平成16(う)77 業務上過失傷害被告事件

裁判年月日・裁判所
平成16年9月28日 広島高等裁判所 可部簡易裁判所 平成15(ろ)1
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判決文本文6,469 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人を罰金10万円に処する。 その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は,検察官見越正秋提出(検察官山舗弥一郎作成)の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用する。 論旨は,要するに,原判決は,「被告人は,平成14年6月11日午前11時30分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,広島市a区(以下略)先道路を県道方面からbインター方面に向かい進行し,対向車と離合するため同所で一旦停止した後,県道方面に向かい後退するにあたり,自車後方左右を注視し,その安全を確認しながら後退すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,自車後方に停止していたA(当時55年)運転の普通乗用自動車の後方に停止していた車両が後退を始めたことから,A運転車両も後退するものと軽信し,後方左右を十分注視することなく,その安全確認が十分でないまま漫然時速約5ないし10キロメートルで後退した過失により,折から自車後方で停止していたA運転の普通乗用自動車前部に自車後部を衝突させ,よって,同人に対し加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負わせたものである。」との公訴事実に対し,「公訴事実にある日時場所で被告人が前同態様の交通事故を起こしたことは明らかであるが,その事故によりAに傷害を負わせたことについては,合理的な疑いが残り,取調べの証拠によっては,この疑いが解消されず,結局,傷害の点については証明が十分でない。」と判示して,被告人に無罪を言い渡したが,被告人が,本件衝突事故(以 たことについては,合理的な疑いが残り,取調べの証拠によっては,この疑いが解消されず,結局,傷害の点については証明が十分でない。」と判示して,被告人に無罪を言い渡したが,被告人が,本件衝突事故(以下,「本件事故」という。)により被害者Aに公訴事実記載の傷害を負わせたことを否定した原判決は,証拠の取捨選択及びその評価を誤った結果,事実を誤認したものであり,その誤りは,判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。 当審における事実取調べの結果を加えて,原審記録を精査して検討すると,本件事故によりAに加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負わせたことに合理的な疑いが残るとした原判決の証拠評価には賛同し難く,所論は概ね正当であるから,原判決には所論指摘の事実誤認があり,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 所論にかんがみ検討する。 原判決は,本件事故により,A(以下,「被害者」という。)が加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負ったことの証明が十分でないとした理由として,①本件事故の衝撃の程度が客観的に明らかでなく,本件事故により被害者が受傷したか否かを判断することはできないこと,②被害者の愁訴が,身体の客観的症状を正確に表現したとはいえないこと,③本件事故直前の被害者の体調について判断できる証拠がないこと,④被害者を診察したB整形外科医院(以下,「B医院」という。)のC医師(以下,「C医師」という。)の診断について,その根拠として挙げる他覚的所見も被害者の愁訴に大きく影響されている可能性を否定できず,C医師の診断自体,被害者の客観的症状を反映していない可能性を払拭できないこと,⑤本件事故後に事故以外の外力で被害者に新たに症状が出た可能性もあることなどを挙げている。 1 まず,①の点について,関係証拠 の診断自体,被害者の客観的症状を反映していない可能性を払拭できないこと,⑤本件事故後に事故以外の外力で被害者に新たに症状が出た可能性もあることなどを挙げている。 1 まず,①の点について,関係証拠によれば,被告人は,平成14年6月11日午前11時30分ころ,広島市a区(以下略)先道路において,普通乗用自動車を運転中,対向車と離合するため,いったん停止した後,上り勾配100分の3.4の本件道路を時速約5ないし10キロメートルの速度で約4メートル後退し,後方で停止していた被害者運転の普通乗用自動車の前部に自車後部をほぼ正面から衝突させたこと,被害者は,衝突時,左手でハンドルを持ち,右肘でクラクションを鳴らしていたこと,本件衝突の結果,被告人運転車両の後部バンパーに凹損があったこと,被害者運転車両の前部バンパーに擦過痕があったほか,バンパーの網状グリル部分の下端がちぎれ,前部バンパーと車体をつなぐ鉄製の前バンパリインホースメントが曲損し,ラジエーターを車体に取り付ける部分の金具に約3センチメートルのゆがみがあり,車体のメインフレームの先端にある鉄製のサイドメンバが,左右2本とも前から押し潰されるような形で約1センチメートル横にふくれるように「く」の字形に曲がっていたことが認められる。 上記認定にかかる本件事故の状況及び被害車両の損傷状況などにかんがみると,本件事故時,被害者の身体に相当に強い衝撃が加わったことは明らかである。 なお,D研究所において,本件と同型式の模擬車両を使用して本件事故と同様の衝突実験を実施した結果,時速約5.9キロメートルで衝突させた場合,被衝突車両の運転席ヘッドレスト付近における前後方向の重力加速度は1.0G,時速約9.5キロメートルで衝突させた場合,同様の位置における前後方向の重力加速度は5.0Gと測定され ルで衝突させた場合,被衝突車両の運転席ヘッドレスト付近における前後方向の重力加速度は1.0G,時速約9.5キロメートルで衝突させた場合,同様の位置における前後方向の重力加速度は5.0Gと測定された。この実験では,上記測定前に,一度目に衝突車両の方向がそれて被衝突車両の左前部に衝突し,二度目に低速度ではあるものの衝突車両後部が被衝突車両前部に衝突していることから,バンパー等の衝撃緩衝能力の低下について考慮する余地があるものの,バンパーには復元能力があること,実験終了後における被衝突車両のサイドメンバのゆがみはミリメートル単位にとどまっており,被害車両の本件事故後のゆがみに比して,甚だ軽微であったことを併せ考えると,上記の実験結果は,本件事故時,被害者の身体に相当に強い衝撃が加わったことを数値的にも具体的に裏付けるものである。 そうすると,原判決が,本件事故の衝撃の程度が客観的に明らかでなく,本件事故により被害者が受傷したか否かを判断することはできない,と説示したのは失当である。 2 次に,②及び④の点について,関係証拠によれば,被告人と被害者は,同日午後零時2分から午後零時15分までの間,本件事故現場において,警察官により実施された実況見分に立ち会ったが,被害者は,その時点から首の痛みなどを訴えており,同日午後零時11分ころ,警察官が救急車の臨場を要請したこと,被害者は,間もなく到着した救急車に乗車し,首にポリネックというコルセットを巻いた状態でB医院に搬送された後,C医師の問診に対し,項頚部痛や頭痛があるほか,両上肢から手先にかけて疼痛としびれがあり,特に環指と小指のしびれが強く,背部に強い痛みがあり,また,両下腿部の3分の2以下の部位にしびれがあるなどと訴えたこと,C医師は,触診の結果,被害者には知覚の低下があり,握力測定の結 しびれがあり,特に環指と小指のしびれが強く,背部に強い痛みがあり,また,両下腿部の3分の2以下の部位にしびれがあるなどと訴えたこと,C医師は,触診の結果,被害者には知覚の低下があり,握力測定の結果,右手が4キログラム,左手が10キログラムであり,同年代の女性の握力の平均より低下しており,腱反射の結果,左上腕二頭筋,左右の上腕三頭筋,左右の膝蓋腱の反射が亢進しており,手の指には病的反射があったものの,下腿部後面の筋肉反応は両足とも正常であり,足の指には病的反射はないと判定し,また,レントゲン撮影の結果,脱臼骨折はなかったが,頚椎(脊柱)の後弯があり,脊柱管がやや狭いと診断するに至ったことなどが認められる。 そして,被害者は,C医師に対し,上肢の強い痛みなどを訴えており,その愁訴には切実なものがあるだけではなく,神経の損傷がなければ生じ得ない手指の病的反射が出現していたというのであるから,上肢の反射の亢進の点を含めて,被害者の愁訴には客観的な裏付けがあったことが認められ,さらに,握力や知覚の低下も被害者の愁訴の内容とよく符合していることが明らかである。 ところで,原判決は,被害者の検察官調書や原審公判供述について,実況見分時における指示説明と異なり,被告人車両が自動車四,五台分くらい前方からすごい勢いで後退してきて衝突されたとか,B医院に入院後の症状として,看護記録の記載に反して,益々痛みがきつくなった旨供述していることなどを理由に,Aの愁訴自体,客観的身体症状を正確に表現したものと考えるには疑問があると指摘しているが,被害者は,B医院に入院中,波はあるものの全体を通して激しい痛みを訴えていた上,被告人車両が任意保険に加入していた保険会社の担当者から,本件事故のような場合には被衝突車の運転者が傷害を負うことはないと断言された結果 入院中,波はあるものの全体を通して激しい痛みを訴えていた上,被告人車両が任意保険に加入していた保険会社の担当者から,本件事故のような場合には被衝突車の運転者が傷害を負うことはないと断言された結果,精神状態が著しく不安定になり,約4か月間,精神病院に転院することを余儀なくされたという事情があったのであるから,被害者の供述内容に原判決が指摘するような変遷等があったとしても,それを過大視すべきではなく,そのことから直ちに,C医師に対する愁訴や同医師による診療録の記載内容の信用性を否定するのは相当でない。 このように,C医師は,被害者の愁訴だけではなく,知覚低下等の症状に加え,反射の亢進や病的反射の出現などの他覚的知見に基づいて,頚髄の側索路のうち上肢に連なる神経が集まる中心部に損傷を生じているものと判断し,加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷と診断しているのであって,その専門的知識,経験に基づく上記診断結果は説得力に富む上,当審で取り調べた広島市立E病院整形外科医師F作成の捜査関係事項照会書に対する意見書(当審検第17号)及び同人の当審公判供述によれば,C医師の上記診断について,その診断の過程や結果は適切と判定されるというのであるから,上記診断結果は十分に信用することができる。 なお,本件事故後,被害者の頚椎をレントゲン撮影したところ,第1頚椎と第2頚椎との間隔が左右非対称である異常が判明したほか,さらに,被害者の頚椎のMRI撮影の結果,椎間板全体の変性,第6及び第7椎間板に対する硬膜の圧迫があったものの,中心性頚髄不全損傷をうかがわせる明瞭な証跡はみられなかったというのであるが,MRIによる画像の表示には限界があり,そのような明瞭な証跡が認められないことが中心性頚髄不全損傷の存在を否定するものでないことはいうまでもない。 明瞭な証跡はみられなかったというのであるが,MRIによる画像の表示には限界があり,そのような明瞭な証跡が認められないことが中心性頚髄不全損傷の存在を否定するものでないことはいうまでもない。 そうすると,原判決が,被害者の愁訴について,身体の客観的症状を正確に表現したとはいえないとか,C医師の診断が被害者の愁訴に大きく影響されている可能性を否定できず,その診断自体,被害者の客観的症状を反映していない可能性を払拭できないなどと説示した点は,誤っているというほかはない。 3 そして,③の点について,関係証拠によれば,本件事故前から,被害者には,既往歴として盲腸手術や右下肢骨折があるほか,自律神経失調症(チック症状)で継続的に治療を受けていたこと,腰部変形性脊椎症,頚椎骨軟骨症,右肩関節周囲炎により治療を受けていたことがあり,もともと脊柱管が通常よりやや狭いことが判明していたとはいえ,頚椎(脊柱)の後弯や反射の異常はなかったし,加齢の点を考慮してみても,それらの症状が頚椎の異常に発展する可能性はなかったのであり,本件事故前に,上肢の強い痛みやしびれなど中心性頚髄不全損傷に基因するような症状が生じていたような形跡は全くなかったのであるから,原判決が,本件事故直前の被害者の体調について判断できる証拠がない,と説示したのは相当でない。 4 最後に,⑤の点について,関係証拠によれば,上記のとおり,被害者は,本件事故直後から,頚部の痛みを訴えており,警察官が要請した救急車に乗車し,首にコルセットを巻いた状態でB医院に搬送されており,本件事故後,C医師の診察を受けるまでの間に,本件事故以外の原因により中心性頚髄不全損傷の傷害を負うような衝撃等を受けた形跡はないのであるから,本件事故後に事故以外の外力で被害者に新たに症状が出た可能性もあるとした原判決の を受けるまでの間に,本件事故以外の原因により中心性頚髄不全損傷の傷害を負うような衝撃等を受けた形跡はないのであるから,本件事故後に事故以外の外力で被害者に新たに症状が出た可能性もあるとした原判決の説示は受け入れることができない。 5 その他,原判決は,被害者が衝突時に身構えていたことなど種々の事情を指摘して,本件事故と被害者の傷害との間の因果関係にも疑問があるなどというが,到底賛同することはできず,原審記録及び当審で取り調べた証拠によれば,本件事故により被害者が加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負ったことは,優に認定することができる。 論旨は理由がある。 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,当裁判所において,更に判決する。 (罪となるべき事実)被告人は,平成14年6月11日午前11時30分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,広島市a区(以下略)先道路を県道方面からbインター方面に向かい進行し,対向車と離合するため同所で一旦停止した後,県道方面に向かい後退するにあたり,自車後方左右を注視し,その安全を確認しながら後退すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,自車後方に停止していたA(当時55歳)運転の普通乗用自動車の後方に停止していた車両が後退を始めたことから,A運転車両も後退するものと軽く考え,後方左右を十分注視することなく,その安全確認が十分でないまま漫然時速約5ないし10キロメートルで後退した過失により,折から自車後方で停止していたA運転の普通乗用自動車前部に自車後部を衝突させ,よって,同人に対し加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負わせた。 (証拠の標目)省略(法令の適用)被告人の判示行為は,刑法211条1項前段に該当するところ,所定刑 部を衝突させ,よって,同人に対し加療約4週間を要する中心性頚髄不全損傷の傷害を負わせた。 (証拠の標目)省略(法令の適用)被告人の判示行為は,刑法211条1項前段に該当するところ,所定刑中罰金刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金10万円に処し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし,原審及び当審の訴訟費用については,刑訴法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。 よって,主文のとおり判決する。 平成16年9月28日広島高等裁判所第一部裁判長裁判官大渕敏和裁判官芦高源 裁判官島田一

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