主文 被告人は無罪。 理由 1 本件公訴事実及び本件事故(1) 本件公訴事実検察官作成の起訴状記載にかかる本件公訴事実は、「被告人は、平成13年4月16日午前8時53分ころ、業務として普通乗用自動車を運転し、福井県内の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」と略称)を北方から南方に向け直進するに当たり、対面信号機の表示を十分注視し、これに従って進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同信号機の表示を注視しないまま、漫然時速約30キロメートルで進行した過失により、同信号機が赤色を表示していることに気付かず、同交差点内に進入し、折から左方道路から青色信号に従い進行してきた相手方運転の普通乗用自動車の右前部に自車左側前部を衝突させ、よって同人に対し安静加療約2週間を要する外傷性頚椎症等の傷害を負わせた」というものである。 (2) 本件事故<証拠>によれば、① 本件交差点は、東方から西方へ向かう車道幅員約8.8メートルの道路が、北方から南方へ向かう車道幅員約7メートルの道路と直交する十字路交差点であり、本件交差点には、南北道路用の両面信号機が北西角付近に1基(以下「丙信号機」と略称)及び南東角付近に1基設置され、東西道路の西進用片面信号機が北西角付近に1基(以下「乙信号機」と略称)及び北東角付近に1基設置されているが、乙信号機は、丙信号機の南方約9.4メートルの地点に位置すること、② 本件交差点には、南東側にA医院の駐車場及び建物が、北東側にショッピングセンターの店舗が、北西側に「B木材会社」と南北道路側壁面に大書された建物がそれぞれ隣接していること、③ 平成13年4月16日午前8時53分頃、本件交差点内に 車場及び建物が、北東側にショッピングセンターの店舗が、北西側に「B木材会社」と南北道路側壁面に大書された建物がそれぞれ隣接していること、③ 平成13年4月16日午前8時53分頃、本件交差点内において、相手方が運転して西方へ向かう車両重量1130キログラムの普通乗用自動車(以下「相手方車」と略称)の前部右端が、被告人が運転して南方へ向かう車両重量1630キログラムの普通乗用自動車(以下「被告人車」と略称)の前部左側面に衝突する交通事故(以下「本件事故」と略称)が発生したが、路面には被告人車の車輪による長さ約60センチメートルの「タイヤズリ痕」が印象されただけで、相手方車等によるスリップ痕は全くなかったこと、④本件事故の結果、相手方車は、右前部が凹損により中破してエアバッグが作動し、本件交差点の南東角付近でほぼ南向きに停止し、被告人車も左前輪及び左側面が凹損により中破したことが認められる。 また、<証拠>によれば、① 被告人は、本件事故後間もなく行われた実況見分の立会人として説明した際、被告人車の約30メートル前方の先行車に追従して本件交差点へ進入した旨を供述して以来、一貫して同旨の供述をしていること、② 本件事故の際、相手方車を運転して本件交差点へ向かっていた相手方が、被告人車に全く気づかないまま制動措置をとる間もなく被告人車に衝突したことは明らかであり、当時、相手方車には助手席に保育園児の次男及び後部座席に保育園児の三男が同乗していたが、本件事故後、三男の鼻と上唇との間に少量の鼻血が付着していたことが認められる。 2 検察官主張にかかる被告人の過失について(1) 検察官は、被告人車を運転して本件交差点へ進入した被告人には、対面信号機が表示していた赤色信号を看過した過失があったと主張するところ、相手方は、①「本件交差点内の衝 る被告人の過失について(1) 検察官は、被告人車を運転して本件交差点へ進入した被告人には、対面信号機が表示していた赤色信号を看過した過失があったと主張するところ、相手方は、①「本件交差点内の衝突地点から約79.7メートル手前(<ア>の地点)で対面の乙信号機が赤色を表示しているのに気づいたのち、その衝突地点から約34.7メートル手前(A医院の横辺りの<イ>の地点)で乙信号機が青色を表示しているのを確認した。」旨の供述をし、②「本件事故直後に上記停止位置で停止した相手方車の運転席から、後方の丙信号機が赤色を表示しているのを確認した。」旨の供述をするほか、③「本件事故直後に相手方車に近づいてきた被告人に対し、いきなり『どうして赤で突っ込んできたんですか。』とだけ言った。」旨の供述をする。 (2) しかしながら、相手方は、上記②の供述に関し、その当公判廷における供述によれば、捜査段階における検察官の取調べに対しては、自車のバックミラーで確認したと供述していたのに、第2回公判期日においては「自車の右側運転席でシートベルトを装着して座ったまま右側サイドミラに映った丙信号機の表示を確認したが、サイドミラーには上記「B木材会社」の文字と一緒に信号機が映っていたのであるから、その信号機が丙信号機であることは間違いがない。」旨の供述に変転させ、さらに、第2回公判期日後に相手方が警察官の立会で上記相手方車の停止位置に停車した自動車内で実験したものの、その運転席からバックミラー及びサイドミラーで丙信号機を見ることはできなかったため、第3回公判期日において「後ろを振り返って自分の目で見たのではないかと思う。」旨の供述をするに至ったことが認められる。その供述の経過に照らしただけでも、上記②の供述が信用できないことは明らかである。 また、相手方は、上記① 振り返って自分の目で見たのではないかと思う。」旨の供述をするに至ったことが認められる。その供述の経過に照らしただけでも、上記②の供述が信用できないことは明らかである。 また、相手方は、上記①の供述に関し、<証拠>によれば、捜査段階においては、警察官の取調べに対し「時速約50キロメートルで進行中、<ア>の地点(相手方が青色信号を確認した<イ>の地点から「85.0」メートル東方の地点)付近で乙信号機を見たら赤色を表示していたが、本件交差点まで距離があったので、減速することなく進行した。」旨を供述し、本件交差点手前の直近交差点を左折した旨はもとより乙信号機の赤色表示が青色表示に変わった地点についても供述した形跡はないのに、第2回公判期日において「本件事故現場から約85メートル東方の交差点で一旦停止して本件交差点へ向かう道路へ左折した。左折後加速し、<ア>の地点で、時速約45キロメートル(多分40キロメートルとも供述)から時速約50キロメートルの速度で走行していた。その道路の制限速度は知らない。」旨を供述し、さらに、上記実験の際に交通事故現場見取図における記載距離の過誤(上記「85.0」の記載は「45.0」の誤り)等を補正するため行われた警察官の再実況見分に立ち会ったのち、第3回公判期日において「<ア>の地点で乙信号機が赤色を表示しているのを見たのち、その赤色信号を見続けて走行するうち、A医院の横辺り(<イ>の地点)で乙信号機の表示が赤色から青色へ変わるのを見た。その後も前方を注視したまま本件交差点に進入した。」旨の供述をするに至ったことが認められる。その供述の経過自体、自然とは言い難いうえ、これらの供述内容を真実と仮定すると、本件交差点内の衝突地点から約79.7メートル手前の地点で対面乙信号機の赤色表示に気づいた相手方が、その赤色 られる。その供述の経過自体、自然とは言い難いうえ、これらの供述内容を真実と仮定すると、本件交差点内の衝突地点から約79.7メートル手前の地点で対面乙信号機の赤色表示に気づいた相手方が、その赤色表示を見続けながら、時速約40キロメートル(停止距離約22メートル)ないし時速約50キロメートル(停止距離約32メートル)の速度のまま、同地点の手前約34.7メートルという至近距離まで、減速することなく平然と進行したことになって、いかにも不自然である。かかる供述の経過及び上記②の供述に関し供述を変転させた相手方の供述態度に、上記のとおり相手方が被告人車には衝突するまで全く気がついていなかった事実(被告人車の先行車に関する被告人の上記供述を前提とすると、被告人車の先行車にも全く気がついていなかった事実)とを併せ考えると、相手方が本件事故前に前方を見ていたか極めて疑わしく、相手方の上記①の供述も信用できないといわざるを得ない。 このように本件交差点の信号表示に関し信用できない供述を繰り返した相手方が、仮に上記③の供述どおり被告人に対し「どうして赤で突っ込んできたんですか。」と言ったとしても、それは、相手方がその言葉を発したという意味を有するにとどまり、それ以上の意味を持ち得ないことが明らかである。 (3) なお、① 被告人の検察官調書及び当公判廷における供述によれば、被告人は、本件事故後、時期と場所はともかくとして、自分のほうが青色であったなどと被告人をなじった相手方に対し、その言い分に反論することなく「全部自分のほうで見てあげる。」との言葉を口にし、かつ、その後本件事故現場に臨場した警察官に対し「自分が赤でいいですよ。」と言ったことが認められるが、他方、② 保険代理人の警察官調書によれば、本件事故現場で保険代理人に対し,被告人が「私の信号 、かつ、その後本件事故現場に臨場した警察官に対し「自分が赤でいいですよ。」と言ったことが認められるが、他方、② 保険代理人の警察官調書によれば、本件事故現場で保険代理人に対し,被告人が「私の信号は青だと思うが相手が青だと言っており運転手が女の人だし子供さんも同乗していたので私を悪く対応してくれ」と言ったことも認められ、また、被告人の当公判廷における供述及び上記被告人の検察官調書によれば、被告人は、本件事故当日の夜、相手方の夫から電話で、相手方が本件事故による負傷で長期間入院することになったなどと怒った口調で言われたため、直ちに丸岡警察署へ赴き、警察官に面会して自分のほうが青色信号であったなどと事情を説明し、その翌日の取調べにも進んで応じたのに、警察官が作成した被告人の平成13年4月17日付け供述調書に、被告人が本件交差点へ赤色信号で進入した旨の記載があったため、その調書に署名押印するのを拒否して帰ったことが認められるのであって、②の事実関係に照らせば、①の被告人の発言が、被告人が本件交差点進入の際に対面信号機が赤色を表示しているのを目視したことを意味するものでないことは明らかである。 (4) そうすると、被告人が被告人車を運転して本件交差点へ進入した時点において、その対面信号機が赤色を表示していたとの事実を認めるに足りる証拠はないことになる。 3 検察官の主張にかかる相手方の負傷について(1) 検察官は、相手方が本件事故により「安静加療約2週間を要する外傷性頚椎症等」の傷害を負ったと主張するところ、① <証拠>によれば、(ア)相手方は、平成13年4月16日の本件事故後、A医院から救急車でC医院へ搬送され、C医師の診察を受け、そのままC医院に入院して同月24日の午後に退院したが、その間18日と24日に警察へ提出する診断書の交付を求 平成13年4月16日の本件事故後、A医院から救急車でC医院へ搬送され、C医師の診察を受け、そのままC医院に入院して同月24日の午後に退院したが、その間18日と24日に警察へ提出する診断書の交付を求め、同月26日に1回だけ通院したこと、(イ)C医院の相手方に関する「診療録」の表紙「傷病名」欄には「外傷性頚椎症」「腰椎捻挫」「左側胸部打撲」なる記載があり、同「入院診療録」の表紙「傷病名」欄にも同旨の記載があること、(ウ)入院中の相手方に対する治療として、検査及び投薬のほか連日点滴注射が行われ、同月20日から退院日まで連日頸椎牽引療法が実施されたことが認められ、② 相手方も、当公判廷において「本件事故後、首のほうと胸の辺りと腰の辺りが痛くなったので、その旨をC医師の初診時の問に対して答えた。入院中も痛みがあるときには、そのように回診時等に応答した。」旨の供述をする。 (2) しかしながら、上記「診療録」及び「入院診療録」を精査しても、相手方に対するレントゲン検査やコンピュータ断層診断など諸検査の結果に異常がないのはもとより他覚的所見も皆無であり、そもそも相手方の上記入院自体「安静目的」であったことは明らかであるうえ、相手方の負傷の有無に関しても、相手方の主観的な痛み等に関する応答が記載されているだけで、その痛みに関する記載も、少数ながら単に「有り」を示す符号があるほかは「自制内」「ほとんどなし」「軽度」「軽減」等の文字が付加されているものがほとんどであり、他に、日常生活に支障があると窺わせるような症状に関する記載は一切なく、相手方が入院当初、本件事故の処理につき相当神経質になっていたことが認められるだけである(なお、C医師が初診時から退院までの間に、椎間板の変性による神経根の圧迫の有無を患者の応答によって判定するスパーリング検査やジャ 事故の処理につき相当神経質になっていたことが認められるだけである(なお、C医師が初診時から退院までの間に、椎間板の変性による神経根の圧迫の有無を患者の応答によって判定するスパーリング検査やジャクソン検査を行った形跡はない。)。 (3) しかも、相手方自身、当公判廷において、本件事故後に感じたと言う痛みにつき「C医師の初診時の問に対して答えるまでの間、痛みがあるとは他の誰にも言ったことはない。即日帰宅できると思っていた。」旨を供述しているのであり、この供述は、(2)の事実関係に照らしても十分信用できる(なお、相手方は、上記「入院診療録」によると、C医院へ搬送された約2時間後に、看護婦に「受傷時には、ふらつきがあり歩行困難であったが、今はない。」旨を話して自由に歩行していたことが認められ、当公判廷においては「A医院では、一人で歩けるのに、いきなり担架に乗せられて救急車で搬送され、C医院では、看護婦に入院したくないと言ったのに、いきなり車椅子に乗せられて病室へ運ばれた。」旨の供述までしている。)。 (4) これら(2)及び(3)の事実関係に、当公判廷において相手方がC医院における診療状況のみならず本件事故後における自分自身の症状等についても他人事のように極めて曖昧な供述を繰り返した事実及び本件交差点の信号表示に関し上記のとおり信用できない供述を繰り返した事実のほか、記録上明らかなとおりC医師が検察官の度重なる説得にもかかわらず証人として証言するのを拒否し続けた事実をも併せ考えれば、(1)②の供述にかかる相手方のC医院における応答が、本件事故による傷害に基づくものか極めて疑わしく、上記「診療録」及び「入院診療録」各表紙に記載された傷病名がC医師の診断にかかるものであったとしても、その診断の根拠は、かかる相手方の応答以外に全く存在しないこ る傷害に基づくものか極めて疑わしく、上記「診療録」及び「入院診療録」各表紙に記載された傷病名がC医師の診断にかかるものであったとしても、その診断の根拠は、かかる相手方の応答以外に全く存在しないことが明らかである以上、(1)①の事実及び(1)②の供述をもって、相手方が本件事故により「外傷性頚椎症」「腰椎捻挫」「左側胸部打撲」なる傷害を負ったとの事実を認定するには、合理的な疑いが残るものといわざるを得ない。 (5) なお、検察官は、検察事務官作成の平成15年5月28日付け鑑定書の取調べを請求し、弁護人も、これを証拠とすることに同意したが、その内容は、本件事故による相手方車及び被告人車の上記破損状況等を資料として本件事故時における相手方車の衝突速度を時速約37キロメートル(被告人車の衝突速度を時速31ないし36キロメートル)と推定したうえ、これに基づいて相手方の頭部に加わる「最大減速度は約19(g)」、腰部に加わる「最大減速度は約23(g)」と推定し、相手方車の運転者である相手方に「傷害が発生する可能性は、極めて高いと推定される」と言うものに過ぎない。仮に上記鑑定に信用性が認められるとしても、傷害が発生する可能性が高いというだけで、現に何らかの傷害が発生したとの事実を認定するによしないことは当然であり、かかる可能性と(1)①の事実及び(1)②の供述とを併せ考えるとしても、(4)の事実関係に変わりがない以上、相手方が上記検察官主張の傷害を負ったとの事実を認定するのに合理的な疑いが残ることに変わりはない。 4 以上の次第で、本件公訴事実については、被告人が被告人車を運転して本件交差点へ進入した際に対面信号機が赤色を表示していた事実も、相手方が本件事故により検察官主張の傷害を負った事実も、いずれも認めることができず、犯罪の証明のないことが明 被告人が被告人車を運転して本件交差点へ進入した際に対面信号機が赤色を表示していた事実も、相手方が本件事故により検察官主張の傷害を負った事実も、いずれも認めることができず、犯罪の証明のないことが明らかであるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 平成15年12月8日福井地方裁判所刑事部裁判官松永眞明
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