令和3(わ)3451 殺人

裁判年月日・裁判所
令和5年7月14日 大阪地方裁判所
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判決文本文5,825 文字)

1令和5年7月14日宣告令和3年(わ)第3451号、第3970号主 文被告人を懲役10年に処する。 未決勾留日数中460日をその刑に算入する。 理 由【罪となるべき事実】第1 被告人は、交際相手であるYと共謀の上、1 令和3年6月20日午後8時10分頃、大阪府摂津市内のY方において、Yの長男であるX(当時3歳。以下「被害者」という。)に対し、円筒状クッションでその頭部を1回殴り、被害者を転倒させる暴行を加え、2 同日午後8時27分頃、同所において、被害者に対し、前記クッションでその顔面を1回殴り、被害者を転倒させる暴行を加え、3 同日午後8時35分頃、同所において、被害者に対し、前記クッションでその頭部を1回殴り、被害者をソファーの上から転落させる暴行を加えた。 第2 被告人は、同年8月31日午後3時44分頃から同日午後4時46分頃までの間に、同所において、被害者(当時3歳)に対し、その全身にシャワーで高温の湯を浴びせ続けるなどし、よって、被害者の顔面、胸腹部、背部、左右上下肢等にⅡ度熱傷又はⅢ度熱傷の傷害を負わせ、同日午後3時44分頃から同日午後6時13分頃までの間に、被害者を前記熱傷に基づく熱傷性ショックにより死亡させた。 【証拠の標目】(省略)【事実認定の補足説明】 2第1 争点本件の争点は、判示第2について、①被告人が意図的にシャワーで高温の湯を浴びせたか否か、②被告人に殺意があったか否かである。 当裁判所は、①被告人が意図的にシャワーで高温の湯を浴びせた事実は認められるが、②殺意は認められず、被告人には殺人罪ではなく傷害致死罪が成立すると認定した。以下、その理由を説明する。 第2 当裁判所の判断1 被告人が意図的にシャワーで 温の湯を浴びせた事実は認められるが、②殺意は認められず、被告人には殺人罪ではなく傷害致死罪が成立すると認定した。以下、その理由を説明する。 第2 当裁判所の判断1 被告人が意図的にシャワーで高温の湯を浴びせたかについて⑴ 被害者が、顔、頭、胸、背中、両手足など全身の90%程度に及ぶ全周性の熱傷を負い、熱傷性ショックを起こして死亡したこと、熱源がY方浴室のシャワーの湯であることは、医師らの証言等の証拠から明らかである。そして、被害者がこのような熱傷を負うには、シャワーの湯が被害者の全身にまんべんなく触れる必要があるが、被害者が高温のシャワーを自ら浴び続けることは考えられない。また、高温のシャワーがかかれば、当時3歳で運動能力に問題のなかった被害者は、回避行動として、シャワーのかからない場所に逃げたり、浴室の扉を開けて出たりするはずである。何らかの原因で一時的に意識を失ったとしても、高温の湯がかかれば覚醒すると考えられるし、仮に意識を失った状態が続いたとしても熱傷が全周性のものになるとも考え難い。よって、被害者が偶然に上記熱傷を負うことも考えられない。 そうすると、第三者が被害者に意図的にシャワーを浴びせる以外の方法で上記熱傷が生じるとは考えられないのであり、事件当時、シャワーを浴びせることができたのは、被害者と2人でY方にいた被告人だけであるから、被告人がシャワーで高温の湯を浴びせたといえる。 3⑵ これに対し、被告人は、「サウナ状態の浴室に被害者を閉じ込め、熱中症のような状態にして懲らしめてやろうと思い、シャワーヘッドを浴槽に向けてシャワーを出し、外から鍵をかけ、シャワーの温度を60℃、更に75℃に上げた。一旦リビングに戻って15~20分後に様子を見に行くと、被害者が、洗い場の床に、排水溝の方に頭を向け、う ドを浴槽に向けてシャワーを出し、外から鍵をかけ、シャワーの温度を60℃、更に75℃に上げた。一旦リビングに戻って15~20分後に様子を見に行くと、被害者が、洗い場の床に、排水溝の方に頭を向け、うつぶせで倒れていた。この時、シャワーヘッドは洗い場の方に向いていて、水圧が弱まっていた。」などと供述する。 しかし、⑴で述べたことに加え、高温の湯が出ているシャワーヘッドの向きを被害者が自分の方に向けることや、勝手にシャワーヘッドの向きが変わることは考えられない(甲36)。また、被告人の供述によると、被害者は60℃又は75℃のシャワーの湯が出ている浴室に閉じ込められているのに、出ようとせずにその場にとどまり続けていたということになるが、被害者は浴室の鍵を開けることができたのであるから(Yの証言、被告人の供述)、これも不自然である。被告人の供述には無理があり、信用できない。 ⑶ 以上によれば、被告人が、被害者に対し、意図的にシャワーで高温の湯を浴びせたと認められる。 2 殺意があったか否かについて⑴ 以上のとおり、被告人は、被害者に対し、意図的にシャワーで高温の湯を浴びせたと考えられる。そして、被害者が、全身の90%程度の全周性熱傷を負っていたことからすれば、被告人は、高温の湯を相当時間をかけて浴びせ続けたとも考えられるが、他方で、被告人が意図的に湯をかけた以外の理由で被害者の熱傷がひどくなった可能性がないか、実際の行為がどのようなものであったかについて、まず検討する。 この点、法医学者のA医師は、胸腹部のⅡ度深部熱傷を負った部分 とその周辺部分との境界が明瞭で、周辺部分の熱傷の程度がグラデーションになっていないことなどから、意識を失ってうつぶせに倒れた被害者の頭部付近から出た高温の湯が胸腹部に流れていった可能性を指 とその周辺部分との境界が明瞭で、周辺部分の熱傷の程度がグラデーションになっていないことなどから、意識を失ってうつぶせに倒れた被害者の頭部付近から出た高温の湯が胸腹部に流れていった可能性を指摘する。 確かに、うつぶせ状態の被害者の体にせき止められるなどして湯がたまり、被害者の顔面や胸部等の身体の前面に本件のような熱傷を負う可能性はある。 しかし、A医師からは、被害者の背中や左の側胸部、側腹部のⅡ度深部熱傷は、胸腹部の熱傷が生じる以前に生じた可能性が示唆されたものの、具体的な説明はなかった。 そこで、被告人が被害者の背中などに熱傷を負わせてから、高温のシャワーを出したまま浴室に被害者を閉じ込め、放置した場合に、A医師の想定のような事態が生じる可能性を検討すると、閉じ込められた時点で被害者に意識があれば、浴室の扉を開けて出たり、湯のかからない場所に逃げたりしたはずであるし、意識を失ったとしても再度高温の湯がかかることで覚醒し、やはり逃避行動をとったはずである。また、そもそも、A医師の想定するように、被害者の頭部付近から湯が流れる状態にするには、被告人が、被害者に高温の湯をかけた後、湯が多少なりとも出続けている状態でシャワーヘッドをホルダーにかけ、そのまま浴室から出たことになるが、被告人がそのようなことを意図して行う理由は想定し難いし、栓を閉め忘れることも考えにくい。 以上によれば、A医師が想定するような状況で被害者が本件熱傷を負った可能性は排斥される。 したがって、以下では、被告人が高温の湯を被害者の全身にかけ続けた行為によって全ての熱傷を負わせたという事実を前提として、 殺意の有無について検討する。 ⑵ 被告人がシャワーをかけ続けた時間や具体的態様は明らかでないものの、被害者はほぼ全身くまなく熱傷を負ってい 全ての熱傷を負わせたという事実を前提として、 5殺意の有無について検討する。 ⑵ 被告人がシャワーをかけ続けた時間や具体的態様は明らかでないものの、被害者はほぼ全身くまなく熱傷を負っていたことから、被告人は、ごく短時間ではなく、相当時間をかけて高温のシャワーをかけ続けたと認められ(B医師の証言を前提にすれば、湯の温度が75℃であったとしても数分間以上はかけ続けたと考えられる。)、このような行為そのものが非常に危険な行為である。併せて、被告人は、相当な痛みを感じて苦痛に耐えきれず大声で泣き叫ぶなどしたであろう被害者の様子を見ていたはずであるから、被害者が死に至るほどの重度の熱傷を負うかもしれないとの認識があったとも思える。 ⑶ 他方で、被告人は、本件当時60℃又は75℃に湯の温度を設定していたと供述しているが、そもそも60℃の湯をかけて人が死ぬとまで考えるかについては疑問の余地がある。 また、救急隊員が駆け付けた際の被害者の体の色はピンク色に近い薄い色で出血も水泡もなく、皮膚がふやけていた(弁5)。その時点で、被害者は既に心肺停止の状態であったことからすると、被告人がシャワーをかけたのは、救急隊員が被害者に接触する少なくとも30分程度は前であるから(B医師の証言)、被告人がシャワーをかけているときの被害者の皮膚の色は、薄いピンク色よりもさらに薄い色だった可能性がある。また、被害者の皮膚が湯でぬれていたり、被害者の体勢によって、重度の熱傷部分が目立ちにくかった可能性もあり得る。そうすると、シャワーをかけている被告人が、死に至る程度の重度の熱傷を負わせようとしていることに気付かなかった可能性は否定できない。このことは、被告人がYに被害者が熱傷を負ったことを電話で相談する数分前までYと普通にラインのやり取りをしていたことと 度の重度の熱傷を負わせようとしていることに気付かなかった可能性は否定できない。このことは、被告人がYに被害者が熱傷を負ったことを電話で相談する数分前までYと普通にラインのやり取りをしていたこととも整合する。 6さらに、一時的にかっとなり高温の湯をかけ始めたとしても、死の危険まで認識しながら長時間かけ続けるほどの動機が被告人にあったことは証拠上うかがわれない。むしろ、そこまで深刻に考えていなかったからこそ、長い時間高温の湯をかけ続けることができたとも考えられる。 加えて、高温の湯を浴びせられた被害者は泣き叫ぶなどしたであろうが、令和3年7月に保育士が被害者にシャワーをかけた際に虐待をしているかと思われるほど大きな叫び声を上げて逃げ回ったことからすると、被告人が以前にシャワーをかけた際に被害者が同様の反応を示したが、結果的に何もなかったという経験をしていた可能性もなかったとはいい切れず、そのために、本件時の被害者が特に深刻な状態であるとは認識しなかった可能性も否定できない。 ⑷ これに対し、検察官は、被告人が重篤な熱傷を負った被害者を相当時間放置し、119番通報をしなかった点を殺意があった根拠として指摘する。しかし、どの程度の時間放置したのかは証拠上不明であるし、被害者が動かなくなったことに動揺したり、逡巡したりして、すぐに119番通報しないこともあり得るから、上記の点は、直ちに殺意があったことにつながる事情とはいえない。 また、被告人は、公判廷で、60℃の湯がかかったらやけどを負うこと、全身にやけどを負ったら人が死ぬことは、本件当時分かっていた旨の供述をしている。確かに、文字どおりに取れば、被告人に殺意があったことを裏付ける供述となりそうであるが、被害者に直接湯をかけてはいない旨の弁解をしている被告人が、「60℃の湯 件当時分かっていた旨の供述をしている。確かに、文字どおりに取れば、被告人に殺意があったことを裏付ける供述となりそうであるが、被害者に直接湯をかけてはいない旨の弁解をしている被告人が、「60℃の湯をかければ人が死ぬかもしれないと分かっていたからこそ、被害者に湯をかけたりはしない」と主張するために、あえて分かっていたという虚偽の供述をした可能性もないとはいえず、この供述をもって被告人 に殺意があったということもできない。 ⑸ そうすると、常識に照らし、被告人が、シャワーをかけているときに、被害者が死ぬ危険性を認識していたことは間違いないといえるほどの立証がされたとはいえず、したがって、被害者が死亡する危険性があると分かりながら、それを受け入れて犯行に及んだと認定することはできない。よって、殺意があったとは認められない。 【法令の適用】(省略)【量刑の理由】本件は、同棲中であった交際相手の3歳の子に対する暴行及び傷害致死の事案である。 傷害致死の犯行をみると、被告人は、高温の湯をシャワーで全身に執拗にかけ続けており、被害者を死に至らしめる可能性の高い非常に危険な行為であったといえる。その際、被害者が苦痛に耐えかねて泣き叫ぶなどしていたことは明らかであり、そのような様子を目の当たりにしながら、長時間犯行を続けた点は、一時的な感情に任せたものとはいえず、殺意がなかったとはいえ、残酷というほかない。 被害者は、全身の90%程度、専門家ですら見たことがないと述べるほどのひどい熱傷を負って死亡しており、その味わった苦しみは相当大きい。 被告人が犯行に及んだ動機は、証拠上はっきりしないが、被害者には何らの落ち度もうかがえず、いずれにせよ理不尽というほかない。 そして、被告人は、以前から被害者を平手打ちしたり、押入れ 当大きい。 被告人が犯行に及んだ動機は、証拠上はっきりしないが、被害者には何らの落ち度もうかがえず、いずれにせよ理不尽というほかない。 そして、被告人は、以前から被害者を平手打ちしたり、押入れに閉じ込めたりしたほか、クッションで頭を殴る暴行の犯行に及ぶなど、被害者に対する虐待を繰り返す中で、傷害致死の犯行にまで至っており、強い非難に値する。 以上に照らせば、本件は、同種の事案(検索条件は、傷害致死、単独犯、 処断罪と同一又は同種の罪の件数:1件、被害者の立場:子、被害者の落ち度:あり以外、量刑上考慮した前科の有無:すべてなし)の中で、最も重い部類に位置付けられる。 加えて、被告人は、事件から2年近くが経ったのに、自己保身のための虚偽の弁解を続けており、反省の態度がみられないことからすると、被告人に前科がないことを踏まえても、主文の刑に処するのが相当である。 (求刑― 懲役18年)令和5年7月21日大阪地方裁判所第14刑事部 裁判長裁判官坂口裕俊 裁判官倉成 章 裁判官上寺紗也佳

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