昭和50(ネ)213 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和52年4月13日 広島高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      原判決を次のとおり変更する。      被控訴人は控訴人に対し、七七〇万円及びうち七〇〇万円に対する昭和 四八年七月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

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判決文本文10,224 文字)

主文 原判決を次のとおり変更する。 被控訴人は控訴人に対し、七七〇万円及びうち七〇〇万円に対する昭和四八年七月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。 控訴人のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は一、二審を通じ、その四分の一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。 この判決中控訴人勝訴部分は、仮に執行することができる。 事実 一申立控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し一〇三一万円及びうち九三八万円に対する昭和四八年七月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。 被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。 二主張・証拠関係当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。 1 控訴人の主張(一) A(以下本件患者という。)には子がなく、控訴人は唯一の相続人である。 (二) 請求原因3(被控訴人の責任)の補足(1) 本件におけるように特異体質者の麻酔によるシヨツク死は稀な事柄であるとしても、かような特異体質者の存在、麻酔中毒との関係並びに麻酔中毒の治療方法については、一般医学書にも記述され、医師たる被控訴人はこれを予見する義務がある。(なお、診療事故死の事例中、本件のような耳鼻科における非アルカロイド系薬剤の局所麻酔による薬物シヨツク死は約五%に達している。)(2) 麻酔によるシヨツク死を避けるには、「1」できるだけシヨツク発生を予防する方法をとること、「2」一刻も早くシヨツクを発見すること、「3」予め十分な救急設 シヨツク死は約五%に達している。)(2) 麻酔によるシヨツク死を避けるには、「1」できるだけシヨツク発生を予防する方法をとること、「2」一刻も早くシヨツクを発見すること、「3」予め十分な救急設備を準備しておくこと、「4」適切な救急措置を行うことが必要である。 麻酔専門医にかかると、麻酔死のような最悪の事態は皆無に近く、本件患者においても死の結果は避け得たと考えられる。 (3) 本件にあつては、術前の検査がシヨツク防止の観点から十全になされたといえず、前記(2)「1」「2」の点において必要な注意がなされたといえない。 また、シヨツク発生後の蘇生術、とくに呼吸と循環の確保が適切に行われていない。麻酔中毒に対する蘇生術は短時間に適切に施行されなければならず、この要請にこたえ得る人的・物的設備が必要である。ところが、被控訴人及び補助者らいずれも救急蘇生術につき十分な知識経験がなく、実際、被控訴人あるいは補助者によりなされた用手人工呼吸、閉胸心マツサージの方法も適切といえず、その他の処置は有害無益であつた。したがつて、前記(2)「3」「4」の点においても必要な注意がなされたといえない。 (4) もとより、被控訴人は麻酔専門医でないが、一般に医師が専門外の医療を行う場合には、特段の事情のない限り、専門医並みの注意と設備が要求され、開業医の設備の範囲内で一応適切とされる程度の処置をとれば足りるというものではない。 (5) 麻酔中毒が急迫危険なものであつて、開業医一般の設備の範囲内で一応適切な施術がとられても死の結果が回避し得ないことがある事実は、被控訴人ら医師はこれを認識し、一方、患者やその家族はこれを認識していないのが普通である。したがつて、開業医はかような危険をはらむ治療に当つては、患者らに事前に説明し、場合によつては大病院への転医 被控訴人ら医師はこれを認識し、一方、患者やその家族はこれを認識していないのが普通である。したがつて、開業医はかような危険をはらむ治療に当つては、患者らに事前に説明し、場合によつては大病院への転医を指示する等の措置をとらなければならない。患者らは、開業医に受診するに当つては、かように期待するものであつて、医療契約の債務の本旨は右理解にたつてその内容が定められるべきである。(もし、一般開業医においては、比較的軽微な疾患の治療により死の転帰をみるのも一定の場合やむを得ないことであるとすれば、開業医に対する一般の期待が過剰であることを認識させる方策が確保されていなくてはならない。)(三) 請求原因4(損害)について原判決三丁表一一行目に「金二三八万円」とあるのを「金五〇〇万円」と、同丁裏七行目に「現価を求めたものである。」とあるのを「現価を求めたもの二三八万円に、主婦労働分を加えると、本件患者の死亡による逸失利益は、五〇〇万円を下らない。」と改める。 同一一行目全部を削る。 (四) 原判決四丁表一ないし三行目を次のとおり改める。 「5.よつて、控訴人は被控訴人に対し、以上の損害中一〇三一万円及びうち弁護士費用以外の損害九三八万円に対する本訴状送達の翌日たる昭和四八年七月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」 2 被控訴人の主張(一) 前記1(一)の事実は認める。 (二) 原判決五丁裏一行目「緊急用気管切管器」とあるのを「緊急用気管切開器」と改める。 3 当審において追加された証拠関係(省略) 理由 一 1被控訴人が肩書住所で気管食道、耳鼻咽喉科医院を営む医師であること、控訴人の妻A(昭和四年二月一〇日生、本件患者)が被控訴人に対し副鼻腔炎治療を依頼し、被 ) 理由 一 1被控訴人が肩書住所で気管食道、耳鼻咽喉科医院を営む医師であること、控訴人の妻A(昭和四年二月一〇日生、本件患者)が被控訴人に対し副鼻腔炎治療を依頼し、被控訴人の指示により昭和四七年六月八日その手術を受けることとなつたこと、右手術のため被控訴人のした局所麻酔注射(以下本件注射という。)により胸腺リンパ体質であつた本件患者がシヨツク症状を呈し、右注射後間もなく同日午後三時一五分頃死亡したことは、当事者間に争いがない。 2 成立に争いのない乙第二号証、被控訴本人尋問の結果(原審第一回)により成立を認める乙第一号証、右本人の尋問結果(原審第一、二回及び当審)によれば、次の事実を認めることができる。 (一) 本件患者は、昭和四五年一〇月二一日から翌年五月一二日まで副鼻腔炎等治療のため被控訴人医院に通院し、その後しばらく通院を中止し、同年一一月二四日から再び通院していたが、長期にわたる保存的療法によつても治癒の傾向が認められず、鼻閉塞、鼻汁過多等の症状が続くので、被控訴人は、右疾患の治療として右医院において昭和四七年六月八日午後に、副看護婦B、薬剤師Cの補助の下に両副鼻腔根本手術を実施することとした。 (二) 被控訴人は、前記診療の間、本件患者から、薬疹、アレルギー、シヨツクの出たことのないこと、以前麻酔を用いる虫垂炎、ヘルニヤの手術を受けたが異状のなかつたことを聞いており、また、本件患者にサルファ剤注射、インフルエンザ予防注射をした際も、鼻処置として本件注射に使用した〇・五%塩酸プロカインを塗布または噴霧した際にも異状が認められなかつた。 (三) 被控訴人は、術前管理のため右手術前日の七日午後八時頃本件患者を右医院に入院させ、血圧測定、視診、触診、聴診等により身体に異状のないものと認め、同日午後一 た際にも異状が認められなかつた。 (三) 被控訴人は、術前管理のため右手術前日の七日午後八時頃本件患者を右医院に入院させ、血圧測定、視診、触診、聴診等により身体に異状のないものと認め、同日午後一〇時頃精神安定剤インシドン五〇ミリグラムを投与し、翌八日午後一時三〇分頃鎮痛鎮静剤ンセゴン一五ミリグラム、午後二時三〇分頃前麻酔薬弱オピスコ〇・二CCの各皮下注射をし、その間本件患者の状態につき自ら監視をした。 (四) (本件注射の施行)被控訴人は本件患者に対し、局所麻酔薬アドレナリン加〇・五%塩酸プロカインを同日午後三時頃から三回にわたり約一分間隔で、右顔面翼状口蓋神経節部、右顔面三叉神経第二枝幹、右上顎粘膜及び下眼・神経孔周辺に合計約一〇CCそれぞれ注射し、その後約五分間容態を観察し異状のないことを確かめ、さらに右薬剤五CCを右鼻腔下鼻道粘膜及び下甲介粘膜周辺に注射した。 (五) 右四度目の注射後間もなく、本件患者は熱感、胸内苦悶感を訴えたのち、顔面四肢の痙攣が出現し、さらに顔面蒼白・口唇チアノーゼを呈し、呼吸困難となつた。 (六) 被控訴人は、本件患者が右シヨツク症状を呈するや、直ちにまず〇・五%ビタカンフア一CC二本を皮下注射し、口唇チアノーゼ、呼吸不全を認めた際、〇・三%塩酸ロべリン一CC二本を皮下注射し、同時に酸素吸入をするため、口部にマスクを当てたが、その時既に呼吸停止しており、同医院備付の装置で酸素吸入を行うには、人手を要し、また患者の顔面の様子が観察できないのでこれを断念し、自ら毎分六〇回の割合で両手で胸部を圧迫する非開胸心マツサージをなすと同時に、補助者Cをして用手人工呼吸法をさせ、同Bをして〇・五%ビタカンフア一CC一本の皮下注射、ぶどう糖二〇CC二本の静脈注射をさせた。しかし、午後三時一五分頃心音、呼吸の停止が確 サージをなすと同時に、補助者Cをして用手人工呼吸法をさせ、同Bをして〇・五%ビタカンフア一CC一本の皮下注射、ぶどう糖二〇CC二本の静脈注射をさせた。しかし、午後三時一五分頃心音、呼吸の停止が確認され、その後三〇分間被控訴人の右心マツサージ、Cによる用手人工呼吸が続けられたが、蘇生するに至らなかつた。 (七) 被控訴人の医院には、患者のシヨツク症状発生等に備えて、救急用として酸素吸入装置(但し、与圧装置=バツグを欠く。)、酸素ボンべ、緊急用気管切開器、補液用のぶどう糖注射液その他被控訴人主張の薬剤を用意していた。 (八) 本件患者は、本件手術施行前において、慢性副鼻腔炎、胸腺リンパ体質を除いては、臨床・解剖いずれの所見によつてもその身体機能に特段の病変・異常がなかつた。もつとも、解剖所見によれば、肝臓・副腎に潜在的機能障害があつたと考えられないわけでないが、その程度も軽く、それ自体問題とするに当らない。 3 本件患者の解剖所見(前記乙第二号証)と前記2の経過によれば、Dの原審鑑定及び当審鑑定証人尋問の結果に徴し、本件患者の右シヨツク症状はブロカインの相対的過量に基く遅発性中毒反応であつて、これをその死因と断ずることができる。 二以上の事実を基礎として、原審各鑑定人の鑑定及び当審鑑定証人尋問の各結果を用いて、被控訴人の不法行為法上の責任について検討する。 <要旨>1 一般に、医師の診療行為は患者との診療契約に基くのを原則とするところ、診療契約に基き医師の負担</要旨>する基本的債務は、医師(善良な管理者)としての判断に基いて適時適切な診療行為をなすにあると解せられ、診療行為の内容については医師の裁量に委ねられたものとみるべき範囲は相当広汎である。しかし、診療行為も患者の身体に対する侵襲である一面を有するものの多いことは否定し得ず 行為をなすにあると解せられ、診療行為の内容については医師の裁量に委ねられたものとみるべき範囲は相当広汎である。しかし、診療行為も患者の身体に対する侵襲である一面を有するものの多いことは否定し得ず、かような診療行為については、仮にそれが医師としての適切な判断に基づくものであつたとしても、なおことの性質上患者の承諾を待つてはじめて許容されるものというべきであるが、単に診療契約を結んだということだけでそのすべてにつき有効な承諾があつたものとは解することは困難である。本件手術のように患者に特別の負担・危険を伴う診療行為については、応急の場合その他特段の事情ある場合を除き原則として、個別の承諾を必要とすると解すべきである。 そして、右承諾の意味に関し、医師の患者に対して診療の対象たる疾患及び診療内容につき説明を与えるべき義務の存否・内容についてはなお論議を待つべきものがあるが、その専門的知識と技能に基き診療行為を許容されている医師と一般人たる患者との関係に鑑みれば、患者に特別の負担・危険を伴う診療行為については、患者が右診療行為の意味(これに伴う危険を含む。)を認識し又は当然認識すべき場合を除いては、これに先立ち医師がその説明を与えない限り、右行為に対する有効な承諾がなされ得るものとは考えられない。したがつて、右説明を欠く承諾は、通常有効な承諾とはいえないと解すべきである。 2 被控訴人は、医師として本件患者の求めに応じてその慢性副鼻腔炎の治療を行つていたものである。しかし、本件患者はもとから手術を予定して被控訴人の治療を求め、受診を継続していたものとはいえない。 そこで、被控訴人が右疾患の治療として前記手術を施行しようとしたのが適切か、本件患者がこれに有効な承諾を与えたといえるか否かを次に検討する。 本件患者の右副鼻腔炎は、前記治療経過か とはいえない。 そこで、被控訴人が右疾患の治療として前記手術を施行しようとしたのが適切か、本件患者がこれに有効な承諾を与えたといえるか否かを次に検討する。 本件患者の右副鼻腔炎は、前記治療経過からすると、右手術施行時において、もはや保存的療法による治癒は期待できず、特段の支障の認められない限り、右手術の施行は医学上相当なものである。 本件患者のように胸腺リンパ体質の者はさほど多くなく、しかも、シヨツク症状発現前にこれを識別する方法は存しないから、患者がこの体質であるかもしれないとして右手術を回避すべきものといい得ず、本件患者にその他右手術の支障となるべき事由は認められない。 しかし、胸腺リンパ体質の患者は、稀ながら存在し、この事実は被控訴人もこれを認識していた(被控訴本人尋問結果ー原審第一回ーにより認める。)ところ、右体質の存否はあらかじめ識別できない以上、この体質を有する患者に対し手術のため麻酔薬を施用し、これによるシヨツク症状が発生し場合によつては死に至ることがあり得るわけで、この可能性については医師たる被控訴人はこれを予見し、すくなくとも予見すべきであつたことが明らかである。 そこで進んでこの場合における生命維持の方策・可能性について言及すると、右シヨツクのうち大半を占めるのは、本件において現に発生した麻酔薬の相対的過量に基く遅発性中毒反応であるから、これに限つていえば、耳鼻咽喉科等の医師一般の能力・設備をもつてしては、適切な処置を講じ得ないため、死の結果を未然に防止することを必ずしも保し難く、本件にあつても、後記のようにシヨツク発生後において医師(被控訴人)あるいは補助者らに、すくなくとも重大顕著な過失がないにも拘らず患者が死亡している。一方、もし、手術及び術前処置が麻酔医の立会及びその他救急設備の完備した条件下でなされ 生後において医師(被控訴人)あるいは補助者らに、すくなくとも重大顕著な過失がないにも拘らず患者が死亡している。一方、もし、手術及び術前処置が麻酔医の立会及びその他救急設備の完備した条件下でなされた場合には、シヨツク発生に拘らず死に至る場合は皆無に近い。 ところで本件患者の前記疾患は重篤ではなく、手術が相当とはいえ、その時機を争うようなものでもない。したがつて、手術及び術前処置に伴う危険につき、本件患者がこれを的確に認識した場合でもなお、被控訴人による手術を選択したか否かは疑わしく、控訴人として右手術を延期ないしは取止めにし、または他の救急設備の完備した条件の下での手術を選んだであろうことも十分に考えられるのである。 そして、そうであるとすれば、被控訴人としては本件患者に右手術及び術前処置とこれに伴う危険に関し、一切の細目に及び教示を要求されるわけではないが、右危険すなわち、副作用たるシヨツクないしこれに因る死亡の結果の重大性に照らし、右シヨツク発現の可能性はその頻度がさほど大きくないにしても患者が右手術を承諾するか否かを決するに重要な要素とみられるべき範囲に属し、医師として事前にこれを説明すべきものといわなければならない。そして、右説明の義務は、後記3(五)に説くとおり救急措置に欠陥ありとしながら結局医師に過失なしと判断される本件のような場合においては特に強調されるべきものと考える。 しかるに、本件全証拠によるも、被控訴人が本件患者に対し事前に自己の施行すべき右手術に伴う副作用の危険につき説明を与えたと認め得ず、かつ、本件患者がこの点につき自ら認識していたと認めることもできない。 よつて、被控訴人の本件患者に対する右手術の施行はその有効な承諾を欠いていたものといわざるを得ない。 3 その余の点については、本件事故に関し被控訴人にそ 自ら認識していたと認めることもできない。 よつて、被控訴人の本件患者に対する右手術の施行はその有効な承諾を欠いていたものといわざるを得ない。 3 その余の点については、本件事故に関し被控訴人にその責を問うことができない。すなわち、(一) 医師は、その表示する診療科目に属する通常の診療行為をなす場合には、その時点における医学水準に照らし、その科の臨床医一般に要求される注意義務を尽くすことが要求され、またその程度をもつて足るのを原則とする。 被控訴人の本件患者に対する副鼻腔炎の治療は、本件手術についても、耳鼻咽喉科の診療所を営む臨床医の日常的な診療の範囲を超えないことは、原審証人Eの証言、被控訴本人尋問結果(原審第一回)により明らかであり、右手術施行に際し、麻酔科の専門医の関与が要求されるわけでもなく、また手術施行者たる医師に麻酔科専門医に要求される注意義務が存するとはなし得ない。 (二) 被控訴人の本件注射より前の診療行為については、本件患者を前日入院させて、所要の検査、投薬、監視等の診療をなし、かつ手術に適応する身体条件の保持を図り、異状を認めなかつたため、予定どおり本件注射をするに至つたもので、医師としての注意義務に欠けるところはない。 (三) 本件注射自体については、これに使用した塩酸プロカインは、局所浸潤麻酔に利用し得る薬剤中、最も副作用の小さいものであり、また、その量も常人の安全使用量の一〇分の一以下であつて、これを患者の容態を観察しながら数分間に血管外に分注した方法もまた適切である。以上のとおり適切を欠く点は存しない。 (四) また、被控訴人は本件患者のシヨツク症状発生後遅滞なくこれを発見し、救急措置を開始しており、この点にも落度はない。 (五) しかし、被控訴人のとつた救急蘇生術は、客観的にいえば種々の欠陥がある ) また、被控訴人は本件患者のシヨツク症状発生後遅滞なくこれを発見し、救急措置を開始しており、この点にも落度はない。 (五) しかし、被控訴人のとつた救急蘇生術は、客観的にいえば種々の欠陥がある。すなわち、麻酔薬による中毒症に対する処置として必要なのは、呼吸と循環の確保にある。 前者に最も効果的な方法は一〇〇%酸素による人工呼吸であるが、当時これに適当な器具の備付がなく(与圧装置がないため利用し得なかつた。)、用手人工呼吸も気道閉塞の有無を確認した形跡すらないので、気道を確保したうえ適当な方法でなされたと認め得ない(相当の訓練を経たものでなければ有効な用手人工呼吸はなし得ないところ、被控訴人や補助者がその能力を有したと認められない。)。また、静脈点滴の確保もなされない。心マツサージは呼吸停止の状態では効果を認め得ないところ、前記のとおり有効な人工呼吸はなされていないのであるから、これまた効果がない。皮下注射はその薬効はともかく、当時の循環状態では無意味である。 以上要するに救急蘇生術として有効適切な措置は全くとられなかつたというほかはない。 また、被控訴人の医院に用意していた酸素吸入装置等の設備は、食道気管科を併せ表示する医院としては不十分ということができる。 しかし、耳鼻咽喉科の臨床医が屡々施行する副鼻腔炎根治手術及びその術前麻酔に、麻酔医、すくなくとも救急蘇生術に練達した補助者を関与させることを要求することはできず、麻酔医等が現在しない限り、シヨツク発生後死亡まで極めて短時間であることに鑑みると、本来被控訴人らに有効な救急措置を期待することは困難であり、たとえ救急器具が完備していたとしてもこれを適切に利用して有効な救急蘇生術を施し得るものと断ずることはできない。 結局、この点についても、被控訴人の責を問うことはできないことに帰 ことは困難であり、たとえ救急器具が完備していたとしてもこれを適切に利用して有効な救急蘇生術を施し得るものと断ずることはできない。 結局、この点についても、被控訴人の責を問うことはできないことに帰する。 4 以上に述べたとおり、本件患者の死亡は手術のために施用した麻酔薬の注射に基因するものであつて、右手術ひいてはそのための本件注射は本件患者の有効な承諾を経ない点において違法であり、被控訴人は不法行為として、本件患者の死亡により生じた損害を賠償すべき義務がある。 三 1 本件患者が控訴人の妻であつて、昭和四年二月生(事故時四三才)であることは当事者間に争いがなく、控訴人主張の会社に勤務し同主張の収入を得るとともに、控訴人の妻として家事に従事していたことは、成立に争いのない甲第二号証と弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。 そして、本件患者が胸腺リンパ体質、肝・副腎の軽度の潜在的機能障害の点を除くと、通常の健康体であつたことは既に述べたところである。これら体質等を有しても、時段のことのない限り、通常人同様に生命・健康を保持することができるものというべきである。 2 (逸失利益)1の事実によると、本件患者は、右手術による事故にあわなければ通常人におけると同様、右事故以後すくなくとも二〇年間毎年同年齢の女子雇傭労働者の平均的賃金相当の財産上の収益を挙げ得るものとして、逸失利益を算定するのが相当である。 そこで、右賃金額につき労働者の賃金構造基本統計調査報告中パートタイム労働者を除いた分を用い(但し、昭和五一年以降分は昭和五〇年の右報告による。)、その生活費は多く見積つても右収益額の半額を超えないから、その半額を控除し、さらに年別ホフマン係数を用いて年五分の中間利息を控除して、逸失利益の死亡時の現価を計算しても、五〇〇万円を下らない 。)、その生活費は多く見積つても右収益額の半額を超えないから、その半額を控除し、さらに年別ホフマン係数を用いて年五分の中間利息を控除して、逸失利益の死亡時の現価を計算しても、五〇〇万円を下らないことが明らかである。 本件患者の唯一の相続人であることに争いのない控訴人は、右逸失利益の賠償請求権を相続により取得したものということができる。 3 (慰藉料)本件患者の死亡によりその夫である控訴人の受けるべき慰藉料の額は、本件不法行為の態様、殊に被控訴人の責任原因が前述した意味において有効な承諾を欠く手術の施行であることに尽きること及び本件患者の死亡はその体質に基づく潜在的素因がその一端を担つていること、その他諸般の事情を考慮し、二〇〇万円をもつて相当とする。 4 (弁護士費用)控訴人が本件請求につき弁護士長谷川茂治に委任したことは記録上明らかであつて、同弁護士に対し相当額の費用報酬の支払を余儀なくされるものと推認すべきところ、本件認容額等に照らし、うち七〇万円につき被控訴人の前記不法行為に基き控訴人の蒙つた損害とみるのが相当である。 四控訴人は不法行為の外債務不履行をも原因として選択的に損害賠償請求をするものと解されるが、本件医療事故を債務不履行として構成し得るとしても、その損害賠償額は三に述べたところを超えないというべきであるから、この点につき特段の判断を要しない。 五以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、損害賠償として前記三の合計七七〇万円とうち弁護士費用を除く七〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年七月二〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。しかし、控訴人の本訴請求中その余は失当として棄却すべきである。 よつて、右趣旨にしたがい、原判 四八年七月二〇日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。しかし、控訴人の本訴請求中その余は失当として棄却すべきである。 よつて、右趣旨にしたがい、原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官胡田勲裁判官高山農裁判官下江一成)

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