主文 1 被告は,原告らに対し,それぞれ3488万8229円(合計6977万6458円)及びこれらに対する平成10年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決第1項は,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときには,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告らに対して,各3900万円(合計7800万円)及びこれらに対する平成10年8月23日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言第2 事案の概要本件は,ラトケ嚢胞の摘出手術後死亡した患者の両親が,同患者の死亡の原因は病院側の過失にあったとして,医療契約上の善管注意義務違反(債務不履行)ないしは不法行為に基づいて損害賠償を請求している事案である。 1 争いのない事実(1) 原告Aは,平成10年8月23日に死亡したC(昭和59年5月23日生,死亡当時14歳。以下「C」という。)の父であり,原告BはCの母である。 被告は,K病院を開設し,医療業務を営んでいる。 (2) Cは,中学一年生にしては,身長が低かったため,平成10年3月から,訴外D小児クリニックで成長ホルモンの検査を受けた。その結果,ホルモンの出が少ないということで,4月18日から,成長ホルモンの注射を始めたが,6月に一時中止した。 その後,6月4日に訴外HでMRI検査を受けたところ,嚢腫か脳腫瘍であると言われた。当時,Cには,視野が狭くなってきているという自覚症状は特 モンの注射を始めたが,6月に一時中止した。 その後,6月4日に訴外HでMRI検査を受けたところ,嚢腫か脳腫瘍であると言われた。当時,Cには,視野が狭くなってきているという自覚症状は特になかった。 6月20日にCT検査,7月4日に造影剤を入れてのMRI検査を受け,7月10日,訴外D小児クリニック医師より,訴外日本医科大学脳神経外科の医師による診断は嚢腫であるとの説明を受けた。 そこで,経蝶形骨洞到達法(ハーディー法)による手術を受けるため,7月29日,K病院に入院し,諸検査を受けた。 (3) 8月19日,原告Bらは,K病院のE教授より手術の説明を受けた。 (4) 8月20日,手術が施行された。20日,21日は心電図モニターが付けられていたが,22日には,外されていた。Cは,手術後,ずっと,頭痛を訴えていた。 (5) 8月22日,鎮静剤として20時ころ,ドルミカム0.5アンプル点滴21時ころ,レンドルミン1錠内服23時30分ころ,ドルミカム0.5アンプル点滴が,翌23日には,1時30分ころ,ドルミカム0.5アンプル点滴(ただし,ドルミカム0.5アンプル入り生理食塩水100を残り80の段階で中止しているので,0.1アンプル分が点滴されている。)がそれぞれ投与された。 (6) 8月23日午前3時の定時検温において,Cの検温に行った看護師が,Cが心停止,自発呼吸停止及び全身チアノーゼ状態になっているのを発見したため,K病院の医師らは速やかにCの心肺蘇生措置を開始した。同日午前4時ころ,K病院から原告らに,Cの容態が急変したとの連絡があり,Cは同日午前5時7分に死亡した。 (7 ているのを発見したため,K病院の医師らは速やかにCの心肺蘇生措置を開始した。同日午前4時ころ,K病院から原告らに,Cの容態が急変したとの連絡があり,Cは同日午前5時7分に死亡した。 (7) 死亡診断書には,直接死因は,急性副腎機能低下で,その原因は,下垂体部腫瘍と記載されている。 (8) 病理解剖後,K病院の説明では,死亡原因は,神経原性肺水腫であるとのことであった。 (9) 剖検報告書には,以下の記載がある。 病理診断:ラトケ嚢胞術後,髄膜炎主病変 :ラトケ嚢胞術後 1 化膿性髄膜炎① 脳幹部血管炎 2 右小脳扁桃ヘルニア,微少小脳皮質出血 3 左鉤ヘルニア 4 延髄くも膜下小血腫 5 腰椎硬膜下血腫関連病変:1 肺うっ血 2 胃粘膜出血性びらん 3 腎髄質うっ血 2 争点(1) 術前診断及び手術適応の判断における過失の有無(2) 手術中の過失の有無(3) 術後管理における過失の有無(主位的争点)(4) 説明義務違反の有無(5) 損害額 3 争点に対する当事者の主張(1) 術前診断及び手術適応検討について(原告らの主張)K病院の担当医らに十分な診断力があれば,術前に,Cがラトケ嚢胞であるとの確定診断ができたはずである。しかし,K病院の担当医らの診断力が不十分であったため,ラトケ嚢胞であるとの確定診断ができなかっ K病院の担当医らに十分な診断力があれば,術前に,Cがラトケ嚢胞であるとの確定診断ができたはずである。しかし,K病院の担当医らの診断力が不十分であったため,ラトケ嚢胞であるとの確定診断ができなかった。 仮にK病院の担当医らに十分な診断力があり,ラトケ嚢胞であるとの確定診断ができていれば,その治療方法としては,部分摘出手術や内容液の穿刺吸入だけで済ませる内容物吸引手術,ラトケ嚢胞は自然に縮小する可能性があるから自然経過観察をするといった複数の方法があるし,Cの父も兄も,中学生のころは小柄でも,高校生になってから身長が急速に伸びたのであり,K病院の担当医らはこの事実を認識していたのであるから,治療方法としては,時期的にも摘出手術が絶対に必要とまではいえないことが判明したはずである。 ところが,前記のとおり,K病院の担当医らは,診断力が不十分で,本来なすべきラトケ嚢胞の確定診断ができなかったために,治療方法についての十分な検討ができず,Cには絶対に必要とまではいえない摘出手術を実施して,Cの死の結果を招いた。 (被告の主張)術前に存在した検査資料のみでは,頭蓋咽頭腫,下垂体腺腫などの可能性も完全には否定できず,ラトケ嚢胞であるとの判断はできなかった。 したがって,そもそもラトケ嚢胞であると確定診断しなかったことについて,過失はない。 仮にラトケ嚢胞だと確定診断ができたとしても,ラトケ嚢胞の自然縮小は極めてまれにしか起こらないのに,それを期待して経過観察などをしていれば,Cの症状(既に下垂体前葉機能低下,視機能障害が見られていた。)が進行して下垂体前葉機能や視機能に不可逆的な影響を与える危険性があった。したがって,Cには早期の手術が必要であり,経過観察の方法は取り得なか 状(既に下垂体前葉機能低下,視機能障害が見られていた。)が進行して下垂体前葉機能や視機能に不可逆的な影響を与える危険性があった。したがって,Cには早期の手術が必要であり,経過観察の方法は取り得なかった。そもそも本件は,内科的治療法では対応できないものであったため,前医より紹介を受け当院で加療したものであり,手術を前提としていた。しかも,C本人らが夏休み期間を利用して治療してほしいと希望していた。 なお,K病院においては,Cの父や兄が高校生になってから身長が急に伸びた等の事情については認識していない。 次に施術方法については,本件ではその時期の摘出手術がもっとも適した治療法であったのであり,ラトケ嚢胞であるとの確定診断ができたか否かに関わらず摘出手術が必要であった。 したがって,K病院の担当医らが摘出手術を選択したことについて過失はないし,K病院の担当医らによる治療方法の選択とCの死亡との間には因果関係がない。 (2) 手術中の過失について(原告らの主張)くも膜を一部破損したことにより,本件結果が生じた。 手術中の迅速生検でラトケ嚢胞と診断され,それ以外の可能性はなかった。一般的に,ラトケ嚢胞であれば,部分摘出と内容物吸引で十分であるのに,本件においてはこれにとどめず,手術後に成長ホルモンを注入するために,無理矢理に全部を摘出した。 しかし,Cの父も兄も,中学生のころは小柄でも,高校生になって身長が急速に伸びたのであり,これを考慮すると,Cに術後の成長ホルモン注入は不要であったといえるところ,K病院の担当医らは,Cの父兄のこのような成長過程を認識していた。 また,たとえCに成長ホルモンを注入することが必要であったとしても,ラト 長ホルモン注入は不要であったといえるところ,K病院の担当医らは,Cの父兄のこのような成長過程を認識していた。 また,たとえCに成長ホルモンを注入することが必要であったとしても,ラトケ嚢胞は成長ホルモン注入により大きくなる性質のものでないから,この点からもラトケ嚢胞を全部摘出する必要はなかった。 (被告の主張)下垂体部腫瘤の手術手技上,くも膜が破損することはやむを得ないことであり,K病院の担当医らに過失はない(手術中にCのくも膜が一部破損したこと自体は認める。)。 手術中の迅速病理組織検査の結果はラトケ嚢胞であったが,四層の重層上皮ということであったうえ,手術肉眼所見では,ラトケ嚢胞としては非典型的な部分があり,二つの腫瘍が合併している可能性や,ラトケ嚢胞以外の腫瘍の可能性も完全に否定できなかった。よって可及的摘出の必要性があった。実際,無理なく簡単に全部摘出できた。 なお,原告らの家族環境について,K病院は認識していない。 (3) 術後管理について(原告らの主張)アドルミカムの効能・効果は「麻酔前投薬,全身麻酔の導入及び維持」であり,術後鎮静の適応はない。したがって,K病院の担当医らが術後鎮静の目的でドルミカムを使用したことは添付文書の効能・効果の記載に反した不適正な使用方法である。 イドルミカムそれ自体でも呼吸抑制作用があり,本件で使用するのは不適切であったのに,そのうえドルミカムにレンドルミンが併用使用されたため呼吸抑制が生じた。 ウドルミカムやレンドルミンを使用しているのに,心電図モニターがはずされていたため,Cの呼吸抑制・呼吸停止を早期発見できなかった。 エ当直医Fは,22日の午後9時に 。 ウドルミカムやレンドルミンを使用しているのに,心電図モニターがはずされていたため,Cの呼吸抑制・呼吸停止を早期発見できなかった。 エ当直医Fは,22日の午後9時に診察して,その後23日午前3時ころまで一度も診察しなかった。 オ上記のような事情のもと,Cはドルミカムとレンドルミンという催眠導入剤の併用によって呼吸抑制状態に陥り,死亡した。 (被告の主張)ア術後鎮静を目的としたドルミカムの適用外使用は,医療現場では一般的に認められた方法である。 イ主治医は,平成10年8月20日から21日にかけて約6時間のうちにドルミカム3アンプルの量及びその前後にその他の鎮痛剤をCに併用投与しても問題が生じなかったことを確認している。前述したドルミカムの使用量及びその薬効の時間からすると,レンドルミンとの相加作用は生じていない。 ウ上記イの併用投与は,自動血圧計,心電図モニターを装着した監視状況下で行ったが,同記載のとおり,問題が生じなかった。その後,モニター(自動血圧計と心電図)は,患者の血圧及び脈拍が落ち着いてきたこと及び患者の体動が激しく装着困難であったことから取り外したが,これは医師の裁量の範囲内であった。 エ F医師は,23日の午前0時ころにも一度診察をしている。 オ Cの死因の第一義的要因は髄膜炎であり,Cは髄膜炎により脳ヘルニア,神経性呼吸障害を来し,呼吸不全で死亡したのであって,原告ら主張の過失とCの死亡との間には,そもそも(事実的)因果関係がない。 (4) 説明義務について(原告らの主張)K病院側からは,手術後に合併症をおこすことがあり,どんな手術でも100%命の保障があるとは言 そも(事実的)因果関係がない。 (4) 説明義務について(原告らの主張)K病院側からは,手術後に合併症をおこすことがあり,どんな手術でも100%命の保障があるとは言えない旨の説明はあった。 しかし,ラトケ嚢胞と断定できたのであるから,手術をしないで自然経過を見る選択もあり得ること,手術をする場合でも全部摘出する方法と内容液の穿刺吸引だけで済ませる方法とがあることを説明すべきなのにその説明がなかった。したがって,吸引だけで済ませる方法に比べて全部摘出をする場合の方が手術の危険率が高くなることについての説明はなかった。 このように,手術の必要性・緊急性を判断する資料が提供されず,あたかも本件手術が唯一の治療法であるかのような不十分な説明であったことから,Cの家族も手術に同意することになり,本件摘出手術が行われた。 (被告の主張)そもそもラトケ嚢胞と確定診断できないものであったから,ラトケ嚢胞であることを前提とする原告らの主張は理由がない。また,治療方法の選択に関し述べたように,仮にラトケ嚢胞だと確定診断ができていたとしても,本件では原告らのいう治療法は選択しうるものではなく,既に下垂体機能障害があり放置しておくと危険であること,手術が最も適した治療法であることを説明し,家族の同意を得た。そのうえ,ラトケ嚢胞の場合,全部摘出が部分摘出よりも死亡率,危険率が高いということはいえないのであるから,そもそも原告ら主張の点について説明する必要はなく,説明義務違反の問題は生じない。 (5) 損害額について(原告らの主張)ア逸失利益(死亡時14歳) 4300万円イ慰謝料 (5) 損害額について(原告らの主張)ア逸失利益(死亡時14歳) 4300万円イ慰謝料 2500万円ウ墳墓・葬祭費 200万円エ弁護士費用 800万円オ合計 7800万円(被告の主張)不知。 第3 争点に対する判断 1 当裁判所の認定した事実前記争いのない事実及び証拠(甲1,甲2,甲4の1,甲17,甲49ないし52,乙1,乙2,乙17の1・2,乙20,乙21,証人G,証人Fの各証言,原告B本人尋問の結果)によれば,以下の事実が認められる。 (1) 手術前の状況ア Cは,平成10年3月に,サッカーの部活をしていて足を痛めたため,近くの外科を受診した。そこで中学一年生にしては身長が低かったため,成長ホルモンの検査を受けるように勧められた。 原告らの知り合いの内科医の紹介で,Cは平成10年3月31日から,訴外D小児クリニックで成長ホルモンの検査を受けた。その結果,ホルモンの出方が少ないということで,4月18日から,4月に8回,5月に20回,6月に8回成長ホルモンの注射をして,6月に一時中止した。 イその後,訴外D小児クリニックのD医師から念のためにMRIを撮るように言われたため,Cは6月4日に訴外HでMRI検査を受けた。 6月に8回成長ホルモンの注射をして,6月に一時中止した。 イその後,訴外D小児クリニックのD医師から念のためにMRIを撮るように言われたため,Cは6月4日に訴外HでMRI検査を受けた。 その結果,6月11日,D医師から,Cが嚢腫か脳腫瘍であると言われた。同医師からは,「治療方法としては,薬では治せないので,手術してそれを取るしかない。できている物が大きくなっているので視野が少し狭くなってきている。このままでは後にいろいろな障害が出てくる。」との説明を受け,東京の訴外日本医科大学脳神経外科を紹介された。 病名を明らかにするため,Cは6月20日にCT検査,7月4日に造影剤を入れてのMRI検査を受け,7月10日,D医師より,訴外日本医科大学脳神経外科の医師による診断は嚢腫であると言われ,手術方法(ハーディー法)の説明を受けた。 もっとも,訴外日本医科大学で手術を受けるのは無理であった。 そこで,Cの姉J(以下「J」という。)が住んでいる関西方面の病院を紹介してもらうよう頼んだ結果,K病院で手術を受けることとなった。 ウ Cは夏休みを利用して治療をするため,7月29日にK病院に入院した。 Cの主治医であるK病院のG医師の検査依頼書等には,ラトケ嚢胞を疑っている旨記載されている。 MRI検査,CT検査等の諸検査の結果,MRIによりCの下垂体茎の肥厚,視交叉の圧迫が認められ,CTでは鞍上部に高吸収域が見られた。 8月3日,眼科において視野障害の検査をした結果,両耳側上4分の1半盲傾向,下方の不規則な欠損あるが有意とはいえないという診断がされた。 8月5日,MRAの結果からCの脳動脈瘤は否定された。 障害の検査をした結果,両耳側上4分の1半盲傾向,下方の不規則な欠損あるが有意とはいえないという診断がされた。 8月5日,MRAの結果からCの脳動脈瘤は否定された。 8月19日,原告B及びJは,K病院脳神経外科のE医師より手術の目的・必要性・術式方法・合併症などの危険性の説明を受けた。 そのときの説明の内容は,① Cの病名が(下垂体部の腫瘍性病変と被腫瘍性病変を含めた)下垂体部腫瘤である。 ② 視野障害を生じているのでその進行を防止し,また,視床下部の圧迫を取り除いてその障害を防止するため手術の必要がある。 ③ 手術の目的は,腫瘤の種類によっては化学療法や放射線療法を必要とするので,確実な組織診断を得て腫瘤の組織を確定する。 また,腫瘤の種類によっては,手術後に成長ホルモンを注射することにより腫瘤が大きくなることがあるので,可及的に腫瘤を切除する(できる限り全部取り除く)。 さらに,手術により視野の改善を図る。 ④ 手術によって,麻酔・出血による輸血が必要となる場合があり,また,視野・視力の悪化,尿崩症などの下垂体機能の低下,髄液路や髄膜炎などの合併症が起こりうる。 というものであり,自然経過でラトケ嚢胞が縮小する可能性があること,自然観察して様子を見るという選択があること,ラトケ嚢胞の場合には,内容物の穿刺吸引だけで済ませる方法があること及びその方法と全部摘出の場合の危険性の差についての説明はE医師からはなかった。 (2) 手術中の状況ア 8月20日,E医師を執刀医,G医師ほか2名を助手として,手術が施行された。 イ手術の内容① 午前9時ころ,全身麻酔の からはなかった。 (2) 手術中の状況ア 8月20日,E医師を執刀医,G医師ほか2名を助手として,手術が施行された。 イ手術の内容① 午前9時ころ,全身麻酔の挿管がされた後,仰臥位にてCの頭部が水平かつ術者の方に10度ほど向けられて,馬蹄型頭部固定具に固定された。 Cの右下腹部の虫垂炎の手術痕から脂肪が摘出された。 ② 午前10時ころ,E医師が経蝶形骨洞到達法を開始した。 まず,出血を少なくするため,上歯肉の局部粘膜下にエプネリン入りのキシロカイン10ミリリットルが注射された。それから,両犬歯間に約3センチメートルの横切開が行われ,粘膜,骨膜が頭側に剥離された。 次に,右鼻粘膜が鼻中隔から剥離され,鼻鏡にて左方へ骨折され,移動された。鼻鏡を深く挿入すると鼻中隔最奥部の鋤骨が確認され,骨のみで蝶形骨洞が解放され,蝶形骨洞粘膜が除去された。 そして,透視にてトルコ鞍底に達していることが確認されたことから,トルコ鞍底を除去し,硬膜をX字型に凝固焼灼し,切開すると下垂体が現れ,その奥に腫瘍が認められた。 ③ 手術中に行われた迅速病理組織検査の結果,Cの腫瘤はラトケ嚢胞であると確定された。 しかし,手術肉眼所見では,寒天状の部分と類上皮腫に見られるチーズ様の固形部分があった。当該肉眼所見と,迅速病理組織検査では四層の重層上皮であったことから,K病院の担当医らはラトケ嚢胞としては非典型的な部分があり,2つの腫瘍が合併している可能性やラトケ嚢胞以外の腫瘍である可能性を完全には否定できないと考え,可及的に摘出を行った。 すなわち,K病院の担当医らは,正常下垂体を縦に切開し,出てきた粘液状で半固形状の液体と腫瘤 性やラトケ嚢胞以外の腫瘍である可能性を完全には否定できないと考え,可及的に摘出を行った。 すなわち,K病院の担当医らは,正常下垂体を縦に切開し,出てきた粘液状で半固形状の液体と腫瘤のもっとも頭側にあった一部チーズ用の物質を腫瘍鉗子の使用や吸引によって全て摘出した。 その際,くも膜が一部破れ,髄液の流出が認められた。 ④ その後,内視鏡により腫瘍摘出腔の周辺,視床下部,下垂体部周辺の神経や血管系に損傷のないことや出血・血腫がないこと及び腫瘍の残存がないことが確認された。 そして,腹部から摘出された脂肪が補填され,開創時に採取された骨にてトルコ鞍底が形成され,フィブリン糊で髄液漏を防止するため,蝶形骨洞内にも脂肪が詰められて閉創がされた。歯肉にはペンローズドレーンが留置され,バイクリル糸による縫合がなされた。 また,術中に髄液漏があったため,腰椎ドレナージが留置された。 ウ手術時間は,約3時間30分であった。 (3) 手術後の状況ア Cは,午後3時ころ回復室(ICU)へと戻った。 K病院の担当医らは,Cの帰室後,直ちに腰椎ドレナージを開始し,その後,術後回復液を輸液し,抗生物質パンスポリン,副腎皮質ホルモンの水溶性ハイドロコートン,鎮痛剤ボルタレン,消化機能異常治療薬プリンぺランを投与した。 Cは,8月20日,21日とも午後から夜中にかけて,不安や頭痛を訴えていたので,K病院の担当医らはボルタレンと睡眠導入剤ドルミカムを使用してCの安静を保った。 イ 20日,21日にはCに対し心電図モニターが付けられていたが,22日には心電図モニターは外された。 8月22日も,Cが不安と頭痛を訴えるので,K病院 Cの安静を保った。 イ 20日,21日にはCに対し心電図モニターが付けられていたが,22日には心電図モニターは外された。 8月22日も,Cが不安と頭痛を訴えるので,K病院の担当医らは,20時30分ころ,ドルミカム0.5アンプル点滴21時ころ,レンドルミン1錠内服23時30分ころ,ドルミカム0.5アンプル点滴翌23日1時30分ころ,ドルミカム0.5アンプル点滴(ただし,ドルミカム0.5アンプル入り生理食塩水100を残り80の段階で中止しているので,0.1アンプル分が点滴されている。)をそれぞれ投与した。 ウ Cは同日午前2時15分ころ入眠したようであるが,同日午前3時の定時検温において,Cの検温に行った看護師が初めて,Cが心停止,自発呼吸停止及び全身チアノーゼ状態になっているのを発見した。 そのため,K病院の当直医師Fらは,速やかにCの心肺蘇生措置(人工呼吸器の装着・カウンターショック等)を開始した。 同日午前4時ころ,K病院から原告らに対し,Cの容態が急変したとの連絡がなされた。 Cは同日午前5時7分に死亡した。 エ死亡診断書には,直接死因は,急性副腎機能低下で,その原因は,下垂体部腫瘍と記載されている。 オ病理解剖によっても,Cの死因は明確に確定できなかったが,呼吸不全を来すもっとも顕著な病理学所見が肺水腫であったことから,K病院はCの死因を神経原性肺水腫であると考えた。病理解剖後のCの家族への説明も,死因は神経原性肺水腫であるというものであった。 剖検報告書には,以下のように記載されている。 の死因を神経原性肺水腫であると考えた。病理解剖後のCの家族への説明も,死因は神経原性肺水腫であるというものであった。 剖検報告書には,以下のように記載されている。 病理診断:ラトケ嚢胞術後,髄膜炎主病変 :ラトケ嚢胞術後 1 化膿性髄膜炎① 脳幹部血管炎 2 右小脳扁桃ヘルニア,微少小脳皮質出血 3 左鉤ヘルニア 4 延髄くも膜下小血腫 5 腰椎硬膜下血腫関連病変:1 肺うっ血 2 胃粘膜出血性びらん 3 腎髄質うっ血以上のとおり認められる。 2 争点に対する判断(1) 争点(1)について上記認定した事実及び証人Gの証言によれば,G医師は,確定診断まではしていなかったものの,Cの病変がラトケ嚢胞ではないかと考えその上で明確に決定できないような症例もあると考えて確定診断まではしていなかったと認められる。 そして,鑑定の結果によれば,病理組織学的にはラトケ嚢胞と頭蓋咽頭腫の移行型や混在例などが稀ではあるが見られるところ,このような事例であるか否かは手術により摘出した病変を病理組織学的に検討して初めて判別できるものであると認められる。 したがって,K病院の担当医らが,手術前にラトケ嚢胞であるとの確定診断をしなかったことに過失があるとは認められない。 次に,手術適用の有無につき検討するに,症状を有するラトケ嚢胞につい たがって,K病院の担当医らが,手術前にラトケ嚢胞であるとの確定診断をしなかったことに過失があるとは認められない。 次に,手術適用の有無につき検討するに,症状を有するラトケ嚢胞については手術による治療が必要とされる(甲9,甲11)ところ,Cには既に視野狭窄が生じていること(前記認定事実)及び1歳時から成長障害を発症していて,その偏差が-3SCであること(乙1)が認められる。そして,鑑定の結果によれば,このようなCの状態に加え,成長ホルモンの分泌が低血糖負荷試験で不十分であり,かつIGF-1が明らかに低値であることが認められるから,Cには手術適用があり,逆に,このように身体に影響が出ている状態で,稀にある自然縮小を期待して経過観察を続けることは誤りであると認められる。 また,鑑定の結果によれば,本件では緊急に手術することまでは必要ではなかったことも認められるが,手術はCの夏休みを利用してなされていること及び,Cは手術当時中学2年生であり,まさに成長期であったこと並びに翌年が受験の年であったことなどを考慮すれば,手術を行った時期についても不適当であったとは認められない。 したがって,K病院の担当医らが手術適応ありと判断したことに過失があるとは認められない。 (2) 争点(2)についてアこの点,鑑定の結果によれば,本件症例と同様の手術の際にくも膜が破れ,髄液が流出することはしばしば生じることであると認められるところ,このこと自体が手術のミスであると認めるに足りる証拠はない。その他鑑定の結果によっても手術の手技ミスがあったとは認められない。 したがって,くも膜の破損は手技上のミスではないといえる。 イまた,前記認定した事実及び証人Gの証言によれ の結果によっても手術の手技ミスがあったとは認められない。 したがって,くも膜の破損は手技上のミスではないといえる。 イまた,前記認定した事実及び証人Gの証言によれば,K病院の担当医らはラトケ嚢胞であるという組織診断を得たものの,本件のラトケ嚢胞に非典型的な部分があり,2つの腫瘍が合併している可能性等が否定できないと判断し,再発・再手術による危険性等をも考慮して,全部摘出を行ったものと認められる。 このような事情に鑑みれば,最深部の被膜を摘除することは合併の危険性を増大させる(鑑定書)ことを考慮しても,なお,K病院の担当医らが全部摘除を施行したことが過失にあたるとは認め難い。 但し,合併症の危険の高い方法をあえて選択しているのであるから,K病院の担当医らは,通常以上に十分な術後管理を行うよう配慮しなければならないのであって,この点については後述(3)の事情として斟酌する必要がある。 (3) 争点(3)についてアまず,Cの死亡原因につき検討する。 Cの死因が記載されている剖検報告書(乙17の2),Z作成の私的鑑定書(乙35),鑑定書及び補充鑑定書の内容を検討するに,Cの死因が明確に特定されているものはなく,いずれもCの死亡直前の症状等も含めて死因を推定しているものである。 そこで,かかる前提をもとに判断するに,鑑定結果では,死因をレンドルミンとドルミカムの併合投与の副作用としてよく知られている呼吸抑制によるものであると判断している。後述のとおり,これらの薬剤を投与することで呼吸抑制の危険が生じ,併合投与すればさらにその危険が高まること,鎮静剤の効果として脳神経系の活動抑制があげられることに照らせば,上記鑑定意見は,C ている。後述のとおり,これらの薬剤を投与することで呼吸抑制の危険が生じ,併合投与すればさらにその危険が高まること,鎮静剤の効果として脳神経系の活動抑制があげられることに照らせば,上記鑑定意見は,Cに生じた術後の病状経過と整合し,矛盾しないものと認められる。 他方,剖検報告書及び私的鑑定書では,Cの死因は化膿性髄膜炎と推定している。 確かに,かかる見解は,炎症が腰髄や延髄の脳室直下に及んでいることから,化膿性髄膜炎である可能性が高いとする剖検報告書の記載内容や,肺水腫は脳の器質的障害が生じたときにも生じるとされていること(甲13,甲14)に合致する。 ただし,私的鑑定書も,鎮静剤の影響による呼吸抑制を全く否定しているわけではないし,炎症の状況や白血球の数から化膿性髄膜炎であると考えられるのに発熱を伴っていない点が良く理解できないとも指摘されている。 これらを総合すれば,Cの死因は,髄膜炎による異常に,鎮静剤の併合投与による抑制作用があいまって死亡したと解するのが相当である。 イドルミカムは,麻酔前投薬,全身麻酔の導入及び維持,集中治療における人工呼吸中の鎮静の際に適用される(甲29)のであり,人工呼吸中という限定はあるものの,術後鎮静剤として認められている。 よって,ドルミカムの使用自体に過失があったとは認められない。 ウしかしながら,本件においては,K病院の術後管理に過失があったと言わざるを得ない。 すなわち,前記認定した事実のとおり,Cは,当時14歳で,その体重は33㎏であり,上記全部摘出手術の影響で髄膜炎,気脳症という合併症に罹患していたものであるが,K病院の担当医らは,このような状態にあるCに対 ,前記認定した事実のとおり,Cは,当時14歳で,その体重は33㎏であり,上記全部摘出手術の影響で髄膜炎,気脳症という合併症に罹患していたものであるが,K病院の担当医らは,このような状態にあるCに対し,手術後数日しか経過していない時点で,前記1の(3)のイのとおり,レンドルミンとドルミカムを併合投与している。 甲29によると,ドルミカムは人工呼吸中の成人への使用で初回投与及び追加投与の総量が0.3㎎/㎏(Cの体重に当てはめれば9.9㎎)までとされているところ,本件では,以上のような状態のCに対して,5時間の間に合計1. 1アンプル(11㎎)という多量のドルミカムが投与されている。しかも,ドルミカムには呼吸抑制の副作用があり(甲29),レンドルミンを併合投与すると呼吸抑制を生じる危険性がさらに高まり(鑑定書,甲22,乙28,乙29,乙32),死亡の危険性も生じる(甲44「法医学の新しい展開」)のであるから,K病院はCの体調に異常が存しないかについて,通常よりも重い監視義務を負っていたというべきである(また,ラトケ嚢胞の全部摘出手術をしたのであるから部分摘出あるいは内容物吸引手術のとき以上に十分な術後管理を行うよう配慮しなければならない義務があることは前述のとおりである)。 そして,鑑定の結果をも総合すれば,K病院は,四六時中Cのみを監視することは不可能であったとしても,最低限心電図モニター等をCに常時装着することによって,Cに異常がないか監視するべき義務を負っていたと認めるのが相当である。 この点,被告はCの体動が激しかったため心電図モニターをはずしたのであり,そのことは医師の裁量の範囲内であると主張するが,仮にモニターを装着しないのならば,Cに異常がないことを巡回の回数を増加させる この点,被告はCの体動が激しかったため心電図モニターをはずしたのであり,そのことは医師の裁量の範囲内であると主張するが,仮にモニターを装着しないのならば,Cに異常がないことを巡回の回数を増加させる等他の方法で補うべきところ,K病院が特にそのような対応を取ったことを認めるに足りる証拠はないのであるから,被告の上記主張は採用できない。 本件では,Cのモニターが22日には外されており,しかも,1時間ごとの定時巡回に行った看護師が初めて心停止,チアノーゼ状態のCを発見しているのであるから,心電図モニターを装着していれば,もっと早い段階でCの異常を発見し,救命措置を施すことが可能であったといえる。したがって,K病院の担当医らには,術後管理につき過失が認められる。 エそして,K病院では2時の回診(乙2により回診を行っていたことは認められる。)後の2時15分ころにCがゴソゴソしていたことまでは確認しているが,その後3時の定時検温までCの様子を確認してはおらず,その間にCに異常が生じ,心停止にまで至っている(本件全証拠によるも,いつ頃に心停止,呼吸停止が起き,それがどのくらい続いたのかについては明らかでない。)のであるから,心電図モニターを装着していれば,より早期に,具体的には呼吸不全に陥ってから心停止に至るまでの間にCの異常を発見できたといえ,Cを救命できた蓋然性があったというべきである。 このことは,死因がドルミカムとレンドルミンの併用によるものであっても,髄膜炎に起因する場合であっても同様である。 以上のとおりであって,K病院の呼吸監視義務の懈怠とCの死亡との間には相当因果関係があると判断される。 (4) よって,その余の点を判断するまでもなく,被告は,原告らに対し,Cの死亡 以上のとおりであって,K病院の呼吸監視義務の懈怠とCの死亡との間には相当因果関係があると判断される。 (4) よって,その余の点を判断するまでもなく,被告は,原告らに対し,Cの死亡によって生じた後記損害を賠償すべき責任がある。 (5) 損害についてア逸失利益 4257万6459円(ア) Cは死亡当時14歳であり,将来の収入を明らかにできないから,平成10年賃金センサスによる男子労働者の学歴計・全年齢平均年収額569万6800円を基礎収入とする。 そして,就労可能期間は18歳から67歳までとするのが相当であるから,ライプニッツ係数は,18.4934-3.5459=14.9475となる。 よって,Cの逸失利益は,次のとおり,4257万6459円となる。 569万6800円×14.9475×0.5(生活費控除50%)=4257万6459円(イ) 原告らはCの父母であり(争いのない事実(1)),その法定相続分は各1/2であるから,上記逸失利益を各2128万8229円ずつ相続した(1円未満の端数切り捨て)。 イ慰謝料 2000万円K病院の過失の内容,Cの年齢,家族関係等本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると,C及びその父母である原告らの被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,合計2000万円(原告ら各1000万円)が相当と認められる。 ウ墳墓・葬祭費 すると,C及びその父母である原告らの被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては,合計2000万円(原告ら各1000万円)が相当と認められる。 ウ墳墓・葬祭費 120万円弁論の全趣旨によれば,原告らは,Cの葬儀等のために相応の費用を支出したものと認められるところ,被告が負担すべき葬儀関係費用としては,合計120万円(原告ら各60万円)と認めるのが相当である。 エ小計(アないしウ) 原告ら各3188万8229円オ弁護士費用原告ら各300万円本件事案の内容,経緯,認容額など諸般の事情を考慮すると,被告が負担すべき弁護士費用の額は,600万円(原告ら各300万円)と認めるのが相当である。 カ認容額原告ら各3488万8229円第4 結論以上のとおり,原告らの請求は,上記カの範囲で理由があるから,同金額及びこれに対する平成10年8月23日(C死亡の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合における遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し,その余の請求については理由がないから棄却することとし,訴訟費用については,民訴法61条,64条,65条を適用し,仮執行宣言について同法295条1項を適用し(なお,諸般の事情を考慮し,国が執行の対象となる現金を準備する期間として14日間の猶予を与える),仮執行免脱の申立てについては相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所 主文 対象となる現金を準備する期間として14日間の猶予を与える),仮執行免脱の申立てについては相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 理由 神戸地方裁判所第1民事部 裁判長裁判官古川行男 裁判官西村欣也 裁判官井上直樹
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