主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中80日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,夫のAともども定職に就かず,生活苦から子供2人を施設に預けて,被告人の実母であるBからの仕送りなどに頼って生計を立てていたものであるが,Aが,Bに感謝することなく,かえってBを嫌って悪し様に言うだけでなく,虚偽の転居届を郵便局に提出してBに郵便物が届かないようにする嫌がらせなどをする一方,被告人に指示して,「交通事故を起こした。」,「サラ金が取り立てにきて困っている。」などと嘘をつかせ,平成15年9月16日ころ及び同月22日ころの2回にわたり,Bから合計1000万円を交付させていたにもかかわらず,同月29日,Cの職員らを交えて,被告人とBとが被告人夫婦や子供達の今後の生活などについて話し合ったことを知って立腹し,「お金を取れるだけ取ろう。気がすまんわ。家に火をつけたろう。」などと言った上,同月30日午前4時すぎころには,「今から,gに電話をして,今日の夜10時ころにJR神戸駅前で会いたいと言って,おかんを呼び出し,待ちぼうけさせたれ。」などと言い出したことから,これ以上Aの言いなりになってBを苦しめるわけにはいかないし,このまま子供達と離ればなれの辛い生活を続けたくないと思い,このような生活から抜け出すためにはAを殺すしかないと決意し,同日午前4時15分ころ,神戸市a区b町c丁目d番e号D館f号室の自宅トイレにおいて,用を足していたA(当時39歳)の背後から,両手に持った文化包丁(刃体の長さ約17.1センチメートル,平成15年押第172号の1)で ころ,神戸市a区b町c丁目d番e号D館f号室の自宅トイレにおいて,用を足していたA(当時39歳)の背後から,両手に持った文化包丁(刃体の長さ約17.1センチメートル,平成15年押第172号の1)でAの背部を1回突き刺したが,Aが上記包丁を被告人から取り上げようとするなどして抵抗した上,逃走したため,Aに全治約60日間を要する左腎損傷,腰動脈損傷等の傷害を負わせたに止まり,殺害の目的を遂げなかったものである。 (証拠の標目)―括弧内は証拠等関係カードの検察官請求証拠番号(省略)(弁護人の主張に対する判断)弁護人は,被告人が被害者の背部を文化包丁で1回突き刺した直後に殺意を喪失して,その後更なる加害行為に及んでいないとして,被告人には中止未遂が成立する旨主張するので,この点についての判断を示すこととする。 前掲各証拠によれば,被告人は,刃体の長さ約17.1センチメートルの文化包丁を刃の部分を上に向けて両手で持ち,体重をかけるようにして被害者の背部を1回突き刺したこと,被告人の上記刺突行為により,被害者は,背部から左腎臓に向かう深さ約8センチメートルの左腎損傷,腰動脈損傷等の傷害を伴う刺創を負ったこと,被害者は,上記腰動脈損傷のため大量に出血し,処置が遅れていれば,出血性ショックなどにより死亡する可能性が極めて大きかったこと,被害者は,被告人に刺された後,被告人の両腕を掴んで文化包丁を取り上げようとしたが,被告人が「嫌。放さない。」などと言って,文化包丁を放さなかったため,文化包丁を取り上げることができなかったことから,自宅から逃げ出したこと,被害者は,ファミリーレストランに逃げ込み,通報によって到着した救急車で病院に搬送されて必要な救命措置を施され,命を取り留めたことが認められるところ,上記認定の事実に照らせば,被告人の上記刺 こと,被害者は,ファミリーレストランに逃げ込み,通報によって到着した救急車で病院に搬送されて必要な救命措置を施され,命を取り留めたことが認められるところ,上記認定の事実に照らせば,被告人の上記刺突行為は,その部位,創傷の程度等からして,被害者を死に至らしめる高度の危険性を生じさせたといえるから,被告人の被害者に対する殺人(未遂)の実行行為は,被告人が上記刺突行為を遂げた時点において,終了したものということができる。 そうすると,本件はいわゆる実行未遂の事案とみるべきであるから,中止未遂が成立するには,被告人が,更なる加害行為に及ばなかっただけでなく,被害者の死という結果の発生を防止するための措置を講じる必要があったと解せられるところ,前掲各証拠を検討しても,被告人が,被害者を刺した後,腰動脈損傷等の重篤な傷害を負った被害者の救命のための措置を講じるような事実はなかったと認められるから,本件ではまずこの点において中止未遂は成立しない。 また,被告人は,被害者を文化包丁で突き刺したのが1回に止まった理由について,公判廷では,文化包丁を抜いたときに,傷口から血が流れ出たのが見えたり,振り向いた被害者の顔が怖かったりしたからであって,被害者から文化包丁を取り上げられようとしても放さなかったのは,文化包丁を取り上げられれば被害者に刺されると思ったからである旨供述しているが,捜査段階では,被害者から両腕を掴まれたりしなければ,2回,3回と被害者を文化包丁で突き刺すつもりであった旨供述していたものであるところ,被告人が,被害者を殺害するため,そのすきをついて背後から自己の体重をかけるようにして文化包丁で突き刺したという行為態様等からして,被告人の被害者に対する殺意が強固なものであったと認められることからすれば,被告人が,文化包丁を抜いたときに, いて背後から自己の体重をかけるようにして文化包丁で突き刺したという行為態様等からして,被告人の被害者に対する殺意が強固なものであったと認められることからすれば,被告人が,文化包丁を抜いたときに,被害者の傷口から血が流れ出たのが見えたり,振り向いた被害者の顔が怖かったりしたことから,被害者に対する殺意を減退させたことはあり得ないではないにしても,その瞬間に殺意を完全に喪失していたとまでは考え難いし,また,被告人が,被害者から文化包丁を取り上げられようとして放さなかったのは,文化包丁を取り上げられれば被害者に刺されると思ったからであるという一面がないわけではないとしても,被害者が被告人の両腕を掴んで文化包丁を取り上げようとしていなければ,やはり被告人が被害者を2回,3回と突き刺す行為に及んでいたであろうと認めるのが相当であるから,結局,被告人が「自己の意思により」犯罪を中止したものということはできず,本件ではこの点においても中止未遂は成立しない。 以上のとおりであって,弁護人の前記主張は採用することができない。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で,被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,夫である被害者に対して,確定的な殺意をもって,その背部を文化包丁で1回突き刺したが,被害者が抵抗して逃走したため,殺害の目的を遂げなかったという,殺人未遂の事案である。 被告人は,判示の経緯から本件犯行に及んだものである 定的な殺意をもって,その背部を文化包丁で1回突き刺したが,被害者が抵抗して逃走したため,殺害の目的を遂げなかったという,殺人未遂の事案である。 被告人は,判示の経緯から本件犯行に及んだものであるが,そこに酌量の余地はあるものの,被害者の理不尽な指示に従うことによって,実母を苦しめたくないのであれば,これを拒否することも不可能ではなかったにもかかわらず,そのような試みをすることなく,被害者を殺害するほかないと決意したのであって,その動機はやはり短絡的というほかないこと,被告人は,確定的な殺意をもって,無防備な状態の被害者に対し,いきなり文化包丁で身体の枢要部である背部を突き刺したものであって,犯行態様は悪質かつ危険であること,被害者には,責められるべき点が多々あるにせよ,このような被害に遭わなければならないまでの落ち度はないところ,本件犯行により,生命の危険にさらされた上,判示のとおり,全治約60日間を要する左腎損傷,腰動脈損傷等の重篤な傷害を負わされたものであって,その肉体的,精神的苦痛は大きいこと,被告人が被害者との離婚を決意し,被害者との面会を断り,直接謝罪するのを避けていることも重なって,現時点では,被害者の処罰感情が厳しくなっていることなどを考え併せると,犯情はよくなく,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。 しかしながら,被害者自身の長年に亘る身勝手で理不尽な行為が被告人を追いつめ,本件犯行を招いた一因となっており,被害者にも責められるべき点が少なくないこと,本件は一時の激情による偶発的な犯行であって,計画的とはいえないこと,幸いにも未遂に止まり,被害者は一命を取り留めていること,被告人は本件直後に自首した上,一貫して事実を認め,反省の態度を示していること,被害者は,被告人に嘘をつかせてその実母から交付させていた10 ,幸いにも未遂に止まり,被害者は一命を取り留めていること,被告人は本件直後に自首した上,一貫して事実を認め,反省の態度を示していること,被害者は,被告人に嘘をつかせてその実母から交付させていた1000万円を自己名義の預金口座に入金していたが,うち700万円については被告人の実母に返還したものの,残額については長期の分割払いを約するに止めて,その中から治療費等に費消しており,被告人の実母の出捐によって,被害回復がなされたものと同視しうること,被告人には本来養育すべき2人の未だ7歳の子供がいること,これまで前科前歴がないこと,本件により約5か月半の期間身柄拘束を受けていることなどの,被告人のために酌むべき事情もまた認められるので,今回は,被告人を主文の刑に処した上,その刑の執行を猶予することとする。 (検察官の科刑意見懲役5年)よって,主文のとおり判決する。 平成16年3月18日神戸地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官森岡安廣裁判官川上宏裁判官酒井孝之
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