平成13(う)89 業務上過失致死被告

裁判年月日・裁判所
平成13年12月4日 仙台高等裁判所
ファイル
hanrei-pdf-4669.txt

判決文本文7,467 文字)

○交通死亡事故につき一審の実刑判決が破棄されて執行猶予が言い渡された事例 判決平成13年12月4日仙台高等裁判所平成13年(う)第89号業務上過失致死被告事件(原審山形地方裁判所平成12年(わ)第278号・平成13年4月27日判決) 主文 原判決を破棄する。 被告人を禁錮1年2か月に処する。 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。 理由 第1 本件控訴の趣意は,弁護人柿崎喜世樹が提出した控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。 控訴の趣意は,量刑不当の主張であり,要するに,本件被害者において,交通量の多い市街地の交差点であり,被告人運転の車両が相当手前から右折の合図をしているのを認識できたにもかかわらず,時速40キロメートルの制限速度を超える時速50キロメートルで交差点に進入し,減速や制動等衝突を回避する措置を講じなかったもので,被害者にも道路交通法36条4項の安全運転義務違反の過失があること,被害者は,被告人運転の車両と衝突後,その運転する自動二輪車から投げ出され,信号機の鉄柱にその頭部を衝突させて,脳挫傷により死亡したものと考えられ,死亡という重大な結果は偶然の不運によるところが大きいこと,被告人は,本件事故を起こしたことを深く反省し,何度も被害者の実家に赴いて両親等に謝罪し,毎日祝詞をあげて被害者の冥福を祈るなど誠意を尽くしており,被害者の遺族が厳しい処罰感情を は,本件事故を起こしたことを深く反省し,何度も被害者の実家に赴いて両親等に謝罪し,毎日祝詞をあげて被害者の冥福を祈るなど誠意を尽くしており,被害者の遺族が厳しい処罰感情を有していることについても,その心情を察して真摯に受け止めていること,被告人運転の車両には任意保険が付いており,示談交渉中で,今後成立すれば賠償金が支払われること,本件事故は飲酒運転やひき逃げのような悪質な事案ではなく,被告人には前科前歴はなく,これまでまじめに生活してきたものであり,6歳の子供を一人で養育しており,仮に実刑となれば,子供の養育に深刻な影響を及ぼすこととなることなどを考慮すると,被告人を禁錮8か月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,刑の執行猶予が言い渡されるべきである,というのである。 第2 記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 1 本件は,平成12年7月23日午後零時45分ころ,山形市内の中心市街地にある信号機の設置された十字路交差点において,普通乗用自動車を運転していた被告人が(以下,被告人運転の車両を「被告人車」という。),青色信号に従って右折する際,対向車線を直進してくる被害者運転の自動二輪車(以下,「被害車両」という。)を認めたにもかかわらず,被害車両に対する安全を確認しその通過を待って右折進行すべき義務を怠って,被害車両が通過する前に右折を完了できるものと速断して,そのまま右折進行した過失により,自車右前部を進行してきた被害車両に衝突させ,それによって被害者を路上の信号機の支柱に激突させて,間もなく脳挫傷等の傷害により死亡させた,という業務上過 進行した過失により,自車右前部を進行してきた被害車両に衝突させ,それによって被害者を路上の信号機の支柱に激突させて,間もなく脳挫傷等の傷害により死亡させた,という業務上過失致死の事案である。 2 所論は,被告人に過失があったことは認めるものの,交差点を直進する車両も,道路交通法36条4項に規定するとおり,交差点に進入しあるいは交差点を通行するときには安全な速度と方法で通行すべきであるから,本件被害者は,制限速度を超える速度で進行して,減速をせずあるいは制動の措置を取らず,また的確なハンドル操作を行わなかったもので,本件衝突について過失がある,と主張する。 3 そこで,所論を踏まえ検討する。 (1) 本件事故現場及び事故発生の状況は,次のとおりと認められる。 本件事故現場は,山形市内の中心市街地にある車道部分の幅員が約7ないし8メートルの道路が交差する信号機の設置された十字路交差点(以下,単に「交差点」という。)であり,被告人車は,車道部分の幅員約8.7メートルの西進道路を右折するためセンターライン寄りを進行し,被害車両は,車道部分の幅員が約9.2メートルの東進道路を直進するため進行していたものであり,交差点付近での最高速度は時速40キロメートルと指定されている。 被告人は,交差点の対面信号が青色であることを確認し,右折するため,交差点の手前20数メートル付近で右折の合図を出し,時速約15キロメートルに減速しながらセンターライン寄りを進行し,交差点の手前約8.9メートルに設けられた停止線付近で,前方約51.9メートル付 折の合図を出し,時速約15キロメートルに減速しながらセンターライン寄りを進行し,交差点の手前約8.9メートルに設けられた停止線付近で,前方約51.9メートル付近に対向直進してくる被害車両を認めた。しかし,被告人は,被害車両が交差点に進入する前に,その進路を妨げることなく右折を完了できるものと考えて,交差点中心付近まで進行せず,交差点入口の横断歩道付近から内回りの方法でもって,上記速度で右折を開始したところ,被害車両が前方約20.9メートルの交差点進入直前にまで進行して来ているのに気付き,衝突の危険を感じて急制動を掛けたが,それから約4.5メートル進行し,右折方向の道路上に設けられた横断歩道に達する手前の交差点内の地点で,被告人車の右前部角付近と被害車両の前部から右側面にかけてが強く擦過する状況で衝突した。被害車両は,そのまま進行して歩道の角部分に設けられた縁石に擦過するように衝突し,更に転倒しながら右方向に滑走して,衝突地点から約32.5メートル遠方の道路上で停止した。被害車両の衝突時の速度は,衝突地点から停止までの転倒状態での上記滑走距離から,時速約50キロメートル程度と推定された。 (2) 道路交通法37条は,交差点において右折車両は直進車の通行を妨げてはならないと定めているのであるから,右折車両としては,直進車に制動や進路変更を余儀なくさせることのないよう右折を控えるべき義務を負うといえるのであり,直進車としては,右折車両が右折を開始してすでに自己の進路上に進出しており,そのまま直進すれ 進路変更を余儀なくさせることのないよう右折を控えるべき義務を負うといえるのであり,直進車としては,右折車両が右折を開始してすでに自己の進路上に進出しており,そのまま直進すれば衝突する具体的危険が発生している場合はともかく,そうでなければ,右折車両があるとしても,右折車両が自己の進行を妨げることなく右折を控えるものと信頼してよく,それ以上に右折車両があるからといって徐行さらには停止すべき義務まではないものといえる。これを本件で見ると,被告人は,上記のとおり,交差点に進入する以前の停止線付近で直進車の被害車両を確認したに過ぎないのであるから,被害車両との距離,その速度,更には自己がそのまま進行して右折を開始したときの被害車両に対する進路妨害の恐れなどを考慮して右折を控え,交差点中心付近まで進行した上被害車両の動向を更に確認すべきであったのに,当初の確認で被害車両が交差点に進入する前に自己が右折を完了することが可能と速断して,交差点入口の横断歩道付近から内回りで右折を開始したものであって,被告人に被害車両の進路を妨害するような右折を控えるべき義務違反の過失があったことは明らかである。一方,被害者としては,自己が交差点に接近しつつあったところ,被告人車は右折の合図をしていたもののまだ右折を開始しておらず,自己が交差点に進入する直前で始めて,右折してきた被告人車が自己の進路上に進出してきたにすぎない(これは,急制動をした被告人車がなお進行して衝突した地点が,被害車両の進路上に当たり,しかも,上記のとおり,被告 右折してきた被告人車が自己の進路上に進出してきたにすぎない(これは,急制動をした被告人車がなお進行して衝突した地点が,被害車両の進路上に当たり,しかも,上記のとおり,被告人車の右前部角付近が被害車両の右側面に擦過するように衝突していることからも,裏付けられる。)のであるから,自己が交差点に進入し通過する前に,被告人車が横断歩道付近から内回りの方法で右折を開始し,その進路上に進出してくることまで予想すべきであったとはいえず,被告人車が当然一旦停止して右折を控えるものと信頼してよいものといえる。被害車両に急制動を取った痕跡が見られないのは,まさに被告人車が自己の進路に進出してくることはないものと信じたがためであり,それに反して,被告人車が右折をして進路上に進出してきたため,急制動やハンドル操作をする暇もなく,衝突したものと推認できる。したがって,被害者が,右折しようとした被告人車に気付きながら,減速徐行さらには停止しなかったとしても,それが義務違反の過失に当たるとはいえない。 (3) 所論は,道路交通法36条4項によれば,交差点を通行しようとする車両は,交差点の状況に応じ,右折車両に特に注意し,かつ,できる限り安全な速度と方法で通行しなければならないのであるから,本件被害者においても,交差点に進入するに当たり制限速度を守らなかった点で,本件衝突について過失がある,という。なるほど,同条項に定めるように,直進車にも,交差点を通行するに当たってはできる限り安全な速度と方法で進行すべきことが要求されるといえるが,一 衝突について過失がある,という。なるほど,同条項に定めるように,直進車にも,交差点を通行するに当たってはできる限り安全な速度と方法で進行すべきことが要求されるといえるが,一方で道路交通法37条は,直進車の右折車両に対する優先を定めているのであって,それは,直進車が制限速度を時速10キロメートル程度を超えた速度で進行する場合であっても適用されるというべきであるから,右折車両としては,直進車が制限速度を時速10キロメートル程度超えた速度で進行してくることを予測して,その進路を妨げることがないようにすべき義務があり,直進車からいえば,その程度の制限速度を超えて進行することを右折車両が予測して行動するものと期待してよいといえるのである。 さらに,例え被害車両が交差点に進入する時点で時速40キロメートルの制限速度に減速していたとしても,上記の被告人車と被害車両との相互の位置及び距離関係などからして,衝突が避けられた,あるいは被害者に衝突回避の措置を期待できたとはいえないのである。したがって,本件被害者が,制限速度を時速約10キロメートル超える速度で交差点に進入したからといって,本件衝突について被害者に過失があるとはいえない。 4 事実関係については上記のとおりと認定できるのであるが,それを前提に,被告人に対する量刑について検討する。 本件において,被告人は,交差点で右折するに当たり,対向直進してくる被害車両を前方に確認しながら,被害車両との距離,その速度等を十分に確かめることなく,その通過前に自己が右折を完了できるものと速 ,被告人は,交差点で右折するに当たり,対向直進してくる被害車両を前方に確認しながら,被害車両との距離,その速度等を十分に確かめることなく,その通過前に自己が右折を完了できるものと速断し,内回りの方法で右折を開始したのであって,その過失は軽いとはいえない。 そして,その過失によって引き起こされた結果は,誠に重大であり,悲惨というほかない。被害者は,21歳と若く前途ある青年であり,大学の夏休みで故郷に戻り,久しぶりに愛車を駆って幸福感を味わっていたであろうのに,一転して命を奪われたのであり,自己の通過を待ってくれるものと信じて進行したにもかかわらず,進出してきた被告人車に衝突させられ,無惨な死を遂げざるを得なかったもので,その無念の程は察するに余りある。また,大きな期待を持ち将来を楽しみにしていた息子,弟の命を奪われた被害者の両親,兄姉の嘆き,悲しみは殊のほか大きく,言葉で尽くせないほどのものといえる。 ところで,原判決は被告人に対して禁錮8か月の実刑を科しているのであるが,その量刑の理由について判示していないところ,交通事故に関する事件に対するこれまでの多くの裁判例と比較して,致死の結果を伴う交通事故に対して必ずしも実刑が科せられているわけではないので,原判決の量刑はかなり重い範疇に入るといえるのであるが,それにもかかわらず原判決がその量刑の理由について何ら説明していないのは,やはり説得性に欠けるといわねばならない。しかし,その点は措くとしても,原判決が実刑に処した理由について推測すると,一つには,被告人の過失それ自体が非常に重いと判断したこと,もう一つには,被害者遺族の るといわねばならない。しかし,その点は措くとしても,原判決が実刑に処した理由について推測すると,一つには,被告人の過失それ自体が非常に重いと判断したこと,もう一つには,被害者遺族の被害感情が非常に強いことが考えられるのである。そこで,改めてこの点について検討することとする。 本件での被告人の過失は,上記のとおり,右折に当たっては対向直進車両との安全性について慎重に判断すべきものを,被害車両を確認した時点で自己が先に右折できるものと速断したことにあるが,その過失は,例えば,交差点の信号を見過ごしたり,直進車両に全く注意を払わなかったといった,右折車両の運転手としての基本的な注意義務を怠ること甚だしいものではなく,また,悪質な交通事故の防止のため最近刑法改正がなされて重罰化が図られた,飲酒運転や高速度運転等それ自体危険な運転による類型に属するものではなく,これまで執行猶予が付される例も少なくない単純な過失の類型に属するのであって,本件での過失をもって直ちに実刑に値するとはいえないのであり,原判決の量刑は過失の態様,程度からして重いといわざるを得ない。 次に被害者遺族の被害感情の点について検討すると,原審で被害者遺族の各供述調書が取り調べられて,その証人尋問も行われ,更に当審でも,遺族の上申書等が取り調べられ,その心情等に関する意見陳述も行われて,本件審理において遺族の被害感情については十分にそれを知る機会が持たれ,遺族の被害感情が強烈で,実刑を望んでいることが認められるのである。そこで,被害者側の被害感情について考察すると,一般的に,被害者側の被害感情が被告人側 を知る機会が持たれ,遺族の被害感情が強烈で,実刑を望んでいることが認められるのである。そこで,被害者側の被害感情について考察すると,一般的に,被害者側の被害感情が被告人側の対応態度に大きく影響されることは明らかであるが,それのみならず,被害者側の生活観念,家族観,価値観等,さらには,被害者側と被告人側との価値観,生活態度の違い等の相対的な関係など,複雑多様な要因によって,被害感情がかなり左右され,かつ,その被害感情の表し方も様々に異なってくると考えられるのである。このような被害感情をもって直裁に量刑に反映させ,量刑上の大きな理由とすることは,個々の事案毎に量刑に大きな差異が生じて,そのため同種の事案であっても量刑が区々に異なり,ひいては量刑が不安定,不均衡となり,裁判の重要な面である公平性を害することになりかねないといえる。したがって,個々の事案で表された被害者側の被害感情を余りに重視して刑を量定することは相当でないというべきであり,やはりそれを量刑上考慮するには限度があり,量刑の均衡及び公平性維持の客観的な観点から,それは,犯罪そのものに関わる犯情とともに,量刑に当たって考慮されるべき諸般の事情の一つとして,考慮するにとどめるべきであるといえる。 そこで改めて,本件での量刑を検討すると,上記のとおり,本件による結果は重大で悲惨であり,被害者遺族の被害感情は厳しいが,一方で被告人の過失は,特に悪質で重罰をもって臨むべきものには当たらないこと,損害賠償については任意保険により相応な補償がなされると考えられること,被告人は本件を深く反省悔悟し,被害者の冥福を祈ると共に,被 に悪質で重罰をもって臨むべきものには当たらないこと,損害賠償については任意保険により相応な補償がなされると考えられること,被告人は本件を深く反省悔悟し,被害者の冥福を祈ると共に,被害者遺族の心情も理解し,被告人なりに精一杯謝罪の態度を示しており,なるほど,遺族の拒否などその厳しい態度に遇って,困惑から遺族の意に十分添えなかった事情がうかがわれるが,被告人の態度をもって誠意を欠く社会通念上非難されるべきものとはいえないこと,被告人にはシートベルト装着義務違反及びスピード違反の交通違反歴2件があるのみで,その運転態度に問題があったものではないこと,被告人は現在6歳の幼児を抱え,これまで格別の前科前歴もなく通常の女性としてまじめに生活してきていることなどを考慮すると,被告人を禁錮8か月の実刑に処した原判決は,その量刑が著しく重きに失するというべきである。論旨は理由がある。 第3よって,刑訴法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に次のとおり判決する。 原判決が認定した事実に原判決と同一の法令を適用し(刑種の選択を含む。),上記の理由により,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮1年2か月に処するとともに,刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予することとし,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 平成13年12月4日仙台高等裁判所第1刑事部裁判長裁判官松浦繁 主文 のとおり判決する。 平成13年12月4日 仙台高等裁判所第1刑事部 裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 卯木誠 裁判官 春名郁子

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る