【DRY-RUN】主 文 本件上告を棄却する。 理 由 弁護人名越亮一、同長谷川柳太郎の上告趣意第一点は、違憲(三一条)をいうが、 実質はすべて単なる訴訟法違反の主張に帰し(本
主文 本件上告を棄却する。 理由 弁護人名越亮一、同長谷川柳太郎の上告趣意第一点は、違憲(三一条)をいうが、実質はすべて単なる訴訟法違反の主張に帰し(本件起訴状記載の第六および第一二の詐欺の各事実と、予備的訴因追加申立書掲記の金沢市金銭物品等の寄附募集に関する条例違反または小松市寄附金品取締条例違反の各事実との間には、それぞれ、公訴事実の同一性があるとの原審の判断は正当である。)、同第二点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり(事実審の確定した事実関係の下においては、被告人の本件行為が前記各条例にいわゆる寄附募集にあたると認定したことに所論の違法は認められない。)、同第三点は、単なる訴訟法違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。 また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。 よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官田中二郎、同坂本吉勝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。 裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。 一、原審が確定したところによると、本件は、被告人の指示にもとづきその外交員らが、不特定多数人である第一審判示の人々に対し、「盆の法要を営むので、御志をいただきたい」旨述べて、第一審判示の金銭の交付を受けた事実が本件各条例にいう「寄附募集」に該当するものとして、被告人を罰金五、〇〇〇円に処したものである。 本件は、当初、昭和三〇年六月ないし八月に行なわれた行為について、同年九月二〇日詐欺罪で起訴されたところ、その後九年二か月余を経た同三九年一一月二六日に開かれた第一審第五四回公判期日にいたり、検察官から予備的訴因の追加が請- 1 -求され、これに対し、弁護人らから公訴事実の同一性 で起訴されたところ、その後九年二か月余を経た同三九年一一月二六日に開かれた第一審第五四回公判期日にいたり、検察官から予備的訴因の追加が請- 1 -求され、これに対し、弁護人らから公訴事実の同一性を害するという理由で異議の申立がされたが、第一審裁判所は、弁護人らの右意見を無視し、また、右予備的訴因の追加を許可する旨の決定をすることなく、同年一二月一二日第五五回の判決公判期日において、本位的訴因である詐欺罪については、被告人に詐欺の犯意を認めるに足りる充分な証拠がないので有罪とは認められないとして、これを斥け、予備的訴因である金沢市および小松市の本件各条例に違反して寄附募集をしたという点を捉えて前示有罪の判断を下しており、原審も、結論において、これを支持しているのである。 二、本件の原判決には種々の問題が包含されているが、当裁判所の多数意見は、上告趣意を排斥し、本件上告を棄却すべきものとしている。しかし、私は、右の多数意見には賛成することができず、結論においても、上告趣意を容れ、原判決を破棄すべきものと考える。 本件における諸論点および多数意見に対し私の賛成しえない理由は、次のとおりである。 (1)第一の問題は、本件の詐欺の本位的訴因と各条例違反の予備的訴因との間に公訴事実の同一性があるかどうかの点である。詐欺罪は、「人ヲ欺罔シテ財物ヲ騙取」することによつて成立する刑法犯であるのに対し、本件各条例違反は、許可又は届出なくして寄附募集をすることの禁止に違反して寄附募集をすることによつて成立する行政的取締法規違反にすぎない。いずれも、結果的に財物を取得するという点において、両者には共通するところがあるとはいえるけれども、単に財物を取得するというだけでは犯罪を構成する事実とはいえず、前者は、「人ヲ欺罔シテ」財物を「騙取」するところに犯罪 物を取得するという点において、両者には共通するところがあるとはいえるけれども、単に財物を取得するというだけでは犯罪を構成する事実とはいえず、前者は、「人ヲ欺罔シテ」財物を「騙取」するところに犯罪性が認められるものであるのに対し、後者は、「許可又は届出なくして」「寄附募集」という形式で財物を取得するところに各条例違反が成立するのであつて、両者は、その罪名・罪質を全く異にするのみならず、- 2 -構成要件的事実の共通性又は類似性を全く欠くものといわなければならない。そうであるとすれば、「本件起訴状の第六および第一二の詐欺の事実と、予備的訴因追加申立書掲記の金沢市金銭物品等の寄附募集に関する条例違反または小松市寄附金品取締条例違反の各事実との間には、それぞれ、公訴事実の同一性がある」旨の原審の判断およびこれを支持する多数意見は、法律の解釈を誤つたものというほかなく、とうてい、これに賛成することができない。 もつとも、公訴事実の同一性の有無の判断については、従来から、見解の分かれるところであるが、かりに、基本的事実同一説の立場に立ち、公訴事実の同一性の範囲を緩やかに解すべきであるとしても、刑訴法三一二条の精神からすれば、訴因の追加又は変更により被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるようなことがあつてはならないはずである。ところが、本件第一審においては、九年二か月余の長きにわたり、五三回の公判期日を経ながら、その間、条例違反の点については全く触れるところがなく、第五四回の公判期日にいたり、突如として予備的訴因の追加をさせ、これに対し弁護人らが異議を述べたのにかかわらず刑訴法三一二条にもとづく充分な防禦の機会を与えず、しかも、自ら明示の決定をすることもなく、そのまま、結審し、第五五回の判決公判期日において、右予備的訴因である本件各条例違反につ べたのにかかわらず刑訴法三一二条にもとづく充分な防禦の機会を与えず、しかも、自ら明示の決定をすることもなく、そのまま、結審し、第五五回の判決公判期日において、右予備的訴因である本件各条例違反について有罪の判決をするにいたつたもので、被告人および弁護人らに対し、実質的に充分な防禦をする権利に不意討ちの打撃を与えたものとして、とうてい、是認することができない。それにもかかわらず、原判決は、公訴事実の同一性を認め、第一審において被告人に予備的訴因に対する陳述を求めるなどただちに次の訴訟手続に進んでいることを理由に、特に異議申立について許否の決定をしていなくても、右異議申立についてはこれを却下し、右予備的訴因追加の請求についてはこれを許可する旨の黙示的な決定があつたものと認められるとして、この点に関する第一審判決を是認している。しかも、弁護人らの異議申立は、証拠調その他裁判長の処分- 3 -に対してではなく、明らかに検察官の予備的訴因追加の請求に対してされているものと解されるにかかわらず、原審は、被告人側としては、反証の取調、あるいは、その準備のため公判の続行を求め、進んでは必要な期間公判手続の休止を求めることもできるのに、このような方途を取らなかつたとして、弁護人らの所論を排斥しているのである。 しかし、右のような形式的な処理の仕方で果たして実質的に被告人側に充分な防禦の機会を与えたといえるであろうか。また、被告人側を納得させるに足りる手続を踏んだといえるであろうか。刑訴法三一二条は、一方において、検察官に訴因等の追加・変更等を請求する権利を認めるとともに、他方において、被告人の防禦がそれによつて実質的に不利益を蒙ることがないことを期し、その間の調整を図つているのであつて、第一審における本件の処理の仕方は、検察官の請求を偏重し、被告人 めるとともに、他方において、被告人の防禦がそれによつて実質的に不利益を蒙ることがないことを期し、その間の調整を図つているのであつて、第一審における本件の処理の仕方は、検察官の請求を偏重し、被告人側に防禦の機会を与えることの必要性を軽視したものというほかなく、被告人側を納得させるに足りる公正な手続を踏んだものとはいいがたい。 右のとおりだとすると、前示両訴因の間に明らかに公訴事実の同一性が認められないのにかかわらず、刑訴法三一二条の規定に違反して本件の予備的訴因の追加請求を許容した第一審判決およびこれを支持した原判決は、本件条例等の解釈を誤り、かつ、訴因の追加・変更に関する訴訟手続法令に違反したものであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわざるをえない。 (2)第二の問題は、上告趣意第三点にいう本件各条例違反の罪について公訴時効が完成しているかどうかの点である。本件詐欺の公訴事実と各条例違反の公訴事実との間に同一性が認められるとすれば、詐欺の事実について公訴の提起があつたときは、各条例違反の事実についても、公訴時効が完成しないというのも、たしかに一つの理屈といつてよいであろう。しかし、この点については、私は、さきに述べたように、多数意見と見解を異にし、公訴事実の同一性を否定すべきものと考え- 4 -るのであつて、この見地からすれば、本件各条例違反の罪については、本件予備的訴因の追加請求のあつた昭和三九年一一月二六日の時点で、すでに公訴時効が完成していたものとみなければならない。しかし、一歩譲つて、かりに、公訴事実の同一性を肯定する見地に立つた場合においても、本件の各条例違反の罪は、本位的訴因たる詐欺の罪と併合罪の関係にあるものではなく、互いに科刑上一罪たる観念的競合の関係に立つものと解するのが相当である。そして、このよ する見地に立つた場合においても、本件の各条例違反の罪は、本位的訴因たる詐欺の罪と併合罪の関係にあるものではなく、互いに科刑上一罪たる観念的競合の関係に立つものと解するのが相当である。そして、このような科刑上一罪については、各個の犯罪事実につき、それぞれ、独立に時効が進行するものと考えるべきである。けだし、科刑上一罪は、本来は、別罪なのであり、公訴時効は、各罪の客観的な事実状態が基礎となつているものであるからである。その理由づけはともかく、右の考え方は、わが国の学説上通説とされており、また、ドイツにおいても実務・判例上当然視されているところであり、私も、この通説を正当と考える(反対趣旨の判決として、最高裁判所昭和四〇年(あ)第一三一八号同四一年四月二一日第一小法廷判決・刑集二〇巻四号二七五頁があるが、賛成しがたい。)。この見地からいつて、本件各条例違反の罪については、すでに公訴時効が完成しているものとみるべきであつて、これを否定した原判決は、公訴時効に関する規定の解釈を誤つたものというべく、論旨は理由があり、原判決は、この点においても、破棄を免れない。 さらに、一言、附け加えておきたい。かりに、本件詐欺の公訴事実と各条例違反の公訴事実との間に同一性が認められるとしても、そうだからといつて、詐欺罪による起訴があつてから九年二か月余も経過した後になつて予備的訴因の追加を認め、本件各条例違反の罪について公訴時効の完成を否定し、これに有罪の判断を下した第一審判決およびこれを支持した原判決は、ことをきわめて形式的に処理したものというべく、理論上、前叙のような種々の問題を有するのみならず、実際上も、果たして正義の要請に合し、信頼の原則に則つたものといえるかどうか、すこぶる疑- 5 -わしく、とうてい、われわれの社会常識に合するものとはいいがたい ような種々の問題を有するのみならず、実際上も、果たして正義の要請に合し、信頼の原則に則つたものといえるかどうか、すこぶる疑- 5 -わしく、とうてい、われわれの社会常識に合するものとはいいがたいように思われるのである。 (3)第三の問題は、本件被告人の行為が本件各条例にいう「寄附募集」にあたるか、それとも、取締りの対象から除外されている「喜捨」にあたるかの点である。 原審は、両者の区別の要点を、前者は、義務がないのに一定の目的のために対価を与えないで多数人に対し財産上の出捐を促す行為であり、後者は、原則として、「特定の目的を指向しない」出捐者の自発的納金と解すべきであるとし、本件被告人の指示にもとづいてその外交員らが不特定多数の人々に「盆の法要を営むので、御志をいただきたい」旨を述べて第一審判示の金銭の交付を受けた事実は、右の寄附募集にあたると断定している。両者の区別の標準をどこに求めるべきかの点についても問題なしとしないが、かりに、原判決の基本的な考え方に従うとしても、宗教法人たる寺院が、その本堂の建築等一定の目的を定めて相当額の金員等の出捐を求める場合には、条例にいう寄附募集に該当するものと解すべきであろうが、寺院等が祭典・法要等の一時的行事にあたり少額の寄進を求める行為のごときものまでがすべて本件各条例にいう寄附募集に該当するものと解するのは相当ではない。本件で各条例違反として訴因の追加をされた事実は、第一は、一〇〇円(四名)、二〇〇円(一名)、合計六〇〇円、第二は、三〇円(一一名)、四〇円(一名)、五〇円(二名)、一〇〇円(三名)、合計七七〇円の出捐を受けたというにすぎない。 この程度の出捐を受けた事実をもつて、本件各条例による取締りの対象とされている特定の目的をもつた「寄附募集」に該当するものとみることが妥当であるかどうか 合計七七〇円の出捐を受けたというにすぎない。 この程度の出捐を受けた事実をもつて、本件各条例による取締りの対象とされている特定の目的をもつた「寄附募集」に該当するものとみることが妥当であるかどうかは、すこぶる疑わしく、むしろ、本件事実のごときは、本件各条例により取締りの対象から除外されている「喜捨」にあたるとみるのが相当であると考える。かりに、右の点について解釈上に疑問の余地があるとしても、僧侶たる被告人の判示事実の程度の行為は、社会的相当行為として、刑法三五条により、その違法性が阻却- 6 -されるものと解するのが相当であろう。この点についても、原判決およびこれを支持する多数意見には賛成しがたい。 以上の諸点のいずれについても、本件原判決には納得しがたく、原判決を支持する多数意見には賛成することができない。 裁判官坂本吉勝の反対意見は、次のとおりである。 私は、原判決を破棄すべきものと考える。その理由は、裁判官田中二郎の反対意見中、二、(3)を除き、その余の部分につき、同裁判官の意見と同じである。 昭和四七年七月二五日最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官下村三郎裁判官田中二郎裁判官関根小郷裁判官天野武一裁判官坂本吉勝- 7 -
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