平成30(わ)16 殺人未遂被告事件

裁判年月日・裁判所
平成30年6月18日 大津地方裁判所
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判決文本文4,040 文字)

主文 被告人を懲役2年6月に処する。 未決勾留日数中70日をその刑に算入する。 理由 【罪となるべき事実】携帯電話機の修理業を営むもやがて閉店していた被告人は,共に事業に携わった従業員である被害者から未払給与として200万円の支払を求められ,別の就業先からの収入によりその支払を分割して続けていた。しかし,支払が遅れがちになり,同人から責められるうちに被告人は追い詰められる心境に陥った。被告人は被害者との関係から逃れたいと考え,そのために同人に毒物を摂取させることを企て,インターネットで金属水銀の知識に触れ,これを気化させて得られる毒性の強い蒸気を吸入させる方法を思い立った。そこで,被告人は,金属水銀入りの物品を注文して購入し,取り出した液状の金属水銀を,加熱式たばこ用のたばこスティック20本に各注入しておいた。実行するか否か逡巡していた平成29年5月末頃,前記被害者から車内で前同様に責められた折,言い訳をするななどと言われて口にガムテープを貼られるなどした被告人は,一層追い詰められるとともに憤まんの情を募らせ,上記方法で被害者を殺害する決意をした。 よって,被告人は,平成29年6月3日午後10時55分頃,滋賀県栗東市所在のマンション付近路上に駐車中の車両内で,相手方を死亡させる危険性が高い行為をする認識,すなわち殺意をもって,上記20本を被害者(当時36歳)に手渡し,それらを加熱式たばこで喫煙に供するよう仕向け,これに応じた同人において,以後同月4日午後3時56分頃までの間,同車両内ほか4か所で,上記20本のうちの14本を1本ずつ喫煙して水銀蒸気を吸入するに至らせたが,同人が同スティック内の異物混入に気付いて喫煙をやめたため,同人に全治不明の水銀吸引による味覚障害を負わせたにとどまり,殺害の目的を のうちの14本を1本ずつ喫煙して水銀蒸気を吸入するに至らせたが,同人が同スティック内の異物混入に気付いて喫煙をやめたため,同人に全治不明の水銀吸引による味覚障害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。 【量刑の理由】 1 本件の殺人未遂は毒殺の方法であり,幾つかの条件が重なり合って死亡がもたらされる類型であるから,危険性が明確な他の方法と同等の重い評価を基礎とするものではないと考えられる。しかし,被害者は味覚障害を負わされており,基本的な欲求である食欲と密接に関連する感覚を害され,現時点では治癒が見通せないとされているから,大きな苦痛を伴う結果が生じている。よって同様の事案の中でも重い評価が当たるとする検察官の主張は,確かに考慮に値するので,以下,慎重にその余の情状の検討を尽くすこととした。 2 まず,行為の危険性及びその点の被告人の認識の程度を検討する。 関係証拠によれば,金属水銀は,加熱されて高温の蒸気となれば,これを吸入した人体の呼吸器官のほか,脳や臓器に害を加え,重大な生命の危険を及ぼすものと認められ,被告人はこの事情を十分に認識していたと認められる。その上で,被告人は,密閉された経路で蒸気を十分に吸入させられる方法として,加熱式たばこ用のたばこスティックに金属水銀を注入し,喫煙させる方法を思い付き,よって20本ものスティックに対し,金属水銀の入手から始まる手間をかけた細工を施した。また,加熱式たばこを愛用する被害者が1日のうちに同等の本数の喫煙をする事情を把握の上,被害者へのたばこの受渡しを通じてこの毒物をひそかに手元に届け,想定したとおりに喫煙させるに至った。細工済みの14本が喫煙に供されているところ,これらには生命の危険をもたらすのに十分な量の金属水銀が注入されていた。死亡の結果が生じなかったのは,分 に手元に届け,想定したとおりに喫煙させるに至った。細工済みの14本が喫煙に供されているところ,これらには生命の危険をもたらすのに十分な量の金属水銀が注入されていた。死亡の結果が生じなかったのは,分量が多すぎたり,喫煙の際に支え持つ角度が変動したりすることにより,金属水銀がスティック内部のフィルターに詰まってしまう事態等の影響と認められる。この影響は被告人も想定しておらず,よって,なお条件に左右される余地のある行為態様であったといえるが,計画的に重ねられた準備及び細工によりその余地は相当に狭められており,幾らかの事情の変動さえあれば結果に到達しうる状態であったと評価できる。 したがって,行為の危険性は高い程度であったと認められるし,そのようにして危険性が高まっている事情は,金属水銀の特徴に即した準備や細工を重ねてき た被告人も,十分に認識していたと認められる。被告人において死亡の結果が確実に引き起こされるとの認識はなかった旨指摘する弁護人の主張は,誤りではないが,刑事責任を大きく抑えるのにはつながらない。少なくとも,被告人は,死亡の結果発生の可能性が高まっている認識をもって犯行に及んだと認められる。 3 次に,犯行の経緯の評価について検討する。 ⑴ 判示のとおり被告人と被害者は,未払給与の支払を約束した被告人に対し,被害者が繰り返し請求する関係にあったところ,やがて被告人がその関係から逃れることを欲し,方法として殺害を企てたと認められる。 ⑵ これに対し,検察官は,支払自体は被告人も納得して約束していたと指摘し,それなのに被告人は,支払に窮するや,誰かに相談するなどの解決手段を模索せずに短絡的に殺害を決意したとし,家族間で無理心中を図って毒殺に着手した事案等とは全く異なる経緯であると主張する。 しかし,検察官の主張は,被告人 払に窮するや,誰かに相談するなどの解決手段を模索せずに短絡的に殺害を決意したとし,家族間で無理心中を図って毒殺に着手した事案等とは全く異なる経緯であると主張する。 しかし,検察官の主張は,被告人が追い詰められていた程度を正しく捉えず,実態に即さずに表面的な評価をしていると解される点において,首肯できない。 関係証拠によれば,被告人と被害者は,経営者と従業員の関係とされているが,事業に必要な知見を提供できるとして被害者が加わったと認められ,その後も重要部分に関与する取り決めであったとうかがわれるのに,応分の寄与があったと認めるに足りる事情はない。被害者が被告人に求めて作成されたという念書の内容も,その後被害者が破り捨てたために確かめようがない上,被害者の証言に現れる支払額の算定根拠には不可解な内容が含まれる。また,支払を約束した被告人は,別の新たな仕事で得られる収入の大半を被害者に毎月支払っており,日々の仕事の終了を電話で被害者に報告していたとも認められる。被告人の収支に余裕がないことや,事業資金に充てた多額の借財があることについては,被害者も把握していたと認められるが,生計が成り立っている中でも被害者は,被告人の支払の遅れを許さず,判示のとおり口にガムテープを貼り付けて威圧する行動に出ていたと認められる。言い訳がましい被告人の態度に いら立ったというのであるが,そのような行動ができるあたり,また,被告人もされるままになっているあたりに照らし,従前,被告人は威圧され,支配されて逆らえない関係に陥っていたと優に認められる。 そうすると,気兼ねなく相談できる相手もなかったとみられる被告人が,被害者から相当に追い詰められて逃れることを欲し,これをどうにか遂げるために本件犯行に及んだとの考察をすべきであるところ,このようにしてほかに救い ねなく相談できる相手もなかったとみられる被告人が,被害者から相当に追い詰められて逃れることを欲し,これをどうにか遂げるために本件犯行に及んだとの考察をすべきであるところ,このようにしてほかに救いを求めないままに葛藤を抱える経緯は,検察官指摘の家族間の事案等にも準じる評価が妥当するのであって,酌量の余地がないとはいえない。 ⑶ それにしても,被告人は,準備の過程で,計画どおりになれば死亡の危険性が高まることを認識していたと認められるから,ここにおいて思いとどまり,金銭的なトラブルに係るほかの解決手段を模索すべきであったし,家族間の事案等と同等といえるほどにその模索が困難であったともいえないから,応分の非難を免れない。その限りで検察官の指摘は正当である。したがって,犯行に直接結び付いた経緯に係る評価は,最終的に思いとどまるべきであったのにそれをしなかったものとして,相応の厳しさを込めるべきであるので,検討済みのほかの犯情とも総合し,懲役刑の執行を猶予できる事案ではないと位置づけた。 しかし,犯行を思い立った被告人の思考や人格態度に,いかにも身勝手なものがあるとか,短絡的にすぎるなどという捉え方が当たらないのは既に述べたとおりであって,むしろ同情に値するから反映し,抑えた刑期とするのが相当である。 4 そのほか,前科もない被告人が罪を認めて反省していることや,犯行発覚後,被害者の求めに応じて約220万円を支払い,今後も被害弁償に努める姿勢を示していること,妹や勤務先の上司が出廷し,被告人の更生を支える旨証言したことなどの事情も検討に交えてみたが,上述のとおりの刑事責任の量定が,やはり妥当であると判断するに至った。 5 そこで,検察官の科刑意見にいう刑期からは大幅に減じた量刑をもって,懲役の実刑に処する結論を選択した次第である。 上述のとおりの刑事責任の量定が,やはり妥当であると判断するに至った。そこで,検察官の科刑意見にいう刑期からは大幅に減じた量刑をもって,懲役の実刑に処する結論を選択した次第である。 主文 (求刑・懲役7年) 平成30年6月18日大津地方裁判所刑事部 裁判長裁判官伊藤寛樹 裁判官髙橋里奈 裁判官平井美衣瑠

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