平成30(わ)145 重過失失火,重過失致死傷

裁判年月日・裁判所
令和2年10月28日 広島地方裁判所
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判決文本文10,411 文字)

主文 被告人を禁錮3年に処する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,広島市a区b町c番d号Aビル(木造瓦葺2階建,床面積合計約498.9平方メートル)1階飲食店「B」に店長として勤務していたものであるが,平成27年10月8日午後9時40分頃,C(当時36歳)ら49名が現にいる同ビル1階南側階段東側スペースにおいて,発見した1匹のごきぶりを駆除するに当 たり,アルコール製剤に点火して噴霧すると大きな噴霧火炎が生じることをかねてから認識し,さらに,そのごきぶりの周囲には段ボール,発泡スチロール,廃油が入ったペール缶等の可燃物が存在していることも認識していたのであるから,ごきぶり駆除の手段として同スペースでアルコール製剤に点火して噴霧することを厳に差し控えるなどして火災の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り, そのごきぶりを炎を用いて駆除しようと考え,同スペースの床に落ちたそのごきぶりに向けて,アルコール製剤をガスバーナーの火炎で点火しながらトリガーボトルで2回噴霧し,さらに続けて,ごきぶりの周囲の床面に付着したアルコール製剤が燃焼を続けている状況で,そのごきぶりに向けて,アルコール製剤をトリガーボトルで2,3回噴霧するなどして炎を生じさせた重大な過失により,前記段ボール等 に引火させて火を失し,その火を同スペースの壁,天井等に燃え移らせ,よって,前記Aビルを全焼させて焼損するとともに,別表記載のとおり,前記Cら3名を急性一酸化炭素中毒等により死亡させ,G(当時25歳)ら3名に全治期間不詳の気道熱傷(下気道),顔面・両前腕Ⅱ度熱傷等の傷害を負わせた。 (証拠の標目) もに,別表記載のとおり,前記Cら3名を急性一酸化炭素中毒等により死亡させ,G(当時25歳)ら3名に全治期間不詳の気道熱傷(下気道),顔面・両前腕Ⅱ度熱傷等の傷害を負わせた。 (証拠の標目) 省略 (争点に対する判断)第1 争点の所在平成27年10月8日,Aビル(以下「本件建物」という。)で火災が発生して全焼し,別表記載のとおり3名が死亡し3名が傷害を負ったことは証拠上明らかで,この点に争いはない。 被告人は,この火災の発生前に,本件建物1階南側階段の東側スペース(以下「本件スペース」という。)において,床にいたごきぶりを駆除するために,そのごきぶりに目がけて,アルコール製剤をガスバーナーの火炎で点火しながらトリガーボトルで噴霧する行為(以下「火炎放射行為」という。)を2回行い,続けて周囲に炎が残るごきぶりをめがけてアルコール製剤をトリガーボトルで噴霧 する行為(以下「アルコール噴霧行為」という。)を2,3回行ったと供述しており,本件公訴事実は,被告人が供述した2回の火炎放射行為と2,3回のアルコール噴霧行為(以下,これら一連の行為を「本件行為」という。)をあわせて実行行為としている。 本件の争点は,本件行為と火災及び死傷結果との間に因果関係が認められるか, 仮に因果関係が認められる場合,本件行為を行った被告人に重過失が認められるかという2点である。当裁判所は,本件行為と火災及び死傷結果との間に因果関係が認められ,被告人に重過失が認められると判断したので,補足して説明する。 第2 前提となる事実関係関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 1 建物の構造等本件建物は,木造瓦葺2階建の建物であり,同建物1階には被告人が店長を務めていた飲食店「B」等があ 前提となる事実関係関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 1 建物の構造等本件建物は,木造瓦葺2階建の建物であり,同建物1階には被告人が店長を務めていた飲食店「B」等があり,同建物2階にはメイドカフェ等があった。 本件建物1階の見取図は,別紙(甲第2号証添付の現場見取図第5図)のとおりである。本件スペースの南側に壁等はなく,そのまま私道(幅員4メート ル)に通じており,北側及び東側には壁があり,西側は階段があった。本件ス ペースの東側壁に接して冷凍庫が置かれ,冷凍庫の西側には階段側面にあたる西側壁に接して廃油の入ったペール缶が置かれていた。本件スペースは,Bのみによって段ボールや空き瓶等のごみ置き場として使用されていた。 2 火災当日の経緯⑴ 段ボール箱の置かれた位置・形状等 Bの従業員であるKは,平成27年10月8日の出勤後,段ボール箱6箱や発泡スチロール箱4箱に入れられて取引業者らから納品された食材を取り出し,開店までに,空になった段ボール箱や発泡スチロール箱を本件スペースに移動させた。 Kは,このとき,段ボール箱をつぶしたり折りたたんだりせずに,大きい段 ボール箱に小さい段ボール箱をそのまま入れ子のように重ねて,段ボール箱の蓋は開けたままの状態にしていた。Kがこれらの段ボール箱を置いた場所は,別紙見取図の段ボール片の位置である。 なお,取引業者らから納品された食材の入った段ボール箱は新品ではなく,再利用されたものであった。 ⑵ 被告人の行動Bは同日午後7時から開店しており,被告人は,接客等を行い,本件スペースの西側壁沿いのペール缶より南の位置に空き瓶等を捨てに行くなどしていた。 被告人は,同日午後9時28分頃から来店した3名の客を席に案内し,ドリン 時から開店しており,被告人は,接客等を行い,本件スペースの西側壁沿いのペール缶より南の位置に空き瓶等を捨てに行くなどしていた。 被告人は,同日午後9時28分頃から来店した3名の客を席に案内し,ドリンクの注文を取って提供し,料理の注文を受けた。その後,被告人は,本件スペ ースに酒の空き瓶を捨てに行った際,西側壁沿いに並んだ空き瓶の上に,1匹のごきぶりがいるのを発見した。 被告人は,平成26年夏頃から,B店内などでごきぶりが出た際には,火炎放射行為を行っていたところ,今回もごきぶりを駆除するために火炎放射行為を行おうと考え,店内に戻った。 そして被告人は,店内からガスバーナーとアルコール製剤入りのトリガーボ トルを持ち出して本件スペースに行き,空き瓶の上にいたごきぶりにめがけて火炎放射行為を行った。噴霧火炎がごきぶりに命中し,ごきぶりが空き瓶の手前の床に落ちると,被告人は,続けて落下したごきぶりめがけて本件行為を行った。 被告人は,本件行為を行うにあたって,本件スペースに段ボール箱や廃油の 入ったペール缶等が置いてあることを認識していた。 ⑶ 本件火災が発覚した経緯等本件建物の南側の私道を通行したLは,同日午後9時46分頃,本件建物から火が出ていることに気づき,本件スペースを見て大きな火柱が立っていることを確認した。その後火災報知器が鳴った。被告人は,同日午後9時47分頃, 119番通報した。 3 出火箇所について実況見分を行ったMは,出火箇所は本件スペースのうち,ペール缶が置かれていた場所よりも北側の場所であり,本件スペース北側壁面西側や階段下で強い焼けが認められるが,火災当日の可燃物の状況による影響やガス漏れによっ て燃焼が続いていた影響などによって焼けの強弱が変わるため 所よりも北側の場所であり,本件スペース北側壁面西側や階段下で強い焼けが認められるが,火災当日の可燃物の状況による影響やガス漏れによっ て燃焼が続いていた影響などによって焼けの強弱が変わるため,これ以上の特定は困難であり,出火原因判定への影響も考慮してこれ以上の特定はできなかった旨述べる。 M証人は,実況見分において確認した現場の焼けの状況や焼けの方向性,出動時の見分結果,目撃者の供述状況について,豊富な火災調査の経験や専門的 知見に基づいて検討した上で出火箇所を判断しており,その証言は信用できる。 この点,弁護人は,実況見分時の焼けの強さや焼けの方向性からすると,本件火災の出火箇所は,本件スペースの北側奥中央付近であることは明らかであり,段ボール箱等に引火して本件火災が発生したとは認められないと主張する。 しかしながら,M証人は,弁護人の指摘する事情についても考慮した上で経験 等に基づいて出火箇所を判断しているものであり,弁護人の主張は独自の見解 にすぎず認められない。 第3 因果関係 1 本件行為により段ボール箱に着火する可能性があること⑴ まず,捜査機関の依頼を受けて本件行為による着火可能性を検討した証人Nは,公判において,段ボール箱の紙の厚みを前提とした着火に要する熱量,火 炎放射行為により生じる熱量等を計算し,火炎放射行為の後にアルコール噴霧行為を行うことによって燃焼継続時間が延びることなども考慮して理論的検討を行うとともに,自ら実施した実験の結果や警察における再現状況も踏まえて考察した結果,本件行為により生じた噴霧火炎によって直接段ボールに着火した可能性は小さいが,段ボールの薄い紙片がめくれ上がっていたり,穴が開い て小口が見えていたりするところに炎が当たるなど,条件が整え 果,本件行為により生じた噴霧火炎によって直接段ボールに着火した可能性は小さいが,段ボールの薄い紙片がめくれ上がっていたり,穴が開い て小口が見えていたりするところに炎が当たるなど,条件が整えば着火した可能性はある,噴射したアルコール製剤が床面に滞留して燃焼を続ける液面燃焼の火炎が段ボール箱に直接触れたり,床のタイルの目地を通じて液面が移動して段ボール箱に着火した可能性があるなどと証言する。 ⑵ また,N証人の証言を受けて,同証言の理論的検証及び本件行為による着火 可能性の実験を行った鑑定人であるOは,以下のように述べる。 ア被告人が本件行為を行った状況を再現した際のごきぶりの位置や段ボール箱の位置などを前提に,スーパーで無作為に抽出した段ボール箱や被告人が使用したトリガーボトルと同様のものを用いて本件行為によって着火するか実験を行った。火炎放射行為を2回行い,さらに続けてアルコール噴霧行為 を3回行うという実験を行ったところ,着火した。火炎放射行為を行って発生した噴霧火炎は,段ボール箱に当たるほどの勢いだった。火炎放射行為後,燃焼せずに余ったアルコールが床面で燃焼を続ける液面燃焼が生じるが,この炎は目に見えにくい。この液面燃焼が生じているところにアルコール噴霧行為を行うと,炎が強化され大きな炎が生じる。これらの噴霧火炎と液面燃 焼によって段ボールが加熱され,有炎燃焼を始めるというのが本件行為によ り着火に至る機序である。 なお,着火した段ボール箱はいずれも使用に伴う劣化が認められ,段ボールの表面部分が薄くはがれるようにして剥離片が形成されていたが,この剥離片がある場合には加熱されやすく着火する可能性が高い。 イ N証人の検討に理論的な誤りはない。段ボール箱が劣化していた可能性を 加味 分が薄くはがれるようにして剥離片が形成されていたが,この剥離片がある場合には加熱されやすく着火する可能性が高い。 イ N証人の検討に理論的な誤りはない。段ボール箱が劣化していた可能性を 加味すると本件行為により生じた噴霧火炎によって直接的に段ボール箱が着火した可能性があり,本件スペースの床面の状況等によっては,N証人の言うように液面燃焼が段ボール箱に近付いて着火した可能性もある。 ⑶ N証言は,実況見分の結果や自ら行った実験の結果を前提に,その燃焼工学に関する専門的知見に基づいて計算等を行って理論的な見解も述べられている ものである。同じく専門的知見を有するO鑑定でも理論的な誤りはないと明確に示されており,信用性に疑いはない。また,O鑑定では,被告人の供述等に基づいた前提条件を設定して実験を行ったものであって実験の前提事実に何ら問題は見受けられず,その実験結果にも信用性に疑いはない。 以上のとおり信用できるN証言及びO鑑定によれば,段ボール箱の状態や床 面の状況等の条件が整った場合には,本件行為によって段ボール箱に着火した可能性があると認められる。 ⑷ これに対し弁護人は,O鑑定や捜査機関による再現実験を前提とすれば,本件行為により段ボール箱に着火する可能性があるのは,段ボールに剥離片が形成されていた場合に限られるところ,本件火災の際に段ボールの縁に剥離片が 形成されていたことを裏付ける証拠はないから,本件行為によって段ボール箱に着火した可能性があるとはいえないなどと主張する。 たしかに,N証人の検討によると,新品の段ボールの場合には,1回の火炎放射だけでは,火炎が接しない場合には噴霧火炎の燃焼時間や熱量では着火しにくいことが理論的に結論づけられており,O鑑定人による再現実験でも,1 5回の実験のう の段ボールの場合には,1回の火炎放射だけでは,火炎が接しない場合には噴霧火炎の燃焼時間や熱量では着火しにくいことが理論的に結論づけられており,O鑑定人による再現実験でも,1 5回の実験のうち着火したのは3回であり,剥離片のない段ボール箱には1回 も着火していない。しかしながら,N証人の上記の検討でも,火炎が段ボールに接した場合は1回の火炎放射でも着火する可能性が高いとされている。さらに,再現実験において,火炎放射行為やアルコール噴霧行為が行われた位置や方向,段ボール箱との位置関係,段ボール箱や床面の状態といった具体的状況を完全に再現することは不可能であり,それらの可変的要素によって,生じる 火炎の位置や大きさ,ひいては段ボール箱への着火可能性の程度にも違いが生じ得る。上記再現実験の結果は,剥離片のない段ボールへの着火可能性がないことを示すものではない。 また,本件スペースに置かれていた段ボール箱は新品ではなく,再利用されたものであったことからすれば,一般的な経験則上,開梱の際に蓋などに剥離 片が形成されていた可能性も十分にある。 加えて,N証人は,床面に滞留したアルコール製剤の液面燃焼による火炎が段ボール箱に触れて着火した可能性がある旨証言しており,O鑑定人もその見解が妥当であると述べているところ,そのような機序による着火は剥離片の有無にかかわらず生じ得ると認められる。 したがって,弁護人の指摘を踏まえても,条件が整った場合には本件行為によって段ボール箱に着火する可能性があったと認められる。 2 出火箇所,出火時刻が本件行為と近接していることこのように被告人が本件行為を行ったことによって着火した可能性が認められるところ,前記のとおり,本件火災の出火箇所は本件スペースのペール缶が 出火箇所,出火時刻が本件行為と近接していることこのように被告人が本件行為を行ったことによって着火した可能性が認められるところ,前記のとおり,本件火災の出火箇所は本件スペースのペール缶が 置かれていた場所よりも北側の場所であったと認められ,被告人が本件行為を行った場所と一致する。また,被告人が本件行為を行ったのは,同日午後9時28分に3名の客が来店して接客するなどして一定時間が経過した後のことであり,同日午後9時40分前後頃である。炎が大きく立ち上って火災報知器が鳴るなどし,被告人が119番通報した時刻は,同日午後9時47分であり, 本件行為と出火時刻は近接している。 3 他の出火原因を認めがたいこと⑴ 漏電やガス漏れ,たばこ等による出火可能性がないことM証言によれば,本件スペースにおける実況見分結果を踏まえると,火源となり得る冷凍庫,冷暖房室外機には出火の痕跡がなく,漏電やガス漏れによる出火の痕跡はない。さらに,たばこによる出火の場合,無炎燃焼から有炎燃焼 に移行するという経過をたどり,その際には多量の煙が発生するところ,そのような煙を見たという供述がないことから,たばこによる出火可能性もない。 以上のM証言の信用性を否定する事情はない。 ⑵ 第三者による放火の可能性消防署による火災調査において,本件火災の出火原因は放火の疑いと判定さ れているが,ガソリン等の油類の付着等,放火であることを積極的に示す痕跡は発見されていない。 本件スペースは本件建物南側の道路に面しており,誰でも立入りが可能な状況にあったものの,本件当日午後9時38分頃から同日午後9時44分頃までの間に前記道路を通過した通行人のうち4名と同日午後9時46分頃に同所を 通行して火災を発見したLはいずれも,捜査 能な状況にあったものの,本件当日午後9時38分頃から同日午後9時44分頃までの間に前記道路を通過した通行人のうち4名と同日午後9時46分頃に同所を 通行して火災を発見したLはいずれも,捜査機関による取調べにおいて,本件スペース付近で不審な人物を見かけなかった旨供述している上,付近に設置された防犯カメラにも特段不審な人物は映し出されていない。通行人に目撃されず,防犯カメラにも映ることなく本件スペースに立ち入って放火をすることは,物理的,客観的に不可能ではないとしても,相当困難であったといえる。 さらに,本件行為の時点で出火がなかったことは明らかであるから,仮に第三者による放火であるとすれば,本件行為から火災が発見されるまでの数分の間に行われたことになるが,そのようなわずかな時間に本件行為とまさに同一の場所で第三者が放火をするという偶然の一致が生ずることは現実には考え難い。 以上によれば,第三者による放火の可能性も否定される。 4 小括以上検討したとおり,本件行為により段ボール箱に着火する可能性が認められ,本件行為が行われた場所を出火箇所とする火災が本件行為と近接した時間帯に発生しており,被告人の行為以外に合理的な出火原因も想定できない。そうすると,被告人による本件行為が出火原因だということに合理的な疑いが差 し挟まれる余地はなく,因果関係が認められる。 第4 重過失 1 予見可能性について⑴ 被告人は,本件以前から,ごきぶりを駆除するために火炎放射行為を何度も行っており,大きな噴霧火炎が形成されることを認識していた。さらに本件行 為当時,本件スペースに空の段ボール箱や発泡スチロールの箱が置かれていることや廃油が入ったペール缶があることも認識していた。さらに,火炎放射行為 が形成されることを認識していた。さらに本件行 為当時,本件スペースに空の段ボール箱や発泡スチロールの箱が置かれていることや廃油が入ったペール缶があることも認識していた。さらに,火炎放射行為により生じる噴霧火炎の大きさは,水平方向に噴射すると約90センチメートルから120センチメートルに及ぶものであり,また,アルコール噴霧行為により生じる液面燃焼の炎も大きく,いずれの火炎も強力で大きな熱源である。 O鑑定人の鑑定実験においても,噴霧火炎や液面燃焼の炎が段ボール箱をなめる様子が記録されている。被告人が本件行為を行った位置と段ボール箱等が置かれた位置は,被告人の供述を前提としても炎が届かないほど遠く離れているわけではなく,炎が接する可能性なども十分にあった。 これらの事情からすると,可燃物が近くに存在する状況下で大きな火炎を生 じる行為を行えば,可燃物に炎が接するなどして可燃物に着火する危険性があることを一般通常人であれば容易に予見できたといえる。そして,本件建物は木造2階建ての古い建築物であり,本件建物では飲食店等が営業していたのであるから,ひとたび本件スペースで火が上がれば,その火が本件建物に燃え移って飲食店等の客や従業員の死傷結果が生じる危険性があることもまた,容易 に予見できたといえる。 そうすると,火炎放射行為によって生じる火炎の大きさや本件スペースや本件建物の状況を認識していた被告人において,本件行為によって可燃物に火が付き,本件建物に燃え移って本格的な火災に発展し,建物内の人等に死傷の危険を生じさせる可能性があることは容易に予見できたということができる。 ⑵ 弁護人の主張について ア弁護人は,これまで被告人が火炎放射行為を行った時に火災発生の危険が生じたことはなく,従業 険を生じさせる可能性があることは容易に予見できたということができる。 ⑵ 弁護人の主張について ア弁護人は,これまで被告人が火炎放射行為を行った時に火災発生の危険が生じたことはなく,従業員等に火炎放射行為をやめるよう言われたこともなく,危険性を予見できなかったと主張する。 しかし,火炎放射行為によって実際に火災が発生するかどうかは,可燃物の有無その他の周辺状況や噴霧の方向,回数その他の具体的な行為態様等に よって大きく左右されるところ,被告人による過去の火炎放射行為は,本件行為と全く同じ状況で行ったものではないし,そもそも本件スペースで火炎放射行為を行った経験自体もあまりないから,過去に火炎放射行為によって火災発生の危険が生じたことがなく,従業員等から注意を受けたこともないとしても,それは本件行為による火災及び死傷結果の発生に対する予見可能 性を否定する事情とはならない。 イさらに弁護人は,被告人は火が消えたことを確認して本件スペースを離れたのだから,結果を予見できなかったとも主張する。 しかしながら,本件行為当時に予見できたか否かが問題であり,その後に消えるのを確認したか否かは予見可能性を直接左右する事情ではない。本件 行為によって現に火災が発生していることからすれば,被告人が確実に火が消えたことを確認して本件スペースを離れたとは認められないし,本件行為の時点でそのような丁寧な確認をする意思があったとも認められない。 ウしたがって弁護人の主張はいずれも採用できない。 2 本件行為を行った被告人に重過失が認められること 既に検討したとおり,被告人は,本件行為によって本件建物の延焼や人の死 傷結果が生じるという重大な危険性を容易に予見しえたにもかかわらず,これまで火炎放射 められること 既に検討したとおり,被告人は,本件行為によって本件建物の延焼や人の死 傷結果が生じるという重大な危険性を容易に予見しえたにもかかわらず,これまで火炎放射行為によって火災の危険が生じなかったことなどから安易に火災などが起こらないだろうと軽信して危険性を予見せず,本件行為を行う特段の必要性もないのにもかかわらず,あえて本件スペースにおいて本件行為を行って容易に避けられた本件火災を招いたということができる。 したがって,容易に予見できる本件行為の危険性を予見せず,あえて本件行為を行った被告人の注意義務違反の程度は著しいと言わざるを得ないから,被告人には重過失が認められる。 (法令の適用)省略 (量刑の理由)被告人の過失行為は,ごきぶりを駆除するために,アルコール製剤をガスバーナーを使って点火しながらトリガーボトルで噴霧するなどしたところ,火を失し,大きな火炎を発生させる等したというものであり,軽率にも木造2階建て建物の1階階段下スペースに置かれた段ボール箱等の可燃物の近くでこのような行為を行った 被告人の過失は重く,強く非難されるべきである。しかし,トリガーボトルで噴霧した程度のアルコールでは,火炎の燃焼は数秒間で終わり,また,鑑定実験の結果によると,段ボールに着火する可能性は高いとはいえず,一旦着火しても段ボールが燃え続けることはまれだった。そうすると,被告人の過失行為によって出火して火災に至る客観的な危険性は,ガソリン等が火災原因となった他の重過失の事案と 比べて大きいとはいえず,被告人の過失の程度は重過失の事案の中で重いとまではいえない。 被告人の行為の結果,3名の命が失われ,3名が重傷を負うという甚大な人的被害が生じ,そのほか建物が全焼して近隣の建 て大きいとはいえず,被告人の過失の程度は重過失の事案の中で重いとまではいえない。 被告人の行為の結果,3名の命が失われ,3名が重傷を負うという甚大な人的被害が生じ,そのほか建物が全焼して近隣の建物にも延焼しており,結果は極めて重大である。しかし,鑑定実験の結果によると着火当初の炎は小さく,被告人は,段 ボール箱への着火に気付かないまま,その場を離れ,仕事に戻ってしまった。2階 店舗の客や従業員に死傷者が出たのは,本件建物の構造に照らして2階から地上への避難が難しかった上,防災訓練が行われておらず,防災管理が不十分であったことなど,被告人に帰することのできない事情が一定程度寄与していることも否定できない。 以上のような重過失の内容及び被害結果に照らすと,本件は重過失失火,重過失 致死傷の事案の中でも実刑をもって臨むべき重い事案であるとまではいい難い。以上の事情に加えて,被告人は自らが行った行為を概ね認めていることや,被告人が本件火災に気付いたあとには速やかに119番通報もし,できる限りの消火活動や避難誘導を行ったことなど,被告人に有利な事情も合わせて考慮した上で,被告人には主文の刑を科し,その執行を猶予することとした。 (検察官の求刑禁錮4年)令和2年10月28日広島地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官冨田敦史,裁判官水越壮夫,裁判官光武敬志

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