平成23(行コ)36 公務外災害認定処分取消請求控訴事件(通称 地公災基金京都府支部長公務外認定処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成24年2月23日 大阪高等裁判所
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判決文本文62,156 文字)

-1-平成24年2月23日判決言渡平成23年(行コ)第36号公務外災害認定処分取消請求控訴事件 主文 1 原判決を取り消す。 2 地方公務員災害補償基金京都府支部長が控訴人に対して平成17年12月15日付けでした地方公務員災害補償法に基づく公務外災害認定処分を取り消す。 3 地方公務員災害補償基金京都府支部長は,控訴人に対し,平成14年8月1日付けで申請した公務災害認定請求について,地方公務員災害補償法による公務災害と認定せよ。 4 訴訟費用は,第1・2審とも被控訴人の負担とする。 事実 及び理由 第1 控訴の趣旨主文同旨第2 事案の概要 1 事案の要旨(1) 本件は,うつ病に罹患して自殺した地方公務員(教職員)の配偶者である控訴人が,教職員の死亡は公務に起因するうつ病による自殺であると主張して,①地方公務員災害補償基金京都府支部長(以下「処分行政庁」という。)が控訴人に対してした,地方公務員災害補償法による公務外災害認定処分の取消しと,②教職員の死亡に係る公務災害認定請求について,同法による公務災害認定処分の義務付けを求めた事案である。 (2) 原審は,控訴人の請求のうち,①を棄却し,②を却下したので,控訴人がこれを不服として控訴した。 -2- 2 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾の括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,容易に認められる。 (1) 被災職員及びその家族ア亡P1(昭和▲年▲月▲日生,以下「P1」という。)は,昭和53年4月1日,京都市に教職員として採用され,数か所の養護学校や中学校に勤務した後,平成9年4月1日からは,京都市立P2中学校(以下「P2 亡P1(昭和▲年▲月▲日生,以下「P1」という。)は,昭和53年4月1日,京都市に教職員として採用され,数か所の養護学校や中学校に勤務した後,平成9年4月1日からは,京都市立P2中学校(以下「P2中学校」という。)に数学担当の教員として勤務していた(甲6)。 イ控訴人(昭和▲年▲月▲日生)は,P1の配偶者であり,京都市立P3養護学校に教職員として勤務している(甲2,乙5の6)。 ウ P1・控訴人間には,長女P4(昭和▲年▲月▲日生まれ。以下「長女」又は「P4」という。),長男P5(昭和▲年▲月▲日生まれ。以下「長男」又は「P5」という。),二男P6(昭和▲年▲月▲日生まれ。以下「二男」又は「P6」という。)がいる(甲2)。 (2) P1の自殺P1(当時満46歳)は,平成▲年▲月▲日午前6時ころ,縊死により自殺した(甲1,2)。 (3) 控訴人による公務災害認定請求と処分行政庁等の処分ア控訴人は,P1の自殺が公務に起因すると主張して,平成14年8月1日,処分行政庁に対して公務災害認定請求を行ったところ,処分行政庁は,平成17年12月15日付けで,P1の自殺を公務外と認定し(以下「本件処分」という。),同月23日,控訴人に通知した(甲3,4)。 イ控訴人は,本件処分を不服として,平成18年2月14日付けで,地方公務員災害補償基金京都府支部審査会に対して審査請求を行い,同審査会は,同年9月29日付けで,上記審査請求を棄却する裁決をした(甲5)。 ウ控訴人は,上記裁決を不服として,平成18年11月1日付けで,地方-3-公務員災害補償基金審査会に対して再審査請求を行い,同審査会は,平成19年6月18日付けで,上記再審査請求を棄却する裁決をした(甲55,56)。 (4) 本件訴訟の 月1日付けで,地方-3-公務員災害補償基金審査会に対して再審査請求を行い,同審査会は,平成19年6月18日付けで,上記再審査請求を棄却する裁決をした(甲55,56)。 (4) 本件訴訟の提起控訴人は,平成19年6月28日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。 3 争点及びこれに関する当事者の主張(1) 本件の争点地方公務員災害補償制度において,災害(負傷,疾病,障害又は死亡)が公務上の災害と認められるためには,職員が公務に従事し,任命権者の支配管理下にある状況で災害が発生したこと(公務遂行性)を前提として,公務と災害との間に相当因果関係があること(公務起因性)が要件とされるから,本件の争点は,P1の死亡に公務起因性が認められるか否かであるところ,この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。 (2) 控訴人の主張ア公務起因性の判断基準について(ア) 労働基準法75条以下に定められている労働者災害補償制度は,労働災害によって生活の危機にさらされる労働者本人とその家族に対して生活保障を行うこと(憲法25条が保障する生存権)を目的とする制度である。地方公務員災害補償法(以下「法」という。)もこれと趣旨を同じくする制度であるから,同法における公務起因性の判断もこのような制度趣旨に基づいて判断されるべきである。 (イ) 地方公務員災害補償制度において,遺族補償の対象にできるのは,「職員が公務上死亡した場合」(法31条)であり,この公務起因性が認められるためには,当該負傷又は疾病と公務との間に条件関係に加え,「相当因果関係」が必要とされる(最高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁・判例時報837号-4-34頁参照)。 この相当因果関係の存否は,上記制度趣 え,「相当因果関係」が必要とされる(最高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁・判例時報837号-4-34頁参照)。 この相当因果関係の存否は,上記制度趣旨に照らせば,公務遂行を唯一の原因ないし他の原因と比べて相対的に有力な原因とする必要はなく,傷病原因のうち,公務が相対的に有力な原因であることを要し,かつ,これで足り,相対的なものである以上,他に競合(共働)する原因があり,それが同じく相対的な有力原因であったとしても,相当因果関係の成立は妨げないと解するべきである(共働原因説)。 特に精神疾患は,単一の病因ではなく,素因,環境因(身体因,心因)の複数の病因が関与し,環境からくるストレスと個体側の反応性,脆弱性の相関関係で精神的破綻が生じて発病するもので,①業務による心理的負荷,②業務以外の心理的負荷,及び③個体側要因が競合(共働)しており,この3つの要因を切り離していずれが有力かを判断することは不可能であるから,上記労働者災害補償制度の趣旨からすると,上記判断基準によることが相当である。 (ウ) また,上記労働者災害補償制度の趣旨に照らせば,公務過重性判断における心理的負荷の有無,強度については,「被災職員と職種,職等が同程度の職員」を基準とすることは,そのような「一般人ないし平均人」を想定することが不可能である上,あまりに救済の幅を狭めることになるので相当ではなく,被災職員本人が出来事をどのように受け止めたかによって判断するべきである(本人基準説)。 (エ) そして,公務上の精神障害によって,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害された状態で自殺が行われたと認められる場合には,結果の発生を意図した故意には当たらず,公務 によって,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害された状態で自殺が行われたと認められる場合には,結果の発生を意図した故意には当たらず,公務と自殺との間に相当因果関係が認められると解するべきである。 イ本件について-5-(ア) 全体的なストレスについて本件において,P1は,1年ぶりに,平成10年4月から担任となり意欲を持って臨んだが,①受持ちクラスの男子生徒が不登校となってしまったこと,②受持ちクラスに問題行動の改まらない女子生徒(以下「女子生徒A」という。)がおり,同クラスの他の女子生徒にも影響を与えるなど,クラス運営に困難な問題が生じるようになったこと,③P1は,同年4月に正規の部活動である剣道部の顧問になったほか,バスケットボール同好会を立ち上げたものの,正規の部活動ではなかったため,練習時間や練習場所の確保,生徒の費用負担のために相当の苦労を強いられたこと,④P1は,長時間労働(校内における時間外勤務,教材・プリント類のパソコンによる作成やテストの採点など自宅への持ち帰り残業,バスケット同好会指導のための土・日出勤等)による肉体的精神的疲労とストレスが蓄積したことが原因で,同年6月ころに軽度のうつ状態を発症するに至った。 さらに,P1は,平成10年8月ころにはうつ症状が悪化していたのに,その後も,⑤同年9月の体育大会前に受持ちクラスの男子生徒が骨折したが,その父親がやくざのような人であって対応に苦慮したり,⑥同年10月の文化祭にクラス単位で出品するモザイク画の不具合をやり直したり,⑦女子生徒Aが生徒会役員選挙に立候補したりなどしたため,困難な職務と長時間労働を継続することになり,肉体的精神的疲労とストレスをさらに蓄積させてうつ症状を一 するモザイク画の不具合をやり直したり,⑦女子生徒Aが生徒会役員選挙に立候補したりなどしたため,困難な職務と長時間労働を継続することになり,肉体的精神的疲労とストレスをさらに蓄積させてうつ症状を一層悪化させ,同年10月28日ころにようやく精神科を受診して,「抑うつ状態」と診断された。 そのため,同月30日から病気休暇に入ったものの,▲年▲月▲日に自殺するに至った。この間の超過勤務時間も長時間に及んでいる。なお,教員であれば誰もが当然に行う公務であるからといって,それが長時間労働等の負担を伴う公務でないとはいえない。 -6-このように,P1の公務遂行とうつ病発症との間には相当因果関係があり,同人の死亡には公務起因性が認められる。 そして,P1は,うつ病によって現実検討能力が低下した結果,自殺に至ったものであるから,自殺と公務との間にも相当因果関係は認められる。 (イ) 女子生徒Aの指導について女子生徒Aは,よく目立つ闊達な性格で他の生徒に対する影響力が強く,また空手が強く大会で優勝するほどの実力を持っており,クラスの他の生徒が女子生徒Aを恐れ,遠巻きにしていた。 女子生徒Aは,1年のころから,茶髪,パーマ,ピアスをしたり,スカートを極端に短くしたりしており,問題行動を起こす生徒の間のリーダー的存在で,グループを作り,グループを仕切って,校内のみならず,他校の問題行動を起こす生徒とも交流していて,放課後に,飲食店で飲酒したり,体育大会時に,他校の男子生徒とキスをするなどいちゃついたり,無断外泊をするなど,「不良」と評価されており,他の生徒にも悪影響を及ぼしていた。 女子生徒Aは,通常の反抗的な生徒と異なり,その場では,教師の注意を聞く素振りを見せるものの,最終的には指導に従おうとせず,P1が担任していたクラスは比較的 ,他の生徒にも悪影響を及ぼしていた。 女子生徒Aは,通常の反抗的な生徒と異なり,その場では,教師の注意を聞く素振りを見せるものの,最終的には指導に従おうとせず,P1が担任していたクラスは比較的おとなしい生徒が多かったため,クラス全体が女子生徒Aに引きづられるようになり,他の教師も指導に苦慮していた。真面目で素直であった女子生徒(以下「女子生徒B」という。)は,女子生徒Aと親しくなるにつれ,化粧をするなど外見が派手になり,教師に対してもため口で対応するようになるなど,問題行動を取るようになった。 P1は,女子生徒Aに対し,他の生徒と分け隔てせず,また高圧的な態度に出ることもなく,平成10年の夏休みころには,家庭訪問をする-7-など,辛抱強く指導に当たっていたが,授業中,女子生徒Aが勝手に教室を出て行き,P1が「おい,どこへ行くんや。」と声をかけても全く無視されるなど,指導には苦労していた。ベテラン教師であったP1は,暴力的に反抗するような生徒に対しては更生させた経験も有していて,それなりに生徒指導にも自信を持っていたが,女子生徒Aやそれに引きづられるクラスの生徒の反応がそれまで20年間培ってきたものと異なるので,どういうふうに生徒に接していいのか分からなくなっていき,平成10年6月ころには,非常にストレスを感じ,他の教師に対しても,「生徒指導がやりにくい。どこまでやっていいか分からない。」などと悩みを漏らしたり,控訴人など家族に対しても,「クラスを引っかき回す女子生徒がいるんや。」「P2中学校の子供はかわいくないんや。やりにくい。」などと珍しく愚痴を言うようになっていた。 そして,このような女子生徒Aが同年9月ころに,同年11月に行われる生徒会長選挙に立候補の意向を表明したため,P1は,一層指導に苦慮することになり,ストレ などと珍しく愚痴を言うようになっていた。 そして,このような女子生徒Aが同年9月ころに,同年11月に行われる生徒会長選挙に立候補の意向を表明したため,P1は,一層指導に苦慮することになり,ストレスを強く感じることとなったが,同僚や上司から支援を求めることをしなかったため,支援を受けることはなかった。 (ウ) バスケットボール同好会について平成9年当時,P2中学校には,クラブ活動として,バスケットボール部は存在しなかった。 P1は,学生時代,自らもバスケットボールをしていた関係もあって,これまで勤務した学校で,バスケットボール部を指導し,全国大会に導くなど実績を上げていたことから,平成9年4月にP2中学校に赴任した際,生徒等から,バスケットボール部を作ってほしいと依頼されたが,無理だとして断っていた。 P1は,平成10年4月,生徒らの強い要望に応えて,バスケットボ-8-ール同好会を立ち上げた。立ち上げる際には,同僚教師から,「作るのであれば,1年でさよならというわけにはいかないよ。4,5年は頑張って下さい。」などと言われていた。 ところが,同好会は,正規の部ではなく,何事においても,正規の部活動が優先するため,P1は,一人で,ユニフォームの作成から,練習時間(正規の部活動の練習が終了してから)や練習場所の確保,練習試合の相手探し,生徒の費用負担などに奔走し,平成11年4月に正規の部に昇格させることを目指して努力しており,肉体的精神的に苦労していた。 また,平成10年9月下旬には,新人戦に出場したが,3試合とも敗退したため,生徒らが落ち込み,P1も精神的負担を感じていた。 (エ) 超過勤務時間についてP1の超過勤務時間は,別紙1の「月別超勤時間」のとおりであり(甲96の1・2),平成10 したため,生徒らが落ち込み,P1も精神的負担を感じていた。 (エ) 超過勤務時間についてP1の超過勤務時間は,別紙1の「月別超勤時間」のとおりであり(甲96の1・2),平成10年4月は95時間50分,同年5月は123時間30分,同年6月は120時間,同年7月は116時間30分,同年8月は34時間30分,同年9月は137時間30分,同年10月は130時間であって,その詳細は別紙2の「被災前の勤務実態」のとおりである(甲96の1・2)。なお,文部科学省の調査(甲100)では,小中学校職員の1日の平均休憩(休息を含む。)時間は8分とされているとおり,昼食時間中も始業前も勤務時間に含まれている。 なお,P1が亡くなっている以上,どの時間に細かい内容を含めて何をやっていたかを全て特定することは不可能であるが,控訴人作成の甲96の1・2(別紙2)は,大枠を学校日誌,出勤簿,行事予定表,職員会議録などの公的な書類を元にし,関係者からの聞取り調査などによって作成されたものであり,現時点で再現しうる最も信頼性の高い資料である。 -9-(オ) 公務外の原因について被控訴人は,P1の性格について,真面目で几帳面,責任感が強いという性格的傾向にあり,「メランコリー親和型」であったことが,うつ病の発症に相当程度影響していたと主張するが,このような性格的傾向とうつ病発症との具体的な関連性については何の根拠もない。 また,長男のネフローゼは,P1がP2中学校に赴任した平成9年以前のことであるし,平成9年度,P1にはうつ病の発症を示す徴候がなく,長男のネフローゼは,長男に精神疾患を発症させるようなストレスにはなっていなかった。 さらに,その他,P1のうつ病発症の原因となるような家庭内の事情もなく,P1のうつ病はもっ 示す徴候がなく,長男のネフローゼは,長男に精神疾患を発症させるようなストレスにはなっていなかった。 さらに,その他,P1のうつ病発症の原因となるような家庭内の事情もなく,P1のうつ病はもっぱら公務遂行に起因するものである。なお,主治医の診療録中の控訴人に関する記載も,既にうつ病が発症して療養中のP1に対する控訴人の態度についてのものであり,うつ病発症とは無関係である。 (カ) 判断指針による検討について平成11年9月14日(平成21年4月6日一部改正)の厚生労働省の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(甲123)(以下「判断指針」という。)の別表1(1)によっても,本件のP1の受けた心理的負荷は,以下のとおり,平均的な心理的負荷の強度が「Ⅱ」に該当し,別表1(2)「心理的負荷の強度を修正する視点」や別表1(3)「(1)の出来事後の状況が持続する程度を検討する視点」によれば,心理的負荷の強度が強度に修正されるべきものである。 a 女子生徒Aの問題を中心とする学級運営の問題判断指針別表1(1)の「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,「達成困難なノルマが課された」,「ノルマが達成できなかった」及び「⑥対人関係のトラブル」に該当し,いずれも心理的負荷の強度-10-はⅡである。 b バスケットボール同好会の指導判断指針別表1(1)の「③仕事の量・質の変化」のうち,「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」ないし「勤務・拘束時間が長時間化する出来事が生じた」に該当し,いずれも心理的負荷の強度はⅡである。 c 体育大会直前の事故判断指針別表1(1)の「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,「会社で起きた事故(事件)について,責任を問われた」に該当し,心理的負荷の強度は「Ⅱ 強度はⅡである。 c 体育大会直前の事故判断指針別表1(1)の「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,「会社で起きた事故(事件)について,責任を問われた」に該当し,心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。 d 文化祭直前のミス判断指針別表1(1)の「会社で起きた事故(事件)について,責任を問われた」に該当し,心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。 e 総合評価上記a~dのとおり,本件においては,いずれも心理的負荷の強度がⅡ以上と評価される出来事が複数生じており,時間外労働時間なども考慮してこれを総合評価すると,P1の行っていた業務の総体の心理的負荷の強度はⅢと認定されるべきものである。なお,判断指針によっても,P1には,発病前6か月の間には,業務外の客観的に心理的負荷を引き起こすと考えられる出来事はなかった。 (3) 被控訴人の主張ア公務起因性の判断基準について(ア) 被用者の業務の遂行は,使用者の支配管理下において行われ,その利益は使用者に帰属するものであるのに対し,その行う業務には多かれ少なかれ各種の危険性が内在しており,使用者の支配管理下に置かれる被用者には,その危険性を回避することが困難な場合もある。 -11-そこで,業務に内在する危険性が現実化して被用者が負傷し又は疾病に罹った場合には,使用者に何らの過失がなくても,その危険性の存在ゆえに使用者がその危険を負担して損失補償に当たるべきであるとする趣旨から,労働基準法75条以下に労働者災害補償制度が設けられた(企業危険説)。地方公務員災害補償制度もこれと趣旨を同じくする。 (イ) そして,そのような地方公務員災害補償制度の趣旨に照らせば,疾病に係る公務起因性の判断は,疾病を発症させたと考えられる種々の原因のうち,公務が相対的にみて有力な発 れと趣旨を同じくする。 (イ) そして,そのような地方公務員災害補償制度の趣旨に照らせば,疾病に係る公務起因性の判断は,疾病を発症させたと考えられる種々の原因のうち,公務が相対的にみて有力な発症原因と認められる場合に限り,公務上の疾病と認められるというべきである(相対的有力原因説)。 (ウ) また,公務に関連して精神疾患を発症し,自殺に至ったとして公務災害認定を請求されたものについては,精神疾患が,地方公務員災害補償法施行規則別表第1第8号及び「公務上の災害の認定基準について」(平成15年地基補第153号。以下「認定基準」という。)の記の2(3)キの「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」と認められ,さらに,死亡が認定基準の記の3の「公務上の疾病と相当因果関係をもって生じたことが明らかな死亡」に該当する必要があるところ,具体的には,「精神疾患に起因する自殺の公務災害の認定について」(平成11年地基補第173号。以下「自殺認定基準」という。)により判断する。自殺認定基準の考え方は以下のとおりである。 a 自殺が公務上の災害と認められる場合自殺の原因としては公務に関連するものの他に,傷病苦,経済問題,被災職員又は家族等に係る事故・事件の発生,うつ病・統合失調症等の精神疾患,アルコール依存症,家庭問題,異性問題,交友関係等が考えられ,被災職員の性格等種々の要因も影響する。 このため,精神疾患に起因する自殺が公務上の疾病と相当因果関係をもって生じたことが明らかな死亡として公務起因性が認められる-12-ためには,以下の①又は②のいずれかに該当し,かつ,被災職員の個体的・生活的要因が主因となって自殺したものではないこととされている。 ① 自殺前に,公務に関連してそ められる-12-ためには,以下の①又は②のいずれかに該当し,かつ,被災職員の個体的・生活的要因が主因となって自殺したものではないこととされている。 ① 自殺前に,公務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的事態に遭遇したことにより,驚愕反応等の精神疾患を発症していたことが,医学経験則に照らして明らかに認められること。 ② 自殺前に,公務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的事態の発生,又は行政上特に困難な事情が発生するなど,特別な状況下における職務により,通常の日常の職務に比較して特に過重な職務を行うことを余儀なくされ,強度の肉体的過労,精神的ストレス等の重複又は重積によって生じる肉体的,精神的に過重な負担に起因して精神疾患を発症していたことが,医学経験則に照らして明らかに認められ,精神疾患の症状が顕在化するまでの時間的間隔が,精神疾患の個別疾病の発生機序等に応じ,妥当と認められること。 b ここに,「強度」の肉体的過労,精神的ストレス等の有無については,判断の明確性,災害補償の範囲を公平の見地から合理的かつ妥当な範囲に限定するという労働者災害補償制度の趣旨に照らせば,被災職員本人が出来事をどのように受け止めたかではなく,被災職員と職種,職等が同程度の職員との対比において,同様の立場にあるものが一般的にはどう受け止めるかという客観的な基準によって評価する必要がある(一般人基準説)。なぜなら,被災職員本人を基準として判断すべきという考え方によれば,一般人にとってはそれほど強度ではない公務であっても,結果的に当該被災職員が公務遂行中に精神疾患を発症すれば,当該被災職員にとっては強度のストレスであったと-13-いうことになり 考え方によれば,一般人にとってはそれほど強度ではない公務であっても,結果的に当該被災職員が公務遂行中に精神疾患を発症すれば,当該被災職員にとっては強度のストレスであったと-13-いうことになり,その判断は極めて曖昧かつ恣意的なものとならざるを得ず,適正かつ公平な制度運用ができなくなるからである。 精神疾患発症の原因は,様々な肉体的疲労,精神的ストレス等とそれを受け止める個体の脆弱性,反応性の2つの要素が常に複雑に絡み合っていると理解されているが,公務起因性の判断においては,それらの要因の中で,いずれが主要な因子であるかを判定することが求められるものである。しかしながら,個体の脆弱性については,客観的に評価することが困難であるところ,客観的にさほど大きなストレスではないにもかかわらず,当該個体に精神疾患が発症した場合には,その主因は本人の脆弱性にあると結論せざるを得ない。 c 精神疾患に起因する自殺が公務上の災害と認められる場合の要件については,異常な出来事・突発的事態に遭遇したことにより発症する可能性のある驚愕反応等の精神疾患は,医学経験則上,異常な出来事・突発的事態との遭遇の直後又は数日以内に発症するものとされているが,心因性,反応性等の精神疾患は,過重な肉体的,精神的負担を相当長期間受け続けた後に発症する例が多いとされている。したがって,精神疾患発症の機序に鑑み,自殺の直前から6か月程度における事情を調査するのが相当である。 なお,自殺前の精神疾患発症の時期が,自殺前における医師の診断,診療により明らかである場合又は医学的に推定される場合には,当該精神疾患発症時期の直前から6か月(特別な事情が認められる場合は1年)前程度まで遡って調査を行うのが相当である。 イ本件について(ア) うつ病発症時期 学的に推定される場合には,当該精神疾患発症時期の直前から6か月(特別な事情が認められる場合は1年)前程度まで遡って調査を行うのが相当である。 イ本件について(ア) うつ病発症時期P1は,平成10年6月ころに「うつ病」を発症していたものと認められる。 -14-(イ) 公務との関係a 公務の内容(a) 本件において,P1が自殺前に公務に関連して驚愕反応等の精神疾患を発症させる可能性のある異常な出来事,突発的事態に遭遇したとの事実は見当たらない。 (b) 不登校であった男子生徒及び問題行動が目立つ女子生徒Aへの指導,骨折した男子生徒の父親への対応等,問題を抱えた生徒の指導や保護者の対応は,教員であれば誰しも体験し得るものであるし,P1が,P2中学校に赴任する以前,問題行動を起こす生徒を積極的に担当し,生徒指導において優れた能力を発揮していたことからしても,過重な公務であったということはできない。 また,文化祭直前のモザイク画作成指導についても,一時的な作業であって過重であるとはいえない。 (c) P1が20年間バスケットボールの指導に生き甲斐を感じていたこと,バスケット同好会を立ち上げたことで張り切っていたことからすれば,バスケットボール同好会の指導は,P1にとって精神的負担となるものではなく,むしろストレスを解消する「生き甲斐」であったと思われる。 また,P1が,顧問であった剣道部においては指導を行わず,試合等の引率のみを行うに過ぎなかったのであることから,通常の公務に従事するような精神的,肉体的負担はないから,勤務時間のみによって過重性を判断することは相当ではない。 b 勤務時間(a) P1は,平成9年10月から平成10年10月までの平日の退 務に従事するような精神的,肉体的負担はないから,勤務時間のみによって過重性を判断することは相当ではない。 b 勤務時間(a) P1は,平成9年10月から平成10年10月までの平日の退勤時間は午後6時ころであり,休日の勤務についても,すべてがバスケットボール同好会や剣道部の指導に関するものであるし,時間-15-的にも1か月当たり4~27時間程度であるから,これらの休日出勤が,P1に精神疾患を発症させるほどの肉体的に過重な負担を及ぼしたものとは考えられない。 (b) また,P1の自宅における作業は,一般的に任命権者の支配管理下になく,任意の時間,方法で行うことが可能で,私的用務に要した時間と作業に要した時間とを特定することも困難であるから,原則として勤務公署における時間外勤務と同等に評価されるものではない。P1の職務が繁忙であり,自宅で作業をせざるを得ない諸事情が客観的に証明された場合について,例外的に,発症前に作成された具体的成果物に基づき,付加的要因として評価されるものである。 P1については,午後6時ころ退勤しており,過重な職務の割当てにより,自宅において作業せざるを得なかった事情は認められない。 (c) 控訴人作成の甲96の1・2(別紙2)は,その作成過程が明らかではなく,内容の正確性は非常に低い。 P1の時間外勤務は,別紙3記載のとおり,平成10年4月は34時間,同年5月は36時間30分,同年6月は19時間50分,同年7月は38時間20分,同年8月は24時間,同年9月は44時間,同年10月は39時間20分であったとするのが相当である。 c 公務の過重性P1が,昭和53年4月以降,教師として20年以上の勤務経験を有していたことなどの事情も考慮すると,上記a・b記載の業 39時間20分であったとするのが相当である。 c 公務の過重性P1が,昭和53年4月以降,教師として20年以上の勤務経験を有していたことなどの事情も考慮すると,上記a・b記載の業務が,P1に精神疾患を発症させるほどの過重な負担を及ぼしたものとは考えられず,うつ病の発症前後において,公務の過重性は認められな-16-い。 (ウ) 公務以外の要因P1は,いわゆるメランコリック(メランコリー親和型)であり,このような性格的傾向が精神的負担を増大させ,うつ病の発症に相当程度影響したものと考えられるとともに,うつ病発症当時,P1は,子供の病気や妻である控訴人の病気や自分に対する無理解などの家庭の問題についても悩んでおり,うつ病発症の大きな要因となったものと考えられる。 (エ) 自殺について医学的知見によれば,環境要因によって発症した精神疾患の場合,当該要因を取り除き適切な治療を継続していれば軽快に向かうものであるのに,休職後,約1か月半経過してから自殺していることからしても,P1が従事した職務が肉体的・精神的ストレスを著しく増悪させ,自殺に至ったものとは認められない。 また,P1の自殺は,薬剤(抗うつ薬)の副作用の増悪を原因とした衝動的なものと考えられ,公務との間には何らの因果関係も認められない。 (オ) 判断指針控訴人は,判断指針によっても,本件の場合,心理的負荷の強度がⅡ以上とされる出来事が複数生じていると主張しているが,心理的負荷がⅡ以上と評価される出来事は存在せず,控訴人の主張は,例示された具体的出来事の文言を自己の都合よく解釈し,強引なあてはめを行ったものであって,妥当ではない。 なお,判断指針は,あくまで民間労働者を対象とした労働災害の判断指針であって 張は,例示された具体的出来事の文言を自己の都合よく解釈し,強引なあてはめを行ったものであって,妥当ではない。 なお,判断指針は,あくまで民間労働者を対象とした労働災害の判断指針であって,P1のように,地方公務員の中でも一般の行政職員と異なる特殊性を有する教員に対しては,判断指針がそのまま妥当するもの-17-ではない。 (カ) まとめ以上より,P1の公務遂行とうつ病の発症との間には相当因果関係はなく,公務起因性は認められない。 第3 当裁判所の判断 1 P1が自殺するに至った経過前記前提事実及び証拠(甲1~10,13~56,63~99,106~115,136,乙3,5,6,8~10,23(書証は,いずれも枝番を含む。),証人P4,同P7,同P8,同P9,同P10,同P11,同P12,同P13,控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) P1及びその家族の状況ア P1の経歴,職歴(ア) P1(昭和▲年▲月▲日生)は,島根県松江市出身であるが,昭和50年3月にP28大学P29学部P30科を卒業し,一旦は民間会社に就職したものの,昭和51年10月1日から昭和53年3月31日まで,同大学同学部の聴講生になった。 (イ) P1は,昭和53年4月1日に京都市立学校教諭に採用され,それ以後,以下の学校において勤務した(甲6)。 昭和53年4月1日~ P14養護学校昭和54年4月1日~ P15中学校昭和56年4月1日~ P16中学校昭和60年4月1日~ P17中学校昭和63年4月1日~ P18中学校平成7年4月1日~ P19中学校平成9年4月1日~ P2中学校(ウ) P1は,P2中学校に赴任した平成9年4月までは,これまでの教-18-師経験に 昭和63年4月1日~ P18中学校平成7年4月1日~ P19中学校平成9年4月1日~ P2中学校(ウ) P1は,P2中学校に赴任した平成9年4月までは,これまでの教-18-師経験により,暴力的に反抗するような生徒に対しては更生させた経験を有するなど,生徒指導やクラス運営についてもそれなりの自信を有していた。 イ P1の結婚,家庭生活,勤務状況(ア) P1は,昭和54年3月29日に,同じく京都市立学校教諭であった控訴人と結婚し,結婚後も共働きで生計を立てていた。P1は,結婚直後の同年4月1日にP15中学校に異動となったが,帰宅時間は早くて午後10時で,遅ければ深夜に及ぶ日もあった。 P1は,昭和▲年▲月▲日に長女が生まれ,同年4月にP1はP16中学校に異動となった。P16中学校では,困難な生活指導を経験し,日常的に帰宅時間も深夜に及んでいた。また,バスケット部の顧問となり,休日も出勤して熱心に技術指導をし,同部を全国大会に出場させるなどした。 P1は,その後異動したP17中学校,P18中学校及びP19中学校においても,問題行動の多い生徒のクラスを積極的に担任として担当するなどして生徒指導に力を入れるとともに,バスケットボール部の顧問を務め,自ら技術指導を行っていた(甲51)。 (イ) 昭和▲年▲月▲日には長男が,昭和▲年▲月▲日には二男がそれぞれ生まれた。 しかし,長男がネフローゼに罹患し,通院及び通学には自家用車及び車いすでの送迎を要したことから,P1は,平成9年度の異動に際し,長男の看護に協力するため,普通中学校よりは休暇が取得しやすい養護学校勤務を希望した。ところが,P1の上記異動希望は,同人が異議申立てまでしたもののかなえられず,平成9年4月1日にP2中学校に赴任することとなった。 ウ 普通中学校よりは休暇が取得しやすい養護学校勤務を希望した。ところが,P1の上記異動希望は,同人が異議申立てまでしたもののかなえられず,平成9年4月1日にP2中学校に赴任することとなった。 ウ家族の健康状態-19-(ア) 子供達長女は1歳から12歳まで気管支喘息を,長男は8歳から13歳までネフローゼを,二男は生まれつき唇裂口蓋裂をそれぞれ患っており,各人においてそれぞれ長期ないし短期の入院,手術,通院,自宅療養などが必要であった。 しかし,P1は,平成9年度までは「中学校教師は授業にアナを空けたら取り返しに大変で休むことが難しい。」と言って,子供達のために授業を休むことはなく,夕食の時間(午後7時半ころ)までに帰宅することもほとんどなかった。また,休日や長期休暇中もバスケットボール部指導のために出勤し,部活動ができない年5日間程度を除き,P1が日曜日に自宅にいることはほとんどなかった(甲51,107,乙5の6)。 (イ) 長男a 長男は,平成4年(小学校2年生)にネフローゼを発症し,平成6年ころにほぼ快復したが,平成7年(小学校5年生)に学校行事が原因で再発し,小学校を長期欠席せざるを得なくなった。 長男は,平成9年4月ころにはネフローゼは快復傾向にあり,通院しながら通学することができるようにはなっていたものの,なお治療のためプレドニンを投与され,運動及び食事を制限されている状態であり,通院及び通学には自家用車及び車いすでの送迎を要した。 P1は,長男のネフローゼ再発の原因が,当時長男が通っていた小学校の連絡不行き届きにあったことや,長期欠席中にプリントが届かない,在宅学習保障が不十分であることなどについて,同小学校や教育委員会に苦情等を訴えるなどし,弁護士に法律相談もしていた(甲 いた小学校の連絡不行き届きにあったことや,長期欠席中にプリントが届かない,在宅学習保障が不十分であることなどについて,同小学校や教育委員会に苦情等を訴えるなどし,弁護士に法律相談もしていた(甲51)。 b 長男は,平成10年4月ころ,通学しながら定期的に通院し,運動,-20-食事制限をしながら徐々にプレドニンの服用回数を減らしている状態であり,同年9月にはその服用を止めた。 このように,長男は,平成10年度に入るころには,1人で一般公共交通機関を利用して通院,通学ができる程度に快復しており,送迎の回数も減っており,2学期以降は,登下校も自力で電車通学しており,平成10年秋にはネフローゼは寛解していた(甲51)。 (ウ) 控訴人控訴人は,平成5年ころ,精神的な原因により目眩が生じるといった精神疾患に罹患し,平成7年ころ1年余り休職していたことがあったが,平成8年度には勤務を再開しており,平成10年当時には通院もしていなかった。 (2) P1の平成9年度における勤務状況P1は,平成9年4月1日にP2中学校に赴任することとなった。 P1は,経歴からすると,当然に,学級担任を受け持つことが予定されていたが,着任の際,当時同校の教頭であったP13(平成10年度は同校校長となった。)に対し,長男のネフローゼの治療のため,通勤途中に長男を病院に連れて行ったり,検尿を届ける必要があるから,学級担任ではなく副担任にして欲しいとの申し出をした。 P13は,P1からかかる申し出を受けて,当時の同校校長と相談をし,P1を平成9年度の学級担任から外し,1年生2学級の副担任とした上,週21時間の1年生の数学の授業,生徒会安全委員会指導,特別活動主任等の職務に従事させた。P1は,平成9年度は,部活動の顧問も担当しなかっ 平成9年度の学級担任から外し,1年生2学級の副担任とした上,週21時間の1年生の数学の授業,生徒会安全委員会指導,特別活動主任等の職務に従事させた。P1は,平成9年度は,部活動の顧問も担当しなかった。 そして,P1は,平成9年度,長男の通学及び通院の送迎等のため,1~3時間程度の時間休を,別紙4のとおり頻繁に取得した。そのため,P1の平成9年度の勤務状況は,これまでの中学校における勤務と異なり,相当に軽減されている状況であり,時間外勤務もあまりなかった(甲17,19,-21-25,33,乙8)。 (3) P1の平成10年度における担当業務ア学級担任の申出P1は,平成9年度の終わりころ,P13に対し,「子供の状態もよくなったので,いつまでも副担任では心苦しいため担任を持たせて欲しい。」との申し出をし,P13は,かかる申し出を受けて,平成10年度,P1に2年1組を担任させることとした(以下,平成10年度のP2中学校2年1組を単に「2年1組」という。)(乙8)。 イ学級担任としての業務P1は,平成10年4月から2年1組の担任を受け持ち,週各1時間の学級指導,道徳指導の他,家庭訪問,教育相談,保護者懇談会,体育大会,文化祭などの学校行事における学級指導,学級通信の発行(P1は,定期的(月に1~2回)に「P20」という学級通信を作成し,担任学級の生徒らに配布していた。)などの業務を行っていた(甲28,29,46,50,112)。 ウ数学科担当教員としての業務P1は,平成10年度も,数学科担当教員であった。 P2中学校には,平成10年度,科目別では最も多い5名の数学教員が在籍しており,P1は,3年生の数学の選択授業を週に2時間,2年生の数学の授業を16時間担当していた。なお,選択授業については,教科書 2中学校には,平成10年度,科目別では最も多い5名の数学教員が在籍しており,P1は,3年生の数学の選択授業を週に2時間,2年生の数学の授業を16時間担当していた。なお,選択授業については,教科書がないため,教材を自ら作成する必要があった。 2年生の数学担当教員としては,他にP7がおり,平成10年度における他の科目の教員は,英語が3名,国語が4名,社会が3名,理科が4名おり,その担当時間は,英語が週20~24時間,国語が週19~21時間,社会が週19~20時間,理科が週17~20時間であった(甲26,27,34,108)。 -22-そのため,他の科目を担当している教師に比べると,担当授業時間は少なかった。また,数学の問題作成は,参考書や過去に作成した問題を引用することも可能であり,採点についても解答が1つであるため教師の裁量の幅が小さいことからすれば,他の科目との比較においても,作業量が特に多かったということはできない。 エその他の校務分掌P1は,平成10年度の校務分掌として,研究部の特別活動主任をしていた。特別活動とは,学級活動,生徒会活動,学校行事等であり,各学年にはそれぞれ1名ずつの特別活動係の教員がおり,学年の特別活動の時間の年間計画を作成し,指導案を作成するなどの業務があった。平成10年度,P1は2年生の特別活動係であり,特別活動の計画,立案をし,各学年における特別活動係からの計画,立案の集約,調整をする担当であったが,日程や行事等は前年度に既に決まっており,白紙の状態から立案するものではなく,計画の具体的な作業に向けた下準備や調整等をしていた(甲28,30,乙6)。 また,P1は,平成10年度の校内委員会組織として,特別指導委員会の委員長をしていた。特別指導委員会とは,前記特別活動について,「校長, 向けた下準備や調整等をしていた(甲28,30,乙6)。 また,P1は,平成10年度の校内委員会組織として,特別指導委員会の委員長をしていた。特別指導委員会とは,前記特別活動について,「校長,教頭を含む広い範囲のメンバーで考えていく会」ということで設置されているが,実質的には開催されていない。委員長は特別活動主任が兼ねることになっており,P1は,パソコンで月別の特別活動指導計画表(甲65)を作成して,その活動内容や評価の観点を各教師に指示するなどしていた。 P1は,その他,教育課程委員会,性教育委員会,生涯学習委員会,健康教育委員会に所属していたが,当時開催されていたのは,性教育委員会の会合1回のみで,これに関しての業務はほぼすべて保健主事が行っていた(甲28,乙6)。 -23-オ部活動の顧問P2中学校では,各教諭はそれぞれ部活動の顧問を受け持つことになっており,平成10年度,P1はバレー部(女子)と剣道部の顧問を担当していた。P1は,それらの部活動の技術指導は担当しておらず,主として,公式戦の申込みや試合の引率,胴着の保管指導,他の部との練習時間や練習場所の調整等を担当していたが,顧問である以上は,部活動の練習等には関わる必要があった。 また,P1は,前年度からの生徒等の要望に応えるため,平成10年4月に,正規の部活動ではないバスケットボール同好会を立ち上げたため,そのための指導時間等が必要になった(乙6,8)。 カ急激な勤務状況の変化以上のように,P1は,平成9年度は,学級担任も部活動の顧問も担当せず,しかも時間給も頻繁に取得するなど,いわば軽減された勤務状態であったものが,平成10年4月からは,学級担任や部活動の顧問も担当するようになったほか,バスケットボール同好会の指導等の業務も加わって ,しかも時間給も頻繁に取得するなど,いわば軽減された勤務状態であったものが,平成10年4月からは,学級担任や部活動の顧問も担当するようになったほか,バスケットボール同好会の指導等の業務も加わって,今度は,通常の教諭よりも多忙な状態になっており,同年4月に急激に勤務状況が変化した。 (4) 平成10年度における2年1組の状況ア全体的な状況2年1組は,全体的に大人しく,後記イ記載の女子生徒Aがリーダー的な存在であり,学活等においては,主に同女子生徒のみが意見を述べることが多かった。 イ女子生徒A2年1組には,問題行動の目立つ女子生徒Aがいた。女子生徒Aは中学校1年生のころから問題行動が目立っており,2年生以降さらに指導が困難となることが予想されていたところ,平成10年3月ころ,学年会にお-24-いて,同生徒の2年生への進学に関し,生徒指導の経験が豊富なP1が担任を持つことが決定された。 女子生徒Aの問題行動は,定期的に開催されていた学年会議においても,しばしば取り上げられ,指導方針について話し合われることがあった。 女子生徒Aは,よく目立つ闊達な性格で他の生徒に対する影響力が強く,また空手が強く大会で優勝するほどの実力を持っており,クラスの他の生徒が女子生徒Aを恐れ,遠巻きにしていた。 女子生徒Aは,1年のころから,茶髪,パーマ,ピアスをしたり,スカートを極端に短くしたりしており,問題行動を起こす生徒の間のリーダー的存在で,グループを作り,グループを仕切って,校内のみならず,他校の問題行動を起こす生徒とも交流していて,放課後に,飲食店で飲酒したり,体育大会時に,他校の男子生徒とキスをするなどいちゃついたり,無断外泊をするなど,「不良」と評価されており,他の生徒にも悪影響を及ぼしていた。 徒とも交流していて,放課後に,飲食店で飲酒したり,体育大会時に,他校の男子生徒とキスをするなどいちゃついたり,無断外泊をするなど,「不良」と評価されており,他の生徒にも悪影響を及ぼしていた。 女子生徒Aは,通常の反抗的な生徒と異なり,その場では,教師の注意を聞く素振りを見せるものの,最終的には指導に従おうとせず,P1が担任していたクラスは比較的大人しい生徒が多かったため,クラス全体が女子生徒Aに引きづられるようになり,他の教師も指導に苦慮していた。真面目で素直であった女子生徒Bは,女子生徒Aと親しくなるにつれ,化粧をしたり,髪を染めるなど外見が派手になり,教師に対してもため口で対応するようになるなど,問題行動を取るようになった。 P1は,女子生徒Aに対し,他の生徒と分け隔てせず,また高圧的な態度に出ることもなく,平成10年の夏休みころには,当時の生活指導部長であったP9と共に家庭訪問をするなど,辛抱強く指導に当たっていた。 しかしながら,授業中,女子生徒Aが勝手に教室を出て行き,P1が「おい,どこへ行くんや。」と声をかけても全く無視されるなど,指導には苦-25-労していた。なお,P1は,その場合でも,同女を力づくで連れ戻したり,怒鳴ったりすることはなかった。 ベテラン教師であったP1は,暴力的に反抗するような生徒に対しては更生させた経験も有していて,それなりに生徒指導にも自信を持っていたが,女子生徒Aやそれに引きづられるクラスの生徒の反応がそれまで20年間培ってきたものと異なるので,どういうふうに生徒に接していいのか分からなくなっていき,平成10年6月ころには,非常にストレスを感じていた。 そのため,P1は,他の教師に対しても,「生徒指導がやりにくい。どこまでやっていいか分からない。」 ていいのか分からなくなっていき,平成10年6月ころには,非常にストレスを感じていた。 そのため,P1は,他の教師に対しても,「生徒指導がやりにくい。どこまでやっていいか分からない。」などと悩みを漏らしたり,控訴人など家族に対しても,「クラスを引っかき回す女子生徒がいるんや。」「P2中学校の子供はかわいくないんや。やりにくい。」などと珍しく愚痴を言うようになっていた。 そして,このような女子生徒Aが,平成10年9月ころに,同年11月に行われる生徒会長選挙に立候補の意向を表明したため,P1は,女子生徒Aに対し,選挙に向けて服装,頭髪,生活等を改善するよう指導するなど,一層指導に苦慮することになったが,女子生徒Aには改善が見られず,P1はストレスを強く感じることとなった。 P1は,そのような状況下においても,同僚や上司から支援を求めることをしなかったため,支援を受けることはなかった。なお,女子生徒Aは,生徒会長選挙には落選した。 (以上につき,甲54,110~112,証人P9,証人P10,証人P11)ウ不登校となった男子生徒2年1組には,4月当初から,授業についていけなくなったことから不登校となった男子生徒がおり,P1は,同生徒の自宅を週に1回訪問し,-26-自主的に登校させる方向で指導を行い,他方で,クラスにおいては,同生徒が戻って来やすい環境作りをするように配慮していたが,男子生徒の改善は見られなかった(甲52,110,112,証人P9,証人P11)。 (5) バスケットボール同好会ア P2中学校の部活動規定P2中学校の部活動規定では,同好会を発足するためには,①5人以上の同好者がいること(公式戦出場人数が5名を超える部については,その最低人数を必要とする。),② ア P2中学校の部活動規定P2中学校の部活動規定では,同好会を発足するためには,①5人以上の同好者がいること(公式戦出場人数が5名を超える部については,その最低人数を必要とする。),②顧問を引き受ける教員がいること,③学校長より許可があることという条件を満たした上,年度当初の職員会議で認められる必要があり,正規の部となるためには,1年以上の同好会活動を必要とし,年度末の職員会議で部への昇格が承認されなければならないとされている(同規定25条)。 そして,同好会の活動場所及び予算については,他の正規の部活動を優先して考えることとされている(同規定26条)(甲36)。 イ平成9年度の状況平成9年当時,P2中学校には,クラブ活動として,バスケットボール部は存在しなかった。 P1は,学生時代,自らもバスケットボールをしていた関係もあって,前記のとおり,これまで勤務した学校で,バスケットボール部を指導し,全国大会に導くなど実績を上げていたことから,平成9年4月にP2中学校に赴任した際,バスケットボール部が存在しないことに物足りなさを感じていた反面,当時の自らの家庭の状況等を考慮して,生徒等から,バスケットボール部を作ってほしいと依頼されても,無理だとして断っていた。 ウ平成10年度の状況P1は,平成10年4月,生徒らの強い要望に応えて,バスケットボー-27-ル同好会を立ち上げた。立ち上げる際には,同僚教師から,「作るのであれば,1年でさよならというわけにはいかないよ。4,5年は頑張って下さい。」などと言われていた。ところが,同好会は,正規の部ではなく,前記のとおり,何事においても,正規の部活動が優先するため,P1は,通常の部活動の顧問に比較すると,相当に肉体的・精神的負担を伴う業務を 」などと言われていた。ところが,同好会は,正規の部ではなく,前記のとおり,何事においても,正規の部活動が優先するため,P1は,通常の部活動の顧問に比較すると,相当に肉体的・精神的負担を伴う業務を負担することになった。 すなわち,①練習場所である体育館は,正規のクラブ活動が同好会に優先するため,剣道部,卓球部(男女)及び女子バレーボール部などの正規のクラブ活動が使用していない時間にしか利用できなかった。そのため,バスケットボール同好会は,平日はほぼ毎日,午後3時半~5時は外で,午後5時~5時30分は体育館で練習し,土,日曜日及び夏休み期間は,テストや行事がある時を除き,他の部が体育館を使用して練習していない限りほぼ毎日練習をしていた。②バスケットボール同好会の練習には必ず顧問が付き添わなければならず,顧問はP1一人であるため,平成10年4月以降,P1はバスケットボール同好会指導のため,平日はもとより,土曜日や日曜日も出勤することが多く,別紙5から抽出すると,4~6月には少なくとも50時間,7~10月には120時間30分(剣道部の指導時間を含めると少なくとも,4~6月に74時間50分,7~10月に124時間30分)の休日出勤をしたことになる(なお,特殊勤務手当実績簿(甲21)では,4時間以上の勤務の場合にのみ記載されており,休日出勤がすべて記載されていたものではない。)。③同好会は,正規のクラブとは異なり予算も限られていたことから,同好会員のユニフォームについては,パンツ代は同好会員の保護者の負担とし,シャツ(ユニフォーム)の代金は寄付金及び広告宣伝費で賄い,デザイン,発注,代金の支払等の事務手続きは全てP1が行った。 P1は,かつてバスケットボール部の顧問をしていたころの人脈を利用-28-して,他校との練習試合を何度か組むな び広告宣伝費で賄い,デザイン,発注,代金の支払等の事務手続きは全てP1が行った。 P1は,かつてバスケットボール部の顧問をしていたころの人脈を利用-28-して,他校との練習試合を何度か組むなどした上,バスケットボール同好会を,平成10年8月下旬には左京リーグ戦に,同年9月下旬には新人戦に出場させた。しかし,同新人戦では,予選リーグで3試合とも敗退して,決勝トーナメントに進出することはできなかったため,生徒らが落ち込み,P1は,同好会員らを「まだ,これからだ。がっかりすることはない。」などと励ましていたものの,自らも精神的負担を感じていた。同新人戦の予選リーグが終わった同年9月下旬ころから,P1はバスケットボール同好会の練習中に疲れた表情をしており,練習を抜け出すことが度々あった。同年10月24,25日の練習には連絡なく欠席した。 (以上につき,甲110,113,証人P9,証人P12)(6) 平成10年2学期における出来事ア男子生徒の骨折事故P1が担任していた2年1組の男子生徒が,平成10年9月17日開催の体育大会の数日前,3年生の生徒に倒されて指を骨折させられた。 P1は,同事故後,怪我をさせた男子生徒の担任であったP8,同男子生徒及び同男子生徒の母親とともに,怪我をした男子生徒宅を謝罪のために訪問することとなったが,怪我をした男子生徒の父親が,授業参観の際に派手なスーツに白いエナメル靴で現れるなどしていた人物であったため,同訪問に際し,怪我をした男子生徒の両親とのトラブルを非常に危惧していた。 もっとも,結果的には,訪問時に怪我をした男子生徒の父親が対応することはなく,その後怪我をした男子生徒の父親が学校に対して何らかの要求をしてくることもなかった。P1は,生徒の怪我が治るまでの間,怪我をさせた生 果的には,訪問時に怪我をした男子生徒の父親が対応することはなく,その後怪我をした男子生徒の父親が学校に対して何らかの要求をしてくることもなかった。P1は,生徒の怪我が治るまでの間,怪我をさせた生徒の担任教諭に,何度も怪我の状況を伝えていた。 (以上につき,甲52,109,証人P8)イモザイク画原画の色指定ミス-29-平成10年10月7~9日に開催された文化祭直前に,P1の担任する学級のモザイク画の原画の色指定にミスがあることが判明し,P1は,文化祭までの間,生徒と共にやり直し作業を行ったほか,生徒が帰宅した後も一人で作業を続けるなどして,文化祭前日になって,ようやくモザイク画を完成させた(甲52,111,証人P10)。 (7) 個体側の要因等ア P1の基礎疾患等P1には,精神疾患の既往歴はなく,その他の既往歴は,「接触性皮膚炎」(平成9年9月),「湿疹(胸,背部)」,「アレルギー性皮膚炎(疑)」,「肝機能障害(疑)」(平成9年12月),「両眼急性結膜炎」(平成10年5月)の他,平成10年2月25日実施の健康診断結果における心電図検査で洞性徐脈があると指摘された程度であり,その他の基礎疾患はない(甲4,5,7,8,乙3)。 イ P1の性格等P1に対する周囲の評価は次のとおりであり,P1は,真面目で几帳面かつ責任感の強い性格で,これまで生徒指導やクラス運営に対してもそれなりの自信を有していた。 (ア) P1は,考え方が固く,口数は少ないが理屈はよく言う。何事もまず形から入る。自分の考えを否定するとすねる。教育熱心,冗談が通じない。社会的な問題に関心が高い。出不精で真面目,押しつけがましい(P21校長,乙5の1)。 (イ) P1は,穏やかな性格で,協調性もあり,上司や同僚との人間関係は良い。仕事に対す 心,冗談が通じない。社会的な問題に関心が高い。出不精で真面目,押しつけがましい(P21校長,乙5の1)。 (イ) P1は,穏やかな性格で,協調性もあり,上司や同僚との人間関係は良い。仕事に対する熱意があり,教材研究,プリント作成などを熱心にやっていた。部活動でバスケットボール部を担当し,熱心に指導していた。日曜日なども,練習試合など活動することが多かった。口数は少なく,大きな声を出すということはなかった。学年の同僚とも争うよう-30-なことはなく,人間関係は良かった。職員室にいる時は,静かに教材の準備などをしている様子から,穏やかで,落ち着いた性格と感じられた(P22教頭,乙5の5)。 (ウ) P1は,口数は余り多くないが,学年教師集団の中で協力して良心的に行動した。生徒のことについては真剣に考え,生徒のことに対して誠意を持って対応していた。自分のことについても,はっきりと主張し,行動した(P13校長,乙5の5)。 (エ) P1は,熱心,丁寧,優しい,包み込んでくれるような先生であった(2年1組の生徒であったP11,甲112)。 (8) P1のうつ病発症に至る経緯ア平成10年夏休みまでの状況P1は,P2中学校に赴任する(平成9年4月)までは,夕食時に,家族に対し,学校での出来事や社会事情などの話を演説気味に話したり,クラスでの面白い出来事や,部活動で優勝したこと,補導された受持ちの生徒が自分の指導で良い方向に変わったことなどを自慢気に話すことが多く,愚痴をこぼすようなことはほとんどなかった。 ところが,P1は,P2中学校に赴任後の平成10年4月ころからは,夕食時に話をすることが少なくなり,同年5~6月ころからは,長女や控訴人から話しかけられても,投げやりな態度で「もういい。」と返事をすることが増え,「クラ 中学校に赴任後の平成10年4月ころからは,夕食時に話をすることが少なくなり,同年5~6月ころからは,長女や控訴人から話しかけられても,投げやりな態度で「もういい。」と返事をすることが増え,「クラスを引っかき回す女子生徒がいる。」,「それまでの指導方針では上手くいかない。」などといった愚痴をこぼすようになった。また,同年7月に入ると,「P2中学校の子供はかわいくない。やりにくい。」などと仕事がしんどいことを話すようになり,そのころから口数が少なくなり,ぼうっとしていることが増えた。 (以上につき,甲51,107)イ平成10年夏休みの状況-31-P1は,毎年夏休みを利用して,率先して家の建具の入れ替えや台所周りの大掃除をしていたが,平成10年8月には,それらの家事を手伝わず,会話も続かず沈んだ様子であった。夏休みには希死念慮があり,包丁を持ち出したこともあった。もっとも,バスケットボール同好会の練習には熱心に行っていた。 ウ平成10年9月,10月の状況平成10年9月ころには,P1の帰宅時間が1学期に比べて遅くなり,疲れた様子で壁の方を向いて正座をして下の方を見ながら座っていることもあった。同年10月ころには,P1は,それまで夕食後に行っていた風呂の準備をしなくなり,夕食時にも家族の会話に耳を傾けず,下を向いて無言で食事をする様子が見られるようになった(甲51,107)。 同年10月ころから,職場においても,P1は空き時間になると机にうつ伏せになっていることが多くなり,同僚教員に対し,あまり寝られないと言うことがあった。2学期の中間テストについては,なかなか作成できず,テストの前日の日曜日に学校に来て印刷していた(甲108~111)。 エ P23診療所を受診P1は,平成10年10月28日,親 とがあった。2学期の中間テストについては,なかなか作成できず,テストの前日の日曜日に学校に来て印刷していた(甲108~111)。 エ P23診療所を受診P1は,平成10年10月28日,親族の告別式のために取得した特別休暇を利用してP23診療所を受診し,精神科のP24医師に対し,①学校の教師をしているが最近ミスが多いこと,②2週間前から採点や合計ができないこと,③息子がネフローゼで入退院を繰り返していること,④1学期から夏休みにかけて頑張ったこと,⑤ここ2~3日は出勤前に吐き気がすること,⑥3~4時間寝た後思い悩むこと,⑦食欲の低下や3~4㎏の体重減少があること,⑧考えたことがうまくいかず,先々のことを考えて判断力が鈍っていること,⑨クラス作りに自信を持っていたが,今回は20年目にして悩んでいること,⑩自分のクラスから不登校の子供が出て-32-きて,子供を満足させてやれないこと,⑪バスケットボール同好会を組織したこと,⑫これまでに希死念慮があり,夏休みには包丁を持ち出したことなどを話した。 P1は,抑うつ状態と診断され,抗うつ薬を中心とした薬物療法と支持的精神療法を行うこととなった(以上につき,甲31,32,乙3)。 オ休職の申出P1は,平成10年10月28日午後6時ころ,P22(教頭)及びP13に1か月の休職を申し出た。 P1は,その際,P22及びP13に対し,休職の理由について,「家内のことと子供のことで悩んでいて,夜寝られない。」と話し,P13が,P1に対し,学校についての悩みがないか尋ねたところ,P1は「学級のことでも少し悩んでいる。」と答えたが,それ以上の話はしなかった。 なお,P13や他の教師は,それまでにP1から,家庭の問題で悩んでいる旨の話を聞いたことはなかった(以上につき,乙8,9 学級のことでも少し悩んでいる。」と答えたが,それ以上の話はしなかった。 なお,P13や他の教師は,それまでにP1から,家庭の問題で悩んでいる旨の話を聞いたことはなかった(以上につき,乙8,9)。 カ病気休暇P1は,平成10年10月29日,抑うつ状態のため3か月の休養を要するとの医師の診断書をP13に提出し,同月30日より病気休暇に入った。 P1は,同月29日,P23診療所を受診し,P24医師に対し,今日,職場で3か月きっちり休んで良いと言われたこと,自分もそれくらい休んで治そうと思うこと,休職3か月の診断書がほしいこと,昨夜はゆっくり休めたこと,気分的には少しは楽になったことなどを話した(以上につき,甲31,32,乙8,9)。 (9) P1の病気休暇中の生活等ア病気休暇中の生活P1は,平成10年10月30日から▲年▲月▲日(自殺)まで病気休-33-暇を続け,P23診療所を受診したり,気分転換のために散歩に出る以外は,自宅療養のためほとんど自宅で過ごし,自宅でぶらぶらしている毎日であった。P1は,その間,仕事・家事に従事し忙しく働いていた控訴人から家事の手伝いを依頼されても,うつ病のためにそれに応じることができず,控訴人から文句を言われたこともあった(甲31,32,51)。 イ P24医師に対する病状の訴え(ア) 平成10年11月4日P1は,同日,P24医師に対し,気分的には少し楽になったこと,考えることはせずに,1週間の前半はよく寝ていたこと,家事の手伝いをしていること,ふらつく程度の立ちくらみがあること,食欲が徐々に出てきたことなどを話した(甲32)。 (イ) 平成10年11月18日P1は,同日,P24医師に対し,「だいぶん良くなったと思うが,家では理解してもらえない。 くらみがあること,食欲が徐々に出てきたことなどを話した(甲32)。 (イ) 平成10年11月18日P1は,同日,P24医師に対し,「だいぶん良くなったと思うが,家では理解してもらえない。嫁が,大したことないのにさぼっている(と)。“あんた見ていると,しんどくなる”」,「この前NHKの“うつ病”の特集をしていて,教師のうつ病が増えている。特にベテラン教師」,「学校でのことは忘れるようにしていて,思い出すことはない。」,「イラつくことがあって,子供をおこった。なるべく話をしないようにしている。」,「島根県に引っこもうかなーと思っている。」,「以前は学校が中心の仕事,学校の方がゆったりできる。」,「wifeの性格に合わせてきたが,衝突しはじめて」,「高3の娘」,「wifeは私のことを悪く思っている・・・」などと話した(甲32)。 (ウ) 平成10年11月25日P1は,同日,P24医師に対し,「だいぶん良い」が時にふらつくことがあること,左後頭部の痛みがあり,ひどいと歩けなくなること,吐き気や頭痛があること,第二子のネフローゼが再発したこと,学校の-34-ことはあまり考えておらず,仕事のことは一切していないこと,昼間はテレビを見たり昼寝をしたりしており,デッサンや園芸等もしており,学校のことを除けばそこそこ調子がいいことなどを話している(甲32)。 (エ) 平成10年12月2日P1は,同日,P24医師に対し,調子が良く午前は家事,午後はパソコンをしたりしていること,実家に帰るのは中止したこと,妻が理解してきており,感情的な部分がましになり,気を遣ってくれること,1月28日からの職場復帰に向けて準備をしていること,人間ドックに行ったところ,85~86㎏だった体重が,89㎏まで増えていたことなどを話している(甲 情的な部分がましになり,気を遣ってくれること,1月28日からの職場復帰に向けて準備をしていること,人間ドックに行ったところ,85~86㎏だった体重が,89㎏まで増えていたことなどを話している(甲32)。 (オ) 平成10年12月5日P1は,同日,P24医師に対し,薬を服用し始めてから胸が押さえつけられる感じがすること,指がスムーズに動かない感じで,記憶力がなくなった感じがすること,呂律が回りにくい感じがすること,さらに悪くなったのではないかと感じていること,クラスの中にしんどい子供がいること,クラス全体に手紙を書いていること,クラブや子供のことが気になっていることなどを話しており,病状が悪化していたことから,P24医師は,薬の処方調整をした(甲32,乙3)。 ウ手紙,メモ(ア) 手紙P1は,平成10年12月5日ころ,2年1組の生徒ら,バスケットボール同好会の会員ら及び同僚教員らに対し手紙を書き,迷惑を掛けたことを謝罪し,自己の体調は随分良くなり,少しでも早く復帰したいと思っていることなどを伝えている(甲38~41)。 (イ) 不安に思っている事項を記載したメモ-35-P1は,平成10年12月ころ,不安に思っている事項(クラスのこと,作ったクラブのこと,頭の働き,ふるえのこと,乱雑となること,薬の副作用のことなど)を記載したメモ(甲44)を残している。 同メモには,「①異動の件で管理職が会いに来る→緊張すると頭回転しない。判断,口がまわらないことがわかるのです!→そうなると復職できなくなるのでは(ここにくる)。」,「いなかに帰れば変わったのがすぐにわかる。」などと記載されていた。 毎年12月中旬ころには各教師に異動希望調査書が配布され、休職者へは学校長が直接自宅へ届ける慣例となっ では(ここにくる)。」,「いなかに帰れば変わったのがすぐにわかる。」などと記載されていた。 毎年12月中旬ころには各教師に異動希望調査書が配布され、休職者へは学校長が直接自宅へ届ける慣例となっていた。 (ウ) 自殺直前に記載したメモP1が自殺直前に記載したと思われるメモ(甲42。平成10年12月9日付け)には,次のように記載されていた。 a お母さんへ。学級がしんどくなったのは事実だ。夏まではなんとかのりきったのだけ(ど),特に2学期に入って荷が重い。本当のわけはお母さんにも話してないが,逃げたと思われてもしかたない。いつも不満申しわけなかった。20年間ありがとう。 bP4へ。がんばって希望の大学へ入学することを願っている。こんなとき一番しっかりしなければならないはずのお父さんがつらい。いつもお父さんをてつだってくれてありがとう。 cP5へ。お父さんをいつこえるか期待していた子だった。でもこんなお父さんを越えたって何もならない。体のことでおまえにつらい思いをさせたことを考えれば比べものにならない。父をゆるせ!。 dP6へ。おまえのかわいい声いつまでも聞きたかった。たくさん食べて大きくなれよ。医学の本を読んで,こんなつらい病気とは知らなかった。知らなかったのがこの病気なのかな。偏見があるのを知らなかった。この病気と戦うという気持ちがいらん結果にならなければよ-36-いが。 2 P1の平成10年度の月別超過勤務時間(1) 当裁判所の判断P2中学校における勤務については,タイムカード等により管理されておらず,P1の正確な勤務時間は不明である(当事者間に争いがない。)ところ,控訴人は,平成10年4~10月のP1の時間外勤務が別紙1及び2記載のとおりであると主張する。 別紙2に記 管理されておらず,P1の正確な勤務時間は不明である(当事者間に争いがない。)ところ,控訴人は,平成10年4~10月のP1の時間外勤務が別紙1及び2記載のとおりであると主張する。 別紙2に記載されたP1の勤務実態は,①平成10年度学校日誌(甲63),②平成10年度4~10月行事予定表(甲50),③平成10年度職員会議録,④出勤簿(甲18),⑤平成10年度特殊勤務手当実績簿(甲21),⑥体育館の使用予定表,⑦P1が保存していた「たより」その他プリント,パソコンのデータ,同僚の供述等に基づき作成されたものであり(甲96の1・2),概ね信用できる。 そして,次の(3)ア~エに照らし,別紙2を一部修正し,P1は,別紙5記載のとおり,平成10年4月は66時間20分,同年5月は87時間10分,同年6月は80時間10分,同年7月は90時間20分,同年8月は31時間30分,同年9月は90時間20分,同年10月は82時間10分の各時間外勤務を行ったものと認める。 (2) 被控訴人主張の検討被控訴人は,別紙2に記載された勤務実態は,客観的資料の裏付けがなく,正確性が低い旨主張している。 しかしながら,タイムカード等により退勤時間が管理されておらず,P1が死亡している以上,P1がどの時間に細かい内容を含めて何をやっていたかを全て特定することは不可能であるが,控訴人主張のような特定方法自体は一定の合理性を有するものといえる。 時間外勤務全てに客観的資料の裏付けを求めることは,かえって正確な時-37-間外労働時間の把握を困難にするものであって相当でない。 (3) P1の勤務時間ア平日の勤務時間(ア) 平成9,10年度におけるP2中学校における勤務時間は,月曜日から金曜日は,午前8時25分~午後0時10分,午後0時55分 あって相当でない。 (3) P1の勤務時間ア平日の勤務時間(ア) 平成9,10年度におけるP2中学校における勤務時間は,月曜日から金曜日は,午前8時25分~午後0時10分,午後0時55分~午後5時10分(うち,休息時間30分)であり,奇数週の土曜日の勤務時間は,午前8時25分~午後0時25分(うち休息時間15分)である(甲22)。 控訴人は,昼休みが午後0時35分~午後1時15分である旨主張しているが,甲22によれば,上記のとおり,午後0時10分~午後0時55分であることが認められ,控訴人主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。また控訴人は,P1は,昼休みも昼食指導しており勤務時間に含めるべき旨主張しているが,その存否や指導に要する時間が必ずしも明らかではないこと,教師の場合は,正規の勤務時間から受け持ち授業時間等を控除した時間の使い方が教師に委ねられていることからすると,昼休みに相当する45分程度の休憩時間は確保されていると解されるから,控訴人の主張は採用できない。 また,P1のP2中学校への通勤には,片道約8.2km をバイクで約25分要した(甲5,22,23)。 (イ) P1は,平日はほぼ毎日午前8時ころには出勤していたが,公務の有無にかかわらず習慣として同時刻に出勤していたことが窺われ,午前8時25分までに行っていた公務の内容は週1回程度の登校指導のほかは明らかではないこと(甲51,控訴人本人,証人P13),時間的にも25分程度にすぎず,まとまった公務を行うことが困難であることに照らし,午前8時から午前8時25分までは時間外勤務とはしないこととする。なお,登校指導についても,必ずしもその頻度や所要時間が-38-明らかでないし,後記のとおり,客観的な資料がない場合でも,一定時間を時間外勤務として認めて 分までは時間外勤務とはしないこととする。なお,登校指導についても,必ずしもその頻度や所要時間が-38-明らかでないし,後記のとおり,客観的な資料がない場合でも,一定時間を時間外勤務として認めていることとの均衡から,これを時間外勤務として考慮しないこととするのが相当である。 (ウ) また,退勤時間については,バスケットボール同好会の練習がほとんど毎日午後5時~5時30分ころに行われていたとの証人P12の証言(甲113を含む。),P1は通常は午後6時,遅くても7時ころには退勤していたとの証人P13の証言(乙8を含む。)及びP22の陳述(乙9),P1は通常であれば午後7時よりは早く退勤していたとの証人P8の証言によれば,P1は,通常午後6~7時ころ,平均すれば午後6時半ころには帰宅していたといえる。 そこで,退勤時間については,午後6時半以降に退勤したことの具体的証拠がある場合を除き,原則として,退勤時に午後5時10分~午後6時半の1日80分間の時間外勤務をしていたこととした。 (エ) P2中学校では,月~金曜日には1~6時間目までの授業,土曜日は奇数週のみ4時間目までの授業があったところ(偶数週は休日),P1は,平成10年度4月~10月において,月曜日は2~6時間目,火曜日は1,3,4,6時間目,水曜日は1,2,4時間目,木曜日は1,2,6時間目,金曜日は2,4~6時間目に数学の授業が入っており,火曜日の1時間目には道徳が,木曜日の6時間目には学活が入っていた。なお,奇数週土曜日の3時間目には2年1組の学活,4時間目には学校の裁量で設けられるゆとりの授業を1時間担当していた(甲24~28)。 イ休日出勤P1が,平成10年度,剣道部及びバスケットボール同好会のために休日出勤した時間を別紙5から抽出すると,合計199時 設けられるゆとりの授業を1時間担当していた(甲24~28)。 イ休日出勤P1が,平成10年度,剣道部及びバスケットボール同好会のために休日出勤した時間を別紙5から抽出すると,合計199時間20分となる。 そのうち,バスケットボール同好会のための休日勤務は,合計170時-39-間30分である(甲21)。 ウ持ち帰り残業(ア) P1は,図形の教材やプリント等及び3年生の選択授業(教科書がない。)のための教材を自作で作成するなどしていたほか,当時普及し始めていたワープロやパソコンの技能を自ら努力して習得し,試験問題,成績表,教材研究,選択授業の教科書に代わる教材,プリント等をワープロないしパソコンで作成しており,平成10年度の2年生の数学の中間試験及び期末試験の問題の作成は,すべてP1が一人で担当していた。 当時P1は,数学試験問題を作成し,問題をワープロないしパソコンで打ち込むのに3~10時間を要し,6クラス分(1クラス34又は35人。P1担当の4クラスと他の教員担当の2クラス分。)の問題用紙2枚と解答用紙1枚を印刷するのに約1時間,担当している4クラス分の採点に約8~12時間,日曜参観日等の準備については,指導案の作成及び教材プリントの作成に約3~5時間を要していた。 (以上につき,甲14,26,64~78,91~94,107,108,112)(イ) P1は,上記ア(エ)記載の職務のうち,教科指導で必要な教材研究や教材資料,採点などを家に持ち帰って作成することがあった(甲27,107,114,乙5の1・3・5,8)。 正確な持ち帰り残業時間は不明であるため,P1のパソコンの更新履歴(甲98,99)及び成果物(甲64~82)により,作成した日時が明らかなものについては,控訴人主張の持ち帰り残業があっ ,8)。 正確な持ち帰り残業時間は不明であるため,P1のパソコンの更新履歴(甲98,99)及び成果物(甲64~82)により,作成した日時が明らかなものについては,控訴人主張の持ち帰り残業があったこととし,その他の持ち帰り残業については,平成18年度文部科学省委託調査研究報告(単式学級が1以上ある本校のうち,教諭が1人以上いる公立学校を対象とし,中学校については1か月分の調査当たり180校ず-40-つ,6か月で1080校を抽出して調査したもの。)によれば,全国の中学校教員の平均的な持ち帰り残業時間が,平日約17分,休日約1時間31分であること(甲100),P1は平成7年ころにパソコンを購入しており,3年以上の使用経験があることから,平成10年度においては,少なくとも基本的な操作は習得していたことが窺われること(甲107),平成7~9年度において作成した成績表や教材等のデータを利用することも可能であったと推認され,一部の作業については,パソコンを使用することで効率化されていた可能性もあること(甲75,76,99の3)などを考慮して,控訴人主張の持ち帰り残業時間のうち相当な範囲(概ね3~6割程度)において時間外勤務があったものとした。 控訴人は,これ以外にも成果物が存在するものがある旨主張しているが,もとより正確な持ち帰り時間が不明であるため,上記のとおり,相当な範囲で認めているのであるから,成果物があっても,作成した日時が明らかでない場合は,上記の相当な範囲で考慮するのが相当であって,控訴人の上記主張は採用できない。 エ文化祭直前期における残業平成10年10月7~9日に開催された文化祭において,P2中学校の2年生は,クラスごとにベニヤ板1枚大のモザイク画を作成し,それをグラウンドでつなぎ合わせるという共同制作をする 前期における残業平成10年10月7~9日に開催された文化祭において,P2中学校の2年生は,クラスごとにベニヤ板1枚大のモザイク画を作成し,それをグラウンドでつなぎ合わせるという共同制作をすることとなった。モザイク画は,生徒全員で小さなマス目に全7色の色を入れる作業を行うというものであったが,文化祭直前に,P1の担任する学級のモザイク画の原画の色指定にミスがあることが判明した。P1は,文化祭までの間,生徒と共にやり直し作業を行い,午後6時ころに生徒が下校した後,学校に残って作業を行うこともあった(甲52,111)。 なお,その時期のP1の残業時間については,通常,最終の校内巡視は-41-教頭のP22又は校長のP13が行い,巡視後には学校日誌(甲63)に巡視時間を記載していたところ,同学校日誌には,文化祭前の平成10年10月3日は午後5時59分,同月5日は午後7時47分,同月6日は午後8時31分にP22が校内巡視を終えたとの記載があり,その後,教員は校内に残っていなかったといえるから,P1も遅くともそれまでには退勤していたといえる(甲63,乙8,9)。 3 医学的知見(1) ICD-10診断ガイドライン(甲60)ア ICD(InternationalStatisticalClassificationofDiseasesandRelatedHealthProblems(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)の略。 以下「ICD」という。)第10版(以下,単に「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」はF0~9に分類されており,うつ病はこのうちF3「気分[感情]障害」に分類される。 イ ICD-10第Ⅴ章F3「気分[感情]障害」のうち,F32では,軽症(F32.0),中等症(F32.1),重症(F ~9に分類されており,うつ病はこのうちF3「気分[感情]障害」に分類される。 イ ICD-10第Ⅴ章F3「気分[感情]障害」のうち,F32では,軽症(F32.0),中等症(F32.1),重症(F32.2,F32. 3)すべてに共通する典型的な抑うつのエピソードとして,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少に悩まされること,わずかに頑張ったあとでも,ひどく疲労を感じることを挙げ,その他の一般的な症状として,①集中力と注意力の減退,②自己評価と自信の低下,③罪責感と無価値感,④将来に対する希望のない悲観的な見方,⑤自傷あるいは自殺の観念や行為,⑥睡眠障害,⑦食欲不振を挙げる。 軽症うつ病(F32.0)エピソードの診断ガイドラインとして,抑うつ気分,興味と喜びの喪失及び易疲労性のうち,少なくとも2つの症状が存在すること,さらに,上記①~⑦の症状のうち少なくとも2つが存在すること,いかなる症状も著しい程度がないこと,エピソード全体が最低2-42-週間以上持続することとされている(以下ICD-10・32のうつ病を単に「うつ病」という。)。 (2) P24医師の意見P1の主治医であったP24医師は,次のような意見を述べている(乙3)。 ア P1は,平成10年10月28日の時点で,うつ病を発症していた。うつ病の生物学的機序については明らかにはされていないが,心因,内因,器質因などがあり,その別については長期間の観察を要するが,治療期間中は心因を想定していた。 イ公務以外(個体的,生活的要因等)の発症原因については,P1が問診において,妻の対応やネフローゼの子供を取り巻く問題を悩みとして訴えていたが,うつ状態に陥れば認知に歪みが生じ,すべてが心理的負荷として感じられるため,訴えをそのまま原因 原因については,P1が問診において,妻の対応やネフローゼの子供を取り巻く問題を悩みとして訴えていたが,うつ状態に陥れば認知に歪みが生じ,すべてが心理的負荷として感じられるため,訴えをそのまま原因とすることは慎重でなければならない。 ウまた,公務とうつ病の発症との因果関係については,すべての者が同じ状況下で発病するか否かは定かではなく,断定することは困難であるが,自身のクラスから不登校児が出たことや同好会の世話を負担に感じ,従前のようにできないことを自責的に捉えて悪循環に陥ったと思われる。 エさらに,自殺については,合理的に自殺を選ばなければならない必然性はなかったと思われ,正常な判断を欠いていたという点で精神疾患に起因したものと思われる。ただし,平成10年12月9日以降の急激な病状の変化については,職場復帰への不安等を含めた新たな心理的負荷を想定せざるを得ない。 (3) P25医師の意見被控訴人京都府支部専門医のP25医師は,次のような意見を述べている(乙4,11,12)。 -43-ア発症時期P1がうつ病を発症したのは,以下の理由から,平成10年6月ころであると思われる。 (ア) 平成10年6月ころより,家庭において,「クラスを引っかき回す女子生徒がいる。」などと愚痴をこぼし,食事中もぼうっとしてしゃべらなくなった(甲51)。このころより,自信の喪失,抑うつ気分,興味・喜びの消失,食思不振,注意・集中力の低下といううつ病の症状が現れている。 (イ) 平成10年7月以降は,控訴人に対し,「P2中学校の生徒はかわいくない。やりにくい。」などと発言するようになっていることから(甲51),うつ病患者に見られる認知の歪みの1つである「過度の全般化(1つ2つの事象に対するネガティブな評価を全体に対しても当ては わいくない。やりにくい。」などと発言するようになっていることから(甲51),うつ病患者に見られる認知の歪みの1つである「過度の全般化(1つ2つの事象に対するネガティブな評価を全体に対しても当てはめて見なしてしまうこと。)」が見られる。 また,そのころから,P1は「口数が減り,ぼうっとしていることが増え」ており(甲51),症状が徐々に増悪しており,平成10年の夏休みころには,包丁を持ち出すなどの自殺企図が見られ(甲31,32),かなり症状が悪化したといえる。 イ発症原因うつ病の発症原因については,仕事上の悩みと家庭の問題に慢性的に悩んでおり,器(キャパシティ)を超えてしまい,受診に至ったと思われる。 受診後も,希死念慮を繰り返していたが,抑えが効かなくなり,自殺に至ったものと思われる。仕事上の悩みと家庭の問題のいずれがうつ病の主たる発症原因となったかは判断が難しいが,以下のとおり,仕事のストレスだけで発症したとするのは難しく,生活的要因のウエイトが大きかった可能性がある。 (ア) 仕事上のストレスから離れて養生していた病気休暇中の自殺であ-44-ったことからすれば,本人にとっては家庭での療養が精神的な休養になっていなかったことが窺われる。 (イ) P24医師の診療録(甲31,32)や同医師の平成16年7月2日付け回答書(乙3)によれば,P1が,妻の対応や子供のネフローゼについて悩んでいること,以前は,学校が中心の仕事で学校の方がゆったりできていたこと,家庭では控訴人の性格に合わせてきたが,衝突しはじめたことなどを医師に述べている。 これらのことから,P1が,従来から妻や長男のネフローゼに思い悩んでいたが,平成10年4月から担任を受け持ち,担任を受け持っていなかった平成9年度のように妻や長男に対して十分に協力でき いる。 これらのことから,P1が,従来から妻や長男のネフローゼに思い悩んでいたが,平成10年4月から担任を受け持ち,担任を受け持っていなかった平成9年度のように妻や長男に対して十分に協力できず,夫及び父親としての責務が十分に果たせなくなったことが,さらに心理的負担を増したと思われる。 (ウ) P1が,平成10年6月ころから,珍しく仕事の愚痴をこぼすようになっていたところ,控訴人の「何故弱気なこと言っているのかなと思っていました」との陳述(甲51)に照らせば,P1は仕事やうつ病の辛さを控訴人に理解されておらず,そのことへの強い不満と,その不満をぶつけられない大きなストレスがあったものと考えられ,うつ病発症後の増悪要因にもなったことが窺える。 (エ) 指導に従わない女子生徒がクラスにいたことや,バスケットボール同好会を立ち上げたことは,P1が,平成9年度まで,常に問題行動の多い生徒のクラスを担任し,生徒指導,補導に力を入れていたこと,P1がバスケットボールに生き甲斐を感じており,P2中学校にバスケットボール部がないことを不満に感じていたなどの控訴人の供述(甲51),2年1組及びバスケットボール同好会の運営に特に他の問題がなかったことなどに照らせば,過剰な職務内容であったということはできず,これらを原因としてうつ病が発症したとは考えられない。 -45-(オ) P13がP1に休職の原因について尋ねた際,P1は妻のことや子供のことが気になって眠れないと述べていた(乙8)。 ウうつ病を発症しやすい素因,体質等控訴人の供述によるP1の性格をみる限り,「メランコリックタイプ(メランコリー親和型)」であると思われる。このタイプは,真面目で几帳面,責任感が強く,何でも自分で背負ってしまう完璧主義者である。社会的にはいい人であるが, 性格をみる限り,「メランコリックタイプ(メランコリー親和型)」であると思われる。このタイプは,真面目で几帳面,責任感が強く,何でも自分で背負ってしまう完璧主義者である。社会的にはいい人であるが,本人にとっては負担になっていたとも思われる。うつ病になりやすかった可能性はある。 エ自殺の原因P1がうつ病による抑うつ状態で自殺していることは明らかである。カルテ上では,調子が良くなってきていたところに,病状が悪化し,自殺に至っているが,一般的に,それまでは自殺するだけのエネルギーもなかった者が,治りかけた時に,自殺するだけのエネルギーが出てきたことにより自殺することが多い。 P1が平成10年12月5日にバスケットボール同好会の生徒に宛てた手紙(甲41)に,「また以前のように君たちと一緒に練習できることたのしみにしています。」との記載があること,メモ(甲44)に,薬の副作用に関し,管理職の自宅訪問の際,薬の副作用のために呂律が回らなくなり,そうなると職場復帰できないのではないかとの趣旨の記載があること,などに照らせば,P1には,職場復帰への強い希望と期待があったが,抗うつ薬の副作用である薬剤性パーキンソン症候群による手指振戦と呂律困難が増悪していたところ,これらの症状がP13に知れると復職を取り消されるのではないか,との絶望的な認知に駆られ,衝動的に自殺に至ったものと考える。 (4) P26医師の意見P26医師(P27病院精神科勤務)は,次のような意見を述べている(甲-46-116,117)。 ア発症時期平成10年6月ころ,P1が控訴人にクラスを引っかき回す女子生徒がいることについて珍しく愚痴をこぼし,食事中もぼうっとしていることが目立つようになったことから,このころにはうつ病の症状が出現していることは読 6月ころ,P1が控訴人にクラスを引っかき回す女子生徒がいることについて珍しく愚痴をこぼし,食事中もぼうっとしていることが目立つようになったことから,このころにはうつ病の症状が出現していることは読み取られる。しかし,ICD-10では症状の持続期間が最低でも2週間必要であり,入手し得る資料からは,うつ病の診断基準を満たす症状が他に読み取れない。 P24医師の診療録(甲31,32)には,P1には希死念慮があり,夏休み(平成10年7月末ころ~8月末ころ)には包丁を持ち出しているとの記載があり,P4の供述(甲107を含む。)によれば,P1は同年夏ころには表情が暗く投げやりな雰囲気であったと認められることなどから,確定判断はできないものの,同年8月ころにうつ病の診断基準を満たしていた可能性は十分に高いものと考える。 P1は,平成10年9月ころには,職場において,疲れた,眠いなどと言い,度々机でうつ伏せになって寝ていると同僚教諭が供述しており(甲110,111,証人P10),易疲労性があったものと判断できる。控訴人もそのころにはP1は毎日疲れた様子であったと供述している。また,同年10月20日の中間テストの問題作成ができなくなっていたとの同僚教諭の供述(甲108,証人P7)によれば,集中力や意欲の減退,興味,喜びの低下などが出現していると判断してよいであろう。同年10月28日にP24医師を受診した際には,不眠,食思不振などの症状の訴えがあることから,同年10月後半にはうつ病を悪化させていたと考える。 イ発症原因まず,家庭内の状況については,控訴人の精神疾患は平成8年に快復し-47-復職しており,長男のネフローゼも平成10年にはかなり改善し,自力での通院,通学を行い,同年9月には寛解している。長女の喘息や二男の口蓋裂については は,控訴人の精神疾患は平成8年に快復し-47-復職しており,長男のネフローゼも平成10年にはかなり改善し,自力での通院,通学を行い,同年9月には寛解している。長女の喘息や二男の口蓋裂については詳細が不明である。P24医師の診療録(甲31,32)に「妻が理解してくれない。」との記載があることから,うつ病を発症してから,控訴人にうつ病の知識と理解がないために,その症状を改善させなかった可能性がある。 他方,職場における状況は,受持ちクラスに平成10年度の1学期途中から不登校になった男子生徒がおり,P1が週に1度家庭訪問をしていた。また,女子生徒Aの指導に悩んでおり,家庭内でも珍しく愚痴をこぼすなど,これまで築き上げた自信を喪失するような状況にあった。また,バスケットボール同好会を立ち上げ,休日返上で指導をしたが結果を残せず,同年9月の体育大会で担当生徒が相手に怪我をさせるといった事故があり,同年10月の文化祭でもミスが発覚するなど,P1にとって負荷のかかる状況が連続して生じている。 当時の勤務状況は,概ね午前8時には出勤し,午後7時には退勤していたようであるが,P4の証言によれば,午前1時ころまで自宅で仕事をしており,同年6月以降の休日は,ほとんどバスケットボール同好会の練習に費やされるような状況であった。また,同僚教師の証言(証人P7)によれば,休職直前の中間試験問題もP1が作成しており,長時間労働もうつ病発症の一因になったと考えられる。 精神医学では,本人の心的負荷を増大させるイベントが単独で起こった場合には耐え得る場合でも,連続して生じた場合,うつ病を発症させたままそれを増悪させることが広く知られている。今回,単独では本人が耐え得る心的負荷を超えるイベントが不幸にも連続して生じたために,慢性的にストレスを抱える結果 連続して生じた場合,うつ病を発症させたままそれを増悪させることが広く知られている。今回,単独では本人が耐え得る心的負荷を超えるイベントが不幸にも連続して生じたために,慢性的にストレスを抱える結果となり,うつ病の発症に至ったと考えられる。 以上より,うつ病の原因は,家庭内の問題よりも,P1が従事していた-48-労働に起因すると考えるのが妥当である。 ウ裁量度-要求度-支援度モデルからの相当因果関係の検討(ア) 裁量度P1は,平成10年4月より学級担任に復帰したところ,1学期途中より不登校になった男子生徒と,これまでの生徒指導が通用しない女子生徒Aを受け持つこととなった。 P1は,不登校になった男子生徒には,週1度定期的に訪問し指導をしていたが,保護者の期待と実際の学力にギャップがあり,生徒は悩んでいたようである。P1は,無理矢理登校させることはせず,根気よく話し相手になりながら,自主的に登校できるような方向で指導していたようだが,うまくいかず自信を喪失する状況にあったものと考えられる。また,女子生徒Aについても,それまでの指導経験が通用せず,自信を喪失していた。 さらに,バスケットボール同好会の立ち上げについても,技術的な指導からユニフォームの作成まで,すべて1人で行っていた。 このように,P1の平成10年4月から8月までの職務は,仕事を自分でコントロールできないものであり,低裁量であった。 (イ) 要求度P8の陳述(甲109)によれば,P2中学校の親は学歴が高い人が多く,成績や進学する高校のレベルを気にするシビアで独特の雰囲気があり,保護者が教師に要求するレベルは高かった。 (ウ) 支援度同僚や妻の支援はなく,低支援であった。 (エ) 以上より,P1の従事していた労働は,低裁量度,低支援度,高 ビアで独特の雰囲気があり,保護者が教師に要求するレベルは高かった。 (ウ) 支援度同僚や妻の支援はなく,低支援であった。 (エ) 以上より,P1の従事していた労働は,低裁量度,低支援度,高要求度であって,心理的緊迫を求められるものであり(うつ病発症に対する相対リスクは7.16,暴露者寄与割合は86%と推測される。),-49-P1が従事していた労働とうつ病発症には相当の因果関係が推認される。 エ自殺の原因P1の自殺の原因としては,P1の残したメモ(甲44)からは,異動の件で管理職が会いに来て,自分の病気が改善していないことを知られて復職できなくなることを恐れていた様子が窺える。うつ病に罹患し,現実検討能力を欠いたために,復職できないと思いこみ,追い詰められた心理状況になり自殺に至ったものと考える。 4 判断指針(1) 判断指針の制定,改正の経過等民間労働者を対象とする労働基準監督署長による,心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の認定手続は,判断指針(甲123)に基づいて行われている。判断指針は,平成11年9月14日に定められ,平成21年4月6日に一部改正されている。 また,「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」は,平成23年11月8日に「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(乙23)という。)を作成しており,近い将来,これに基づいて判断指針も改正されるものと推測できる。 上記報告書は,新たに「業務による心理的負荷評価表」(以下「新評価表」という。)を作成しており,その内容は,別紙6記載のとおりである。 (2) 判断指針の内容上記報告書も含めた判断指針の内容は,次のとおりである。 ア基本的考え方心理的負荷による精神障害の業務上外の判断に当たっては,精神障害の発 記載のとおりである。 (2) 判断指針の内容上記報告書も含めた判断指針の内容は,次のとおりである。 ア基本的考え方心理的負荷による精神障害の業務上外の判断に当たっては,精神障害の発病の有無,発病の時期及び疾患名を明らかにすることはもとより,当該精神障害の発病に関与したと認められる業務による心理的負荷の強度の-50-評価が重要である。 その際,労働者災害補償保険制度の性格上,本人がその心理的負荷の原因となった出来事をどのように受け止めたかではなく,多くの人々が一般的にはどう受け止めるかという客観的な基準によって評価する必要がある。 イ対象とする疾病判断指針で対象とする疾病は,原則としてICD-10第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害とする。 ウ判断要件判断要件は,以下のとおりとする。 (ア) 対象疾病に該当する精神障害を発病していること。 (イ) 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること。 (ウ) 業務以外の心理的負荷および個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと。 エ判断要件の運用判断要件の運用は,以下のとおりとする。 (ア) 精神障害の判断等a 精神障害の発病の有無等の判断精神障害の発病の有無,発病時期及び疾患名の判断に当たっては,ICD-10作成の専門家チームによる「臨床記述と診断ガイドライン」に基づき行う。 b 業務との関連で発病する可能性のある精神障害対象疾病のうち主として業務に関連して発病する可能性のある精神障害は,ICD-10のF0からF4に分類される精神障害である。 -51-(イ) 業務による心理的負荷の強度 ある精神障害対象疾病のうち主として業務に関連して発病する可能性のある精神障害は,ICD-10のF0からF4に分類される精神障害である。 -51-(イ) 業務による心理的負荷の強度の評価業務による心理的負荷の強度の評価に当たっては,本人がその出来事及び出来事後の持続する程度を主観的にどう受け止めたかではなく,同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から検討されなければならない。ここで「同種の労働者」とは,職種,職場における立場や経験等が類似する者をいう。 (ウ) 業務による心理的負荷の強度の総合評価a 業務による心理的負荷の強度の総合評価は,心理的負荷の強度の総体が,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷と認められるか否かについて行う。 「客観的に精神障害を発病させるおそれのある程度の心理的負荷」とは,評価表の総合評価が「強」と認められる程度の心理的負荷とする。 b 精神障害の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合は,以下のように取り扱う。 (a) 複数の出来事が発病に関与したと認められる場合には,まず,それぞれの具体的出来事について,総合評価を行い,いずれかの具体的出来事によって「強」の評価が可能な場合は,業務による心理的負荷を「強」と判断する。 (b) いずれの具体的出来事でも単独では「強」と評価できない場合には,それらの複数の出来事について,関連して生じているのか,関連なく生じているのかを判断した上で,① 出来事が関連して生じている場合には,その全体を一つの出来事として評価することとし,原則として最初の出来事を具体的出来事として新評価表に当てはめ,関連して生じた各出来事は出来事後の状況等とみなす方法により,その全体の総合評価を行う。 の全体を一つの出来事として評価することとし,原則として最初の出来事を具体的出来事として新評価表に当てはめ,関連して生じた各出来事は出来事後の状況等とみなす方法により,その全体の総合評価を行う。 -52-② ある出来事に関連せずに他の出来事が生じている場合には,その時間的な近接の程度等によって,それらの複数の出来事による心理的負荷の総合評価を行う。 具体的には,単独の出来事の評価が「中」と評価する出来事が複数生じている場合には,それらの出来事が生じた時期の近接の程度,出来事の数,その内容等によって,総合評価が「強」となる場合もあり得ることを踏まえつつ,個別に心理的負荷を総合評価すべきである。 一方,「中」と評価する出来事が一つあるほかには「弱」と評価する出来事しかない場合には総合評価も「中」であり,「弱」と評価する出来事が複数生じている場合には総合評価も「弱」となると考えられる。 オ精神障害による自殺(ア) ICD-10のF0からF4に分類される多くの精神障害では,精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから,業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し,原則として業務起因性が認められる。 (イ) 遺書等の存在については,それ自体で正常な認識,行為選択能力が著しく阻害されていなかったと判断することは必ずしも妥当ではなく,遺書等の表現,内容,作成時の状況等を把握の上,自殺に至る経緯に係る一資料として評価するものである。 5 公務起因性の判断基準(1) 公務と傷病等との間 判断することは必ずしも妥当ではなく,遺書等の表現,内容,作成時の状況等を把握の上,自殺に至る経緯に係る一資料として評価するものである。 5 公務起因性の判断基準(1) 公務と傷病等との間に公務起因性-53-労働基準法75条以下に定められている労働者災害補償制度は,労働者が従事した業務に内在し又は通常随伴する危険が発現して労働災害を生じた場合に,使用者の過失の有無を問わず,被災労働者の損害を補填するとともに,被災労働者及びその遺族の生活を補償するものであるところ,このような制度趣旨に照らせば,業務と傷病等との間に業務起因性があるというためには,単に当該業務と傷病等との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,業務に内在し又は通常随伴する危険の現実化として死傷病等が発生したと法的に評価されること,すなわち相当因果関係の存在が必要であると解される。 地方公務員災害補償制度も労働基準法上の労働者災害補償制度と趣旨を同じくするものであるから,地方公務員災害補償法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」における公務起因性の判断についても同様に解するべきである。 (2) 公務と精神疾患の発症・増悪との公務起因性アストレス-脆弱性理論(ア) 精神疾患の発症や増悪には,様々な要因が複雑に影響し合っていると考えられているが,当該業務と精神疾患の発症や増悪との間に相当因果関係が肯定されるためには,単に業務が他の原因と共働して精神疾患を発症又は増悪させた原因であると認められるだけでは足りず,当該業務自体が,社会通念上,当該精神疾患を発症又は増悪させる一定程度以上の危険性を内在又は随伴していることが必要であると解するのが相当である。 そして,うつ病発症のメカニズムについては,いまだ 体が,社会通念上,当該精神疾患を発症又は増悪させる一定程度以上の危険性を内在又は随伴していることが必要であると解するのが相当である。 そして,うつ病発症のメカニズムについては,いまだ十分解明されていないが,現在の医学的知見によれば,環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性(個体側の要因)との関係で精神破綻が生じるか否かが決まり,ストレスが非常に強けれ-54-ば,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,反対に個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性」理論が合理的であると認められる。 (イ) もっとも,ストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるといっても,両者の関係やそれぞれの要素がどのように関係しているのかについては,いまだ医学的に解明されているわけではない。 したがって,業務とうつ病の発症,増悪との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては,うつ病に関する医学的知見を踏まえて,発症前の業務内容及び生活状況並びにこれらが労働者に与える心理的負荷の有無や程度,さらには,当該労働者の基礎疾患等の身体的要因や,うつ病に親和的な性格等の個体側の要因等を具体的かつ総合的に検討し,社会通念に照らして判断するのが相当である。 イ判断指針ところで,民間労働者を対象とする労働基準監督署長による,心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の認定手続は,前記4(1)のとおり判断指針(甲123)に基づいて行われている。 判断指針は,各分野の専門家による専門検討会報告書に基づき,医学的知見に沿って作成されたもので,一定の合理性があることは認められるものの,本件のように公務上外の認定 づいて行われている。 判断指針は,各分野の専門家による専門検討会報告書に基づき,医学的知見に沿って作成されたもので,一定の合理性があることは認められるものの,本件のように公務上外の認定手続に直接適用されるものではない上,あてはめや評価に当たっては幅のある判断を加えて行うものであって,当該労働者が置かれた具体的な立場や状況等を十分しんしゃくして適正に心理的負荷の強度を評価するに足りるだけの明確な基準となっているとするには,いまだ十分とはいえない。 しかし,上記(1)のとおり,地方公務員災害補償制度も労働基準法上の労働者災害補償制度と趣旨を同じくするものであるから,精神障害の公務起-55-因性を判断するための一つの参考資料にはなり得るものというべきである。 ウ平均的労働者基準説また,相当因果関係の判断基準である,社会通念上,当該基礎疾患を発症させる一定以上の危険性の有無については,職場における地位や年齢,経験等が類似する者で,通常の勤務に就くことが期待されている平均的労働者を基準とするのが相当である。 そして,労働者の中には,一定の素因や脆弱性を有しながらも,特段の治療や勤務軽減を要せず通常の勤務に就いている者も少なからずおり,これらの者も含めて公務が遂行されている実態に照らすと,上記の「通常の勤務に就くことが期待されている平均的労働者」とは,完全な健常者のみならず,一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の軽減を要せず通常の勤務に就き得る者を含むと解するのが相当である。前記4(判断指針)の(2)ア(基本的考え方),同エ(イ)(業務による心理的負荷の強度の評価)も,以上のように解すべきである。 そこで,当該公務が精神疾患を発症ないし増悪させる可能性のある危険性ないし負荷を有す ア(基本的考え方),同エ(イ)(業務による心理的負荷の強度の評価)も,以上のように解すべきである。 そこで,当該公務が精神疾患を発症ないし増悪させる可能性のある危険性ないし負荷を有するかどうかの判断に当たっては,当該公務員の置かれた立場や状況,性格,能力等を十分に考慮する必要があり,このことは公務の危険性についていわゆる平均的労働者基準説を採用することと矛盾するものではない。 (3) 公務による心理的負荷によって精神障害が発病し自殺を図った場合被災職員の自由な意思によって発生した故意による事故は,公務との因果関係が中断されるため,原則として公務起因性がなく,災害保険給付の対象外となるが,自殺行為のように外形的に被災職員の意思的行為と見られる行為によって事故が発生した場合であっても,その行為が公務に起因して発生した精神障害の症状として発現したと認められる場合には,被災職員の自由-56-な意思に基づく行為とはいえず,因果関係は否定されない。 特に,ICD-10第Ⅴ章「精神及び行動の障害」のF0~4に分類された精神障害では,精神障害の病態として自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから,公務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し,原則として公務起因性を認めるのが相当である(この点は,前記4(2)オのとおり,判断指針においては,同旨の規定がある。)。 6 P1のうつ病発症時期(1) 平成10年6~7月ころ前記1(8)アのとおり,P1は,平成9年ころまでは,夕食時に家族 オのとおり,判断指針においては,同旨の規定がある。)。 6 P1のうつ病発症時期(1) 平成10年6~7月ころ前記1(8)アのとおり,P1は,平成9年ころまでは,夕食時に家族に学校での出来事を自慢気に話し,愚痴を言うことはほとんどなかったが,平成10年6月ころから,クラスの生徒に関する愚痴をこぼすようになり,家族が話しかけても投げやりな態度で返答することが増えた。また,同年7月ころには,家庭内での口数が少なくなり,ぼうっとしていることが増えるようになった。 このように,P1に,平成10年6~7月ころ,抑うつ気分,自己評価と自信の低下といったうつ病エピソードが現れ始めていたことが認められるが,これらの症状が2週間以上継続していたことを認めるに足りる証拠はない。他方で,この時期は,バスケットボール同好会の練習には毎日参加し(前記1(5)ウ),授業及び授業に使用するプリント等の作成も問題なく行っており(甲108,証人P7,別紙5),日常の職務に支障を来すような症状には至っていなかったことが窺われる。 そうすると,P1が,平成10年6~7月ころに,うつ病を発症したとまでは認めることができない。 -57-(2) 平成10年8月~10月P1は,平成10年8月ころ,ほぼ毎日バスケットボール同好会の練習には参加していたが,生徒らが夏休みに入り,平日の授業等がなく日常の職務の負担が大きく軽減される時期であったにもかかわらず,上記1(8)イのとおり,家庭においては,毎年行っていた家の建具の入れ替え等の家事を行わなくなり,包丁を持ち出すなどしており,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,活力の減退による易疲労感の増大といったすべてのうつ病に典型的な抑うつのエピソードのほか,自傷あるいは自殺の観念や行為と 事を行わなくなり,包丁を持ち出すなどしており,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,活力の減退による易疲労感の増大といったすべてのうつ病に典型的な抑うつのエピソードのほか,自傷あるいは自殺の観念や行為といった症状も現れ始めており,同年6~7月ころの症状が増悪したことが窺われる。 さらに,上記1(8)ウのとおり,2学期が始まった平成10年9月ころには,家庭において,P1が疲労し,無気力にしている様子が目立つようになっていた。また,P1は,上記1(8)エ⑦のとおり,平成10年10月28日の時点で3~4㎏の体重の減少があった。さらに,P1は,上記1(8)ウのとおり,同僚教員に対してもあまり眠れないことを語っており,テストの日の前日まで中間テストの問題が作成できないなど,睡眠障害や集中力の減退があったことが窺われる。 (3) 平成10年10月28日以降P1は,平成10年10月28日,P23診療所を受診して精神科のP24医師の診察を受け,「抑うつ状態」と診断されて,抗うつ薬を中心とした薬物療法と支持的精神療法を受けることとなった(前記1(8)エ)。 そこで,P1は,同日午後6時ころ,P22及びP13に1か月の休職を申し出,翌29日,抑うつ状態のため3か月の休養を要するとの医師の診断書をP13に提出し,同月30日より病気休暇に入った(前記1(8)オ,カ)。 そして,P1は,同日以降自宅での療養生活を始め,引き続きP24医師の診察治療を受けていたが,▲年▲月▲日に自殺した(前記1(9)ア)。 (4) P24医師の診断,P26医師の意見-58-P24医師は,P1が平成10年10月28日時点で,うつ病を発症していたと診断している(甲31,32)。P26医師は,平成10年8月から同年10月にかけて,P1のうつ病が発症した -58-P24医師は,P1が平成10年10月28日時点で,うつ病を発症していたと診断している(甲31,32)。P26医師は,平成10年8月から同年10月にかけて,P1のうつ病が発症したとの意見を述べている(甲116)。 (5) まとめ以上のとおり,P1は,平成10年6~7月ころにうつ病を発症したとまでは認めることができないものの,それ以降,徐々に症状が悪化していき,同年10月28日ころには,長期間の病気休暇を要する事態にまで症状が憎悪し,同日以降自宅での療養生活に入ったが,▲年▲月▲日に自殺したことが認められる。 このように,P1は,早ければ平成10年8月ころ,遅くても同年10月28日までに,うつ病を発症したものであり,同月28日には,長期間の病気休暇を要する事態にまでに症状が憎悪したのであり,この症状憎悪がP1の自殺に繋がったのであるが,P1が同月28日までのいつころにうつ病を発症したかを確定するに足りる的確な医学的知見はない。 そこで,P1は,平成10年10月28日までには,自殺に繋がるようなうつ病を発症したものとして,以後検討するのが相当である。 7 公務上の心理的負荷(1) はじめに異常な出来事・突発的事態に遭遇したことにより発症する可能性のある驚愕反応等の精神疾患は,医学経験則上,異常な出来事・突発的事態との遭遇の直後又は数日以内に発症するものとされているが,心因性,反応性等の精神疾患は,過重な肉体的,精神的負担を相当長期間受け続けた後に発症する例が多いとされている(甲121,弁論の全趣旨)。 そこで,P1のうつ病の発症に影響を与えた可能性のあるうつ病発症前概ね6か月の公務上の出来事について,社会通念上,うつ病を発症し若しくは-59-増悪させる る(甲121,弁論の全趣旨)。 そこで,P1のうつ病の発症に影響を与えた可能性のあるうつ病発症前概ね6か月の公務上の出来事について,社会通念上,うつ病を発症し若しくは-59-増悪させる一定程度以上の危険性が内在し又は随伴していたか否かについて,以下検討する。 (2) 平成9年度の業務前記1(2)のとおり,P1は,平成9年度,長男のネフローゼのために担任や部活動の顧問を持たず,2学級の副担任を受け持っており,週21時間の数学の授業,生徒会安全委員会の指導,特別活動主任等の業務を担当していたが,長男の看護のため,午前中に1~3時間の年休を頻繁に取得するなどしていた。 したがって,平成9年度は,公務に過重性があったとは認められず,かえって,P1と同程度の経験を有する教諭と比較すると,公務が軽減されていたというべきである。 (3) 平成10年度の業務ア全体的な心理的負荷について(ア) ところが,P1は,平成10年4月になって,同程度の経験を有する教諭と同様に,学級担任や部活動の顧問を担当することになったほか,これに加えて,生徒等からの要望に応え,バスケットボール同好会を立ち上げたことから,平成10年3月までと比べて,一気に,業務内容が質・量ともに大きく変化した(前記1(3),(5))。 学級担任は,学級指導や道徳指導だけでなく,「家庭訪問,教育相談,保護者懇談会,体育大会,文化祭などの学校行事」など多くの精力を割かなければならない業務が多く(前記1(3)イ),副担任と比較すると,それ自体,精神的・肉体的負担ははるかに大きいものである。 (イ) P1は,平成10年4月から1年ぶりの学級担任に意欲をもって臨んだが,男子生徒が不登校となり,頻繁に家庭訪問をすることを余儀 それ自体,精神的・肉体的負担ははるかに大きいものである。 (イ) P1は,平成10年4月から1年ぶりの学級担任に意欲をもって臨んだが,男子生徒が不登校となり,頻繁に家庭訪問をすることを余儀なくされた上,これまで体験したことのないタイプの問題生徒である女子生徒Aに遭遇し,効果的な指導方法を見つけることができず,次第に学-60-級運営にも困難を感じるようになって,大きなストレスを感じるようになった(前記1(4)イ,ウ)。 P1は,バスケットボール同好会に関しても,自ら立ち上げたものの,正規の部活動への昇格の使命感がストレスとなった上,正規の部活動と異なり,練習時間・場所の確保,生徒の費用負担などのために相当な心労を強いられた(前記1(5)ウ)。 そして,P1は,急激に増えた労働時間による肉体的疲労も相俟って,同年6月ころには,それまで愚痴などこぼしたことがなかったのに,他の教師に対しても,「生徒指導がやりにくい。どこまでやっていいか分からない。」などと悩みを漏らしたり,控訴人など家族に対しても,「クラスを引っかき回す女子生徒がいるんや。」,同年7月ころには,「P2中学校の子供はかわいくないんや。やりにくい。」などと愚痴を言うようになるに至った(前記1(8)ア)。 (ウ) P1は,平成10年9月になると,上記の各心理的負荷を受ける状況が継続する一方,新たに,①9月17日の体育大会直前に,P1が受け持っていた,やくざ風の父親を持つ男子生徒が3年生の生徒に指を骨折させられ,加害生徒の担任らとともに,怪我をした男子生徒宅を謝罪のため訪問したこと(前記1(6)ア),②9月ころ,女子生徒Aが生徒会長選挙に立候補の意向を表明したこと(前記1(4)イ),③10月7日~9日開催の文化祭に際し,モザイク画の色指定ミス 生徒宅を謝罪のため訪問したこと(前記1(6)ア),②9月ころ,女子生徒Aが生徒会長選挙に立候補の意向を表明したこと(前記1(4)イ),③10月7日~9日開催の文化祭に際し,モザイク画の色指定ミスから直前まで夜遅くまでかかってやり直し作業を余儀なくされたこと(前記1(6)イ)などによって,一層ストレスが増幅された。 イ業務量の変化についてP1は,平成9年度は副担任をしていただけであり,学級担任や部活動の顧問をしていなかったが(前記1(2)),平成10年4月以降は,学級担任や部活動の顧問を担当するようになった(前記1(3))上,バスケッ-61-トボール同好会も顧問として立ち上げており(前記1(5)ウ),公務の内容に変化が生じただけではなく,業務の量も大幅に増大し,時間外労働時間も著しく増加した(別紙5)。 もとより,P1は,20年の経験を有するいわばベテラン教師ではあり,平成8年度以前は学級担任や部活動の顧問をしていたものである(甲51,控訴人本人)が,そうであっても,このような業務の質・量の急激な変化は,P1に相当なストレスを与えるものであったことは否定できない。 なお,新評価表(別紙6)によれば,時間外労働時間数として概ね20時間以上増加し,1月当たり概ね45時間以上になる仕事量の変化は,平均的な心理的負荷の強度が「中」とされており,別紙5記載の時間外勤務の労働時間を考慮すると,P1の場合これに該当するものと解される。 ウ平成10年度の数学科担当業務及び校務分掌についてP1の平成10年度における数学科担当教員としての業務についてみると,平成10年度,P2中学校には数学科を担当する教員が5名在籍しており,他の科目を担当する教員よりも人数が多く,P1は,3年生の数学の選択授業を週に2時間,2年生の数学の授業を16 務についてみると,平成10年度,P2中学校には数学科を担当する教員が5名在籍しており,他の科目を担当する教員よりも人数が多く,P1は,3年生の数学の選択授業を週に2時間,2年生の数学の授業を16時間担当していたが,他の科目に比べると担当授業時間は少なかった。また,数学の問題作成は,参考書や過去に作成した問題を引用することも可能であり,採点についても解答が1つであるため教師の裁量の幅が小さいことからすれば,他の科目との比較においても,作業量が特に多かったということはできない(前記1(3)ウ)。 また,担当教科以外の特別活動主任等の校務分掌についても,上記1(3)エ記載の業務内容に照らせば,作業量が多かったとか,内容が困難であったということはできず,部活動の顧問についても,前記1(3)オ記載のとおり,バレー部及び剣道部については,指導を担当せず,公式試合の引率-62-等を担当する程度であったから,過重であったとまではいえない。 もっとも,これらの作業量も決して軽いということはできず,他の作業と相俟って時間外労働時間を増加させる結果をもたらしている。 エ女子生徒Aと不登校の男子生徒の問題(学級運営)について(ア) 前記1(1)ア,(4)イ・ウの事実によれば,次のとおり認めることができる。 aP1は,これまでの教師経験により,暴力的に反抗するような生徒に対しては更生させた経験を有するなど,生徒指導やクラス運営についてもそれなりの自信を有していた。 ところが,女子生徒Aは,それまでにP1が更生させた生徒と全くタイプが異なり,一応,その場では,教師の注意を聞く素振りを見せるものの,最終的には指導に従わない対応を示したため,P1としては,有効な指導方法を見出すことができず苦慮することになった。また不登校の男子生徒に対 ,一応,その場では,教師の注意を聞く素振りを見せるものの,最終的には指導に従わない対応を示したため,P1としては,有効な指導方法を見出すことができず苦慮することになった。また不登校の男子生徒に対しても,週1回家庭訪問を続けていたが,一向に改善の兆しは見られなかった。 しかも,女子生徒Aは,闊達な性格で,問題行動を起こす生徒のリーダー的存在であったため,次第にクラスの他の生徒に対しても悪影響を及ぼすようになり,女子生徒B,ひいてはクラス全体に悪影響を及ぼし,クラス全体の運営を困難にしていった。 そして,女子生徒Aは,平成10年9月ころ,問題行動を続けながら,生徒会会長選挙に立候補の意向を表明するに至ったが,これは,それまでのP1の指導に対する挑戦ともいえるもので,P1が受けたショックも相当なものであったと推認できる。 b このような問題行動を起こす生徒の存在は,教師として学級担任になれば多くの教師が経験するものであったということはできるが,女子生徒Aは,これまでP1が20年間にわたる教師経験の中で経験し-63-たことのないタイプの生徒であった。 しかも,女子生徒Aは,単独で問題行動を起こすだけでなく,リーダー的存在として,クラスの他の生徒まで問題行動に巻き込むタイプであったこと,不登校の男子生徒も,家庭訪問にもかかわらず一向に改善の兆しがなかったことからすれば,真面目で几帳面かつ責任感の強い性格で,これまで生徒指導やクラス運営に対してもそれなりの自信を有していたP1が,これに何ら有効な対応策を講じることができないことにより,大きく自信を喪失し,強い心理的負荷を負担したものと認められる。 c なお,P1は,教室から出て行った女子生徒Aを力づくで連れ戻したり,怒鳴ったりすることはなかったが,それはP1なりの粘り強い指導方 く自信を喪失し,強い心理的負荷を負担したものと認められる。 c なお,P1は,教室から出て行った女子生徒Aを力づくで連れ戻したり,怒鳴ったりすることはなかったが,それはP1なりの粘り強い指導方法に拠っていたからであって,力づくで連れ戻さなかったからといって,心理的負荷が弱いなどということはできない。 そうであるからこそ,P1も,それまで愚痴などこぼすことはなく,むしろ自慢話をしていたのが,ことさら女子生徒Aのことにつき,他の教師や家族に愚痴をこぼすようになったのである。 (イ) なお,新評価表(別紙6)によれば,この女子生徒Aと不登校の男子生徒の問題(学級運営の問題)は,併せて,新評価表の「達成困難なノルマが課された」あるいは「ノルマが達成できなかった」に該当し,その平均的な心理的負荷の強度は「中」である。P26医師も同意見である(甲138の1:2頁(1))。 オバスケットボール同好会について上記1(5)のとおり,バスケットボール同好会は,そもそもP2中学校にバスケットボール部がないことに物足りなさを感じていたP1が,生徒からの要望を受けて立ち上げたものであり,P1が教員になってから約20年間熱心にバスケットボール部の指導をしていたことも事実である。 -64-しかしながら,P1が自信を持っていたのは,バスケットボールの技術指導である。そして,P1は,平成9年度は家庭の事情もあって断っていたのに,平成10年4月になって一人で同好会を立ち上げたものであり,しかも同僚からは,立ち上げるのであれば4~5年は頑張るように助言を受け,立ち上げた以上,早く部に昇格させなければならないとの使命感を持っていたものと推認できるから,同好会の立上げ自体,正規の部活動としてのバスケットボール部の指導に比較して, は頑張るように助言を受け,立ち上げた以上,早く部に昇格させなければならないとの使命感を持っていたものと推認できるから,同好会の立上げ自体,正規の部活動としてのバスケットボール部の指導に比較して,格段に心理的負担が大きかったといえる。 しかも,ユニフォームの購入,練習時間及び場所の調整等,本来,正規の部活動であれば,何らの配慮の必要でない事項についてまでP1一人で取り組まなければならなかったのであって,それ自体もP1に一定の心理的負荷を及ぼしたことは否定できない。 また,練習場所である体育館が正規の部活動が使用していない時間の使用に限られることにより,練習時間は午後5時~5時30分となり,それに伴って帰宅時間が遅くなったり,休日については練習のため,少なくとも平成10年4~6月には少なくとも50時間,7~10月には120時間30分の休日出勤をしており,バスケットボール同好会の練習のために十分な休暇を取得できなかったことによって,過重な肉体的負担を被るようになり,それがひいては一定の心理的負荷をも招く結果になっていったことも肯認できる。 さらに,P1は,前記1(5)ウのとおり,バスケットボール同好会の指導に使命感を感じており,平成10年9月下旬に新人戦を控えていたことなどから,同年8~9月以降,体調が優れないのに無理をしてバスケットボール同好会の練習へ参加し,うつ症状を増悪させた可能性も否定できない。 なお,新評価表(別紙6)によれば,このバスケットボール同好会の立-65-上げは,「新規事業の担当になった」に類するものと評価でき,軽微な新規事業とはいえないから,その平均的な心理的負荷の強度は「中」である。 P26医師も同意見である(甲138の1-2・3頁(2))。 カ時間外勤務 」に類するものと評価でき,軽微な新規事業とはいえないから,その平均的な心理的負荷の強度は「中」である。 P26医師も同意見である(甲138の1-2・3頁(2))。 カ時間外勤務P1の平成10年度の月別超過勤務時間は別紙5のとおりであり(前記2(1)),P1は,平成10年4~10月の間,4月は66時間20分,5月は87時間10分,6月は80時間10分,7月は90時間20分,8月は31時間30分,9月は90時間20分,10月は82時間10分の合計528時間の時間外勤務を行っていた。しかも,9月は全く休日が取れていない。 長時間労働は,それ自体が相当程度の心理的負荷となるものである。この点は,平成23年11月8日の「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(乙23)が,これまでの方針と異なり,長時間労働それ自体を出来事として評価するように変更したことからも明らかである。 なお,新評価表(別紙6)によれば,P1の時間外勤務は,「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」(平成10年5月~7月,同年9月,同年10月),「2週間以上にわたって連続勤務を行った」(平成10年9月)に該当し,その平均的な心理的負荷の強度はいずれも「中」である。 キ体育大会直前の男子生徒の骨折事故前記1(6)アのとおり,平成10年9月17日の体育大会の数日前,P1が担任していた学級の男子生徒が3年生の男子生徒に倒されて指を骨折した。 P1は,怪我をさせた男子生徒,保護者,その担任らとともに,怪我をした生徒宅を謝罪のため訪問した。怪我をした男子生徒の父親は,授業参観の際に派手なスーツに白いエナメル靴で現れるなどしていた人物であったため,P1は,訪問時にトラブルを危惧していた。結果的には,トラ-66-ブルにはならなかったも 我をした男子生徒の父親は,授業参観の際に派手なスーツに白いエナメル靴で現れるなどしていた人物であったため,P1は,訪問時にトラブルを危惧していた。結果的には,トラ-66-ブルにはならなかったものの,P1は,生徒の怪我が治るまでの間,怪我をさせた生徒の担任教諭に,何度も怪我の状況を伝えていた。 以上のような経緯からすると,結果的にはトラブルが発生しなかったとしても,P1は怪我をした生徒宅を訪問するまでは相当なストレスを感じていたことは推認するに難くないし,訪問後もトラブルが生じることのないよう細心の注意を払っていたといえるから,その点もそれなりのストレスになっていたと解される。 なお,新評価表(別紙6)によれば,この体育大会直前の男子生徒の骨折事故は,「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,「会社で起きた事故,事件について,責任を問われた」に該当し,平均的な心理的負荷の強度は「中」である。P26医師も同意見である(甲138の1:3頁(3))。 ク文化祭直前のミス前記1(6)イのとおり,平成10年10月7~9日に開催された文化祭直前に,P1の担当する学級のモザイク画の原画の色指定にミスがあることが判明し,P1は,文化祭までの間,生徒と共にやり直し作業を行った。 P1は,生徒が帰宅後も夜遅くまでかかってやり直し作業をすることを余儀なくされた。 以上のとおり,文化祭直前という期限の迫った中で,ミスを挽回する作業が求められたのであるから,P1にとって相当程度のストレスであったことは明らかである。 なお,新評価表(別紙6)によれば,この文化祭直前のミスは,「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,「会社で起きた事故,事件について,責任を問われた」に該当し,その平均的な心理的負荷の強度は「中」である。P26医師も同意見である( 文化祭直前のミスは,「②仕事の失敗,過重な責任の発生等」のうち,「会社で起きた事故,事件について,責任を問われた」に該当し,その平均的な心理的負荷の強度は「中」である。P26医師も同意見である(甲138の1:4頁(4))。 ケまとめ(ア) 心理的負荷の要因となる公務上の出来事が複数存在する場合には,-67-各要因が相互に関連して一体となって精神障害の発症に寄与すると考えられるから,これらの出来事を総合的に判断し,精神障害を発症させるおそれのある強度のものであるかを具体的かつ総合的に判断するのが相当である。 この点,前記認定に係る判断指針も,「具体的には,単独の出来事の評価が「中」と評価する出来事が複数生じている場合には,それらの出来事が生じた時期の近接の程度,出来事の数,その内容等によって,総合評価が「強」となる場合もあり得ることを踏まえつつ,個別に心理的負荷を総合評価すべきである。」としており(前記4(2)エ(ウ)b),上記と同旨と考えられる。 (イ) これを本件についてみると,以上のとおり,①P1は,それまでの1年間は副担任にすぎなかったのに,平成10年4月に,学級担任と部活動の顧問を担当するようになった上,バスケットボール同好会を立ち上げて,その顧問になったことにより,業務内容は,質・量ともに大きく変化してP1にストレスを与えたこと,②担任を担当した学級には,不登校の生徒がいたばかりでなく,P1がこれまで遭遇したことのないタイプの問題生徒である女子生徒Aがおり,同女が他の生徒にも悪影響を及ぼして学級運営が困難になっていき,P1は生徒指導の自信を喪失するなど,相当に強いストレスを感じたこと,③バスケットボール同好会の立上げは,正規の部への昇格を目指していたことから,それ自体ストレスがあるもので 営が困難になっていき,P1は生徒指導の自信を喪失するなど,相当に強いストレスを感じたこと,③バスケットボール同好会の立上げは,正規の部への昇格を目指していたことから,それ自体ストレスがあるものであるが,その運営には,正規の部活動では必要のない配慮や業務が必要であって,P1はそれを一人でこなす必要があった上,時間外労働をより増加させ,P1にそれなりのストレスを与えたこと,④P1の時間外労働時間は,平成10年5月以降(ただし,同年8月を除く。)は,恒常的に80時間を超過していたこと,⑤しかも,同年9月以降は,体育祭直前の事故や文化祭直前のミスなど,それ自体,-68-相当程度のストレスを与えるトラブルが複数発生したことなどから,時間外労働時間も長くなる傾向にあったことが認められる。 そして,これらの出来事は,個々の問題ごとにみれば,教師として学級担任になれば多くの教師が経験するものであったとしても,P1の場合は,前年度において,職務を軽減されているのと同様の勤務状況であったのが,平成10年度には,業務内容が質・量共に大きく変化したほか,相当程度の心理的負荷を与える出来事が同時期あるいは次々と発生したものであるから,P1が平成10年4月~同年10月にかけて負担した心理的負荷の強度は,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重な心理的負荷というに十分であると認められる。 この点につき,被控訴人は,通常の教師としての公務であれば過重な心理的負荷になり得ないかのような主張をしている。 しかしながら,証拠(甲100)から明らかなように,通常の教師としての公務自体,相当な心理的負荷を伴うものであって,単に他の教師が精神障害を発症していないからといって過重な心理的負荷であることが否定されるものではない。 8 公務外 かなように,通常の教師としての公務自体,相当な心理的負荷を伴うものであって,単に他の教師が精神障害を発症していないからといって過重な心理的負荷であることが否定されるものではない。 8 公務外の心理的負荷や個体側の要因(1) 長男のネフローゼについてア当裁判所の判断前記1(1)ウ(イ)のとおり,P1の長男は,平成7年にネフローゼを再発したが,その治療のためのプレドニンの服用は,平成10年4月以降,順調に減らすことができ,歩行時間も増え,公共交通機関を使えるようになり,その症状は快方に向かっていた。そして,プレドニンの服用も同年9月までで,同月以降(2学期以降)は,登下校も自力で通学を行っており,同年秋には寛解していた。 このように,長男のネフローゼは,平成10年4月以降,快方に向かっ-69-ており,そのために,P1も自ら申し出て学級担任を希望し,バスケットボール同好会も立ち上げる気持ちにまでなったのであって(前記1(3)ア,(5)ウ),同月以降,長男のネフローゼがP1にことさら心理的負荷を与えていたとは到底考えられない。 イ被控訴人主張の検討(ア) 被控訴人主張これに対し,被控訴人は,P1が平成10年10月28日,P13に対し,「家内のことと子供のことで悩んでいて,夜寝られない。」と述べたこと,P23診療所でも,P24医師に長男のネフローゼが再発したことなどを話していることなどを指摘している。 (イ) 検討しかしながら,まず注意すべきは,P1のP13に対する発言やP23診療所におけるP1の発言は,既にP1が完全にうつ病に罹患した後にされていることである。そして,うつ状態に陥れば認知に歪みが生じ,すべてが心理的負荷として感じられるため,訴えをそのまま原因とすることは慎重 おけるP1の発言は,既にP1が完全にうつ病に罹患した後にされていることである。そして,うつ状態に陥れば認知に歪みが生じ,すべてが心理的負荷として感じられるため,訴えをそのまま原因とすることは慎重でなければならないこと(P24医師の意見〔前記3(2)イ〕)に留意すべきである。 加えて,P1は自らの教師としての能力には自信を持っていたこと(前記1(1)ア(ウ),(8)ア),P1が,平成10年4月から同年10月28日にかけて,家族や同僚教師等に対し,家族(長男の病気,控訴人との夫婦関係等)のことで悩んでいることを訴えていたことを窺わせる証拠がない(家族や教師の陳述書,証言・供述を精査するも,そのような証拠はない。)ことからすると,控訴人が教師としての仕事のことで悩んでいると校長に弱音を吐くことはプライドが許さず,悩みの理由の言い逃れとして,「家内のことと子供のこと」と発言したものではないかと思われ,いずれにしても,上記発言をもって,P1が家族のことで-70-夜も眠れないほど悩んでいたものと認めることはできない。 以上のとおり,P1が長男のネフローゼに関してことさら心理的負荷を感じていたとは認められない。 (2) 控訴人との関係についてア当裁判所の判断なるほど,控訴人は,平成5年ころ,精神的な原因により目眩が生じるといった精神疾患に罹患し,平成7年ころ1年余り休職していたことがあった。 しかしながら,控訴人は,既に平成8年度には勤務を再開しており,平成10年当時には通院もしていなかったのであるから(前記1(1)ウ(ウ)),同年4月以降,控訴人がP1に対し,病的な対応をしていたとは到底考えられない。 しかも,P1は,平成9年度に長男のネフローゼの関係で職務を軽減してもらった以外は,まさに仕事 記1(1)ウ(ウ)),同年4月以降,控訴人がP1に対し,病的な対応をしていたとは到底考えられない。 しかも,P1は,平成9年度に長男のネフローゼの関係で職務を軽減してもらった以外は,まさに仕事人間で,自宅でも毎日のように持ち帰り仕事に従事していたのであるから(前記1(1)イ(ア),(3),(5)ウ,別紙5),そもそも,P1と控訴人が深刻なやり取りをする時間的余裕自体,考え難いというべきである。 したがって,P1がうつ病を発病した原因として,控訴人との関係を問題とすることはできない。 イ P13との会話,P24医師に対する発言の検討これに対し,被控訴人は,上記(1)の長男のネフローゼの件と同様に,P13との会話やP24医師に対する発言を指摘している。 しかしながら,この点も長男のネフローゼの関係で説示したとおり,うつ病に罹患した後の話は認知の歪みの関係から直ちに信用できないし,P1が平成10年4月以降同年10月に病気休暇を取るまでの間,P1が妻との関係で悩んでいるとの話を聞いた者はいないことからすると,上記P-71-1の発言だけを根拠に,P1が控訴人との関係に悩んでいたとは認められない。 しかも,P23診療所の診療録に記載されているP1の控訴人に関する発言内容は,専らP1が病気休暇取得後の出来事であるから,診療録の記載をもってしても,P1が平成10年4月以降病気休暇取得までの間に,控訴人との関係に悩んでいたとまで認めることはできない。 その上,P1は,病気休暇中ほとんど自宅で過ごし,自宅でぶらぶらして過ごす毎日であったから,控訴人と接触する機会が増えるし,毎日忙しく仕事・家事に従事している控訴人から見ると,何もせずに自宅でぶらぶらしているP1に対し家事の手伝いを頼んでも,P1がそれに満足に応じてくれないことから,控 控訴人と接触する機会が増えるし,毎日忙しく仕事・家事に従事している控訴人から見ると,何もせずに自宅でぶらぶらしているP1に対し家事の手伝いを頼んでも,P1がそれに満足に応じてくれないことから,控訴人が多少の小言めいた発言をする(前記1(9)ア)のはごく自然であるから,前記1(9)イ(イ)で認定した診療録の記載も,そのような背景事情を踏まえて考えるべきである。 したがって,そのような控訴人の無理解がうつ病罹患後のP1の症状を改善させなかった可能性があるとしても(前記3(4)イのP26医師の意見),うつ病発症の原因となったとは考え難い。 ウ P25医師の意見の検討(ア) P25医師の意見前記3(3)のとおり,P25医師は,①P1が病気休暇中に自殺していること,②P24医師の診療録等に,P1の家庭の悩みが訴えられていること,③控訴人がP1の愚痴に対し理解を示していないこと,④学級運営の問題は,P1がこれまで数多く経験しているであろうこと,バスケットボール同好会は,むしろP1の生き甲斐であったことから,うつ病発症の原因とはならないこと,⑤P1がP13に対し,妻のことや子供のことの悩みを訴えていたことなどから,P1のうつ病が仕事のストレスだけで発症したとするのは難しく,生活的要因のウエイトが大きか-72-った可能性がある旨の意見を述べている。 (イ) 検討a しかしながら,まず,P25医師は,P1を直接診察したわけではないことに留意しなければならない。P1を直接診察し,治療していた主治医であるP24医師は,P25医師とほぼ同様の資料を前提に,P1のうつ病発症と公務との因果関係を認めている(前記3(2)ウ)のであるから,P25医師の判断結果がことさら正しい見解であるとは断定し難い。 b 次に, は,P25医師とほぼ同様の資料を前提に,P1のうつ病発症と公務との因果関係を認めている(前記3(2)ウ)のであるから,P25医師の判断結果がことさら正しい見解であるとは断定し難い。 b 次に,P25医師の根拠を順に検討する。 (a) ①については,そのようにいえる場合もあり得るが,本件の場合,P1が自殺直前に残していたメモ(甲42,44。その内容は前記1(9)ウ(イ),(ウ))によれば,P1は,直接的には,復職時期が近づき,自らの症状から復職できないことを心配して自殺したものと推認でき,やはり公務との関係で自殺に及んだのであって(P24医師の意見も同じである〔前記3(2)エ〕),家庭の問題に起因しているのではない。 (b) ②⑤については,上記イで説示したとおりである。 (c) ③については,控訴人がP1に対してどのように対応していたかについては,まさにP25医師の想像にすぎず,説得力のある根拠にはなりえない。 (d) ④については,そのように即断できるか大いに疑問がある。 長年教師をして生徒指導を経験していたからといって,初めてのタイプの生徒に遭遇する事はあり得るのであり,その場合に,真面目で几帳面,責任感の強い性格のP1(前記1(7)イ)が,従前の方法で対処できないと強いストレスを感じるとともに自信を喪失することは,自然であると思われる。 -73-同好会に関しても,P1がいかにバスケットボールの技術指導に生き甲斐を感じていたとしても,それ以外の雑用や労働時間の長さに心理的負担を感じることは不自然ではない。 現に,P24医師(P1の主治医)も,前記3(2)ウのとおり,「公務とうつ病の発症との因果関係については,すべての者が同じ状況下で発病するか否かは定かではなく,断定することは困難であるが 現に,P24医師(P1の主治医)も,前記3(2)ウのとおり,「公務とうつ病の発症との因果関係については,すべての者が同じ状況下で発病するか否かは定かではなく,断定することは困難であるが,自身のクラスから不登校児が出たことや同好会の世話を負担に感じ,従前のようにできないことを自責的に捉えて悪循環に陥ったと思われる。」との意見を述べている。 c したがって,P25医師の上記見解は採用できない。 (3) P1の性格等についてア P25医師は,P1の性格は,真面目で几帳面,責任感が強く何でも自分で背負ってしまう完璧主義者であり,「メランコリックタイプ(メランコリー親和型)」であると判断している。そして,P1は真面目で几帳面かつ責任感の強い性格であることは,前記1(7)イで認定したとおりである。 イしかしながら,前記1(1)イ(ア),(2),(3),(5)ウ,(7)で認定したP1のこれまでの教師としての実績を見る限り,このような性格は,実社会において比較的よく見られる程度のものにとどまるというべきであり,また,P1は,本件以前において,精神疾患に罹患したことはなく,職場の健康診断でも特に精神的な点で異常は認められなかった(前記1(7)ア)のであるから,P1の上記性格は,通常人の正常な範囲を逸脱して偏ったものということはできず,個体としての脆弱性を強めるほどの精神的要因として大きく評価することはできない。 すなわち,P1は,前記5(2)ウ(公務起因性の判断基準-平均的労働者基準説)で検討した「通常の勤務に就くことが期待されている平均的労-74-働者」であることが認められる。 9 総合的評価以上認定説示したとおり,P1は,平成10年4月以降,複数の相当程度のストレスにさらされたところ,これらを総合すると,その心 る平均的労-74-働者」であることが認められる。 9 総合的評価以上認定説示したとおり,P1は,平成10年4月以降,複数の相当程度のストレスにさらされたところ,これらを総合すると,その心理的負荷は強度のものであったということができ(前記7),他方で,P1には,公務外の強い心理的負荷や精神障害を発症させるような個体側の要因も認められない(上記8)。 これらの事情を総合すると,P1のうつ病は,公務による心理的負荷が,社会通念上,客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であった結果,発生したものというべきであって,公務に内在ないし随伴する危険の現実化として発症したものということができる(前記5(2)ア(ア)〔公務と精神疾患の発症・増悪との公務起因性:ストレス-脆弱性理論〕の1段落目の要件を充足する)。 10 自殺との因果関係について前記4(2)オ(ア)のとおり,公務による心理的負荷によってICD-10第Ⅴ章「精神及び行動の障害」のF0~4に分類された精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定されるところ,P1の罹患したうつ病は上記F3に分類される精神疾患である(前記3(1)ア)。 したがって,P1については,うつ病によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定される。 被控訴人は,P1の自殺は,薬剤(抗うつ剤)の副作用の増悪を原因とした衝動的なものであるから,公務との間に因果関係はない旨主張しているが,P24医師,P25医師及びP26医師のいずれもがP1の自 被控訴人は,P1の自殺は,薬剤(抗うつ剤)の副作用の増悪を原因とした衝動的なものであるから,公務との間に因果関係はない旨主張しているが,P24医師,P25医師及びP26医師のいずれもがP1の自殺はうつ病による抑うつ状態で行われた自殺であることを認めており,P1が直接的には,抗う-75-つ薬の副作用である薬剤性パーキンソン症候群による手指振戦と呂律困難により復職が取り消されるのではないかと考えて自殺したとしても,それはうつ病による認知の歪みによるものであるから,上記推定を覆すものではない。 そうすると,P1の公務と同人のうつ病の発症及び自殺との間に相当因果関係を肯定することができる。 第4 結論以上によれば,P1の自殺につき公務起因性を認めることができるから,これを公務外の災害であると認定した本件処分は違法であり,取消しを免れない。 また,控訴人は,本件処分の取消しとともに,処分行政庁に対し,P1の自殺につき,公務災害の認定を行うことの義務付けを求めているところ,本件においては,本件処分の取消しを求める訴えに理由があると認められ,処分行政庁において公務災害の認定をすべきことが明らかであり,かつ,その認定は一義的であるから,行政事件訴訟法3条6項2号及び37条の3 に基づく控訴人の上記請求も理由がある。 よって,控訴人の本件処分の取消しを求める請求を棄却すると共に,平成14年8月1日付け公務災害認定請求に係る訴えを却下した原判決を取り消した上,控訴人の請求を全部認容することとして,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第13民事部 裁判長裁判官紙浦健二 裁判官神山隆 阪高等裁判所第13民事部 裁判長裁判官紙浦健二 裁判官神山隆一 裁判官堀内有子

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