昭和28(う)2605 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和29年5月7日 福岡高等裁判所 棄却
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【DRY-RUN】主    文      本件控訴を棄却する。      当審における訴訟費用は被告人の負担とする。          理    由  弁護人鶴和夫が陳述した控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人及び

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判決文本文9,652 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 弁護人鶴和夫が陳述した控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人及び被告人提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。 弁護人の控訴趣意第一点の(一)について所論Aの司法警察員に対する供述調書の末尾にAの記名押印があり更にその次に「右の通り録取し読み聞かせた処誤りなき旨申立てたが本人重傷であつたので立会人実父Bが記名し押印した」旨の記載があること、所論のとおりである。従つて右Aの司法警察員に対する供述調書は右A自ら署名若しくは押印したものでないことが明らかである。ところで刑事訴訟法第三百二十一条第一項には「被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは左の場合<要旨>に限り、これを証拠とすることができる」旨規定しているので、右のごとく被告人以外の者の供述を録取した</要旨>書面に当該供述者の署名若しくは押印がない場合該書面が同条第一項第一号乃至第三号所定の条件を具備していても同条項所定の証拠能力がないものであるか否かにつき考察するに、同条第一項が供述者の署名若しくは押印の存することを条件としているのはこれにより該調書の正確性を保障するにあるものと解すべきであるから供述調書に当該供述者において署名若しくは押印(指印を含む)することのできないことにつき正当の事由があるときはたとい該書面に供述者の署名若しくは押印がなくても同条第一項第一号乃至第三号所定の爾余の条件を具備するときは同条項所定の条件を具備するものと同一視し、同条項により証拠能力を有するものと解するのを相当とする。しかして記録及び原裁判所において取り調べた証拠によれば右Aは昭和二十七年五 余の条件を具備するときは同条項所定の条件を具備するものと同一視し、同条項により証拠能力を有するものと解するのを相当とする。しかして記録及び原裁判所において取り調べた証拠によれば右Aは昭和二十七年五月五日司法警察員より取調を受けた際は瀕死の重傷のため警察員がその供述を録取した後自ら署名若しくは押印することができない為該供述録取の際立会つていたその父Bにおいて代署の上押印したものであること、並びにその後右Aは右の重傷に因り同月八日死亡したこと及び同供述調書中の供述が本件犯罪事実の存否の証明に欠くことができないもので且つ同供述が特に信用すべき情況の下にされたものであることも明らかであるから右供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号による書面として証拠能力を有するものといわなければならない。のみならず仮りに同書面が右法条所定の条件を具備するものでないとしても原審第二回公判調書によれば被告人側において同書面を証拠とすることに同意しているのであるから同書面は刑事訴訟法第三百二十六条によりこれが作成されたときの情況を考慮し相当と認めるときは同法第三百二十一条の規定にかかわらず証拠とすることができるのであるが、原審において取り調べた証拠に現われた事実によると右書面はこれが作成されたときの情況を考慮するときはまことに相当と認められるので原審が右供述調書につき証拠調をし、且つ原判決がこれを証拠として採用したことにつき何等違法があるものということはできない。 論旨は右書面は元来検察官において刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号による書面として証拠調の請求をしたのであるのに同書面にはその供述者の署名若しくは押印を欠如しているのでこれを被告人側において証拠とすることに同意したとしてもそれは同意と見るべきではなく単に証拠調の請求に対し異議がない旨陳述した したのであるのに同書面にはその供述者の署名若しくは押印を欠如しているのでこれを被告人側において証拠とすることに同意したとしてもそれは同意と見るべきではなく単に証拠調の請求に対し異議がない旨陳述したものと解すべきであると主張するのであるが、右供述調書が刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号に該当する書面であることは前掲説示のとおりであるのみならず、検察官において同条項該当の書面として証拠調の請求をなした場合被告人側において証拠とすることに同意したときは該書面が同条所定の要件を具備しなくてもその同意の効果に何等の影響をおよぼすものでなく、同書面が作成されたときの情況を考慮し相当と認めるときはこれを証拠とすることのできることは同法第三百二十六条第一項の規定自体に徴し極めて明瞭である。 結局原判決には所論のごとき違法があるものということはできないので論旨は理由がない。 同控訴趣意第一点の(二)について。 原審第五回公判調書によれば検察官は検第四十四号乃至第五十一号(被告人の司法警察員に対する第三回乃至第八回供述調書及び被告人の検察官に対する第一回第二回供述調書)の証拠調の請求をし、被告人側において検第四四号第四五号(被告人の司法警察員に対する第三回、第四回供述調書)を証拠とすることに同意しており、爾余の各供述調書すなわち検第四六号乃至第五一号については任意性がないものとして不同意の意見を述べ原審においてその取調につき決定を留保していることが明らかである。論旨は検第四六号乃至第五一号につき任意性がないものとして証拠調に同意していない以上検第四四号及び同第四五号について同意したとあるのは検察官において同各号の書面は刑事訴訟法第三百二十二条所定の書面として証拠調の請求をしたものと思料するのが相当であるから証拠調の請求に異議がない旨陳述したものと 同第四五号について同意したとあるのは検察官において同各号の書面は刑事訴訟法第三百二十二条所定の書面として証拠調の請求をしたものと思料するのが相当であるから証拠調の請求に異議がない旨陳述したものと解すべきものである旨主張するが、右検第四四号同第四五号の書面を証拠とすることに同意したことを所論のごとく異議なき旨陳述したものと解すべき何等正当の根拠を発見し得ない。 又原審第十回公判調書によれば検第四六号乃至第五一号につき証拠調をしており又原判決によれば同書面中検第四八号乃至同第五一号を証拠として採用していること並びに記録上原審において検第四六号乃と同第五一号の各供述調書の任意性及び同各調書の末尾の被告人の署名、指印につき調査をしたことの記載の存しないことはいずれも所論のとおりである。しかし被告人が所論のごとく司法警察員の取調に際し暴行を受けた旨陳述したからといい、これのみにより直ちに該陳述を措信すべきものとする謂れがなく、これが真実であるか否かは偏えに事実審裁判所の自由なる判断に委ねられているところであるのみならず、供述調書の任意性の調査は必ずしも常にこれを調書上明らかにするの要がなく、同供述調書又は供述自体、その内容、形式その他諸般の情況によりその任意性を認むべきときはこれを証拠として取り調べ且つこれを罪証に供し得べきことは多言を要しないところであり、かかる措置を目して刑事訴訟法第三百十九条乃至は憲法第三十八条第二項の精神を没却するものとすることは当らない。 記録上被告人が司法警察員より所論のごとき暴行、抑制を受けたことは措信しがたい。被告人の弁解を除いてはこれを認むべき資料は全く有しないし、被告人の司法警察員に対する第三回乃至第八回、同検察官に対する第一回、第二回答供述調書を逐次仔細に検討するとその各署名は被告人の自署であることに一 の弁解を除いてはこれを認むべき資料は全く有しないし、被告人の司法警察員に対する第三回乃至第八回、同検察官に対する第一回、第二回答供述調書を逐次仔細に検討するとその各署名は被告人の自署であることに一点の疑義を挟む余地なく、又その供述は当初から原判示罪となるべき事実を自白したものでなく或はその一部につき、或は他の一部につき迂余曲節を経て検察官に対する第二回供述調書において原判示第一、第二事実とも稍原判示事実に近似符合する自白をしたものであることが認められるのであつて該取調の経過、供述の態様、内容、該供述調書の形式等に徴すれば前掲各供述調書の供述はいずれも被告人が他よりの圧力によることなく任意になされたものであることを充分に推認し得られる。従つて原審において検第四四号乃至第五一号の各供述調書につき証拠調をなし、且つ原判決がそのうち検第四八号乃至第五一号の各供述調書を証拠として採用したことに何等違法があるものということはできない。その他記録を精査しても原判決には所論のごとき違法は全くないのでこの点の論旨も理由がない。 同控訴趣意第二点の甲についてしかし、原判決の挙示した証拠を検討すると、被告人の同法警察員に対する第七回、第八回各供述調書、被告人の検察官に対する第一回、第二回各供述調書を通じ殺意の点を除き被告人は原判示第一のA、同第二のC殺害の各事実を自白しているのであるが、該自白の外、一、 原審受命裁判官の証人Dに対する尋問調書中同証人の供述として、しばらくして便所で殴られていたEの人が腹をおさえてかがんだ様な恰好で小走りに便所から一間半位のところを場内に来るのを見たがその後から一間位離れて殴つたFが追つかけて来た旨の記載一、 原審受命裁判官の証人Gに対する尋問調書中同証人の供述として私は劇場内でAが突かれたことを部落のHから聞き ところを場内に来るのを見たがその後から一間位離れて殴つたFが追つかけて来た旨の記載一、 原審受命裁判官の証人Gに対する尋問調書中同証人の供述として私は劇場内でAが突かれたことを部落のHから聞きI、J、K、L、C等と共に医者に連れて行く様になり入口の上り口のところまでAの横について行つた。そこに三人の青年が居て、行くと同時にAが殴られたので私は中に逃げ込んだ。 殴つた男はMで手で二、三回殴つたと思う、その時FはCの前におり、Cは上り口の下に居た。Aも中に逃げ込んだがその際Cは上り口の西方の柱の所に道の方を向きFは南向きに向い合い一、二尺離れて立つていた。そしてCのジヤンバーの中にFの手が入りつついている様でジャンバーの裾(左側裾)がゆれるのが見えた。 それからAは花道を通り前の桝を横切り母の所で倒れたので私も見に行つた。そしてCの所に出て見たら誰か入口のとこで、Cがやられていると申しており、出て見るとCの弟と逢い、Cにふれて見たら、おかしいので「C」と呼んで見たが返事がなく死んでいることが判つた。私がCがおどされているのを見て中に入り、又出て来るまでの時間はAの所に暫く立つていたのであるが余り長くはなかつた。私はCはFからやられたと思つた。それはつつく様な恰好をしていたのでその時ではなかつたかと思つた。それからAはその母の所に倒れたので戸板にのせて出ていつたので私は前を荷い、N病院に連れて行きCのところに引返えし同人の姉の嫁入先に知らせに行つたが途中警察から来ているのと逢つた旨の記載一、 原審受命裁判官の証人Oに対する尋問調書中同証人の供述として、Aが当夜刺されたことはPから「J等がAが刺されたので医者に連れて行かねばならんというてG等も一緒に連れて行つたからあんたも行きなさい」といわれたので知つた。そして私は出人口の札取りの所ま として、Aが当夜刺されたことはPから「J等がAが刺されたので医者に連れて行かねばならんというてG等も一緒に連れて行つたからあんたも行きなさい」といわれたので知つた。そして私は出人口の札取りの所まで行つた時Aが劇場上り口の中央辺で殴られていた。殴つた者は名は後で知つたがMともう一人のQである。それからAは再び場内に逃げ出し、今度はCが差向いて何か脅されていた。その場所は入口から既に降りてAが殴られていた所から一間位離れており、Cが「勘忍してくれ」と謝つているのを聞いた。それはAが既に逃げ込んだ後である。 Cは相手から掴まれている様であつたが、私の位置からは二人が重なつて見えていたので詳しくは分らなかつた。それからCはサツト走つて外に逃げたので私は無事に逃げたと思つて場内にAの様子を見に引返えした。場内では役者が邪魔されたといい舞台から下りて外に出たので私も出たところ、Cが飯食店の前で倒れていたので家に知らせねばと思い中継所に自転車を借りに行つた旨並びにAが場内に逃込んだ時Mが追掛けて入り、Cを脅したのは頭髪を五分刈り風にし、セーターを着た背の高い男であつたが、後日写真によりFということを知つた。Cと向合つて脅していた者はその時は後姿だけであつたがAが逃げた時こちらを振り返えつたので見た。その時何を持つていたか分らぬがFの手がCを小突く恰好に動いており、Aが既に何者かに刺されており、怖ろしく思つた旨の記載一、 原審受命裁判官のKに対する尋問調書中、同証人の供述として、私がAが怪我をしたのを知つたのは中狂言の後頃で私の直ぐ右傍にAが腹をおさえ真青になつて走り込み倒れた。それで私は「どげんしたか」と尋ねると「突かれた」というので医者に連れて行かねばとC、J、私等部落の者皆で入口まで連れて行つた。私は皆に一寸遅れて木戸口に出たらAが殴られ 青になつて走り込み倒れた。それで私は「どげんしたか」と尋ねると「突かれた」というので医者に連れて行かねばとC、J、私等部落の者皆で入口まで連れて行つた。私は皆に一寸遅れて木戸口に出たらAが殴られており、CはFと差向ひで何か因縁をつけられていた。Aを殴つたのは後日写真を見てMだと知つた。Cが北東の方を向きFがその直ぐ前に相対していたのを私は札取り場の直ぐ外の所から見ていた。Fは小豆色の丸首セーターを着、頭髪を角刈りにしていたが、Fということは後日写真を見て名を知つた。私はCが掴れて小突かれていたかは分らぬが、怖ろしかつた(私も殴られたりしてはと思つたのです)のでAが再び場内に逃げ込んだ時私も中に這入つたが場内でAは舞台の直ぐ前のAの母の側に行つていたので安心しているとJが来て「前の飲屋でCが終いよる」というので直ぐ出て見ると表の飲食店の側でCが倒れており既に冷くなつているのでCの家に知らせる為そこを立ち去つた旨の記載。 一、 原審受命裁判官の証人Rに対する尋間調書中、同証人の供述として、AがEの青年から連れ出され又逃げ込んで来てからFが木戸から入つて来て私の横に「済みません」と申して坐つたその時Fが左の方で匕首をジヤケツでふいているのを見た旨の記載。 一、 Aの司法警察員に対する第一回供述調書には同人の供述として、実は本日(昭和二十七年五月五日の意)午後八時頃a村S劇場に同部落のG、Oの二人と共に芝居を見に行つた。午後十時十分頃入口の右側の便所に小便しに一人で行つた。 便所には何処の人か二人居つた。便所を出て四、五歩前にいたところへ戻ろうとして歩いたら何処の者か判らない年令二十七才位の五尺六寸位の大きな男が来て(私の前に)私に「お前は誰か」というので「自分はA」というと「Aちや何んか」と云うのでAと云うと「Aとは何んか」といい、その て歩いたら何処の者か判らない年令二十七才位の五尺六寸位の大きな男が来て(私の前に)私に「お前は誰か」というので「自分はA」というと「Aちや何んか」と云うのでAと云うと「Aとは何んか」といい、その男はズボンのところから右手で匕首の柄迄一尺位あるのを抜いてすぐ私の腹をそれで刺した。刃は五寸位であつた。私は棒で打たれた様な気がしたので逃げ様として中央の方に行こうとしたらその後の方でその男が私の襟を引張つた。それを振離して中の方に人を押し分けて入つたがまた追つて来るので舞台近くの方に逃げた。そこに同部落のC、J、K、Iの四人がいたのでやられたというとそんなら医者に行こうといい一緒に行こうとして劇場の入口の階段の所に来て私が降りようとすると先の男の連れの男が来てお前先つきは逃げたなといいまで私の頭を叩いた。私はそれで何んにも判らなくなつた旨の記載。 一、 Mの検察官に対する第一回供述調書謄本中の同人のAに対し暴行した顛末の供述記載一、 及び右各供述記載を包含する前掲各調書中の各供述記載一、 爾余の原判決挙示の各証拠を綜合するときは被告人が原判示第一のA、同第二のCをそれぞれ殺害したことを認めるに充分であり、これに前掲被告人の各供述調書により認め得べき被告人の自白を綜合すれば、原判示犯行は被告人の所為によるもので被告人以外の者により敢行されたことを疑うべき余地は全く存しない。尤も原審公判調書中の被告人及び証人Tの各供述の一部並びに当審受命裁判官の証人Tに対する尋問調書中の同証人の供述によれば原判示第二のC殺害の所為はMの犯行ではないかを思わしめる節がないではないが、これ等の各供述は前掲原判決の拳示した証拠と対比すればにわかに措信しがたく、その他論旨摘録の各供述乃至はその他の証拠は勿論当審における証拠調の結果によるも前記認定を左右する める節がないではないが、これ等の各供述は前掲原判決の拳示した証拠と対比すればにわかに措信しがたく、その他論旨摘録の各供述乃至はその他の証拠は勿論当審における証拠調の結果によるも前記認定を左右するに由なく、更に論旨採用のTに対する傷害致死被告事件の記録中の第一審判決書謄本に現われた同人の傷害致死事件の手口と本件殺人事件の手口に類似の点が存するの一事により本件殺人被告事件の犯人が被告人にあらずして右Tであると断定し得ないのは勿論該事実により本件犯人が被告人でないと疑わしめる心証すら惹起しない。なお記録を精査しても原判決の右事実認定に誤のあることを発見することができない。結局原判決には所論のような違法がないのでこの点の論旨も理由がない。 同控訴趣意第二点の乙についてしかし、原判決の挙示した証拠により認められる本件犯行の態様、経緯、その兇器各被害者の創傷の部位、程度により被告人が殺意を以て原判示各犯行に及んだことを認定するにかたくはない。所論被告人の被害者に対する傷害の部位に対する認識についての所論供述調書中の被告人の供述部分は、原判決の挙示した証拠により認め得られる殺意存在の点に徴するときはにわかに措信しがたく、又原判決の挙示した各関係人の供述調書中本件犯行の経過、態様につき多少矛盾する部分の存することは論旨指摘のとおりであるが、しかしこれを仔細に検討すれば右各供述は全然相互に相容れないものではなく各その原判示に吻合乃至は照応する部分のみを採るにおいては被吉人が殺意を以て原判示各犯行に出たものであることを容易に認定することができる。従つて原判示事実の成立を認めこれに各刑法第百九十九条を問擬した原判決は正当であり、原判決には所論のような違法がないのでこの点の論旨も理由がない。 同控訴趣意第二点の丙についてしかし、記録を精査すると、 示事実の成立を認めこれに各刑法第百九十九条を問擬した原判決は正当であり、原判決には所論のような違法がないのでこの点の論旨も理由がない。 同控訴趣意第二点の丙についてしかし、記録を精査すると、原判示犯行当時被告人が飲酒のため正常健全な精神状態になかつたことはこれを認めることができるが、被告人が該飲酒その他精神障碍のため事物の理非善悪を弁識する能力を欠如し、若しくはその能力著しく低減していたこと、すなわちいわゆる心神喪失又は心神耗弱の状態にあつたことは全くこれを認めることができない。尤も記録によれば被告人は本件犯行につき記憶がない旨供述する部分があるけれども仮りに被告人が本件犯行につき記憶のない部分があつたとしてもこれにより、直ちに被告人が本件犯行当時心神喪失乃至は心神耗弱の状態にあつたものと是認することはできない。けだし殺人行為は至極特殊稀有の場合を除いては全く正常健全な精神状態において敢行し得ない事象であるから特に犯行当時一時的たると、はた持続的たるとを問わず、真に心神喪失乃至は心神耗弱の状態にあつたことの認め得られない限り、犯人が犯行につき記憶しない部分があつたからといい、直ちに犯人を心神喪失乃至は心神耗弱者と断ずることは当を得たものとはいいがたい。 更に被告人が司法警察員乃至は検察官に対し本件犯罪の客観的事実、経過と異る陳述をしている部分の存することも所論のとおりであるが、該供述部分は原判決の挙示した証拠に照らすと或は被告人がことさらに作為して供述したものと認められるのみならず、仮りに然らずとするも右のごとき一事により心神喪失乃至は心神耗弱の状態にあるものと断ずるに由なく、又犯人が右のごとき精神状態にあるか否かを断定するには所論のごとき常に必らずしも専門家の検討を受くべきものとする法上の根拠もない。然らば原判決が原判示事実 心神耗弱の状態にあるものと断ずるに由なく、又犯人が右のごとき精神状態にあるか否かを断定するには所論のごとき常に必らずしも専門家の検討を受くべきものとする法上の根拠もない。然らば原判決が原判示事実の成立を認めた上原審弁護人の心神喪失乃至は耗弱の主張を排斥したのは相当であり、原判決には所論のごとき違法がないのでこの点の論旨も理由がない。 被告人の控訴趣意について被告人の控訴趣意は縷々陳述しているが、これを要約すれば被告人は本件の犯人ではなく、原判示第二のC殺害の所為はMの犯行であるかのごとく主張し、又被告人は司法警察員の暴行、脅迫により犯行を自白したものであり、且つAはS劇場便所附近にあつた匕首により殺害されたものであると思料されるので原判決の事実認定には誤があるものであるというに帰するのであるが、原判決の挙示した証拠を綜合すれば原判示第一、第二のA、C殺害の犯人が被告人であることを認定するに充分であることは弁護人の論旨に対する前示判断により了解することができるであろう。なお記録を精査しても原判決の事実認定に誤のあることを発見し得ないし、又被告人が司法警察員の暴行、脅迫乃至は強要により原判示犯行を自白したものであることを窺うべき資料は当裁判所の措信しない被告人の弁解を措いては全く存しない。更に所論のS劇場の便所附近に存した匕首の存在は前掲認定を左右するに足りない。結局原判決には所論のごとき違法がないので論旨は採用することはできない。 弁護人の控訴趣意第三点について。 しかし、記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた所論その他主観客観諸般の情状に照らすと、原判決が被告人の原判示第一A殺害の所為につき有期懲役刑を選択し、又同第二のC殺害の所為につき無期懲役刑を選択し、結局刑法第四十五条前段第四十六条第二項により被告人を無期懲 観諸般の情状に照らすと、原判決が被告人の原判示第一A殺害の所為につき有期懲役刑を選択し、又同第二のC殺害の所為につき無期懲役刑を選択し、結局刑法第四十五条前段第四十六条第二項により被告人を無期懲役に処したのは量刑重きに失することなくまことに相当であると思料されるのでこの点の論旨も理由がない。 弁護人の控訴趣意書追加申立書は、所定の控訴趣意書提出期間経過後に提出されたものであるから、同書中の趣意については判断を須いないこととする。 以上の理由により本件控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文を適用し被告人に負担させることとし主文のとおり判決する。 (裁判長判事谷本寛判事藤井亮判事吉田信孝)

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