平成13(ワ)800 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成18年9月27日 岐阜地方裁判所 その他
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判決文本文14,987 文字)

- 1 -平成18年9月27日判決言渡同日原本交付裁判所書記官平成13年(ワ)第800号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成18年6月28日主文 被告は,原告Aに対し,8652万2494円及びこれに対する平成9年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告B及び原告Cに対し,各220万円及びこれに対する平成9年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用はこれを10分し,その9を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告Aに対し,8900万円及びこれに対する平成9年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告B及び原告Cに対し,各550万円及びこれに対する平成9年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,被告が原告Cに対して行った,原告A出産に至るまでの診療行為に過誤があり,その結果,原告Aに障害が生じたとして,被告に対し,診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,原告Aが損害賠償金1億0946万0706円の内8100万円と弁護士費用800万円の合計8900万円,原告C及び原告Bが各損害賠償金1000万円の内500万円と弁護士費用50万円の合計各550万円並びにこれらに対する不法行為の日である平成9年9月- 2 -30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提となる事実(証拠の記載がない事実は当事者間に争いがない)(1)被告は,肩書住所地において産婦人科医院(以下「被告病院」という 所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提となる事実(証拠の記載がない事実は当事者間に争いがない)(1)被告は,肩書住所地において産婦人科医院(以下「被告病院」という)を開業している医師である。 原告Aは,原告Bと原告C(昭和46年12月26日生)との間の長男である。 (2)平成9年(以下,平成9年の事柄については年の表示を省略する)1月29日,原告Cは,被告病院で妊娠と診断され,それ以降同病院において継続的に検診を受けていたが,後記のとおり出産のため被告病院に入院するまで格別の異常は認められなかった。 (3)9月28日午後9時ころ,原告Cに陣痛が発来し,同月29日午前2時ころ,陣痛が10分間隔になった。原告Cが被告病院に電話したところ,電話に出た看護婦から「7,8分間隔になったらもう1度電話してください。」と言われたが,その後陣痛の間隔は縮まらなかった。 (4)同日午前11時ころ,原告Cは,被告病院で定期検診を受けたところ,被告から「子宮口が6センチ開いている。陣痛が5,6分間隔になったら電話してください。」と言われ,一旦帰宅したが,同月30日午前3時ころ,陣痛がおおむね5,6分間隔になったため,被告病院に入院した。被告病院においては,被告,当直の准看護婦であるE及び看護助手1人が原告Cの診療に対応した。 (5)同日午前3時10分ころ,被告が人工破膜を行ったところ,羊水が緑色に混濁していた。被告は,カルテに「羊水混濁1+」と記載した。 (6)同日午前4時ころ,被告は原告Cを分娩室に移動し,ブドウ糖溶液を点滴により投与した。 (7)同日午前4時25分過ぎころ,被告が原告Cの点滴容器に陣痛促進剤を- 3 -混入した直後,胎児心拍数が80bpmまで下降したため,午前4時40分ころ,被告は,胎児が重 滴により投与した。 (7)同日午前4時25分過ぎころ,被告が原告Cの点滴容器に陣痛促進剤を- 3 -混入した直後,胎児心拍数が80bpmまで下降したため,午前4時40分ころ,被告は,胎児が重症胎児仮死状態にあると判断し,吸引分娩を開始した。 なお,午前4時37分ころ,原告Cの子宮口は全開大となっていた。 (8)同日午前5時20分ころ,原告Aが前方前頭位で娩出された。原告Aのアプガースコアは娩出1分後は1点,5分後は2点,15分後は8点であり,重症の新生児仮死状態であった。(甲3,証人E)(9)同日午前6時10分ころ,原告Aは,岐阜市野一色4丁目6番1号所在の岐阜県立岐阜病院新生児センターに搬送された。原告Aは,同センターへの入院時けいれんが認められ,頭部エコーで著明な脳浮腫が認められた。その後の頭部CT及びMRI検査の結果,両側前頭葉及び左側頭葉から頭頂葉にかけて脳の損傷が確認された。(甲4)(10)原告Aは,現在8歳であるが,脳性麻痺の後遺障害のため,体幹機能障害(坐位不能)による身体障害者等級第1級の認定を受けている。原告Aは,坐位保持装置等を用いなければ寝たきりの状態となり,自力での移動,両上肢の目的を持った使用はいずれも不能で,また,知的発達障害も認められ会話をすることもできない。この状態が今後改善する見込みはなく,原告Aは,生涯にわたり日常生活において介護を必要とする状態にある。(甲4,5,17,18) 争点及び争点についての当事者の主張別紙「主張整理表」記載のとおり。 第3当裁判所の判断 争点1(胎児仮死の判断時期)について(1)後掲各証拠及び前掲の前提となる事実によれば,次の各事実が認められる。 ア9月30日午前3時40分ころ,被告は,原告Cに分娩監視装置を装着し,午前4時ころに原告Cが分娩室に 時期)について(1)後掲各証拠及び前掲の前提となる事実によれば,次の各事実が認められる。 ア9月30日午前3時40分ころ,被告は,原告Cに分娩監視装置を装着し,午前4時ころに原告Cが分娩室に移動するまでの間,胎児心拍陣痛図- 4 -を継続的に記録したが,それ以降は,看護婦等がナースステーションに送信された心音を直接聞きながら分娩を監視していた。(甲3,乙4,被告本人)イ同日午前3時45分ころ,胎児心拍数最小約85bpm,持続時間約60秒の軽度変動一過性徐脈と考えられる一過性徐脈が認められたため,被告は,原告Cの体位変換を行った。また,午前3時49分ころ,極軽度の軽度変動一過性徐脈と考えられる徐脈が認められた。(甲3,乙4,鑑定の結果,被告本人)ウ同日午前4時25分過ぎころ,原告Cの陣痛が微弱であったため,被告は,原告Cに対する点滴容器に陣痛促進剤(アトニン)を混入したところ,その直後,胎児心拍数が80bpmまで下降した。被告は,胎児心拍数が低下した原因を見極めるために体位変換を行うこととし,児頭を上の方に押し上げ,原告Cの腹部を押して,児の胴体を動かしたが,この時点で児が低在横定位(骨盤底における胎児頭部の矢状縫合が骨盤横経に一致し,分娩が遷延した状態)であったため児頭が固定されており,児頭はほとんど上がらなかった。その後も,胎児心拍数は最高で90bpm程度の徐脈が継続した。(甲3,9,乙4,被告本人)エ同日午前4時40分ころ,被告は胎児が重症胎児仮死状態にあると判断し,吸引分娩を開始した。(被告本人)(2)ア原告らは,9月30日午前4時ころには胎児仮死の危険があると判断すべきであり,また,遅くとも午前4時30分ころには胎児仮死と判断すべきであった旨主張する。 イ同日午前3時45分ころ軽度変動一過性徐脈と考え ,9月30日午前4時ころには胎児仮死の危険があると判断すべきであり,また,遅くとも午前4時30分ころには胎児仮死と判断すべきであった旨主張する。 イ同日午前3時45分ころ軽度変動一過性徐脈と考えられる一過性徐脈が,同日午前3時49分ころ極軽度の軽度変動一過性徐脈と考えられる徐脈が,それぞれ認められたこと,さらに,そのころまでに原告Cの陣痛が30時間以上継続しており,胎児仮死を疑う事情の一つである羊水混濁も認めら- 5 -れていたことからすると,午前4時ころの時点で,胎児仮死を警戒すべき状況にあったといえる。(乙9,鑑定の結果)しかし,午前3時49分ころ極軽度の軽度変動一過性徐脈と考えられる一過性徐脈が出現した後は,5bpm以上の胎児心拍数基線細変動が保たれており,午前4時ころまでに,胎児仮死と診断すべき事情は認められない。 (乙9,鑑定の結果)また,午前4時25分過ぎころ,被告が点滴容器に陣痛促進剤を混入した直後,胎児心拍数が80bpmまで下降し,その後も80bpmから90bpmの徐脈が継続していたことからすると,結果的にはこの時点で児が胎児仮死の状態に陥っていたと考えられるが,胎児心拍数が80bpmまで下降した時点では,すぐに胎児心拍が回復する可能性もあることから,直ちに胎児仮死状態と判断することは困難である。 したがって,胎児仮死状態と被告が明確に判断できるのは,胎児心拍数が80bpmまで下降した後5分から10分程度経過した同日午前4時35分ころというべきである。(鑑定の結果) 争点2(胎児仮死治療を怠った過失の有無)について(1)原告らは,被告は9月30日午前4時35分ころ胎児仮死と判断し,まずは母体酸素投与,母体体位変換,子宮収縮の抑制,代用人工羊水注入その他の胎児仮死に対する治療を行うべきであった旨主張する。 ( 1)原告らは,被告は9月30日午前4時35分ころ胎児仮死と判断し,まずは母体酸素投与,母体体位変換,子宮収縮の抑制,代用人工羊水注入その他の胎児仮死に対する治療を行うべきであった旨主張する。 (2)被告は,同日午前4時40分ころ,重症胎児仮死状態と判断し,吸引分娩をすることとしたが,胎児仮死の場合の酸素投与の有効性には疑問がある上,吸引分娩前に母体へ酸素を投与すると過換気症候群を引き起こすなどの弊害があると考えたことから,原告Cに対して酸素投与を行わなかった。 (被告本人)しかし,胎児仮死治療として母体への酸素投与を行うことの有効性は一般に認められており,現在の産科の臨床で基本的胎児仮死治療として行われて- 6 -いること,酸素投与によって過喚気症候群が引き起こされるものではないこと,本件において特に酸素投与を有害として否定する証拠はないこと(甲8,9,11,12,鑑定の結果)に照らすと,被告には,胎児仮死と判断した後,直ちに母体へ酸素投与をすべき義務があったものと認められる。 したがって,被告には,母体への酸素投与を怠った過失がある。 (3)また,母体の体位変換が胎児仮死の一般的治療として認められていることに争いはないところ,被告は,前記認定事実のとおり,胎児心拍数が低下した原因を見極めるために体位変換を行ったことは認められるが,その後,胎児仮死と判断した後,胎児仮死の治療としての体位変換を行わなかった。 (被告本人)したがって,被告には,胎児仮死の治療として体位変換を行わなかった過失がある。 (4)そして,被告は,同日午前4時25分過ぎころ,原告Cの点滴容器に陣痛促進剤を混入させたが,その直後に,胎児心拍数が80bpmに下降したため,直ちに点滴を中止した旨主張する。 本件では,午前4時25分ころの時点で,陣痛開始から30時間 過ぎころ,原告Cの点滴容器に陣痛促進剤を混入させたが,その直後に,胎児心拍数が80bpmに下降したため,直ちに点滴を中止した旨主張する。 本件では,午前4時25分ころの時点で,陣痛開始から30時間以上が経過していたこと,午前4時ころから分娩の進行がみられなかったことなどから,被告が,この時点で陣痛促進剤を投与したことは医師の裁量の範囲内の行為であると認められる。(鑑定の結果)しかし,胎児仮死が認められる場合は速やかにオキシトシン等の陣痛促進剤の投与を中止し,子宮収縮を抑制する必要があるところ(甲8,12),前記のとおり,被告は,同日午前4時35分ころには胎児仮死状態であると判断できたのであるから,遅くとも,胎児仮死と判断して,吸引分娩による牽引を1回から3回試みた後は,帝王切開への移行に備え,陣痛促進剤の投与を中止して,陣痛を抑制すべきであった。(鑑定の結果)そして,カルテには,陣痛促進剤を点滴容器に注入したことを意味する- 7 -「アトニン」「4:30点注」との記載の後,点滴を中止した旨の記載がないこと(甲3),同カルテを記載した証人Eは,陣痛促進剤の点滴を中止したか否かについての記憶はないが,点滴を投与した後に途中で中止した場合は,「普通は書きます」「点滴がすべて終わって抜去というときには書かないことも多いんですけど」と証言していること,一般的にも,陣痛促進剤の点滴を中止した事実は,分娩経過を明らかにするために重要な事実というべきであるから,そのような事実があれば,分娩後,通常カルテに記載するものと考えられることからすると,カルテにその旨の記載がない本件では,陣痛促進剤の点滴を途中で中止したとは認められない。 (5)原告らは,代用人工羊水注入の胎児仮死治療を行うべきであった旨主張する。 しかし,代用人工羊水注入の適応は,酸 その旨の記載がない本件では,陣痛促進剤の点滴を途中で中止したとは認められない。 (5)原告らは,代用人工羊水注入の胎児仮死治療を行うべきであった旨主張する。 しかし,代用人工羊水注入の適応は,酸素投与,体位変換,陣痛抑制によっても胎児の改善がみられず,羊水インデックスが5センチメートル未満の場合であるところ(甲9),本件においては,同日午前4時30分ころの羊水量は不明であり(鑑定の結果),代用人工羊水注入をすべき義務があったと認める証拠はなく,原告らの主張は採用できない。 (6)以上から,被告には,胎児仮死と判断した後,胎児仮死治療として酸素投与及び体位変換を適切に行わず,陣痛促進剤の点滴を中止して陣痛の抑制をしなかった過失がある。 争点3(急速遂娩の方法選択に関する過失の有無)について(1)証拠(甲3,被告本人)及び前掲の前提となる事実によれば,次の事実が認められる。 9月30日午前4時30分ころ,児頭下降度は+2又は+3であり,午前4時37分ころ,原告Cの子宮口は全開大となっていた。午前4時40分ころ,被告は,重症胎児仮死状態と判断し,原告Cに対して吸引分娩を開始したが,そのころ,児頭下降度は+3であった。被告は,吸引分娩を開始した- 8 -際,原告Cの陣痛が弱かったことなどから,児の娩出までに20分から30分程度かかると考えていた。なお,被告は,当時,鉗子分娩の技術を習得していなかった。 (2)証拠(甲10,11,15,乙14,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。 ア分娩経過中に母体又は胎児に危険が生じ,自然分娩の進行を待って児を娩出させるのでは遅すぎる場合には,急速遂娩の方法をとるが,その具体的方法としては,吸引分娩,鉗子分娩及び帝王切開がある。娩出方法の選択は,各方法に要する時間のみ が生じ,自然分娩の進行を待って児を娩出させるのでは遅すぎる場合には,急速遂娩の方法をとるが,その具体的方法としては,吸引分娩,鉗子分娩及び帝王切開がある。娩出方法の選択は,各方法に要する時間のみではなく,それぞれの分娩方法の要約が充たされているかどうかが判断基準となる。 イ吸引分娩の要約は,(ア)原則として子宮口が全開大していること,(イ)破水していること,(ウ)CPD(児頭骨盤不均衡)がないこと,(エ)先進部が児頭で,少なくとも骨盤濶部まで下降していること,(オ)著しい反屈位でないこと,(カ)母体の膀胱・直腸が空虚であることとされている。 ウ鉗子分娩の要約は,(ア)子宮口が全開大であること,(イ)CPDがないこと,(ウ)既に破水していること,(エ)児頭が鉗子適位(鉗子分娩が可能な高さまで児頭が下降している)であること,(オ)児頭が成熟に近い正常児頭であることとされている。 エ帝王切開の要約は,(ア)母体が手術に耐えうること,(イ)胎児が生存しており,母体外生活が可能であることとされている。 オ子宮口が全開大であり,吸引分娩,鉗子分娩又は帝王切開のいずれの方法も選択可能であるときは,一般に分娩までの所要時間が短いと考えられる方法を選択するのが原則とされている。また,鉗子分娩と吸引分娩とでは,鉗子分娩は娩出する確実さの点で吸引分娩に勝るが,操作には熟練を要し,産道損傷や児への損傷が起こりやすいため,両方法のいずれを選択するかについては,各方法の利点,問題点及び母体や胎児に与える影響等- 9 -を考慮して方法を選択し,胎児仮死等で特に急速を要する場合は,担当医師が習熟した方法を選択すべきであるとされている。 カ吸引分娩において,何回まで牽引が可能であるかという明確な基準はないが,吸引失敗を繰り返すと胎児へのストレスが助長され,新 を要する場合は,担当医師が習熟した方法を選択すべきであるとされている。 カ吸引分娩において,何回まで牽引が可能であるかという明確な基準はないが,吸引失敗を繰り返すと胎児へのストレスが助長され,新生児仮死を招くことが多いため,1,2回の牽引で児頭が全く下降しない場合や,3回牽引しても児頭が娩出しない場合は,吸引分娩を中止すべきであること,特に胎児仮死の場合は,1回目の牽引で児頭が下降しなければ危険であるとされている。また,全牽引時間は10分又は15分以内を目安とし,30分近くに及ぶと児へ悪影響を及ぼす可能性が高まるとされている。そして,重症胎児仮死状態の場合には,直ちに児を娩出させなければならず,数回の吸引分娩等のストレスで児の状態は急速に悪化することが予想されるため,帝王切開を行うよりも明らかに短時間で,しかも,1回の吸引で確実に娩出可能な場合にのみ吸引分娩を行い,それ以外の場合には,直ちに帝王切開の準備を開始し,即刻帝王切開を開始しなければならないという指摘もある。 キ吸引分娩とクリステレル圧出法の併用については,やむを得ない場合もあるが,併用可能であるのは胎児予備能が十分にある成熟児だけで,胎児仮死例等では危険であること,吸引分娩とクリステレル圧出法の併用を行うにしても,1,2回で娩出できない場合はみだりに繰り返し行うべきではないとされている。 (3)前記認定事実を前提に判断する。 ア原告らは,本件では,経膣分娩で児を直ちに娩出することは困難であったから,被告は吸引分娩を選択してはならず,直ちに帝王切開を選択すべきであった,また,仮に経膣分娩を行う場合でも,吸引分娩ではなく鉗子分娩をすべきであった旨主張する。 イ前記認定事実及び証拠(鑑定の結果)によれば,9月30日午前4時3- 10 -7分に原告Cの子宮口は全開大と ,仮に経膣分娩を行う場合でも,吸引分娩ではなく鉗子分娩をすべきであった旨主張する。 イ前記認定事実及び証拠(鑑定の結果)によれば,9月30日午前4時3- 10 -7分に原告Cの子宮口は全開大となっていたこと,午前4時40分ころ児頭下降度は+3であったこと,その他の経膣分娩の要約が認められることから,本件では,経膣分娩が可能な状態にあったといえる。 そして,前記のとおり,経膣分娩において,吸引分娩か鉗子分娩のいずれを選択するかは,各方法の利点,問題点及び母体や胎児に与える影響等を考慮し,胎児仮死等で特に急速を要する場合は,担当医師が習熟した方法を選択すべきであるとされていること,被告が鉗子分娩の技術を習得していなかったことからすると,経膣分娩としては吸引分娩を選択することが考えられる。なお,原告らは,鉗子分娩の手技は,平成9年当時の産婦人科医療の水準として当然要求されていたと旨主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。 ウまた,前記のとおり,吸引分娩及び帝王切開のいずれの方法も選択可能であるときは,分娩までの所要時間が短いと考えられる方法を選択するのが原則とされており,吸引分娩の全牽引時間は10分又は15分以内が目安とされているところ,被告病院では,帝王切開の準備に着手してから児を娩出するまで1時間程度かかるのであるから(被告本人),本件においては,まず吸引分娩を選択するのが相当であったといえる。なお,被告は,吸引分娩を開始した際には,児が重症胎児仮死状態にあること及び吸引分娩による児娩出に20分程度かかることを認識しており,1回の吸引で確実に娩出が可能であるとは考えていなかったものであるところ,このような認識のもとで吸引分娩を選択したことに問題がないとはいえないが,前述のとおり,吸引分娩の要約自体は充たしていたこと 1回の吸引で確実に娩出が可能であるとは考えていなかったものであるところ,このような認識のもとで吸引分娩を選択したことに問題がないとはいえないが,前述のとおり,吸引分娩の要約自体は充たしていたこと,本件で帝王切開を選択した場合には児の娩出までに1時間程度かかること,1回の吸引によって娩出できた可能性もあったことからすれば,被告が,まず,吸引分娩を選択したこと自体に過失があったとまではいえない。 したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。 - 11 - 争点4(吸引分娩施行上の過失の有無)について(1)クリステレル圧出法を併用して牽引を繰り返し,帝王切開又は鉗子分娩に移行しなかった過失の有無についてア証拠(乙4,証人E,被告本人)によれば,次の事実が認められる。 被告は,9月30日午前4時40分に吸引分娩を開始し,約20分間牽引を行っても児の娩出に至らなかったため,その後の児の娩出に至るまでの20分間は吸引分娩による牽引とクリステレル圧出法を併用して行った。 その際のクリステレル圧出法は,被告の指示のもとで准看護婦のEが原告Cの腹部を少なくとも5回以上押すなどして行った。また,吸引分娩開始から娩出までの間,吸引分娩による牽引は10回から15回行われた。 イ前記のとおり,胎児仮死の場合は,1回目の牽引で児頭が下降しなければ危険である上,吸引分娩とクリステレル圧出法の併用は,やむを得ない場合もあるが,併用可能であるのは胎児予備能が十分にある成熟児だけで,胎児仮死例等では危険であるところ,本件では,被告は,吸引分娩を開始した際には,児が重症胎児仮死状態にあると判断していたのであるから,吸引分娩を行う場合であっても,原則として1回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止すべきであり,おそくとも,2,3回の牽引で娩出できな 児が重症胎児仮死状態にあると判断していたのであるから,吸引分娩を行う場合であっても,原則として1回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止すべきであり,おそくとも,2,3回の牽引で娩出できなかった場合には吸引分娩を中止して帝王切開に移行すべきであったし,ましてクリステレル圧出法を併用すべきではなかったものというべきである。 ところが,実際には,被告は吸引分娩開始後40分にわたり10回から15回程度の牽引を繰り返し行っており,しかも,後半20分はクリステレル圧出法を併用しているのであるから,これらの被告の行為は,当時の開業産科医に求められる医療水準に照らしても,明らかに不相当な行為であり,この点で被告には過失があったものと認められる。 (2)吸引カップが胎児の大泉門にかかった状態で牽引を繰り返した過失の有- 12 -無について吸引分娩による牽引を行う場合,児頭の大泉門を避けて吸引カップを装着する必要があるところ(甲10),原告らは,被告は胎児の大泉門に吸引カップがかかった状態で吸引を繰り返した旨主張するが,このような事実を認めるに足りる証拠はない。 争点5(帝王切開の準備を怠った過失の有無)について(1)原告らは,9月30日午前3時40分から午前4時までの分娩監視記録によれば,胎児仮死を警戒すべき兆候が認められ,被告は急速遂娩が必要となる可能性が予見できたから,同日午前4時の時点で,医師及び看護婦の招集等,帝王切開実施のための準備に着手すべき注意義務があった旨主張する。 分娩開始前,経膣分娩が困難で帝王切開を行う可能性が高いなどの事情が妊婦に認められる場合,医師は,あらかじめ絶食の指示や血液検査等の術前検査を行い,さらに,応援の医師や看護婦を待機させるなどの準備を行う必要がある。しかしながら,経膣分娩が困難で帝王切開を行 事情が妊婦に認められる場合,医師は,あらかじめ絶食の指示や血液検査等の術前検査を行い,さらに,応援の医師や看護婦を待機させるなどの準備を行う必要がある。しかしながら,経膣分娩が困難で帝王切開を行う可能性が高いなどの事情が妊婦に認められない場合は,医師に,緊急事態に備え,あらかじめ直ちに帝王切開に移行できる準備(ダブルセットアップ)をする義務までは認められないというべきである。(鑑定の結果)本件において,被告は,緊急時に備えて帝王切開用の滅菌済み器械一式及び使用薬剤料のセットを準備していたこと(乙4),原告Cには初診時から出産のため被告病院に入院するまで大きな異常は認められなかったこと,9月30日午前4時ころの時点で,胎児仮死を警戒すべき状況にあったが,その後は午前4時25分ころに徐脈が発生するまで急速遂娩を要する状況は認められなかったことからすると,午前4時ころの時点で,上記の器械の準備等に加え,医師や看護婦の招集等の帝王切開の準備に着手すべき義務までは認められなかったものというべきである。 したがって,原告らの主張は採用できない。 - 13 -(2)原告らは,被告は同日午前4時40分ころに吸引分娩を開始する前に,帝王切開に移行するための医師の手配等の準備を怠った旨主張する。 証拠(被告本人)によれば,被告病院では,帝王切開の準備に着手してから児を娩出するまで1時間程度かかるところ,被告は,吸引分娩を開始しようとした際,帝王切開を行っても胎内死亡になるので,帝王切開はできないと判断し,医師及び看護婦の招集等の帝王切開の準備に着手しなかったことが認められる。 前記のとおり,吸引分娩における全牽引時間は10分又は15分以内を目安とし,30分近くに及ぶと児へ悪影響を及ぼす可能性が高まること,また,重症胎児仮死状態の場合には,1回の牽引 ことが認められる。 前記のとおり,吸引分娩における全牽引時間は10分又は15分以内を目安とし,30分近くに及ぶと児へ悪影響を及ぼす可能性が高まること,また,重症胎児仮死状態の場合には,1回の牽引で確実に娩出可能な場合にのみ吸引分娩を行うべきであるとの指摘があるところ,被告自身,吸引分娩を開始した際,重症胎児仮死状態にあった児の娩出までには少なくとも20分以上かかると考えていたことからすれば,10分から15分以内に娩出することができないことを認識していたのであり,帝王切開に移行する必要が生じる可能性が相当程度あることを十分認識しえたものと認められる。 このような事情のもとにおいては,被告としては,直ちに帝王切開に移行できるようにあらかじめ帝王切開の準備を指示した上で吸引分娩をすべきであったといえる。 しかし,実際には,被告は,吸引分娩を開始する午前4時40分ころ,医師及び看護婦の招集等の帝王切開の準備に着手しなかったのであるから,この点について被告には過失がある。 争点6(因果関係)について(1)一般に,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるも- 14 -のであることを必要とし,かつ,それで足りるものである。(最高裁昭和48年(オ)第517号昭和50年10月24日第二小法廷判決.民集29巻9号1417頁参照)また,医師が注意義務に従って行うべき医療行為を行わなかった場合は,医師が,注意義務を尽くして行うべき医療行為を行っていれば,当該結果は発生しなかったであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されれば,医 医師が注意義務に従って行うべき医療行為を行わなかった場合は,医師が,注意義務を尽くして行うべき医療行為を行っていれば,当該結果は発生しなかったであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されれば,医師の不作為と当該結果との間の因果関係は肯定されるべきものと解するべきである。(最高裁平成8年(オ)第2043号平成11年2月25日第一小法廷判決.民集53巻2号235頁参照)(2)本件では,被告が,9月30日午前4時35分ころ,胎児仮死状態にあると判断し,母体への酸素投与及び母体の体位変換等の胎児仮死治療を行った後,午前4時40分ころ,帝王切開の準備を指示するとともに,吸引分娩を開始し,遅くとも3回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止し,陣痛抑制を行い,帝王切開の準備が完了する午前5時30分ころに被告が帝王切開に着手し,酸素投与及び陣痛抑制等の胎児仮死治療が奏功した場合には,原告Aの障害を軽減できた可能性は相当程度認められるところ,本件で母体に対する酸素投与や陣痛抑制を行った場合に,胎児仮死の状態が改善されないと考える特段の事情はなかったこと,また,胎児仮死が認められる場合にクリステレル圧出法を行うことは危険であり,被告がクリステレル圧出法を併用して吸引分娩での牽引を複数回繰り返したことにより,もともと重症胎児仮死状態にあった原告Aの状態をさらに悪化させた可能性が高いことが認められることから(甲11,鑑定の結果),被告の注意義務違反がなければ,原告Aの障害を軽減し得た高度の蓋然性があると認められるものというべきであり,被告の注意義務違反と原告Aに実際に生じた障害との間に因果関係があるものと認められる。 争点7(損害の有無及び額)について- 15 -(1)原告Aの逸失利益:4341万5664円原告Aは現在8歳であるが,脳 と原告Aに実際に生じた障害との間に因果関係があるものと認められる。 争点7(損害の有無及び額)について- 15 -(1)原告Aの逸失利益:4341万5664円原告Aは現在8歳であるが,脳性麻痺による体幹機能障害(坐位不能)による身体障害者等級第1級の認定を受けており,生涯介護を要する状態であると認められ,労働能力を100パーセント喪失したものと認められるから,18歳から67歳までの49年間を稼働可能年数とし,賃金センサス平成9年第1巻第1表企業規模計,産業計,学歴計,男子労働者全年齢平均賃金の年間給与額575万0800円を基礎とし,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,原告Aの逸失利益は4341万5664円となる(小数点以下切り捨て。以下同じ)。 (計算式)575万0800円×7.5495(ライプニッツ係数)×1(労働能力喪失率100パーセント)=4341万5664円(2)原告Aの介護費用:4604万5042円前記のとおり,原告Aは生涯にわたり日常生活において介護を必要とする状態にあることが認められるが,平均余命77年間(平成9年簡易生命表による。小数点以下切り捨て)の付添人介護料として,原告Cが67歳になる平成50年までは原告Cが介護に当たるものとして介護料は1日につき6000円,その後は原告Aが77歳になるまで職業付添人が介護に当たるものとし介護料は1日につき1万円とし,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,介護料は合計4604万5042円となる。 (計算式)平成9年から平成50年まで6000円×365日×17.2943(ライプニッツ係数)=3787万4517円平成50年から平成86年まで1万円×365日×2.2385(ライプニッツ係数)=817万0525円(3)前記認定のとおり,胎児仮死状態 7.2943(ライプニッツ係数)=3787万4517円平成50年から平成86年まで1万円×365日×2.2385(ライプニッツ係数)=817万0525円(3)前記認定のとおり,胎児仮死状態と被告が明確に判断できたのは9月3- 16 -0日午前4時35分ころであるところ,その時点で被告が酸素投与,母体の体位変換等の適切な処置を講じていれば,胎児仮死治療として奏功した可能性は相当程度あったと考えられ,その後帝王切開の準備に着手していたとしたら,原告Aの障害を軽減できた可能性は相当程度認められる(鑑定の結果)。しかしながら,これらはあくまで可能性にとどまるものであり,原告Aに何らかの障害が残った可能性を否定することができない以上,原告Aに生じた損害の全額について被告に帰責することは,必ずしも相当でないものというべきである。 そして,被告の注意義務違反がなかった場合に原告Aの障害がどの程度軽減し得たかは証拠上明確には特定できないが,前記のとおり,被告の注意義務違反がなければ,原告Aの障害を軽減できた可能性は相当程度認められること,一般的に胎児仮死治療としての酸素投与は有効性が承認された基本的治療であると認められること,胎児仮死が認められる場合は速やかにオキシトシン等の投与を中止して子宮収縮を抑制する必要があること,吸引分娩での牽引は2,3回を限度とし,牽引時間は15分から20分以内とすべきこと,胎児仮死が認められる場合にクリステレル圧出法を行うことは危険であり,いずれも平成9年当時の開業産科医に求められる医療水準に照らして基本的な事項であり,これらの点における被告の注意義務違反の程度は大きいこと,被告がクリステレル圧出法を併用して吸引分娩での牽引を複数回繰り返したことにより原告Aの状態をさらに悪化させた可能性が高いことにかんがみ り,これらの点における被告の注意義務違反の程度は大きいこと,被告がクリステレル圧出法を併用して吸引分娩での牽引を複数回繰り返したことにより原告Aの状態をさらに悪化させた可能性が高いことにかんがみれば,原告Aに生じた上記(1),(2)の損害額(逸失利益及び介護費用)のうち7割を被告に負担させるのが相当である。 そうすると,上記(1)と(2)の損害合計は,次のとおり,6262万2494円となる。 (4341万5664円+4604万5042円)×0.7=6262万2494円- 17 -(4)慰謝料:原告A1600万円原告B及び原告C各200万円被告の過失の程度及び原告Aの障害の程度が重大であること,原告Cは原告A出産後,原告Aの介護のため原告Bの仕事の手伝いをすることができなくなったこと,原告B及び原告Cが原告Aの将来について強い不安を感じていること(甲14,原告C本人)などを斟酌し,原告Aに対する慰謝料は1600万円,原告B及び原告Cに対する慰謝料は各200万円が相当であると認める。 (5)弁護士費用:原告A790万円原告B及び原告C各20万円本件の損害の程度,訴訟の難易度など諸般の事情を総合考慮した上,被告の過失と相当因果関係のある弁護士費用の額は,原告Aについて790万円,原告B及び原告Cについて各20万円が相当であると認める。 (6)合計原告A8652万2494円原告B及び原告C各220万円 以上の次第であるから,不法行為に基づく原告らの請求は,原告Aにつき8652万2494円,原告B及び原告Cにつき各220万円並びに上記各金員に対する不法行為の日である平成9年9月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余はいずれも理由がないから棄却す 円並びに上記各金員に対する不法行為の日である平成9年9月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余はいずれも理由がないから棄却すべきである(なお,債務不履行に基づく原告らの請求を認容したとしても,上記認容額を上回るものとは認められない)。 よって,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,65条1項本文,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。 - 18 -岐阜地方裁判所民事第2部裁判長裁判官西尾進裁判官日比野幹裁判官田中一美

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