令和5(わ)12 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年7月5日 岡山地方裁判所
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判決文本文6,165 文字)

宣告日令和6年7月5日事件番号令和5年(わ)第12号事件名殺人被告事件 主文 被告人を懲役14年に処する。 未決勾留日数中380日をその刑に算入する。 岡山地方検察庁で保管中の包丁1本(令和5年領第200号符号7)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和4年12月31日午後9時46分頃から令和5年1月1日午前2時6分頃までの間に、岡山市A区Ba丁目b番c号所在の当時の被告人方において、妻である甲(当時73歳)に対し、殺意をもって、その胸部を手に持った包丁(刃体の長さ約13.3センチメートル、岡山地方検察庁令和5年領第200号符号7)で1回突き刺し、よって、その頃、同所において、同人を胸部刺切創による心臓損傷により死亡させて殺害した。 (争点に対する判断) 1 争点本件では、包丁で被害者を刺したのが被告人であるか否かを除いて外形的事実には争いがない。争点は、①事件性(被害者は被告人によって殺害されたのか、自殺したのか)及び②責任能力の有無及び程度(被告人が犯行を違法であると判断して思いとどまることができる状態であったか否か)である。 2 争点①(事件性)について⑴ 弁護人は、被告人は被害者を殺害しておらず、被害者は自殺した可能性があると主張するが、当裁判所は、罪となるべき事実記載のとおり、被告人が被害 者を包丁で突き刺して殺害したと認定したので、以下、説明する。 ⑵ 被告人と被害者は、被告人方で同居しており、被害者の死亡時に被告人方には被告人と被害者しかいなかった。被害者は、胸の右上部の刺し傷により死亡した。被害者の遺体が発見された際、凶器の包丁は、被告人が通常使用する隣室のテーブルの上に置かれており、そのテーブルは、被害 には被告人と被害者しかいなかった。被害者は、胸の右上部の刺し傷により死亡した。被害者の遺体が発見された際、凶器の包丁は、被告人が通常使用する隣室のテーブルの上に置かれており、そのテーブルは、被害者が発見されたベッドから約4メートル離れていた。 被害者の遺体の司法解剖に当たった医師の供述によれば、被害者の遺体の肺の状態等からして、被害者が、傷を負った後、凶器の包丁をテーブルに置いてベッドまで4メートル移動しベッドに戻ることは不可能であったと認められる。そうすると、凶器の包丁をテーブルに置いたのは被告人であることになる。そして、被害者を包丁で突き刺した者と包丁をテーブルに置いた者は同一人物であると考えるのが自然であるから、凶器の包丁の置かれていた位置等から、被告人が被害者を包丁で突き刺した可能性が高いといえる。 ⑶ 被告人は、事件後、被告人方から119番通報をしているが、通話の冒頭あたりで「いま女房を刺した」と述べるほか、119番通報をするに至った被害者の受傷原因について、繰り返し、自らが被害者を刺した旨言及している。被告人は、通話の中で、このように119番通報をした理由を具体的に述べているほか、尋ねられて自らの氏名を正しく答えるなどもしており、当時、周囲の状況を正しく認識できないような混乱状態にあったわけではない。そうすると、被告人が、事件直後の作為の入りづらい時期に、自らが被害者を刺した旨述べている供述の信用性は高く、当該供述は、そのような事実があったことを推認させる事情である。 ⑷ 司法解剖に当たった医師の供述によれば、被害者の遺体の傷は、胸の右上部から左後ろやや下方向に約13センチメートルの深さであったと認められる。 そして、自らその方向、深さに直線的に包丁を突き刺そうとすると、脇を大きく上げるなどやや不自然な態勢をと 遺体の傷は、胸の右上部から左後ろやや下方向に約13センチメートルの深さであったと認められる。 そして、自らその方向、深さに直線的に包丁を突き刺そうとすると、脇を大きく上げるなどやや不自然な態勢をとる必要がある。被害者自身によって包丁で突き 刺すことが不可能とはいえないものの、包丁を使って自殺をする者があえてそのような方法をとるとは考えづらい。 ⑸ 以上のとおり、凶器の包丁の置かれていた位置、被告人の119番通報時の言動、被害者の遺体の傷の状況は、いずれも、被害者が自ら包丁を突き刺したのではなく、被告人が突き刺したことを指し示しており、これらの事情を総合すると、被害者が自ら胸に包丁を突き刺した疑いはなく、被告人が突き刺したと認められる。 ⑹ 弁護人は、従前の被害者に依存した生活状況等からして、被告人に被害者を殺害すべき動機はなく、被害者を殺害していないと主張する。しかし、当日、遅くとも午後8時49分頃には被害者と被告人の間では被害者がホテルに避難しようかというようなトラブルが生じており、午後9時46分頃には一旦終息したものの、その後何らかの契機で飲酒していた被告人が殺意を抱くべき事由が生じたとしてもおかしくはない。 弁護人は、被害者の遺体が発見された部屋の床に血痕がなかったことから、包丁に付着した血液が乾いてからテーブル上に移動されたはずであり、そうすると、被害者が自ら包丁で自身の胸を突き刺した後、一定時間経過後、自殺した被害者を発見して動転した被告人が、凶器の包丁をテーブルまで運んだ可能性があると主張する。しかし、包丁が刺された直後にテーブル上に移動されたとしても、包丁から血液が滴り落ちるとは限らない。また、自殺した被害者を発見した被告人が凶器の包丁を移動させるべき理由に欠ける上、被告人自身、119番通報時点のほ された直後にテーブル上に移動されたとしても、包丁から血液が滴り落ちるとは限らない。また、自殺した被害者を発見した被告人が凶器の包丁を移動させるべき理由に欠ける上、被告人自身、119番通報時点のほか当公判廷に至るまで凶器の包丁を移動させたとは一切述べておらず、その可能性は乏しい。 弁護人は、119番通報における自らが刺した旨の被告人の発言について、勘違いをした可能性が高く、事実を述べたものではないと主張する。しかし、出血している被害者を発見した際に、その原因として自分が刺したと勘違いをするというのはあまりに不自然であるし、被告人は繰り返し自分が刺してしまったとの 発言をしており、これが勘違いによる発言である可能性は考え難い。 弁護人は、被害者が、当日、三男に対し、電話で、被告人が自身の腹を刺そうとするので「牛刀」を隠したと述べたところ、その「牛刀」が、凶器の包丁であるから、被告人は、隠されていた「牛刀」を用いることはできなかったはずであると主張する。しかし、被害者が述べた「牛刀」が凶器の包丁と同一のものであったとは限らない上、仮に凶器の包丁が同一のものであったとしても、被告人との間のトラブルが終息したことから「牛刀」を元の場所に戻したり、あるいは被告人が隠してあった「牛刀」を発見した可能性もあるのであり、当該弁護人の主張は推測可能な複数の可能性の一つを殊更に取り上げるものにすぎない。 以上のとおり、弁護人の主張は、いずれも被告人が被害者を殺害したとの認定に疑いを差し挟むものではない。 3 争点②(責任能力の有無及び程度)について⑴ 弁護人は、犯行当時被告人はアルコール使用障害及びアルコールによる酩酊の圧倒的影響によって心神喪失の状態にあったと主張するが、当裁判所は、犯行当時被告人は完全責任能力を有していたと判断したた ⑴ 弁護人は、犯行当時被告人はアルコール使用障害及びアルコールによる酩酊の圧倒的影響によって心神喪失の状態にあったと主張するが、当裁判所は、犯行当時被告人は完全責任能力を有していたと判断したため、以下、説明する。 ⑵ 精神鑑定の結果についてア被告人の精神鑑定を実施した鑑定人は、被告人の精神障害の有無及びその内容並びに本件犯行に与えた影響について、公判廷において、概ね以下のとおり供述する。 被告人は犯行当時重度のアルコール使用障害に罹患しており、またアルコールにより酩酊状態にあった。被告人は、アルコール使用障害に伴って人格変化が生じていた。この人格変化は、攻撃性の高さと自責、依存性などが同時に見られるようになるといわれている。また、アルコールによる酩酊状態は、単純酩酊、異常酩酊、病的酩酊という3つに分類されることが多いが、被告人の酩酊状態は、犯行態様や同人の過去の病歴を踏まえると通常の酔っ払った状態である単純酩酊であったと考えられる。また酩酊の程度としては、犯行前の午後9時頃に、自宅を出た被告人が 隣人方の壁に沿って寝てしまい同隣人から起こされた際に同隣人を妻である被害者ではなく他人であると認識した上で対応したことや犯行後の午前2時頃の119番通報時の消防職員とのやり取りの状況、午前4時頃の呼気中アルコール濃度などからすると、犯行時には酩酊極期から泥酔期にあたったことが考えられる。しかしながら、泥酔期の場合、意識がはっきりせず立つこともできない状態となるから、犯行時には千鳥足で何度も同じことを話すといった酩酊極期の状態にあったと推察される。 精神障害の犯行への影響としては、被告人は、被害者に対して、感謝の念を抱くとともに、被害者の親の遺産での生活を送っていたことで、プライドを傷つけられ、被害者にその点を指 にあったと推察される。 精神障害の犯行への影響としては、被告人は、被害者に対して、感謝の念を抱くとともに、被害者の親の遺産での生活を送っていたことで、プライドを傷つけられ、被害者にその点を指摘されることなどにより、被害者に対する被害・他罰感情も抱いており、アルコール使用障害による人格変化によってそのような傾向が更に高まっていた。そして、被告人は、犯行日にも飲酒しており、アルコールによる酩酊によって軽度抑制力が低下していた。アルコールによる酩酊によって抑制力の低下した被告人は刃物を手にし、被害者に対する怒りの感情を表すために、包丁を被害者に突き立てたものと考えられる。 イ鑑定人は、その学識、経験等に照らし、精神医学の専門家として十分な資質を備えていると認められる。また、鑑定人の診断方法や複数回にわたる被告人との面談や検査結果といった前提資料の検討も十分なものといえる。加えて、上記鑑定結果に至る判断過程についても、本件犯行前後の被告人の言動及び犯行後の呼気検査の結果といった証拠上認められる事実に沿った合理的なものとなっており、そこに遺脱や欠落等の事情は認められない。したがって、上記鑑定結果を採用し得ない合理的な事情は認められず、前記供述は信用できる。 ⑶ 責任能力の有無及び程度について以上の鑑定結果を踏まえると、被告人が犯行当時罹患していた重度のアルコール使用障害は、被告人の人格を変化させたものの、被告人が被害者と生活する中で抱いていた被害感情及び他罰性を高めたに過ぎず、酩酊による抑制力の低下も軽度に とどまるものといえる。加えて、犯行前の午後9時頃に路上で寝ていた自身を起こしに来た隣人を他者と認識した上で応対していたこと、犯行後の午前2時過ぎに119番通報した際に、被害者を助ける目的で自ら通報し、消防職員と いえる。加えて、犯行前の午後9時頃に路上で寝ていた自身を起こしに来た隣人を他者と認識した上で応対していたこと、犯行後の午前2時過ぎに119番通報した際に、被害者を助ける目的で自ら通報し、消防職員とのやり取りにおいても、自身の名前や住む建物に関する質問に答えるなど、概ね十分なコミュニケーションをとることができていることなど、犯行の前後では周囲の状況を認識し、目的に沿った行動ができる状態にあったことが認められる。 したがって、酩酊による抑制力の低下が本件犯行に至る意思決定に一定の影響を及ぼしたとしても、それによって被告人の事理弁識能力及び行動制御能力が全く失われた又は著しく減退した状態であったとの疑いはなく、本件犯行当時、被告人は完全責任能力を有していたものと認められる。 なお、弁護人は、酩酊による影響は圧倒的なものであった、それまでの被告人と被害者との関係性などからすると、殺意をもって包丁を突き刺すという態様は異常であり動機に著しい飛躍があるなどと主張する。しかし、酩酊が本件犯行の意思決定に及ぼした影響については鑑定結果のとおりであって、これを圧倒的なものとは評価できない。また、動機に関しても、争点①の判断で示したとおり、犯行前に被告人と被害者との間でトラブルが生じていたことからするとその後何らかの契機で被告人が殺意を生ずべき事由があった可能性があるほか、鑑定結果で指摘された包丁を突き立てるまでの動機は了解可能なものであり、アルコール使用障害及び酩酊の影響に関する点も含めて、動機に著しい飛躍があるとは認められない。弁護人の主張については採用できない。 4 結論以上のとおり、判示事実については優に認められる。 (量刑の理由)被告人は、無防備な被害者に対して、その右胸を先端が鋭利な包丁を使用して刺し、その傷は心臓にまで達しており きない。 4 結論以上のとおり、判示事実については優に認められる。 (量刑の理由)被告人は、無防備な被害者に対して、その右胸を先端が鋭利な包丁を使用して刺し、その傷は心臓にまで達しており、一方的かつ危険性の高い犯行である。長年にわたって被告人に連れ添い、家事や被告人の身だしなみの世話を行い、自身の両親 の遺産を夫婦生活の経済的基盤とするなどして、様々な面で被告人の生活を献身的に支えてきた被害者には、このような被害にあういわれはなく、本件犯行に及んだ被告人に対しては強い非難が妥当する。このように尽くしてきた被告人に殺害された被害者の無念は察するに余りあり、被害者遺族の処罰感情が厳しいことも当然である。なお、本件犯行に至る意思決定には被告人が罹患していたアルコール使用障害及び酩酊の影響が認められるが、その程度は限定的であって、当該影響をもって意思決定への非難を大きく減じることは相当でなく、量刑上これを重く斟酌することはできない。 このような犯情を踏まえると、本件は同種事案(殺人罪、単独犯、凶器あり(刃物類)、処断罪と同一又は同種の罪の件数1件、被告人から見た被害者の立場:配偶者、前科等なし、処断罪名と異なる主要な罪の有無:なし)の中で比較的重い部類に位置するといえる。 その他、被告人は当公判廷において本件に真摯に向き合う態度を示さず、不合理な弁解を繰り返すなど反省の態度を表していない。したがって、被告人に取り上げるべき前科がないことといった一般情状を踏まえても、主文の刑を科すことが相当である。 (求刑懲役15年、主文同旨の没収)令和6年7月5日岡山地方裁判所第2刑事部 裁判長裁判官村川主和 裁判官溝田泰之 裁判官髙畑輝 旨の没収) 令和6年7月5日 岡山地方裁判所第2刑事部 裁判長 裁判官 村川主和 裁判官 溝田泰之 裁判官 髙畑輝

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