平成18年10月18日判決言渡平成16年第4384号損害賠償請求事件( )ワ判決主文 被告は、原告に対し、5983万1140円及びこれに対する平成12年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用はこれを5分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が5000万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由第1請求被告は、原告に対し、1億0939万0538円及びこれに対する平成12年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要事案の要旨 訴外Aは、平成12年5月ころから労作時に息切れがするようになり、同年6月16日にB医院を訪れ、肝腫大が認められたことから、同医院の医師であるC医師からの紹介により、D大学医学部附属病院第二外科E医師を受診して検査を受けたところ、心疾患の疑いがあるとして同病院内科を受診し、同年8月26日まで数回にわたってF医師の診察を受けた。ところが、同年9月2日になって、Aの容態が急変し、大動脈弁閉鎖不全症及びうっ血性心不全により、死亡するに至った。 このことについて、原告は、E医師がすみやかに心不全の治療を開始しなかった過失やF医師がAや原告に対してAの入院を全く説得しなかった過失により、Aが上記死亡に至ったものと主張して、被告に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償及びこれに対するAの死亡日(不法行為日)である平成12年9月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。 (認定の根拠となった証拠等を()内に示す。直前に示した 及びこれに対するAの死亡日(不法行為日)である平成12年9月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。 (認定の根拠となった証拠等を()内に示す。直前に示した前提となる事実証拠のページ番号を〔〕内に示す)。 当事者( )ア原告関係A(以下「A」という)は、昭和28年6月17日生まれの男性であ。 り、原告はAの妻である(争いのない事実、甲C1の1。 )イ被告関係被告は、東京都板橋区ab丁目c番d号所在のD大学医学部附属病院(以下「被告病院」という)を設置経営する学校法人である(争いのな。 い事実。 )平成12年6月ないし同年9月当時、E医師(以下「E医師」という)は被告病院第二外科の医師であり、F医師(以下「F医師」とい。 う)は同病院長であって、かつ、同病院内科の医師であった(争いのな。 い事実、乙A1〔1、A2〔1、A15〔8、A19、弁論の全趣〕〕〕旨。 ) 原告による被告病院への受診等( )原告は、平成12年6月16日、同年5月ころから息切れ感がすることから、その当時原告が通院していた医療法人社団B医院(以下単に「B医院」という)のC医師(以下「C医師」という)の照会により被告病院第二外。 。 科を受診し、E医師の診察を受け、同年7月1日には、同医師の指示により 同病院内科を受診した。その後、原告は、平成12年9月2日18時52分、心肺停止状態で被告病院の救急センターに搬入されたが、同日19時16分、死亡が確認された(争いのない事実、乙A1ないし3)。 その余の被告病院等における診療経過の概略は、別紙診療経過一覧表記載のとおりである(この診療経過一覧表は、平成17年4月14日の第8回弁論準備手続期日において両当事者が陳述した内容を一部修正したものである。 告病院等における診療経過の概略は、別紙診療経過一覧表記載のとおりである(この診療経過一覧表は、平成17年4月14日の第8回弁論準備手続期日において両当事者が陳述した内容を一部修正したものである。 同表の記載のうち、ゴシック体で示された事実の記載は当事者間において争いのある部分であり、その余の事実の記載は当事者間に争いがない。 。) 消滅時効援用の意思表示( )被告は、平成16年4月14日の本件第1回口頭弁論期日において、本件にかかる不法行為に基づく損害賠償請求権は、Aの死亡日である平成12年9月2日から3年後である平成15年9月2日を経過した時点で消滅したと主張し、同消滅時効を援用するとの意思表示をした(当裁判所に顕著な事実。 ) 争点 平成12年6月16日ないしその後の時期にAに対して心不全の治療を開( )始しなかった過失の有無 遅くとも平成12年8月5日までにA又はその妻に対してAの入院を説得( )しなかった過失の有無 過失行為と結果発生との間の因果関係の有無( ) 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否(時効中断の有無)( ) 損害額( )争点についての当事者の主張 争点1 (平成12年6月16日ないしその後の時期にAに対して心不全の( )( )治療を開始しなかった過失の有無)について(原告の主張) アAは、平成12年6月14日には下肢の浮腫が顕著であり、それが翌15日になっても変化しなかったためにB医院を外来受診したところ、同医院のC医師(以下「C医師」という)は、同月16日付けで被告病院に。 対して診療情報提供書を作成し「紹介目的」として「肝、又は胆のう腫、瘍の疑い」と記載し、情報として、同月15日に下肢浮腫で同医院を受診したこと、腹部エコー検査により肝腫大を 日付けで被告病院に。 対して診療情報提供書を作成し「紹介目的」として「肝、又は胆のう腫、瘍の疑い」と記載し、情報として、同月15日に下肢浮腫で同医院を受診したこと、腹部エコー検査により肝腫大を認め、下肢の浮腫が著明である旨をも記載していた。 その上で、Aは、同月16日に被告病院第二外科を外来受診し、E医師の診察を受けたところ、その際、Aは、同年5月ころから息切れを感じるようになったと訴えた。 イしたがって、E医師としては、患者たるAの主訴である息切れに対応した診察も行うべきであったのに、これを怠り、息切れの訴えに対応する十分な問診及び診察をしなかったばかりか、本来であれば、息切れと著明な下肢浮腫からはうっ血性心不全を疑い、レントゲン検査を実施して心拡大の有無ないし程度を確認すべきであるのに、これを怠った。 しかも、同月20日に判明した血液生化学検査の結果によれば、アルブミン値が3.7グラム毎デシリットル((以下、単位については単g/dl)位記号を用いて表記する)と正常値の範囲内であったから、肝機能障害。 は鬱血によるものと容易に診断できたはずであるのに、これを見落とし、心疾患に対する対処が遅れた。 ウこれらの点は、容易に気づき得るうっ血性心不全の診断及びその重症度の診断を誤り、内科に診察を依頼するまでに約2週間を費やしてしまったものであって、明らかに過失である。 (被告の主張)アE医師としては、紹介医であるC医師から肝腫瘍または胆嚢腫瘍の疑いがあるとして紹介されていたから、これらをまず診断することを最初に行 うべきであり、かつ、自らの専門領域における疾患を中心に診断を進めるのが原則であるところ、肝腫瘍や胆嚢腫瘍の進行した状態では息切れや下肢浮腫も生じる可能性があり、この点も含めて診断をする必要があった。 イそこで、E 、自らの専門領域における疾患を中心に診断を進めるのが原則であるところ、肝腫瘍や胆嚢腫瘍の進行した状態では息切れや下肢浮腫も生じる可能性があり、この点も含めて診断をする必要があった。 イそこで、E医師は、血液検査、腹部エコー検査、腹部検査を行ってCTAの客観的状態を把握することとし、上記各検査の結果、胆嚢腫瘍も肝腫瘍も否定的となったこと、及び他の所見から心疾患が考えられたことから、循環器専門医を紹介した。 ところで、被告病院においては、腹部検査は予約制であって、E医CT師がAを診察した当時、最も直近の予約可能日は平成12年6月27日であったから、同日に腹部検査を施行した。そして、同日以降においてCTは、E医師は同月30日の外来担当であったから、Aの病態を総合的に判断できたのは同日であり、その時点で直ちに内科への診察を依頼したものである。 ウこのように、E医師は、被告病院のみならず他の病院でもされる平常の手順をたどったものであって、同医師に過失はない。 争点2 (遅くとも平成12年8月5日までにA又はその妻に対してAの入( )( )院を説得しなかった過失の有無)について(原告の主張)アAに対して平成12年7月6日に行われた心臓エコー検査の結果、左室拡張末期径()値、左室収縮末期径()値及び左室内径短縮率LVDdLVDs()値等がきわめて重大な異常値を示しているなど、いわば「いつ死FSんでもおかしくない」最高度の大動脈弁閉鎖不全状態(以下「」といARう)で、壁運動の著しい低下、前中隔寄りの心筋のひ薄化があることが。 明らかになっていたのであるから、医師としては、遅くとも同年8月5日ころには、それらのことを認識した上、Aに対して生命の危険があるので入院するよう強く説得し、Aが拒否した場合には、Aと被 ことが。 明らかになっていたのであるから、医師としては、遅くとも同年8月5日ころには、それらのことを認識した上、Aに対して生命の危険があるので入院するよう強く説得し、Aが拒否した場合には、Aと被告病院との間に おいて締結された診療契約に付随する患者に対する保護義務、ないしは条理や我が国における診療慣行に照らし、その妻に対してその旨説明するなどする注意義務があった。 そうであるにもかかわらず、被告病院内科においてAの診察を担当したF医師は、上記義務を怠り、上記心臓エコー検査の結果を認識しなかったばかりか、Aに生命の危険が迫っていることの説明や入院が必要であることの説得をすることなく、同年8月26日の診察日においても漫然と1か月以上先である同年9月30日に再び受診するよう指示しており、この点は過失である。 イこれに対して、被告は、F医師の初回診察日である7月1日から同医師がAに対して何度も入院を説得したのにAが拒否したと主張するが、その旨の診療録上の記載はいずれも改竄により作出されたものであって根拠がない。また、Aは当時、自己の関係する株式会社が株式市場へ上場する準備をしており、そのような重大な局面の中で自分が死亡するわけにはいかない状況であって、生命の現実的危険を冒してまで入院を拒否する理由はないから、Aが入院を拒否したとの事実もない。 (被告の主張)アF医師は、平成12年7月1日に初めてAを診察した時から、Aの心疾患が重いことを認識していた。すなわち、同日において、Aは左心不全(主として肺の鬱血)から右心不全(だるさ、浮腫及び肝腫大)を呈し、両心不全となっており、心胸比は68.8%ときわめて大きく、心電図上も変化はきわめて高度で、巨大陰性波や第1度心ブロックなど多彩なT所見が得られていた。 イこのような認識の下で、F )を呈し、両心不全となっており、心胸比は68.8%ときわめて大きく、心電図上も変化はきわめて高度で、巨大陰性波や第1度心ブロックなど多彩なT所見が得られていた。 イこのような認識の下で、F医師は、Aに対して、入院して精査することを勧めたものであり、7月6日に施行した心臓エコー検査の結果が同月20日に判明し、左室内径短縮率()が10%であったことから、同月FS 22日の診察日においては入院を長時間かけて勧め、さらに1週間後である同月29日の診察日においても入院を強力に勧めたが、いずれの診察日においてもAは入院することを強く拒否したため、徒労に終わったものである。このことは診療録に記載されているとおりであり、同診療録に原告の主張するような改竄の事実はない。 そればかりか、Aは、左心不全症状である呼吸困難や咳などはなく、駅の階段も他の人と同様に上ることができ、風邪は引かない方で、右心不全症状であるだるさや食欲不振などもないなどと、客観的に判明している状態からはとても考えられない発言をしており、このこともAが仕事上の理由等により入院を拒否したことをうかがわせる。 争点3 (過失行為と結果発生との間の因果関係の有無)について( )( )(原告の主張)アAは、E医師が心疾患に対する診断及び治療開始を遅延した過失がなければ、平成12年9月2日に死亡することはなかった。 イまた、F医師が同年8月5日までに入院を説得すればAはこれに応じたのであり、そうすればAの心疾患に対する治療がされたといえるから、Aが平成12年9月2日に死亡することはやはりなかった。 (被告の主張)アAの基礎心疾患である先天性の二尖弁による大動脈弁疾患による心不全は、急性増悪や急死に至ることも少なくないきわめて重症な弁膜症であることが知られており、急死 とはやはりなかった。 (被告の主張)アAの基礎心疾患である先天性の二尖弁による大動脈弁疾患による心不全は、急性増悪や急死に至ることも少なくないきわめて重症な弁膜症であることが知られており、急死に至る確率は10ないし20%であるし、心不全発現後の予後は短く、平均1ないし2年で死亡するとされている。 Aの場合は、軽症の心不全でも、その急性増悪や致死的不整脈によって死亡することが危惧された。他方、入院をすれば、急性増悪や致死的不整脈の発現や風邪による発熱や安静を欠くことなどによる心不全の悪化因子の発現を避けることができる。 イしたがって、なるべく早期に入院し、カテコールアミン製剤などの強力な強心薬を短期間使用するなどの治療が必要であり、その結果、心機能の改善が得られたら弁置換術とバティスタの手術などを施行し、それによって救命できる可能性はあった。しかし、入院してこれらの治療を受ければ必ず救命し得たとはいい難く、強いていえば、救命可能性として50%以上の確率があったということはできない(もっとも、被告は、平成18年5月10日の本件第3回口頭弁論期日において陳述した同年4月5日付準備書面中において、Aが入院を先延ばしにしていなければ現在でも生命を保っていた可能性が極めて高いと主張している。 。) 争点4 (不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否(時効中断の( )( )有無)について)(原告の主張)Aが平成12年9月2日に死亡し、原告は、被告に対し、その後3年を経過するより前である平成15年8月28日に到達した通知書により「不法行為または債務不履行による相当額の損害賠償を請求致します」と明示して損害賠償を請求する旨の意思表示をし、その後6か月以内である平成16年2月27日に本件訴訟を提起したものであるから、不法行為 不法行為または債務不履行による相当額の損害賠償を請求致します」と明示して損害賠償を請求する旨の意思表示をし、その後6か月以内である平成16年2月27日に本件訴訟を提起したものであるから、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が完成する余地はない。 (被告の主張)原告は、平成15年8月27日付けで発出し、同月28日に被告の元に到達した通知を根拠として時効中断事由たる催告をしたものであると主張するが、この内容はカルテ開示を求めるものであって、損害賠償の催告とはいい得ないから、その主張は失当である。 争点5 (損害額)について( )( )(原告の主張)ア具体的損害額 Aが死亡することで生じた損害額は次の合計1億0939万0538円である。 死亡慰謝料2600万0000円( )ア死亡逸失利益7439万0538円( )イ次の計算式により算出した。次の①は平成12年賃金センサス男子大卒45ないし49歳の年収額であり、②は被扶養者1人であることを考慮して生活費控除割合の計算式であり、③は就労可能年数が67歳まで20年間であることから、中間利息をライプニッツ式形算式により控除する際の値である。 〔計算式〕①852万7700円×(②1-0.3)×③12.462弁護士費用900万0000円( )ウイ相続原告は、Aの妻であり、原告は、Aの父であるG及び母であるHから、平成12年10月4日、相続分を譲り受けた。 (被告の主張)ア具体的損害額関係死亡慰謝料について( )アAは重篤な疾病に罹患しており、その死亡は被告病院の過誤のみによってもたらされたものではなく、Aが負担する要因も存する。また、Aが適切な治療を受けたとしても、生存率は5割を超えるものではないから、さらに減額すべきである。 逸失利益について 病院の過誤のみによってもたらされたものではなく、Aが負担する要因も存する。また、Aが適切な治療を受けたとしても、生存率は5割を超えるものではないから、さらに減額すべきである。 逸失利益について( )イAは疾病の治療を受けるのであって、稼働が不能ないし困難となるから、収入を確保できないはずである。しかも治療のための生活費割合は高度となるほか、生存率も5割程度で稼働期間も長期にはわたらない。 その余の点は不知ないし争う。 ( )ウ イ相続関係不知。 第3当裁判所の判断事実認定 前記第2の2記載の前提となる事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨等によれば、次の事実が認められる(認定の根拠となった証拠等を()内に示す。直前に示した証拠のページ番号を〔〕内に示す。以下同じ。 。) Aが被告病院を受診するに至る経緯( )アAの既往症等A(前出のAを指す)は、昭和28年6月17日生まれの男性である。 ところ、昭和37年6月4日(Aは満8歳、I大学J研究所心臓外科)(以下単に「I大心臓外科」という)を初めて受診し、大動脈弁狭窄症。 と診断された(乙A14)。 Aは、運動したときに動悸がするとの自覚症状があったため、昭和43年9月30日から(Aは満15歳、I大心臓外科に検査目的で入院し、)心電図検査、心臓カテーテル検査を受けた結果、左室-大動脈間の圧較差 の大動脈弁狭窄症であると確定診断された。その結果、同科mmHgの医師は手術適応について両親と話し合うこととしたが、結局大動脈弁狭窄症について手術は行われず、同年10月26日に退院した(乙A1。 4)その後、Aは、昭和47年3月にI大心臓外科を外来受診したが、その際には1年前から1.5横指程度の心拡大の進行と心電図上V6、7の平坦波を認めたため、再検査の上、 6日に退院した(乙A1。 4)その後、Aは、昭和47年3月にI大心臓外科を外来受診したが、その際には1年前から1.5横指程度の心拡大の進行と心電図上V6、7の平坦波を認めたため、再検査の上、手術治療を考慮すると医師により判T断されている。I大心臓外科には、昭和49年4月1日にもAが外来受診しており、その際には、自覚症状として胸痛はないが、聴診上は3度の収縮期雑音と2度の拡張期雑音を聴取し、胸部X線写真上は心胸郭比50%、 上行大動脈陰影の拡大を認めた。心電図においては左室肥大所見のほか、陰性波を、誘導に、平坦波を、6、7誘導に認めた。肝TIIIaVFTIIV腫大は触知せず、血圧は収縮期血圧130/拡張期血圧90であmmHgった(以下、血圧検査の結果は「収縮期血圧の値/拡張期血圧の値」の様式により表記する(乙A14)。)。 イB医院の受診原告はAの夫であり、Aとは昭和48年4月、大学在学中に知り合って昭和57年1月7日に婚姻し、共働きの生活をしていた。Aは、平成12年当時、ソフトウェア関係等の株式会社の取締役の地位にあり、同年においては、同社は増資及び株式市場への上場の準備をしていたところ、Aは、その業務を担当していたことから、多忙な状態にあった(甲A4〔1、。 〕C1の1、C7、弁論の全趣旨)原告は、Aとの交際の当初から、Aに心臓の持病があることをAから聞いて知っていたところ(甲A4〔1、平成12年5月ころからAの息切〕)れがひどくなり、Aが散歩中に疲れて休むことが多くなったように感じ、しかも、同年6月にはAが階段を下りる際に苦しそうにし、かつ、足のむくみがひどくなったように感じた。そこで、原告は、Aに対し、同月15日木曜日の午後、原告の勤務先からAの勤務先に対して電話をかけ、こ しかも、同年6月にはAが階段を下りる際に苦しそうにし、かつ、足のむくみがひどくなったように感じた。そこで、原告は、Aに対し、同月15日木曜日の午後、原告の勤務先からAの勤務先に対して電話をかけ、これから一緒に病院に行くよう述べた。Aは、同日に予定があるので翌日にしてほしい旨を述べたものの、原告がさらに説得したところ、Aがこれに応じたことから、原告はAとともにB医院を訪れた(甲A4〔2、3)。 〕。 、B医院においてAの診察を担当したC医師(前出のC医師を指す)は下肢の浮腫が著明であるほか、動悸があり、息切れがするとのAからの主訴を聞き、心房中核欠損()やネフローゼなどではないかと考え、血ASD算検査、血液生化学検査、心電図検査、尿検査、及び腫瘍マーカー( CA9-9及び)検査を施行するとともに、うっ血性心不全の併発を認めたCRP ことから、強心剤ジゴシン、利尿剤ラシックス及び抗潰瘍剤セルベックスを処方した(乙A4〔12、証人C〔尋問事項回答書1頁。 〕〕)翌16日、上記検査結果及び同日に実施したレントゲン検査から、C医師は、下肢浮腫が著明で胆嚢腫瘍の疑いがあると判断し、D大学第二外科のE医師(前出のE医師を指す)宛に平成12年6月16日付け診療情。 報提供書を作成してAに交付し、Aを同大学第二外科に紹介した。上記診療情報提供書には、紹介目的として「肝、胆のう腫瘍の疑い「下肢(下」、腿)浮腫で来院腹部エコーにて胆のう部に腫瘍様陰影を認め、肝腫大(5横指触知)下腿浮腫著明胃透視本日施行し異常なし」との記載があるほか、B医院において実施された検査結果が記載されている(乙A。 4〔1、12、13)〕 被告病院第二外科における診療( )上記紹介を受けたAは、平成12年6月16日、被告病院第二外科を受 るほか、B医院において実施された検査結果が記載されている(乙A。 4〔1、12、13)〕 被告病院第二外科における診療( )上記紹介を受けたAは、平成12年6月16日、被告病院第二外科を受診した。Aの診察を担当したE医師は、Aに対して血液検査及び検査を施CT行することとし、血液検査及びエコー検査が同月20日、検査が同月2CT7日にそれぞれ施行された。その結果、値が2.1(基準値は0. T-Bilmg/dl1~1.2、が587(基準値は140~360)であり、エコ)LDHIUー検査によれば肝臓や胆嚢に明瞭な異常が見られず、うっ血性心不全との診断であり、写真上も著明な心肥大の所見が見られる一方、肝腫瘍の所見CTが見られなかった。そこで、E医師は、同月30日の診察時に、循環器専門医の診察が必要であると考え、同病院内科のF医師(前出のF医師を指す)に対して診察依頼を出すとともに、Aに対して同病院内科を受診する。 よう指示し、その旨をC医師に書面で報告するとともに、同日中に胸部X線検査及び心電図検査を施行した(乙A1〔1、4ないし8、11ないし2。 2、A2〔7、A4〔3、A6、A10の1・2、A19)〕〕〕他方、Aは、同年6月27日にB医院を受診し、心電図検査及び検査CT を受けるとともに、強心剤ジゴシン2分の1錠及び利尿剤ラシックス20を14日分処方された。同日の診察において、C医師は、Aの下肢の浮mg腫は改善したと判断している(乙A4〔13)。 〕 被告病院内科初診とその後の診療経過( )ア初診(7月1日)認定事実( )アAは、上記指示を受けて、Aは、平成12年7月1日(土曜日、被)告病院内科を受診した。Aの診察を担当したF医師は、既に第二外科においてされていた胸部レ ア初診(7月1日)認定事実( )アAは、上記指示を受けて、Aは、平成12年7月1日(土曜日、被)告病院内科を受診した。Aの診察を担当したF医師は、既に第二外科においてされていた胸部レントゲン写真及び心電図所見を確認したところ、胸部レントゲン写真上、Aの心胸郭比が68.8%であり、肺鬱血も見られること、心電図所見上、左室肥大に加えて心筋障害が見られ、かつ、巨大陰性波の所見及び第1度房室ブロックの所見もみられることをTそれぞれ認めた。その上で、同医師はAに対して問診し、Aの両親はともに健康で心臓死した親族がいないこと、自覚症状がないこと、小学校時代に弁膜症でI大小児科にかかったことがあること、駅の階段を上るときも特段の問題がないこと、風邪は引かない方であることを聞き取った。その際、F医師は、上記レントゲン写真所見等の客観的所見からすればAの上記聴取内容は不合理であると感じたことから、Aに対して客観的所見と聴取内容が矛盾することを指摘したが、Aの発言内容は変わらなかった(乙A2〔1、3、A15〔1、2、証人F〔6、9、。 〕〕〕B1の2)F医師は、上記診察の結果、Aがうっ血性心不全を起こしており、そPDAARMの原因が動脈管開存症()か弁膜症、、僧帽弁閉鎖不全症()等ではないかと考え、鑑別が必要であると判断した。同医師は、ARに対して聴診を行い、Aの左第二肋骨に収縮期・拡張期雑音を認めたほか、頻脈であることも判明したため、繰り返し聴診をし、ギャロップリ ズムを聴取した。そこで、同医師は、胸部レントゲン画像所見、心電図所見及び聴診の結果を総合考察し、Aがであると診断し、安静にしARていないと急性増悪や不整脈を生じやすく危険であるほか、突然死に至ることもあると考えたが、これを確定診断とするには、 所見、心電図所見及び聴診の結果を総合考察し、Aがであると診断し、安静にしARていないと急性増悪や不整脈を生じやすく危険であるほか、突然死に至ることもあると考えたが、これを確定診断とするには、なお客観的な検査を行う必要があると考えた(乙A2〔5、A15〔2)。 〕〕そこで、F医師は、Aに対し、レントゲン写真や心電図等を示した上、Aの病変がによるうっ血性心不全であり、即日入院して精査する必AR要があると説明したが、Aは、自分が会社役員であり、仕事が多忙で会社を休めないなどと述べ、入院はできないと答えた。F医師は、同日においてAに入院してもらうことを諦め、同月6日に心エコー検査を予約し、B医院から処方されている薬を規則正しく服用するよう指示し、次回は同月22日に外来受診するように述べて、同日の診察を終えた。 (乙A2〔5、A15〔2、3、証人F〔15)〕〕〕上記認定の補足説明( )イ以上のうち、F医師がAに対して入院を勧めたとの点について、原告は、そのような事実はないと主張する。 しかしながら、診療録の記載(乙A2〔5)上、平成12年7月1〕日の診察記録を示す部分に「入院精査を!(拒否(多忙」との記載が))あり、この記載を素直に読めば、医師が入院精査をするように勧めたが患者が多忙であることを理由に拒否したと認めるのが相当であるし、同日当時において判明していたAの心臓に関する所見が重症のであっARてうっ血性心不全を併発していたというものであり、それがいつ死亡してもおかしくない状況にあったことからすれば、医師としては治療のために入院精査を勧めるのが自然であると考えられることからしても、同日においては、F医師はAに対して入院精査を勧めたものと認めるのが相当である。 これに対し、原告は、同日の記載について 治療のために入院精査を勧めるのが自然であると考えられることからしても、同日においては、F医師はAに対して入院精査を勧めたものと認めるのが相当である。 これに対し、原告は、同日の記載について、他の診察日には元号表記で診察日の刻印がされているのに、同日においては「2000.7. 1」と手書きの記載があるのが不自然であり、同日の記載には未だ行われていない心エコー検査の結果等が記載されているから、上記の入院精査に関する記載も事後的なものであると主張する。しかし、診察日の記載は、F医師が手書きでしたものと認められ、他の診察日と異なって年が西暦となっている点は、他に手書きで記載された日においても西暦が用いられていること(乙A2〔17)に照らして特段不自然ではない〕と評価できる。また、F医師が、同医師にとって分かりやすいよう、検査依頼日の欄に検査結果を事後的に記載することは同医師自身が認めるところであり(証人F〔24、このことを前提とすれば、診療録の〕)「2000.7.1」欄の記載は、まず、Aを直接診察するまでに判明していた胸部X線検査の結果及び心電図検査の結果を記載し、さらに通常必要と考えられる検査項目を記載した後、Aを診察したことにより判断されたうっ血性心不全との診断結果を記載した上、なお鑑別診断を要するので、その内容を記載したものと認められ、かつ、問診等の結果、であり、これに基づいてうっ血性心不全が生じているとほぼ判断でARきたため、これに基づき、うっ血性心不全を発症しているので入院精査を求めたことから、診断名の側に「入院精査を!」等の記載をしたものと認められるのであって、同記載が同日より後の日時においてされたと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張は採用できない。 もっとも、被告は上記説明の際にF医師がAに対し安 等の記載をしたものと認められるのであって、同記載が同日より後の日時においてされたと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張は採用できない。 もっとも、被告は上記説明の際にF医師がAに対し安静にしていないと突然死の危険性がある旨の説明をしたと主張し、同医師はこれに沿う陳述をしているものの、後記のとおり、同医師はAの死後にC医師か( ) らの問合わせに対して突然死があり得ることは説明していないと告げていると認めるのが相当であり、これに照らすと、同医師の上記陳述はた やすくは採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠も見当たらないことからすると、同医師が突然死の危険性がある旨の説明をしたとは認められない。 イ上記初診の2日後である同月3日、F医師が、Aの経過を心配し、Aの勤務先に対して電話をかけて自覚症状の有無を尋ねると、Aは、楽になっていると答えたが、同医師は可及的速やかにAから入院の承諾をとりたいと考え、同月6日の心エコー検査の後、B医院から処方されている薬を持って内科を外来受診するよう述べ、Aはこれを承諾した(甲A2〔4、〕乙A2〔5、証人F〔8。 〕〕) 被告病院内科第2回診察とその後の経過( )アAは、平成12年7月6日、被告病院において心エコー検査を受け、その後、同病院内科を外来受診した。F医師は、Aに対して自覚症状の有無を尋ねたが、Aは、気分的には改善しており楽になったと述べた。 F医師は、Aを聴診した結果、第二肋間胸骨左縁に大動脈弁閉鎖不全雑音を、心尖部に収縮期雑音を認め、しかもAには下肢の浮腫が認められた。 そこで、同医師は、Aに対して入院精査を勧めたが、Aは仕事が多忙であることを理由にこれを拒んだ(乙A2〔6、16、A15〔4)。 〕〕上記心エコー検査の結果は、同月22日までに報告書 められた。 そこで、同医師は、Aに対して入院精査を勧めたが、Aは仕事が多忙であることを理由にこれを拒んだ(乙A2〔6、16、A15〔4)。 〕〕上記心エコー検査の結果は、同月22日までに報告書が作成されたが、同報告書には、Aの(左室拡張末期径)は68(基準値は40LVDdmmないし55、(左室収縮末期径)が61(基準値は22ないし)LVDsmm44、(左室内径短縮率)が10%(基準値は24ないし46%)で)FSあることが記載されている(乙A2〔16。 〕)イAは、平成12年7月11日、B医院を訪れ、心電図検査、血圧検査(結果は126/80)を受けた後、同年6月27日の処方薬とmmHg同じ薬を処方された。その際、Aは、C医師に対し、被告病院内科において検査中であること、薬はB医院から処方してもらうようにF医師から言 われたと述べていた(乙A4〔13、証人C〔尋問事項回答書1頁)。 〕〕 被告病院内科第3回診察とその後の経過( )ア次に、Aは平成12年7月22日に被告病院内科を受診し、その際にもmm自覚症状はほとんどないと述べた。この日のAの血圧は122/90で下肢の浮腫は前回の「+」から「± 」に改善していた。 Hg()()Aはこの日も服用中の薬を持参しなかったが、服用中の薬が2種類あるとAが発言したことから、同医師は、Aが服用しているのは利尿薬ラシックスと強心薬ジギタリスであると予想し、浮腫が強い日は利尿薬を1ないし2錠にし、ジギタリスは逆流を悪化させる場合があるので1錠服用しているのであれば2分の1錠でよいと指導した上、胸部レントゲン検査を施行した(乙A2〔6、8、15、A15〔4)。 〕〕イAは、7月28日にB医院を訪れ、血圧検査を受けた後(結果は104/70、 のであれば2分の1錠でよいと指導した上、胸部レントゲン検査を施行した(乙A2〔6、8、15、A15〔4)。 〕〕イAは、7月28日にB医院を訪れ、血圧検査を受けた後(結果は104/70、6月27日の処方薬を再び14日分処方された(乙AmmHg)。 4〔14)〕C医師は、Aについて先にE医師に紹介したにとどまり、現在診療に当たっているF医師には直接紹介したものではないことから、同医師にも診療情報を提供することにより同医師からもAの病状についての報告を受けたいと考え、同日付で上記処方のみを記載した診療情報提供書を作成した(乙A2〔9、A4〔4、証人C〔14、15。 〕〕〕) 被告病院内科第4回診察とその後の経過( )ア第4回診察(7月29日)認定事実( )ア平成12年7月29日には、AがB病院からの上記診療情報提供書を持参し、同提供書の記載から、F医師は、Aがジゴシンを2分の1錠、ラシックスを1錠ずつ服用中であると知るに至った。また、同医師が同月22日に施行した胸部レントゲン検査の結果を確認したが、同年6月 30日の所見と変わらないと判断した。同医師がAに対して自覚症状を尋ねると、気分は良好で、駅の階段も大丈夫であると答えた。F医師は、Aに対して再び心エコー検査を施行することとし、同検査を8月5日に予約し、Aに対するこの日の診療を終えた。7月29日におけるAの血圧は120/80であり、下腿浮腫は前回よりやや悪化し、mmHg「±)~(+」となった(乙A2〔6)()。 〕上記認定の補足説明( )イ被告は、7月29日においてもF医師がAに対して入院を強く勧めたにもかかわらず、Aがこれを拒否したと主張し、F医師も一貫してそのように陳述ないし供述する。 確かに、診療録の平成12年7月29日の イ被告は、7月29日においてもF医師がAに対して入院を強く勧めたにもかかわらず、Aがこれを拒否したと主張し、F医師も一貫してそのように陳述ないし供述する。 確かに、診療録の平成12年7月29日の診察に関する記録がされた部分には「きわめて多忙」との記載があり(乙A2〔6、この記、()〕)載は、それまでの経緯に鑑みれば、F医師がAに対して入院を勧めたにもかかわらず、Aが極めて多忙であると述べてこれを拒否したものと解釈するのが素直な読み方である。 しかしながら、被告病院内科診療録(乙A2)中には感圧作用を有する用紙が含まれており、この感圧紙の上に他の用紙を置いて何らかの記載をすると、感圧紙の作用により当該記載が感圧紙の下に置かれた用紙に転写されていることが認められるところ、同診療録6頁の同日の記載のうち、ジゴシンやラシックスの処方量とこれをAが服用中であること、気分良好の旨、駅の階段も大丈夫である旨、血圧や下肢浮腫の有無、心エコー検査の予約日時についての記載は、おおむね同頁に記載された位置関係のまま平成12年7月22日実施の胸部レントゲン検査報告書の感圧紙に転写されているのに対し、気分良好との旨の記載の右横にある「きわめて多忙」との記載のみ、上記用紙に転写がされていない(乙()A23の1・2。そうすると「きわめて多忙」との記載は他の記載)、() と一連の流れにおいて記載されなかったものと認められるところ、双方の記載の位置関係からすると、そのこと自体が不自然といわざるを得ないし、これらの記載の途中に感圧紙が取り外されたり感圧紙の前後に他の用紙が挿入されたことをうかがわせる事情は見当たらないばかりか、上記の転写部分には次の診察日における記載も転写されていることからすると、むしろ7月29日から次の診察日の間には転写を生 紙の前後に他の用紙が挿入されたことをうかがわせる事情は見当たらないばかりか、上記の転写部分には次の診察日における記載も転写されていることからすると、むしろ7月29日から次の診察日の間には転写を生じさせる状況に変化はなかったと見るのが相当である。これらのことからすると、「きわめて多忙」との記載は、これらの期間中には記載されなかった()ものと認められる。そして、これを前提とすれば、同日のAがどのような発言をしたかは明らかでなく、診療時の上記記載に依拠している点においてF医師の上記陳述等もたやすくは採用できず、同医師が同日において入院を強く勧めたか否かも明らかでないといわざるを得ない。 イC病院の受診8月8日には、AはB医院を受診し、血圧検査を受け(結果は110/ 、6月27日の処方薬を再び21日分処方された。その際、mmHg)Aは、C医師に対し、D大の次回受診日が8月26日であることを述べていた。また、Aは、同月24日にもB医院を受診し、血圧検査(結果は1。 10/68)を受けて同様の処方薬を14日分処方してもらったmmHg(乙A4〔14、証人C〔尋問事項回答書1、2頁)〕〕 被告病院内科第5回診察とその後の経過( )Aは、平成12年8月26日にも被告病院を受診し、F医師に対し、気分が良好であると述べた。F医師は、8月5日に行った心エコー検査の結果がが69、が65でが6%であり、右室流出路拡張終期LVDdmmDsmmFS内径()が42であること及び二尖弁であることを確認し、血圧RVDdmmが112/84で下腿浮腫は「± 」であると認め、Aが服薬してmmHg()いる薬が同年7月29日の受診日に判明したものと同じであり、それを服用 していることを確認した後、経過を見ることとし 112/84で下腿浮腫は「± 」であると認め、Aが服薬してmmHg()いる薬が同年7月29日の受診日に判明したものと同じであり、それを服用 していることを確認した後、経過を見ることとし、次回は9月30日に来院することとなった(乙A2〔6、15、A15〔5、6)。 〕〕 K医療センターを受診する経緯( )アAは、8月28日にもB医院を受診し、F医師が当初入院を勧めたものの、結局はうっ血性心不全の治療のみでよいとして経過観察に終始しており、症状があまり改善しないとして不安を訴え、セカンドオピニオンを得たいので他の病院を紹介してほしい旨を述べた。C医師は、F医師からの報告もない状況下では、Aの言のとおりとすると自らも不安な面もあると考え、かねて知合いのK医療センター循環器科のL医師に対する診療情報提供書を作成し、Aに対して交付した。また、上記受診の際、Aが不眠を訴えたため、C医師は、ハルシオン10回分を処方した(乙A4〔5、。 14、A13〔3、証人C〔尋問事項回答書2頁、調書2~4、6~1〕〕1、19、28)〕イAは、平成12年8月30日、K医療センター循環器科を外来受診し、Aを担当したM医師に対し、2ないし3年前まで無症状であったことなどの既往歴や、同月26日にD大で超音波検査を受け、F医師から、弁が0. 3から2.5となっており、自覚症状がなければ経過観察と言われたこと、薬についてはラシックスとジゴキシンをB医院から処方されていることを話した。また、Aが、自分が管理職で仕事が忙しいと述べたのに対して、M医師は、安静と食事(減塩)が治療の基本であると伝え、通院が可能か否か尋ねたところ、Aは、板橋に住んでいるので被告病院が近いと答えた。 M医師は、Aのこの発言を聞き、それであれば被告病院において治療を継続 、安静と食事(減塩)が治療の基本であると伝え、通院が可能か否か尋ねたところ、Aは、板橋に住んでいるので被告病院が近いと答えた。 M医師は、Aのこの発言を聞き、それであれば被告病院において治療を継続するのが最適であると考え、その旨をAに伝えた(乙A13〔4、弁。 〕論の全趣旨) Aの死亡( )Aは、平成12年9月2日土曜日午前10時ころ、B医院を受診し、M医 師との上記やり取りを報告した。その際、Aは、比較的元気であったが、血、圧は130/80で心窩部痛があり、心音に収縮期雑音が認められmmHgC医師は強心剤を増量した(乙A4〔14、証人C〔尋問事項回答書3、。 〕4頁)〕原告は、同日18時15分ころ、自宅マンションに外出先から帰宅した際、居室内においてAが倒れているのを発見し、救急隊を要請して、被告病院に搬入された。被告病院においては、左上肢18ゲージ静脈路を確保し、ボスミン2Aの投与、心臓マッサージ等の救命措置が行われたが、同日19時16分、原告の立会いの下、Aが死亡したことが確認された。Aの死因は、死亡診断書上、及びうっ血性心不全であるとされている(乙A3)AR。 A死亡後のC医師とF医師のやり取り( ) ア認定事実C医師は、Aの死亡を同月8日に知ったが、同人が同月2日の受診の際も比較的元気であったばかりか、それ以前も処方した薬に反応しており元気であったことから、突然死に至ったことに精神的衝撃を受け、早速F医師に電話をかけて病状を問い合わせた(証人C〔27~29。 〕)これに対して、F医師が「大動脈弁閉鎖不全不整脈がありこのよ、うな方は突然死も時々あるが、本人のみ来院。患者さんにはそのことは告げす、過労をしない事、仕事をセーブする事を何度も話をした。入院精査をすすめたが本人が仕事で 脈弁閉鎖不全不整脈がありこのよ、うな方は突然死も時々あるが、本人のみ来院。患者さんにはそのことは告げす、過労をしない事、仕事をセーブする事を何度も話をした。入院精査をすすめたが本人が仕事で入院は出来ない事、診療加療にしてほしいとの事で、又カテーテルも希望せず、心エコー施行。現在の所はうっ血性心不全の加療でよい事経過観察を説明した」と回答した旨、C医師は診療録〕。)。 に記録している(乙A4〔15。なお、上記の下線は裁判所が付したイ上記認定の補足説明F医師の上記回答の下線部分中「す」の文字については、修正の跡が( )アある上、このままでは意味が不明である。 この点について、C医師は、弁護士会を通じての被告代理人からの照会に対して、記憶が定かでないとしつつも「す」の部分は「て」と書、いたものを抹消したものであって、下線部分は「その事はつげ」と読むのが正しいと回答している。 この回答の根拠として同医師が挙げる点は「す」の部分にはもとも、と「て」と記載した形跡があるところ、第1に「て」を「す」に訂正、したならば濁点がない点で不自然であるから、そのような訂正ではないこと、第2に「つげて」としては後続の文章とのつながりが悪いため、に「つげ」としたのではないかと思われ、その訂正のために「て」の部分に線を加えた結果「す」のような形になったと思われること、第3に、何度もアドバイスしながら危険性に触れないのは不自然であることの3点である(乙A5の2。 )しかし、被告代理人は、上記記載部分のコピーを付して照会を行っているものの、当該コピーは全体として色が薄く「す」に濁点が付され、ていないばかりか、その左の「け」の濁点も不明瞭であるし「す」の、すぐ右の部分にはコピーをとる際に生じたと思われる線影があって、その右側部分 当該コピーは全体として色が薄く「す」に濁点が付され、ていないばかりか、その左の「け」の濁点も不明瞭であるし「す」の、すぐ右の部分にはコピーをとる際に生じたと思われる線影があって、その右側部分はコピーされていない可能性がある。これに対し、当裁判所がB医院から送付を受けたコピーには「け」の部分には明瞭に濁点が認められるし「す」の右肩には一個の点が写っており「ず」と記載する、、つもりで濁点の記載が不十分であったとも見得るところである。また、「て」を抹消する線が「す」とみえる形となったというのはいかにも不自然であり、その形状からして、意識して「す」という文字を記載したと見るのが自然である。このように、C医師の挙げる第1及び第2の点はいずれも採用し難いし、第3の点は単なる一般論に基づく推測にすぎず、記載を解読する具体的な根拠とはなり得ない。 そして、何よりも前後の文章の意味内容からすると、下線部分は「そ の事はつげず」として、本人のみの来院であったために突然死の危険性を告げるのは不適当と考えて、これを告げるのは差し控えたという趣旨と捉えるのが自然であって、これを「その事はつげ」としたのでは、文章の前後で意味内容に矛盾を来し、極めて不自然なものとなるというべきである。むしろ、下線部分は「その事はつげず」と読むべきことにほとんど疑問の余地はないのであって、このような記載についてたまたま「す」の部分の濁点が不明瞭であり訂正の跡があるなどの些細な点を捉え、F医師の記憶と異なるなどと示唆した上で照会に及ぶことは、C医師と被告との日頃からの協力関係(証人C〔3)に照らすと、同医師〕を困惑させるものといわざるを得ず、照会のあり方自体に疑問がある。 以上によると、F医師は、C医師に対し、突然死の危険性については( )イAに告げておらず、そ (証人C〔3)に照らすと、同医師〕を困惑させるものといわざるを得ず、照会のあり方自体に疑問がある。 以上によると、F医師は、C医師に対し、突然死の危険性については( )イAに告げておらず、その理由はAが一人で受診していたことにあると回答したものと認められる。 これに対し、F医師は、初診時からAに対して突然死の危険性の存在を説明した旨陳述しているが、そのような本訴提起後にされた陳述は、Aの死亡後間もなくC医師にされた上記説明に反する限り、たやすくは信用できず、結局、F医師がAに対して突然死の危険性を説明したとは認められない。 Aの死亡後の経過( ) ア相続分の譲渡原告は、Aの父であるG及び母であるHから、平成12年10月4日、。))。 Aの相続分を無償で譲り受けた(甲C2、3(いずれも枝番号を含むイ原告代理人からの通知原告代理人は、原告を代理して、平成15年8月27日「ご通知」と、題する通知を内容証明郵便として発信し、この通知は同月28日、被告に到達した。上記「ご通知」には、Aが平成12年6月に被告病院を受診し て通院した後、同年9月に死亡したこと、Aには被告病院への通院当時においてうっ血性心不全の症状が現れていたにもかかわらず、判断を誤ってこれを放置したなどの過失が被告病院の医師にはあると考えられるとの指摘、原告がAを相続したのでこの過失によるAの死亡について、原告が被告に対して不法行為又は債務不履行による相当額の損害賠償を請求することが記載されているほか、Aに関する診療録や検査記録、写真等一切の開示を請求すること、近日中に話合いの機会を持つことを歓迎すること等が記載されている(争いのない事実、甲C4の1・2)。 ウ本件訴訟の提起原告は、平成16年2月27日、被告に対し、不法行為に基づき、1億0939 、近日中に話合いの機会を持つことを歓迎すること等が記載されている(争いのない事実、甲C4の1・2)。 ウ本件訴訟の提起原告は、平成16年2月27日、被告に対し、不法行為に基づき、1億0939万0538円及びこれに対する平成12年9月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めて、本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実。 )エ消滅時効援用の意思表示被告は、平成16年4月14日の本件第1回口頭弁論期日において、本件にかかる不法行為に基づく損害賠償請求権に関する消滅時効を援用するとの意思表示をした(当裁判所に顕著な事実。 )医学的知見関係 証拠等によれば、次の医学的知見が認められる。 大動脈弁閉鎖不全症()( )ARア何らかの原因による大動脈弁が拡張期に完全に閉鎖しないため、大動脈から心臓の左室へ血液が逆流する病態をいう(乙B5〔203。 〕)慢性型のにおいては、左室の代償期は非常に長く、長期間無症状でAR経過するが、一度心不全症状が出現すると病態は急速に悪化し、軽・中等症例の10年死亡率は5ないし15%であるが、重症例では診断確定後の5年死亡率は25%、10年死亡率は50%である。心不全症状を示し始 めると、平均して1ないし2年で死亡するし、狭心症状が出現した後の平均予後は5年とされているので、一度症状の発現を見た場合には外科的手術を考慮する(乙B5〔206、207。外科的手術は、弁置換術によ〕)るところ、心エコー検査にて左室収縮末期径()55超では手LVDsmm術適応があるが、左室内径短縮率()25%以下の例では手術成績がFS悪いとされており、が50を超えない時期に手術を施行するこLVDsmmとが望ましい(乙B5〔207、B6〔1286。 〕〕)手術成 左室内径短縮率()25%以下の例では手術成績がFS悪いとされており、が50を超えない時期に手術を施行するこLVDsmmとが望ましい(乙B5〔207、B6〔1286。 〕〕)手術成績については、平成10年ないし11年の大動脈弁単独置換では3.9%の死亡率であり、生存率は術後5年で70ないし80%、同10年で60%程度とされている報告が多いが、虚血性心疾患の合併の少ない我が国では術後10年で90%前後との報告も少なくない(乙B6〔12 。 〕)イにおいては、うっ血性心不全と合併した場合10ないし20%、急AR死の可能性が高まる(証人F〔5。 〕) 心不全(うっ血性心不全)( )心不全とは、何らかの原因により心臓の血液拍出能力(ポンプ機能)が低下し、全身組織の酸素需要に応じるだけの十分な血液量を心臓が絶対的又は相対的に駆出できなくなった病的状態であって、うっ血性心不全とも呼ばれる。心不全があると、頻拍となるために患者は動悸を訴えるほか、呼吸困難、息切れを生じる。また、不整脈等が発生しやすくなり、心臓性急死に至りやすいし、肝臓が腫れる場合が稀ではあるが存在するし、右心不全となると、疲れやすくなり、浮腫が発生し、食欲が落ちるとされている(甲B1〔2。 76、証人F〔5~7)〕〕 Aの予後に関するF医師の見解( )Aについて、F医師は、平成12年7月1日の時点においてAが入院すれば、Aの状態がその後安定し、弁置換術の適応状態となる可能性が一番高く、 同年8月に入ってから入院したとしても、F医師としては、Aの全身状態からして手術が可能であったという気もしないではないと述べている。この点に関して、年齢50歳に至らない人に手術をするのと、60歳を超えている人に行うのとでは少し結果が異なる趣旨の発言をし の全身状態からして手術が可能であったという気もしないではないと述べている。この点に関して、年齢50歳に至らない人に手術をするのと、60歳を超えている人に行うのとでは少し結果が異なる趣旨の発言をしている。また、Aの状態は同月26日においても変化がないので、その時点において入院をしても同月初めに入院した場合と同様の転帰をたどったであろうと考えている(証。 人F〔48、49)〕争点1 (平成12年6月16日ないしその後の時期にAに対して心不全の治 ( )療を開始しなかった過失の有無)について 1 ア前記11 イ及び同2 のとおり、Aが被告病院第二外科を受診した平成1( )( )( )2年6月16日の時点においてE医師がAについて把握していたことは、同年5月ころから息切れや動悸があったこと、C医師によって下腿浮腫が視診されたこと、Aの胆嚢部に腫瘤様の陰影があり、肝腫大が見られるが、胃透視検査の結果では異常がないこと、血液検査の結果、異常値が見られることである。これらのうち、息切れ、動悸及び下腿浮腫は、前記2の医学的知見に照らせば、心疾患を疑うべき所見であるといえるが、他方、下腿浮腫は肝臓ないし胆嚢腫瘍の進行期にみられ得る症状であること(乙A19〔1)や、血液生化学検査において肝機能に異常が見られることを〕示唆する結果が判明していることからすれば、上記の所見は肝臓ないし胆嚢の腫瘍を疑うべき所見であるともいえる。 そうすると、心疾患及び肝臓ないし胆嚢腫瘍はいずれも治療を要する疾患であり、Aの疾患がいずれであるのか確定する必要があるところ、Aについて原告が主張する息切れに対応する検査、すなわち心疾患に関する検査を行う義務があるというためには、上記状況が肝臓ないし胆嚢腫瘍よりも心疾患を疑うべき所見であると認められることが必要である 、Aについて原告が主張する息切れに対応する検査、すなわち心疾患に関する検査を行う義務があるというためには、上記状況が肝臓ないし胆嚢腫瘍よりも心疾患を疑うべき所見であると認められることが必要であると考えられる。 イしかしながら、Aについて同年6月16日の時点で判明していた所見が肝臓ないし胆嚢腫瘍よりも心疾患を疑うべき所見であると認めるに足りる証拠はない。 原告は、同年6月20日に判明した血液生化学検査の結果、アルブミン値( )が3.7と正常値を示していたから、肝機能の異常は鬱血によるものであると診断可能であると主張する。しかし、アルブミン値が正常値を示していることが、他の肝機能を示す数値が異常値を示していることとの関係で、Aが肝臓ないし胆嚢腫瘍ではないと判断すべきであると認めるに足りる証拠はないのであって、原告の主張は失当であるといわざるを得ない。 したがって、E医師の診察時期である平成12年6月16日ないし同月2( )7日について、Aの疾患が心疾患であることを疑って胸部レントゲン検査を実施すべき義務があるとは認められないから、その義務懈怠を過失であるとする原告の主張には理由がない。 なお、付言するに、仮にE医師に、平成12年6月16日ないし同月27日までにAが心疾患であると確定診断する義務があったとしても、Aの疾患である及びうっ血性心不全に対する根本的治療は入院して手術をするこARとであるところ、前記23 で認定した医学的知見に照らすと、E医師の診察( )していた期間中に心疾患に対する治療を開始したか否かでAの予後が有意に変化したとは認め難いから、原告の主張するE医師の過失とAに対する権利侵害との間の因果関係は認められず、この点においても原告の主張には理由がないものといわざるを得ない。 争点2 (遅くとも平 有意に変化したとは認め難いから、原告の主張するE医師の過失とAに対する権利侵害との間の因果関係は認められず、この点においても原告の主張には理由がないものといわざるを得ない。 争点2 (遅くとも平成12年8月5日までにA又はその妻に対してAの入院 ( )を説得しなかった過失の有無)について 1 ア患者は、人格権の一内容として、自己の行動について自ら決める権利を( )有しているから、特定の治療を受けるに当たっても、当該治療の性質、それによる効果、自らの身体状態等に鑑み、自ら納得の上で当該治療を選択 するか否かを決定すべきものであるところ、当該治療により予測される結果や治療による不都合は、専門的知識がなければ正確には認識できず、医師から説明されない限り、患者が知り得ないのが通常である。したがって、治療を行う医師としては、患者に対して、治療を受けるべきか否かを判断するのに十分な情報を説明すべき義務があるというべきである。 イそして、これを前提とすると、患者は自らの身体状態や必要な治療に対する評価について誤解をすることも多分にあるといえるところ、患者がこのような誤解をしていると医師が予見し得る場合においては、医師は、人の生命及び健康を管理する職責を有していることに照らし、患者の誤解を解くために十分な説明をする義務がある。 A( )( )( ) 2 アところで、前記13 ないし5 において認定したところによれば、Aは及びうっ血性心不全の状態にあり、しかもいつ死亡してもおかしくないR状態にあったものであるところ、Aのような及ぶうっ血性心不全の患AR者に対する治療を行うには入院精査が必要であるから、Aも速やかに入院すべきであったと認められる。そして、F医師は、Aが上記状態にあることを認識した上で、平成12年7月1日の診察日 性心不全の患AR者に対する治療を行うには入院精査が必要であるから、Aも速やかに入院すべきであったと認められる。そして、F医師は、Aが上記状態にあることを認識した上で、平成12年7月1日の診察日において、Aに対して入院精査の必要性があると述べたものと認められる。 しかしながら、Aは、前記認定のとおり、I大心臓外科への通院歴があり、大動脈弁狭窄症と診断され、検査入院及び通院の経験を有していたから、自らが将来死亡する可能性のある心疾患を有していることを認識していたと認められるものの、昭和49年4月の通院を最後に、平成12年6月にB医院を受診するまで20年以上の期間にわたって心疾患を理由として病院を受診しておらず、しかも無症状と認識していたことからすれば、少なくとも上記期間中には病院を受診しなければならない程度に心疾患が進行しているとは認識していなかったと推認すべきである。そして、前記認定のとおり、Aは、平成12年の時期においては会社の取締役であり、 同会社の増資及び株式市場への上場のために激務をこなしていたものであるところ、平成12年6月15日に原告から病院に行くように言われても当初はこれを拒絶する姿勢を示し、その後、C医師の処方した薬剤の効果によって同日以前に比べると病状は改善し、同医師から見ても比較的元気であって突然死など想定し難い状態まで回復していたのであるから、F医師に対して自覚症状はなく駅の階段の昇降も問題がないと述べ、しかもF医師から入院の必要があると説明されても、仕事が多忙であるとかかなり以前に受けたカテーテル検査が負担の重いものであったことからこれらを拒否していることも、Aの認識を前提とする限り、無理からぬものと考えられる。 すなわち、Aは、自らが心臓に疾患を抱えているとの認識こそあれ、平成12年に至るまでの経過 いものであったことからこれらを拒否していることも、Aの認識を前提とする限り、無理からぬものと考えられる。 すなわち、Aは、自らが心臓に疾患を抱えているとの認識こそあれ、平成12年に至るまでの経過から、その疾患がそれほど重大なものではないとの認識を有し、これを前提として、同年当時におけるAの所属する会社の地位及び同社の当時の状況からして、自らが仕事を休むわけにはいかないとの認識の下、上記の態度を表明するに至ったものと推認できるが、この意思表明は上記のとおり自己の病状の重大性に関する誤解から形成されたものと認められる。 イこのように誤解によって自己の病状を正確に認識していない患者の治療に当たる医師としては、まず患者の誤解を解く必要があり、現にF医師は、Aに自覚症状がないはずはないとの認識の下、これを否定するAの発言が不自然であると感じていたのであるから、Aが自己の病態について正確に認識しておらず、その誤解に基づき、仕事が多忙であることを理由に入院を拒否していることを容易に認識し得たというべきである。 そうすると、F医師としては、遅くとも平成12年8月5日の診察日までの時点において、Aに対して同人の病態を正確に説明した上、例えば、8月に夏休みをとってもらい、その際に一時的にでも入院をすることを提 案し、とにかく入院させた上で検査を実施し、その結果を示すなどして入院の継続を説得するなど、Aの仕事が多忙であることを前提としても治療が可能であるように工夫し、とにかく入院を実現させるよう説得することが必要であった。 ウしかしながら、F医師は、前記13 イ及びで認定説示したとおり、A( )( ) に対して突然死の危険がある旨説明したとは認め難い。また、同医師は単に抽象的に入院精査の必要がある旨告げたにとどまり、その期間を告げるこ 13 イ及びで認定説示したとおり、A( )( ) に対して突然死の危険がある旨説明したとは認め難い。また、同医師は単に抽象的に入院精査の必要がある旨告げたにとどまり、その期間を告げることもなく、まず短期間の入院を勧め、その入院期間中に入院の継続を説得しようという試みもしていない(証人F〔52。さらに、同医師は、〕)Aが誤解に基づく不合理な対応をしていることを認識し、しかもそのままでは突然死に至る危険があったにもかかわらず、そのことを紹介者であるC医師やAの妻である原告に告げて、Aの誤解を解くための協力を求めることもなかった(原告と同医師の面会の有無については、後記3 で説示す( )る。 。)これらによると、F医師は、Aの誤解を解くために適切な説明をすべき義務を果たしたとはいえず、この点において医師として負っている注意義務に違反したものと認められる。 しかも、F医師は、最終の診察日である8月26日に最終的には経過をみるとの判断を示して診察を終えているが、このことは患者の誤解を助長する積極的な過失行為といわざるを得ない。すなわち、同医師は、同日を含めてAについて5回の診察を行ったにもかかわらず、自己が是非必要と認める入院加療を実現できなかったのであるから、その原因は上記のとおり同医師の説明が十分でなかったことにあるにせよ、もはや自己の考える医療行為が実現できないことは十分に認識し得たはずであり、そうである以上、その時点でその旨を明示し、自己の方針に従うか他医への転医かの選択を求めるべきであり、それをせずに漫然と経過観察を続けることは、 患者の誤解を解かないばかりかむしろ患者の誤った認識を是認し、その誤解を助長するものといわざるを得ないのであり、同医師の上記言動は、この点において医師の注意義務に積極的に反する行為 ることは、 患者の誤解を解かないばかりかむしろ患者の誤った認識を是認し、その誤解を助長するものといわざるを得ないのであり、同医師の上記言動は、この点において医師の注意義務に積極的に反する行為であるといわざるを得ない。 3 アこれに対して、被告は、Aは、F医師による診察時期には自己の病状が( )深刻であることを理解しており、そうでありながら仕事上多忙であることなどを理由に入院の勧めを拒み続けたと主張する。 この点については、確かに、Aは平成12年7ないし8月においてB医院を受診した際、検査中であると述べただけで入院の勧めがあったことをC医師に対して述べていないし(証人C〔10、K医療センターの診療〕)録上も、平成12年8月26日にF医師から自覚症状がなければ経過観察といわれた旨の記載があるのみで、入院勧試をされた旨の記載は存在しない(乙A13〔4。また、前記13 、同8 イのとおり、Aは被告病院に〕)( )( )おいてもK医療センターにおいても一貫して仕事が忙しい旨を述べている。 しかし、これらのことからは、Aとしては仕事が多忙であってしかもそれをできれば優先したいとの意向を有し、そのために入院という言葉を発しないようにしたことが疑われるものの、上記のとおり、F医師が突然死の危険性をAに説明したとは認められない以上、さらに進んで、Aの発言が病状に関する誤解に基づくものではなく、病状を正確ないし適切に理解した上でのものであると積極的に推認することはできないというほかなく、その他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。 イまた、F医師は、その初診時にAが、その妻らしい女性を同伴していたため、その女性にも突然死の危険のあることを告げて入院を勧めたと陳述している。 しかし、同医師は、法廷において原告を見てその女性が原告では 、F医師は、その初診時にAが、その妻らしい女性を同伴していたため、その女性にも突然死の危険のあることを告げて入院を勧めたと陳述している。 しかし、同医師は、法廷において原告を見てその女性が原告ではないと陳述しており(証人F〔13、原告は自己以外にAと同伴して病院を受〕) 診する女性について心当たりはないと陳述していることや(原告本人〔27~28、診療録にはAに同伴者がいたか否かについて全く記載がない〕)ことからすると、F医師の上記陳述から同医師が原告に上記のような説明をしたとは認められないばかりか、初診時にAに同伴者がいたか否かも疑わしいといわざるを得ない。 その上、前記1のとおり、F医師はAの死亡後間もなくC医師の問い( ) 合わせに対してAのみが来院していたため突然死の可能性を告げなかった旨回答していることが認められるのであり、これに照らすと、本訴提起後にされた上記陳述をたやすく信用することはできないといわざるを得ない。 争点3 (過失行為と結果発生との間の因果関係の有無)について ( ) 上記4のとおり、F医師には、遅くとも平成12年8月5日までにAに対( )してAに対して適切な説得しなかった過失があると認められるから、進んで、この過失行為とAの死亡との間において因果関係があるか否かについて検討するに、前記2によれば、F医師は、平成12年7月1日にAが入院すれば、Aの状態がその後安定し、弁置換術の適応状態となる可能性が一番高く、しかも、同年8月に入ってからもなおその状態には変化がなかったとの趣旨を述べており、これに反する証拠はない。そして、手術成績については、平成10年ないし11年の大動脈弁単独置換では3.9%の死亡率であり、生存率は術後5年で70ないし80%、同10年で60%程度と認められるから、 これに反する証拠はない。そして、手術成績については、平成10年ないし11年の大動脈弁単独置換では3.9%の死亡率であり、生存率は術後5年で70ないし80%、同10年で60%程度と認められるから、Aが平成12年8月5日までに入院すれば、同年9月2日において死亡することはなかったと認められる。 また、Aについては、上記3において認定説示したとおり自己の病状について誤解をしていたのであるところ、Aは実際には同年8月において5日間の夏休みをとっており(原告本人〔13、14、その期間を利用して入院〕)をしてもらうことも可能であったから、これらの事実を総合すれば、F医師が上記注意義務を果たしていれば、Aが平成12年8月中には被告病院に入 院したものと認められる。 したがって、以上を併せ考えれば、F医師が上記注意義務を果たしていれば、これによりAの安静が確保されて状態が改善し、Aが同年9月2日に死亡しなかったと認められる。 したがって、F医師の上記過失行為によってAが同年9月2日に死亡した( )ことについて高度の蓋然性があるから、F医師の過失行為とAの同日における死亡の事実との間には因果関係がある。 なお、被告は、Aが自己の病状を理解しつつ何らかの意図を以て入院を拒否し続けていたと主張するところ、仮にそうであればAが入院の勧めに応じるものとは認め難いから、因果関係が否定されることとなるが、上記43 に( )おいて説示したとおり、この被告の主張は採用できないから、やはり上記因果関係は優に認められるというべきである。 争点4 (不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否(時効中断の有 ( )無)について) 以上のとおり、F医師にはAに対する説明が不十分であった過失があり、( )それとAが平成12年9月2日に死亡したこととの 害賠償請求権の消滅時効の成否(時効中断の有 ( )無)について) 以上のとおり、F医師にはAに対する説明が不十分であった過失があり、( )それとAが平成12年9月2日に死亡したこととの間に因果関係が認められるから、F医師の使用者である被告は使用者責任を負うものであるところ、被告は、これに対し、不法行為に基づく損害賠償請求権は時効消滅したと主張する。 しかしながら、前記のとおり、Aが平成12年9月2日に死亡してから3( )年間を経過する前である平成15年8月28日に原告は被告に対して損害賠償請求をする意思を表明し、その6か月以内である平成16年2月27日に当庁に対し訴訟を提起しているから、原告が、Aの死亡後、上記意思を表明するまでのどの時点において損害及び加害者を認識するに至ったかにかかわらず、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間の進行は、時効期間経過前である平成15年8月28日に中断したものというべきである。 この点について、被告は、平成15年8月28日にされた原告から被告への通知が診療録の開示を求めるものであって、損害賠償を求めるものではないと主張するが、通知書面には診療録や検査記録等の開示を求める文言と併せて「不法行為または債務不履行による相当額の損害賠償を請求致しま、す」と明確に記載されており、診療録や検査記録等の開示のみを求める趣旨とは解されないから、被告の主張は採用できない。 したがって、不法行為に関する損害賠償請求権は、時効期間完成前に同期( )間が中断したことから、現在においても消滅していないことになる。 争点5 (損害額)について ( )以上のとおり、F医師の過失に基づき、被告病院は原告に対して不法行為に基づく損害賠償義務を負うものと認められるから、Aが死亡したことによって通 いことになる。 争点5 (損害額)について ( )以上のとおり、F医師の過失に基づき、被告病院は原告に対して不法行為に基づく損害賠償義務を負うものと認められるから、Aが死亡したことによって通常生ずべき損害額について判断する。 死亡による逸失利益3243万1140円( )前記11 において認定したとおり、Aは昭和28年6月17日生まれの男( )性で、大学を卒業しており、死亡当時47歳であった。そして、前記11 に( )おいて認定したとおり、Aは、死亡に至るまでコンピュータ関係の株式会社において取締役の地位にあり、死亡前月の平成12年8月まで月額70万円)、の給与の支給を受けていたことが認められるにとどまり(甲C6の1、2その年収額を認定すべき客観的証拠はなく、平均賃金を上回る収入が得られる蓋然性があると認めるに足りる証拠も見当たらないものの、上記給与額を年に換算した840万円が賃金センサス平成12年第1巻第1表男性労働者大卒45ないし49歳の年収額である852万円にほぼ見合うものであること、Aがもともと重篤な心疾患を抱えており、外科的手術により病態が改善するとはいえるものの、前記2の知見を前提としても67歳に至るまで就労が可能であったとまではいえないことからすれば、本件死亡日に死亡しなければ、約10年間就労可能であり、かつ、その間に年840万円程度の収入 が得られたものと認めるのが相当である。 したがって、同金額を基礎とし、生活費として5割(Aの年齢や妻である原告と共働きである等の事情を考慮すると、生活費控除率は5割とするのが相当である)を控除し、ライプニッツ式計算法により年5分の割合による。 中間利息を控除して、Aの死亡による逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。 〔計算式〕0×(1-0.5)×7. のが相当である)を控除し、ライプニッツ式計算法により年5分の割合による。 中間利息を控除して、Aの死亡による逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。 〔計算式〕0×(1-0.5)×7.7217=32,431,1408,400,00 死亡による慰謝料2200万0000円( )Aは、自己が取締役となっていた株式会社が増資及び株式市場への上場をするという重大な局面を迎えていたのに、唯一の家族である原告を残し、不意に死亡するに至ったものであって、そのことによる精神的苦痛には多大なものがあるといわざるを得ない。他方、Aは、仕事を優先するなどの考えからF医師からの入院の勧めを2度拒否しており、客観的にはそれを原因として心疾患に対する高度の治療を受ける機会を失ったということができるが、Aが入院の勧めを拒否したのは前記認定のとおりAが病状について誤解をしていたことによるものであるから、この事情は、慰謝料を増加させる理由にはならないというべきである。以上に加え、Aの妻である原告の生活状況など本件に現れた全事情を斟酌すると、Aについては、2200万円の慰謝料を認めるのが相当である。 相続( )原告は、Aの妻であり、原告は、Aの父であるG及び母であるHから、平成12年10月4日、Aに関する相続分を譲り受けた。 弁護士費用540万0000円( )原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用を支払う旨を約したところ、その費用のうち、原告の損害の約1割(上記額)は本件事故と相当因果関係がある。 合計5983万1140円( )上記1 ないし4 を合計すると、Aの死亡により通常生ずべき損害の額は、( )( )上記額である。 結論 以上によれば、原告の診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づく請求 1140円( )上記1 ないし4 を合計すると、Aの死亡により通常生ずべき損害の額は、( )( )上記額である。 結論 以上によれば、原告の診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づく請求のうち、後者について、被告に対して5983万1140円及びこれに対するAの死亡日である平成12年9月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の部分に関しては、不法行為に基づく請求についても診療契約上の債務不履行に基づく請求についても理由がない。 したがって、上記の限度で原告の請求には理由があるから、その限度で認容し、その余は棄却し、被告の申立てに基づき、被告に担保を立てさせて仮執行免脱の宣言をすることとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官藤山雅行裁判官金光秀明裁判官萩原孝基
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