【DRY-RUN】主 文 原判決を破棄する。 本件を名古屋地方裁判所に差戻す。 理 由 検事子原一夫の控訴趣意並に弁護人浦部全徳外四名の答弁は、別紙の通りであつ て、
主文 原判決を破棄する。 本件を名古屋地方裁判所に差戻す。 理由 検事子原一夫の控訴趣意並に弁護人浦部全徳外四名の答弁は、別紙の通りであつて、弁護人等は、更に右答弁を補つたが、その要旨は、次の通りである。 第一、 本件控訴は、事実誤認を理由としながら、「訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れていない事実」を採用している部分がある。 第二、 控訴理由にいう事実誤認の主張は「罪となるべき事実」についてでなく、「法律上犯罪の成立を妨げる理由を裏付けする事実」についてであるのに、そのけじめがはつきりついていない。 第三、 控訴理由は、会社経営の実体、並に金融関係の生きた知識の欠除を余すところなく露呈している。 第四、 控訴理由は、当時における労働問題並に我が国経済事情に対する具体的認識を欠いた形式的空論に過ぎない。 よつて職権により原審の訴訟手続を検討し、当事者の論旨に付、次の通り判断する。 (一) 起訴状記載の公訴事案の訴因が明らかにされていない。 <要旨第一>労働基準法第二十四条は、労働者の賃金の受領を各個人別に保障する趣旨の規定であるから、賃金不払又は遅滞</要旨第一>は、個々の労働者毎に犯罪が成立し、この犯罪は、各労働者に対する賃金の支払期日及び事業場が同一であつても、包括一罪又は一所為数法の関係が成立するものでなく、刑法第四十五条の併合罪の関係にあるものと解すべきである。即ち賃金は、通常、各労働者別に計算支給せらるるもので、各労働者毎に支給する行為が一個の行為であつて、事業又は事業主が同一の支払期日に多数の労働者に賃金を支払うことが一個の行為であると考えらるべきものでない。果して然らば、労働基準法第二十四条第二項違反の罪の訴因を明らかにするには、公訴事実に、各労働 又は事業主が同一の支払期日に多数の労働者に賃金を支払うことが一個の行為であると考えらるべきものでない。果して然らば、労働基準法第二十四条第二項違反の罪の訴因を明らかにするには、公訴事実に、各労働者の氏名、賃金、不払又は遅滞賃金の数額等を明らかにすることが理想である。数千人に達する労働者の氏名、賃金、未払賃金等を明らかにすることは、困難であるかも知れないが、別表を作成して起訴状に添附することによつて明らかにすることもできるし、各支払期日毎に労働者の数をまとめ、その賃金総額と不払又は遅滞の賃金の総額を示して、不十分ながらも攻撃防禦に支障ない程度に訴因に明示することもできる。本件においては、検察官側にも、被告入側にも、各労働者の個人別賃金支払表が用意されていたことが推測せられるので、これを援用することによつて、訴因を明確にすることができたわけである。然るに本件起訴状を見るに、個々の労働者毎に犯罪が成立するのか、被告会社の事業場別に包括的に犯罪が成立するのか不明であるのみならす、昭和二十四年七月と、同年八月における賃金未受領の労働者の数が明確にされていない。起訴状には同年八月末日現在の労働者の数が記載せられているが、この数字は、同年七月一日から同年八月末日まで、一名の異動もなかつたものと認むべきものであるかどうかもわからず労働者の賃金が全額支払われなかつたのか或は一部支払われなかつたのかも明らかでない。 右のような公訴事実の記載は、全く訴因を明かにしていないものと謂うことができる。訴因が明らかでないときは、直ちに公訴を棄却すべきものと解するのは、訴訟経済上妥当でなく、公訴事実の同一性を害しない程度で、何時でも、訴因を追加又は変更することができることになつているので、原審としては、よろしく検察官に釈明して、訴因を明らかにさせねばならなかつた 訟経済上妥当でなく、公訴事実の同一性を害しない程度で、何時でも、訴因を追加又は変更することができることになつているので、原審としては、よろしく検察官に釈明して、訴因を明らかにさせねばならなかつた筈である。訴因を明らかにすることができないことが明らかになつたとき、公訴を棄却すればよいのである。訴因を明らかにしないで、犯罪事実を認定したり、又は証拠がなかつたと断定することができないばかりでなく、犯罪の成立を阻却する事由も十分に認定し得ない筈である。従つて訴因を明確にしないで、事実を認定した原判決は、審理が尽されていないと謂わねばならないこの点においても、原判決は、破棄を免れない。 (二) 原判決が期待可能性なしと認定したのは審不尽に基く事実誤認の疑がある。被告人Aが被告会社の代表取締役に就任したのは、昭和二十四年六月二十一日であり、被告人Bが被告会社の経理部長に就任したのは、昭和二十四年六月一日であることが本件記録によつて明らかにされているから、右被告人両名が被告会社の賃金支払について責任を負担する地位についたのは、右各日時からであつて、それ以前被告人等が賃金支払について、怠慢であつたか、或は努力したか深く追究する必要はない。被告会社は、本件当時及びそれ以前において、経済情勢の変転と労働攻勢によつて、収入が減少し、被告会社の事業を運転しつゝ、労働者の賃金を万配することは、至難であり、労働者の数を整理し、債権を厳重に取り立て、融資を受けられる点はできるだけ尽力しても、なお、賃金の支払が困難であつて、遅払又は分割払の余儀なき事情にあつたことは、原審が取り調べた証拠によつて、推知するに難くない。しかし右の諸事情があつたから、直ちに、賃金遅滞は不可抗力で、期待可能性がないと断定するのは法律的に観察するときは、粗末すぎる判断である。 被告会社の昭 が取り調べた証拠によつて、推知するに難くない。しかし右の諸事情があつたから、直ちに、賃金遅滞は不可抗力で、期待可能性がないと断定するのは法律的に観察するときは、粗末すぎる判断である。 被告会社の昭和二十四年十月における総収入は、六千五百五十一万三千円で、その中人件費は、二千二百六十二万二千円であり、同年八月分の総収入は、一億九百六十四万一千円でその中人件費は四千二十二万五千円であつたことが記録上明らかになつて居るが、人件費を増加する余地が全くなかつたか否かについては、疑問なきを得ない。 被告人等の主張としては、被告会社を運転して行くには、人件費を右の程度にとどめざるを得なかつたと主張し、幾多の証拠を提出しているが、その証拠は全部被告会社側のものばかりで、被告会社と取引関係にあつた銀行その他の関係者を取り調べて手形支払その他の債務弁済の猶予を求め得なかつた事情を明らかにしていない。材料費その他の支払が真にやむを得なかつたものかどうかについても、被告会社側の者ばかりを証人として、取り調べているだけである。従つて被告会社において、賃金支払遅滞したのは、やむを得ない事情があつたとするのは、被告人等の主観であつたのではないかとの疑が存する。或は十分に審理しても、右の主観と客観とは相一致するかも知れないが、審理として、万全を尽したものと云うことはできない。この点について検察官側で反証を提出しないのは、怠慢である。仮りに人件費が前記の通りやむを得ないものとしても、右の人件費によつて、被告会社が為した賃金支払方法がやむを得なかつたものであるかどうかも、疑問なきを得ない。本件記録添附の個人別賃金未払調書の各記載を見るに、昭和二十四年七月分の賃金の請求のできない労働者も居り、従つてそれらに対しては遅滞がなく、同年八月分についても同じく、賃金の請求のでき きを得ない。本件記録添附の個人別賃金未払調書の各記載を見るに、昭和二十四年七月分の賃金の請求のできない労働者も居り、従つてそれらに対しては遅滞がなく、同年八月分についても同じく、賃金の請求のできない者もあることが認められ、更に各労働者の賃金も千差万別で高額取得者から、低額賃金労働者もあり、これ等を一率に賃金の割合で一部支払われていることが認められる。右のような賃金支払方法が適切妥当であつたかどうかについても審理されていない。即ち低額賃金労働者に優先的に又は高率な割合で支払うことが許されるならば賃金支払の犯罪の個数がすつと減少することになるし、若し昭和二十四年六月分の賃金遅滞部分を待つて、七月<要旨第二>分、八月分の賃金を優先的に支払えば、両月分の未払はなくなる可能性もなしとしない。前記説明のように、</要旨第二>賃金不払は、各労働者毎に犯罪が成立するとすれば、賃金の支払方法如何により、犯罪の個数を著しく減少せしめることができた筈である。右のようなことが実現不能であつたかどうかを検討することなく、原審は被告会社の経営状況経理事情のみに着目して、十把一束に各労働者に対する賃金不払について判断したのは、審理が十分であるとは謂えない。期待可能性があるかないかは各犯罪毎に個別的に観察して判断すべきである。或は被告会社の労働者総てに通じて、賃金完全支払を期待することができなかつたかも知れないが、このことは前記の諸事情も考慮し、被告会社と取引する相手方の意向も確かめて、はじめて知り得ることである。原審がこの点を留意せず、刑法理論上、未だ完全に消化せられていない期待可能性理論を早急にもつて来て、被告人等の主観的観察を重視して判断したのは、審理不尽に基く事実誤認か又は法令解釈の誤りがあると謂うことができる。 以上の次第で、原判決には、判決に影響する いない期待可能性理論を早急にもつて来て、被告人等の主観的観察を重視して判断したのは、審理不尽に基く事実誤認か又は法令解釈の誤りがあると謂うことができる。 以上の次第で、原判決には、判決に影響すること明らかな訴訟手続の違反か又は事実誤認があるので、破棄を免れない。検察官の論旨は、結局理由がある。 よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条第三百八十二条により、原判決を破棄し、同法第四百条により、本件を原裁判所である名古屋地方裁判所に差し戻す。 (裁判長判事鈴木正路判事荻本亮逸判事赤間鎭雄)
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