平成14年4月12日宣告平成13年(ろ)第1632号傷害被告事件 主文 被告人を罰金20万円に処する。 その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間,被告人を労役場に留置する。 訴訟費用中,証人Aに支給した分は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成13年3月1日午後5時10分ころ,被告人方玄関前において,A(当時57歳)の胸倉を掴んで押し倒し,その顔面を手拳で殴打し,よって,同人に対し,全治まで約1週間を要する口腔内潰瘍の傷害を負わせたものである。 (法令の適用)被告人の判示所為は,刑法204条に該当するところ,所定刑中罰金刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金20万円に処し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間,被告人を労役場に留置する。訴訟費用のうち証人Aに支給した分は,刑事訴訟法181条1項本文によりこれを被告人に負担させる。 (弁護人の主張に対する判断) 1 弁護人の主張Aは,居住者である被告人の意思を無視してドアを開けて玄関内に踏み込み,下駄箱の上に置いてあった領収証を右手で掴み奪い取った。 被告人の本件行為は,このようなAからの急迫不正の侵害に対し,自己の権利を防衛するためやむを得ざるに出た行為であるから,正当防衛である。 2 当裁判所の判断① 本件に至る経緯等判示事実認定の用に供した前掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。 すなわち,被告人は,平成12年12月分のガス料金2659円を滞納したため,東京ガス株式会社からガスの供給を停止されていたが,本件犯行当日の平成13年3月1日,料金を支払うので開栓してほしいと東京ガスに申し 被告人は,平成12年12月分のガス料金2659円を滞納したため,東京ガス株式会社からガスの供給を停止されていたが,本件犯行当日の平成13年3月1日,料金を支払うので開栓してほしいと東京ガスに申し出た。 東京ガスの社員であるAは,同日,上司の命を受け,被告人宅へ料金徴収に赴くことになった。Aは,当日雨が降っており,被告人宅で領収証を作成するのが難しいかもしれないと考え,勤務先であらかじめ12月分のガス料金に関する領収証を作成準備しておいた。 Aは,ガス栓を開き,ガスの供給を再開した後に,被告人居室の玄関前で,被告人からガス料金を受け取った。被告人から受け取った金がすべて硬貨であったため,Aは被告人に「大丈夫でしょうね」と尋ねたところ,被告人が「全額ある」と答えた。そこで,Aは被告人に領収証を渡し,玄関前の階段踊り場で,硬貨を数えたところ,五百円硬貨が4枚,十円硬貨が25枚,五円硬貨が12枚,一円硬貨が70枚で,総計2380円であり,279円不足していることが判明した。 そこで,Aはドアをノックし,玄関ドアを開け大声で「Bさん,279円足りませんよ」「領収証は返してもらいますよ」と告げたものの,被告人から返事はなかった。Aは,玄関内の下駄箱の上に置いてある領収証に目を留め,玄関内に足を一歩踏み入れ,領収証を掴んだ。 その直後,被告人が玄関に出てきて「お前が金額を確認して領収証を渡したのだろう」と言い,Aは「騙したんじゃないですか」と押し問答になったが,被告人は「お前が今やったことは住居侵入と窃盗になる」と言いながら,Aの胸倉を掴み,領収証を取り返そうとし,もみ合いとなり,被告人はAを玄関前の踊り場に押し倒した。 ② 不正の侵害について(住居侵入)弁護人は,Aが,被告人方の玄関内に足を一歩踏み入れた 掴み,領収証を取り返そうとし,もみ合いとなり,被告人はAを玄関前の踊り場に押し倒した。 ② 不正の侵害について(住居侵入)弁護人は,Aが,被告人方の玄関内に足を一歩踏み入れた行為が住居侵入に当たると主張する。 確かに,被告人は,Aが玄関内に立ち入ることを承諾していたわけではない。しかしながら,Aが玄関ドアを開け,玄関内に足を一歩踏み入れ,玄関に置かれていた領収証を手にしたのは,被告人がすべて硬貨で支払ったガス料金が不足していたことに起因している。 そもそも,これだけ多くの小銭(合計111枚)を渡せば,過不足が生じることは見やすい道理である。不足があれば,間をおかず,その場で,料金の不足を告げるのは集金人の立場から当然の行動であり,Aがドアを開け,場合によっては玄関内に立ち入り,被告人に声をかけることは,被告人の立場からも,十分予期できる行動であった。 本来ならば,Aは,金額を確かめた上で,被告人に領収証を渡すべきであったのかもしれない。Aが,これを確かめずに領収証を渡したのは,被告人が「全額ある」と断言したので,その勢いに押されたからである。 被告人が「お前が金額を確認して領収証を渡したのだろう」などと理屈を言い,Aの行為を不法呼ばわりするのは,身勝手と評価されてもやむを得ないであろう。 また,被告人方玄関のドアは施錠されておらず,Aは玄関内に足を一歩踏み入れただけであり,立入りの方法は,もとより住居の平穏を大きく害するものではない。 これら行為の必要性と軽微性,目的の正当性,手段の相当性を考慮すれば,Aが被告人方玄関内に立ち入った行為に違法性を認めることはできない。 (窃盗)弁護人は,Aが,下駄箱の上に置いてあった領収証を右手で掴み奪い取った行為が窃盗に当たると主張す すれば,Aが被告人方玄関内に立ち入った行為に違法性を認めることはできない。 (窃盗)弁護人は,Aが,下駄箱の上に置いてあった領収証を右手で掴み奪い取った行為が窃盗に当たると主張する。 本件領収証の占有は被告人に移転しており,Aは,領収証を被告人居室玄関の下駄箱の上から持ち去るについて,被告人から明示の承諾を得ていなかった。 しかし,上記認定のとおり,被告人は,Aが「大丈夫でしょうね」と念を押すほど多量の小銭でガス料金を支払っており,Aが危ぐするように料金は不足していた。もともと,被告人は,ガス料金を滞納し,ガスの供給を停止されていたが,料金を払うというので,当日,ガスの供給を再開して貰ったばかりである。 不足額は279円と少額のように思えるが,請求額2659円と対比すればかなりの不足額といわねばならない。しかも,被告人は全額小銭で支払ったのであるから,かなり杜撰な支払方であり,領収証の交付を受けたにせよ,金額の正確性についてトラブルが起きることは十分予測できたはずである。 Aは,被告人がガス料金の不足を告げ(言葉は足りないが,支払の督促を含意することは当然である),領収証の返還を求めたのに,返事がなかったので,たまたま目についた領収証を手に取ったにすぎない。 上記認定のところに照らせば,Aが,領収証を返して貰っても,被告人から文句は出ないであろう(暗黙の承諾)と考え,若しくは期待しても,おかしくない状況にあったと考えられる。本件は,Aの誤信や期待が社会通念に照らして是認できる場合に当たり,Aに窃盗の犯意を認めることはできない。 ③ 結論以上認定のとおり,本件では,弁護人の主張する「不正の侵害」があったとは認められず,正当防衛が成立する余地はなく,弁護人の主張は採用できない。 を認めることはできない。 ③ 結論以上認定のとおり,本件では,弁護人の主張する「不正の侵害」があったとは認められず,正当防衛が成立する余地はなく,弁護人の主張は採用できない。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年4月12日東京簡易裁判所刑事第1室裁判官井上廣道
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