両の転落を阻止できなかったという不幸が重なって結果が発生しており,すべての結果- 24 -責任を被告人一人に負わせるべきではないと主張するが,防御柵の設置基準が不適切であったと認めるに足りる証拠はない上,危険運転行為の性質上,ひとたび事故を起こせば,種々の因果の流れにより,重大な死傷の結果が生じる可能性があることはおのずと明らかで,被告人の行為に比してたまたま結果だけが重大になったものとはいえず,量刑上重視すべき事情とはいえない。 そうすると,被告人には法律上の自首が成立していること(ただし,本件大橋上に破損して走行不能となった自車が停車しており,被告人が犯人であることの発覚は必至の状況下での自首であって,量刑上さほど重視することはできない),被告人が反省の弁を述べ,被害者らに謝罪する姿勢を示していること,Q職員を懲戒免職となっており社会的制裁を受けていること,前科はないこと,被告人の親族が被告人の更生に協力する姿勢であることなど,弁護人らが主張する被告人のために酌むべき事情を考慮しても,主文の刑が相当である。 よって,主文のとおり判決する。 平成21年5月15日福岡高等裁判所第3刑事部裁判長裁判官陶山博生裁判官小松平内裁判官岩田光生 主文 よって,主文のとおり判決する。 平成21年5月15日福岡高等裁判所第3刑事部裁判長裁判官陶山博生裁判官小松平内裁判官岩田光生
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