平成15(わ)5291 業務上過失傷害被告事件

裁判年月日・裁判所
平成17年2月9日 大阪地方裁判所
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判決文本文8,545 文字)

主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実と本件の争点 1 公訴事実検察官主張の本件公訴事実は,「被告人は,平成14年8月10日午後4時55分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,和歌山県東牟婁郡<町番号略>付近道路をa町方面からb町方面に向かい進行するに当たり,同所は前方の見通し困難な右方に湾曲する道路であったから,前方左右を注視して進路の安全を確認するはもとより,道路状況に応じて適宜速度を調節し,ハンドルを的確に操作して進路を適正に保持しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,前方注視を欠き,進路の安全を確認せず,自車が対向車線上に進出しているのに気付かないまま,漫然,時速約60キロメートルで進行した過失により,折から,対向してきたA(当時24歳)運転の普通乗用自動車(軽四)前部に自車前部を衝突させ,その衝撃により自車を転回させた上,自車に追従して進行してきたB運転の普通乗用自動車前部に自車右側面部を衝突させ,よって,上記Aに加療約1年2か月間を要する右大腿骨骨幹部骨折等の傷害を,同人運転車両に同乗していたC(当時19歳)に加療約1年8か月間を要する顔面多発骨折,顔面裂傷等の傷害を,自車に同乗していたD(当時56歳)に加療約4週間を要する舌挫創等の傷害をそれぞれ負わせた」というものである。 2 事故の客観的状況被告人が,公訴事実記載の日時・場所で自動車を運転中,自車を対向車線上に進出させてしまったため,同記載のような2度にわたる衝突事故を起こし,同記載の各被害者にそれぞれ記載の傷害を負わせたこと(以下,これを「本件事故」という。)は当事者間に争いがなく,証拠上も優にこれを認めることができる。 そして,本件事故の客観的状況を更に具体的に見るに,被告人車の後方から本件事故を目撃していたB氏の供述 ,これを「本件事故」という。)は当事者間に争いがなく,証拠上も優にこれを認めることができる。 そして,本件事故の客観的状況を更に具体的に見るに,被告人車の後方から本件事故を目撃していたB氏の供述(検察官調書〔甲20〕,警察官調書〔甲19〕)や,同氏が本件事故後間もない時期に事故現場で指示説明を行った結果を記載した実況見分調書〔甲3〕に,被告人車の同乗者D氏の供述(検察官調書〔甲22〕,警察官調書〔甲21〕,第2回公判調書中の証言部分)やその余の関係証拠を総合すると,以下の各事実を認めることができる(なお,以下の認定中で用いる別紙図面〔以下「図面」という。〕は,上記実況見分調書に添付の「交通事故現場の概況 (2) 交通事故現場見取図」の写しである。)。 (1) 本件事故現場は,図面のとおり,a町とb町とを結ぶ片側1車線道路(国道42号線)であって,a町方面からb町方面に向けて進行中の被告人車にとっては右に緩くカーブしている状態であった。 (2) 本件事故現場に至るまでの間,被告人は,助手席のD氏と時折会話しながら,その道路を特に異常な走行もなく時速約60キロメートル前後で進行していた。 (3) ところが,上記右カーブの終わりかけ付近(図面②地点)に至って,突如,被告人車はセンターラインを超えて対向車線内に進入してゆき,ほぼ直線道路となった対向車線をそのまま約74メートルも進行した後,対向車であるA被害者運転の自動車とノーブレーキで正面衝突し(図面<×>1地点が衝突場所であり,図面④地点がそのときの被告人車の位置),その衝撃で右回りに半回転した後(図面⑤~⑦),後続のB氏運転の車とも衝突してようやく停止した(図面<×>2地点がその衝突場所)。 3 当事者の主張と本件の争点以上認定したような事故状況の下で,検察官は,前記公訴事実のとおり,事故当 ⑤~⑦),後続のB氏運転の車とも衝突してようやく停止した(図面<×>2地点がその衝突場所)。 3 当事者の主張と本件の争点以上認定したような事故状況の下で,検察官は,前記公訴事実のとおり,事故当時,被告人は前方注視を欠き,自車が対向車線上に進出していることに気付かないまま自車を走行させた点,すなわち前方注視義務を怠った走行を被告人の過失行為として主張する。 これに対し,弁護人は,当時,被告人は,中等症から重症の睡眠時無呼吸症候群に罹患していたため,本件事故現場付近を走行中,予兆なく急激に生じた一過性の眠気から睡眠状態に陥ってしまい,その結果,自車を対向車線上に進出させてしまったのであるから,被告人には過失が存しない旨主張している。 一般に,過失犯において被告人に当該結果発生の回避措置をとるべき注意義務(結果回避義務)が認められるためには,① 被告人において当該注意義務を尽くしていれば現実に結果発生を回避し得たこと(結果回避可能性),及び,② 被告人において当該注意義務を怠れば結果が発生するであろうことを予見し得たこと(結果予見可能性)に加え,③ 当該注意義務が現実的に被告人において履行可能なものであること(注意義務の現実性)の各要件が充足されねばならない。本件において検察官の主張する注意義務(結果回避義務)は,前述のとおり前方注視義務であるが,確かに,被告人が前方注視義務を尽くしておれば,本件事故は当然回避できたであろうし,また,前方注視義務を怠れば本件のような事故が起きるであろうことも容易に予見し得たところである。 そこで,問題は,上記③の要件,すなわち,本件事故当時,被告人において,前方注視義務を履行することが現実的に可能であったか否かである。ことに本件において,弁護人は,被告人が当時罹患していた病気の故に急激な睡眠状態に陥った の要件,すなわち,本件事故当時,被告人において,前方注視義務を履行することが現実的に可能であったか否かである。ことに本件において,弁護人は,被告人が当時罹患していた病気の故に急激な睡眠状態に陥ったため前方を注視できなかった旨を具体的に主張していることから,その可能性が「合理的な疑い」として残るか否かが,特に問題となろう。 第2 前方注視義務の現実的履行可能性 1 被告人の供述からの推認の可否被告人は,捜査・公判を通じ自己の落ち度を全面的に認め,各被害者に対する深謝の意を表明する一方,事故状況に関しては,事故直後からほぼ一貫して,「衝突前に山間部を走っていた記憶はあるが,事故直前の記憶が全くない。衝突後,運転席で額辺りから血が流れるのを感じながら,何かに衝突してしまったことは分かったものの,正面衝突したのか,後ろから追突されたのか全く分からなかった。」「対向車線で正面衝突したと後で聞いたが,なぜ対向車線上にはみ出してしまったのか,全く分からない。」などと供述している。 被告人の上記供述は,一貫性・迫真性を備えており,その供述態度からも,自己の刑責を回避するためにことさら記憶喪失を装っているような様子は見受けられない。 よって,本件においては,被告人の供述から,当時前方注視義務を履行し得たか否かを判断することは不可能であり,以下に述べるような間接事実から,これを判断するしかない。 2 本件事故に至る客観的状況からの推認ところで,前第1の2(3)で認定したとおり,被告人車は,センターラインを超えて対向車線内に入った後,A被害者の車とノーブレーキで衝突するまでの間に,距離にして約74メートル,被告人車の当時の速度に照らして約4秒間も,そのまま対向車線上を進行しているのである。前方不注視による交通事故は少なくないが,その多くは一瞬の脇見や考え事 突するまでの間に,距離にして約74メートル,被告人車の当時の速度に照らして約4秒間も,そのまま対向車線上を進行しているのである。前方不注視による交通事故は少なくないが,その多くは一瞬の脇見や考え事等によるものであり,前方不注視運転がかくも長い距離・時間にわたって行われた例は極めて稀ではないかと思われる。関係証拠に照らしても,被告人は過去に若干の交通違反歴はあるものの悪質なものはないし,交通事故を起こしたこともないのであって,直前までの運転状況にも特に異常は認められなかったことに鑑みても,上記のようなセンターラインを超えた後の極めて異常な走行(以下,これを「本件異常走行」という。)については,この間ずっと脇見運転等が続いていたと考えるよりは,むしろ何らかの突発的な身体的異変によって意識を失った結果行われたのではないかと考える方がはるかに自然な推認ではないかと思われる。 3 睡眠時無呼吸症候群に基づき突発的に睡眠状態に陥った可能性(1) そこで,当裁判所は,被告人の本件異常走行の原因を探求すべく,検察官・弁護人と共に準備手続を重ね,① 被告人の持病である糖尿病に基因する可能性と,② 夜間の異常ないびき(被告人の妻Eの供述〔第2回公判調書中の証言部分〕)とやや小太りの体型を持つ被告人の身体的特徴に鑑み睡眠時無呼吸症候群に基因する可能性とを措定した上,被告人に病院で受診させるなどして,その検討を行った。その結果,①の可能性が払拭される一方,②の可能性が現実的なものとして浮上してきたことから(F作成の診療情報提供書〔弁3〕),弁護人申請により,②の可能性につきより専門的で本格的な鑑定を行うべく,睡眠障害の専門家であるG大学附属病院精神神経科のH医師にその鑑定を依頼した。 (2) そして,その結果作成された同医師の鑑定書や公判証言(以下,総じて「H鑑定 つきより専門的で本格的な鑑定を行うべく,睡眠障害の専門家であるG大学附属病院精神神経科のH医師にその鑑定を依頼した。 (2) そして,その結果作成された同医師の鑑定書や公判証言(以下,総じて「H鑑定」という。)によれば,以下の各事実が認められる。 ア睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは,肥満や扁桃腺肥大等の要因により睡眠中に気道閉塞が生じ呼吸停止が頻出する結果,本人の自覚がないまま,夜間脳波に覚せい反応が頻回に生じて深い眠りが得られず,その結果ある程度の時間寝たとしても睡眠の質が悪いため,昼間に眠気が出てきたり,集中力が落ちたり,記憶力が落ちたり,非常に強い眠気が起こってきたり,その他様々な余病併発をもたらす可能性を内包する病気である。 イその確定診断を得るためには,睡眠ポリグラフ検査(PSG。脳波,呼吸,いびき,心電図等のセンサーを被験者の身体に付けた上,睡眠中の眠りの深さや無呼吸の回数・程度等を測定する検査)や睡眠潜時反復検査(MSLT。夜間の眠りに対して次の日どれだけ眠たいかを客観的な数字で見ていく検査であり,9時,11時,13時,15時,17時と2時間ごとに20分間被験者に明かりを消して床に入ってもらい,どの位の時間で入眠するかを測定する検査)を行う必要があるが,今回の鑑定においては,被告人に対し入院の上2夜連続で両検査を実施し,第1夜効果と呼ばれる現象を避けるため,第2夜のデータを主たる診断根拠として鑑定を行った。 ウその結果,被告人については,(a) 睡眠ポリグラフ検査により,夜間の睡眠中,ほぼ1分に1回ぐらいのペースで無呼吸症が起こっており,最低酸素飽和度も,健常者なら95~100%であるところ,被告人の場合は夜中に70%台まで下がっているなど,非常に重症の睡眠時無呼吸症候群を窺わせるデータが得られ,また,(b) 翌日の睡眠潜 ており,最低酸素飽和度も,健常者なら95~100%であるところ,被告人の場合は夜中に70%台まで下がっているなど,非常に重症の睡眠時無呼吸症候群を窺わせるデータが得られ,また,(b) 翌日の睡眠潜時反復検査によっても,健常者なら睡眠潜時(床に就いてから入眠するまでの時間)が平均10分以上と言われているところが,被告人の場合は平均約4.8分(最短で2.0分)と非常に眠気が強いデータが得られたことから,同医師は,これらを総合判断し,併せてその他の検査結果なども考慮に入れて,現在の被告人は中等症から重症の睡眠時無呼吸症候群に罹患していると診断した。 エそして,本件事故は,鑑定時から約2年近く前の事故であるが,妻の供述等によれば,この間,いびきの状態や体型等に特段の変化もなく,頭部に器質的病変も存在しないことから,本件事故当時も同程度の睡眠時無呼吸症候群に罹患していたものと鑑定できる。 (3) 以上のようなH鑑定は,その鑑定の手法及び鑑定内容の合理性に照らし十分な信用性が認められる。 そこで,これを前提とすると,次に問題となるのは,被告人の罹患していた睡眠時無呼吸症候群が本件異常走行にどのような影響を及ぼしたのかである。この点についても,H医師は,被告人の前夜から当日に至る行動経過を踏まえ,次のとおり鑑定している。 ア今回の鑑定で行った各睡眠検査はいずれも睡眠に適した場所で行われたのであって,緊張感を要する自動車運転時に関しては直ちに同一に論じられるわけではないが,自動車運転は作業量の少ない比較的単調な作業であるから,前記のような眠気も出やすくなると解される。 イ鑑定人自身は,睡眠時無呼吸症候群に罹患している者が車を運転中突発的に入眠した症例は未だ把握していない。しかし,本件の場合,被告人は,その供述等によれば,本件事故前日の8月9日午後9時こ れる。 イ鑑定人自身は,睡眠時無呼吸症候群に罹患している者が車を運転中突発的に入眠した症例は未だ把握していない。しかし,本件の場合,被告人は,その供述等によれば,本件事故前日の8月9日午後9時ころ被告人車に孫と妻を乗せて京都の長女宅を出発し,翌10日午前3時ころa町の自宅に到着した後,すぐ就寝して同日午前10時ころ起床したが,同日は前記D氏を自宅に招いたため,一緒に昼食を食べ(その際,被告人は350ミリリットル缶ビール1本を飲んだ。),その後,同氏とともに午後1時30分ころから2時間程度海で素潜りで貝採りをした後,D氏をその自宅に送っていく途中,本件事故を起こしたというのであるから,当日の被告人は,平素以上に精神的・身体的負荷のかかる状況にあったということができる。そうすると,被告人は,普段から中高度の睡眠時無呼吸症候群により非常に眠気が強いという身体的素地を有していたことに加え,当日は上記のような悪条件が重なったため通常以上に眠気を来しやすい状態になって,自動車運転中,予兆なく急激に睡眠状態に陥り,本件異常走行を引き起こしてしまった可能性を否定することができない。 (4) 以上のようなH鑑定の判断も,また合理的なものであって,他にこれを左右するような証拠もないから,これをそのまま受け入れるべきものと思われる。 4 小括そうすると,本件事故当時,被告人において前方注視義務を履行することが現実的に可能であったかという点については,被告人は,罹患していた睡眠時無呼吸症候群に,当日の身体的・精神的悪条件が重なって,予兆なく急激に睡眠状態に陥っていたため,前方注視義務も履行できない状態にあったとの「合理的な疑い」を払拭することができず,被告人に前方注視義務違反の過失を認めることはできない。 第3 その余の過失が成立する可能性について以上に ため,前方注視義務も履行できない状態にあったとの「合理的な疑い」を払拭することができず,被告人に前方注視義務違反の過失を認めることはできない。 第3 その余の過失が成立する可能性について以上によれば,検察官が公訴事実で主張する過失は,これ認めることができないが,本件事故は被害者3名にそれぞれ重傷を負わせた重大事故であり,ことにC被害者については,長期間の加療を要したばかりか,若い女性でありながら顔面に後遺症を残す重大な結果も招来しているだけに,被告人にもし他の過失が成立する可能性があるのであれば,裁判所としても,検察官に対し積極的に訴因変更の勧告等を行うべき事案であったと思われる。そのような観点から,当裁判所も慎重に本件公判審理を進めてきたが,結果的に,本件全証拠によっても,他の過失が成立する可能性も乏しいといわざるを得ない。 以下,考え得る過失を列記して,それが成り立たないと判断した理由について,付記しておく。 1 居眠り運転に基づく運転中止義務違反の過失本件は,前記のとおり睡眠状態に陥って本件異常走行を行った可能性が強いだけに,この過失を考えるのが最も自然のようにも思われる。 しかし,一般の居眠り運転の場合,事故前に眠気を催すなど必ず居眠り運転の予兆があり,その時点で運転を中止しなかったことをもって過失と構成しているのが通例であるが,本件の場合,被告人において眠気を催したかどうかについては,同人の記憶が失われているため不明であるというほかなく,むしろH鑑定によればこれを催さないまま急激に睡眠状態に陥った可能性も否定できないというのであるから,一般の事例のように,運転中止義務を課すべき契機が認められない。 したがって,この過失の成立を認めることは困難であるといわざるを得ない(検察官においても,それゆえにこそ,いささか不自然とも るから,一般の事例のように,運転中止義務を課すべき契機が認められない。 したがって,この過失の成立を認めることは困難であるといわざるを得ない(検察官においても,それゆえにこそ,いささか不自然とも思われる前方注視義務違反の過失で本件公訴事実を構成したのであろう。)。 2 過労運転に基づく運転避止義務違反の過失前記認定のとおり,被告人は事故前夜から深夜にわたり車を運転した上,本件当日も,昼に缶ビール1本を飲んだ後,約2時間にわたって海に潜ったりして貝採りをしたというのであるから,このような状態で運転を行ったことがいわゆる過労運転に当たらないのかも一応問題となろう。 しかしながら,改めて被告人の前記供述等に鑑みると,① 確かに被告人は前夜から深夜運転を行ったとはいえ,自宅に到着後は,その睡眠の質はともあれ,約7時間にわたり睡眠をとっており,起床時にも,特に前夜の疲れを感じたり,体がだるいということはなかったこと,② 貝採りに関しても,真夏の日中のこととはいえ,当日は曇天でちょっと寒いぐらいであったため,むしろ海に潜っている時間より,陸に上がっている時間の方が長く,その後も特に身体に感じる疲れはなかったこと,③ そして,貝採り後,被告人は,一旦自宅に戻り,少し休憩した後,D氏を送っていくために車で出発したこと,などの事実が窺われるのであって,これらの事情をも併せ考えるならば,前記のような深夜運転,若干の飲酒及び貝採りといった事情は,前述のとおり,睡眠時無呼吸症候群に由来する昼間の突発的な睡眠を促進する精神的・身体的負荷とはなり得たとしても,それ自体,自動車運転を差し控えなければならないような過労状態に当たるとまでは評価することができないように思われる。 3 睡眠時無呼吸症候群に基づく運転避止義務違反の過失前記認定のとおり,本件当時,被告人 ,自動車運転を差し控えなければならないような過労状態に当たるとまでは評価することができないように思われる。 3 睡眠時無呼吸症候群に基づく運転避止義務違反の過失前記認定のとおり,本件当時,被告人が睡眠時無呼吸症候群に罹患していたことは客観的事実であり,異常ないびきや被告人の体型などそれを疑うべき兆候もないではなかったことから,被告人としても,自己が睡眠時無呼吸症候群に罹患していないか疑い,運転を差し控えるべき義務がなかったか,一応問題にはなろう。 しかしながら,H鑑定によれば,睡眠時無呼吸症候群は,専門医の間では以前より知られている病気ではあったが,これが一般に認識され,その危険性が社会的に認知されるようになったのは,平成15年2月27日に山陽新幹線の運転手が起こした居眠り運転事故が実は睡眠時無呼吸症候群に由来することが大々的に報道されるようになったとき以来のことであったと認められるのであって,本件当時,市井の一私人である被告人に,その病気やその危険性を疑うべきであったとする義務を課することは困難であるといわざるを得ない。 第4 結論以上によれば,被告人に本件公訴事実にある前方注視義務を課することには「合理的な疑い」の余地が残るといわざるを得ず,また,他の過失が潜在的に成立する可能性も認められないから,結局,被告人には本件業務上過失傷害の罪の成立を認めることができない。 よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないということに帰するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。 平成17年2月9日大阪地方裁判所第7刑事部裁判長裁判官杉田宗久裁判官鈴嶋晋一 地方裁判所第7刑事部裁判長裁判官杉田宗久裁判官鈴嶋晋一裁判官菅野昌彦

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