平成30(ワ)1206 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和2年5月29日 札幌地方裁判所
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判決文本文14,417 文字)

- 1 -令和2年5月29日判決言渡同日原本交付裁判所書記官平成30年(ワ)第1206号損害賠償請求事件口頭弁論終結日令和2年2月12日判決主文 1 被告aは,原告に対し,62万円及びこれに対する平成29年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告国は,原告に対し,11万円及びこれに対する平成29年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員 を支払え。 3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,原告に生じた費用の3分の2と被告aに生じた費用全部の合計につき,その5分の2を原告の,5分の3を被告aの各負担とし,原告に生じた費用の3分の1 と被告国に生じた費用全部の合計につき,その5分の4を原告の,5分の1を被告国の各負担とする。 事実 及び理由第1 請求 1 被告aは,原告に対し,106万9800円及びこれに対する平成29年9 月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告国は,原告に対し,55万円及びこれに対する平成29年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,札幌刑務所の被収容者である原告が,①同じく被収容者である被告 aから暴行を受けて負傷したと主張して,被告aに対し,不法行為に基づき,- 2 -損害賠償金106万9800円及びこれに対する不法行為の日である平成29年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,②その場に居合わせた刑務官2名が上記暴行を制止しておらず,この点に国家賠償法上の違法があると主張して,被告国に対し,同法1条1項に基づき,損害賠償金55万円及びこれに対する不法行為の日で とともに,②その場に居合わせた刑務官2名が上記暴行を制止しておらず,この点に国家賠償法上の違法があると主張して,被告国に対し,同法1条1項に基づき,損害賠償金55万円及びこれに対する不法行為の日である平 成29年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払の支払を求める事案である。 2 前提事実(根拠を括弧内に示す。)(1) 当事者ア原告及び被告aは,平成29年9月1日当時,いずれも札幌刑務所に受 刑者として収容されていた者である(争いのない事実)。 イ被告国は,札幌刑務所を設置している(争いのない事実)。 (2) 被告aによる暴行ア被告aは,平成29年9月1日午前10時55分頃,札幌刑務所体育館内において,パイプ椅子の一つに座っていた原告に対し,「この野郎」な どと語勢を上げて,近くの椅子をなぎ倒しながら近づいた上,その顔面を手拳で殴打し,これにより転倒した原告の顔面を更に多数回殴打し,その体を足蹴りするといった暴行を30秒近くにわたって加え続けた(以下,この一連の暴行を「本件暴行」という。甲1~3,12〔枝番号含む。〕)。 本件暴行の際,刑務官のうち1名(以下「刑務官A」という。)が上記 体育館内の北側に居合わせ,また他の1名(以下「刑務官B」という。)が上記体育館内の南側に居合わせていた(争いのない事実)。 イ原告は,本件暴行によって負傷し,上顎部前歯折損,上口唇及び下口唇裂傷,右目打撲による視力低下疑い,腰部及び頸部捻挫,右下腿挫傷との診断を受けた。また,原告が当時使用していた眼鏡は,本件暴行によって 破損した(争いのない事実,甲4~7)。 - 3 -(3) 被告aの責任原因被告aは,原告に暴行を加えて傷害を負わせた上,その眼鏡を破損させた 使用していた眼鏡は,本件暴行によって 破損した(争いのない事実,甲4~7)。 - 3 -(3) 被告aの責任原因被告aは,原告に暴行を加えて傷害を負わせた上,その眼鏡を破損させたのであって,原告に対して民法709条所定の不法行為責任を負う(争いのない事実)。 3 争点 (1) 被告aに対する請求の当否損害の発生及び額(2) 被告国に対する請求の当否ア国家賠償法上の違法性の有無イ損害の発生及び額 4 争点についての当事者の主張(1) 争点(1)(被告aに対する請求の当否──損害の発生及び額)について(原告の主張)ア物的損害(眼鏡)6万9800円本件暴行により破損した眼鏡は原告が6万9800円で購入したもので あって,この額が原告に生じた物的損害の額となる。 イ将来治療費40万0000円原告の前歯は本件暴行により折損し,治療の過程でこれを根元から抜去した。当該部分を根本的に治療するためには,出所後にインプラント治療を受けなければならず,その費用は40万円と見込まれる。 ウ慰謝料50万0000円原告は,何ら落ち度がないにもかかわらず,被告aから一方的に本件暴力を受け,傷害を負ったものであって,原告の上下口唇に裂傷等が生じて食事や会話がしにくくなり,また,精神的衝撃も大きく,日常生活に負担が生じていることなどからすれば,原告の受けた精神的苦痛を慰謝するに は,50万円を下回らない慰謝料を要する。 - 4 -エ弁護士費用10万0000円原告は,本件暴行について訴訟提起を余儀なくされたのであって,その訴訟追行に必要な弁護士費用は,被告aに対するものとしては10万円が相当である。 (被告aの主張) 原告の 0000円原告は,本件暴行について訴訟提起を余儀なくされたのであって,その訴訟追行に必要な弁護士費用は,被告aに対するものとしては10万円が相当である。 (被告aの主張) 原告の眼鏡が破損した事実は認めるが,当該眼鏡を原告が6万9800円で購入したとの事実については知らず,この額が物的損害の額となるとの主張は争う。 また,原告の前歯については,ブリッジや入れ歯による治療なども考えられるのであって,インプラント治療の必要性を争う。 さらに,原告の主張する慰謝料額については,高額に過ぎる。 (2) 争点(2)ア(国家賠償法上の違法性の有無)について(原告の主張)刑務官は,刑務所の被収容者である受刑者の生命や身体に危険が生じないよう配慮する注意義務を負っている。しかるに,刑務官A及びBは,本件暴 行の状況を確認し,それを制止し得る唯一の立場であったにもかかわらず,口頭で中止を指示したのみで,本件暴行を実力で制止しなかったのであるから,上記注意義務を怠ったもので,国家賠償法1条1項の適用上違法である。 この点につき被告国は,刑務官A及びBが被告aに有形力を行使した場合,収拾困難な事態に陥るおそれがあったと主張するが,他の受刑者は本件暴行 に際してその場で事の行方を傍観していたにすぎず,被告a又は原告に加勢したり,興奮したりしていたものではなかったのであって,上記のおそれがあったとはいえない。 (被告国の主張)ア刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設 法」という。)77条1項は,被収容者が他人に危害を加えるなどした場- 5 -合に,刑務官が,合理的に必要と判断される限度で,その行為を制止するなどの措置を執ることができるとしており,措置の必要性があり, 。)77条1項は,被収容者が他人に危害を加えるなどした場- 5 -合に,刑務官が,合理的に必要と判断される限度で,その行為を制止するなどの措置を執ることができるとしており,措置の必要性があり,その措置の内容が事態に応じて相当でなければならないという比例原則を定めたものということができる。そして,こうした場合に刑務官の権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法となるのは,具体的事情の下において 制止等の措置を執らなかったことが許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くときに限ると解すべきである。 イ本件においては,体育館内には当時52名の受刑者がおり,これを刑務官A及びBの2名で戒護していたものであって,措置の内容については,刑務官としての合理的な裁量に委ねられていたというべきである。 そして,刑務官A及びBは,多数の応援職員が直ちに駆けつけることが可能であったという状況を踏まえ,平成22年6月に発出された札幌刑務所首席指示第30号に従い,本件暴行開始直後にそれぞれ非常ボタンを押して応援を求め,応援職員の到着を待つこととした上で,暴行の中止を重ねて指示するなど,混乱を回避する措置を執っていた。その結果,非常ボ タン押下の約28秒後に応援職員約30名が到着し,制止を実行したものである。 このように,刑務官A及びBは,合理的な判断に基づいて適切に対応していたのであって,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いていたとはいえない。 ウこの点につき原告は,刑務官A及びBは実力をもって本件暴行を制止すべきであったと主張する。 しかし,本件においては,刑務官A及びBは,体育館内の規律及び秩序を維持するため,被告aだけではなく他の複数の受刑者らの動静も監視して指示をする必要があった。 であったと主張する。 しかし,本件においては,刑務官A及びBは,体育館内の規律及び秩序を維持するため,被告aだけではなく他の複数の受刑者らの動静も監視して指示をする必要があった。 また,仮に刑務官A及びBが実力をもって本件暴行を制止した場合,受- 6 -刑者らから襲撃を受け,鍵を奪取されるなどの収拾困難な事態に陥る可能性があった。現に,札幌刑務所においては,平成16年6月には受刑者を制圧した刑務官が複数の受刑者らから暴行を受けた事例が発生し,平成28年6月にも受刑者間のトラブルを制止した刑務官が当該受刑者から暴行を受けた事例が発生していた。 さらに,刑務官A及びBは警棒及び第一種手錠を貸与されておらず,警備用具等も貸与されていなかったのであり,他方で被告aの身長は180cmもあったのであって,そもそも本件においては刑務官A及びBが本件暴行を制止することができたとはいえず,結果の回避・防止可能性がなかった。 したがって,原告の上記主張は,理由がない。 (3) 争点(2)イ(損害の発生及び額)について(原告の主張)ア慰謝料50万0000円刑務所内では,他の受刑者から暴力を振るわれた受刑者が応戦すると, けんか闘争として両者が処罰の対象となる一方で,暴力行為に抵抗しなければ生命や身体に危険が生じるのであるから,受刑者は刑務官がこうした暴力行為を制止するものと信頼しているのであり,原告も同様の信頼を抱いていた。ところが,本件の刑務官2名は本件暴行を制止せず,これにより原告の上記信頼は裏切られたのであって,しかも,原告は他の受刑者の 見ている前で一方的な暴力行為を甘受せざるを得なかった。これによる原告の精神的苦痛を慰謝するには,50万円を下回らない慰謝料を要する。 イ弁 切られたのであって,しかも,原告は他の受刑者の 見ている前で一方的な暴力行為を甘受せざるを得なかった。これによる原告の精神的苦痛を慰謝するには,50万円を下回らない慰謝料を要する。 イ弁護士費用5万0000円原告は,本件の訴訟提起を余儀なくされたのであって,その訴訟追行に要する弁護士費用は,被告国に対するものとしては5万円が相当である。 (被告国の主張)- 7 -争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被告aに対する請求の当否──損害の発生及び額)について(1) 物的損害(眼鏡)2万0000円原告の眼鏡は本件暴行により破損したものであるところ(前記前提事実 (2)イ),その時価額を認定するに当たって購入時期及び購入額を明らかにする的確な証拠は見当たらないものの,一般的な眼鏡の価格等に照らし,少なくとも2万円相当の損害を被ったものと認めるのが相当である。 (2) 将来治療費5万0000円原告の上顎部の前歯は,本件暴行により折損し(前記前提事実(2)イ),治 療の過程で根元から抜去されたものと認められる(甲3の1〔14頁〕,原告本人〔7頁〕)。 ところで,証拠(甲14,16〔枝番号含む〕)及び弁論の全趣旨によれば,こうした場合の治療方法としてインプラント,入れ歯,ブリッジ治療等が考えられるところ,このうちインプラント治療は,他の治療方法と比較す ると,見た目が美しく,健康な歯への影響も少ない一方,費用が高額であるといった特徴があり,総額30万から40万円程度を要する例もあるものと認められる。 本件についてこれをみるに,原告に対してインプラント治療を行うのが最適であることを認めるに足りる証拠はないのであって,将来の治療費として インプラント治療に る例もあるものと認められる。 本件についてこれをみるに,原告に対してインプラント治療を行うのが最適であることを認めるに足りる証拠はないのであって,将来の治療費として インプラント治療に係る費用を要するとは直ちにいえない。もっとも,原告の前歯が根元から抜去されている以上,何らかの治療を要することは明らかというべきであり,その費用としては,上記各証拠及び弁論の全趣旨に照らし,5万円を下らないものと認めるのが相当である。 (3) 慰謝料50万0000円 前記前提事実(2)ア及び(3)によれば,本件暴行は,被告aから突然一方的- 8 -に受けたというべきものである上,本件の証拠上,原告に特段の落ち度や原因があったことはうかがわれないのであって,これにより原告の被った傷害の程度にも照らすと,本件暴行により受けた原告の精神的苦痛は相当程度大きなものといわざるを得ない。 この点につき被告aは,本件暴行は他の受刑者から指示されたものであり, 自らは当該受刑者の道具にすぎなかった旨主張する(慰謝料額についての事情の主張と解される。)。しかし,証拠(乙ロ1)によれば,確かに他の受刑者が被告aに対して原告への暴行を指示したことがうかがわれるものの,これにより,本件暴行によって原告に生じた精神的苦痛自体が軽減されるとか,慰謝料が低額なものにとどまるなどということは困難である。 そして,以上の事情のほか本件に現れた全事情を踏まえると,原告の受けた精神的苦痛に係る慰謝料は,50万円をもって相当と認める。 (4) 弁護士費用5万0000円弁論の全趣旨によれば,原告は,相当額の報酬をもって本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことが認められるところ,前記(1)ないし (3)の損害の合計額のほか 用5万0000円弁論の全趣旨によれば,原告は,相当額の報酬をもって本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことが認められるところ,前記(1)ないし (3)の損害の合計額のほか本件に現れた全事情に照らすと,被告aとの関係においては,5万円の限度で通常生ずべき弁護士費用であるものと認められる。 2 争点(2)(被告国に対する請求の当否)について(1) 認定事実 証拠(乙イ19の1・2,イ21のほか後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 ア原告及び被告aは,平成29年9月1日当時,いずれも札幌刑務所の第9工場に配役されていた(甲3〔2頁〕,12〔2頁〕)。 イ第9工場の受刑者ら52名は,同日午前10時30分(以下,平成29 年9月1日の出来事については時刻のみを記載する。)から,体育館内で- 9 -運動時間を過ごしており,刑務官A及びBがこれに立ち会っていた。 午前10時54分56秒頃,原告は別紙見取図1記載の「原告」の位置にあるパイプ椅子に座り,被告aは同見取図1記載の「被告a」の位置にあるパイプ椅子に座っていた。また,刑務官A及びBはそれぞれ同見取図1記載の「刑務官A」「刑務官B」の位置に立っていた(甲3の1〔7, 8頁,現場見取図3〕,10〔4,5頁,現場見取図3〕,11〔4頁,現場見取図3〕,12〔8頁〕,乙イ3〔2枚目〕,イ4〔写真1,2〕,イ5〔2枚目〕,証人b〔5頁〕)。 ウ被告aは,午前10時54分58秒頃,パイプ椅子から立ち上がり,別紙見取図1記載の矢印のとおり原告に向かって走り出した。そして,「こ の野郎」などと語勢を上げ,他のパイプ椅子をなぎ倒しながら原告に近づき,午前10時55分7秒頃,原告の前にあったパイプ椅子を持ち上げて 載の矢印のとおり原告に向かって走り出した。そして,「こ の野郎」などと語勢を上げ,他のパイプ椅子をなぎ倒しながら原告に近づき,午前10時55分7秒頃,原告の前にあったパイプ椅子を持ち上げて床にたたきつけた。 刑務官Aはこれを現認し,拡声器を使用して「やめろ」と発言したが,被告aは,午前10時55分10秒頃,原告の顔面を手拳で殴打し始めた。 そのため,刑務官Aは,午前10時55分11秒頃,そばにあった非常ボタンを押し,また被告aによる殴打を現認した刑務官Bもほぼ同時に非常ボタンを押した(甲3の1〔8頁〕,10〔6,7頁〕,11〔5,6頁〕,12〔10,11頁〕,乙イ3〔2,3枚目〕,イ4〔写真3~16〕,イ5〔2枚目〕,証人b〔6~8頁〕,原告本人〔2~4頁〕)。 エ被告aは,他の受刑者の右頰付近を1回殴りつけた後,倒れた原告に馬乗りになり,その顔面を多数回殴打し,体を足蹴りするなどの暴行を続けた。 この間,刑務官Aは「離れろ」,刑務官Bは「やめろ」,「離れろ」と発言し(午前10時55分14秒頃),また刑務官Aは「やめろ」と発言し たが(同20秒頃),被告aは暴行を止めなかった。また,刑務官Aは,- 10 -午前10時55分22秒頃には別紙見取図2の「刑務官A」の位置まで近づき,刑務官Bも同23秒頃には同見取図2の「刑務官B」の位置まで近づいたが,両名ともしばらくはそれ以上近づくことはなく,被告aによる暴行を遠巻きに眺めていた(甲3の1〔8~11頁〕,10〔8~11頁〕,11〔7~9頁〕,12〔11~13頁〕,乙イ3〔3枚目〕,イ4〔写真 19~28〕,イ5〔3枚目〕,証人b〔9,10頁〕,原告本人〔4,11頁〕,被告a本人〔16頁〕)。 オ近くに居合わせた他の受刑者らの多くは,被告aの 3頁〕,乙イ3〔3枚目〕,イ4〔写真 19~28〕,イ5〔3枚目〕,証人b〔9,10頁〕,原告本人〔4,11頁〕,被告a本人〔16頁〕)。 オ近くに居合わせた他の受刑者らの多くは,被告aの暴行を静観するにとどまっていた。もっとも,このうち1名の受刑者は,午前10時55分23秒頃,被告aに走り寄り,同30秒頃に被告aを原告から引き離した。 しかるに,被告aは再び原告に近づき,その胸倉を両手でつかむなどした。これに気付いた刑務官Bは,午前10時55分35秒頃,被告aの方に2,3歩ほど歩みだしたものの,同38秒頃,応援職員を待つことにし,それ以上近づくのをやめた(甲10〔11頁〕,12〔13頁〕,乙イ3〔3,4枚目〕,イ4〔写真19~43〕,イ5〔3枚目〕,証人b〔10, 14,15頁〕,原告本人〔6頁〕)。 カ午前10時55分39秒頃,他の刑務官約30名が順次体育館内に駆け付け,うち1名が被告aの右腕を,他の1名がその左腕を制して体育館東側壁際まで連れていき,そのまま別室に連行した(甲3の1〔12頁〕,10〔11,12頁〕,11〔9頁〕,12〔13頁〕,乙イ3〔4枚目〕, イ4〔写真44,45〕,イ5〔3枚目〕,イ14,被告a本人〔12頁〕)。 (2) 争点(2)ア(国家賠償法上の違法性の有無)についてア原告は,刑務官A及びBが本件暴行を実力で制止しなかったことが,国家賠償法1条1項の適用上違法であると主張する。 そこで検討するに,刑事収容施設法77条1項は,刑務官は,被収容者 が他人に危害を加える行為をし,又はこの行為をしようとする場合におい- 11 -て,合理的に必要と判断される限度で,その行為を制止し,その被収容者を拘束し,その他その行為を抑止するため必要な措置を執ることができる 行為をし,又はこの行為をしようとする場合におい- 11 -て,合理的に必要と判断される限度で,その行為を制止し,その被収容者を拘束し,その他その行為を抑止するため必要な措置を執ることができる旨を定めている。 したがって,刑務官は,同項に基づき,被収容者が他人に危害を加える行為をし,又はこの行為をしようとする場合において,当該行為を制止す る権限(以下「制止権限」という。)を有していることになる。 そして,国の公務員によるこうした権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠 償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。 イこれを本件についてみるに,刑事収容施設法77条1項では,制止権限 の行使を合理的に必要な限度で行うべきことは定められているものの,制止権限の行使が義務付けられる場合があるのか否かについては,同項の文言上,明示的な定めはない。 しかし,そもそも刑事収容施設法の趣旨,目的は,刑事収容施設の適正な管理運営を図るとともに,被収容者等の人権を尊重しつつ,これらの者 の状況に応じた適切な処遇を行うことにある(1条)。また,同法上,刑事施設の規律及び秩序は適正に維持されなければならず(73条1項),この目的を達成するため執る措置は,被収容者の収容を確保し,並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはな 維持されなければならず(73条1項),この目的を達成するため執る措置は,被収容者の収容を確保し,並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはならないとされているのであって(同条2項), 同法77条1項の定める刑務官の制止権限も,これらの各規定を受けて定- 12 -められたものと解することができる。 したがって,刑務官には,刑事施設の規律及び秩序を適正に維持して,被収容者の収容を確保するとともにその安全かつ平穏な共同生活が維持された状態を保つ義務が一般的に生じているのであり,そうした義務の履行のために制止権限を行使すべきものといえるのであるから,刑務官には, 状況に応じ,制止権限の行使が義務付けられる場合もあるものというべきである。 現に,証拠(乙イ1)によれば,「刑務官の職務執行に関する訓令」(平成18年5月23日付け法務省矯正訓第3258号法務大臣訓令)において,刑務官には,被収容者等の動静に不審な点が認められるときは,速や かに,その原因等を確認し,必要な措置を執ることが求められている(14条15号)。また,証拠(イ16)によれば,本件の札幌刑務所においては,刑務官らに対し,平成22年6月8日付け首席指示第30号として,①けんか事犯等を現認した場合は,非常ベル通報等をもって非常通報する,②当該けんか事犯等の制止を行う,③なお,「一人で制止することが困難 と認められる場合」には,応援職員の到着を待って制止に当たるものとし,同職員が到着するまでの間は口頭で制止するなどと指示されていたことが認められる。これらの訓令及び指示は,いずれも,刑務官において制止権限の行使を義務付けられる場合があることを前提とするものということができる。 ウ他方 制止するなどと指示されていたことが認められる。これらの訓令及び指示は,いずれも,刑務官において制止権限の行使を義務付けられる場合があることを前提とするものということができる。 ウ他方,被収容者は,刑事収容施設法74条1項により,刑事施設の長の定める遵守事項に従うものとされており,当該遵守事項には犯罪行為をしてはならないこと(同条2項1号),他人に対して乱暴な言動をしてはならないこと(同項2号),刑事施設の職員の職務の執行を妨げてはならないこと(同項4号)が含まれている。そして,札幌刑務所長は,被収容者 の遵守事項として,「他人に暴行を加え,若しくは傷害を与え,又はこれ- 13 -らの行為を企ててはならない」,「他人とけんかし,若しくは口論し,又はこれらの行為を企ててはならない」,「職員の職務の執行を,暴行,脅迫その他の方法で妨げてはならない」と定めるほか,職員の指示に対する違反についても定めていたものである(乙イ23〔第1の23・24・37項,第2〕)。 したがって,札幌刑務所の被収容者は,刑務官の職務執行に従う立場にあって,他人から暴行を受けたとしてもこれに対して反撃に及ぶことはできず,刑務官の職務執行によって自己の身体の安全を図らざるを得ないのであるから,刑務官の制止権限の行使につき,これにより安全かつ平穏な共同生活を確保し,その自己の身体の安全を図るという法的利益を有して いるということになる。 エ以上を踏まえると,札幌刑務所の刑務官においては,被収容者の安全かつ平穏な共同生活を維持するために必要とされる場合であって,被収容者の身体に対する危険が現実化している状況が生じたときには,制止権限を行使する法的義務が生じるものというべきである。 オところで,前記認定事実によれば,被 必要とされる場合であって,被収容者の身体に対する危険が現実化している状況が生じたときには,制止権限を行使する法的義務が生じるものというべきである。 オところで,前記認定事実によれば,被告aはパイプ椅子を床にたたきつけるという粗暴な行動をした上,刑務官Aからの口頭での中止指示にもかかわらず,原告の顔面を手拳で殴打し始めたのであって,これを刑務官A及びBの2名が現認していたというのである。そのため,この時点で,被告aが遵守事項に反して他人に暴行をし始めており,これにより原告の身 体に対する危険が現実化していたのである以上,これを現認していた刑務官A及びBには,被収容者の安全かつ平穏な共同生活を維持するために,単なる口頭の指示にとどまらず,実力をもって被告aの暴行を制止する必要が生じていたというべきである。しかも,この状況は,明らかに,上記イの首席指示にいう「けんか事犯等」の発生に当たるのであって,当該首 席指示に照らしても,これに居合わせた刑務官A及びBにおいては,非常- 14 -ボタンを押して非常通報するだけでなく,直接,本件暴行を制止すべきであったものということができる。 したがって,本件暴行の開始当時,刑務官A及びBには,本件暴行の制止をする職務上の法的義務があったというべきである。 しかるに,刑務官A及びBは,実力をもって被告aの本件暴行を制止す ることなく,漫然と「やめろ」,「離れろ」などと発言するのみで,30秒近くもの間,原告が被告aから殴る蹴るの暴行を受けているのを,別紙見取図2記載の位置から遠巻きに眺めていたものであって,これに,暴行に及んでいたのが被告aの1名だけであったこと,現に,後に被告aは他の受刑者1名のみによって原告から引き離されていたことなども併せ考慮す ると,刑 遠巻きに眺めていたものであって,これに,暴行に及んでいたのが被告aの1名だけであったこと,現に,後に被告aは他の受刑者1名のみによって原告から引き離されていたことなども併せ考慮す ると,刑務官A及びBによる制止権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものといわざるを得ない。 カこれに対し,被告国は,次のとおり主張するが,それぞれにおいて判断 するとおり,いずれも採用することができない。 (ア) まず,被告国は,刑務官A及びBにおいては,体育館内の規律及び秩序を維持するため,被告aだけではなく他の複数の受刑者らの動静も監視して指示をする必要があったと主張し,その根拠として,①受刑者のうち1名は,原告に罵声を浴びせ,被告aをそそのかしていた,②周囲 の受刑者らは,その場から離れるよう刑務官A及びBから指示されたにもかかわらず,これに従っていなかった,③別の受刑者1名は,被告aを原告から引き離していたことなどを挙げる。 しかし,上記①については,このような事実を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。また,上記②については,刑務官A及びBがそれ ぞれ「離れろ」と発言していた事実は認められるものの,これが原告か- 15 -ら離れるよう被告aに対して発せられていたものか,それとも原告及び被告aから離れるよう周囲の受刑者らに対して発せられていたものなのかは,証拠上は必ずしも判然としないし,周囲の受刑者らにおいて,これを被告aに対して発せられたものと受け止めた可能性も否定することができない。上記③については,別の受刑者1名は単に被告aを原告か ら引き離したにすぎず,体育館内の規律及び秩序を害 において,これを被告aに対して発せられたものと受け止めた可能性も否定することができない。上記③については,別の受刑者1名は単に被告aを原告か ら引き離したにすぎず,体育館内の規律及び秩序を害するような特段の暴力行為には及んでいない。そして,これらの点を措くとしても,上記①ないし③の各行為はいずれも本件暴行に端を発したものと解される上,各行為により体育館内の規律及び秩序が維持されなくなる危険性というものはなお抽象的なものにとどまるのであって,その抑止が現に行われ ている本件暴行の制止に優先するものとはにわかに考え難い。 したがって,被告国の上記主張は,採用することができない。 (イ) 次に,被告国は,仮に刑務官A及びBが実力をもって本件暴行を制止した場合,受刑者らから襲撃を受け,鍵を奪取されるなどの収拾困難な事態に陥る可能性があったと主張するとともに,現に札幌刑務所におい ては,①平成16年6月には受刑者を制圧した刑務官が複数の受刑者らから暴行を受けた事例が発生し,②平成28年6月にも受刑者間のトラブルを制止した刑務官が当該受刑者から暴行を受けた事例が発生していたと主張する。 しかし,証拠(乙イ7)によれば,上記①の事例は,受刑者1名が従 前から刑務官に対して反抗的な言動を取り続けていたという背景事情の下で,受刑者らが刑務官に暴行を加えたものであるところ,本件においてはこのような背景事情の存在は証拠上うかがわれない。また,証拠(乙イ7,イ15)によれば,上記①及び②の事例はいずれも受刑者を制止・制圧した刑務官は1名であったようにうかがわれるのに対し,本 件において被告aを制止し得た刑務官は刑務官A及びBの2名もいたの- 16 -であるから,本件は上記①及び②の事例とは事案を異にする。そして, 1名であったようにうかがわれるのに対し,本 件において被告aを制止し得た刑務官は刑務官A及びBの2名もいたの- 16 -であるから,本件は上記①及び②の事例とは事案を異にする。そして,そもそも本件においては,防犯カメラの映像(乙イ19の1・2)を見ても,被告a以外の受刑者らの多くはただ茫然と立ちすくんでいたようにも見受けられるのであって,その映像上,刑務官A及びBが被告aの本件暴行を制止した場合に,他の受刑者らから襲撃を受けたり,鍵を奪 取されたりするような危険性が生じていたようにはうかがわれない。 したがって,被告国の上記主張は,採用することができない。 (ウ) さらに,被告国は,そもそも本件においては刑務官A及びBが本件暴行を制止することができたとはいえず,結果の回避・防止可能性がなかったと主張し,その根拠として,①刑務官A及びBは警棒及び第一種手 錠を貸与されておらず,警備用具等も貸与されていなかったこと,②被告aの身長は180cmもあったことなどを挙げる。 しかし,前記認定事実のとおり,被告aは僅か1名の受刑者によって原告から引き離されているのであるし,その後も,駆け付けた刑務官らにより,警棒等も使用されずに本件暴行が制止されているのであって, 刑務官A及びBによって本件暴行を制止することができなかったものとは,にわかに考え難い。 したがって,被告国の上記主張は,採用することができない。 (エ) なお,被告国は,上記イの首席指示にいう「一人で制止することが困難と認められる場合」には,複数人で制止することが困難と認められる 場合も含まれるのであって,本件はそのような場合に当たるから,当該首席指示によっても口頭の制止で足りる旨主張する。 しかし,「一人」という語に複数人の場合を含むと ることが困難と認められる 場合も含まれるのであって,本件はそのような場合に当たるから,当該首席指示によっても口頭の制止で足りる旨主張する。 しかし,「一人」という語に複数人の場合を含むと解釈することは,その一般的語義に照らして困難であるし,そのような解釈を裏付けるような定めも上記首席指示には見当たらない。被告国の上記主張は,採用 することができない。 - 17 -(オ) 以上に加え,被告国は他にも種々の主張をするが,いずれも前記判断を左右し得ない。 キ以上によれば,刑務官A及びBによる制止権限の不行使は,原告との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものというべきである。 (3) 争点(2)イ(損害の発生及び額)について原告は,刑務官A及びBによる制止権限の不行使の結果,上記(2)ウの法的利益を侵害されたものであるところ,上記不行使の態様,時間,本件暴行の内容,原告の傷害の程度その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,これにより原告に生じた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は,10万円と認 めるのが相当である。 また,前記のとおり原告は本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したところ,上記慰謝料額のほか本件に現れた全事情に照らすと,被告国との関係においては,1万円の限度で通常生ずべき弁護士費用であるものと認められる。 3 結論よって,原告の請求は,被告aに対するものにつき損害賠償金62万円及びこれに対する遅延損害金の限度で,被告国に対するものにつき損害賠償金11万円及びこれに対する遅延損害金の限度でそれぞれ理由があるからその限度でこれを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとして,主文の とおり判決する。 札幌地方裁判所民事第5部 主文 とおり判決する。 理由 事実 争点 判断 札幌地方裁判所民事第5部 裁判長裁判官瀬孝 裁判官萩原孝基 裁判官佐藤克郎

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