平成15(ワ)18 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成19年11月28日 奈良地方裁判所
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判決文本文22,428 文字)

-- 主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求被告は,原告X1に対し2651万2372円,原告X2に対し1325万6186円及び原告X3に対し1855万8660円並びに各金員に対する平成15年1月29日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 第2事案の概要本件は,被告が設置する天理市立病院(以下「被告病院」という。)におけるAに対する診療について,Aの相続人である原告らが,Aが死亡したのは,Aの診療に当たった医師の呼吸管理上の過失によるものであると主張して,被告に対し,診療契約上の債務不履行に基づき,損害の賠償(いずれも,訴状送達日の翌日である平成15年1月29日以降民法所定の年5分の割合による遅延損害金の請求を含む。)を求めた事案である。 前提事実当事者間に争いのない事実及び証拠(各認定事実の後に掲記のもの)によって容易に認められる事実は,以下のとおりである。 㨯当事者ア原告X1はAの妻であり,原告X2及び同X3は,それぞれA及び原告X1の長女及び次女である(甲C1の2)。 イ被告は,天理市a町において,被告病院を設置,運営している。 P医師は,本件当時,被告病院において勤務していた医師であり,平成11年1月16日(以下,月日のない日付は平成11年1月のそれである。)から18日まで,Aの主治医としてその治療に当たった。 -- 㨯Aの診療経過アAは,16日,被告病院の内科外来を受診し,被告との間で診療契約を締結したところ,胸部レントゲン検査(この際に撮影された写真を以下「本件レントゲン写真」という。)等の結果,重症肺炎との診断を受け,同日被告病院に入院した。その後のAに対する診療経過の概要は,別紙診療経過一覧表( 胸部レントゲン検査(この際に撮影された写真を以下「本件レントゲン写真」という。)等の結果,重症肺炎との診断を受け,同日被告病院に入院した。その後のAに対する診療経過の概要は,別紙診療経過一覧表(省略)のとおりである。 イAは,18日午前0時20分ころから同日午前0時50分ころまでの間,ICUに転室し,その後,呼吸停止したため,P医師が気管内挿管をし,人工呼吸器による管理を開始したが,心停止が起き,心臓マッサージやカウンターショックを施行したが,自己心拍は再開せず,同日午前1時30分ころ急性呼吸不全により死亡した(乙A1)。 ウP医師は,同日,Aの直接死因は肺炎,その原因は不明である旨の死亡診断書(死体検案書)を作成した(甲A1)。 㨯呼吸不全の概念(肺機能障害と換気機能障害)呼吸不全は,肺実質の障害のためにガス交換が障害(肺機能障害)されて低酸素血症(動脈血の酸素の分圧(以下「PaO」という。)が60mm Hg以下の状態)が起こるが,換気は十分に保たれている(動脈血の二酸化炭素の分圧(以下「PaCO」という。)が40mmHg以下の状態)と いう低酸素血症型(肺そのものの障害。以下「Ⅰ型呼吸不全」という。)と,呼吸筋というポンプが障害されるため,ガス交換の障害(PaOが60m mHg以下の状態)だけでなく,換気がうまくできなくなり(換気機能障害)高炭酸ガス血症(PaCOが45mmHg以上の状態)になるという 換気不全型(肺ポンプ機能不全による肺胞低換気。以下「Ⅱ型呼吸不全」という。)に分類される(甲B8,9)。 争点 㨯Aの死因とそれに至る機序-- 㨯人工呼吸管理義務違反の有無㨯相当因果関係の有無㨯損害額 争点についての当事者の主張㨯争点㨯(Aの死因とそれに至る機序)について(原告らの主張) 死因とそれに至る機序-- 㨯人工呼吸管理義務違反の有無㨯相当因果関係の有無㨯損害額 争点についての当事者の主張㨯争点㨯(Aの死因とそれに至る機序)について(原告らの主張)アAの死亡は,肺機能障害及び換気機能障害に呼吸筋疲労が加わったことによって生じたものである。 イAは,16日に被告病院を受診した当時,多発肋骨骨折及びそれに伴う両側肺挫傷(鈍的外力により肺胞及び呼吸細気管支内圧が急激に増高することから肺胞内や肺間質内に出血と浮腫を生ずる病態)の症状があった上,その肺挫傷に基づく感染による肺炎を併発し,これらのため呼吸不全に陥っていた。 なお,多発肋骨骨折は,フレイルチェスト(動揺胸郭。胸骨若しくは肋骨又はその両方の骨折後に生じる胸郭の安定性が失われた状態)等により呼吸運動異常を来したり,それ自体による疼痛により,換気効率の低下(換気機能障害)をもたらすものである。他方,両側肺挫傷及び肺炎は,肺機能の低下(肺機能障害)をもたらすものである。 ウAは,1回目の血液ガス検査の採血当時(16日午前11時49分ころ),両側肺挫傷及び肺炎により,肺のガス交換機能が低下し(肺機能障害),低酸素血症の状態にあった。 Aは,その後,2回目の血液ガス検査の採血当時(同日午後3時41分ころ),低酸素血症に加え,多発肋骨骨折及びそれに伴うフレイルチェスト(被告病院を受診する前から存在したが,後方型でありひどくはなかった。)等による換気効率の低下,並びに,呼吸筋(横隔膜や肋間筋など)疲労(健常の両肺全体で受けていた換気量を,わずかに残された正常な肺-- が,呼吸数の増加で補おうとすることにより起こるもの。やがて,自力で換気を維持できなくなる。)による換気機能の低下により(換気機能障害),高炭酸ガス血症の状態にあった。 なお た正常な肺-- が,呼吸数の増加で補おうとすることにより起こるもの。やがて,自力で換気を維持できなくなる。)による換気機能の低下により(換気機能障害),高炭酸ガス血症の状態にあった。 なお,Ⅰ型呼吸不全が持続し,呼吸数増加による呼吸筋疲労が加われば,PaCOが上昇し,Ⅱ型呼吸不全になる。すなわち,低酸素血症の状態 に陥った場合,特に急性呼吸不全の場合には,低くなったPaOをでき るだけ上げようと,生理的に過換気を呈するのが通常であり,呼吸不全の患者は,呼吸数が増加し,非常な努力性呼吸をし,呼吸仕事量の増加を来すため,この増加が長時間続けば,当該患者の呼吸筋は疲労して,自力で換気を維持することができなくなる(換気機能障害)のである。 エAは,このような肺機能障害及び換気機能障害により,呼吸不全(低酸素血症及び高炭酸ガス血症)に陥っていたところ,17日,高濃度酸素投与を受けた(同日午後0時20分ころ酸素が7リットルに増量,同日午後8時ころ酸素が10リットルに増量)。その結果,Aは,同日午後7時ころから同日午後9時20分ころまでの間には,呼吸不全が悪化し,遅くとも3回目の血液ガス検査の採血時である同日午後11時50分ころには,昏睡・昏迷の状態となり,意識障害を来し,その後ICU転室後の18日午前1時ころ,呼吸停止を来して,同日午前1時30分ころ,急性呼吸不全により死亡した。 なお,Aは,16日被告病院において受診した時,呼吸数の著しい増加により換気を補っていたため,1回目の動脈血液ガス検査の結果においてPaCOの数値が低かったが,多発肋骨骨折の影響による換気機能障害 に加え呼吸筋疲労による換気機能障害により,その後,PaCOが徐々 に上昇し,最終的に17日深夜にPaCOは80.6mmHgの数値を 示すに至り,呼吸停止に 肋骨骨折の影響による換気機能障害 に加え呼吸筋疲労による換気機能障害により,その後,PaCOが徐々 に上昇し,最終的に17日深夜にPaCOは80.6mmHgの数値を 示すに至り,呼吸停止に至ったものである。 (被告の主張)-- アAの死亡は,重症肺炎による呼吸不全によって生じたものである。 イAの肋骨骨折は,陳旧性で感染を合併していたものではないのであり,死亡に至った病態とは無関係である。原告らは,Aが多発肋骨骨折による肺の障害と呼吸筋疲労によって徐々に二酸化炭素が貯留し呼吸停止に至ったと主張するが,多発肋骨骨折による肺の障害と呼吸筋疲労という病態が,骨折の原因となった傷害が起きた時点から被告病院受診時まで長期間続いていたにもかかわらず,この時点で急に増悪したとするのは不自然である。 原告らが主張する死因を前提としても,原告らの主張におけるフレイルチェストは後方型であり,胸壁動揺も少なく,呼吸への影響も少なく,換気効率の低下も著しくなかったというのであるから,胸部外傷によるフレイルチェストはAの呼吸困難の原因ではない。 ウ2回目の動脈血液ガス検査の結果PaCOが上昇したのは,1回目の 同検査後,酸素を投与し,それから2回目の同検査を実施したため,酸素投与を受けて血液中の酸素濃度が上昇したことにより,呼吸の回数が減り,それに応じて二酸化炭素の数値が若干上昇したという,酸素投与を開始したことによる自然の経過にすぎないと考えるのが合理的であるから,原告らが主張する原因によりPaCOが上昇したものではない。とりわけ, Aの骨折や肺挫傷は1回目の同検査と2回目の同検査との間に起きたわけではなく被告病院来院以前にもあった病態で,上記検査間に変化した条件は1回目の同検査がルームエアの下で実施されたのに対し2回目の同検査が酸素 肺挫傷は1回目の同検査と2回目の同検査との間に起きたわけではなく被告病院来院以前にもあった病態で,上記検査間に変化した条件は1回目の同検査がルームエアの下で実施されたのに対し2回目の同検査が酸素投与下で実施されたことだけであるから,原告らの主張によっては,1回目の同検査においても同様に高い二酸化炭素の数値とならなかったことの説明が全くつかない。 㨯争点㨯(人工呼吸管理義務違反の有無)について(原告らの主張)ア呼吸不全の治療方法-- 呼吸不全の場合,Ⅰ型呼吸不全とⅡ型呼吸不全のいずれに該当するかによって治療方法が異なる。すなわち,呼吸不全の治療の基本は酸素投与であり,Ⅰ型呼吸不全であることが明らかであれば酸素を投与するのに対し,Ⅱ型呼吸不全の場合,低酸素血症であるため酸素の投与が必要ではあるが,高濃度の酸素投与は換気を悪化させ(酸素を吸入してPaOが上昇する と,低いPaOによって行われていた呼吸中枢の刺激がなくなり,肺胞 低換気が一層強くなり,PaCOの上昇を招いてしまう。),昏睡・昏 迷の状態を引き起こすため,PaCOの蓄積を起こさないように,それ を起こさずに投与することができる最も高い酸素濃度を,動脈血液ガス検査により炭酸ガス濃度(PaCO)を確認しながら決定し,順次,酸素 を投与するという適切な呼吸管理をしなければならず,具体的には,酸素投与後15分ないし30分で必ず動脈血液ガス分析を行って酸素流量を調整し,状態が安定するまで頻回(30分ないし1時間おき)に同分析を行う必要があるところ,これには人工呼吸器による調節呼吸が最良の適応となる(PaCOの上昇防止)。また,Ⅱ型呼吸不全は,肺胞低換気が原 因であり,換気を改善させることが重要であるから,自力で換気できない以上,人工的に換気を是正して,二酸化 る調節呼吸が最良の適応となる(PaCOの上昇防止)。また,Ⅱ型呼吸不全は,肺胞低換気が原 因であり,換気を改善させることが重要であるから,自力で換気できない以上,人工的に換気を是正して,二酸化炭素を抜かなくてはならない(PaCOの減少促進)。 イ被告病院を受診した当時の検査結果を基礎とする人工呼吸管理義務㨯肋骨骨折の認識Aは本件レントゲン写真を撮影するに当たり十分な吸気位を保てないほどの状態であったのであるから,P医師は,当時Aが近時に肋骨骨折をしたことを疑うことができたはずである。また,本件レントゲン写真には,骨硬化像が乏しく,2週間以内に発生した比較的新鮮な両側多発肋骨骨折と,両肺の非区域性浸潤陰影が見られたのであるから,P医師は,多発肋骨骨折及びそれに伴う両側肺挫傷に感染(肺炎)を併発した-- 病状に気付くことができたはずである。そして,このような場合,一部肺区域に限局した通常の肺炎とは原因,病態及び予後が異なるのであり,特に,多発肋骨骨折は,フレイルチェスト等により換気機能障害ひいては高炭酸ガス血症をもたらすものであるから,Ⅱ型呼吸不全に至ることは予測することができたはずである。 したがって,P医師は,本件レントゲン写真を確認した後早急に,上記アに従い,気管内挿管をして人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった。 㨯呼吸筋疲労の予測正常なPaCOを維持するため過剰に呼吸運動を行っていると,呼 吸筋疲労により換気機能障害が生じ又は悪化しPaCOが上昇してⅡ 型呼吸不全に陥るため,上記アに従い,人工呼吸器による呼吸管理が必要となる。そして,Aは,被告病院受診時には,脈拍数が104回/分(正常値:65ないし75)という頻脈であったこと及びひどい呼吸困難状態にあったことから,呼吸数の増加で換気を補っていた 呼吸管理が必要となる。そして,Aは,被告病院受診時には,脈拍数が104回/分(正常値:65ないし75)という頻脈であったこと及びひどい呼吸困難状態にあったことから,呼吸数の増加で換気を補っていたと考えられるが,それにもかかわらずPaCOがほぼ正常値であったのであり, P医師は,Aについて,すでに呼吸筋が疲労し,PaCOが貯留しつ つあることに気付き,Ⅱ型呼吸不全に至ることを予測することができたはずである。 したがって,P医師は,上記検査結果が判明した時点で,人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった。 㨯その他Aは,被告病院入院時の検査結果において,一つでも該当すれば肺挫傷に関し人工呼吸器を装着することとされる基準(室内空気吸入下Pa O<60mmHg,胸部X線所見上両側肺浸潤陰影型,A-aDO(肺胞内の酸素分圧とPaOとの較差)/PaO≧2.0)を既に3 -- 項目も満たしていた。したがって,P医師は,上記検査結果が判明した時点で直ちに人工呼吸器を装着するべきであった。また,Aは,徐々に症状が悪化していった結果として,16日の受診時点でPaOが29 mmHgまで低下し,チアノーゼを伴うほどの低酸素血症の症状を示すに至っていたのであるから,この点からも,P医師は人工呼吸器を装着するべきであった。 ウ2回目の動脈血液ガス検査の結果を基礎とする人工呼吸管理義務㨯PaCOの上昇 Aは,多発肋骨骨折に伴う両側肺挫傷に感染を併発した患者である上,1回目の血液ガス検査からわずか4時間後の検査で,PaCOの数値 が13.7も上昇してⅡ型呼吸不全の基準である45mmHgを超え,炭酸ガスが異常に蓄積していたのであるから,P医師は,直ちに,上記アに従い,気管内挿管をして人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった 13.7も上昇してⅡ型呼吸不全の基準である45mmHgを超え,炭酸ガスが異常に蓄積していたのであるから,P医師は,直ちに,上記アに従い,気管内挿管をして人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった。 㨯その他また,Aは,前記イ㨯に加え,1回目及び2回目の動脈血液ガス検査の結果から,器械的人工呼吸管理の適応基準(PaCO≧50mmH g)をも満たすことは容易に推測でき,その当時まさに,器械的人工呼吸管理が必要な状況であったのであるから,P医師は,2回目の動脈血液ガス検査の結果が判明した時点で,人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった。 エその後の状況を基礎とする人工呼吸管理義務Aは,16日午後7時には排尿等で動いただけで喘鳴,呼吸苦があり,SaO(酸素飽和度)が60パーセントないし70パーセントまで低下 し,17日午前11時30分ころ呼吸促迫状態であり,同日午後0時20分ころには爪床チアノーゼが認められ,さらに,同日午後7時から午後9-- 時20分ころまでの間に,呼吸促迫(呼吸苦),喘鳴,チアノーゼ,高血圧,発汗の訴えなど他覚症状が悪化していたのであるところ,低酸素血症及び高炭酸ガス血症の合併は,血圧,脈拍に鋭敏に反応し,頻脈は呼吸困難時には共通した徴候であるから,P医師は,Aが,そのころには,Ⅱ型呼吸不全のため,昏睡,昏迷の状態に向かっていたことは認識し得た。したがって,P医師は,遅くとも17日午後7時ころには,前記アに従い,人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった。 オ頻回の動脈血液ガス検査を繰り返し行い,その結果を基礎として人工呼吸管理をすべき義務㨯被告病院を受診した当時の検査結果を基礎とする頻回の動脈血液ガス検査の必要性前記イ㨯のとおり,本件レントゲン写真等から,P医師は,Aが,多発肋骨骨折及びそれ 礎として人工呼吸管理をすべき義務㨯被告病院を受診した当時の検査結果を基礎とする頻回の動脈血液ガス検査の必要性前記イ㨯のとおり,本件レントゲン写真等から,P医師は,Aが,多発肋骨骨折及びそれに伴う両側肺挫傷に感染(肺炎)を併発した病状であることに気付くことができたはずである。そして,このような場合,前記イ㨯のとおり,換気機能障害をもたらすものであることから,その後Ⅱ型呼吸不全に至ることは予想することができたはずである。 したがって,P医師は,本件レントゲン写真を確認した後,Aの容態の適切な把握をするべく,頻回の動脈血液ガス分析をするべきであったのであり,その結果,PaCOが上昇していることが判明したであろ うから,その判明後早急に,前記アに従い,気管内挿管をして人工呼吸器による調節呼吸にするべきであった。 また,酸素を投与しても,PaOが上昇せず,かつ,頻呼吸と努力 呼吸を続けている場合には,いずれ呼吸筋疲労が生じて換気機能障害が生じ,PaCOが増加して,高炭酸ガス血症に陥る可能性が強く考え られるのであり,当初PaCOの上昇を伴わない呼吸不全であっても, その後Ⅱ型呼吸不全に至ることは予想することができたはずである。し-- たがって,P医師は,1回目の動脈血液ガス検査の結果が判明した後,頻回の同検査をするべきであったのであり,その結果判明したはずのPaCOの上昇を考慮し,前記アに従い,人工呼吸器による調節呼吸に するべきであった。 㨯2回目の動脈血液ガス検査の結果を基礎とする頻回の同検査の必要性特に,2回目の動脈血液ガス検査の結果,PaCOが上昇し炭酸ガ スの貯留が明らかになり,完全にⅡ型呼吸不全になったのであるから,間もなく,気管内挿管をし,人工呼吸器による調節呼吸をする必要があると判断し,その時期を 液ガス検査の結果,PaCOが上昇し炭酸ガ スの貯留が明らかになり,完全にⅡ型呼吸不全になったのであるから,間もなく,気管内挿管をし,人工呼吸器による調節呼吸をする必要があると判断し,その時期を定めるため,また,換気機能障害の有無,程度等の症状を診断するため,遅くとも上記検査の結果が判明した後は,頻回の動脈血液ガス分析をするべきであったのであり,その結果判明していたはずのPaCOの上昇を考慮して,前記アに従い,人工呼吸器に よる調節呼吸にするべきであった。 カ注意義務違反以上の各注意義務があるにもかかわらず,被告の履行補助者であるP医師は,18日午前1時ころまで,Aに対し,人工呼吸器による調節呼吸にすることを怠った。 したがって,被告は,Aに対し,債務不履行責任を負う。 (被告の主張)ア人工呼吸管理の必要性㨯治療の方針16日に撮影した本件レントゲン写真に肋骨骨折の像があることは認めるが,肋骨の骨折部分は仮骨化していたため所見では陳旧性であり,Aからも近時に肋骨を骨折したことを疑うべき胸部打撲やそれに伴う胸痛の訴えは全くなかった。本件レントゲン写真が十分の吸気位で撮影されたものでないことは特に争わない。 -- 仮に,原告らが主張するとおりAの病態が胸部外傷に引き続いて起きたとしても,それは二次感染によるものであるから,結局,一般的な肺感染症に対する治療を正しく行えばよかったということになる。 実際にも,多発肋骨骨折の場合には換気不良が起きるところ,Aは,被告病院を受診した時点ではPaCOの上昇のないPaOの低下で肺 機能の障害であり,換気機能の障害ではなかったから,Aの来院時の呼吸障害は肋骨骨折が原因ではないと判断された。また,白血球数やCRPの上昇があったことから肺炎があったことは確実であるが,酸素投与に 機能の障害であり,換気機能の障害ではなかったから,Aの来院時の呼吸障害は肋骨骨折が原因ではないと判断された。また,白血球数やCRPの上昇があったことから肺炎があったことは確実であるが,酸素投与により速やかに状態が改善していることから,Ⅱ型呼吸不全ではなくⅠ型呼吸不全であって,通常の肺炎であると判断することができ,実際にも,Aの病態は,意識レベルが低下して換気不全が起きた死亡直前を除いては,基本的にⅡ型呼吸不全ではなかったものであるから,Ⅱ型呼吸不全に至る可能性を予見するということもあり得ない。 以上から,仮に,Aに肺挫傷があったとしても,被告としては,肺炎の治療と呼吸管理を行えばよかったものである。 㨯治療内容肺炎に対しては,適切な治療を行っていた。すなわち,被告は,感染症としての肺炎治療として,抗生物質を投与し,肺炎に伴う自覚症状の軽減を図る対症療法として,酸素投与を施行し,酸素濃度の低下傾向が見られたときには投与している酸素の増量によって対応するとともに,気管支拡張作用を有する薬を投与し,Aの呼吸苦に対して適切な治療を行ったほか,去痰薬投与も行ってAの痰貯留による呼吸苦の軽減を図り,その結果,16日夕刻には呼吸苦は改善し,動脈血液ガス検査の結果も来院時に比べて著明に改善したのであり,被告に何ら過失はない。18日午前0時ころになり,酸素投与だけでは対応しきれなくなった時点で速やかに挿管による人工呼吸を始めたのであるから,被告病院における-- Aに対する呼吸管理に何ら過失は見られない。 原告らは,Aの低酸素状態が改善されていなかったと主張するが,被告病院受診時のPaOが29.1mmHgと極端に低かった状態に比 べれば,50mmHg程度であっても十分に良い状態を保てていたということができ,Aにとっては,この状態で低酸素状 たと主張するが,被告病院受診時のPaOが29.1mmHgと極端に低かった状態に比 べれば,50mmHg程度であっても十分に良い状態を保てていたということができ,Aにとっては,この状態で低酸素状態であったということはできない。Aが時折呼吸苦を訴えていたのは,呼吸促迫による過換気状態による息苦しさであったと考えられる。 なお,PaCOが47mmHgでは軽度の炭酸ガス上昇であり,こ の程度の上昇で酸素投与を止めるとAの病状を悪化させるから,低酸素血症の改善を図ることが重要であり,被告が酸素の投与を継続したのは適切な医療行為であった。 イ頻回の動脈血液ガス検査の必要性呼吸不全になり炭酸ガスが貯留すると,自覚症状としては意識レベルが低下し,他覚症状としては頻呼吸及び下顎呼吸を認めるが,Aにそのような自覚症状及び他覚症状が出現したのは17日の深夜になってからである。 したがって,それまでは,動脈血の採取を要する動脈血液ガス検査ではなく,経皮的酸素飽和度測定を頻回に行い,十分な経過観察をすれば足りたところ,被告は,かかる処置を行っていた。すなわち,酸素と異なり,二酸化炭素は水に溶解し易いことから,肺の換気機能が極端に障害される場合を除いて,肺胞レベルでの二酸化炭素の排出が障害され血液中の二酸化炭素分圧が極端に上昇することは通常あり得ないのであり,肺炎では一般に換気障害は起きない。したがって,Aのように基本的な病態が通常の肺炎の場合,その基本的な病態は換気障害ではなく肺機能障害であることから,PaCOの上昇を懸念すべき病態ではなく,一般的には血液中の酸 素濃度(PaO)が維持されているか否かを観察していれば足り,その ためには,PaOの簡便かつ優れた観察方法であるSaO(酸素飽和 -- 度)を,簡易に測定することができるパ 酸 素濃度(PaO)が維持されているか否かを観察していれば足り,その ためには,PaOの簡便かつ優れた観察方法であるSaO(酸素飽和 -- 度)を,簡易に測定することができるパルスオキシメーターにより測定し,それに基づき呼吸管理をしていれば十分であって,動脈から採血して動脈血液ガス検査を頻繁に行う必要はなかったのであり,同検査は被告病院における検査回数でAの容態の観察が十分に行われていたということができる。 そして,17日の深夜,Aの自覚的及び他覚的な呼吸状態が急激に悪化したため,看護師が主治医であるP医師に連絡して適切な検査(3回目の動脈血液ガス検査)と処置(気管内挿管による人工呼吸管理)を施行した。 したがって,被告に過失はない。 㨯争点㨯(相当因果関係の有無)について(原告らの主張)P医師が,Aに対して,頻回の動脈血液ガス検査を繰り返し,その結果を基礎として早期に人工呼吸による呼吸管理をすべき義務を怠っていなければ,呼吸筋の負担の軽減を図ることができ,呼吸筋疲労の悪化による換気機能障害及びその結果としての高炭酸ガス血症を回避し,その結果,意識障害や呼吸停止を来すこともなく,Aの死亡を回避することができたはずである。そして,Aは,平均余命まで生存することができた。 したがって,Aの死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が認められるから,被告が早期に人工呼吸器による調節呼吸にしなかった不作為と,Aの死亡との間には相当因果関係が存在する。 (被告の主張)Aは,被告が肺炎に対して適切な治療を行っていたにもかかわらず急性に増悪し,その後,直ちに投与した薬剤に対して全く反応が見られなかったもので,その原因は不明というほかない。被告は,Aの全身状態が悪化していたため,各種の薬剤を投与しカ 行っていたにもかかわらず急性に増悪し,その後,直ちに投与した薬剤に対して全く反応が見られなかったもので,その原因は不明というほかない。被告は,Aの全身状態が悪化していたため,各種の薬剤を投与しカウンターショックを行ったが,Aの自己心拍が再開せず死亡に至ったのであって,Aは,肺炎の急性増悪により,現代の-- 医学・医療をもってしても救命できない状況下で死亡したものであるから,被告病院において,原告らが主張する診療をしたとしても,Aの死亡を回避することはできなかった。 また,Aは,被告病院入院時,PaOの値が29.1mmHgという極 端に低い状態であり,その後50mmHg台で推移したもので,AにとってPaOの値が50mmHgというレベルは安全圏であったから,呼吸管理 如何によってAの死亡を回避することはできなかった。 㨯争点㨯(損害額)について(原告らの主張)ア逸失利益2352万4745円㨯Aの運送業による年間所得は89万5916円であり,これに労働能力喪失期間8年に対応するライプニッツ係数6.4632を乗じ,そこから生活費として3割を控除すると,405万3339円となる。 㨯Aの老齢基礎厚生年金及び厚生年金基金に関する年間受領金額は246万7296円であり,これに平均余命期間17年に対応するライプニッツ係数11.2740を乗じ,そこから生活費として3割を控除すると,1947万1406円となる。 イ慰謝料2800万円ウ葬儀費用150万円エ弁護士費用530万2474円オ原告らの相続弁護士費用を除く損害額合計5302万4745円につき,法定相続分に従い,原告X1は2651万2372円,原告X2及びX3は各1325万6186円の損害賠償請求権を取得した。 なお,弁護士費用については,原告らの間で,原告 計5302万4745円につき,法定相続分に従い,原告X1は2651万2372円,原告X2及びX3は各1325万6186円の損害賠償請求権を取得した。 なお,弁護士費用については,原告らの間で,原告X3が負担する旨合意した。 -- (被告の主張)上記(原告らの主張)はいずれも争う。 第3当裁判所の判断 Aに対する診療経過について前記前提事実に加え,証拠(甲A1,5,C6,乙A1,3,5,証人P,原告X2本人。なお,枝番のある書証については,特に枝番を示さない限り,すべての枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。 㨯入院に至る経過Aは,5日ころから,のどが痛い,咳が出るなどの症状を訴え,体温も37度を超える状態にあったが,数日経ってもそれらの症状に改善が見られなかったことから,8日,Z整形外科を受診したところ,急性咽頭炎及び喘息と診断された。 Aは,上記病院において処方された4日分の薬を飲み続けたものの,一向に回復せず,11日以降はずっと寝込んだままの状態となった。 なお,それまでの間,胸痛を訴えたことはなかった。 㨯入院当日(16日)アAは,16日,原告X2に連れられて被告病院の内科を受診し,胸部レントゲン検査等の結果,両肺野の広範囲にわたって異常陰影が認められたため,重症肺炎との診断を受け,同日,被告病院に入院した。 イ入院直前の午後0時19分に判明した動脈血液ガス分析(室内気吸入時)の結果は,pH7.492,PaCO33.7mmHg,PaO2 9.1mmHg,HCOact25.8mmol/Lであった。この結 果を受けて,Aに対し,鼻マスクによる方法で毎分5リットルの酸素投与が開始された。すると,SaOの値が78パーセントから85パーセン トに改善した。 -- 8mmol/Lであった。この結 果を受けて,Aに対し,鼻マスクによる方法で毎分5リットルの酸素投与が開始された。すると,SaOの値が78パーセントから85パーセン トに改善した。 -- また,P医師は,抗生剤(ケイテン)の点滴投与,抗生剤(ルリッド),去痰剤(ムコダイン,ムコソルバン)及び気管支拡張剤(テオドール)の経口投与を指示した。 なお,Aは,入院時,体温37.8度,脈拍104回/分,血圧は右手が155/78,左手が147/82,多弁,爪床チアノーゼあり,咳,喘鳴なしといった状態であり,「全然眠れてない」「息苦しい」などと訴えていた。 ウ午後4時11分に判明した動脈血液ガス分析(酸素5リットル投与時)の結果は,pH7.429,PaCO47.4mmHg,PaO56. 0mmHg,HCOact31.3mmol/Lであった。 また,血清・血液検査において,CRP値20.8,WBC(白血球)値198との結果が出ており,高値の炎症反応が認められた。 エ午後7時におけるAの状態は,体温38.4度,排尿等で動くと,喘鳴,呼吸苦があり,SaOの値も60ないし70パーセント台に落ちるが, 安静にしていると80パーセント台にまで回復した。 午後11時ころ,依然,38.5度と高熱が続いたため,解熱剤(ボルタレン25mg)が挿肛された。同じころ,Aは,「酸素いっぱい吸っているので楽になりました」と訴えた。 㨯入院翌日(17日)アAは,午前3時15分ころ,トイレに行こうとして病棟の廊下を歩いたため,肩で呼吸をする状態となった。SaOの値も72パーセントまで 下がったが,その後,徐々に82パーセントまで回復した。 イAは,朝食時に,パン1枚と副食を食べた。 午前7時ころのAの体温は36.7度,SaOの値は83パーセント の値も72パーセントまで 下がったが,その後,徐々に82パーセントまで回復した。 イAは,朝食時に,パン1枚と副食を食べた。 午前7時ころのAの体温は36.7度,SaOの値は83パーセント 前後であった。 午前11時30分ころ,原告X3が,看護師に対し,Aが苦しんでいる-- ことを伝えた。その際,Aには呼吸促迫,顔面紅潮が見られた。SaOの値は78パーセントであった。 ウ看護師は,午後0時20分ころ,日曜日のため休んでいたP医師と連絡を取り,酸素の投与量を毎分5リットルから毎分7リットルに増やすよう指示を受けた。 そこで,看護師は,Aに対し,顔マスクによる方法で毎分7リットルの酸素を投与したが,Aが顔マスクによる方法だと「しんどい」と訴えたため,元の鼻マスクによる方法に戻した。 Aは,昼食をとることはできず,お茶のみを飲んだ。SaOの値は8 2パーセント,体温は37.2度であり,呼吸苦を訴え,爪床にはチアノーゼが見られた。 その後,SaOの値は,入眠中は93パーセントまで上昇するものの, 覚せい時は85パーセントであった。 エAは,夕食もとることはできず,午後7時の時点で,体温37.0度,呼吸促迫,喘鳴あり,発汗あり,SaOの値は76ないし80パーセン トという状態であった。そして,「点滴した途端にカーッと熱くなってイライラしてきた」と訴えた。 午後8時の時点では,SaOの値が80ないし84パーセントに上が ったものの,その余は午後7時の状態と変わらず,チアノーゼも認められた。血圧は,右手が216/116,左手が197/109であった。Aは,「しんどい。こんなにしんどくなるとは思わなかった」,「点滴なんかしたことないからイライラする」などと訴えた。 そこで,看護師は,再度P医師と連絡を取ったところ,酸素の投与 7/109であった。Aは,「しんどい。こんなにしんどくなるとは思わなかった」,「点滴なんかしたことないからイライラする」などと訴えた。 そこで,看護師は,再度P医師と連絡を取ったところ,酸素の投与量を毎分10リットルに増やすこと,点滴を持続すること,血圧の上昇については様子を観察するよう指示を受けた。そして,看護師は,Aに対する酸素投与量を毎分10リットルに増量した。 -- オ午後9時ころになって,SaOの値は87パーセントまで上がったも のの,全身状態は変わらず,喘鳴,貯痰音が認められた。Aは,「暑い」,「このしんどいのどうにかなりませんか」などと訴えた。 その後,Aは息苦しさを訴えた。SaOの値は83パーセント,発汗 が多量に認められる状態であった。 カ午後11時ころ,SaOの値は57ないし70パーセントにまで下が り,脈拍は147回/分,血圧は133/62,発汗多量,呼吸促迫,喘鳴あり,チアノーゼありという状態となった。 看護師は当直医を呼んだが,当直医は診察をせず,P医師に連絡するよう指示した。そこで,看護師がP医師に連絡したところ,P医師は11時35分ころ来院し,すぐにAを診察した。 その際,Aには,発汗多量,頻呼吸,意識レベルの低下が観察され,胸部の全体に湿性ラ音,水泡音が認められた。SaOの値は70パーセン ト台であった。 そこで,P医師は,すぐにネオフィリン(気管支拡張剤)を点滴投与し,次いで,呼吸困難を改善させる目的で,ソルメドロール(ステロイド剤)とドプラム(呼吸刺激薬)を点滴投与した。しかしながら,Aの呼吸状態は改善しなかったため,P医師は,当直医の協力の下に気管内挿管を行い,人工呼吸器による呼吸管理を開始した。 なお,午後11時50分に採血し,動脈血液ガス分析(酸素10リットル投与時)を行った 吸状態は改善しなかったため,P医師は,当直医の協力の下に気管内挿管を行い,人工呼吸器による呼吸管理を開始した。 なお,午後11時50分に採血し,動脈血液ガス分析(酸素10リットル投与時)を行ったところ,pH7.139,PaCO80.6mmH g,PaO51.3mmHg,HCOact27.3mmol/Lであ った。 キAは,気管内挿管の直後に心停止を起こし,心臓マッサージの結果,一時的に自己心拍が再開したが,その直後に心室性頻拍に陥り,カウンターショックによって何度か自己心拍が再開したものの,18日午前1時35-- 分ころ,死亡した。 争点㨯(Aの死因とそれに至る機序)について㨯被告病院受診(入院)時におけるAの状態ア前記前提事実及び前記認定の診療経過に加え,証拠(甲B8,証人P,鑑定の結果(鑑定人質問の結果を含む。以下同じ。))によると,本件レントゲン写真においては,重症肺炎の所見である両肺野の広範囲にわたる異常陰影が認められ,被告病院受診(入院)時における動脈血液ガス分析の結果においても,明らかなⅠ型呼吸不全の状態を示すPaOの値が2 9.1mmHg,PaCOの値が33.7mmHgであったことがそれ ぞれ認められる。 つまり,被告病院受診(入院)時におけるAの状態は,重症肺炎によるⅠ型呼吸不全の状態であったということができる。 イこれに対し,原告らは,同時点において,Aには,多発肋骨骨折及びそれに伴う両側肺挫傷の症状があった上,その肺挫傷に基づく感染による肺炎を併発し,これらのため呼吸不全に陥っていたと主張する。 しかしながら,証拠(甲A2,乙A3,5,B1,証人P,鑑定の結果)を総合すると,本件レントゲン写真には,Aの右第5,6,7肋骨及び左第7肋骨のいずれも背側での骨折像が認められるものの,これ する。 しかしながら,証拠(甲A2,乙A3,5,B1,証人P,鑑定の結果)を総合すると,本件レントゲン写真には,Aの右第5,6,7肋骨及び左第7肋骨のいずれも背側での骨折像が認められるものの,これらはいずれも仮骨形成ないし治癒像であるといえ,少なくとも1週間以内にできた骨折像であると認めることはできない。 そうすると,Aに認められた肋骨骨折が胸壁運動に影響を及ぼしたということはできず(鑑定の結果),また,本件全証拠によっても,被告病院受診時のAにおいて,肋骨骨折以外の外傷を考慮すべき病歴や,血痰,胸痛等の身体症状が認められなかったことからすると,同時点において,Aには,外傷による肺挫傷は生じていなかったというべきである。 さらに,原告らは,Aは多発肋骨骨折によってフレイルチェスト(胸郭-- 動揺)を来していたとも主張するが,証拠(甲B1,11,15)によると,フレイルチェストとは,一般的には,連続する3本(2本)以上の肋骨がそれぞれ2か所以上で骨折を起こし,奇異呼吸を呈する急性呼吸不全症候群をいう(甲B1の293頁,甲B11の183頁,甲B15の827頁)とされており,本件全証拠によっても,Aにおいて上記定義に沿う骨折があったと認めるに足りる証拠はない。 以上のとおりであるから,原告らの主張には理由がない。 㨯Aの死因とそれに至る機序ア前記認定の診療経過に加え,証拠(甲B28,乙B7,鑑定の結果)によると,17日午後7時以降,Aには呼吸促迫,頻呼吸,喘鳴,痰の貯留等の症状が認められたこと,酸素を投与してもPaOの値が上昇しない 場合,正常なPaCOの値を維持するために過剰な呼吸運動を行ってい ると,いずれ呼吸筋疲労が生じてポンプ不全となり,PaCOの値が増 加して換気不全に陥る(Ⅱ型呼吸不全を併発する)ことがあること 場合,正常なPaCOの値を維持するために過剰な呼吸運動を行ってい ると,いずれ呼吸筋疲労が生じてポンプ不全となり,PaCOの値が増 加して換気不全に陥る(Ⅱ型呼吸不全を併発する)ことがあること(甲B28の98頁,乙B7の145頁,鑑定の結果),3度目の動脈血液ガス検査の結果において二酸化炭素分圧が上昇したのは肺胞低換気によるものであるが,その原因は,肺炎自体の悪化のみならず,喀痰貯留,気道狭窄,呼吸筋不全の可能性もあり得ると考えられること(鑑定の結果)がそれぞれ認められる。 上記認定に鑑定の結果を総合すると,Aの死因とそれに至る機序は,重症肺炎による低酸素血症が生じていたところ(Ⅰ型呼吸不全),その後,肺炎の悪化に伴う呼吸不全の進行により低酸素血症の状態が続く一方,肺炎自体の悪化によって換気障害をも併発し,それに気道閉塞や呼吸筋疲労等も加わって急激に二酸化炭素分圧が上昇し(Ⅱ型呼吸不全の併発),最終的には,高二酸化炭素血症によってpHの値が下がり,それによって心室性不整脈が起きて死亡するに至ったものと推認することができる。 -- イこれに対し,原告らは,文献(甲B34~36)を挙げて,一般的に,肺炎が悪化した場合には高熱が出るところ,17日のAの状態は微熱程度であったことから,肺炎自体は悪化していなかったと主張する。 しかしながら,上記文献には,「軽度の発熱に終始することもある」,「高齢者の肺炎では,発熱などの特徴的な肺炎症状を欠くことが多い」などの記載が認められることに加え,前記認定の診療経過によると,16日午後11時ころに解熱剤(ボルタレン25mg)が挿肛されるまでは高熱が続いており,また,鑑定の結果によると,かえって重症の感染症になった場合には,体温が上がらないこともあることが認められるのであるから,原告らの主張 熱剤(ボルタレン25mg)が挿肛されるまでは高熱が続いており,また,鑑定の結果によると,かえって重症の感染症になった場合には,体温が上がらないこともあることが認められるのであるから,原告らの主張には理由がない。 争点㨯(人工呼吸管理義務違反の有無)について㨯人工呼吸による呼吸管理の適応人工呼吸による呼吸管理の適応については,①人工呼吸の適応は,低酸素血症や高炭酸ガス血症を来し,生命が危機に陥っている場合であり,特に,100パーセント酸素投与下でPaOの値が60mmHg以下の場合,P aCOの値が50mmHg以上で呼吸困難が強い場合などでは絶対的適応 となり,また,動脈血液ガス分析の値がそれほど悪くなくても,強い呼吸困難,意識障害などを呈している場合,自発呼吸では骨折端の安静保持が維持できない多発肋骨骨折,疼痛が強く鎮痛鎮静が必要となる場合なども人工呼吸を必要とすることが多いとするもの(甲B4の1693頁以下),②微弱呼吸,呼吸数45回以上又は5回以下などの異常呼吸,酸素吸入時でもPaO≦50mmHg,PaCO≧65mmHgの状態では人工呼吸への移行 を考慮するとするもの(甲B8の65頁),③室内空気吸入下のPaO< 60mmHg,高濃度酸素吸入下のPaO<80mmHg,PaCO>5 0mmHg,呼吸数>35回/分とするもの(甲B11の189頁),④PaO<60mmHg,PaCO>50mmHg,呼吸数>35回/分又は -- 強い呼吸とするもの(甲B1の294頁,甲B15の829頁),⑤Ⅰ型呼吸不全の場合は,人工呼吸の適応の判断は難しいが,Ⅱ型呼吸不全の場合は人工換気の適応になり,具体的な数字としては,PaCO>55mmHg, pH<7.25という値を挙げるもの(甲B28の97頁以下),⑥人工呼 は,人工呼吸の適応の判断は難しいが,Ⅱ型呼吸不全の場合は人工換気の適応になり,具体的な数字としては,PaCO>55mmHg, pH<7.25という値を挙げるもの(甲B28の97頁以下),⑥人工呼吸器による呼吸管理は,患者が適当な肺胞換気を維持できない場合(PaO<50mmHgでpH<7.35)に導入するが,肺胞換気が基準値内で かつ低酸素血症を伴う患者に人工呼吸器を装着するかは,非常に難しい問題であるとするもの(乙B7の145頁)など様々な見解があり,統一的な基準が存在するものではない。 したがって,人工呼吸による呼吸管理を開始すべきか否かは,当該患者の臨床所見,経過等を考慮した上で,総合的に判断すべきものということができる(甲B28の98頁)。 㨯人工呼吸管理義務違反の有無ア前記認定のとおり,被告病院受診(入院)時において,Aは,重症肺炎によるⅠ型呼吸不全の状態にあったところ,この事実を前提として,証拠(甲B8,9,28,鑑定の結果)を総合して検討すると,被告病院受診(入院)時におけるAに対する治療の中心は,低酸素血症の改善,つまり酸素療法であるため,高濃度酸素の投与という治療が行われるべきであるから,この時点においては,被告病院の医師に人工呼吸による呼吸管理をすべき注意義務が存在しないことは明らかである。 イまた,前記認定のとおり,2回目の動脈血液ガス分析(酸素5リットル投与時)におけるPaCOの値は47.4mmHgであり,Ⅱ型呼吸不 全の基準値とされる45mmHg(甲B8)を超えているが,その原因は,前記認定の診療経過及び証拠(証人P,鑑定の結果)に照らすと,1回目の動脈血液ガス分析(室内気吸入時時)の結果が判明した後,Aに対して,酸素投与,抗生剤投与等の治療が施された結果,低酸素血症の状態が一時-- 的 証拠(証人P,鑑定の結果)に照らすと,1回目の動脈血液ガス分析(室内気吸入時時)の結果が判明した後,Aに対して,酸素投与,抗生剤投与等の治療が施された結果,低酸素血症の状態が一時-- 的に緩和され,それに伴って呼吸数が減少し,二酸化炭素分圧が上昇したことによるものと考えられる。 これに加え,2回目の動脈血液ガス分析におけるPaOの値は56. 0mmHgであって1回目の同値(29.1mmHg)と比べて大幅に改善していること,2回目の動脈血液ガス分析の結果が判明したのは,明らかなⅠ型呼吸不全であるとの結果が得られた1回目の同分析結果の判明から約4時間後であり,その間に呼吸筋疲労等によって換気不全に陥ったとは考えにくいこと(鑑定の結果)を併せ考えると,この時点において,被告病院の医師に人工呼吸による呼吸管理をすべき注意義務があったということはできない。 ウところで,証拠(甲B21,22,鑑定の結果)によると,高二酸化炭素血症ではチアノーゼが出現しやすくなり,血圧上昇や発汗が認められることが多いこと,急激に生じた高二酸化炭素血症では,呼吸は速く,大きくなり,息苦しさを訴え,PaCOの値が60mmHgを超えると,不 穏,興奮などの精神症状が現れ,発汗が激しくなることがそれぞれ認められる。 そこで,上記認定を前提にAの臨床所見を検討すると,前記認定の診療経過によれば,Aには,17日午後7時ころにおいて,急激な高二酸化炭素血症の症状とされる呼吸促迫及び発汗が観察され,それまでの病状とは変化が見られ,午後8時ころには血圧の上昇,チアノーゼの出現に加え,点滴を拒否するなどの不穏状態も見られるようになり,さらに,午後9時ころには頻呼吸,痰の貯留,多量の発汗がそれぞれ観察されるに至ったのであるから,17日午後7時ころから同日9時ころにかけ 現に加え,点滴を拒否するなどの不穏状態も見られるようになり,さらに,午後9時ころには頻呼吸,痰の貯留,多量の発汗がそれぞれ観察されるに至ったのであるから,17日午後7時ころから同日9時ころにかけて,急激な二酸化炭素分圧の上昇が起こっていったということができる。 また,それまでの経過についても,前記認定の診療経過によれば,Aは被告病院入院前からよく眠れておらず,加えて同日の昼食及び夕食はいず-- れも摂取することができなかったことに照らすと,Aの体力は著しく消耗していたことが窺われ,さらに,呼吸促迫(頻呼吸)が続いたことで呼吸筋の疲労も蓄積していたことをも併せ考えると,Aは,呼吸のために多大なエネルギーを消費していたと推認することができる。そして,遅くとも同日午後9時ころの時点では,重症肺炎自体のみならず,気道閉塞や呼吸筋疲労等により,ますます二酸化炭素分圧が上昇することが十分予測できる状態にあったということができる。 そうすると,前記のとおり,人工呼吸による呼吸管理の適応について統一的な基準が定まっていないとしても,遅くとも17日午後9時ころの時点において,Aに対して人工呼吸による呼吸管理を開始すべきであったということができる。 エなお,原告らは,頻回の動脈血液ガス検査を行うべきであり,その結果を基にして,上記時点よりも早期に人工呼吸による呼吸管理を開始すべきであったと主張する。 確かに,証拠(甲B8,14,16~18,20,21)によると,呼吸不全に対する治療方針の決定に当たっては,頻回の動脈血液ガス分析が必要であり,パルスオキシメータによる酸素飽和度の測定では動脈血液ガス分析の代用とはならないとされていることが認められるところ,前記認定の診療経過によれば,Aに対しては,16日午後4時ころ以降,翌17日午後11時50分 シメータによる酸素飽和度の測定では動脈血液ガス分析の代用とはならないとされていることが認められるところ,前記認定の診療経過によれば,Aに対しては,16日午後4時ころ以降,翌17日午後11時50分ころまでの約32時間もの間,その間に2度にわたる酸素投与量の増量があったにもかかわらず,パルスオキシメータによる酸素飽和度の測定のみで,動脈血液ガス分析は行われなかったというのであるから,P医師のAに対する治療は,この点においても適正さを欠くものであったということができる。 しかしながら,たとえ,17日午後7時よりも前の時点において動脈血液ガス分析が行われたとしても,前記認定の診療経過に照らすと,その分-- 析結果に加え,Aの臨床所見,経過等を総合考慮した上で,人工呼吸による呼吸管理を開始すべきといえる分析結果が得られたと認定するに足りる証拠はない。また,午後8時ころの酸素投与量の増量に併せて同分析を行ったとしても,その結果が判明するまでの時間(なお,乙A1によると,3回目の動脈血液ガス分析においては,採血から分析結果判明まで30分を要している。)等を考慮すると,人工呼吸による呼吸管理が開始されるのは午後9時ころになると考えられ,結局,上記ウで検討したところと異なるものではない。 したがって,原告らの主張には理由がない。 㨯 結論 以上のとおりであるから,P医師は,Aの主治医として,遅くとも17日午後9時ころには,Aに対して人工呼吸による呼吸管理を開始すべき注意義務があったというべきである。 しかしながら,P医師は,同日は日曜日のため被告病院に出勤しておらず,看護師からAの状態を聞いたにもかかわらず,酸素投与量の増量等を指示するのみで,自ら又は他の医師をしてAに対して人工呼吸器を装着することを怠ったのであるから,この点において,P医師 出勤しておらず,看護師からAの状態を聞いたにもかかわらず,酸素投与量の増量等を指示するのみで,自ら又は他の医師をしてAに対して人工呼吸器を装着することを怠ったのであるから,この点において,P医師には注意義務違反が認められる。 争点㨯(相当因果関係の有無)について㨯 判断 前判示のとおり,Aは,重症肺炎の悪化に伴って呼吸不全が進行したことにより低酸素血症の状態が続く一方,肺炎自体の悪化によって換気障害をも併発し,それに気道閉塞や呼吸筋疲労等も加わって急激に二酸化炭素分圧が上昇し,最終的には,高二酸化炭素血症によって生じた心室性不整脈が原因で死亡するに至ったと考えられるところ,これを前提とする限り,たとえ,17日午後9時ころの時点で,Aに対して人工呼吸による呼吸管理が開始さ-- れたとしても,それは換気不全の状態を一時的に改善させるための治療にとどまり,重症肺炎に対する直接的な治療ではないといわざるを得ない。 そして,前記認定の診療経過のとおり,AのPaOの値は,被告病院受 診(入院)時が29.1mmHgと極端に低値で,その後の酸素投与によっても呼吸不全の基準となる60mmHgを下回っており,また,抗生剤の投与等の治療によっても肺炎の症状に改善がみられなかったことに照らすと,Aの重症肺炎は,相当程度に重篤な状態にあったと推認することができ,さらに,前記認定の診療経過によると,Aは,実際に人工呼吸管理が開始された直後に心停止を来して死亡に至ったことが認められることをも併せ考えると,実際に人工呼吸による呼吸管理が開始された時点より3時間以上早い17日午後9時ころの時点で,Aに対して人工呼吸による呼吸管理が開始されたとしても,肺炎自体の悪化に伴い,死亡という結果を免れることは困難であったといえる。 㨯原告らの主張についてこ 間以上早い17日午後9時ころの時点で,Aに対して人工呼吸による呼吸管理が開始されたとしても,肺炎自体の悪化に伴い,死亡という結果を免れることは困難であったといえる。 㨯原告らの主張についてこれに対し,原告らは,文献(甲B26,34,39)及び鑑定の結果を挙げて,一般的に,肺炎によって死亡に至る割合は低いとして,Aに対して,人工呼吸による呼吸管理が開始されていれば,Aは,その死亡の時点においてなお生存していた高度の蓋然性があると主張する。 しかしながら,Aが死亡に至らなかった高度の蓋然性の存否については,本来,適切な治療が行われるべき時点におけるAの具体的な症状に即して検討すべきものであるところ,原告らが指摘する上記文献は,肺炎に関する一般的な統計資料であり,しかも,本件において,Aの肺炎ないし呼吸不全に対する治療を実施した場合にどの程度救命できるのかを直接認定し得る資料とはいえないものであるから,Aの具体的な症状に即した資料であるということはできない。 よって,原告らの主張には理由がない。 -- 㨯 結論 以上によれば,Aに対して,17日午後9時ころの時点で人工呼吸による呼吸管理がされたとしても,18日午前1時35分ころの死亡を避けることができた高度の蓋然性があったと認めることはできないから,前判示のP医師の注意義務違反とAの死亡との間に相当因果関係が存在するということはできない。 第4 結論 よって,その余の点を判断するまでもなく,本訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法65条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。 奈良地方裁判所民事部裁判長裁判官坂倉充信裁判官齋藤憲次裁判官福田敦 本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。 奈良地方裁判所民事部裁判長裁判官坂倉充信裁判官齋藤憲次裁判官福田敦

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