平成29(う)1482 殺人,殺人未遂

裁判年月日・裁判所
令和元年5月20日 東京高等裁判所 破棄自判 静岡地方裁判所 浜松支部 平成28(わ)556
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判決文本文21,437 文字)

令和元年5月20日宣告東京高等裁判所第10刑事部判決平成29年(う)第1482号殺人,殺人未遂被告事件 主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役25年に処する。 原審における未決勾留日数中160日をその刑に算入する。 押収してあるサバイバルナイフ1本(静岡地方裁判所浜松支部平成29年押第13号符号1)を没収する。 理由 第1 本件事案の概要及び本件控訴の趣意 1 原判決が認定した犯行に至る経緯及び罪となるべき事実の要旨は,以下のとおりである。 被告人は,平成28年3月(以下,平成28年の記載については省略する。),当時勤務していた会社の同僚との間に生じた仕事上のトラブルを契機として,その精神状態を急激に悪化させ,4月13日には同僚が自分の悪口を言ってい るという被害妄想をもつようになり,その後,被告人の被害妄想の対象は拡大していき,会社の周囲の人間が敵であり,会社内でいじめに遭っているという妄想をもつに至った。そのため,被告人は,退職したいと考えて上司に申し出たものの,上司からはとりあえず休職するよう指示され,別の部署への異動もすぐにはできないと告げられたことから,逃げ道がないと感じて自殺を考えた。 そして,自分一人で死ぬと,会社内でのいじめを家族に知られて恥ずかしいと思ったことや,自分の死後,会社から家族に損害賠償が請求されるなど,迷惑が掛かるのではないかと考えたことなどから,家族を殺害することを決意した。 被告人は,浜松市I同日午前3時頃までの間に,祖母である A (当時83歳)に対し,殺意 をもって,その左胸部及び背部等を持っていたサバイバルナイフ(刃体の長さ 約23cm,以下「本件ナイフ」という。)で突き刺して背部刺切損傷等の傷害 A (当時83歳)に対し,殺意 をもって,その左胸部及び背部等を持っていたサバイバルナイフ(刃体の長さ 約23cm,以下「本件ナイフ」という。)で突き刺して背部刺切損傷等の傷害を負わせ,同人を同傷害に基づく左血気胸により失血死させ(原判示第1)その頃,姉である B (当時32歳)に対し,殺意をもって,その右側胸部及び右肩背部を本件ナイフで突き刺して右肩背部刺切損傷等の傷害を負わせ,同人を同傷害に基づく右血気胸により失血死させ(同第2) 母親である C (当時62歳)に対し,殺意をもって,その前胸部を本件ナイフで突き刺して心臓刺切の傷害を負わせ,同人を同傷害により失血死させ(同第3)父親である D (当時60歳)に対し,殺意をもって,その右腰部を本件ナイフで突き刺したが,同人に抵抗されたため,全治約1か月間を要する右腰背部刺創,第1腰椎椎体骨折等の傷害を負わせたにと どまり,殺害の目的を遂げなかった(同第4)というのである。 2 本件控訴の趣意は,要するに,①本件各犯行当時,被告人は心神耗弱の状態にあったのに,被告人に完全責任能力を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明ら刑は重すぎて不当である,というのである。 第2 事実誤認の論旨について 1 原判決の認定原判決は,要旨,以下のとおり説示して,被告人の完全責任能力を認めた。 捜査段階において被告人の精神鑑定を行った精神科医である証人 E(以下「 E 医師」という。)の原審証言(以下「 E 鑑定」という。) の概要は,次のとおりである。 被告人は,4月13日頃,妄想性障害を発症し,本件各犯行当時,会社の周囲の人間が敵になっており,会社内でいじめに遭っているなどという被害妄想をもっていた。もっとも,この被害 は,次のとおりである。 被告人は,4月13日頃,妄想性障害を発症し,本件各犯行当時,会社の周囲の人間が敵になっており,会社内でいじめに遭っているなどという被害妄想をもっていた。もっとも,この被害妄想は,被告人が自殺を考えたことの誘因(発端)にはなっているが,死ぬこと自体に関する妄想がなく,「殺せ」 といった幻聴及びこれに類する妄想がなかったこと,被害妄想の対象が会社 の人間であり,家族に対する妄想がなかったことからすれば,被告人が自殺を考えたことや,家族を巻き添えにして殺害するという動機を形成するに至ったことについては,妄想性障害の影響では説明がつかず,臆病な性格で親に責められるのが怖い,優しい性格で親に心配を掛けたくない,親にできる人だと思われたい,できないと思われたら恥ずかしい,などといった被告人 の元来の人格に基づくものであると推測される。被告人の妄想性障害は本件各犯行に直接影響を与えておらず,影響の程度は小さい。 E 医師の精神科医としての経験や公平さ,鑑定の前提とした事実関係に疑問とすべき点はなく,その判断過程や内容に特段不合理な点はないから,E 鑑定は信用でき,十分尊重に値するものである。 被告人は,上記のとおり,自分が一人で死ぬと会社内でいじめに遭っていたことを家族に知られ,恥ずかしいと思ったことや,自らの死後,会社から家族に損害賠償請求がされるなど,迷惑が掛かるのではないかと考えたことなどから,家族の殺害を決意して本件各犯行に及んでいる。このような犯行動機について,会社内でのいじめという被害妄想と家族殺害の決意との間に 一見飛躍があるように思われるが,自尊心が強く,極端な行動に出やすいという被告人の性格を前提とすれば,合理的に説明することができるから,その でのいじめという被害妄想と家族殺害の決意との間に 一見飛躍があるように思われるが,自尊心が強く,極端な行動に出やすいという被告人の性格を前提とすれば,合理的に説明することができるから,その動機は理解できないものではない。 また,被告人は,4月20日,本件ナイフをインターネットで注文した際には,自殺することのみならず,家族を殺害することも想定していたと認め られ,犯行前夜に会社の元上司に電話を架けて,死ぬしかない旨述べたり,その後,当時の上司に電話を架けて,今すぐに解雇してほしい旨述べたが,遅くともその頃,自殺及び家族の殺害を決意したと考えられる。その後,被告人は,祖母及び姉の殺害行為に及ぶ直前,父親に電話し,両親が勤務中であることを確認した上,革手袋を着用し,本件ナイフを用いて,就寝中の祖 母及び姉を1人ずつ殺害し,再び父に電話して,両親の帰宅時間を確認した 上,両親がそれぞれ1人になったところを狙い,順次犯行に及んでいる。これらの被告人の本件各犯行前後の行動は,被告人自身の判断によるものであり,これらの行為には一定の計画性や家族殺害に向けた一貫性が認められ,妄想性障害の影響によるものとはみられない。 さらに,被告人が,大声を出されないよう祖母や母親の口を塞いだ上で殺 害行為に及んだこと,父親を刺す際に「ごめん」などと言ったこと,父親に捕まえられた後,一旦は抵抗せずに従ったが,その後,自動車で逃走していることなどからすれば,被告人は,自らの行為が違法であると認識していたと認められる。加えて,少なくとも本件各犯行直後においては,被告人の犯行状況についての記憶も保たれていたと認められる。 以上の事情を総合すれば, E 鑑定のとおり,本件各犯行当時,被告人は妄想性障害にり患しており,こ 各犯行直後においては,被告人の犯行状況についての記憶も保たれていたと認められる。 以上の事情を総合すれば, E 鑑定のとおり,本件各犯行当時,被告人は妄想性障害にり患しており,この障害による被害妄想が本件各犯行の誘因となったことは否定できないものの,被告人の妄想性障害は,本件各犯行の動機形成や犯行それ自体には直接影響を与えておらず,本件各犯行は,被告人の元来の人格に基づく判断により行われたものであったと認められる。し たがって,被告人は,本件各犯行当時,事理弁識能力及び行動制御能力のいずれも十分に有しており,完全責任能力の状態にあったと認められる。 2 当裁判所の判断原判決の問題点そこで検討すると,原判決は,前記のとおり, E 鑑定に依拠して, 被告人は,本件各犯行当時,妄想性障害にり患してい障害による被害妄想が本件各犯行の誘因となったことは否定できないものの,被告人の妄想性障害は本件各犯行の動機形成や犯行自体には直接影響を与えておらず,本件各犯行は,被告人の元来の人格に基づく判断により行われたものであるから,被告人は完全責任能力の状態にあったと認めている。この 判所も是認することができる。しかしながら,被告人は,それまで精神障害を来たしたことがなかったところ,4月13日に妄想性障害を発症し,そのわずか9日後に,被害者ら家族との間で何らトラブルがなかったにもかかわらず,本件のような重大で凶悪な犯行に及んだことからすれば,被告人の精神症状は急激に悪化したと推認できるところ,被告人がり 患していた妄想性障害は相当重篤であって,本件各犯行に直接影響を及ぼした可能性も否定できないのではないか,他方,本件各犯行が被告人の元来の人格に基づくものであるとすれば,被告人がそれまでにも 患していた妄想性障害は相当重篤であって,本件各犯行に直接影響を及ぼした可能性も否定できないのではないか,他方,本件各犯行が被告人の元来の人格に基づくものであるとすれば,被告人がそれまでにも種々の相応に深刻な問題行動を起こしてもおかしくないのに,被告人には前科前歴がないばかりか,そのような問題行動を起こしたこともうかがえないことからすると, 本件各犯行は被告人の元来の人格とは異質なものではないか,という疑問が生じる。このため,当裁判所は,弁護人の請求する精神鑑定を採用し,鑑定事項を本件各犯行当時における被告人の精神障害の有無及び病名等,本件各犯行当時に被告人に精神障害があった場合,それが本件各犯行に与えた影響の有無,程度及び機序等とし, F 医師(以下「F 医師」という。)を 鑑定人に選任して,被告人の精神鑑定を実施した。 F 医師の鑑定F 医師は,鑑定書(当審職1,以下「本件鑑定書」という。)及び当審公判において,要旨,以下のとおり供述する(以下,これらを併せて「F 鑑定」という。)。 ICD-10,DSM-5の診断基準に照らすと,被告人は,本件各犯行当時,妄想性障害にり患しており,被害妄想をもっていたが,この被害妄想の内容は,被告人が会社内でいじめに遭っているという妄想にとどまらず,会社から両親に被告人を巡るいじめが伝えられて非難され,それに対して両親が謝罪しているという妄想であり,妄想の対象や範囲は,会社の人間ばか りでなく,家族にも及んでいると考えられる。会社内でのいじめの被害が家 族にも及んでいるという妄想をもつようになった時期は判然としないものの,被告人がこのような妄想をもっていたと考えられる根拠としては,被告人が逮捕直後の4月22日の警察官による取調べから本件鑑定に 族にも及んでいるという妄想をもつようになった時期は判然としないものの,被告人がこのような妄想をもっていたと考えられる根拠としては,被告人が逮捕直後の4月22日の警察官による取調べから本件鑑定における面接まで,ほぼ一貫して会社内でのいじめほかに,会社からの電話で両親にいじめの情報が伝えられていたと供述していること,実際には休職中に会社から自宅に 電話はなかったものの,会社から自宅に何回か電話があり,本件各犯行の前日である4月21日朝には,会社から電話が架かってきて,「迷惑してるんですよ。」という上司( G 係長)の声が聞こえ,それに対して父親が謝罪していたと思い込んでいたことが挙げられる。そして,被告人は,同日夜,2人の上司(同係長及び H 係長)に電話を架けた際,2人の鼻をすす る様子が気になり,その様子から会社内でのいじめが家族に伝えられ,それに対して両親が謝罪しているという妄想を強め,さらに,翌22日,本件各犯行の直前に両親の経営する飲食店に電話を架けて父親と話したが,その際の父親の様子が普通であったことから,かえっておかしいと感じ,これらの妄想から脱することが困難な状態に陥り,本件各犯行に及んでいる。 したがって,被告人は,本件各犯行当時,会社内でいじめに遭っているという妄想に加え,いじめが会社から家族に伝えられ,被告人を巡るいじめの被害が家族にも及んでいるという妄想をもっており,これらの妄想から苦痛と絶望感等を抱き,この苦痛や絶望感等が動機となって自殺を考えるとともに,自殺するに当たり家族を殺害しようとしたと考えられる。つまり,本件 各犯行の機序は,会社内でいじめに遭っているという被害妄想から苦痛等を抱いて自殺を決意し,家族にいじめを知られると恥ずかしいという思いや死後の家族に対する心配から と考えられる。つまり,本件 各犯行の機序は,会社内でいじめに遭っているという被害妄想から苦痛等を抱いて自殺を決意し,家族にいじめを知られると恥ずかしいという思いや死後の家族に対する心配から無理心中を図ったと整理するのは適当でなく,会社内でいじめに遭っていて,そのいじめの被害が家族にも及んでいるという被害妄想から苦痛等を抱き,被害を受けている家族を巻き込んで無理心中を 図ったと整理するのが妥当であり,上記妄想による苦痛と絶望感等から高じ た焦燥は,被告人が妄想から逃れるための具体的な手段を冷静に考えることを困難にしていたといえる。 また,被告人の人格や性格の本件各犯行への影響という点については,被告人に自尊心が強く,極端な行動に出やすいという人格傾向があることを積極的に示す出来事は見出せない上,本件各犯行について被告人の人格等で明 確に説明できる部分はないと思われる。 F 鑑定の信用性についてア F 鑑定は,同医師が精神科医としての豊富な経験,学識を有することに加え,鑑定の前提となる事実関係に問題がなく,その鑑定手法,判断過程や内容にも不合理な点は認められない。 イ F 鑑定の前提となる事実をみると,被告人が4月21日に2名の上司と,翌22日に父親とそれぞれ電話で話したことは,被告人の言動等をまとめた統合捜査報告書(原審甲73,以下「本件捜査報告書」という。)によって裏付けられている。さらに,被告人が逮捕直後からほぼ一貫して会社内でのいじめの情報が家族にも伝えられていたと供述しているという点 は,被告人の4月23日付け検察官調書(原審乙21,同弁3,以下「4月23日付け検察官調書」という。)において,4月21日午後6時か7時頃,係長と電話をした時,係長の様子がおかしいので,知られた は,被告人の4月23日付け検察官調書(原審乙21,同弁3,以下「4月23日付け検察官調書」という。)において,4月21日午後6時か7時頃,係長と電話をした時,係長の様子がおかしいので,知られたくないと思っていたことを親に伝えられてしまったのかもしれないと思い,自分だけでなく,家族にも死んでもらおうと考えた旨供述していること, 人の5月10日付け検察官調書(同乙4,以下「5月10日付け検察官調書」という。)において,4月21日午前中に G係長から電話が架かってきて,親と話していたことや,その直後に,部屋から台所に出て行った時,親が驚いたような表情をしていたことや,同日夜,同係長と電話で話した時に,同係長の様子がおかしいと感じたことなどから,この日には,確信 とまではいかないまでも,同係長から親に私のことについて何か悪く言わ れたのかなと思った,同係長から何か聞いたと思われるのに,あえて私に対して普通に接しているので,親も信用できないと思った旨供述していること,被告人が5月26日に検察官の取調べを受けた際に自ら作成した書面(同乙18,以下「5月26日付け書面」という。)の4月21日の欄に,「朝会社から家に電話,母が出て,父が変わる,『迷惑してるんですよ』 と Gの声が聞こえた」,「 H係長は鼻をすする音がしていた」,「 G係長も鼻をすすっていた」との記載があり,同月22日欄にも,「父に電話して朝の電話はなんだったのか聞こうと思った」との記載があること,本件捜査報告書にも,4月21日午後10時18分に G係長と電話で話した際,被告人が G係長に「親に電話しましたか。」と話したとの記載があ ることなどによって,それぞれ裏付けられている。 これに加えて,当審で取り調べた証拠においても,日付け警察官 電話で話した際,被告人が G係長に「親に電話しましたか。」と話したとの記載があ ることなどによって,それぞれ裏付けられている。 これに加えて,当審で取り調べた証拠においても,日付け警察官調書写し(当審弁4)において,4月21日夜の H係長及び G係長の様子や,翌22日の父親の様子のほかに,同月21日午前中に母親が玄関にある家の固定電話で誰かと話している声を聞いた後,電話 の相手が「迷惑してるんですよ。」と言っていて, G係長の声だった,父が「申し訳ありません。」と謝っている声も聞こえたので,会社でのことを両親に言われたと感じた旨供述している。 本件鑑定書に引用されている,警察官による被告人の取調べ状況に関する録音録画の内容によれば,被告人は,4月22日の取調べ(以下「4月22日の録音録画」 という。)では,「会社での,自分の,出来事を親に知られちゃって,それで,もう,生きているのが嫌になっちゃったので。」,「そういうことも,親に知られちゃっているっていうのが,本当に辛くて,で,自分も親を巻き込んで死んじゃおうかなと思いました。」などと述べ,同月24日の取調べ(以下「4月24日の録音録画」という。)でも,同月21日の H係長 との会話について,「頻繁に鼻をすするようなことをしてて,なんか,変だ ったんですよ。」,同日の G係長との会話について,「 Gさんのほうも,なんかまた鼻をすするような言い方をしていて,この人もなんか変に,なんか様子が変だと思って,なんか親に全部ばらされちゃったのかなとそこでもう思いましたね。」,翌22日の父親との会話についても,「普通でしたね,普通というか,それでもなんか,普通だったんですけど,それが逆に, なんか変な感じがしちゃったんですよね。」,「なんか,もう,知っ ましたね。」,翌22日の父親との会話についても,「普通でしたね,普通というか,それでもなんか,普通だったんですけど,それが逆に, なんか変な感じがしちゃったんですよね。」,「なんか,もう,知ってて自然にしてくれるんだ,してくれているんだろうなっていうふうに,私は思っちゃったんです。」などと述べ,平成30年4月20日の F医師との面接の際にも,「会社を数日休んでいる間,家の方に,1日に1回ずつくらい会社の方から電話が架かってきてたんじゃないかって思ってたんです。」 などと述べていたことがうかがえる。 ウこのように,被告人は,逮捕直後からほぼ一貫して,会社内でのいじめの情報が家族にも伝えられていたと供述しているのであって, F鑑定が,被告人が会社内でいじめに遭っており,このいじめの被害が家族にも及んでいるという被害妄想を抱いていたと判断したことについては,十分な裏 付けがあるというべきである。 E 鑑定の信用性についてアこれに対し, E 鑑定は,前記のとおり,本件各犯行当時,被告人が妄想性障害にり患していたことは認めるものの,被害妄想の内容は会社内でいじめに遭っていることに限定されており,家族に対する妄想はなかっ た上,死ぬこと自体に関する妄想がなく,「殺せ」といった幻聴やこれに類する妄想もなく,本件各犯行の中身,動機に妄想が入り込んでおらず,この被害妄想は,被告人が自殺や家族の殺害を考えたことの誘因とはなっているものの,動機にはなっておらず,本件各犯行は,被告人の優しい性格である一方,自尊心が強く,極端な行動に出やすいなどの元来の人格に基 づくものであるとしている。 イしかしながら,E 鑑定は,被告人の被害妄想の内容について,会社内でいじめに遭っていることに限定し,会社 動に出やすいなどの元来の人格に基 づくものであるとしている。 イしかしながら,E 鑑定は,被告人の被害妄想の内容について,会社内でいじめに遭っていることに限定し,会社内でのいじめの被害が家族にも及んでいるという妄想はなかったとする点で,被告人の逮捕直後からの前記供述等と整合しない。また,同鑑定は,本件各犯行の前日である4月21日, G係長の声で会社から自宅に電話があり,父親が謝罪して いたという被告人の妄想をはじめ,その後,2名の上司と電話した際,被告人が変な感じであったと述べる上司らの様子や,更には翌22日に父親と電話した際に,被告人が余りにも普通で変な感じであったと述べる父親の様子等,被告人が会社内でのいじめの被害が被害者らにも及んでいるという妄想を強め,この妄想から脱することが困難な状況に陥ったという, 本件各犯行直前の重要なエピソードについて,全く考慮していない。 鑑定が,会社内でいじめに遭っているという被告人の妄想が自殺の誘因に過ぎず,自殺を考えた動機になっていないとする点についても,被告人は,会社を退職したいのに,退職することが許されないと思い込んで相当に追い詰められた状態になり,苦痛や絶望感等を抱いたのであるから, F医 師が指摘するとおり,少なくとも自殺を考えた動機にはなっていたと考えられることからすると,不合理であるといわざるを得ない。さらに, E 鑑定は,本件各犯行が,自尊心が強く,極端な行動に走りやすいなどの被告人の人格に基づくものであるとし,被告人にこのような性格傾向が認められる根拠として,被告人がコンビニエンスストアのアルバイトをマ ニュアルに従うことが納得できずに,1日も経たないうちに辞めたことや,本件各犯行の数か月前に,仕事で使用する部品について が認められる根拠として,被告人がコンビニエンスストアのアルバイトをマ ニュアルに従うことが納得できずに,1日も経たないうちに辞めたことや,本件各犯行の数か月前に,仕事で使用する部品について,被告人が同僚とは違う部品を使い,同僚が迷惑したことなどの出来事を挙げている。しかし,これらの出来事は,被告人にこだわりが多少強い面があることをうかがわせるにとどまり,必ずしも同鑑定のような評価につながるものとはい い難い。しかも,被告人は,本件各犯行当時,31歳で,同じ会社に10 年以上も勤務していたのであるから,被告人に上記の性格傾向があれば,それまでに種々の相応に深刻な問題行動を起こしてもおかしくないと思われるのに,成育歴上も,勤務先においても,上記の出来事以外に,上記の性格傾向を示すような出来事は認められない。また,これまで被告人と同居して生活してきた父親は,原審公判において,被告人が自尊心が強く, 極端な行動に走りやすいなどの傾向があるとは証言していないのであって,E 鑑定が被告人に上記の性格傾向があったとするのは,根拠に乏しく,甚だ疑問であるといわざるを得ない。現に, F医師は,当審公判で,被告人にこのような性格傾向があることは見出せなかったと証言している。 なお, E 鑑定は,被告人が,4月20日未明に自宅の電話が鳴り, 応対した母親が「部屋で寝ています。」と言ったのを聞いて, G係長が電話をしてきたと妄想的に直感したこと,同日の同係長との別の電話において,同係長が携帯のスピーカーで周りに聞かせていたと感じたことから,同係長に対する被害妄想をもち,このような状況から逃げるためには死ぬのが早い,会社内でのトラブルを親に知られてしまうと思い,家族にも死 んでもらった方がいいと考えて,本件ナイ 感じたことから,同係長に対する被害妄想をもち,このような状況から逃げるためには死ぬのが早い,会社内でのトラブルを親に知られてしまうと思い,家族にも死 んでもらった方がいいと考えて,本件ナイフをインターネットで注文したと判断している(原審記録181丁の138,197)。しかし,被告人の捜査段階及び原審公判における供述を含め,原審証拠中には,4月20日未明の電話に応対した母親が「部屋で寝ています。」と答えたという被告人の妄想をうかがわせるものは存しない。また,同日に G係長と現実に電 話をしたことを前提として,被告人は同係長が携帯のスピーカーでその電話を周りに聞かせていたとの妄想をもったという点についても,同日に被告人と G係長との間で電話がされた事実は認められない(原審甲73及び75)。 ウ以上によれば, E 鑑定は,被告人の被害妄想の内容について,見落 としないし誤解があり,とりわけ,本件各犯行直前の4月21日の重要な 出来事等を考慮に入れていないことに加え,被告人の性格傾向について,自尊心が強く,極端な行動に走りやすい傾向があるとは認められないのに,上記の性格傾向があると認定するなど,鑑定の前提となる事実関係の把握に問題があり,ひいては,被告人の妄想性障害の本件各犯行に対する影響の判断についても,その合理性に疑問があるといわざるを得ない。 検察官の当審の弁論における主張についてアF鑑定が,被告人が会社内でのいじめの被害が家族にも及んでいると認識していたと判断した点について,被告人は,捜査段階の取調べや原審公判において,家族も会社内でのいじめの被害に巻き込まれていることが家族を自殺に巻き込んだ理由になったとか,自宅に電話を 架けてきた会社の上司に父親が謝罪させられたこと 捜査段階の取調べや原審公判において,家族も会社内でのいじめの被害に巻き込まれていることが家族を自殺に巻き込んだ理由になったとか,自宅に電話を 架けてきた会社の上司に父親が謝罪させられたことが家族を自殺に巻き込もうと思った理由であるなどとは供述していない上,被告人の供述以外の原審証拠からも,被告人が家族も会社内でのいじめの被害に巻き込まれていると認識し,このことが本件各犯行の動機となったことをうかがわせる事情は認められないから,被告人が会社内でのいじめの被害が家族にま で及んでいると認識していたことを裏付ける証拠はない,同鑑定は,被告人が会社内でのいじめが既に家族に伝えられていたと確定的に認識していたことを前提とするところ,上記の点を断定するかのような4月22日の録音録画における被告人の供述は,逮捕直後のものであり,取調官において,知られたくないことが実際に家族に伝えられたと確定的に認識し ていたのか,伝えられたかもしれないと思っただけの認識なのかを意識的に聴取したものではなく,その当時,被告人が逮捕に引き続いて取調べを受けたことで精神的に動揺していたことなどからすると,被告人は,深く考えることなく,悲観的な心情から断定的な答え方をしたと考えられるのに対し,この点について意識的な聴取が行われたと考えられる4月23 日付け検察官調書,同月24日の録音録画及び5月10日付け検察官調書 等において,被告人は,会社内でのいじめを家族に伝えられたかもしれないと思った旨述べているに過ぎないから,被告人が会社内でのいじめが既に家族に伝えられていると確定的に認識していたとはいえないなどと主張する。 付け検 察官調書において,知られたくないと思っていたことを親に伝えられたと思い,自分だけでなく, 内でのいじめが既に家族に伝えられていると確定的に認識していたとはいえないなどと主張する。 付け検 察官調書において,知られたくないと思っていたことを親に伝えられたと思い,自分だけでなく,家族にも死んでもらおうと考えた旨,5月10日付け検察官調書においては,係長から何か聞いたと思われるのに,敢えて普通に接してきている親のことを信用できなくなり,家族を殺して自分も死ぬことを決めた旨明確に供述し,さらに,5月26日付け書面において も,4月21日朝,会社から家に電話があり,「迷惑しているんですよ」とG 係長の声が聞こえたとの記載があることからすれば,被告人は,会社内でのいじめが両親に非難めいた口調で伝えられ,その被害が家族にも及んでいたと認識していたと認められるから, F鑑定が前提とする事実関係に誤りはない。 G係長の検察官 調書(原審甲75)によれば,4月21日午後10時18分からの G係長との電話で,被告人が「親に電話しましたか。親が心配してきたんですよね。」などと話したことが認められ,これらは,被告人が会社内でのいじめの被害が家族にも及んでいると認識していたことをうかがわせる事実である検察官がいうような事情から,被告人 に精神的な動揺があったことは否定できないとしても,本件各犯行当日の,最も記憶が鮮明に残っている時期に,被告人が会社内でのいじめを家族に知られたため,生きていくのが嫌になって犯行に及んだ旨,自ら本件各犯行の動機を明確に述べているのであるから,その供述を重視すべきことは明らかであって,既に家族に知られたことの認識の程度について,取調官 が意識的に聴取したか否かによって,その供述の信用性が左右されること はない。また,被告人が深く考えることなく,悲観的な心情等から断定的 知られたことの認識の程度について,取調官 が意識的に聴取したか否かによって,その供述の信用性が左右されること はない。また,被告人が深く考えることなく,悲観的な心情等から断定的に述べたとの主張は,憶測に基づくは,確かに,検察官が指摘するように,被告人の供述調書等の中には,会社内でのいじめが家族に伝えられているとの被告人の認識について,確定的な表現になっていない部分も見受けられる。しかしながら, F医師は, 本件鑑定に際し,原審証拠のほか,原審で取り調べられていない被告人の供述調書や録音録画にも目を通し,会社内でいじめに遭っているという妄想と家族の殺害の繋がりの部分が被告人の説明等によっても余り明らかでないことから,この部分をできるだけ明らかにするという問題意識をもって,1回につき3時間前後の被告人との面接を9回重ねた上で,被告人 が会社内でのいじめの被害が家族にまで及んでいるとの妄想をもっていた点等について,被告人の確信の度合を尋ねたところ,被告人は絶対の自信をもって答えることこそしていないものの,本質的には信じており,事実と異なることを確信していたと供述している(本件鑑定書1,2頁)。そうすると, F医師は,検察官の指摘する証拠を踏まえた上で,被告人の 被害妄想の内容と本件各犯行との繋がりという点に問題意識をもち,会社内でのいじめの被害が家族にも及んでいるという妄想の有無等について慎重な検討を重ねて上記の結論に至ったものと解されるから,この F鑑定の問題意識や判断内容等は十分に合理的なものであって,被告人は,会社内でのいじめが既に家族に伝えられていると確定的に認識し,このよう な被害妄想をもっていたと認められる。検察官の前記主張は理由がない。 イまた,検察官は,③ F医師は,当審公判 告人は,会社内でのいじめが既に家族に伝えられていると確定的に認識し,このよう な被害妄想をもっていたと認められる。検察官の前記主張は理由がない。 イまた,検察官は,③ F医師は,当審公判において,会社内でのいじめが知られていない状況で知られるのが嫌だというのと,既に知られてしまっていて更にもっと迷惑が掛かるというのは大きな違いがあると証言しているが,本件各犯行の動機については,会社内でのいじめを家族に知ら れたくないことだけであれば,被告人が家族に対する殺意まで生じるかは 疑問であり,むしろ,被告人の死後,家族に辛い思いをさせたり,家族に損害賠償等で迷惑を掛けたりしたくなかったことに比重があると考えられるから,被告人が家族に知られたくないことを知られてしまったと認識したのかどうかが, F医師が証言するように大きな違いになるとはいえない,F医師自身も,本件各犯行の動機について,被告人の家族に対す る気持ちの近さや人格ないしは正常な価値観が影響していると証言し,会社内でのいじめを家族に知られたことだけでは本件各犯行の動機として足りないと認めている,④ F鑑定は,被告人が家族も会社内でのいじめの被害に巻き込まれていると認識していたことの根拠として,4月21日の会社の上司からの電話とそれに対する父親の謝罪,2人の上司と電話をし た際の同人らの様子や,翌22日の電話での父親の様子を挙げるが, 月23日付け検察官調書等によれば,被告人が会社内でのいじめが家族に伝えられていると確定的に認識していたとはいえず,被告人の認識は事実と異なることを確信しているとはいえないから,妄想の定義に該当しない,妄想ではなく,現実に会社内でいじめに遭っていて,このことを家族に 知られたくないと思い,心配している ,被告人の認識は事実と異なることを確信しているとはいえないから,妄想の定義に該当しない,妄想ではなく,現実に会社内でいじめに遭っていて,このことを家族に 知られたくないと思い,心配している者が,取り越し苦労や疑心暗鬼から,自宅に架かってきた電話が上司からの電話でないかとか,上司が自分のことを悪く言っているのではないかと思うことは十分あり得るから, F医師が挙げる上記事情は,取り越し苦労や疑心暗鬼といった正常な心理から理解できることであり,被告人に会社内のいじめの被害が家族に及んでい るという妄想があったことの根拠とはならない,⑤会社内でのいじめが家族に伝えられることと,家族がその被害に巻き込まれることは全く別のことであり,被告人の捜査段階及び原審公判の供述内容からすると,会社内でのいじめが家族に伝えられたからといって,直ちに家族がいじめの被害に巻き込まれていることにはならない上,仮に4月21日朝の G係長の 電話において家族が謝罪していたとすれば,被告人は,家族に対して迷惑 を掛けて申し訳ないと謝罪するのが自然であるのに,そのような行動をとっていないから,被告人は会社内でのいじめの被害が家族に及んでいるとは認識していないなどと主張する。 しかし,③については,検察官の指摘する F医師の証言内容は,同医師の当審証言を全体としてみれば,被告人が会社内でのいじめを家族に 伝えられたと認識していたことにとどまらず,会社から「迷惑してるんですよ。」と非難めいた口調で伝えられ,それに対して父親が謝罪していたと認識していたことを含むものであり,このような認識の下に,既に会社内でのいじめの被害が家族に及んでいると思い込んでいた場合と,未だ家族に伝えられておらず,被害が家族に及んでいない場合とでは,被告人の抱 識していたことを含むものであり,このような認識の下に,既に会社内でのいじめの被害が家族に及んでいると思い込んでいた場合と,未だ家族に伝えられておらず,被害が家族に及んでいない場合とでは,被告人の抱 く苦痛や絶望感等に大きな違いがあるという趣旨であると理解できるのであって,検察官の上記主張は失当である。③F医師は,当審公判において,家族にも被害が及んでいると思い込んだ根源には,家族への一体感,心の気持ちの近さというものが背景にあった旨証言しており(同医師の証言調書10頁),検察官が指摘する部分は,本件各犯行の動 機というよりは,動機の背景事情として理解するのが相当である。④については,既に述べたとおり,被告人が会社内でのいじめの被害が家族に及んでいると思い込んでいたことが妄想に該当することは,本件鑑定書等から明らかである。これが妄想に当たらないという検察官の主張は,独自の見解に過ぎない。④については,被告人は,会社内でいじめに遭って いるという妄想をもっていたのであり,このような妄想をもつ被告人の心理を,妄想の存在を捨象して,何ら妄想をもっていない者の心理と同視できるとする検察官の上記主張は,前提を誤るものであって,失当である。 ⑤については,少なくとも,被告人は,5月26日付け書面において,4月21日朝の会社からの自宅への電話で,「迷惑してるんですよ」というG 係長の声が聞こえた旨記載しており,これによれば,会社内でのいじめ について,同係長から伝えられただけでなく,家族が非難されてその被害に巻き込まれていると認識したと認められる。また,会社内でのいじめの被害が家族に及んでいるという妄想をもっていた被告人が,家族との間でこの話題を避け,検察官が指摘するような言動に出ないことも十分あり に巻き込まれていると認識したと認められる。また,会社内でのいじめの被害が家族に及んでいるという妄想をもっていた被告人が,家族との間でこの話題を避け,検察官が指摘するような言動に出ないことも十分あり得る。検察官の前記主張は採用できない。 ウさらに,検察官は,⑥仮に,被告人が家族に会社内でのいじめの被害が及んでいると認識していたとしも,家族にとっては生活に困るとか,生きていけないといった事態に陥るわけではないことなどからすると,家族を巻き込む本件各犯行の動機とはなり得ない,⑦4月22日及び同月24日の録音録画,被告人が5月27日の検察官の取調べの際に作成した書面(原 審乙19)等において,被告人が死後家族に辛い思いをさせたり,迷惑を掛けたりしたくなかったことから,本件各犯行に及んだ旨述べているのに,F 鑑定は,このことを本件各犯行の動機として考慮していない,⑧ F鑑定は,妄想があることを過大に評価し,計画的な犯行であるのか,違法性を意識していたのか否か,行為が被告人の元来の人格と異質なものであ るのかどうか,犯行に一貫性や合目的性があるかどうか,犯行後に自己防御的行動を行っていたのか否かなどに着目しながら,精神障害が犯行に与えた影響の機序だけでなく,正常心理が犯行に与えた影響の機序も併せ,総合的に検討を行っていないなどと主張する。 ⑥については,確かに,被告人が会社内でいじめに遭っていることは, 家族にとって深刻な事態であるとはいえない。しかし,被告人は,会社内でいじめに遭っているという被害妄想をもち,退職したいのに,退職を認めてもらえないと思い込み,このことだけでも相当に追い詰められていたのに加え,会社内でのいじめを家族に非難めいた口調で伝えられ,これに父親が謝罪していて,いじめの被害が家族にまで及んでい ,退職を認めてもらえないと思い込み,このことだけでも相当に追い詰められていたのに加え,会社内でのいじめを家族に非難めいた口調で伝えられ,これに父親が謝罪していて,いじめの被害が家族にまで及んでいるという被害妄 想をもつに至っており,家族仲が良く,家族に対する親近感が強かったこ とと相まって,そのような関係にある家族に自分のことで迷惑を掛けていることから強い苦痛と深い絶望感等を抱き,家族を殺害して自殺しようと考えたものであって,被告人が会社内でのいじめの被害が家族に及んでいると認識していたことは,本件各犯行の主要な動機となり得るものである。 ⑦については,既に述べたとおり, F鑑定は,検察官の指摘する被告人 の供述等も踏まえた上,被告人の死後に家族に迷惑を掛けるのではないかという将来の不確かな思いではなく,本件各犯行当時,既に家族に被害が及んでいると認識して,現に家族に迷惑を掛けていると思い込んでいたことが直接の動機であると判断したものであって,この判断に何ら誤りはない。⑧については, F医師は,当審公判において,会社内でのいじめの 被害が家族にも及んでいるという妄想が本件各犯行の動機として重要である旨証言する一方,犯行の計画性,合目的性や違法性の意識に関しても,妄想性障害はこのような点が損われる病態ではない,本件各犯行の動機の背景には被告人の家族に対する気持ちの近さ等があるなどと証言しているのであって,本件各犯行について総合的に検討していることが明らかで あり,被告人に妄想があることを過大に評価しているとの指摘は当たらない。検察官の上記主張は採用できない。 検察官は,原判決が依拠した E 鑑定の信用性について,その鑑定内容は,原審証拠によって十分に裏付けられていることなどから,信用できる の指摘は当たらない。検察官の上記主張は採用できない。 検察官は,原判決が依拠した E 鑑定の信用性について,その鑑定内容は,原審証拠によって十分に裏付けられていることなどから,信用できると主張する。 しかし,前記のとおり, E 鑑定は,鑑定の前提となる事実関係の把握に問題があり,ひいては,妄想性障害の本件各犯行に対する影響の判断の合理性についても,疑問があるのであって,信用できないといわざるを得ない。 検察官の上記主張は採用できない。 被告人の責任能力について そこで,信用できる F鑑定等に基づき,被告人の責任能力について検討 すると,被告人は,本件各犯行当時,妄想性障害にり患し,会社内でいじめに遭っているという被害妄想を抱き,会社を退職したいのに,退職することも許されないと思い込んで追い詰められるとともに,会社内でのいじめが非難めいた口調で家族に伝えられ,これに対して父親が謝罪するなど,自らを巡るいじめの被害が家族にも及んでいるとの妄想を募らせ,短期間のうちに, これらの妄想による苦痛と絶望感等を急速に増悪させた結果,自殺を企図するとともに家族の殺害を決意したものであって,このような苦痛と絶望感等から生じた焦燥により,妄想から逃れるための具体的方法を冷静に考えて実行に移すことが困難な状態に陥り,本件各犯行に及んだものと認められる。 そうすると,本件各犯行の動機には,被告人がり患していた妄想性障害によ る被害妄想が大きく影響していたと認められる上,本件各犯行は,妄想性障害発症前の被告人の人格や性格からは説明困難なものといわざるを得ない。 したがって,被告人が本件各犯行当時,事理弁識能力及び行動制御能力をいずれも十分有していて,完全責任能力の状態にあったとは到底いえない。他方 告人の人格や性格からは説明困難なものといわざるを得ない。 したがって,被告人が本件各犯行当時,事理弁識能力及び行動制御能力をいずれも十分有していて,完全責任能力の状態にあったとは到底いえない。他方,被告人は,手が滑らないように革手袋を着用した上,事前に購入した本 件ナイフを使用して,就寝中の祖母と姉を1人ずつ殺害し,父親に電話をして両親の帰宅時刻を確認した上,両親がそれぞれ1人でいるところを狙って,順次犯行に及んだほか,大声を出されないように祖母や母親の口を塞いだ上で犯行に及ぶなど,本件各犯行には一定の計画性や家族の殺害に向けた一貫性,合目的性が認められる。また,被告人は,父親を刺す際には「ごめん」 などと言い,本件各犯行後には,父親から自首を促されて一旦はこれに応じたものの,その後逃走するなど,犯行当時及びその前後には自らの行為の違法性を認識していたこと,犯行後には自己防御的な行動があったと受け取れる言動をしていることなどが認められる。さらに,妄想性障害が,妄想やそれから波及する影響を除けば,判断や行動が著しく阻害されることはないと いう病態であることなどを併せ考慮すると,被告人は,本件各犯行当時,妄 想性障害による被害妄想の影響により,事理弁識能力又は行動制御能力を喪失していたとはいえず,それらが著しく減退した状態にあったと認められる。 以上によれば,本件各犯行当時,被告人は,り患していた妄想性障害の影響により,心神耗弱の状態にあったにもかかわらず,この被害妄想が本件各犯行の動機形成等に直接影響を与えておらず,本件各犯行は被告人の元来の 人格に基づくものであって,本件各犯行当時被告人は完全責任能力の状態にあったとした原判決の認定は,論理則,経験則等に照らして不合理であって,事実誤認があるとい らず,本件各犯行は被告人の元来の 人格に基づくものであって,本件各犯行当時被告人は完全責任能力の状態にあったとした原判決の認定は,論理則,経験則等に照らして不合理であって,事実誤認があるといわざるを得ず,この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れない。 論旨は理由がある。 第3 破棄自判よって,量刑不当の論旨に対する判断を省略して,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,被告事件について更に判決する。 (罪となるべき事実) 被告人は,平成28年4月13日頃,当時勤務していた会社の同僚との仕事上のトラブルを契機として妄想性障害を発症し,会社内でいじめられているという被害妄想を抱くようになった上,会社内でいじめに遭っていることが家族に伝えられ,いじめの被害が家族にも及んでいるとの妄想を募らせたことなどから,自殺を考えるとともにこれに先立って家族の殺害を決意し, 第1 同月22日午前0時30分頃から同日午前3時頃までの間に,浜松市 I区J町 K 番地の自宅において,祖母である A (当時83歳)に対し,殺意をもって,その左胸部及び背部等を持っていたサバイバルナイフ(刃体の長さ約23cm,静岡地方裁判所浜松支部平成29年押第13号符号1)で突き刺して背部刺切損傷等の傷害を負わせ,よって,その頃,同所において,同 人を上記傷害に基づく左血気胸により失血死させて殺害した。 第2 その頃,同所において,姉である B (当時32歳)に対し,殺意をもって,その右側胸部及び右肩背部を上記ナイフで突き刺して右肩背部刺切損傷等の傷害を負わせ,よって,その頃,同所において,同人を上記傷害に基づく右血気胸により失血死させて殺害し 2歳)に対し,殺意をもって,その右側胸部及び右肩背部を上記ナイフで突き刺して右肩背部刺切損傷等の傷害を負わせ,よって,その頃,同所において,同人を上記傷害に基づく右血気胸により失血死させて殺害した。 第3 同日午前3時頃,同所において,母である C (当時62歳)に対し, 殺意をもって,その前胸部を上記ナイフで突き刺して心臓刺切の傷害を負わせ,よって,その頃,同所において,同人を上記傷害により失血死させて殺害した。 第4 その頃,同所において,父である D (当時60歳)に対し,殺意をもって,その右腰部を上記ナイフで突き刺したが,同人に抵抗されたため,全治約1か月間を要する右腰背部刺創,第1腰椎椎体骨折等の傷害を負わせたにと どまり,殺害の目的を遂げなかった。 なお,被告人は,本件各犯行当時,妄想性障害のため心神耗弱の状態にあったものである。 (証拠の標目)原判示全部の事実について挙示された証拠に,証人 F の当公判廷における 供述及び鑑定人 F 作成の鑑定書(当審職1)を加え,原判示犯行に至る経緯について挙示された証拠に,被告人の警察官調書写し(当審弁4)を加え, 証人E の公判供述を削除した上,「判示犯行に至る経緯について」を「判示冒頭の事実について」に改めるほかは,原判決が証拠の標目に挙示したとおりである。 (法令の適用) 被告人の判示第1ないし第3の各所為はいずれも刑法199条に,判示第4の所為は同法203条,199条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中,判示第1ないし第3の各罪についてはいずれも無期懲役刑を,判示第4の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し,判示の各罪はいずれも心神耗弱者の行為であるから,判示第1ないし第3の各罪については同法39条2項,68条2号,14条1項 てはいずれも無期懲役刑を,判示第4の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し,判示の各罪はいずれも心神耗弱者の行為であるから,判示第1ないし第3の各罪については同法39条2項,68条2号,14条1項により, 判示第4の罪については同法39条2項,68条3号によりいずれも法律上の減軽 をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第3の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役25年に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中160日をその刑に算入し,押収してあるサバイバルナイフ1本(静岡地方裁判所浜松支部平成29年押第13号符号1)は,判示各殺人及び殺 人未遂の各犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,原審及び当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。 (弁護人の主張に対する判断)弁護人は,当審の弁論において,被告人が本件各犯行当時,心神喪失の状態にあ ったとも主張する。しかし,前記のとおり,被告人は,本件各犯行当時,妄想性障害の影響により事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減退した状態にあったものの,これらの能力を喪失した状態にはなかったと認められるから,弁護人の上記主張は採用できない。 (量刑の理由) 本件は,被告人が,祖母,姉及び母親の3名もの命を次々に奪い,更に父親にも全治約1か月間を要する右腰背部刺創等の傷害を負わせたというものであり,その結果は極めて重大である。被告人は,刃体の長さ約23cmのサバイバルナイフを使用して,相当強い力で,祖母,姉及び母親に対してその胸部や背部 を要する右腰背部刺創等の傷害を負わせたというものであり,その結果は極めて重大である。被告人は,刃体の長さ約23cmのサバイバルナイフを使用して,相当強い力で,祖母,姉及び母親に対してその胸部や背部を複数回突き刺し,父親に対しても腰部を1回突き刺しており,いずれの犯行態様も,強固な殺 意に基づく極めて危険なものである。父親が一命を取り留めたのは,凶器が急所をわずかに外れるという偶然によるものである。何の落ち度もないのに,突然親族である被告人に襲われ,命を落とした被害者3名の抱いた恐怖心や無念は察するに余りあるものがあり,愛する母親,妻,娘を一度に失った遺族である被告人の父親の悲しみも深い。また,被告人は,手が滑らないように革手袋を着用し,事前に購入 した上記ナイフを使用して,就寝中の祖母と姉を殺害し,父親に電話をして帰宅時 刻を確認した上,両親がそれぞれ1人になったところを狙い,順次犯行に及ぶなど,本件各犯行には一定の計画性,用意周到さが認められる。したがって,被告人が本件各犯行を決意したことには,り患していた妄想性障害が大きく影響しており,心神耗弱の状態にあったことから,被告人に対する責任非難が相当程度軽減されることを踏まえても,本件は,被害者が親族である無理心中の事案の中で特に重い部類 に属するといわなければならない。 他方,被告人が心神耗弱の状態にあったことに加え,被害者でもある父親が厳罰を望んでおらず,社会復帰後は一緒に暮らしたいと述べ,被告人も父親に感謝の言葉を述べるとともに,祖母,姉及び母親に謝罪したいと述べていること,前科前歴がないことなど,被告人のために酌むべき事情も考慮すると,心神耗弱による減軽 の上,主文のとおりの刑に処するのが相当である。 令和元年5月20日東京高等裁判所第 主文 と述べていること,前科前歴がないことなど,被告人のために酌むべき事情も考慮すると,心神耗弱による減軽の上,主文のとおりの刑に処するのが相当である。 理由 令和元年5月20日東京高等裁判所第10刑事部 裁判長裁判官朝山芳史 裁判官阿部浩巳 裁判官矢数昌雄

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