昭和58(行ウ)147 遺族年金請求却下処分取消請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和63年12月12日 東京地方裁判所 その他
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【DRY-RUN】- 1 - ○ 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 ○ 事実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 被告が昭和五八年三月一日、共済連同年第三七一号を以てした、原告の遺族

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判決文本文14,464 文字)

- 1 -○ 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 ○ 事実 第一当事者の求めた裁判一請求の趣旨 被告が昭和五八年三月一日、共済連同年第三七一号を以てした、原告の遺族共済年金の請求を却下するとの決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 二請求の趣旨に対する答弁主文と同旨第二当事者の主張一請求原因 訴外Aは昭和五七年五月八日死亡した。同人は右当時国家公務員等共済組合法(以下「法」という)に基づく退職共済年金の受給権者であつた。 。 原告は、同年六月一七日、Aの遺族として遺族共済年金の給付を請求した。 被告は、昭和五八年三月一日、参加人がAの配偶者に該当し、原告はAの配偶者には該当、(「」。)。 しないとの理由により原告の請求を却下する決定以下本件決定というをした 原告の遺族共済年金受給資格(一)Aと戸籍上の妻との関係AはBと婚姻関係にあつたが、昭和三八年頃から別居し、右婚姻関係は、その実体を失つていた。 (二)原告とAとの内縁関係(1)原告は、昭和二五年にAと知り合い、結婚の申入れを受けたが、同人には妻子があつたことから原告の姉等から強く反対されたためやむなく結婚を諦め、昭和三五年別の相手と結婚した。しかし、原告はAのことが忘れられず、夫は原告に対する優しさを欠いていたこと等から、昭和三九年一二月頃別居し、昭和四一年二月離婚した。 (2)原告は、Aと昭和四〇年二月頃から再び交際するようになり、昭和四一年六月明治神宮に参詣し、夫婦となる誓いを交わした。その際、Aは原告に右証しとして二カラツトものダイヤの指輪を贈つた。 二人は同年九月東京都品川区内の阿部マンシヨンで同棲を開始した。その後、昭和四二年に東京都渋谷区<地名略>の日夏ハウスマンシヨンに転居し、昭和 告に右証しとして二カラツトものダイヤの指輪を贈つた。 二人は同年九月東京都品川区内の阿部マンシヨンで同棲を開始した。その後、昭和四二年に東京都渋谷区<地名略>の日夏ハウスマンシヨンに転居し、昭和四五年二月に東京都品川区<地名略>の大和マンシヨン九〇八号室に、昭和四六年二月に同マンシヨン九〇一号室にそれぞれ転居しながら、右昭和四一年九月以降Aの死亡時まで事実上の婚姻関係を継続した。 (3)原告とAとは、Aの強い意思と希望により、住民票上も昭和四五年九月頃から同一世帯となり、原告を未届けの妻として登録した。その後、Aに戸籍上の妻がいることが区役所に判明し、職権により原告の表示が同居人と変更されたが、これを知つたAは区役所の担当者に抗議の電話をかけている。国民健康保険についてもAは原告を妻として届け出ている。 - 2 -Aは大和マンシヨンを自宅として対外的に表示しており、同人への共済組合年金振込通知書、選挙投票券拳公的な書類及び年賀状等の私的な書類は、大和マンシヨンを同人の住所地として送付され、仕事等の関係の電話も同マンシヨンにかかつてきていた。 ()、、、 Aは昭和四八年一〇月紫授褒章を受けその伝達式が皇居において行われた際原告を妻として届け出、同伴して式に出席した。また、Aは原告を国内国外の旅行に何度も同伴している。 Aは大学関係者、知人、大和マンシヨンの管理人、近くの商店主等に原告を妻として紹介し、関係者は原告をAの妻として認めていた。原告の親戚の冠婚葬祭には原告の夫として必ず出席した。原告にA姓を名乗らせていた。 Aは、同居生活に入つた翌月の昭和四一年一〇月から、大学を退官するまで、俸給袋等を。 、、未開封のまま原告に手渡していた自らの収入の使途については原告と相談して決定し納税申告書も原告と相談しあつて作成して 生活に入つた翌月の昭和四一年一〇月から、大学を退官するまで、俸給袋等を。 、、未開封のまま原告に手渡していた自らの収入の使途については原告と相談して決定し納税申告書も原告と相談しあつて作成していた。 ()、、、、、、 原告はAの仕事上も助手秘書として電話番はもとより来信の整理返信各種文書の整理、発信等を行い協力した。銀行等からの資金の借入れやその返済にも協力した。また、Aが糖尿病及び慢性的湿疹の持病を有していたためその健康に気をつかい、毎日の食事療養のためのカロリー計算や食事のコントロール、病院への付添い等献身的に尽くした。 (6)Aは、糖尿病の悪化等により昭和五五年一〇月東邦医大病院に入院し、退院後大和マンシヨンの自宅で療養した。昭和五七年四月北品川総合病院に入院したが、右入院の際の手続は一切原告が行つた。Aは右入院中の同月一八日自筆で全財産を原告に譲る旨の遺言書をしたためている。Aは右病院で原告にみとられつつ死去した。Aの葬儀、埋葬等の一切は原告が喪主としてとり行つた。 (7)以上の事実によれば、原告とAとの関係は公的私的生活のすべての面において夫婦としての実体を備えていたものであり、主観的にも、原告、A共に夫婦としての共同生活をする意思を継続して有していたことは明らかである。したがつて、原告は法二条一項二号イにいう「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」としてAの配偶者に該当する。 そして、原告はAの死亡当時主として同人の収入により生計を維持していたから、法二条一項三号によりAの遺族に該当する。 (三)参加人とAとの間の内縁関係の解消仮に参加人とAとの間に一時的に内縁関係が存在したことがあつたとしても、以下のとおり、右関係はAの死亡当時既に消滅していた。 (1)Aは、昭和四六年 する。 (三)参加人とAとの間の内縁関係の解消仮に参加人とAとの間に一時的に内縁関係が存在したことがあつたとしても、以下のとおり、右関係はAの死亡当時既に消滅していた。 (1)Aは、昭和四六年一月一八日東京家庭裁判所家事審判部家事相談室に参加人との内縁関係の解消の相談に赴く等、その頃参加人との内縁関係を解消する決意を固めその方策を模索していた。 (2)同年二月二三日頃、Aが、小切手を盗まれて参加人を疑つていたところ、被害届を提出した先の東調布警察署の警察官から換金された当該小切手のコピーを見せられ、その裏書が参加人の署名であることを知り、被害届を取り下げるという事件があつた。 その結果、参加人とAとの関係は破綻するに至り、参加人は、これに気付き、同年三月頃Aに対し別離の意思を表明するメモ書き(甲第五三号証)を渡し訣別の宣言をした。 - 3 -(3)昭和四六年三月頃から参加人はAに復讐心を燃やし始め、子供のCを連れてAの勤務先である東京工業大学に押しかけ、参加人とAとの関係を暴き、Cの認知を要求するという行動に出た。 Aは、大学助教授という肩書に異常な程執着し、名声、体面に病的にこだわる性格であつた。そのため参加人の右行動を死ぬまで許せなかつた。また、Aが教授になれずに終わつたことの責任の一部は参加人の右行動にあると信じ込み、いよいよ参加人との関係の解消に専念するという結果となつた。 (4)右のような経過によつてAとの内縁関係が切れる状況に至つた参加人は、せめてCの認知と母子の生活費を確保すべく、昭和四七年二月頃大和マンシヨンを訪れてAと原告の居宅の隣室のD宅に入り込み、大きな声で怒鳴り、暴れ、そのため同人が警察に通報し、パトカーが出動するという事件を引き起こした。 その後、大崎警察署の防犯課家事相談係のE、Fが参加人とAとの間に入り 告の居宅の隣室のD宅に入り込み、大きな声で怒鳴り、暴れ、そのため同人が警察に通報し、パトカーが出動するという事件を引き起こした。 その後、大崎警察署の防犯課家事相談係のE、Fが参加人とAとの間に入り、話合いの仲介をし才捐係を優先して保護することには合理性がある。しかし、内縁関係が重複する場合に先行する内縁関係上の配偶者が優先的に保護される理由はない。したがつて、いずれを優先すべきかは、国家公務員等及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的からして内縁関係の実体如何により決定すべきであり、それがまた強制的に掛け金を出捐させられた当該組合員の意思にも合致する。仮に双方の内縁関係の密度が同一であるときには、法四三条、四四条の趣旨からして双方に等分して共済給付を行うべきである。 したがつて、仮にAの死亡時まで参加人とAとの内縁関係が継続していたとしても、その関係は原告とAとの関係に比べ甚しく希薄なものであつたから、原告の方が内縁の妻として右受給資格を有する。 本件決定の遺法性原告は、右のとおり、Aの内縁の妻として法八八条一項に規定する遺族共済年金の受給資格者である遺族に該当するから、原告の遺族共済年金の請求を却下した本件決定は違法である。 よつて、本件決定の取消しを求める。 二請求原因に対する認否〔被告〕 請求原因1、2の事実を認める。 (一)同3(一)の事実を認める。 (二)同3(二)について(1)(1)の事実は不知。 (2)(2)のうち、原告とAとが内縁関係にあつたことを否認し、その余の事実は不知。 (3)(3)のうち、原告とAとが住民票上昭和四五年九月頃から同一世帯として記載されていること及び原告がAの未届けの妻として記載され、後に同居人と訂正されたことを認める。その余の事実は不知。 (4)(4 (3)のうち、原告とAとが住民票上昭和四五年九月頃から同一世帯として記載されていること及び原告がAの未届けの妻として記載され、後に同居人と訂正されたことを認める。その余の事実は不知。 (4)(4)のうち、Aが昭和四八年一〇月紫綬褒章を受賞したことを認めるが、その余の事実は不知。 - 4 -(5)(5)の事実は不知。 (6)(6)の事実は不知。 (7)(7)前段の主張を争う。後段の事実は不知。 (三)同3(三)のうち、Aと参加人との内縁関係が解消したことを否認し、その余の事実は不知。 (四)(四)の主張を争う。 同4の主張を争う。 〔参加人〕 請求原因1、2の事実を認める。 (一)同3(一)の事実を認める。 (二)同3(二)について(1)(1)の事実は不知。 (2)(2)前段のうち、原告とAとが夫婦となる誓いを交わしたことを否認し、その余の事実は不知。同後段の事実を否認する。 Aが昭和四六年頃から火曜日と金曜日に原告方に外泊していた事実はあるが、原告と同居していた事実はない。 (3)(3)前段のうち、原告とAとが昭和四五年九月頃から住民票上同一世帯員となつていること及び原告の住民票上の続柄欄の記載が一時Aの未届けの妻として記載され、後に同居人と訂正されたことを認めるが、その余の事実を否認する。後段のうち、Aが大和マンシヨンを自宅として表示していたことを否認し、その余の事実は不知。 右住民票の記載は、原告が、Aに住民登録の移動を働きかけ、事務手続にうとい同人に代わつて右手続を行つたため右のようになつたものである。 Aは、昭和五一年春の定年退官後、雪谷のマンシヨンを自宅と呼び、大和マンシヨンを渡辺研究所の事務所所在地と称していた。 (4)(4)前段のうち、Aが昭和四八年一〇月紫綬褒章を受けたことは認め、その伝達式にA 五一年春の定年退官後、雪谷のマンシヨンを自宅と呼び、大和マンシヨンを渡辺研究所の事務所所在地と称していた。 (4)(4)前段のうち、Aが昭和四八年一〇月紫綬褒章を受けたことは認め、その伝達式にAが原告を妻として届け出、同伴したことを否認し、その余の事実は不知。中段及び後段の事実を否認する。 Aが原告を同伴した事実があつたとすれば、原告により右受賞については原告の尽力によるところが大であつたものと騙され、その労にこたえるため同伴してほしいと要求され、これに応じたものである。 (5)(5)のうち、Aが糖尿病の持病を有していたことを認め、原告がAの健康のため献身的に尽くしていたことを否認する。その余の事実は不知。 (6)(6)のうち、Aが糖尿病の悪化等により昭和五五年一〇月東邦医大病院に入院、。 したこと昭和五七年四月北品川病院に入院したこと及び同病院で死亡したことを認める原告がAの葬儀等を行つたことは不知。その余の事実を否認する。 Aは、東邦医大病院を退院後、参加人のもとで療養していた。Aは昭和五七年四月六日、原告方で倒れ、救急車で北品川総合病院に入院したが、入院後、肝性昏睡ないし意識混濁の状態を繰り返していた。原告はこれを奇貨とし、病院に対して妻と名乗り、参加人等の関係者に右入院の事実を隠ぺいし、Aを隔離状態にしていたものである。 - 5 -、、、、原告はAの死亡を肉親にも知らせず同居の親族と偽つて即日同人の死亡届を提出し独断で遺体を火葬に付したものであり、そのため、肉親の誰一人としてAとの最後の別れすらできなかつた。仮に、原告がAの葬儀等を行つたとしても、遺族の知らない間に原告が勝手に行つたものにすぎない。 (7)(7)の事実を否認し、主張を争う。 (三)同3(三(1)ないし(5)の事実を否認する。 )なお、Aに対し別離 儀等を行つたとしても、遺族の知らない間に原告が勝手に行つたものにすぎない。 (7)(7)の事実を否認し、主張を争う。 (三)同3(三(1)ないし(5)の事実を否認する。 )なお、Aに対し別離の意思を表明するかのような参加人作成の書面が存在するが、これは、参加人が、昭和四六年二月下旬頃、原告の存在を初めて知り、衝撃のあまり手紙形式に託した書面をしたためて机の上に置いていたものをAに見つかり、取り上げられたものである。 このとき参加人はAから説得され、以後も結婚生活を継続することを約束してその場は収まつた。 (四)(四)の主張を争う。 同4の主張を争う。 三被告及び参加人の主張 内縁関係重複時における配偶者の決定基準法二条一項二号イにいう「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある」とは、社会通念上、夫婦としての共同生活と認められる事実関係を成立させようとする合意が当事者間にあり、かつ、その事実関係が存在するいわゆる内縁関係にある場合をいうものであり、内縁関係が重複して存在している場合には、先行する内縁関係がその実体を失つていない限り先行する内縁関係にある者が、組合員の配偶者として共済給付を受けることができるものと解するべきである(昭和三八年九月二八日付け「国家公務員共済組合法にいう配偶者の意義について」と題する法制局意見。 。) 参加人は、昭和三八年一二月東京都目黒区<地名略>所在の目黒コーポ三〇一号室において、Aと同居生活に入り、同人との間にC(昭和四一年三月一〇日生)をもうけ、昭和四二年八月東京都大田区<地名略>所在の雪谷ハイム五一一号に転居した後も、Aの死亡時まで同人との同居生活を継続し、右の間内縁関係にあつた。Aは、脳軟化症に罹患し、、ていた同人の母Gを目黒コーポに住まわせ同人が昭和三九年八月二二日 在の雪谷ハイム五一一号に転居した後も、Aの死亡時まで同人との同居生活を継続し、右の間内縁関係にあつた。Aは、脳軟化症に罹患し、、ていた同人の母Gを目黒コーポに住まわせ同人が昭和三九年八月二二日に死亡するまでその身の回りの世話を参加人にさせていた。参加人は、Aと同居を始めた後は、職に就かず、同人の収入に依存して生計を維持していた。 したがつて、仮に原告主張のとおり原告が昭和四一年頃からAと内縁関係にあつたとしても、Aについて右内縁関係に先行する参加人に係る内縁関係が存在する以上、先行する内縁関係にある参加人を以てAの配偶者と解すべきであるから、原告をAの配偶者として認めることはできない。 よつて、本件処分は適法である。 四被告及び参加人の主張に対する認否 同1の主張は争う。 同2の事実のうち、Cが出生したことは不知、その余は否認する。 Aは、昭和三八年一二月頃から妻Bとの関係が悪化したこともあり、時には参加人のもとを訪れ- 6 -ていたであろうが、同居関係となつたことはない。 Aと参加人との間には婚姻意思も共同生活の実体もなく、二人の関係は単なる男女の交際関係であつた。 同3の主張は争う。 第三証拠(省略)一請求原因1、2及び3(一)の各事実は、当事者間に争いがない。 二内縁関係が重複した場合における配偶者の決定基準について法は、届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を配偶者として取り扱い(法二条一項二号イ、遺族年金の受給資格を認めているところ、右にいう事実上婚姻)関係と同様の事情にある者とは、社会通念上夫婦の共同生活と認められる事実関係及びこのような関係を成立させようとする当事者間の合意が存在するいわゆる内縁関係が存在する場合の内縁関係上の当事者をいうものと解すべきである。 法が内縁関係上の当 上夫婦の共同生活と認められる事実関係及びこのような関係を成立させようとする当事者間の合意が存在するいわゆる内縁関係が存在する場合の内縁関係上の当事者をいうものと解すべきである。 法が内縁関係上の当事者に対してこのような取扱いを規定しているのは、内縁関係が実質的に婚姻関係に準ずる社会的実体を有するものであるからにほかならないから、一旦内縁関係が成立した以上、これを尊重すべきことは婚姻関係の場合と同様であつて、内縁関係にある被保険者が他の者と重ねて内縁関係に入つた場合でも、内縁関係上の当事者について右のような取扱いを規定した法の趣旨及び社会一般の倫理感からいつて、婚姻関係にある被保険者について同様の事情が生じた場合に準じ、先行する内縁関係がその実体を失つていない限り先行する内縁関係を尊重して、同関係上の当事者をもつて法に規定する配偶者とみるのが相当というべきである。右解釈に反する原告の主張は、採用することができない。 三Aと参加人との内縁関係について 内縁関係の成立弁論の全趣旨により成立を認めることができる乙第五号証の一ないし五、弁論の全趣旨により原本の存在、成立ともに認めることができる乙第七号証の二、三、四、六、七及び一七、弁論の全趣旨により参加人、A及びCを撮影した写真と認めることができる乙第六号証の五、六、参加人本人尋問の結果(第一回)により成立を認めることができる丙第三二号証及び第三五号証並びに証人H、同I及び参加人(第一回)の各供述を総合すれば、参加人とAとは、昭和三八年暮れに東京都目黒区<地名略>所在の目黒コーポ三〇一号室において同居を開始し、、、以後昭和四二年八月には東京都大田区<地名略>所在の雪谷ハイム五一一号室に転居し右各住居において同棲関係にあつたこと、二人の間にC(昭和四一年三月一〇日生)をもうけていること 同居を開始し、、、以後昭和四二年八月には東京都大田区<地名略>所在の雪谷ハイム五一一号室に転居し右各住居において同棲関係にあつたこと、二人の間にC(昭和四一年三月一〇日生)をもうけていること、Aは、目黒コーポ二一一号室を購入して同所に脳軟化症に罹患していた母のGを住まわせ、同人が昭和三九年八月二二日に死亡するまでその身の回りの世話を参加人にさせていたこと、参加人とAは隣人や参加人の友人から夫婦とみられていたこと、Aが名刺に雪谷ハイム五一一号室を住所として表示し、参加人及びAの関係者が目黒コーポ三〇一号室及び雪谷ハイム五一一号室を住所としてA宛の年賀状等の郵便物を発送していたこと、以上の事実が認められるところ、これらの事実からすれば、参加人とAとの間には、目黒コーポに居住を開始した時点で、内縁関係が成立していたものと認めることが- 7 -できる。 、、()なお原告はAがCを自分の子として認めていなかつたと述べる第一回原告本人尋問が、右供述はにわかに信用することができない。また、証人Jは、目黒コーポの参加人方にクリーニングの用聞きに出入りしていたが、男物の衣類のクリーニングの注文を受けた、、。 事実はないと証言するが右証言が事実であつたとしても前記認定を覆すには足りないさらに、成立に争いがない甲第一号証、原本の存在、成立ともに争いがない甲第三号証によれば、Aが目黒コーポ及び雪谷ハイムに住民登録を行つていないことが、成立に争いがない甲第四五号証によれば、AがCを認知したのは出生後約六年を経過した昭和四七年二月三日になつてからであることがそれぞれ認められるが、右各事実も前記認定を覆すには足りず、その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。 内縁関係の解消の有無(一)請求原因3(三)の各事実について(1)同(1)の事実につ とがそれぞれ認められるが、右各事実も前記認定を覆すには足りず、その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。 内縁関係の解消の有無(一)請求原因3(三)の各事実について(1)同(1)の事実について、原告は、Aが家庭裁判所に参加人との関係を解消するため相談に行つたことがあり、甲第三〇号証の一、二はその際の書類であつて、甲第三〇号証の一の申立てのしおりの「婚姻外関係解消」という文字は家庭裁判所の係官が記入したものとAから聞いており、甲第三〇号証の二も係官が記入したものと思うと述べる(第一回原告本人尋問。しかし、他方で、Aが婚姻外関係解消ということは、)戸籍上何もないからということで受け付けられないと笑われたと言つて帰つてきたと述べており(同本人尋問、受け付けられない事件について、係官が申立てのしおりに参考事)項を記入したり、甲第三〇号証の二に記載してあるような申立てに必要な書類を教示したりすることはあり得ないことであるから、右各供述は相互に矛盾する。したがつて、原告の右各供述をにわかに信用することはできない。 そのほか、甲第三〇号証の一の書込み部分及び日付部分がいつ誰によつて記入されたのかを認めるに足りる証拠がないから、右証拠をもつて、右事実を認めるには足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。 (2)同(2)前段の事実について、弁論の全趣旨により原本の存在、成立ともに認めることができる甲第五二号証、第五三号証(四枚目を除く。以下、同じ、参加人本人。)尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨からすれば、昭和四六年二月二〇日頃、Aが、小切手を紛失して一時は参加人が盗取したものと疑い、参加人の疑いが晴れると戸籍上の妻Bを疑つた事実があつたことがうかがわれるものの、その余の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。 原告は、 切手を紛失して一時は参加人が盗取したものと疑い、参加人の疑いが晴れると戸籍上の妻Bを疑つた事実があつたことがうかがわれるものの、その余の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。 原告は、Aが当該小切手のコピーを見せられ、被害届を黙つて取り下げたこと、右小切手の裏書について参加人の字だと思うと言つていたと述べる(第二回原告本人尋問)が、右供述はにわかに信用することができない。 同後段の事実について、参加人は、前掲甲第五三号証は、右小切手に係る事件の約一年後の昭和四七年になつてから作成したもので、Aに示す目的で作成したものではない旨を述べる(第二回参加人本人尋問)が、右書面の内容からして、参加人が作成当時Aに対し原告との関係に関して強い不満を抱いていたことが明らかであり、また、参加人本人尋問の- 8 -結果(第二回)によれば、参加人は右作成当時、Aと離別しようかと思つていたことが認められ、右各事実は、参加人とAとの内縁関係がその後解消したのではないかと疑わせる事実ということができる。 (3)同(3)の事実について、原告は、Aの研究室の助手や秘書、さらにAの友人から、女性関係が原因でAが大学を追放されるというようなことを何回か聞いており、参加人が子供を連れて大学の事務局に行き、Aの子供であると述べたため、事務局から電話で教官として身を慎むようにとの注意を受けたことがあり、Aが教授になれなかつたのは、右のようなことがあつたからであると同人の友人から聞いていると述べ()。 、。 、る第一回原告本人尋問しかし右供述はにわかに信用することができないその他右事実を認めるに足りる証拠はない。 (4)同(4)の事実について、証人Fの証言によれば、昭和四七年二月頃、参加人がCを連れて大和マンシヨンに押しかけ、原告の居宅の隣室のD宅に とができないその他右事実を認めるに足りる証拠はない。 (4)同(4)の事実について、証人Fの証言によれば、昭和四七年二月頃、参加人がCを連れて大和マンシヨンに押しかけ、原告の居宅の隣室のD宅に入り込み、警察に通報されるという事件を起こしたこと、大崎警察署は右事件を防犯係の家事相談として取り扱い、A及び参加人を呼び出して二、三回話合いの場を設けたこと、その場で、参加人が、Aが約束を守らない、原告が邪魔ばかりしているとか、自分は大学教授の妻としてはふさわしくない、ただ子供と自分が食べて生活を見てもらえればよい等といつた発言をしたこと、最終的にはAが同警察署の担当者に、参加人に慰謝料を払い別れることにしたとの報告を行つたことが認められる。参加人本人尋問の結果(第一回)中、右認定に反する部分は信用することができない。 したがつて、右報告内容が真実であり、それが実際に履行されたとすれば、参加人とAとの内縁関係はその後解消されたことになるが、右報告内容が真実であつて、実際に履行されたことを証する確たる証拠はない。 (二)原告とAとの関係成立に争いがない甲第一、第二号証、第四号証の一ないし三、第八号証、原本の存在、成立ともに争いがない甲第五号証の一、四、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認めることができる甲第五号証の二、三、弁論の全趣旨により成立を認めることができる甲第二一号証の一ないし五及び甲第二五号証の一ないし三によれば、Aは、昭和四五年八月二九日大和マンシヨンの原告方に住民登録上の住所を移し、昭和四八年頃以降は、国民健康保険、退職年金、大学や新技術開発事業団等の仕事先との関係上も、原告方を住所として届け出、友人、関係者に同所を住所として表示していること、昭和四八年度の紫綬褒章を受賞した際にも同所を住所として届け出ていることが認められる 新技術開発事業団等の仕事先との関係上も、原告方を住所として届け出、友人、関係者に同所を住所として表示していること、昭和四八年度の紫綬褒章を受賞した際にも同所を住所として届け出ていることが認められる。 また、右甲第八号証及び弁論の全趣旨により原告主張の趣旨の写真と認めることができる甲第四七号証の八、一一、一四ないし二四によれば、Aが右紫綬褒章の伝達式、仕事関係の会合及び旅行、大学の教え子による祝賀会等公式の席に原告を妻として同伴したことがあること、前掲甲第二一号証の一ないし五、原告本人尋問(第一回)′の結果により原告主張の趣旨の写真と認めることができる甲第二八号証、証人Kの証言及び原告本人尋問(第一回)の結果によれば、Aは原告をAの友人や仕事上の関係者等に妻として紹介し、原告は、Aの友人や仕事上の関係者等から同人の妻と思われていたことが認められる。 これらの事実からすれば、原告とAとの間に内縁関係が成立するに至つていたことがうか- 9 -がわれる。 なお、参加人は、Aが原告方に外泊していたのは、当初は概ね金曜日のみ、後に概ね火曜日と金曜日のみであつた旨を述べる(第一、二回参加人本人尋問)が、右事実に照らし、にわかに信用することができない。 (三)出入控(甲第一三号証)等について原告は、Aが専ら大和マンシヨンにおいて生活していた事実の証拠として、同マンシヨン警備員記帳に係る昭和五六年二月一〇日ないし四月九日の間の同マンシヨン住人の出入控の写し(甲第一三号証)を提出する。 、、「」「」しかし右証拠を検討すると二月一二日一〇時一〇分の先生と記載されている先(「」。)「」の文字の下に他の文字の一部分例えば夫という文字の足の部分ともみられる八字形の二つの点の記載があること、同日一三時三〇分の「夫婦」と記載されてい 先生と記載されている先(「」。)「」の文字の下に他の文字の一部分例えば夫という文字の足の部分ともみられる八字形の二つの点の記載があること、同日一三時三〇分の「夫婦」と記載されている「婦」の文字の筆跡が、同日一一時及び二三時一五分の同文字の筆跡と異なつていること、二月一四日一四時及び一七時の「夫婦」と記載されている「婦」の文字の筆跡が、同日九時三〇分及び二一時一〇分の同文字の筆跡と異なつていること、三月八日一四時一五分の「夫婦」と記載されている「婦」の文字の女偏の筆跡が、前後に記載されている文字の女偏の、(「」。)筆跡と異なるうえ右文字の下に他の文字の一部分例えば人という文字の足の部分「」、「」ともみられる八字形の二つの点の記載があること三月一一日一五時〇五分の先生と記載されている「生」の文字の筆跡が、同日二〇時三〇分の「生駒」と記載されている「」、「」(「」生の文字の筆跡と異なるうえ右先の文字の下に他の文字の一部分例えば夫という文字の足の部分)ともみられる「八」字形の二つの点の記載があること等、Aが。 出入したことを表示する「先生」ないし「夫婦」の記載の筆跡等に疑義があるから、右証拠が原本を正確に複写したものであると認めることはできない。したがつて、右証拠を採用することはできない。 また、証人Lは、同人が大和マンシヨンの警備員となつた昭和五五年以降、Aは毎日のように朝六時少しすぎに新聞を持つて一階のロビーで朝刊を読んでいたから、外泊をした事実はないと思う旨の証言をし、原告も昭和四一年からAと同居し、それ以来、Aが外泊をしたことはあまりないと述べている(第一回原告本人尋問。しかし、同証人は、その証)言によれば、Aの全財産を原告に遺贈する旨の危急時遺言の遺言書に署名 昭和四一年からAと同居し、それ以来、Aが外泊をしたことはあまりないと述べている(第一回原告本人尋問。しかし、同証人は、その証)言によれば、Aの全財産を原告に遺贈する旨の危急時遺言の遺言書に署名していることが認められるから、本件につき客観的な立場にある者とはいえず、右証言をにわかに信用することはできない。また、原告の右供述も信用することができない。 そのほか、昭和五五年以降、Aがほとんど毎日原告方に起居していたことを認めるに足りる証拠はない。 (四)昭和四七年以降の参加人とAとの関係参加人はAが死亡直前まで雪谷ハイムにおいて参加人と同居していたと述べており(第一回参加人本人尋問)前記乙第五号証の一、三ないし五及び丙第五三号証によれば、雪谷ハイムの管理人及び居住者らが昭和五七年四月頃までAが参加人方に居住していたと申し立てていることが認められる。また、丙第一号証ないし第三号証の家計簿上、昭和五五年ないし五七年当時、Aが主に雪谷ハイムの参加人方において生活していたことを示すA(同- 10 -証拠上「W」と表示されている)の行動に関する記録が記載されている。 、。 さらに、弁論の全趣旨により成立を認めることができる丙第二七号証ないし第二九号証の各一ないし三によれば、C(昭和四一年三月一〇日生)が小学校一年生当時の作文で、参加人が長電話をしていつもA(Cが「おとうさん」としているのは、Aのことを指すものと推認することができる)に叱られること、同三年生当時の作文で、両親(右同)とト。 ランブをして遊ぶこと、同四年生当時の作文で、A(右同)と正月に連日凧あげをしたことをそれぞれ書いていること、前記乙第七号証の一七によれば、昭和五三年版の東雪自治会会員名簿にAの氏名が記載されていること、弁論の全趣旨により成立を認めることができる丙第三三号証及 日凧あげをしたことをそれぞれ書いていること、前記乙第七号証の一七によれば、昭和五三年版の東雪自治会会員名簿にAの氏名が記載されていること、弁論の全趣旨により成立を認めることができる丙第三三号証及び第三四号証並びに参加人本人尋問の結果(第一回)によれば、Aは昭和四七年八月に仕事でマレーシア方面に赴いた際東京空港からC宛に「お父さん、は一〇日ばかり南の国へ行きます。おとなしくまつてください」といつた文面の葉書を。 出していること及びクアラルンプールから参加人宛に「クアラルンプールで忙しく仕事をしている。M先生も協力してくれています。仕事が終わつたらシンガポールを回ります」。 といつた文面の葉書を出していること、証人H、同I及び参加人(第一回)の各供述によれば、雪谷ハイムの参加人方には、Aの寝室を兼ねた書斎があり、同人は、昭和四七年以降も同所の書棚に相当数の書籍を置き、同書棚の上に母親の遺骨を置いていたこと、参加人本人尋問の結果(第一回)によれば、Aは、死亡当時、同人名義の株式を参加人に保管さ、、せていたこと弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認めることができる乙第八号証()、参加人本人尋問の結果第二回により成立を認めることができる丙第一ないし第三号証成立に争いがない丙第四号証及び参加人本人尋問の結果(第二回)を総合すれば、Aは、昭和四七年以降も参加人に生活費を渡し続け、昭和五七年当時、Aが参加人名義で愛工電化株式会社に賃貸したA所有の不動産の賃料月額二〇万円を参加人の普通預金口座に振り込ませていたほかに、毎月現金で二〇万円を渡していたことがそれぞれ認められる。 これらの各事実からすれば、昭和四七年以降も、Aが雪谷ハイムにも居住し、参加人、Cと家族としての生活を送つていたことを推認することができ、前記各供述、申し立て及び家計 いたことがそれぞれ認められる。 これらの各事実からすれば、昭和四七年以降も、Aが雪谷ハイムにも居住し、参加人、Cと家族としての生活を送つていたことを推認することができ、前記各供述、申し立て及び家計簿の記載内容は信用するに足りるものということができる。 したがつて、前記(一(2(4)のとおり、昭和四七年頃参加人とAとの内縁関係が))、解消したのではないかと疑わせる事実が存在し、さらに、前記(二)のとおり、原告とAとの間に内縁関係が成立していたことがうかがわれるものの、結局、参加人とAとの内縁関係は同人の死亡当時まで、その実体を失つていなかつたと認めることができるものというべきである。 四以上のとおり、原告とAとの間の内縁関係に先行して、参加人とAとの間の内縁関係が存在し、同関係はAの死亡当時においてその実体を失つていなかつたものであるから、先行する内縁関係上の当事者である参加人が法二条一項二号に規定する配偶者に該当するというべきであつて、原告を右配偶者と認めることはできないものといわなければならない。 - 11 -したがつて、本件処分は適法である。 五よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (裁判官宍戸達徳北澤晶中山顕裕)

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