H14.4.23 高松高等裁判所平成11年(う)第257号業務上過失傷害,道路交通法違反被告事件原審:H11.11.5 徳島地方裁判所平成10年(わ)第379号業務上過失傷害,道路交通法違反被告事件 主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役6月に処する。 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。 原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は,検察官小野公夫作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,弁護人津川博昭作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。 なお,以下の説明に際しては,原審及び当審の各証拠等関係カードの記載中,原審及び当審検察官請求証拠の各番号を「原審検1」,「当審検1」などと,当審弁護人請求証拠の番号を「当審弁1」などと略称するものとする。 第1 控訴趣意中,事実誤認の主張について論旨は,要するに,原判決は,起訴状記載の公訴事実第2の道路交通法違反の事実(救護義務違反及び報告義務違反,以下「本件道路交通法違反」ともいう。)について,犯罪の証明がないとして被告人を無罪としたが,原審は,証拠の評価を誤り,不合理な推論をした結果,事実を誤認して無罪の判決を言い渡したものであって,その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れない,というのである。 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。 1 原判決が無罪とした本件道路交通法違反の要旨は,被告人が,平成10年10月28日午前零時47分ころ,徳島市a1丁目b番地先の歩道上において,被告人運転の普通乗用自動車(以下「被告人車両」ともいう。)をA(その後「・」と改姓。)運転の自転車(以下「被害自転車」ともいう。)に衝突させて,同人に傷害を負わせる交通事故(以下「本件事故」とも 被告人運転の普通乗用自動車(以下「被告人車両」ともいう。)をA(その後「・」と改姓。)運転の自転車(以下「被害自転車」ともいう。)に衝突させて,同人に傷害を負わせる交通事故(以下「本件事故」ともいう。)を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等必要な措置を講じず,かつ,その交通事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった,というものである。 原判決は,(1)被告人が,原審第2回公判期日以降で供述するとおり,本件事故現場で「コツ」という音を聞いて何かに乗り上げたような衝撃を感じたとしても,本件事故現場の状況,本件事故の態様,被害自転車及び被告人車両の各損傷状況等並びに本件事故の目撃者らの供述状況等から推測し得る本件事故発生時の衝撃の程度に照らすと,そのことをもって直ちに,被告人が当時未必的にでも本件事故発生の事実を認識したとまで推認することはできず,(2)本件事故発生の事実を認識していた旨の被告人の捜査段階及び原審第1回公判期日での各供述は,いずれも信用性に疑いがあり,(3)他に被告人が本件事故発生の事実を認識していたと認めるに足りる証拠もないとして,本件道路交通法違反について無罪の結論に達している。 しかしながら,当審で取り調べた証拠を含む関係証拠によると,被告人は,少なくとも,本件事故発生の事実について未必的な認識を有していたと認めることができるから,論旨は理由があるというべきである。以下,その理由を述べる。 2 本件事故の発生状況等(1) 本件事故現場の状況本件事故現場は,南北に通じる国道438号線(以下,単に「国道」ともいい,そのうちの車道部分を,以下「車道」ともいう。)西側の,自転車の通行も許された幅員5.3メートルの歩道(以下「歩道」ともいう。)上である。 この歩道 通じる国道438号線(以下,単に「国道」ともいい,そのうちの車道部分を,以下「車道」ともいう。)西側の,自転車の通行も許された幅員5.3メートルの歩道(以下「歩道」ともいう。)上である。 この歩道は,直線,平坦,全面インターロッキング仕様であり,表面は凹凸だが,タイヤトレッド部が通行する凸部分は平滑である。歩道西側にはこれに接して出入口の間口が3.8メートルの月極駐車場(以下「駐車場」ともいう。)がある。 駐車場東側付近の歩道と車道とが接する部分は,駐車場に出入りする車両等の滑らかな通行が可能となるように,歩道の縁石が切り下げられて歩道面から車道に向かって緩やかな傾斜になっている(実況見分調書〈原審検6〉添付の№8,№10及び№16の各写真参照)。 (2) 本件事故の態様及び争点本件事故の態様のうち,次のアないしウの各点は争いのないところであり,関係証拠上も明らかである。 ア被告人は,被告人車両を運転し,駐車場から歩道を経て車道に左折進入するに当たり,国道右方(南方)の信号表示や同方向からの進行車両の有無等に気を取られ,歩道上左方(北方)の自転車等の通行やその安全を確認しないで時速約10キロメートルで歩道に進出したところ,折から,歩道上を被告人車両の左方(北方)から右方(南方)に向かい進行してきたA運転の被害自転車前輪に被告人車両左側面部を衝突させた。 イ被害自転車は,左側面を下にして転倒し,その後,被告人車両左側車輪が被害自転車前輪を轢過した。 ウ被害自転車の転倒に伴ってAも歩道上に投げ出され,全治約6週間を要する右橈骨遠位端骨折,頭・胸部打撲,顔面・両膝擦過傷の傷害を負った。 しかしながら,アのうち,被害自転車は被告人車両左側面部のどの部分に衝突したのか,イのうち,被告人車両は,その左側車輪で被害自転車前輪のどの部分を轢過 ・胸部打撲,顔面・両膝擦過傷の傷害を負った。 しかしながら,アのうち,被害自転車は被告人車両左側面部のどの部分に衝突したのか,イのうち,被告人車両は,その左側車輪で被害自転車前輪のどの部分を轢過したかなどについては当事者間に争いがある。そこで,以下この各点について,それに関連する事項をも含めて検討を加える。 (3) 被害自転車は被告人車両左側面部のどの部分に衝突したかについてア結論として,関係証拠を総合すると,被害自転車はその前輪先端部付近が被告人車両前部バンパー左側に衝突したものと推認することができる。 関係証拠によると,(ア)被告人車両左前輪ホイール(正確にはホイールキャップ。以下,単に「ホイール」という。)中央部から採取した黒色合成樹脂片は,被害自転車前かご皮膜の樹脂片と同種のものであること,(イ)被害自転車前かご右側面部から採取した微細な銀色金属片は,アルミニウムを主成分とする金属片であって,被告人車両左前輪ホイールの金属部のものと同種のものであること(なお,鑑定の際には,被告人車両左後輪を鑑定資料として用いているが,被告人車両の左前後輪の各ホイールは,その形状等のほか,ホイール中央部に「EXIV」との記載がある点でも同一であるから,同種のものとみられ,したがって,両ホイールの金属部の材質も同種のものであると推認し得る。)が認められ,これらによると,被告人車両左前輪ホイール中央部と被害自転車前かご右側面部とが接触したものと推認し得る。このことに加えて,(ウ)被告人車両のホイールの地上高は約12.0センチメートルから約47.5センチメートルであるのに対し,被害自転車前かご右側面部の地上高は約70センチメートルであるから,両車が通常走行中に衝突した場合に,被告人車両左前輪ホイール中央部と被害自転車前かご右側面部とが接触すること メートルであるのに対し,被害自転車前かご右側面部の地上高は約70センチメートルであるから,両車が通常走行中に衝突した場合に,被告人車両左前輪ホイール中央部と被害自転車前かご右側面部とが接触することはあり得ず,また,(エ)前かごの位置等の被害自転車の構造に照らすと,同自転車が左側へ転倒する途中に同自転車前かご右側面部が被告人車両左前輪ホイール中央部に接触することはまずないと考えられることなどをも併せ考慮すると,前記のような接触が起こったのは,被害自転車が左側面を下にして倒れた状態になってからであると推認するのが相当である(なお,この結論は,被告人車両及び被害自転車とそれぞれ同型の車両を用いての再現実験の結果によっても裏付けられている。)。そして,この事実に,B作成の鑑定書(当審検2。 なお,同人作成の鑑定補充書〈当審検19〉及び同人の当審での証言をも併せて,以下「B鑑定」ともいう。)等によって認められる次の事実,すなわち,被害自転車は被告人車両と衝突したことにより推進力を失って衝突地点付近(本件の場合はその左側)に転倒するから被害自転車が前記のように時速約10キロメートルで前進する被告人車両を追い越すことはあり得ないことを考え併せると,被害自転車が衝突したのは被告人車両左前輪ホイール中央部よりも前方であったと推測される。 そこで,被告人車両左側面部の左前輪ホイール中央部よりも更に前の部分をみてみると,被告人車両前部バンパー左側には,車両先端から車両後方に向け22.0センチメートルから50.0センチメートル,地上高31.0センチメートルから54.0センチメートルの位置に擦過痕跡があって,車輪の大きさが26インチ(タイヤの外周を含んだ直径約66センチメートル)とみられる被害自転車前輪(その先端部の地上高は約33センチメートル)がこの部分に .0センチメートルの位置に擦過痕跡があって,車輪の大きさが26インチ(タイヤの外周を含んだ直径約66センチメートル)とみられる被害自転車前輪(その先端部の地上高は約33センチメートル)がこの部分に衝突したと考えても特段の不合理はなく,結局,被害自転車はこの被告人車両前部バンパー左側に衝突したものと推認し得る。 このことは,Aが,本件事故の記憶が最も鮮明であったとみられる本件事故当日の事情聴取に際し,被害自転車は被告人車両の左前部付近に衝突した旨供述していること(同人の警察官調書〈原審検11〉参照)によっても裏付けられている。 イこれに対し,原判決は,被害自転車は被告人車両左前ドアと左後ろドアとの境付近に衝突した旨認定し,当審弁護人も,C作成の鑑定書(当審弁2)及び同人の当審での証言(以下,両者を併せて「C鑑定」ともいう。)等に依拠して,これを正しいと主張している。 そこで検討するに,関係証拠によると,被告人車両左前ドアから左後ろドアにかけて,車両先端から車両後方に向け225.0センチメートルから248.0センチメートル,地上高41.0センチメートルから51.0センチメートルの位置に払拭痕跡があり,そのうちの車両先端から車両後方に向け235.0センチメートルから238.0センチメートル,地上高44.5センチメートルから47.0センチメートルの位置に0.4センチメートル幅の中に5本ほぼ等間隔で引かれた右斜め上に向かう多数の線上痕跡(以下「線上痕跡」ともいう。)が存することが認められるところ,原判決が「被害者はとっさに左にハンドルを切ったものの,その前輪部が加害自動車の左前ドアと後ドアとの境付近に衝突した。」旨認定したのは,この線上痕跡の形状やその位置,被害自転車前輪の形状やその大きさ(なお,前記のようにその先端部の地上高は約33セン の,その前輪部が加害自動車の左前ドアと後ドアとの境付近に衝突した。」旨認定したのは,この線上痕跡の形状やその位置,被害自転車前輪の形状やその大きさ(なお,前記のようにその先端部の地上高は約33センチメートルである。)等に照らし,この線上痕跡の部分に被害自転車前輪先端部から上端の間のタイヤ右側面ショルダー部が衝突したものとみたからにほかならないと推察される。ところが,関係証拠によると,この被害自転車前輪先端部から上端の間のタイヤ右側面ショルダー部の紋様は右斜め上に向いていることが認められ,これが払拭痕跡となる場合には左右対称となってその紋様は右斜め下に向くことになるから,右斜め上向きの前記線上痕跡は被害自転車前輪先端部から上端の間のタイヤ右側面ショルダー部により印象されたものとは考え難く,その線上痕跡の部分が衝突部位であると推認することは困難である。 また,原判決のように,被害自転車は被告人車両左前ドアと左後ろドアとの境付近に衝突したと考えると,前記のように,その部分より前方にある被告人車両左前輪ホイール中央部と被害自転車前かご右側部とが接触したことを裏付ける明確な痕跡を説明することができない。 したがって,被害自転車は被告人車両左前ドアと左後ろドアとの境付近に衝突した旨の原判決の認定は誤りであるといわざるを得ず,同様に,被害自転車が被告人車両に衝突した場所は被告人車両の左側面中央部付近であったとするC鑑定も採用することができない。 (4) 被告人車両はその左側車輪で被害自転車の前輪のどの部分を轢過したかについてア結論として,関係証拠を総合すると,被告人車両は,その左前輪又は左後輪のいずれかあるいはその双方で,被害自転車前輪軸付近を轢過し,その結果,被害自転車前輪リムに右方へ2センチメートルの曲損を生じさせたものと推認することがで すると,被告人車両は,その左前輪又は左後輪のいずれかあるいはその双方で,被害自転車前輪軸付近を轢過し,その結果,被害自転車前輪リムに右方へ2センチメートルの曲損を生じさせたものと推認することができる。 B鑑定は,被害自転車前輪リムにこうした曲損が生じた原因について,同自転車前輪先端とハンドルグリップあるいはペダルなどが支点となって,その支点の間を被告人車両の車輪が轢過し,曲げモーメントが生じたことにあるとしている。そして,同鑑定は,被告人車両の車輪が支点の1つである被害自転車前輪先端を轢過した場合にはもちろん,同先端部を通過した上前輪中心軸を轢過した場合にも理論的には支点そのものを轢過することになるため,いずれも曲げモーメントは生じず,したがって,前輪リムに曲損が生じることもないとして,結局,被告人車両は,その左前輪又は左後輪のいずれかあるいはその双方で被害自転車前輪軸付近を轢過したと判定している。この結論は,被告人車両及び被害自転車とそれぞれ同型の車両を用いての轢過実験の結果(実況見分調書〈当審検8〉参照)によってもほぼ裏付けられ,相当である。 すなわち,(ア)同型自動車の左前輪又は左後輪の各トレッド外縁が同型自転車前輪リム上に位置するように轢過した場合には,いずれも前輪リムにゆがみは生じず,(イ)各トレッド外縁が同型自転車前輪外周から中心軸に向かって15センチメートルの地点(なお,同型自転車の車輪の大きさは,被害自転車のそれと同一とみられる26インチのものであるから,前輪外周から中心軸までの距離は約33センチメートルになる。)に位置するように轢過した場合には,いずれも前輪リムに右方へ3ミリメートルのゆがみが生じ,(ウ)各トレッド外縁が同型自転車前輪外周から中心軸に向かって25センチメートルの地点に位置するように轢過した場合に るように轢過した場合には,いずれも前輪リムに右方へ3ミリメートルのゆがみが生じ,(ウ)各トレッド外縁が同型自転車前輪外周から中心軸に向かって25センチメートルの地点に位置するように轢過した場合には,左前輪の場合は前輪リムに右方へ2センチメートルの,左後輪の場合は同じく5ミリメートルのゆがみがそれぞれ生じ,(エ)各トレッド中心部が同型自転車前輪中心軸上を轢過する形態の場合には,左前輪の場合は前輪リムに右方へ3ミリメートルのゆがみが生じたが,左後輪の場合は前輪リムにゆがみが生じなかったことが認められ,前記B鑑定の結論とほぼ同様の実験結果が得られている。 イこれに対し,原判決は,被告人車両は被害自転車前輪タイヤを轢過した旨認定しているけれども,前記検討からも明らかなように,そうした態様での轢過で被害自転車前輪リムに右方へ2センチメートルの曲損が生じるとはおよそ考え難いから,この原判決の認定も誤りであるといわざるを得ない。 3 被告人車両と被害自転車が衝突した際の衝突音及び被告人車両が被害自転車を轢過した際の衝撃前記2の(2)ないし(4)で検討した本件事故の態様を前提にして,被告人車両と被害自転車とが衝突した際の衝突音及び被告人車両が被害自転車を轢過した際の衝撃について検討する。 (1) 被告人車両と被害自転車とが衝突した際の衝突音についてア衝突時における被害自転車の速度Aは,本件事故当日の事情聴取に際し,本件事故に遭遇した際には,被害自転車を普通にこいで走っており,時速約15キロメートルで進行していた旨供述し,当審では具体的に時速何キロメートルとは言わないものの,同旨と受け取れる証言をしていることに加えて,(ア)一般自転車(実用車)の常用速度は時速12キロメートルと考えられていること(「平成12年11月版交通事件損害賠償必携 ロメートルとは言わないものの,同旨と受け取れる証言をしていることに加えて,(ア)一般自転車(実用車)の常用速度は時速12キロメートルと考えられていること(「平成12年11月版交通事件損害賠償必携」の抜粋写し〈当審弁4〉参照),(イ)Aが,捜査段階において,被告人車両と衝突した際には体が前のめりになって浮いたという趣旨の供述をしていることをも併せ考えると,被告人車両と衝突した際の被害自転車の速度は,少なくとも時速10キロメートル程度は出ていたものと推認し得る。 イ本件衝突音の大きさところで,被告人車両及び被害自転車とそれぞれ同型の車両を用い,その同型自転車にAの体重に相当するとみられる合計40キログラムの砂袋を装着した上,同自転車前輪部を同型自動車前部バンパー左側に衝突させる実験をした結果(実況見分調書〈当審検8〉参照)によると,時速約10キロメートルで走行する同型自転車前輪部を時速約10キロメートルで走行する同型自動車前部バンパー左側に衝突させた際の衝突音の音量の平均値は82.5デシベル(1回目が84デシベル,2回目が81デシベル。なお,検察官は控訴趣意書中でこの際の音量は98.2デシベルであった旨主張するが,2回目の実験結果を記録した前記実況見分調書添付の別図二で衝突時のものとみられる最初の急激な波形の上昇を確認すると,その際の音量は81デシベル程度であったとみるのが相当であるから,衝突音の音量は平均すると前記のとおり82.5デシベルであったと考えられる。)であったことが認められる。しかも,この実験は,被告人の供述に基づき,同型自動車内で高めと感じる程度の音楽をかけて,同車のエンジン音と合わせて60ないし70デシベルの背景騒音のある環境で実施されており,衝突時にはこれを12.5ないし22.5デシベルも上回る音が発生していたこ 内で高めと感じる程度の音楽をかけて,同車のエンジン音と合わせて60ないし70デシベルの背景騒音のある環境で実施されており,衝突時にはこれを12.5ないし22.5デシベルも上回る音が発生していたことになって,被告人車両内で前記程度の音量の音楽がかかっていたとしても,その衝突音は十分被告人の耳に届く大きさのものであったと推認することができる。 なお,この事実は,これと全く同じ条件下で実験を行った際に同型自動車の運転席後部の座席に乗車していた当審証人Bが,音楽とは関係のない「ドーン」という音が聞こえた旨証言していることによっても明らかである。 (2) 被告人車両が被害自転車を轢過した際の衝撃について被告人車両及び被害自転車とそれぞれ同型の車両等を用い,同型自動車左前輪及び左後輪でそれぞれ同型自転車前輪軸付近(同型自動車の左前後輪の各トレッド外縁が自転車前輪外周から中心軸に向かって25センチメートルに位置する地点)を時速約5ないし10キロメートルで轢過した実験の結果(実況見分調書〈当審検8〉参照)によると,その際の振動は,左前輪で轢過した場合の最大値が0.146G(Gは重力加速度を示す。),左後輪で轢過した場合の最大値が0.159Gであり,これを振動加速度のガル(Gal)に換算すると,1G=980ガルであるから,それぞれ143.08ガル,155.82ガルになることが認められる。そして,関係証拠によると,この振動は震度5(強震)の地震のそれに相当するものであると認められるから,被告人車両がその左前輪又は左後輪のいずれかあるいはその双方で被害自転車前輪軸付近を轢過した際の振動は,いずれの場合も相当に強いものであったと推認し得る。 なお,この事実は,前同様に同型自動車の運転席後部の座席に乗車していた当審証人Bが,浮き上がった状態になってかなり 輪軸付近を轢過した際の振動は,いずれの場合も相当に強いものであったと推認し得る。 なお,この事実は,前同様に同型自動車の運転席後部の座席に乗車していた当審証人Bが,浮き上がった状態になってかなり大きなものを乗り越えた感じがした旨証言していることによっても明らかである。 4 被告人による本件事故の認識の有無について(1) 以上で検討したとおりの本件事故の態様及びその際の衝突音や衝撃の大きさに加えて,(ア)本件事故は深夜の比較的静かな時間帯に発生しており,現に,当時付近を歩いていたD及びEも約20メートル前後離れた地点から「ガチャン」という明瞭な本件事故の衝突音を聞いていること(Dの検察官調書及び警察官調書〈原審検15,16〉,Eの警察官調書〈原審検17〉),(イ)被告人はその衝突音と衝撃とをほとんど間を置かずに体感したとみられること,(ウ)その体感の場所は,深夜であるとはいえ,人や自転車等の通行が予想される歩道上であったこと,(エ)本件事故現場付近の路面の状況や被害自転車の転倒位置等によると,被告人車両の左前輪又は左後輪が被告人の供述するように歩道の縁石等に乗り上げたとはおよそ考えられない上に,歩道上には当時被告人車両にそうした衝突音や衝撃を与えるような障害物はなく,また,常日ごろも存在していなかったのであって,本件当日はもちろん,日ごろから駐車場に出入りしている被告人も当然そうしたことを認識していたものとみられること,(オ)被告人車両は,歩道から左折して車線に進入した後に,いったん減速した上で加速して走り去るという,不審な運転方法(左折開始直前に減速するのならばともかく,左折を終えて車線に出た後にいったん減速するというのは通常の運転方法とはいい難い。)を取ったこと(Dの前記各調書)などをも併せ考えると,被告人は,少なくとも,本件事 始直前に減速するのならばともかく,左折を終えて車線に出た後にいったん減速するというのは通常の運転方法とはいい難い。)を取ったこと(Dの前記各調書)などをも併せ考えると,被告人は,少なくとも,本件事故発生の事実について未必的な認識を有していたものと推認することができる。そして,本件事故発生の事実を認識していた旨の被告人の捜査段階や原審第1回公判期日での各供述は,この限度では,十分信用することができるというべきである。 (2) これに対し,原判決は,前記のように,本件事故発生時の衝撃の程度に照らすと,被告人が未必的にでも本件事故発生の事実を認識したとまで推認するには足りない旨判断しているけれども,原判決は,本件事故の態様,その際の衝突音や衝撃の大きさなど,前提事実の認定を誤っていることが明らかであって,その結論は到底是認し得るものではない。 (3) なお,検察官は,更に進めて,(ア)被害自転車が衝突したのは被告人車両前部バンパー左側であるから,被告人にはA及び被害自転車がその視野に入ったものと認められる上に,(イ)何かをひいたと思って被告人車両後部座席窓越しに歩道上を確認すると,しゃがみ込んだ姿勢でいたAが見えた旨の被告人の捜査段階の供述も十分信用し得るから,被告人は本件事故発生の事実を確定的に認識していたものと認められる旨主張する。 そこで,まず(ア)の点について検討するに,関係証拠によると,本件事故の際,Aは,体をかばおうとした右手を骨折したにとどまらず,顔面や胸部までをも歩道上に打ち付けるほどの勢いで,被害自転車共々歩道上に転倒したものと認められ(ちなみに,Cの当審での証言によると,少し傾いた状態の自転車から手を離すと通常は0.6秒前後で転倒するが,本件事故の場合,被害自転車は左に進行中の被告人車両から左向きの力を与えられることに められ(ちなみに,Cの当審での証言によると,少し傾いた状態の自転車から手を離すと通常は0.6秒前後で転倒するが,本件事故の場合,被害自転車は左に進行中の被告人車両から左向きの力を与えられることになるから,それよりも更に早く倒れることが想定されるという。),このことに,被告人車両と被害自転車とが衝突した際,被告人が国道右方(南方)の信号表示や同方向からの進行車両の有無等の確認に意識を取られていたことをも併せ考慮すると,前記のような衝突音が被告人の耳に届いたとしても,被告人が左方を振り向くまでの間にAや被害自転車が被告人の視野から消えていた可能性も否定し得ない。 次に(イ)の点について検討するに,確かに,Aは,当審での証言中において,「歩道上に転倒した後,そのままの姿勢でいるとまたはねられると思い,すぐに起き上がって座っていた。」旨述べている(なお,捜査段階でも,転倒後間もなく歩道上に座り込んだ旨述べている。)。しかしながら,本件事故を目撃してAに駆け寄ったD及びEは,本件事故当日の取調べに際し,「私は倒れた女性に『大丈夫ですか』と声を掛けたところ『いけます』と答えてゆっくりと起き上がって歩道上にしゃがみ込んだのです。」(Dの警察官調書〈原審検15〉),「私は転倒した人のところに行くと,25歳くらいの女性が自転車と共に転倒しており,女性の右足に自転車が乗りかかった状態でした。」(Eの警察官調書〈原審検16〉)などと,いずれも,Aがしゃがみ込んだ姿勢になったのは衝突後若干時間が経過し,場合によっては被告人車両が走り去った後であるかのような供述をしており,この各供述は事故直後における第三者の一致した供述としてその信用性を直ちに排斥することができない。そうすると,Aは,被告人車両が走り去るまでの間,倒れたままの姿勢でいた可能性も否定し得ず, ており,この各供述は事故直後における第三者の一致した供述としてその信用性を直ちに排斥することができない。そうすると,Aは,被告人車両が走り去るまでの間,倒れたままの姿勢でいた可能性も否定し得ず,被告人車両と同種の車両を用いてのいわゆる死角実験の結果(実況見分調書〈当審検12〉参照)に照らしても,仮に被告人がその供述どおり被告人車両後部座席窓越しに歩道上を確認したところで,転倒したAの姿を確認し得なかった可能性も否定しきれない。したがって,被告人の捜査段階の前記供述を直ちに信用するわけにはいかない。 そして,他に被告人が本件事故発生の事実を確定的に認識していたことを裏付けるに足りる証拠もないから,検察官のこの主張は採用の限りでない。 5 以上で検討したところによると,本件道路交通法違反の事実はこれを優に認めることができ,本件道路交通法違反を無罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるといわなければならない。そして,この本件道路交通法違反の罪は,原判決が認定した業務上過失傷害罪と刑法45条前段の併合罪の関係にあるものとして,1個の刑をもって処断されるべきものであるから,原判決はその全部について破棄を免れない。 第2 破棄自判そこで,量刑不当の論旨に対する判断を省略し,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に次のとおり自判することとする。 (罪となるべき事実)被告人は,第1 平成10年10月28日午前零時47分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,徳島市a1丁目b番地先の路外駐車場から同所東側の南北に通じる道路に左折進行するに当たり,同道路西側には歩道(自転車通行帯)が設置されている上,同駐車場出口は左方の見通しが悪い状態であったから,同歩道に進出する直前で 先の路外駐車場から同所東側の南北に通じる道路に左折進行するに当たり,同道路西側には歩道(自転車通行帯)が設置されている上,同駐車場出口は左方の見通しが悪い状態であったから,同歩道に進出する直前で一時停止して歩道上の自転車等の通行の有無及びその安全を確認して歩道に進出すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,一時停止せず,同歩道上の自転車等の通行の有無及びその安全を確認することなく時速約10キロメートルで同歩道に進出した過失により,折から,同歩道上を北方から南方に向かい進行してきたA(当時27歳)運転の自転車に気付かないまま同自転車前輪部に自車前部バンパー左側を衝突させて,同人を自転車もろとも転倒させ,よって,同人に対し,全治約6週間を要する右橈骨遠位端骨折,頭・胸部打撲,顔面・両膝擦過傷の傷害を負わせた第2 前記第1記載の日時場所において,普通乗用自動車を運転中,同車をA運転自転車に衝突させて,同人に傷害を負わせる交通事故を起こしたかも知れないと認識しながら,あえて,直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その交通事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。 (証拠の標目)判示事実全部について原審第1回公判調書中の被告人の供述部分被告人の検察官調書2通(原審検29,30)及び警察官調書3通(原審検25ないし27)Aの検察官調書(原審検13)及び警察官調書2通(原審検11,12)Dの検察官調書(原審検16)及び警察官調書(原審検15)Eの警察官調書(原審検17)実況見分調書3通(原審検6,14,18)鑑定嘱託書謄本2通(原審検7,9)鑑定結果回答書(鑑定書を含む)2通(原審検8,10)診断書(原審検5)判示第2の事実について当審第 (原審検17)実況見分調書3通(原審検6,14,18)鑑定嘱託書謄本2通(原審検7,9)鑑定結果回答書(鑑定書を含む)2通(原審検8,10)診断書(原審検5)判示第2の事実について当審第6回公判調書中の被告人の供述部分当審第5回公判調書中の証人・の供述部分当審第2回及び第3回公判調書中の証人Bの各供述部分当審第4回公判調書中の証人Fの供述部分鑑定書(当審検2)及び鑑定補充書(当審検19)捜査報告書4通(当審検3,7,9,10)写真撮影報告書3通(当審検4ないし6)実況見分調書2通(当審検8,12)実況見分補充書(当審検20)書籍「新訂・騒音と振動のシステム計測」の抜粋写し(当審検14)新日本法規出版「平成12年11月版交通事故損害賠償必携資料編」抜粋(150頁部分)写し(当審弁4)(法令の適用)被告人の判示第1の所為は,平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段に,判示第2の所為のうち,救護義務違反の点は道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するところ,判示第2の救護義務違反と報告義務違反とは,1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い救護義務違反の罪の刑で処断することとし,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予し,原審における訴訟費用については,刑訴法181条1項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。 (量刑の理由)本件は,業務上過失傷害(判示第1 が確定した日から3年間その刑の執行を猶予し,原審における訴訟費用については,刑訴法181条1項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。 (量刑の理由)本件は,業務上過失傷害(判示第1)及び道路交通法違反(救護義務違反及び報告義務違反,同第2)各1件の事案である。この各犯行の罪質のほか,過失の態様及び生じた結果等,殊に,本件事故の原因となった被告人の過失は,自動車運転者としての基本的な注意義務違反を内容とするものであって大きいといえること,被害者が負った傷害の程度も決して軽くないこと,被告人はこの事故を引き起こしたのに救護義務及び報告義務を果たさずいわゆるひき逃げしたこと,以上を併せ考えると,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任を軽くみることができない。 もっとも,他方で,被告人は,ひき逃げの犯行に及んではいるが,本件事故発生の事実について未必的な認識を有していたにとどまること,被告人が業務上過失傷害の犯行についてはこれを素直に認めて反省の態度を示していること,本件事故について被害者との間で既に示談が成立していること,被告人は子供2名を養育しなければならない立場にあること,被告人はこれまで罰金前科を有するのみであること,その他記録上も肯認し得る被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮すると,被告人に対してはその刑の執行を猶予して社会内で更生する機会を与えるのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年4月23日高松高等裁判所第1部裁判長裁判官正木勝彦 裁判官齋藤正人裁判官浦島高広は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官正木勝彦 裁判官齋藤正人 裁判官浦島高広は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官正木勝彦
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