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◆H14.8.30 東京地方裁判所平成10年刑(わ)第1629号,同年合(わ)第275号死体損壊・死体遺棄,殺人被告事件 主文 被告人Aを懲役15年に処する。未決勾留日数中900日を右刑に算入する。理由 (犯罪事実)被告人Aは第1 平成10年5月30日ころ,東京都葛飾区ab丁目c番d号ef号室B(当時41歳)方において,同人に対し,殺意をもって,所携の包丁(刃体の長さ約15・5センチメートル。平成11年押第90号の1)でその前胸部を1回突き刺し,よって,そのころ,同所において,同人を胸部上行大動脈損傷により失血死させて殺害し第2 Cと共謀の上,前記第1記載の殺人の事実を隠蔽する目的でBの死体を損壊して遺棄しようと企て,同日ころ,前記B方において,のこぎりを用いて同死体の頭部,両腕部及び両足部等を切断するなどした上,これらをごみ袋に分け入れ,ごみ袋に入った同死体の一部である頭部,左上腕部,左前腕部,右前腕部及び左下腿部を前記B方から東京都江戸川区gh丁目i番付近のj川岸まで運び,j川に投棄し,さらに,同月31日ころ,ごみ袋に入った同死体の残部である胴体部,右上腕部,両大腿部及び右下腿部を前記B方から同区kl丁目m番先のn付近のo川川岸まで運び,o川に投棄し,もって,死体を損壊した上,これを遺棄した。なお,検察官が,本件殺人の凶器であるとして証拠請求し,当裁判所が採用した上取り調べた包丁1本(平成11年押第90号の1。以下「本件包丁」という。)につき,被告人Aは,本件包丁に見覚えがあるか尋ねられた際,はっきり分からない旨供述し(第3回公判),Cも,公判廷において,覚えていない旨供述している(第 押第90号の1。以下「本件包丁」という。)につき,被告人Aは,本件包丁に見覚えがあるか尋ねられた際,はっきり分からない旨供述し(第3回公判),Cも,公判廷において,覚えていない旨供述している(第13回公判)ところ,弁護人は,本件包丁と被告人Aらの供述から想定される本件殺人の凶器たるべき包丁との同一性を争う。 きり分からない旨供述し(第3回公判),Cも,公判廷において,覚えていない旨供述している(第 押第90号の1。以下「本件包丁」という。)につき,被告人Aは,本件包丁に見覚えがあるか尋ねられた際,はっきり分からない旨供述し(第3回公判),Cも,公判廷において,覚えていない旨供述している(第13回公判)ところ,弁護人は,本件包丁と被告人Aらの供述から想定される本件殺人の凶器たるべき包丁との同一性を争う。この点,「凶器に使用した包丁の発見状況報告書」(甲38)によれば,平成10年6月10日,被告人Aが包丁をj川に架かるgp下右岸寄りの水中に投棄した旨を供述し,図面を作成したことから,翌11日,被告人Aを同行して当該地点の引当りをしたところ,被告人Aは,投棄地点としてgp下右岸から49メートル,左岸から70・3メートルの地点を指示したので,同月12日,捜査機関はj川河川内を捜索し,gp下j川右岸寄りの河川内から本件包丁を発見したという事実が認められる。そして,実況見分調書(甲39)から,本件包丁は,刃体と柄が一体となっている形態の洋包丁で,大きさは,全長約26・3センチメートル,刃体の長さ約15・5センチメートル,刃幅(最大)約2・7センチメートル,峰厚約0・1センチメートルと認められるところ,Bの死体解剖の執刀医たるDの公判供述(公判調書中の供述部分を含む趣旨でいう。以下同じ。)や鑑定書(甲19)等によれば,Bの前胸部の刺切創については,刃長が6・0センチメートル内外かそれ以上,尖端から6・0センチメートル内外の部位の幅が3・3センチメートル内外かそれ以下の片刃の刃器によるものとして矛盾しないとされ,その形状において本件包丁はBの前胸部刺切創の凶器とされるものと整合している。このように,Bの胸部刺切創の創傷器として推測される片刃の刃器とみて矛盾しない本件包丁が,現に本件凶器を投棄した旨被告人Aが指示した地点付近の河川内から発見 刺切創の凶器とされるものと整合している。このように,Bの胸部刺切創の創傷器として推測される片刃の刃器とみて矛盾しない本件包丁が,現に本件凶器を投棄した旨被告人Aが指示した地点付近の河川内から発見されたことからすると,本件包丁は本件殺人の凶器たる包丁であると認めることができる。(事実認定の補足説明)第1 弁護人の主張弁護人は,判示第1の事実につき,Bを殺害したのはCであり,被告人Aはその後に犯行現場に行ったにすぎず,被告人Aは殺人については無罪である旨主張し,被告人Aもこれに沿う供述をする。 の刃器とみて矛盾しない本件包丁が,現に本件凶器を投棄した旨被告人Aが指示した地点付近の河川内から発見されたことからすると,本件包丁は本件殺人の凶器たる包丁であると認めることができる。(事実認定の補足説明)第1 弁護人の主張弁護人は,判示第1の事実につき,Bを殺害したのはCであり,被告人Aはその後に犯行現場に行ったにすぎず,被告人Aは殺人については無罪である旨主張し,被告人Aもこれに沿う供述をする。しかし,当裁判所は,判示の事実を認定したので,以下必要な範囲で補足して説明する。第2 本件の証拠構造 1 前提となる事実まず,関係証拠によれば,以下の事実が認められ,当事者間にも特に争いがない。(1) 被告人Aは,平成7年ころ,大韓民国に他人名義の旅券を用いて入国し,平成9年10月ころ,大韓民国から日本に密入国した。そして,東京都江戸川区qr丁目s番t号uv号室所在の妹であるE方で生活をするようになった。被告人Aは,日本に来た直後,Eがホステスとして勤務していたクラブ「F」に遊びに行き,その際,同店でホステスとして勤務していたCと知り合った。Cは,同年4月29日に,店の客であったBと結婚し,同年8月ころからは,東京都葛飾区ab丁目c番d号ef号室のB方で同人と同居していた。Cは,被告人Aと知り合って間もないころ,被告人Aに対し,自分には夫がいる旨告げていたが,同年12月13日ころから,被告人AとCは肉体関係を持つようになり,その後,Bが留守中の同人方やホテルなどで,ほぼ毎日のように肉体関係を持ち続けた。平成10年4月中旬ころ,Cが浮気をしていることがBの知るところとなり,同人が,知人のGらとともに浮気相 ようになり,その後,Bが留守中の同人方やホテルなどで,ほぼ毎日のように肉体関係を持ち続けた。平成10年4月中旬ころ,Cが浮気をしていることがBの知るところとなり,同人が,知人のGらとともに浮気相手を明らかにさせようとして,Cに暴力を振るうなどしたことから,Cは,B方を出て前記E方に身を寄せるようになった。同年5月中旬ころには,Bや同人の知人のH,Eの立ち会いの下で,Cが離婚届に署名して,Bに渡す事態にまでなったが,被告人AとCは,CがE方に寝泊まりするようになってからも,ほとんど毎日のように肉体関係を持ち続けていた。(2) Bは,平成10年5月30日ころ,B方において,何者かに刃物で胸を刺される方法によって殺害された。 暴力を振るうなどしたことから,Cは,B方を出て前記E方に身を寄せるようになった。同年5月中旬ころには,Bや同人の知人のH,Eの立ち会いの下で,Cが離婚届に署名して,Bに渡す事態にまでなったが,被告人AとCは,CがE方に寝泊まりするようになってからも,ほとんど毎日のように肉体関係を持ち続けていた。(2) Bは,平成10年5月30日ころ,B方において,何者かに刃物で胸を刺される方法によって殺害された。(3) 被告人A及びCの両名は,同日ころ,共謀の上,B方において,のこぎりを用いてBの死体の頭部,両腕部及び両足部等を切断するなどした上,これらをごみ袋に分け入れ,ごみ袋に入った同死体の一部である頭部,左上腕部,左前腕部,右前腕部及び左下腿部をB方から東京都江戸川区gh丁目i番付近のj川川岸まで運び,j川に投棄し,さらに,同月31日ころ,ごみ袋に入った同死体の残部である胴体部,右上腕部,両大腿部及び右下腿部をB方から同区kl丁目m番先のn付近のo川川岸まで運び,o川に投棄した。2 C及び被告人Aの供述状況そして,かかる事実関係の下,C及び被告人Aは,Bを殺害した犯人が誰かという点を中心として犯行状況及び犯行に至る経緯につき,それぞれ概要以下のとおり供述する。(1) C供述の要旨Cは,Bの死体の損壊・遺棄に関与したことは認めつつ,その殺害には一切関与していないと供述するが(ちなみに,同人は,右死体損壊遺棄被告事件により平成11年8月30日東京地方裁判所で懲役2年8月 Cは,Bの死体の損壊・遺棄に関与したことは認めつつ,その殺害には一切関与していないと供述するが(ちなみに,同人は,右死体損壊遺棄被告事件により平成11年8月30日東京地方裁判所で懲役2年8月の実刑判決を受け,同判決は確定している。),本件犯行に至る経緯及び犯行状況等について,概ね次のとおり述べている(以下は,公判供述の内容を要約したものである。刑事訴訟法321条1項2号書面として採用したCの検察官調書謄本(甲42)も,大筋において同旨である。なお,C供述の細部にわたる変遷等は,後に当事者の主張に対応して,必要な範囲で別途検討する。この点は,被告人A供述についても同様である。)。ア平成8年9月に興業の在留資格を与えられて日本に入国したが,同年10月ころ,Fでホステスとして働いていたときに,客として同店を訪れたBと出会い,まもなく,同人から指名を受けるようになり,同年11月ころにはBと肉体関係を持つようになった。 ,大筋において同旨である。なお,C供述の細部にわたる変遷等は,後に当事者の主張に対応して,必要な範囲で別途検討する。この点は,被告人A供述についても同様である。)。ア平成8年9月に興業の在留資格を与えられて日本に入国したが,同年10月ころ,Fでホステスとして働いていたときに,客として同店を訪れたBと出会い,まもなく,同人から指名を受けるようになり,同年11月ころにはBと肉体関係を持つようになった。そして,在留期限である平成9年3月が近づいたころ,Bから結婚を申し込まれ,フィリピンへいったん帰国した後の同年4月,Bがフィリピンにやってきてさらに求婚したことから,同年4月29日,フィリピンでBと結婚した。その後,同年5月,興業の在留資格を得て再び来日し,群馬県太田市に居住したが,同年8月からは,B方で同人と同居し,同年9月ころから,再びFでホステスとして働くようになった。そして,同年11月ころ,同店の同僚ホステスとして親しく付き合っていたEの兄である被告人Aが同店にやって来た際,Eの紹介で被告人Aと知り合った。このころ,Bが週に5回も麻雀店に通うなど家に帰らない日も多く,さびしい思いをしていたことから,同人が麻雀ばかりして家に帰ってこないとの悩みを被告人Aに打ち明けたところ,被告人Aが親身 と知り合った。このころ,Bが週に5回も麻雀店に通うなど家に帰らない日も多く,さびしい思いをしていたことから,同人が麻雀ばかりして家に帰ってこないとの悩みを被告人Aに打ち明けたところ,被告人Aが親身になって聞いてくれたりしたことから,同年12月13日,被告人Aと初めてセックスをし,以後,被告人Aと交際するようになった。イ平成10年4月ころ,E方で被告人Aと一緒にいたところ,携帯電話にBから電話がかかってきて話をしていたところ,被告人Aは,自分の手から携帯電話を奪い,Bに「今ホテルにいる。」,「セックスが終わったばかり。」,「馬鹿野郎。」などと言ってしまったので,浮気をしていることがBに知られてしまったと思い,その日からB方に戻らなかった。同月16日,Bから電話がかかってきて,「家族から手紙等が来ている。」などと言われたので,wでBと会ったところ,Bに船橋にあるGの事務所に連れて行かれた。そこで,服を脱がされて手錠をかけられ,事務所のトイレにつながれた上,Bに顔を叩かれたり,腹部を殴られたり,たばこの火を顔に近づけられたりし,「本当のことを言わなければそのまま出さない。 ことがBに知られてしまったと思い,その日からB方に戻らなかった。同月16日,Bから電話がかかってきて,「家族から手紙等が来ている。」などと言われたので,wでBと会ったところ,Bに船橋にあるGの事務所に連れて行かれた。そこで,服を脱がされて手錠をかけられ,事務所のトイレにつながれた上,Bに顔を叩かれたり,腹部を殴られたり,たばこの火を顔に近づけられたりし,「本当のことを言わなければそのまま出さない。」などと言われて,浮気相手の名前を問い質された。トイレに手錠でつながれていた間,Bが何度かトイレに入ってきて,「考え直したか。」などと聞かれたが,浮気相手の名前は誰も言わずにいたところ,2時間くらいして,Bたちにトイレから出され,Gに木の棒で頭と背中を殴られ,床に引き倒されたので,仕方なく,Fで働いていたときの客だったIと浮気をしていたと言った。その間,被告人Aから3回電話がかかってきて,「今,船橋にいて,手錠をかけられている。」ということを話した。同月17日,B方に連れ帰されたが,このような暴力を振るわれたことからBの顔を見たくないと思い,B方を出てE方 3回電話がかかってきて,「今,船橋にいて,手錠をかけられている。」ということを話した。同月17日,B方に連れ帰されたが,このような暴力を振るわれたことからBの顔を見たくないと思い,B方を出てE方へ行き,以後,本件犯行直前までE方に住んでいた。ウ同年5月11日ころ,Hと会って話をした際,Bと離婚してフィリピンに帰ろうという考えもあったので,HにBと離婚したいというようなことを言った。内心,Bが離婚に応じないだろうと思っていたが,同月13日ころ,喫茶店で,H,Eと一緒にBに会うことになり,Bから離婚届の用紙を見せられた。Bと離婚するところまで話が進むと思っていなかったので驚いた。このとき,Bは涙ぐんだ赤っぽい目をしていてさびしそうだった。Bと離婚したくはなかったが,Eが目の前にいて,サインしたくないと言えば面白くない気持ちになると思ったので,サインするほかないと考えて離婚届にサインしたが,Bはサインをしなかった。エ同月中旬ころ,Eから「Bが別の女性と結婚する。」と聞き,Bと結婚するという女性にやきもちをやいた。その後,同月28日午後10時か11時ころ,勤務先のクラブ「J」からBの携帯電話に電話をかけたところ,Bが出たが,Hのところにいるらしく,「後で電話してほしい。 前にいて,サインしたくないと言えば面白くない気持ちになると思ったので,サインするほかないと考えて離婚届にサインしたが,Bはサインをしなかった。エ同月中旬ころ,Eから「Bが別の女性と結婚する。」と聞き,Bと結婚するという女性にやきもちをやいた。その後,同月28日午後10時か11時ころ,勤務先のクラブ「J」からBの携帯電話に電話をかけたところ,Bが出たが,Hのところにいるらしく,「後で電話してほしい。」と言われた。そこで,同月29日午前1時ころ,同店からBに電話をかけ,Bに「離婚届を出したのか。」と尋ねたところ,Bから「離婚届は提出していないし,提出するつもりもない。」と言われた。そして,お互いに「愛している。」と言い合って,自分の誕生日までに1度会う約束をした。その後,どうしてもBに会いたくなり,店長から金を借り,急いで店を出て,タクシーでB方に向かったが,その際,場合によってはE方に戻ることもあると思い,被告人Aに電話して,フィリピンの う約束をした。その後,どうしてもBに会いたくなり,店長から金を借り,急いで店を出て,タクシーでB方に向かったが,その際,場合によってはE方に戻ることもあると思い,被告人Aに電話して,フィリピンのバンドのある店に行くので,帰りが遅れると伝えた。同日午前4時ころ,B方に着き呼び鈴を鳴らしたところ,Bが出てきたので,B方に入り,風呂場をのぞいたりして他の女性がいないことを確認した。Bに「他の女性といつ結婚するのか。Hから聞いた。」と尋ねたところ,Bから「他の女性と結婚する気持ちはない。」などと言われたことから,感激して,「もう1度チャンスを下さい。」と言って謝った。Bからも「もう1度やり直そう。」と言われた。それから,Bとセックスをして,そのままB方に泊まったが,Bが仕事に出た後に眠って,同日午後2時か3時ころに目を覚まし,それから部屋の掃除等をした。午後5時ころ,Bが帰宅したが,既にいないと思っていたためか,私が在宅していたことをとても喜んでいた。私が夕食の準備をして,二人で食べた後,一眠りしてJに出勤するつもりだったが,結局午後9時か9時30分ころ,同店に電話をかけて,具合が悪いので仕事を休むと伝えた。午後10時ころからBとaの居酒屋に行き,同月30日午前零時ころまでそこにいた。帰る途中,ビデオレンタルの店へ行き,さらにKに立ち寄って買い物をしてからB方に戻った。 たが,既にいないと思っていたためか,私が在宅していたことをとても喜んでいた。私が夕食の準備をして,二人で食べた後,一眠りしてJに出勤するつもりだったが,結局午後9時か9時30分ころ,同店に電話をかけて,具合が悪いので仕事を休むと伝えた。午後10時ころからBとaの居酒屋に行き,同月30日午前零時ころまでそこにいた。帰る途中,ビデオレンタルの店へ行き,さらにKに立ち寄って買い物をしてからB方に戻った。B方では,Kで買ってきたものを食べてから,セックスをし,Bと「明日はLへ行こう。」といった話をして,寝室の一つしかないベッドに,Bが壁側,自分がその右側になって二人で寝た。寝る前に玄関ドアの鍵をかけ,チェーンロックもかけた。オ同日午前11時ないし正午ころ,誰かがドアを開けた様子があり,目を覚ましたが,このときBは,やや右横を向きながら,私を抱 で寝た。寝る前に玄関ドアの鍵をかけ,チェーンロックもかけた。オ同日午前11時ないし正午ころ,誰かがドアを開けた様子があり,目を覚ましたが,このときBは,やや右横を向きながら,私を抱いてベッドで眠っていた。目を覚ましたところ,寝室のドアの辺りに被告人Aがおり,「おはよう。」と言って部屋に入ってきた。被告人Aは,ジーンズと白のTシャツの上に黒のジャケットを羽織り,黒の帽子をかぶり,素足に白のサンダルを履いて,手には軍手をはめていた。被告人Aは,ポケットから私と被告人Aがセックスをしている場面が写った写真を2,3枚取り出し,Bに手渡した。Bは,完全に目を覚ましていない様子で,仰向きの姿勢でベッドに横たわったまま,両手を上に伸ばし,肘を少し曲げて,被告人Aから受け取った写真を見ていた。そして,Bが2枚目の写真を見ているとき,被告人Aはベッドの上に片膝をつき,ベッドに向かってうつむくようにして,はっきり見てはいないがBの心臓辺り,左胸辺りを包丁でいきなり刺した。被告人Aが,両手で包丁を持っていたのか,片手で包丁を持っていたのか,どちらの手に包丁を持っていたのかは覚えていない。このとき,水を入れたビニール袋を刺したときのような音がして,私の顔に血がかかったほか,何かを殴ったような音が聞こえた。被告人Aに刺されたとき,Bは小さな声で,「い」と言っていた。恐怖で力が抜け,ベッドから逃れて,寝室の反対側にあるソファのところまでたどり着き,そこからベッドの方を見たところ,被告人AとBがもみ合いをしていた。 手で包丁を持っていたのか,どちらの手に包丁を持っていたのかは覚えていない。このとき,水を入れたビニール袋を刺したときのような音がして,私の顔に血がかかったほか,何かを殴ったような音が聞こえた。被告人Aに刺されたとき,Bは小さな声で,「い」と言っていた。恐怖で力が抜け,ベッドから逃れて,寝室の反対側にあるソファのところまでたどり着き,そこからベッドの方を見たところ,被告人AとBがもみ合いをしていた。Bは横になったまま両手で包丁を抜こうとしており,被告人Aは,少なくとも片方の膝はベッドにつき,両手はBの胸の辺りにあった。被告人Aが,上腕部に怪我をした状況については直接見ていないが,Bともみ合っているときに,被告人A 包丁を抜こうとしており,被告人Aは,少なくとも片方の膝はベッドにつき,両手はBの胸の辺りにあった。被告人Aが,上腕部に怪我をした状況については直接見ていないが,Bともみ合っているときに,被告人Aがタガログ語で「痛い」という意味の「アラエ」という言葉を発していた。そのうち,Bは動かなくなり,被告人AがBの顔の上に枕を置いたので,Bが死んだことが分かった。カその後,ベッドに腰掛けた被告人Aに,「あなたのためにあと何人ぐらい死ぬのだろうか。」と言われ,被告人Aは,やきもち,嫉妬心からBを殺したと思った。なぜBを殺したのかを尋ねたところ,被告人Aに「なぜBのところに戻ったときに私に知らせなかったのか。ずっと待っていたのに何も言われなかった。」などと言われ,これに対し,B方に来た理由として,「パスポートを取りに行くためだった。」と言った。また,被告人Aは,私に包丁を渡して,「この包丁で私を殺してくれ。」と言ってきたが,このときに被告人Aが使った包丁を見た。そのほか,被告人Aは,B方に入ってから,しばらく台所を歩き回っていたということも言っていた。被告人Aは,どちらかの腕の上腕部に四角っぽい怪我をしており,出血をしていることに気付いて,私のハンカティーフで傷を包んだが,この傷について,被告人Aは,「Bともみ合ったときに包丁で切った傷だ。」と話していた。その後,被告人Aに,「もし,誰か他人や警察が来たら,別の人がBを刺したというので,逃げなさい。」と言ったところ,被告人Aは,「部屋から出ると他の人に見られるので出たくない。」と言っていた。それから,とりあえずBの死体をどうするかが決まるまでは,死体を浴槽に入れて水につけておこうと被告人Aが提案したので,Bの死体を浴槽まで運んだ上,被告人Aと話し合って,まずB方を出 丁で切った傷だ。」と話していた。その後,被告人Aに,「もし,誰か他人や警察が来たら,別の人がBを刺したというので,逃げなさい。」と言ったところ,被告人Aは,「部屋から出ると他の人に見られるので出たくない。」と言っていた。それから,とりあえずBの死体をどうするかが決まるまでは,死体を浴槽に入れて水につけておこうと被告人Aが提案したので,Bの死体を浴槽まで運んだ上,被告人Aと話し合って,まずB方を出 それから,とりあえずBの死体をどうするかが決まるまでは,死体を浴槽に入れて水につけておこうと被告人Aが提案したので,Bの死体を浴槽まで運んだ上,被告人Aと話し合って,まずB方を出て,夜になってから戻ってその死体の処理を考えることにした。(2) 被告人A供述の要旨他方,被告人Aは,死体損壊・遺棄に至る一連の経緯等について,概ね次のとおり述べている(以下は,被告人Aの検察官調書(乙1ないし22)の内容を要約したものであるが,公判供述及び被告人A作成のノート(弁10)も大筋ではこれと同じである。)。ア平成9年10月中旬ころ,韓国から貨物船に密航して日本に密入国し,東京に着いた日の夜に,Eが勤めていたFに行き,そこで他のホステスと一緒にEからCを紹介された。その後,1週間に3日くらいの頻度でFに行くようになっていくうちにCと親しくなり,雑談をしたり,冗談を言ったり,Eを交えて食事に行ったりするようになった。CやEとラーメンを食べに行ったときにBが店に来ており,Cから自分の夫である旨紹介されて,Cに日本人の夫がいることを知った。同年12月13日,Cから電話がかかってきて,しばらく雑談をした後,「夫がいないから,家に来ないか。」と言われて,Cがセックスしようと誘ってきたことがすぐに分かった。その時点でCが好きだという感情を抱いていなかったが,日本に来てからセックスをしておらず,セックスしたいという気持ちから誘いを断らず,B方に行って初めてCとセックスをした。その後,Cから,「夫は,仕事が終わってから麻雀をやっていて,あまり家に帰ってこない。」と言われていたので,ほとんど毎日のようにB方に行って,Cとセックスをしていた。イ平成10年4月中旬ころ,Cの友達から,Cが 事が終わってから麻雀をやっていて,あまり家に帰ってこない。」と言われていたので,ほとんど毎日のようにB方に行って,Cとセックスをしていた。 誘いを断らず,B方に行って初めてCとセックスをした。その後,Cから,「夫は,仕事が終わってから麻雀をやっていて,あまり家に帰ってこない。」と言われていたので,ほとんど毎日のようにB方に行って,Cとセックスをしていた。イ平成10年4月中旬ころ,Cの友達から,Cが 事が終わってから麻雀をやっていて,あまり家に帰ってこない。」と言われていたので,ほとんど毎日のようにB方に行って,Cとセックスをしていた。イ平成10年4月中旬ころ,Cの友達から,Cが捕まって泣いているという電話を受けたので,Cの携帯電話に何度も電話をし,Cから,「夫に手錠をかけられて,風呂場に連れて行かれ,暴力を振るわれた。それから,洋服を脱がされ,下着姿にさせられた。夫の友達二人が来たので,後で話そう。」などと言われたが,すぐに電話は切れた。翌日,仕事から帰ったところ,E方にCがおり,「夫から『何で家に帰ってこない。男がいるんだろう。』と問い詰められた。手錠をかけられて,風呂場に連れて行かれ,みぞおちを殴られた。夫のやくざの友達が二人来て,『男の名前を言え。』などと言いながら,一緒に暴力を振るってきた。下着姿のまま,木の棒を何かでくるんだもので頭や背中を殴られ,たばこの火を胸に押しつけられた。浮気相手はIだと言った。」などと言った。Cの頭にはたんこぶがあり,両目の下は赤く腫れ上がっており,背中には殴られたような痣があり,「首も動かない。腰が痛い。」などとも言っていた。Cは,Bやその仲間に暴力を振るわれたことをだいぶ恨みに思っている様子で,「夫は,『フィリピンに行ってお前の両親を殺してやる。』と言った。その前に,私が先にやらなくちゃ。」などと言っていたが,私は,Bが両親を殺す前に,CがBを殺すという意味だと思い,「そんなことはやめろ。」と言った。この日以来,Cは,E方に寝泊まりするようになった。その後も,Eがいないときや,Eが眠ってしまってから,ほとんど毎日,Cとセックスをしていた。ただ,私は,子供を一人もうけているMと結婚する予定になっているので,Cと結婚するつもりはなく,Cは単なるセックスフレンド ないときや,Eが眠ってしまってから,ほとんど毎日,Cとセックスをしていた。ただ,私は,子供を一人もうけているMと結婚する予定になっているので,Cと結婚するつもりはなく,Cは単なるセックスフレンドだった。ウ同年5月28日夜,Cは仕事に行き,同月29日午前3時ころ,Cから「これからお客さんと食事に行くことになった。 Mと結婚する予定になっているので,Cと結婚するつもりはなく,Cは単なるセックスフレンド ないときや,Eが眠ってしまってから,ほとんど毎日,Cとセックスをしていた。ただ,私は,子供を一人もうけているMと結婚する予定になっているので,Cと結婚するつもりはなく,Cは単なるセックスフレンドだった。ウ同年5月28日夜,Cは仕事に行き,同月29日午前3時ころ,Cから「これからお客さんと食事に行くことになった。午前4時ころには帰る。」という連絡があったが,結局E方に戻ってこなかった。同月29日,朝起きたときにも,Cは戻ってきておらず,出勤してからも仕事先からE方に電話をしたが,Eから,Cはまだ帰ってきていないと聞かされたし,仕事から帰っても,まだ,Cは帰ってきていなかった。そこで,同日の夜,Cの勤め先のJに電話をしたところ,まだ出勤してきていないと言われ,2回目の電話をしたら,Cは休みであると教えてもらった。また,午後10時近くになって,Cが,Bのところに戻っているのではないかと思って,Eの部屋にあったCの携帯電話を調べて知った電話番号により,Bの携帯電話にも電話を入れたが,誰も出なかった。同月30日午前零時過ぎころ,Eから電話があり,「CがBさんと会っているらしい。」と聞き,Cが2日間戻ってこないのは,Bと一緒にB方にいるためだと思った。エ同日は,午前7時ころ起き,顔を洗ってから服を着て,朝食を作り,食べ終わって食器を流しに持っていった。すると,玄関戸が開いて閉まる音がした。誰かが来たと思い,玄関の方を見たところ,Cが玄関内に立っていた。B方に泊まっていることは知っていたので,Cに「どうして今帰ってきたのか。何で来たの。」と聞いたところ,「タクシーに乗ってきた。」と言っていた。それで,Cに「どうして帰ってきたのか。」と聞いたところ,Cは,「大事な話がある。すぐ家に来て。」と言ってきたので,「どうして 何で来たの。」と聞いたところ,「タクシーに乗ってきた。」と言っていた。それで,Cに「どうして帰ってきたのか。」と聞いたところ,Cは,「大事な話がある。すぐ家に来て。」と言ってきたので,「どうして。」と聞くと,「いいから,後で来て。大事な話だから。」と言うので,「後から行く。」と答えた。すると,Cは急いでいる様子で,玄関の戸を閉め,E方を出ていった。Cがいう大事な話とは,B方にあるCの洋服を取りに来て欲しいという意味と理解したが,B方に行くとなれば会社を休まなければならないので,Cと一緒に行くことはできなかった。 たところ,Cは,「大事な話がある。すぐ家に来て。」と言ってきたので,「どうして。」と聞くと,「いいから,後で来て。大事な話だから。」と言うので,「後から行く。」と答えた。すると,Cは急いでいる様子で,玄関の戸を閉め,E方を出ていった。Cがいう大事な話とは,B方にあるCの洋服を取りに来て欲しいという意味と理解したが,B方に行くとなれば会社を休まなければならないので,Cと一緒に行くことはできなかった。その後,会社に休む旨の連絡をして,自転車でB方に向かったが,B方の前の路上に着くと,Bがいつも使用していた自転車が置いてあったのでBが在宅しているものと思い,同人が出かけるのを待つために,付近のKで携帯電話の料金を支払ったり,チョコレートを買ったりし,また,知人のフィリピン人女性であるNに電話をかけたりして,時間をつぶした。B方の前を行ったり来たりしたが,なかなかBの自転車はなくならなかった。同日午前11時ころから正午ころだったと思うが,空腹になってきたので,B方で何か食べさせてもらおうと思い,B方の前で自転車のベルを鳴らした。すると,Cが,道路に面した窓を開けて,「入っていいよ。」と声を掛けてきた。私は,Bがいないものと思い,B方に入ることにしたが,自転車を2台並べて置くと近所の人たちにBと違う男が来ているものと思われて,Cがかわいそうだと思い,「ちょっと待ってて。」と言って,少し離れた場所に自転車を置きに行った。そして,B方の玄関に行ったところ,Cがドアを開けて待っていたので,室内に入った。Cの後について寝室に入ると,ベッドの端から足が見え,Cに,「旦那がいるじゃないか。」と言ったところ を置きに行った。そして,B方の玄関に行ったところ,Cがドアを開けて待っていたので,室内に入った。Cの後について寝室に入ると,ベッドの端から足が見え,Cに,「旦那がいるじゃないか。」と言ったところ,Cは,「見て。」というので,よく見ると,顔に枕が置かれ,かけてある薄い毛布の首から胸の辺りが血で真っ赤だった。Bが死んでいると思い,Cに,「何やったの。」と聞いたところ,Cは,「刺した。」と言い,さらに,「どうして。」と理由を聞いたら,Cは,「仕返しをしただけよ。後二人残っている。」と答えた。同年4月に,CがBやその仲間に暴行を受けたことを知っていたので,その仕返しに殺したものと思った。そして,Cは,「あなたも一つの原因よ。 よく見ると,顔に枕が置かれ,かけてある薄い毛布の首から胸の辺りが血で真っ赤だった。Bが死んでいると思い,Cに,「何やったの。」と聞いたところ,Cは,「刺した。」と言い,さらに,「どうして。」と理由を聞いたら,Cは,「仕返しをしただけよ。後二人残っている。」と答えた。同年4月に,CがBやその仲間に暴行を受けたことを知っていたので,その仕返しに殺したものと思った。そして,Cは,「あなたも一つの原因よ。」と言った。Cに,「何を使った。」と凶器に何を使ったか聞いたところ,Cは,「それだよ。」と言いながら顎を出して,テーブルの上を指示したので,テーブルの上を見ると包丁が置いてあり,これを使って,CはBを刺したものと思った。この包丁は殺人の証拠になるので,Cのために捨てるか,あるいは隠して警察等に発見されないようにしなければならないと思い,手に取ろうと左手で包丁をつかもうとした。すると,ベッドの端に座っていたCも,その包丁を右手につかもうとし,一瞬早くCが先に包丁をつかんで自分の方に引き寄せ,そのとき,自分の左腕に包丁があたって,腕が切れた。その後,Cに指示して,自分の来ていた黒色上着の内ポケットに入れさせた。その後,ベッドに座って,Bの死体をどうするか,Cと相談したが,CからBを殺害した原因は私にもあると言われたことなどから,Bの死体の処理を手伝ってやらないといけないと思った。そして,相談の結果,死体をバラバラにして捨てるしかないと思い,「捨てるしかない。バラバラにするしかない。」と言ったところ,Cもこ ことなどから,Bの死体の処理を手伝ってやらないといけないと思った。そして,相談の結果,死体をバラバラにして捨てるしかないと思い,「捨てるしかない。バラバラにするしかない。」と言ったところ,Cもこれに賛成した。3 総括以上みたとおり,被告人A及びCの両名は,ともにいわゆる不倫関係を継続してきたこと及びCの夫たるBが殺害された日にB方で共謀してその死体を損壊・遺棄したことは認めつつ,互いに相手が殺人犯人である旨供述しているところ,本件全証拠に照らしても,被告人A及びC以外の第三者がBを殺害したものと窺わせる形跡は全くない。すなわち,Bは平成10年5月30日ころにB方で殺害されたものと認められるところ,Cは,Bが殺害される前日の夕方ころから同人が死亡するまで常時同人と行動を共にしており(鑑定書等の客観的証拠に照らせば,Bは刺突行為後ほどない間に死亡したものと認められるから(Dによれば,傷口から判断して1分かからないうちに死亡することもあり,10分以上というのは長過ぎるとする。 Bを殺害したものと窺わせる形跡は全くない。すなわち,Bは平成10年5月30日ころにB方で殺害されたものと認められるところ,Cは,Bが殺害される前日の夕方ころから同人が死亡するまで常時同人と行動を共にしており(鑑定書等の客観的証拠に照らせば,Bは刺突行為後ほどない間に死亡したものと認められるから(Dによれば,傷口から判断して1分かからないうちに死亡することもあり,10分以上というのは長過ぎるとする。),被告人Aの供述に従うとしても,CがE方まで被告人Aを呼びに来たのは,B死亡後のことになる。),被告人Aも少なくとも殺人事件発生からそれほど時間が経過しない時点からはB方に所在し,引き続き死体損壊・遺棄の準備的行為に着手していることが明らかであって,この一連の経過の間に第三者がB方に秘かに侵入するなどしてBを殺害し,あるいはその種行為に関与したと窺わせるようなところは全く見当たらないし,そもそも被告人A及びCの両名が,第三者による殺人の犯行を隠蔽するために死体損壊・遺棄に及ぶべき事情も全く窺われない。被告人A及びC両名共に,第三者の関与を疑わせるような供述は一切しておらず,実際上そのような可能性はないものと認められる。そうすると,本件殺人については, 体損壊・遺棄に及ぶべき事情も全く窺われない。被告人A及びC両名共に,第三者の関与を疑わせるような供述は一切しておらず,実際上そのような可能性はないものと認められる。そうすると,本件殺人については,現実には被告人A又はCによる単独犯行,若しくは両名共謀の上での犯行のいずれか以外は,およそあり得ないというべきである。そこで以下,かかる枠組みの下において,C及び被告人Aの各供述の信用性について順次検討する。第3 C供述の信用性について 1 C供述の重要性等Cは,(いずれが殺害したかはおくとして)本件殺人事件発生時に現場にいた者である上,遅くともその間もないころから被告人Aと行動を共にしていたことが明らかであり,公判廷においては,Bの死体損壊・遺棄に関与したことは全面的に認めつつ,事実を争う被告人Aの面前で,Bを殺害したのは被告人Aであり,C自身が殺人に関与したことは一切ないと断言し,本件当時における被告人Aの行動状況,その言動等について詳細な供述をしている。C供述は被告人Aの犯行を直接的に裏付ける中心的証拠であり,弁護人は同供述中,被告人Aの弁解と相容れない部分についてその信用性を激しく争っている。 り,公判廷においては,Bの死体損壊・遺棄に関与したことは全面的に認めつつ,事実を争う被告人Aの面前で,Bを殺害したのは被告人Aであり,C自身が殺人に関与したことは一切ないと断言し,本件当時における被告人Aの行動状況,その言動等について詳細な供述をしている。C供述は被告人Aの犯行を直接的に裏付ける中心的証拠であり,弁護人は同供述中,被告人Aの弁解と相容れない部分についてその信用性を激しく争っている。この点,C供述については,本件におけるその重要性に加え,C自身が殺害犯と目されかねない立場にあり,かつ,Cにおいてそのことを十分に認識していたのであるから,一般的にみる限り,自己の罪責を免れるべく故意に虚偽の供述をする危険性は極めて高く,その供述の信用性は慎重に判断する必要がある。2 C供述の信用性に疑いを容れる事情そこで検討するに,C供述については,以下に述べる如く,その供述の細部に至るまで信用性を有すると評するには疑問があるというべきである。(1) 秘密の暴露の欠如 容れる事情そこで検討するに,C供述については,以下に述べる如く,その供述の細部に至るまで信用性を有すると評するには疑問があるというべきである。(1) 秘密の暴露の欠如Cは,平成10年6月2日という本件捜査の初期段階から,長期にわたり連日のように捜査機関の取調べを受け,その結果,多数の供述調書が作成されている(甲40ないし45,88ないし129)ところ,その供述中に,信用性を高めるべきいわゆる秘密の暴露なるものが存在するか検討するに,本件捜査の進展状況は,証拠上判明している限り別紙供述経過・捜査経緯一覧表記載のとおりであるが,右捜査経緯に照らせば,C供述中にはいわゆる秘密の暴露と評すべき内容は特段存在しない。(2) 供述内容自体の不自然性アそして,Cの供述中には,看過しえない疑問点が存する。まずあげられるのが,同人が被告人AによるB殺害後にその死体損壊・遺棄に加わったとする経緯についての供述内容である。すなわち,Cは,その述べるところによると,平成10年4月16日に自己の浮気発覚を契機としてB及びその仲間から暴行を受けたため,その翌日以降E方において生活をするようになったものの,本件殺人事件の発生日(同年5月30日)の前日,Bに対する未練から同人との関係をやり直すべく同人方に戻り,それ以降Bと親密にしていたというのであるから,そうであるならば,Cにとって,Bを殺害した被告人Aは憎悪の対象となってこそ然るべきであるにもかかわらず,Cは被告人Aが自らの眼前でBを殺害するや,安易に被告人AによるBの死体損壊・遺棄に加わるという,通常では考え難い行動をとったというのである。 のの,本件殺人事件の発生日(同年5月30日)の前日,Bに対する未練から同人との関係をやり直すべく同人方に戻り,それ以降Bと親密にしていたというのであるから,そうであるならば,Cにとって,Bを殺害した被告人Aは憎悪の対象となってこそ然るべきであるにもかかわらず,Cは被告人Aが自らの眼前でBを殺害するや,安易に被告人AによるBの死体損壊・遺棄に加わるという,通常では考え難い行動をとったというのである。この点,Cは,第23回公判において,「当時,頼れる人は被告人Aしかいなかったので,彼についていくしか Bの死体損壊・遺棄に加わるという,通常では考え難い行動をとったというのである。この点,Cは,第23回公判において,「当時,頼れる人は被告人Aしかいなかったので,彼についていくしか方法はなかった。(自分は何も罪を犯していないのであるから,そこで被告人Aを頼る必要はないと思わないかという裁判所の質問に対し)多分,そうだと思う。なぜ,被告人Aに協力したのか,私にとっては分からない。その当時,私の感じていることは何もなかった。夫の体がバラバラにされているときも,何も感じていない。(自己の意図に反してB死亡の結果を招いた被告人Aに対して怒りの感情はわかなかったのかという裁判所の質問に対し)当時,誰に対しても特別な感情を持っていなかった。被告人Aから脅されたということもないし,自分がBより被告人Aのことを愛していたということもない。」旨供述するに止まり,それ以上の合理的な説明はしていない。この点は,自らが死体損壊・遺棄について被告人Aとして審理を受けた事件での供述をみても,同様である(弁2ないし7)。さらに,捜査段階の供述をみても,「被告人Aが私を独占するために夫を殺したことが分かると,怖さが薄れ,複雑な気持ちになった。もちろん,夫を殺された憎しみもあったが,夫を殺してまで私を愛してくれた被告人Aが愛おしいという気持ち,そこまで愛されて嬉しいという気持ち,私のために人殺しになってしまった被告人Aが可哀想だとの気持ちなどが絡み合った複雑な気持ちだった。これに加え,死んだ夫よりも生きている被告人Aの方が大事だとの気持ちもあったことから,私は被告人Aを逃がそうと考えたのです。」などと当時の心境に関して述べているものの(平成10年7月15日付け検察官調書謄本(甲42)),そこに語られた心境自体,合理的なものと受け止める そこまで愛されて嬉しいという気持ち,私のために人殺しになってしまった被告人Aが可哀想だとの気持ちなどが絡み合った複雑な気持ちだった。これに加え,死んだ夫よりも生きている被告人Aの方が大事だとの気持ちもあったことから,私は被告人Aを逃がそうと考えたのです。」などと当時の心境に関して述べているものの(平成10年7月15日付け検察官調書謄本(甲42)),そこに語られた心境自体,合理的なものと受け止める たことから,私は被告人Aを逃がそうと考えたのです。」などと当時の心境に関して述べているものの(平成10年7月15日付け検察官調書謄本(甲42)),そこに語られた心境自体,合理的なものと受け止めるにはかなりの困難がある。本件に至る経緯,当時の状況に鑑みれば,Cが死体損壊・遺棄に加わるには相当の理由があるはずのところ,強く印象付けられて然るべき当時の心情につき述べている内容には,客観的にみる限り,にわかに信じ難いところがあり,弁護人が指摘するとおり,不自然との評価を免れないものというほかない。イまた,弁護人はそのほかにもC供述内容が不自然不合理であるとして種々主張するところ,最も肝要と考えられる殺害時の状況に関する部分をみても,Cの供述によれば,Bは,Cと二人で寝ている寝室に突然入って来て「おはよう」などと言った被告人Aに対し,何ら特段の反応をしなかったばかりか,被告人Aから渡された被告人AとCの性交場面を撮影した写真を黙って見ていたというのであり,また,C自身は被告人Aが殺人の行為に及んだ際,Bと寝ていたベッドから逃れてたばこを吸いながら,その模様を見ていたとするのである。弁護人は,これらに対し,いかにBが半覚醒の状態であったとしても,自宅寝室に第三者が無断で侵入したのを認識しながら,Cの述べるような行動に出ることはあり得ないのではないか,たばこを吸うというのもその場の状況からして不自然ではないかなどとして,Cが目撃したとする犯行前後の関係者の行動や状況そのものに関して疑問を呈しているところ,その指摘には直ちに排斥し難いものが残るといえる。この点は,弁護人指摘にかかるその他の事項についても概ね同様である。(3) 供述の変遷,不安定性Cは,被告人A又はCのいずれが殺害実行犯かという本件における最重 が残るといえる。この点は,弁護人指摘にかかるその他の事項についても概ね同様である。 然ではないかなどとして,Cが目撃したとする犯行前後の関係者の行動や状況そのものに関して疑問を呈しているところ,その指摘には直ちに排斥し難いものが残るといえる。この点は,弁護人指摘にかかるその他の事項についても概ね同様である。(3) 供述の変遷,不安定性Cは,被告人A又はCのいずれが殺害実行犯かという本件における最重 が残るといえる。この点は,弁護人指摘にかかるその他の事項についても概ね同様である。(3) 供述の変遷,不安定性Cは,被告人A又はCのいずれが殺害実行犯かという本件における最重要点たる事項についてすら,捜査段階の当初,いったんは被告人Aの犯行である旨供述したものの,その後自らの犯行であるとも供述し,さらにその後,再度被告人Aの犯行である旨供述するなど,別紙供述経過・捜査経緯一覧表記載のとおり,Cの供述調書及び供述書上明らかに認められるだけでも,4回にわたって激しく供述を変遷させているほか,その目撃したとする被告人Aの犯行前後の行動等についても,複数の点にわたって捜査・公判を通じ供述内容に変遷がみられる。このようにC供述は,その外形的側面からみても不安定な面が多い。(4) 公判廷における供述態度及び日常の人格態度アさらに,Cの公判廷における供述態度をみるに,たとえば,Cは,弁護人から,本件当日にBとベッドで寝ている際,ぬいぐるみを抱いて寝ていなかったかと質問されたのに対し,いったんは明確に否定する旨の供述をしながら,その直後にCによる目撃状況を再現した検証調書(甲130)の写22ないし24を示され,自らぬいぐるみがベッド上に置かれた状態で再現していたことを確認するや,間をおくことなく「私は寝ていたときぬいぐるみを抱いていたのです。」と供述を変更し(第16回公判),あるいは,被告人Aが負った腕の怪我につき,弁護人からどのようにしてできた傷なのか被告人Aから聞いたかと質問されたのに対して,いったんは「彼がBさんを両手で刺していたときにその手が傷ついたということは聞きました。そのほかはもう覚えていません。」と供述しながら,弁護人からさらに捜査段階では被告人Aから1回刺した後に骨に当たっ たんは「彼がBさんを両手で刺していたときにその手が傷ついたということは聞きました。そのほかはもう覚えていません。」と供述しながら,弁護人からさらに捜査段階では被告人Aから1回刺した後に骨に当たって,もう1度押し込んだときに怪我をしたと聞いたと述べていないか旨尋ねられるや,間髪おかずに「はい。 かはもう覚えていません。」と供述しながら,弁護人からさらに捜査段階では被告人Aから1回刺した後に骨に当たっ たんは「彼がBさんを両手で刺していたときにその手が傷ついたということは聞きました。そのほかはもう覚えていません。」と供述しながら,弁護人からさらに捜査段階では被告人Aから1回刺した後に骨に当たって,もう1度押し込んだときに怪我をしたと聞いたと述べていないか旨尋ねられるや,間髪おかずに「はい。」と答える(第19回公判)などしており,その応答状況に鑑みれば,Cが,公判廷で,とりわけ弁護人からの反対尋問に対し,自ら記憶を喚起した上で主体的に真摯な態度で証言をしたというよりは,場当たり的な供述態度で応じたともみられるのである。加えて,Cは,公判廷において,「私は最初の取調べから嘘を言っていないつもりですので,すべてのことを言っていると思います。本当のことは言っていると思います。」(第19回公判)などと,捜査段階の供述の変遷状況に照らせば明らかに事実と異なることを述べるなどしている。これらの点に照らせば,公判廷におけるCの供述態度にはかなり恣意的ないしは場当たり的なものが窺われる。イ次に,Cの日常の人格態度について検討するに,C自身,公判廷において,自己を評して「考えはすぐ変わる。何事もすぐにまじめに考えないで,すぐ決断をする。」(第10回公判)などと場当たり的人格を有していることを認める供述をしている。また,FでCと一緒に働いていたことのあるOは,公判廷において,Cの話はくるくる変わることがあり,そのため自分はCのことがあまり好きではなかった旨供述している。もっとも,Oは,Eとかなり親密な友人関係にあって,Eひいてはその実兄である被告人Aに有利になるような供述をしかねない立場にあるといえる。しかし,Oは,「自分がCに対して店の決まりやルールのことを話すときは,Cも『はい』と返 密な友人関係にあって,Eひいてはその実兄である被告人Aに有利になるような供述をしかねない立場にあるといえる。しかし,Oは,「自分がCに対して店の決まりやルールのことを話すときは,Cも『はい』と返事をするものの,全然従わず,そのことについて聞くと嘘をつく。」などとCのいい加減な言動を具体的に指摘している上,ほかにもCの平素の言動について同様の感想を持っていた者がいると窺われ,必ずしもOがいずれかに与して供述しているとはみられず,Oの供述は信用できるといえる(なお,弁護人は,Oのほかに,Fやxのクラブ「P」でCと一緒に働いていたQの,Cの言っていることは本気にしていない旨の公判供述もC供述の信用性が認められない証左の一つとしてあげているが,Q供述は,前後の流れをみれば,Cが酔っている状態にあることを前提として述べているものと認められるから,弁護人の主張するように一般的にとらえることはできない。 して供述しているとはみられず,Oの供述は信用できるといえる(なお,弁護人は,Oのほかに,Fやxのクラブ「P」でCと一緒に働いていたQの,Cの言っていることは本気にしていない旨の公判供述もC供述の信用性が認められない証左の一つとしてあげているが,Q供述は,前後の流れをみれば,Cが酔っている状態にあることを前提として述べているものと認められるから,弁護人の主張するように一般的にとらえることはできない。)。そうすると,Cはその自認するとおり,平素においてもかなり場当たり的な供述態度を取っていたことが窺われる。ウこのようなCの供述態度等について,検察官は,C証言中には反対尋問の後半段階において,若干供述内容が混乱する部分や一見すると投げやりな態度とみられる部分があることは否定できないが,①間隔を置いて尋問された結果,主尋問時点で喚起された記憶についても十分喚起できなかったに過ぎないこと,②弁護人の尋問には,Cが淫蕩で虚言癖のある殺人者と決めつけ,同人が意固地な嘘つきであるかのごとく主張するものもあり,このような弁護人からの質問に対して,一時的に誠実に答えようとする気力を失ったものと推察されること,③Cは,証人尋問が実施された期間中の平成11年9月から翌12年3月までの間,東京拘置所において独居拘禁を余儀なくされ,そ 問に対して,一時的に誠実に答えようとする気力を失ったものと推察されること,③Cは,証人尋問が実施された期間中の平成11年9月から翌12年3月までの間,東京拘置所において独居拘禁を余儀なくされ,それが同人の精神に悪影響を及ぼしていると推認されることなどをその理由として主張し,C供述自体の信憑性は高いとする。確かにCが長期間,多数回にわたり,しかも公判廷で証言するには精神的負担を感じるような事項について,詳細に,かつ,繰り返し当事者からの質問を受け,その結果,証人尋問の後半段階においては,かなり消耗した状態にあったことは,その供述態度,応答振り等からしても明らかである。しかし,③に関しては,Cの東京拘置所在監中の動静に関する「捜査関係事項照会書に対する回答」(甲137)において特異動静なしとされていることなどに照らし,それを裏付ける具体的証拠はない。また,②については,前示のとおり平素から場当たり的言動をすることがあったCの人格態度に照らせば,公判廷における場当たり的ともみられる供述態度を一時的なものと安易に評することは相当でない。 振り等からしても明らかである。しかし,③に関しては,Cの東京拘置所在監中の動静に関する「捜査関係事項照会書に対する回答」(甲137)において特異動静なしとされていることなどに照らし,それを裏付ける具体的証拠はない。また,②については,前示のとおり平素から場当たり的言動をすることがあったCの人格態度に照らせば,公判廷における場当たり的ともみられる供述態度を一時的なものと安易に評することは相当でない。さらに,①については,主尋問に際して時系列順に聞かれた結果,記憶が喚起された事柄について,反対尋問では混乱が生じた経緯も窺われないではない。しかし,同時にCは,当然記憶に残っているであろう事柄についてすら,尋ねられる状況に応じ,相手に合わせて答えるなど,かなりあいまいで場当たり的な供述をもしていることが窺えるのであるから,単純に時間の経過をもってC供述の乱れが生じた理由とすることは相当でないというべきである。以上からすれば,前記検察官の主張する点から,その理由が合理的に説明されているものとはいえない。(5) 検察官の主張について以上のとおり,C供述は きである。以上からすれば,前記検察官の主張する点から,その理由が合理的に説明されているものとはいえない。(5) 検察官の主張について以上のとおり,C供述は細部に至るまで信用性を有すると評するには疑問があるというべきところ,検察官は,以下の理由をあげて全面的に信用できる旨主張しているので,これについて以下検討する。アまず,検察官は,本件犯行に至るまでの経緯に関するCの公判供述は,その重要部分において関係者の供述により十分裏付けられているとする。確かに,検察官の主張するとおり,R,H,S,T,Q及びUら,本件犯行に至る経緯の中でCあるいは被告人Aと関わりを持った関係者の供述中には,Cの公判供述と合致する点が多く認められる。しかしながら,その合致する事情の大部分は,たとえその存在や真実性が認められたとしても被告人Aが本件殺人犯であるというC供述の最重要点とは必ずしも直結しない事実であったり,あるいは弁護人の主張するとおり被告人Aに不利益とならない見方をすることも可能な二面性を有する事実なのであるから,単純にCの述べる犯行に至る経緯が関係者によって裏付けられているということをもって,直ちに被告人Aが殺害犯である旨の部分についてのC供述が信用性を有するということにはならないというべきである。 れたとしても被告人Aが本件殺人犯であるというC供述の最重要点とは必ずしも直結しない事実であったり,あるいは弁護人の主張するとおり被告人Aに不利益とならない見方をすることも可能な二面性を有する事実なのであるから,単純にCの述べる犯行に至る経緯が関係者によって裏付けられているということをもって,直ちに被告人Aが殺害犯である旨の部分についてのC供述が信用性を有するということにはならないというべきである。イまた,検察官は,本件犯行前後の状況に関するCの公判供述は,客観的証拠とも合致していると主張する。(ア) 具体的には,まず,本件犯行直後に行われたB方の検証の際,室内がきれいに清掃されており,かつ,炊飯器内には米飯が,そしてオーブントースター内にはウィンナーソーセージやベーコン様のものがそれぞれ遺留されていた状況が認められ(甲23),かかる状況は,本件直前 内がきれいに清掃されており,かつ,炊飯器内には米飯が,そしてオーブントースター内にはウィンナーソーセージやベーコン様のものがそれぞれ遺留されていた状況が認められ(甲23),かかる状況は,本件直前にB方において掃除や料理を行ったというC供述を裏付けているとする。確かに,B方の右状況は,何者かが本件犯行に近接した時点で掃除や料理を行ったという事実を示すものではあるが,それのみでは果たしてCが自ら述べるとおりに料理等をしたのかどうかは分からない上,被告人Aの供述内容と積極的に矛盾するというものでもないのであるから,この点をもって被告人Aが殺害犯であるとするC供述までもが高く信用できるというような事情にはならないというべきである。(イ) また,検察官は,Vが,鑑定書(甲134)において,被告人Aの左前腕部の創傷は鋭利な刃物の作用によって生じたし開創であるとした上,さらに公判廷において,仰向けに横たわっている被害者に対して,右手で持った包丁で胸部を突き刺した場合には,包丁を刺したり抜いたりする際に,何らかの形でこのような傷を負う可能性は十分ある旨供述していることをもって,当該傷について,被告人AからBともみ合ったときに包丁で切った旨聞いたとするC供述を裏付けているとする。しかしながら,Vは,単に前記のような状況下で被告人Aの左腕に当該傷が生じる可能性がある旨を述べたに止まり,その余の原因による傷の発生を否定しているわけではないのであるから,この点をもって,C供述の信用性が決定的に補強されているとまで評することはできない。 可能性は十分ある旨供述していることをもって,当該傷について,被告人AからBともみ合ったときに包丁で切った旨聞いたとするC供述を裏付けているとする。しかしながら,Vは,単に前記のような状況下で被告人Aの左腕に当該傷が生じる可能性がある旨を述べたに止まり,その余の原因による傷の発生を否定しているわけではないのであるから,この点をもって,C供述の信用性が決定的に補強されているとまで評することはできない。(ウ) さらに,検察官は,Bの死体解剖に当たったDが,公判廷において,Bの手指の弁状創につき,生存時にできた可能性もあり,防御創と考えても矛盾はしな るとまで評することはできない。(ウ) さらに,検察官は,Bの死体解剖に当たったDが,公判廷において,Bの手指の弁状創につき,生存時にできた可能性もあり,防御創と考えても矛盾はしない旨供述していることをもって,Bが被告人Aともみ合いをしていたときに横になったまま両手で包丁を抜こうとしていたとするC供述が信用できる根拠の一つとしている。しかしながら,そもそもDは,Bの手指の弁状創は死後にできた可能性も生存時にできた可能性もあるというのみで,そのいずれか判別不能とするのであるから,Cの供述する状況に合致する可能性があるとしても,そのことを過大に評価することはできない。(エ) 以上のとおりであり,検察官において,C供述につき,その内容が客観的証拠と合致していると主張する点は,必ずしも被告人AがBを殺害したとするC供述の信用性を疑問の余地が入らないほど客観的に裏付けるものとまではいえない(なお,検察官は,前記の事情のほかに,死体解剖時のBの残尿量から推測される同人の最後の放尿時刻及び浴槽に運び入れた際のBの死体硬直の程度等についても,C供述の信用性を裏付けるものとして主張しているが,これらの点については,後に検討する。)。ウさらに,検察官は,Cの公判供述がその検察官調書(甲40ないし42)とも合致することを指摘し,これをもってCの公判供述の信用性が高いことの根拠の一つとしている。確かに,C公判供述は,同人の一部の検察官調書と概ね合致しているといえるが,前示のとおり,その供述過程すべてをみた場合,詳細な点まで含めると,かなりの変遷が認められるのであり,そうである以上,その一連の供述の一部との合致を指摘しても,直ちに信用性補強の根拠にはならないというべきである。 調書(甲40ないし42)とも合致することを指摘し,これをもってCの公判供述の信用性が高いことの根拠の一つとしている。確かに,C公判供述は,同人の一部の検察官調書と概ね合致しているといえるが,前示のとおり,その供述過程すべてをみた場合,詳細な点まで含めると,かなりの変遷が認められるのであり,そうである以上,その一連の供述の一部との合致を指摘しても,直ちに信用性補強の根拠にはならないというべきである。その供述過程すべてをみた場合,詳細な点まで含めると,かなりの変遷が認められるのであり,そうである以上,その一連の供述の一部との合致を指摘しても,直ちに信用性補強の根拠にはならないというべきである。以上のとおり,C供述については,とりわけその供述の不安定性及び公判廷における恣意的,場当たり的供述態度等に照らし,その細部に至るまで信用性を有すると評するには疑問が残ることは否定できない。3 C供述の信用性を裏付ける事情しかしながら,翻って案ずるに,本件の証拠構造の下では,Bを殺害した犯人は,およそ被告人AかCのいずれかしかあり得ないのであり,そのような状況の中で,Cは被告人Aが殺害したと供述し,被告人AはCが犯人である旨の供述をしているのであるから,まさに弁護人が最終弁論で「被告人AがBの殺害行為をしたか否かについては,被告人Aが殺害行為をしたというCの供述と,殺害行為をしていないという被告人Aの供述のどちらが信用性が高いかということに帰結する。」旨指摘しているように,C供述の信用性も被告人A供述のそれとの比較対照において検討,判断すべき筋合いのものである。このような観点からすると,以下に述べる如く,被告人Aが犯人であるというC供述を裏付ける極めて重要な間接事実も存在し,その旨のCの供述内容について,その信用性を高く評価できる事情も認められるのである。(1) 被告人Aがした犯行をほのめかす供述についてア関係証拠によれば,Wは,平成10年6月4日から同月10日までの間,Nからの依頼で被告人Aを自宅に泊めてやっていたことが認められるところ,Wは,公判廷において,概ね以下のように供述する。事件については,Nから聞いた。そして,自分がNから事件のことを聞いた翌日,被告人Aは出頭した。Nから ていたことが認められるところ,Wは,公判廷において,概ね以下のように供述する。事件については,Nから聞いた。 いてア関係証拠によれば,Wは,平成10年6月4日から同月10日までの間,Nからの依頼で被告人Aを自宅に泊めてやっていたことが認められるところ,Wは,公判廷において,概ね以下のように供述する。事件については,Nから聞いた。そして,自分がNから事件のことを聞いた翌日,被告人Aは出頭した。Nから ていたことが認められるところ,Wは,公判廷において,概ね以下のように供述する。事件については,Nから聞いた。そして,自分がNから事件のことを聞いた翌日,被告人Aは出頭した。Nからは,警察が被告人Aのことを探しているとか,又は被告人Aがある事件に関わったということしか聞いてなかったので,Nから事件のことを聞いた日に,被告人Aになぜ警察が彼のことを捜しているのかを尋ねたところ,被告人Aは,「私は日本人を殺してしまいました。」と言い,その日本人が被告人Aの恋人の旦那であるということを聞いた。そして,被告人Aは自分が刺したということを言っていた。被告人Aの話によると,最初に日本人の家に入ったのがその女性で,その次にその部屋に入ったのが被告人Aであり,その後,被告人Aがその日本人を刺したということである。その女性がその部屋に入って,そこでその男性をうまくだまして,その後に彼が入ったということを聞いたが,具体的にどうやってうまくだましたということは聞いていない。また,被告人Aが日本人の部屋に入ったのがいつかということは聞いていない。被告人Aらは,その家を出て,夕方になって再びその家に戻り,そのときにその死体をばらばらにしてプラスチックの袋みたいなものに入れ,いろいろなところに捨てたと聞いた。被告人Aは胸にナイフを刺したということを言っていた。その日本人がどんな体勢だか,座っているのか,立っているのかは聞いていない。刺した後は倒れたということは聞いた。ナイフを使ってバラバラにしたと聞いた。その後は,その切った死体をプラスチックの中に入れて,そのプラスチックを大きいかばんに入れて,別々のところに捨てたということを言っていた。死体を切ることについては,二人でやったと聞いたが,具体的にどちらがどういう担当をしたというこ チックの中に入れて,そのプラスチックを大きいかばんに入れて,別々のところに捨てたということを言っていた。死体を切ることについては,二人でやったと聞いたが,具体的にどちらがどういう担当をしたということまでは聞いていない。 て,そのプラスチックを大きいかばんに入れて,別々のところに捨てたということを言っていた。死体を切ることについては,二人でやったと聞いたが,具体的にどちらがどういう担当をしたというこ チックの中に入れて,そのプラスチックを大きいかばんに入れて,別々のところに捨てたということを言っていた。死体を切ることについては,二人でやったと聞いたが,具体的にどちらがどういう担当をしたということまでは聞いていない。死体を捨てるのも二人でやったし,いろいろな川に捨てたということを聞いた。被告人Aは,女性がその男に暴力を振るわれた,その男性はやくざで,被告人Aを探しているということを言っていた。その男性がなぜ被告人Aを探しているかということについては,被告人AとCが関係ができたから,また,あったからということを聞いた。被告人Aからは,その日本人が自分に対して何をするのか心配しているということだけを聞いた。(話を聞いたとき被告人Aは自分や自分の交際相手が逮捕されることを心配していたかという質問に対し)被告人Aの顔の様子は,とても心配しているみたいだった。被告人Aは,もしCが捕まったら,絶対被告人Aのことをこの事件に巻き込まれないようにCがするということを言っていた。自分に話をしていたとき,被告人Aは涙ぐんでいた,又は,悲しそうな顔だった。自分が被告人Aから犯行の話を聞いたときは,普通の聞き方である。被告人Aは,何かすごく怖がっていた様子だった。同月4日に会うまでは,被告人Aとは全く友人関係などなかったし,同月9日に事件の話をするまでの間に,親しい友人になったということもない。一緒にいる時間がとても短くて,友達ということにはならない。自分も,なぜ,事件のことを自分に話したのか,信じられなかった。1回だけ普通に聞くと,被告人Aの方から答えてくれたのである。同月9日に被告人Aが話した内容というのは,全く自分は分からない話だった。日本人の胸にナイフを刺したと言っていたとき,被告人Aの言った言葉に,シナクサッコの「コ」があるの 方から答えてくれたのである。同月9日に被告人Aが話した内容というのは,全く自分は分からない話だった。日本人の胸にナイフを刺したと言っていたとき,被告人Aの言った言葉に,シナクサッコの「コ」があるので,自分が刺したということで理解した。イ Wの右証言は,被告人Aから殺人の犯行を告白されたという強く印象付けられるべき自らの特異な体験について,事実を争っている当の被告人Aの面前で,具体的かつ詳細に真摯誠実な態度で述べるもので,それ自体に不自然不合理な点はなく,弁護人の詳細かつ執拗な反対尋問に対しても供述の根幹は動揺を見せていない。 っていたとき,被告人Aの言った言葉に,シナクサッコの「コ」があるので,自分が刺したということで理解した。イ Wの右証言は,被告人Aから殺人の犯行を告白されたという強く印象付けられるべき自らの特異な体験について,事実を争っている当の被告人Aの面前で,具体的かつ詳細に真摯誠実な態度で述べるもので,それ自体に不自然不合理な点はなく,弁護人の詳細かつ執拗な反対尋問に対しても供述の根幹は動揺を見せていない。Wが被告人Aの告白を聞くに至った経緯は,Wにおいて,Nから被告人Aが警察の探索を受けている旨聞いたことから,詳細な事情を被告人Aから聞くべく主体的に事情を問い質す中で告白を受けたというものであるから,経緯自体に不自然なところはなく,その記憶が鮮明に残っていることも不思議ではない。そして,その供述中,Wが被告人Aから聞いたとする内容には,切った死体をプラスチックの袋の中に入れ,さらにそれを大きなかばんに入れて,別々のところに捨てたということなど,Wが知り得ない客観的事実に合致する内容が多数含まれている。さらに,Nは,公判廷で,Wから被告人Aの告白内容を聞いたとして,「Wから聞いた話だと,最初,女が旦那の部屋に入り,その後,被告人Aが部屋に入って,何か包丁を持って旦那の心臓を刺したということだった。」旨Wの供述と合致する供述をしており,Wが被告人Aから聞いたとする供述内容の正確性はこれによっても裏付けられており,その供述の一貫性も認められる。加えて,Wは,本件以前には被告人Aと何らの関係もなかったもので,ことさら被告人Aを陥れるべく虚偽の供述をするような理由は窺えない。そうすると,その信用性は極めて高い その供述の一貫性も認められる。加えて,Wは,本件以前には被告人Aと何らの関係もなかったもので,ことさら被告人Aを陥れるべく虚偽の供述をするような理由は窺えない。そうすると,その信用性は極めて高いといえる。これに対し,弁護人は,Wが,事件当時不法に日本に滞在している身であって,当時交際していたNの紹介で被告人Aの居場所を提供することになったものの,被告人Aのことが警察沙汰となり,被告人AがWの存在まで話したため同人に対しても警察の手が及び,またこれがきっかけでNとの関係もうまくいかなくなったことから,Wが被告人Aに対する恨みを有していることは容易に想像され,さらに,Wが不法滞在の身で警察,検察の取調べを受けていることからして,強制退去等の処分がされないよう捜査機関に迎合的な供述をする可能性も否定できないなどとして,Wの供述は信用できない旨主張する。 のことが警察沙汰となり,被告人AがWの存在まで話したため同人に対しても警察の手が及び,またこれがきっかけでNとの関係もうまくいかなくなったことから,Wが被告人Aに対する恨みを有していることは容易に想像され,さらに,Wが不法滞在の身で警察,検察の取調べを受けていることからして,強制退去等の処分がされないよう捜査機関に迎合的な供述をする可能性も否定できないなどとして,Wの供述は信用できない旨主張する。確かに,W自身,公判廷で,本件に巻き込まれたことが理由の一つとなってNとの交際を断ったことや,警察での事情聴取の際,強制送還されるのではないかと当初心配した旨供述しているところではある。しかしながら,Wは,同人自身に警察の手が及ぶ以前,ひいてはNとの関係が悪化する以前の時点において,Nに対し,公判供述と同旨の「最初,女が旦那の部屋に入り,その後,被告人Aが部屋に入って,包丁を持って旦那の心臓を刺した」という趣旨の被告人Aによる犯行告白内容を告げている事実が認められ,Wは自らに不利益が及んだ段階で初めて被告人Aに不利益な内容の供述をしたものではない。そのほか前示したところに照らすと,弁護人が種々主張するところを仔細に検討しても,到底W供述の信用性を揺るがし得るものではない。以上によれば,被告人Aが,警察に出頭する以前にWに対し,恋人の旦那で ろに照らすと,弁護人が種々主張するところを仔細に検討しても,到底W供述の信用性を揺るがし得るものではない。以上によれば,被告人Aが,警察に出頭する以前にWに対し,恋人の旦那である日本人の胸にナイフを自ら刺した旨の告白をした事実が認められる。ウさらに,Nも「平成10年6月9日午後6時ころ,千葉県四街道市に住んでいる姉のXから電話があり,その後,午後8時ころ,被告人Aから電話があった。私が,被告人Aに,『本当にやったの。彼女を,好きじゃないんでしょ。』と,殺人をやったのかという意味で聞いたところ,被告人Aは,『俺のやったことは言えない。どっちが先にやられるのか分からなかった。やられるよりも・・・。万が一の時は彼女が責任をとる。』と言ってきた。被告人Aが人殺しをしたことを否定せず,『やったことは言えない。』などと言ってきたので,被告人Aが人殺しをやってしまったものと思い,『どうやって殺したのよ。』と聞いたが,被告人Aは,『言いたくもない。思い出したくもない。 ったのかという意味で聞いたところ,被告人Aは,『俺のやったことは言えない。どっちが先にやられるのか分からなかった。やられるよりも・・・。万が一の時は彼女が責任をとる。』と言ってきた。被告人Aが人殺しをしたことを否定せず,『やったことは言えない。』などと言ってきたので,被告人Aが人殺しをやってしまったものと思い,『どうやって殺したのよ。』と聞いたが,被告人Aは,『言いたくもない。思い出したくもない。』と言って答えなかった。」旨供述している(検察官調書(甲67))。その供述内容は被告人Aとのやり取りを具体的に述べるもので,前後の流れも自然で客観的状況にも沿い,よく信用できる。そして,その供述内容によれば,被告人AとNの会話の経緯,状況からして,まさにNが当時そのように理解したとおり,被告人AがNに対し殺人を犯したことをほのめかす趣旨の話をしたものとみることができる。弁護人は,Nは被告人Aから直接的な告白は何も受けていない旨主張するところ,確かにN供述中の被告人Aが述べた内容自体は抽象的なものであって,被告人Aが自らの殺人の犯行を積極的に明らかにしたとまではみることができないものの,被告人Aが殺人を犯したことを前提とするNからの質問に対し,これを否 告人Aが述べた内容自体は抽象的なものであって,被告人Aが自らの殺人の犯行を積極的に明らかにしたとまではみることができないものの,被告人Aが殺人を犯したことを前提とするNからの質問に対し,これを否定する言葉を一切述べずに,弁解じみたことを言うに止まっている会話内容からすれば,Nにおいて被告人Aが殺人をしたものと受け止めたことはまことに自然かつ合理的であって,その後に自首の相談をするなどしていることなどからしても,それが被告人Aの意に反したものとは到底みられない。エ被告人Aは,捜査・公判を通じて一貫して殺人の犯行を否認し続けており,かかる被告人Aが,逮捕される以前に自ら殺人の実行行為を行ったことを認める告白をしたという事実は,しかもその述べるところの犯行態様が,被害者の部屋に入り,恋人のいるところで,被害者の胸にナイフを刺すという,C供述に符合する内容のものであることに照らしても,殺害実行犯が被告人AかCかのいずれかしかあり得ないという本件状況下において,被告人Aがその犯人であるというC供述の正確性を極めて強く担保する事情ということができる。 逮捕される以前に自ら殺人の実行行為を行ったことを認める告白をしたという事実は,しかもその述べるところの犯行態様が,被害者の部屋に入り,恋人のいるところで,被害者の胸にナイフを刺すという,C供述に符合する内容のものであることに照らしても,殺害実行犯が被告人AかCかのいずれかしかあり得ないという本件状況下において,被告人Aがその犯人であるというC供述の正確性を極めて強く担保する事情ということができる。(なお,検察官は,同様に,Xに対しても被告人Aが殺人の犯行をほのめかす供述をしたと主張する。しかし,Xの「被告人Aから電話がかかってきた際,被告人Aに『本当にあなたがやったの。』と尋ねたところ,被告人Aは,『テレビや新聞のニュースを見たか。ニュースのとおりだ。えらいめにあった。俺一人でやったんじゃない。二人で。』と答え,さらに,『あなたが一人でやったんじゃなければ,女と二人でやったの。』と聞いたところ,被告人Aは黙って答えなかった。」旨の検察官調書(甲156)については,本件では死体損壊・遺棄を被告人A及びCが共謀の上実行したことは争いがない上,Xは被告人Aとタガログ やったの。』と聞いたところ,被告人Aは黙って答えなかった。」旨の検察官調書(甲156)については,本件では死体損壊・遺棄を被告人A及びCが共謀の上実行したことは争いがない上,Xは被告人Aとタガログ語における「殺す」「刺す」という言葉ではなく,「やる」という言葉でやり取りしたというのであるから,かかる一連の経緯に鑑みれば,被告人Aが殺人について自らの犯行をほのめかす供述をしたとまでみることはできない。)(2) Bの残尿量との整合性さらに,死体解剖時のBの残尿量から推定される最後の放尿時刻という観点から,C供述と被告人A供述を比較検討した場合,C供述の方がはるかに合理的であるということができる。アすなわち,まず,鑑定書(甲19)によれば,死体解剖時,Bの膀胱内には黄色微混濁尿580ミリリットルが残存していた事実が認められる。そして,Bの司法解剖に補助者として立ち会ったVは,公判廷で,「膀胱内に尿がたまるという現象は,人が生存していないと起こらない。死後に水の中に死体が漬けられたとしても尿道から膀胱内に水が逆流するということはほとんど考えられず,そのままの状態で尿が残っていたと考えてよい。通常1分間に1ミリリットルぐらいの量が産生されると考え,生前に大量の水分摂取があった等の特段の事情があった場合には補正することになるが,約580ミリリットルということであれば,最後の放尿から580分,約9時間から10時間ぐらいが経過していたと推定できる。 い。死後に水の中に死体が漬けられたとしても尿道から膀胱内に水が逆流するということはほとんど考えられず,そのままの状態で尿が残っていたと考えてよい。通常1分間に1ミリリットルぐらいの量が産生されると考え,生前に大量の水分摂取があった等の特段の事情があった場合には補正することになるが,約580ミリリットルということであれば,最後の放尿から580分,約9時間から10時間ぐらいが経過していたと推定できる。」旨供述している。Vは,法医学者としてこれまで司法解剖の経験を豊富に有し,本件死体解剖における所見についても医学的な根拠に基づいて供述している上,その内容に特段不自然不合理なところはなく,同人の供述には高い信用性が認められる。れまで司法解剖の経験を豊富に有し,本件死体解剖における所見についても医学的な根拠に基づいて供述している上,その内容に特段不自然不合理なところはなく,同人の供述には高い信用性が認められる。イこの点,Cは,公判廷において,「平成10年5月29日は,夕食の準備をしてBと食べた後一眠りし,午後10時ころからBとaの居酒屋にいき,翌30日午前零時ころまでそこにいた。そして,帰る途中,ビデオレンタルの店に行き,さらにKに立ち寄って,コーラ,ワッフル,ホットドック,たばこ,缶コーヒー,焼きうどん又は焼きそば,パン,卵,クリームなどを買い,B方に戻ってからKで買ってきたものを食べた。その後,セックスをして寝た。同日午前11時ないし正午ころ,被告人Aが寝室に入ってきてBの胸を刺し,殺した。」旨供述し,他方,被告人Aは,先にみたとおり,同月30日午前7時過ぎころ,CがE方に来て,被告人Aに対し「大事な話がある。すぐ家に来て。」と言い,被告人Aが同日午前11時ないし正午ころB方に入るとBは既に死んでいた旨供述している。Cの供述からすれば,Bが殺害されたのは同月30日午前11時ないし正午ころということになり,そこから残尿量によって推定される最後の放尿時刻を割り出すと,同日午前1時ないし午前3時ころということになるが,被告人Aの供述からすれば,既に同日午前7時より前の時点でBは殺害されていたものと想定され,そうすると,最後の放尿時刻は,最も遅くみても同月29日午後10時ころより前の時点ということになる。この点,B方の検証調書(甲23)の末尾添付写真47によれば,6畳洋室中央に設置されたこたつテーブル上に焼きうどんが残留されている事実が認められることなど,客観的証拠関係に照らしても,Cが述べるBとの前夜の外出や帰宅後の経緯は概ね すれば,既に同日午前7時より前の時点でBは殺害されていたものと想定され,そうすると,最後の放尿時刻は,最も遅くみても同月29日午後10時ころより前の時点ということになる。この点,B方の検証調書(甲23)の末尾添付写真47によれば,6畳洋室中央に設置されたこたつテーブル上に焼きうどんが残留されている事実が認められることなど,客観的証拠関係に照らしても,Cが述べるBとの前夜の外出や帰宅後の経緯は概ね 末尾添付写真47によれば,6畳洋室中央に設置されたこたつテーブル上に焼きうどんが残留されている事実が認められることなど,客観的証拠関係に照らしても,Cが述べるBとの前夜の外出や帰宅後の経緯は概ね信用できるといえ,そうすると被告人Aの供述するところから導き出されるBの最後の放尿時刻はあまりに早すぎるというほかなく,C供述の方が合理的であるということができる。ウこの点,弁護人は,最後の放尿時刻を割り出すためには,被害者の生前の飲食状況等を明確にし,一般論から推定される時間を補正しなければならないところ,Cの供述するところによれば,Bは午後10時ころから午前零時ころまで居酒屋で飲食をした後,さらに自宅でも飲食したということであり,通常より多く水分を摂取していると思われる状況であるにもかかわらず,補正を全く行わずに被告人Aの供述が不自然であるとするのは失当である旨主張する。確かに,弁護人の指摘するとおり,被害者において生前に大量の水分摂取等をしていた場合には,1分間に約1ミリリットルの尿が産生されるという公式に基づき算出される残尿量と最後の放尿時刻に関する関係式を修正する必要がある。しかしながら,Bの離婚した元妻であるYは,警察官調書(甲79)において,Bは全く酒が飲めず,ビールを一口飲んだだけでも真っ赤になって倒れてしまう旨供述しており,右供述からすれば,居酒屋においてBが大量の酒類を摂取したとは考えにくい上,Cが繰り返し,Bは居酒屋でレモンハイを形だけ,帰宅後もコーラないし缶コーヒーを少量飲んだに止まる旨述べていること(甲41,111,129等。いずれもその旨の事実を認定する趣旨ではない。),現にB方の検証結果によれば,6畳洋室のこたつテーブル上にあったコーヒー缶,マグカップに,いずれも(飲み残しと推認 ること(甲41,111,129等。いずれもその旨の事実を認定する趣旨ではない。 たとは考えにくい上,Cが繰り返し,Bは居酒屋でレモンハイを形だけ,帰宅後もコーラないし缶コーヒーを少量飲んだに止まる旨述べていること(甲41,111,129等。いずれもその旨の事実を認定する趣旨ではない。),現にB方の検証結果によれば,6畳洋室のこたつテーブル上にあったコーヒー缶,マグカップに,いずれも(飲み残しと推認 ること(甲41,111,129等。いずれもその旨の事実を認定する趣旨ではない。),現にB方の検証結果によれば,6畳洋室のこたつテーブル上にあったコーヒー缶,マグカップに,いずれも(飲み残しと推認される)コーヒー様のものが若干入っていたこと(甲23)などからも,その信用性が裏付けられる(実質証拠たる)Cの供述から想定されるBの飲食状況を前提とすれば,Bが補正を要するほど大量に水分を摂取したものとは窺われず,残尿量から一般的に推定されるところには合理性が十分認められる。そうすると,Bの残尿量から推定される最後の放尿時刻という客観的見地から,被告人A及びCの各供述内容を比較するとき,C供述の方がはるかに合理的で実際の状況に相応するものとみられるのであるから,その限りで,C供述の信用性は客観的な証拠により支持されているものといえる。(3) Cの供述内容の再評価ア以上のように,Cの被告人Aが殺害行為をした旨の供述には,相応の客観的裏付けがあるものと認められる。そこで,Cの供述状況を再度検討すると,確かに,前示のとおりCは,捜査段階から通じてみると,被告人Aと自己のいずれが本件殺人犯であるかという肝要な点についてすら供述を激しく変遷させており,全体としてみる限り,その不安定性は否めない。しかしながら,Cは,捜査段階において被告人Aによる犯行であることを前提とした供述をするに際しては,一貫して,被告人AがCとBの寝ている部屋に侵入して両名の寝ているベッドの横に立ち,そのいずれかの手をジャケットの内側に入れた後,すぐにどちらかの手を伸ばしてCの体越しにBを刺したこと,その際,Bの体からは破裂音のようなチャッという短い音がするとともに自分の顔面に数滴の血が降りかかり,そして同時にBは小さく「い 側に入れた後,すぐにどちらかの手を伸ばしてCの体越しにBを刺したこと,その際,Bの体からは破裂音のようなチャッという短い音がするとともに自分の顔面に数滴の血が降りかかり,そして同時にBは小さく「いー」という声を上げたことを供述しており,その供述内容は公判供述とも合致しているところ,その限度ではCの供述は,弁護人の詳細,執拗な反対尋問に揺らぐこともなく,安定性が認められるといえる。 にBは小さく「い 側に入れた後,すぐにどちらかの手を伸ばしてCの体越しにBを刺したこと,その際,Bの体からは破裂音のようなチャッという短い音がするとともに自分の顔面に数滴の血が降りかかり,そして同時にBは小さく「いー」という声を上げたことを供述しており,その供述内容は公判供述とも合致しているところ,その限度ではCの供述は,弁護人の詳細,執拗な反対尋問に揺らぐこともなく,安定性が認められるといえる。しかも,右のような被告人AがBを殺害した状況に関する公判廷での供述内容は,相応する捜査段階の供述も含めて,詳細かつ具体的で,極めて強い迫真性を有すると評価することができ,到底取調べを受けた際の思いつきなどによる創作とはみられない。イ加えて,Cの公判供述は,同女が逮捕前にE及びOらに告白した内容と,その大筋においてよく符合しており,かかる事情はC供述の信用性を増強しているといえる。(ア) すなわち,Eは,公判廷において,「1998(平成10)年6月にCが警察に連れて行かれ,その後,自分の家に戻ってきたことがあった。Cが警察から戻ってきて最初に会ったのは夜中だった。この日,Cは,まず自分のところに来て,その後Oのところに行き,着いたら酒を下さいということを言っていた。それで,Oの家でCは酒を飲んだ。自分からCに,まず何があったのか,なぜ警察に連れて行かれたのかということを質問したところ,Cはすぐには答えず,下を向いたりしていた。そこで,自分が,Cに対し,何があったのか,なぜ警察に連れて行かれたのか,なぜ自分たちのところへ警察が来ていろんなことを聞かれたのかということを聞いた。Cは酒を飲み,自分がもう1度しつこく聞いたところ,Cは,すべてやったのは被告人A,又はBを刺したのは被告人Aだとか言った。それを聞いて,まず自分は信じられな とを聞かれたのかということを聞いた。Cは酒を飲み,自分がもう1度しつこく聞いたところ,Cは,すべてやったのは被告人A,又はBを刺したのは被告人Aだとか言った。それを聞いて,まず自分は信じられなかった。そしてさらにCに対し,もし被告人Aがやったとしたらどういうふうに殺したのか,どういうふうに刺したのかということをもう1度聞いた。Cは,被告人AがとてもやきもちをやいているからBを殺したと言った。Cの話だと,被告人Aは,まずBの家のチェーンを壊したか,ナイフを使ってそのチェーンロックを外して入った,その後キッチンのところを歩いた,そして,刺す前にBに写真を見せた,被告人AがBを刺したのはナイフであるということであった。 ,もし被告人Aがやったとしたらどういうふうに殺したのか,どういうふうに刺したのかということをもう1度聞いた。Cは,被告人AがとてもやきもちをやいているからBを殺したと言った。Cの話だと,被告人Aは,まずBの家のチェーンを壊したか,ナイフを使ってそのチェーンロックを外して入った,その後キッチンのところを歩いた,そして,刺す前にBに写真を見せた,被告人AがBを刺したのはナイフであるということであった。被告人Aがどこにナイフを持っていたかというような細かいことまでCに聞かなかった。またCからは,被告人AがBの家に来たのは昼の11時であること,Bに見せたのはCと被告人Aの写真であること,被告人Aが刺したのは胸の辺りであること,被告人AがBを刺そうとしたときCはベッドのところに座ったままであったということを聞いた。Cが被告人Aを止めようとしたかどうかについては聞いていない。逆になぜ止めないのかということを自分がCに言ったところ,Cは,被告人Aに『もう泣くな,声を出すな,騒ぐな。』と言われ,そのときとてもびっくりして動くことができなかったと言った。また,Cは被告人Aに対し,被告人AがBを刺した後,死体をそのまま放っておかないように,放っとくと腐るからということを言ったそうである。そして,二人の間で,死体をバラバラにするという話が出たそうで,そのことについてCは,自分は何もせずすべての作業は被告人Aがやった,被告人Aが死体を切っていたときCは家のドアのところでたばこを吸っていた,バラバラにした死体は自転車を使って運び,川に捨て うで,そのことについてCは,自分は何もせずすべての作業は被告人Aがやった,被告人Aが死体を切っていたときCは家のドアのところでたばこを吸っていた,バラバラにした死体は自転車を使って運び,川に捨てたということを言っていた。最初は自分だけがCの話を聞いていたが,Oがシャワーを浴びた後,CはOにも話していた。」旨供述している(第21回公判)。また,Oも,公判廷において,「6月4日木曜日の夜,Cが自分の家に来たとき,自分はシャワーを浴びていた。そのとき,部屋にはZとEとEの息子がいた。シャワーを浴び終わって出たとき,EとCが台所にいて,Eが泣いていた。それを見た後,自分は髪を乾かすために自分の部屋に入った。そのときEに呼ばれて,EからCが被告人Aのことを話したと言われた。 浴びた後,CはOにも話していた。」旨供述している(第21回公判)。また,Oも,公判廷において,「6月4日木曜日の夜,Cが自分の家に来たとき,自分はシャワーを浴びていた。そのとき,部屋にはZとEとEの息子がいた。シャワーを浴び終わって出たとき,EとCが台所にいて,Eが泣いていた。それを見た後,自分は髪を乾かすために自分の部屋に入った。そのときEに呼ばれて,EからCが被告人Aのことを話したと言われた。CがEに話したのは,Bを殺したのは被告人Aということである。Eは最初自分の部屋に来て,その後は一緒にキッチンに行った。ベッドルームでも少しは話したが,Zがいたので聞かれたらまずいと思い,外に出た。Eの話を聞いてとても驚いた。台所に行くとCは食べずに焼酎を飲んでいた。その後はテーブルのところで3人で話し合った。自分が直接Cに被告人AがBを殺したのか確認すると,Cは『はい。』と答えた。自分はその後ほとんどCに何も聞かず,逆にCが話し続けた。自分が『どうやって被告人Aは,あなたの部屋に入れたのか。』と聞くと,Cは『被告人Aがナイフか何かでダブルチェーンを開けた。』と言った。その後について,Cは,自分とBがちょうど寝ていたとき,被告人Aはキッチンの中をウロウロし,そしてCとBの寝ている部屋にいきなり入って,『おはよう。』という挨拶をしたと言った。Cは,被告人Aがキッチンでウロウロしているのを実際に見たかどうかは言っていないが,その後になって被告人Aが寝ていた てCとBの寝ている部屋にいきなり入って,『おはよう。』という挨拶をしたと言った。Cは,被告人Aがキッチンでウロウロしているのを実際に見たかどうかは言っていないが,その後になって被告人Aが寝ていた部屋に入る前にキッチンでウロウロしていたということをCに言ったそうである。さらに,Cは,その後は被告人Aが何枚かの写真をBに見せ,Bがその写真を見ているときに,いきなりBを刺した,刺したものはナイフと言っていた。また,Cは,被告人AがBを刺したときに,右手が壁にくっついていたから,その力でその壁に穴ができた,被告人AがBを刺したときとても怖かったということを言っていた。その後については,Cは,被告人Aが死体を風呂に運び,その後,被告人Aがその死体をバラバラにした。自分は見張りをするために玄関に座っていた。バラバラにした理由はそうしないと死体が臭くなるからである。 Bを刺した,刺したものはナイフと言っていた。また,Cは,被告人AがBを刺したときに,右手が壁にくっついていたから,その力でその壁に穴ができた,被告人AがBを刺したときとても怖かったということを言っていた。その後については,Cは,被告人Aが死体を風呂に運び,その後,被告人Aがその死体をバラバラにした。自分は見張りをするために玄関に座っていた。バラバラにした理由はそうしないと死体が臭くなるからである。死体の部分をプラスチックに入れたり,またはバッグに入れたりし,その後自転車で運んだ。x川に捨てに行ったとき,タクシーを使った。バラバラにするのに使った道具はノコギリで,刺したナイフは川に捨てたということを言っていた。」旨供述している。(イ) E,Oの右供述によれば,Cは,逮捕前に警察での事情聴取を受けた後の平成10年6月5日早朝に,O方において,E及びOに対し,被告人AがBを殺害した旨を告白した事実が認められ,その際に述べた内容は,被告人AがBを殺害する前後の経緯,状況等,その枢要部分に関する限り,かなり詳細な点までCの公判供述と符合しているといえる(弁護人主張の被告人Aが包丁を持っていた手や壁の穴に関する点については,4において検討する。)。もとより,いかにCの逮捕前の告白内容と公判供述が符合しているとしても,Cが逮捕前の時点から虚偽を述べていれ を持っていた手や壁の穴に関する点については,4において検討する。)。もとより,いかにCの逮捕前の告白内容と公判供述が符合しているとしても,Cが逮捕前の時点から虚偽を述べていれば,それらが符合すること自体は何ら意味を有しないことである。しかし,Cは,被告人Aが本件に関与しているという疑いを周囲の者が誰も抱いていなかったこの時点で,姉のように慕って世話になっていたEに対し,その最も身近な親族である被告人Aによる殺人行為という事実を具体的に告げているのであり,Oにおいて,(日頃と異なり)本件一連の経緯を告白した際にはCの話が変転することはあまりなかったと認めている(第48回公判)ように,その際の態度も真剣なものであったと窺われ,Eからしつこく問い質された結果,このような告白をするに至ったという経緯,状況も自然なもので,特段不合理なところは見当たらないこと,何よりもその当時においては,Cはもとより被告人Aも身柄拘束されているわけではなく,EないしOから被告人Aに対して直接Cの話の真偽を正しうる状況にあり(現に,EやOは,この後に被告人Aと電話で話をしている。 (第48回公判)ように,その際の態度も真剣なものであったと窺われ,Eからしつこく問い質された結果,このような告白をするに至ったという経緯,状況も自然なもので,特段不合理なところは見当たらないこと,何よりもその当時においては,Cはもとより被告人Aも身柄拘束されているわけではなく,EないしOから被告人Aに対して直接Cの話の真偽を正しうる状況にあり(現に,EやOは,この後に被告人Aと電話で話をしている。Cとしても,そのような事態が生じる可能性は十分認識していたはずである。),それにもかかわらずCが被告人Aのやってもいない虚偽の事実を話したとは考えにくいことなどからして,右の事情はC供述の一貫性ひいてはその信用性を補強するものと相応に評価することができる。ウまた,前に指摘したCの供述内容中の不自然性等についても,被告人A供述におけるそれと対照しつつ判断される必要がある。このような観点からみたとき,Cが被告人Aの死体損壊・遺棄に関与した事情について(前記2(2)ア)は,被告人A供述によれば,被告人Aにおいて,特段の理由,必要もないのに, 要がある。このような観点からみたとき,Cが被告人Aの死体損壊・遺棄に関与した事情について(前記2(2)ア)は,被告人A供述によれば,被告人Aにおいて,特段の理由,必要もないのに,Cから頼まれるままに,Bの死体の損壊・遺棄を主体的に行ったことになる不自然さ(後記第4の3(2))との比較,検討をすべきこととなる。そうすると,Cとしては,Bと二人でいるところを同人が殺害されたのであるから,事態が明らかになれば,いずれC自身が犯行に関与したものと疑われるであろうと容易に予想し得たはずであり,証拠上認められる場当たり的で,その場その場で変化する感情により行動する性格態度も手伝い,取り敢えず,目前にいる被告人Aにつき従おうと考えたとみる余地も全くあり得ないこととまではいえず,後者に比べればまだしも納得できるところがあるといえる。Cが,死んだ夫よりも生きている被告人Aの方が大事と思い(甲42),当時頼れる人は被告人Aしかいなかったので,被告人Aについていくしかなかった(公判供述)旨述べているのは,はしなくも真相の一端を示したものともみられるのである。同様に,被告人Aが寝室内に入ってきた際のBの対応について(前記2(2)イ)は,同人が低血圧気味で,そのような場合一般に朝の寝起きが悪いとされていること(甲80)などからして,あまりにも突然の事態が生じたことに対し,短時間のうちにはしかるべき対応がとれなかったものともみられ,Cにおいても,隣にBがいる状況下では,咄嗟の反応としては(被告人Aについて)知らない顔をすることも考えられるから,その対応が弁護人の主張するように,およそあり得ないこととばかりはいえない。 2(2)イ)は,同人が低血圧気味で,そのような場合一般に朝の寝起きが悪いとされていること(甲80)などからして,あまりにも突然の事態が生じたことに対し,短時間のうちにはしかるべき対応がとれなかったものともみられ,Cにおいても,隣にBがいる状況下では,咄嗟の反応としては(被告人Aについて)知らない顔をすることも考えられるから,その対応が弁護人の主張するように,およそあり得ないこととばかりはいえない。また,Cがたばこを吸ったとする点は,同女が死体損壊の犯行時にもたばこを吸うなどした事実が明らかであるところからし れるから,その対応が弁護人の主張するように,およそあり得ないこととばかりはいえない。また,Cがたばこを吸ったとする点は,同女が死体損壊の犯行時にもたばこを吸うなどした事実が明らかであるところからして,Cは異常な事態に遭遇した場合などに,精神を落ち着かせるため,習慣的にたばこを吸ったものとみる余地もあり得る。そもそも,弁護人が主張する如く,被告人Aの犯行状況についてのC供述が全くの虚偽の事実を述べるものであるとすれば,その必要もないのに,あえてこれらの事項について作為的な供述をするものとも思われないのである。そして,弁護人主張にかかるその他の点についても同様に解しうる余地がある(さらに,後記4(1)で検討するとおりである。)から,これらの点をもって,C供述の信用性を一概に排除することはできない。4 弁護人の主張についてこれに対し,弁護人は,これまで検討したところのほかにも,理由をあげてCの供述は信用できないと主張しているので,次にこれらの点につき検討する。(1) まず,弁護人は,Eの「被告人AがBを刺したとき,壁を押さえながら刺したということはCから聞いた」旨の公判供述及びOの「Cは,被告人AがBを刺したときに,片方の手が壁にくっついていたから,その力でその壁は穴ができたということを言っていた。壁に穴を開けたのは被告人Aの右手(刺したのは左手)と聞いた」旨の公判供述からして,Cは,逮捕前にEらに犯行目撃状況を告白した際,被告人Aが左手で凶器を持ち,右手で穴を開けた旨述べた事実が認められるが,被告人Aは右利きであり,刺殺するためにわざわざ利き手とは逆の左手で包丁を持つというのは相当不自然である上,左手に凶器を持ちながらCが述べる如く刺突行為中に被告人Aの左前腕部が負傷するということはおよそありえず,さらには,B方 の右手(刺したのは左手)と聞いた」旨の公判供述からして,Cは,逮捕前にEらに犯行目撃状況を告白した際,被告人Aが左手で凶器を持ち,右手で穴を開けた旨述べた事実が認められるが,被告人Aは右利きであり,刺殺するためにわざわざ利き手とは逆の左手で包丁を持つというのは相当不自然である上,左手に凶器を持ちながらCが述べる如く刺突行為中に被告人Aの左前腕部が負傷するということはおよそありえず,さらには,B方 るためにわざわざ利き手とは逆の左手で包丁を持つというのは相当不自然である上,左手に凶器を持ちながらCが述べる如く刺突行為中に被告人Aの左前腕部が負傷するということはおよそありえず,さらには,B方の壁の穴の位置(幅100センチメートル,長さ202センチメートルのベッドの頭部方向から足方向に148センチメートル,ベッドのマット面からの高さ59センチメートルの地点。検証調書(甲23))からすれば,被告人Aが刺突行為を行いながら右手で壁に穴を開けることは困難であるとし,その告白内容は不自然であるとする。そして,さらに,その後の捜査段階においてCが再現した被告人Aの犯行態様(検証調書(甲130))を前提としても,本件壁の穴の位置からして刺突行為中に当該部位に穴が開くというのは相当不自然である旨主張し,C供述の信用性欠如の根拠の一つとしている。確かに,弁護人が主張するとおり,EとOの各公判供述から認定できるCの告白した被告人Aの犯行状況及びCが犯行目撃状況を再現した際の被告人Aの犯行状況のいずれを前提としても,被告人Aの刺突行為中に本件壁の穴ができるというのは不自然というべきである。そして,弁護人が指摘するとおり,Cは,逮捕された以降の捜査段階において,いずれの手に被告人Aが凶器を所持していたか記憶がないというように供述を変遷させているが,右変遷は,当初の告白内容に基づく犯行態様の前記不自然性をC自身あるいは捜査機関が認識した結果,修正したゆえではないかという疑いも拭い去ることはできない。しかしながら,C供述にその点の疑問は残存するとしても,その結論における供述の信用性は,前示のとおり,被告人A自身の犯行告白やBの残尿量という客観的証拠等によっても,相応に裏付けられているのであり,また逆に,被告人Aの供述内容に沿うC 存するとしても,その結論における供述の信用性は,前示のとおり,被告人A自身の犯行告白やBの残尿量という客観的証拠等によっても,相応に裏付けられているのであり,また逆に,被告人Aの供述内容に沿うCの犯行自白をみても具体性に乏しく,たとえば壁の穴についての合理的な説明等もみられないのであるから,右疑問の一事をもって被告人Aの犯行とするC供述の核心の信用性まで完全に排斥されることはないというべきである。 存するとしても,その結論における供述の信用性は,前示のとおり,被告人A自身の犯行告白やBの残尿量という客観的証拠等によっても,相応に裏付けられているのであり,また逆に,被告人Aの供述内容に沿うCの犯行自白をみても具体性に乏しく,たとえば壁の穴についての合理的な説明等もみられないのであるから,右疑問の一事をもって被告人Aの犯行とするC供述の核心の信用性まで完全に排斥されることはないというべきである。しかも,Cには,その述べる事柄が客観的に真実か否かに関わりなく,極めて場当たり的な供述をするという特殊な性質が認められる。すなわち,たとえば,損壊した死体を2度目に遺棄しに行く経緯に関し,Cは,「j川で死体を捨てた後,まだB方に残っていた死体について,どうやって又はどこに残った死体の部分を捨てるのかという話をその場でし,o川の方に捨てるということになった。その後,タクシーを拾ってx川に向かい,αの家の前でタクシーを降りた。その際,αの家の呼び鈴を押した。私たちが変な時間にたくさんの荷物を抱えていてタクシーの運転手に怪しまれたので,αの家に入ったのである。」旨供述し(第12回公判),被告人Aも,「Cが,重いからタクシーに乗って本八幡に捨てに行こうと言った。自分は,遠すぎて危ないと反対した。Cは,αのところの川に捨てようと言ってきたので,賛成した。Cがタクシーを拾って来て,自分が,スポーツバックとナップザックをトランク内に入れた。運転手に行き先を言ったのも代金を払ったのもCである。自分たちが降りても,タクシーはなかなか発進しなかった。それで,Cは,αの部屋を尋ねてきたようなふりをしたが,αが応対に出てしまったので,そのままαの部屋に入った。」旨供述している(乙4)。被告人A及びCの各供述からすれば,両名とも当初から死体を捨てる目 で,Cは,αの部屋を尋ねてきたようなふりをしたが,αが応対に出てしまったので,そのままαの部屋に入った。」旨供述している(乙4)。被告人A及びCの各供述からすれば,両名とも当初から死体を捨てる目的でタクシーに乗り,降車に際してタクシー運転手に疑惑を持たれたのではないかと疑心暗鬼に陥ったため,Cがα方の呼び鈴を押したという事実経緯が客観的に真実であると認められる。しかるに,Cは,自己に対する死体損壊・遺棄被告事件の公判廷において,「αに助けを求めるため,警察に通報してもらうために最初からαの家に行こうと思っていた。 る(乙4)。被告人A及びCの各供述からすれば,両名とも当初から死体を捨てる目的でタクシーに乗り,降車に際してタクシー運転手に疑惑を持たれたのではないかと疑心暗鬼に陥ったため,Cがα方の呼び鈴を押したという事実経緯が客観的に真実であると認められる。しかるに,Cは,自己に対する死体損壊・遺棄被告事件の公判廷において,「αに助けを求めるため,警察に通報してもらうために最初からαの家に行こうと思っていた。」(弁3)などと明らかな虚偽の事実を述べているのである。このように,C供述においては,客観的に真実と認められる事柄についても,その外形的事実関係については,証拠に照らし客観的真実と認められるとおりに述べながら,その経緯やその際の心情,あるいは細部にわたる詳細な事柄については,聞かれる都度,その折々の状況に応じて,あるいは自らの関与状況を薄くしようとしてか,変遷したり,ときとしてはいい加減と思われる内容を述べている事情がみられるのである。このように,Cの供述は,あいまいあるいは前後矛盾する不自然な点を内在するものであるところ,弁護人はCの供述が混乱するのは,実際に体験していない作り話を加えていることなどに由来すると主張する。しかし,それにもかかわらず死体損壊・遺棄に関する供述のように,その供述の大筋が客観的真実と認められる部分も現に存するのであるから,C供述については,一部にそのような矛盾や不自然な点があるということが直ちにその供述の根幹部分の真実性を否定することに結びつくものではないというべきである。したがって,弁護人の本件壁の穴等と関連づけたC供述の不自然性の主張も,C供述の信用性を直ちに否定 直ちにその供述の根幹部分の真実性を否定することに結びつくものではないというべきである。したがって,弁護人の本件壁の穴等と関連づけたC供述の不自然性の主張も,C供述の信用性を直ちに否定する事情とまではなり得ない。そして,このことは,弁護人がそのほかに不自然と指摘するC供述中の,被告人Aによる犯行態様のほか,Cが本件犯行日の前日にaで被告人Aを目撃したとする点やCが犯行直後に聞いたとする被告人Aの犯行前の行動等についても,同様にあてはまるというべきである。(2) また,弁護人は,前記第2の1(1)でみたとおりCが平成10年4月ころにBから他人宅に監禁され,複数の男によって長時間暴行された経緯が存するところ(その詳細についてのC供述は,前記第2の2(1)イ),右暴行から本件犯行までの期間が1か月程度しか経過していないことから,本件犯行時においてCのBに対する憎しみの情が消えているはずはなく,CにこそBを殺害する動機があると主張する。 というべきである。(2) また,弁護人は,前記第2の1(1)でみたとおりCが平成10年4月ころにBから他人宅に監禁され,複数の男によって長時間暴行された経緯が存するところ(その詳細についてのC供述は,前記第2の2(1)イ),右暴行から本件犯行までの期間が1か月程度しか経過していないことから,本件犯行時においてCのBに対する憎しみの情が消えているはずはなく,CにこそBを殺害する動機があると主張する。アまず,本件殺人事件発生日の前日にB方に戻る直前のCの行動につき検討する。平成10年5月当時,Cの勤める「J」に同じく勤務していたUは,公判廷において,概ね以下のとおり供述する。最後のころ,全部が全部ではないが,Cがプライベートなことも店内で自分に言ったことがある。未だ客が来ていなかったので,自分たちは座っていたが,そのときCは泣いていた。自分としては,知り合ってまだ短い時間しか経っていなかったが,Cを友達と思っていたので,何か悩みがあるのかと聞いた。それでもCは泣いたままだったので,自分が何か問題があるのかと再度問い質したところ,実は自分(Cのこと)の旦那さんが別の女性と結婚するということを彼女が話したのである。さらに,Cから のかと聞いた。それでもCは泣いたままだったので,自分が何か問題があるのかと再度問い質したところ,実は自分(Cのこと)の旦那さんが別の女性と結婚するということを彼女が話したのである。さらに,Cから,「私にはフィリピン人の恋人がいます。」ということを聞き,驚いた。そして,Cは自分の旦那さんのところに戻りたい,そしてフィリピン人の恋人とも別れたいと言っていた。旦那さんが別の女性と結婚するという話をどのようにして聞いたかについては,Cは言っていないと思う。また,そのとき,Cは旦那さんに暴力を振るわれたということを言っていたが,その旦那のところに戻りたいと言い,旦那さんのことを愛していると言っていた。そのときは普通に話しており,旦那に殴られたことを怒っているという態度は見えなかった。フィリピン人の彼氏について,Cは彼氏から離れたいと言っていた。とても彼氏が怖いとも言っていた。どのようなところが怖いかというような細かいところまでは聞いていない。Cが彼氏のところから離れたい,旦那さんのところに戻りたいと言っていたので,自分は,「今戻るのは溝があるので難しい,なかなかすぐにはできないのでは。 ていた。そのときは普通に話しており,旦那に殴られたことを怒っているという態度は見えなかった。フィリピン人の彼氏について,Cは彼氏から離れたいと言っていた。とても彼氏が怖いとも言っていた。どのようなところが怖いかというような細かいところまでは聞いていない。Cが彼氏のところから離れたい,旦那さんのところに戻りたいと言っていたので,自分は,「今戻るのは溝があるので難しい,なかなかすぐにはできないのでは。よくよく考えて,自分のためになるのなら,本当に旦那を愛しているのなら。」と彼女にアドバイスした。その後,Cは,「では,自分はしばらく離れたい。女性の友達のところに行きます。」と言った。その女性の名前は聞いたが,現在では覚えていない。「行く前にはEのところに自分の持ち物を取りに行かなければならないけど,EはEの兄弟をとても怖がっていた。」ということも言っていた。Cと話をした時間は,大分前のことではっきり覚えていないが,夜の12時過ぎだと思う。Cとプライベートな話をしたのは,1回だけで,それが最初で最後である。その後は,Cは,自分の旦那さんのところに行って,旦那 した時間は,大分前のことではっきり覚えていないが,夜の12時過ぎだと思う。Cとプライベートな話をしたのは,1回だけで,それが最初で最後である。その後は,Cは,自分の旦那さんのところに行って,旦那さんと話し合いをすると言っていた。実際に旦那さんのところに行ったかは分からないが,階段まで行ったのは見ているので,お店を出たと思う。Cはお店から出る前にオーナーからお金を借りていた。Cと今まで述べたような話をしたのは,CがJに出勤した最後の日のことである。彼女の話し方をみると,多少は旦那さんを憎んでいるということはあったと思うが,そんなには深くないと思う。椅子に座る前にCは電話をしており,電話が終わってから椅子のところに来たが,その際,椅子にたどり着くまでの間にCは泣いており,それを他の人が見ていた。右供述は,具体的かつ明確である上,関係証拠上,CがJに最後に勤務したのが平成10年5月28日夜から翌29日にかけてであると認められるところ,Uと同じくCの同僚であったβも,検察官調書(甲49)において「同月29日午前1時半ころ,CがJにおいて泣いていた。」旨供述しており,その点において右供述と合致するほか,Uの供述内容は弁護人の執拗な反対尋問に対しても動揺が見られず,供述自体に不自然,不合理な点もない。 は,具体的かつ明確である上,関係証拠上,CがJに最後に勤務したのが平成10年5月28日夜から翌29日にかけてであると認められるところ,Uと同じくCの同僚であったβも,検察官調書(甲49)において「同月29日午前1時半ころ,CがJにおいて泣いていた。」旨供述しており,その点において右供述と合致するほか,Uの供述内容は弁護人の執拗な反対尋問に対しても動揺が見られず,供述自体に不自然,不合理な点もない。そして,Uは,誠実に自己の認識した範囲で述べる姿勢を保持している上,同人は被告人Aと特段面識はなく,Cとも仕事場における同僚以上の関係にはないのであるから,事実を争っている被告人Aの面前で特段虚偽の事実を述べるべき理由も見当たらない。右U供述は十分に信用できる。そうすると,本件殺人事件発生日の前日ころ,Cが,泣きながら旦那のところに戻りたい,旦那のところに行って話し合いをすると言った上,オーナーから金員を借用し 供述は十分に信用できる。そうすると,本件殺人事件発生日の前日ころ,Cが,泣きながら旦那のところに戻りたい,旦那のところに行って話し合いをすると言った上,オーナーから金員を借用し,店から出ていった事実を認めることができる(ちなみに,このことは,その旨述べるC供述の信用性を,その限りでよく裏付けるものでもある。)。イ次に,Cが本件殺人事件発生日の前日にB方に戻ってからの同人の行動について検討する。Cは,先にみたとおり,本件殺人事件発生日の前日たる平成10年5月29日午前4時ころにB方に戻り,その後の同日午後10時ころから翌30日午前零時ころまでの間,Bと居酒屋に行き,さらにその帰宅途中にレンタルビデオ店及びコンビニエンスストアに立ち寄った旨供述しているところ,前記U供述や抽象的とはいえCの述べる状況に整合する趣旨を述べるHの供述及び当時のCの生活状況,検証等により明らかなB方の現状,その他の事情に照らしても,右供述の信用性を疑うべき理由は見い出し難く,これらに鑑みれば,同月29日午前4時ころにCがB方に戻った事実が認められるほか,前示のとおり,その後のBとの外出状況等に関するC供述についても概ね信用することができる。ウそうすると,Cは,Bが殺害された日の約1日前にB方に戻ってから殺人事件発生に至るまでの間,衆人の目に触れることを全く避けることなくBと行動を共にしている事実が窺われるばかりか,B方に戻るべくJを退出するに際しても,わざわざUに泣きながら旦那のところに戻りたいなどと話した上,今からB方に戻る旨を告げるなどしているのである。 ,その後のBとの外出状況等に関するC供述についても概ね信用することができる。ウそうすると,Cは,Bが殺害された日の約1日前にB方に戻ってから殺人事件発生に至るまでの間,衆人の目に触れることを全く避けることなくBと行動を共にしている事実が窺われるばかりか,B方に戻るべくJを退出するに際しても,わざわざUに泣きながら旦那のところに戻りたいなどと話した上,今からB方に戻る旨を告げるなどしているのである。Cは当時,H,Eらの立会いの下に離婚の手続きをした上で,Bと別居生活を送っていたのであって,そのような事情は周囲の関係者もよく承知していたの た上,今からB方に戻る旨を告げるなどしているのである。Cは当時,H,Eらの立会いの下に離婚の手続きをした上で,Bと別居生活を送っていたのであって,そのような事情は周囲の関係者もよく承知していたのであるから,Cのかかる行動は,B殺害を決意し犯行を企図している者の行動としては極めて不自然であって,弁護人が主張するCの怨恨によるB殺害という構図とは整合しない。本件証拠関係によれば,本件犯行時まで,CがBを殺害するほど,同人に対する強い憎悪の感情を抱いていたとはおよそ認められない。5 総括以上検討してきたとおり,C供述については,その信用性に疑問を抱かせるような事情も相当程度認められ,その多くはCの性格,供述態度等にも起因するものと窺われるのであって,C供述の詳細な点にまで信用性を有すると評価することはできないものというべきである。しかしながら,これまで検討してきたとおり,Cは,その死体損壊・遺棄の犯行に加わった心情については,必ずしも客観的に納得できるだけの合理的な説明を十分していないものの,本件一連の犯行の客観的事実関係については,本件殺人が被告人Aの犯行であることを明らかにする詳細な供述をしており,しかも,その目撃したとする殺人実行場面についての描写は極めて具体的で迫真性も存するといえる。そして,被告人AかCかのいずれか以外に殺害実行犯が存することはあり得ないという本件の大きな枠組みの下で,逮捕後は一貫して否認し続けている被告人A自身が逮捕前の段階で,任意に自ら殺人の実行行為を,しかもCが供述しているような態様で,行ったことを知人に告白したという,C供述の正確性を担保するばかりか,その犯行自体を裏付けるものとすらなるべき間接事実の存在,さらには死体解剖時のBの残尿量から合理的に推認される最後の放尿時刻の点から か以外に殺害実行犯が存することはあり得ないという本件の大きな枠組みの下で,逮捕後は一貫して否認し続けている被告人A自身が逮捕前の段階で,任意に自ら殺人の実行行為を,しかもCが供述しているような態様で,行ったことを知人に告白したという,C供述の正確性を担保するばかりか,その犯行自体を裏付けるものとすらなるべき間接事実の存在,さらには死体解剖時のBの残尿量から合理的に推認される最後の放尿時刻の点から たことを知人に告白したという,C供述の正確性を担保するばかりか,その犯行自体を裏付けるものとすらなるべき間接事実の存在,さらには死体解剖時のBの残尿量から合理的に推認される最後の放尿時刻の点からしても,被告人Aが供述するところよりはC供述の方が合理的で客観的状況にもよく整合すること,被告人Aが殺害したことについてのC供述の内容が,同人の逮捕前にしかもことさら虚偽を述べるとは考えにくい状況で述べられたところから,公判廷のそれに至るまで,その限りでの一貫性を持っていることをも総合すると,これまでみてきたところやそのほか弁護人が種々主張する点を十分検討しても,少なくともC供述は,被告人Aによる殺害実行の根幹部分に関する限りは信用性が高いということができる。なお,前示のとおり,C供述中には,同人が死体損壊・遺棄に関与した経緯やその関わり等について,供述を変遷させたり不自然とみられる点があるといえる。しかしながら,Cが死体損壊・遺棄の犯行に関与したこと自体は客観的事実と認められ,Cもその旨供述しているところであって,その限りでC供述が虚偽というわけではない。そして,いずれにせよ,このこととB殺害とは別個の事柄であるから,当該事情は,後にも検討するとおり,当初から被告人AとCが共謀して殺害したことを窺わせる余地を生じさせることではあっても,直ちに被告人Aが殺害したとするC供述の根幹部分の信用性までも否定するものとはならないというべきである。第4 被告人A供述の信用性についてそこで,さらに進んで被告人A供述の信用性について検討する。1 弁護人の主張について被告人Aの供述は,逮捕されて以来,捜査,公判段階を通じて,自らの犯行であることを否認する趣旨において一貫しており,このこと自体は,Cの供述状況と比較するに,その供 弁護人の主張について被告人Aの供述は,逮捕されて以来,捜査,公判段階を通じて,自らの犯行であることを否認する趣旨において一貫しており,このこと自体は,Cの供述状況と比較するに,その供述の信用性を窺わせる外形的事情といえるところ,そのほか,弁護人において,被告人Aの供述の信用性を肯定すべき事情として,種々主張しているので,最初にこれについて検討する。 このこと自体は,Cの供述状況と比較するに,その供 弁護人の主張について被告人Aの供述は,逮捕されて以来,捜査,公判段階を通じて,自らの犯行であることを否認する趣旨において一貫しており,このこと自体は,Cの供述状況と比較するに,その供述の信用性を窺わせる外形的事情といえるところ,そのほか,弁護人において,被告人Aの供述の信用性を肯定すべき事情として,種々主張しているので,最初にこれについて検討する。(1) 弁護人は,被告人Aが述べる事件前日から事件後にかけての携帯電話の通話状況が,被告人Aの公判供述後に検察官から開示された被告人AやEの携帯通話記録と細部にわたり符合しており,信用性が高いものである以上,その間に挟まった被告人Aの事件に関する供述についても信用性が高い旨主張する。確かに,弁護人の主張するとおり,被告人Aの供述中には証拠品(電話料金明細内訳票)複写報告書謄本(甲135)記載の電話発信状況と合致するものと認められる通話状況についての供述が含まれているということができる。しかしながら,そのように被告人Aの供述における通話状況が裏付けられたとしても,そのことがCの供述するような状況で被告人AがBを殺害することについて何らかの障碍となったり,そのような被告人Aの行為と矛盾するものでもないから,それをもってその他の被告人Aの供述についても信用性が高いとするのは明らかに論理の飛躍があり,失当というべきである。(2) また,弁護人は,検察官において,被告人AがB方に赴きながら3時間近く現場付近で無為に過ごしていたのは不自然であり,この時間はB殺害の機会を狙っていたものと主張するのに対し,被告人AがB殺害を真に意図していたのであれば,Bやアパートの他の住民が起きていると考えるのが自然な時間である午前11時ころまで犯行を待つことはありえず,約3時間近くの ていたものと主張するのに対し,被告人AがB殺害を真に意図していたのであれば,Bやアパートの他の住民が起きていると考えるのが自然な時間である午前11時ころまで犯行を待つことはありえず,約3時間近くの間に被告人Aが行ったB方の近所を自転車で何度もぶらつく行為,Kに入って買い物をする行為,Nに電話をかけ30分以上の中身のない無駄話をする行為,現場付近に座り込む行為等は,いずれも殺人の機会を窺っている被告人Aの行為としては極めて不自然である旨主張する。 真に意図していたのであれば,Bやアパートの他の住民が起きていると考えるのが自然な時間である午前11時ころまで犯行を待つことはありえず,約3時間近くの間に被告人Aが行ったB方の近所を自転車で何度もぶらつく行為,Kに入って買い物をする行為,Nに電話をかけ30分以上の中身のない無駄話をする行為,現場付近に座り込む行為等は,いずれも殺人の機会を窺っている被告人Aの行為としては極めて不自然である旨主張する。確かに,Eは,その検察官調書(甲46)において,本件当日の午前8時ころに被告人AがE方を外出したとし,Oも,公判廷で,午前7時30分ころ,マンション下で被告人Aと会い,被告人Aが仕事に行くと言っていた旨供述し(第48回公判),γも,同人の検察官調書(甲65)において,本件当日の午前8時ころ,被告人Aから勤務先の株式会社δに仕事を休む旨の電話があったとしており,前示携帯電話の通話状況もこれを裏付けていることなどからして,被告人Aが午前8時ころE方を外出してB方に向かった可能性は高い。そして,Nは,その検察官調書(甲67)において,本件当日朝,被告人Aから電話があって30分程度話したとし,前記甲135によれば右通話は午前9時19分ころになされたと推測できること,さらに,相京すみ子が,その検察官調書(甲55)において,本件当日の午前9時ころにB方近辺で黒い帽子,黒っぽいジャンパーを着た被告人Aらしき男性を目撃したとしていること等からすれば,被告人Aが述べるとおり,少なくとも2時間以上にわたって,被告人AがB方周辺を徘徊していた可能性が高く,右被告人Aの行動は,弁護人が指摘するとおり殺害を企図している者の行動としてはそぐわないものであって,その不自然さは否めない。この点,検察官は,被告人A 被告人AがB方周辺を徘徊していた可能性が高く,右被告人Aの行動は,弁護人が指摘するとおり殺害を企図している者の行動としてはそぐわないものであって,その不自然さは否めない。この点,検察官は,被告人Aが約3時間近くにわたってB方付近を徘徊していたのは,B殺害の機会を狙っていたからである旨主張するが,本件証拠上そのように断定することもできない。しかし,C供述によっても,被告人Aが犯行に及んだのは午前11時ころ以降のこととされており,被告人Aの客観的行動状況と反する内容とはなっておらず,また被告人Aの右行動の動機,理由については様々な可能性が考えられるところである。 ない。この点,検察官は,被告人Aが約3時間近くにわたってB方付近を徘徊していたのは,B殺害の機会を狙っていたからである旨主張するが,本件証拠上そのように断定することもできない。しかし,C供述によっても,被告人Aが犯行に及んだのは午前11時ころ以降のこととされており,被告人Aの客観的行動状況と反する内容とはなっておらず,また被告人Aの右行動の動機,理由については様々な可能性が考えられるところである。さらに,被告人Aが供述するところによれば,被告人Aは,Cから頼まれてB方近くまで行きながら,Bが在宅しているのではと慮って,様子を確かめるべくB方にいるはずのCに電話をかけるでもなく周辺で待ち続け,その挙げ句に何か食べさせてもらおうと思ったからといってB方に入ろうとしたというのであって,それ自体としても決して自然かつ合理的な行動とはいえないし,特にCは,Bの死体があるB方で,何もなすこともなく被告人Aの来訪をただ待っていたということになって,かなり不自然である。そうすると,弁護人の指摘する一事をもって,直ちにBを殺害したのがCであるとする被告人A供述の信用性が認められ,ひいては被告人AによるB殺害というC供述の根幹が揺らぐということはないというべきである。(3) さらに,弁護人は,被告人Aが本件犯行に使用されたような包丁を日常必要とするものではないことから,被告人Aが犯人とすれば,本件犯行を決意してから包丁を入手したと考えるのが最も合理的であるといえるところ,検察官の主張によれば,被告人Aが本件犯行を決意したのは,平成10年5月30日の深夜零時過ぎにEからCがB とすれば,本件犯行を決意してから包丁を入手したと考えるのが最も合理的であるといえるところ,検察官の主張によれば,被告人Aが本件犯行を決意したのは,平成10年5月30日の深夜零時過ぎにEからCがB方に戻っているらしい旨の電話を受けた以降ということなのであるから,被告人Aが凶器の包丁を入手したのは,時間的には事件当日の5月30日の朝,場所的には被告人Aが自転車で行けるwからaまでの間か,その近辺でしかなく,そこまで日時,場所を特定でき,しかも,日本語が全くできず,一見して外国人たる容貌をしている被告人Aによる包丁購入という販売相手の記憶に容易に残るべき事柄であるにもかかわらず,この点に関する裏付け証拠がないということは,むしろ事件当日の朝に被告人Aが包丁を購入しておらず,被告人Aが無罪であることの証であると主張する。 0日の朝,場所的には被告人Aが自転車で行けるwからaまでの間か,その近辺でしかなく,そこまで日時,場所を特定でき,しかも,日本語が全くできず,一見して外国人たる容貌をしている被告人Aによる包丁購入という販売相手の記憶に容易に残るべき事柄であるにもかかわらず,この点に関する裏付け証拠がないということは,むしろ事件当日の朝に被告人Aが包丁を購入しておらず,被告人Aが無罪であることの証であると主張する。確かに,弁護人が指摘するとおり,本件凶器たる包丁の入手状況については,本件証拠上,明らかにされていない。しかしながら,一方では本件包丁が本件発生前の時点からB方に備え付けられていた可能性も考えられるのであるから(B方に居住していたCは,本件包丁について覚えがないとしているが,先に述べたように場当たり的供述をする傾向が強いCの特性やCがB方を出てE方で生活をするようになってからBが包丁を購入した可能性も存すること等からすれば,右C供述のみから本件包丁がB方に存在していた可能性が否定されるものではない。),本件包丁の入手経緯が裏付けられていないことが被告人Aの犯行か否かを判断するにあたっての決め手となるものではなく,弁護人の主張は理由がないというべきである。2 検察官の主張についてこれに対して,検察官は,逆に,被告人Aの供述を裏付ける証拠は皆無に等しく,他の関係証拠とも矛盾すると主張するので,次にこ 主張は理由がないというべきである。2 検察官の主張についてこれに対して,検察官は,逆に,被告人Aの供述を裏付ける証拠は皆無に等しく,他の関係証拠とも矛盾すると主張するので,次にこれについて検討する。(1) 検察官は,とりわけ被告人Aにおいて,平成10年5月30日朝,CがE方を訪問したと供述する点について,信用性を有するEの検察官調書(甲46)中の供述と矛盾する旨主張する。アこの点,Eは,検察官調書(甲46)において,「平成10年5月30日午前3時30分ころ,自分が帰宅すると被告人Aは寝ており,Cはいなかった。この日の朝は,寝るのが遅く,ベッドの中でウトウトしている状態が続き,完全に眠ったのは被告人Aが仕事に出て行ってからの午前8時過ぎころだった。自分は,元々寝付きが悪く,午前7時ころ,被告人Aの目覚まし時計が鳴ったときは完全に眠っておらず,その目覚まし時計の音で,目が覚めてしまった。 官調書(甲46)において,「平成10年5月30日午前3時30分ころ,自分が帰宅すると被告人Aは寝ており,Cはいなかった。この日の朝は,寝るのが遅く,ベッドの中でウトウトしている状態が続き,完全に眠ったのは被告人Aが仕事に出て行ってからの午前8時過ぎころだった。自分は,元々寝付きが悪く,午前7時ころ,被告人Aの目覚まし時計が鳴ったときは完全に眠っておらず,その目覚まし時計の音で,目が覚めてしまった。被告人Aが仕事に出るために,ベッド上部と壁の間で着替えをするのは,すぐ近くだったから,服を着る音や気配で分かったし,冷蔵庫などから残り物を出したり,電子レンジで温めたりして食事を用意したり食べたりする様子も,その音で分かった。午前8時ころ,被告人Aが玄関ドアを開けて出て行く音も聞いたので,自分は,被告人Aが外出したことも分かった。自分としては仕事に出かけたものと思っていた。玄関ドアを開閉する音は,部屋全体に響くので,ベッドにいてもよく聞こえる。この日の朝は,玄関ドアが開閉する音は1回しか聞いておらず,誰かが訪ねてきたとか,被告人Aが家に何度も出たり入ったりしたことはなかった。誰かが訪ねてきて玄関の中に入って,普通の声の大きさで会話をすれば,ベッドで寝ている自分にも聞こえる。この日の朝,Cが家に帰ってきたこともない 被告人Aが家に何度も出たり入ったりしたことはなかった。誰かが訪ねてきて玄関の中に入って,普通の声の大きさで会話をすれば,ベッドで寝ている自分にも聞こえる。この日の朝,Cが家に帰ってきたこともない。」旨供述している。他方,Eは,第21回公判においては,「被告人Aが腕に怪我をしているのが分かった日(平成10年5月30日のこと),被告人Aは家から出かけた。被告人Aは大抵家を出る時間は,午前8時半ころなので,この日も,多分8時から8時半の間に出たと思う。朝,被告人Aが出かけるとき,自分は寝ていた。自分は被告人Aの目覚まし時計が鳴ったのが聞こえて,その後は見ていないが,被告人Aが支度して家を出たのを感じた。自分は,そのときはドアを開けたときの音,又は鍵の音が聞こえた。被告人Aはいつもキーホルダーを持っているので,そのまとめたキーホルダーの鍵の音を聞いたのである。自分は,この日部屋のベッドで寝ていた。鍵の音はそんなに大きくなくて,一番印象的に残っているのがドアを開ける音である。 自分は寝ていた。自分は被告人Aの目覚まし時計が鳴ったのが聞こえて,その後は見ていないが,被告人Aが支度して家を出たのを感じた。自分は,そのときはドアを開けたときの音,又は鍵の音が聞こえた。被告人Aはいつもキーホルダーを持っているので,そのまとめたキーホルダーの鍵の音を聞いたのである。自分は,この日部屋のベッドで寝ていた。鍵の音はそんなに大きくなくて,一番印象的に残っているのがドアを開ける音である。(被告人Aが出かけるのにドアの音がする前に,何かドアの音などはしたかという質問に対し)特にない。被告人Aの目覚まし時計が鳴ってから被告人Aが出かけるまでは,分からないが,寝ていたかもしれないけれども,意識はあったと思う。この日の朝,Cが来たかどうかは気がついてなかったので分からない。この日ころ,Cは自分の家の鍵を持っていた。被告人Aが起きた後に,Cが自分の家に来て,自分のことを起こせば分かると思うが,起こさなければ気がつくことはないと思う。この日,自分がどれぐらい目が覚めていたのか,どのぐらい意識がぼんやりしていたのか,よく分からない。時々浅く寝ているときもあるからである。」旨供述し,さらに,第24回公判において,「その日に限らないが,起きていたら玄関ド い目が覚めていたのか,どのぐらい意識がぼんやりしていたのか,よく分からない。時々浅く寝ているときもあるからである。」旨供述し,さらに,第24回公判において,「その日に限らないが,起きていたら玄関ドアの鍵を開ける音は聞こえると思う。被告人Aが怪我をした日,被告人Aが自分の家から出ていくときに,ドアを開けた音は覚えている。ただ,玄関ではなくて,寝るところからキッチンに出るところのドアである。被告人Aが玄関ドアを出て,出かけるときの音は聞こえていない。寝ているんだと思う。前回,キーホルダーの音が聞こえたと証言したが,キーホルダーと財布はいつも寝るところの場所に置いてあって,それを取るときに音が鳴るのである。キーホルダーの音が聞こえたとき,被告人Aは寝るところから出るところであった。当日,被告人Aの目覚まし時計が鳴ってから着替え,キーホルダー,財布とかを持って部屋から出るところしか覚えていない。その後,被告人Aが朝食を食べたり,玄関ドアから出ていったところの記憶はない。98年当時,検察官に対して,被告人Aが朝食を食べる音が聞こえたとか,玄関ドアを開けて出ていくときの音が聞こえたという話をしたことはある。 ーホルダーの音が聞こえたとき,被告人Aは寝るところから出るところであった。当日,被告人Aの目覚まし時計が鳴ってから着替え,キーホルダー,財布とかを持って部屋から出るところしか覚えていない。その後,被告人Aが朝食を食べたり,玄関ドアから出ていったところの記憶はない。98年当時,検察官に対して,被告人Aが朝食を食べる音が聞こえたとか,玄関ドアを開けて出ていくときの音が聞こえたという話をしたことはある。警察官に以前話したことは嘘であり,検察官に対しても同様に嘘をついた。Cが帰ってきたとか,起こされたとか,毎日毎日,同じことを警察官が聞いてきたので,だから,帰ってないということをずっと話してて,そういう話をすれば,被告人Aも不利なことにはならないんじゃないかなと思った。当時,自分が全部,何か聞こえれば疑われないのかなと思っていた。ずっと,そういうふうに通した。」旨供述し,本件当日の朝,Cが自宅を訪れたことはないと明確にしていた捜査段階の供述と異なる供述をする。イそこで,検討するに,Eが本件当日朝の自宅内の状況認識について捜査 うに通した。」旨供述し,本件当日の朝,Cが自宅を訪れたことはないと明確にしていた捜査段階の供述と異なる供述をする。イそこで,検討するに,Eが本件当日朝の自宅内の状況認識について捜査段階で述べた内容は,具体的かつ詳細で,特に不自然なところも見当たらず,十分合理的なものである。そして,Eは当該調書(甲46)が作成された際には被告人Aの弁解内容を知り得ず,その供述は当時の記憶のままに述べられたものとみるのが相当であり,自らが体験した事柄についての間もない時期の供述であることからしても,信用性が高度に担保されている。加えて,Eは,実兄である被告人Aに対し,その密入国後様々な便宜を図るなどしてきたのであって,その被告人Aに対し,あえて虚偽の事実を供述してまで,不利益を被らせなければならないような理由は全く窺えない。これに対し,Eの公判供述は,合理的な理由を示すことなく捜査段階の供述から変遷している。Eは,公判廷において,検察官調書のような供述をした理由として,警察官から毎日Cが帰ってきたはずなどと言われたことから,その逆を言えば被告人Aが疑われることはないのではないかと思い,嘘の供述をしたなどと述べるが,実妹として被告人Aの身を案じ,被告人Aをかばおうとする心理が強く働いたと考えられ,その供述に際しては慎重になるべきはずのEが,被告人Aの弁解の趣旨を知り得ない状況で,いたずらに警察官の質問とは逆の虚偽の事情を述べるというのは極めて不自然で,合理的な事情とはみられない(なお,Eは,公判廷において,右検察官調書中の,1998(平成10)年6月5日にCから本件犯行についての告白を受けた際,初めて被告人AとCとの関係をCから聞かされた旨の供述は虚偽であり,実際は1997(平成9)年12月の時点で両名の関係は既に知ってい のEが,被告人Aの弁解の趣旨を知り得ない状況で,いたずらに警察官の質問とは逆の虚偽の事情を述べるというのは極めて不自然で,合理的な事情とはみられない(なお,Eは,公判廷において,右検察官調書中の,1998(平成10)年6月5日にCから本件犯行についての告白を受けた際,初めて被告人AとCとの関係をCから聞かされた旨の供述は虚偽であり,実際は1997(平成9)年12月の時点で両名の関係は既に知ってい (平成10)年6月5日にCから本件犯行についての告白を受けた際,初めて被告人AとCとの関係をCから聞かされた旨の供述は虚偽であり,実際は1997(平成9)年12月の時点で両名の関係は既に知っていた旨供述しているが,仮に,Eが公判廷で述べるとおり,検察官に対し,被告人AとCの関係の認識について虚偽の事情を述べていたことが事実であるとしても,そのことから直ちに他の点についても虚偽を述べたはずというように結びつくものではない。なぜなら,被告人Aが本件殺人を疑われる契機となったのがCとの関係にあり,ひいてはその関係を薄めることが被告人Aの有利に働くことは,Eにも容易に理解できるところである。そして,供述内容も自らの認識に関することであるから,如何に供述に際して慎重な対処を求められていたとしても,この点に関する限りは被告人Aの弁解状況にかかわらず同人に有利になるべく虚偽の事実を述べたとしても,それ自体不自然なことではなく,被告人Aの弁解を知らなければ被告人Aに有利になるのか否か判別し得ないその他の事実とは異なるからである。)。さらに,Eは,第24回公判において,「被告人Aがドアを開けた音は覚えているが,それは玄関のドアではなく,寝室とキッチンの間のドアであり,被告人Aが出かけるときの玄関ドアの音は聞こえていない。」などと供述しているが,第21回公判においては,「見ていないが,被告人Aが支度して家を出たのを感じた。(被告人Aの行動を感じたのはどのようなことで分かったのかという質問に対し)自分は,そのときはドアを開けたときの音,又は鍵の音が聞こえた。」旨供述しており,そこでは,被告人Aが出かけたのを感じた理由としてドアの音等を挙げているのであって,その一連の質問の流れからすれば,右供述におけるドアが玄関のドアではなく,寝室・台 音が聞こえた。」旨供述しており,そこでは,被告人Aが出かけたのを感じた理由としてドアの音等を挙げているのであって,その一連の質問の流れからすれば,右供述におけるドアが玄関のドアではなく,寝室・台所間のドアであるというように勘違いしたというのは極めて不自然であり,むしろ,第24回公判におけるEの供述は,同人が,第21回公判後に意図的にその供述を変遷させたものとみるのが相当である。 ではなく,寝室・台 音が聞こえた。」旨供述しており,そこでは,被告人Aが出かけたのを感じた理由としてドアの音等を挙げているのであって,その一連の質問の流れからすれば,右供述におけるドアが玄関のドアではなく,寝室・台所間のドアであるというように勘違いしたというのは極めて不自然であり,むしろ,第24回公判におけるEの供述は,同人が,第21回公判後に意図的にその供述を変遷させたものとみるのが相当である。この点,弁護人は,第21回公判で,Eが,玄関とベッド上のEの頭の位置との間の距離を聞かれた際に,約2メートル10センチと指し示しているが,E方の見取図(弁9)から分かるように,玄関は寝室とは別の台所の部屋にあり,間にユニットバス,トイレもあることから,ベッドとの距離は約5メートル程度あり,Eが指し示した距離は,玄関のドアとの距離というより,むしろ寝室・台所間のドアとの距離を示したと考えるのが自然であり,Eが玄関ドアと寝室のドアを勘違いしていたことは明らかである旨主張する。しかしながら,右見取図は,あくまでEの当該図面作成時における記憶に基づくものであって,その距離の正確性に疑問がある。そもそも,第21回公判において,Eは,「玄関」との距離を尋ねられたのであって,これを寝室・台所間のドアとの距離と間違えるということは到底考え難く,弁護人の主張は採用できない。かようにEが,公判段階になってその供述を翻し,あるいは公判供述自体においても不自然な変遷をみせているのは,殺人の事実を全面的に争っている被告人Aの面前で供述するにあたり,法廷傍聴等により被告人Aの弁解内容を十分理解した以上,被告人Aとの間柄からして,その趣旨に沿わない被告人Aに不利益な供述をし難い状況にあったことによるものと推認される。ウ以上からすると,その により被告人Aの弁解内容を十分理解した以上,被告人Aとの間柄からして,その趣旨に沿わない被告人Aに不利益な供述をし難い状況にあったことによるものと推認される。ウ以上からすると,その他の弁護人の主張を十分考慮しても,本件当日朝のE方室内の状況については,Eの捜査段階の供述こそが十分信用できるものであって,これに反し,かつ,供述の変遷状況等に照らしてその恣意性が窺われる同人の公判供述は信用することができない。しかしながら,Eは,その検察官調書においても,「この日の朝は,寝るのが遅く,ベッドの中でうとうとしている状態が続き,完全に眠ったのは被告人Aが仕事に出て行ってからの午前8時過ぎころだった。 を十分考慮しても,本件当日朝のE方室内の状況については,Eの捜査段階の供述こそが十分信用できるものであって,これに反し,かつ,供述の変遷状況等に照らしてその恣意性が窺われる同人の公判供述は信用することができない。しかしながら,Eは,その検察官調書においても,「この日の朝は,寝るのが遅く,ベッドの中でうとうとしている状態が続き,完全に眠ったのは被告人Aが仕事に出て行ってからの午前8時過ぎころだった。」としており,信用性の高いEの検察官調書における供述を基にしても,本件当日の朝,同人が半覚醒状態であった可能性は払拭できない。そうすると,Eの右検察官調書における供述によっても,なお,CがE方に来たとする被告人Aの供述を排斥し尽くすことはできないというべきである。(2) そのほか,検察官は,被告人Aの供述内容のうち,①本件当日朝,CがE方を訪れた際,被告人Aに対してタクシーに乗車してきた旨告げたとする点につき,警察官εの公判供述によれば,そのようなタクシーが存する可能性は極めて低いこと,②本件当日の午前11時ないしは12時ころ,B方の前で自転車のベルを鳴らしたところ,Cが道路に面した窓を開けて「入っていいよ。」と声をかけてきたが,その窓は道路からみて左側のスライド式の窓で,窓を開けたときに自分とCの間を妨げる障害物はなく,網戸がしてあったりすることはなかったとする点につき,検証時の出窓の状況等からすれば,Cが窓から顔を見せ,その前に視界を遮る網戸もなかったというのはあり得ないこと,③Vの公判供 を妨げる障害物はなく,網戸がしてあったりすることはなかったとする点につき,検証時の出窓の状況等からすれば,Cが窓から顔を見せ,その前に視界を遮る網戸もなかったというのはあり得ないこと,③Vの公判供述によれば,被告人Aが供述するような状況では被告人Aの左前腕部のし開創は生じ得ないこと,④Vの公判供述によれば,被告人Aが供述・再現している死体の硬直状況は法医学的に不自然,不合理であることを挙げて,被告人Aの供述は関係証拠に矛盾していると主張する。アそこで,まず,①の点について検討するに,εは,公判廷において,「平成10年6月16日から同月30日までの間,同年5月30日の朝にCを乗車させたタクシー運転手を発見すべく捜査をした。自分は途中から加わったが,この捜査は自分を含めて18名位で行い,自分は,その責任者という立場であった。 ている死体の硬直状況は法医学的に不自然,不合理であることを挙げて,被告人Aの供述は関係証拠に矛盾していると主張する。アそこで,まず,①の点について検討するに,εは,公判廷において,「平成10年6月16日から同月30日までの間,同年5月30日の朝にCを乗車させたタクシー運転手を発見すべく捜査をした。自分は途中から加わったが,この捜査は自分を含めて18名位で行い,自分は,その責任者という立場であった。捜査としては,Cの供述に基づき設定した乗車地点,降車地点等に立て看板や電光掲示板を立てたり,JRa駅や乗車地点,降車地点,さらには途中で通過した可能性のある地点において検問を実施し,すべてのタクシーを停車させてCの写真入りの手配書を配布するという動態捜査をした。また,右動態捜査で把握した法人75社,個人49件のうち,法人については56社の営業所に,個人についてはすべてにつき後から聞き込みを行った。そのような一連の捜査を行ったが,Cが同年5月30日午前7時ころから8時ころまでの間に,タクシーに乗車したという事実を裏付けることはできなかった。」旨供述している。かように,εは,警察の捜査手法及びその結果としての聞き込み件数についてはある程度明確に供述するものの,同人は証人尋問に先立って読み直した裏付捜査報告書(甲149)に記載されていること以外はあまり記憶に残っていないとして,実際に聞き込 結果としての聞き込み件数についてはある程度明確に供述するものの,同人は証人尋問に先立って読み直した裏付捜査報告書(甲149)に記載されていること以外はあまり記憶に残っていないとして,実際に聞き込み捜査をしたタクシー会社名等については一切供述することができず,その捜査したというタクシー会社等の数についてはその真実性の検証をすることができない状況にあるといえる。そうすると,かかるεの供述からは,捜査結果を認定するには不十分というべきであるし,そもそもεの供述する捜査結果が正確なものだとしても,それによっても,Cが利用し得たタクシー関係者すべてについて,捜査が尽くされ,Cがタクシーに乗らなかった旨明らかになったとはいえない。もっとも,εの供述する捜査期間は,Cが揺れ動きつつも,自らが犯行に及んだ旨供述していた時期と相当程度重なっているのであるから,捜査機関において,その供述の裏付けともなるべきタクシーの存在について,かなりの精力を割いて探し出そうと努めたものとみられる。 なものだとしても,それによっても,Cが利用し得たタクシー関係者すべてについて,捜査が尽くされ,Cがタクシーに乗らなかった旨明らかになったとはいえない。もっとも,εの供述する捜査期間は,Cが揺れ動きつつも,自らが犯行に及んだ旨供述していた時期と相当程度重なっているのであるから,捜査機関において,その供述の裏付けともなるべきタクシーの存在について,かなりの精力を割いて探し出そうと努めたものとみられる。したがって,それにもかかわらず,該当するタクシーが発見できなかったことからすると,Cが乗ったとされるタクシーが存在する可能性は現実にはかなり低いものとみるのが相当である。イまた,②の点について検討するに,検察官は,B方の検証時の出窓近辺の状況等(甲23)に基づき被告人Aの供述する状況はあり得ない旨主張するが,そもそも検証時の出窓近辺の状況のみからそのようなことが言い切れるのか疑問がある上,被告人AがCの顔を見たとするときの出窓近辺の状況と検証時のそれが同一であるという担保はないのであるから,検証時の状況のみをもって被告人Aの供述するところがあり得ないと断ずることまではできないというべきである。ウさらに,③の点について検討する。検 同一であるという担保はないのであるから,検証時の状況のみをもって被告人Aの供述するところがあり得ないと断ずることまではできないというべきである。ウさらに,③の点について検討する。検察官は,被告人Aが,同人の左前腕部のし開創の負傷状況について,「テーブルの上に置いてある包丁をつかもうと左手を伸ばしたところ,Cも,その包丁を右手でつかもうとし,一瞬早くCが先に包丁をつかんで自分の方に引き寄せ,そのとき,私の左腕に包丁が当たって,腕が切れた。」などと供述しているのに対し,被告人Aの左前腕部の創傷の身体検査を実施して創傷鑑定を行ったVが,その鑑定書(甲134)において,「右創傷は鋭利な刃物の作用によって生じたし開創で,刃の方向は橈側表層から尺側深層に向かって擦過的に作用したものと認められる。」とし,さらに,公判廷で,「被告人Aが供述して,再現を行っているような状況(乙5添付写真1ないし3)では,傷の方向が尺側近位から橈側遠位となり,被告人Aの左前腕部のし開創とは逆になってしまう。」と述べていることから,被告人Aの供述するような状況では左前腕部のし開創が生じることはなく,この点についての被告人Aの供述は虚偽である旨主張する。 側表層から尺側深層に向かって擦過的に作用したものと認められる。」とし,さらに,公判廷で,「被告人Aが供述して,再現を行っているような状況(乙5添付写真1ないし3)では,傷の方向が尺側近位から橈側遠位となり,被告人Aの左前腕部のし開創とは逆になってしまう。」と述べていることから,被告人Aの供述するような状況では左前腕部のし開創が生じることはなく,この点についての被告人Aの供述は虚偽である旨主張する。確かに,創傷鑑定についても豊富な経験を有するVが,医学的見地に基づき鑑定した結果に関して公判廷において供述する内容は,その述べるところに不自然,不合理な点も見当たらない以上,信用性が高く,客観的にも正確なものとみるのが相当であって,被告人Aがまさに再現した状況そのものでは被告人Aの左前腕部に存する向きでのし開創は生じ得ないといえよう。しかしながら,同時にVが公判廷において指摘するように,被告人Aの左前腕部の傷の状況だけからは,どちらの方向から刃物が作用したかは断定することが きでのし開創は生じ得ないといえよう。しかしながら,同時にVが公判廷において指摘するように,被告人Aの左前腕部の傷の状況だけからは,どちらの方向から刃物が作用したかは断定することができないのであって,被告人Aの腕のねじり方によっては傷の近位,遠位の方向性は変化しうるところ,被告人Aが述べるその場の状況は咄嗟のものであって,本件から時間がそれほど経過していない捜査段階であったとしても,その腕の向き,刃の角度等の詳細・微妙な点まで被告人Aが完全に再現できたのかという点は疑問の余地がある。そうすると,被告人Aの再現した状況と左前腕部の傷の向きが整合しないということのみから,被告人Aの述べる負傷状況そのものまで虚偽であると断ずることはできない。エさらに,④の点について検討する。検察官は,被告人Aの供述によれば,Bが殺害されたのは,平成10年5月30日午前7時から8時ころまでの間にCがE方を訪れる前のこととなり,Bの死体をベッドから下ろして浴室に運ぶ約4時間前であるということになるが,Vは,公判廷において,「死後約4時間経過した死体であれば,死体硬直が起こっているのは,顎,首,胴体の筋肉で,肩や大腿,股関節の筋肉には,起こったり起こっていなかったりの状態,腕や足には死体硬直が起こっておらずグラグラの状態である。この状態の死体であれば,硬直が起こっている部分に,力一杯押しつけるというような力を加えれば被告人Aの検察官調書(乙10)末尾添付資料③のように浴槽に入れることは可能であるが,力一杯押しつけるような強い力を加えないで,同資料③のように浴槽に入れることができるのは,せいぜい2ないし3時間である。 節の筋肉には,起こったり起こっていなかったりの状態,腕や足には死体硬直が起こっておらずグラグラの状態である。この状態の死体であれば,硬直が起こっている部分に,力一杯押しつけるというような力を加えれば被告人Aの検察官調書(乙10)末尾添付資料③のように浴槽に入れることは可能であるが,力一杯押しつけるような強い力を加えないで,同資料③のように浴槽に入れることができるのは,せいぜい2ないし3時間である。」旨供述しており,被告人A供述から想定される犯行時刻にCが犯行を行ったと仮定すると,「Bの身体を浴槽に押し込んだり,浴 ,同資料③のように浴槽に入れることができるのは,せいぜい2ないし3時間である。」旨供述しており,被告人A供述から想定される犯行時刻にCが犯行を行ったと仮定すると,「Bの身体を浴槽に押し込んだり,浴槽内に入れるためにBの身体を折り曲げたりしたことはなく,また,Bの足をバスタブ内に入れてからBの身体をバスタブ内に押し込んだりしたこともなく,Bの上半身を後ろから両手で持つ形でそっと入れたら,Bの身体がスムーズに浴槽内に入った。」という被告人Aの供述(乙10)どおりに死体を浴槽内に入れることが困難なことは明らかであり,被告人Aの弁解は法医学的に破綻しているとする。確かに,Vは,公判廷において,検察官が指摘するとおり供述している。しかし,Vは,その前提として死体硬直に関し,「普通の場合には,死亡すると,体中の筋肉が弛緩してだらりとなっていく。そして死後2時間ぐらい経つと下顎の部分の筋肉が硬くなり,それから段々と首が動かなくなってきて,3,4時間経つと,左右の肩及び腰の部分の筋肉が硬くなってくる。5,6時間経つと,今度は肘,膝,手首,足首の部分が硬くなってくる。さらに8時間ぐらい経つと,今度は手足の指が硬くなってくる。全身に死体硬直が起こっているということが分かるのは,大体8時間ぐらいである。ただ,それ以外に,非常にまれではあるが,死亡したときに瞬間的に全身が硬く固まってしまうというようなものもある。一般的な場合の死体硬直で一番問題となるのは温度である。夏の非常に暑いときには死体硬直は,右に述べた経過よりも早く進行するし,冬の場合だと比較的ゆっくりという程度の差がある。5月というのは非常に暑いときと割合に涼しいときがあるので,それによって非常に違ってくると思う。自分が話したのは春,秋の大体摂氏20度から25度ぐらいまでというこ したときに瞬間的に全身が硬く固まってしまうというようなものもある。一般的な場合の死体硬直で一番問題となるのは温度である。夏の非常に暑いときには死体硬直は,右に述べた経過よりも早く進行するし,冬の場合だと比較的ゆっくりという程度の差がある。5月というのは非常に暑いときと割合に涼しいときがあるので,それによって非常に違ってくると思う。自分が話したのは春,秋の大体摂氏20度から25度ぐらいまでというこ 較的ゆっくりという程度の差がある。5月というのは非常に暑いときと割合に涼しいときがあるので,それによって非常に違ってくると思う。自分が話したのは春,秋の大体摂氏20度から25度ぐらいまでということでのものである。」と供述し,気温条件によって死体硬直の進行程度に変動が生じるとしている。本件では,事件当日のB方の室温が明らかではないことから,Vの述べる一般論としての死体硬直の発現過程のとおりではなく,硬直の進行速度に一定の誤差が生じている可能性があるといえる。そして,検察官の指摘する右V供述においても,前記添付資料③のような状態でBの死体を浴槽に入れるのにそれほど力を要しないのは,右の温度条件下で死亡後2ないし3時間以内とされ,被告人A供述からBの死亡後その死体の浴槽搬入までの時間として想定される約4時間との差はそれほどないことからすれば,気温等の環境条件が明らかでない本件において,右V供述のみから被告人Aの供述する内容が法医学の見地上破綻しているとまで断ずることはできないというべきである。3 被告人Aの供述内容の不自然性以上のとおり,弁護人の主張を容れることができない反面,検察官の主張するところについても,いずれもそのことだけをもって被告人Aの供述内容が虚偽であると断ずるには足りない。しかしながら,同時に検察官指摘の事情は,それぞれ異なる事柄に関して被告人A供述の正確性に疑問を投げかけるものであり,しかもそれらがCによる犯行とする被告人A供述の核心ないしそれと密接に関連するとみられる部分に関わるものであるだけに,全体としてみるときには,被告人A供述の信用性を相当強く揺るがすものといえる。さらに,被告人A供述(とりわけ公判供述)には,その内容においても看過し難い不自然な点が存在する。(1) すなわち,被 きには,被告人A供述の信用性を相当強く揺るがすものといえる。さらに,被告人A供述(とりわけ公判供述)には,その内容においても看過し難い不自然な点が存在する。 に関連するとみられる部分に関わるものであるだけに,全体としてみるときには,被告人A供述の信用性を相当強く揺るがすものといえる。さらに,被告人A供述(とりわけ公判供述)には,その内容においても看過し難い不自然な点が存在する。(1) すなわち,被 きには,被告人A供述の信用性を相当強く揺るがすものといえる。さらに,被告人A供述(とりわけ公判供述)には,その内容においても看過し難い不自然な点が存在する。(1) すなわち,被告人Aは,平成10年5月30日午前7時ころ,CがE方に戻ってきて,被告人Aに対し,「大事な話がある。すぐ家に来て。」などと言ったことから,会社に欠勤する旨の連絡を入れた上,B方まで赴いたとし,その「大事な話」の内容については,「B方にあるCの洋服などを取りに来て欲しいと理解した。」(乙5),あるいは「このとき,荷物を取りに行くこと自体が大事な話とは思えなかったので,他にも大事な話があるかもしれないと考えたが,どんな話なのかは,さっぱり想像がつかなかった。」(第44回公判)などと供述している。しかし,被告人Aが述べるような程度のCとのやり取りだけで,なぜ,被告人Aは,わざわざ仕事を休んでまでCの言うとおりにB方に赴くことにしたのか,疑問を容れざるを得ない。ことに,それまでの被告人AとCの関係をみると,被告人Aは,後記4(1)ウのとおり,Cが被告人Aに無断で行動した際には,激しい怒りを示し,直接的な暴行に及ぶなどしているのに,5月30日の朝に限っては,その直前にCが被告人Aに無断で二晩にわたって姿をくらましていた経緯があるにもかかわらず,その間の事情を問い質すこともなく,Cの唐突な要請に従ったというのであって,かなり不自然というほかない。しかるに,それについての納得できるだけの事情は,被告人A自身の当時の心情に関する事柄であるにもかかわらず,何ら説明されていない。(2) そして,さらに進んで,被告人Aの供述を前提とする場合,何故,被告人Aは,B方において同人の死体を発見するや,それほど時間をあけずして自らが犯したわけでもない殺人事件の ていない。(2) そして,さらに進んで,被告人Aの供述を前提とする場合,何故,被告人Aは,B方において同人の死体を発見するや,それほど時間をあけずして自らが犯したわけでもない殺人事件の隠蔽を図るべく,Bの死体を損壊・遺棄する決意をし,しかも,その実行行為のほとんどすべてを担当したのかということについては,より大きな疑問が存するというべきである。 ど時間をあけずして自らが犯したわけでもない殺人事件の ていない。(2) そして,さらに進んで,被告人Aの供述を前提とする場合,何故,被告人Aは,B方において同人の死体を発見するや,それほど時間をあけずして自らが犯したわけでもない殺人事件の隠蔽を図るべく,Bの死体を損壊・遺棄する決意をし,しかも,その実行行為のほとんどすべてを担当したのかということについては,より大きな疑問が存するというべきである。被告人Aは,この点について,捜査段階においては,「CにBを殺した原因はあなたにもあると言われたことやCが好きだったことから死体の処理を手伝ってやらなければならないと思った。」(乙6)旨供述していたが,第33回公判においては,Cに対する感情については特段述べることなく,「Cから『あなたも一つの原因だから助けて下さい。』と言われ,Cと関係を持ったことをBが知り,殴られたことを指すのだと思った。自分も一つの原因であるということは分かっており,自分のせいでCが殴られたということは本当に悪いという気持ちがあって,Cの力になってあげようと思った。冷静に考えると,Cの力になることを断ることもできたかもしれないが,その場の状況の中にいたとき,自分も冷静に物事を考える余裕はなかったのである。また,Cは女性であり,自分は男であって,頼まれるということに対して断ることはできなかったのである。」旨供述し,さらに,第56回公判においては,「Cとは,恋人同士とはいってもセックスをするだけの付き合いで,何ら愛情を感じていなかったので,そのこと自体,Cの手助けをして,Bの死体の処理をする大きな理由にはならない。Cが女性で,しかも,同国人であるということが,Cの手助けをした主な理由である。」旨供述している。このように,被告人Aは,公判廷においては,Cを助けてBの死体を損壊・遺棄した動機とし 。Cが女性で,しかも,同国人であるということが,Cの手助けをした主な理由である。」旨供述している。このように,被告人Aは,公判廷においては,Cを助けてBの死体を損壊・遺棄した動機として,捜査段階における供述を変遷させてCに対する愛情を完全に否定した上で,単に自分がCと関係を持ったことがCによる殺害実行の原因の一つとなったとCから指摘され,助けを求められたことや,Cが自らと同国籍の女性であることを理由としてあげている。しかしながら,そもそも被告人AはBと起居を共にしていたわけでも,そのような事情を周囲に知られていたものでもなく,Cの求めを拒絶したからといって,自らに累が及ぶことは考えられない状況にあった上,その述べるところに従えば,B方に出向くことさえ,Eに知られないよう配慮していたというのであるから,捜査段階における供述の如く,Cに対する愛情・好意をその理由とするならまだしも,公判廷において供述する右事情のみでは,明らかな犯罪行為で,なおかつ,犯行の性質上,実行に当たってかなりの決断,困難を要する死体損壊・遺棄行為への加担を短時間のうちに決意し,しかも,その実行行為の大部分を自らが行うことの動機としてはあまりにも薄弱であって,到底納得し難いというほかない。 いよう配慮していたというのであるから,捜査段階における供述の如く,Cに対する愛情・好意をその理由とするならまだしも,公判廷において供述する右事情のみでは,明らかな犯罪行為で,なおかつ,犯行の性質上,実行に当たってかなりの決断,困難を要する死体損壊・遺棄行為への加担を短時間のうちに決意し,しかも,その実行行為の大部分を自らが行うことの動機としてはあまりにも薄弱であって,到底納得し難いというほかない。この点,弁護人は,被告人Aの供述を援用して,被告人Aが昔から物事を頼まれると断れない性格で,特に女性に対してはその傾向が顕著であり,実際にフィリピンにいるときには,女性に頼まれて違法なことと知っていながら,覚せい剤を買ってあげたこともあることからすれば,混乱した状況下で義侠心に駆られて被告人Aが本件死体損壊・遺棄を主導的に手伝ったということについても,理解は十分に可能である旨主張する。しかしながら,仮に被告人Aが述べるように,女性に頼まれ,断 況下で義侠心に駆られて被告人Aが本件死体損壊・遺棄を主導的に手伝ったということについても,理解は十分に可能である旨主張する。しかしながら,仮に被告人Aが述べるように,女性に頼まれ,断りきれずに覚せい剤購入の労を取ったことがあったとしても,そのことと死体を10部位に切り刻んだ上,2度にわたって川に投棄する行為とを同列に論じることができないことは明らかである。また,混乱した状況下にあったことを指摘する点については,被告人Aらが実際に死体損壊・遺棄行為に及ぶまでには,かなりの時間があり,その間には,死体損壊の用具たるのこぎりを購入したり,証拠隠滅を図るべくBの携帯電話等を河川に投棄するなど,かなり冷静な判断の下に各種の準備や行動をしている経緯が認められるのであるから,到底その間において混乱した状況下での判断能力の低下が続いていたものとはみられない。また,死体損壊・遺棄というその行為の重大性に鑑みれば,そもそもあえてそのような行為に及んだ動機に関する供述が変遷していること自体,極めて不自然というべきである。しかも,被告人Aは,当初から,Bを殺害したことは否認する一方で,死体損壊・遺棄に及んだこと自体は認めていたのであるから,あえてその動機についてのみ隠し立てする理由は窺われず,加えてこの間殺人行為に対する嫌疑も強く受けていたことからしても,このような動機に関する供述内容の動揺の不合理性は際立つものがある。 えてそのような行為に及んだ動機に関する供述が変遷していること自体,極めて不自然というべきである。しかも,被告人Aは,当初から,Bを殺害したことは否認する一方で,死体損壊・遺棄に及んだこと自体は認めていたのであるから,あえてその動機についてのみ隠し立てする理由は窺われず,加えてこの間殺人行為に対する嫌疑も強く受けていたことからしても,このような動機に関する供述内容の動揺の不合理性は際立つものがある。以上のとおりであり,被告人A供述には,その内容の根幹においても疑問が存するといえる。4 被告人A供述の信用性を揺るがす事情加えて,被告人Aの一連の公判供述の外形的状況等に照らせば,被告人Aには責任回避の姿勢が認められる。(1) すなわち,まず,被告人Aは,Cに対する感情の如何につき,明らかに 事情加えて,被告人Aの一連の公判供述の外形的状況等に照らせば,被告人Aには責任回避の姿勢が認められる。(1) すなわち,まず,被告人Aは,Cに対する感情の如何につき,明らかに虚偽の供述をしているといえる。ア本件において被告人AがCに対していかなる感情を有していたのかという点は,被告人A及びCの各供述の信用性を評価するに当たって,その根底をなすといえるところ,Cは,被告人Aが自己への愛情からBに対して嫉妬し,同人を殺害したと思った旨公判廷において供述し,他方,被告人Aは,公判廷において,Cとはただの肉体関係に止まり,同人に対して愛情は有していなかった旨一貫して供述している。イ(ア) そこで検討するに,この点,Cが1度フィリピンに帰国する以前に同人と数度にわたって肉体関係を持ったことのあるRは,検察官調書(甲50)において,「1997(平成9)年10月中旬ころの夜,Cから電話があり,『今,Fで働いているから,店に来てよ。』という誘いがあり,2週間くらいしてFに飲みに行った。そのとき,Cから『結婚してaにいるから遊びに来てよ。』と言われ,その後,同月下旬ころ,Cから電話があり,『aのアパートに遊びに来て。』と誘われ,その日,Cのアパートに行き,彼女と肉体関係を持った。Cと再び肉体関係を持つようになった前後ころの同年11月ころ,自分がFに飲みに行った際,Cが他の席で飲んでいるフィリピン人の男性を指さし,『あれがEのお兄さんの被告人Aよ。』と教えてくれた。その後も,Fに飲みに行った際,何度か被告人Aの顔を見た。 びに来てよ。』と言われ,その後,同月下旬ころ,Cから電話があり,『aのアパートに遊びに来て。』と誘われ,その日,Cのアパートに行き,彼女と肉体関係を持った。Cと再び肉体関係を持つようになった前後ころの同年11月ころ,自分がFに飲みに行った際,Cが他の席で飲んでいるフィリピン人の男性を指さし,『あれがEのお兄さんの被告人Aよ。』と教えてくれた。その後も,Fに飲みに行った際,何度か被告人Aの顔を見た。」旨供述し,さらに,公判廷において,「1998(平成10)年1月までCと交際していた。被告人Aと電話だけだが,3回話をしたことがある。電話は被告人Aからかかってきた。被告人Aには電話番 顔を見た。」旨供述し,さらに,公判廷において,「1998(平成10)年1月までCと交際していた。被告人Aと電話だけだが,3回話をしたことがある。電話は被告人Aからかかってきた。被告人Aには電話番号を教えておらず,Cから聞いたのだと思う。最初のときは,Cから電話があって,その後被告人Aから電話があった。そして,Cはなぜ泣いているのかと聞かれた。このときはそんなに話をしていない。ただ,自分がCに『ばかやろ』と言ったから泣いたと答えた。Cが,自分は家にいると言っているにもかかわらず実際は外であったということで嘘をついたので,そのような言葉をCに言ったのである。2回目の電話のとき,被告人Aは,Cが仕事が終わってから被告人Aのところに行って毎日セックスをしていると言っていた。このときも,被告人Aからかかってきたが,そのことだけを話した。自分から被告人Aに話をしたことはない。通話時間も3分ぐらいだと思う。2回目の電話の後,その日にCが家に来て,まず,ごめんなさいと言い,ただ謝っていた。そして自分がやってしまったことだから仕方がなかったということを言っていた。このとき被告人Aについては何も言ってなかった。3回目の電話についても,被告人Aからかけてきた。このときは,被告人Aから,被告人AとCがセックスをしているというビデオを持っている,あるいは,あるということを言われた。自分は,あなたたちがビデオを持っているとしても自分には関係がないと答えた。このとき,他に話したことはない。3回目の電話以降,Cとは会っていない。3回の電話とも,Cの態度が冷たくなったことを理由に自分が別れる決意をした後の1998年1月にかかってきた。 ても,被告人Aからかけてきた。このときは,被告人Aから,被告人AとCがセックスをしているというビデオを持っている,あるいは,あるということを言われた。自分は,あなたたちがビデオを持っているとしても自分には関係がないと答えた。このとき,他に話したことはない。3回目の電話以降,Cとは会っていない。3回の電話とも,Cの態度が冷たくなったことを理由に自分が別れる決意をした後の1998年1月にかかってきた。被告人Aが,なぜ自分に電話をかけてきたか分からないが,自分の考えでは,電話した理由は,自分とCが別れるようにということだと思う。」 を理由に自分が別れる決意をした後の1998年1月にかかってきた。被告人Aが,なぜ自分に電話をかけてきたか分からないが,自分の考えでは,電話した理由は,自分とCが別れるようにということだと思う。」旨供述する。Rの右公判供述は,自己の電話番号を知らないはずの被告人Aから,交際関係にあったCに関連して3回にわたって電話を受けたという,それ自体印象に残りやすいと思われる事柄につき,具体的かつ詳細に述べるもので,その内容に不自然,不合理なところも見当たらない。そもそも,Rは,被告人Aと直接的には何らの関係も有さず,事実を争う被告人Aの面前で虚偽の事実を述べてまで,被告人Aを罪に陥れなければならない事情は何ら窺えないところ,弁護人の詳細かつ執拗な反対尋問に対しても,揺るぎなく答え,その内容は安定しており,それ自体信用性が高いといえる。以上によれば,被告人Aが,平成10年1月ころ,当時Cと交際関係にあったRに対し,3回にわたって電話をかけ,そのうち2回目の電話では,Cが仕事が終わってから被告人Aのところに行って毎日セックスをしている旨を,3回目の電話では,被告人Aが,同人とCがセックスをしている場面を撮影したビデオを持っている旨のことを言い,ひいては,RとCとの交際を止めさせようとした事実を認めることができる。これに対し,被告人Aは,公判廷で,自分が3,4回Rに電話をかけたのは,Cに手を出したことを謝るためであり,毎日Cの部屋でセックスをしているなどといったことはRに聞かれたから答えたのである,Cとのセックスビデオを持っているとは言ってないと思うなどと弁解する。しかし,その供述する内容は,何よりRの述べるところと全く相反するものである上,それ自体としてもかなり不自然な内容のものであるばかり とができる。これに対し,被告人Aは,公判廷で,自分が3,4回Rに電話をかけたのは,Cに手を出したことを謝るためであり,毎日Cの部屋でセックスをしているなどといったことはRに聞かれたから答えたのである,Cとのセックスビデオを持っているとは言ってないと思うなどと弁解する。しかし,その供述する内容は,何よりRの述べるところと全く相反するものである上,それ自体としてもかなり不自然な内容のものであるばかり のセックスビデオを持っているとは言ってないと思うなどと弁解する。しかし,その供述する内容は,何よりRの述べるところと全く相反するものである上,それ自体としてもかなり不自然な内容のものであるばかりか,1度のみならず3度にもわたってわざわざ知人でもないRに電話をするという被告人Aの客観的な行動態様にも相応しておらず,被告人Aの右供述は到底信用することができない。(イ) また,「ζ」という店にCと時期を同じくして勤務し,客として訪れていた被告人Aとも面識のあったSは,検察官調書(甲53)において,「日にちははっきりしないが,1998(平成10)年の3月から4月上旬にかけてのころ,被告人Aから携帯電話に電話があった。被告人Aは,『Cが部屋に来ないので,2日間にわたってCの行動を監視していた。Cは,二日間,外出もせず,携帯電話の電源も切っていた。洗濯物を干している。』などと話してきた。被告人Aは,『Cが,自分のことをどう思っているか。』と聞いてきたので,『分からない。好きじゃないの。旦那さんがいるのに好きになったの。あなたの立場を考えなさい。愛人関係なんだから,立場を考えて行動しなさい。』と言ってやった。」旨供述する。Sの右供述は,被告人Aとの電話における会話内容について,具体的かつ詳細に述べるものであって,その供述内容に特段不自然,不合理な点はない。Sは,被告人A及びCとは単なる知人の関係に止まり,ことさら虚偽の事実を述べるべき事情も窺えない。なお,Sは,公判廷においては,「ある日,Cが自分の旦那さんのもとに帰ったときに,被告人Aから自分に外から電話があった。そのとき被告人Aが電話をした場所はCが住んでいるところの目の前で,Cが出るのを待っているということを言っていた。どのぐらい待っているという話をしたか覚 ときに,被告人Aから自分に外から電話があった。そのとき被告人Aが電話をした場所はCが住んでいるところの目の前で,Cが出るのを待っているということを言っていた。 ,「ある日,Cが自分の旦那さんのもとに帰ったときに,被告人Aから自分に外から電話があった。そのとき被告人Aが電話をした場所はCが住んでいるところの目の前で,Cが出るのを待っているということを言っていた。どのぐらい待っているという話をしたか覚 ときに,被告人Aから自分に外から電話があった。そのとき被告人Aが電話をした場所はCが住んでいるところの目の前で,Cが出るのを待っているということを言っていた。どのぐらい待っているという話をしたか覚えていない。その電話があったのはいつごろのことかも覚えていない。」旨供述するに止まり,被告人Aとの電話による会話の具体的時期,その内容の一部等があいまいとなっている。しかし,Sは,右供述の変化につき,証人尋問において,かなり時間が経過して現在では忘れてしまったが,検察官に対して供述したときの方がよく覚えていて正確だと思う旨述べており,電話での会話内容という事項の性質上,時間の経過と相まって記憶の減退が生じること自体は合理的なものと認められる。そうすると,Sの検察官調書の供述内容は十分信用できる。以上によれば,被告人Aが,平成10年の3月から4月上旬にかけて,Sの携帯電話に電話をし,二日間にわたってCの行動を監視していた旨告げ,さらに,Cが,自分のことをどう思っているかと尋ねた事実を認めることができる。ウ以上の事実のほか,関係証拠から認められる,平成10年4月下旬にCが被告人Aに黙ってBと行動を共にした際,E方に戻ったCの顔を叩き,頭部を壁に打ち付けるなどの暴行を働き,5月中旬ころにCがJの同僚であるη方に宿泊した際にも,被告人Aにおいて再三電話をかけて執拗に帰宅するように求めた上,これに従わなかったCを,翌日出勤途上に駅からE方まで電車に無理矢理乗せるなどして強引に連れ帰り,顔や腿を殴る暴行を働いたり,Cの着衣を脱がせて,それが前記ηから借りたものと承知しながら,包丁で切り裂くなどした経緯,後記エで検討するθの供述から認定できる被告人Aの本件犯行後の言動等を総合すると,Cの供述する内容の方が被告人Aの客観 がせて,それが前記ηから借りたものと承知しながら,包丁で切り裂くなどした経緯,後記エで検討するθの供述から認定できる被告人Aの本件犯行後の言動等を総合すると,Cの供述する内容の方が被告人Aの客観的言動に沿うものであって,被告人Aの述べるように,被告人AにとってCは単なる性行為の対象に過ぎず,同女に対して何らの感情も有していなかったなどとみることはできず,むしろ被告人AがCに対し,一定の感情をもって相当程度固執し,執着していたと十分推認することができる。 切り裂くなどした経緯,後記エで検討するθの供述から認定できる被告人Aの本件犯行後の言動等を総合すると,Cの供述する内容の方が被告人Aの客観的言動に沿うものであって,被告人Aの述べるように,被告人AにとってCは単なる性行為の対象に過ぎず,同女に対して何らの感情も有していなかったなどとみることはできず,むしろ被告人AがCに対し,一定の感情をもって相当程度固執し,執着していたと十分推認することができる。Cの勤務する店の同僚であったQ(第48回公判供述),S(第49回公判供述)らが,Cから被告人Aがとてもやきもち焼きであると聞くなどしていたこともこれを裏付ける事情といえる(後記エの点と異なり,被告人Aの日頃の動静,性向についてCがどのように受け止めていたかに関する事項である上,Cが日常的に,それも複数の同僚に対して,これらの事柄についてまで嘘をついたものとはみられない。)。それにもかかわらず,Cとの関係は単なる肉体関係に止まるとし,ことさら実態以上にCとの関わりを希薄化させようという被告人Aの公判廷における供述態度は,まさに供述の基礎をなす事項についてすら自己の都合がいいように積極的に虚偽を述べるという責任回避の姿勢を顕著に示すものというべきである。エなお,検察官は,被告人AのCに対する独占欲に関連して,Qの検察官調書(甲48)における「Pで働いているとき,Cから,『被告人Aとセックスしている場面のビデオを撮ったが,被告人Aと別れたら,旦那にそのビデオを見せると言われている。被告人Aと別れて旦那のところに戻りたいが,ビデオを見せると言っているので怖い。』という話を聞いた。」旨の供述及びSの検察官調書(甲53)における「平成10年2月か3月か時期ははっきりしないが,私と 被告人Aと別れて旦那のところに戻りたいが,ビデオを見せると言っているので怖い。』という話を聞いた。」旨の供述及びSの検察官調書(甲53)における「平成10年2月か3月か時期ははっきりしないが,私とCがζで働いていたときに,たまたまトイレに入ったら,Cが洗面台のところで泣いているのに出くわし,Cは,『被告人Aと私がセックスしているときのビデオを撮った。被告人Aが,そのセックスのビデオを持っていて,それを旦那さんに送り届けると言っている。』と言ったが,Cは,被告人Aからそのように言われ,相当困って恐ろしがっている様子だった。 (甲53)における「平成10年2月か3月か時期ははっきりしないが,私とCがζで働いていたときに,たまたまトイレに入ったら,Cが洗面台のところで泣いているのに出くわし,Cは,『被告人Aと私がセックスしているときのビデオを撮った。被告人Aが,そのセックスのビデオを持っていて,それを旦那さんに送り届けると言っている。』と言ったが,Cは,被告人Aからそのように言われ,相当困って恐ろしがっている様子だった。」旨の供述を証拠として,被告人AがCと性行為をしているところを撮影したビデオをBに送りつける旨脅迫し,Cのことをつなぎ止めていた事実が認められるとも主張している。しかしながら,Q及びSは,右各事実につきCから聞いたに過ぎないのであって,その両名が聞いたCの供述内容の真実性が必ずしも明らかでない以上,両名の供述のみをもって被告人AのCに対する感情を示す行為の裏付けとするのは問題があるというべきである。また,検察官は,θの検察官調書(甲66)における「平成10年6月3日から4日にかけて,被告人Aを自宅に泊めたとき,被告人Aはなかなか寝付けない様子だったので,『どうしたの。』と声をかけたところ,被告人Aは,『彼女のことが心配で眠れない。』と言っていた。被告人Aは,自分の財布から,Cと二人で写っている写真が付いたテレホンカードとCの写真を取り出した。その写真の裏には,『私たち二人が協力して,今の状況をうまく乗り切れたらいいな。』と書かれており,被告人Aは『ごめんね。ごめんね。』と言いながら,その写真とテレホンカードをハサミで切っていた。」旨の供述から,被告人Aが眠れないほどCのことを心配し をうまく乗り切れたらいいな。』と書かれており,被告人Aは『ごめんね。ごめんね。』と言いながら,その写真とテレホンカードをハサミで切っていた。」旨の供述から,被告人Aが眠れないほどCのことを心配し,Cと二人で写っている写真を謝りながら切断していたことが認められるとした上,右行動から被告人AのCに対する深い愛情,独占欲が窺える旨主張する。確かに,θの右供述は相当程度具体性があることから一定程度信用性が認められ,そこに現れた被告人Aの外形的行動からも,被告人AのCに対する感情の深さをみることができる。もっとも,被告人Aの右行動は被告人Aが死体損壊・遺棄のみに関わったとしても十分あり得るものである上,θが強制退去処分により日本国外にいるため,その当時の被告人Aの行動及びそれに対するθの認識についてより詳細な供述を求めるべく,証人尋問を行うことがもはやできないから,右θ供述のみをもって,被告人AのCに対する独占欲の徴表が認められるとまでいうことはできず,まして殺人に関与した裏付けとすることはできない。 とも,被告人Aの右行動は被告人Aが死体損壊・遺棄のみに関わったとしても十分あり得るものである上,θが強制退去処分により日本国外にいるため,その当時の被告人Aの行動及びそれに対するθの認識についてより詳細な供述を求めるべく,証人尋問を行うことがもはやできないから,右θ供述のみをもって,被告人AのCに対する独占欲の徴表が認められるとまでいうことはできず,まして殺人に関与した裏付けとすることはできない。他方,弁護人は,本件犯行後の被告人Aの客観的行動状況に照らしても,被告人AにはCに対する執着心が認められないと主張するが,犯行発覚後に,警察の捜査の手を逃れるため別行動をとったからといって,犯行前の被告人AのCに対する心情が直ちに窺われることにはならないし,前示θの供述等に照らしても,その主張を採用することはできない。(2) また,被告人Aは,公判廷において,複数の点にわたって捜査段階の供述を変遷させているが,その中には変遷に合理的理由がなく,しかも,それが恣意に基づくものと推認される点がある。すなわち,被告人Aは,本件当日,Bの死体をCと共に浴槽まで搬入した際の状況につき,捜査段階において の中には変遷に合理的理由がなく,しかも,それが恣意に基づくものと推認される点がある。すなわち,被告人Aは,本件当日,Bの死体をCと共に浴槽まで搬入した際の状況につき,捜査段階において,「最初にBを見たとき,Bは壁を背にする体勢で右を下にして横たわっており,壁と反対側を向いた顔の上には枕がおかれ,掛けてある薄い毛布の首から胸のあたりが血で真っ赤だった。Bの死体の上には2枚毛布があり,1枚はベッドから落ちそうになっていた。もう1枚の薄い毛布はBにかかった状態であった。自分は,ナップザックを下ろし,顔に載せてあった枕をどかし,Bにかかっていた薄い毛布をBの顔の上に掛けた。Cは,ベッドから落ちそうになっている毛布をどかした。自分が,Bの脇の下に両手を入れて少し手前にずらし,さらに,そのままBの上半身を持ち上げ,ベッドの脇に下ろした。Cは,自分の動きにあわせるようにして,Bの足を抱えるようにして同じくベッドの脇に下ろした。Bの体はほとんど固まっている状態だった。Bの腕は固くなっており,足も固くなって伸びていた。Bの身体の上には,薄い毛布を載せていたが,その薄い毛布の端を縛ったりはしていない。CとBを風呂場に運ぶ際のBの体の固さや体勢については,足も固くなって伸びていたが,腰は重さのためやや曲がった。 上げ,ベッドの脇に下ろした。Cは,自分の動きにあわせるようにして,Bの足を抱えるようにして同じくベッドの脇に下ろした。Bの体はほとんど固まっている状態だった。Bの腕は固くなっており,足も固くなって伸びていた。Bの身体の上には,薄い毛布を載せていたが,その薄い毛布の端を縛ったりはしていない。CとBを風呂場に運ぶ際のBの体の固さや体勢については,足も固くなって伸びていたが,腰は重さのためやや曲がった。Bの身体をバスタブ内に押し込んだり,バスタブ内に入れるためにBの身体を折り曲げたりしたことはなく,Bの足をバスタブ内に入れてからBの身体をバスタブ内に押し込んだりしたこともない。」(乙10),「Bの死体は,腕や足,膝,足首が固くなっていたが,その状況については,自分が再現したとおりである。自分は,人間が死ねば身体が固くなることは知っていた。」(乙21)などと供述している。そして,第41回公判においては,「Bの脇に手を入れ の状況については,自分が再現したとおりである。自分は,人間が死ねば身体が固くなることは知っていた。」(乙21)などと供述している。そして,第41回公判においては,「Bの脇に手を入れて持ち上げたときに,Bの死体は固まっているような状態だった。Cと二人でBの死体を持ち上げたとき,Bの死体はアルファベットのVの字のような形になった。Bの死体を浴槽に入れるとき,CがBの両足を浴槽の縁に置いて,私はBの死体の両脇を抱えて身体を押し,ひっくり返して,少し力を入れて浴槽に入れた。」と,また,第42回公判においては,「このとき,浴槽に入れるのに苦労はあったけれども,特に工夫をしなくても,身体を押したら浴槽に入った。」とそれぞれ供述し,さらに,第46回公判においても,「ベッドから下ろして浴室に運ぼうとしたときのBの死体には毛布が掛かっていたので,腕自体は見ていないが,Bの死体に掛けられていた毛布が手に引っ掛かって,テントの様な状態になっており,Bの両腕は,身体の前で両肘から曲げられて,両手の平は重なり合わずに離れ,身体は,背中まではまっすぐで,首から先がやや腹のほうに傾いて,顎を引くような状態だった。死体の状況については,自分の記憶に基づいて再現したものである。」旨供述し,捜査段階同様の供述をしている。ところが,被告人Aは,第53回及び第55回公判に前記Vの証人尋問が行われた後の第56回公判において,突如として従前の供述を翻し,「Bの死体には毛布が掛かっていたので,このときの状況は全く分からない。 ずに離れ,身体は,背中まではまっすぐで,首から先がやや腹のほうに傾いて,顎を引くような状態だった。死体の状況については,自分の記憶に基づいて再現したものである。」旨供述し,捜査段階同様の供述をしている。ところが,被告人Aは,第53回及び第55回公判に前記Vの証人尋問が行われた後の第56回公判において,突如として従前の供述を翻し,「Bの死体には毛布が掛かっていたので,このときの状況は全く分からない。毛布がテントのような状態になっていることもなく,腕が上がっていたということはないと思う。Bの死体の再現は想像で行ったものである。身体がV字型だったというのも想像によるものである。Bの死体を浴槽に入れるときに,自分の力のすべてを使っ ることもなく,腕が上がっていたということはないと思う。Bの死体の再現は想像で行ったものである。身体がV字型だったというのも想像によるものである。Bの死体を浴槽に入れるときに,自分の力のすべてを使ってかなり苦労したが,どこの関節が硬かったというのは気がつかなかったし,どの部分を曲げたという記憶もない。」などと供述している。被告人Aは,公判廷において,常に記憶の有無を明確にした供述をしてきており,かかる被告人Aが第41回,第42回及び第46回の各公判において右に摘示したとおり淀みなく答えておきながら,突如として想像で答えたなどと供述を変更しているのは極めて不自然である。とりわけ,被告人Aは,第46回公判において,Bの死体が毛布に被われていたので死体そのものは見ていないことを前提としながら,腕に支えられた毛布の状態をテントのようであったと答えており,少なくとも毛布の上から見た状況については認識したところを明確に供述していたはずである。ところが,第56回公判では,毛布はその下に人間がいたから盛り上がっていたのであり,通常の人が寝ている以上の特別な盛り上がりの様子はなかった,テントという言葉を使ったのは適当な言葉を見つけることができなかったからである,自分は実際Bの腕を見ていないし,再現されたものは違うと思うなどと,毛布の上から見た状況についてすらその供述内容を変遷させており,その変遷振りは,被告人Aの述べるとおりであるとすれば,自ら初めて犯行に関与した際の死体の状況という,強く印象づけられて然るべき事柄に関するものであるだけに,極めて不自然,不合理というべきである。 テントという言葉を使ったのは適当な言葉を見つけることができなかったからである,自分は実際Bの腕を見ていないし,再現されたものは違うと思うなどと,毛布の上から見た状況についてすらその供述内容を変遷させており,その変遷振りは,被告人Aの述べるとおりであるとすれば,自ら初めて犯行に関与した際の死体の状況という,強く印象づけられて然るべき事柄に関するものであるだけに,極めて不自然,不合理というべきである。このように,被告人Aが突如としてその供述を変遷させたのは,第53回及び第55回公判においてVの証人尋問が行われ,同人が「一定の温度条件下ではあるものの 自然,不合理というべきである。このように,被告人Aが突如としてその供述を変遷させたのは,第53回及び第55回公判においてVの証人尋問が行われ,同人が「一定の温度条件下ではあるものの,死後約4時間経過した死体であれば,死体硬直が起こっているのは,顎,首,胴体の筋肉で,肩や大腿,股関節の筋肉には,起こったり起こっていなかったりの状態,腕や足には死体硬直が起こっておらずグラグラの状態である。」旨供述した結果,被告人Aが死体硬直状況についての自らの供述内容の不自然さを認識したからであると推認され,それ以外の合理的理由は何ら窺えない。このように,被告人Aは,自己に不利とならないように恣意的に供述を変遷させることもしており,かかる供述態度にも自己の刑責を免れようという意思が看取できるというべきである。5 総括以上のとおりであり,被告人Aは,ことさら実態以上にCとの関わりを希薄化させようとし,あるいは,自己の不利益にならぬように供述を変遷させるなど,その供述態度には責任を免れようとする姿勢が顕著に看て取れるばかりか,被告人Aの述べる状況において何故被告人Aが死体損壊・遺棄に及ぶことになったのかという,その供述の根本において払拭できない疑問点があり,さらには,前示のとおり,被告人A供述から想定されるBの最後の放尿時刻がBの行動状況に照らせばあまりに不自然であることなど,その供述の信用性に極めて強い疑義を生じさせる事情が認められ,加えて,証拠に照らし明らかなところと認定できる自らのWに対する犯行告白の事実やRに対して電話を掛けた状況等,およそ勘違い等をするとは思われない事柄について,公判廷において,これを否定する虚偽の事実を述べていること等からすれば,捜査段階から公判段階に至るまでその供述の中核が一貫している がBの行動状況に照らせばあまりに不自然であることなど,その供述の信用性に極めて強い疑義を生じさせる事情が認められ,加えて,証拠に照らし明らかなところと認定できる自らのWに対する犯行告白の事実やRに対して電話を掛けた状況等,およそ勘違い等をするとは思われない事柄について,公判廷において,これを否定する虚偽の事実を述べていること等からすれば,捜査段階から公判段階に至るまでその供述の中核が一貫している 話を掛けた状況等,およそ勘違い等をするとは思われない事柄について,公判廷において,これを否定する虚偽の事実を述べていること等からすれば,捜査段階から公判段階に至るまでその供述の中核が一貫していることや計画的犯行とみたのでは不自然な点が存在することなど,弁護人の主張する諸事情を十分考慮しても,その結論において被告人Aの供述を信用することはできないというべきである。第5 総合判断 1 C供述と被告人A供述の比較検討本件の証拠構造の下では,実際上,Bを殺害した犯人は,被告人AかCしかあり得ないのであるから,被告人AがBを殺害した犯人であるかどうかは,実質的には,被告人Aが殺害行為をしたというCの供述が,これを否定する被告人A供述との比較において,信用できるものと認められるかということに帰結する。そこで,以上検討してきたところを踏まえて,C供述の信用性を判断する。まず,Cの供述にはかなりの変遷がみられるものの,被告人Aが犯人であるとする供述に関する限り,逮捕前から,捜査段階,公判供述を通じて,殺害状況,前後の経緯等の根幹部分には揺れがみられず,その内容も具体的で迫真性に富む。しかも,被告人Aの犯行告白,Bの残尿量からの推認等,それなりの客観性を持つ裏付けもある上,直接これを明確に補強するとまではいえないものの,B方の状況,Bの手指の弁状創,死体硬直の程度,被告人Aの腕の創傷等の各種の客観的状況も,被告人A供述と対比すれば,一様にCの述べるところに整合する方向性を示している。これに反し,弁護人が供述経緯等からして信用できると主張するCの自らの犯行であるとする自白は具体性に乏しい上,右に述べたような客観的裏付けがなく,何よりも,その述べるところに従えば,午前7時ころ以前の犯行とみるほかないから,被告人A供述と同様 と主張するCの自らの犯行であるとする自白は具体性に乏しい上,右に述べたような客観的裏付けがなく,何よりも,その述べるところに従えば,午前7時ころ以前の犯行とみるほかないから,被告人A供述と同様にBの残尿量から推認されるところなどと矛盾する。 る自白は具体性に乏しい上,右に述べたような客観的裏付けがなく,何よりも,その述べるところに従えば,午前7時ころ以前の犯行とみるほかないから,被告人A供述と同様 と主張するCの自らの犯行であるとする自白は具体性に乏しい上,右に述べたような客観的裏付けがなく,何よりも,その述べるところに従えば,午前7時ころ以前の犯行とみるほかないから,被告人A供述と同様にBの残尿量から推認されるところなどと矛盾する。被告人A供述についてみても,その供述態度は捜査段階から一貫性がみられるとはいえ,一部に意図的に供述内容を変遷させており,供述内容の信用性を補強するに足る客観的裏付けとなるべきものも見当たらず,かえって,Bの残尿量から推認されるところなど,客観的状況と相反する内容を含んでいる。加えて,殺人の犯行に関与していないにもかかわらず,死体損壊・遺棄に関与したとする経緯については,被告人Aの方が,納得できるだけの理由,必要もないのに,ほとんど被告人A一人でその実行行為を担当するなど,その不自然さが際立っている上,Cの述べるところと比べて,これについての相応の説明も示されているとはいえない。さらに,本件前後の客観的状況に照らすに,Cは,本件犯行当時,被告人Aと別れてBとよりを戻そうとする外形的行動をとっていたことが明らかに認められ,そのような状況下でBを殺害するに至ったとは考えにくい。被告人AがCの言葉として供述し,弁護人の主張するような平成10年4月中旬にBらから受けた暴行等に対する報復という動機は,それ自体かなり無理がある不自然なものである上,犯行直前のCの行動状況と全く相反し,しかもCがそのような行動をとるに際し,周囲に明らかとなるような言動をしていることとも矛盾する。なお,Cが疑いを逸らすために意図的にそのような行動をとっていたものとは到底認められない。反面,検察官が主張するように,被告人AがBに対する強い嫉妬心からその殺害に及んだと認めるだけの証拠もない。しかし,被告人Aが らすために意図的にそのような行動をとっていたものとは到底認められない。反面,検察官が主張するように,被告人AがBに対する強い嫉妬心からその殺害に及んだと認めるだけの証拠もない。しかし,被告人AがCに相当固執しており,しかもCが被告人Aに無断で行動した場合に被告人Aが何らかの対応をとっていたことまでは,それまでの被告人Aの客観的行動から認められるのである。 認めるだけの証拠もない。しかし,被告人Aが らすために意図的にそのような行動をとっていたものとは到底認められない。反面,検察官が主張するように,被告人AがBに対する強い嫉妬心からその殺害に及んだと認めるだけの証拠もない。しかし,被告人AがCに相当固執しており,しかもCが被告人Aに無断で行動した場合に被告人Aが何らかの対応をとっていたことまでは,それまでの被告人Aの客観的行動から認められるのである。弁護人は,この点につき,Bらによる4月の暴行の際に被告人AがBに対して積極的な行動をとっていないことを指摘するが,4月の時点では,CがB方を出てE方で被告人Aと同居するようになったのであるから,事情が全く異なっている。殺害に及ぶ経緯,動機等の点からみても,CがB殺害に及んだとみることの不自然,不合理性の方が明らかに際立っている。さらに,本件発覚後の行動をみても,Cは警察から事情聴取を連続して受けたことに伴うものとはいえ,何ら逃走等の行動に出ていないのに,被告人Aは警察の捜査が及ぶことを恐れて約1週間にわたり,自宅に戻らず転々としていて,この間には海外逃亡まで図ろうとしており,被告人Aの述べる両者の刑責の重さからすると,相反する状況がみられる。以上のとおりであり,C供述と被告人A供述を比較検討するに,とりわけ,客観的証拠関係との整合性や,逆にその述べるところの客観的状況に照らした不自然性等の観点からすれば,C供述の方がはるかに信用できるものといえ,被告人Aが犯人であるとするその供述の信用性は,合理的疑いを容れない程度のものと認められる。2 結論以上より,被告人AがB殺害の実行行為を行った事実を認定することができる。ただし,本件においては,Cの供述中,B殺害後の死体損壊・遺棄に至る経緯,動機については必ずしも払拭できない疑義が残るところ,現実にはCがB殺害 がB殺害の実行行為を行った事実を認定することができる。ただし,本件においては,Cの供述中,B殺害後の死体損壊・遺棄に至る経緯,動機については必ずしも払拭できない疑義が残るところ,現実にはCがB殺害の直後に被告人Aと協力し,死体損壊・遺棄を円滑に,かつ短時間で実行していること,さらには,被告人A自身,Cとの共同正犯である旨をほのめかす発言を第三者にしていることなどからすると,被告人A及びCが共謀して本件殺人を行った可能性も認められる。 することができる。ただし,本件においては,Cの供述中,B殺害後の死体損壊・遺棄に至る経緯,動機については必ずしも払拭できない疑義が残るところ,現実にはCがB殺害の直後に被告人Aと協力し,死体損壊・遺棄を円滑に,かつ短時間で実行していること,さらには,被告人A自身,Cとの共同正犯である旨をほのめかす発言を第三者にしていることなどからすると,被告人A及びCが共謀して本件殺人を行った可能性も認められる。しかしながら,それはあくまでそのような可能性が論理的に考えられるというに止まり,その共謀を認めるに足るだけの証拠がない上,本件においては,審理の終盤ともいうべき第44回公判において,裁判長から検察官に対し,Bに対する殺人の事実につき,証拠調べの推移を踏まえCとの共謀について検討した上で,なお現在の(被告人Aの単独犯行とする)訴因を維持するか明らかにされたい旨の求釈明が行われ,第45回公判において検察官から訴因変更については考えていない旨釈明した審理経過があり,右検察官の釈明に照らし,共同正犯とする立場は明確に本件審理における当事者の攻防(主張立証)の範囲外に置かれたものというべきであるから,その旨積極的に認めることはできない(なお,被告人Aは殺害自体を否認しており,共同正犯と認めないからといって,被告人Aに不利益な認定とならないことは明らかである。)。以上のとおりであり,そのほか被告人Aは殺人に関与しておらず無罪である旨弁護人が種々主張するところについて仔細に検討してもいずれも理由がなく,関係証拠によれば,判示殺人の事実を認めることができる。(法令の適用)罰条判示第1 刑法199条(有期懲役刑選択)判示第2 包括して同法60条,190条併合罪加重同法45条前段, よれば,判示殺人の事実を認めることができる。(法令の適用)罰条判示第1 刑法199条(有期懲役刑選択)判示第2 包括して同法60条,190条併合罪加重同法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の範囲内で法定の加重)未決勾留日数同法21条訴訟費用不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑理由)本件は,フィリピン共和国国籍の被告人Aが,愛人関係にあった同国籍女性の夫たる日本人を殺害し,さらにその犯行の隠蔽を図るべく右女性と共謀の上,その死体を切断し,これを2回にわたり川に投棄したという,殺人及び死体損壊・死体遺棄の事案である。 段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の範囲内で法定の加重)未決勾留日数同法21条訴訟費用不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑理由)本件は,フィリピン共和国国籍の被告人Aが,愛人関係にあった同国籍女性の夫たる日本人を殺害し,さらにその犯行の隠蔽を図るべく右女性と共謀の上,その死体を切断し,これを2回にわたり川に投棄したという,殺人及び死体損壊・死体遺棄の事案である。まず,殺人の点についてみるに,被告人Aは,自宅寝室のベッドにおいて横になっていた被害者に対し,殺意をもって,いきなり,身体の枢要部である前胸部を刃体の長さが15センチメートルを超える包丁で突き刺し,その結果,被害者に上行大動脈に達する深さ約6センチメートルの刺創を負わせて,ほどなくその場で失血死させたものであり,本件はその行為自体からも確固たる殺意に基づくことが明らかに認められる非常に残忍かつ非情な態様の犯行であって,極めて悪質である。被告人Aが本件殺人の犯行に及んだ動機は必ずしも明らかではないが,少なくとも証拠上認められる犯行に至る経緯,被告人Aと被害者との関係等からして,そこには酌量の余地は乏しいものと容易に推察される。そして,被害者からすれば,自宅寝室という安全であるべき場所で,理不尽にも被告人Aから突然に前胸部を刺突されるという凶行を受け,ついには苦しみのうちに何物にも代え難い貴重な生命を奪い去られたものであって,死に至る間の恐怖感,肉体的苦痛はいうに及ばず,人生の半ばにしてこの世を去らねばならなかったその無念さは いう凶行を受け,ついには苦しみのうちに何物にも代え難い貴重な生命を奪い去られたものであって,死に至る間の恐怖感,肉体的苦痛はいうに及ばず,人生の半ばにしてこの世を去らねばならなかったその無念さは察するに余りある。人一人の尊い命を奪った結果はそれ自体極めて重大であるところ,それのみならず被告人Aは,自らの殺人の事実が発覚するのを免れるべく,愛人関係にあったほかならぬ被害者の妻と共謀して,被害者の死体をのこぎりで10部位に切り刻んだ上,複数のごみ袋に分け入れ,深夜2回にわたって別々の河川に投棄しており,その死体を無惨としかいいようのない状態にまで貶めて死者の尊厳を冒涜したのであるから,その冷酷な犯行に対しては当然に厳しい非難を免れない。被告人Aは,その述べるところによっても死体損壊・遺棄行為のほとんどすべてを自ら実行したといえるのであり,死体損壊・遺棄において果たした役割も重大である。 者の死体をのこぎりで10部位に切り刻んだ上,複数のごみ袋に分け入れ,深夜2回にわたって別々の河川に投棄しており,その死体を無惨としかいいようのない状態にまで貶めて死者の尊厳を冒涜したのであるから,その冷酷な犯行に対しては当然に厳しい非難を免れない。被告人Aは,その述べるところによっても死体損壊・遺棄行為のほとんどすべてを自ら実行したといえるのであり,死体損壊・遺棄において果たした役割も重大である。無惨に殺害された挙げ句,右のような態様で遺体を損壊,遺棄された本人の心情を慮る母親らの憤り,悲しみ,さらには喪失感は深く,大きく,未だなにがしかも癒されていないのであって,その悲嘆のほどは容易に察せられ,遺族の被害感情が強く,被告人Aに対する厳罰を望んでいるのも当然のことである。それにもかかわらず,被告人Aは被害者遺族に対する何らの実質的な慰謝の措置も講じておらず,殺人については捜査段階から一貫して事実を否認し,公判廷でも弁解に終始して自己の刑責を免れようとするなどしており,そこには真の反省の様子や被害者に対する謝罪の念を看取することはできない。以上によれば,被告人Aの刑事責任は極めて重く,自ら出頭した上,死体損壊・遺棄の点については捜査段階当初より認め,公判廷において一応反省の弁を述べるとともに,併せて遺族に対し謝罪の意を表していること,日本国内に ,被告人Aの刑事責任は極めて重く,自ら出頭した上,死体損壊・遺棄の点については捜査段階当初より認め,公判廷において一応反省の弁を述べるとともに,併せて遺族に対し謝罪の意を表していること,日本国内において前科前歴がないこと,本件審理に伴い長期間身柄拘束され,その間に健康を害していることなど,被告人Aのために有利に斟酌することができる事情を十分考慮しても,主文の刑に処するのが相当であると判断した。(求刑懲役18年)平成14年11月5日東京地方裁判所刑事第4部裁判長裁判官井上弘通裁判官野口佳子,同森喜史は,転補のため署名押印できない。裁判長裁判官井上弘通
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