主文 1 地方公務員災害補償基金山梨県支部長が平成19年3月13日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。 2 訴訟費用は,被告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求主文と同旨第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,県立高校の教諭であったA(以下「亡A」という。)が,昭和57年当時,担任する生徒を自宅に泊めて指導したところ,その際に人工的に精神病にされたと同生徒が妄想して逆恨みし,その後も妄想に基づく怨恨の情を持ち続け,平成18年に至って亡Aが同生徒に刺殺された(以下「本件災害」という。)ため,亡Aの妻である原告が被告山梨県支部長に本件災害を公務災害と認定するよう求めたのに対し,同支部長がこれを公務外の災害と認定した(以下「本件処分」という。)ことから,その取消しを求めた事案である。 2 前提となる事実当事者間に争いがない事実,各項末掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は,次のとおりである(末尾に証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)。 (1) 亡Aの経歴亡A(昭和▲年▲月▲日生(死亡時59歳))は,昭和44年4月より高等学校の体育科の教諭として山梨県の県立高校に勤務し,本件災害当時は,山梨県立B高等学校定時制に勤務していた。また,亡Aは,昭和50年4月から昭和62年3月まで山梨県立C高等学校(以下「C高校」という。)で勤務しており,昭和56年4月から昭和57年3月までの間,第3学年に在籍していたD(以下「加 害者」という。)の担任を務めていた。(甲3)(2) 加害者の経歴及び精神状況加害者は,昭和54年4月,C高校に入学し,第3学年当時,亡Aが担任を務める学級に所属していた。加害者は, 者」という。)の担任を務めていた。(甲3)(2) 加害者の経歴及び精神状況加害者は,昭和54年4月,C高校に入学し,第3学年当時,亡Aが担任を務める学級に所属していた。加害者は,高校2年生のころから精神的におかしな状態となり,高校卒業前の昭和57年2月ころには学生服を刃物で切り裂いて川に流すという奇行に及ぶなどして精神的異常を来したため,同年3月,親が精神科病院で診察を受けさせたところ,統合失調症と診断され,同年5月まで入院した。その後も,加害者は,本件災害時まで精神科の病院へ通院しながら抗精神病薬の投与を受け続けていた。(甲4,11,13)(3) 本件災害平成18年3月1日ころ,加害者は,精神科医より抗精神病薬を投与された後,これまで感じたことがない疲労感を覚えたことなどから,投与された薬剤の量が致死量を超えており,間もなく死亡してしまうと勝手に思い込んだ上,自分が死亡するのは亡Aが人工的に精神障害にしたからであり,亡Aによって精神障害にされたため,立派な社会人になるという夢を絶たれ,結婚することもできなくなったなどと思い詰め,亡Aに対する恨みを募らせ,自分が死ぬのに亡Aが生きているのは許せない,生きているうちに恨みを晴らそうと考え,同月3日ころ,亡Aを殺害するために用いるサバイバルナイフを購入し,同月12日午後8時50分ころ,加害者が亡A方付近をうろついているのを不審に思った近隣住民から連絡を受けた亡Aが確認のために自宅から出てきて,加害者に声をかけたとき,所携のサバイバルナイフで亡Aの腹部を突き刺した後,逃げようとする亡Aの背部を数回突き刺したほか,路上に倒れ込んだ亡Aを更に多数回突き刺す傷害に及んだ。(甲9の1,8の4)亡Aは,同日午後10時24分ころ,甲府市<以下略>所在のE病 後,逃げようとする亡Aの背部を数回突き刺したほか,路上に倒れ込んだ亡Aを更に多数回突き刺す傷害に及んだ。(甲9の1,8の4)亡Aは,同日午後10時24分ころ,甲府市<以下略>所在のE病院において,前記傷害による右胸腔内出血による失血,右肺刺切による呼吸障害及び胃腸切破による汎発性腹膜炎の競合のため死亡した(甲4)。 (4) 本件災害後の事情加害者は,本件災害につき殺人罪及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪に問われ,平成19年7月19日,甲府地方裁判所より懲役8年に処する旨の判決を受け,同判決は,平成20年3月8日,確定した(甲4,5,6の1,2)。同判決中において,加害者は,本件災害時,妄想性障害に罹患しており,是非善悪を判断する能力やそれに従って行動する能力が著しく減退していたとして,限定責任能力であったことなどが認定された(甲4)。 (5) 本件処分の経緯ア原告は,平成18年9月29日付けで被告山梨県支部長に対し,本件災害につき,地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づき公務災害認定請求をしたが,同支部長は,平成19年3月13日付けで,本件処分をした。 イ原告は,本件処分を不服として,同年5月11日付けで被告山梨県支部審査会に対し審査請求をしたが,同審査会は,同年8月3日付けで審査請求を棄却した。 ウこのため,原告は,同年8月30付けで被告審査会に対し,再審査請求をしたが,同審査会は,平成20年5月26日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。 3 争点本件災害が公務に起因するものといえるか(公務起因性の有無)。 4 争点に対する当事者の主張(1) 原告の主張ア亡Aの公務における高度の危険性の存在加害者は,高校 本件災害が公務に起因するものといえるか(公務起因性の有無)。 4 争点に対する当事者の主張(1) 原告の主張ア亡Aの公務における高度の危険性の存在加害者は,高校2年生ころより,「C高校が定期テストに難問を出し,他の生徒には答えを教え,加害者には教えなかったので赤点を4科目取った。」,「校長等が加害者を追い出す会を作った。」などの妄想を抱き,精神に変調を来していた。 亡Aは,昭和56年に第3学年に進級した加害者のクラス担任になった。加害者は,第3学年進級後も「C高校が他校の生徒に加害者の登校を妨害させた。」等の妄想を抱き,C高校及び亡Aに対し,怨恨を抱いていた。 さらに,加害者は,卒業式の直前に学生服を切って川に捨てるなどの奇行に及び,卒業式に欠席すると言い出したため,亡Aは,卒業式の前日である昭和57年2月28日に加害者を自宅に宿泊させ,卒業式への出席を拒む加害者を説得し,学生服を手配するなどして,加害者が式に出席できるよう取り計らうなどした。 しかし,加害者の症状は,卒業式当日も改善しないどころか,悪化したため,式に出席することができなかった。 加害者は,同年3月6日,統合失調症と診断され,精神科の病院に入院した。 そして,加害者は,亡A宅に宿泊した際,同人がC高校からの圧力により,何らかの薬品を投与して加害者を人工的に精神病に罹患させたとの妄想を抱き,亡Aを深く恨むようになった。 以上のように,加害者は,C高校在学中から,統合失調症に罹患していた上,高校2年生のころからC高校が自己に対して嫌がらせをしていると妄想し,3年次の担任であった亡AがC高校の意向で自分に嫌がらせをしていると深く恨んでいた。 したがって 症に罹患していた上,高校2年生のころからC高校が自己に対して嫌がらせをしていると妄想し,3年次の担任であった亡AがC高校の意向で自分に嫌がらせをしていると深く恨んでいた。 したがって,亡Aには,加害者のクラス担任をしていた当時,加害者から職務に関する怨恨により危害を加えられる危険性が常に存在しており,さらに,亡Aは,卒業式の前日に加害者を自宅に招き,卒業式に参加するよう指導したが,この公務時に加害者の病状が悪化し,亡Aには,これにより生命・身体に対する高度の危険性が発生した。 以上によれば,亡Aの公務には,生命・身体に対する高度の危険性が存在した。 イ本件災害と公務との間における相当因果関係の存在(ア) 加害者は,亡Aが卒業式前日に自宅に招き指導を行った際,同人が自分を精神病にしたという妄想及び亡Aに対する怨恨を平成18年3月12日の本件災害に至るまで,強固に抱いていた。 実際,加害者は,前記妄想に基づき,昭和61年11月,木刀を持ってC高校に押しかけ,その後も亡Aの勤務先であった山梨県立F高等学校,同県立G高等学校(以下「G高校」という。)及び同県立B高校に押しかけるなどして,亡Aに対する面会を執拗に要求し,亡Aが加害者の対応をせざるを得ない状態にした。また,加害者は,平成4年2月に亡Aに対し,加害者の精神病の治療に協力せよとの調停を申し立てている。 これら一連の行為は,加害者が持続して強固な怨恨を持ち続けていたことの証左である。 (イ) 加害者は,統合失調症のうち持続性妄想性障害に罹患していた。 持続性妄想性障害とは,「単一の妄想あるいは相互に関連した一連の妄想が通常は持続的に,ときには生涯にわたって発展することを特徴とする。」も 失調症のうち持続性妄想性障害に罹患していた。 持続性妄想性障害とは,「単一の妄想あるいは相互に関連した一連の妄想が通常は持続的に,ときには生涯にわたって発展することを特徴とする。」ものである。 (ウ) したがって,加害者の妄想及び怨恨は,亡Aの公務から約24年後の本件災害時まで一貫して持続していた。 よって,加害者のこうした妄想及び怨恨により引き起こされた本件災害は,亡Aの24年前の公務との間に相当因果関係がある。 ウ結論以上より,本件災害と亡Aの公務との間には相当因果関係が存在し,「公務上死亡」に該当する。 (2) 被告の原告主張に対する反論ア原告主張ア(公務の高度の危険性)に対して原告は,加害者が高校2年生当時より妄想を抱き,精神に変調を来していた と主張するが,精神科医の見解をみても,妄想性障害の発症時期を高校卒業後,昭和57年3月の精神科病院入院時と判断していることが窺いしれるのであって,原告主張時期に加害者が精神に変調を来していたと認めることはできない。 イ原告主張イ(相当因果関係の存在)に対して加害者が亡Aに怨恨を抱いていたことは認めるが,加害者がC高校在学中より亡Aに怨恨の情を抱いていたとは認められない。 (3) 被告の主張ア地方公務員災害補償制度上の相当因果関係地方公務員災害補償制度(以下「災害補償制度」という。)は,被用者の業務遂行が,使用者の支配管理下において行われ,その利益は使用者に帰属するものであるのに対し,その業務は,多かれ少なかれ危険性が内在しており,使用者の支配管理下にある被用者には,その危険性を回避することが困難な場合もあるので,業務に内在する危険性が現実化して に帰属するものであるのに対し,その業務は,多かれ少なかれ危険性が内在しており,使用者の支配管理下にある被用者には,その危険性を回避することが困難な場合もあるので,業務に内在する危険性が現実化して被用者が負傷し又は疾病に罹った場合には,使用者に過失がなくとも,その危険性の存在ゆえに使用者がその危険を負担してその損失補償に当たるべきであるという危険責任の原則に由来するものである。 以上から,災害補償制度における補償対象の災害が公務上の災害と認められるためには,職員が公務に従事し,任命権者の支配管理下にある状況で災害が生じたこと(公務遂行性)を前提として,公務と疾病,死亡等との間に相当因果関係(公務起因性)が必要となるのである。 そして,災害補償制度は,災害発生原因として使用者の故意,過失を問わないこと,公務災害と認定されれば,災害の態様に関係なく定型的,定率的補償がなされること,社会保障制度を上回る補償がなされること,その費用は地方公共団体の負担金によって全額が賄われるなどの特徴がある。そのため,災害補償制度上の相当因果関係は,民法上の損害賠償におけるそれと異 なる判断枠組みが必要である。 イ相当因果関係(公務起因性)がないこと以下の事実に照らせば,本件災害と公務との間には相当因果関係が認められない。 (ア) 公務の危険性が高いものでないこと高校の教員は,生徒の教育をつかさどることを基本的な職務内容としており,具体的にはクラスの担任,担当科目の授業,部活の顧問等を行うことが一般的であり,その公務はいずれも災害の危険性が高いものではない。 また,高校生が多感な時期にあり,教員が行った指導,教育に対して,生徒から反感,不満を抱かれることは通常起こり得る事 が一般的であり,その公務はいずれも災害の危険性が高いものではない。 また,高校生が多感な時期にあり,教員が行った指導,教育に対して,生徒から反感,不満を抱かれることは通常起こり得る事態であるとしても,反感,不満を越えて,生徒に恨まれて殺害されることは,通常想定し得ない異常な事態である。 (イ) 公務と本件災害との時間的関係本件災害は,加害者がC高校を卒業してから約24年も経過した後に発生したものである。 高校教諭という公務を遂行する上で,生徒に恨まれて殺害されること自体が異常なことであるが,元教え子に約24年間恨まれ続けて殺害されるという事態は,更に異常性の強い偶発的な事態である。 (ウ) 加害者が罹患していた疾病が特殊であること加害者は,妄想性障害に基づく妄想に起因して亡Aを殺害しているが,同障害は,以下のとおり発症が極めてまれな疾病であり,高校教員が妄想性障害を発症した教え子から殺害される可能性は極めて低い。 a 妄想性障害の発症率米国精神医学会の診断基準「DSM-Ⅳ」の診断・統計マニュアル(乙1)は,妄想性障害の有病率について,「この障害の一般人口中有病率についての正確な情報はないが,最も信頼すべき数値は0.03パーセント 程度である。」と説明している。また,臨床精神医学のテキストとして世界的にも定本と評されている「カプラン臨床精神医学テキスト」(乙2)においても「米国では近年,妄想性障害の発生率は,0.025パーセントから0. 03パーセントと見積もられている。」,「妄想性障害は,発生率が約1パーセントの精神分裂病や,約5パーセントの気分障害に比して,極めてまれな障害である。」との説明がなされている。 こ 03パーセントと見積もられている。」,「妄想性障害は,発生率が約1パーセントの精神分裂病や,約5パーセントの気分障害に比して,極めてまれな障害である。」との説明がなされている。 このように,妄想性障害の発症率は,わずか0.025パーセントから0.03パーセント程度という1パーセントにも満たない確率であり,妄想性障害は非常にまれな疾病である。このような妄想性障害に罹患した者がその妄想に基づいて殺人に及ぶ確率は,発症率に比して更に低くなることは容易に推察できる。 また,前記各医学書において,妄想性障害の発症年齢につき「ほとんどの者が晩年発症である」(乙1),「平均発症年齢は約40歳である」(乙2)と説明されており,高校生又はその前後の若年者が妄想性障害を発症する確率が一般的な妄想性障害発症率より低いことを勘案すると,高校教員が,妄想性障害に罹患した教え子から妄想によって恨まれ,殺人の対象とされ,実際の犯行で殺害される確率は,更に極めて低い。 b 加害者が抱いた妄想の内容加害者は,亡Aによって人工的に精神障害にされたという理解し難い妄想を抱き,この妄想に強く影響されて亡Aに恨みを抱くに至り,更に自分が投与された抗精神病薬の量がかつて書物で知った致死量を上回っていて,もはや自分は死亡してしまうという妄想を重ねたことから,亡Aを殺害している。 加害者に亡Aへの怨恨の情を抱かせ,殺害に駆り立てた妄想は,いずれも妄想性障害に基づいて加害者が一方的に抱いた事実無根の内容であり,加害者は,亡Aが現実に行った公務の内容に対して怨恨を抱いた ものではない。 (エ) 加害者が亡Aに対して怨恨の念を抱いた時期と理由原告は,加害者が在学中から亡Aに対して怨恨 は,亡Aが現実に行った公務の内容に対して怨恨を抱いた ものではない。 (エ) 加害者が亡Aに対して怨恨の念を抱いた時期と理由原告は,加害者が在学中から亡Aに対して怨恨の情を抱いていたと主張する。 しかし,加害者は,C高校を卒業した約4年後である昭和61年11月,同校に木刀を持って押しかけたところ,本来は逮捕されるはずだったのに逮捕されず,学校が穏便に済ませようとしたことから,このとき初めて亡Aに精神障害にされたと思ったのであって,加害者が亡Aを恨むに至ったのは,卒業後4年を過ぎてから新たに抱いた妄想を契機とするのであり,亡Aが加害者の担任を務めていた際には,加害者はいまだ亡Aに対して怨恨の情を抱いていなかったのであって,加害者の怨恨の情は,亡Aの公務と直接的な関連性を有していない。 (オ) 加害者の本件災害に至る直接の動機について加害者が本件災害を引き起こした直接の動機は,主治医の薬の処方に対する加害者の不信感と思い込み,特に抗精神病薬の投与に関する思い込みから自らの死期が迫っていると考えた点にあるから,本件災害と亡Aの公務との間に相当因果関係は存在しないと評価できる。 (4) 原告の反論ア災害補償制度上の相当因果関係同制度の趣旨は,職員保護の見地から,その災害によって職員が受けた損害を使用者に負担させることが衝平に適うところにある。判例も,災害発生につき複数の要因がある場合,公務災害補償制度の趣旨に照らし,公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと認められるか否かという観点から判断している(最判平成8年1月23日裁判集民178号83頁,最判同年3月5日同号621頁)。 したがって,公務と災害との相当因果関係の有無について たものと認められるか否かという観点から判断している(最判平成8年1月23日裁判集民178号83頁,最判同年3月5日同号621頁)。 したがって,公務と災害との相当因果関係の有無については,職員保護の見 地から災害補償をすべき事情があるか否かによって判断されるべきである。 イ公務の危険性は個別具体的に認定されるべきこと被告は,高校教員の公務の内在的危険性が一般的に低いと主張するが,その危険性は事案に即して具体的に判断されるべきである。 多くの裁判例において,職員の心筋梗塞や自殺による公務災害での死亡結果と公務との相当因果関係の認定に関して,公務に心筋梗塞を発症する危険性があるか,自殺の危険性があるかといった一般論で判断されることはなく,職員の勤務実態等の個別具体的事情を考慮して判断がなされている。 また,高校教員の公務の危険性を一般的にみても,校内暴力で生命・身体を侵害される教員が存在するのが実情であり,一刀両断に公務の危険性が低いとして相当因果関係がないとするのは誤りである。 ウ妄想性障害の発症率が低いことが相当因果関係と関係しないこと被告は,加害者が罹患していた妄想性障害が極めて低い発症率であることを相当因果関係がないことの根拠とする。 しかし,いかに加害者の罹患していた病気の発症率が低くとも,実際に発症していた者がクラスに存在していた場合,担任教員の生命・身体に対する危険性は,罹患した者が存在しない場合に比して格段に高くなるのであって,発症率が低いことを理由に相当因果関係がないとするのは誤りである。 エ公務と本件災害までの期間が長期であっても相当因果関係が存在すること被告は,公務と本件災害までの間に約24年の時間が経 低いことを理由に相当因果関係がないとするのは誤りである。 エ公務と本件災害までの期間が長期であっても相当因果関係が存在すること被告は,公務と本件災害までの間に約24年の時間が経過しているとして,相当因果関係がないと主張する。 しかし,加害者は,公務に対する怨恨を約24年にわたって途絶させることなく持ち続けていたであり,危険性がこの間存続していたといえ,相当因果関係がないとの主張は誤りである。 オ加害者が公務に対して怨恨を抱いたのではなく,一方的に妄想を抱いたとの 主張に対して被告は,加害者が,一方的妄想で怨恨を抱いたのであり,公務と怨恨は無関係であると主張する。 しかし,加害者が亡Aの公務に対して怨恨を抱き,本件災害を生じさせたことは,加害者の供述からして明らかである。 公務員は,公務について,第三者から一方的な思い込みや妄想により怨恨を抱かれることは多く,そのような場合に公務と死亡結果との間に相当因果関係を認めないとすれば,不当な公務に対する怨恨で被害を受けた場合には公務災害と認定され,適切な公務に対する一方的な妄想による怨恨を抱かれた場合には公務災害と認定されないことになり,結論の均衡を欠くことになる。 カ統合失調症の発症時期前記(1)原告の主張ア記載のとおり,加害者は高校2年生ころより,C高校から嫌がらせを受けているとの妄想を抱いており,このころより少なくとも精神に変調を来していた。 このことは,加害者に対する刑事事件の第一審判決が高校卒業以前に加害者が精神に変調を来した事実を認定していること,その控訴審判決も高校卒業以前に発病したことを認定していること,専門の医師も関与している被告山梨県支部審査会が「加害者が 第一審判決が高校卒業以前に加害者が精神に変調を来した事実を認定していること,その控訴審判決も高校卒業以前に発病したことを認定していること,専門の医師も関与している被告山梨県支部審査会が「加害者が高校卒業以前から統合失調症を患っていたのは疑いがなく」と認定していることからも明らかである。このころ,加害者が統合失調症との診断を受けていないのは,加害者が高校卒業以前に精神科医による診断を受けていなかったからにすぎない。 したがって,加害者が高校3年生の時に,そのクラス担任を務めていた亡Aは,このころより危険にさらされていたといえる。 キ加害者が亡Aに怨恨を抱いた時期加害者は,C高校在学中に様々ないじめに遭い,亡Aに呼び出されて「D,お 前一人の高校じゃないんだぞ。」と言われたことなどから,C高校及び亡Aに怨恨を抱き,卒業して4年後に同校に押しかけたと供述しており,加害者が述べるこれら高校在学中の出来事はいずれも具体的かつ詳細である。これは,加害者がC高校在学当時から,同校に深い怨恨を抱いていたために,明確に記憶しているのである。 また,バス通学を他校の番長グループに妨害されたという出来事も,加害者がバス通学をした際に他校の生徒とトラブルがあり,加害者は,そのトラブルがC高校の手引によって行われたと妄想し,同校に怨恨を抱いたと推認される。 これらの点からすると,加害者は,C高校在学中から,同校や亡Aに対して恨みを抱いており,卒業後4年を経過して初めて怨恨を抱き始めたのではない。 ただ一方で,加害者は,自己の刑事事件における被告人質問において,卒業後にC高校に押しかけた際の同校の対応から,亡Aに精神疾患にさせられたことを確信したと述べている。 しかし,加害者は ただ一方で,加害者は,自己の刑事事件における被告人質問において,卒業後にC高校に押しかけた際の同校の対応から,亡Aに精神疾患にさせられたことを確信したと述べている。 しかし,加害者は,それ以前より,卒業式前に亡A宅を訪れた後に精神病になったとの認識があり,加害者がC高校に強い恨みを抱いていたことも相まって,指導教員として深い関わりがあった亡AをC高校の象徴として在学中から継続的に怨恨を抱いていたのであって,前記供述をもって,加害者が亡Aに恨みを抱き始めたのが卒業後であるということはできない。 ク加害者の本件災害の直接の動機被告は,加害者の本件災害の直接の動機が,主治医の処方薬に関する不信感と思い込み,特に抗精神病薬の投与に関わる思い込みから自分の死期が迫っていると考えた点にあるから,亡Aの公務と本件災害との間に相当因果関係がないと主張する。 しかし,上記は動機の一つに過ぎず,加害者の亡Aに対する怨恨に比べると軽微な要因である。このことは,加害者が主治医ではなく,亡Aを殺害していることからも明らかである。 したがって,加害者の主治医の処方薬に関する不信感と思い込みから死期が近いと誤認したことは,亡Aに対する怨恨を深くする要素であるが,亡Aの公務と本件災害との相当因果関係を阻害するものではない。 第3 争点に対する当裁判所の判断 1 事実関係前提事実及び証拠(甲2ないし5,7ないし15,17,原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) 加害者のC高校在学時の状況-昭和54年4月から昭和57年3月-加害者は,昭和54年4月,同校に入学したが,第2学年になると,周囲の自分を見る目が変だと感じるなどの被注察感を訴え 加害者のC高校在学時の状況-昭和54年4月から昭和57年3月-加害者は,昭和54年4月,同校に入学したが,第2学年になると,周囲の自分を見る目が変だと感じるなどの被注察感を訴えることがあり,亡Aが担任を務めるクラスに編入された後の昭和57年2月ころから,独り言を述べたり,不眠の症状を訴えるようになり,卒業式を控えた同月下旬ころには,学生服を刃物で切り裂いて川に流すという奇行に及んだ。そのため,亡Aは,加害者が卒業式に出席できるようにと,式で着用する学生服を他の生徒から借りて加害者に貸し与えたほか,式の前日,加害者を自宅に泊め,相談に乗るなどした。しかし,卒業式当日になっても加害者の精神状態は好転しないばかりか,更に悪化したため,加害者は,卒業式には出席しなかった。そして,同年3月6日,加害者は,統合失調症と診断され,精神科病院に入院した。(甲4,9の2,13,14)(2) C高校卒業後,初めて木刀を持って同校を押しかけるころまでの状況-昭和57年4月から昭和61年12月-加害者は,昭和57年3月より精神科病院に約3か月弱入院し,その後,同年6月から8月まで医院で外来診療を受けていた。その後,加害者宅の壁に「Aを殺せ」と書いてあったことを契機として,昭和58年12月1日,精神科病院での外来診療が再び始まった。また,昭和59年10月ころには,加害者は,家族に対し,C高校の教師に対する恨みを口にするようになった。(甲4,10,13) 昭和61年11月,加害者は,甲府市内の精神保健衛生センターが実施する精神障害者の社会復帰援助活動を利用しようと,同センターを訪れたところ,同センターの職員から冷淡に扱われたと感じ,職員がこのような扱いをするのは,C高校が同センターに圧力をかけたため ターが実施する精神障害者の社会復帰援助活動を利用しようと,同センターを訪れたところ,同センターの職員から冷淡に扱われたと感じ,職員がこのような扱いをするのは,C高校が同センターに圧力をかけたためと邪推し,抗議するため,同校へ木刀を持って押しかけた(甲4,7)。 この際,加害者は,C高校に警察官が駆けつけたのに,同校の教師が穏便に済ませるように取り計らってくれたため,自分が捕まらずに済んだことに疑問を抱いた。そして,加害者は,自分が精神疾患に罹患したのが亡A宅に泊まった直後であったことから,C高校の圧力を受けて亡Aが酒を飲んで寝ている自分を何らかの方法で人工的に精神障害にしたのではないかと考え,加害者が警察に捕まることでそれが発覚するのをおそれて,C高校が警察に加害者を逮捕しないように圧力をかけたと妄想するに至った。(甲4,7,9の1)そして,C高校への前記押しかけが原因で,加害者は,同月28日から同年12月25日まで精神科病院に入院することとなった(甲13)。 (3) 前記C高校への押しかけ以後,本件災害に至るまで-昭和62年1月から平成18年3月-加害者は,昭和61年11月にC高校へ押しかけた後から本件災害に至るまで継続して,自己が亡Aにより人工的に精神病にされたとの妄想とそれに基づく恨みを持ち続けた(甲4,7,13)。 また,昭和62年4月から平成4年4月までの間に,加害者は,自己が勤務する工場のサンドウィッチ製造工程が複雑で覚えられないことなどを精神病により記憶力が低下しているためと考え,これを改善するため,精神科医に自分が勝手に効くと考えている良い薬を出すように頼んでも,医師がそのとおりにしてくれないことに不満を募らせた。そこで,加害者は,亡Aが良い薬を出すよう精神科医に口 考え,これを改善するため,精神科医に自分が勝手に効くと考えている良い薬を出すように頼んでも,医師がそのとおりにしてくれないことに不満を募らせた。そこで,加害者は,亡Aが良い薬を出すよう精神科医に口添えすれば良い薬を出してもらえると考え,亡Aに電話等で頼んだが,亡Aが加害者の親にそのことを連絡したため,加害者が親から叱責されたことがあった。そ して,加害者は,このような亡Aの対応に腹を立て,亡Aが当時勤務していた学校に押しかけ,同校の校長に亡Aが自分を精神病にしたなどと訴えたほか,亡Aとも話し合ったが,同人が再び親に連絡したことから,加害者はその場から立ち去るという出来事があった。(甲3,8の1,9の1)さらに,加害者は,平成4年2月,甲府簡易裁判所に対し,亡Aを相手方として,加害者の精神病治療に協力するよう求める調停を申し立てた。その紛争の要点は,加害者が卒業式前日に亡A宅を訪れ,酒に酔って朝まで眠ってしまったところ,その後,精神状態がおかしくなった,多分,何者かによって害を加えられたのではないかと思う,これまで亡A方を2,3回訪れ,精神病の治療について協力を依頼したが協力しない,などというものであった。しかし,調停申立ての真の目的は,主治医が自分の思う薬を処方しないので,亡Aに口添えをしてもらうためであった。また,これ以外にも,同内容の調停を同裁判所に申し立てたことがあった。 (甲8の1,11,13)更にこの時期,加害者は,亡Aに対し,内容証明郵便を送付したことがあった。 その内容は,亡A宅で酒を飲んで寝ている間に加害者を人工的に精神障害にしたことに対し,2000万円を支払うよう要求し,法的手続をとるというものであった。 加害者は,このような内容証明郵便を送付することで金銭が得られるとは思っていなかったもの 加害者を人工的に精神障害にしたことに対し,2000万円を支払うよう要求し,法的手続をとるというものであった。 加害者は,このような内容証明郵便を送付することで金銭が得られるとは思っていなかったものの,亡Aを脅かせれば良いと考え,これを送付した。(甲8の1,11,13)また,加害者は,平成8年ころから平成11年ころまでの間に3回,平成16年11月ころ,平成17年3月にそれぞれ亡Aが勤務する高校を訪れ,亡A,校長,他の教師らを相手に,亡Aによって精神疾患にされた旨の苦情を訴えた。その際,加害者の対応を行ったG高校長は,加害者は目がうつろで焦点が定まらず,何をしでかすか分からない恐怖感があり,常に身構えていなければならない切迫した状況の中で話合いをしたが,その内容は,支離滅裂であり,その主旨は,自分がおかしくなったのは,亡Aのせいであるから,校長は亡Aを処分しろというものであ ったと述べている。(甲3,15)また,加害者は,亡Aとともに昭和56年当時C高校に勤務していたH教諭に対しても,加害者が最初にC高校に木刀を持って押しかけた昭和61年11月ころから約10年間にわたり,月2回ほどの割合でH教諭方に電話をかけたり,来訪するなどし,「俺の職場に来て,いろいろ余計なことを言うな。」などと加害者の就労を妨害したと根拠なく非難したり,精神科医に薬を変えるよう言えと迫るなどした(甲14)。 (4) 本件災害及びその経緯平成18年3月1日ころ,加害者は,精神科医より抗精神病薬を投与された後,これまで感じたことがない疲労感を覚えたことなどから,投与された薬剤の量が致死量を超えており,間もなく死亡してしまうと勝手に思い込んだ上,自分が死亡するのは亡Aが人工的に精神障害にしたからであり,亡Aによって精神障害にさ い疲労感を覚えたことなどから,投与された薬剤の量が致死量を超えており,間もなく死亡してしまうと勝手に思い込んだ上,自分が死亡するのは亡Aが人工的に精神障害にしたからであり,亡Aによって精神障害にされたため,立派な社会人になるという夢を絶たれ,結婚することもできなくなったなどと思い詰め,亡Aに対する恨みを募らせ,自分が死ぬのに亡Aが生きているのは許せない,生きているうちに恨みを晴らそうと考え,自分が死ぬ前に亡Aを殺害しようと決意した(甲4,8の2,9の1)。 加害者は,同月3日ころ,亡Aを殺害するために用いるサバイバルナイフを購入し,更に殺害するまでの間に亡Aの住所と電話番号を調べ,住所近くの地図を手帳に写し取るなどしたほか,同月5日には,勤めていたアルバイト先に迷惑がかからないようにと,退職するなどの準備をした(甲4,8の2,9の1)。 同月9日昼ころ,加害者は,サバイバルナイフを持って,亡A方近くまで行ったものの,殺害する決心がつかず,ラーメン店で食事をしたりしているうち,夕方になってしまい,亡A宅に電話をしたところ,家人から午後10時にならないと帰ってこない旨聞かされたため,夜遅い時間では薬が効いて眠くなることから,殺害することをあきらめた(甲4,9の1)。 加害者は,亡Aが定時制高校で勤務しており,帰宅時刻が遅くなることから,学 校が休みである土曜日か日曜日に殺害しようと考え,同日11日土曜日,サバイバルナイフ等を持って,亡A方近くへ赴いたが,亡Aの息子が在宅していることを知り,殺害に及べば,同人に制止されると思い,この日は殺害するのをあきらめた(甲4,9の1)。 同月12日,加害者は,午前4時ころに目が覚めたことから,抗精神病薬を処方されたのに朝早く目が覚めるのは薬が効いていない証拠 されると思い,この日は殺害するのをあきらめた(甲4,9の1)。 同月12日,加害者は,午前4時ころに目が覚めたことから,抗精神病薬を処方されたのに朝早く目が覚めるのは薬が効いていない証拠であり,いよいよ死期が近づいていると思い込み,死ぬ前に亡Aを殺害しようと考えたが,親兄弟に迷惑がかかることを慮り,しばらくためらったものの,今日が日曜日であり亡Aが在宅しているであろうから,殺すなら今しかないと考え,殺害を決意し,午後6時ころ,サバイバルナイフや亡Aの住所等が書き込まれた手帳等を持って自宅を出た。その後,加害者は,ラーメン店に行き,食事をとったり薬を飲むなどして過ごしているうち,亡Aを殺害するか否か躊躇しながら,亡Aの自宅付近まで行った。加害者は,亡Aを自宅から呼び出すために電話をしようと考えたが,決心がつかないまま,更に1時間ほど亡A宅近くでためらっていたところ,午後8時50分ころ,加害者がうろついているのを不審に思った近隣住民から連絡を受け,確認するため亡Aが自宅から出てきて,加害者に声をかけてきた。そこで,加害者は,この機会に殺害しようと考え,所携のサバイバルナイフで亡Aの腹部を突き刺した後,逃げようとする亡Aの背部を数回突き刺したほか,路上に倒れ込んだ亡Aを更に多数回突き刺す傷害に及んだ。(甲9の1,8の4)亡Aは,同日午後10時24分ころ,甲府市<以下略>所在のE病院において,前記傷害による右胸腔内出血による失血,右肺刺切による呼吸障害及び胃腸切破による汎発性腹膜炎の競合のため死亡した(甲4)。 (5) 加害者が罹患していた病名及びその病態ア入通院歴加害者は,昭和57年3月から精神科病院であるI病院に約3か月入院し,同年6月から8月までJ医院に通院し,昭和58年12月1日から精 者が罹患していた病名及びその病態ア入通院歴加害者は,昭和57年3月から精神科病院であるI病院に約3か月入院し,同年6月から8月までJ医院に通院し,昭和58年12月1日から精神科病院のK 病院へ通院を始め,昭和61年11月28日から同年12月25日まで入院し,退院後は平成3年4月2日までおおむね14日ごとに通院し,その後は,本件災害当時の主治医であったL医師の開設するLクリニックに通院していたが,平成6年ころから平成10年ころまでは,良い薬を求めて東京の精神科病院等へ通院していた。平成10年以降,加害者は,再度,Lクリニックに通院を始め,本件災害当時も同院に通院していた。(甲11,13)イ加害者の本件災害当時の症状加害者の症状は,妄想型統合失調症であり,本件災害時には社会的寛解状態にはあったが,国際分類の診断基準ICD-10による他の持続性妄想性障害の状態にあった(甲11ないし13)。 そして,この妄想性障害の特徴は,妄想の内容を罹患者が確信しており,内容が訂正不能であることにあり,しかも,国際疾病分類ICD-10によれば,妄想性障害は,単一の妄想又は相互に関連した一連の妄想が,通常は持続的に,ときには生涯にわたって発展することを特徴とする。本件においては,加害者が有していた亡Aにより人工的に精神障害にさせられたとの妄想が,加害者に強く固着し,訂正不可能な状態に至っており,それが持続的に維持されてきたと認められる。なお,妄想性障害の発生率は,およそ0.025パーセントから0.03パーセントとされている(乙2)。 2 精神疾患発症の時期等について以上を前提として争点について判断する。 ア加害者の精神疾患発症の時期前記認定事実によれば,加害者は 3パーセントとされている(乙2)。 2 精神疾患発症の時期等について以上を前提として争点について判断する。 ア加害者の精神疾患発症の時期前記認定事実によれば,加害者は,同人が高校2年生であった昭和55年ころには,周囲の自分を見る目が変だと感じるなどの被注察感を訴え始め,昭和57年2月ころになると,独り言を述べたり,不眠の症状を訴えるようになり,同月下旬ころには,学生服を刃物で切り裂いて川に流すという奇行に及び,同年3月6日に精神科病院で診察を受けた結果,加害者は,統合失調症と診断され,精 神科病院に入院することとなったことが認められるところ,このような状況からすると,加害者は,遅くとも亡Aが加害者を自宅に泊めた昭和57年2月ころには,妄想性障害に罹患していたと認めるのが相当である。そして,このことは,加害者に対する刑事事件において検察官の鑑定嘱託に応じて簡易精神鑑定を行ったM医師が,加害者が高校2年次において被注察感を抱いていたことを根拠に統合失調症と診断していることからも窺われる。 イ加害者が亡Aに怨恨を抱いた時期前記認定事実によれば,加害者は,C高校を卒業した後,昭和58年12月ころ,自宅の壁に「Aを殺せ」と記載したこと,昭和59年10月ころから,家族にC高校の教師に対する恨みを口にするようになったこと,さらに,昭和61年11月に精神保健センターで邪険に扱われたのがC高校の圧力であると邪推したことなどが認められるところ,これによれば,加害者がC高校の関係者や亡Aに対し,怨恨の情を抱き始めたのは,高校卒業ころと推認できるものの,それが明確になり始めたのは卒業後の昭和58年12月ころからであったと認められる。 この点,原告は,加害者がC高校在学当時から,同校やAに対して怨 始めたのは,高校卒業ころと推認できるものの,それが明確になり始めたのは卒業後の昭和58年12月ころからであったと認められる。 この点,原告は,加害者がC高校在学当時から,同校やAに対して怨恨を抱いていたと主張し,バス通学を他校の生徒が妨害したのは,C高校の手引によると妄想し,怨恨を抱いたと推認されるとする。しかし,バス通学を妨害したのがC高校の手引であるとの妄想がいつころ生じたのかは明確でなく,在校当時も同様の恨みの感情を抱いていたことまでは認定できない。また,原告の主張は,加害者が家族にC高校関係者への恨み言を述べるようになったのが昭和59年10月ころからである旨の加害者の父親の供述と矛盾するともいえる。 以上によれば,加害者がC高校在学当時,学校に対する不満を越えて,怨恨の情まで抱いていたとまでは認め難く,昭和58年12月ころ,加害者宅の壁に亡Aを殺す旨の記載が見つかったころから怨恨の情を抱き始めたとみるのが相当である。 ウ加害者の本件災害の直接の動機 被告は,加害者の直接の動機が,加害者の主治医の処方薬に対する不信感と思い込み,特に抗精神病薬の投与に関する思い込みから自らの死期が迫っていると考えた点にあるから,本件災害と亡Aの公務との間に相当因果関係が存在しない旨主張する。 たしかに,加害者は,精神科医の処方する抗精神薬をよりよいものにして欲しいとの願望が相当強く,亡AやC高校関係者に対し,医師に働きかけるようにと無理な要求を繰り返していたことが認められる。 しかし,前記認定事実のとおり,加害者は,精神科医から投与された抗精神病薬剤の量が致死量を超えており,間もなく死亡してしまうと勝手に思い込んだ上,自分が死亡するのは亡Aが人工的に精神障害にしたからであるとして,亡A 事実のとおり,加害者は,精神科医から投与された抗精神病薬剤の量が致死量を超えており,間もなく死亡してしまうと勝手に思い込んだ上,自分が死亡するのは亡Aが人工的に精神障害にしたからであるとして,亡Aに対する恨みを募らせ,自分が死ぬ前に亡Aを殺害しようと決意して殺害を実行したのである。そうすると,加害者を殺害へと駆り立てたのは,加害者を人工的に精神障害者とした亡Aに対する長年の恨みを晴らそうと考えたからに他ならず,主治医の処方薬に対する不信感や思い込みは遠因にすぎないというべきであり,したがって,長年の恨みを晴らしてから死のうと考えたのが殺害の直接の動機であることは明らかである。 仮に,被告主張のように抗精神病薬の投与に関する思い込み,精神科医の処方する抗精神病薬への不満が直接の動機であるとするならば,なぜ加害者が亡Aを殺害したのか説明が困難であり,不合理である。 3 公務起因性-相当因果関係についてア本件災害の公務災害上の分類ところで,一般に公務災害は,被災者が公務に基づき脳血管疾患や虚血性心疾患を発症したといういわゆる疾病性傷病と,発生状態を時間的,場所的に明確に特定できる異常な出来事という意味での災害に基づくいわゆる災害性傷病に分類できると考えられている。 そして,本件災害は,亡Aがかつての教え子である加害者に殺害されたというもの であり,疾病性傷病ではなく災害性傷病に該当する。 イ公務遂行性の有無で検討することの不都合性そして,このような災害性傷病の場合,公務中の災害であるという公務遂行性の要件を満たせば,反証がない限り,公務起因性が推定できると一般的には解される。 そこで,本件について公務遂行性の要件をみるに,亡Aは,勤務時間外である日曜日午後8時50 という公務遂行性の要件を満たせば,反証がない限り,公務起因性が推定できると一般的には解される。 そこで,本件について公務遂行性の要件をみるに,亡Aは,勤務時間外である日曜日午後8時50分ころ,加害者が亡A宅付近をうろついていたことから,近隣住民より不審者がいる旨の連絡を受けた亡Aが,加害者を誰何したところ,亡Aの自宅近くの路上において加害者より刺殺されたのであって,そこには公務遂行性は認められず,本件災害を公務遂行性の要件からみる限り,公務災害と評価する余地はない。 しかし,本件災害が,昭和56年当時加害者の学級担任を務めていた亡Aに対するいわれなき妄想のもとに発生したことを考慮すると,公務遂行性の有無により本件災害が公務災害か否かを判断することは不合理であるといえる。 ウ判断基準そこで,本件においては,公務遂行性にとらわれず,本件災害の発生が公務との条件関係を超えて,相当因果関係を有しているか,すなわち公務起因性が存在するか否かの観点から判断するのが相当である。そして,ここにいう相当因果関係とは,災害が公務に内在する危険の現実化といえるかどうかで判断されるべきであり,本件のような精神障害者の妄想に起因し殺害されるという特異な災害については,より具体的に,公務により本件災害が発生する可能性の大きさ,本件災害に至る経緯の異常性の大小などの観点から総合的に検討されるべきである。 エあてはめ(ア) 公務そこでまず,本件災害の因果関係の起点となる具体的な公務の内容を検討 する。 亡Aは,昭和57年2月末ころ加害者が学生服を刃物で切り裂いて川に流すという奇行に及んだことから,卒業式前日,加害者を自宅に招いて相談に乗り,加害者に卒業式に着用するための学生服を る。 亡Aは,昭和57年2月末ころ加害者が学生服を刃物で切り裂いて川に流すという奇行に及んだことから,卒業式前日,加害者を自宅に招いて相談に乗り,加害者に卒業式に着用するための学生服を調達したりしているが,これは,精神的に不安定になっている加害者に対し卒業式に出席するよう指導をした行為であると認められ,教職にあった亡Aの公務と評価できる。 そして,亡Aが加害者を自宅に泊めて指導を行ったことを端緒として加害者は妄想を形成し,この妄想に基づき本件災害が惹起されているから,同指導は,相当因果関係の有無を検討する上での基礎となる公務と考えるべきである。 また,加害者は,亡Aの自宅に泊まった際に人工的に精神障害にされたと妄想し,この恨みを主として殺害を決意したものの,そのような妄想を抱く昭和61年11月以前からC高校やその関係者に恨みを抱いており,昭和58年12月ころにも亡Aを殺す旨の記載を自宅の壁にしていることを考えると,前記公務以外にも加害者はC高校在学当時の出来事に何らかの恨みを有していたと認められ,これが本件災害の遠因になったことも否定できず,亡Aによる昭和56年4月から昭和57年3月まで加害者の担任として教職に従事していたことも相当因果関係の有無を検討する上での公務といえる。 さらに,加害者が高校卒業後に複数回にわたり,亡Aが勤務する高校に押しかけた際に,亡Aが対応した行為に対しても加害者は不満を抱いており,これも本件災害の遠因になったことは否定できず,本件災害が内在する危険の現実化といえるかを考える上で公務と評価するのが相当である。 以上より,亡Aによる加害者を自宅に泊めて指導した点,加害者の担任として教職に従事した点,加害者が亡Aの勤務先高校へ押しかけた際にこれに対応した点を る上で公務と評価するのが相当である。 以上より,亡Aによる加害者を自宅に泊めて指導した点,加害者の担任として教職に従事した点,加害者が亡Aの勤務先高校へ押しかけた際にこれに対応した点を全体として相当因果関係の有無を検討する上での公務と考える。 (イ) 公務により本件災害が発生する可能性の大きさそこで進んで,前記公務が本件災害を発生させる可能性の大きさを考える。 たしかに,一般的に,教師が生徒を指導する中で殺害される危険が生じるとは考え難いものの,公務の危険性は,個別具体的に考えるべきであり,抽象的に教師の公務の一般的危険性を考えるべきではない。 そこで本件をみるに,前記認定事実のとおり,加害者は,亡A宅に宿泊し卒業式に出席するよう指導を受けた昭和57年2月ころには,少なくとも妄想性障害に罹患していたのであって,そのような生徒を指導する際,生徒が些細なことを契機に妄想を生じさせ,これを発展させていくことは十分考えられるところであり,決して殺意を生じさせるような妄想に発展する可能性が非常に低いとはいい難い。教師は,生徒の豊かな人間性を養うため,ときには生徒と精神的に深い交流を持ち,その人格を陶冶することをその職責の一つとするのであって,その性質上,そのような中で生徒からあらぬ不満を持たれ,それを契機として妄想が形成されることは十分に考えられる。特に,加害者のC高校卒業直前に同人を卒業式に出席させるために行った亡Aの熱心な指導振りをみれば,亡Aの当該指導は,そのような危険性をより高く有していたといえる。 さらに,本件の加害者は,亡Aだけでなく,前述したH教諭に対しても約10年にわたり月2度程度の割合で同人に電話をかけるなどして,同人が加害者の就業を妨害したなどと根拠なく いたといえる。 さらに,本件の加害者は,亡Aだけでなく,前述したH教諭に対しても約10年にわたり月2度程度の割合で同人に電話をかけるなどして,同人が加害者の就業を妨害したなどと根拠なく非難しており,ここから加害者が相当に執拗な性格であったことを窺い知ることができる。このことは,簡易精神鑑定を行ったM医師も加害者の人格傾向を一面で易怒的で執拗,妥協のない性格と評価しており,また,主治医に対して自分の思い通りの抗精神病薬を処方するよう執拗に要求したり,良い抗精神病薬を求めて山梨県だけでなく東京都内の多数の病院を数年にわたり探し続けていたことなどからも裏付けられる(甲11,13)。そうすると,妄想性障害を有しているだけでなく,執拗かつ妥協を許さない人格傾向を有する加害者を生徒として指導する場合,そのような人格傾向を有しない妄想性障害の生徒への指導以上に,本件災害が発生する危険は高かったといえ,亡Aが昭和57年2月ころに加害者を自宅に泊めて指導する 行為は,本件災害を発生させる相応の危険性を有していたと評価できる。 また,平成8年ころから平成11年ころまでの間に3回にわたり加害者を対応したG高校長は,加害者を対応する際,何をしでかすか分からない恐怖感を覚えた旨述べており,高校に押しかけた加害者と対応する公務も,ある程度の危険性があったといえる。 この点,被告は,妄想性障害の発病率が極めて低いこと,また,その罹患時期が晩年に多いことを理由として,相当因果関係がないことの論拠とする。 しかし,妄想は妄想性障害に限らず,統合失調症といった比較的一般的な精神疾患にも見られる症状であり,妄想自体が極めて珍しい症状であればともかく,妄想性障害の発病率が低いことをもって相当因果関係を否定する論拠とはなら 性障害に限らず,統合失調症といった比較的一般的な精神疾患にも見られる症状であり,妄想自体が極めて珍しい症状であればともかく,妄想性障害の発病率が低いことをもって相当因果関係を否定する論拠とはならないというべきである。 以上によれば,亡Aの公務により本件災害が発生する可能性は十分にあったものと認められる。 (ウ) 本件災害に至るまでの期間の異常性本件においては,昭和57年2月ころの亡Aによる加害者を自宅に泊めての指導からみて約24年後,昭和61年11月に人工的に精神障害にされたとの妄想が生じてから約19年8か月後である平成18年3月に本件災害が発生しており,その時間経過の長さをみれば,公務起因性はないのではないかとも考えられる。 しかし,前記認定事実のとおり,加害者が罹患していた妄想性障害に基づく妄想の特徴は,これが推理や経験によっても訂正不能であることにあり,一度そのような妄想を抱けば,それが持続するのが通常であって,ときには生涯にわたって発展することがあること,加害者が有していた亡Aに対する妄想は,同人に強く固着していたこと,また加害者は妄想性障害を有していたのみならず,相当に執拗で妥協のない人格傾向を有していたことが認められるのであるから,一般人のように怨恨の感情が減少,消失したり,又は途中で私怨に転化する ことなく長期間にわたって継続したことは,異常な因果の流れとはいえない。 また,前記認定のとおり,加害者は,C高校同校を卒業した24年後に突如として妄想が発現し,本件災害を引き起こしたのではなく,亡Aの勤務先に度々押しかけたり,不合理な内容の調停を申し立てるといった迷惑行為を行う中で引き起こしているのであって,いわば長期にわたる迷惑行為の延長線上で行われたと評価でき き起こしたのではなく,亡Aの勤務先に度々押しかけたり,不合理な内容の調停を申し立てるといった迷惑行為を行う中で引き起こしているのであって,いわば長期にわたる迷惑行為の延長線上で行われたと評価でき,この点からも本件災害に至る経緯が異常とまではいえない。 この点,被告は,加害者を殺害に駆り立てた妄想は,いずれも妄想性障害に基づいて加害者が一方的に抱いた事実無根の内容であり,加害者は,亡Aが現実に行った公務の内容に対して怨恨を抱いたものではないとして,相当因果関係がないと主張する。 しかし,加害者が亡Aによる生徒指導という公務に起因して妄想を形成したという条件関係が認められることは明らかであり,前述のように妄想を症状とする精神疾患に罹患した者を教師が指導すれば,それに伴う何らかの妄想を形成する危険性は認められるといえる。また,原告も指摘するとおり,事実無根の怨恨に基づいて殺害されれば,相当因果関係がなく,恨まれる相応の理由があれば相当因果関係が認められるという結論は均衡を欠くことになり,妥当ではない。 以上より,本件災害に至る経緯に長期間の事実の経過があったことをもって異常があったとは認められない。 (エ) 災害補償制度の趣旨また,公務員は,不特定多数人に対し,公務を提供すべき義務を負い,これを拒否することができないのが通常であるところ,たまたま対応した相手が精神疾患に罹患しており,その後妄想に基づく怨恨を生じさせ,長期間を経過した後に症状を悪化させた後,何らかの危害に及んだ際,これを相当因果関係が欠けるとして公務災害の対象外とすることは,使用者が被用者を使用する ことで利益を享受する一方でその際の危険も負担すべきであるという災害補償制度の趣旨からみても相当でない。 関係が欠けるとして公務災害の対象外とすることは,使用者が被用者を使用する ことで利益を享受する一方でその際の危険も負担すべきであるという災害補償制度の趣旨からみても相当でない。 (オ) 小括前記(イ)から(エ)などの諸事情を総合考慮すれば,亡Aの公務と本件災害の間には相当因果関係が認められ,本件災害は,亡Aの公務に内在する危険が現実化したものといえる。 したがって,本件災害は公務災害と認定されるべきであり,本件災害を公務外と認定したのは,地公災法の解釈,適用を誤った違法がある。 第4 結論以上によれば,原告の請求は,理由があるからこれを認容すべきである。よって,主文のとおり判決する。 甲府地方裁判所民事部 裁判長裁判官太田武聖 裁判官宮崎拓也 裁判官森嶌正彦
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