主文 一原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。二被告は、原告に対し、金二、六七九、一九七円及び別表の内金認容額欄記載の各内金に対する遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。三原告のその余の請求を棄却する。四訴訟費用は、すべての被告の負担とする。五この判決の第二項は、仮に執行することができる。事実 第一当事者の求めた裁判〔請求の趣旨〕一原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。二被告は、原告に対し、金二、七八一、七六七円及び別表の内金請求額欄記載の各内金に対する遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。三訴訟費用は、被告の負担とする。四第二項について仮執行の宣言〔請求の趣旨に対する答弁〕一原告の請求をいずれも棄却する。二訴訟費用は、原告の負担とする。第二当事者の主張〔請求原因〕一被告は、東京都台東区に上野学園大学音楽学部、同短期大学家政科、同高等学校全日制の課程(普通課程・音楽課程)、同中学校を、埼玉県草加市に上野学園短期大学音楽科、同草加高等学校全日制の課程(普通課程)をそれぞれ設置する学校法人である。原告は、昭和四二年四月一日、被告学園に事務職員として雇用され、大学事務員として当時の大学事務局教務課に所属し、昭和四三年一月から経理部勤務となり、昭和四六年一月一日付で実施された事務組織の変更に伴つて財務部主任(課長待遇)及び総務部主任(課長待遇)の併任を命ぜられ、財務、総務両部長の命を受け、それぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつた。二被告は、昭和四七年三月三〇日に原告を解雇したことを理由として、同日以降原告が被 両部長の命を受け、それぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつた。二被告は、昭和四七年三月三〇日に原告を解雇したことを理由として、同日以降原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを争つている。 を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつた。二被告は、昭和四七年三月三〇日に原告を解雇したことを理由として、同日以降原告が被 両部長の命を受け、それぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつた。二被告は、昭和四七年三月三〇日に原告を解雇したことを理由として、同日以降原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを争つている。三原告は、本件解雇当時、次のとおり被告から賃金の支払を受けていた。1 給与八一、三三〇円内訳基本給五八、二〇〇円職務給一五、〇〇〇円家族手当四、〇〇〇円通勤手当四、一三〇円右にいう「通勤手当」とは、一か月の通勤定期券代実費のことであるが、これも、労働基準法一一条の賃金に該当する。なお、給与は、毎月一日から末日までを一か月として計算し、毎月二〇日に支払われる約である。2 期末手当三五、五〇二円(その支給日は毎年三月三一日) 3 夏期手当一二四、七六〇円(その支給日は毎年七月三一日) 4 冬期手当、法人調整手当二二〇、七七四円(その支給日は毎年一二月三一日)右2ないし4の金額は、昭和四六年実績による。四よつて、原告は、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認と、本件解雇後の師和四七年四月分から同年一〇月分までの給与及び同年の夏期手当計六九四、〇七〇円、昭和四七年一一月分から同年四九年三月分までの給与一、三八二、六一〇円、昭和四九年四月一日から同月二五日(本件口頭弁論終結の日)までの分の給与六七、七七五円(日割計算による。)、昭和四八年及び同四九年の期末手当計七一、〇〇四円、昭和四八年の夏期手当一二四、七六〇円、昭和四七年及び同四八年の冬期手当、法人調整手当計四四一、五四八円、以上合計二、七八一、七六七円、並びに、別表の内金請求額欄記載の各内金に対する弁済期経過後の遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〔 一、五四八円、以上合計二、七八一、七六七円、並びに、別表の内金請求額欄記載の各内金に対する弁済期経過後の遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〔請求原因に対する認否〕請求原因第一項ないし第三項の事実を認める。ただし、「通勤手当」は、労働契約上の労務提供義務を履行するために必要な費用を使用者が負担したものであるから、民法六二三条の報酬ではなく、労働基準法一一条の賃金にも該当しない。 一、七六七円、並びに、別表の内金請求額欄記載の各内金に対する弁済期経過後の遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〔請求原因に対する認否〕請求原因第一項ないし第三項の事実を認める。ただし、「通勤手当」は、労働契約上の労務提供義務を履行するために必要な費用を使用者が負担したものであるから、民法六二三条の報酬ではなく、労働基準法一一条の賃金にも該当しない。したがつて、仮に本件解雇が無効であるとしても、原告が被告に対し通勤手当を請求する権利はない。〔抗弁〕一本件解雇の意思表示被告は、昭和四七年三月三〇日、総務部長Aを通じて原告に対し、口頭で普通解雇する旨の意思表示をし、かつ、予告手当八一、三三〇円を支払うべく現実にこれを提供した。したがつて、原告と被告との間の労働契約は、右解雇の意思表示により、同日をもつて終了した。二解雇の理由たる事実 1 昭和四四年五月一九日、原告は、被告学園の取引銀行である第一銀行向島支店の普通預金口座(口座番号四〇二九一)から用途不明の公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当のBに預かつておくよう命じた。Bは、原告の命に従つて右金員を金庫に保管していたが、その取扱いに不明朗な感じをいだき、原告に対して早く処理してもらいたいと催促したところ、原告は、「あの金は、あなたと山分けしようじやないか。」と言い、同女に拒絶された。その後も、Bからの催促にもかかわらず、原告は、言を左右にしてこれを放置し、昭和四五年春の決算の際は、右金員につき何らかの操作をしたものか、これを帳簿外としてしまつた模様である。昭和四六年一月二〇日にCが財務部長として就任した後、BがC部長に対してその間の事情を訴えたので、同部長は、や 決算の際は、右金員につき何らかの操作をしたものか、これを帳簿外としてしまつた模様である。昭和四六年一月二〇日にCが財務部長として就任した後、BがC部長に対してその間の事情を訴えたので、同部長は、やむを得ず雑収入として伝票を起こして入金処理をした。2 昭和四六年六月、総務係として採用したDを切手管理(出入・残高確認)の仕事につけたが、原告は、同女に対し、日常処理後の整理方法を教えなかつた。そこで、財務部主任補Bが終業後残つて切手の整理に思案しているDに助言を与えたところ、原告は、後になつてこのことを知るや、新入早々のDに対し、「なぜ、ほかの者に教わるのか。 の間の事情を訴えたので、同部長は、やむを得ず雑収入として伝票を起こして入金処理をした。2 昭和四六年六月、総務係として採用したDを切手管理(出入・残高確認)の仕事につけたが、原告は、同女に対し、日常処理後の整理方法を教えなかつた。そこで、財務部主任補Bが終業後残つて切手の整理に思案しているDに助言を与えたところ、原告は、後になつてこのことを知るや、新入早々のDに対し、「なぜ、ほかの者に教わるのか。俺は知らんぞ。」と怒鳴りつけた。そのため、Dは、総務部長Aに対し、「こんないやなところで仕事をしたくない。ほかに移すか、退職か、いずれかにして欲しい。」と申し出た。A部長は、やむを得ずDを原告と離れた席に移した。3 同年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告は、事務室内でギターを弾いていたが、午後一二時三〇分の始業時刻を一〇分余り経過し、ほかの職員が仕事についているにもかかわらず、これをやめなかつた。そこで、A部長がギターを弾くのをやめるよう強く注意したところ、原告は、ようやくこれをやめたものの、注意を受けても平然とした態度で、何ら反省の様子が見られなかつた。4 同年一一月、音楽教室へ受講にきた小学生の付添いの母親が指導費一、五〇〇円を納入したが、たまたま窓口で受領した財務部員Eは、納入者の名前を忘れ、右金員の処理ができないので、これを原告に預けた。ところが、翌月、指導費を納入にきた小学生受講生の中に前月納入済印のない受講生がいたので、その間の事情を知らない財務部員Fが、「先月一、五〇〇円を誰が預かつたか。本人は、窓口で納入したと言つているが。」と全員に尋ねたところ、Eは、前月一、五〇 生の中に前月納入済印のない受講生がいたので、その間の事情を知らない財務部員Fが、「先月一、五〇〇円を誰が預かつたか。本人は、窓口で納入したと言つているが。」と全員に尋ねたところ、Eは、前月一、五〇〇円不明の金があつたが、それを原告に渡した旨を申し出た。すると、原告は、机の中から一、五〇〇円を取り出し、黙つてこれをGに渡し、同女がそれをFに渡して処理した。原告は、納入者不明の金であるならば、当然その旨記入して金庫に保管するなど金の所在を明らかにしておく職務上の義務があるのに、一か月にわたつて黙つたままこれを自分で所持したのである。5 同年秋当時、原告は、主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたが、これを遅滞し、昭和四七年三月になつても放置していた。 の中から一、五〇〇円を取り出し、黙つてこれをGに渡し、同女がそれをFに渡して処理した。原告は、納入者不明の金であるならば、当然その旨記入して金庫に保管するなど金の所在を明らかにしておく職務上の義務があるのに、一か月にわたつて黙つたままこれを自分で所持したのである。5 同年秋当時、原告は、主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたが、これを遅滞し、昭和四七年三月になつても放置していた。そのころ、主任補Bは、部員Fは、卒業時期が近いのに授業料の納入済み・未納の確認ができないと、卒業すべき学生が授業料未納のとき督促もできないので、振込み通知書の処理はどうなつているかと、直接、C部長にただした。C部長は、原告の戸棚を探したところ、大量の振込み通知書が未処理のまま発見され、その後、決算事務にまで影響を及ぼした。6 昭和四七年二月、非常勤講師に対する勤務継続文書発送後、A部長は、H講師から、相手の氏名を記入しないで右文書を発送したのは失令であると通報を受けた。そこでA部長は、原告に対し、「氏名を記入せず発送したので、先方から非礼をとがめられた。どうしたのだ。」と言つたところ、原告は、「面倒だから省略した。」と弁明し、同部長から残部の幹発送分については氏名を必ず記入するよう指導を受けたが、何ら反省の色がなく、かえつて、「そのようなことを言つてくる教授者は、変人である。」と放言した。7 同年三月五日(日曜日)、残務処理のため出勤したA部長は、当日の日直者である企 う指導を受けたが、何ら反省の色がなく、かえつて、「そのようなことを言つてくる教授者は、変人である。」と放言した。7 同年三月五日(日曜日)、残務処理のため出勤したA部長は、当日の日直者である企画室主任Iが、被告学園の重要秘密文書を格納してある金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」(大学の部)一冊を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃した。この戸棚は、勤務時間中以外は施錠されており、その鍵は、総務部主任である原告がその責任において保管しているものである。そして、戸棚の中の書類(履歴書、職員票、稟議綴り、辞令写し、教員免許状写し)は、一般の書類と異なり、重要秘密文書として扱われ、みだりに総務部の担当者以外の者に見せたり、あるいは貸与することは許されないものであり、他の部署において必要な場合には、必ず総務部長の許可を要するものである。 。この戸棚は、勤務時間中以外は施錠されており、その鍵は、総務部主任である原告がその責任において保管しているものである。そして、戸棚の中の書類(履歴書、職員票、稟議綴り、辞令写し、教員免許状写し)は、一般の書類と異なり、重要秘密文書として扱われ、みだりに総務部の担当者以外の者に見せたり、あるいは貸与することは許されないものであり、他の部署において必要な場合には、必ず総務部長の許可を要するものである。とりわけ、職員票は、教職員の本籍、現住所、年齢、学歴、職歴、家族関係はもとより、身分、給与に至るまで記載されているので、被告は、教職員各自に対しその内容につき秘密を守る義務を有する。ところで、前述した状態を目撃したA部長は、直ちにIに対し、誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うと、Iは、学内の教授者の年齢の調査統計を作りたいので総務統計があるならば資料としてもらいたい旨を原告に申し出たところ、原告から、それはできていないので、必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたと答えた。そこで、A部長は、その書類をみだりに見ては困ると述べ、直ちにこれを戸棚に格納させた。数日後、Iは、A部長の求めにより、当日職員票から書き写した教職員の年齢の資料を分析整理して作図作長したものを一一枚の資料として提出した。その内容は、被告学園の教職員(常勤)全体のものはもとより、教員、事務職員を区 部長の求めにより、当日職員票から書き写した教職員の年齢の資料を分析整理して作図作長したものを一一枚の資料として提出した。その内容は、被告学園の教職員(常勤)全体のものはもとより、教員、事務職員を区別し、あるいは大学、短期大学、高等学校等の所属別にしたりしていた。したがつて、Iは、「職員票綴り」をA部長が目撃した大学の部にとどまらず、短大の部、草加高校の部、中高の部、事務局の部のすべてにわたつて閲覧し、教職員の年齢を書き写したことが明らかになつた。また、A部長は、企画室長Jに問いただしたところ、Iの調査は企画室の業務とは全く関係のないことが確認された。原告は、総務部主任として被告学園の重要秘密文書を格納してある金属製戸棚の鍵を保管し、同部において業務上使用する場合以外は、いかなる場合でも総務部長の許可なしでは鍵を貸与することはもとより、自ら使用しても中の書類を閲覧させてはならないことになつているにもかかわらず、これを熟知しながら、前述したとおり、被告学園の業務とは全く関係がないのに、戸棚の鍵をIに貸与して自由に使用させたのであり、このことは、著しく職責に反する。 として被告学園の重要秘密文書を格納してある金属製戸棚の鍵を保管し、同部において業務上使用する場合以外は、いかなる場合でも総務部長の許可なしでは鍵を貸与することはもとより、自ら使用しても中の書類を閲覧させてはならないことになつているにもかかわらず、これを熟知しながら、前述したとおり、被告学園の業務とは全く関係がないのに、戸棚の鍵をIに貸与して自由に使用させたのであり、このことは、著しく職責に反する。8 同年三月一三日午後三時三〇分ころ、A部長は、総務部給与担当のKを呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたので、主任である原告に対し、その所在を尋ねた。ところが、原告は、Kの所在はわからないと答え、午後四時三〇分ころになつて、同女は外での食事をしていたと報告した。原告は、主任として部員の指導監督に従事する職務にあるにもかかわらず、これを怠つたのである。9 同年三月二三日午前九時の上野学園短期大学音楽科第二次試験発表前、L(局長待遇)が発表前の合格者番号を点検していたところ、原告は、二回にわたつて合否をのぞき見し、知人から依頼された番号三〇五の受験者の合格を見てとり 前九時の上野学園短期大学音楽科第二次試験発表前、L(局長待遇)が発表前の合格者番号を点検していたところ、原告は、二回にわたつて合否をのぞき見し、知人から依頼された番号三〇五の受験者の合格を見てとり、正式発表前に合格した旨を知人に通報した。三就業規則の適用第二項掲記の原告の行為は、いずれも就業規則一四条二号の「勤務成績または能率不良で職務に適しないと認めたとき」及び同条四号の「その他やむを得ない事由があるとき」との普通解雇事由に該当する。特に、7の行為は、その中でも最も重大であり、このような行為に及んだ原告は、今後いかなる不測な行為に出るかもしれない。〔抗弁に対する認否〕一抗弁第一項(本件解雇の意思表示)について被告が昭和四七年三月三〇日に総務部長Aを通じて原告に対し口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたことを認める。その余の事実を否認する。二抗弁第二項(解雇の理由たる事実)について 1 1の事実中、昭和四四年五月一九日ころ、原告が被告主張の普通貯金口座から公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当のBに預かつておくよう命じたこと、C部長が雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことを認める。 年三月三〇日に総務部長Aを通じて原告に対し口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたことを認める。その余の事実を否認する。二抗弁第二項(解雇の理由たる事実)について 1 1の事実中、昭和四四年五月一九日ころ、原告が被告主張の普通貯金口座から公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当のBに預かつておくよう命じたこと、C部長が雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことを認める。その余を否認する。右金員の扱いの経過は、次のとおりである。すなわち、被告学園は、中高校生徒会費用から支出されるべき昭和四二年学園祭費用のうち四四、八四〇円の立替払をしていたところ、これを精算しないで同年度の決算を終えてしまつた。その後、原告は、被告学園と中高校生徒会との間の立替金等の調査に当たつて右未清算金を発見し、被告主張の普通貯金口座(これは、理事長名義の中高校生徒会用の口座であり、経常外収支の扱いとなつていた。)から四四、八四〇円の払いもどしを受けたが、これが被告学園のいかなる費目から立て替え 発見し、被告主張の普通貯金口座(これは、理事長名義の中高校生徒会用の口座であり、経常外収支の扱いとなつていた。)から四四、八四〇円の払いもどしを受けたが、これが被告学園のいかなる費目から立て替えられたものであるかがわからず、その充当処理をすることができなかつた。そこで、原告は、現金保管担当のBに右金員の保管を依頼するとともに、再三、経理部長Mに対してその処理方法についての指示を求めたが、同部長から何らの指示もなかつたのである。したがつてこの件は、被告のずさんな決算に起因するものであつて原告には責められるべき点はない。2 2の事実を否認する。Dが席を移つたことは事実であるが、その時期は、同女の採用後六か月を経過した昭和四六年一二月二〇日である。また、その理由は、当時、財務部窓口担当のEが退職し、同じくNも産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたからであり、Dは、その後任として総務部から財務部に異動したのである。3 3の事実中、同年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告が事務室内でギターを弾いていたこと、A部長がギターを弾くのをやめるよう注意したところ、原告がこれをやめたことを認める。その余を否認する。当時、事務局における執務状況は、必ずしも厳格ではなく、始業時刻後一〇分ないし一五分ぐらい雑談などをしてから執務を始めるという状態であつた。 つたからであり、Dは、その後任として総務部から財務部に異動したのである。3 3の事実中、同年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告が事務室内でギターを弾いていたこと、A部長がギターを弾くのをやめるよう注意したところ、原告がこれをやめたことを認める。その余を否認する。当時、事務局における執務状況は、必ずしも厳格ではなく、始業時刻後一〇分ないし一五分ぐらい雑談などをしてから執務を始めるという状態であつた。しかも、右時期は夏休み中であつたので、事務も比較的ひまであつた。原告は、ギター愛好者数名の中でギターを弾いていたところ、A部長から「時間がきたよ。」と言われて始業時刻を二、三分経過していることに気がつき、直ちにこれをやめたのである。4 4の事実を否認する。同年一一月一三日、原告は、同月一日ないし三日に窓口で指導費を受領したGから、受講生より受領した指導費について納入者がわからないという相談を 直ちにこれをやめたのである。4 4の事実を否認する。同年一一月一三日、原告は、同月一日ないし三日に窓口で指導費を受領したGから、受講生より受領した指導費について納入者がわからないという相談を受けた。そこで、原告は、一二月分の指導費納入時にわかるであろうと言つて、Gから一、五〇〇円を預かり、これを部長室にある金庫に保管すべくC部長に渡した。翌月、納入者がわかつたので伝票処理が行なわれたのである。5 5の事実中、同年秋当時、原告が主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたことを認める。その余を否認する。卒業すべき学生の授業料は、昭和四七年一月三一日までに納入された分を同年二月末ころまでに全部処理し、その後に納入された分も、卒業認定のころまでには処理している。6 6の事実中、昭和四七年二月、非常勤講師に対する勤務継続文書発送後、A部長がH講師から相手の氏名を記入しないで右文書を発送したのは失礼であると通報を受けたこと、同部長が原告に対し被告主張のとおり言つたことを認める。その余を否認する。原告は、「文書を封入した封筒に各講師の氏名が書いてあるので十分にわかると考えて、継続文書そのものに氏名を書くことは省略しました。」と答えたのである。7 7の事実中、同年三月五日(日曜日)、A部長が、当日の日直者である企画室主任Iが金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃したこと、職員票の記載内容が被告主張のとおりであること、A部長がIに対し誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うたこと、Iが被告主張のような趣旨のこと(ただし、原告から必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたとの部分を除く。 、同年三月五日(日曜日)、A部長が、当日の日直者である企画室主任Iが金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃したこと、職員票の記載内容が被告主張のとおりであること、A部長がIに対し誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うたこと、Iが被告主張のような趣旨のこと(ただし、原告から必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたとの部分を除く。)を答えたこと及びA部長の求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資 Iが被告主張のような趣旨のこと(ただし、原告から必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたとの部分を除く。)を答えたこと及びA部長の求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資料として提出したことを認める。その余を争う。この経過は、次のとおりである。(Iが職員票を閲覧した目的)Iは、企画室主任として、かねてより被告学園の学生生徒関係の統計を作成するとともに、全国の音楽関係大学の教員分布状態等の統計を作成していた。それらの一環として、被告学園の教職員の年齢別統計を作成することを企画したのである。(金属製戸棚の管理状況)右戸棚は、勤務時間中は開放されており、事務職員は、業務上必要な場合には随時戸棚の中から書類を出して使用していた。(当日の経過)Iは、午前九時三〇分ころ、戸棚の中から「職員票綴り」を一括して取り出し、これらを机上に重ねて統計の作成を始めた。A部長は、午前一〇時ころにきて、Iと前記のような問答をしたが、「そういう統計なら必要だ。ただし、職員票の中の給与の部分は見ないよう。」と注意しただけで、同人と隣合わせの机に向かい、時々雑談などしながらそれぞれの作業を進めた。その間、A部長は、「文部省(あるいは私立大学関係の財団)にも提出する資料に丁度よいから、統計ができたらコピーを一部欲しい。」と述べた。Iは、午後三時三〇分ないし四時ころ、右統計作業を終了し、「職員票綴り」を戸棚に格納した。A部長は、午後五時ころに帰つた。以上のように、A部長は、当日、Iの統計作業に終始立ち会い、作業終了に至るまでこれを容認していたのである。(その後の経過)原告は、本件解雇に至るまでA部長からこの件について何ら注意、叱責を受けなかつた。8 8の事実中、同年三月一三日午後三時三〇分ころ、A部長が総務部給与担当のK 。Iは、午後三時三〇分ないし四時ころ、右統計作業を終了し、「職員票綴り」を戸棚に格納した。A部長は、午後五時ころに帰つた。以上のように、A部長は、当日、Iの統計作業に終始立ち会い、作業終了に至るまでこれを容認していたのである。(その後の経過)原告は、本件解雇に至るまでA部長からこの件について何ら注意、叱責を受けなかつた。8 8の事実中、同年三月一三日午後三時三〇分ころ、A部長が総務部給与担当のK ていたのである。(その後の経過)原告は、本件解雇に至るまでA部長からこの件について何ら注意、叱責を受けなかつた。8 8の事実中、同年三月一三日午後三時三〇分ころ、A部長が総務部給与担当のKを呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたこと、同部長が主任である原告に対しその所在を尋ねたことを認める。その余を否認する。Kは、昼休みを返上して教職員の給与の振込み作業を行なつたので、当時慣例となつていた午後三時からのお茶の時間を利用して、食事のため被告学園の地下食堂にゆき、午後三時三〇分ころにもどつてきた。その間、原告も右作業を行なつていたので、Kが席をはずした理由を知らなかつた。それで、原告は、A部長に対し、「小用か何かの用で席をはずしたのでしよう。そのうち、もどつてくるでしよう。」と答えたところ、ほどなくKがもどつてきたのであり、同部長も、その場に居合せたのである。9 9の事実を否認する。三抗弁第三項(就業規則の適用)について就業規則一四条二号・四号に被告主張のとおり普通解雇事由が定められていることを認める。その余の事実を争う。〔再抗弁〕本件解雇は、労働組合法七条一号の不当労働行為であるから無効である。一本件解雇前における下当労働行為 1 昭和三五年、被告学園の中高教員によつて「上野学園教職員労働組合」が結成されたところ、学長Oは、右組合に加入したFに対し、「うちの卒業生なのに、飼い犬に手をかまれた。」と言い、同女が組合から脱退するよう示唆した。また、昭和四〇年ころ、当時の事務局長Lは、右組合の組合員Pに対し、組合から脱退するよう強く勧告し、同女を組合から脱退させた。2 昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」(以下「四五年組合」という。)が結成されたところ、即日、副学長Q及びL るよう強く勧告し、同女を組合から脱退させた。2 昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」(以下「四五年組合」という。 時の事務局長Lは、右組合の組合員Pに対し、組合から脱退するよう強く勧告し、同女を組合から脱退させた。2 昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」(以下「四五年組合」という。)が結成されたところ、即日、副学長Q及びL るよう強く勧告し、同女を組合から脱退させた。2 昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」(以下「四五年組合」という。)が結成されたところ、即日、副学長Q及びL事務局長は、事務職員を個別に呼び出し、「組合に加入するのはやめろ。」、「加入すれば草加に飛ばす。」、「加入すれば首にする。」などと言つておどかし、また、「主謀者は誰か。」と執ように追及した。そこで、四五年組合は、右の事実を被告にただしたところ、被告は、書面をもつて、この事実を認めるとともに、今後不当労働行為を行わないことを誓約した。3 そのころ、被告は、四五年組合の結成準備に参加した経理部員Rに対し、給与明細表等を見せたことを理由として依願退職を強要し、同人を退職させた。4 昭和四六年一月ころ、被告は、突如、被告学園の中高教員を四五年組合に加入させるべく勧誘していた中高教員Sに対し、被告学園の中学校から高校へ進学するための入学試験問題を生徒にもらしたと称して依願退職を強要し、同人を同年三月三一日付で退職させた。二上野学園教職員協議会の発足と原告に対する不当労働行為 1 被告学園には、教職員によつて構成された「すずめ会」という親睦団体があつたが、昭和四五年ころ、その会員の中から、同会を教育条件の整備及び労働条件の向上に寄与し得るような組織に改組すべきであるという提案がなされた。そして、翌四六年、原告が「すずめ会」の幹事に選任されると、右改組の動きが具体的に進められるようになり、同年一二月、幹事たる原告の下に会則検討委員会が設置され、数次にわたつて会則の検討が行なわれ、昭和四七年二月ころには、一応の改正草案が起草された。また、このような「すずめ会」の動きともからみ合つて、同年三月上旬、被告学園の専任講師六名が同会に加入した。同月二三日、「すずめ の検討が行なわれ、昭和四七年二月ころには、一応の改正草案が起草された。また、このような「すずめ会」の動きともからみ合つて、同年三月上旬、被告学園の専任講師六名が同会に加入した。同月二三日、「すずめ会」構成員は、例会を開き、労働組合として「上野学園教職員協議会」を正式に発足させることを確認し、その準備を進めた。 からみ合つて、同年三月上旬、被告学園の専任講師六名が同会に加入した。同月二三日、「すずめ の検討が行なわれ、昭和四七年二月ころには、一応の改正草案が起草された。また、このような「すずめ会」の動きともからみ合つて、同年三月上旬、被告学園の専任講師六名が同会に加入した。同月二三日、「すずめ会」構成員は、例会を開き、労働組合として「上野学園教職員協議会」を正式に発足させることを確認し、その準備を進めた。その結果、同月二八日には、原告の手によつて会則の草案が完成し、同月三一日、「すずめ会」構成員は、右協議会を正式に発足させ、その旨被告に通告した。原告は、右協議会のいわゆる執行部三役の一員として書記に選任されている。2 被告は、同年三月上旬ころから「すずめ会」の活発な動きに対して警戒の色を強めていたが、同月一一日ころ、総務部長Aは、原告に対し、「三〇歳にもなつていて、二人の子供のことを考えて行動しろ。」と述べた。また、そのころ、専任理事Qは、「すずめ会」の会員である学務部員Tに対し、原告らを草加高校に異動させたいという意向をもらし、更に、同会に加入した専任講師の一人に対し、入会のこと等を詰問した。3 被告は、原告を協議会発足の主謀者であるとみなし、前記のような原告の積極的な活動を極端に嫌悪し、原告が労働組合を結成しようとしたことの故をもつて原告を解雇したのである。〔再抗弁に対する認否〕一再抗弁第一項(本件解雇前における不当労働行為)について 1 1の事実中、昭和三五年、被告学園の中高教員によつて「上野学園教職員労働組合」が結成されたことを認める。その余否を認する。2 2の事実中、昭和四五年一二月四日、被告学園の事務職員を中心として「上野学園教職員組合」が結成されたこと、即日、副学長Q及びL事務局長が二、三名の事務職員と個別に話をしたこと、四五年組合が原告主張のような事実を被告にただしたことを認める。その余を否認する。被告 野学園教職員組合」が結成されたこと、即日、副学長Q及びL事務局長が二、三名の事務職員と個別に話をしたこと、四五年組合が原告主張のような事実を被告にただしたことを認める。その余を否認する。被告は、四五年組合がいたずらに右のような追及を繰り返すので、右組合が主張するような事実は全くなかつたが、今後とも不当労働行為を行なうようなことはあり得ないという立場を念のため書面をもつて確認したにすぎない。 。被告 野学園教職員組合」が結成されたこと、即日、副学長Q及びL事務局長が二、三名の事務職員と個別に話をしたこと、四五年組合が原告主張のような事実を被告にただしたことを認める。その余を否認する。被告は、四五年組合がいたずらに右のような追及を繰り返すので、右組合が主張するような事実は全くなかつたが、今後とも不当労働行為を行なうようなことはあり得ないという立場を念のため書面をもつて確認したにすぎない。3 3の事実を否認する。Rは、国家公務員になることを自ら志望して退職したのである。4 4の事実中、中高教員Sが被告学園の中高教員を四五年組合に加入させるベく勧誘していたことは知らない。Sが昭和四六年三月三一日付で退職したことを認める。その余を否認する。Sは、被告学園の中学校から高校へ進学するための入学試験問題(国語)を生徒にもらした(このことは、S自身も認めている。)ので、本来ならば同人を懲戒解雇すべきところ、被告は、穏便な措置として同人からの依願退職の願書を受理したのである。二再抗弁第二項(上野学園教職員協議会の発足と原告に対する不当労働行為)について 1 1の事実中、被告学園に「すずめ会」という親睦団体があつたこと、昭和四七年三月三一日、原告ほか四名が「上野学園教職員協議会」を発足させた旨被告に通知したことを認める。その余は知らない。2 2の事実中、同月一一日ころ、総務部長Aが原告に対し原告主張のようなことを述べたことを認める。これは、執務状況の不良な原告に対する注意にすぎない。その余を否認する。3 3の事実を否認する。第三証拠〔原告〕一甲第一ないし第四号証(ただし、同第三号証は写しを提出したもの)、第五号証の一ないし四、第六号証二証人I、同C、同U、原告本人三乙第九号証、第一三号証、第一八号証の一ないし四の成立 原告〕一甲第一ないし第四号証(ただし、同第三号証は写しを提出したもの)、第五号証の一ないし四、第六号証二証人I、同C、同U、原告本人三乙第九号証、第一三号証、第一八号証の一ないし四の成立は知らない。乙第六号証が被告主張のとおりの写真であること及びその余の乙号各証の成立(ただし、同第三号証、第四号証については原本の存在とその成立)を認める。〔被告〕一乙第一ないし第四号証(ただし、同第三号証、第四号証は写しを提出したもの)、第五号証の一・二、第六号証、第七号証、第八号証の一ないし一一、第九ないし第一五号証、第一六号証の一・二、第一七号証の一ないし一一、第一八号証の一ないし四、第一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一号証、第二二号証なお、乙第六号証は、Aが昭和四七年一二月一〇日に金属製戸棚とその付近の状況を撮影した写真である。 認める。〔被告〕一乙第一ないし第四号証(ただし、同第三号証、第四号証は写しを提出したもの)、第五号証の一・二、第六号証、第七号証、第八号証の一ないし一一、第九ないし第一五号証、第一六号証の一・二、第一七号証の一ないし一一、第一八号証の一ないし四、第一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一号証、第二二号証なお、乙第六号証は、Aが昭和四七年一二月一〇日に金属製戸棚とその付近の状況を撮影した写真である。二証人A、同L三甲第一号証、第二号証、第四号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立(ただし、同第三号証については原本の存在とその成立)を認める。理由 一当事者被告が原告主張のとおりの学校法人であること、原告が昭和四二年四月一日被告学園に事務職員として雇用され、大学事務員として当時の大学事務局教務課に所属し、昭和四三年一月から経理部勤務となり、昭和四六年一月一日付で実施された事務組織の変更に伴つて財務部主任(課長待遇)及び総務部主任(課長待遇)の併任を命ぜられ、財務、総務両部長の命を受け、それぞれの事務を全般にわたつて分掌し、担当業務の遂行、部員の指導監督に従事する職務にあつたことは、当事者間に争いがない。二本件解雇の意思表示被告が昭和四七年三月三〇日に総務部長Aを通じて原告に対し口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのな たことは、当事者間に争いがない。二本件解雇の意思表示被告が昭和四七年三月三〇日に総務部長Aを通じて原告に対し口頭で普通解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一〇号証、証人Aの証言によれば、その際、A部長は、予告手当八一、三三〇円を支払うべくこれを同封した封筒を原告に差し出してその受領を促したことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しない。三解雇の理由たる事実の存否本件解雇の理由として被告が主張する事実を順次検討する。1 公金四四、八四〇円の処理について昭和四四年五月一九日ころ、原告が被告学園の取引銀行である第一銀行向島支店の普通預金口座(口座番号四〇、二九一)から公金四四、八四〇円を現金で払いもどしを受け、これを当時の経理部出納担当のBに預かつておくよう命じたこと、C部長が雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことは、当事者間に争いがない。右当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第一三号証、成立に争いのない同第一四号証、証人Cの証言及び原告本人の供述によれば、右金員の扱いの経過として、(一)原告は、昭和四三年一月から経理部庶務関係の仕事を担当していたが、昭和四四年五月一九日ころ、中高校生徒会用の前記普通預金口座に帰属不明の預り金四四、八四〇円があることを発見したこと、(二)この金は、中高校生徒会に所属する各部が昭和四二年度中に使つた費用を被告学園において立替払をしたのに、これを清算しないで同年度の決算を終えてしまつたために残つた未清算金であると考えられたこと、(三)そこで、原告は、Bに命じて前記口座から四四、八四〇円の払いもどしを受けさせ、これを金庫に保管させる一方、再三、経理部長Mに対してその処理方法についての指示を求めたが、 〇円があることを発見したこと、(二)この金は、中高校生徒会に所属する各部が昭和四二年度中に使つた費用を被告学園において立替払をしたのに、これを清算しないで同年度の決算を終えてしまつたために残つた未清算金であると考えられたこと、(三)そこで、原告は、Bに命じて前記口座から四四、八四〇円の払いもどしを受けさせ、これを金庫に保管させる一方、再三、経理部長Mに対してその処理方法についての指示を求めたが、 であると考えられたこと、(三)そこで、原告は、Bに命じて前記口座から四四、八四〇円の払いもどしを受けさせ、これを金庫に保管させる一方、再三、経理部長Mに対してその処理方法についての指示を求めたが、同部長から何らの指示もなかつたこと、(四)その後、昭和四六年一月二〇日から財務部長として就任したCは、Bや原告らから右金員について事情を聞き、結局、同年二月五日、雑収入として伝票を起こして入金処理をしたことが認められる。なお、証人Aの証言によれば、原告は、右金員を早く処理してもらいたいと催促したBに対し、「あの金、二人で山分けしようか。」と言つたことが認められるが、これは、右認定の事実に照らし、単なる冗談にすぎないものと推測される。前認定によれば、公金四四、八四〇円の処理について原告から指示を求められながら何らの指示も与えなかつた小倉経理部長の事務処理に問題があるとしても、当時一事務員にすぎなかつた原告には、格別責められるべき点はないというべきである。2 Dに対する暴言等について証人Aの証言によれば、(一)昭和四六年六月、採用後間もない総務部係員Dは、切手管理の仕事がわからず、財務部主任Bから助言を受けたこと、(二)原告は、後になつてこのことを知り、Dに対し、同女がほかの部の者から仕事を教えられたことを非難し、「俺は、お前なんか知らん。」と放言したこと、(三)Dは、これに驚き、直ちに総務部長Aに対し、その経過を説明して自分を退職させるか、ほかに移して欲しい旨訴えたこと、(四)A部長は、Dと離れた席に移したことが認められる。しかし、原告本人の供述によれば、Dが席を移つた時期は、同年一二月二〇日ころであり、その理由は、当時、財務部窓口担当のEが同月一三日付で退職し、同じくNも同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつた 人の供述によれば、Dが席を移つた時期は、同年一二月二〇日ころであり、その理由は、当時、財務部窓口担当のEが同月一三日付で退職し、同じくNも同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたので、C部長や主任である原告の要請もあつて、DがEらの後任として総務部から財務部に異動したためであることが認められる。 三日付で退職し、同じくNも同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつた 人の供述によれば、Dが席を移つた時期は、同年一二月二〇日ころであり、その理由は、当時、財務部窓口担当のEが同月一三日付で退職し、同じくNも同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたので、C部長や主任である原告の要請もあつて、DがEらの後任として総務部から財務部に異動したためであることが認められる。証人Aの証言のうち、右認定に反する部分は措信しない。しかし、原告本人の供述によれば、Dが席を移つた時期は、同年一二月二〇日ころであり、その理由は、当時、財務部窓口担当のEが同月一三日付で退職し、同じくNも同月二〇日から産前休暇に入つたため窓口担当者がいなくなつたので、C部長や主任である原告の要請もあつて、DがEらの後任として総務部から財務部に異動したためであることが認められる。証人Aの証言のうち、右認定に反する部分は措信しない。右認定によれば、原告の暴言とDが席を移つたこととの間には関連がない。しかし、それだからといつて、原告の暴言が許されるものでないことはいうまでもなく、Dに対する原告の上司としての指導は十分でなかつたといわざるをえない。3 ギターの件について昭和四六年八月下旬ころの昼の休憩時間中、原告が事務室内でギターを弾いていたこと、A部長がギターを弾くのをやめるよう注意したところ、原告がこれをやめたことは、当事者間に争いがない。証人Aの証言によれば、(一)A部長が右のように原告に対して注意を与えたときは、午後一二時三〇分の始業時刻を既に一〇分ぐらい経過したころで、一部の職員は席に着いて仕事を始めていたこと、(二)原告は、そのとき、二、三名の職員と一緒にいたが、A部長から注意されても格別あやまらなかつたことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しない。なお、原告は、当時、事務局にお 原告は、そのとき、二、三名の職員と一緒にいたが、A部長から注意されても格別あやまらなかつたことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しない。なお、原告は、当時、事務局における執務状況が必ずしも厳格ではなかつたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。4 指導費一、五〇〇円の所持について証人Aは、被告の主張に沿う証言をしているが、次に認定する事実に照らし、措信しない。 原告は、そのとき、二、三名の職員と一緒にいたが、A部長から注意されても格別あやまらなかつたことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信しない。なお、原告は、当時、事務局における執務状況が必ずしも厳格ではなかつたなどと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。4 指導費一、五〇〇円の所持について証人Aは、被告の主張に沿う証言をしているが、次に認定する事実に照らし、措信しない。すなわち、成立に争いのない、乙第一五号証、証人Cの証言及び原告本人の供述によれば、(一)昭和四六年一一月六日の土曜日午後、日直勤務のGは、窓口で音楽教室の指導費一、五〇〇円を受領したが、その納入者の名前がわからず、同月一三日ころ、原告に事情を話したこと、(二)そこで、原告は、直ちにC部長に相談し、この金を同部長の金庫に保管したこと、(三)翌月、納入者がわかつたので伝票処理が行なわれたことが認められる。右認定によれば、原告には責められるべき点は全くない。5 振込み通知書の処理遅滞について昭和四六年秋当時、原告が主任として自ら銀行からの振込み通知書の処理を行なつていたことは、当事者間に争いがない。証人Aは、被告の主張に沿う証言をしているが、これは、証人Cの証言及び原告本人の供述に照らし、措信しない。他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。6 非常勤講師に対する勤務継続文書の発送について昭和四七年二月、非常勤講師に対する勤務継続文書発送後、A部長がH講師から相手の氏名を記入しないで右文書を発送したのは失礼であると通報を受けたこと、同部長が原告に対し「氏名を記入せず発送したので、先方から非礼をとがめられた。どうしたのだ。」と言つたことは、当事者間に争いがない。証人Aの証言によれば、原告は、A部長から右のように言われた際、 同部長が原告に対し「氏名を記入せず発送したので、先方から非礼をとがめられた。どうしたのだ。」と言つたことは、当事者間に争いがない。証人Aの証言によれば、原告は、A部長から右のように言われた際、「名前は、封筒に書いてありますから書きません。一〇〇以上も出すんで。」と答えたことが認められる。なお、被告は、原告がA部長に対し「そのようなことを言つてくる教授者は、変人である。」と放言した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。本件のような場合、総務部主任の地位にある原告としては、A部長から指摘されるまでもなく、相手の氏名を記入して非常勤講師に対する勤務継続文書を発送すべきであることはいうをまたないところであるから、当該発送すべき文書が多かつたとしても、前述したような事務処理は軽率のそしりを免れない。 がA部長に対し「そのようなことを言つてくる教授者は、変人である。」と放言した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。本件のような場合、総務部主任の地位にある原告としては、A部長から指摘されるまでもなく、相手の氏名を記入して非常勤講師に対する勤務継続文書を発送すべきであることはいうをまたないところであるから、当該発送すべき文書が多かつたとしても、前述したような事務処理は軽率のそしりを免れない。7 戸棚の鍵を貸与した件について昭和四七年三月五日(日曜日)、A部長が、当日の日直者である企画室主任Iが金属製戸棚を開け、その中から「職員票綴り」を出して閲覧し、教職員の年齢を書き写しているのを目撃したこと、職員票の記載内容が被告主張のとおりであること、A部長がIに対し誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うたこと、Iが被告主張のような趣旨のこと(ただし、原告から必要ならば戸棚の鍵を貸すから自分で作れと言われて鍵を預かつたとの部分を除く)。を答えたこと及びA部長の求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資料として提出したことは、当事者間に争いがない。右当事者間に争いのない事実、成立に争いのない乙第二号証、第八号証の一ないし一一、第二一号証、被告主張のとおりの写真であることにつき争いのない同第六号証、証人A(後記措信しない部分を除く。)、同Iの各証言及び原告本人の供述によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、Iは、企画 証、被告主張のとおりの写真であることにつき争いのない同第六号証、証人A(後記措信しない部分を除く。)、同Iの各証言及び原告本人の供述によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、Iは、企画室主任として、経営構造に関する調査企画及び経営の現状分析と合理化に関する調査研究の職務に従事していたが、その業務の一環として、被告学園の教職員の年齢別、勤続年数別、出身学校別の統計を作成することを企画した。当時、企画室は、企画室長JとIとの二名によつて構成されていたが、J企画室長は、作曲家兼教授でもあり、業務の遂行を専らIの独自の裁量、判断に委ねていた。ところで、Iは、同年三月四日、翌五日(日曜日)の日直勤務の時間を利用して前記のような統計を作成しようと考え、年齢別、勤続年数別、出身学校別の調査をしたものが総務部にあるかどうかを原告に尋ねた。しかし、それがなかつたので、Iは、それならば明日職員票を貸して欲しいと依頼し、原告から、職員票を格納してある金属製戸棚の鍵を原告の机に入れておくからそれを使うようにとの許可を得た。 自の裁量、判断に委ねていた。ところで、Iは、同年三月四日、翌五日(日曜日)の日直勤務の時間を利用して前記のような統計を作成しようと考え、年齢別、勤続年数別、出身学校別の調査をしたものが総務部にあるかどうかを原告に尋ねた。しかし、それがなかつたので、Iは、それならば明日職員票を貸して欲しいと依頼し、原告から、職員票を格納してある金属製戸棚の鍵を原告の机に入れておくからそれを使うようにとの許可を得た。右戸棚には、職員票のほか、履歴書、稟議綴り、辞令写し、教員免許状写し等が格納されており、その鍵は、総務部主任である原告及び管財部長Mがそれぞれの責任において保管していた。この戸棚は、勤務時間中以外は施錠されていたが、勤務時間中はいつでも開放されており、総務部の担当者が私学共済関係の事務や教職員の氏名、住所の変更などがあつて業務上必要な場合には、随時戸棚の中から書類を出して使用しており、他の部署において必要な場合はほとんどなく、もし必要が生じた場合に必ず総務部長の許可を要する旨を定めた内規や指示もなければ、そのような慣行もなかつた。Iは、三月五日午前九時ころにきて、間もなく原告の机から出した鍵で前記文書を格納してある戸棚を開け、そ 生じた場合に必ず総務部長の許可を要する旨を定めた内規や指示もなければ、そのような慣行もなかつた。Iは、三月五日午前九時ころにきて、間もなく原告の机から出した鍵で前記文書を格納してある戸棚を開け、その中から大学の部、短大の部、草加高校の部、中高の部、事務局の部のすべてにわたる「職員票綴り」四、五冊を一括して取り出し、これらを机上に積み重ねて統計の作成を始めたところ、A部長は、午前一〇時三〇分ころにきて、Iに対し、誰に断わつて戸棚を開けたのかと問うた。これに対し、Iが前記のような統計を作りたいので原告から許可を受けた旨答えたところ、A部長は、これらを戸棚に格納させなかつたことはもとより、かえつて、「そういつた統計は、非常に必要である。文部省や私学財団に提出する書類としても使えるから、できたら見せて欲しい。」と言い、ただ、職員票の中の給与に関する部分のみは見ないよう注意しただけで、同人と隣合せの机に坐り、時々雑談などをしながらそれぞれの作業を進めた。Iは、午後三時三〇分ころ、右統計作業を終了し、「職員票綴り」を戸棚に格納して鍵を原告の机にもどした。A部長は、午後五時ころに帰つた。 、かえつて、「そういつた統計は、非常に必要である。文部省や私学財団に提出する書類としても使えるから、できたら見せて欲しい。」と言い、ただ、職員票の中の給与に関する部分のみは見ないよう注意しただけで、同人と隣合せの机に坐り、時々雑談などをしながらそれぞれの作業を進めた。Iは、午後三時三〇分ころ、右統計作業を終了し、「職員票綴り」を戸棚に格納して鍵を原告の机にもどした。A部長は、午後五時ころに帰つた。数日後、Iは、A部長の前記求めによつて被告主張のようなものを一一枚の資料(前掲乙第八号証の一ないし一一)として提出した。原告は、本件解雇に至るまでA部長からこの件について問責されたことはなかつた。以上のように認めることができ、前掲証人Aの証言のうち、右認定に反する部分は措信しない。右認定によれば、被告の主張のうち、戸棚の中の書類が一般の書類と異なり、重要秘密文書として扱われ、みだりに総務部の担当者以外の者に見せたり、あるいは貸与することは許されないものであるという点は、これを是認し得るとしても、他の部署において必要な場合には必ず総務部長の許可を要するものであ て扱われ、みだりに総務部の担当者以外の者に見せたり、あるいは貸与することは許されないものであるという点は、これを是認し得るとしても、他の部署において必要な場合には必ず総務部長の許可を要するものであるという点は、これを是認し得ない。Iは、企画室の業務の一環として統計を作成するために「職員票綴り」を閲覧したのであり、これを許可して戸棚の鍵を同人に貸与した原告には、格別責められるべき点はない。しかも、A部長も、当日、Iが「職員票綴り」を閲覧しながら統計作業を行なうことを許し、同人が行なつている統計の作成が必要であることを認める発言をし、後日、同人からでき上がつた統計資料を提出させている。そして、本件解雇に至るまでこの件について原告を問責したこともなかつたのである。被告は、この件を最も重大な解雇理由であると主張するが、事の真相は以上の域を出ていない。8 部員の指導監督を怠つたことについて昭和四七年三月一三日午後三時三〇ころ、A部長が総務部給与担当のKを呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたこと、同部長が主任である原告に対しその所在を尋ねたことは、当事者間に争いがない。証人Aの証言及び原告本人の供述によれば、(一)Kは、当日、からだの調子が悪く、昼の休憩時間中も食事をしないで仕事をしたので、A部長が同女の席に行つた際、食事に行つていて不在であつたこと、(二)原告は、A部長からKの所在を尋ねられた際、「知りませんね。 長が総務部給与担当のKを呼ぶため同女の席に行つたが、同女が不在であつたこと、同部長が主任である原告に対しその所在を尋ねたことは、当事者間に争いがない。証人Aの証言及び原告本人の供述によれば、(一)Kは、当日、からだの調子が悪く、昼の休憩時間中も食事をしないで仕事をしたので、A部長が同女の席に行つた際、食事に行つていて不在であつたこと、(二)原告は、A部長からKの所在を尋ねられた際、「知りませんね。」と答えたが、午後四時三〇分ころになつて、同女が食事に行つていたことがわかり、その旨報告したことが認められる。右認定によれば、Kは、無断で勤務時間中一時間ぐらい席を空けていたのであるから、その間、原告が同女の所在を知らなかつたということは、主任として部員の指導監督に若干足りない面があつたと言われても仕方がない。9 ば、Kは、無断で勤務時間中一時間ぐらい席を空けていたのであるから、その間、原告が同女の所在を知らなかつたということは、主任として部員の指導監督に若干足りない面があつたと言われても仕方がない。9 入学試験合否ののぞき見等について証人Lの証言によれば、昭和四七年三月二三日午後三時の上野学園短期大学音楽科第二次試験発表前、当日午前九時三〇分ころ、理事長付Lが学務部員U、同Tと一緒に事務室内で発表前の合格者番号を点検し終つたところ、原告は、二回にわたつて自席を離れ、Tの机上に置いてあつた合格者番号を記入した書類をのぞき見したことが認められる。原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は措信できないし、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。しかし、原告が知人から依頼された番号三〇五の受験者の合格を見てとり、正式発表前に合格した旨を知人に通報したという被告の主張については、証人Lは、これに沿う証言をしているけれども、その証言内容は不確かであつて、同証人は、立つている自分から二メートルぐらい離れた席で原告が電話によつて知人に通報したのを目撃したと供述しながら、それを制止もしなかつたし、電話の内容も聞き取れなかつたと供述するなど不自然でもあり、また、番号三〇五の受験者が原告の知人の縁故者であることの立証もないので、たやすく措信できない。他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。原告が勤務時間中席を離れて入学試験の合否をのぞき見したことは、その通報の有無にかかわりなくふまじめな態度である。 た席で原告が電話によつて知人に通報したのを目撃したと供述しながら、それを制止もしなかつたし、電話の内容も聞き取れなかつたと供述するなど不自然でもあり、また、番号三〇五の受験者が原告の知人の縁故者であることの立証もないので、たやすく措信できない。他に被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。原告が勤務時間中席を離れて入学試験の合否をのぞき見したことは、その通報の有無にかかわりなくふまじめな態度である。四本件解雇の効力以上によれば、本件解雇の理由として被告が主張する事実のうち、1公金四四、八四〇円の処理、4指導費一、五〇〇円の所持、5振込み通知書の処理遅滞及び7戸棚の鍵を貸与した件については、原告に責められるべき点はないが、2Dに対する暴言等、3ギタ 張する事実のうち、1公金四四、八四〇円の処理、4指導費一、五〇〇円の所持、5振込み通知書の処理遅滞及び7戸棚の鍵を貸与した件については、原告に責められるべき点はないが、2Dに対する暴言等、3ギターの件、6非常勤講師に対する勤務継続文書の発送、8部員の指導監督を怠つたこと及び9入学試験合否ののぞき見等については、それぞれの箇所で認定したとおり原告に責められるべき点がある。しかし、後者の事実も、その一つ一つをとつて見ればもちろんのこと、それらの全部を総合して考察しても、原告を解雇する根拠としては極めて薄弱であつて、この程度のことでは、就業規則一四条二号の「勤務成績または能率不良で職務に適しないと認めたとき」及び同条四号の「その他やむを得ない事由があるとき」との普通解雇事由(就業規則一四条二号・四号に右のとおり普通解雇事由が定められていることは、当事者間に争いがない。)に該当するものとは到底解されない。したがつて、本件解雇は、就業規則の適用を誤つたもので無効である。五労働契約上の権利確認及び賃金請求について本件解雇は前述したとおり無効であるから、原告は、被告に対し、依然として労働契約上の権利を有する。それなのに、被告は、それを争つているのであるから、原告には、これが確認を求める利益がある。原告が本件解雇当時次のとおり被告から賃金の支払を受けていたことは、当事者間に争いがない。1 給与八一、三三〇円内訳基本給五八、二〇〇円職務給一五、〇〇〇円家族手当四、〇〇〇円通勤手当四、一三〇円なお、給与は、毎月一日から末日までを一か月として計算し、毎月二〇日に支払われる約である。 て労働契約上の権利を有する。それなのに、被告は、それを争つているのであるから、原告には、これが確認を求める利益がある。原告が本件解雇当時次のとおり被告から賃金の支払を受けていたことは、当事者間に争いがない。1 給与八一、三三〇円内訳基本給五八、二〇〇円職務給一五、〇〇〇円家族手当四、〇〇〇円通勤手当四、一三〇円なお、給与は、毎月一日から末日までを一か月として計算し、毎月二〇日に支払われる約である。2 期末手当三五、五〇二円(その支給日は毎年三月三一日) 3 夏期手当一二四、七六〇円(その支給日は毎年七月三一日) 4 冬期手当、法人調整 一か月として計算し、毎月二〇日に支払われる約である。2 期末手当三五、五〇二円(その支給日は毎年三月三一日) 3 夏期手当一二四、七六〇円(その支給日は毎年七月三一日) 4 冬期手当、法人調整手当二二〇、七七四円(その支給日は毎年一二月三一日)右2ないし4の金額は、昭和四六年実績による。ところで、前記「通勤手当」が一か月の通勤定期券代実費であることは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第九号証によれば、月の一日から末日までの期間の全日数にわたつて通勤しない場合には、その月の通勤手当は支給しないと定められているから、それが賃金であるか否かにかかわらず、弁論の全趣旨から明らかなように、本件解雇後原告において現実に被告学園に通勤していない以上、原告には、被告に対し、通勤手当を請求する権利はない。そうすると、原告は、被告に対し、昭和四七年四月一日から毎月通勤手当額四、一三〇円を除く七七、二〇〇円の給与請求権を有することになる。また、弁論の全趣旨によれば、仮に本件解雇がなかつたならば、原告は、被告から昭和四八年及び同四九年の期末手当、昭和四七年及び同四八年の夏期手当、同じく冬期手当、法人調整手当として、それぞれ少なくとも前記昭和四六年実績による金額以上の支払を受けられたであろうことが認められる。したがつて、原告は、被告に対し、それぞれの支給日に少なくとも右金額による各手当請求権を有する。六結論よつて、原告の本訴請求中、原告が被告に対し労働契約上の権利を有することの確認請求と、本件解雇後の昭和四七年四月分から同年一〇月分までの通勤手当を除く給与及び同年の夏期手当計六六五、一六〇円、昭和四七年一一月分から同四九年三月分までの通勤手当を除く給与計一、三一二、四〇〇円、昭和四九年四月一日から同月二五日(本 原告は、被告に対し、それぞれの支給日に少なくとも右金額による各手当請求権を有する。六結論よつて、原告の本訴請求中、原告が被告に対し労働契約上の権利を有することの確認請求と、本件解雇後の昭和四七年四月分から同年一〇月分までの通勤手当を除く給与及び同年の夏期手当計六六五、一六〇円、昭和四七年一一月分から同四九年三月分までの通勤手当を除く給与計一、三一二、四〇〇円、昭和四九年四月一日から同月二五日(本 同年一〇月分までの通勤手当を除く給与及び同年の夏期手当計六六五、一六〇円、昭和四七年一一月分から同四九年三月分までの通勤手当を除く給与計一、三一二、四〇〇円、昭和四九年四月一日から同月二五日(本件口頭弁論終結の日)までの分の通勤手当を除く給与六四、三二五円(日割計算による。)、昭和四八年及び同四九年の期末手当計七一、〇〇四円、昭和四八年の夏期手当一二四、七六〇円、昭和四七年及び同四八年の冬期手当、法人調整手当計四四一、五四八円、以上合計二、六七九、一九七円、並びに、別表の内金認容額欄記載の各内金に対する弁済期経過後の遅延損害金起算日欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度における金員請求は理由があるので認容し、その余の金員請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。(別表省略)
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